ピンポーン。
「・・・?」
突然、玄関のインターホンが鳴った。
ピンポーン。
「はーい」
再度鳴るインターホンに、声だけ返す。
こういう時、真っ先に出てくれる芽衣子は車庫の掃除中。
「仕方ない」
来客程度、わざわざ芽衣子を呼び戻すまでもない。
「えー、っと。どちら様ですか」
「お兄ちゃーん」
玄関先で呼ぶのは、何処かで聞いた事のある声。
「ひょっとして、イトコ?」
「うん、そうだよー」
扉の先の主は、僕の従兄弟だった。
と言っても、年下で女の子。その名も、『絃子(いとこ)』。
絃子は高校受験を控えていたこともあり、暫く会っていなかった。
時期的にもう、高校に入学したんだっけか。
「ねぇ、開けてー」
「わ、わかった。ちょっと待って」
僕は、いつぞやの事を思い出す。
中学生の時、ウチに何度か通った際にドアノブを引き千切り。
剰(あまつさ)え、そのドアノブを握り潰して仕舞った。
あれから、かなりの時間が経ったけれど。
『アマゾンの秘薬』が切れたとはいえ、まだ成長期。
有り余る膂力で、玄関をまた壊されては敵わない。
玄関を壊されると、修理がもう大変なのだ。
「ひ、久し振・・・」
僕はガチャッ、とドアを開ける。
「・・・り、ぃっ!?」
ドアを開けるや否や、僕は度肝を抜かれた。
ドア枠から、絃子の鼻から上が見切れているのだ。
ウチの玄関ドアは大きくて、『2m』はあるんだけど。
あれから更に大きくなった芽衣子ですら、顔から下は収まるのに。
「ね、入って良い?」
「あ、ああ・・・」
絃子がヌゥッ、と屈んで玄関を潜るように入って来る。
「お兄ちゃん、久し振り♪」
「・・・・・」
絃子の全身を見て、再び度肝を抜かれた。
ノースリーブのシャツにスカートという、シンプルな出で立ち。
それだけに、余りにもな“筋肥大(バルクアップ)”振りに驚く。
僧帽筋の盛り上がりで、両肩まで扇型の山が出来ていて。
袖なしだからこそ着る事が出来た、と言わんばかりの巨大な肩と腕。
「お、大っきくなったな・・・」
「どう? 凄いでしょ」
腰に手をやり、絃子は胸を張った。
嘗(かつ)ての『Jカップ』爆乳は、更に大きくなったのか。
シャツの胸元をピンと張らせ、ボタンの隙間からブラがチラチラと見える。
「今、『213』あるよ」
「・・・え」
それは勿論、身長の話。
第二次性徴な、成長期の真っ只中。
とはいえ、中学二年の時点で『205cm』あったのに。
「“わたし”、綺麗になった?」
絃子はまるで、口裂け女みたいな質問を投げて来た。
「あ。これじゃ私の顔、見えないよね」
僕と絃子は、狭い玄関の中で至近距離で向かい合った為か。
上背の差が大きくて、僕の目線の先には絃子の胸元しか映らない。
「これで、どう?」
絃子は、僕の両脇をムンズと掴むと。
「ちょ、おい・・・っ」
いとも簡単にヒョイッ、と持ち上げてしまう。
「お、降ろし・・・っ」
「だーめ♪」
上背の差を埋めるべリフトされた僕は、足をバタバタさせるも効果なし。
床から『40cm』近く宙空に浮かされた状態で、為すがまま。
「“わたし”の事、ちゃんと答えてくれないと放さないよ」
中学生の時、絃子は自分の事を『あたし』と言っていた。
いつの間にか、一人称が『わたし』に変わっている。
今までなら、身体の変化を見せたくて飛び込んで来そうものなのに。
何処か、落ち着き払った印象。
「・・・・・」
長い髪をポニーテールに纏めた、切れ長の瞳。
顔立ちも前よりハッキリとしていて、鼻筋もスッと通っている。
芽衣子が、童顔で実年齢より幼く見える“可愛い系”の美人だとするなら。
絃子は、“綺麗系”な美少女・・・いや、美巨女と言った所だろうか。
『男子三日会わざれば刮目して見よ』という格言があるが。
