「うっ……へ、へへへ、ざ、材本融子です。今日もじゅ、10階層目指して、やってきたいと、思います」
6階層スタート地点から少し離れた茂みの中で、私は配信を開始した。前回までより視聴者が多い。少しだけど。
『きた』『おはよう』『犬?』『雌犬はよ』
コメントにビクつく。そして前回の醜態を思い起こして顔が赤くなり、カメモンから顔を逸らしてしまった。コメントは私の視界に映るから意味ないんだけど。
『セルフュージョンはよ』『融合! 融合!』
私のユニークスキル、セルフュージョン。それはモンスターと自分を融合させるスキル。前回、7階層でウルフモンスターと融合した私は犬のような姿になり、モンスターと勘違いされ他の冒険者に「テイム」されてしまったのだ。逆らえなくなった私はモンスター……いや、犬扱いでこき使われた。
「わ、忘れて……犬は……」
小声でそれだけ絞り出し、私はゴール目指してフラフラと歩き出した。
『忘れられませんねえ』『でもウルモンと融合した方が早いよ』『はよ行け』
勝手なコメントたちをしり目に、私は本日初遭遇となった蜘蛛にスキルを発動。
「せっ……セルフュージョン!」
グイっと体が引き寄せられる。重力が直角になったかのように、蜘蛛に向かって飛ぶ。蜘蛛も私に向かって飛んでくる。衝突の瞬間に感覚が消えたと思うと、すぐに私は蜘蛛の下半身を持つアラクネに変身した。
『アラクネきた』『えろ』『キモイ』『はよいけ』
アラクネ、レベル8。とりあえずサッサと次に進もう。私は八本の足を素早く動かし、この階層のゴールを目指した。道中の敵モンスターは股間から吐く糸で概ね安全に処理できる。便利。キモイことを除けば蜘蛛との融合はティア高い。……と思う。キモイことを除けば……。
大体ルートを覚えていたので、すぐ因縁の7階層に到達。この前ウルモンと融合して犬になり、モンスター扱いでテイムされてしまった大恥エリア。そういえばその時ゴールまで行ったんだっけ。それどころじゃなかったから道順覚えてないや。
踏み荒らされた草の道を、アラクネのまま進んでいくと案の定、ウルフモンスターと遭遇。素早く力強いので、蜘蛛の糸だと止められない。ウルモンが構えた瞬間、私は融合を解いた。私と蜘蛛のモンスターが分裂し同時出現。ウルモンが戸惑った隙に、私はスキルを発動。
「セルフュージョン!」
数秒もしないうちに、私は全身銀色の体毛に包まれ、四つん這いになっていた。顔からノズルが伸びる。蜘蛛モンスターを追い払い、匂いを嗅ぎながら進むことにした。
『えろ』『テイムテイム』『再放送』『手慣れてて草』
犬人間になって四つん這いで森を進むところ、それもよく考えたら全裸。と考えてみたら、相当に変態かもしれない……私は。でもテイムされて猟犬として勝手に体が命令通りに動くよりは尊厳があるよ。うん。
前回は人目を避けて進んだ結果、罠にかかってテイムされたんだっけ。今回は堂々と行こう。
「きょ、今日はその、普通に行こうとおも思います」
『それで殺されかけたじゃん』『頭も犬化した可能性』『一度に一つしか記憶できないタイプ』
散々な言われよう。確かにモンスターと勘違いされて殺されかけたこともあったけど! そこまでいう!?
「ううぅ~。じゃあどうすればいいのぉ」
『パーティ組め』『人』『ソロ向きスキルじゃない』
んなのわかってるよ! でも私引きこもりだもん! 相手いないの!
私はへっへっと犬みたいに鼻を鳴らしながら、ダンジョンを駆けていった。人の匂いと金属の匂いに気をつけながら。正直、モンスターより人が怖いかもしれない……。
平日だからか、幸い他の冒険者の気配はなく、私は二時間ほどさ迷いつつも、無事7階層のゴールにたどり着いた。
「つ、ついた~」
『おめ』『8階層行く?』『誰もいなくて草』『そういやここどこダンジョン?』
「えぁ、く、釧路ダンジョンです」
『そうなんだ』『過疎』『釧路住み?』
「え、あ、はい」
コメントと会話している間に、私は入り口ワープではなく、8階層へ進んだ。そして後悔した。もう三時間ぐらい経ってる。よく考えたらへとへとなのに。ゴールまで帰れないのに。
8階層。四つん這いでやってきた新世界は、だだっぴろい草原だった。心地よい風が体を叩く。犬と融合しているからだろうか。とても心が弾んでくる。走りたい。走り回りたい。
『一気に行けそう』『ウルモン正解』『はよいけ』
「あっ、でも、その、どっち行けば」
360度に広がる草原。どこがゴールかわからないよ。自力で探さないとダメなの?
『頑張れ』『北』『東だったはず』『北らしいです』『南いけ』
……コメントなんか信じない。私はとりあえず西に向かって駆け出した。犬の身体で駆ける草原は、思った以上に気持ちいい。みんなこれを体験できないなんて人生損いたあああああ!
