「事情はわかりました。私たちに任せてください!」
旅の途中に立ち寄った村は規模の割に活気がなく、村民たちはみんな押しなべて沈んだ面持ちで俯きながら歩いていた。何かあったのか尋ねると、どうやら少し前から悪い魔女が村の近隣に住み着き、面白半分に村民たちに危害を加えているのだという。闇の魔法の実験台にもしているらしい。多くの者は家族を人質にとられており、逃げ出すこともできない。むごい話だ。
幸い、私たちは腕に自信があった。私はAランクの剣士だし、仲間も高ランクの魔法使いと弓使いだ。若い魔女一人の討伐など、何とでもなるだろう。そう思った私たちは、魔女を討ちに彼女の屋敷へ向かった。その後に恐ろしい運命が待ち受けていることなど思いもせずに。
(ば……馬鹿な……)
「うふふふ、あっけなかったわねえ」
私たちは敗北した。いともたやすく、簡単に。マホのバリアは貫通され、私の剣はあと一息というところで届かず、ユーミは一瞬の隙を突かれ二度と構えた矢を放てない体に変えられてしまった。
「私、この魔法には自信があるの」
にっくき魔女が杖先で私の頭をコツコツと叩く。私はそれに対して何らの反応も示すことができず、その場から一歩も動けないまま、屈辱的な言葉を黙って一身に受け続けることしかできなかった。何故なら、私は……私たち三人全員、魔女の魔法によって石にされてしまったからだ。
(う……動け、動け……っ)
あとちょっとで剣の切っ先が奴の首に届いたのに。しかしもう、冷たい石の塊と化してしまった私の腕は、どう頑張ってもピクリともしない。身体を動かすという行為自体が完全に失われてしまっている。骨も鍛えた筋肉も、今や区別のつかない石材として混ざり合い、跡形も残ってはいないのだ。もし今私の腕を折っても、断面は均質な石の面しかないのだろう……。極限まで硬化した全身の感覚が、その事実を理屈ではなく本能で伝えてくる。嫌というほどに。
(そんな……う、嘘です……こんなことって……)
(くそっ……くそっ、ちくしょうっ)
パーティー編成の魔法契約をしているおかげで、石化しても近くにいる仲間の声は頭に届く。全員が時を止められた石の身体の中でもがいているのがわかるが、誰一人としてこの呪縛から脱せる者はいないようだった。終わった……? そんな。私たちが……こんな、ところで……。
「ん~ふふ。どうしようかしら。さっさと殺しちゃってもいいんだけど……」
魔女は私の周りをゆっくり歩きながら、わざとらしい口調と仕草で私たちの不安と恐怖を煽ろうとしていた。悔しさと恐ろしさ、一滴の血も流していないのに死体より無力になってしまった憤り、色々な感情がない交ぜになって私を揺さぶった。
「せっかくだから、見せしめになってもらいましょうか。二度と私に歯向かおうなんて愚か者が出ないように……ね」
その日の夜、私たちは村の中央にある交差点に設置された。横長の石の台座に下ろされた私たちは、村を飾りたてるモニュメントにされてしまったのだ。
すぐに村人たちが集い、私たちが負けたことを知り落胆し、狼狽えた。魔女は村人を何人か豚に変えて痛めつけた後、満足げに笑いながら飛び去り、後には絶望的な沈黙だけが残された。
(ごめん……なさい……)
(負けて……しまいました……)
私たちは心の中で謝ったが、灰色に染まった喉と口からはうめき声一つ出すことができない。そして自分たちが村人たちを畏怖させる象徴にされてしまったことへの屈辱、これからずっと敗者の証としてここに飾られ続けるのかと思うと、私たちも村人たちに負けない絶望感を抱かずにはいられなかった。
(だ……誰か……石化の解除はできないのか……)
(助けを……街に助けを呼びに……)
私たちの悲痛な訴えも、誰にも届かない。指一本動かせないまま、私たちは無様な姿をいつまでも晒し続けることしか許されなかった。
こうして二度と動き出せないまま、永遠に苦痛の時間を過ごさなければならないのだということを存分に味わわされた、次の深夜。突如、私たちは解放された。
「……ん?」
「……あれ?」