まさに目の前の絃子は、その格言通りの変貌を遂げていた。
「綺麗に、なった?」
「もうっ、何で疑問形なの」
絃子は目の前でプーッ、と膨れた。
この辺の反応は、まだまだ可愛い年下の女の子な感じ。
「これでも、学校じゃ“筋肉美人”で通ってるのに」
身長(タッパ)に美貌(ルックス)、それに超が付く筋肉ボディ。
入学して即、色んな意味で有名人なのは間違いだろう。
「クラスの男子は、子供ばっかで詰まんないけどね」
今日日の男子高校生なんて、女子に比べれば成熟は遅い・・・のかな。
「この前も、告白して来た男子が居たんだけど・・・」
「へぇ・・・」
絃子の体格に物怖じしないのは、凄いと思う。
高校生からしたら、絃子は見上げるぐらいの超長身の筈。
「何でか理由を聞いたら、“胸を触りたいから”だって」
高校生男子なんて、まあそんなものか。
頭の中は遊ぶかエロか、の二択でもおかしくない。
「あったま来たから・・・」
「え、まさか・・・」
絃子のパワーで、もし殴ったりなんてしたら・・・。
「腕相撲で勝ったら好きにして良い、って言ってやったの」
「は、はは・・・」
以前ですら、バーベルカールで『750kg』を挙げる腕力を持っていたのに。
高校生が相手なら、十人が束になっても敵わないだろう。
「お兄ちゃんも、試してみる?」
脇腹を持たれている関係上、両サイドに二の腕があるんだけど。
軽く曲げられた絃子の上腕は、前よりも更に太くなっているように見える。
「へへーん。わたしの腕、遂にメートル超えたよ」
「・・・へ?」
花の女子高生、弱冠十六歳の少女の腕が『1m』を超え・・・た?
「見て見てー」
僕を右手一本で保持したまま、左腕を肩の高さで折り曲げる。
モゴゴォッ。
「っ!?」
絃子の腕が、大玉スイカ並みに大きく膨らんだ。
いや、“膨らんだ”という表現は正確ではないかも知れない。
風船みたいな丸さとは真逆な、堀の深いゴツゴツとした岩のような力瘤。
「絃子。ひょっとして、“何か”飲んでる?」
只の第二次性徴で、ここまで筋肉が大きくなったとは考え辛い。
「お兄ちゃん、何言ってるの。『入学祝い』でくれたじゃない」
「・・・え、入学祝い?」
そんなの、いつ渡したっけ・・・。
「・・・あ」
そう言えば、ウチの両親が前に“何か言ってた”ような・・・。
「てっきり、お兄ちゃんが持って来てくれると思ってたのに」
“それ”は、宅配便で絃子宅に届けられたらしい。
勿論、僕は手配なんて一切していない。
『ウチら家族から、で入学祝いは送っておいた』
「思い出した」
ウチの両親、確かにそう言っていた。
だから、個別に何もしなくて良い、とも。
「それって、やっぱり・・・」
「うん。【神のプロテイン】だよ!」
考えれば、普通にわかる事だった。
『アマゾンの秘薬』の一件で、ウチの両親と絃子の間にホットラインが出来て。
芽衣子と同じく、絃子にも勧めていただけの話。
「絃子は、その・・・良いの?」
「ん、何が?」
【神のプロテイン】という特殊さは、置いておくとしても。
『プロテイン』を摂取するという事は、身体を大きくする目的に他ならない。
「身体、とか」
「うん。凄く、絶好調だよ」
絃子が身体を動かす度に肩や腕がモリッ、モリッと盛り上がり。
生地が少ない筈のノースリーブシャツからミチ、ミチッと音が鳴る。
「久し振りに、芽衣子さんにも会いたいな」
「多分、もう直ぐ戻って来ると思うけど」
定期化した車庫の掃除も、そろそろ終えて戻って来る頃合い。
「へへん。楽しみ♪」
僕同様、芽衣子とも暫くは会っていなかったのかな。
「ね。待ってる間、腕相撲でもしない?」
「え、腕相撲って・・・さっき言ってた?」
そうだよ、と言葉短めに肯定。
