お隣の家に強盗が入った。集団で押し入り住んでる姉妹をどうにかして金や貴重品を奪っていったようだ。住んでいたのは俺よりちょっと年上の姉妹で、小さい時は遊んでもらってた記憶がある。小学校も高学年になってからは全然交流なかったけど、知ってる人が犯罪被害、それもすぐ物理的にすぐ隣というのはショックが大きかった。
問題は姉妹が行方不明になってしまったこと。事件当夜はおそらく自宅にいたはずなのだが見つからず、連絡もつかない。警察が捕まえた犯人の一味も知らない、部屋から逃げた瞬間に消えたと妙な主張をするばかり。殺してどこかに埋めたのだろうとみるのが自然かもしれないが、現場にも犯人の車にもそんな痕跡はない。お手上げだった。
ニュースを見ながら、俺は自室のフィギュアのことを考えていた。事件の翌朝に庭で拾った美少女フィギュアのことを。それは黒髪の全裸のフィギュアで、最初見た時は死体かと思ってビックリした。30センチ弱の人間なんているはずないのに。それぐらい、不思議な迫力と生気に満ちたすごいフィギュアだったのだ。アクションフィギュアのような関節もないのに、ポーズ固定ではなく手足を動かせる。しかも指まで細かく操作できる。まるで生きた人間を縮めたみたいだった。俺はそれをひっそり自室に隠してから家を出た。誰のものか知らないが値打ちものだろうと思ったので地面の上に放置はできなかった。帰宅後、俺はちょっと怖い光景を目にした。二体のフィギュアは隠した場所におらず、パソコンの前に座った姿勢で置かれていたのだ。電源を落としたはずのパソコンは起動しており、ニュースサイトが映っていた。両親は仕事で家を空けているので、誰かが場所を変えてポーズも変えたということはありえない。昨日の強盗がうちにも……? しかし何も盗らず人形の場所とポーズだけ変えるなんて妙だ。
フィギュア二体は何も言わず、ピクリともしないまま静かにパソコンを眺め続けていた。
あれから一か月。二体のフィギュアはたびたび俺の留守中に場所とポーズを変えた。意思を持って動いているとしか思えないような怪奇現象に、俺は恐怖した。寝ている間に首を絞めてきたりしないだろうか。何か盗んでいったり……。ていうかこいつらは何なんだ。妖怪? 小人? だが、生きているとは断定できない。動くところを見たことないからだ。見た目は樹脂でできた美少女フィギュアそのもので生物には見えないし、俺が見ている間は完全にフィギュアのように静止しているのだから。
ただ、隣の強盗事件のニュースを見ていると二体のフィギュアのことを考えてしまう。どことなく何となく、フィギュアは隣に住んでた二人に似ている気がする。アニメチックにデフォルメされているし、ここ数年は道端で挨拶するぐらいの交流しかなかったからこれもハッキリとは言えないけど……。あの二人をマンガっぽく描いたらちょうどこんな感じかな、という気はする。そして、二人は以前行方不明であり、このフィギュアは事件の翌朝に俺の家の庭に転がっていたという事実。ありえねえことだけど、信じられないことだけど……もしかしたらこの二人は隣の姉妹なんじゃないか? 俺はそんな妄想を広げてしまう。いや、人がフィギュアになるなんてありえない。これは俺の馬鹿げた妄想に過ぎない。けど……。このフィギュアたちは明らかに俺の見ていないところで動いている。が、もしもあの姉妹だとしたら、ますますわからない。もしそうなら、自分たちがそうだと名乗り出るはずじゃないか? なんで一か月も大人しく俺の家でフィギュアのままでいるんだ? 答えは一つ。こいつらは……事件とは関係ない、ただの人形。人がフィギュアになるよりかは、誰かの作ったフィギュア型ラジコンだかロボットだかって方がいくらか現実的だ。
それでも、二人の生きているかのような表情と暮らしぶりに、俺は対応せざるを得なかった。この一か月の間、俺は自分の小遣いを費やして二人の生活環境を整えてしまっていた。俺が部屋に戻ると必ず胸や股間を隠すような姿勢に直って恥ずかしそうな表情を浮かべて静止しているのだ。流石にいつまでも全裸のままでいさせるのは心が痛んだ。人形用の服を数着買ってやり、着せ……いや、着せなかった。近くに置いて部屋を出た。リビングでゲームしてから戻ると、お揃いでアリスの衣装を着た二人が嬉しそうな顔で俺を出迎えた。感謝するかのように両手を合わせて固まっている。結構可愛かった。それから家の中を楽に移動できるよう、ちょっとした階段も作ってやった。工作なんて学校以外じゃほぼ初めてだったので中々大変だったが、充足感があった。