石化が解けた。無機質な灰色に染まり切っていた私たちの体は鮮やかな色合いと生気を取り戻し、手足も「動かす」ことが解禁された。困惑しながら互いに顔を合わせ、私たちは何があったのか意見を交わし合った。魔女が誰かに倒されたのか、或いは魔法が未熟だったのか……。
「とにかく、この場を離れましょう」
「そうだな」
ひょっとしたら、魔法が解けたことを察し魔女が戻ってくるかもしれない。ここは一旦避難だ。私たちは石の台座を降りて、一日ぶりに地面に足をつけた。振り返ると、台座にプレートが貼ってあることが気づき、そこに妙な題名が刻まれていることに気づく。
「可憐なる妖精の像……だと?」
「えぇ……?」
「ふ、ふざけやがって……」
およそ私たちを指すとは思えない名前だった。私たちは妖精じゃない。人間の冒険者だ。何か屈辱的な題名でもつけられているのかと思いきや、一体全体どうしてこんな珍妙な文字列が刻まれているのだろう。他の石像の台座と間違えたのか、或いは流用か……。いずれにせよ、私たちを軽く見ていたことには違いない。怒りが湧きおこってくる。バカにしやがって……。いつか絶対に討伐してやる。
「とにかく、行きましょう」
交差点の中央から離れたその瞬間。足が歩みを止めた。
「……?」
台座から僅か十歩やそこらの距離で、身体が……正確には下半身が言うことをきかなくなった。歩けない。これ以上、先に進めない……。
「ど、どうなってんだ?」
「足が……ダメです」
その場で必死に身をよじりながら頑張ったが、どうしても一歩を踏み出せない。不思議なことに、後ろに下がることはできた。別の方角へ行こうとしても、やはり十歩程度で足が止まる。どうやら、台座から半径十歩以上には進めないらしい。
「ち、ちくしょう、弄びやがって……」
ユーミが吠える。これは間違いなく、あの魔女の呪いに違いない。石化は解けたが、まだ私たちは奴の支配下にあるらしい。
「解けるか?」
「ダメです……魔力が封じられているようです……」
マホ曰く、私たちにはまだ何某かの大きな呪いがかけられているようだが、ハッキリとはわからない。そして、彼女は魔力が封じられているため、解呪できないということだった。
「お……おい、嘘だろ。せっかく元に戻ったのに……逃げられないのかよ」
石化が解けて自由に動けるようになったはずなのに、逃げられない。石化されている時よりもある種キツイ無力感があった。まるで私たちが台座から離れたくないみたいな錯覚さえ感じてしまう。
その時、村人が一人通りかかった。
「あっ……お、おーい! 助けてくれ!」
呼びかけに彼が答えて近づいてきた瞬間。全身が突如奪われた。身体が勝手に動き出し、台座に向かって歩き出したのだ。
「な、なんだ!?」
「体が勝手に……」
「おいっ……まさか、嘘だろ!」
台座に上がらされた瞬間、おおよその運命を察してしまったが、それはとんでもなく屈辱的で絶望するしかない展開だった。元通り台座の上に横並びで立った私たちは、全身が徐々に色合いを失い、灰色に塗りつぶされだした。同時に、身体が急速に硬化していき、動けなくなっていく。
「そん……な……」
「ああ……ぁ」
あえなく石像に戻されてしまった私たちは、その様子を目撃していた村人に、さらなる恐怖を刻み込んでしまったのだった。
次の日も、同じ時間に石化が解かれた。どうやら、偶然ではない。昨日と同様、台座から十歩ほどしか離れられない。それ以上離れようとする行為は禁止され、行えない。仲間を遠くに投げるとかも実行できなかった。
昨日の噂は広まっていたのか、昨日より見物人が多くいた。そして台座から離れようともがいてもどうにもできず、十分ほどで台座に強制送還されて再び無力な石の塊に戻されてしまう私たちの姿を見て、村人たちは慄いた。どうやら、あの魔女は最初からこういうつもりだったようだ。深夜に十分だけ石化を解くように仕込んでおき、しかし台座からは離れられず、定時に台座に戻し再石化させる。仮初の自由を与えることで私たちがもがき苦しむその様を、村人たちへの見せしめとして設定したのに違いない。
(くそっ……くそおおっ!)
(馬鹿にしやがってえぇ……!)
