DESCRIPTION
「春美さん、わたくしのポニーガールになりませんか」
この春、大学生になったばかりの私、山川春美《やまかわ はるみ》に向かって、木沢捺子《きさわ なつこ》さんが唐突に言い出した。
捺子さんは、お嬢さまである。
サラサラの長い黒髪に白い肌、ミステリアスな雰囲気を持つ和風美人。
なにをしているのかは知らないが、実家は地方の『超』がつく資産家で、駅前の新しいタワーマンションに住んでいる。
対して、中高と陸上競技に打ち込んでいた私の容姿は、真逆のタイプ。
髪はショート、昨夏で部活は引退したが、当時の日焼けがうっすら残っている。共通点は、髪の色とあまり濃いメイクを好まない点くらい。
もちろん、実家はごく平凡である。
そんな正反対なふたりだが、初対面のときから、捺子さんはなぜか私を気に入った。
入学早々、オリエンテーションで声をかけてきた彼女に、私も惹かれた。
私は恋愛対象として、同じ女性を求める指向がある。そのことに気づいたのは、部活を引退した高校3年生の夏。
とはいえ、気づいただけで告白しようか悩むほど好きになった女性もおらず、奇跡的に合格した大学に入学して、捺子さんに出逢った。
地方の公立校にはいなかったタイプのお嬢さまに、ひと目惚れした。
そして、おそらくお嬢さま学校にはいなかったタイプの私に、捺子さんも興味を持ってくれたのだろう。
お互い告白こそしていないものの、惹かれ合った私たちは、空き時間にはいつも一緒にいるようになった。
ともあれ、今の問題は、捺子さんの言葉だ。
「ぽ、ポニーガールって……なに?」
「女性を馬に見立てて行なうボンデージ系フェティッシュプレイ。いわゆるヒューマン・アニマル・ロールプレイの一種ですわ」
説明されても、まったくわからなかった。
「う、うん……いや……まぁ考えとくわ」
それでもどこか不穏なものを感じ、作り笑顔で曖昧に答えて、次の講義に向かうため私はその場を立ち去った。
「ポニーガールって、なんなのよ……?」
その日の夜、捺子さんの言葉が気になって、ベッドの中でそのワードを検索し、私はギョッとした。
「そういえば捺子さん、ボンデージがどうとか言ってたわね……」
さらにワードを追加して画像検索して、思わず目を剥いた。
「な、なんなのよコレ……捺子さん、私にこんなことをやらせようとしているの?」
つぶやいてスマホを置き、布団を被って目を閉じる。
しかし目を閉じると、先ほど見た衝撃的な画像が瞼の裏によみがえり、なぜかドキドキした。
そのせいで、ふだんすぐに眠りに落ちる私が、その夜はなかなか寝つけなかった。
「捺子さんが、あんなことを言うから……」
ここにはいないお嬢さまに文句を言って、1時間ほど悶々としてから寝て朝。
登校した私に、今日も捺子さんが声をかけてきた。
「春美さん、わたくしのポニーガールになりませんか」
「もう……捺子さん、冗談を言わないで」
「あら、わたくしは本気ですわ」
「本気って……捺子さん、私にあんなことをやらせるつもり?」
思わず訊ねたところで、捺子さんが目を細めた。
「嬉しいわ。ポニーガールに興味を持ってくださったのね」
「えっ……?」
「昨日はポニーガールのことをご存じなかったのに、興味を持って調べてくれたんでしょう? 一歩前進です」
なんというポジティブシンキングか。これもまた、育ちの良さゆえのものなのか。それとも、惚れた弱みで、私のほうがなにごともいいほうに考えてしまうのか。
そんなことを考えていると、捺子さんがあらためて口を開いた。
「ですが、春美さんがお調べになられたことは、ポニーガール、ポニープレイの一面にすぎません」
「そ、それは……どういう?」
「本場の欧米でも、ポニープレイは広く一般に普及したものではありませんが、憧れる人は一定数います。そんな人々のために、ポニープレイの動画や画像を配信するアダルトサイトが、複数存在します」
それはアダルトサイトであるだけに、性的な要素が強調されたものになる。
供給がそういったものに限られるため、画像検索したら性的な画像ばかりが表示される。