右手に強烈な打撃が入り、私は盛大にすっころんだ。
「ったあああああ!」
『なに?』『こけた』『死にそう』『はよいけ』
うずくまりながら、私は顔を歪ませて自分の右手を薄目で眺めた。骨を指すような痛み。右手の指が折れてる。爪も割れた。裂けて血が流れてる。痛い。立てない。
何が……何かにぶつかった。岩だ。草の中に岩が隠れてた。私のアホ。
『なんか来てる』『鳥』『鳥系』『死んだな』
鳥? 鳥ってなにああああぎゃあああ痛いやめてえええ!
巨大な鳥のモンスターが急降下して私を襲った。鋭いクチバシが私の胴をえぐる。肉が削げる。銀色の毛が赤く染まる中、私は悲鳴を上げた。
『救難』『救難』『はよいけ』『グロ配信』『ワシモンスターかっけー』
きゅ……救難そうだ。カメモンから救難出せるんだ。大分泌されるアドレナリンの海の中で、私は脳内でカメモンに救難を指示した。
救難が受け付けられた。しかし、瞬時にポンっと誰か来てくれるわけではない。ワシのモンスター、ワシモンは巨大なクチバシで私をつつき、左肩に新たな穴をあけた。
「っああああ!」
『バカ』『学習能力ゼロ』『えろ』
ダメだ。死ぬ。救難出したら終わりじゃない。それまで死なないように何か……何か……いやだ。助けて。痛い。
私は、本能的にウルモンとの融合を解除した。
パッと光ったと思うと、私とウルフモンスターが分離して出現。ワシは困惑した。突然草原に放り出されたウルモンも茫然としている。私は……激痛にあえいでいた。ダメージは私持ち。右手折れて胴と左肩に穴開けられて肉をついばまれた状態。ヤバい。無理。早く助け来て。敵増えただけじゃん。なんで分離……。
しかし、ウルモンとワシモンが互いににらみ合い、しばし私は追撃から逃れることができた。ウルモンはパッと後ろに飛び退き、ウーッと唸っている。ワシモンは私とウルモンを相互に見ながら、状況を整理しているようだった。もう少し損傷が少なければ這ってでも逃げようとしたかもしれない。けど、今の私は一歩もそこから動けず、ただ食われるのを待つだけの獲物でしかなかった。二分もしないうちにモンスター同士は穏便に済ます合意に至ったらしく、二匹が同時にこっち向いた。
(あば……死ぬ)
『セルフュージョン』『ワシと融合』『はよいけ』
意識が朦朧とし、涙で滲む視界の中、バシッという音が鳴り響いた。モンスター二匹の首が同時に切断された。助けが来たのだ。それを悟った瞬間、私の意識は途切れた。
治癒魔法とポーションで回復させてもらった私は、ダンジョンから強制送還された。またやっちゃった。死ぬかと思った。激痛かった。もう二度とダンジョン行きたくない。運営から注意されるし、お父さんにもまた強く叱られたし、配信してたから大恥だし……。
でも。
やめたら、何も残らない。引きこもりニート女に戻るだけ。いや、ダンジョン行こうが行くまいがそれは変わらないけど。
(はあ……)
自室で布団を被り、人気配信者の配信を見る。ダンジョンで華々しく活躍する様子はかっこいい。グロ配信にもならないし、トークも上手い。雲泥の差っていうのはこういうのを言うんだろうな。やめよかな。でも……ユニークスキルだよ。普通はないよ。私だけだよ。私に与えられた唯一の「才能」なのに。
数日引きこもっていると、視聴者からメールが届いた。それは……初めてのファンメールだった。
融合時の姿がかわいい、私の復帰を楽しみにしている、と書かれたその一通に、私は久しく味わっていなかった自己肯定感を刺激された。
(うそ……)
こんなダメダメな私にも、こんな風に思って見てくれてた人がいたんだ。それに……それに、私のこと、か、かわいいって、うへへへぐへ。ん? ……融合時? 素の私はかわいくないの?
