指先メイドロボ
「うわっ、そっくり」
「マジ~?」
「やばっ」
教室の掃除をするために入ってきたメイドロボの顔を見て、皆が口々に軽口をたたき、私を見た。何事かと私も視線を走らせると、ギョッとした。メイドロボの顔が、私そっくりだったからだ。
(は!? うそ……)
気まずっ……。みんなが私を見ていた。私そっくりのメイドロボは、教室の後ろで淡々と掃除を行っている。腰についた大きなリボンが揺れ、フリフリのミニスカートから真っ白な脚が覗く。その白タイツと同じ白さを持つ手袋は、手先から肘まで腕を覆う。
「ちょっと見比べてみようぜ」
「やめてよ」
男子が声をかけ、メイドロボがこっちを向いてすっと姿勢を正す。正面向いたその姿に、皆が笑った。私は眉間に皴を寄せ、不快さを表明したが……どこ吹く風だった。私も当事者じゃなければ笑ったろう。似てる。メイドロボの顔は、本当に私そっくりだ。しかも黒髪なせいでますます。背丈も、体格も同じ。本当に私がメイド服着ているみたい。テカテカした肌でにこやかな表情を凍り付かせたそのメイドロボは、私には悪夢、皆には面白い見世物だった。写真や動画が撮られまくる。私は一応やめてと言ったが、無意味だった。
(マジ最悪……)
やだあ。私があんな格好して、しかも……メイドロボとして働かされてるなんて。いや私じゃないけど。こんなの、さらし者じゃん……。
「なあなあ、隣並んでみ」
「やだわっ」
メイドロボが教室を出ていったあと、皆の弄りを一身に受ける中、私はスマホでメイドロボについて調べた。広く普及しているメイドロボは生体ロボットであるため、基本的に人間と同じ作りをしている。全身に張り巡らされたナノマシンによる制御であり、体表は老化防止や汚れの分解機能を持つコーティングでテカテカしている。それが人間との違い。あとはまあ、メイド服。厚みのあるあの服はゴムと樹脂の中間のような質感をしていて、人間の服とはまるで異なる。自動修復機能やら汚れの分解やら、機能が多い。そして、身体と一体化していて脱がすことができない。
だがメイドロボの基本情報などはどうでもいい。肝心なのは、なぜ私にそっくりな個体が存在するのか……。しかも、よりにもよって私の高校に。メイドロボは一体一体顔や体格が異なるが、それはどうも製造段階の遺伝子シミュレートによるものらしい。それに基づいて体格や顔や声が決定するのだ。それがたまたま私そっくりになってしまったってことか……。ただ、遺伝子のランダム生成は完全にアトランダムでもなく、美人の範疇で行われるらしい。だからメイドロボは顔が全員整っているのだが……。それって……。
(私は美人……ってこと?)