捺子さんの説明には、筋が通っていた。
それでは、アダルトで性的な側面以外の、ポニーガールの要素とは――。
「それは、実際にお試しになったら、おわかりになりますわ」
訊ねた私に、捺子さんは瞳を妖しく輝かせて告げた。
「今日の講義が終わったら、わたくしの部屋にお越しください」
捺子さんが駅前のタワーマンションに住んでいることは知っていたが、さすがに低層か中層の部屋を借りているのだろうと思っていた。
だが、ひと足先に帰っていた彼女の部屋の部屋を訪れると、そこは最上階のペントハウス。しかも――。
「わたくしが所有しておりますわ」
捺子さんは、こともなげに言ってのけた。
「相続をめぐって兄弟姉妹が骨肉の争いとなるのを避けるため、木沢家では伝統的に、次期当主に指名された者以外は、成人するとともに財産を分与されたうえで、家を出る決まりになっておりますの」
その伝統にのっとり、分与された財産でタワーマンション最上階のペントハウスを購入し、捺子さんは住んでいるのだ。
ちなみにそのとき、分与された財産の総額も聞いたが、正確な額は忘れてしまった。
それはその直後、捺子さんが着ていたロング丈のワンピースを脱ぎ始めて驚いたからである。
訪れた私を出迎えたとき、チラリと見えた足元に、奇妙な光沢のあるソックスだなとは思っていた。
だがそれは、足だけに履いたソックスではなかった。
捺子さんがワンピースの下に着込んでいたのは――。
「ラバースーツですわ」
スレンダーでありつつ女性らしい体型を忠実に再現した、黒光りする全身スーツを着込んだ捺子さんが、妖しくほほ笑んだ。
「な、なんで……そんなものを?」
「うふふ……わたくし、申し上げたでしょう?」
それは、ポニーガールのなんたるかを説明した、昨日の彼女の言葉。
『女性を馬に見立てて使役するボンデージ系フェティッシュプレイ……』
その言葉を思い出したところで、捺子さんがあらためて口を開いた。
「ラバースーツは、フェティッシュアイテムのひとつ。これを着ることは、フェティッシュプレイの入り口とも言えます……今日は春美さんに、わたくしと同じラバースーツを着てほしくてお呼びしたのです」」
言いながら、捺子さんが私に歩み寄る。
その動きに合わせ、スレンダーな肉体にぴっちり張りつくラバースーツが、艶かしく光沢を放つ。
「フェティシズムの入り口を少しだけ開け、中を覗いてみてくださらない? もしお嫌なら、そのまま扉をそっと閉めてもよし。お気に召したなら、扉を開けて詳しく観察してもよし。でも、覗いてみないことには、ほんとうのことはわかりません」
たしかに、そのとおりだ。
「見もせずにイメージだけで拒否なさるのは、春美さんらしくありませんわ」
中高と打ち込んだ陸上競技に出逢えたのも、中学で陸上部に誘われたから。そこで断っていたら、充実した学生生活は送れなかったかもしれない。
そう考えて。
「わかったわ。ラバースーツを着させて」
私が答えると、捺子さんが嬉しそうに笑った。
「ドレッシングエイド……一般的には、加齢や怪我などで自力で衣服の着脱か困難になった人のための補助具を指します。けれども、わたくしたちのあいだでは、ラバーウエアの滑りをよくして着用を助けるための潤滑剤を意味します」
言いながらボトルから液体を手に取ると、捺子さんが服を脱いで下着姿になった私を見た。
「春美さん、下着も脱いでください」
捺子さんの言わんとすることはわかる。
さすがにすべてを曝け出すのは恥ずかしくてブラとショーツを着けたままでいたが、このまま液体の潤滑剤を塗ったら帰りに困るだろう。
そう考えて、おずおずと下着を脱いで丸め、置いていた服のあいだに置く。
それから胸とお股を手で隠して向き直ると、捺子さんがにっこり笑って告げた。
「手をどけてくださらないと、ドレッシングエイドが塗れませんわ」
「うう……」
恥ずかしさに耐え、手を身体の側面に移動させると、捺子さんが潤滑剤まみれのラバーグローブの手を、私の肩に置いた。
そして、人肌の温度に温められた液体を、私の肌に塗り広げていく。
なんだか、捺子さんの手つきが艶めかしい気がする。
