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ぼくには秘密がある。 それは誰にも言えない秘密。
ぼくは見てしまった。ユリ姉のあの姿、あの表情。
今でも頭に焼き付いて離れない。
「うおりゃっ」
プロ選手みたいなフォームで投げられたボールが、 風を切る音を立てて迫ってくる。
ボールはバチンッと鋭い音を立ててぼくの構えているキャッチャーミットに収まった。
「いってぇ・・・ユリ姉の球、 早すぎだよぉ」
「えへへ、すまんすまんタケル君。 でも遊びは本気の方が楽しいでしょ?」
この人はユリ姉。 ぼくの近所のきれいなお姉さん。 たしか、 大学生、って言ってたっけ。
ユリ姉はよく近所でランニングをしていて、ぼくが公園で遊んでいるときにユリ姉が通りかかると、一緒に遊んでくれる。
ユリ姉はすごい。 さっきみたいにすごく速い球を投げられる。しかも、野球だけじゃない。 この前友達とサッカーをした時も、ユリ姉とぼくの2人だけのチームで6人の相手チームに勝っちゃったし。
「ユリ姉、 ここさ... この分数ってやつ、 よくわかんないんだけど・・・」
「んー? どれどれー?...」
ユリ姉は勉強もできて頭もいい。って言っても、大学生なら当然か。
よく夏休みの宿題を手伝ってもらったけど、 本当に教え方もうまいんだ。
「これはね、こうすると解けるんだよ」
ユリ姉が肩を寄せてくると、 ドキドキする。 何となくいけないのはわかってるけど、ユリ姉の大きな胸に目が行ってしまう。
「あれぇ〜? いま私の胸見てたな〜?」
「み、見てないよっ・・・!」
「タケル君ももうそういう年頃かぁ。 まぁ、タケル君がもう少し大きくなったら触らせてあげてもいいぞ♡」
「からかわないでよっ・・!」
「ごめんごめん。 かわいいなぁ〜もう〜」
よくかわかわれたり、じゃれあったりもしたけど、ユリ姉の笑顔を見られるのがとても幸せだった。
「ふーっ・・・今日もたくさん遊んだねぇ」
ある日、いつもと同じようにユリ姉がランニングの後に遊んでくれて、もう空は真っ赤な夕焼け色なっていた。
ユリ姉がドサッとベンチに腰を下ろして、 空を見上げた。 光る汗がユリ姉の頬から首元を伝う。 その汗にさえ何となくドキドキしてしまう。 秋風がぼくたちの体の熱を少しずつ、冷ましてくれた。
「タケル君、あのね」
ユリ姉がぼくの方を向き、 その表情が急に真剣になった。
「今まで言ってなかったけど。 わたし、 ちょっと特殊なスポーツしてるんだ。」
「?・・・うん」
「トップレスボクシング。 上半身裸で殴り合うの。」
「・・・え、・・・はだか・・・?」
急な話にぼくの頭は混乱した。 男だったらフツーだけど、
え?ユリ姉が・・・はだかで... ?殴り合う・・・?
「そう、裸。 最近けっこう人気なスポーツになってきててさ。 来週、大きな大会があってね。 私も出場するんだけど、 その試合で絶対に勝ちたいの。」
まだ頭は混乱していたけど、いつになく真剣な眼差しにユリ姉の強い意志がぼくにも伝わってきた。
「それでね、 タケル君に応援に来て欲しいの。 タケル君がいてくれるだけで、私の力になると思うから。」
ユリ姉はチケットを差し出し、ぼくにウィンクして見せた。
「本当は女の子しか入れないんだけど、タケル君女の子みたいにかわいい顔してるし、警備も全然厳しくないから多分、大丈夫。・・・・ダメ、かな・・・?」
ユリ姉は今まで、ぼくにたくさんの楽しい思い出をくれた。 ユリ姉が出場する大会がどういう世界かわからないけど、とにかく少しでもユリ姉の力になりたかった。
「い、行くよ応援!ユリ姉に勝ってほしいもん!」
「ほんと!? あたし頑張るね! タケル君もあたしのハダカを楽しみにしてなさい☆」
ユリ姉はうれしそうな表情でいつものようにはしゃいで見せた。
「ハダカ、 は楽しみ・・・じゃないけど、頑張ってねユリ姉!」
「任せなさい!私強いんだから!」
ぼくは照れ隠しに必死になりながら、ユリ姉がいつも遊んでる時みたいに笑顔で勝つ姿を見るのが楽しみになっていた。
「タケル君・・・絶対、勝つから。」
別れ際、思いつめたように拳をぐっと握ってユリ姉はつぶやいた。
試合当日。ぼくは隣町までバスを乗り継いで会場へ辿り着いた。
