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不意に、自分と周囲を比較してその"違い"にカァっと顔が熱くなるような羞恥を覚える事がある。
自分の恰好が変だとか、不細工だとか、そういう外面の違いなどではなく。
その性根というか。
勿体ぶってもしょうがないので簡潔に言えば、『変態性癖を持っている』という事についてだ。
LGBTQをどうこういう訳じゃあないが、自分は男で、かわいい女の子が好きだ。
可愛いという基準は、概ね読者モデルの雑誌に載っているような女の子を指す。
それでそんな可愛い女の子が裸になれば、興奮して股座のブツをおっ勃てるのが一般的な男だと思うのだが。自分は違った。全く反応しないだとかではないのだが、明らかに違った。
『"ここ"からブクブクと太ってほしい』
『みっともなく誰からも指をさされて笑われるような滑稽な姿であればもっと良い』
肥育願望、というよりももっと浅ましく悍ましい願望だった。
誰もが認める「美」というものに泥をかけて、歪めて汚して、見向きもしなくなった"ソレ"が欲しいと言っているのだ。加虐欲求と、独占欲求とが混ざり合ったもっともっとドロドロとした願望を持っていた。
それを何気ない日常で、誰が好き、彼が好きという話を聞いたりすると、それを隠す上っ面の襤褸の下で素っ裸で立っているような、露出魔になったかのようなカァっと顔が熱くなるような羞恥を覚えるのだ。
さて、そんな自分語りを下地にして思い出話に続けさせてもらう。
これは高校時代の話だ。
自分の学校のクラスメートには二人のとびっきりの美人が居た。
一人は春原 結城(はるはら ゆうき)。
背は155cm前後。小柄ながらそれなりに胸がある。ツインテールが似合う童顔でいながら溌溂としたムードメイカー。誰にでも分け隔てなく接する、クラスのアイドル的な存在だった。
もう一人は城ヶ崎 綾子(じょうがさき あやこ)。
背は170㎝前後。同級生とは思えないぐらいに色っぽく、少しウェーブがかった長髪と穏やかな気性が相まって酷く大人びて見える。春原がアイドルだとすれば、城ヶ崎はマドンナ的な存在だった。
2人共に名前と苗字に城とついて、女子たちに不埒な男子の魔の手から守られていたもので、(わが校の)二大不落城なんて揶揄されるような存在が居たのだ。
彼女達はどちらも自分にとって不可侵の存在だった。
自分のような非モテが、比較するのも烏滸がましかろうが、彼女達は他のクラスメートの女子とは隔絶して可愛かった。春原はアイドルにスカウトされたらしいだとか、城ヶ崎は有名な読者モデルのスカウトを受けただとかの噂も聞いた事もあった。
それでいて彼女たちの性根は優しかった。重ねて言うが、非モテの――いわゆるスクールカースト下位の人間相手だろうと挨拶をすれば笑顔を見せているし、相手に非が無ければ悪口を声高にいうような様子も見受けられなかった。
誰からも好かれるような人間だった。
そしてそんな彼女達が、ぶくぶくと肥え太り、みっともない姿を晒したらどれだけ魅力的だろうか、妄想する自分を不意に省みると、自分はカァっと顔が熱くなるような羞恥を覚えるのだ。
夏休みの直前の一週間のことだった。
毎週水曜日、学校に併設されている武道館は柔道部も剣道部も利用しない日があった。
OBの人間が色々と持ち込んでくれたとかで、胴着などを洗い乾かす日が設定されているのだとか。
(昔は随分と”クサい”部活ということで有名だったが、お陰様でそういう話は少ない。)
そんな誰も居ない板張りの間で、自分は一人正座で黙想をしていた。