まあ、正直言うと顔はいい方だと思っていたけど……。メイドロボと被るんじゃねえ……。まあでも、何だか科学的・客観的に美人だとお墨付きをもらえたような気がして、幾分気が晴れた。
授業を終えて帰宅の途に就いた私は、学校正門のゲートに人差し指をかざした。ピッと音が鳴り、人の通行用ゲートが開く。これこそ私がこの高校を進学先に決めた理由。完全電子化されたこの高校は、出入りや出席管理等々を人差し指だけでスムーズに行える。私たちの人差し指には、身分証やら薬の記録やら様々な情報が詰まったナノチップが入っている。病院や役所ではすでにこれで種々の手続きを行っているけど、学校の普及はまだまだ。そんな中で、この高校は県内でも随一の電子化校なのだ。登下校、出席、購買、図書室や更衣室の利用、どれも指一本。便利以上に、セキュリティ上の利点が大きい。部外者はこの学校に入ることができないし、入っても校内を自由に動くことすらできないのだ。逆に校内関係者が犯罪を行おうものなら、利用記録からすぐに特定される。極めつけは、複数体のメイドロボが備品として配置されていて、掃除や雑用をやってくれるというところ。そんなわけで、わが校は県内でもトップ級の人気校なのだ。合格した時は飛び上がりたいほど嬉しかった。……のに、入ってみたらアレだもんなあ。まさか自分そっくりのメイドロボがいるだなんて、夢にも思わなかった。これから三年、ずっと校内でもう一人の私がフリフリのメイド服着て皆にこき使われるのかと思うと気が滅入る。最悪。他のロボと替えてくんないかな。はぁ。
それからしばらくは弄りのネタにされた。メイドロボは他にもいるのに、わざわざあの個体を指名して教室呼んだり、廊下のすれ違いに並んだ写真撮られたり。周りにいない時であろうと、校内のどこかにあのメイドロボがいて、あの格好で使い走りさせられてるかと思うと、悶えたくなる。でも数日もすると新鮮さも薄れ、大した話題にもならなくなってきた。メイドロボは特に担当とか決まってないから、この教室や近くの廊下に来る頻度が高いわけでもない。メイドロボは他にもいる。うち一体がただクラスメイトの一人にそっくりというだけでは、そうそう持つ話題でもなかったようだ。
(よかった)
まだ校内で見かけるとウゲッとなるけど、ブームが収まったことで比較的心持が楽になった。それに、このことで恥をかいたかというと、なんなら逆に友達作りに役立ったかもしれない。まあ、顔が似てるからって、マネキンみたいな肌と厚みのあるメイド服を着たメイドロボを本気で私だと思うような人間、いるはずないよね。
ただ、私はこれを機に髪を伸ばし始めた。あのメイドロボは黒髪ボブで、私と髪の長さが一致していたのがそっくりさの原因だと感じたからだ。髪型変われば印象もだいぶ変わる。顔の形が似てるからって、すぐそっくりさんだということにはならなくなるだろう。……きっと、多分。私が変わらないといけないというのも癪だけど。
こうして、入学直後のちょっとした騒動は、私が髪を伸ばしてパッと見一致しなくなるのにつれて、すっかり下火になっていった。
「えーっ!? やだー!」
自分でもすっかり忘れていたドッペルゲンガーの存在を再び突き付けられたのは、二学期。文化祭の準備を進めている時のことだった。コスプレ喫茶をやることになったうちのクラスで、私とメイドロボの衣装チェンジをやってみようと落葉さんが提案したのだ。
「えーっ、いいじゃん。絶対面白いってー」
「何の意味があるの!」
「店内クイズ。やろうって」
「別に他のでも……」
しかし、間が開いたことで逆にリバイバルの機を熟してしまったのか、クラスはこの提案にノリノリだった。早速「彼女」が呼び出され、二人並ばされた。
「おー、そっくり」「まだ似てるねー」
「まだって何、まだって」
隣をチラッと見る。……いや、うん、似てる。双子みたいにそっくりだ。ただ……肌が大きく違うから、見分けられないなんてことはないけど。染み一つない、CGモデルのような皮膚。私よりずっと綺麗だった。
