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「おい、ナキ!さっさと食事下げろ!」
「・・・はいはい。」
「ったくお前は相変わらず他人への気配りができねぇな。
戦闘だけじゃなくて炊事も得意にならねーと生きていけねーぞ?」
「うっさいな。わかってますよ」
「上官への返事は”サー・イエッサー”だ。」
民族紛争が絶えない某国の軍事駐屯地。
上官からナキと呼ばれた女性が、無表情で兵たちの食事を片付けていく。
その手つきは無駄がなく、手慣れている。
階級に関係なく食事の面倒は女性の仕事。そんな古臭い風習がこの駐屯地でも蔓延っている。
男社会ではよくあることだ。
ナキには幼少期の記憶がない。
物心つく頃には戦いに身を投じ、明日もあるかわからない生活が日常となっている。
彼女は正規の兵卒ではなく、所謂「戦争孤児」である。
両親を亡くした彼女を現地軍が引き取り、兵力の一人として育て上げた。
彼女の他にも軍に拾われ育てられた少年少女は何人もいた。
しかし同世代のほとんどは、戦火の中に散っていった。
「ナキだっていつか、好きなことを見つけられるよ」
戦友そして無二の親友だったあの子の笑顔を、ナキは時々思い出す。
あの子が戦地から二度と帰って来ないことを、ナキも最初は受け入れられなかった。
初めての激情が込み上げ、上官にナイフを持って掴みかかった。なぜあの子を戦地へ行かせた。なぜ。
兵に取り押さえられ、放り込まれた独房の暗闇の中で、彼女は自問自答した。
”どうして誰もいなくなるの?
もうこんな思いしたくない。
こんなに悲しいのなら、大切な他人なんてもういらない”
独房から出た彼女の目つきは、非常な現実を淡々と受け入れる冷酷な眼差しへと変わっていた。
それ以降、彼女は仲間の死を受け入れるようになった。
野戦術、市街戦術、近接格闘術、サバイバル技術。
彼女は数々のスキルを実戦で叩き込まれ、戦場を生き抜いた。
あの子がいなくなったのも、上官を恨むのは筋違いだ。
上官の指導によって今日まで生き抜いてこられたのも事実だ。
政治的背景なんか知らない。両親を殺したのだって、全部戦争が悪いんだ。
この現実の中で自分が生き抜くことだけを考えればいい。
物心がつき成長していく中で、彼女は正規兵たちからも一目置かれる存在へと成長していった。
その若さでは異例の、少尉という階級。
上官も長年の相棒としてナキを信頼し、彼女に対して我が子のようにお節介を焼くようになった。
憎まれ口を叩きつつ、死線と隣り合わせの日常の中でナキも上官を信頼していた。
そんなある日。
「おい、ナキ」
「はい?」
「お前、○○シティに行って、ボクシングの試合してこい」
「。。。はぁ。。ついにボケましたか。」
「まぁ最後まで聞け。
23才以下の国際親善試合があるんだ。国連に加盟してる国同士のな。
紛争の前線で活躍してる現役兵士が出場すれば、
少しは平和へのアピールにもなるだろ?
