■ 軟体怪盗リィンツリーの番外編です。彼女が元気に怪盗活動をやっていた頃の一幕って感じなので、特に本編を読む必要はありません。
■ この話はこれで終わりですが、リィンツリーはやっぱり書いてて楽しいので、また構成を練って本編を書きたいと思います!0w0クワッ! 博士も本編に登場させたいですしねーw-ウム ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました!
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その日、リィンツリーはある機械のわずかに生まれていたデッドスペースに身を潜めていた。
その体は極めて小さく折りたたまれており、とても人体が収まる範囲とは思えない範囲にその体を収めている。
協力者である博士に作ってもらった、特殊なボディスーツによる圧縮と擬態能力をフルに活用して、その体をその形に固定しているのだ。
(……そろそろいい、かしら?)
リィンツリーは時間を見計らって、そのスーツの装置を解放し、圧縮と擬態を解いてそのデッドスペースから這い出していく。
彼女が潜んでいた機械は、彼女が忍び込む予定だった建物の中に運び込まれており、リィンツリーは労せず施設内への侵入を果たしていた。
まるで本物の猫のように、足音を全く立てることなく、リィンツリーは施設内を移動していく。
そして、彼女は重要な情報が隠されているサーバールームへと足を踏み入れた。
(……ふぅん。なるほど)
リィンツリーはその部屋の至るところに、警報装置と連動した赤外線センサーが設置されていることを見抜く。
彼女のオッドアイには、博士が作り出した赤外線センサーを可視化するコンタクトが装着されており、それによって彼女は警報装置を容易く潜り抜けていく。
もっとも、彼女だから容易く潜り抜けられただけで、一般人であればとても潜り抜けられるような密度ではなかったが。
リィンツリーは柔らかい体を活かして、くねくねと体全体を捻じり、倒し、そして曲げながら容易に赤外線センサーの隙間を潜り抜けていく。
彼女にしてみれば造作もない動作であるが、普通の人間が見れば大抵の人間はリィンツリーには骨格が存在しないのかと勘違いする程度には、ありえない挙動をしていた。
そうやって赤外線センサーの網を潜り抜けたリィンツリーは、サーバーから直接データを抜き取っていく。無論サーバーにはかなり厳重なセキュリティが張り巡らされていたが、リィンツリーは容易くそのセキュリティを突破し、重要機密を抜き出してしまう。
(さて、と……あとは)
リィンツリーは来た時と同じ道を、来た時以上の速度で抜け、サーバールームから出る。
彼女にとって、一度クリアした障害など、もはや障害ですらないのだ。
サーバールームから出たリィンツリーは、足音を耳にした瞬間、見つからないように物陰へと走る。
彼女がそこに身を潜めると、警備員らしき人物が歩いて来た。
「ふわぁ……ねみぃ……」
あまりやる気が感じられない警備員は、リィンツリーが物陰に隠れていることにも気づかず、その場を通り過ぎて行ってしまう。
完全に気配を殺していたリィンツリーは、通り過ぎた警備員とは逆側、警備員が来た方向へと動き出す。
まさに忍び足の猫の如く、全く足音を立てずに警備員室へとたどり着いたリィンツリー。
警備員室の機器に細工を施し、監視カメラ映像を何の異常も起きない映像がループするようにしてから、改めて貴重品が保存されている部屋へと向かう。
部屋には様々な警報装置が準備されていたが、リィンツリーは卓越した運動能力と軟体性能によって、それらを潜り抜け、施設を建てた資産家の持つ最大のお宝――宝石のリングを手にする。
本物のリングは小さな袋に包んで丸呑みし、偽物のリングを台座に置き直す。
(これでよし……と)
そしてリィンツリーは、部屋の隅に置かれていた箱の中に入っていく。
箱は正方形の木箱であり、中にはわずかに隙間があった。
(よっと……っ)
箱の中に事前に入っていたものをかき分け、持ち上げつつ、リィンツリーは自分が一番下になるように体を収めていく。
正方形の底面に体が沿うように、両足をM字にし、その足に上半身を被せるように体を折り畳む。
(むっ……んっ、んっ……)
リィンツリーは自分の胸が太腿に触れ、押し潰されるのを感じる。
(んんっ……こんなに膨らまなくて、いいのに……)
彼女のスタイルは誰もが羨むほど、均整の取れたものだ。乳房も同身長くらいの女性と比べれば十分大きい。ただ、怪盗を生業にしている彼女にしてみれば、大きな胸など邪魔なだけで、取り外せるものなら取り外したいとさえ思っているくらいだった。
なお、以前博士にそのことを相談した結果、本当に切り取られかけたので、胸の悩みについて博士に相談することはなくなっている。
(まあ、まだ潰せば問題ないけれど……っ)
リィンツリーは頭を両膝の間に収め、両手をそれぞれ空いたスペースに収めることで、限界ギリギリまで体を平たくした状態になることに成功する。
そして、その状態でボディスーツの機能を起動させた。
リィンツリーのボディスーツの背中部分が膨らみ、リィンツリーが潜んでいる木箱の底面になるよう、正方形に広がる。
