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誰が淫魔を殺したのか

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 沈鬱とした部屋に勢いよく飛び込んで切る人影が一人。

 それはこげ茶の熊で、飛び出した腹も相まって巨体としての圧を強めている。腕回りも太く、掌にできたマメなどもあって、戦う男であることがわかるだろう。


 そんな熊は呼吸を整えることもなく、肩で息をしていた。とある知らせを聞いてからいても立ってもいられず、全速力で駆け抜けてきた。


「ジギタリス……」


 その後ろから荘厳な法衣を来た赤い龍が落ち着くように声をかける。同じ距離を走ってきたにもかかわらず、龍の巨躯は汗ひとつかいていないようだった。


「なあ、本当か?」赤い龍の静止を振り切って熊が言う。「本当に……」


 暗い部屋にたたずむ金の犬とリカオンを見渡して言葉を飲み込む。口にしてしまえば、真実になりそうで怖かった。

 だけど確認せずにはいられないから、ジギタリスは逸った気持ちをそのままに、叩きつけるように叫ぶ。


「本当に――――アスモが死んだのか?!」


****


 おれがその話を聞いたのは今から数か月前、三人でお茶を飲んでいる時だった。デザートを頬張っている最中だったのに、思わず叫んじゃって質素ながらも整った屋敷に明るい声を響かせる。


「養子をとるっ?! ユランが?!」


 いやもうびっくりだよ。青天の霹靂。おれはとっさに浮かんだまま固まっちゃった。

 膨らんだ体に黒スーツを着込んだ黒虎のおれは、細い尻尾で自分の頬を突いてみたけど現実は変わらない。ただ、目の前でいつものようにユランが不機嫌そうな顔をしているだけ。


「なんだ、そんなに変なことを言ったか?」


 垂れた耳を持つ金犬は、温和そうな造形を圧倒的殺意の表情で上書きしておれを睨んだ。いつものことだけど、日常会話に殺気を混ぜすぎ。これから養父になる男の顔じゃないよ。

 おれは頭には角がって、細い尻尾と蝙蝠のような羽を持った悪魔で、普通の人相手なら気圧されるなんてありえない。

 でもユランは別。戦っても勝てないから。慣れてきたとはいえ、たまに肝が冷えるもん。


「うーん、別に変なことじゃないけど、いきなりだから驚いただけ」

「決めたのは俺じゃないからな。それに、養子を取るのは俺じゃない。俺の父……あの阿呆だ」


 金の犬は舌打ちしながら吐き捨てる。黙ってれば美丈夫なのに、表情が怖すぎるって。

 ユランは家だというのにしっかりと騎士服を着こんでいる。自分の家なんだからもっと楽な格好をすればいいのにね。そうしたら抱き心地もいいのに。

 ……いや、そんなことはないかも。

 全身鋼みたいな筋肉で肥大化させた体は戦うために特化していて、抱き着いても木にしがみついてるみたいな硬さがある。でもおれは好きだよ。


 決めたのがユランじゃないなら、答えは一つしかない。それを問うたのは、隣にいるリカオン、タラタネラだった。


「ああ、じゃあユランのお父さん……カラレス様が決めたんだね」

「そうだ、あの馬鹿が、悪魔憑きの俺に当主の座は渡せないと難癖をつけてな。勝手に養子を取ってきた。どうやら俺を嫡男の地位からどかしたいらしい」


 あ、だったら養父じゃなくてお兄ちゃんか。どちらにしろ、こんな殺意溢れる家族嫌だけど。


「それはまた……君らの家族仲が良くないことは知ってるけど、大胆な手に出たね。王太子スウェンガル様に陳情したら、何とかなると思うけど……」

「どうでもいい。そもそも俺は爵位に興味などないからな。オリーブ家は由緒ある伯爵家とはいえ、俺は直系だから責務を果たしているに過ぎない。馬鹿当主がそうしたいというのなら、好きにすればいい」

「ユランらしいよ……」


 答えをわかっていたんだろうね。タラタネラは苦笑しながらお茶に口を付けた。おれもユランならそう言うと思ったし、別に驚かない。

 ユランは責務で動いているだけで、特に出世欲や自己顕示欲があるわけじゃない。殺意を振りまきすぎてるから勘違いされやすいけど、根っこは超が付くほどのお人よしだ。騎士をしているのも、誰かを助けるためだって公言してはばからないからね。


「でも……そうなったら荒れるだろうね」


 リカオンが少し困ったようにつぶやいて、カップを置いた。横で見てれば顕著だけど、屈むと胸が窮屈そうに騎士服を押し上げている。全身むちむちで雄とは思えないほどの巨乳、おれは大好きだけど苦しくなったりしないのかなっていつも不思議に思う。


「ユランがカラレス様から騎士団長の座をもらって、実質オリーブ家はユランがトップだった。でも中立派のユランが当主になれないとなれば、カラレス様の意向が大事になってくる」

「そうだな。あの馬鹿は意思が弱く篭絡しやすい。スウェンガル様の戴冠が濃厚になってきた今、さすが馬鹿な真似をするとは思わんが、可能性がないわけではない」

「それにユランにも話がかかるよ。オリーブ家の当主になることを手伝う代わりに、コネを得ようって輩とか、うちに婿養子に来ないかって家とか」

「知らん。きな臭い動きを見せた奴は全員殺す」


 だからなんでユランはいつも物騒なんだよ。

 しかも本人はすました顔でお茶を飲んでるだけなのに、殺意が荒れ狂ってるし。おれとタラタネラには効かないからって、この犬、羽目を外しすぎじゃないかな。

 鉄壁で潔癖な騎士、ユランデータ=オリーブは騎士の中の騎士と市井からの評判もいい。曲がったことが大嫌いで、清廉潔白なふるまいは王宮内に信奉者がいるくらいだ。腕前もオーラを自在に操るマスターで、タラタネラと並んで国一番の腕前と評されている。


 そんなユランが当主になれないとすれば、スウェンガルも大変そうだ。あのシェパードは結構ユランのことを頼りにしてたし。本人はあくまで中立だから、最低限の礼儀だけでそっけない感じあるけど。


 荒れそうだなんて、魔界から出ておれは人に詳しくなってるからそれくらいは想像がつくよ。魔王との戦いも経て、かなり成長してると自負してるからね。


「……そんなに心配するな」


 金の犬はおれらを見ながら口を開いた。


「お前らが思うほど俺は落ち込んでなどいない。爵位などどうでもいいからな。継げないのなら、家に縛られることもないということだ。だから、養子が育った後、旅に出てもいいだろう」

「ああまあ……ユランが騎士団長の座に就いたのも、お父さんのふるまいが目に余ったからだったし、団長の座にも興味なさそうだよね……」

「まあな。俺は騎士として正しくあればそれでいいんだ。あの馬鹿のようにはならないと、昔から言い聞かせてきたからな。だが、こうも毎回突っかかってこられるとさすがに疲れた」


 あのユランが弱音を吐くなんて珍しい。タラタネラもちょっと驚いてる。

 でもおれらはユランの家にたびたびお邪魔してるから知っている。カラレスはユランのことを目の敵にしていて、何かあればすぐあざけってくるってこと。おれは魔界で両親に愛されて育ってきたから、他人事なのに見てて心が痛くなっちゃう。


「だから……俺が死ぬまで、一緒に世界を見て回るのはどうだ?」

「え」


 虚を突かれて、口があんぐりと空いた。ユランは真面目な顔のままで、からかっているようには見えなかった。


「責任が無くなれば、こんな家にいる必要なんてない。お前も俺らに付きっきりだし、いい経験になるだろう?」

「それはそうだけど……でも、タラタネラが……」


 ユランと双璧をなす騎士、タラタネラは近衛隊長だ。責任ある立場で、これから戴冠する王太子を支える未来も確約されている。

 そんなリカオンは突然の提案に一瞬だけ固まったけど、すぐに優しい笑みを浮かべてくれた。


「いいね。どうせ真面目なユランのことだ、団長の立場を譲るのも遅れるよ。その頃には私らも歳をとっているだろうし、楽しい余生の過ごし方じゃないかな」

「じゃあ、一緒に来てくれるってこと……!」

「当然。むしろ、私をのけ者にするつもりなんて、ユランにはないだろう?」

「当たり前だろうが。お前みたいな淫乱を放置していたら、国の風紀が乱れる。アスモには最後まで面倒を見てもらわないといけないからな」

「そ、そこまでじゃないだろ?!」


 むっつりスケベなむちむちリカオンが顔を真っ赤にして否定する。けど、タラタネラが清純だと思っているのは、本人だけなんだよ。いい加減気付いて。

 二人は死んだ後、悪魔になっておれと一緒にいることが契約で決まっている。だからタラタネラなんか、貴族から来た婿養子の誘いを全部断った。平民出身なせいで苦労したのに、おれのために断ってくれたんだ。

 もちろんこれからもずっと、責任を取るからね。おれは二人の事大好きだから。


「気持ち悪い顔をするな。殺したくなる」

「ふふ、素直になればいいのに。私は近衛隊長の座を退いたらなにも残らないからね。教官に斡旋はしてくれそうだけど、みんなで旅をするのも悪くない」

「だろう? 俺とタラタネラは訓練ばかりで世界を知らないところがある。これから悪魔になるのだから、見聞を深めるのも必要だ」


 二人は当然のように未来の話をしてくれる。自分が悪魔になって、魔界で暮らす時の話を。

 おれはそれがとても嬉しい。二人がいれば、おれはもう寂しくなんてないんだ。

 感極まって隣のリカオンに思いっきり抱き着いた。もはや慣れたものだから、タラタネラもぎゅっと返してくれる。本当はユランにも抱き着きたいけど、照れ屋だから逃げられるんだ。


「アスモも嬉しいってさ」

「ふん、こいつは感動するとすぐ抱き着くな」

「ユランも羨ましいならくればいいのに」

「殺すぞ」

「今更だと思うけどねえ」


 おれを抱きながら笑うタラタネラの雰囲気は柔らかい。ユランの童貞を食ったのはタラタネラだし、おれらはもう3Pを経験済みだ。ハグくらい誤差でしょ。

 キス大好きなおれらが自然と舌を入れ合うのを見て、ユランはため息。遠慮が無くなってきたタラタネラと違い、ユランにはまだ常識が分厚く残っている。おれはユランともいつでもキスしたいのにさ。


「はあ、話を戻すぞ。だから今度、養子のお披露目パーティが開かれる。あの馬鹿が張り切っているが、どんな家が招待されるかで勢力が見えてくるはずだ」

「ああ、なるほどね」リカオンがおれの鼻面を舐めてから。「だからカラレス様がどういう政治的意図を持っているのか、確かめるなら絶好の機会ってことだね」

「そういうことだ。お前はスウェンガル様にこれを渡してこい」


 テーブルに置かれた綺麗な便せんは招待状だ。王太子直々に参加して、カラレスを取り込んで来いってことだね。


「万が一スウェンガル様に招待状が届かなかった場合。これを使って参加しろ」

「助かるけど……中立の君が珍しい」

「恩には恩で返しただけだ。スウェンガル様には、アスモの魔法部所属の口添えと、悪魔騒ぎの時にタラタネラが近衛隊長でいられるよう便宜を図ってくれた恩義がある」

「……ねえ、ユラン」

「なんだ?」

「今猛烈に、アスモみたいに君に抱き着きたいのだけど、構わないかい?」

「殺すぞ。前々から思っていたが、お前はアスモに感化されすぎだ」


 いや、タラタネラの気持ちはわかるよ。だって、ユランはおれとタラタネラへの恩義を、自分のことのように扱ってくれたってことだから。つまり、おれらはユランの身内と同様ってことだもん。そりゃ嬉しくなるよ。


「ねえタラタネラ、今日は3Pしたくない?」

「え? ……ええっと、まあ、そう、だね。私もユランと、し、したい、かも……」


 だからなんでタラタネラはいつもスケベ振りまいてるくせに、本番になると急に奥手になるの。もっと自分を解放しよう。二人ならユランを押し倒せるよ。


「殺すが?」


 ドストレートな言葉と刃のように鋭い殺意によって、おれの喉は勝手にひえって言葉が漏れた。慣れたと思ってもすぐその上を行く殺意をばらまくのやめて。


「これから養子が来るんだぞ。教育に悪いことをしようとするならば、タラタネラでも追い出すからな」

「じゃ、じゃあ、私はどこでやったら……あ、いや、別にユランの家に来るのはそれだけが目的じゃ当然ないんだけど……!」

「はあ、どこでもいいだろ。イーラガッタの家ならアスモの部屋もあるんだ。今度からそこで集まればいい。その方があの龍も喜ぶ」


 以前の事件でおれのセフレになった聖獣を思い浮かべると、確かに会いたくなってきた。あそこにはおれの部屋というか、研究室もあるから定期的に通ってるし、そろそろ全員でセックスする布石を作ってもいいかも……。


「だったら5Pか……」

「俺を巻き込むな」

「いいじゃんいいじゃん。三も五も変わらないって。イーラガッタは契約によっておれとセフレになってるし、当然の権利だよ!」

「ジギタリスは違うだろうが」

「ジギタリスはタラタネラのおっぱいに弱いから大丈夫。この前イーラガッタとタラタネラで左右からおっぱい攻めしたら、ものすっごい顔してたし」


 うんうん、あの時の4Pは楽しかったね。ガチムチ熊をおっぱい攻めしながらおれがタチしてたら、ジギタリスったらいきっぱなしだったよ。


「だから後はユランが来てくれれば完璧なんだ! ねえ、やろうよー!」

「殺す」


 おれの鼻先を残像が駆け抜けて、言葉を断ち切った。ユランの体勢から、どうやら手刀がかすめたみたい。こっわ! オーラマスターの肉体攻撃なんて、気絶どころか首の骨が折れるよ! ただでさえおれは完全後衛型で、肉体強度はそこまでないんだからね!


「しつこい。やらんと言ったらやらん」


 3Pはしてくれるのに、ジギタリスたちは入れてくれない。おれとしては、ユランのかわいいところをもっと広めたいんだけどなあ。

 汚い喘ぎ声をあげるタラタネラもかわいいけど、真っ赤な顔でこらえるように喘ぐユランもかなり良いんだ。おれはいつでも二人とやりたいって思ってるよ。

 でもこれ以上やると本気でぶっ飛ばされそうだから、タラタネラを抱きしめて我慢しておこう。


「そういえば、養子養子って言ってるけど名前くらいは知ってるんだよね?」

「ニトグリン。遠縁の男爵家で、地方で騎士をしている家系だ。あの馬鹿がどこから見つけてきたのかは知らんが、剣の基礎くらいはあるだろうと期待している」

「ちなみに挨拶とかって……」

「していない」

「……はあ」リカオンがこめかみを押さえながら。「ユラン、君の意向じゃないとはいえ、兄になるんだからある程度の歩み寄りは必要だよ」

「わかっている。だが、あの馬鹿が目を光らせていて、まだ接触できていないんだ。どうせ剣は俺が教えるというのに……不合理すぎる阿呆が……」

「あ、あのさ……」


 眉間にしわを寄せてうなるユランを見ていられなくて、おれはそっと口をはさんだ。


「仲良くしてあげてね。ニトグリンも緊張してるだろうからさ」

「善処する。あの馬鹿に何か吹き込まれていなければいいんだが……」


 この親子は互いを毛嫌いしているとはいえ、ニトグリンに罪はないんだ。ユランにはおれらがいるけど、田舎から出てきたばかりで孤独を感じるだろうし、寄り添ってあげてほしい。


「アスモと話していると、悪魔より人の方が怖い気がするよ」

「ふん、悪魔らしい悪魔だったら、魂なんぞくれてやるわけないだろうが」

「本当に素直じゃないよねえ……。悪い気はしていないくせに」

「どうせ筒抜けなんだ、素直に話す必要もないだろう」

「開き直ったよ。私らならいいけど、部下とかニトグリンには伝えるようにね」


 タラタネラが優しくたしなめて、お茶会は温かい空気で進む。コミュニケーションの齟齬さえ無くせば、ユランはいい人だから大丈夫。おれらでちゃんとフォローしないとね。

 養子かあ、仲良くなれるといいんだけど。

 

 おれは新しい友人が増えるかもと期待して、楽しそうに尻尾を揺らした。


****


 豪華に着飾った人たちの間を飛びながら、おれは上機嫌に鼻歌を奏でた。姿を隠す魔法を使って、タラタネラとユランにしか見えないようにしている。

 にぎやかな話声と明るい照明に、豪華な食事。絶対ユランが手配してないのがわかるセンスだ。たまにはこういうのもいいと思うけどね。


 パーティなんて初めてだから存分に楽しむ気満々だ。ふよふよ漂ってはバレないように食事をつまみ、噂話を肴にいろんな人の顔を見渡していく。契約取れそうな人がいたら、ちゃんと覚えておかないとね。

 ユランは主催側だから忙しいし、タラタネラも近衛の仕事で王太子の傍だから話し相手がいない。だからのんびり会場を一周して、主賓の下へと戻ることにした。


 新たにオリーブ家に加わった人、ニトグリンは緊張にこわばった体で挨拶に精を出している。

 ニトグリンはハスキーの青年で、骨太な体をまっすぐに伸ばしている姿はすごく初々しい。あどけなさが残る顔だけど肩幅は広く、ちゃんと鍛えているのがわかる。

 まあ、ユランやタラタネラと比べるとどうしても小さく見えるのは、あの二人がおかしいだけだからね。目標は高すぎるだろうけど、頑張ってほしい。


 その傍にはユランに似た金の犬が楽しそうに客人たちと会話している。さすが親子だ、デザートを食べながら間近で観察してみても、似てるとしか言えない。

 でも似てるのは顔だけで、着飾った服の豪華さとか、前線を退いてからちょっと緩んだ体とか、雰囲気はかなり違う。ユランが作り物めいた肉体美なら、こっちは生々しい肉体って感じ。おれはどっちも好きだけどね。


 なんて服の下に思いを馳せていると、ハスキーの青年が金犬に尋ねた。


「あの、カラレス様。ユラン様はどちらでしょうか? パーティが始まってから、お姿を見ていないのですが……」

「ああ、あれは気にしなくていい。話したところで時間の無駄だ。それより王都に来たのだから、顔を売ることを第一に考えろ」

「わかりました」


 相変わらずだなあ……。ユランは裏方で料理の手配とか頑張ってるのに。

 おれに見られてるとも知らないで、カラレスは来客には見せない尊大な態度で養子と話している。さすがに当主に言われたら逆らえないから、ハスキーは居心地悪そうにしながらも会話に食らいついている。


「カラレス様、この度はご招待いただきまして、誠にありがとうございます」

「ああレンジ。よく来てくれたね」


 お、なんかふくよかな羊の人が来たぞ。身なりはいいけど、ちょっと成金的すぎるかな。ユランやタラタネラは質素ながらもいいものを着てるから、比べると悪目立ちしてる気がするな。


「初めまして、レンジと申します。しがない商人ですが、カラレス様にはよくしていただいております」

「彼にはうちで使う武具などを扱っているんだ。お前も今後良く会うだろうから、覚えておくように」

「はい、わかりました。二トグリンです、よろしくお願いします」


 ふーん、オリーブ家お抱えの商人ってことか。類は友を呼ぶというか、なんか似た者同士な雰囲気があるなあ。何かあったらすぐ裏切ってきそう。

 ニトグリンも大変そうだ、笑顔の下で策略張り巡らせているなんてここじゃあ日常茶飯事だし、早く慣れると良いね。


 今度おれとタラタネラにも紹介してくれるって話だし、その時にまた挨拶しようっと。今はおいしいご飯をお腹いっぱい食べるんだ!


 それからおれらとの顔合わせも終わらせて、ニトグリンの新しい生活が始まった。


「お邪魔しまーす、調子はどう? ……ってまあ、そうなるよねえ」


 非番のタラタネラと一緒にオリーブ家の訓練場に行くと、案の定そこは地獄絵図だった。

 すました顔のユランの足元ではいつくばっているハスキーの青年は、今にも死にそうなほど荒い呼吸をしている。毛皮も汗でまとまってぼさぼさだし、相当きつい訓練してたんだろうな……。

 ジギタリスの時もそうだったけど、基本的にユランは人を限界まで追い込む。本人曰く効率よく鍛えているらしいけど、受ける方からしたらたまったものじゃない。


「そうか、今日はイーラガッタから食事に招待されていたな」

「ユランのことだから遅れることはないだろうけど、呼びに来るついでにニトグリン様にもご挨拶をと思ってね」


 平民のタラタネラからすれば、養子とはいえ伯爵家の跡取りには敬語は必須で大変そう。いろいろ活躍目覚ましいんだから、一代限りの爵位でもくれればいいのにね。


「いえ、自分のことは呼び捨てで構いませんから!」

「でも伯爵家の嫡男ですから……」

「それでも、オーラマスターで近衛隊長のタラタネラ様にそんな態度を取られるほど、僕は偉くないです!」


 立つこともできないので地面の上でもだえながら弁明してる。体が動いてたら頭を下げてそうな勢いだ。


「なら俺らだけの場では気安く接してやれ。どうせいつかお前にも扱いてもらう予定なんだ。師匠らしくしておいた方が威厳もでていいだろ」

「わかったよ、それならこれでいいかな」


 しゃがみ込んでにこっと笑うリカオンに、ハスキーは何度も頷いて返す。目線を合わせようとする行為は優しいタラタネラらしいんだけど、おかげで胸を突き出してるようにしか見えないんだよなあ。あおり視点だと相当すごいことになってそう。


「うおぉ……!」


 ほら、ガン見してる。非番故に薄手のシャツだから乳首まで浮いてるんだ、そりゃそうなる。早くも嫡男の性癖ぶっ壊そうとしてるんだけど、ねえユラン、あれ大丈夫なの?


「予想は付いていたことだ。駄目でもお前の魔法で無理矢理子作りさせるから問題ない」

「おれさ、たまにユランが人権って言葉を知らないんじゃないかと思う時があるんだよねえ……」

「貴族にとって跡継ぎを産むことは義務だ。ニトグリンが来なければ、俺もそうしていた」

「ううん、そういうものなのか……」

 

 おれとしてはエッチするなら楽しくしたいんだけど、多分これ、子どもを産めない悪魔の考えなんだろうな。でもさすがにこれ以上青少年の性癖を壊すのも忍びないので、指を鳴らしてハスキーの体を浮かせよう。


「ええっ?!」

「せっかく来たんだし、回復魔法でもかけてあげるよ。ユランの訓練は大変だろうけど、頑張ってね」

「あ、ありがとうございます……」


 おっかなびっくりな態度には、まだ不慣れなぎこちなさがある。悪魔から無償で回復してもらえるとは思ってなかったんだろうな。顔見せからずっと、ニトグリンはなかなかおれに慣れてくれない。


「やっぱセックスかなあ」

「アスモ、欲望が口から洩れてるよ」

「体のつながりがあればもっと仲良くなれると思わない? おれとタラタネラ……むごぉ!」


 言葉の途中で口をふさがれた。なんでそんなに純情ぶるんだよ!


「ニトグリンの教育に悪いでしょ」デカパイがなんか言ってる。「ユランに切られるよ」

「それは嫌だけどさ……じゃあ今日終わったらやろ?」

「い、いいよ……元からそのつもりだったし……」


 よし、今日こそ5Pをするぞ!


「いいか、ニトグリン。ああいう大人になったら大変だからな」

「わかりました……ですが、自分はもう成人していますけど……」

「そうだったな、太刀筋が甘いから間違えてしまう。悪いな」

「はい……」


 さらっとひどいこと言ってる! ユランと比べたら大体の人は未熟だよ!


「冗談だ」

「だから君の冗談はわかりづらいんだってぇ……」

「うーん、これは私も擁護できないなあ。ユランは冗談を言うよりも、もうちょっと褒めてあげた方がいいよ」


 浮かんで休憩しているハスキーを見て、リカオンはにこりとほほ笑む。ユランには出せない柔らかい雰囲気でニトグリンを包み、癒そうとしていた。


「話しかける前に少し見せてもらったけど、よくできていると思う。そのまま成長すれば、団長にだってなれるだろうね」

「ほ、本当ですか!」


 おお、嬉しそうに目を輝かせている。マスターからのお墨付きとくれば、やっぱり嬉しいよね。


「ユランの教えは厳しいけど効率的だから、任せて問題ないよ。でも、力任せに剣を振ってるところがあるから、そこは意識した方がいいかな」

「そこは俺も気になっていた。体幹が弱いせいだろうな。振り下ろす時に制御できていない」

「でも見た感じ体はできてそうなんだけど……剣が重すぎるのかも」

「そうかもしれんな、共通で使う訓練用の剣なんだが……もしかして、実家では木刀を使っていたのか?」

「あ、はい……」

「なるほどな、道理で。慣れの問題だとは思うが、新しい武具があった方がいいだろう。最近レンジとかいう商人があの馬鹿に取り入っている。ちょうどいいから使いやすいものを見繕ってもらえ。これから長く使うことになるからな」

「ありがとうございます!」


 元気でハキハキした声が訓練場に響き渡る。やる気があるんだって聞いてるだけでわかる声だ。オリーブ家を背負うことになった気概がわかる。

 ちょっとコミュ障なところはあるけれど、ユランの実力は確かだ。だからニトグリンが強くなるのもすぐだろうな。

 ……そしたらあの骨太な体もさらに大きくなるだろうし、ちょっと味見したいところ。


 んふふ、だったら篭絡しないとね。おれは悪魔だ。心の隙間に忍び込んで、好感度を稼ぐくらい楽勝ってこと。

 それにおれの魔法があれば、厳しい訓練もちょっとは楽になるよね。

 

「ニトグリンー!」


 おれはハスキーを抱きしめて自分の胸にうずめる。タラタネラほどではないけど、おれだってでかいと自負してる。性癖を曲げてもいいなら、おれだってやっていいでしょ。


「うあっ?! あの、汗だくなので……!」


 気にしないよ。そういうのも好きだし、どうせ魔法で綺麗にできるしね。

 

「んふふ、君が望めば、おれはいつだって契約してあげる。ユランたちがしてたみたいに、毎日コースでの契約なら日々の支払いがお得になるよ!」

「ここだけ聞くと詐欺みたいだね……」

「こいつ、本当に契約取るのが下手だな。仮にも悪魔だろうが」

「うるさいうるさい! おれは双方が納得できる最善を模索する悪魔なの!」


 大体おれが今まで契約したのユランたち周辺だけだから、片手で数えるほどしか締結したことないんだよ。伸びしろがあるってことで、もうちょっと優しい目をしてほしい。


「おすすめは毎日の回復だね。おれの魔法で訓練の疲れを癒して、訓練効率を上げられる。簡単な魔法だから、一日一射精でいいよ」

「え、射精ですか?! なんで……?」

「お前、まだ魂作成を諦めてなかったのか」

「というか、研究資料だね。魂について研究するためにも、素材はたくさん必要だからさ。人から丸々全部もらうわけにはいかないから、精液に含まれる微量でも必要なんだよ」

「なるほど、それなら俺はとやかく言わん。ニトグリンが決めろ」

「え、ええぇ……! あ、悪魔と契約してもいいんですかっ?!」

「聞いているだろうが、アスモはスウェンガル様から特例措置をもらっている。実際契約によって魔法部で働くこともあるからな。それに、何か粗相をしたら責任をもって俺が首を落すから心配するな」

「そこはかばってよっ!」


 ユランなら間違いなくやるという確信があるよ。人情とは最も程遠い存在だからね。

 ニトグリンは驚いたまま固まって、現状を頑張って理解しようとしているようだった。そりゃ悪魔がこんなにフレンドリーだと驚くよね。


「も、申し訳ありませんが、カラレス様から契約はしないようにと言われていまして……」

「まあそうだろうな。俺を除外したくてお前を迎え入れたのに、契約なんてしては意味がなくなる。本当は訓練もうちの騎士長に頼む予定だったからな」


 そういえばこの前ユランが言ってたな。さすがに跡継ぎになるのだから一番強い自分がやると言って、強引にねじ込んだらしいけど。カラレスからしたら、ユランに絆されるのは避けたいよね。


「ニトグリン」


 おれのおっぱいに埋もれたままのハスキーに向ける声は硬い。


「俺はお前があの阿呆と組したところでどうでも良い。爵位など興味はないし、お前が一人前になった後、出て行けというのならすぐにそうしよう」

「いえ、僕は別に……!」

「だが、今はまだ早い。お前は覚えることが多く、腕前も未熟だ。使えるものは何でも使え。あの阿呆のご機嫌を取ることなんて、この世で最もどうでも良いことだぞ」


 困ったように耳を伏せて、ニトグリンは黙ってしまった。ユランは真面目に話しているだけなんだけど、圧が強すぎるって。


「あのね、ニトグリン」そっとタラタネラが微笑みながら。「今のはユランなりの気遣いだよ。遠慮して萎縮するなっていうね。わかりにくいよねえ」

「え、そう、なのですか……?」

「うん、友人の私が保証するよ。いきなり伯爵家の嫡男なんて大変だろうから、アスモや私にも、遠慮なく頼っていいんだからね」


 初対面でユランの優しさを理解しろっていうのは無理難題なので、ハスキーが困惑するのもしょうがない。ここで暮らす以上早く慣れると良いね。

 金の犬も慣れ切った様子で、そのまま会話を続ける構えだ。君はおれとタラタネラの解説に甘えすぎじゃない? ちょっとはコミュ障治そうよ。


「ふん、お前はもう嫡男としての立場を手に入れた。それはスウェンガル様がパーティに来たことからも明白だ。だから考えるべきは、良い当主になること。それだけだ。カラレスの機嫌をうかがうより、お前が見るべきは領民。そこをはき違えるな」

「はい……」


 騎士の家系で団長をしてるから王都に住んでるだけで、オリーブ領にはちゃんと人が住んでるもんね。カラレスが管理してるからユランはのびのび騎士ができてるけど、これからそれもニトグリンの仕事になる。

 だから見るところを間違えるなっていう意見は本当にごもっとも。ニトグリンの責務は、多分おれが思っている以上に重いんだろうな。


「まあ、男爵家だったお前には不要な助言だったな。だが、決して忘れるなよ」


 うーんこの鬼教師。本人が鉄壁で潔癖だからって、みんながそうとは限らないのに。

 おれが思うに、ニトグリンには癒しが必要だ。後継者教育も大変そうだし、息抜きはさせてあげたいな。


 よし、おれはニトグリンを抱きしめたままグルンと空中で回転して、タラタネラの胸に押し付ける。


「ええっ?!」


 そしてからおれらのおっぱいで顔を挟み、むちむちの世界にご招待。服越しとはいえ、むっちり柔らかおっぱいの破壊力は健在。もみくちゃにしてあげよう。


「うあ、ちょ……これ、すごい……なにこれっ!」

「アスモ! ちょっと! こんなことしたらさすがにユランから怒られるよ!」

「平気平気。性癖壊れてもいいって言ってたしね! 子作り時の魔法はサービスするから、今は労わってあげようよ」

「え、ええ……これで労わったことになるかな……」


 タラタネラはいまだに自分のおっぱいのすごさを理解してないんだ。最近はちゃんと香水でいい匂いだし、まくらにすると安眠確実なんだ。おれは大好き。

 ジギタリスなら即勃起してるおれらのおっぱい攻めに対して、ニトグリンは顔を赤らめて初心な反応を見せる。お、これは童貞だな。えへへ、たぶらかしちゃうぞー。


「揉んでみて。タラタネラのおっぱい、すんごいから♡」

「へ? いえ、タラタネラ様の胸にそんな……! うあっ!」


 遠慮しようとする口をおっぱいでぎゅっと。引き伸ばされた服から乳首が鮮明になってるから、しゃぶってみてほしいんだけどな。そもそも乳肉で視界も制限されてるから、下向き乳首に気付くのは難しいか。

 手を出すそぶりもなかったので、おれが代わりに揉んであげよう。実のところ、タラタネラがちらちらと期待した目で見てくるからね。この淫乱性で清純きどりはやっぱり無理だよ。

 下から持ち上げると、ずっしりした質量を感じられる。ハスキーの顔がさらに乳で埋まってもがくの、溺れてる人みたい。おっぱいで溺れるのいいよね。


「んっ♡」

「もがっ! あの、ちょっと待って……!」

「んへへ、このまま癒されちゃってよ♡」

「アスモ……私はいいんだけど、その、ユランが……」


 やりすぎた、そのことに気付いたのは後ろからとてつもない殺気が吹き荒れたからだ。

 針というか刃みたいな殺気で首筋がぞくってなる。本能が生命の危機を察知したんだ。

 どうしてなんていうのは明白で、さび付いた首をきしませながら回すとそこには……悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すほどの圧を纏ったユランがいた。


「ごめんなさいー!」


 撤退一択っ! おれは即座に離れてニトグリンをユランに返す。それからタラタネラの後ろにぴゅっと隠れて、最強の盾で生命の保身を図った。


「まったく、予想がついていただけで積極的に篭絡するなら話は別だ。首か一物か、どちらかを切り落とされる覚悟をしろ」

「どっちも嫌だ! おれのちんぽが取れたらタラタネラが悲しむでしょ!」

「私を巻き込まないでくれ!」


 おれはタラタネラにしがみついて、死から逃げようとしている。ユランはそんなことしないってわかってるけど、怖いものは怖いの!