俺たちだって戦争が無くなるに越したことはない。そのための活動の一環だ。」
「いや、何で私なんですか?」
「この国じゃボクシングで有望な選手がいない。だが実力は確かな奴が出ないと恥をかくだけだ。そこで、実戦経験豊富なお前ってわけだ。」
「格闘術なら得意ですけど、ボクシングはやったことないですよ。」
「いいから。これは上層部が決めた命令だからな。詳細は後で部下に説明させる。期間が短いがボクシングに慣れといてくれ。」
あまりにも唐突な話だった。
戦地を離れるのは久々だが、まさかボクシングとは。
しかし命令は命令。軍で生きる彼女にとって従う他はない。
ナキは初めてのボクシンググローブの感触に違和感を感じながら、
基地内にロープを張って作った即席のリングで、ミット打ちや基本動作を試合までの期間練習した。
投げや蹴りが使えないことに初めは難儀したが、ナキは短期間でみるみる上達していった。
「これなら、今すぐにでも勝てますよ。ナキさん実戦でもあんなに強いですし。」
ナキのサポートを務めることになった部下が、彼女に明るく話しかける。
「ありがと。そいえば相手って強いの?」
「えーと、対戦相手はユズハ・ナガセっていう名前らしいです。
アジアの某国で、大学対抗の選抜を勝ち抜いてきたみたいですね。」
「大学かぁ。。さぞ恵まれた環境で育ってきたんだろうね。」
”私は戦場で生き残ってきた。戦地に比べたらリングは安全な場所だ。まぁ大丈夫だろう”
不安が全くないわけでは分かったが、ナキは力強い足踏みで部下達とともに試合会場へと発った。
「両者、リング中央へ」
戦いのリングは快晴の青空と無数のスポットライトに眩しく照らされ、輝いて見えた。
観客の熱気が歓声となって、会場全体を包む。
既に何試合か行われたこともあり、その熱気は最高潮といった感じだ。
上半身を露わにし、ナキははじめての実戦のリングへ足を踏み入れた。
肌に痛いくらいの熱気を感じながら、対戦相手を見やる。
ナキより少し背は低く、やや肉付きがいい。しかしその体は程よく引き締まり、豊満なバストは一層ナキの目を引いた。
しかし。
ナキがしっかりと相手を見ているのに対し、
ユズハは思いつめたような表情で、拳をぎゅっと握ったまま俯いている。
審判の注意事項を聞いているのかどうかも怪しい。
ナキも初めての試合で緊張はしているが、あそこまで固まるほどではない。
”正直、カモだ。戦場ではビビッて動けなくなったやつから死ぬ”
ナキは早いうちに決着をつけると決め、試合開始のゴングを待った。
「BOX!!」
ナキの予想とは裏腹に、ユズハは試合開始と同時に猛攻を仕掛けてきた。
直進のスピードはすさまじく、その一発一発はナキの想像を遥かに超える威力だった。
「ユズハ―っ!!がんばれー!!」
ユズハ側のサポーターの声援が、他のものよりも一際大きくリング中央へぶつけられる。
しかし、ナキも負けてはいない。
戦場で生きてきたナキにとって、相手の強打を受けることは死に直結する。
明らかにボクシングとは違う動きで、ユズハの放つパンチを的確に叩き落としていく。
その動きに躊躇し、パンチが入らないことにフラストレーションがたまり、ユズハが段々と大振り気味になる。
次の瞬間、ナキはカウンターのアッパーをユズハの顎に直撃させた。
一瞬にして脳と体の接続を絶たれ、ユズハは膝からドスンとキャンパスに腰を落とした。
「ダウン!」
形勢逆転のクリーンヒットに、歓声が一際大きくなる。
その歓声に、ナキは初めての高揚を感じていた。
まるで自分が認められているような感覚。
その初めての感覚に、思わず笑みがこぼれた。
ぬくぬく育ったお嬢様が、過酷な現場で生きてきた私に勝てるわけない。
そんなコンプレックスにも似た邪な自信まで湧いてくる。
5カウントまで進んでも、ユズハはまだ動けずにいた。
「ユズ!終わっちゃだめだよ!まだいける!」
その声援に反応し、ようやくユズハの表情が戻り、
悔しそうに相手を見上げた。
ユズハはぐっと足に力を入れ、ふらつきながらも8カウントで立ち会がり、ファイティングポーズをとった。
ダメージは明らかだったが、レフリーは戦意が衰えていない彼女の表情を確認したのち、
続行の掛け声を上げた。
ユズハは次のラウンドでもダメージの回復より攻撃を優先し、果敢に攻めたてた。
ナキも戦場で培った格闘術により致命傷は避けつつ、それでも何発かは有効打を受けた。
一度ダウンしたにも関わらず、休むことなく強打を続けるユズハに対し、ナキも何度となくカウンターを叩き込む。
しかしそのパンチの度にユズハが耐え抜き、声援が増せば増すほど、
ナキに対するユズハの圧力が上がっていく。
"こいつ、何で倒れないんだ!? もう何発も入ってるはずなのに!"