少しでも女の子に見えそうな服を選んできたつもりだけど、係の人にチケットを渡すときには心臓が破裂しそうだった。
「お嬢ちゃん、一人?」
「さ、先にお母さんが中に入ってます。」
これはユリ姉に教えてもらった返事。
「・・・そう。良い席だね。はい、どうぞ」
やった。ついに入れた。
中は薄暗かったけど、真ん中の一番低いところにある真っ白なリングが輝いて見えた。
入場しているお客さんたちのざわめきが聞こえてくる。
チケットに書いてある番号を探す。 ここ。。。じゃない。ここでもない。
探していくうちにどんどんリング中央に近づく。
ぼくの席は、リング最前列の席だった。 目の前の照明が眩しい。
座ってから、ぼくは早くユリ姉に会いたい一心で試合が始まるのを祈るように待ち続けた。
そして、突然会場が暗くなり、誰かがマイクの大音量で何かを話し始めた。 何を言ってるかよくわからなかったけど、多分もうすぐ始まる。 ユリ姉に会える。ぼくは期待に胸を膨らませた。
そして照明がパッと明るくなって、 激しい音楽と一緒に二人の選手が両サイドからリングに上がった。
そのうちの一人が声援に応えてフードを取ると、たしかにユリ姉だった。 ユリ姉は衣装を勢いよく脱いで、観客に向かって手を振ってアピールした。 ユリ姉に大きな声援が向けられる中で、ぼくは初めて見るユリ姉の迫力のある胸に、割れた筋肉に、そのアイドルみたいな眩しさに、くぎ付けになっていた。
いつの間にか、ゆり姉と対戦相手がリングの真ん中に寄って、 睨み合っていた。
素人のぼくにもわかる。 相手の人も絶対強い。 ユリ姉くらいすごい体してるし、経験を積んでいそうな雰囲気がすごい。
心配になりかけた時、ユリ姉がコーナーに戻りながらぼくの方を見て、ウィンクしてくれた。
それだけでぼくは安心できた。 そうだ。大丈夫だ。 ゆり姉が負けるわけない。
そして、カァンという音と一緒に声援が一段と大きくなって、二人の戦いが始まった。
初めて間近で見るユリ姉の戦いは本当に迫力に溢れていて、その動きの早さにぼくの目が追い付かないくらいだった。
キュッキュッという音を立てながら、ユリ姉の足の動きと一緒にリングが揺れているのがわかる。
当たれっ・・・あ一惜しいっ!
でもまだまだこれからだし・・・!
あ、危ない!・・ユリ姉よけてよけて!
相手のパンチが空を切り、ブンっと音を立てる。
やっぱり相手の選手も強い。 ユリ姉とは違うタイプだけど、ユリ姉の動きにちゃんとついてくるし、もしかしたらパワーはユリ姉よりあるかも・・・
拳を握りながら目の前の光景に夢中になっているうちに、時間はどんどん過ぎていった。
そして第1Rが終わる直前、 ドガッという衝突音と一緒に2人の顔から勢いよく汗が弾け飛んだ。
ユリ姉は不自然に後ろによろめき、相手も前に倒れそうになるのを耐えているように見えた。
2人とも効いてるけど、ユリ姉が先に立ち直れば勝てる!
そう心の中で思った次の瞬間、第1Rが終わった。
休憩中、 ユリ姉はトレーナーに笑顔を見せていて、 まだ余裕があるように見えた。
良かった。 さっきのパンチはユリ姉に効いてない。 絶対勝てる。 次のラウンドで勝てる。
そして試合再開。
最初にユリ姉はたくさんパンチを打ったけど、 そのどれもが相手の固いガードに弾かれてしまった。 相手も大振りを狙ってくる。 でもここはさすがユリ姉、ちゃんと避ける。
何となくユリ姉のスピードが第1Rよりも落ちているように感じた。
いやいや、相手も結構疲れてきたか?
ぼくはハラハラしつつ自問自答を繰り返し、 それでもユリ姉の勝ちを信じて疑わない。
2人は大粒の汗をかきながら、 常に動き続けている
目の前では、 パンチが常に交差している。
あっという間に第2R、第3Rが終わってしまった。
ユリ姉もさすがに疲れてきたみたいで、休憩中に肩で大きく息をしていた。
初めて見るユリ姉の余裕のない表情に、ぼくにも急に不安が押し寄せる。
そして次のラウンド、 今までと変わって2人は真正面から打ち合うようになった。
ユリ姉がフェイントを混ぜながら相手のお腹に深々とパンチをめりこませた。
「ぐぶっ」
苦しそうな声を出しながら、 相手のガードが少し下がった。
よし、いけるいける!ユリ姉のチャンス!