1年だけ、柔道部に入部して辞めてしまったが、その伝手でこうして潜り込む事を赦されていた。ともあれ、明らかな奇行なのは承知の上で、これが一番自分が妄想に集中できるルーティンだったからだ。
遠くに聞こえる構内の生徒の声を耳に通しながらクラスメートが、春原と城ヶ崎が激太りする姿を妄想する。
春原の捕まえて持ち上げれそうな華奢な体躯が、ドラム缶のように太く、デブ猫のようにたふたふと丸くなった姿を妄想する。
城ヶ崎の団地妻のような包容力のある美貌が、肉屋の奥方のように、テラテラと脂っぽいぶよぶよの中年太りした姿を妄想する。
軽やかに舞台の上を駆けるだけで、輝きを幻視させるような春原が、どすどすと大きな音を立てて体育館の床を踏み鳴らす姿を妄想する。
プールの授業で、異様な色気で男子どころか女子の視線も総ざらいにした城ヶ崎が、トドの様に太って、ゴロンとプールサイドに打ち上げられる姿を妄想する。
レモンの匂いを想起させる爽やかな春原から、ハンバーガーのジャンクな匂いがする姿を妄想する。
桃の匂いを想起させる麗しい城ヶ崎から、とんこつのこってりした匂いがする姿を妄想する。
二人の身体を妄想する。
横幅を広げ、二重顎を付け、蟹股で、ペンギンの様によちよちと動く姿を。
パツパツの制服を、芋臭いジャージ姿を、それで、それで―――
「■■君?」
そこで、自分はわっと声を上げた。心臓がバックンと音を立てて跳ねたのが分かった。
忘れていた羞恥で顔は真っ赤になり、しかしこの自分のキモチワルい妄想が覗き込まれたかのように思えて、背筋には冷たい汗が流れていた。
――そこには妄想の餌にしていた二人が、春原と城ヶ崎が酷く心配そうな表情で自分を見ていた。
自分はなんとか口を開いて答えを返した。
「大丈夫だけど、二人はどうして此処に?」
きっと実際には だだ、大丈夫、だけど、ふ、二人は、ど、どうして此処に? と。
酷く聞き苦しい吃音だったと思うが、書くのも面倒なので移行も省略する。
ともあれ、春原も城ヶ崎も仲が悪いとは聞かないが、共通した接点がない二人だった。春原はアウトドア派で、城ヶ崎はインドア派。それに部活に入っていない二人は放課後にはさっさと帰宅してしまうものだから、余計その組み合わせは奇妙に思えた。
ただ、自分から質問をされるとは思ってもみなかったのか、
「ちょっと野暮用があって」とか、ごにょごにょとした言い訳の様な言葉が挟まってから、「何でもないならいいの、ごめんね、急に声かけて!」と慌しく去っていくのを見送る事になってしまった。
それから数日して、夏休みを迎えた。
自分はネットで小説を書いては投稿していた。
自分の様なアブノーマルな性癖を持つ同類が集う、インターネットの隅の様な場所で、同じスレッドが1年近く残るような小さな小さなコミュニティで、春原と城ヶ崎をモデルとした二人の女の子が魔法少女になって、戦い、怪人によって太らされ、貶められ、弄ばれる内容の小説を。
「よかったよ」とか「また続き待ってます」という1件か2件の感想を励みに、週に1回か2回、思いつくままにつらつらと書き連ねていた。
夏休みの半月が過ぎたある日。
昨年から予定していた通りに両親が旅行に出かけた。
二人の子どもである自分が大きくなったとで、昔からの趣味の海外旅行に出かけたのだ。自分も誘われはしたが、コミックマーケットに行きたかったことや、大学で一人暮らしを考えたいたこともあり、一人暮らしの練習として家に残る事を決めた。
夏休みの終わりごろまで、家には自分一人。
だからと言って、彼女がいるわけでも無し、しいて言うなら外食が多くなり過ぎないように買い物とクックパッドを見る時間が増えたぐらいし変わりはなかった。
そして、コミックマーケットに行った翌日だった。