言語が異なるナキにとって、ユズハ側の声援が何を言っているかはわからなかったが、
どうやらその声援が彼女の力の源になっていることだけは分かった。
しかし、自分の身だけを案じてきたナキにとって、他人の声援がそこまでの力になることが理解できなかった。
幾度打てども引かない相手にたじろぎ、ナキもユズハのパンチをもらう機会が増えていった。
「ナキさん!大丈夫ですか!?聞こえてます!?」
インターバルでコーナーに腰掛けつつ、部下の声がぼんやりと耳に入る。
試合前の万全の状態とは異なり、薄いガラスを何枚か通して見ているようなぼやけた視界。
"ボクシングは戦場より安全"
口を濯ぎながら、ナキは試合前に思ったことを反芻していた。
とんでもない。安全とかそういうものではなく、全く別の世界だったんだ。
一進一退の攻防が続き、第6ラウンドになる頃には
両者かなりのスタミナを消費し、大きく肩で息をするようになっていた。
通常、戦場では一人の相手とこれほど長引く戦いは起こらない。
そして、ナキにとって初めての試合という環境。一向に退かないユズハという対戦相手。
訓練で鍛え上げられたナキの体の動きも、陰りを見せていた。
ナキは威力が下がった左をユズハの顔面に当てるも、そのカウンターとしてユズハの右ボディがナキの脇腹に深々と突き刺さった。
「がっ…ぉあっ」
疲労しているところへ、さらに急所への刺突。ナキは思わず唾液を吐き出しながら動きを止める。
呼吸困難に陥りながら、何とか体を支え相手が追撃の拳を放とうとしているのを確認した。
防げない。打つしかない。
ユズハの右ストレートがナキの顎を打ち抜いた。
それと同時に、ナキが咄嗟に放ったパンチもジャストミートした。
「んぅっ・・ん」
「あぶぁっ」
嗚咽にもならないような声を上げ、相打ちとなる両者。
ユズハは咄嗟に足を踏ん張ろうとしたが叶わず、キャンバスに前のめりに這いつくばった。
これまで幾度となくパンチを耐えてきた彼女も、この一撃は効いてしまっていた。
「ダウン!ワン。。。ツー。。。」
しかし、ナキは立っていた。
立っていたというよりも、頭部を揺らされ体が硬直しているといった方が正しい状態だった。
この試合初となる致命打に、ナキは半ば失神しながらロープに背中を預ける形で静止した。
視点が定まらないまま表情が消え、だらしなく口を開けている。
奇跡的に倒れなかったのは、戦士としての彼女の本能ゆえか。
ユズハは何とか四つん這いになり、その目から闘志はまだ完全には消えていなかったが、
蓄積されたあまりにも大きいダメージがその体をキャンバスに縛り付けていた。
「ファイブ!」
カウントが進む中、観客席から一際大きい声が上がった。
「ユズ!あたしたちに勝ってここに来たんでしょ!?」
「ユズハなら立てる!諦めないで!」
「ここからだよ!ユズ!!」
その声援が、ユズハの折れかけた心を再び持ち直させた。
彼女は残された力を振り絞り、膝を震わせながらゆっくりと立ち上がった。
徐々に意識が戻りはじめ、ユズハの立ち上がった姿をぼんやりと見つめるナキ。
頭は朦朧としたままだったが、その姿を見てナキはユズハの強さを理解した。
自分のためだけに戦ってるんじゃない。背負ってるんだ。いろいろな人の思いを。
だから、強いんだ。
ナキには、ユズハの体を支えるモノが見えていた。
ナキより小柄で瀕死であるはずのユズハの体が、
ナキには大きく見えた。
しかし、戦士として生き残ってきたナキにもプライドがある。
”戦い”で、他の誰かに負けるわけにはいかない。
彼女にとって、負けは即ち死を意味する。ここで死ぬわけにはいかない。
ダウンの数だけでいえば、ユズハが圧倒的に不利。しかし、ナキもほぼスタンディングダウンをとっても良い状況。
レフリーは迷ったが、両者が同程度のダメージであると判断し、続行の決断を下した。
「BOX!!」
二人とも体は自由には動かなかったが、それゆえに相手の間合いに入ることは簡単だった。
おぼつかない足取りで、確実にパンチが当たる位置まで距離を縮めた。
”生き残るのは、あたしだ!”
”みんなのために、勝つんだっ!!”