 解放されたニトグリンは顔を真っ赤にしたままちょっと内股になっていて、何を隠そうとしているのかは明白だ。これは将来有望かも。おれも契約しやすくなってなにより。


「あ、あの、すみません、そろそろカラレス様との食事の時間ですので……し、失礼します!」


 そう言って足早に去っていく姿も初々しい。ああいう性格の人、おれの周りにはいなかったからかわいいね。


「アスモ、あんまりからかっちゃかわいそうだよ」

「そんなつもりはないよ。おれはただニトグリンと仲良くなりたいだけだって」

「お前、あれで仲良くなれるつもりなのか?」


 殺気を解除したユランが完全に見下した目をしている。だから知らない人が見たら誤解するでしょ。これが君の通常状態だって言っても、人は信じてくれないの。


「こういうのはさ、体の関係を持てば一発じゃない? 君らともそれで仲良くなったんだからさ!」

「言っとくが、俺は違うからな」


 まあ確かにユランは肉体関係で絆せるような性格をしてないよね。ユランもそう言いたいのか、タラタネラから一歩距離を取った。

 そうすると、リカオンは憮然とした顔になっていかにも心外ですと言わんばかりだ。


「まるで私は体で絆したみたいな言い方じゃないかい……?」

「…………」

「…………」

「何か言ってくれよっ!」


 おれとユランでタラタネラに対しての評価は一致している。

 すなわち、エッチなことに興味津々だけど自分では認めたがらないってこと。


「でも、それがタラタネラのいいところだとおれは思ってるから、そのままでいてね」

「なんか釈然としないけど……いいさ別に。君らとするの、嫌いじゃないし……」

「そういうところだぞ」


 ユランから容赦ない突っ込みが来るけど、雰囲気は柔らかい。この二人はおれが召喚される前から気の置けない友人だったんだ、会話のテンポもいいし、話していて居心地がいい。

 タラタネラは気を取り直したみたいで、おれを背中から引きはがして肩の力を抜いた。もう訓練場には誰もいなくなったから、遠慮する必要がなくなったんだ。ニトグリンは立派な貴族だしね。やっぱり気を使っていたんだろう。


「それはそうと、ユラン、早く準備しないと遅れるよ。イーラガッタがせっかく準備してくれてるんだ。待たせるのも悪いよ」

「そうだな、急いでシャワーを浴びてくる。俺の私室で待っていてくれ」


 おれのテレポートで向かうから、移動時間を気にする必要はない。だからギリギリまで準備できるってわけ。


「けど、シャワーくらいおれの魔法でぱぱっとやろうか? その方が早いよ」

「確かにな……助かる」

「いつも思うんだけど、もっと普通に頼めばいいのに。対価もらってるんだから、簡単な魔法なら惜しまないよ」

「お前の魔法は便利すぎる。慣れきっては堕落するだろう。今回はイーラガッタらを待たせるのも申し訳ないから頼むだけだ」

「鉄壁で潔癖だ……」


 ここまで自分を律せる人、中々いないって。魂の輝きはだてじゃないんだよなあ。

 ユランの魂は本当に綺麗。オーラと同じ色した黄金は一点のよどみもなく煌々と輝いている。他の悪魔が見たら喉から手が出るほど欲しくなるだろうね。金銀財宝なんか目じゃないくらい、優しくて暖かい光を放つ魂だ。

 対してタラタネラはすごく濃い真紅で、目を引き付ける輝きがある。オーラとして顕現すると、恐怖を抱くほどに綺麗なんだ。魂の色はその人の性質を表すって俗説があるけど、どうなんだろう。学者としての意見を言わせてもらえれば、結局人は育ちの環境だと思ってるけどね。


 どちらも魂としては最上級で、大悪魔ですらここまでの魂は持っていないはずだ。聖獣と並べてもそん色ないくらいだから、本当に希少な魂なんだ。

 でもまあ、おれにとってはそんなことよりユランとタラタネラってことの方が大事なんだけどね。


「そういえば、食事会が終わったらユランはどうする? タラタネラとはさっき話してて、泊っていくって聞いてるよ」

「俺もそのつもりだ」

「あ、アスモから聞いたんだけど、イーラガッタの屋敷に部屋をもらったみたいだね。拠点にするのかい?」


 オリーブ家に入りながら、雑談は止まらない。

 ユランの部屋はおれらにとってはもう第二の家みたいなものだから、足取りもよどみない。最初の事件からずっと拠点にしてたし、執事とかも顔見知りだしね。

 念のために会話が漏れないように魔法で遮断してるから、何をしゃべっても大丈夫。

 だからユランがタラタネラの問いに答えるのも、あっさりしたものだった。


「そのつもりだ。そろそろ俺の居場所がこの家から無くなりつつあるからな。新居探しのために、使わせてもらっている」

「それは……」


 雑談の延長線上で爆弾を投げられて、リカオンがひるむ。おれも最初聞いた時はびっくりしたし、気持ちはわかるよ。


「当主を継ぐという役目が無くなれば、俺がこの家に固執する理由もない。結婚をするつもりないとなれば、どこか適当に暮らすのがいいだろう。そうすれば煩わしさも減るからな」


 ユランはお父さんと仲が悪いから、理由が無くなれば出ていくのは当然なんだよね。唯一ニトグリンのことだけが気がかりみたいだけど、過度に干渉すれば悪影響が出るとわかってる。


「そうか……だったら私の家に来るかい? ここほどじゃないが、そこまで狭くはないと思うのだけど」

「……お前に知られたらそう言われると思っていた。そこまで甘えるのも申し訳ない」

「私が気にするとでも?」

「思わないから言わなかったんだ」

「じゃあ気にしなくてもいいのに」

「……慣れんのだ」


 ばつの悪そうな顔をして、金の犬はそっぽを向く。いつも毅然としたユランには珍しい、愛らしい表情だった。

 おれに魔法を頼まないのも同じで、ユランは誰かの力を借りることがすっごい苦手だ。この家庭環境ならそうなるのもわかるけど、それは寂しいな。

 だから先導する広い背中を浮かびながら抱きしめた。


「おれはさ、契約を重視する悪魔だけど、ユランの頼みなら大抵引き受けるからね。だからどんどん頼んで。おれの魔法は便利だから、絶対役に立つよ!」

「どうした急に」

「言いたかっただけー」


 聖獣の両親から愛されてぬくぬく育ったおれと違って、ユランの方が魔界らしい生活をしてたんだろうな。そう思うとやっぱり寂しい。

 きっとタラタネラもそう思ってたに違いない。だって、部屋に着いたとたん、ユランを前から抱きしめておれと挟んだんだから


「なんなんだ貴様ら。盛るなら後にしろ」

「ふふ、ユランは知らないだろうけど、人はこうされると嬉しいんだよ」

「……セックスの誘いということか?」

「うーん、これは重症だねアスモ」

「でも、おれらはこれからずっと一緒だから、いつかユランもわかってくれるよ」

「そうだね、確かに悪魔になっても一緒にいたら、ユランもきっとわかるね」

「……なんだ、何の話をしている」

「「んー別に」」

「むかつくな、殺すぞ」


 そう言うわりに殺意は薄い。自分のためだということを、わかっているからだろう。そこには確かな信頼があった。


 おれらはずっと一緒。そういう契約だから。

 だからカラレスの代わりに、おれがたくさんユランに大好きを伝えるんだ。


 今はわからないけど、いつか伝わると信じて。

 おれはにへらと笑って、ユランを抱きしめる手に力を込めた。


****


 アスモの死体が見つかったのは、オリーブ家の倉庫だった。


 オレはイーラガッタと一緒に連れてきてもらって、現場にいる。もう覚えちゃいないが、このジギタリスの体を作ってくれた恩を何も返せないまま、あの悪魔はこの世を去っちまったんだ。

 そう思うと悔しくて、拳から血が出るほど握りしめていた。


「ここだ」


 ユランの短い声で我に返り、周囲を見渡す。

 倉庫には血の濃い匂いが渦巻いていて、思わず顔をしかめる。傭兵時代に何度も嗅いだとはいえ、やっぱり気持ちのいいもんじゃねえんだ。

 だけど見ないと駄目だ。そのために、オレらは呼ばれたんだから。

 床に滴る赤い血をたどると見えてくる大きな体。いつも元気でやかましく、それでいて人懐っこい、悪魔だなんて思えないほど愛嬌のあった黒虎がそこにいる。


 血だまりの中心に横わたっているのは、まぎれもなくアスモだ。


 逞しい黒虎の体はピクリとも動かなくて、命の気配が全くうかがえない。オレだっていっぱしのオーラ使いだ、ある程度の気配くらいは感じ取れる。だからこそ、アスモが本当に死んでいることがわかっちまう。

 この前イーラガッタが食事に誘ったときはあんなに元気だったのにな。そう思うとやるせねえ。

 うつぶせになったまま、そこからあふれた血があたり一面を真っ赤に染め上げている。傍には禍々しい装飾が施された短剣が落ちていて、これが凶器だと一目でわかった。

 

「……眠っているようだね」


 隣に来たイーラガッタが沈んだ声を出して、一歩近づく。荘厳な法衣が汚れることなど構うことなく、もう動かない虎の顔を覗き込んだ。

 確かにアスモの顔には苦悶が浮かんでいない。痛かっただろうに、その顔は本当に寝ているようだ。それだけが救いだな。


「一つ、確認させてほしい」


 後ろに控える二人に振り向いて、赤龍は問う。


「君らは犯人を見つけたい。そうだね?」

「ああ」ユランの声は硬い。「この国で悪魔を殺すのは法律的に何の問題もなく、犯人が裁かれることはない」

「だから軍を動かせないから、私たちで調査しないといけないんだ」


 普段は温和な雰囲気を纏っているタラタネラも、硬い声をしている。記憶を無くしたオレだって悔しいんだ、この二人ならはらわたが煮えくり返るほどに決まってる。

 この国にとって悪魔とは敵でしかなく、アスモのような例外に対する法が追いついていないせいで、現状犯人は犯罪者にはならない。ユランから協力を要請されたのも、そういう背景がある。


「そう、だから確認させてほしいんだ。君らは犯人を見つけて、どうするつもりなんだい?」


 そうだ、犯人は法でさばけない。オレは犯人捜しをすることばかり考えて、その先を考えていなかった。


「……しかるべき報いを受けさせる」


 金の口から放たれた言葉は、心臓が突き刺されそうなほどの殺気を含んでいた。


「アスモはスウェンガル様の協力者だ。それを害したということは、王家に仇なすも同義。絶対に……いや、何でもない。俺は騎士として、王太子の裁量に従うだけだ」


 鉄壁で潔癖な騎士、ユランデータは殺気を抑えて取り繕うことに必死だったが、怨嗟が隠しきれていない。騎士の中の騎士という評判通りの奴だが、アスモを殺された衝撃はさすがに処理しきれていないようだ。

 でも、オレはそれでいいと思う。こんな状況でもいつも通り不遜な態度を取られたら、オレの方がドン引きする。親しい人が殺されたんだ、本当はもっと取り乱していいんだぜ。


「私は許せないよ……アスモは何も悪いことをしていないじゃないか」


 タラタネラは歯を食いしばりながら、うなるようにしゃべった。


「アスモが無実なことは、私たちがよく知っている。こんな目に合う道理なんてどこにもないのに、それを罪と裁くことができないなんておかしいよ」

「……」


 普段のユランなら正論を盾に黙らせているところだろうが、何も言わなかった。リカオンの目周辺の毛皮は乱れていて、泣きはらしたのがわかる。きっとオレが来る前に、相当取り乱していたはずだ。

 そんな友人の視線を受けても、金の犬は奥歯を噛み締めるだけだった。胸中で行われている正論と感情の拮抗を制御できていねえんだろうな。


「なら、私が力を貸そう」


 そこに進み出たイーラガッタは悠然と頷いて、二人の沈鬱とした顔を照らす。


「神殿は独立勢力で、王宮の意向をある程度は無視できる。さらに私は神殿を治める聖獣であり、王家でさえ私には逆らえない。悪魔の死を調査するために君らの力が必要だと訴えれば、無碍にはできないよ」

「だがいいのか、神殿こそ悪魔を敵とみなしているはずだが」

「アスモにはこの手で祝福を与えた。害されたとなれば、私も無関係ではない。それに……私個人としてもアスモには借りがあるし、友人の息子という理由もある。クラリナとアマネには良い報告をしたいからね」


 アスモは魔界に下った聖獣を両親に持っている。だからこそ、悪魔でありながら善良に育ったわけだ。もっとも、本人はそのせいで魔界になじめなくて大変だったみたいだがな。

 赤い龍はなだめるような優しい声音で言葉を続ける。聞いてるだけで落ち着ける声は、長い年月を経て培われた人徳のようなものだ。


「だから、決して早まってはいけないよ。犯人はしっかりと司法に裁かせる。神殿長の名に懸けて約束しよう」

「……わかった。だそうだぞ、タラタネラ。これで犯人の首を落さなくてもよくなるな」

「本当にね。だけど私は正直、抑えられる気がしないよ」

「その時は殴ってでも止める。お前に人を殺させるわけにはいかんからな」

「自分はいいんだ」

「俺は別に失うものなど何もないしな」

「笑えないって……」

「そうか……」

「え、本当に冗談のつもりだったの?!」

 

 相変わらず冗談が壊滅的すぎる。これで場が和むわけねえだろ。

 でも、嫡男としての地位を失ったユラン渾身の自虐ネタはタラタネラの意表を突くことはできたようだ。リカオンの肩から明らかに力が抜けた。


「はあ……アスモがいてくれたら正直につっこんでくれたのに。犯人にはユランの冗談を全部引き受けてもらわないとね」

「人の冗談を刑罰みたいに言うな」

「でもまあ、おかげで私は落ち着いたけどね。今すべきことは悔やむことじゃない。犯人を見つけることだよ」

「わかっているならいい。俺の家でこんなことをしでかして、絶対に許さんからな。殺す」

「君の口癖だってわかっているけど、今はあまりに不適当だよねえ……」


 さすがに騎士として働いているだけあって、立ち直りが早い。傭兵でもそうだが、人の死ってのは案外身近だもんな。

 イーラガッタは平常時のように会話する二人を微笑ましい目で見つめている。人の死に触れた回数ならこいつが圧倒的に一番だろうし、こういう時は頼りになるな。


「それでも、悲しいことに変わりはないけどね。あの子がいれば魔界は変わっただろうに。私ももっと話したかったよ」


 魔界に戻った時はマスター二人の魂を引き連れているだけじゃなく、この聖獣も死後アスモのものになるんだ。そう考えれば、あの善良な悪魔は今でも十分魔界を変えるだけの戦力を有していると言えるよな。


「殺された動機もそこにあるかもしれん」ユランが憎々しげに。「前の騒動でアスモは魔王と敵対の立場を表明した。そんな悪魔が力を持つことは、魔界にいる魔王に従う悪魔たちにとって邪魔でしかない」

「そうだね」タラタネラも頷いて。「しかも魔界に戻ったら聖獣の庇護下になって、うかつに手を出せない。殺すとするなら、確かに今が一番だった」

「魔王がいない今、魔界で聖獣を敵に回すのは愚かだろうしな。……くそ、そこまで考えていなかった俺の落ち度だ」

「それを言うなら私もだよ。もっと気を使うべきだった……」


 二人の言いたいことはわかるが、アスモだって弱いわけじゃない。完全後衛型ではあるが、魔法の腕は悪魔の中でも上位だし、聖獣からの加護ももらっている。そんな簡単にやられるとは思えねえんだよな。

 なんて考えを口にすると、隣の聖獣が同意してくれた。


「そうだね。私の祝福は肉体も強くしてくれる。それにアスモなら、祝福を組み込んだ魔法を使うのは造作もないはずだ。そこらの悪魔に後れを取るとは考えにくい」

「だったら不意を打たれたんだろう」


 全員が同じことを考えていたから、ユランの言葉に反論は上がらなかった。


「現場が俺の家ということもあって、アスモは油断していたはずだ。そして、荒れた形跡がないことから、抵抗はなし。そのことから犯行は顔見知り、もしくはそいつに化けた誰かが行った可能性が高い」

「実際に以前悪魔がスウェンガル様に魔法で変装していた時、アスモは気付かなかったからね。それなら不意を打てると思うよ」

「だがここには結界が張ってあり、悪魔は入ってこれない。破られたらアスモが絶対に気付いているはずだ。以前魔王に裏をかかれたのも、小さな隙間を空けられただけで人が出入りできる大きさではなかった。が、そういう可能性はあるか?」

「いや、低いだろうね」意見を求められた聖獣が首を横に振った。「同じ過ちを繰り返すほど我らは愚かではないよ。私とアスモはあの時の反省を生かして、結界を強化している。悪魔の出入りはもちろん、小さな隙間を空けられても対処できるよう二重構造にしてある。結界の精査はまだだから断言はできないけど、可能性は低いはずだよ」


 つまり、犯人は人ということになる。でも悪魔って人をたぶらかすのが得意だから、関係がないとも言えねえんだよな。アスモが例外すぎて忘れそうになるけど、本来の悪魔ってそういう存在だ。

 アスモの状況を整理していって、次にユランが指さしたのは血だまりに落ちていた短剣だった。


「イーラガッタから見て、これは何か魔道具かどうかわかるか?」

「ああ、もちろん。禍々しい気配がここまで伝わってきているよ。おそらくは呪いの短剣だろうね。悪魔を殺すにはうってつけだ」


 イーラガッタによれば、悪魔は普通に殺しても死なない場合が多い。そもそも悪魔の体は作られた物だから魂さえあれば復活が可能らしい。オレの体もアスモに作ってもらったもんだしな。人を模して造られたから悪魔ほど高性能じゃねえけど。

 アスモだって自分が殺された場合を考えて、予備の体とか魂の移動とか準備してるに決まってる。あいつは意外と抜け目ないし、魂を聖獣の両親に飛ばせば復活が確約されるしな。


 だから本当に殺そうと思ったなら、こういう魔法がこもった道具を使うしかないってわけだ。


「どういう効果があるのかは?」

「さすがにそこまでは。調べてみないことにはね。君が許してくれるなら、一度神殿に持ち帰りたいのだけど、構わないかな?」

「ああ、構わん。これは犯罪ではないのだから、証拠品が押収されることはない。だから誰にも文句は言わせん」


 いつもなら魔法に関してはアスモがなんでも教えてくれた。あいつはひょうきんな割に頭がよかったし、魂研究に関しては魔界でも随一らしい。

 家にある研究室にアスモがいた時、質問したらなんでも楽しそうに応えてくれたことを思いだした。強引に分離したオレの魂の経過観察もしてくれていたし、本当に殺されるような悪いことなんて何もしてねえんだよなあ。あくまで人基準でって意味ではあるけどさ。


「一応確認したいのだけど……」


 ユランたちが短剣について話している間、アスモを調べていたタラタネラが低くしゃべりだした。遺体をオーラで持ち上げて見聞しているが、その痛ましさは見ているこっちの気が滅入ってくる。


「イーラガッタはここに来る途中で、クラリナさんに連絡したんだよね。アスモの魂が戻ってたりはしてたかい……?」

「いや……あいつによれば死んだことはわかったが、いつまで待っても魂はこなかったそうだ。だから二人からもアスモの魂を見つけてほしいと頼まれている」

「そうか……そうだよね、もし魂が無事だったらアスモが戻ってきてるはずだしね。悪魔を殺そうとしたんだ、それくらいは準備してるに決まってるか」


 戻ってこれたなら、怖かったとか言いながらタラタネラに抱き着いてる姿が容易に想像できる。それがないって時点で、復活できてねえんだろうな。


「軽く検死をしてみたけど、傷は胸に刺し傷があるくらいで、この大きさならその短剣と形は合うだろうね。だからそれが凶器で間違いはないかな。でもアスモは後衛型とはいえれっきとした悪魔だ。そんな小さな短剣で刺したくらいで死ぬなんて、絶対何かあるね」

「そうだな。問題はどうしてこれを置いていったのか、だ」

「こんな珍しいもの、出所を探られたくはないはずだろうにね。となれば、犯人にとって予想外の出来事が起こったってことか」

「もしくは、刺したはいいが抜けなくて逃げた後、アスモが自分で抜いたか」

「そればかりはわからないね。でも、短剣から調査するのはありだと思う」


 オレも一通りぐるっと倉庫を回ってみたが、血だまり以外はこれといって目に付いたところはなかった。暴れた跡もねえし、本当に油断したところを刺されたみてえだな。

 ただ、血痕は部屋の隅から続いている。おそらく壁際で刺されて、力を振り絞って出ようとしたんだろう。


 冷静になってみれば、ユランもタラタネラもズボンの膝下が赤く汚れているのがわかった。きっとアスモを見つけた時に膝をついたからだろうな。実際、倉庫の床には二人のものと思われる血の足跡がある。けどこれは足の大きさから確定してるから、不審なことじゃねえ。むしろ、痛ましさが増すだけだ。

 二人が死体を見つけた時、どんな気持ちだったんだろうな。


「はあ……いったいアスモはいつ死んだんだ?」

「そうだね」イーラガッタが同調して。「二人がアスモを見つけた時の事、詳しく教えてくれるかい?」

「いいだろう、俺はその日――――」


****


「また今日も物件探しー? タラタネラかイーラガッタの家でいいじゃん」


 おれは出ていこうとするユランを玄関で押しとどめていた。

 いつも通り鋭い視線が来るけど、予想してたことだ。馬車を呼ぼうとする口を抑えつけたら、勢いよくはたかれた。仲がいいとはいえ、遠慮って必要だと思うな!


 休みも毎日外に出てるの体に悪いよ、疲れるから止めた方がいいって。

 絶対今日も行くと思って、ユランに家に来てよかった。お昼まで鍛錬してからシャワーを浴びてすぐ出ていくって、体力化け物すぎでしょ。


「悪いだろう。それに神殿長と近衛騎士団長の家なんて、めんどくさいことに巻き込まれること請け合いだ。俺は政治に関わりたくはない」

「はあ、頑固だよねえ。だったらもう新しく建てちゃえばいいのに。お金はあるんだしさ……」

「金の無駄だ。俺はつつましく暮らせるだけの場所があればいい」

「歴代最高の騎士団長がぼろ屋に住んでるって風聞悪くないかなあ」

「そんなことどうでもいい」

「だよねえ……」


 うーん、意思が固い。知ってはいたけど、こうなったユランの意思は曲がらない。


「せっかくお休みなんだよ。おれを抱き枕にしたりとか、おれとエッチしたりとか、おれとデートするとかした方が人生有意義だよ」

「殺すぞ。有意義のゆの字もない」

「心外ーーーーっ!」


 最近のユランはいつもより気が立っている。こっそりお屋敷内で聞き耳を立てたところ、カラレスとの関係悪化がどんどん表在化してるらしい。

 まあそりゃ最高の騎士にして聖獣からの祝福も得たユランを差し置いて、男爵家から跡取りをもらうって暴挙に出たわけだからね。家の繁栄を考えたら、あり得ない選択肢だ。

 悪魔憑きという名分を盾にしても、おれはスウェンガルとイーラガッタお墨付きの優良悪魔だ。功績を考えれば嫡男から外すなんて、狂ったとしか言いようがない。


 おれが知ってる限りカラレスという人は保守的で、悪く言えば小心者だ。騎士団長時代には自分より才能ある者を蹴落としていた性根でも民からの評判は良かったことを考えると、体裁は取り繕う方だと思っている。

 なのにこんなことをしでかした。カラレスがいくらユランを嫌っているとはいえ、オリーブ家にメリットがなさすぎるんだよねえ。貴族って家の繁栄が第一だと思ってたんだけど、違うのかな。


「おっと、どうやら間に合ったようだね」


 考えごとをしていたおれの耳に届く、温和な声。誰のものか一発でわかったので、空中でふわりと回転してそっちに目をやった。


「タラタネラー、あとちょっとでユランが出ていくところだったよ」

「お前、確か今日は仕事があっただろう」


 私服すがたの薄手のシャツを着たリカオンを見て、ユランは眉をひそめた。勝手に入ってきたことよりも、その方が気になるらしい。まあおれらはもうここの一員みたいなものだしね。ユランからも衛兵たちに素通りさせるよう通達してもらっている。


「アスモから今日は休みを合わせてほしいって頼まれていたからね。スウェンガル様にお願いして早く切り上げてきたんだよ」

「なんだってそんなことを……」

「ふふ、わからないなんて言わせないよ」


 ばつの悪そうに顔をそむけたユランは、余計なことをと言わんばかりだ。たれ耳に金の毛皮は温和な可愛さを表現するにはうってつけなのに、いつも表情のせいで怖いんだよ。

 タラタネラを呼んだのはユランに少しでも楽しい休日を過ごしてもらうためだ。最近ユランの家は息が詰まりそうな雰囲気に満ちていて、ちっとも気が休まらない。こんなところはさっさと出た方がいいとおれも思うけど、だからって働きすぎは体にも心にも悪すぎる。


「久しぶりに模擬戦でもしようよ。体を動かせば少しはすっきりするよ」

「そうだな……せっかく来たんだ、相手になってくれ」

「ここでするかい? それともイーラガッタの家でもいいけど」

「毎度毎度押し掛けては迷惑だろう。俺の家でいい」

「君は私たちがここに来る分には何も言わないのに」

「俺はいいんだ。お前らの友人だからな」

「あっちもそう思ってくれてるよ」

「……ふん」


 人に迷惑をかけることを好まないユランらしいけど、イーラガッタもジギタリスも待ってくれてると思うよ。特に事情を知ってるのはおれらくらいだし、ジギタリスからしても二人に特訓してもらえるのはありがたいはずなのにね。

 本当、変なところで頑固なんだから。


 でもこれも計画通り。ユランの動きくらいは読めているよ。

 ユランには家にいてもらわないといけない。おれのお節介のために。


「ふふ、素直じゃないよね。じゃあ君の家の練習場をお借りしようかな。久しぶりに本気でやろうよ。今度はベルゼにも負けられないからね」

「次は俺がやる。あのレベルの手合いと戦えるのは中々ないからな」

「本当にね。いい経験になったよ。今なら私がユランに勝ち越すかもね」

「言ってろ。悪魔を切った回数なら俺の方が上だ」

「ああ、そういえば今日の鍛錬はしたのかい? だったらハンデくらいあげるけど?」

「お前、わざと挑発しているだろう。そんなことしなくても本気でやってやるとも」

「ならよかった。君の鬱憤は私が全部受け止めるから、遠慮しないでくれ」


 オリーブ家の練習場はユランが使っても大丈夫なようにできているから、戦うにはもってこいだね。……まあそれでも壊れるんだろうけど。

 だけど今回はユランのストレス発散のために本気でやってほしいっておれが頼んだんだ。終わったら魔法で修復くらいはするよ。


「アスモ」ユランがおれを見て。「見学するのなら茶菓子の用意をさせるが、何がいい。タラタネラと模擬戦なんかすれば、どうせすぐには終わらん」

「あ、おれは大丈夫。ちょっと用事があるから」

「なんだお前、人を焚きつけといて」

「ごめんごめん、でも終わる頃には戻ってくるからさ。そしたら夜は三人でやろうね。ユランにはおれらが付いてるんだってこと、嫌って程教えてあげるよ」

「……勝手にしろ」


 呆れたようなため息が来たけど、拒否しなかったってことはいいんだ。駄目ならばっさり切るからね。

 多分ユランにもおれの真心が伝わったんだ。そう思うと嬉しい。


 おれはふわりと浮かび上がって、鉄板みたいな体を抱きしめる。最近は拒否も弱まってきたし、ユランも慣れてきてるんだね。


「はあ、このままだと公衆の面前でキスでもしそうだな」

「嫌いじゃないくせに」

「首を落されるのと口を縫われるの、どっちがいい?」

「照れ隠しが怖すぎるってさあ!」


 殺気が濃すぎてすぐさまぴゅいっと離れるしかなかった。本能が逃げろってうるさいんだよ。


「まあとにかく、おれは野暮用で席を外すけど、楽しんできてね!」


 にこやかに二人を送り出して、おれは旋回する。驚かせたくてタラタネラにも秘密にしてるんだ。ばれないよう、慎重にしないとね。

 ユラン、喜んでくれればいいけど。


****


「それで……模擬戦も終わってシャワーを浴びた後もアスモが帰ってこなかった」

「ユランの部屋で待ってたけどさすがに遅いなと思ってたところに、メイドの一人から倉庫でアスモを見つけたって報告が入ったんだ。もう晩御飯に近かったから、食事をどうするか話してた時だね」

「そうして、アスモが……死んでいるのを見つけ、お前らを呼んだわけだ」


 つまり、アスモがやってきたのは昼過ぎで、死体を発見したのが夜ってわけか。


「そうなるな。見つけたのは大体六時に近かった」

「私たちがアスモと別れたのは一時くらいだったかな」

「ストレス発散とはいえ、やりすぎたな。もう少し早く切り上げてもよかった」

「言っても詮無い事だとはわかってるけどね。一応、終わったのは五時だよ」


 ってことはこいつら四時間近くも戦ってたのかよ。よくやるぜ。


「ずっと戦ってたわけじゃなくて、鍛錬に付き合ったりもしてたよ」

「俺についてこれるのはこいつくらいだからな。久しぶりに本気でやった」


 ……なんか、すっげえ嫌な感覚がある。記憶を失う前のオレはユランに訓練してもらってたらしいし、その時の残滓だろうな。ぜってえいい記憶じゃねえ。


 それはさておいて、こいつらの話をまとめると、アスモには何か予定があったみたいだ。今回の事件に関係してそうだな。


「だけど私もユランも、それが何なのかは聞いてないんだ」

「逆にお前らは知らないのか?」

「オレはさっぱり。そもそも今日お前らが会っていたことすら知らなかったんだ」

「……私は見当がついているよ」


 全員の視線を背中に受けながら、イーラガッタは血痕をたどって壁に近づいた。それから何もない空間を撫でるような仕草を繰り返している。掌がほのかに光っていることから魔法を使っているのだろうけど、いったい何なんだ。


「ああ、やっぱり。ここにつなげたんだね」

「なんの話だ」

「アスモが用意した、君へのプレゼントだよ」


 その言葉と共に、倉庫の壁に扉が急に現れた。綺麗に装飾されていて、場所が良ければ貴族の家にあってもおかしくないくらいだ。いったいなんだこれ。


「付いておいで」


 予想外のことにオレらが目をしばたいている間に、イーラガッタは扉を開けて中へ入っていってしまった。

 慌てて追いかけると、そこは綺麗な部屋があった。イーラガッタやユランの屋敷とはまた違う、質素ながらも品のいい空間が広がっている。どうやらここは小さなホールになっていて、周りにいくつもの扉が並んでいた。


「……見てごらん」


 赤い指が示したのは扉まで続く血痕。清潔な部屋に似つかわしくない赤い血だまりが床にあり、そこからユラン邸の倉庫に向かって足跡のようにつながっていた。

 現場は倉庫だと思っていたが違った。アスモはここで刺されたんだ。


「ここはなんだ」


 ユランの声はわずかに震えていた。さっきのイーラガッタの言葉から大体把握できているくせに、それでも確かめたくてたまらないようだ。


「アスモから頼まれてね、ユランのために小さな家を作りたいと」

「お前ら二人で作ったのか……?」

「正確に言えば、私らは魔法を使っただけだね。もともとあった小さな家を、山奥まで飛ばしたんだ」


 アスモもイーラガッタも魔法の達人だ。空間転移もこなせる二人にとって、小さな家を飛ばすくらい大したことはないのだろう。いやそれでもやべえけど。


「私たち二人ならこの程度は簡単だよ。それから少し手を加えて、空間転移の間を作ったんだ。君の家だけじゃない、タラタネラや私の家ともつながっている。いつも君が寂しくならないようにしたいと、アスモは言っていた」

「そうか」


 短い言葉だったが、そこに込められた悲痛な色は全員に伝わったに違いない。

 歩く姿も緩慢で、普段の毅然とした態度はどこにもなかった。


「それに、時間が来れば魔法で掃除してくれる自動洗浄や認めた人以外通さない結界、あとは私たちの家の厨房とつなげて料理を配膳するなど、できる限りの備えはさせてもらったよ」

「そこらの豪邸よりずっと多機能だな、それもアスモが?」

「君ならメイドも雇わないだろうし、食事も王宮の食堂だけで済ませるに決まってるからと」

「……あいつは俺の母親か何かか」

「ふふ」聞いていたタラタネラが思わず吹き出して。「日頃の行いだよ。ユランはあまりメイドを部屋に入れないからね」

「あの阿呆にどんなことをされるかわからんから、気を付けていただけだ。……まあ引っ越したからといって、雇う気はあまりなかったがな。身の回りのことくらい自分でできる。これでも遠征などである程度は鍛えられているんだぞ」


 憮然としたユランがホールから奥に進むと、イーラガッタが指を振って明かりを灯す。瞬時に煌びやかになったそこは玄関ホールだ。そこから扉がいくつか並んでいて、吹き抜けになった二階にも部屋があるのがわかる。

 小さな家とは言ったが、傭兵やってた頃のオレの家よりも断然でけえよ。そういや、イーラガッタは当然として、アスモも聖獣に育てられたってことは相当な箱入りだもんな。オレと価値観が合うわけねえわ。


「なんか……思ったより大きいね」


 平民のタラタネラはオレと同じ感想を抱いたみてえで、ちょっと苦笑してる。


「一般的な家よりかは大きいだろうが、ユランは伯爵家の出身だし何よりこの国の騎士団長だ。ある程度の生活水準は必要だと思ってね。それに、どうせみんな泊りにくるんだから大きいほうがいい、とアスモが言っていたよ」

「それはわからなくもないけど……無粋だとは思うが、プレゼントにしては結構高価だね」

「ああ、これは元々クラリナが所有していた別荘だよ。ただ最近は使っていないから、初めての契約祝いにアスモがもらったんだ。初めての召喚でマスター二人に聖獣なんて、類を見ないからね。クラリナも奮発したそうだよ」

「飛ばしたって……魔界からってことかい?!」


 思ったより規模がでかかった……。んでやっぱりアスモも箱入りだったわ。両親が魔界学園の学長だし、地位もあるんだろうな。


「ふん……あいつのことだ、ここに居ついていたに決まってる」


 ユランはそれっきり黙って、残された血だまりに視線を移す。生きていたら、という言葉を飲み込んだように見えた。


「ああ、ここは私の部屋につながっているんだね」


 タラタネラが自分の名前が書かれた扉を開ければ、そこには整理された部屋が広がっている。タラタネラらしい、真面目な部屋だ。


「じゃあなんでユランのところは倉庫とつなげたんだろう。ああいや、そもそもここはユランが暮らす予定なんだから、つなげる意味もないだろうに」

「あの子は……もしかしたら仲直りするかもしれないからと」

「ああ……アスモなら言いそうだね」

「ふん、それで殺されていれば世話ないな。まったく……」


 字面だけ見れば死者に鞭打つような発言だが、苦々しい顔で言われてはたしなめるのも憚られた。言葉とは裏腹に、ユランは心底アスモの死を悼んでいる。そんなことくらい、オレだってわかる。


