「健ちゃん、どうしよう」
「うーん。まあ、行ってみて・・・だね」
僕たち二人は、『研究所』に向かっていた。
夏休みが明けて、新学期になり。
秋めいて来た頃合い、僕たちはとある問題にブチ当たっていた。
「いらっしゃい。事情は聞いてるわ」
白衣姿の星さんが出迎えてくれる。
早速、いつものグラウンドに移動。
「今日は、“それ”でやるのね」
「はい」
真理奈は、既に【活動服】に着替えていた。
競泳水着タイプで、真理奈の肢体はピッタリと覆われている。
「今、って」
「うん。【圧縮】してるよ」
身長は僕より高く、多分だけど『180cm』手前ぐらい。
バレーボールを思わせる乳房が生地を押し上げ、大きさを主張していて。
お腹も、六分割された腹筋がクッキリと浮かび上がっている。
【活動服】という、地球外の超技術による体型補正サポーター。
それを纏っていて尚、プロの格闘家並みの筋肉ボディ。
僕と比べたりなんかしたら、モヤシと大木ぐらい差がある。
「パワーは落ちてるんだっけ?」
「うん。少し、だけど・・・」
真理奈は、事前に用意して貰った研究所特製の握力計を握っている。
片手間に握っているにも関わらず、『187kg』と表示。
「確かに、“少し”だね・・・」
真理奈が本気で握った時の数値は、『441kg』。
それに比べれば、確かに筋力はダウンしている。
「一応、こちらで用意出来る物は準備しておいたから」
「ありがとうございます」
星さんが、大きな鉄の箱を持って来てくれた。
軽やかに扱っているが、かなりの重さの筈。
勿論、星さんも【圧縮】中、である。
「“これ”が、そうなんだ」
箱の中から、真理奈がボールを取り出す。
「ん・・・っ」
パァンッ!と、一瞬でボールが破裂した。
「うぉわっ」
真理奈の手には、外の革がボロボロになったソフトボールが握られている。
「今って、どのぐらい力入れたの?」
「それなりに強くは握ったかも。軽く掴む分には、大丈夫そう」
真理奈は、初めて触れるソフトボールをギュッ、ギュッと握っている。
「・・・・・」
軽く、という割りには楕円形に大きく変形している気がするけど・・・。
「でも、『ソフトボール』なんて珍しいわね」
星さんが言ったのは、競技としてのソフトボールについて。
毎年、恒例行事として催される球技大会。
今年は、男子がバレーボールで女子がソフトボールなのだった。
「ホントに、何でソフトボールなんだろ・・・」
体育の授業でも、一度もやったことがなくて。
真理奈自身も、生まれて初めて参加する競技。
「バレーとかバスケなら、手の抜き方も慣れてるのに」
真理奈が本気を出せば、ネットを跳び越えるぐらいジャンプしてしまうし。
スパイクを打てば、ボールを破裂させつつ天井ホームラン。
しかし、バレーやバスケは、その気になれば遣り過ごすのは簡単だった。
バレーはレシーブに徹していれば良いし、バスケはコートの隅っこに居れば良い。
その場に居ながら、気配を消して参加しなけば良いのだ。
まあ、クラスメイトからはクレームを貰ってしまうけど・・・。
それも、クラスメイトたちの身の安全を鑑みれば、致し方なし。
野球やソフトボールに共通するのは、必ず順番が回って来るという部分。
打者なら、バットを振らないといけないし。
守備なら、ボールを捕って投げないといけない。
手を抜こうにも、初めて過ぎてコツすらわからない状態なのだ。
「キャッチボールでも、してみる?」
「良いんですか?」
「投球動作(フォーム)とかは教えてあげられないけど」
技術的には素人でも、発揮されるパワーは超人のそれ。
スーパー女子な二人同士でないと、キャッチボールも成立しない。
星さんが以前、そのスーパーウーマン振りを見せてくれた事があった。
明らかに慣れていない“女の子投げ”なのに、硬球で『360km/h』を記録。
「えい」
シュゴーッ、バシ。
「え、いっ」
シュバァッ、バシッ。
「すご・・・」
だいたい、『15m』ぐらい離れた位置で二人がキャッチボール。
ソフトボールの投手と本塁間の距離は、男子で『14.02m』、女子で『13.11m』。
野球だと『18.44m』と長く、ソフトボールの塁間距離がそれと同じぐらい。
今やってるキャッチボールは、球技大会を想定した距離・・・で良いのかな。
ヒュッ、ゴバッ。
ヒュォッ、バァンッ。
「「~~♪」」
「・・・・・」
パッと見は、グローブを嵌めた若い女子二人が。
覚束ない手付きで、ソフトボールを相手に向けて投げている・・・筈なんだけど。
ヒュバァッ!
シュバンッ!