残された僅かな力を相手を倒すためだけに使うほかなかった。
両者の思いを乗せた拳は互いの顔面を直撃し、同時に2つのマウスピースが宙を舞った。
直後、ナキはボクシングで初のダウンを喫した。
足の力が抜け、視界には青い空と照明の眩い光が差し込む。
まるで迫撃砲の至近弾を食らったかのように、劈くような耳鳴りと眩暈が彼女を襲っていた。
あぁ、ここで死ぬのか。今までくぐってきた死線の数々が走馬灯のようにナキの頭をよぎる。
ユズハも何とか意識だけは繋ぎ止めたものの、パンチを耐えきるだけの力は残っておらず
大の字でキャンパスに横たわった。
背中に伝わるマットの生暖かさは、ユズハの体からすべての力を吸い取っていくように感じられた。
何を言っているかもはやわからなかったが、友人達の声援がかすかに聞こえた。
立たないと。
「ぐ・・・ぁ・・」
朦朧とする意識の中で、必死に自身を奮い立たせ、体を起こそうとする。
上体をわずかに持ち上げレフリーに右拳を向けるその姿は、
立つからカウントをやめてくれと嘆願しているようだった。
カウントが6を迎えたその時。
突如、ナキがロープにもたれかかり、立つための体勢を整え始めた。
いやだ。ここで死ぬわけにはいかない。生き残るんだ。
その執念だけが、ナキの体を突き動かしていた。
口を大きく開き酸素を貪りながら、9カウントまでかけてゆっくりと立ち上がった。
ユズハは声援に応えようと最後まで藻掻いたが、3度ダウンを喫したその体はもう既に限界を超えており、
立ち上がるだけの力はもう残っていなかった。
ナキが完全に立ち上がったのを視界の端で捉える。その瞬間ユズハの心が折れ、糸の切れた操り人形のように意識を失った。
レフリーが勝者を宣言すると同時に、最大量の歓声が会場を包む。
それと同時に、キャンパスに座り込むナキ。
全てを出し切り、しばらくは動けそうにない倦怠感。
強敵への賞賛。
自分を出場させてくれた人への感謝。
これまでの人生が報われているような充足感。
これがボクシングか。荒い呼吸を繰り返しながら、色々なものが混ざった初めての感覚を、ナキは噛みしめていた。
「おうナキ、ご苦労だったな」
ナキは顔に無数のテープを張ったまま上官に帰還報告をしていた。
「そうですね。苦労しましたよ。」
「いいじゃねぇか勝ったんだから。試合報道も大人気だとよ。
”平和のために戦う兵卒ボクサー 初試合で強豪を沈める"ってな」
「そうですか。上層部の狙い通りでよかったですね。」
「相変わらず冷てぇなぁ。で、ボクシングは楽しかったか?」
「・・・そんな一言で表せないですよ。必死の相手と打ち合って勝つって、そりゃ苦しいし過酷です。でも・・・それだけじゃなくて、
殺し合いの戦場とは違うことがたくさんあって・・・」
「・・・・」
普段は自分のことをあまり話そうとしないナキが、必死に何かを伝えようとしているのを上官は黙って聞いている。
「相手の子、正直最初は舐めてたんです。お嬢様だって。
でも、彼女は大切な人のために何度も立ち上がって、その度に強くなって。
あたしもあんな風に、大切な誰かのために戦えたら、もっと強くなれるんじゃないかって思ったり」
「そうか」
「まぁ、上官には感謝してますし、ボクシング、またやってもいいかなって。。。思ってます。」
ナキは少し頬を赤らめた。
「舌っ足らずだな。要するにボクシングにハマったんだろ?
お前はもうそっちで生きろ。」
「・・・え?」
「もうお前みたいな戦争孤児を前線に送っていいご時世じゃねぇんだ。国際法に違反してるしな。
お前はそのまま、軍所属のボクサーとして生きろ。上もそれで納得してる。」
先の試合では他にも出場候補がいたが、上官の強い推薦によりナキが出場選手として決まったのだった。
軍の意向に従い服従させた若い命が散ることを、上官もこれ以上耐えられなかった。
できるなら他の生き方をしてほしいというのが、いつしか上官の切な願いとなっていた。
「・・・いいんですか?」
「俺もな、若い部下が散るのはもう御免なんだ。」
「・・・・・」
「よかったな。好きなことを見つけられて。」
ナキの中で、上官の言葉がかつての親友の言葉と重なる。
自然と涙がナキの頬を伝った。
「サー・イエッサー」
柄にもなく、涙を浮かべながら上官へ敬礼した。
その敬礼は服従ではなく、真心から来るものだった。
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エロイイ話は成立し得るのか。
いやそもそもイイ話なのかこれ。
戦争とか出しちゃってるし。
ちょっとこれは時間かかりました。
グローブの描き方迷走中です。
絵が必ずしもリアルである必要はないんですが、
何を描くにもまずは実物がどうなってるかちゃんと見ないとだめですね。
相変わらずあまり時間はないんですが
最近別ジャンルの絵も描きたい欲が上がってきています。