「ちょうどあいつの死体をどうするのかタラタネラと話していたところだ。あの家に置いておけるわけはないし、ここに墓でも作るか」

「そうだね。それがいいよ」


 ユランはあくまで冷静な語り口で、血の跡を目で追っている。この小さなホールから扉をくぐって、ユランの家へとつながっているアスモの軌跡。それは当時何があったのか推察する材料だ。


「アスモはここで刺され、扉を通って倉庫に移動した。俺らが来た時には扉はなかったが、時間で消えるのか?」

「ああ、ドアを閉じれば勝手にね。顕現させるには私たちで作った鍵をかざせばいい。おそらく、アスモが持っているはずだよ」

「ということは、だ」


 金の犬は顎下に手を置いて、少し試案してから。


「刺されたアスモはうちの倉庫に来て、扉を閉めた」

「考えられるとしたら、私とユランがいるから助けを求めに来たのかな」

「だが力尽きて倒れ、拍子に短剣が抜け落ちて転がった」

「今のところ、それが妥当だね。つまり犯人はこの家に来ることができた人物……いや、悪魔かも。ユランの家が現場じゃないんだったら、その可能性はあるんだけど……」


 そう言いながらタラタネラが目線を送ったのはイーラガッタだ。結界など防犯について確認したいんだろうな。


「この家への出入りできるのは私らの作った鍵を持つ者だけだよ。今はジギタリスと君らのため、三つしか作っていないはず。私とアスモは自分で入れるからね。それ以外は、どんな人であれ入れないはずだ」

「なら、確認すべきはアスモがいくつ鍵を持っているか、だね」

「どうせアスモをこっちに持ってくる必要がある。いつまでもあんな場所に放置できん」

「そうだね。現場検証も終わったし、せめてベッドに寝かせてあげようか。血も拭いてあげないといけないし、短剣も回収しないと……」


 現場検証は大体終わったんだ、そろそろアスモを綺麗にしてやらないとな。

 強がりだとわかる笑顔を浮かべたタラタネラの後についていき、ユランの家の倉庫に戻る。

 だが、そこにはアスモの他に、当主であるカラレスとその養子ニトグリンがいた。他にも兵が何人かいて、アスモの死体をどこかに運び出そうとしているようだった。


「待てっ!」


 オレでさえ一瞬驚くほどの気迫で、ユランが吠える。やつらは突然現れたオレらに瞠目したが、すぐさまカラレスが侮蔑の表情を浮かべながら前に進み出た。

 世間一般では巨躯に分類されるだろうが、ユランよりかは目線が下だ。それでも負けじと睨めあげる根性はさすが元騎士団長か。


「貴様、何をするつもりだ?」

「何、とは野暮なことを聞く。ゴミを片付けようとしていただけだが。ここは私の屋敷、綺麗にするのは私の仕事だろう?」

「ゴミ、だと……!」


 うお、すっげえ殺気……。金色のオーラを纏って殺気を放たれると、威圧感がえげつないほど高まっている。並みの兵なら腰を抜かすだろ。

 現に倉庫から兵らが蜘蛛の子を散らすように逃げてったからな。ニトグリンも入り口で呆然と突っ立てるだけだ。


「アスモはスウェンガル様にも認められた悪魔だ。それを無下に扱うことがどれほど愚かなのか、少し考えればわかるだろうが」

「だが、悪魔は悪魔だ。この国には、悪魔に対する葬儀もなければ墓もない。それを私が善意で燃やしてやろうというんだ、感謝してほしいくらいだな」

「ゴミのようにか……?」

 

 ユランの殺気は治まることを知らず、倉庫どころか屋敷中の生き物を震え上がらせるほどに膨らんでいる。奥歯を噛み締めて睨む表情は、オレが今まで見たこともないほど怒り狂っていた。

 こいつは鉄壁で潔癖な騎士と呼ばれる通り、私情をほとんど表に出さない。不機嫌面が標準とはいえ、常に模範であることを意識している。


 だが、今のユランは違う。すぐにカラレスの首を切り落としてしまいそうなほどの本気があった。


「俺を嫡男から除外するのはまだ許せた。阿呆な行いだとは思うが、どうせ俺には関係なくなる話だからだ。だが、俺は昔言ったはずだ、カラレス」

「き、貴様、仮にも当主であり父である私に向かって……」

「タラタネラのことを平民上がりの汚らわしい存在だとなじった時にも、俺は伝えたはずだ。俺が認めた友人に無礼を働くことがあれば、断じて許さないと。すぐさま切られて捨てられる覚悟を持てとな」


 例え剣がなくとも、ユランならオーラだけで人を殺せる。いくらカラレスが父とはいえ、あいつほど強いわけはないだろうしな。

 それにしてもえげつねえな。オーラと殺気の密度が常人を凌駕してる。おかげで人の形がぼやけて修羅みてえな見た目になってやがる。記憶がなくてもわかる、こりゃ相対した瞬間にオレなら死ぬね。


「忘れているようだから、思い出させてやってもいい。今この場で」


 体の芯まで冷えるような鋭い視線に、逆らう気を根こそぎへし折る強者の気配。そんなのを真正面から叩きつけられれば、いくら元騎士団長といえども受け止められねえ。

 一歩、自然と下がった足が格付けの証拠だ。生存本能ともいえるだろうが、それを責められる奴はこの場にいねえ……ああいや、タラタネラとイーラガッタ以外だな。


「あ、あんな悪魔を友人だと……オリーブ家の恥さらしめ! だからお前なんぞに、家を継がせられんのだ!」

「知ったことか。アスモは貴様よりまっとうで善良だ。俺が認める友人に、それ以上の無礼は許さんぞ」


 普段はそっけないユランだが、アスモのことを好いている。そんなの、少し付き合えば誰だってわかることだ。じゃなきゃ、悪魔になって一緒にいるなんてやらねえよ。この鉄壁で潔癖な騎士様がさ。


「ふん、そんなゴミ好きにするといい。私は忙しい。勝手にしろ」


 捨て台詞を吐く余裕があるのはさすがか。ユランと暮らして慣れただけかもしれないが。

 カラレスの撤退と共に兵たちも脱兎のごとくいなくなり、ニトグリンだけが取り残された。ハスキーの青年はカラレスの背中とオレらに視線を交互に何度か移した後、ぐっと力んでこちらを振り向いた。


「あの……アスモさんは……」

「おい」


 修羅が底冷えするような声で問う。


「そこに落ちていた短剣はどうした?」


 言われて気付いたが、確かに凶器と思われるあの禍々しい短剣がねえ。イーラガッタに解析してもらわねえと、アスモの死因がわからねえぞ。


「え、あ、あの……それは……」

「カラレスが持って行ったのか?」

「そ、れは……」

「どうなんだ?」

「……」


 ニトグリンは真っ青な顔してガタガタ震え、今にも卒倒しそうだ。こんな濃密な殺気、傭兵やってたオレでさえ苦しいもんな。

 やばいな、殺気に当てられて過呼吸になりかけてやがる。さすがにここらが止め時か。

 んで、そう思ったのは当然オレだけじゃねえ。タラタネラが二人の間に入って、そのでけえおっぱいで中和しようとした。もちろん、本人にそんなつもりはねえだろうけど。


「ユラン、やりすぎだよ。大丈夫かい?」

「……っはあ! はあはあっ……はい、なんとか」

「ならよかった。でも、あの短剣は本当に大事な証拠なんだ。どこに行ったか教えてほしい」

「それは……先ほど、カラレス様が……」

「そうか」抑えたとはいえユランの声は低い。「隠ぺいを図ったか。どうやら頭蓋をかち割られたいようだ」

「あ、あれは……!」


 絞りだすように言葉を放つニトグリンは小さく叫んだ。怖いだろうに顔を上げて、今にも泣き崩れる寸前の顔で二人を見ていた。

 それほど言いたいことがあるのだろう、オレらはじっと耳を澄まして、この健気なハスキーが嗚咽交じりにしゃべり出すのを待つ。


「魂を封じ込める、短剣で……それで、悪魔を殺せば、魂は囚われたままで、もう復活しないと……」

「詳しく聞かせろ」

「僕が……悪いんです、僕が、なんで、そんなこと……でも、あ、あの時……僕は確かに……」


 ニトグリンの目からは大粒の涙がいくつもこぼれ、合間合間に謝罪が漏れる。

 泣きじゃくる顔は今にも壊れそうで、立派な体が幼く見えた。今まで溜めていたものを吐き出すかのように、嗚咽が鳴り響く。


「ごめんなさい、僕が、僕がやりました……」


 そして、ハスキーの青年はにじんだ声で告白する。


「僕が、アスモさんを刺しました……!」


****


 こんなこと、するつもりなんてなかった。


 僕はユラン様にしごかれて、跡継ぎの教育に追われて、毎日が本当に大変だった。田舎から出たばかりの僕からしたら、王都は何から何までもが新鮮で、その分疲れる場所でしかない。

 いきなり伯爵家の嫡男に選ばれたのは光栄だったけど、でも、みんなユラン様にはかなわないと態度が物語っている。オーラマスターにして聖獣からの祝福をもらった勇者の再来。この国一番の騎士を差し置いて、僕が選ばれた。


 そこにいろんな思惑が絡んでいるんだろうなって、なんとなく察していたけど、巻き込まれるとやっぱり心が痛んだ。


「これは……?」


 僕があの短剣を渡されたのはカラレス様の書斎だった。領地の資料などが積み重なった机の間から、憎らし気に歪んだ視線が僕を通り抜けた向こうを、そこにいないユラン様の影を睨んでいる。

 この家に来てすぐ、カラレス様がユラン様を憎んでいるのに気付いた。自分の息子があんな傑物なら誇らしくなると思ったのに、ただただ対抗心に身を焼かれているようだった。


「悪魔殺しの剣、だそうだ。これで悪魔を殺せばその魂は囚われ、二度と復活しない。悪魔は魂さえ無事なら肉体は新しく作れるらしいからな。殺すならこういう武器を使わなければならないらしい」

「そうなのですか……」


 空返事になってしまったが、僕はそれどころじゃなかった。こんなものを僕に渡す意味なんて、ひとつしかないのだから。


「それでアスモを殺せ。そしてその短剣を持ち帰ってこい」

「なぜですか……」

「なぜ? 悪魔を殺すのに理由がいるのか? あいつはユランをたぶらかし、スウェンガル様にも取り入った狡猾な悪魔だ。殺さなければ、この国が危ないのだぞ」


 なんて取ってつけたような理由なんだろう、僕でさえそう思ってしまった。

 アスモさんはスウェンガル様だけじゃなく、聖獣イーラガッタ様からの祝福も受けている。僕だってこの家に来て初めて知ったけど、カラレス様が知らないわけがない。


「お前はあいつらと仲がいい。隙をついて殺せ。なに、悪魔殺しはこの国では罪に問われない。お前を裁く者は、誰もいないんだ」

 

 忌避する心とは裏腹に、選択肢なんてなかった。僕はカラレス様に選ばれて嫡男になっただけで、何の力もないから。

 それから何をしゃべって部屋を出たのか、あまり覚えていない。胃の中に鉛を流し込まれたような不快感は、自分に対する憐憫からきている。どうして僕が。それだけが頭をぐるぐると回って、幽鬼のような足取りで廊下を当てもなく歩いていた。


「あ、ニトグリンー!」

「アスモさん……」

 

 よりによって、今最も顔を見たくない人が満面の笑みで飛んできた。僕の手に凶器があるなんてことも知らずに。

 アスモさんは僕が今まで抱いていた悪魔のイメージには全くそぐわない人で、いつだって優しくて明るくて、タラタネラ様と一緒にいつも僕を励ましてくれた。

 僕はユラン様とあまりうまくしゃべれないけど、あの二人が来てくれればいるだけで和やかになれる。いつだって三人は僕に優しかった。


「ちょうどよかった! 今って暇?」

「ええ……はい」

「ん、顔色悪いけど大丈夫? 魔法かけようか?」

「だ、大丈夫です。ちょっと訓練疲れが出ただけなので……」


 アスモさんが顔を覗き込んできたので、慌てて逸らす。僕が抱いた不格好な殺意を見抜かれそうで怖かった。

 けどアスモさんはそっかと一言だけ明るく言い切ってから、僕を魔法で持ち上げる。きっと疲れないようにってことなんだろう。この人は悪魔の魔法なんて高尚なものを、惜しげもなく与えてくれる。


「じゃあちょっとついてきてほしいんだ。時間はあんまり取らせないからさ」


 連れてこられたのは家にある倉庫、その片隅には見たことない扉があった。


「実はさ、ユランのために家を作ったんだ」


 中はとても綺麗、だけど華美というわけじゃなくて、整った美しさを持った内装だ。ユラン様が好きそうな、質素な美を持っている。

 なんて都合がいいんだろうと、僕は自分の幸運を恨んだ。ここでなら殺せる。忍ばせた短剣を刺しさえすれば、魂を吸い取って終わりだ。


 そんなことを知らないアスモさんは家を案内しながら、すごく楽しそうにいろいろ語ってくれた。


「ここは部屋をたくさん作ったから、勉強とか訓練とか嫌になったら逃げてくるといいよ。ユランは基本さぼりを認めないけど、たまにはいいって言うだろうから心配しないで」

「あの、それは、僕のこと……心配してくれたんですか……?」

「うん、なんか大変そうだしさ。それと後はおれのお節介だね」

「お節介……?」

「そ、おれは魔界で両親に蝶よ花よと育てられたからさ、ユランにもそれを知ってほしいんだ。だからいつか、カラレスと仲直りするようなことがあったらいいなーっていう、単なる希望」


 あれだけ仲の悪い親子を見ていながらも、いつかを期待して悪魔は照れくさそうに笑った。悪魔は狡猾だと言うけれど、この顔も嘘なんだろうか。

 僕には、そう思えない。


 だってアスモさんは油断していて、隙だらけで……僕のことを信じてくれているから。


「ニトグリンも大変だよねえ。あの親子の間に挟まれてさあ。息抜きしたかったらいつでも言ってね♡んふふ、おれの体ならいつでも貸し出し自由だからね♡」

「ありがとうございます……だったら、あの、また話し相手になってください」

「んー全然通じない、真面目だ……」


 これから殺すというのに、僕の口は勝手にしゃべっていた。心臓はずっとやかましくて、緊張にこわばった手がバレるんじゃないかとずっと不安だった。

 そして扉の並んだ小さなホールに戻ってくると、アスモさんは僕に鍵のようなものをくれた。


「これ、内緒なんだけど、ここの鍵のサブね。入れはしないけど、かざせば扉が表れるからノックすればユランが入れてくれるよ」

「どうして僕に……?」

「ん、だってカラレスの養子ってことは、ユランの弟なんでしょ? だったらたまには会いたくなるかなって思ってさ」


 確か悪魔は子どもを作れないと聞いたことがある。だから血のつながりなんてない僕らのことを、当然のように兄弟だと認めてくれる。

 いつだったか、タラタネラ様が言っていたことを思い出す。

 アスモさんは悪魔だからこそ、人の世界の偏見がない。地位とか爵位よりも、その人の魂を見るって。


 僕自身、ユラン様の弟なんて恐れ多くて口に出せないのに、アスモさんは当然だと言ってくれる。


 ……やっぱり無理だ。僕にアスモさんは殺せない。

 こんな善良な人を殺すのは騎士じゃない。例え悪魔だろうと、しちゃ駄目なんだ。僕はユラン様やタラタネラ様に比べたら若輩だけど、それでも騎士を目指して今まで頑張ってきた。目指すべき場所に行くには、こんなことをしたらいけない。


「じゃあそろそろ戻ろうか。付き合ってくれてありがとうね。ユランたちもそろそろ模擬戦終わっただろうし、一緒にご飯でも食べようよ」


 当たり前に僕を誘って、アスモさんは扉を開いて僕の家と空間をつなぐ。


 ――――悪魔が囁いたのはこの時だった。


『殺せ』

「え?」


 しまった短剣が熱くなり、僕の頭におぞましく語り掛けてくる。

 その瞬間、僕の頭には殺意しかなくなった。ついさっきまで考えていた躊躇は全部黒く塗りつぶされて、勝手に体が動いていた。

 どうしてこんなことをしたのかわからない。ただ、そうすべきだと思った。体が自分のものじゃなくなったみたいに。


 気付けば、僕は短剣をアスモさんの胸に、深々と……。


「あ、あ、あ……アスモ、さん……!」

「あーこれは、ちょっと、油断しすぎちゃったかなあ……」

「ご、ごめんなさい……僕……なんでっ!」

「多分そういう魔法だろうねえ……ねえ、ニトグリン」


 口から血を流しながらも、アスモさんの声には怒りも悲しみもなかった。

 ただ諭すような声音で、僕に語り掛けてくる。


「ここから逃げて。決して……ユランに見つかったら、駄目だよ。おれは、大丈夫、だからさ……」


 大丈夫なわけがない。胸からは血が止まらず、短剣は怪しい光を放っている。この短剣は魂を封じ込めるんだ。そしたらもう、アスモさんは助からない。


「い、今、抜きます! この短剣は、駄目なんです……!」


 柄を握る手に血が染みこんでくる。赤くて人と変わらない温かい液体が、どんどんと流れ落ちていく。

 僕のせいだ。早く抜かないと。わかっているのに、体が動いてくれない。泣きじゃくる子どものように、うずくまってしまったみたいだ。


「いいから……この短剣を、持って帰られる方が、やばいからさ……多分これ、そういう呪いの武器でしょ。おれを殺すなら、そうしないと、駄目だしね……それに今抜いても、もう意味なさそうだし……」

「で、でも……!」

「君は、何も知らない……おれを、殺してない。いいね……?」

「どうして……ですか?」


 わからない。なんでこの状況で、僕をかばおうとする?


「おれを殺したなんて、ユランが、知ったら……きっと、もう、この家には……ごほっ」


 言いかけた言葉は、血の塊によってさえぎられた。それでもアスモさんが言いたいことはわかってしまった。

 この人は、僕がユランさんから恨まれないようにしてくれている。カラレスとも仲直りできたらと希望を抱いたそのまま、兄弟となった僕らの心配をしている。


 これが、スウェンガル様やイーラガッタ様に重宝される悪魔。

 ああ、そこらの人よりも、ずっといい人じゃないか。


「なんで、そこまでして……」

「おれはだって、ユランの事、大好き、だしね……えへへ」


 黒虎の顔に浮かんだ儚い笑顔に背中を押されて、僕は踵を返して駆け出した。アスモさんの決意を無駄にしたら駄目だと思ったから。

 そう考えたら、体はすぐ動いてくれた。血の付いた手を服でくるんだまま部屋に逃げ込んで、一生懸命洗って証拠を消そうとした。


 悪魔を殺しても罪にならない。けど、僕にとって大事なのはそんなことじゃない。

 僕が殺したとユラン様にばれないようにしないと。そのことだけが頭の中をぐるぐると回っていた。


 逃げた時に背後で聞こえた扉の閉まる音が、ずっと頭の中で響いたまま。


****


「で、でも、あの短剣が、カラレス様に取られたら、アスモさんはもう、戻ってこないから……!」

「だから、白状したんだね」


 タラタネラに聞かれて、ハスキーの青年は泣きながら何度も頷いた。

 オレらしかいない倉庫には血の気配が充満していたが、ユランの家(仮)と扉を開けたままにしているおかげでさっきよりましだ。

 ニトグリンはとぎれとぎれに何があったのか教えてくれたが……なんとまあアスモらしいというか、お人よしというか。普通刺された相手のことなんか心配しねえって。


「ニトグリンの心配もそうだけど、どちらかと言えばユランのことだろうね。ニトグリンとこじれたら、ユランと家族の関係は修復不能になる。アスモはそれを恐れたんだよ」

「みなしごのオレにゃ理解できねえ感覚だな」

「ふふ、君もイーラガッタと一緒にいれば、いつかわかると思うよ」

「……だといいがな」


 リカオンから優しい笑いかけられたので、むず痒くなってそっぽを向いた。多分、ユランがあの二人に優しくされた時に感じてるのと似たようなもんだろうな。オレもあいつも、素直じゃねえからわかるさ。

 だからこそつらいだろうな。オレだってイーラガッタがいなくなったらと思うと……。


 でもそうなると、だ。なんで向こうで刺されたアスモの死体が、オリーブ家の倉庫にあるんだ?


「ぼ、僕は嘘を言ってません! 本当に、アスモさんを、あの家の、扉の並んだ部屋で……刺したんです」

「うん、嘘は行ってないんじゃないかな。ここまで話して、そこだけ嘘をつく理由がないからね」

「タラタネラの言うこともわかるが、あの家には鍵をもらった奴しか入れないんだろ? だったら……誰が?」

「わからないね……ひとまずアスモが鍵をいくつ持ってるか確かめよう。ユランが短剣を取り返しに行ってくれている間に、情報は整理した方が良いだろうしね」


 ユランは今、カラレスから短剣を取り返すために直談判に行った。さすがに伯爵家の当主ともなると、タラタネラやオレが付き添ったところで力にならねえ。ユランだけだと拳が出る可能性があったので、悪魔の専門家で地位もある神殿長イーラガッタが付き添ってくれている。

 タラタネラが言いたいのは、その間にユランに何を伝えるべきか決めたいってことだろ。アスモの意を汲むなら、犯人がニトグリンってことは隠したいだろうしな。


「いえ、いいんです。僕が悪いんですから……もっと早く、皆さんに伝えていたら、あの短剣を持って帰れたはずなのに……」

「でも、それだとアスモが……」

「僕は……逃げません。ちゃんと謝って、償ってからユラン様と仲良くなります。僕の憧れですから……それに、そこまでしてくれたアスモさんのためにも」

「そうか。うん、その時は私も協力するよ」


 なだめるリカオンの顔は優しい。オレが来た時には泣きはらした目で犯人を許せないって言ってたくせに。オレより強くて地位もあるくせに、性格もいいって本当にひがむよなあ。

 でも一応確認したくなって、リカオンを小突いて小声で聞いてみた。


「いいのかよ」

「……さすがにこんなに泣かれたらね。アスモもそんなこと望んでないってわかったんだ、私がどうこう言うことじゃない。それに、話を聞いているとニトグリンも被害者のようだしね。アスモを殺したのはニトグリンじゃないよ」

「急に殺意が出たってところだろ。呪いのアイテムの中には、そういう暴走状態を引き起こすものもあるからな、ない話じゃねえ」

「カラレスもきっと、それをわかったうえで渡したんだと思うよ」

「くそ野郎だな……」

「それには同意するよ」


 泣いているニトグリンは落ち着くまで倉庫の片隅で休んでもらって、オレらはアスモの死体を確かめることにした。

 さっき兵たちに移動されかかっていたせいで、けっこう汚れてやがる。オレがいらっとしたくらいだ、タラタネラが険しい顔になるのも無理はねえ。


 ずっと倉庫に置いておくのも忍びないということで、扉越しのホールにアスモを運ぶ。本当はシャワー室で綺麗にしてやりたかったけど、ユランたちがいつ帰ってくるのかわからねえからな。

 悪魔にとって体なんて使い捨てみたいなところがあるらしいけど、せめて大切にしてやりてえじゃん。


「あった、これだね。聞いてた情報と一致する」

 

 タラタネラがアスモのポケットから取り出したのは、小さな鍵みたいなもの。おもちゃにしか見えないそれが、この家に入るための鍵だそうだ。


「何個あった?」

「三つ……だね」

「じゃあ誰かに取られたわけじゃねえってことか。それならなんでアスモが倉庫にいたんだ?」

「ニトグリンの鍵は扉を見つけられても開けられないらしいから……普通に考えたら、アスモが自分で出ていったってことだけど……」

「まあ誰も入れないんだからそう考えるしかねえよな。でもなんでだ……?」


 わざわざ家から出て短剣を取られるリスクを取るなんて、意味がわからねえ。実際短剣が取られた今、余計にそう思う。


「アスモには家から出ないといけない理由があった。多分……外に問題があったんだと思う」

「そうだよな、それなら扉が閉まってたのにも納得がいく。あいつが自分で家を出て、それから扉を閉めたのなら、外で何かあったんだ」


 それが何かの検討はついていないし、ニトグリンに聞いても答えは返ってこなかった。

 ただ胸に短剣を刺された状態で出ないといけないほど、切迫した何かがあったんだろう。


「まあでも、ユランが短剣を取り返せれば、アスモも復活して話を聞くだけでいいからな。そうすりゃ何があったのかわかる」

「そうだね……でも、カラレスはわざわざ短剣を持って行ったんだ。魂を封じてアスモを完全に殺すためなのか……それとも」


 考察を続けようとしたリカオンの言葉は、突然の出来事にさえぎられることになった。

 いきなり轟音が響き渡り、屋敷全体が揺れたんだ。オレらの側は無事だったが、だからこそ景色が揺れてるのが見えてビビった。


「なんだい?!」


 とっさに飛び出したタラタネラがニトグリンをかばう。こいつの体なら例え屋敷が崩壊しても無事だろうし、オレは音の方向に注意を向けた。


「わかりません……! ですが、音の鳴った方は……」


 ハスキーが指し示しす方角に思い当たることがあったのか、タラタネラが重い溜息を吐いた。入り浸ってたみたいだし、内部構造も大体把握してるんだろうな。

 んでその動作でオレもピンと来た。確かにあいつなら簡単にできるわ。


「あっちは確か、カラレスの執務室……ユランが向かったところだね」

「イーラガッタは止められなかったかあ。でもあいつがいりゃ怪我人はないだろうな」

「それが幸いだね」


 さっき見せた剣幕を思うと、拳も出るだろうよ。今もすげえ音が響き渡ってる。まるででっけえモンスターが暴れまわってるみてえな音。屋敷の一角は多分崩壊してそうだ。


「私たちも向かった方がいいね」

「アスモはどうする?」

「鍵は回収したし、扉さえ閉めればこっちにいてくれた方が安全だよ」

「だな。ニトグリンは待っててもいいぞ。結構やばそうだ」

「いえ……僕も行きます。僕のせいですから……」


 まだ真っ青な顔をしてるくせに、大したもんだ。そこまで覚悟を決めたのなら、これ以上言うのは野暮だな。

 そうして、オレらはアスモの体を向こうの家に隠して、音の出所へと急いだ。早く止めねえと、屋敷が全部壊されちまいそうだ。


****


 暴れてるんだろうなとは思っていたが、正直舐めてた。

 それがユランを見たオレの感想だ。


 執務室があった場所は廃墟と化していて、無残なものになっている。家具は破壊され、壁には穴が開き、いたるところで書類の残骸が舞っていた。まるで嵐にでもあったようなすさみ具合に、開いた口がふさがらなかった。

 これを人の力でやったのかと疑いたくなるが、ユランなら可能だ。実際、部屋の真ん中では、ユランがカラレスの胸倉をつかんで持ち上げている。さしもの元騎士団長も、顔色が悪い。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、貴様はどこまで馬鹿なのだ……!」


 憤怒と嫌悪を煮詰めたような声音を浴びせられて、カラレスが負けじと睨み返す。その瞳には憎悪が見えていて、実の息子に向けていい視線じゃないことぐらい、オレにもわかった。

 騎士やメイドたちの人波をかき分けて慌てて駆け込めば、ドアの傍には大きな赤龍がいる。イーラガッタが付いていたというのに、なんでこんなことになってんだよ。


「正直に言ってしまえば、私にも止める道理がなくてね。暴れるなどよくないのだが、自分の家でもあるし……どうしたものかと思っているんだよ」


 温和な聖獣のため息には、カラレスに対する失望が色濃い。精神が安定したこいつは聖獣としての側面が強く、誰にだって優しい。なのに、あいつはイーラガッタにも愛想をつかされるくらいのことをしたってのか?


「ただまあ……止めねば死んでしまうか。ユラン、そこまでにしておくといい。魔法で拘束する」

「ちっ」


 投げ捨てられたカラレスの体が魔法で縛られて床に転がった。にしても、ユランの投げ方は本当に捨てるって表現がふさわしいくらいの勢いだったな。もう触りたくねえっていう嫌悪がにじみ出てる。

 

「えと、ユラン、いったいどうしたんだい? ここまで暴れるなんて珍しい」


 友人のタラタネラが見たこともないほどの荒れ様を前に困惑している。こいつがここまで怒るんだ、相当なことがあったんだろうな。


「すまない、俺の落ち度だ。こいつに情けをかけた。騎士団長から引きずり落す時に、首も切り落しておくべきだった。まさかこんな……」

「お前のせいではないか! この化け物め! お前さえ生まれてこなければ、私は団長のまま……悪魔にそそのかされることもなかった!」

「それはお前の心が弱いからであり、鍛錬が足りなかったからだ。人のせいにするその腐った性根で俺の父を名乗るな、ゴミが」


 すげえこと言ってる。親子の会話としては終わってるだろ。でも、アスモはこんな体たらくでも、いつか仲直りするって希望を持ってたんだよな……。

 でも今こいつ、悪魔にそそのかされたって言ったよな……ってことはだ。


「その通りだよ」赤龍が頷きながら。「どうやらカラレスは悪魔と取引をしたらしい」


 聞いた瞬間、オレもため息が漏れた。本当にこいつ、どうしようもない……。

 タラタネラも頭を抱えて、どうしたものかと困惑している。ただでさえ魔王がどうとかで世論が敏感になってる時に契約なんて、かばいきれるもんじゃねえ。


「それはアスモとってわけじゃないよね……」

「みたいだね。アスモとなら、私もユランもそこまでとやかく言わないよ」


 あのお人よし悪魔が他人の害になる願いを叶えるとは思えねえしな。特にユランが絡んでくるならなおさら。


「おかしいとは思ったんだよ。悪魔の魂を封じ込める短剣なんて、そう簡単に用意できるものじゃない。ただ、それだけなら伯爵家の人脈などを使ったのかと納得はできたのだけど……問題はその短剣の居場所でね」

「まさかとは思うけど、その悪魔の場所ってわけじゃ……」

「どうやらそうらしい。アスモの魂を封じた短剣を悪魔に返したそうだ」

「はあ……私も一発殴らせてもらおうかな……」


 タラタネラが本気殴ったら頭がはじけ飛ぶから落ち着いてくれ。気持ちはわかるが。


「悪魔との契約内容は『カラレスを騎士団長に戻す代わりに、その息子であるユランの魂をもらう』だそうだ」

「ちょ、ちょっと待ってほしい……! え、本当かい?!」

「先ほど本人が話してくれたよ。彼からしたら、復権できるだけじゃなく障害となるユランの排除もできるんだ。願ったり叶ったりだったのだろうね」

「神殿長である君に言ったのかい……?」

「ああ、短剣のこともあったから、念のため聖別をしてみたんだ。そしたら悪魔とのつながりを見つけてね、問い詰めたらやけになっていろいろ教えてくれたよ……軽率だねえ。悪魔が誰かを助けるなんて、夢物語にすぎないというのに」


 聖別ってのは悪魔とのつながりを、つまり召喚しているかどうかを調べる方法だ。神殿が悪魔憑きを見つけるために使う魔法で、イーラガッタならすぐに行える。

 アスモが近くにいて感覚が麻痺するが、本来の悪魔ってそういう存在なんだよな。

 さすがのタラタネラも開いた口がふさがってない。そんな馬鹿な話、合っていいのかよ。

 だからあいつは今更養子を迎え入れたのか。ユランを殺すと決めたから。その時にはもう、悪魔と契約をしていたに違いない。


「じゃあアスモは、なんで……?」

「さあ、そこまではまだ聞けてないね。話がそこに行く前に、こうなってしまった。ただ推察はできるよ。ユランの魂を取るためには、先に契約したアスモが邪魔だろうから。それに短剣を持って行ったということは、自分の配下に作り直すつもりなのかもしれないね。そうすれば確実にユランの魂も手に入るし、タラタネラも私も、手中に収められる」


 アスモ自体を配下にすることで、マスターの騎士二人と聖獣が手に入る。なるほど、反吐が出そうなほどよくできた構図じゃねえか。


「ああ、それはユランが怒るよ。自分だけじゃなくて、アスモも私もイーラガッタも、全員巻き込んだ形だもんね」


 自分だけが被害を受けるなら、ユランもここまでキレなかっただろうに。あいつはそういう奴だ。人に迷惑をかけるのを嫌がる、真面目で良い奴。

 

「ちなみに、私も本気で怒りそうだよ。ユランがあれだけ怒ってくれているから、まだ何とか耐えられるけどね」

「気持ちはわかるが……勘弁してくれよ。いくら私が聖獣とはいえ、君ら二人に本気で暴れられたらさすがに止めるのは難しい」

「でも、許せないよ……。私欲を満たすために、アスモや自分の息子を犠牲にするなんて」


 なんて言われたらさすがの聖獣も返す言葉はねえみてえだ。カラレスが救いようのねえくずってのは明らかなんだ。孤児で傭兵やってて人の汚いところを見てきたと自負しているオレですらはらわたが煮えくり返りそうだもんな。

 

 オレらからくる侮蔑の視線に耐えられなくなったのか、カラレスは転がったまま喚きだす。小物のくせにプライドだけは高い、本当にユランの親なのかといぶかるくらいの体たらくだ。


「私を見下ろすな、平民風情が! 私より強いからといって、偉くなったわけではないんだ! 思い上がるなよ!」


 その目はタラタネラに向けられているが、当の本人は苦笑する程度だ。こんなこと、言われ慣れてんだろうな。

 昔のこいつはそれが嫌で貴族と結婚しようとしてたみてえだけど、アスモがいるから必要ないって言ってたような、気がする……ああこれは多分、無くした記憶にあったんだろうな。