夜、昼に戦利品を読み漁って感想をネットに書き込んでいるうちに、夜になってみれば冷蔵庫には何もなく。折角だからと近所のラーメン屋に向かった。
それからの事はよく覚えていない。
いや、正確には夢に出るほど覚えている。
けれど、それが決して現実だとは思えずに、未だにそれが夢だと疑い続けているのだ。
そのラーメン屋は大通り沿いにある、カウンターだけで12人程で満席になる小さな店だった。家系から暖簾分けしたその店は家系の割にとても食べやすく、男子にとっては安く多くうまい、かなり理想的な店だった。
ただまあ、ニンニクもガッツリ入って背脂の浮いているそのラーメンを女性に勧められるかというと憚られる。
夜も更けて間もなく閉店も近い21時も近い時間。店に居たのは入れ替わりに出た男性を除けば自分と後二人だけ。
その二人というのがカウンターの隅に並んで座っているのが二人とも女性だというのは意外で、ついそちらを除くように見てしまった。
片方は、少し幼気な派手めなピンクなどを基調にした薄手のシャツに、黒い膝丈のスカートを履いたツインテールの女性。
もう片方は、黒いサマーニットとベージュのスカートで揃えた落ち着いた若奥様といった風情のウェーブ髪の女性。
二人共、おそろいのように太い黒縁のメガネを掛けているがそのパッチリとした二重や、遠目にもわかる長いまつ毛が美人であることを隠さない。
ただ、その美貌を覆い隠せる程に二人は太っていた。
丸椅子の上からはみ出たどでんと乗っかった巨大な尻。
メガネの縁の下が食い込むようにパンパンの頬肉。
背もたれがないせいで前に屈んだ二人の下っ腹、潰れた腹、脇肉、胸で何段あるのか読み取れない段腹。
知らず、ごくりと生唾を呑んでいた。
ああ、二人共元は美人だったのだろう。だが、それを称えるような者は居ないだろう。称えたとして、”デブだけど”と前置詞を置いて小馬鹿にするのだろう。
特にツインテールの女性に至っては、かつて痩せていた頃の美貌を忘れられないのか、ブクブクと太った身体では幼気な可愛さではなく、幼稚な滑稽さばかりが目立つ。
ウェーブ髪の女性だって、大人しげで知的なファッション印象は膨れ上がった贅肉が証明する卑しさを強調するようだ。
そんな自分の卑賤な視線に気がついたのだろう。
一瞬、二人と視線が交わり、直ぐ様背けられる。
そうして、罪悪感と嗜虐心でぐちゃぐちゃになった心に二人のつぶやきがやけに大きく聞こえたのだ。
「やっぱり、女の子がこんな店入るもんじゃないよ、ゆーちゃん!」
「でもでも、こんな身体になっちゃった時でないと入れないよ、あやこ。」
あやこ。
……綾子?
バッともう一度二人の姿を見る。
有り得ない。
だが、見覚えがある。
違う、見たことはない。けれど、想像通りの姿だった。
『もしも、城ヶ崎 ”あやこ”が太ったなら。』
知らず、片手で叫びだしそうな口を抑えていた。
『もしも、春原 ”ゆう”きが太ったなら。』
そんな、どうして、なんで。
意味のない疑問が浮かんでは消えて、疑問を焼き尽くすような自分でもわけが分からないほどの激情がグラグラと煮立っていく。
声をかけるべきか?
どうやって声をかける?
なんて声をかけるつもりだ?
声を―――
「すみません。」
口を開こうとする前に、機先を制されたその一言に、またこの自分のキモチワルい妄想が覗き込まれたかのように思えて、背筋には冷たい汗が流れていた。
「……注文良いですか?」
「はいよっ」
「らーめんの……大盛り、脂だけ少なめで、後は普通で」
「私も同じので!」
「らーめん大アブラスクナメ二丁!!」
それが杞憂だったとしても、自分の醜さに頭がクラクラして彼女たちに問い詰める事はできなくなっていた。