「・・・・・」
ボールをリリースしてから、キャッチするまで。
その時間が徐々に早くなり、球速がドンドンと速くなっている。
普通なら、山ナリになりそうな投球動作(フォーム)から、弾丸ライナーが飛ぶ。
只でさえ空気抵抗が大きいボールなのに、硬球並の剛速球。
「今って、どのぐらい力入れてるの?」
「えー、と。半分ぐらい?」「私は、三割ね」
スーパー女子二人は、慣れて来たと言わんばかりに、顔だけこちらに向けている。
勿論、剛速球キャッチボールは継続したまま。
「ウォーミングアップ、だよね?」
「・・・ぁ。あー、うん」
真理奈の奴、目的を忘れてるな・・・。
「速く投げちゃ、ダメなんだっけ」
「ダメ、ではないけど・・・」
一般人レベルで速い球なら、全く問題ないんだけど。
明らかに、ピッチングマシンの最高速レベルな剛速球が飛び交っている。
ソフトボールの球速は男子が『130km/h』、女子だと『120km/h』辺りが最速。
それでも、体感速度は野球よりソフトボールの方が上だと言われている。
そういった“ソフトボール換算”を抜きにしても、メジャーリーガーレベル。
「もっと、スピード落とせる?」
「うーん、やってみる」
真理奈の返事は、何処となく覇気がなかった。
やりたくない、ではなく。やれなさそう、な感じ。
「え、っと。じゃあ、っと」
真理奈は、あくまで“遅いボール”の速度感の確認のつもりだったんだろう。
下手で、手首をクイッと返すようにして、ボールを放った。
シュッ・・・、バシ。
「あら、良い感じじゃない?」
ボールは、星さんの構えたグローブにスポッと収まった。
「・・・・・」
『15m』離れた状態で、下手投げどころか手首を返しただけのボール。
それが、変わらず弾丸ライナーで飛んで行った。
今になって、やっと気付いた。
真理奈は、“山ナリのボールが投げられない”のだ。
どんな投げ方をしようが、少なからず力を籠めざるを得ない。
そんな少し入れただけの力でも、常人の全力の数倍のパワーが発揮されてしまう。
球技大会でソフトボールをプレイするのは、クラスメイト女子も大半が初めて。
そんな輪の中に真理奈が入ってしまったらどうなるか、想像に難くない。
「折角だから、ピッチャーもやってみる?」
「え、良いんですか?」
僕の心配を他所に、星さんの提案で真理奈は投手も体験することになった。
「距離は、このままで・・・良いのかな」
「うん。良いんじゃない?」
超女二人が、キャッキャウフフしながら投手と捕手に早変わり。
とは言っても、星さんが捕手座りをしただけなんだけど。
「いつでも良いわよー」
「えー、っと。こう、だっけ」
真理奈が、見様見真似で下手投げ。
シュゴゥッ、バシィッ!
「・・・っ!?」
綺麗な、ど真ん中のストレート。
コントロールは偶々だとしても、速度は紛れもなく本物。
誇張なしに、投げた瞬間に星さんの構えたグローブに収まっていた。
シュッ、スバァッ!
シュィッ、ゴッ!
シュゴ、バァンッ!
「・・・・・」
僕はまるで、“椀子蕎麦”を見ているかのように誤解しそうだった。
真理奈が投げて、星さんがキャッチ。
星さんは座ったまま、直ぐに真理奈に返球。
これをワンセットとして、一分程で十セットは回転していた。
因みに、暴投も多かったけど、捕球漏れは一度もなかった。
どんなに逸れようが、星さんが座った体勢からジャンプして難なくキャッチ。
【スーパーガール二人の超人ベースボール】
みたいなタイトルで動画を投稿したら、即バズリしそう。
いや、むしろ合成とかの不正を疑われて炎上してしまうかも。
「・・・ん?」
何だろう。何か、臭う。
「何か、焦げ臭くないですか?」
「すんすんっ、そういえば」
「・・・これ、かな」
星さんが、グローブを広げて見せてくれた。
「・・・あ」
「焦げて、ますね・・・」
真理奈の剛速球を余さず受け続けたグローブは、捕球部分が黒ずんでいた。
ボールの回転の威力が余りに強過ぎて、革を擦って焦げさせてしまったのだ。
「私が、ボールを握り潰さないように力を抜いたせいかも」
星さんは、そう済まなそうに苦笑いした。
捕球した際、回転を止めるように力を入れれば、瞬く間にボールは握り潰されてしまう。
かと言って、ボールの回転力をグローブに任せれば、あっという間に焦げてお終い。
革が分厚いキャッチャーミットだったとしても、延命する時間が多少長くなる程度だろう。
「うーん。じゃあ、キャッチャーは“これ”に任せよっか」
星さんはいつぞやの『モノリス』を持って来て、片手間にドズンッと置いた。
『2m』四方で厚さ『30cm』、重さ『600kg』もある巨大な鉄板。
言うまでもなく、人間が扱える代物ではない。
「バッターって、どんな感じかやってみたかったの♪」
星さんは何処に用意していたのか、金属バットを持っていた。
更には、野球用のヘルメットまで被っている。
「バットは振らないけど気分だけは、ね」
『モノリス』の前に立つように、星さんは左半身を真理奈に向けて構えた。
「わかってると思うけど、ブツけても大丈夫だからねー」
「はーい」
打者がデッドボールどんと来いなのも、この二人だからこそ。
それでも、顔面に当たると危なそうな気もするけど・・・。
「じゃ、行きますね」
シュッ、ドガンッ!
「・・・あっ」
「っ!?」
早速、という程にいきなりだった。
頭部へのデッドボール。プロ野球なら、危険球で一発退場。
・・・なんて、レベルではなかった。
「「だ、大丈夫ですかっ!?」」
僕も真理奈も、慌てて星さんに駆け寄る。
「・・・?」
星さんは最初、僕たち二人が何を心配しているのか気付いていなかった。
「あー、うん。大丈夫よ♪」
星さんはニッコリと笑っている。
「ヘルメットは保たなかったみたいだけどね」
ソフトボールの直撃一発で、ヘルメットは粉々に砕けていた。
硬球を使うプロ野球でも、粉々になった、なんて話は聞いた事がない。
「真理奈・・・」
「・・・うん」
僕も真理奈も、考えている事は一致していた。
「“万が一”の事を考えたら、球技大会はやめておいた方が良いかも知れないわね」
「「はい」」
真理奈は学校生活で初めて、学校行事を辞退した。