「ふふ、だから私はアスモを取り返したいんだ。なんとしてでもね」


 リカオンの笑顔の圧が高まって、真っ赤オーラが立ち昇る。怒りを抑えているこいつを刺激すりゃ、こうなるのがわかってただろうが。


「ユラン、それで短剣はどこに? 必要なら口を割らせるのに手を貸すよ」

「お前の手を汚す必要はない。こんな汚物とはいえ身内の不祥事だ、俺がやる」


 物騒な会話をしているが、イーラガッタが口をはさむ様子はない。そもそも神殿は悪魔を毛嫌いしているし、契約者ともなれば犯罪者と同義だ。どんな契約をしたのか、どんな悪魔なのか。口を割らせる必要は大いにある。

 しかも自分の魂が死後アスモ以外の悪魔にいいようにされるっていうなら、見逃せねえよなあ。


「必要なら、魔界への道は私が開こう。クラリナとアマネも手伝ってくれるだろうし、悪魔の拠点の一つや二つ、壊滅するには造作もない」


 ただでさえこいつら三人だけでも戦力過多なのに、ここに聖獣二人追加はもう軍隊だろ。魔界で戦争を起こすつもりか。

 んで、オレはそこに連れてってもらえねえんだろうな、畜生、自分の弱さが嫌になる。これでも平均より強いつもりなんだぜ。


 誰の助けも見込めないとわかったのか、カラレスは青ざめた顔でまくしたて始めた。ここまで小物だと怒る気も失せるというか……ただしょうもないなと思う。


「お、お前ら! 私にそんなことをしていいと思っているのか! 私は伯爵家の当主、なのだぞ……!」

「黙れ」息子は冷淡だ。「貴様の地位なんてものは、ご先祖様の威を笠に着ているにすぎん。産まれついての責任すら満足に果たせぬ愚物のくせに、何様のつもりで吠えているのか逆に知りたいくらいだ」

「領地の統治をしているのは私だ! お前が馬鹿みたいに剣を振るっている間、私が安寧を守っていたんだぞ!」

「……馬鹿みたいに? 俺が剣を振るうのは民のためだ。貴様とやり方は違えど、俺は自らの職務を果たそうとしている。それだけのことも理解できんのか」


 ゆらりと、黄金のオーラが立ち昇る。やべえ密度で維持されてて、オレが殴ってもびくともしねえだろうな。


「外面を気にする貴様の統治は悪くない。俺が唯一評価するところだ。だからこそ今まで生かしておいたというのに……」


 セリフが完全に悪役だぞ。でもまあ、確かにこいつが本気になればカラレスをへき地に左遷するぐらいは簡単だっただろうな。統治がましだからこそ、今までお目こぼししていたのか。


「どのみち悪魔と契約をした貴様に選択肢などない。神殿長に知られた今、陛下の耳にもすぐ入るだろう。温情を期待するなら、すべて吐いた方が良いぞ」

「ぐ、くそ……聖獣をよこすとは卑怯なことを……」

「はあ、悪魔と契約しておいて何をいまさら。阿呆もここまでくると哀れすぎて笑えんな」


 イーラガッタが知ってしまった以上、カラレスもおしまいだ。悪魔と契約したなんてバレたからには、相応の報いがある。悪魔を殺しても罪に問われないということは、そういうことなのだ。

 そんなこと貴族であるカラレスは当然知っているはずだ。やがて、苦虫を噛み潰したような顔で、ぽつぽつと語り始めた。


「わ、私が契約した悪魔は……」

『ベリアル。吾輩が忌み嫌う、浅ましき悪魔よ』


 その声は執務室の残骸から聞こえてきた。オレには聞き覚えなんてなかったが、他の三人が一瞬にして臨戦態勢を取るってことは、多分相当強い悪魔だ。

 ユランが即座に残骸を蹴飛ばして、その下にある水晶玉のようなものを持ってきた。それは淡く輝いていて、モノクルを付けた凶悪そうな猪の顔が映し出されていた。


「なんだこれは」

『そこの者がベリアルの配下と連絡を取るための道具だ。魔界と通信ができるようになっている』

「話がややこしくなる気配がしてきたな。簡潔に説明しろ」

『ふふふ、吾輩にそのような不遜な口を利くか。悪くない。貴殿もタラタネラに並び立つ猛者だと認識している。どうだろう、これが終われば食事でも……』

「いいから、早く」


 なんであいつ悪魔のくせに口説いてんの。オレはよくわかんねえけど、タラタネラがげんなりした顔をしてるからあれが平常運転なんだな。


『ベリアルは魔界議会の一席を治める悪魔であり、魔王様の統治の邪魔となる存在だ。勇者が攻めてきた時に戦いもせず、虎視眈々と漁夫の利を狙っていただけの臆病者。吾輩が最も嫌う、軟弱者だ』

「魔界議会……大悪魔の中でも上位の存在で、魔界を治める一人か。これまた大物が来たものだ」

『貴殿ら二人に聖獣の魂となれば、どんな悪魔だろうと放置はできんよ。吾輩もそうだ。貴殿の輝きに目がくらんだ愚か者。どうかベッドでその輝きを我が腕に抱かせてくれんか?』

「話を進めなければ切るぞ」


 すげえ、呼吸するように口説くじゃん。上向き牙が飛び出した凶悪そうな顔からは想像できないほど言葉が甘い。


『そういう剛毅なところも悪くない。吾輩はタチウケ両方いけるのでな。強者になぶられるのも嫌いではないぞ』

「警告はした」

『ふふ、そう焦るな。ベリアルの陰湿さは貴殿らが知っての通り、他者を介してアスモの魂を手に入れたことからもわかるだろう。あれのやり方を吾輩は好かん。そこでどうだ、協力してあれを滅ぼさんか?』

「……タイミングがよすぎる。本音を言え」

『おお……貴殿は力だけでなく知恵もあるのだな。何とも素晴らしい。吾輩は貴殿のような猛者を心より愛している。察しの通り、吾輩がベリアルの計画を知ったのは少し前からだ。そこでこの連絡装置に魔法を仕込み、盗聴で様子をうかがっていた』

「つまり貴様は、ベリアルを泳がせておいて、俺らと協力できる状況になるまで静観していたというわけだ。あわよくば短剣を横取りしようとしていただろ」

『ああ、その通り。だが向こうも馬鹿ではないのでな、それは失敗してしまった。だからこそ、サブプランとして貴殿らと協力したいというわけだ』


 こ、狡猾……! こいつ、ベリアルのことさんざん罵っておいて、自分が漁夫の利を得ようとしてやがった! そんでそれが失敗しても、聖獣たちを味方にできると踏んで敵対勢力を潰すために使うつもりだったんだ!

 今連絡してきたのは失敗したからなんだろう。うまく短剣を奪っていれば、全部の罪をベリアルに擦り付けて知らん顔をしていたはずだ。まじで狡猾すぎる……。


『もちろん、気高い貴殿らの心証を悪くしてしまったことは自負している。だからこそ、吾輩は引こう。取り返したアスモの魂は貴殿らに返し、吾輩はベリアルたちを潰すだけでよい。それ以上の契約を結ばないと約束しよう』

「信用できん。背後から討たれる可能性を高めるくらいなら、俺らだけでいい」

『なに、契約がなければ貴殿らの魂はもらえぬのだから、殺すメリットがあるまい。それに、貴殿らには長生きしてもらい、その間で吾輩の良さを存分に知ってほしいのだ。この大悪魔にして魔界議会の一席を治めるベルゼの抱き心地の良さを!』

「はあ……悪魔とはこんな奴しかいないのか……」


 それからいかに自分の体と力が素晴らしく、抱き心地が良いかの演説が始まった。あろうことは服を脱ぎだして、水晶玉に屈強な体とかでっかいおっぱいが映りだしている。筋肉の塊のおっぱいはでっけえけど……タラタネラの方がでかいな。

 が、ユランはガン無視してカラレスの方へ歩み寄って、今聞いた話を確認しだした。あいつのメンタルすげえよ。


 んで契約したのはベリアルで間違いないってさ。これでベルゼの言葉に信ぴょう性が増したわけだが、どうにもうさん臭いんだよな。


「悪魔とは得てしてそういうものだよ」聖獣がため息をつきながら。「自らの利益を得るために、平気で嘘をつく存在。今の話も、どこまでが真実かわかったものじゃない……と、普通なら言うのだけど、ベルゼは魔王討伐時に面識がある。あれは嘘をつかない」


 イーラガッタが肩を持つようなことを言うなんて、意外すぎる。タラタネラも同じ気持ちだったようで、思わず聞き返していた。


「そうなのかい。まあ、短剣を狙ってた話もすぐ暴露したからね。隠しておけばいいのにとは、私も思っていた」

「あれは自らの力こそ最大の武器と考えている悪魔だ。ベリアルのように陰湿にだますより、欲しいものがあれば真正面から奪い取る。だからあれの配下はほとんど他の悪魔から決闘などで奪ったものなんだよ。悪魔にしては珍しい部類だね」

「つまり……信用できると?」

「残念ながらね。悪魔らしい狡猾さはあるが、嘘はついていないと思う」


 だったら、手を組んでもいいんじゃねえか。他の三人がどう考えるか知らねえけどさ、オレは傭兵だった経験から利害が一致してれば気にしねえんだ。


「断る」


 だけど、鉄壁で潔癖な騎士様は一蹴した。


「お前の力を借りるまでもない。アスモは俺の友人だ。そして、この事件は身内の不祥事。俺が解決すべき案件でしかないんだ。貴様は引っ込んでいろ」

『吾輩がいた方が確実ではないか?』

「だからなんだ。俺らだけでも確実だ。俺はもともと政治が嫌いなんだ、これ以上めんどくさい策略に巻き込むな。殺すぞ」

『殺す? 大悪魔の吾輩を? それは良い、前回はタラタネラと殺し合ったが、今度は貴殿とやりたいものだ』


 水晶越しにも殺気は伝わっているとはいえ、ベルゼにひるむ気配はない。それどころか嬉々として応じようとするあたり、根っからの戦闘狂なんだろう。


『とはいえ、貴殿らがそう言うだろうことは想定していた。その気高さが吾輩好みなのだ』

「そうか。じゃあ切るぞ」

『待て待て、逸るでない。貴殿らは短剣がどこに行ったのかわかっているのか? カラレスが知っているといいが、まごついている間に短剣から魂が抜かれてしまうかもしれんぞ』

「ちっ、それが本命の取引か」

『話が早くて助かる。なに、吾輩の頼みを一つ聞いてくれるだけでいいのだ。貴殿らが損をすることもなく、吾輩の心が昂る……それこそ、アスモが好きなウィンウィンというやつだ』

「……早く言え」

『吾輩が求めるもの、それは――――』


****


 ベルゼから教えられた場所は、街から離れたさびれた屋敷だった。どうやらここに短剣が持ち運ばれ、魔界に移されるらしい。

 オレらは草むらで息をひそめ、これから突撃をする構えを取っていた。

 イーラガッタが転移などを封じる結界を準備して、魔界への輸送を阻止してから殴り込みをかける計画だ。今回の目的は戦闘に勝つことじゃなくて、短剣を取り返すことだからな。逃げられたらたまったもんじゃねえんで、万全を期している。


「まだ悪魔は来ていなかったよ。今なら間に合うはずだ」

「すぐに乗り込んで全員殺せば解決しそうだが……抑えるのに苦労した」

「私はユランがいつ殺気を漏らすんじゃないかとひやひやしたよ」


 偵察を終えたタラタネラとユランが戻ってくるなりいつもの漫才を始めた。近衛なんてやってるから諜報は苦手かと思いきや、あっさりとこなすんだな。気配を消すのもうまいうえに、身体能力がバグってんだ。何でもできて当然か。

 でもよかった。これで間に合ってなかったら、魔界に殴り込みをかけねえといけなかった。オレが置いてかれることを考えたら、ここにあってくれてよかった。

 ニトグリンみたいにカラレスを軍に引き渡すために居残りさせられたりなんてしたら、へそ曲げてたぜ。ストレスたまってんだ、オレだって何かしてえよ。


 だけどてっきり魔法で転移されて、もう魔界に行っちまったもんだと思ってた。なんでそんな面倒な手順を挟むんだよ。


「ふむ、それはだな、吾輩の妨害がバレたからに他ならん」


 馬鹿でかい体に豪華な軍服を着こんだ猪、ベルゼがオレの疑問に答えてくれた。


「もともとこの短剣は悪魔と繋がっていた商人、レンジからもたらされた。あいつはベリアルの配下と繋がっていたのだが、吾輩が切り捨てて成り代わっていたのだ。人に悪魔の違いなど判らんからな。魔法で姿を変えればそれで十分だった」

「あいつか……」ユランが忌々し気に舌打ちをした。「あの阿呆が重宝していたから怪しいとは思っていたが、やはり悪魔と繋がっていたのか」

「本来ならあの短剣をレンジから受け取るのは吾輩の部下だったのだが、それがバレてしまってな。吾輩の妨害を避けるためにこんな迂遠な手段を選んだという訳だ」

「それでもお前にはバレてるみたいだがな」

「ははは、吾輩の部下は優秀だ。ベリアルに察されることも想定していたとも。レンジはもはや吾輩の支配下、情報を抜くくらい造作もないわ」

「あの商人は後で捕まえる」

「好きにしろ。どうせ使い捨てだ。ベリアルと交信していると思い込んでおる故、吾輩にとって痛くもかゆくもない」


 豪快に笑っている猪は黒い毛皮に黄色の幾何学模様を描いた人外だ。きらびやかなマントにモノクルと、遠目から見ても何かの重鎮だとわかる。まあ、悪魔らしい角とか尻尾のせいで、悪魔なのはバレバレなんだけどな。

 そんなベルゼは翼で浮かびながら、なぜかタラタネラに後ろから抱き着いている。

 ……いや、なんでだよ。アスモよりがっしりとした偉丈夫が真顔で抱き着いてるのこええよ。


「なに、今の吾輩はアスモの代わりだ。つまり、同じようなことをしても問題ないということだろう?」

「問題しかないんだよねえ。ねえユラン、ここで切り捨てていいかな?」

「気持ちはわかるが、それは取引が終わってからにしろ。短剣を取り戻すまで、こいつは観客だ」

「こんなべたべた触ってくる観客嫌だよ……そう言うなら変わってくれない?」

「断固として拒否する」

「ひどいよ……」


 至極もっともなことを言って、リカオンが辟易と肩を落とす。

 ベルゼとの取引は簡単なもので、オレらが戦うところを間近で見たいというだけだった。本人曰く、強者の戦いを見ることも大好きだから、だそうだ。

 なんか納得するけどな。こいつそういうの好きそうだし。


「最近の魔界は安寧そのもので、戦争もない。吾輩の領地には闘技場があるものの、勝つのは同じような者に偏ってきており退屈しているのだ」

「それはわかっただけど、私に抱き着かなくてもいいのでは……」

「もったいないであろう。前回は敵同士だった故、貴殿の体を堪能できなんだ。人の身でありながらここまで鍛え上げた体は、吾輩にとって芸術に等しい価値がある。はあ、何とも素晴らしい。このおっぱいはまさしく世界の宝だ」

「ちょ……んっ、声が出ちゃうから揉まないでくれ!」


 大悪魔にセクハラされてるタラタネラには憐憫しかわかねえ。ユランにやったら一刀で切り捨てられるのが目に見えてるしな。

 にしても、あの過激なスキンシップが許されていたのはアスモだからであって、こんな威厳たっぷりな悪魔にされると違和感しかねえ……。


「まあまあ」イーラガッタが苦笑しながら。「今のところ魔法をかけているなどの形跡はないから、本当にただ揉んでいるだけだよ」

「当然であろう。吾輩は契約を守る。貴殿らに害は加えんとも」

「これって害なんじゃないかなあ……」

「否定はできないね……」


 冷ややかな視線など意に返さず、猪はリカオンの巨乳を揉みながらきりりとした顔をしている。なんであれを堪能しながら真顔なんだよ。おかしいだろ。オレなんて押し当てられるたびに勃起してんのに。


「ん? 吾輩も勃起しているが?」

「知りたくなかったなあ!」

「いやまあ、当然ではある。このおっぱいに欲情しねえのはインポだもんな……」

「君の乳房好きにも困ったものだ……私もトレーニングを増やした方がいいのかもしれん」

「お前ら、遠足じゃないんだぞ。なんだその気楽な態度は」


 五人が五人とも賑やかで、今から殴り込みをかけるとは思えない雰囲気だ。アスモの短剣がまだ魔界に送られていないから、ちょっと気が抜けたんだろうな。

 とはいえ、話を聞いた限りベルゼって魔王側の悪魔なんだろ。なんでこんなに馴れ馴れしいんだよ。


「魔王様が転生なさるまで時間があるからな。今の吾輩は貴殿らと敵対しているわけではない。魔王様が復活された時、貴殿らを殺すのはあまりにも惜しい。だからこうして勧誘しているのだ」

「うーん、気持ちは嬉しいけど、魔王に与するのはねえ」

「なに、それは人の価値観での話だ。悪魔に生まれ変わって長きを生きれば、考えが変わる可能性もあるだろう。吾輩はその時のために種をまいているにすぎん」


 正論だな。今は人だから魔王を敵対視しているが、悪魔になって魔界で暮らしたら価値観が変わっても不思議はねえ。長命種だからこその行動はこいつが短絡的でないことを示している。議会にいるだけあって、有能なんだろう。

 とはいえ、間違ったことを言ってねえけど、こいつらが変わるとは思えねえな。ユランは当然として、アスモもタラタネラも、オレがひがむくらいのお人よしだ。


「時間というのは残酷だ。聖獣ですら壊れかけるくらいにはな」

「……それを言われてしまうと、私に返す言葉はないね」

 

 イーラガッタが目線を下げて会話を打ち切った。今のは勇者の魂を守るために心をすり減らしていたこいつにとって、弱点ともいえる話だ。

 ……ああ畜生。別にオレが悪いわけじゃねえけど、こいつには悲しい顔をしてほしくはねえんだ。似合わねえ行動だと自覚してるが、そっと腰に手を回して支えてやった。

 すると赤い山のような体がすり寄ってくるもんだから、タラタネラが微笑ましい顔してやがる。ちっ、恥ずかしいもんだ。オレは気付かないふりをして無言を貫いた。


「貴殿らは騎士として誇り高い。魔王様に仕えるのは貴殿らにとっても名誉となり、騎士の本懐を果たせると保証しよう。悪い話ではあるまい?」

「どんな主に忠誠を捧げるかは俺が決める。せいぜい転生した魔王が俺の眼鏡にかなうよう祈っておけ」


 あくまで存在な態度を崩さないユランだが、ベルゼは満足そうにおっぱいを揉んでいる。ちょっと羨ましい。オレもタラタネラの巨乳は大好きだが、あまりにあからさまに揉むとイーラガッタが寂しそうにするからな。


「よし、これでいつでも結界を起動できるよ」


 その一言でにぎやかな空気は終わり、ユランとタラタネラが立ち上がる。二人とも気負いのない顔をしているが、帯刀した鞘を握りしめており待ちきれないのがまるわかりだ。


「そうか、ご苦労だった。ならすぐに起動してくれ、一気に制圧する」

「悪魔の信徒たちを捕縛し、短剣を奪い返す。駄目でも壊せば魂は解放されるみたいだし、本気で行こうか」

「もちろん、国にはびこるくずどもを一掃せねば気が済まん。俺の大事な友人に手を出した報いを受けさせる時が来た」


 金と赤のオーラが立ち昇り、臨戦態勢へと移行する。アスモの死体を見つけてから、今まで鬱屈としてたもんな。そのすべてをぶつけられる大義名分を得たおかげで、こいつらは止まる必要がなくなった。


 そしてイーラガッタが結界で屋敷を取り囲んだとたん、二人の姿が消え、屋敷の正面入り口の扉が轟音と共に吹き飛んだ。

 砂埃が舞う中たたずむ金犬とリカオンは、自らの背丈以上もある頑丈な障害物を破壊してもなお悠然と立っている。その表情は威圧的で、普段柔らかいタラタネラですら冷たい雰囲気を醸し出していた。


 中のホールには悪魔の手先と思われる武装した男たちが何人か集まっているが、突然の事にビビっているようだ。そりゃいきなりこんな殺意の塊みたいなのが二人もくれば、誰だってそうなる。


「なんつう荒々しいノック……」

「よほど腹に据えかねていたんだね。ジギタリス、後ろから付いてきてくれ。あまり前に出ないようにね」

「何度見てもたまらんな、素晴らしい。人の身でよくぞここまで……」


 当たり前のように付いていく竜と猪の背中に舌打ちを返しつつ、オレも続く。どうせオレはこん中で一番弱えよ。イーラガッタの過保護は優しいが、同時に無力さを強く感じさせる。


 でも、ざっと相手をうかがった感じ、援助が必要そうには見えねえな。ある程度腕は立つようだが、オレでも勝てそうな相手だ。


「どうやらここは悪魔崇拝者の拠点みたいだね。以前の召喚騒動で数を増やしていて、神殿も困っているんだ」


 赤龍がホールに置かれたよくわからねえ装飾を眺めてから、首を横に振った。悪魔を神のように崇めるって、本当に意味わかんねえよな。


 悪魔と契約するような奴らだ。見るからに柄が悪いし、剣とか弓とか槍とか武装の統一性もないところから、なんかの寄せ集めなんだろうな。少なくとも、殴り込みをかけられてるのにとっさの対応もそろってねえことから、組織だったもんじゃねえってのがわかる。


「な、誰だお前らっ! ……いや、お前、ユランデータとタラタネラかっ!」


 王国最高の騎士だ、名前も知れ渡っている。男たちはぎょっとした顔で剣を構えるが、この二人はまったく揺るがない。


「抵抗してもいい。むしろ存分にしろ。今は虫の居所が悪い」

「私利私欲のために私たちの大事な人に手を出したんだ。相応の覚悟はできてるんだろうね」


 二人が剣を抜いてオーラを噴出させれば、金と赤の暴力が完成する。切りかかる瞬間も速攻で、剣筋がほとんど見えねえ。

 向こうからしたら、二人の姿が急にぶれた瞬間に、剣を振り下ろして敵陣真っ只中に現れてんだ。反応しようと武器を振るったところで、剣ではじかれて終わり。後ろから槍を突き出す奴もいるが、即座に反応したユランが体をひねって叩き潰している。


 聞こえてくるのは剣戟の音と、相手の悲鳴だけ。

 二人は息の合った動きで周囲を圧倒して、付け入る隙を与えない。


 あーあ、こりゃオレの出る幕はねえわ。オレも暴れたかったってのに。

 数で囲まれた圧倒的不利の中心で二色のオーラが沸き立ち、男たちを薙ぎ払う。タラタネラが真紅の波動で吹き飛ばせば、ユランが黄金の斬撃で切り刻む。四方八方から攻撃されたところで、彼らには何も通じない。返す刃で武器がはじかれ、戦意を喪失した男たちがへたり込んでいく。


 すげえ暴れてんな。この様子じゃ制圧はすぐできそうだけど……短剣はどこだ?


「おそらくはあれかな」


 赤龍が指し示したのは、おどろおどろしい装飾の中に置かれた鞄だ。祭壇らしいものの上でこれ見よがしに捧げられてりゃ、大事ですって言ってるようなもんだ。

 イーラガッタは暴れる二人を一瞥してから、仕方ないと前に進む。現場が混乱している今が強奪の好機だな。


「君をベルゼと二人っきりにさせるのは忍びないけれど、私が取ってこよう。ベルゼ、ジギタリスに手を出したなら、魔界のどこまでも追い詰めて貴様を殺す。それを忘れないでくれ」

「安心しろ、吾輩は危害を加えん。それに勇者の抜け殻に興味はない。今は熱い戦いを見るので忙しいのだ。以前は直に手合わせをしたが、こうして眺めるのも良いものだ」


 この悪魔、めちゃくちゃ目を輝かせてるぞ。それどころか恍惚と頬を赤らめる様はちょっとキモイ。二人の蹂躙を観戦しながら興奮してやがる。


「これなら大丈夫そうかな……だけど、もし何か不穏な動きをしたら、すぐに逃げてほしい」

「わかってるよ。オレだってせっかくつないだ命を無くすのはごめんだ」


 それでも何か言いたそうにしていたが、イーラガッタは急ぎ足で騒乱へと溶け込んでいく。あんな大きな体のくせに動きは軽やかで、あっという間に祭壇までたどり着いた。

 だけどベルゼは聖獣なんて眼中になくて、うっきうきに乱戦を見てるばかりだ。あまりの暴力差で早々に決着がつきそうだから、一瞬たりとも目が離せないのだろう。


「吾輩は人を舐めていた、短い生涯でこれほど鍛えられるとは思いもしておらなんだのだ。吾輩が誇る五牙衆(ごがしゅう)とぜひ競わせたい……吾輩の財宝なら何を与えてもいい故、闘技場に来てくれぬだろうか……」

「ごが……なんだそれ」

「吾輩が鍛え上げた才能あふれる五人の将軍のことだ。見込みのある魂に完璧な体を与え、優れた武人として育てた、自慢の部下たちである。人がこれほど強くなるのだと知れば、奴らにとってもいい刺激になるに違いない。ふふ……ふふふふふっ……」

「なんか悪そうな顔してんな……でもちょっと興味はあるな。あの二人ならその五牙衆ってのに入れると思うか?」

「当然のことを聞く。奴らは単体で吾輩と引き分ける猛者だぞ。吾輩が手塩にかけて育てた部下ですら、その域まで行くのに何年かかったことか。ああ、貴殿らが悪魔になる時が待ちきれない。さぞかし強い悪魔になるのだろうな……さすれば、吾輩も本気を出せるかもしれん……」


 なんかしれっと怖いこと言ってんな。引き分けた時、本気じゃなかったのかよ。それに、ベルゼと競えるレベルの悪魔が最低五人はいるってか。はあ、先は長えな。オレも舞台に上がれるようになりてえもんだ。これでも毎日訓練してんだけどな。


 猪はモノクルの奥で目を細め、心底嬉しそうな顔で二人を眺めていた。オレからしても完成された武人だが、悪魔でさえもそんな評価になるようだ。

 オレはこいつの目を知っている。貴族や王子相手に熱い視線を向ける女どもの視線にそっくりだからだ。まじで懸想してんじゃねえよ。


「いくら鍛え上げたとしても、所詮は人だと見謝っていた。魔法という武器を持たぬがゆえに、人の短い生を唯一の武器を研ぐことに費やしている。だからこそ、彼らはオーラの使い方を極めているのか」

 

 人が操る魔法なんて悪魔からしたら児戯だろうとも。アスモが魔法技術の発達に貢献してることを考えると、そうやって胡坐をかいてると寝首をかかれそうだがな。


「その刃が果たしてどこまで届くのか、吾輩はとても、とてもとてもとても! 興味があるぞ!」


 ちょっと前まできりりとした顔だったのに、すげえはしゃいでぴょんぴょんしだした。巨体で威厳たっぷりの悪魔がしていい動きじゃねえ。


「久々に宝物庫を開けるとしよう。貴殿らにふさわしい武器を見繕わねばなるまい。こうなれば、人の身でどこまで行けるのか吾輩に見せてくれ! だとするならやはり……誕生日か。人は生まれた日を祝うと聞いたことがある。そしてそれを口実に食事ができれば……」


 がちで口説く気満々じゃねえか。アスモが生き返ったら、むくれかえってそうだ。


 推しに貢ぐ文化って、魔界も変わんねえんだな。なんて冷ややかに思いながらも、目の前の蹂躙は終わりを迎えていく。あの二人相手にいくら有象無象をそろえたところで、なんの足しにもならないんだってことがよくわかる。

 イーラガッタも短剣を探し当てたみてえだし、これなら何事もなく終われそうだ。


 なんて思っていたのだが、隣でベルゼがにやにやと笑ったまま。嫌な予感がして視線を向けると、悪魔らしい笑みが返ってきた。


「さて、これからが本番だ……奴らが間に合ってしまったな」


 どういう意味だと聞きたかったが、それより先にけたたましい音が覆い隠してしまった。発信源は祭壇からで、円形のゲートが発生していた。


「私の魔法を貫通するか……どうやら魔界からの援軍が到着したようだね」


 短剣を手に急いで戻ってきたイーラガッタが、悔しそうにつぶやいた。


「あの祭壇は丁寧に作られた魔法だ。いくら貴殿が聖獣とはいえ、即席では分が悪い」

「まさか君に慰められるとはね。逆に言えば、祭壇からしか転移が発動しないということだ。私の妨害もあってゲートは不安定のようだし、そこまで援軍は送れないだろうね」

「だからこそ、精鋭が来る」


 ぞっと背筋に寒気が走り、ベルゼの言葉が正しいとすぐに理解した。最近はイーラガッタとまったりしてたから味わっていなかった、避けられない死の予感。まだ鈍っていなかった本能が、最大限の警告を放っている。


 オレがわかったってことは、あの二人ならそれよりも前に把握していた。だが表情はまったく揺るがず、剣を握ったまま来客を待ち構えている。何が来ても切り捨てるという意思を体現した佇まい、オレにはあいつらの背中が広く頼もしく映った。


「どうやら向こうも本気みたいだね」

「構わん。こいつらだけじゃ準備運動にすらならなかったからな」

「そうだね、どうせならアスモに手を出したこと、親玉含め全員に後悔してもらわないと」

「違いない」


 真正面から受け止めて、完膚なきまでに叩き潰す。短剣を取り戻した今、あいつらがしたいことは徹底的なわからせだ。自分らに関わるとどうなるのか、観客席にいるベルゼを含めた悪魔どもに教えようとしている。


 ゲートから現れたのは悪魔の軍勢、角と羽を持ち優雅な黒スーツを来た雄どもが、悠然とした足取りでやった来た。あの騎士二人など恐れる必要がないと言わんばかりの態度だ。


「はて、時間になったから来たが……なにやら面白いことが起こっているようだな」


 先頭に立っている獅子の悪魔が周囲を見回してつぶやいた。豊かな金のたてがみに隆々とした体躯。逆三角の際立った体がきっちり決まった黒スーツにちょうどよく収まり、大きさにそぐわない優雅さを醸している。

 アスモが着ているものよりも装飾が華美だが、たてがみもあって全体の調和がとれている。んで、顔がすっげえいい。この獅子はあまりに作り物めいている。


 ユランも美丈夫な部類だが、表情で台無しにしているタイプだ。だが、こいつは自らの顔を熟知しているかのように、浮かべる表情がとてもよく似合っていた。

 悪魔は作られた体を持つため見目がいいとは聞いていたが、本気を出すとここまでできるんだと驚くばかりだ。……だったらオレの腹もへこませてくれよ。


「はあ……短剣を受け取るだけとはいえ、あのベルゼの介入があったのだ、念のためわたくしが来て正解だったと言える」


 獅子の視線は騎士を超え、後ろで腕組をしている猪に向けられている。さすがに魔界の重鎮だけあって、顔見知りって感じだな。


「まさか当の本人が来ているとは、しかも聖獣まで……これは少々骨が折れるか」

「久しぶりだね、オネスタ。魔王討伐以来か」

「ご機嫌麗しゅう、イーラガッタ。まさかそなたがベルゼと手を組むとは思わなかったが、アスモとした契約を思えば当然と言える」

「私としても不本意なのだけど、成り行きでね。ただ、今回の主役は私ではないのだよ」

「そして吾輩でもない」ベルゼは心底楽しそうに。「吾輩はただの観客にすぎん。貴殿らの戦いを直に見るために参った、熱心なファンだと思ってくれて構わん」

「となると……」


 すいっと視線が二人の騎士へと向けられる。その目には何の感情もなく、路傍の石を見つめているかのようだ。


「これが?」

「ずいぶんな言い草だな。悪魔とはそれほど偉い存在だったとは知らなかった、どうせ切って捨てれば死ぬというのに」

「ふふ、眼中にないって態度だったね。私は慣れてるとはいえ、あまり気分のいいものではないよ」


 気軽に会話してるけど、圧がすげえ。直接対峙してねえオレでも、びんびんに感じられる気迫だ。

 それでようやくオネスタも興味がそそられたのか、ふわりと微笑が開花した。巨乳派のオレでも一瞬ときめくくらい、笑顔の造形美が強すぎる。


「なるほど、そなたらが例の騎士か。それは失礼した。ベリアル様に見染められた逸材に礼を欠いては、わたくしたちが粗暴な集団だと思われてしまう」


 そこで獅子は頭を下げ、完璧な礼儀作法で騎士たちに向き直る。


「わたくしはオネスタ。ベリアル様に仕える将軍が一人……そうだな、そなたらにわかりやすく言うなら、近衛兵長といったところか。あの方の側近として、此度はそなたらを勧誘しにはせ参じた次第だ」

「勧誘という割には強引だな。俺の意思を無視するような主など、こちらから願い下げだ」

「はて、ベリアル様は魔界議会の一席を治める至高のお方。死後悪魔になるというのなら、主とするには最もふさわしいと言える。過程がどうであれ、あの方にお仕えできることに何の異議がある」

「悪いけど、私が契約したのはアスモだ。ベリアルじゃない。だから君らに私の魂を好き勝手にする権利なんて、どこにもないんだよ」

「ふむ……思うに、魔界のことを知らないと見える。魔王がいない今、ベリアル様は統治者として最も優れたお方と言える。あのベルゼの統治する血と暴力にあふれた野蛮な場所とは違い、ベリアル様の統治する庭園はすべてが美しく整っている。それをそなたらにわかってほしいとは難しいことか」


 統治者によって魔界もなかなかバラエティー豊かなことになってんだな。オネスタの恰好を見るに、あながち間違いじゃねえ感じもする。


「ふん、人の貴族社会を外側だけ真似た張りぼての毒沼を、美しいと言うのならそうなのであろう。暗殺が横行する庭園の手綱も取れぬ主に、優れたという評価を付けるのは詐欺師のすることだ」