でも相手も負けじと大勢を立て直して、打ち返してきた。
「あがっ」
ユリ姉の顎にフックが入ってしまった。
ああ・・・ユリ姉よろけてる!耐えて!
しかしユリ姉も歯を食いしばって構え直し、 相手の顔面にストレートを叩き込む。
相手もそれを耐えて打ち返す。 ユリ姉がまたパンチをもらってしまう。
2人の意地の張り合いのような乱打が続き、リングの上では汗の飛沫が何度も弾けた。
ぼくは両手を合わせて祈るように試合を見守っていた。
自分の呼吸も忘れてしまうくらい夢中になっていたぼくは、ラウンド終了の合図にハッと我に返った。
ユリ姉はコーナーの椅子にドスンと腰を下ろすと天井を見上げ、苦しそうな表情で呼吸していた。
...ユリ姉ボロボロだ...でも相手の人もすごく苦しそう...
ふとユリ姉が僕の方に目をやり、一瞬だけ微笑んだ。
余裕があるわけじゃなくて、無理して笑顔を見せてくれた事はわかっていた。だけど、ぼくがユリ姉を信じる気持ちを持ち直すには十分だった。
そうだ。ユリ姉はスポーツも勉強も、そしてボクシングだってすごいんだ。誰にも負けるわけない。
そして試合開始の合図が聞こえ、2人は拳を構えて、重い足取りで少しずつ距離を縮める。
パンチが届きそうな距離になった途端、 またさっきみたいな打ち合いが始まった。
パンチが当たるごとに2人は倒れそうになるけど、なんとか耐えて持ち直す。
どこにそんな力が残っているんだろうと不思議になるくらいの激しさで、2人は打ち合い続ける。
もう終わって欲しい。 早く相手に倒れてほしい。 ユリ姉の限界が来てしまう前に。
何度もパンチの音が響く中、ぼくはユリ姉の勝ちを願った。
会場の声援は今までで一番大きくなり、 ぼくもユリ姉の力になりたい一心で勇気を振り絞って声を出した。
「ユリ姉!負けないでっ!!」
そして次の瞬間、ガシャッと今まで聞いたことのない音で2人のパンチがお互いの顔面にめり込んだ。 完全に同じタイミングの相打ちだった。
そして2人は、膝を震わせながらパンチを出したままの姿勢で固まってしまった。
会場全体が息をのみ、一瞬の沈黙が流れた。
「ユ・・・ユリ姉・・・?」
「ぶへぁっ・・・・・」
ユリ姉は口を大きく開け、マウスピースを吐き出した。
全てが尽きてしまったような、だらしない表情。 ユリ姉は糸を切った操り人形みたいに体勢を崩し、そのままキャンパスに横たわった。
その光景は、ぼくにとって長いスローモーションに見えた。
強くて何でもできるユリ姉が、ぼくの中で崩れ去る。
会場がまた大きな歓声に包まれた。
・・・う、うそ・・・でしょ・・・ユリ姉・・・
・・・ユリ姉が・・負けるはず、ない・・・
ユリ姉のダウンに混乱しながら、それでも必死に声を出した。
「ユリ姉!立ってよ!」
目の前の状況が信じられず、 何度も、何度も叫んだ。
カウントが進む中で、ユリ姉は何とか立とうと必死にもがいているようだった。
ぼくの声に反応して一瞬目が合ったような気もしたけど、その目はもう意識がはっきりしているかどうかも分からなかった。 その様子から、今のユリ姉が立ち上がることがどれほど絶望的なのかがぼくにも痛いほど伝わってきた。
ユリ姉でも勝てない相手がいる。 勝てない世界がある。
目の前の不条理にうちのめされると同時に、ぼくは心の奥底で興奮を感じていた。
渦のように色々な感情がぼくの胸をめぐる中、ぼくは10カウントを聞いた。
ぼくには秘密がある。 それは誰にも言えない秘密。
ぼくは見てしまった。 ユリ姉のあの姿、あの表情。
あのスローモーションを見て、ぼくは何かに目覚めてしまった。
あのスローモーションは、今もぼくの記憶に鮮明に刻まれている。
あのスローモーションを、もう一度見たいと願ってしまう。
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性癖歪んじゃった少年でした。