ガードン=ロンドランドは魔道工学の技師だ。
王都の片隅で小さな工房を営む男であり、その腕前は近所では評判だった。
車から銃器まで、彼に直せないものはなかったし、仕事も早いため町民から頼りにされている。
日がな一日中魔力で動く機械――魔道具をいじることが何よりも好きで、珍しい回路の発表があれば、寝食すら後回しにして解析をするほどの、いわばオタクでもあった。
そんな彼、ガードン=ロンドランドは今。
――――誘拐されて見知らぬ場所にいた。
「おいおいおい、依頼にしちゃずいぶん荒っぽいじゃねえか。極秘のあれか? 法に触れるやばいもんじゃなけりゃ、守秘義務くらい守るってのに」
連れ去られたというのにふてぶてしく笑いながら足を汲む黒獅子、ガードンは棒付きキャンディを口の中で転がしながら周囲を見渡した。
一見すると石灰を主原料にした白い壁と木材で作られた普通の部屋で、監禁場所にするには明るすぎる。ベッドなどの家具も一式そろっていることから、誰かがここに住んでいることがわかった。
そして、それが目の前のやつだということも。
「あんたが依頼主か? これでも俺は忙しいんだ、用件は手短に頼むぜ」
巨躯のすべてをローブで覆ったそれの見た目などわからないが、ガードンの物言いは変わらない。むしろ、楽しそうですらあった。
「……君は」その人物はフードに手をかけて。「こんなところに連れてこられて、怖くないのかい?」
露わになった虎の相貌が困惑の視線を投げかける。オレンジの毛並みにこげ茶の縞を持つ顔は、いかつさと優しさを内包しているような印象を与える。
端的に言えばものすごく整った顔をしていた。誘拐されてきたガードンが一瞬見惚れるほど、虎の顔は精悍だった。
「……はんっ、怖がってたら事態が解決すのかよ。んな非論理的な行動してる暇があったら、とっとと解決したいんだ。忙しいっつってんだろ」
工房には彼の手を待つ商品がまだたくさん転がっているのだ。こんなところで時間を浪費している暇はないと、獅子は吐き捨てる。
「わざわざ誘拐なんてしてきやがったんだ、相当面白い依頼内容なんだろうな。これでくだらねえ修理だったらキレるぞ」
なすすべもなく誘拐された身として、拒否権はないと知っている。そしてそれを了承したうえで、依頼を寄こせと獅子は言うのだ。
これがガードンなりの交渉なのだろう、依頼内容は黙秘する、手早く片付ける、だから早く帰せと、態度が物語っていた。
合理の塊のような態度に面食らった虎だが、すぐに思い直し、ローブを脱ぎながら口を開く。
「ありがとう。君に危害を加えるつもりはないんだ」
「んなの、誘拐してきたわりに縛りもしないところを見ればすぐわかるっつうの。まあ俺を誘拐した時の身体能力を鑑みれば、それが余裕の表れでもあるっていうのもわかるがな」
ガードンとて工房を守るための装備や訓練はしていた。それでも手も足も出なかったのだから、この虎が相当強いことがうかがえる。
「逃げるつもりもねえよ。できるとも思えねえし」
「君が賢い人で良かったよ。騒がれたらどうしようって思ったんだ。私はその……人を黙らせる力加減を知らないんだ」
明らかな脅し文句だが、虎にその意図は見えない。ただ本心から困ったようにつぶやくだけ。逃げるのは不可能だなと、ガードンは虎への警戒を上げた。
ローブから現れた虎の全身は獅子の想像以上にたくましく、温和な口調がミスマッチに思えてならないほどに起伏のついた肢体をしている。その腕一本ですら、子どもの胴体ほどあるだろう。質素な服では隠し切れないほどの圧が、虎からは漂っていた。
片腕をアームカバーで覆った虎はガードンを安心させるように微笑むと、軽く礼をしてから話しかけた。
「まずは自己紹介から始めようか。私の名前はカナリア、この集落で……うーん、なんて言うのが適切なんだろうか、まとめ役、なのかな。を、しているよ」