 愚弄されたベルゼは怒るでもなく、興味深そうに事の成り行きを見守っている。さすがにこんなことで感情を乱すほど小物じゃねえか。カラレスとは大違いだ。


「私からしたら、どっちもどっちだと思うけどね。ベルゼの領地は暗殺などがない代わりに、力が物を言う風潮が強い。ただ正面から殴り合ってるだけとも言えるんだよ」


 イーラガッタが呆れながら補足してくれる。話を聞けば聞くほど、ベルゼとベリアルがいろいろと正反対で仲悪いことが想像つく。

 魔界ってやっぱやべえな。ろくなもんじゃねえ。あの二人の死後は大丈夫なのかよ。


「クラリナが管理する学園都市は最も人の世に近いから心配いらないよ。あそこは力のない悪魔や主から逃げてきた悪魔が多いから、きちんと規則が守られているんだ」

「アスモの両親で聖獣だもんな。……もしかして、クラリナも議席持ちなのか?」

「そうだけど、アスモから聞いてないのかい?」


 聞いてねえよ。あいつまじもんの箱入りじゃねえか。

 こっちで例えたら貴族ってことだろ。そりゃプレゼントに別荘なんて持ってくる。


「だから、アスモを害して魂を奪うなんてこと、クラリナたちに対する宣戦布告のようなものなんだよ。私の知る限りベリアルは戦争にあまり興味がないはずだが、どうしてそんな強行をしたのか」

「理由は明白。三人の魂をベリアル様が欲したからと言える。わたくしから見ても、最上位に美しい魂だ。騎士二人はオーラの練度も高く、ここまで綺麗に発色した魂はそうそう見つからない。そこに神が作った聖獣の魂まであるのなら、ベリアル様が求めるのも至極納得だろう」


 強さを求めるベルゼとは対照的に、ベリアルは魂の輝きを求めたのか。あの二人は血のにじむような鍛錬の末にマスターまで上り詰めたのに、悪魔の気まぐれでこんな目に合わされるなんて、ふざけんなとしか言いようがねえだろ。


「そこの金の犬は今のままでも十分美しいが、それでもわたくしに付いてきたなら、より美しい肉体をベリアル様より授けられるであろう。美しい魂に美しい肉体。それこそ、ベリアル様が求める完璧な悪魔だと言える」

「興味がないし、美醜で価値を付ける世界など願い下げだ。俺は規律を重んじる。貴族ごっこがしたいだけなら俺を巻き込むな」

「高潔な魂に悪魔の誘いなど効かないことくらい、わかっている。だが、そこのリカオンはどうだ? そなたのその窮屈で不格好な胸も縮めてやれるぞ。というかなんだその胸は。アスタロの配下でもあるまいし。淫蕩の体現者か?」

「全然違うっ! この胸は訓練で勝手に大きくなっただけだ!」


 タラタネラが顔を真っ赤にしてるけど、まあ、あいつは淫蕩の体現者だよ。パイ攻めされまくってるオレが言うんだから間違いねえ。あんなむっちむちの巨乳を味わっちまったら、性癖終わるって。

 だけどリカオンはそれを認めたがらないので、剣を構えて黙らせる気満々だ。オレとしてもあの胸を縮められるのは困るので、是非とも追い返してくれ。


「とにかく! 私たちは君らの誘いには乗らないし、軍門にも下らない! 魔界に戻らないなら、力づくでも追い出すよ!」

「クハハ、だから言っただろう♡この二人はお前の言うことなんて聞かないと」


 悪魔の一団から耳障りな声を上げたのは、黒い狼だった。襟と袖だけの服に白い蝶ネクタイを着て、さらには腰まで下げたズボンから陰毛を見せびらかす破廉恥極まりない恰好をした悪魔だ。乳首ピアスもしてるし、あっちのほうが淫蕩の体現者じゃねえか。

 オレは初めて見た悪魔だったが、二人は違うみたいだ。ユランは忌々し気に、タラタネラは驚いて、その闖入者を見つめている。


「ベルフェ、なんで君が。確か魔法牢に幽閉されているはず……」

「わたくしが救出した。アスモの情報を入手するために。そうでなければ、こんなはしたない悪魔、誰が好き好んで連れまわすものかと」


 ベルフェって確かあの二人をアスモと契約させた悪魔だったな。それで契約者ってことで地位をはく奪しようとして、やり返されたと聞いている。

 アスモの魂を取るために、きちんと下調べはしてたってことか。確かに、そうじゃなかったらカラレスをそそのかす案が出ねえ。こいつらは三人を取り巻く環境を利用して、確実な方法を選んでいたわけだ。


「クハ♡助けてくれた代わりにこき使われていてね、困っているんだ。まあそれでも、牢屋よりはましだからね。私も知恵を絞って協力しているよ♡」


 狼が指を慣らせば、空中にいくつもの氷柱が浮かび上がる。癇に障るにやにや笑いが標準らしく、脚を組んで飛ぶ姿も人をイラつかせてたまんねえ。


「末端とはいえ、ベリアルの配下になったわけだから真面目にやらねばなるまい。私は飼われるのも嫌いじゃないんだぜ♡」

「こんな痴れ者、飼うのは遠慮したいと言えるが……まあいいだろう、こうなっては実力行使しかないのだ。ベルゼが関与しないというのなら好都合、そなたらの魂、すべて我が主に捧げるとしようか」


 オネスタがレイピアを構えて号令を出せば、悪魔の集団はすぐさま臨戦態勢へと移行する。ベルフェのように魔法で後衛を務める者と、獅子のように前に出る者と分かれ、その足並みはさっきの有象無象とはまるで違う統一がある。オネスタが将として有能なんだろうな。


 よっしゃ、だったらオレも出させてもらうぜ。イーラガッタが引き留めたさそうな顔をしているが、ここで見学なんてプライドが許さねえってもんだ。


「くれぐれも無茶はしないでくれよ。君に何かあったら私は……」

「心配すんなよ。魔王の力はもうねえけど、これでも訓練してんだ。いつまでもお前の背中に守られてばっかりじゃねえんだよ」


 拳を合わせてにかっと笑うと、龍はしょうがないなと笑い返してくれた。実際オレだってストレスたまってんだ、悪魔相手にやり返さねえと気が済まねえ。

 聖獣も騎士の後ろに控えれば、これで布陣の完成だ。本当はアスモがいりゃちょうどいいんだがな。


「ふうん♡雑魚が来てくれて助かった、私はあの二人には勝てないんだよ。これなら最低限の仕事はできるな」


 明らかな挑発を投げつけてから、ベルフェは氷柱を一気に落してきた。オレは魔法に詳しくねえが、この程度なら聖獣には及ばねえ。軽いステップで回避して、ベルフェとの距離を詰めていく。

 こういうのはたいてい魔法使いから落すのが鉄則だ。オネスタたちがユランらに足止めされている間に、数を減らしておくべきだな。


「おいおい、私がユランたちに勝てないと聞いてやる気になったのかよ♡だけど、お前程度なら簡単なんだぜ」


 狼は余裕の相貌を崩すことなく指を鳴らし、今度は火球を放ってオレの行く手を阻む。生身だとすぐさま焼け焦げちまいそうな熱に襲われて、きゅっとステップを変えた。

 周りの悪魔たちもいくつかの魔法を展開して、オレを狙っている。あいつらにとっちゃ、オレは単身で突撃かましたカモだと思ってんだろうな。あの二人や聖獣に比べたら、オレなんてちょっと強いだけの人風情だ。


 だから、これでいいんだ。武力で勝てねえオレにできることは、囮になることだけ。オレだって単騎で悪魔に勝てると思うほど、うぬぼれてねえんだよ。


「残念だけど、ジギタリスには私が付いているんだ」


 身をひねるとすぐ後ろから純白の矢が飛んでいく。聖獣のオーラで作られた矢はそこらの悪魔の魔法なんかじゃ止められねえ。火球を貫いて、狼を穿とうと突き進む。

 オレが乗り込んだのはベルフェから体でイーラガッタを隠すためだ。付き合いは短いが密度は濃いつもりなんで、この程度の連携は余裕ってわけ。


「い゛っ?!」


 慌ててベルフェが回避するが、当然そこには隙ができる。他の悪魔どもに照準を合わせられる前に、一気に距離を詰めろ。


「うおおおおっ!」


 拳を構えて前に。オーラを込めて、渾身の一撃をお見舞いしてやれ。

 狼が目を見開いて気付いても、もう遅い。人だと侮ったことを後悔するんだな。


「――――おらぁっ!!」

「ふごおぉぉ?!」


 ひとまずベルフェをぶっ飛ばし、余裕ぶった仮面をはぎ取った。だけど周囲にはまだ多くの悪魔がいる。すぐさまバックステップで距離を取り、前線から離脱。囮の役割は終わりだ。放たれる魔法をぎりぎりで回避しながら、死なないことだけを意識する。

 だって、もう時間は十分稼いだからな。


「ユラン、タラタネラも、注意してくれ」


 赤い龍が手を上げると、上空にいくつもの白く輝く剣が表れた。さっきベルフェが氷柱を出した意趣返しなのか、雰囲気がもう圧倒している。

 聖獣は神から遣わされた獣だけあって、自身の魂を魔力としてもオーラとしても使うことができる、完全なハイブリット型だ。この二つに明確な定義があるわけじゃないが、イーラガッタほど使いこなしているやつはめったにいないだろうな。


「一気にせん滅する」


 騎士たちが後ろに下がると同時に、白い雨が降り注ぐ。悪魔を焼き殺す聖なる力による絨毯爆撃は一発でも食らうと体が焼けるらしい。他人に祝福を与えられるんだ、自分でも使えるに決まってる。対悪魔において、聖獣ほど頼りになる存在はいない。

 そんなものを降らされたら魔法を使うどころじゃない。前衛も後衛もすぐさま距離を取って、転がるように逃げ惑う。体に刺さった悪魔は悲鳴を上げてのたうち回り、阿鼻叫喚が出来上がる。


 だというのに……だ。


「さすがは聖獣と言える。だが、当たらなければいいだけのこと」


 オネスタは白い雨の中を踊るような足取りで進み、ユランに向けたレイピアから鋭い突きを繰り出した。まるで雨の軌道を完全に読んでいるかのような動きは、言ってしまえば人間業じゃねえ。それに付き合うユランもな。

 当たりそうになると剣を持っていない方の手で魔法を使ってはじき、そのままレイピアを突き出してけん制する。ユランも負けじと剣を振りかぶり、雨ごと防いで戦いを継続させた。


「なんだあれ……オーラに熟達すると、あんなこともできるのかよ」

「オーラは自らの魂の拡張だからね。感覚を研ぎ澄ませたり、体の外に広げたり、とにかく応用が効くんだ。けど……まさかこれほどとは……」

「知識としては知ってっけどさあ、実際目にするとやべえわ……」

 

 こいつらと付き合ってマスターってのは強いとわかっちゃいたが、毎度毎度その驚きを更新してくるのはなんだろうな。慌てて下がったオレが馬鹿みてえじゃねえか。

 ベルゼは感極まった満面の笑みでユランの名前が書かれたうちわ持って……いやどこから出したそれ?!


 まあ実際、こんな戦い滅多に見れねえからな。ユランもそうだが、あのオネスタってやつも達人だ。雨を防がないといけないせいで魔法の使用に制限がかけられていて、ぱっと見はユランの方が優勢みたいだな。


「本当はもっと援護してあげたいのだけど、結界の維持をしながらだとこのくらいが限度か。他の悪魔にも目を光らせないといけないからね」


 イーラガッタが転移無効の結界を張っているおかげで、援軍がこの程度なんだ。となるとオレの役割はこいつを何が何でも守ることだ。


 そしてタラタネラはというと、混乱を縫うように移動し、下がった悪魔たちに切り込みを仕掛けていた。そりゃ今が好機なのはわかるが、雨で分断された状況なんだけどお構いなしかよ。

 雨によって陣形は乱れ、将であるオネスタはユランに気を取られている。数の暴力を十全に使えない悪魔たちは、タラタネラによって翻弄されていく。いや、悪魔って本来はあんな簡単に倒せねえんだけどな。


「やあ、久しぶりだねベルフェ。またアスモにちょっかいをかけて……今度は確実に首を落すよ」


 真っ赤なオーラを全身にまとったリカオンが、静かな、だけど決意を秘めた声で死刑を宣告した。なんつー威圧的な笑顔。あいつ、やるときはまじで容赦ねえからな。

 止めようとした前線担当の悪魔を切り捨て、次はお前だと視線で貫く。あんなことされたら、悪魔だろうと震えるに決まってる。


「ひぇ?! ……クハハ、だが私は悪魔だ♡首を落された程度じゃ、死にはしないんだぜ」

「問題ないよ。これでも私は聖獣から祝福をもらっていてね。君の魂を強制的に天に召すことくらい、簡単なんだ」


 聖獣からの祝福は聖なる力で悪魔を討つための力。他にもいろいろあるけど、主な用途は対悪魔だ。イーラガッタから認められたタラタネラは、その力の一端を使うことができる。

 だからってあんなほいほい悪魔は倒せねえけどよ。ベルゼがうちわをひっくり返して、タラタネラの名前で振り始めたのは見ないふりをしておいた。こいつ、堪能しすぎだろ。


「は……待て、待て待て! わ、私は言われた通りにしただけだぜ!」

「そうかい……なら死ね」

「ひいぃぃぃ!」


 全力で飛んで逃げようとするが、タラタネラが剣を振るうとそこから真紅のオーラが斬撃となってベルフェに襲い掛かる。防ごうと魔法を展開するが、即席の防御よりタラタネラのオーラの方が強いようで、深々と腹に傷跡を付けた。


「ぐうぅうぅ……!」


 こうなっては悪魔も飛んではいられねえ。けど、止めを刺そうにもまた周囲から悪魔たちが襲ってくるせいで、タラタネラはそっちの対応をしないといけなくなっちまった。

 本来なら一人で多数の悪魔を相手取るとか不可能なんだが、剣雨のおかげで状況がオレらの有利に傾いている。あの弾幕の中を移動できるって前提を満たせる奴、騎士二人とオネスタだけなんだけどな。

 

「はて、まさかこれほどとは。これは少し不利と言わざるを得ないか」


 レイピアで周囲の雨をはじきながら、獅子は少しだけ思案する。

 その隙を逃すユランではないので追撃が飛んでくるが、オネスタは巨体に見合わない軽やかさで回避して、後ろに下がっていった。


「さすがはベリアル様が見染めた魂。戦い方も美しい。わたくしも敬意を表し、真面目にやるとしようか」

「今まで手加減していたかのような言い草だな。だが、俺もまだ本気ではないぞ」

「ふむ、ベルゼが興味をそそられのも当然と言える。これほどの逸材、魔界でも稀有だろうな。より美しくなったそなたと共にベリアル様にお仕えするのが楽しみだ」


 基本的には鉄面皮だが、笑うとその瞬間だけ視線が吸い寄せられちまう。性別とか関係なく、こいつの造形美はあまりにも浮世離れしすぎている。ユランには全く効いてねえのなんなんだよ。


「全員、構え」


 レイピアを一振りするだけでそこに壁ができたかのように雨が防がれる。そのせいで陣形を戻した悪魔どもが魔法の準備をし始めた。あれだけ喚いていた悪魔たちも、優秀な将によって踏ん張り時を見つけたみてえだ。それはかなりまずい。


 ユランもタラタネラも、判断は迅速だ。コンマ数秒のアイコンタクトだけして、左右に分かれて悪魔どもを挟み込む。正面から向かったところで前線を担当する悪魔に阻まれて終わるなら、陣形を崩そうって魂胆だろう。


「そなたらは確かに強い。だが、それは人と言う枠組みの中の話でしかない」


 指揮棒のようにレイピアが踊るだけで、床から飛び出した岩の壁に二人の道が阻まれる。魔法を熟知している悪魔としても、こいつは強い。

 騎士たちが剣を振るえば壁はすぐに壊されてしまうが、時間が足りねえ。


 なぜなら、レイピアが向いた先には――――オレがいたからだ。


「だから、陣形を崩せば終わりなのだ」


 こいつ、ユランの相手をしながら戦況を全部観察してやがった。んでオレが一番弱くて、イーラガッタの弱点だってことも見抜いてやがる。

 いらだちを燃料にすぐさま後ろに退避。こいつらの足を引っ張るなんて、死んでも死にきれねえ。囮としての役割は果たしてるんだ、ここは全速力で逃げ一択。こんなことしかできねえ自分に辟易するが、邪魔になるよりはましだろ。


「撃て」


 後ろから火球やら氷柱やら、多種多様な魔法がオレに向けて放たれた。だけどよ、絶対に逃げ切ってやる。オレだってやればできるんだよ。

 イーラガッタは魔法の展開ですぐに動けねえ。だからあいつの邪魔にならないように、進路を少し逸らして外へ……。


「ジギタリスっ!」


 聖獣は慌ててオレを守るための結界を作り出し、様々な魔法を防いでくれた。とっさの展開でここまで組み立てられるのはさすがは聖獣だ。あとは戦線から離脱すりゃ、こいつらは思う存分戦える。そう思っていたのに。

 オレの足は完全に止まっていた。


 礼を言おうと振り返ったオレが見たのは、赤い体に深々と突き刺さるレイピア。

 オレのための結界を使ったことで弱まった雨を進み、一足で距離を詰めた獅子がイーラガッタの腹を貫いていた。突き出した刃の先端から血が滴って、荘厳な法衣を赤く汚していく。


「そなたさえいなければ、後は数でつぶせばよい」

「ふふ、それでも、彼らは手ごわいよ……」

「問題ないと言える。所詮人風情では、わたくしに敵う道理がないのでね」


 貫かれてもなお、龍は笑っていた。聖獣ともなると胆力が違うんだろうが、オレはもうそれどころじゃなかった。

 オレが弱いから、イーラガッタが心配して気を逸らしたせいで隙を作ってしまった。ああもう畜生、心がぐちゃぐちゃになってわけわかんねえ。でも、体は勝手に恋人に近づこうとしている。ユランたちも同様に、すぐさまオネスタを引きはがそうと動いていた。


「……私にかまうな!」


 だけどそれをイーラガッタが止める。

 

「一つに集まるのは愚策だよ……私は大丈夫だから、各自、できることをするんだ……」


 わかっている。オレが近づいたところで出来ることなんかねえってことくらい。

 こいつはオレに逃げろと言っている。それが最善で、これ以上ユランたちの足を引っ張ることがなくなる。


 ……でもよ、恋人が刺されて尻尾撒いて逃げ出すなんて、できるわけねえだろうが!


 即座に駆け出し、獅子に向かって拳を突き出す。頭の中は憤怒で占められているというのに異様にクリアで、さっきよりも世界が遅く感じられた。


「ジギタリス……!」

「そなたが来たところで何ができると言うのか。強くも美しくもない、不出来な熊ごときが」

「ふふ……そんなことを言われると、私も怒ってしまうよ……ジギタリスは私の、大事な人だからね……!」


 貫通するレイピアを握って、イーラガッタは凄みのある笑みを浮かべた。逃がさないという態度に獅子が眉を顰めるが、片手にオーラの剣ができているのを見て、ハッと瞠目する。


「まだ動くと言うのか。これで貫かれた相手はわたくしの人形になるはずなのだが……さすがは聖獣、守りの硬さも一級品のようだ」

「残念ながら、悪魔の力は、私には通じないよ……! さあ、今だよジギタリス!」


 言われるまでもねえ。オレは剣を突き出すイーラガッタに合わせるよう、思いっきりぶん殴る!


「仕方がない、か」


 さすがに聖獣のオーラを前にしてはレイピアを諦めるしかないようで、獅子はパッと手放して下がっていく。

 本当は追いかけたかったが、そこまで怒りに狂ってねえ。傭兵やってた頃だって、冷静さを無くした奴から死んでいくんだ。例え腹の中にマグマを注がれたとしても、オレは判断を間違えちゃならねえ。


「すまない、ジギタリス……君を、信じきれなかった」

「いいんだ、オレが弱いのは事実だからな。それで、オレにできることはあるか」

「ふふ、こうして来てくれただけでも、嬉しいよ……」


 腹にレイピアが刺さったまま、聖獣は獅子と見合っている。自分がまた隙を晒せば、今度はオレが死ぬとわかっているんだろう。

 ユランたちは悪魔の軍勢を抑え込むのにいっぱいいっぱいで、こっちには来れない。二人で出来ることとしては破格だから文句も言えねえ。


 だから、オレが何とかするしかねえんだ。


「だけど、お願いが、あるんだ……ベルゼ、あれを」


 口の端から血を流しながらも、イーラガッタは全身にオーラをみなぎらせている。少しでも動けば切りかかるという圧を前に、武器を失った獅子には分が悪い。


「心得た。ジギタリスと言ったな、これは良いものを見せてもらった礼だ。使うがいい」


 そう言って投げられたのはアスモを殺したあの短剣だった。イーラガッタは回収した短剣をベルゼに託していたのか。


「なんでお前がこれを……!」

「先ほど、聖獣が取引したいと言ってきてな。ユランたちの観戦をする契約に聖獣は含まれていない。だから自分も戦うのだから彼らとは別の取引がいるだろうと、難癖をつけてきたのだ。だがよい、今の吾輩は気分が良いのだ。この程度の遊びには付き合ってやるとも」

「これでオネスタを刺せってか……!」

「いいや、その短剣に魂は一つしか入らない。だから少し手を加えた。その短剣は刺した者に魂を注ぐよう、つまり効果が逆になるよう調節しておいた」

「……それって」


 こんな場合も想定してたことに驚くが、そこに言及する時間はない。すでにイーラガッタの近くには見たことのある扉が浮かび上がっている。ああそうだったな、あいつらは魔法で移動できるから鍵が必要ねえんだ。


 オレははじけ飛ぶように走って、乱暴にドアを開ける。

 そこにはさっき置いていった黒虎が眠ったように倒れたままになっていた。魂の抜けた体。オレよりずっと頑丈な悪魔の体。


 ぐっと短剣を握る。死体に鞭打つような行為だとは思うが、今はもうなりふり構っていられねえ。


 祈るように短剣を振り下ろし、黒虎の腹へと突き刺して――――


****


「いっだああああぁぁーーーーっ!!!!!」


 なになになになに、なにっ?!?!?!

 なんでこんなお腹が痛いの?! 目覚め最悪どころじゃないよ!

 ってなんか刺さってるんだけどっ! おれが悪魔だからよかったけど、普通の人なら死んでるよこれ! 早く治療しないと!


 あまりの痛さに飛び起きたおれは、空中でじたばたもがき苦しんでいる。

 魂さえ何とかなれば復活できるからユランたちがなんとかしてくれたんだろうけど、それにしても起こし方ひどすぎないかな!

 文句の一つでも言ってやろうと思って周囲を見渡したら、全然理解できない状況が広がっていた。


「何がどうしてこんなことになってんの?!」


 ユランとタラタネラは悪魔たちと戦ってるし、ジギタリスは呆然としてるし、イーラガッタは刺されてるっ?! しかもベルゼが味方っぽいのなに?!


 おれが死んでる間に、いろんなことがあったらしいことだけはわかった。それ以外はさっぱりだよ!

 どうして自分がこんな切羽詰まった戦況で起こされたのかわからなくて戸惑っていると、それは凛と振ってきた。


「アスモ!」ユランがおれを呼んだ。「お前の力が必要だ! 頼む!」

「わかった!」


 ユランに頼まれたらなりふり構っていられない。誰かに迷惑をかけるのが嫌いなユランが、おれに頼んだんだ。なんだかよくわからないけど、全力で応えるよ!


 ざっと見た感じ、ユランたちは悪魔の軍勢を抑えるのに手いっぱいで、イーラガッタはボスっぽいのを抑えてるんだね。だったらすべきことは簡単だ。この状況でフリーになるおれを呼んだってことだからさ。

 おれは痛みをこらえて魔力を集中して、魔法を組み立てる。完全後衛型悪魔の底力ってやつを見せてやろうじゃん!


「イーラガッタはまだ動ける?」

「ああ、問題ないとも。私にかまわず、状況の平定を優先してくれ」

「了解!」


 おれも聖獣も体の丈夫さは人と比べ物にならない。だからもうちょっと無理ができるはずだ。


「ふむ、総員アスモを迎撃しろ。あれに魔法を使わせてはならない」


 さっと腕を振るだけで騎士二人の前に土壁を出して妨害し、綺麗な獅子は部下たちの体勢を整えようとした。あんな即席で使えるなんて、やっぱ相当強いよあの人。

 本人も後ろに下がりたそうにしてたけど、イーラガッタが手に持ったオーラの剣を投げつけようとしてたからあきらめたみたい。

 あんなの部下たちに投げられたら、陣形なんてすぐ壊れるのがわかりきってる。素手で聖獣をけん制してるところを見るに、オーラと魔法のバランスがいいハイブリッド型だなあ。


「アスモはもう殺させないよ」


 だけどタラタネラが剣を一振りするだけで土壁は真っ二つになり、ただの土台へと変わる。それを踏み越えて突撃をかまし、陣形を狂わせていく。

 さらに反対側ではユランも切り込みを仕掛けていて、悪魔たちはその対処に追われておれに注意を割く余裕がないみたいだ。


「微々たる抵抗だな。これでは俺の気が済まんぞ」


 なんか悪役みたいなこと言ってる……怒ったユランは誰にも止められないからね。

 いくら聖獣の祝福をもらったからって、暴力が過ぎるよ。おれと出会った時もベルフェくらいなら圧倒してたとはいえ、あの数の悪魔相手に八面六臂の大活躍を見せるのなに。前にユランが大勢の悪魔と戦って負傷したのって、部下を守りながらだったからなんだね。タラタネラと組んだ状態なら、十全に活躍できるってわけか。


 でもそのおかげでおれは魔法に専念できるんだ。

 魔法を組み立て終わると、でっかい魔法陣を浮かばせる。みんなが時間を稼いでくれたおかげ。これでも魔法は得意なんだ、目覚めの一発、思いっきりやらせてもらうよ。


「ユラン、タラタネラ! 一気に行くよ!」

「早くしろ。待ちくたびれたぞ」

「ふふ、嬉しいけど、無理はしないでね」


 二人の声が聞こえる。それがこんなに嬉しい。

 そんな状況じゃないのに、おれは浮足立った気持ちのまま全力で魔法をぶっ放した。

 

「全力全開……いっくよー!」


 魔法陣から飛び出したのは、大きな大きな光の玉。この前もらった聖獣からの祝福も織り込んだ、対悪魔用のとっておき!

 太陽みたいな玉は小分けに分解して弾丸にすることもできるんだけど、今求められてるのは最大火力だと思うから、そのまま一気に叩き込む!


 悪魔たちは逃げようとしているけど、そんなことを許す二人じゃない。まるで牧羊犬に誘導される羊のように、進行方向に身投げさせられてる。

 って、あれベルフェじゃない? 噂をすればなんだけど、なんでこんなところに。


「クフフ……これは、死んだかもしれないな……♡」


 まあそうだね、祝福を組み込んであるから、悪魔に対しては絶大な効果を発揮するはずだ。普通に殺しても死なない悪魔の魂を強制的に天に召すための魔法だし。

 これが決まれば、軍勢を半壊させられる。そうすれば二人に余裕ができて、大将を挟み撃ちにできるってわけ。いくら祝福をもらった二人とはいえ、あの数をさばくのは大変だ。いや、普通の人はあんなにたくさんの悪魔を相手に立ちまわれないんだけどね。


「ふむ、これは仕方ないか」


 ボスっぽい獅子の人はそれに気づいているのに、優雅に一瞥しただけ。どうしようもないのはわかるけど、部下に対してドライな感じ。見た目すっごい綺麗だけど、ユランの方が好きだな。

 光の玉が悪魔たちにぶつかって破裂すると、まばゆい閃光が部屋を埋める。悪魔の動きを鈍くする効果もあるから、目くらましも兼ねて不意打ちできるようにしてあるんだ。おれは祝福のおかげで効果がないから、自由に逃げさせてもらうよ。

 

 そして、光が治まればたくさんの悪魔たちが床の上で倒れ込んでいた。これは物を壊すとか体を溶かすとか、そういう魔法じゃない。ただ魂を天に返す魔法だから、全員さっきまでのおれみたいな状態になっている。

 ……でも、思ったより効果が出てないな。本当は魂を完全に抜く予定だったのに、中途半端な結果に終わってる。この悪魔たち、よっぽどの精鋭なのかも。


「クフ、フフ……本当に、死ぬかと思った……」


 お、ベルフェも生きてた。すごいな、とっさに防御を展開したんだ。前も思ってたけど、ベルフェもおれと同じ完全後衛タイプだね。

 他の悪魔たちも完全に死んだわけじゃないし、さてどうしようか、追い打ちに魔法組み立てる? 今なら魂と肉体の拒絶反応が出てて動きも鈍いし、楽に勝てると思うよ。


「そういう遠慮のなさ……やっぱ悪魔だよな」


 ジギタリスが苦笑してるけど、おれからしたら自分もイーラガッタも刺されたんだから手加減できないってだけだよ。みんなを守るためなら、おれだって遠慮しないから。

 それにベルフェにはおれの研究の秘密がバレてるんだ。捕まえた時に記憶を厳重に封印したとはいえ、解除されないとも限らないしね。


「あ、お前の腹に刺したのはオレだぜ」

「なんでそんなことに?!」


 よくわからないから、終わったら色々教えてもらおう。とにかく今は、目の前の敵に集中。

 だけど、獅子の悪魔は残念そうに頭を振って、綺麗なお辞儀をしてみせた。見た目が整いすぎて人形みたい。こんな悪魔を作るのは、多分ベリアルかなあ。


「これは勝負ありだな。さすがに武器もなしにそなたらの相手をするのは無謀と言える。アスモが魔法を得意としていることは知っていたが、想定を上回ったか」


 降参ってことかな。でもだまし討ちを警戒しながら、イーラガッタの近くに寄っておこう。

 おれみたいな完全後衛型は前線のみんなが戦っている間に最大威力の一撃を決めるのが役割だと思ってる。組み立てに時間がかかるけど、撃てたらすごいよ。今みたいに戦況を変えることだってできるんだ。

 肉体強化がメインのオーラと違って、魔法はいろんなことができるからね。これがおれらの戦い方だ。二人が守ってくれるから、おれは戦えるわけ。


 おれが胸を張っている間に二人は獅子に近づいて、首に剣を当てる。なんかユランたちすごく怒ってるし、逃げられなさそうだよね。


「そうか、首を差し出す気になったか」

「悪いけど、今回ばかりは見逃せないよ」


 どこの誰かも知らないけど、ユランたちがここまで怒るってことは相当なことをしたんだろうな。事情を知らないおれは口を挟まず、静観することを決めた。


「アスモが復活したため、わたくしもできることが無くなった。これ以上の争いは双方損しか産まないだろう。よって、取引をしよう。わたくしたちを見逃す代わりに、借りを作ったことにしていい」

「そんなもの不要だ。大体、悪魔の口約束など信用できるわけがないだろう」

「わたくしの相貌に誓う。そなたらはベルゼに気に入られているではないか。だとしたら、今後もこのようなことがあるだろう。その時、わたくしの手助けがあれば保険にできると言える」

「うーん、確かにベルゼはまた何かやってきそうなんだよねえ。今回は漁夫の利狙いだとはいえ、次がないとは限らないし……」

「だからとて、信用できるか? 悪魔だぞ」

「まあ駄目でもともとじゃないかな。ここでベリアルから恨みを買って、ベルゼやクラリナさんを頼る必要に迫られるよりかはましかもしれないよ」

「お前、あれだけ殺す気だったくせに、どういう風の吹き回しだ」


 呆れたようにユランが言うと、タラタネラは少し恥ずかしそうにはにかんだ。


「さっきまでは本気で全員殺すつもりだったんだけど……私はさ、アスモが帰って来てくれればなんだっていいみたいなんだ」

「タラタネラ~!」


 今すぐとびかかってめちゃくちゃキスしたいけど、我慢我慢。

 ユランは鼻息を漏らして口をへの字に曲げる。不機嫌そうだけど、あれはしょうがない奴って顔だよ。


「そうか。ベリアルは魔王に与していないようだしな。俺らの身の振り方を考えるうえでも、借りを作るのは悪くないかもしれん」


 あくまでしぶしぶという体裁でユランが剣を納めれば、タラタネラも後に続く。なんだかんだ言いつつ、結局殺さないのが二人のいいところだと思うよ。

 獅子の悪魔はそれですごく綺麗な微笑を浮かべて、喜びを表現した。表情の作り方も完璧で魅力的だけど、二人にはあんまり効いてないみたい。おれもそうだけど、どれだけ美しくても、やっぱり好きな人が一番だからね。


「感謝する。このオネスタ、そなたらの好意を忘れない。やはり、魂が綺麗だと心も美しいだな。もしベリアル様の軍門に下りたくなったら、すぐにわたくしを呼んでほしい。あの粗暴なベルゼでは与えられない、完璧な楽園へと招待しよう」


 そう言いながらオネスタと名乗った獅子は丁寧にお辞儀して……ん?

 ……オネスタ?!?! ベリアルの近衛将軍じゃん! なんて悪魔と戦ってんの?! 綺麗な魂と綺麗な肉体で構成された愛玩部隊の長で、ベリアルハーレムのトップだよ! よく生きてたね! 強さもそこらの悪魔とは段違いなのに!

 こっわ、殺してたらベリアル怒ってたって! っていうか、今回の事件ってやっぱりベリアルが関わってたってこと?! この二人は絶対ベリアルの好みだから、魔界に来るまで隠しておきたかったのに……あー、これは考えることが増えたぞ。


 頭を抱えるおれをしり目に、ベルゼは不満そうに二人の名前が書かれたうちわを振っている。いやそれなに? おれの二人を推さないでくれる?