「え、でも・・・」
僕の体力は、高校生男子と比べてもそう大差ない。
むしろ、運動部な部活男子の方が強いぐらい。
「お兄ちゃんはサービスで、最初から全身使って良いから♪」
そう言って、絃子は有無を言わせず寝そべった。
「・・・ま、まあ少しだけなら」
久し振りの再会なのと、入学祝いを直接届けなかった負い目もある。
少し付き合うぐらいなら、と僕も床に寝そべる。
「・・・っ」
絃子に向かい合ってわかる、絃子の腕の巨大さ。
床に肘を着いて置かれた、『1m』超えの上腕。
それはそのまま、大玉スイカを床に置いたかのようなデカさだった。
スイカと違うのは、桃のように頂上部が二つに割れている事。
文字通りの、『上腕二頭筋』による隆起。
「芽衣子が来るまで、だからね」
「えー。もし勝ったら、『おっぱいタッチ』して良いんだよ?」
絃子は、僕を挑発するように空いた左手で胸元をムニュッ、と揉んだ。
「や、やらないよ。それに、どうせ勝てないし」
「やる前から、それって。何か、男らしくないなー」
大人だからこそ、『TPO』を弁えていると言って欲しい。
「ま、良いや。さ、始めよっ」
「あ、おいっ」
絃子は、ゆっくりと少しずつ、僕の手を倒して行く。
「ぬぅ、ぐ・・・ぁっ」
わかってはいたけど、全く歯が立たない。
「ほら、ほらー」
ただ、手加減されていることは直ぐにわかった。
絃子と僕の筋力差なら、一秒と掛からず瞬殺も可能だろう。
「お兄ちゃん、もっと頑張って」
そうはせずに、時計の短針(時針)が刻むが如く。
カクッ、カクッと小刻みに僕の腕が倒されて行く。
「ぬぐぅ、んっ!」
僕は既に両手どころか、全体重を掛けているのに。
絃子の腕の傾きを一切、止める事が出来ない。
それは、まるで巨大なブロック塀が倒れて来て。
必死に全身の抑えているかのような、感覚。
――と、その時。
ガチャッ、と扉が開いて。
「あら、絃子さん♪」
車庫の掃除を終えたのか、芽衣子が居間に戻って来た。
「あ、芽衣・・・子ぉぁっ」
「ちょ、お兄ちゃんっ」
僕は芽衣子に気を取られたのか、バランスを崩してコテンと転んでしまう。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。平気、へーき」
殆ど自分から転んだようなものなので、大したダメージはない。
もし、絃子が本気だったら、この程度は済まなかっただろう。
「もうっ。何で、“勝手に負けちゃう”のよっ」
「・・・え」
まさかの、勝者である絃子からのクレーム。
「いや、でも。あのまま続けても、結果は同じだし」
「でも、どうなるかわかんなかったじゃない」
そんな要素、あったか?
あれから、どう展開した所で僕に勝つ目は無かったように思うけど。
それとも、自分で勝ちを決めたかったって感じなんだろうか。
「絃子さん、お久し振りです♪」
「芽衣子さん、久し振り-」
女子二人がキャッキャウフフ、と再会を喜び合っている。
絃子が跳び上がる度に、床がドスンッドスンッと揺れているけど・・・。
「芽衣子さん、凄く大きくなってる・・・」
再会もそこそこに、絃子は芽衣子の身体を触り捲っている。
「勝ってると思ってたのに・・・」
絃子は何度も、自身と芽衣子との間で視線を行き来させた。
絃子の自己申告が正しいのか、身長は絃子の方が高い。
しかし、それ以外の部位は全て、芽衣子の方に軍配が上がる。
「わたし、頑張って大っきくなったのに」
絃子は、肩の高さで力瘤を盛り上げる。
大玉スイカなメートル二頭筋がモゴゴォッ、と再び隆起する。
「あら。絃子さん、凄いです!」
「芽衣子さんも、ほら。盛り上げて見せてっ」
私ですか、と良く理解しないまま、芽衣子も力瘤を盛り上げた。
モゴゴゴォッ!