(それは、きっと……)
潤滑剤がヌルヌルしているから。
そう考えているうちに、捺子さんの手は肩から腕へ。
右腕、左腕。順番に塗り込めてから、背中、腰。
それから正面側に回り込んで、鎖骨からデコルテライン。
そして、胸。
ヌルヌルになったラバーグローブの手で乳房を優しく擦られて、捺子さんの手つきがいっそう艶かしく感じられた。
(でも、これは……)
ラバースーツを着るため、潤滑剤を塗っているだけの行為なのだと自分に言い聞かせていると、捺子さんの手が乳首を上を通過した。
「……っ」
ゾワリと妖しい感覚が駆け抜け、思わず漏れそうになった声を飲み込む。
(どうして……)
乳首に軽く触れられただけで、こんなになってしまったのだろう。
そのことが気になるが、訊ねるわけにもいかない。
ともあれ、これはラバースーツを着るための準備だ。
捺子さんが私の反応に気づかないようすで、塗り込めを続けていることに安堵する。
お腹、下腹部、腰骨のあたりを通って脚。
私の身体に妖しい感覚を生みつつ潤滑剤を塗り込めて、捺子さんがラバースーツを手に取った。
「わたくしの予備のスーツです。身長は同じくらいですし、ラバーには伸縮性がありますから、少々サイズが違っても着られると思います。ほんとうは、きちんと採寸して春美さん専用のものを作りたいのですが……今日のところは、これで許してくださいね」
そう言いながら、捺子さんがラバースーツ背面のファスナーを開いた。
「ファスナーのスライダーが3つあるのは、任意の場所に開口部を作るためです。たいてい、開口させるのはお股の部分ですが」
「えっ、お股に開口って……」
「もちろん、用を足すためですわ」
あらぬ想像をして思わず訊ねると、捺子さんにきっぱり言われてしまった。
それで少々恥ずかしい気持ちになるが、今はラバースーツの着用だ。
ラバースーツ背面の開口部をガバッと開き、捺子さんが私の前にしゃがみ込む。
「片足を上げてくださいな。不安定になるようなら、わたくしの肩におつかまりください」
体幹には自信があるので、肩を借りずに足をあげると、その足がラバースーツに差し込まれた。
続いてもう一方の足も差し込むと。捺子さんがスーツを持ち上げる。
潤滑剤のおかげか、思いのほか着用は楽だ。
スルスルとスーツが腰のあたりまで引き上げてから、捺子さんが私に声をかけた。
「少しのあいだ、持っていてくださいね」
言われてお腹のあたりでスーツを抱えているあいだに、捺子さんが立ち上がった。
そしてスーツの上半身部分を私から受け取り、開口部を広げる
「ありがとうございます。上半身もスーツに収めていきましょう」
言われて両腕を袖に差し込むと、再び捺子さんの声。
「どうやら、無理なく着られそうですね」
それは身長のみならず、捺子さんと私は身体各所のサイズも似ているからだろう。
女性らしく柔らかい捺子さんと、しっかりついた筋肉の上にうっすら脂肪が乗った私。意外なことに、結果として身体各所のサイズがほぼ共通だったのだ。
そんなことを考えているあいだに、肩までスーツに収められた。
それから、ぐいっと引っ張られて背中のファスナーを閉じられて、私の身体は黒いラバーの被膜に覆われた。
ぴっちりと張りつき、軽く締めつける独特の着用感が、ラバースーツにはある。
「それでは、春美さんのラバースーツにも光沢を出していきますね」
スーツに続いて、私にグローブとソックスも着けさせて、捺子さんが再び潤滑剤のボトルを手に取った。
「光沢剤と使い分ける方もおられますが、わたくしはドレッシングエイドで光沢も出します。面倒ですから」
「意外……捺子さんの口から、面倒という言葉が出るなんて」
「そうですか? こう見えてわたくし、けっこう面倒くさがりなんですよ」
言い合うあいだに捺子さんが潤滑剤をラバーグローブの手にまぶし、ラバーに覆いつくされた身体に塗り込めていく。
塗り込められるほどに、私のラバースーツがぬらぬらと光沢を放ち始める。
そして先ほどより、捺子さんの手つきがいっそう艶かしくなったような気がする。
肩から腕、腕から腋、胸。