上に乗せた元々入っているものが一瞬持ち上がったが、すぐにそれらの動きも安定した。
リィンツリーの体は完全に気箱の底面に擬態することに成功し、よほど鋭い者でなければ、その箱が二重底になっていて、その下に人が潜んでいるなどとは思えない。
ぴったり箱の底面となったリィンツリーは、あとはもう時を待つだけだった。
(予告状に記したのは八時間後の正午……それまで待つ……ん……っ)
忍耐力のあるリィンツリーにとって、それは特に問題のないことである。
ただ――今回に関しては、少し体の感覚に問題があった。
(……この機能の弱点は、ボディスーツそのものが広がるせいで、着用感が変わっちゃうってことよね……)
全身を石に擬態する瞬間もそうだったが、彼女の体を覆っているボディスーツそのものが広がることで、その完璧な擬態機能は生み出されている。
今回に関しては、リィンツリーの背中側のボディスーツが、箱の底部に合わせて平たく広がることによって、底面部の完全な擬態を成し得ている。
それはつまり、本来リィンツリーの背中や臀部をぴったり覆っているはずのボディスーツが、平たく広がっているということだ。
つまり、リィンツリーからすると――裸の背中やお尻に、ゴムで出来た板が乗っかっているような、そんな微妙な感覚になってしまっていた。
(……この辺、もうちょっと改良の余地があるんじゃないかしら……? 二重構造にするとか……じゃないと、体勢によっては恥ずかしすぎるのよね……)
部分変形のテストは、博士と共に何度も行っていた。
その際にもリィンツリーはその欠点について気づいて指摘していたのだが、二重構造にするという非常に真っ当な解決策について、博士は決して首を縦には振らなかったのだ。
『そりゃその方法でなら簡単に対策出来るけど……そんな当たり前の構造は嫌! 私の美学に反する!』
美学、と言われると無理を言えない。
リィンツリーは怪盗であり、彼女もまた、怪盗の美学というものを大事にしているからだ。
リィンツリーは自分の能力が突出していることを自覚している。彼女が本気で力を振るえば、真正面からなんでも奪い取ることは可能だろう。
いちいち忍び込む必要も、予告状を出す必要もない。
ただ、それをしてしまえば、それはただの強奪である。怪盗行為とはとても言えない。
だからリィンツリーはあくまで怪盗として、悪徳商人や悪い政治家などの重要な情報を盗み、その資産となっている美術品の類を盗むのだ。
(……にしても、やっぱりこれは恥ずかしいわ……せめて局部を覆うインナーくらいは、作ってもらうべきかしら……)
博士の美学からすれば、そういったものも邪道であろうとはわかっていたが、リィンツリーはそう思わざるを得なかった。
今回はまだ、お尻を丸出しにしているような感覚があるだけで、恥ずかしさとしてはそこまでではなかったが、これが胸や秘部が丸出しになっているような感覚になると、さすがのリィンツリーも耐えがたく感じてしまう。
体のボディラインが露わになるような、ボディスーツを着て衆目を集めているため、今さらという話ではあったが――それはそれ、これはこれ、なのである。
リィンツリーは怪盗として、侵入のための機能も重視しているが、うら若き女性でもあるのだから。
そして彼女は、その時も怪盗行為を成立させた。
指輪の披露セレモニーが行われている中、煙幕を噴出させ、場が混乱しているうちに、彼女は壇上に颯爽と現れる。
「あなたの大事な指輪は確かに頂いたわっ。それと……悪事の証拠もネットに公開済みだから、覚悟することね」
「り、リィンツリィイイイッ!!!」
今回のターゲットになっていた悪徳資産家の男は、顔を真っ赤にしてリィンツリーに向かって警備員たちをけしかける。
リィンツリーはその警備員たちをするすると猫のように躱し――踊るような足取りで敷地内から飛び出していく。
「待てえええ!! 今日こそ捕まえてやるぞ、リィンツリー!」
顔なじみの警官がそう勢い込んでリィンツリーの前に立ち塞がったが、リィンツリーは全く苦も無くその肩を踏んで、その手を逃れる。
「ごきげんよう! またどこかで会いましょう!」
そう叫んだリィンツリーは、夜の闇にその身を溶かし、姿を眩ませた。
今回もまた、リィンツリーの怪盗行為は成功に終わったのだ。
隠れ家のひとつに戻ったリィンツリーは、リークした情報により、大混乱が起きているのを確認しながら、盗った指輪を本来の持ち主の元に送る準備をしていた。
悪徳資産家が奪い取ったそれは、正当な持ち主が存在していた。悪徳資産家がスキャンダルによって崩壊した今、その正当な持ち主に返すことは十分に可能だった。
一通りの処理を終えた後、リィンツリーはようやく息を吐く。
「ふぅ……でも、まだまだ懲らしめなきゃいけない悪党はいるのよね……」
そう呟きながら、一息吐いたリィンツリーは、次の獲物についての情報を見やる。
「次も資産家の――渡部亜希子ね」
妖艶な笑みを浮かべる美女のプロフィールを確認しながら、リィンツリーはどう忍び込むか、盗み出すものの選定を進めるのだった。
その資産家が自分に執着していることなど、全く知らないままに。
おわり