(こんなの……ひ、ひどいです……ぅ)
石像に戻されるたびに、私たちはあの魔女に屈服する屈辱を毎回味わわされてしまう。見せしめの効果は村人だけでなく、私たち自身にも大きく作用した。自由に動ける十分。何でもできそうなのに、何もできないまま石に戻され、日中は指一本動かせないまま苦痛を表現する石像として暗黒の村の飾りにされてしまう。最悪だった。自分たちがどうあがいても魔女に敵わない無力な存在なのだということを内外にアピールさせられるのだ。私たちがもがく様そのものが全て魔女の見せしめに変換されてしまう。それがたまらなく悔しかった。
しかも、毎日自由な時間を与えられるおかげで、心を壊してしまうことすら容易じゃなかった。ずっと身動きが取れないままだったら早々に発狂していたかもしれない。が、何とか出来るんじゃないかと思ってしまう時間、自由に体を動かせる時間が確保されているせいで、いつまでも脱出を諦めきれない。ずっと正気を希望を抱かせられ続け、そしてそれが結果的に村人たちに恐怖と絶望を与えることとなってしまう。
そんな暗澹たる生活を強要され始めてからしばらく、これ以上の地獄はないだろうと思った矢先。私たちはある変化に気づいた。いつの間にか体が軽くなっている。最初に気づいたのは鎧を着ていた私だ。
「な……なんだ、これ?」
正確にいつからだったのかはわからないが、金属製の鎧がいつの間にか布製になっていることに気づいた。相棒の剣もまるで紙みたいにペラペラになっている。
「くっ……くっ、くそう、あいつ……」
怒りで体が震える。これまでずっと生死を共にし死地を潜り抜けてきた剣が……。こんなみすぼらしい姿に……。
装備が劣化しているのは私だけじゃない。マホの杖もまるで紙の棒みたいになっていて、ユーミの弓矢もオモチャみたいにみすぼらしい。装備も冒険者のそれではなく、まるで普段着のような薄さに変わっている。
「な、なんでしょうこれは……?」
「万が一にでも復讐されないようにってだろ……ちくしょう!」
「いえ……で、でもこれは……」
マホは何か違和感を抱いていたようだが、その正体が判明するまでには更なる日数を要した。石化のたびに装備が劣化していく現象の正体。それは……劣化ではなく変化だった。
「やっぱりっ……これは……っ」
石化が解かれた瞬間、マホは台座から飛び降りて、プレートを読むよう叫んだ。プレートには変わらず「可憐なる妖精の像」としか記されていない。
「それがどうしたんだ?」
「今、やっとわかりました……。これは、真名を与える呪いです!」
「マナ……?」
専門的な魔法の話はよくわからなかったが、要するに私たちはここに刻まれた通りの存在に変化しつつあるらしい。
「……え? つまり私たちは……」
「可憐な妖精……になってしまうのではないかと。このままだと」
「ははは、まさかそんな……」
私は恐る恐る視線を落とした。マホの言うことは本当だった。ただ薄い布になっているだけだと思っていた鎧が、「可愛い服」に変わりつつあることに気づき、驚愕した。無骨な鎧を模した布の服ではない。可愛いデザインの服に少しずつだが変わりつつある。
「く……くそっ」
思わず駆けだしたが、やはり台座から離れることはできない。プレートの名前を書き換えられないかと思ったが、それもできない。
時間切れで台座に戻り、再び石化される中、私は真の絶望を味わった。私が……私でないものに変えられていく。そんな惨いことが……よくも……。
徐々に変化が拡大していき、鎧だったものは可愛らしいワンピースに姿を変えつつあった。短かった髪もすごいペースで伸びてきて、兜だったものは長い髪を束ねる大きなリボンに、そして剣はいつの間にかワンピースの刺繍として吸収され消失してしまった。
(いやだっ、いやだぁ、やめろ、やめてくれ)
背中にはある日、いよいよ小さな羽根が生えてしまった。薄く透明感のある蝶のような形の羽根は、妖精の羽に相違なかった。
勇ましかった冒険者の像だったものは、気づけば可愛いワンピースを着た女性三人の像と化し、村人たちの反応も徐々に変わってきた。もはや見せしめとしての効果さえ失いつつある事実に言葉にできないような理不尽を感じた。私たちは……私たちは一体なんだ、どうなってしまうんだ。
その答えはさらに月日が進むと明瞭となった。私たちは石化する際、身体が勝手にポージングするようになってきたのだ。
(お……おいっ、なんだこれは)
(ど、どうしてこんな……)
可愛らしく微笑んで嬉しそうに固まる私たち。まるで石化するのを楽しんでいる、受け入れてしまったかのようで耐え難い恥辱だった。