数日後、黒髪だとアリス衣装と合わないなと思ったので、俺は二人の髪を金髪に塗り替えた。二日くらいは不満そうな表情を浮かべられたが、次第に受け入れたのか楽しそうに着替えるようになった。俺が用意したのは人形用の可愛い服ばかりで、人間が日常着るような服はなかったが、裸よりはマシなのだろう。服への不満は読み取れなかった。
俺は口頭や筆記で二人に尋ねた。君たちは何者なのか、と。人形なのか生きている小人なのか妖精なのか。隣の二人かとダイレクトに訊きたかったが、そこは勇気が出なくて踏み込めなかった。しかし二人は何も答えない。俺が部屋に戻っても回答はパソコンに用意されていなかった。ちゃんと文字打つだけの状態にしておいたのだが。二人がパソコンを使えるのは間違いない。日中はパソコンで遊んでるようだし、知らない検索ワードも履歴に多数残ってる。日本語を理解しているはずなのだ。しかし……二人は不思議と、頑なに俺と直接のコミュニケーションをとろうとしない。俺が見ている間は身動きもせずじっと固まっているし、持ち上げても逆さにしても、スカートめくっても何も反応しない。後で怒ってるような表情を見せるだけだ。今回もメッセージは残さず、悲しんでいるような表情で固まっているだけの結果に終わった。
(変な奴ら……)
このまま二人を警察とか病院とか大学とか連れて行っても、取り合っちゃくれないだろうな。俺のせいじゃないし。俺はそう自分の中で言い訳を作り出し、全部なあなあにしたまま二人をずっと俺の家に住まわせたままにしておいた。
三か月経つと両親が帰ってきた。お土産は最新のAIフィギュア。メイド服を着た可愛いピンク髪の小さなロボットは、俺をマスターと呼んでどんな命令にも従ってくれた。踊るしお喋りするし落としたものを拾ってくれるし、最高だった。ただ、少しすると何故か例のフィギュア姉妹がムスッとした表情で机上に陣取るようになった。AIフィギュアのサクラは二人をツンツンして遊んでいる。こうして並んでみるとそっくりだな。同じシリーズのAIフィギュアだと言われれば納得。二人はAIフィギュアだったのだろうか? いや、生気が段違いだな。サクラはあくまで人工物って感じだけど、二人は相変わらず不思議な生々しさを感じる。それにAIフィギュアが俺が見ていない時だけ動くというのも変な話だ。
(ん? 待てよ)
サクラなら。あいつなら二人と直接話せるんじゃないか? 俺はそう考えて、サクラに命令した。俺がいない間、二人と遊んでやってほしい、仲良くして欲しいと。そして……もし可能なら出自を確認してほしい、と。小さなAIにどこまで話が理解できたかはわからないが……サクラは明るい声で
「お任せください、マスター!」
と叫んで了承してくれた。うーん、いいなあ。やっぱ話せないと、コミュニケーションとれないとダメだよな。あの二人はそこがなあ。
翌朝、目が覚めるとサクラが可愛い声で挨拶してくれた。彼女の頭を撫でてから机上のフィギュアに視線を移す。単なる樹脂の塊みたいに、一ミリも動くことなく静止している。何か言いたそうに小さく口を開いたまま。
「ほらぁ~、どうしたんですか? マスターが起きましたよ。挨拶しないんですか?」
サクラがフィギュア姉妹に向かって言った。これは……会話に成功したのか!?
「動けないんですか~? ポンコツさんですね~、えへへ」
サクラが姉の方を小突くと、姉は表情も姿勢も変えることなく静かに前後に揺れた。
「二人と話せたのか」
「はい!」
「出自は?」
「よくわかんないですう」
「そっか……」
俺はちょっと落胆した。やっと真相がわかると思ったのに。でも、話せたのにわからないってことあるか? サクラのAIには難しすぎる内容だったのだろうか。妖怪とか。
だが、どうしても確かめたい。
「二人は……人間だったり?」
「まさかあ。お人形ですよお。ねっ?」
サクラは二人の方に振り向いて確認した。二人はさっきから何も言わず黙っている。
「じゃあ、なんで動くんだ?」
「サクラも動いてますよお」
「そりゃそうだけど……」
じゃあAIフィギュアってことか? だとして、どうして俺が見ている間は動かないんだ?