(……なんで)
偽物の方が綺麗なの。メイドロボは真っ直ぐ前を見据えたまま、私に目もくれない。
結局、私はクラスの盛り上がりに水を差せず、文化祭当日、私はメイドロボと入れ替わることになってしまったのだった。
文化祭当日の朝、私は落葉さんに呼ばれメイドロボの待機場所となっている整備室へ向かった。落葉さんがドアに人差し指を当てると、ピッと音がしてドアが開いた。私も続けて中に入る。例のそっくりさんのせいで敬遠していたから、中に入るのは初めてだった。
(へえ……)
薄灰色のカーペットが敷き詰められ、窓は黒いカーテンで閉め切られている。教室の中央にはサーバーのような四角い機器が並んでそびえる。そこから伸びたコードが教室の壁際にあるゴテゴテした機械の台座に伸びていた。台座は右の壁、左の壁、それぞれに四つずつ。うち六台はメイドロボが立っている。両脚を揃え、綺麗に姿勢を伸ばし、スカートの前に両手を重ね、静かに前を見つめている。生きている人間……ではないけど、生体ロボットだから実質そう……がピクリともせず直立している光景は不気味だった。
「サンゴ!」
落葉さんが叫ぶ。右側の壁、手前から三つ目の台座に立っていたメイドロボが返事した。
「はい」
マネキンみたいに静止していた子が突然滑らかに動き出すので、ビクッと震えてしまった。私のそっくりさんは、どうやらサンゴと呼ばれているらしい。私と同じ顔をしたメイドロボが近づいてきて、また台座の上と同じ基本姿勢をとった。
「何か御用でしょうか」
「あ、もうちょい奥。……よし、そこ立ってて」
「かしこまりました」
私と同じ顔のメイドロボが命令に従わされている様子は、お世辞にもいい光景とはいえない。それも知り合いに。ムカムカする。
「じゃ、藤原さんも手伝って」
「……はいはい」
まあ、ここまで来たら仕方がない……。私は落葉さんが持ってきたポリタンクの中の溶剤を、サンゴに頭からかける作業を手伝った。
「これ、なんなの?」
大丈夫? メイドロボ壊れたりしない? 弁償とかやだよ? 床に敷いたブルーシートから早速はみ出てるけど。
「ああこれね、脱がすの」
「脱が……?」
私はその時、ようやく思い出した。メイドロボの服は脱がせないということに。え、じゃあ入れ替わりってどうやって……。その疑問の答えが、これらしい。
「……はあ」
なんで落葉さんそんな溶剤持ってるんだろう。気になったけど、あんまり深入りしたくなかったので聞かなかった。
溶剤まみれのサンゴの全身を二人で手もみすると、身体と一体だったあのゴムとも樹脂ともつかぬメイド服が、体から離れた。
「あ、脱げた」
「でしょ?」
サンゴにバンザイさせて、服を脱がす。服と言っても、こりゃ……パーツだ。ソフビ人形の胴体パーツのように、形を保ち続けている。スポンと脱がしたメイド服は、中に空洞を持つ人形の胴体のようだった。
続けて手袋、白タイツ、ヘッドドレス。瞬く間にサンゴは白いレオタードだけの姿になった。うっ……。私だ。私が裸になろうとしている。学校で。人形のように。
(嫌だなあ……)
自分の等身大人形を着せ替えるなんて。それも生きた細胞持ち。
レオタードは別にいいんじゃないかと思ったけど、落葉さんはいらん完璧主義を発揮して、これも脱がして私に着せると宣言。えー、やだあ。これって、確かメイドロボの下着なんだよね。人の下着……それもメイドロボのなんていやだよ。着たフリで誤魔化せないかな。
しかし、このレオタードを脱がすのは一苦労だった。なにせどこにも切れ目なく、体にジャストフィットしているのだから。メイドロボは服を脱げないようになっているので、脱げという命令には従わない。
それでも、ゴムみたいによく伸びるおかげで、何とかレオタードを剥奪することに成功した。脱げっていうとダメだけど、手足を動かすだけの指示ならサンゴは動いてくれた。
「ふう……」