捺子さんの黒光りする手が、私の黒い身体を撫でるほどに、ゾワリゾワリと妖しい感覚が駆け抜ける。
「……ッ!?」
思わず、声を漏らしそうになった。
駆け抜ける感覚の妖しさが、素肌に潤滑剤を塗り込められていたときより強い。
「ふっ、ふっ……」
鼻に抜ける吐息に、甘みが混じっている気がする。
それは、独特の光沢が生む視覚効果なのか。それとも――。
「春美さん、ご存じですか?」
そこで、捺子さんが口を開いた。
「ラバーに限ったことではなく、競技用の水着などでも起こるそうですが……薄い膜のような衣装を身につけているときのほうが、素肌に触れられるより、皮膚感覚が鋭敏になることがあります」
「そうなんですか。だから、私……」
妖しい感覚を覚えてしまうのかと言いかけて、すんでのところで言葉を飲み込んだ。
そのことを知ってか知らずか――あとから考えたら、おそらく気づいたうえで――捺子さんが言葉を続けた。
「これは、あくまでわたくしの個人的な考えですが……ラバーのようなぴっちりと張りつく衣装を身につけていると、常に『肌の上になにかを着ている』と意識してしまいます」
それはわかる。私も今、全身をラバーの膜に覆われていると意識している。
「通常、服を着ていると、皮膚感覚は素肌より鈍くなります。その思い込みがあるから、触れられている部位になにかを着ている感覚があると、人は無意識に触覚を研ぎ澄ましてしまう」
その話も、なんとなく理解できる。
「ですがラバーの薄い被膜は、強い存在感ほどには皮膚感覚を妨げません。いわば、実際は1割も落ちていないのに、3割も落ちていると思い込んで、無意識のうちに感覚をプラス3割補正している状態。そんな状態で触れられれば、素肌のときより、感覚は鋭敏になってしまいます」
捺子さんは個人的な考えだと言ったが、おそらく間違っていない。
素肌に潤滑剤を塗り込められていたときより、妖しい感覚が強くなったことが、その言葉で――。
私が得心しかけたとき、捺子さんが目を細めて言葉を続けた。
「ですが、今の春美さんの状態は、少し違うと思いますわ」
「えっ……?」
「頬を朱に染め、瞳を蕩け潤ませ、甘い吐息を漏らしている……春美さん、性的な意味で昂ぶっていますね?」
バレていた。見抜かれていた。
「でも、恥ずかしいことではありません……わたくしも、春美さんと同じなのですから」
「ほ、ほんとうに?」
思わず口走ったことで、私が昂ぶっていると認めたも同然。
だが、そのときの私は、捺子さんと同じだと知ったことで、安堵する気持ちが強かった。
いや、嬉しかったというのが、正直なところかもしれない。
捺子さんがそんな私に身を寄せ、至近距離で目を見る。
「春美さんとわたくしは、同じ指向を持っています。フェティシズムを共有しています。ですから……」
そして、瞳に妖しく輝かせて告げた。
「わたくしと一緒に、もう少し先に進んでみませんか?」
その瞳に魅入られて、私は熱に浮かされたように、捺子さんの言葉にうなずいていた。
「ふっ、んっ、ふっ……」
薄暗い寝室に、私が漏らす甘い吐息だけが聞こえる。
ミチッ、ピチッ……。
くるおしく身悶えると、ラバースーツが擦れて音をたてる。
その音が、ふたりでお揃いのラバースーツを着ているのだと実感させる。
壁ぎわの関節照明1灯だけの明かりのなか、人の形をした、黒光りするラバーの塊どうしが絡み合う。
「あふう……」
甘い吐息が艶を帯びるのは、黒い被膜の上から、昂ぶりにぷっくり膨れた乳首を撫でられるから。
「あっ、あん……」
吐息が艶声《あでごえ》に変わるのは、お股に指を這わされたとき。
ふだんの彼女からは想像できないほど大胆に、積極的に、捺子さんが私を求める。
いつもの私では考えられないほど、捺子さんの愛撫に酔わされる。
気持ちいい。
拙い自慰で得られるものより、はるかに大きい快感が私を襲う。
気持ちいい、気持ちいい。
かつてないほど大きい快楽を得ているのは、相手が捺子さんだからか。それとも、ラバースーツを着ているからか。
わからない。
わからないが――。
「んっ……あっああッ!」