まあ、かわいくはないか。可愛かったらニートになってない。髪ボサボサのノーメイクだし。服も最後に買ったのはいつだったか……。
復帰する? でもそれは、またあの……。クチバシで抉られた脇腹と左肩を思わずさする。トラウマにならなかったと言えば大ウソだ。でも……でも。
ファンが……できた。
「材本融子じぇす。ぜ、前回はその、お見苦しいところを……ぶっ」
『いつも見苦しいだろ』『復帰おめ』『待ってた』『はよいけ』
暖かいのかそうでないのかわからないコメントと僅かになった視聴者に支えられながら、私は蜘蛛やウルモンと融合しながら、足早に8階層へ向かった。休んでいる間に布団の中で思いついた、攻略の秘策がある。
『また死にそう』『人誘え』『なんか対策あんの?』
「えへへ……今回はその、攻略法がですね、その、ありまして」
8階層。再び、死の草原に……行く前に、私は7階層出口前で、ウルモンとの融合を解除した。ウルモンが状況把握できずにいる間に、さっとゴールに飛び込む。
『素でいくの?』『はよいけ』『お?』
「へへ、へ、その、はい」
入り口ワープではなく、8階層へ進む。今度は大丈夫。うまくいく。多分きっとおそらくメイビー。
大草原の真ん中に降り立った私は、青い草の海から視線を上げた。綺麗な空が広がっている。よく目をこらすと、いる。黒い影が空にある。ワシモンだ。この前は草原に目を奪われてたから、空なんて見てなかった。空飛ぶ敵自体初遭遇だったから、空を警戒するという発想がなかった。
私は黒い影がいる方向へ向かって歩き出した。ウルフガールより進みは遅いけど、骨折レベルの転倒をすることはない。
影が段々大きくなってくる。向こうも獲物を見つけたらしく、迫ってくる。心臓が高鳴る。脇腹が痛む錯覚が起きる。左肩も。影が近づき、ワシのシルエットが視認できるようになると、蛇に睨まれた蛙のように全身が縮こまってしまう。
(大丈夫……大丈夫)
『ワシと融合ね』『なるほど』『だと思った』『はよいけ』
ワシが大きな足を広げ、そのかぎ爪が目前に迫った瞬間、
「セルフュージョン!」
私は目をつぶって叫んだ。
身体の感覚が消える。次の瞬間、私は草原に立っていた。三本の……いや、「後ろ」を入れて四本の指で。
恐る恐る目を開けると、ワシモンの姿はなかった。視線を下げる。私は服を着ていなかった。代わりに、胸と股間がふさふさの白い毛で覆われている。脚の下半分は黄色く細い鳥の足で、鋭いかぎ爪を持った三本の前指で、後ろに伸びる四本目の指がある。
本能的に、私はいつしか両腕を横に広げていた。いや、もう腕じゃない。私の肩から伸びるのは、翼だった。茶色い羽毛で覆われた、巨大なワシの翼。
「ステータスオープン」
ハーピー、レベル10。成功だぁ!
「ど……どうですか?」
私は興奮気味に叫んだ。
「これが私の攻略ほ」
『知ってた』『それしかないだろ』『前言った』『はよいけ』
「……はい」
ハーピーになった私は、なんと飛ぶことができた。気持ちいい。草原を見下ろしながら飛ぶ大空の解放感は、トラウマを拭い去り復帰してよかったと確信するには十分すぎた。自由だ。風を切る感覚が爽快で、病みつきになりそう。岩につまずいたりしないし!
『楽しそう』『いいなー』『えろい』
「いへへへ……いいでしょ」
『かわいい』
そのコメントに、ますます顔がにやける。ファンメールくれた人は、見てるかな。
8階層はあっけなく攻略できた。なにせ空からゴールを探せるんだから。邪魔もいな……いるけど。他のワシモンが襲い掛かってくることはある。私には残念ながらクチバシがないため、普通に勝てない。でもレベルが同じになったおかげか、易々と体をついばまれることもない。空中戦だと慣れない私が不利だけど、結局お互い決め手に欠けるので粘れば去ってくれる。
ハーピーのまま、私は9階層へ。再び森だ。でも、空を飛んでいけば関係ない。
「あー、いいなあ」
空を行けば他の冒険者ともかち合わないし、罠にもかからない。楽すぎる。ずっとハーピーでいたい。
10階層も草原。引き続きハーピーで空から攻略。
『はや』『これズルだろ』『うらやま』『はよいけ』
すごい。褒めてくれてる。羨ましがってる。私を。引きこもりニートだった……今もそうだけど……の私を。あふれる脳内麻薬が私をくすぐる。幸せ。
が、10階層ゴールにたどり着くと、幸福感は急速に萎んでいった。この先は……ボス戦がある。
『行くな』『死ぬぞ』『勝てない』『はよいけ』
いつかの私の失態を知る人たちなので、流石にほぼ全員が止めにかかった。私も、忘れたわけじゃない。
「……帰ります」
『良かった』『ガッカリ』『うん』『それでいい』『いけや』
ワシモンと分離した私は、入り口ワープの方を選んだ。うん、ソロじゃ無理だよね。わかってる。「私」のステータスはまだレベル8だし。道中の「雑魚」より低いんだから、ソロでボス討伐とかできるわけない。素の私の武器は金属バットだし。
でも、ここで永久に止まってたらダンジョン行く意味も、わざわざ配信なんかやってる意味もない……よね?
「材本融子です。今日も……レベリングやります」
8階層まで進んでワシモンと融合しハーピーとなり、敵の多い9階層で狩りを行う。それが私のルーチンとなった。空から襲えるので、大体勝てる。分離時の怪我が私持ちなら、経験値も私持ちなので、ちゃんと「私」のレベルアップになってくれる。
その結果、"釧路ダンジョン9階層でモンスターを襲う謎のハーピー"が他の配信者に激写されそっちがバズったことを知るのは、少し先のことだった……。