二人で一旦休憩。疲れた。文化祭これからなのに。昨日じゃダメだったかな。ダメか。先生が気づいちゃう。
私は、早朝の教室の中央付近に直立する、全裸の私を眺めた。うう……私じゃない。私じゃない……とわかっても、思っても、酷い。人間との違いは、乳首や股間のアレコレが存在しないことだろうか。肌のテカリも相まって、まるでマネキンみたい。
その後、脱がしたメイド服一式を理科室に持っていき、水で溶剤を洗い落とした。
「これ、いいの? 流して」
「平気平気。バレやしないって」
「いや、その……環境とか」
「まあ、別に触ってもいいらしいから。大丈夫でしょ」
「……」
引き受けない方がよかったかも。
整備室に戻る。誰も来なかったみたい。良かったマジで。裸のサンゴを見るとドキドキする。私だと思われたらって想像すると、ほんと恐ろしいよ。
今度は本当に私が裸になる番だった。制服も、下着も全て脱ぎ捨てる。あっという間に、整備室には裸の藤原芽依が二人、向かい合って立っていた。
(うわー……)
鏡見てるみたい。怖い。生きているもう一人の私が、微動だにせずジッとしている。こうなるのわかってたからしっかり処理してきたつもりなんだけど……全然、敵わない。当たり前といえば当たり前だけど、産毛一本生えたこともないメイドロボの肌は、コーティング抜きでも異様に美しく見えた。本物の方が汚いなんて、なんか納得できない。いや、それこそ人間の証ともいえるけど。
私は落葉さんが乾かし終えた純白のレオタードに袖を通した。袖というか、胴体を通した。無理やり伸ばしながら、手足を、首を突っ込んでいく。着れた。
手を離した瞬間、レオタードがキュッと私の体に張り付き、ほんのりと締め付けた。
「んっ」
声出ちゃった。でも……すごい。一分もしないうちに、私は虜になってしまった。ものすごく着心地がいい。滑らか……いや。体と一つになったみたい。皴一つなくピッチリ私の胴体に密着しているにも関わらず、動きを一切阻害しない。捻ると見事に伸縮してついてくる。捻った状態でも皴が浮かばない。どうなってるんだろう。
白タイツを装着すると、これもレオタードと同じだった。脚全体が恐ろしい多幸感と安心感に包まれる。いつまでも着ていたくなる心地よさだ。続けて、長い手袋も。これも同じ素材ゆえか、すごくフィットする。どれもこれも、服というより新しい皮膚のよう。
こうして上腕と顔を残し、私の全身は真っ白に染まった。そしてメインディッシュであるメイド服を着る。着るというより被ると言った方が適切かもしれない。切れ目がないから。これも、まるで私の体をついさっき採寸して作り上げたかのように、一ミリの隙間も生まず体に吸い付くジャストフィット。レオタード越しだけど心地よい高揚感がある。
「なんだ、ノリノリじゃない」
「……いっいや、文化祭だし……」
最後、落葉さんが両手に持ったヘッドドレスを私に装着。これで……私は、メイドロボのコスプレを完成させたのだった。
「ちょ……ちょっと、撮ってもらっていい?」
「もち」
ニヤニヤする落葉さんが気に入らないけど……私は写真を撮ってもらった。そこには、メイドロボと化した私……と言えなくもない、厚いメイド服を着た私が映っていた。
「……」
服に負けているというのは、こういうのも言うのだろうか……。普通の肌である私は、樹脂みたいなメイド服とあまり合っていなかった。ほんと、コスプレって感じ。なんだか、私の汚さが浮き彫りになっているように感じてしまう。
(はぁ……)
高揚感は消え去ったが、全身の肌を癒し続ける異常な着心地の良さは残っている。まあいいや。喫茶店頑張ろ。
スマホをしまうと、落葉さんがとんでもないことをしていた。私の下着と服を、サンゴに着せていたのだ。
「ってちょっと! 何やってるの!」
「え? でも、ほら、入れ替わりって……」
「私がメイドロボのコスプレすればいいだけでしょ!」
「うーん、でもじゃあ、この子、このまま放置しとくの?」
「う……」