「なんだ、やらぬのか。ベリアルの将軍を殺せるなど、またとない機会だというのに」

「ふん、何度来ても返り討ちにできるというだけだ。それに、いつまでもお前の掌の上というのもつまらんだろう」

「ふむ、まあよい。久しぶりに血肉湧き踊る戦いが見れて、吾輩は満足だ。アスモも吾輩が思う以上に強いことがわかったしな。貴殿らが魔界に来るのが待ちきれん……いや、本当に待ちきれんので、誕生日に何か送りたいのだが教えてもらってもよいか?」

「帰れ」


 すごい、ベルゼ相手に全くひるまない。魔界に来たら喧嘩しないでね。本当に。父さんたちが大変だから。

 獅子の悪魔がベルフェとかを引き連れて撤退するのを見ながら、おれは短剣を抜いて治癒の魔法をかけておく。即効性があるわけじゃないけど、やらないよりずっとまし。イーラガッタも同じようにしてるから、こっちも大丈夫そうかな。


「オネスタ」


 魔法でレイピアを浮かばせたイーラガッタが、それをオネスタと呼ばれた獅子に返す。


「借りというのなら、これもそうだろう?」

「……そうとも言える。これはベリアル様から頂いた物、そなたの心遣いに感謝する」

「私が持っていてもしょうがないからね。あの二人が借りを作るというのなら、便乗しただけだよ」

 

 本当はベルフェをこっちにもらいたいんだけど、もらっても殺すしかないしなあ。記憶は封印してるし、あと魂を魔界に持ってくるとは言っても結局は仮説の域を出てないし、無理に被害を増やさなくてもいいか。

 おれがじっと見ていたのに気づいたようで、狼はこっちに不敵な笑みを返してくれた。その変わり身の早さはさすがだよ。お腹も切られて死にかけてるのに。


 やがてオネスタたちの姿が完全にホールの向こうに消えると、タラタネラが駆けよってきた。


「アスモ」


 そしてぎゅっと抱きしめてくれる。

 おれの服血まみれで汚いんだけど、そんなこと全然気にしてない。嬉しそうに、大きな体でおれを包み込む。


「よかった、無事で……」

「心配かけてごめん」

「いいんだよ、君は悪くないんだから」


 いつもはおれから抱きしめてるから、ちょっとむず痒い。けど嬉しいんだ。抱き返して顔をうずめると、おれもようやく一息つける。

 ユランも来てくれないかなって横目で見たけど、いつもの不機嫌面のままだった。でもおれの頭に手を置いてようやく口角が緩んだところを見ると、気を張っていたんだろうな。なんだかんだユランもおれのこと大好きだからね。


「さて、事件が終われば吾輩もお暇するとしよう。これでも忙しい身なのでね」

「あ、うん。なんだかわかんないけど、助けてくれたんだよね。ありがとう」

「助けたわけではなく、吾輩の欲に従ったまで。やはり猛者の戦いを直に見るのはたまらんからな。どうだ、貴殿らさえよければ我が闘技場にこんか? 吾輩の五牙衆も貴殿らと手合わせできればさらなる高みに行けるであろう」

「ええ……嫌かも……」


 五牙衆ってオネスタと同格の悪魔たちじゃん。なんで魔界の上位勢と競わせようとしてんの。おれは戦闘特化の悪魔じゃないんだけど。


「貴殿ら三人ならいい勝負ができるであろう。もちろん報酬は弾む。吾輩の宝物庫から奮発しようではないか」

「ええ?! 破格っ!」


 魔王が現役のころから生きてるベルゼの宝物庫だよ。想像もつかないお宝がたくさんあるに決まってる! 禁書とか研究したい!


「俺はごめんだ。戦いを見世物にするつもりはない」

「私はどちらでも。もっと強くなりからね。今度は絶対守るよ」


 腕に力を込めて言われると、思わずときめくよ。おれは別に君らに強さを求めてないから、そんなこと気にしなくていいんだけどさ。ベリアルにも目を付けられたおかげで、強さが大事になってきたんだ。

 それにこの調子だとアスタロも出張ってきそうだし……。あの人、タラタネラみたいなエッチな雄、大好きだからさ……。


「近いうちに招待状を送ろう。魔王様の復活以外にも楽しみができて、吾輩は嬉しいぞ!」

「聞けよ」


 ユランが冷淡につっこむけど、ベルゼは舞い上がって聞いてない。これ絶対また一波乱あるやつじゃん……。

 すでに議席持ちの内二人から狙われてるって、幸先は相当悪い。おれの楽しい魔界ライフが前途多難だよ。


「それに、そこの……ジギタリス。貴殿は力を求めておるようだな。興味がないと言ったのは撤回しよう。吾輩はそういう輩と契約するのを好む。貴殿は勇者の魂と魔王様の武術の融合体、いかにも鍛えがいのある素材ではないか」

「悪いが、オレが悪魔と契約するとイーラガッタが悲しむんでね。そういうのは受け付けてねえんだ」

「先の戦いを見たところ、そこの聖獣は過保護が行き過ぎておる。足を引っ張って共倒れになるくらいなら、吾輩のところで修行せんか?」

「なんかもう手あたり次第だなお前……あの二人だけじゃねえのかよ」

「ははははっ、見込みのある者を前にするとどうにもな。吾輩は機嫌がいい。本当に良いものが見れた」


 そこでなぜかおれを見るんだけど。あの魔法がそんなにお気に召したのかな。


「アスモ、ジギタリス、貴殿の成長を楽しみにしている。行き詰まりを感じたら、吾輩を頼るがいい」


 高笑いしながらマントを翻した時には、すでに猪の姿は消えていた。あれ、ここって転移妨害の結界が張ってある感じなんだけど。


「あのマントがそういう魔道具なんだろうね。私の即席結界では足止めにもならないようだ……私も勉強のやり直しが必要かもしれないね。ここしばらくはそんな余裕がなかったけど、いい機会かもしれない」


 対してイーラガッタは険しい顔をしているけど、やっぱりジギタリスに粉かけられたのが不快だったんだろうね。おれも気持ちはわかるよ。


「それで、お前らはいつまで抱き着いているつもりだ」


 ユランのジト目が刺さるけど、タラタネラの腕の中は本当に居心地がいいから動きたくないんだ。あと単純に血が足りてない。傷は塞いだけど、さすがにしんどいよ。


「二回も刺された上にあんな魔法まで使ったんだもんね。私が運ぶから、ゆっくりしなよ。ニトグリンも謝りたいって言ってるから、元気になったら顔を見せてあげてほしい」

「……ああ、全部ばれたんだ。でもニトグリンは悪くないんだよ。あれは短剣にかかった呪いのせいで……」

「待て」


 急にユランに止められたけど、なんだろう。


「そういえば、あいつが刺したというのは聞いていたが、怒涛の出来事にそれどころではなかった。詳しく説明しろ」

「あー……そうだね」


 そこでタラタネラが言いよどむ。どうやらユランはおれが刺された時の事を詳しく知らないらしい。だったらおれが隠そうとしたこととか諸々、絶対怒られるんだろうな。

 ここまで来たらさすがに隠すのは無理だとわかってる。だからリカオンはおれを抱え上げて歩き出し、柔らかく笑った。


「でもこんなところで話すのも触りがあるし、いったん戻ろうよ。ちょうどユランの家のドアが開いているみたいだしね」

「まだ俺のではないが……都合は良いか。確かに朝から忙しかったんだ、休憩が必要だ。せっかくの休日だというのに、さんざんだったな」

「え、もしかしてまだおれが刺された時から日付変わってないの……?」

「いや、深夜は跨いでもうすぐ早朝になる」

「そういう意味じゃなくってぇ……」


 すっごいスピード解決してる。日が昇る前に全部終わっちゃったよ。

 でもそれだけ心配させたってことだよね、申し訳ないけどちょっと嬉しい。


「タラタネラ、ユラン」


 ドアに向かう二人に小さく声をかける。きっとおれを蘇生するまで、大変だったはずなんだ。ベリアルが絡んでるくらいだしね。

 それでもやってくれた。やっぱりおれらはずっと一緒だ。


「ありがとう」

「「どういたしまして」」


 新しい家、気に入ってくれるといいけど。おれはタラタネラに運ばれて、扉をくぐった。


****


 それからおれはユランの新居にみんなを招いて、事のあらましを説明した。本当はいろいろ案内してあげたかったけど、さすがに今は飛び回る元気がない。

 ラウンジはみんなが集まれるよう広い部屋にしてもらったので、ソファも大きいものをいくつか準備してる。お腹がすいただろうからと、イーラガッタが本邸のシェフに頼んで軽食を届けさせてくれたので、テーブルの上は結構豪華だ。

 そこでタラタネラから膝枕とオーラでの治療を受けて、さらにおやつまで食べさせてもらうのはこの世の春だと思う。一回死んでみるものだね。二度とごめんだけど。


 普段なら甘やかすなとたしなめるユランも今日は優しい。だけど話が進むにつれて、どんどん不機嫌のしわが濃くなってきた。


「大体の話はわかった。アスモには悪いが、俺はあの阿呆と仲直りするつもりはない。それにあいつはすでに軍に引き渡してきた。これから会うことも減るだろう」

「まあそうなるよね……」


 ソファーの後ろに立ったまま、腕を組んでいるユランはふんっと鼻息を鳴らす。ユランはイーラガッタの軽食が届くまでの間に、一度家に戻っていろいろ指示を出してきた。ここなら扉を通ればすぐ帰れるからね。当主が悪魔と契約したんだ、ニトグリンたちが混乱してたことは想像に難くない。

 ユランからおれが蘇生したって話を聞いたニトグリンは、安堵のあまり気絶するように眠ったらしい。本当にずっと気を張り詰めてたんだね。


 なのにこの犬、今日というあまりに密度の高い一日を過ごしたというのに、疲れを全く顔に出さない。そのストイックさは尊敬するけど、ちょっと怖いよ。


「それにしても、魂がどうとか煩わしいことこの上ないな。隠せたりはしないのか?」

「できるよ。というか、悪魔は基本的に自分の魂を隠してるし」


 魂は最高の個人情報だ。変装したって魂が見えてさえいれば見抜かれてしまうし、ユランたちほど綺麗なら狙われる的になる。

 だから悪魔は基本的に自分の魂を見えないようにしている。オーラを使えばバレるんだけど、見ず知らずの悪魔に見せてもいいことないしね。


「だからみんなの魂は見えないように隠しておくよ。人の世界なら見えてても問題ないと思ったんだけど、最近そうもいかなくなってきたからさ」

「助かる。どいつもこいつも、人を魂で判断しやがって。どんな魂を持っていたとしても、人柄にはあまり関係ないだろうに。アスモがいい例だ」

「確かにね。悪魔なのにお人よしだし、大事なのは環境だと思うよ」


 嬉しいことを言ってくれるので、にやけてしまった。それに、おれも同意見だからさ。魂の色が性格を表すとかいう俗説なんて、学者として受け入れられないよ。

 傷ついた体が力を付けようとしているのか、結構お腹が減っているなあ。テーブルの上の果物を取ろうとしたら、タラタネラが先んじて取ってくれたのでそのまま口で受け取った。

 なんか、悪魔として駄目になりそうこれ……最高……。


「勘違いされたら困るから伝えるが、俺はニトグリンを嫌ってはいない。だからそこだけは心配するな。いくらあいつがお前を刺したとはいえ、呪いのせいだろ。それで嫌うほど狭量ではないぞ」

「ならいいか……じゃあこの家とあっちはつなげたままにしとくね」

「それは構わん。だがお前、隠ぺい指示はさすがにやりすぎだ」

「いやあ……あの時はおれもいっぱいいっぱいだったからさ。とにかく隠さなきゃって思ったんだ。おれがここで死んでるのを見つけられるのはイーラガッタくらいだし、短剣さえあれば蘇生ができるとは目星がついてたから。だからしれっと復活さえすれば、おれが死んだってバレずにすむかなーって……そしたらみんなを驚かせずに済むしさ」

「二度とやめてくれよ。私は本当にびっくりしたんだから」

「ごめん……」


 結果としてさらに混乱させちゃったわけだしね。ニトグリンにも心労を重ねさせたみたいだし、素直に反省するよ。

 話を聞いていた赤龍も苦笑してるし、ひっかきまわしたのは否定できない。


「そうだね、それにもし私がアスモの死体を見つけたとしても、ユランたちに言わずに蘇生させることはないよ」

「ああ、だからメッセージを残しておこうと思ってたよ。短剣に魂を取られるまで少し時間があったから。だけどちょっとトラブルがあってねえ……」

「それってアスモがこの家から出たことだよね」タラタネラが首をかしげて。「アスモはどうして刺されてからわざわざ外に出たんだい? あのまま家の中にいたら、短剣が取られることもなかったのに」

「んえっ?! えーっと、それに関しては……」


 明け透けに言ってもいいものかと逡巡したけど、ちらっと見たユランと目が合ってしまった。


「いいから言え」

「はーい……」


 あの時、一目散に走り去ったニトグリンの後ろから、ユランの家の人が来たんだよ。多分死体の確認と、あれば短剣の回収をしに来たんじゃないかな。おれの魂を得ることが目的なら、ちゃんとできたかの確認は必須だろうしね。

 で、おれは扉越しにその人たちの話を聞いてて、こっちに引きこもったことに気付いたのか、扉を壊そうとしてきたんだよ。もうちょっと遅く来てくれたら、消えてたんだけどねえ。


 だから本当に焦っちゃってさ。結界張ってあるから破られることはないんだけど、ユランたちに気付かれたら困るんだ。おれはもともとニトグリンに殺されたことを隠したかったし、死体をイーラガッタにだけ見つけてもらってこっそり復活する予定だったしね。

 しょうがないから魂が吸い取られる痛みを抑えながら自分から外に出て、その人たちに魔法でおれを見失ったと暗示をかけたんだ。


「……後は戻るだけだったんだけど、そこで魂が完全に吸い取られちゃっておれは死んだってわけだね」

「はあ」


 いかにも呆れましたと言わんばかりのユランからくるため息が耳に痛い。自業自得と言われた何も言い返せないよ。


「さすがにそこまでは言わん。だがお前、さすがに命を軽く考えすぎだ。いくら復活できるからとはいえ……悪魔らしいといえばそうだが……」

「でもおれが死んだってわかったら、二人とも心配するだろうしさ……」

「当然だろうが、この馬鹿。今度から死ぬときはおとなしく死ね」

「無茶苦茶言うなあ!」


 おれは悪魔だし、死んでも魂は魔界の父さんのところに行くよう契約されてるから、別に死自体にそこまで抵抗はないんだよね。痛いのは嫌だけどさ。

 ただ、人の世界ではそうじゃないから、できるだけ心配かけさせたくないなーって思ったんだ。それが余計ややこしくしちゃったみたいだけど。


「アスモの馬鹿」


 まさかタラタネラにまで言われるとは思わなかった。びっくりしたおれをむっとしたリカオンがのぞき込んでくる。


「心配くらいさせてくれよ。君に何かあったらって心配することがそんなに駄目かい?」

「だって、申し訳ないし……」

「いいんだよ。いたずらならともかく、本当に大変な時は頼ってほしいよ。ユランもアスモも、全然私を頼ってくれないんだからさ」

「ごめん……」

「俺は関係ないだろ」

「あるよ。住むところがないなら、一緒に住めばいいじゃないか。どうせ魔界に行っても一緒なんだから変わらないだろうに。これじゃあ……その、私ばかり、君らのことが好きみたいじゃないか……」

「そんなことない! おれも大好きだよ、タラタネラ~!」

「ふん……心に留めておく」


 すごく嬉しいことを言われたので、尻尾が踊った。それからぶっとい胴体に抱き着いて感極まった頬ずりをかます。お腹が痛むけど、そんなのどうだっていい。この感情を行動に移さないと、気が済まないんだ。

 恥ずかしいことを言ったと思っているのか、タラタネラは顔を赤らめて口元を引き締めている。そして、そんなおれらを向かいのソファにいるジギタリスが辟易とした顔で見つめていた。


「いちゃついてんなあ……」

「お前に言われたくはない」


 ぴしゃっと即座にユランのつっこみが飛ぶけど、その通りだよ。

 がっちりした熊の隣に座るイーラガッタとの隙間はない。まったくない。肩同士がぴったりくっついてる。それどころか指を絡めて手を握ってるし、どこからどう見ても恋人同士の座り方だよ。


 普段人前で甘い雰囲気を出さないジギタリスだけど、さすがに恋人が刺されたとあっては労わるのも当然だよね。


「ふふ」まんざらでもない雰囲気の聖獣が。「はしたないところを見せてすまないね。ここでは聖獣の威厳なんてものを気にしなくていいため、つい、ね」

「ちっ、ものが食いづらいったらねえぜ」

「それなら私が食べさせてあげようか。何を隠そう、こういう人の営みに憧れているんだ。前に片思いをしてから数百年、ずっとね」

「……断りづらいこと言うんじゃねえよ」


 確かに勇者にずっと片思いしていたイーラガッタからすると、ようやくの悲願なのか。魔王に汚染される不安もなく、自分を好きと言ってくれる人と添い遂げられるんだもんね。やりたいことくらい、たくさんあるに決まってる。


 イーラガッタがサンドイッチを熊の口元に持っていくと、観念したのか、しぶしぶ口が開いていく。おれらの方を見ながら恥ずかしそうに小さく頬張るのは、ちょっとかわいかった。


「いちゃついてるねえ」


 タラタネラが楽しそうに仕返しをすると、むすっと睨まれた。だけどイーラガッタは嬉しそうだから、何も言うことができないみたいだ。うーん、本当はもっといちゃつきたいのに、聖獣という肩書が邪魔をしてるのかも。

 ここではそんなの気にしなくていいから、5Pしようね。


「俺を巻き込むな」


 最大の障壁は健在だけど、外堀は埋めているんだ。ここにはおれら全員がまぐわえる、でっかいベッドがあるんだからね。うまくいけば、ニトグリンも呼べるよ。


「やめろ。あいつには当主として跡継ぎを産んでもらうかもしれんのだぞ。お前に付き合わせると女性相手にできなくなるだろうが」

「……そういえば、ニトグリンが嫡男でいいのかい? カラレスは失脚するだろうし、必然的に当主の座が君のものになると思うのだけど」


 確かに、嫡男を決めたのはカラレスだけど、その当主がいなくなれば長男であるユランにお鉢が回ってくるのは必然だ。これからは伯爵の地位がユランのものになるのか。


「俺はそんなものいらん。だが、今は俺しかできないのも事実だ。あの阿呆が本物の悪魔憑きとなってしまったことで、家の評判を回復できるのは俺しかいないからな」

「まあそうだよね。ニトグリンはまだ教育途中だし、家を背負うには足りてないものが多い。私も手伝うけど、それでも大変だろうしねえ」

「だから俺がやる。さすがに先祖から続く家を潰すのは忍びない。俺とて、貴族としての恩恵を受けて生きているのだとわかっている。それに領民たちからすればいい迷惑だろうし、庇護も俺の責務だ。せっかくアスモから家をもらったのに、悪いがあまり使えそうにない」

「気にしないで。だったらおれらの集会場にすればいいからさ。ここならいろんなものを気にせず会えて話もできるから、ちょうどいいよ」

「確かにな」頷いたのはジギタリスだ。「イーラガッタの屋敷は居心地いいんだが、メイドとかに傅かれるのが全然慣れねえんだよ。後ずっと見られてるのがどうしても気になっちまってな……ここなら好きに振舞えるし楽だな」


 今この二人は郊外の一等地に建てた新居で暮らしてる。おれの研究所もそこにあって足繫く通っているから、生活水準はよくわかっている。傭兵だったジギタリスにとって、付き人のいる生活っていうのに違和感があるんだろう。


「それに、もっと鍛えてえしな。今回みたいな事がまた起きたら、オレは自分を許せねえ。ここならユランたちとも会いやすくなるだろ」

「そうだな。俺も今回のことで力不足を痛感した。今の自分に胡坐をかかず、精進せねばな」

「いや、お前らもう人類の極致みてえなもんだろ……二人で悪魔の軍勢を足止めできる時点で、もう規格外だっての」

「でもあれは聖獣の祝福のおかげって側面も強いんだ。私もまだまだ頑張らないといけないから、一緒に頑張ろうね」


 イーラガッタは過保護だから、ジギタリスには危険なんて何もない生活をしてほしいと願っている。

 だけど、本人はこんなにやる気で、いつだって強くなろうとしてる。手を握られながら言われたら、さすがの聖獣でも断れないみたいだ。


「ジギタリス……わかった、君がそこまで言うのなら私は何も言わないよ。守られる側というのも一度は味わってみたいと思っていたんだ」

「いつになるのかわからねえけどな……」


 聖獣を守れるだけの力って、それはもう魔王に立ち向かえるレベルじゃないかな。今のイーラガッタでさえタイマンならユランたちより強いと思うよ。頑張れ、ジギタリス。

 

 ジギタリスの高い目標を確認したところで、リカオンがふと疑問を漏らした。


「それじゃあニトグリンはどうするつもりだい? あの子は伯爵家を継ぐためにわざわざ来てくれたのに」

「あいつの人生だ、あいつが決めろ。ここで勉強して伯爵になりたいというのなら、俺はおとなしく譲る。騎士団長になりたいというのなら、それもいいだろう。実家に帰りたいというのならそれでもいい。好きにすればいいさ」


 言い方はぶっきらぼうなんだけど、本当に優しいよねえ。何を選んでも、面倒見るつもりのくせに。


「当たり前のことを言うな。俺はあいつの兄だぞ」

「ふふ、ユランも丸くなったよねえ」

「何が言いたい」

「昔なんて、私が貴族と結婚して爵位が欲しいってやさぐれてた時、そこまで積極的に家族を欲しがるなんて理解に苦しむとか言ってたじゃないか」

「……そんなこともあったな」

「それが今じゃ立派なお兄ちゃんだ。いったい何が君の考えを変えたんだろうね」

「黙れ。誘導尋問は受け付けない」

「それ、答えを言ってるようなものだよ」

 

 二人は楽しそうに会話を弾ませてるけど、おれの知らないユランの一面は今だと想像できないな。平民から脱しようともがいていたタラタネラみたいに、ユランにもそういう時期があったのかもしれない。

 まあどうでもいいけどね。今のユランの方が大事だし。


 今のユランは国最高の騎士であり聖獣から祝福をもらった勇者の再来。国で一番人気のある騎士だもんね。市井ではユランの物語が作られて、劇もあるくらいだ。一緒に見たいんだけど、本人が断固として拒否してる。


「当たり前だろうが。何が悲しくて脚色された自分を見に行かねばならん」

「面白そうだけどな」ジギタリスがにやにやと。「確かタラタネラがライバル役で、ユランにひがんで何度もぶつかる役だろ。そして二人は友情を育んで、最後には共に手を取り合って魔王を倒すんだ」

「ふふ、私はそんな熱血な性格じゃないんだけどね。ユランとはぶつかるより前に仲良くなったんだよ」

「意外と境遇が似ているせいかもしれないね。ジギタリスも興味を持っているみたいだから、今度みんなで一緒に見に行こうか。私は聖獣の話を作りたいと打診されたこともあって、いくつかの劇場に伝手があるからいい席が取れるんだよ」

「学のねえオレが見ても楽しめるんならいいぜ。どんなもんかユランに教えてやるよ」

「殺されたくなければ黙っていることだな」

「気になるなら一緒に行けばいいんだよ。楽しみだね、アスモ」


 にぎやかな会話。おれが魔界でずっとほしかった温かい空気に包まれて、思わず顔がにやけてしまう。くすぐったくなって、尻尾がくねって。思わず喉が鳴ってしまう。

 おれが自分の死を隠してでも守りたかったもの。ユランとタラタネラだけじゃなく、イーラガッタもジギタリスも大好き、だから……。


「5Pしよう!」

「なんだ急に。寝言は寝て言え」

「そろそろ5Pがしたいんだよー! おれはみんなが好きだからさ! 全員で裸の付き合いがしたい!」

「錯乱状態だな。殴って黙らせるか……」

「まあまあ、アスモ、それはまた今度で良いんじゃないかな」

「お前が止めるとは珍しい。ひょっとして……アスモの具合は俺の想像より悪いのか?」

「なんでそうなるんだよ! そんな真剣な顔をしないでくれ! 私はただ……ほら、あの二人」


 と言って熊と龍を刺したけど、あの二人がなんだろう。

 ユランもわかってないみたいで、無言を貫いたままだけど……。


「あんなことがあったんだから、今夜は二人っきりにさせてあげたほうがいいってことだよ。私らには言えないこともあるだろうからね」

「別にんなもんねえよ」

「気を使ってくれて感謝するよ。それなら、お言葉に甘えようかな」

「好きにしろ」


 なるほどね、確かに初めて見るくらいいちゃついてる二人だし、今夜は恋人同士で盛り上がりたいってことか。


「明け透けに言うんじゃねえよ!」


 熊が吠えるけど、恥ずかしがる必要なんてないと思うのにね。ジギタリスって4Pとかは普通にしてくれるのに、恋人の話とかになると途端に照れるんだよ。なんでだろうか。


「前からそうだったでしょ。ジギタリスは恋をすると奥手になるみたいなんだよ」

「そうだな。本人は覚えていないだろうが、イーラガッタを好きだと自覚してからも、自分の気持ちがどうとかうだうだと悩んでいただろ」

「あーあったねえ。でももう恋人同士なんだから、気にする必要ないのに」

「その話は初めて聞いたよ。よかったら詳しく教えてくれないかな?」

「いいって! ほらいくぞ! お前もそろそろ休まねえとだろ!」


 形勢が不利だってことを悟ったのか、熊は竜の手を引いたまま立ち上がる。全く覚えてないけど、ろくでもないことになるって想像はついてるんだろうね。


「ふふ、それじゃあお先に失礼しようかな。部屋を使わせてもらっても?」

「好きにしろ。そもそも俺の家というよりかは集会場らしいからな、確認などいらん」


 赤い龍は幸せオーラを漂わせながらゆっくりと熊に付いていく。ジギタリスは初めて来たと思うんだけど、どの部屋を使えばいいのかわかってるのかな。まあイーラガッタが教えてくれるか。

 この屋敷の部屋は全室防音お風呂付き。どれだけ盛っても大丈夫なようにはしてあるからね。これでタラタネラも安心ってわけ。


「お前、人の家を性行為のための場所だと思ってるんじゃないだろうな」

「ないよりはましだよ。毎回アスモに防音の結界を頼むのも申し訳ないしね」

「後、みんなで入れる大浴場に、全員でやるための特大ベッドの部屋、青姦用の庭とかも用意したから!」

「ここに住みたいという気持ちがみじんも湧かなくなってきたな……」

「なんでっ?!」


 おれがみんなのためを思って用意したのに。でも他にも良い機能が沢山あるから、ユランには気に入ってほしいな。

 二人がいなくなったせいか、会話が一瞬途切れておれらは無音を共有する。ただまったりする時間も嫌いじゃないけど、枕にしていたリカオンの太ももがもじもじと揺れて、何かを伝えようとしていた。


「それで……私たちは、どうする?」


 何を、なんて聞かなくてもわかった。だって頭に硬くなってきたものが当たってるしね。


「もう日の出の時間だぞ。さすがに寝ないと仕事に触りが出るだろうが」

「ユランも家のことを処理しないといけないから、激務になるよね。それはわかってるけど……」

「それにアスモの怪我もある。やりたいなら俺が付き合うから、アスモは寝かせてやれ」

「ええー! おれも参加したいよ! この程度の怪我なら、もう治ってきてるからさ!」

「嘘を言うな。ほら、そろそろ寝るぞ。ベッドは一緒でも許す。アスモ、テーブルの上の食事に保存の魔法をかけてくれ。明日これを朝食にして仕事に行く」


 やばい、このままだと本当にただ寝るだけになるよ。そしてこんなことがあったのに、ユランが当たり前のように仕事に行ってしまう。ちょっとは休みなよ、このワーカーホリック。

 タラタネラも期待してるし、おれだってやりたい。だから何とかユランを誘うんだ。


「お願いユラン! 今日は一緒にやろ。あんまり動かないようにするから」

「動かずにどうやってやるんだ。馬鹿言ってないで、とっとと寝ろ」

「できるって。ほら、このままじゃタラタネラが発情期に入って部下を誘惑しまくっちゃうよ」

「そんなことしないよ!」

「……ふむ」

「待って、それで悩まれると悲しいから!」


 タラタネラは最近おれらとやりまくっているせいかストレスを溜めていないので、肩ひじ張らなくなって表情が柔らかくなってきたらしい。今までは平民だって舐められないように必死だったんだろうね。

 おかげでみんなタラタネラの良さに気付き始めてるんだよな……。そんなタラタネラがムラついたまま仕事に出たら、ひどいことになるよ。


「ならないって! 仕事中ぐらい平常心を装えるから! これでも近衛隊長として、表情を作るのは得意なんだ!」

「……はあ、やりたいのかやりたくないのか、どっちなんだ」

「え、まあ、そう言われると……やりたい、けど……できればアスモも一緒に」

「ならそうするか」

「「え?!」」


 あのユランが、こんなあっさり折れた……。いつもは誘っても勝率二割ないのに。おれらは驚きのあまり、お互いで見つめ合ってしまった。


「なんだ」

「いや、君にしては積極的だからさ……」

「ふん、俺にだって人を抱きしめたい時くらいある。友人だと思っていた奴が死んだ時とかな。それに……」


 座っているタラタネラを後ろから抱きしめて、ユランは憮然とつぶやいた。


「人はこうされると嬉しいのだろ?」


 その誘い文句は完璧だったので、思わずおれも勃起した。


****


 できればおれの負担が少ないものを。

 ということで、ベッドに横たわったおれの股間に金の犬とリカオンが顔を近づけている。まさかのダブルフェラという贅沢に、おれの愚息はすでに汁を垂らしていた。


「ふふ、死にかけたのに元気だね♡」

「まったく、現金な奴だ」


 タラタネラは鼻面でちゅっちゅっと先端から金玉までついばんで、蕩けるように笑う。唇で皮をはんで引っ張り、おれを見上げる様は淫魔同然。やっぱこれで清純キャラは無理だって!