疑問は尽きないが、高校に行かないといけないので、俺はこの辺で会話を打ち切った。後は帰ってからでいいや。焦ることはない。
帰宅するとサクラが「おかえりなさいマスター!」と迎えてくれた。二人は何も言わず固まってるだけだ。二人は挨拶もしないのか……いやできないのか。
「どうしたんですかあ? もう、そんな怖い顔じゃマスターさんがますます可愛がってくれなくなっちゃいますよー」
何だかサクラの言葉から煽りを感じてしまうのは気のせいか。自分の仲間(?)が主人を前にすると急に停止するのだから、あいつ視点だと相当に失礼な個体に見えるのかもしれない。
その言葉が届いたのか何なのか、それ以降は二人も頑張って笑顔でいることが多くなったが、ぎこちなかったり無理をしてる風だったり、以前のような自然な可愛さは醸せていなかった。まるで何かに焦っているかのようだ。色々服を着替えて可愛くポーズなどしているが、俺は二人には何も言わず何もせず、普通にサクラと話し、撫でたり褒めたりするのがお決まりになっていった。二人は俺の言葉に反応しない。何を言っても無視だ。動かないフィギュアに話しかけるのは狂人のすることとしか思えない。サクラが来た今、改めて強くそう思う。ちょっと胸は痛んだが、その痛みはサクラがいつも迅速に癒してくれる。こいつはいつも可愛いし俺の話に答えてくれる。俺はフィギュア姉妹がとても無礼な存在に感じるようになってきてしまった。二人がサクラみたいにリアクションを返してくれないのが悪いんじゃないか。だったら俺も可愛がる必要なんてない。
「あの二人はどうして俺がいると動かないんだ?」
「恥ずかしがり屋さんなんですよ~。ねっ?」
サクラの確認を、二人は笑顔のまま沈黙で答えた。フリフリのメイド服に身を包み、精一杯可愛く固まったのであろうポーズのまま、身動きもせず。硬い瞳の奥から意思の嘆きを感じたような気がしたが……。俺にはわからない。何か言いたいなら言えばいいじゃないか。仮に人に見られている間は動けない不具合があったのだとしよう。それでもパソコンにメッセージぐらい残せるだろ?
フィギュア姉妹は変わらない。ただずっと、健気に可愛く固まってみせている。
一年ほど経ったある日、新型ゲーム機が欲しくなった俺は、いらないものを売ることに決めた。でもまだちょっと足りない。どうしよう。他に売ってもいいものは……。
棚に追いやった二体のフィギュアが目にとまった。自分が一瞬考えたことが恐ろしくなったが……。冷静に考えたら、別に普通のことだ。故障したAIフィギュアなんて大したものじゃない。売ったって別に……。いやでも、あの二人は……。うーん。
サクラに相談すると、
「いいじゃないですか、売っちゃえば」
と答えが返ってきた。寂しくないか確認すると、そもそもあの二体は故障してておかしいから別に、とのこと。まあ確かに、俺も棚に閉じ込めて久しいしな。サクラが勝手に売られたらショックだけど、二人が売られても「勝手に売るなよー」ぐらいで受け止めてしまいそうだ。俺も。
でももしあのフィギュアが隣の二人だったら。俺は……。いや。それはありえないだろう。人間がフィギュアになるなんて。故障したAIフィギュアと考えるのが一番自然。常識。妄想は捨てろ。正気になれ。ていうかあの二体が家にいるからいつまでもこんなモヤモヤした気持ちを背負い続けることになってるんじゃないか? 仮に売ったとして、別に殺したりしたわけにもならないんだし……いいか。サクラいるし。
俺は二人を売ってしまうことに決めた。これで……ギリギリ足りるな。
二人を箱に入れる瞬間、目が合った。アリス衣装の二人は可愛く固まっているが、俺は一瞬誰か女性の悲鳴を聞いたような気がした。
一瞬躊躇したが、
(……知るか!)
俺は二人を箱に閉じ込め、家を出た。
店で査定の時に鞄から箱を出すと、ポーズと表情が変わっていた。懸命に箱を腕で叩き続けたかのような姿勢。表情は大きく口を開け、悲痛な面持ちで何か叫んでいるようだった。なんて格好だ。これじゃ高く売れないぞ。
店員もこんな悲痛なデザインのフィギュアは初めてらしく、何も言わなかったが困惑していた。おいおい、俺が変態みたいじゃん。頼むよ。
「もうちょい可愛くしてくれよ」
店員がバックヤードに下がった時、俺は小声で二人にそう言ったが、二人とも一切身動きせずに表情も変えない。やれやれ。
一旦鞄に戻してから取り出すと、ギュッとスカートを握りしめて泣き出そうな表情に変わっていた。あんまりいい趣味じゃないな。でもまあ……さっきよりはフィギュアとしてまとまってるデザインになったかも。
査定終了後、俺は金を受け取り店を出た。胸がズキッと痛み振り返ったが、もう売ってしまったのだ。今更だ。もし……もしも仮に二人が人間だっとして、だから何なんだ。俺に何の責任がある? 強盗に入ったのも二人をフィギュアに変えたのも俺じゃないし。困ってるならさっさと真相を明かせばよかったんだから、もはや自己責任だろ。サクラっていう会話相手まで用意したのに、結局自分たちの出自を明かさなかったのだから。
「おかえりなさいマスター!」
「ただいま」
「ゲーム機のお金足りそうですかー?」
「何とか買えそうだよ」
「おめでとうございますマスター!」
「ああ。……なあサクラ」
「何ですか?」
「あの二人、本当にAIフィギュアだったのか?」
「そうですよー」
「……だよな。でも、なんか部屋が寂しくなっちゃったな」
「んもう、マスターにはサクラがいるじゃないですか。元気出してくださいよー」