それは、困る……。私の顔した全裸の生体ロボットが文化祭の真っ最中に校内を練り歩くようなことがあったら……私もう二度と表を練り歩けない。
すぐに、私の偽物は完成した。私と違い、こっちは意外と違和感がない。光沢のある綺麗すぎる肌なのに。綺麗って得だな……。
二人並んだら、ますます惨めになっちゃいそう……。ていうかこれだと本気で私本人だと誤解されそうだし、マジで余計な事してほしくない。
こうして入れ替わり作戦は無事成功し、文化祭が幕を開けたのだった。
「マジ!? 藤原さんなの~?」「わかんね~」「かわいいー」
「あはは……」
普通のメイド服とは一風変わった、本来着れるはずのない服……ということで、中々人気だった。制服着たサンゴも教室に来ると大盛り上がり。案の定、絡ませられて、撮影されてしまった。まあ、しょうがないか……。
コスプレ喫茶は中々好評だった。私はメイドロボっぽく振舞うのがウケた。ちょっと癪だけど。あとはサンゴが勝手に出ていってメイドロボ業務をやろうとするのを見つけては止め、見つけては止め。午後は交代で、私は他のクラスの出し物を見て回った。着替えようかと思ったけど、あまりに着心地がいいからそのままだった。もっと、もうちょっと着ていたい。なんで人間の服にこの素材使わないんだろう。絶対買うのにな。
行く先々でサンゴと間違われ用事を言いつけられたりもしたが、正体を明かすと面白いほどビックリしてくれるので、恥より楽しさが勝った。仮装してる人も多いし。
問題が発生したのは終了後だった。整備室にサンゴを連れてゆき、服を交換しようとしたその時。
(……あれ?)
脱げない。メイド服を引っ張っても、身体から離れない。隙間なくピッチリ張り付いたまま、一ミリの隙間も生まれない。
「ちょっと、どうして……」
いくらひっぱってもダメ。手袋やタイツに至っては、つまむことすらできない。必ず皮膚ごとになっちゃう。
(ええー……? なんで? どうして?)
サンゴにも引っ張ってもらったが、ダメ。一体どうなってるの? まるで体と一体化したみたいに……。
(……まさか)
青くなった。そして、私の皮膚が鳥肌を立てたのは、これが最後となった。
メイドロボットの服は通常、身体と一体化するレベルで張り付き、脱がせない。もしかして……。この服、私の体と融合してる!? メイドロボみたいに!?
いやいや、ありえない。だって私人間だよ。服着ただけなのに、くっつくなんてありえない。物理的に。
サンゴはジッと私を見たまま、姿勢を崩さない。
「ねえサンゴ。服脱げないんだけど……何か心当たり、ある?」
「メイドロボの服は体と癒着しており、剥がすことはできません」
「いやっ、だから……私は人間だし。ほんとに、ただ着ただけなのに、なんで……。一度剥がしもしたのに」
「万一剥がれることがあった場合でも、自動修復機能によって直ちに再癒着いたします」
「……へ?」
私は固まった。そして……思い出した。そんな機能あったっけ。調べたことある気がする。えっ、でもそれじゃ……この服、「修復」されて脱げなくなっちゃったってことぉ!?
「こ、困るよ、そんな!」
「メイドロボの服は体と癒着しており、剥がすことはできません」
「……っ」
埒が明かない。
「落葉さん呼んできて!」
「かしこまりました」
サンゴは出ていった。私の制服を着たまま。
「はぁ……」
まさかこんなことになるなんて、思ってもみなかった。だって私人間だもん。そんな効果、覚えてたとして発揮されるだなんて思わないじゃん……。
私はサンゴが戻ってくるのを待った。落葉さんが持ってた溶剤をかければ脱げるはずだ。しかし、三十分経ってもこない。おかしいなあ。それに、誰も私の様子を見にも来ないなんて。
しびれを切らし、私は整備室を出て教室に向かった。誰もいない。片づけを終えた後だ。
(あれ?)
みんなどこいったの? 私を置いて打ち上げ行っちゃった?
私は自分の鞄を探した。スマホで連絡をとろうと。しかし……。
(ない……?)