 やりまくってるせいで、雄をたぶらかすのがうまくなりすぎている。ちょっと顔を上げれば巨乳がぶるんと揺れるし、淫魔より淫魔だよ君。


 ユランは本人の性格と経験不足のせいでぎこちなさがいまだ抜けない。ちんぽに顔を寄せたまま固まって、ずっとおれを睨んでいる。だけど殺気なんてない、わずかな期待が見える顔はおれを興奮させるには十分だ。


「ユランは舐めないのかい♡」

「……お前と同衾するたびに淫らになっている気がして、俺は心配している」

「え、そんなに、かな……? ユランよりかは経験あるし、ちょっと慣れてきたからってだけだと思うんだけど……」


 絶対違うと思う。けど、おれらはお互いが初めての相手だから、違うという断言することはできない。それにタラタネラがエッチなことはいいことだからね。


 おれらは全員裸で、騎士二人の屈強な体がランプの薄明りに照らされている。

 どちらも筋肉を盛りに盛った形をしていて、こうして俯瞰すると分厚さが他の雄と段違いだ。特にタラタネラはおっぱいも大きいので、膨張の魔法でも使ったのかなって思うほどにはでかい。


「そういえば、ユランがこうして奉仕するのってあんまりないね。いつもは私たちが攻めてるから」

「動き方がわからんからな。それにお前らがしたいというから、好きにさせている」


 基本的にユランはセックスが下手なので、いつもでくの坊みたいにされるがままだ。脱童貞の時もタラタネラの騎乗位だったしね。

 だからこうしてフェラしてくれるのは思えば初めてかも。恥ずかしがって殺意を振りまくから、食いちぎられそうで怖いんだよ。


「それなら舐めてみなよ♡アスモの精液、美味しいよ♡」

「本当に大丈夫か、お前……」

「え、なんでだい?」


 きょとんと返すけど、相当爛れてるよ。おれはユランに舐めてほしいから黙ってるけどさ。

 リカオンがおれのちんぽを押さえてどうぞと向ければ、困惑と憤怒が混ざった微妙な顔で返される。殺気が引っ込めば本当に愛らしいイケメンなんだよなあ。

 バキバキに仕上がった体と、可愛さとかっこよさを兼ね備えた顔と、全部を台無しにする険しい表情。それがユランという男だ。


 そんなユランが恐る恐る先端にマズルを近づけて、鈴口に浮かんだ水滴をそっと吸い込んだ。


「……うまいか? これが?」


 上目づかいでおれを見るユランがすっごいエッチ。エッチすぎて汁が止まらない。

 本当か確かめるために亀頭をぺろぺろして、あふれる先走りを何度も味わっていく。垂れた耳が邪魔なのか、手でかき分ける仕草に色気が満ちている。普段奉仕することのないユランのぎこちないふるまいは、ときめきと性欲を存分に刺激してくれた。


「口全体で頬張ってみたら? そっちの方がアスモも喜ぶよ」

「……ここまで来て拒むのも無粋か。仕方ない、付き合ってやる」


 何か言いたげにタラタネラを見たけど、あきらめたようにおれの肉槍へと視線を戻した。この淫乱さはもう無理だよ。おれもそう思うもん。

 それから牙の並んだ口をがぱっと開けて、そそり立つ肉にかぶりつく。タラタネラなら先端からぬるっと飲み込んでくれるから気付かなかったけど、大口開けられると普通に怖い。噛み千切られそうじゃん。


「……んぐ」


 とはいえ、おれの不安は杞憂だったようで、整った金のマズルは歯を立てることなくちんぽを咥えこんだ。

 何をしていいのかわからないのか、ユランは中途半端にしゃぶって止まる。おれとタラタネラをちらちら見ながら、どうしたものかと考え込んでいるようだった。


「顔を前後に動かして、舌とかでこするといいよ。カリの段差とか、先端の割れ目とか舐めるとアスモは喜ぶよ。吸い込みながらだともっと気持ちいいかな」

「……ふう」


 そこはどスケベタラタネラ、不慣れなユランを持ち前の優しさで導いてくれる。だけど自分もムラムラしてきたのか、ベッドを上がっておれと鼻面を合わせてきた。

 腰の位置もおれと近くなるから、リカオンはすでに汁まみれのちんぽをユランに向けて突き出して、一緒にいじってほしいとおねだりし始める。タラタネラの一物は太すぎる脚に負けないくらいの巨根で、普通の人が見たら凶器かと思うほどでかい。

 そんなちんぽの亀頭が金犬の端正な顔を突くんだ、エッチすぎて駄目でしょ。


「お前……」ユランがいったん口を離してからジト目で見上げて。「はしたないにもほどがあるだろうが。普段アスモとどんなことをしてるんだ」

「別に普通のエッチだと思うけど……ユランはいつも付き合ってくれないからさ、この機会に私もユランにしてほしいんだ♡私だってユランの事が好きなんだからね♡」

 

 リカオンは心底嬉しそうに笑うけど、赤らんだ顔のせいで蕩けたように見えてしまう。

 ベッドに入るまでは清純気取りの初々しさがあるくせに、いざ本番になれば誰よりも積極的だ。おれのせいな気がしなくもない。だってやるときはいっつもお互い遠慮しないしね。


 今だっておれとタラタネラは上半身で抱き合って、豊満な胸同士をくっつけながら鼻面を舐め合っている。おれらはキスが大好きなので、ディープをするのに時間はかからない。


「んふぅ……♡んちゅ、んっんっ……♡」


 涎をこぼすのなんてお構いなしの汚い口づけを、ユランはどんな顔で見ているのだろうか。ただ、敏感な肉にため息がかけられたと思ったらまたしゃぶられたので、なんかもういろいろ諦めたんだろうな。

 加えてくちゅくちゅと音が聞こえてくるので、タラタネラのちんぽも扱いてるのがわかる。この国最高の騎士がフェラしながら手コキしてくれてる。こんなのすぐいっちゃいそうだよ。


「ふぅ……ふぅ……♡」


 ユランの舌使いはぎこちなさが抜けない、初心者の口だ。牙を立てないようにするので精いっぱいって感じがある。

 キスの合間に視線を下げると、おれの陰毛に視線を固定しながら頑張って顔を動かしている金犬が映る。そしてタラタネラは腰をへこへこさせて堪能してる。

 おかげで飛び散った先走りがユランの顔に当たって、綺麗な毛皮に糸を引く粘液がかかっていた。こんなの視覚情報のエロさに金玉がいっそう元気になるって。


「アスモ♡そろそろさ、ここもね……♡」


 すっかり出来上がっているタラタネラがおれのおっぱいを下から持ち上げた。もともと一人遊び過激派のおれは乳首も大きいし敏感だ。リカオンのごつい指でくすぐられるだけで、ぞくぞくと気持ちよさが這いあがってくる。


「んひゃぁ♡♡タラタネラの指、気持ちいい♡♡どんどんうまくなるね♡」

「ふふ♡感じてるアスモの顔、かわいいから好きだよ♡♡」


 舌を垂らしてうっとりと言われるから、おれもお返しに舌を出して鼻面をくっつける。デカ乳首をつままれながら口の外で舌をこすりつけ合うと、すごく幸せな気分になる。

 こっちも同じように絶賛成長中の乳首を引っ張ってあげると、熱した鼻息が顔にかかった。タラタネラは喘ぎ声をあげて、嬉しそうに耳をぴんと立たせる。


「んおっ♡♡おぉおぉ~♡♡♡」


 そのまま指の腹でこりこりとひねれば、さらに声が濁っていく。普段物腰柔らかなタラタネラだけど、やってる最中は誰よりもスケベだし汚いんだ。

 肉の芽はちょっと爪を立てたぐらいじゃ痛みなんて与えない。乳輪をカリカリひっかくと尻尾の先までじーんと快楽が走っていくみたいだ。


「アスモ、おぉん♡もっと、そこぉ……んお゛おぉ♡♡♡」


 おれと一緒にいじりまくった乳首はもう敏感で、魔法でケアしてなかったら黒く変色しててもおかしくない。雄とは思えないほどの巨乳に桃色の敏感デカ乳首を付けたリカオンは、突起への愛撫で気持ちよさそうに全身を震わせた。


「ふっほおおぉ♡♡それすごい♡アスモの手、好きっ♡けどぉ……」

「もっと強くでしょ♡それくらいわかるよ♡でももうちょっと溜めないとさ♡ユランにしこられてるんだから、すぐいっちゃうでしょ♡♡」

「いきたいんだよ♡アスモとキスして、ユランにしごいてもらって♡今、すごく幸せだからさ♡」

「だってさユラン♡タラタネラが顔射したいって言ってるけどぉ?♡」

「殺す」


 単純明快な否定を投げるユランだけど、ちんぽから離した口から唾液がぼたぼた。タラタネラが調子に乗って腰を激しく動かしているせいで、顔側面の毛皮がどろどろですごいことになっていた。

 不機嫌が加速してるけれども、それと同時に興奮も蓄積されている。実際金の毛皮は発色を良くしていて、下地の赤らみが強まっていることを示す。手は律儀に動かしたままで、リカオンちんぽは今にも射精しそうなほどいきり立っていた。


「だったらユランもこっちに来てちゅーしながらおっぱいいじる?♡」

「誰がするか」


 取り付く島もなかった。ユランはベッドの中でだって感情の半分以上は殺意で構成されている。噛みちぎられないだけましだと思うけど、おれはユランともいちゃつきたい!

 だけどすぐにフェラへと戻って、ぎこちない動きでしゃぶりだす。全然楽しそうじゃないから、無理矢理させてる気分になるな。でも本人が進んでやってるから、嫌ってことはないんだろうけどさ。


「ユランぅ♡」にへらとタラタネラが。「片手が開いてるなら、玉を揉んでみるといいよ♡アスモの袋ってふかふかで触り心地がいいんだ♡」

「タラタネラも同じじゃん♡しかも玉もでっかいし、ザーメンもいっぱい♡ユランには揉み比べしてみてほしいな♡♡」

「はあ……お前らとずっと一緒だと決めたはいいが、間違いだった気がしてくるな」


 とか何とか言うくせに、ちゃんとおれらの金玉を握って掌で転がしてくれる。ユランの剣マメができた硬い皮膚は、男の急所を握るには無骨すぎる。だけど手つきは不器用ながらも慎重で、普段のユランからは考えられないほど丁寧だった。


「……まあ、悪くはないな」

「んへへ♡本当に?♡ユランならいつでも揉んでいいよ♡」

「別に好き好んで揉みたいわけではない。タラタネラも……でかいな。お前、卑猥だと思っていたが、単純に性欲が大きすぎるのか……?」

「んぅ、そうかも?♡アスモたちとしてるとさ、何回でもできちゃうんだよねえ♡契約する前はそんなことなかったのに♡」


 単純にストレス負荷が減ったことが所以かもね。貴族の仲間入りを諦めておれと悪魔になるって決めたから、周囲のやっかみなんて気にならなくなったのかも。


「ふふ、そうかもしれないね♡前まではこんなことするくらいなら、もっと修行とか政治とか……とにかく考えることが多かったから♡」

「昔のこいつはスウェンガル様を利用して爵位を得ようとかしていたからな。今の方がずっと健康的だ」


 タラタネラの金玉は雄としての力に満ち溢れた大きさだ。四肢の発達も目覚ましいので、狭い股間でいつも窮屈そうにしている。

 だけど今はユランの手の中で伸びきっていて、玉の大きさがはっきりと浮かび上がっていた。おれだって体もでかいし股間もでかいと自負しているけど、二人がでかすぎるんだよねえ。人として生まれて股間も体も全部が大きいの、もはや才能だよ。


「……父さんに体作り直してもらう時が来たら、股間を大きくしてって頼んだんだよ。だからもったいなかったかも」

「冗談でも言うな」


 むっとしたユランが抱き寄せてきたリカオンの顔で隠れてしまった。タラタネラの顔も同じようなもので、たしなめようと額を合わせてきた。


「本当にね、二度とあんな目に遭いたくないよ」

「……失言でした」

「わかればいいんだ。それに、私はアスモのちんぽ好きだよ♡いいところに当たって、気持ちよくしてくれるしね♡♡大きさじゃないんだよ♡」


 巨躯巨根巨乳のリカオンに慰められたけど、悪い気はしない。お礼の気持ちを込めたキスをして、おっぱいを堪能する。

 ユランからも慰めがもらえるかもと期待して視線を下げたのに、しゃべるものかとフェラでごまかされてしまった。悪魔の長い尻尾で頭を撫でておねだりしても、全部無視してしゃぶり続けている。


「ん、ふぅ……んっ♡」


 奥まで飲み込んで、吸い付きながら舌でこすってくれると、どんどん気持ちよさが高まってくる。運動が得意だから、飲み込みも早いんだろう。圧倒的な身体能力のおかげで息苦しさも感じてなさそうだし、着実に上達していた。


「気持ちいいよ、ユラン♡あっ、いい……♡すっごぉ♡」

「いいな♡私もユランにしゃぶってもらいたいよ♡」

「冗談。顎が外れる。アスモでギリギリなんだぞ。なんだこのでかすぎるモノは」

「君とそんなに変わらないじゃないか! 童貞もらうときだって、広げるの大変だったんだからね!」

「その割には嬉しそうに腰を振っていた気がするが」

「だって……でかくて奥までいっぱいで、すごく、良かったし……♡」


 汚喘ぎしながらベッドを壊す勢いでセックスしてたもんね。言い訳のしようがないよ。


「あれは、後ろからアスモが乳首いじってくるから……♡」

「んー? それってこんな感じ?♡」


 乳袋を揉んでいた手を動かして、今度は乳首攻めへと戻す。じらして性感を高めたおかげで、さっきと同じ強さで引き伸ばしても、出てきた嬌声はより大きくなっていた。


「んお゛っっっ♡♡♡♡これ、きくうぅ♡♡」

「おれもそろそろいきそうだし、一緒に出しちゃお♡ユランはどうする?♡」

「……好きにしろ」


 そっけなく言い切ってフェラを続行してる。顔射されてもいいってことだ。

 おれの陰毛がどろどろになってもずっとしゃぶったままだし、なんだかんだ気に入ってくれて嬉しい。この調子でもっとエッチなこと沢山しようね♡


 タラタネラも絶頂の気配を感じ取って、おれの乳首を挟む指が圧を増した。肥大化した肉芽をすりつぶすような指使いは、スケベに開発したおれを飛ばすには十分すぎる。


「んあううぅぅう~♡♡♡タラタネラ、指、すごっ♡おれのおっぱい、つぶれるぅ♡♡」

「アスモだって♡私のおっぱい、を゛ぉ♡ひっぱりすぎ、だよ♡また大きくなったら、シャツも着れなくなってしまうじゃないかっ♡♡」


 今だって乳首浮かせてるくせに、いまさらだよ。オーラでこすれから保護はできても、大きさまでは変えられないからね。騎士服の生地が分厚いから体裁を保ってるだけで、一枚脱げばスケベなおっぱいが顔を出すんだ。


 もとから体裁なんて気にしてなかったけど、射精前はより顕著だ。

 涎まみれの口を繋げては放し、オホ顔を見せ合って、嬌声をぶっかけ合っている。勇者の再来とまで言われた精悍な相貌にはスケベしか浮かんでいなくて、おっぱいを押し付けながら鼻の穴を膨らませていた。


「ん、アスモ、好きだよ♡ユランも、二人とも好きだ♡おおぉおぉん♡♡ぎもぢぃ……♡指っ、指がすごい♡つぶれ、お゛ほ~~~~♡♡♡」


 嬉しくなったからつい力んでしまった。だけどタラタネラは気持ちよさそうに叫ぶだけ。どれだけ強くしたって無意識にオーラで保護しちゃうから、限界というものがないんだ。ずっと気持ちよくなれる塩梅に調節されてしまう。


「おれも好きだよ♡二人とも、大好き♡んあっ♡悪魔になるって決めてくれて、おれを、おぉ、選んでくれて、すごく感謝してる♡♡」


 出会った当初はおれみたいな悪魔と恋人みたいなセックスなんて幻想だと思っていたけど、今はそれが当然のように行える。お互いを大好きだと言い合って、幸せな気持ちでまぐわって。肌を重ね合わせることができる。


 ユランは黙ってしゃぶったままだけど、きっと同じように思ってくれてるはずだ。

 おれはそれがすごく嬉しい。


「ねえ、ユラン……♡あぅっ♡おれも、ぶっかけたいな♡♡タラタネラと一緒に、白くしてあげるよ♡♡」

「ちゅうぅ……♡」


 仏頂面で目線だけあげたユランはちょっと考え込んで、ちゅぽんと唾液をこぼしながらおれのちんぽを解放した。


「……好きにしろ。どうせ一人も二人も変わらん」

「ありがとうユラン♡♡」

「それならたくさん出さないとね♡♡」

「なんでだよ、この淫乱どもが」


 両手でしこりながらジト目でにらまれるけど、しょうがないでしょ。

 ユランの顔にぶっかけられるなんて、またとない機会だ。おれもタラタネラもやる気十分で、乳首いじりの手が加速する。喘ぎながらもにんまり笑って、互いに絶頂が近いことを知らせ合った。


「あひゃあぁ♡♡♡おれ、そろそろ出そう……♡♡」

「私もだよっ♡お゛おぉ♡お゛っん♡♡」

「とっとと出せ」


 毎日五回も射精していた二人からしたら一発なんて誤差だし、付き合ってきたおれ含め、相手のタイミングも大体把握できている。

 だから、ちんぽに意識が集中する瞬間に、肉厚なリカオンが思いっきり抱き着いてくるのも可能だ。もちろん、射精する時にはキスしながらね。

 

「んっんっ♡」

「おほぉ♡」


 口を吸うと目の前には艶やかな表情を浮かべるタラタネラが映るから、できるだけ唾液を流し込む。始まったばかりなのに何度キスするんだって話だけど、大好きだからしょうがない。おれとタラタネラがやるときは、大体こんな感じだ。


「いくっ♡んへ♡いっちゃうよユランっ♡♡♡」

「出すよ♡出す出す出すっ♡んごおお~♡♡」


 ちんぽに全部が集中していき、それがはじけようとする快楽。何度味わってもたまらないそれが、おれらのちんぽから出ていこうとしていた。

 おれらは激しい衝動に身を任せて、遠慮なく下半身から熱をぶちまける。


「「おおぉおぉぉ~~~~♡♡♡♡」」


 尿道を通る感覚からものすごく出しているのが自分でもわかる。横からタラタネラのザーメンがびしゃびしゃと噴きかかってきて、向こうも気持ちよく射精してるんだろう。

 表情にもよく現れていて、リカオンはアヘ顔を決めて舌先から唾液をまき散らしていた。腹が何度もぶつかっているから、腰がすごく揺れてるはずだ。


「気持ちいいぃ……♡いっぱい出るよぉ♡♡ん、好き♡」

「私もだよ♡んっんっ♡おおぉぉん♡」


 ずーっとキスしてる。射精中でも構わず、乳首をぎゅっといじりながら口を舐めまわして、ふわふわとした感情を共有しようとしていた。

 逞しい肌同士をくっつけるほどの力で抱きしめると、毛皮に手形がついた気がする。タラタネラの手もでかいから、きっとわかりやすいはずだ。


「んふぅ♡」満足そうにタラタネラが吐息を漏らして。「気持ちよかったよ♡おっぱいがまだじんじんしてるね♡」

「おれも♡でもタラタネラのおっぱいは本当に触り心地がいいからさ♡もっと揉んでいい?♡」

「もちろん♡アスモなら好きなだけ揉んでいいよ♡でも、気にならないかい?♡」


 笑いながら下を向くリカオンにつられて顔を動かすと、そこにはザーメンまみれになったユランがいた。


「うっわ、エッチ……♡」


 殺気まみれの不機嫌面は白濁をぶっかけられていて、卑猥なデコレーションがされている。金の毛皮の絡みつくザーメンは粘度が高いからしみ込むこともなく、糸を引いて固定されている。

 綺麗なマズルの上には、どちらのものかわからないゲル状の白濁が乗っている。不愉快そうにしながら睨み返すユランの顎から、涎との混合液が滴り落ちた。


「これで気が済んだか」


 憮然と言い放つけど、感謝しかない。おれの陰毛に精液はなく、ユランはちゃんとちんぽの角度を調節して顔面で全部受けてくれたのだ。

 あのユランのこんな顔、見たことない。普段きっちりとした服とかを好んで清潔なイメージが強いから、それが性に上書きされているとこんなスケベに見えるんだ。


「ちっ、こんなものの何がいいのか……わかりかねるな」

「私は好きだよ♡でもそれにしては、しっかりかぶってくれたよね♡」

「いいと言ったからな。責任を取っただけだ」

「ありがとうユラン♡お礼に舐めとってあげようか?」

「…………将来魔界でお前らと一緒になることに、今更不安が出てきたな」

「なんでだい?!」


 そんなスケベを前面に出したら、ユランなら引かれるんじゃないかな……。おれらは気にせずやってるけど、あっちは初心だしね。

 いつもはユランの傍若無人さに突っ込むことが多いタラタネラだけど、ベッドの中では逆転してる。適材適所というか、やっぱり人って輝ける場所がそれぞれあるんだね。


「私の輝く場所がベッドなのは嫌なんだけどなあ……」

「今更じゃない……」

「今更だろ……」

「なんだい二人して!」

 

 でもおれはそういうタラタネラも好きだから、そのままでいてね。


 それにしても、タラタネラのザーメンは多いなあ。横からぶっかかってるの、全部そうだよね。耳周りとか真っ白だよ。

 性欲上昇の魔法とか使ってないのにこれだもんな。子作りしたら一発で妊娠確定じゃん。


「ね、本当に跡継ぎ作らないの?♡三人で一緒に末裔を見守るのもいいと思わない?♡」

「んー遠慮しとくよ♡私が結婚するとしても、相手はアスモとユランだしね♡家のためになんて言葉、私にはないんだ♡」


 つまりおれら以外と子作りしないと言い切って、タラタネラは乳首をこねくり回してくる。鋭い快楽とぽかぽかした嬉しさが混ざり合って、思わず口を奪って舌をねじ込んでしまった。


「んうぅぅっ~~♡♡♡」

 

 舌でリカオンの口内をめちゃくちゃにしながら、おっぱいをわしづかみにして手の形に沈みこませていく。おれの大きな手でも掴みきれないほどの肉が隙間からあふれそうになって、揉みこんでいくと強めの弾力で指がはじかれそうになる。


「あっ♡あっ♡気持ちいいけど、さらに強くてもいいよ♡ん、そう……んふふ、もっと揉んでほしいかな♡」

「えろぉ……♡揉むと大きくなるっていうけど、いいんだ♡」

「だって、今は気持ちいいし……♡お゛ほぉ♡揉まれるの、嫌いじゃないんだよ♡」

「エッチなこと全般好きなくせに♡」

「アスモたちとならね♡」


 シーツの上でいちゃつきながら、おれらは体をまさぐって興奮の残滓を掬い上げていく。一発で終わるわけないし、タラタネラだって満足してない。自分で腋を閉めておっぱい盛ってるしね。ちょっと力を入れただけで、張りが良くなりすぎる。

 今度はユランともキスしたいなと考えていると、ふいに下から呆れた声がかけられた。


「……お前ら、まだ盛るつもりか?」


 え、とおれらはきょとんとした。逆にもう終わったつもりでいるの? 君は出してないのに?


「俺は別にいい。気が済んだなら、とっとと寝ろ。少しでも寝ておかないと、明日がつらいぞ」

「え、待ってユラン……まだ一発だよ? これで終わると思ったの?」

「当然だろうが、もう悪魔召喚の事件が解決したから契約内容も変わって、一日五回とかいう射精義務はなくなったんだ。一発でいいだろ」

「ええぇ……」


 おれらの勃起を見て、なんでそんなこと言えるの?

 いや、この人性欲より職務とかの方が優先だから、興奮とか無視して切り上げようとしてるだけだ。このワーカーホリック!


「無理無理無理、全然出したりないから。タラタネラだってここからが本番だと思ってるよ」

「だね……まだ入れてもないし……このまま終わるのは生殺しだよ」

「そういうものか?」

「「そうだよ!」」


 強引に押し切って、逃げられる前におれとタラタネラでユランを確保。せっかくの3Pなんだ、こんなところで終われない。ユランが付き合ってくれるなんて、なかなかないんだからね。


「はあ、しょうがない奴らだ」

「そんなこと言って、嫌いじゃないくせに」

「殺すぞ」


 とか何とか言うけど、横に呼んだらちゃんと腋に収まってくれた。これで両手に花状態になって、おれは満足です。

 ユランは顔中ザーメンまみれだけど、特に気にする様子もない。本心からどうでも良いと思ってるんだね。個人的にはもうちょっと興奮してほしかったな。


 左右から抱き寄せると横向きになった二人が腹を撫でてくる。ユランも撫でてくれるとは意外だったけど、多分傷跡を探してるんだろうな。二回も刺されたからね……。

 

「すっかり治ってるな」

「悪魔の体はだてじゃないね。安心したよ。じゃあ今日は誰が入れようか?」

「アスモだろ。騎乗位ならこいつは動かなくていい」

「そうだね、じゃあせっかくだしユランが乗るかい?」

「……どちらでも」

「素直になりなよ。ここには私たちしかいないんだからさ」

「ふん、俺は嘘をつかん」


 物は良いようだなあ。嘘はつかないけど素直でもないでしょ。

 視線をおれのいきり立った肉槍に向けておいて、期待してないとは言わせない。でも、それはタラタネラも同じ。譲ったとはいえ、おれの腕に抱き着いたまま谷間に収めて腰を揺らすのは、欲求不満以外のなんでもないでしょ。


 せっかくの3Pだし、全員に満足してもらいたいよね。

 ユランの額に指を当てて、魔法を起動しようか。


「……何をするつもりだ」

「へへへ、見てればわかるよ♡♡」


 金犬の顔を覆う白濁が蠢きだし、むくむくと成長していく。まるでそれ自体が意思を持っているかのように離れると、沸騰するみたいに大きくなった。

 やがて精液はおれとタラタネラそっくりの形になって、ベッドの傍で棒立ちしている。同じなのはシルエットだけで、見た目は白い陶器の人形だ。ただ巨漢の雄二人を模した真っ白な人形って、立ってるだけで異様な圧がある。


「なんだこれは……」

「ああ、そういえば前に言ってたね。精液から人形を作れるって……」

「そういうこと。おれは魂と精液に関しては悪魔の中でも詳しい自信があるよ。本当はもっとそっくりにできたんだけど、さっと使う分にはこれでいいかな」


 人形たちはおれの指示によって動き出し、二人の後ろに移動する。おれを模したものはタラタネラの方に、タラタネラを模したものはユランの方に。ベッドに上がり込んだ人形たちは、二人の尻をいやらしく撫でまわす。


「んっ……♡」ユランが鼻に抜ける声を出し。「悪趣味だな。人形に犯される趣味はないぞ」

「でも、これなら私たちのどっちもちんぽがもらえるよ♡よかったね♡」

「黙れ。俺は欲しいとは一言も言っていない」


 本当に素直じゃない。おれは二人の顔を抱き寄せて、鼻面がくっつくまで近づける。ザーメンで汚れたユランは嫌そうだったけど、おれとタラタネラがじっと見つめたらしぶしぶ折れてくれた。


「今日はおれを助けてくれてありがとう」


 二人がおれのために本気で怒ってくれたと思うと、勝手に口がにへらと笑う。


「お礼にたくさん気持ちよくするよ。ユランがこれからも三人でしたくなるように、頑張るからね」

「ふふ、それはありがたく受け取らないとね」

「……はあ、お礼と言えば何でも受け取ると思うなよ」


 だけど人形が腰を持ち上げると、それに従ってくれる。二人は四つん這いになって、おれの上ででかい尻同士をくっつけた。

 実はこの人形、遠隔操作できるだけじゃなく視界の共有もできるんだ。アスモ人形が見ている光景を覗けば、金と褐色の臀部がいかに大きいかよくわかる。


「おお……眼福ぅ……♡」

「ちっ、そんなに凝視するな。つぶすぞ。お前もなんとか言え」

「私は別に、アスモに何度も見られてるしね。肛門の保護もかけてもらってるから、今更かな」

「お前に期待した俺が馬鹿だった」


 タラタネラのボリュームたっぷりな尻の奥には、清楚な肛門がある。人形に開かせると、乳首と同じ綺麗な桃色のすぼまりがひくついているのが見えた。

 そして次はユランの尻を割ると、似たようなつぼみがさらけ出される。だけどリカオンとは違い、こっちは本当に清純だ。処女ではないが、経験豊富という訳でもない。

 どちらも見た目だけは同じだけど、淫乱さはけた違い。タラタネラの方を指でこすると、尻尾が嬉しそうに揺れる。


「んおおぉ♡待ちきれないね♡早く手マンしてくれないかな♡♡」

「ぐっ……あまり見るな……殺す」


 対照的な言葉を吐く二人だけど、どっちの穴もぴくぴくと物欲しそうにひくついている。そして視点をおれに戻せば、やっぱり嬉しそうな顔と悔しそうな顔が並んでいた。

 視覚の同時展開は最高に逞しい二人を存分に味わえるので、贅沢の極みだね。だって手マンしながら顔のドアップが見れるわけだしね。


「アスモ、すごくいやらしい顔してるよ♡」マーブル模様の尻が揺れながら。

「やるなら早くしろ。いつまで人の尻を見ているつもりだ」金の尻がきゅうっとすぼまって。


 おっと、二人の顔と尻を同時に眺めて悦に浸りすぎていた。そろそろ動かないと。


 人形の指が同時に潜り込むと、それぞれの声が喉で蕩ける。見た目清楚な穴に異物が入る光景は、いつ見ても興奮する。大好きな二人なら特にね。


「おおぉん♡」

「んぐ……♡」


 太い指で中をえぐられると、タラタネラの顔が蕩けた。腰を振りながら胸を張るようにのけぞると、巨乳が重力に引かれてたわむ。あからさまな誘いを受けて掌で掬いあげると、密度の高い肉の塊をずっしりと感じられた。


「おほ♡絞ってくれてもいいんだよ♡んおぉ、手マンすごっ♡♡お゛ぉお゛ぉぉ~♡♡広がる♡私の尻が、ぐちょぐちょにされてぇ♡おおぉおぉん♡♡♡」


 おれとやりまくっているタラタネラの手マンは、ユランよりも激しくするよう指示を出しておいた。すでに指も三本くらい入っていて、指の隙間から赤い肉をのぞかせている。

 さらに空いている方の手で張り詰めたデカ尻を叩いて、乾いた破裂音を響かせていく。スパンキングと言っても音だけ、しかもマスターのタラタネラに効くわけないから、叩かれるたびに甘い声を出していた。


「ま、っで♡アスモ♡手マンされながら、叩かれると♡尻が変になる゛っ♡♡お゛っ♡駄目だ、これすごい♡尻がいつもより゛感じるぅ♡♡まっ――――おおぉほおぉ♡♡♡」


 あ、アクメした。のけぞったまま尻尾の先まで硬直して、すごい顔で喘ぎ散らかしてる。君、こっち方面の才能もあったの?

 淫乱だ淫乱だと思っていたけど、成長がすさまじい。一人遊び過激派のおれもびっくりだよ。これで清純キャラは絶対無理だって。


「タラタネラって、ドMだったんだねえ♡そんな気はしてたけどさ♡」

「ち、違うと、思いたいけどぉ♡んお゛っ♡だって、アスモがいつも、変なことばかりするから……体が、順応して、んふぅ♡お、おおぉ、んおおおおぉ~♡♡」

「否定できないかも……♡双頭ディルド使った時とか、全力でお尻ぶつけ合ったしね♡♡」


 痛みなんて全くないだろうし、単純にちょうどいい刺激ってだけか。この体に怪我させようと思ったら、おれの人形じゃ無理だ。

 リカオンのマンコはほぐれるのも早いから、指三本が自由に動き回れるほど広がっている。体がでかすぎるので、やろうと思ったらおれの手首まで入りそうだな。ガバガバになると困るからやらないけどね。


「ふぐ、うぉ……んぅ……!♡♡」


 反対側ではユランが枕に顔を押し付けて、できる限り声を押さえようとしていた。

 無理しなくてもいいと頭を撫でたけど、キッと睨み返されるだけだった。ザーメンまみれの涙目でやられると、相手を興奮させるだけだってそろそろわかってほしい。

 ユランの尻は丁寧にほぐしてもらっているから、今ようやく三本目が入ったところだ。もちろんスパンキングもなしね。そんなことしようものなら、人形が即破壊される。


「もう、いいだろ……♡いつもより、しつこいぞっ♡」

「今日はちょっと激しくしようと思ってるから、念には念を入れたくてね♡」

「そんなもの、いらん……♡早く終わらせ、んぅ♡♡」


 中をこするとユランが震えて黙る。喘がないようにしたいんだろうけど、そこまで意地にならなくてもいいじゃん。何度かやってるんだからさ。


 金の尻はタラタネラに負けないくらいでかいし、そこから垂れ下がる金玉も同じくらいにでかい。真面目でワーカーホリックなユランだけど、体はそんなの関係なしに性欲を溜めていくんだ。どうせなら気持ちよく発散しようよ。


「黙れ、あんな、タラタネラみたいな声を出すなど……ふおおぉ♡♡」

「気にしなくていいのに♡おれらはユランがスケベになっても、気にしないよ♡本当はユランとも、たくさんやりたいことがあるんだ♡♡」

「どうせ、ろくなことじゃ……あうぅ♡ないだろうが♡」


 枕なんかよりおれの腕に入ってきてほしいんだけど、ユランは恥ずかしいのか来てくれない。タラタネラはさっさと潜り込んでおれと頬ずりしてる。


 大体ほぐし終わったから指を引き抜くと、あからさまにユランが安堵した。その瞬間には殺意もないから、すごくかっこかわいい顔だ。本当にただ笑ってれば美人なんだよなあ。

 でもおれが今見たいのは二人の顔じゃない。せっかく視界を共有できるんだ、二人のエッチなところがたくさん堪能しよう。


 だから、人形たちを動かして二人の尻へと顔を突っ込ませた。


「んへぇ?!?!♡♡」

「な、なんだっ!」


 うーわ、すごぉ……♡二人の手マン後でどろどろになった肛門のアップだ。ひくつくたびに粘液がしみ出して、とろりとお漏らししてる。

 どちらも綺麗に保護してるおかげで、しわのすぼまりは崩れたりしていない。毛皮のない粘膜を人形の鼻先でこすると、上ずった声が飛び出した。


「おぉ♡あ、アスモ、それはさすがに恥ずかしいよっ♡」

「殺すぞ貴様! とっととこれをどかせ!」

「いやー眼福眼福……♡幸せ♡」

「話を聞け! 殺すっ!」


 ユランが恥ずかしさのあまり真っ赤になって殺意を振りまきだした。怒るとは思ったよ。でも、これだけじゃ終わらない。


 人形は精液で作ったもので、その粘液はどろどろの白濁だ。だから白い舌でねっとり舐めさせると、ぬるりとした人みたいな感覚が味わえる。


「んおおぉぉ♡♡人形に、クンニされてる♡あ、私の尻が、溶かされるっ♡」

「ふぅ……♡こんなところ、舐めるなっ♡うっ♡この阿呆っ!♡♡」

「人形なんだしいいじゃん♡おれが舐めた方がよかった?♡」

「そんなわけあるか……ふ、おぉ……♡汚いところを熱心に、阿呆が……♡」

「全然汚くないよ♡ユランの肛門はすごく綺麗♡薄桃色で形もいいし、しかも今はほぐれて艶がいいからエッチだね♡」

「そこまで言わなくていいっ! 嬉しそうな顔をしおって……理解できん」

「本当に嫌ならやめるよ。ユランには楽しくしてほしいからさ」


 タラタネラと違ってユランは不慣れだし、嫌いになってほしくないんだよね。

 だから気を利かせたつもりなんだけど、ふいとそっぽを向かれてしまった。


「……ふん、好きではないが我慢できる。勝手にしろ」

「ありがとうユラン♡大好き♡」

「どうせ嫌でも慣れる。お前やタラタネラが抑えられるとは思えんからな」

「ふふ、素直じゃないよねえ♡私も好きだよ♡いつまでも枕を抱いてないで、こっちにおいでよ♡」


 リカオンが黒虎の体越しに手を伸ばすと、仕方ないとため息を吐いてからおれの腕に収まってくれた。二人は指を絡めた握り方で結び、腹の上に手を置いている。

 おれはそんな二人を左右に抱き寄せて、満喫してるってわけ。この体勢が一番幸せで大好き。


 ユランからお許しももらえたし、舌先の速度も早めよう。しわの一本一本に粘液を塗り込むような動きで丹念に愛撫すると、左右から寒暖差の激しい声が漏れ出した。


「ほぉ~♡♡こっちでほぐされるのも、悪くないね♡んあ♡お゛ぉ~♡」

「ぐ、くそが……♡気持ち悪い感覚だ♡あっ♡し、舌を突き刺すなっ♡♡」


 ぬぽぬぽと何度も抜き差ししたり、奥まで突っ込ませると二人はわかりやすく喘いでくれる。所詮人形だから舌の長さも自由自在だし、もっと奥まで入れてみようかな。

 巣穴に潜り込む蛇みたいに潜り込ませると、二人の毛皮が一気に逆立つ。だけどやっぱり浮かべる表情は正反対だ。


「っほおおぉぉん♡すご、奥までぬるってぇ♡中舐められてる♡あ、そこ気持ちいぃ♡おひぃ♡♡」

「ふぐっ?!♡なんだ、この……阿呆っ♡気持ち悪いだろうが♡そんなところをおぉ♡舐める、なっ♡この馬鹿っ♡♡」


 舌先で最奥を小突いてあげると、タラタネラが目をひっくり返してアクメした。やった回数はタラタネラの方が多いから、感度もしっかり上がってる。感度だけならおれと同じくらいなんじゃないかな。いろんなことしたからね。


 鼻先を押し付けてクンニしていると視界だけでいきそうになる。でかい尻肉で狭まった奥に、舌を咥えこむ穴がある。しかも精液でできた舌だから、抜いた後にとろーっと白濁がこぼれていくのも最高。