ひときわ大きい快感がやってきて、ラバーの被膜に包まれた身体が、ビクッと震えた。
小さな絶頂。
いわゆる、軽くイッたという状態。
捺子さんと秘密の関係になって、初めて知った恍惚の世界。
『わたくしと一緒に、もう少し先に進んでみませんか?』
捺子さんに誘われるまま進んだ先には、大いなる悦びがあった。
『とりあえず少しだけ入り口を開け、中を覗いてみてくださらない? もしお嫌なら、そのまま扉をそっと閉めてもよし。お気に召したなら、扉を開けて詳しく観察してもよし。でも、覗いてみないことには、ほんとうのことはわかりませんわ』
言われて覗き込んだフェティッシュの世界には、極上の愉悦があった。
(もしかしたら……)
あと1歩、進んでみたら。ちょっとだけ深く、斯界に足を踏み入れたら。
もっと大きな快楽が、悦びが、愉悦が、私を待っているのかもしれない。
何度か睦み合いを繰り返し、ラバースーツごしに肌を触れ合わせ、私がそう考えるようになった頃、捺子さんが穏やかにほほ笑んで誘った。
「春美さん……もう少し、先に進んでみませんか?」
「もう、少し……?」
「はい。ほんの少しだけ、ポニーガールの世界を覗いてみるだけです。もし春美さんが進んでみようと思ったら、来週もまた、ここに来てください」
そうしたら、もっと気持ちよくなれるかもしれない。さらに大きな快楽を、悦びを、愉悦を得られるだろう。
その期待から、私は捺子さんの誘いを受け入れた。
翌週、再び訪れた私に、寝室でラバースーツとグローブ、ソックスを着つけたあと、捺子さんが革製の装具を取り出した。
「基本的なポニーガール装具です。今日はこれらを、身につけてみましょう」
そう言って、捺子さんが最初に手に取ったのは、腰の左右に頑丈そうな金属製リングが取りつけられた、革製のレオタードのような装具。
(いえ、これは……)
レオタードと呼ぶには、丈が短かすぎる。その上端は、おそらく乳房よりも下。
背中側で4本のベルトを締めて着る構造からして、ショーツつきコルセットと呼ぶのが正解かもしれない。
そんなことを考えていると、捺子さんが背面のベルトを外して装具をかざした。
「まずは、ポニーコルセットです」
その言葉で、やはりコルセットだったのかと思いながら、装具の着つけ。
ショーツかガードルのように足から穿かされ、上端が乳房のすぐ下、バージスラインに沿うまで引き上げられて、背中をベルトを締められる。
「うッ……」
きつい締め込みにうめくと、背後から捺子さんが声をかけてきた。
「ポニーコルセットは、ポニーガール装具の要です。緩いと、のちのちかえってつらくなりますから、少しきつめに締めさせてくださいね」
言われて、以前見た馬車を引かされるポニーガールの画像を思い出した。
たしかそのなかで、形状こそ違えどコルセットのような装具を着けられたポニーガールは、腰の金具に馬車をつながれていた。
馬のように馬車を引くのがポニーガールの務めなら、それを接続するコルセットが装具の要ということは理解できる。
とはいえ、きついことには変わりない。
「うぅ……」
うめきながら最後のベルトを締め込まれると、私のウエストは、かつてないほど細くくびれていた。
続いて、長さ1メートルほどの革ベルト。
これを胸の上側で乳房を絞り出すように締められると、あまり大きくない胸の膨らみがひと回り大きくなったように感じられた。
そのうえ、コルセットと同じく、胸ベルトの締め込みもきつい。
コルセットと合わせて胸郭の動きを制限されたように、深く大きく息を吸い込むことが難しい気がする。
「はふ、はふ……」
そのせいで、緩く開いた口で浅く短い呼吸を繰り返していると、捺子さんが背もたれのない小さな椅子を私の背後に置いた。
「どうぞ、おかけになって」
言われて、これ以上コルセットにお腹を締めつけられないよう、背すじを伸ばしたまま慎重に腰かける。
すると捺子さんが、奇妙な形の編み上げブーツを私の前に置いた。
踵の高さは、超がつくハイヒール。ただし、本来あるはずのヒールがない。
甲の下半分は馬の蹄のような形に成形され、広い靴底には蹄鉄のような金具が取りつけられている。