鞄がない。なんで? 泥棒……なはずないか、この高校で。誰か間違えたのかな……でも、だったらその人の鞄があるはず……。
私は校舎を出て、校門に向かった。まだまばらに人がいるが、私のクラスに人たちはいない。こんな格好で外出たくないけど仕方ない。私は人差し指をゲートにかざした。
ブー。
「え?」
聞いたことのない音が鳴り、ゲートは開かなかった。もう一度指をあてる。
ブー。
「えええ?」
うそっ、ゲート壊れた? どうしよう。
「ちょっと、どいてよ」
「あ、ごめん……」
後ろから来た女子に怒鳴られ、思わず譲ってしまった。直後、その女子は何事もなかったかのように指でゲートを開けたのだ。
(あれ?)
壊れたんじゃなかったの? 調子悪かっただけ?
私も後に続こうとしたが、
ブー。
ゲートが開かない。私だけ拒絶されている。
(なんでえ?)
もういい。先生に聞こう。怒られるから嫌だったけど。
「なんだ? こんなところで」
「え? ああ、ええと……」
ちょうど先生がやってきた。どうしよう。勝手にメイドロボの服剥がしたの言ったら怒られるかな。ていうか文化祭終わったのに、校門前でこんな格好してること自体だいぶ恥ずかしい。
ちょっとまごついている間に、先生の「命令」が飛んだ。
「用事がないなら、整備室に戻りなさい」
「はい……!?」
先生が指をゲートにあてて出ていったのと同時に、私の口が勝手に返事した。
(えっ、何今の。どういうこと?)
困惑する間もなく、私の足が勝手に動き出す。クルリと向きを変えて、校門から離れていく。
(ええええ!?)
なにこれ!? 何が起きてんの!? 必死に歩みを止めようとしたけど、左右にグラつくのが精いっぱい。私の体は私の意思でない何かに操られ、校舎の中に戻っていく。
(止まって! ちょっと!)
ダメだ。足を動かせない。私の意思だけがシャットアウトされてる。
ピッ。校舎に入る際、私の手が勝手にかざした人差し指は、きちんと認証された。
(じゃあ……やっぱり、あのゲートが……?)
ゲートだけ壊れ……いや、私を拒絶したの……? どうして? そんな不具合ある? 私だけ何か変なことを……してるなあ。
私は自分の膨らんだスカートを見下ろした。このメイド服が何か異常を発生させているんだろうか。ゲートにも。私の体にも……。
整備室のドアも、私の指を認証して開いた。整備室に入ると、身体が自由になった。さっきまでが嘘のように、自分の意思で歩ける。さっきのは一体……。確か先生に戻れって言われたら急に……。
(まさか……)
再び、メイド服を見下ろす。自動修復機能というワードが、さっきの怪現象を全て説明してくれるような気がした。が、それは絶対についてほしくない説明だった。
(嘘でしょ、これ、まさか……)
私……中身までメイドロボに「修復」されてる!? まずいよ、だったら本当に緊急事態。すぐ先生に……。
が、職員室へ向かおうとしたその時、足が止まった。いや、全身がピタリと動きを止めた。
(なに……!?)
体が回れ右して、整備室右の壁に向かって歩いていく。チラッと壁の時計を見ると、ちょうど二十時だった。まさか、これは……。
(だめ!)
心の中で叫んだものの、手遅れだった。私は三つ目の台座……メイドロボの充電やメンテを自動で行ってくれるその台座に上り、教室中央の方を向いた。
「待って! 私メイドロボ――」
口が動きを止めてしまう。私は少し口角をあげた微笑みを作らされ、ピッと背筋を伸ばされた。両脚を閉じ、スカートの前で両手を重ねる。整備室の中にいる、他のメイドロボたちと寸分違わぬ待機姿勢だった。
(んんんー!)
「三号機に異常を検知」
(!)
「修復します」
(だめえええーーー!)