「アスモさあ♡」タラタネラがおれの頬を撫でながら。「すごく嬉しそうな顔してるの、気づいてる♡人のお尻見て、にやけすぎじゃないかな♡」

「だってエッチだし♡もっと見せてよ♡」

「私は構わないよ♡」


 なら調子に乗らせてもらって、今度は肛門とキスして吸い付かせてみる。そのまま顔を下げさせて肛門をにゅっと伸ばして、さらにいやらしい姿にさせてもらうよ。


「吸われる、んおぉ♡おおぉぉ♡♡これじゃあ、肛門が、歪んじゃうんじゃないのかい♡♡」

「ちゃんと保護してるから大丈夫♡じゃないと君とユランが同じにならないでしょ♡あんなにいろんなものを入れてたのにさ♡」

「そう言われると……返す言葉もないけど……♡お゛ほぉ♡♡待ってくれ、中で膨らんでないかい……♡」

「そうだよ♡せっかくおれが自由にできる人形なんだから、楽しまないとね♡」


 二人の中に差し込んだ舌は膨張させて、アナルパールみたいな形にしていく。だからちょっと引き抜こうとすると、めくれ上がった肛門から白い球が顔をのぞかせる。

 ぐっと膨らんだしわは火山口みたいになって、こぽっと白濁が溢れて丘陵を流れていく。それがすごくエロくて、玉が抜けるギリギリまで引っ張って凝視する。


 今のおれ、多分すごい顔してる。鼻の下伸びきってる自信があるよ。


「人のこと淫乱とかさんざん言ってくれるけど、アスモもたいがいじゃないかな♡」

「おれは自覚有りなので♡エッチなこと大好きだし、みんなともっとやりたいの♡」

「それはいいけど……ユランの説得は任せたよ♡」


 タラタネラと向き合っていた顔をそっと押されて、反対側へと視点が映る。

 そこには悪魔も裸足で逃げ出すほどの怒りを湛えた、ぶちぎれ寸前の金の覇者がいた。


「……そろそろ、本気で殺されたいようだなぁ?」

「ひえ……」


 やばいよ目がマジ。牙をむき出しにしてうなる顔から、殺意があふれ出してる。


「お、おれはほら、ちょっとユランの肛門を盛り上げて観察しただけじゃん……? ほぐれてるかなーってさ」

「もう十分だろ。貴様、俺を辱めて楽しいか?」

「辱めたいわけじゃなくて、ただユランのエッチなところがいっぱい見たいだけ! ほんとだって!」

「まだ足りないか?」

「もう十分! ありがとう!」


 危なかった……本当はこれから玉をもっと大きくさせて肛門をめくろうと思ってた。やってたら死んでたし、普通に怒って帰られてた。もっと慣れたらにしてもらおう。

 魔法で治せるからいろいろやりたくなっちゃうんだよ。そのせいで一人遊びが白熱したので、やりすぎだとはわかってるんだけどね。


 しぼませた舌をおとなしく抜き去って、おれは謝罪の意味を込めてユランに額をくっつけた。


「ご、ごめんね……?」

「ふん、お前のその馬鹿みたいに嬉しそうな顔に免じて許してやる。俺の尻なんぞ見て、何がおもしろいのやら……」

「すっごいエッチだったよ」

「黙れ。俺はタラタネラと違って慣れてないんだ。……それは考慮してくれ」


 きれはしたけど、ユランはまだおとなしくおれの腕の中にいてくれた。恥ずかしいけど、気持ちよくしてくれるっていうのがわかってるんだろう。実際ユランだけまだいってないし、勃起は限界まで膨れてる。ここでやめるのはさすがに酷だ。

 

 だったらもうメインディッシュをいただこう。人形の一物をふたりにあてがって、これから本番だと知らしめる。


「ふふ、ようやくだね♡でもこれ、アスモのにしては大きいような……」

「こっちも膨らませたよ。タラタネラだったらこの方が嬉しいと思って♡」

「私は別に、アスモのままでも十分嬉しいよ♡どちらかと言えば、アスモので満足できなくなる方が困るな♡これからもずっとするんだしね♡」

「タラタネラ~♡♡」


 嬉しいので鼻面キスを繰り返す。だけど安心してほしい、そこまで大きくしてないから。タラタネラと同じ大きさにそろえたってだけ。

 ただちょっとだけ突起とかバイブ機能とか、人形ならではのものを付けたしただけだよ。


「……えっと、それは、すごそうだね♡」

「お前、俺の尻を壊す気か」


 タラタネラはおれといろんなことをしたからちょっと恥ずかしがるくらいだけど、ユランは口元がこわばっている。安心してほしくて鼻面にキスしたけど、ごまかされてはくれなさそう。

 だけど逃げ出すこともなかったので、いいってことだよね。

 それなら気が変わる前に入れてしまおう。


 二人には見えないけど、人形の一物はすごくグロテスクになっている。エラは張ってるし、いぼはでかいしで、初心者に使うものじゃない。おれらと何度かやったからこそ、新しい刺激を味わってほしいんだ。


 人形たちは二人に覆いかぶさって、ほぐれた穴に先端を押し付ける。

 下準備が功を奏したので、問題なくずぶずぶと飲み込んでいく。さっきは引き抜く時の肛門を堪能したけど、今度は押し込む時を堪能しよう。


「お、おおぉふううぅぅ♡♡ごりごり、ぐるねえぇ♡すごおおぉ♡♡」

「が、ふぅ♡くそが……んぅぅ♡♡」


 頑丈な二人にとってこれくらいなら痛みは全くないはずだ。左右から嬌声を聞いているとおれも疼いてきちゃって、つい二人の顔を引き寄せてしまった。

 すぐに意図を察したタラタネラが舌を出してキスしてくれて、それを見せつけられたユランがおずおずと真似てくれる。


「おほぉ~♡すっごい♡奥までいっぱいだ♡♡」

「全部入ったのか♡だが、これからだろ♡」

「もちろん、たくさん気持ちよくなってね♡」


 なじむまでの間、お互いの鼻面をなめ合って時間を潰す。ユランは遠慮がちだったけど、タラタネラがディープして口内を舐めまわしたから満喫はしてくれてると思う。あのユランが目を白黒させてるなんて、なかなか見ない顔だ。

 便乗してユランといっぱいキスをしていると、タラタネラがおれのおっぱいを揉んでくれた。タラタネラほどじゃないけど、ジギタリスも気に入るくらいおれも結構大きいんだ。


 巨体の雄三人がベッドで身を寄せ合っていちゃついている。お互いの体を撫でたり、キスし合ったり、時間がまったり流れている気がするよ。

 

 だけどもういいかな、二人も待ちきれないみたいだし。奥まで入れた人形が腰を引くと、ずるると粘膜まみれのちんぽが排出されていく。


「おっほ、おおぉおぉ~~♡♡♡♡♡」

「んあああぁ……♡♡」


 本番開始の合図だ、派手にいこうよ。

 人形たちに銘じて二人を仰向けに回転させる。これでおれたち全員のいきり立ったちんぽがさらされて、みんなが汁まみれで喜んでいるのが良くわかるようになった。 

 さらにちょっと角度をつけておれに向けることで、より顔が見やすくなるうえに、キスもしやすくなった。


 同時に二人は向かい合うようになるから、どんな顔をしてるのか隠しづらくはなったけど。ユランは口をへの字にするだけで何も言わなかったから、甘えてそのまま続けよう。


 体勢は整った。だから合図を出すために、一息にぶち込ませる。

 人形の肌は尻を高らかと打ち据え、いぼで内壁を削りながら奥を穿つことで快楽を爆発させた。そのタイミングは同時で、正常位で犯される二人は大きな胸を突き出して仲良く嬌声を響かせた。


「ほおおおぉ~~~~♡♡♡♡♡」

「おぉぉ♡♡♡」


 そこからはもう全力だ。人形たちは大股を開かせた間に陣取り、最大速度で抽挿を繰り返す。

 この見下ろし視点では、突き入れるたびにちんぽや袋、さらには胸が揺れるのもとてもよく見える。客観的に映るおれは、それはもう嬉しそうな顔をしていた。


「おほ♡お゛っっっほおおおおおぉお♡♡♡これ、すご♡尻がよすぎるううぅぅ♡♡ぎもちいの止まんない♡ずっどアクメしでる♡これやばい♡ずっどぎぼちいいぃいぃ♡♡♡」


 タラタネラはようやくもらえたちんぽに大興奮で、腰を自分から振って喘ぎ狂っている。おかげで豊満な尻肉からすごい音が鳴っているんだけど、それすら嬉しいと言わんばかりにアヘ顔を見せつけてくる。

 いいところに当たれば遠吠えさながらの嬌声を上げて、でかおっぱいを弾ませる。腕の太さとか雄々しい見どころもたくさんあるんだけど、どうしても目が吸い寄せられてしまう。


「あ゛、そごぉ♡もっどおおぉぉ♡♡いい、いいよぉ♡でっかいのが当たって、おっほおぉぉ♡♡がんじるうぅうぅ♡♡♡」

「すごい顔♡タラタネラって本当にエッチだよね♡」

「あ、アスモが、私をこんな風にいぃ♡したんじゃないか♡ふほおぉ♡おかげで、もう、一人だと満足できないんだよぉぉ♡♡セックスしないと、体、疼いちゃってぇ♡♡」

「それだけ才能あったってことだけどね♡責任取るから、ずっと一緒にやろうね♡」

「やる♡やる♡アスモと、もっと、セックスする♡♡大好きだよアスモ♡」

「おれも大好きだよタラタネラ♡」

 

 快楽が強すぎて自分が恥ずかしいことを言ってる自覚もないけど、おれはそういうところも好きだよ。


 仕事で忙しい時とかおれ特製の淫具を渡したこともあったんだけど、結局やっちゃったもんね。タラタネラは道具より、人とする方が好きなんだ。

 だから涎まみれのアヘ顔でもキスをせがんでくる。少しでも口を開けば噛みつくように舌をねじ込んできて、嬌声まで喉に注ぎ込まれていった。


「んふうぅ♡お゛ほぉ♡んちゅ♡んむうぅうぅぅ~~~~~~♡♡♡」


 幸せそうに蕩ける顔と人形視点での俯瞰を同時に見て、おれもちんぽをいきり立たせる。本当にタラタネラは全身がスケベだ。

 挿入部は真っ赤に熟れていて、膨らんだ尻肉が何度も弾んでいた。勢いづいた突き入れは泡を飛び散らせるから、尻尾の根元まで粘液で汚れている。腰を引けばマンコが食いついて伸びるのはさっき見た通りなのに、エロさが全然違って生々しすぎた。


 でもエロさで言うならユランだって負けてない。隣で懸命に喘ぎを抑えようとする姿が初々しくて、愛らしさが強くなっている。


「ぐお、んああぁ……♡ぐうう♡♡」


 こらえようと力を入れているせいで、尻肉がきゅっと引き締まってえくぼができていた。さらには腹筋も綺麗に浮かび上がって、中にちんぽが入っているなんて思えないほど逞しい。

 でも、その雄々しさがエロさを増していて、マンコを往復するちんぽが際立っている。分厚くて逞しくて硬い筋肉も関係なく、ユランの尻は汚い音を出して泣きわめいていた。


「ぐううぅぅぅ……♡」

「ユラン、ちょっと歯を噛み締めすぎじゃない? 割れたら困るし、嫌なら緩めるよ……」

「お、俺に、構うな♡ふっごぉ♡お前の、好きにしろぉ♡♡」


 人を射殺しそうな視線をしながら、ユランは体を大きくけいれんさせた。気持ちよさは感じているのだけど、やっぱり恥ずかしいようだ。

 おれに心配されていると気づいたのか、金の犬は牙の間から小さくつぶやいた。


「お、俺は、雰囲気を作るのが、得意ではないからな♡俺なんかと、やっても……ぐ、つまらんだろうに♡毎回誘ってきやがって……♡」

「つまらなくないよ♡おれはユランとしたい♡好きな人としたいって思うのは、別に普通のことじゃん♡」

「……ふん、勝手に、言っていろ♡く、おおぉ♡こんな奥まで、お前、でかすぎるだろ……♡」

「あ、そっちは大きさ変えてないよ♡タラタネラのまんま♡気に入ったなら今度ハメてもらうといいよ♡♡」

「気が向いたらな……お、んあっあっ♡♡」


 会話の最中に奥をえぐられると、さすがのユランでも嬌声を止められない。けどタラタネラほど汚くないのは性格の問題なんだろうな。

 汗を浮かばせた金の毛皮に赤らんで耐える顔はとても良く映えていて、このままでもベリアルに好まれそうなほど整っている。ごつすぎる体に目をつむれば、さぞかしもてるだろう。おれのだけどね。


「ふぅぅ……♡んあああぁ……♡」


 人形視点で見れば全部がごつくて広すぎるのが一目瞭然だ。発達しすぎた背筋から逆三角が生まれ、腰を経て尻でまた一気に横幅が広くなる。くびれに見えるけど、触るとぶっといんだよね。おれの手でようやく回るくらいだし。

 今は特に力んでいるおかげで筋肉の隆起がすごいことになっている。オーラなんてなくても、殴った程度じゃびくともしなそうなくらい硬い。


「うおっ♡おぉぉ……♡なんだ、その顔は……感じてるから、心配するな……♡」

「それはわかってるよ♡ユランの先走りでおれがべとべとだし♡ただかわいいなーって思いながら見てただけ♡」

「この、阿呆が♡俺に、そんな言葉……ぐうぅ♡言われても、嬉しくなどない♡♡」


 ユランは食いしばった歯の隙間から涎をこぼし、何とか体裁を取り繕おうと必死だ。おれが抱きよせて撫でても、むず痒そうな顔をするだけ。

 情けないところは見せられない。その態度はきっと、小さい頃からあんな家で育ったからなんだろうな。今回の事件でおれは骨身に染みてしまった。

 

「ユラン、大好きだよ♡ずーっと一緒にいようね♡」

「私も……ふおぉん♡好きだよユラン♡君がなんと言おうとも……おおぉん、私たちは、君といるのが好きなんだ♡」

「……勝手に、言っていろ♡がふぅ♡」


 ユランは応えてくれない、それはおれらだってわかってる。

 だけど、嬌声を噛み殺している間に何を考えたのか、勢いよくおれとタラタネラの口にマズルの先端をくっつけてきた。


「え……?」


 一瞬何をされたのかわからなくて目をしばたかせたけど、ユランの真っ赤な顔を見て現実を知る。ぱあっと顔が華やぐのもしょうがないでしょ。あのユランだよ。普段取り付く島もない態度ばかりのユランが、自分からキスしてくれたんだから。

 お返しをしようと思ったのに、金の顔はすぐさまそっぽを向いてしまった。もういいってことなんだろうけど、タラタネラと顔を見合わせてにんまりしよう。


「ぐ、おぉ♡その、ふざけた顔を、今すぐやめろ……んおっおおぉ♡」

「にへへーユラン♡大好きだよ♡」

「いいから……とっとと、終わらせろ♡いつまで、人の尻を、犯しているつもりだっ♡♡」

「つまりもっと欲しいってことだよね! 任せて!」

「違う……ああもう、この馬鹿っ♡うおっ?!♡お前♡何をおぉ♡♡」


 嬉しくなったので、人形に射精させて追い込みをかけよう。人形を作った素材そのものを二人の中に大放出させて、中出しの気分を味わってもらう。


「おほおぉぉ♡♡♡これ、さっきのザーメンだよねっ♡アスモの♡いっぱい♡奥に注がれるの、すんごぉ♡♡ほおぉぉ♡♡」

「ということは、これはぁ♡タラタネラのか♡あいつ、こんな濃いものを♡ふぐぉ♡尻が、めちゃくちゃじゃないか……んぐうぅぅ♡♡」


 ユランの言う通り、尻から奏でられている音が卑猥さを増している。筋骨隆々な体躯から想像がつく通り、二人の締め付けってすごくいいんだ。

 それをいぼ付きちんぽでこするから、おかげでぐちょぐちょ。視覚からも真っ赤なマンコと白い泡との組み合わせはちんぽにくるね。ザーメンを尻で噴射する光景はエッチすぎて困る。


「おおぉぉん♡すごぉ♡尻からあふれる♡でも、アスモ、こんなに……ふっほぉ♡出してたかなああぁ♡♡さっきから、樽につながってるんじゃないかってくらい、おっほぉ、そそがれでるよおぉおぉ♡♡」

「もちろん魔法で類似の液体を複製しただけだよ♡お腹いっぱいになるまで孕もうね♡♡」

「この馬鹿っ♡♡またそんなよくわからん事を……ぐうぅぅ♡なぜ俺が、そんなことを、されねばならんのだ♡おっおおぉ♡♡漏れ、るっ♡」


 ザーメンの逆流する感覚が恥ずかしいのか、ユランの肛門がさらにきゅうっと締まった。

 人形からの感触はわからないので、ユランのきつマンを味わえないのが残念だな。初めてした時は気付かなかったけど、ちんぽを食いちぎらんばかりの圧で締め付けられるので、かなり具合がいいんだ。

 対してタラタネラは全部受け止めて飲み込む淫乱マンコで、とろとろなのに絡みついてくる。イーラガッタはユラン寄りで、ジギタリスはタラタネラより。保護の魔法をかけてるのにこの差だ。淫乱性と比例してるんじゃないかって、おれは勝手に思ってるよ。


「おおぉぉん♡んおっ……ほぉ~♡♡アスモのザーメンいっぱい♡お腹にたまるのも、おほぉ、気持ちいいいぃ♡♡ああもっと♡そこぉ♡私の奥に、いっぱい注いでくれぇ♡♡」

「がふっ♡がふっ♡くそ、やばすぎるだろうが♡……おっん♡でかすぎる♡なんだこれはっ♡あぅ♡♡あだって、んあっ!♡くそ、声が……ぐうぅぅぅ♡♡」

「あううぅ♡私、もう、いきそうだ♡射精がくるよっ♡♡すごいのくる♡おっほぉ♡」


 でっかいリカオンの体は限界そうで、尻を人形に押し付けながら何度もけいれんしていた。大きな耳もぴんと硬直したまま、逃げ場のない快楽で脳が溺れている。

 金の犬も言わないだけで状態は同じだ。えくぼを作る尻はちんぽを突っ込まれるたびにさらに引き締まって緊張し、筋肉の発達具合を知らしめる。抜くときだって引き伸ばされた肛門から白が漏れていき、こらえられない嬌声が溢れている。


 おれは二人をまた抱き寄せて、マズル同士を近づける。大股開いた情けない姿勢だけど、それを笑う人はこの部屋にはいない。


「んふふっ♡私のいき顔が見たいんだね♡んおぉ♡アスモも、淫乱だね♡♡お゛っお゛ぉぉ♡♡」


 タラタネラは赤く熟れた顔ではにかみ、どうぞと頬に口づけをくれた。


「だからお前は……んぐっ♡なぜ俺の顔を見たがる♡ああわかった、わかったから♡ぐぅっ♡んあああぁ……好きにしろ、この馬鹿♡」


 ユランは諦めて頬にそっと鼻面をくっつけてくれる。


 もうここまできたら後は出すだけ。そして、それは二人一緒がいい。

 みんなそれを思っているのはなんとなくわかる。二人だって我慢してるはずだ。だからおれは人形を動かしてさらに激しく犯し、もういいよと言ってあげる。


「おおぉおぉん♡お゛っ♡お゛っ♡お゛っ♡さらに、奥にぃ♡尻が打たれて、んおおおぉぉ♡♡気持ちよくて、すごい、アスモぉ♡もっとおぉおぉ♡♡♡」

「がうぅ♡ぐるるるる♡♡腹の中をかき回されて、こんなっ♡くそ♡あ、アスモ、いいから、もう♡出すからな♡♡ニマニマするな、殺すぞ♡」

「だって嬉しいからさ♡二人がいくところ、おれに見せて♡」


 もう視点を切り替える必要なんてない。おれは大好きな二人を瞳に映して、にんまりと笑う。

 体液にまみれた顔はエッチでかっこいいから、もっとよく近くで見たい。感じたい。触れたい。おれの欲がどんどん大きくなる。


 だから舌を出して誘うと、タラタネラは当然のように、ユランはぎこちなく、そっと口を合わせてくれた。


「これじゃ、おほぉ、私たちの顔しか、見れないじゃないか♡んほ~~♡ちんぽすごぉ♡気持ちいぃ、ぎもぢいぃいぃ♡♡♡」

「タラタネラ、この……馬鹿♡唾を人の顔に飛ばすな♡ぐぅ♡んあああぁぁ♡精液を俺の中に押し込むんじゃ、ないぃ♡♡んぐ、ううぅぅ♡♡♡」

「ごめ、ん♡でも、気持ちよくってええぇ♡♡ふおぉん♡だったら、ちょっと、離れ……おぉぉ♡今奥駄目だってえええぇ♡♡いぐ、もういぐよぉおぉ♡」

「別に、そこまでしろとは、言って、ぐぉ♡ないだろうがっ……ん~~~~?!♡♡♡馬鹿っ♡奥に当てるな、お゛おぉ♡こんなの、癖になったら、どうするんだ♡♡」


 あれだけキスしたり頬舐めたりしてるから、今更じゃないかな。だけどユランの方も絶頂が近づいて、それどころじゃないみたい。


「お゛っおおぉぉ~♡♡私は、もう無理だけど、ユランはっ♡♡どうっ♡♡ふっほおぉ♡ちんぽがきゅんきゅんして、こらえぎれないっ♡♡」

「我慢を止めればいいだけだからな、合わせてやるから、とっとといけっ♡♡ぐぅ♡だが、あまり、もたんぞっ♡♡」

「だったら大丈夫♡すぐに、いっぐからああぁ♡♡あっ♡もう我慢しないよ♡出す♡出すからね♡♡♡」

「好きにしろ♡俺も、ぐるる、遠慮なく出させてもらうっ♡♡♡♡」


 意思疎通が終わったら、二人を縛るものは消え失せる。

 二人の目はおれを見ているようで見ていない。自分の中で膨らむ射精欲に流されて、情報を処理できなくなっている。


「おっほぉ♡いぐよ、アスモ♡私の出すところ、好きなだけ、見てくれっ♡♡♡」

「見たければ、勝手にしろ♡ふぐっ♡この変態が♡がううぅ♡う~~♡♡」


 一人は誇るように、一人はこらえるように。

 それぞれの個性を示して、二人は人形の頭上を越えるほどの白濁を打ち上げる。


「ふほおおぉおぉぉぉ~~~~~~♡♡♡♡♡」

「ぐうううぅうぅぅぅ♡♡♡」


 立ち昇る白濁の高さはほとんど同じで、ため込んだ性欲も同等くらいなことがわかる。ユランはそれでも嬌声を噛み殺そうとしていて、眉を下げたかわいい顔を向けてくれた。ぎゅっと目もつぶっているから本当に生娘みたい。ベッドの中だとユランのかわいさって倍くらいになるんだよね。

 

「アスモ♡」なんて思っていたらリカオンがおれを呼ぶ。「私も見て♡ほら♡たくさん出してるよ♡ねえアスモ♡おおぉぉ♡私で興奮してくれたら、今度は本物のちんぽが欲しいな♡♡」

「うおぉ……♡♡」


 スケベすぎてそれしか言えなかった。タラタネラは喘ぎながらも恍惚を張り付けた顔をこすりつけて甘えてくる。絶頂で頭のねじが飛んでるから、普段の温和で優しいリカオンが全部蕩けていた。

 だから腰をかくつかせて射精する姿に遠慮なんてない。自分の顔にまでザーメンを飛ばして、もっともっととおねだりしていた。


「がうぅ♡アスモ、これを、止めろ♡もう、いってるから♡ぐおぉ♡んあああぁ♡♡今出しているのに、このままだと、んぐ、止まらんだろうが♡♡」

「あ、ごめん。すぐに止めるね」


 確かにいきながら攻められるのは、不慣れたユランにとってつらいよね。

 人形を停止させると行為にもひと段落ついて、急に部屋が静かになった。だけど隣は温かいから幸せだ。


「んふぅ♡私は別に構わなかったけどね♡だけど、やっぱり道具よりも本物の方がいいかな♡♡」

「それは同意だ。道具は楽だが、際限がない。人のほうがまだましだ」

「そういう意味で言ったわけじゃないけど……でもそれならユランももっと一緒にやろうよ」

「断る。毎回こんなことをされてみろ。俺もお前みたいに淫乱になったらどうしてくれる」

「ふふ、その時は毎日付き合うよ♡」

「殺す」


 絶頂から戻ったユランはいつも通りだ。大量のまき散らしたのに、何事もなかったみたいな態度を貫こうとしている。

 だけどおれの腹に手を置いて、ためらいがちに口を開いた。


「だが、アスモはまだ出していない。どうせ一発では足りんとかほざくんだろ」

「まあね。それに二人のエッチなところを見てたら興奮してきちゃった♡」

「……どっちが乗ってほしい」


 今日のユランは本当に積極的だ。まだ付き合ってくれるんだ。


「え、じゃあ、二人とも……」

「強欲な奴め。どうするタラタネラ?」

「そうだね……だったら一人がちんぽに跨って、もう一人は顔とかどうかな?」

「顔だと……? は? 誰が顔に尻を乗せられて喜ぶんだ。しかもこんな汚れた後の」


 ユランが舌まぶたをひくつかせてドン引きしてる。さすがに顔騎はちょっと早かったかも。タラタネラの適応力が高すぎただけで、これが普通なのかもしれない。


「いや、私がそれをしたのはただアスモを信用していただけで……これがあの、普通だと思ってるわけじゃないからね? 本当だから!」

「お前、普通を学ぶために一度娼館でも行ったらどうだ?」

「私はエッチなことが好きなわけじゃないからね! 好きな人とするのが好きなだけ!」

「その割には……」

「なんだよ!」


 エッチなことを好きじゃない人は、ジギタリスをおっぱい攻めして搾り取らないんだよ……っていうのは心にしまっておこう。自分のスケベに無自覚なまま、どんどんスケベになっていくね。


「そ、そういうユランだって、私たちとしてくれるんだからエッチなことが嫌いなわけじゃないよね?」

「まあな。最初はこんなもの、性欲を処理するだけのものだと思っていたが……悪くはない」

「ねえアスモ! 今日のユランが素直すぎて怖いよ!」

「わかるよタラタネラ! おれもびっくりしてる!」

「殺すぞ」


 だけどユランは言葉とは裏腹に殺気を出すことなく、ため息だけを漏らした。

 

「お前らとは長い付き合いになりそうだから、俺も気を使っている。それだけだ」


 普通気を使ったらお世辞とかになりそうだけど、ユランだもんなあ。素直になることに気を使うって表現する人、ユラン以外いないよ。


「ふふ、でもユランも私たちとずっと一緒にいてくれるってことだよ」

「契約したんだ、今更ああだこうだ言っても仕方ないだろう」

「おっと、もう素直になるのは終わりなのかい? もう少し君の本音を聞きたかったな。ユランはアスモと契約する時だって、全然そんなそぶりを見せなかったじゃないか」

「アスモに輪廻転生の輪を乱されると困る。それだけ……ではないか。あの時、ずっと一緒にいてほしいと泣きながらアスモに言われて、まあいいかと思ったんだ。昔の俺だったら絶対に願い下げだったがな」


 おれの腕の中で、金の犬は力を抜いて語りだす。その表情に殺気はなくて、ただまどろみがあった。


「他人とずっと一緒なんて不可能だと思っていた。家族でさえあれだというのに。だが、お前はおれがどれだけ殺気を放っても姦しくまとわりついて来た。契約を履行する方法なんてたくさんあるというのにな」

「確かにそうだね。ユランに殺気を振りまかれてもべたべたしてきたのって、アスモくらいだった」

「あれ、タラタネラは?」

「私は……恥ずかしい話だけど、戦っても勝つつもりでいたんだ。ユランを倒して私が一番になれば、養子の話も来るかもって思って……」

「お前、そんなことを考えていたのか」

「うぅ……あの時はまだ貴族籍を諦めてなかったから……今は違うからね」

「わかっている。それに、そんな過去のことはどうでも良い」


 こういうところはユランらしいな。今のタラタネラを見て、過去を水に流してくれる。

 だから悪魔のおれにも良くしてくれたんだ。


「こいつは頭が良いのに抜けていて、悪魔のくせにお人よしだ。自分が全部の罪をかぶってタラタネラを助けようとするくらいにはな。だから、まあいいかと思った」

「絆されちゃったんだねえ。そういえば、アスモとの初体験も私より早かったしね」

「ふん、我ながら愚かなことをした。おかげで友人が道を踏み外すのを止められなかった」

「私は踏み外してないよ!」


 精液と汗の匂いに包まれているのに、おれらは体を寄せ合ってしゃべり続けている。ユランもリラックスしているし、この中の誰も、ここを厭う人はいない。


「今回の件もそうだ、お前は俺の肉親に殺されたというのに、ずっと俺が家族とうまくいくようにと考えていた。この阿呆。俺のことより、自分のことを守れ。お前はいつもそうだ。自分のことなんて後回しで、俺やタラタネラを助けようとする。傍で見ていないと、いつか本当に死ぬだろう」

「そうだね、それはユランの言うこともわかるな。アスモはちょっと自己犠牲の精神が高すぎるよ。聖獣に育てられたのならわからなくもないけど……私としては自分のことを大事にしてほしいよ」

「だって、おれは二人に幸せになってほしいから……」

「何が俺の幸せだ。あんなくずなんていなくとも……」


 それからユランはおれらとは反対側を向いて、小さくつぶやいた。


「……俺にはお前らがいるだろうが」

「ユラン~!」


 思わず振り向いて背中から抱きしめてしまった。そしておれの背中をタラタネラが抱きしめると、何とも暑苦しい集団の完成だ。

 ユランもおれらと一緒にいたいと思ってくれている。それが確認できただけでも、すごく嬉しい。


「ふん、それでどうするつもりだ。悪いが、俺はアスモの顔に乗る気はないぞ」

「ふふ、どうしようか。アスモに決めてもらった方がいいんじゃないかな」


 強引に会話を変えてきたけど、もうちょっとこのままでいさせてほしい。やっぱりおれは二人のことが大好きだから、この時間が何よりも幸せだ。


 自己犠牲とか言われたって、二人を守りたいんだからしょうがないじゃん。おれに初めてできた大事な人たちだからさ。

 だから例え議席持ちが何をしてきたって、絶対守ってみせるよ。

 そのためにももっと、もっと強くならないとね。


****


 三人が互いの絆を確かめている一方、別の部屋では熊と龍が裸で抱き合っていた。


「ジギタリス……眠ってしまったようだね。今日は大変な一日だった、しっかり休むんだよ」


 何度も種付けしてきた熊に慈しみの視線を注ぎ、その毛皮を指でくすぐる。長い暗闇から救われたイーラガッタにとって、この時間は何よりも愛しいものとなっている。

 だがそれは龍の顔が曇ったことで終わる。彼にはある懸念があった。


「……少し、気がかりなことがある」


 眠った熊を抱き寄せ、龍は不安を吐露する。今回の事件を経て、見過ごせない可能性が不安となって押しかかっていた。


「クラリナとアマネがアスモを息子にした。それ自体は別にいいんだ。だけど、『その魂はどこから来た』のだろうね」


 寝息を聞きながら、言葉は続く。


「我々は聖獣だ。悪魔とは違う。だからあの二人が契約で魂を取るわけがないんだ。私は今まで他の悪魔を作り替えたのだろうと思っていた……だけど、違うのかもしれない」


 イーラガッタが思い浮かべるのは、先ほどの事。

 大事な熊が黒虎に短剣を突き刺し、その魂を移しかえた時だ。


「あの時、私は見たのだ。アスモの魂が移り変わるわずかな間に、その色を」


 魂は究極の個人情報であり、大抵の悪魔は秘匿している。だからこそ、イーラガッタは今まで気づかなかった。

 それこそ、魂の移し替えが行われたあの瞬間まで。


「二人がアスモに魔法を教えたのは……オーラを使わせたくなかったのかもしれない。そうすれば色を隠し通せるから……」


 あれだけ才覚のある悪魔に魔法しか教えなかった。イーラガッタは猜疑に囚われて、その裏を探そうとしてしまう。ただ適性がないだけかもしれない、だけど違うのかもしれない。その答えはいくら考えても出てこない。


「おそらくベルゼも気付いたはずだ。だから、これからあの子たちはさらなる苦難に巻き込まれるだろう」


 善良で明るい黒虎を思い浮かべ、龍は悲しそうに撫で続ける。騎士二人とずっと一緒だと嬉しそうにしていた彼らの未来は、波乱に満ちると決まったのだから。


「あの子は私の恩人だ。そして、死後仕える主でもある……あの子はそんな大仰な言葉を好まないだろうけどね。だから助けになりたいんだ。あの子たちを助けることが、聖獣である私の使命なのだと思う」


 アスモたちと出会う前までの苦痛に満ちた人生を思い出すと、赤龍は未だに心が張り裂けそうになる。殺したくもない勇者の生まれ変わりを処していったあの日々に終わりを告げられたのは、彼らのおかげなのだ。

 熊の額に優しい口づけを落して、龍は枕に頭を預けた。長いマズルを持つイーラガッタは、いつも顎下を熊の頭にくっつけるようにして寝ている。こうすれば、全身で愛しい人を感じられた。


「愛しているよ、ジギタリス。君が私に泣かないでほしいと願ってくれたのだから、私は諦めない。きっとみんなで幸せになるとも」


 新たに生まれた目標は龍の胸中で燦然と輝いている。それは星のように導き、イーラガッタが目指す幸せな結末へと向かうものだ。


 朝日が昇り、部屋に光が差し込んでいく。こげ茶の毛皮が寝返りを打って硬くも大きな胸板に顔をうずめるものだから、イーラガッタは幸せそうに微笑んだ。


 そして壊れ物を扱うかのように、大事に大事に抱きしめながら眠りへと落ちていった。


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POSTEDAug 30, 2025
ARCHIVEDJun 10, 2026