(ち、ちが……私たち、自分でポーズしてるわけじゃ……)
村人たちに見られる日中、ずっと私は心の中で言い訳をし続けた。自分の意志で可愛く石化しようとしていると思われるのだけは心外だった。それだけは死んでも嫌だ。動ける十分の際に村人たちに説明はしているものの、どれだけ信じてもらえているか……。可愛く笑いながらポーズとって石化する様を目の前で見せつけてしまうと、どうにも……説得力を保てない。
何故こんなことになるのかだが、恐らく……台座に刻まれた名前が問題だ。「可憐なる妖精の像」……私たちは可憐でなければならないのだ。
リボンやフリルで彩られた可愛いワンピース、髪を結う大きなリボン、背中から生えた大きな羽根。いい歳してこんな格好を人前で着て、しかも晒し者にされているのが例えようもないほど恥ずかしかった。誰かがこの村を訪れても、私たちは戦って敗れた冒険者だとさえ思ってもらえないのがたまらなく悔しい。
しかも、さらに月日が経つと、徐々に体が縮みだした。最初は気のせいかと思ったが、流石に台座も村人もかなり大きく見えるようになってきたので、現実逃避にも限界があった。
「これじゃあ……ホントに妖精じゃねえか……」
「ううう……私たち、本当に可愛い妖精の石像になっちゃうんですね……」
「冗談じゃねえ……くそっ、何とかならないのかよ……」
小さくなったことで妖精のように飛べるようになってきたが、それでも台座から離れることはできないし、わずか十分で笑顔の可愛い石像に戻されてしまう。どうしようもなかった。私たちは、仮初の自由な時間を嘆き悲しむことにしか使えず、名付けられた題名に相応しい存在になることを受け入れることしかできなかったのだ。
私たちがすっかり小さな妖精になってしまった頃、魔女が久々に私たちに話しかけてきた。日中なので石化したまま動けず、笑顔で可愛くしたままという屈辱的過ぎる対面だった。
「うふふふ、随分可愛くなっちゃったじゃな~い」
(だ、黙れ)
(いい加減に、私たちを元に戻してください!)
(絶対……絶対許さねえぞ……)
「うふふふふ、そんな顔ですごんでもしょうがないわよ」
魔女は散々私たちをからかった後、新しい小さな台座を三つ取り出した。それはあまりに小さな台座で、石像というより置物の台座。だが、今の私たちにはピッタリなサイズに見えた。
「これはもう大げさだもんね」
悔しいが魔女の言う通り。等身大の石像を三つ並んで飾るための今の台座は、私たちはもはや大きすぎた。巨大な灰色の海の上に、チョコンと三つの彫刻が置かれている。ここんとこずっとそんな状態だった。
新たな三つの台座には、それぞれ違う名前が刻まれていた。
「はい、じゃあこれはあなたに」
(んなっ……? やめろ!)
「可憐なる泣き虫妖精の彫刻」と刻まれた台座の上に、ユーミが置かれた。そ、そんな……勇ましいユーミが、これから……泣き虫に変えられてしまう、のか……?
「これはマホちゃん」
(ああっ!)
二つ目の台座には「可憐なる天然妖精の像」と刻まれている。マホは笑顔で微笑んだまま、あっけなくその上に乗っけられてしまった。まずい……。マホが天然に、馬鹿にされてしまう……。呪いについて詳しいのはマホだけなのに……。
「これがあなたの」
(あっ)
最後は私だった。妖精の彫刻に相応しい、小さな台座に私は設置された。見えない。プレートにはなんて書いてあったんだ……。
(ぶりっこ……です)
(はぁ!?)
(可憐なるぶりっ子妖精の彫刻……です)
視界に捉えていたマホの言葉に、私は心の底から絶望した。今、なんて……? ぶりっ子? 私……が? Aランク剣士だった私……が? そんな……風に……。
(い、嫌だっ、やめろ、ここから下ろせ、あのデカい台座でいいっ、やめろっ)
必死に縋ったが、魔女は効く耳を持たない。交差点から村長の家に移された私たちは、昨日の夜にとった可愛いポーズと笑顔のまま、魔女が去っていくのを見守った。村長の家を彩る可憐な彫刻と化してしまった私たちは、あまりのことに言葉を失い、本当の彫刻のように押し黙ってしまった。これからまた時間をかけて、私たちは変わっていく。名前の通りに、与えられた題名通りの存在に……ぶりっ子に、天然に、泣き虫に……そんな妖精の彫刻に。
(嫌だ……誰か、誰か……助けて、くれ……)
(わ、私……おバカになんてなりたくありません……あんなに勉強、したのに……)
(ぜってえ泣いたりなんか……しねえぞ……して……たまるか……)
村長の家の応接間。その棚に収められた私たち可憐な妖精の像たちは、新たな変化に怯え絶望しながら、静かに棚を笑顔で彩り続けることしかできなかった。