台座が光る。コードが繋がった、サーバーのような機械が唸る。私はマネキンのように固まったまま、「異常の修復」をニッコリ笑って受け入れることしかできなかった。
朝。私は突っ立ったまま目を覚ました。人間なら通常ありえない、立ったまま……それもキッチリ姿勢を正したまま……寝てしまったらしい。
動こうとすると、あっさり動けた。私は急いで台座から降りる。時間は……始業前だ。
指をかざしてドアを開け、職員室へ急ぐ。途中、走るな! と声をかけられた途端、走れなくなってしまった。
「あ……う」
先生が寄ってくる。私は昨日の過ちを繰り返すまいと、あわてて叫んだ。
「せ、先生っ。私、1-Aの藤原芽依です! メイドロボじゃありません!」
「はあ?」
「ホントなんです! 昨日の文化祭で入れ替わって、そして……」
生徒も寄ってくる。
「壊れたのか?」「なんか変なこと言ってる」「整備室いっ」
まずい。打開策を探し、本能的に目をあちこち動かしていると、先生の持っているタブレットが目に飛び込んだ。
「あっそれ! それで確かめてください!」
私は右手の人差し指を掲げた。指先のナノチップには、私が私であることの証拠が詰まっている。これを見せれば一発だ。
先生は困ったような表情をしたあと、タブレットで情報確認の画面を立ち上げ、私に向けた。
ああ、物分かりのいい先生で良かった。私はホッと一安心し、右の人差し指をあてた。すると……。
固目高校所属のメイドロボ三号機、サンゴ……の情報が映し出されたのだった。
「……え?」
先生はタブレットを脇に戻すと、
「整備室へ行って、再メンテを受けなさい」
と一言。
「かしこまりました……」
私は丁寧に腰を曲げさせられ、Uターンして整備室へ戻っていった。
再び台座の上に立った私は、混乱していた。ありえない。こんなの何かの間違い……。でもさっき、藤原芽依じゃなくてメイドロボのサンゴの情報が……どうして? まさか……ここで修復されたから? いや、この服のせい……?
先生のタブレットが壊れていたのだ。そう思いたいけれど……。私の情報が書き変わっていたのならば、昨日校門のゲートが開かなかった説明がつく。……ついちゃう……。
二度目の修理を終えた私は、昼間にようやく自由になった。まだ動ける。台座から降りて整備室のドアを開ける。この時、「サンゴが部屋を出た」記録になっているのかと思うと、胸がギュッと締め付けられるように感じた。早く戻らないと。でも……「私」がいなくなったことに誰も騒がなかったわけ……? まさか……。
嫌な予感がして、教室へ向かった。走れない。とってもいい姿勢で、静かに歩くことしかできない。
1-A到着。教室のドアを開けるべく、指をかざす。
ブー。
(そんな……)
授業中、呼んでもいないメイドロボは入れないらしい。窓を覗くと……いた。私が。制服を着た、藤原芽依が、私の席に座って授業を受けている。あれは……間違いない。サンゴだ。
(うそぉ……)
ありえない。どうしてサンゴが私に? 誰も疑問に思わなかったの? ていうか、指の情報は……どうなってるの。サンゴだってすぐわかるでしょ……。
授業が終わると、ようやくドアを開けられた。入る際、一礼させられる。うう。私の教室なのに。
「あ、サンゴだ」「あれ? 掃除まだじゃね?」
文化祭が終わってしまえば、メイドの格好は非常識な恥ずかしい格好でしかない。しかもメイドロボに立場を奪われるだなんて滑稽な状況。顔を赤く染めながら、私は私……じゃない、サンゴに近づいた。
「あのっ……」
皆に事情を説明するよう言おうとした。のに、言葉が出てこない。
(……?)
私は口をパクパクさせることしかできなかった。どうして?
サンゴは怪訝な表情で私を見ている。まるで、私がおかしいみたいに。いたたまれなくなって、私は落葉さんに標的を変えた。
「落葉さん、この……」
服を脱がして。その、出てくるはずだった言葉が出てこない。
「あら~、こっちも壊れてるみたい」
「服を剥がしたのがまずかったかな」
「そりゃな」
(え……え?)