「・・・っ!」
『125cm』という超ビッグサイズな力瘤に、絃子は目を丸くした。
「やっぱり、負けた・・・。『102cm』もあるのに」
絃子は、芽衣子と並んで立って力瘤を比べ合っている。
「・・・・・」
僕からすれば、『125cm』も『102cm』も大差ないように見える。
両者、二人共。どちらの腕も、僕の胴回りより遥かに太い。
天上人が、お互いを比較しているイメージ。
「でも、パワーなら・・・」
「・・・?」
絃子は何故か、僕の方を見遣る。
「ねぇ、芽衣子さん。腕相撲しない?」
絃子は再び、そんな提案をした。
「え、良いですけど・・・」
芽衣子は芽衣子で、許可を求めて僕を見る。
「お兄ちゃん。やっぱり、『おっぱいタッチ』したくない?」
「いや、だから。それは・・・」
僕はもう、結婚やら何やらが出来る年齢。
従兄弟とはいえ、年下の胸を揉んで社会的に無事で済む訳がない。
「芽衣子さんと腕相撲で勝負して、私が負けたら揉ませてあげる」
『おっぱいタッチ』・・・触る、から揉むにランクアップしてる。
「絃子さん、それは流石に・・・」
芽衣子からも、ストップが掛かる。
「身内同士のスキンシップだから、大丈夫だよ。それに、私の方が強いし」
何だろう。
絃子は何故か、芽衣子に張り合おうとしている。
「ご主人様、良いんですか?」
「うー・・・ん。まあ・・・」
僕は、芽衣子に“目配せ”をした。
「オッケー。じゃあ、やろやろっ」
見た目は美女然とした絃子だけど、こういう根っ子の所はまだ子供なのかな。
テーブルを退けて広くした床に、二人が寝そべる。
とは言え、両者共に『2m』超えの巨体。床に余った空間はほぼ無い状態。
「・・・・・」
どちらも、上腕囲が『1m』を優に超える。
単純な『1m』の球体だとしても、直径は『30cm』オーバー。
上腕の構造的に、高さ『30cm』で済む筈もなく。
二人の力瘤は、立った状態の僕の膝ぐらいまで隆起している。
「お兄ちゃん、号令お願い」
「わ、わかった」
超重量級な二人が向かい合う凄さに気圧されつつも。
何とか、二人に組み合った両手に手を置き。
「レディー、ゴー」
と号令を掛けた。
「「・・・っ」」
二人の吐息音だけが、周囲を包む。
「すご・・・っ」
恐らくだけど、地上最強の筋肉女子二人による頂上決戦。
それだけの迫力が、二人の上腕から感じ取れる。
「ん、ぐぅっ」
しかし、少し経った頃だろうか。
徐々に、腕が傾いて行く。
「んぅ、あぁっ」
バンッ、と遂に床に手が着いた。
「負けちゃいました」
芽衣子の右手が、床に着いていた。
「これで、揉むのは無しだね」
「・・・・・」
勝った当の絃子は、何処か不満気な表情。
不味い、気付かれたかな・・・。
「芽衣子さん、本気じゃなかったよね?」
「い、いえ。そんな事は・・・」
芽衣子は、言い淀む。
咄嗟に目配せした意図を、以心伝心で酌んでくれた芽衣子。
“上手い具合に負けてくれた”と思ったんだけど・・・。
「じゃあ、もっかいやろ」
「わかりました」
差し出す絃子の手を、再びが芽衣子が組み合う。
「今度は、“わたしが勝ったらお兄ちゃんに胸を揉ませる”から」
「え」「ちょ」
僕と芽衣子が同時に驚いた隙に、絃子がゴーの掛け声で再戦を開始した。
「ん、ぐ・・・」
「・・・んぅっ」
さっきとは、空気がまるで違う。
大型の肉食獣同士がぶつかり合うような、緊迫感。
「・・・っ」
空気がビリビリと揺れる、のはこういう事を言うんだろうか。
明らかに、両者共に本気。ガチで、フルパワー。
「ぬ、ぎぃ・・・っ」
「ん、んぅっ」
一戦目とは、真逆の展開だった。
徐々に、少しずつ芽衣子の腕が押して行く。
「ぬぐぅっ、あぁっ」
絃子の美人顔に似付かわしくない、踏ん張りの気合い声。
「う、っそ。つ、っよ・・・」
それが、絃子の断末魔の台詞だった。
お互いの剛腕で以って、全力を出し合った結果。
バンッ、と絃子の右手が床に着地していた。
「もー。芽衣子さん、強過ぎだよー」
「絃子さんも、凄く強かったです」
汗ばんで、肩で息をしている芽衣子を初めて見た。
勝敗を分けた点を探すのであれば、やはり力瘤の差、だろうか。
二人の上腕サイズの差、『23cm』は女子一人分の腕周りと同じ。
サイズが大き過ぎて感覚が狂うけど、一人分の腕の差は大きい。
純粋な筋力比べなら、単純に筋肉量が多い方が勝つ。
「お兄ちゃん、覚えておきなさいよ」
「え。何で、僕なの」
絃子は何故か、負けた悪役みたいな台詞を僕に吐いたのだった。