「ポニーブーツです」
椅子に腰かけた私の前にしゃがみ込み、編み上げ紐を緩めて履き口をくつろげ、捺子さんがその名を告げた。
「どうぞ」
誘われるまま、ラバーに包まれた足をブーツに差し込む。
ラバーごしでもわかる、上質でぶ厚い革。見た目の印象どおり、中の形は超ハイヒール。
「よかった、急遽注文したのでサイズが合うかどうか心配していたのですが……春美さんの足にぴったりですわ」
捺子さんが嬉しそうに言って、もう一方の足にもポニーブーツを穿かせる。
コルセットのようにきつく苦しいこともなく、ごくふつうに編み上げを締めて紐を結ぶと、立ち上がった捺子さんが私の手を取った。
「さあ、立ってみましょう」
「でも私、ふつうのハイヒールも履いたことがないのに……」
「わたくしがお支えします。それでも無理だと思ったら、すぐ腰を下ろしてください」
両手を取られて促され、恐る恐る脚に力を込めると、思いのほかスッと立てた。
「うふふ……思ったとおりですわ」
それは、初めてラバースーツを着つけてもらったとき、肩を借りずに片足を上げられたこと。
「アスリートで体幹の強い春美さんなら、ポニーブーツを履いても立てると思っていました」
捺子さんはそう言ったが、それだけではないだろう。
甲の下半分が馬の蹄のような形に成形されたポニーブーツの靴底が広いおかげで、見た目に反して安定感があるのだ。
ともあれ、立ち上がれたら、次は歩行。
「まずは短い距離から。とりあえず、この椅子の回りを1周してみましょう」
言われて、捺子さんに手を取ってもらったまま、歩くことだけに集中して足を運ぶ。
「歩けそうなら、部屋の隅まで行ってみましょう」
さらに誘われて、歩行のこと以外は考えないようにして、大きなベッドの横を通って反対側の壁まで歩き、Uターンして戻る。
「すごいわ、春美さん。初めてポニーブーツを履いて、立ち上がるどころか、こんなに歩けるなんて」
捺子さんが感嘆したように言ったのは、別の誰かと比べているのだろうか。
もしかしたら、私以外とも、同じことをした経験があるのだろうか。
そう考えたところで、心がざわついた。
それで、集中が途切れたときである。
「あっ!?」
バランスを崩してしまった。
あまつさえ、手をつないだ捺子さんを引き込むように、傍らのベッドの上に倒れてしまった。
いや、そうじゃない。
捺子さんはあえて私を支えようとせず、ふたりでベッドに倒れ込んだのだ。
あお向けの私に、覆い被さるような体勢で。
「初めてなのに、これだけ歩ければ充分です。わたくしなんて、試しに履いてみたら、立つことすらできなかったのに」
「えっ……捺子さんが、自分で?」
「はい。今日のものも、まだお見せしていないものも、春美さんに着つけていただく装具は、すべてわたくしが自ら試しております。ひとつだけ、自力では着けられない装具がありますから、それだけは専門家に相談して選びましたが」
言われて、捺子さんが私以外にも同じことをしたのかと思い、心をざわつかせたことが恥ずかしくなった。
「ごめんなさい、捺子さん……」
思いきってそのことを詫びると、捺子さんがにっこり笑った。
「嬉しいわ、春美さん。嫉妬してくださったのですね」
「えっ……?」
そうなのだろうか。先ほどの心のざわつきは、嫉妬からくるものだったのだろうか。
たしかに私には女性を愛する指向があるし、捺子さんに惹かれてはいたが。いるかどうかもわからない『誰か』に嫉妬してしまうなんて――。
とまどう私の顔に、捺子さんが顔を近づける。
「今日は、よくがんばりましたね」
そう言ってほほ笑み、私の唇に、自らの唇を重ねる。
「んッ!?」
驚き、目を見開いたのは一瞬。
すぐ目を閉じて、彼女のキスを受け入れる。
捺子さん唇は、瑞々しく柔らかい。
唇を重ねているだけで、頭がぼうっとしてくる。
かつて友だちから、好きな相手とならキスだけで蕩けるという話は、ほんとうだった。
そして私がキスに酔わされた頃、ようやく唇を離して、捺子さんが告げた。
「がんばった春美さんに、ご褒美をあげます」