声が出ないのは二回目の修復のせいだろうか。しかし、みんなの反応がおかしい。流石に察してくれると思ったけど。もしかして、本気で皆気づいてない……?
「藤原さん」
私はサンゴに呼びかけた。サンゴと呼んだはずだけど、勝手に口が書き換える。藤原は私なのに……っ。
(服を……いや、私の立場を返して。元に戻して)
何故か、核心に迫ることだけ言えない。そうこうしてるうちに、身体が勝手に動き出す。
(待って。まだ……何も)
「失礼いたしました」
一礼し、私は教室を去った。そして、中では次の授業が始まる。ああ……もう。窓越しの視線に耐えられなくなり、私はその場を離れた。職員室へ向かったが、入るなり呼びつけられて雑用を言い渡され、私はそれに従わされた。
(違います! 私、メイドロボじゃありません!)
そう叫んで抗議したかったけど、声が出ないし体も命令を優先してしまう。私はメイドロボとして、この高校の備品として、他のメイドロボたちと全く同じように働かされた。信じられないような絶望と恥辱だった。移動の合間、両手だけが自由になる。私はスカートをギュッと握りしめ、俯きながら歩いた。
1-Aの掃除を何度か行う機会に恵まれ、私は皆の嘲笑を一身に受けながらも、みんなの話ぶりから状況を少しずつ把握することができた。制服を着て戻っていったサンゴは、元通り服を着替えた「私」だと誤認されたらしい。しかし校門を出る際、サンゴであるがゆえに突っかかった。当然だ。それであろうことか、落葉さんが……メイド服の自動修復機能で情報が書き変わったのだと思い、「戻した」らしい……。
(バカ! なんでそんな……)
いや、落葉さんのやったことは正しい。私は本当にそうなった。問題は……処置の相手を取り違えたことだ。その処置を私にやってくれればそれで何も……問題なかったのに!
(落葉さん! 違うよ! 間違えてるよ! 私が本物なの!)
そう叫びたかったけど、今や話しかけることさえできなくなってしまった。台座に立ってメンテを受けるたびに、私は「私」を出せなくなっていく。もう、自分の意思で誰かに話しかけることができない。命令がない間はその辺のほっつき歩くことができるものの、メイドロボらしい歩き方しかできないし、大きく姿勢も崩せない。左右を見たり、両手を胸の前で重ね合わせるか裾を握るか選べる程度。しかも、気がつくと肌もテカテカになってしまっていた。
(私……いやだ! メイドロボになんてなりたくない!)
指でどこかの認証を通すたびに、自分が人間でなくなっていく気がする。私がメイドロボ・サンゴである証が、またこの世界に記録されていく。同時に、サンゴが藤原芽依である事実も、彼女が部屋を移動するたびに蓄積されていくのだ。
半月もすると、私はほぼ意思表示できなくなってしまった。絶望の打ちひしがれる中、最後のとどめが……落葉さんによってさされることになった。
藤原さんが可哀相だから、見た目をハッキリ変えた方がいい……という話し合いが行われたらしく、整備室で私はクラスメイトたちの手で、髪を金髪に染められてしまったのだ。
(みんな! 私だよ! 私が本物なの!)
「よし、できた」「印象変わるねー」「ま、これで二度と間違わねーな」
(間違えてぇ!)
その後、私とサンゴは二人並んで、撮影された。サンゴが私を横目で見ているのを感じたが、私は真っ直ぐ前を見つめたまま首を動かせない。
「あ、ごめんねサンゴー。戻っていいよ」
「かしこまりました」
(やめて! 元に戻して!)
私は台座の上に戻った。フリフリのメイド服を着た学校の備品、メイドロボのサンゴとして。整備室を出ていくかつてのクラスメイトたちを、凍り付いた微笑みで見送ることしかできなかった。
(ああ……お願い。誰か、私に気づいてぇ……元に戻してよぉ……)
指先にメイドロボの証を抱いた哀れなこの体は、二度と自分の意思で動かすことができなかった。