その言葉は確か、古代では『歌を歌う者』だったはずだとガードンは記憶を漁る。そんな可憐な名前を持っていい存在じゃないだろう、とつっこみたかったが、何が地雷になるのかわからないので口を噤むことにした。相手がどんなに温和でも、生殺与奪の権を握られているのは間違いないのだ。
「君をここに呼んだのは、メンテナンスとエネルギー補給のためなんだ」
「なるほどな。俺に目をつけるのは悪くねえ。んで、物はなんだ?」
「……魔道兵って知ってる?」
「……っ?!」
それはおとぎ話に出てくるほど昔に作られた戦争兵器の名だ。
古の、魔道工学が最盛期だった文明が開発した最高傑作であり、世界を破壊する力さえ秘めている、禁忌の中の禁忌。
世界を焼き払い文明の衰退を招いたとして、魔道兵の文献はすべて禁書になっているほどだ。もっとも、読めたとてその構造を理解できるものはいないとされているが。
それがどんな形でどんな性能をしているのかは誰も知らない。
ただ恐ろしい、世界を破壊する兵器という認識だけが、人々の間で根付いている。
「知らないわけがねえだろ。魔道兵といえば、俺みたいな技師ならだれもが知ってる与太話だ」
予想外の名前を聞かされて、ガードンは緊張を尻尾の先までみなぎらせた。魔道兵関係の依頼となれば、自分の手に負えるかどうかもわからない。
自分の技術に圧倒的な自信を持つガードンではあるが、魔道兵とくれば話は別だった。
「そう、よかった。いったい世間ではどんな風に伝わってるのか知らないんだけど……」
そう言いながら、カナリアは片腕を覆っているカバーに手をかけた。驚かないでね、と前置きしながら外していけば、ガードンは目を見開いて言葉を失う。
虎の片腕にはあるべきもの――毛皮がなかった。ただ、筋繊維を模した灰色のコードの集合体と、関節と思われるガラス玉のような魔道コアで作られた人工物。それがカナリアの片腕だった。
「お前、それ……」
魔道工学を専攻するガードンでさえ見たことがない、芸術的な組み立て。義手の技術は発達しているとはいえ、ここまで精巧に人の腕を模したものを、ガードンは知らない。
「あはは……びっくりさせちゃったよね。戦争で人工毛皮が焼けちゃってから、あんまりしっくりくるものが無くて……」
「見せてみろ」
いくら誘拐されてきたとはいえ、ガードンの好奇心は抑えられない。
獅子は無遠慮に腕を引っ張り、その構成を隅から隅まで確認していく。
「なんだこれは……あまりに人の筋肉に類似しすぎている、どうやってこんなものを作ったんだ。人工筋肉の分野は専門外だが、ここまで精巧なものがあるはずねえ。感覚はあるのか?」
「一応。殴られると痛いよ。今だってちょっとくすぐったいし……」
「感覚まであるのか……信じられねえ……」
今までの常識とはかけ離れた作品を前に、獅子は呆然とつぶやいた。現在の技術では到底再現不可能であり、動いていることが奇跡に思えてならなかった。
そして同時に、この虎の存在と自分が誘拐されてきた意味を理解した。
「……つまり、おまえが魔道兵ってことか?」
「その通り。正確に言えば、私たちってところかな」
「魔道兵が何体もいる……」
「うん、君がいるこの村は大昔に逃げ出した魔道兵が住む場所なんだ。みんな戦争が嫌になって……数百年くらいここに住んでるよ。おかげで廃棄処分を免れたんだけどね」
ガードンは最初、何を言っているのか理解するのに手間取ってしまった。伝説の魔道兵が住む村。そんなもの、おとぎ話ですら聞いたことがない。
本来なら鼻で笑って流していただろう。だが、カナリアの片腕を作る魔道具が現実を突きつける。あれだけの品を作ろうと思ったら、あと何百年技術が進歩すればいいのだろうか。
ガードンは優秀な技師ゆえに、それがわかってしまう。
彼が魔道兵という存在なのだと。
「まじかよ……つうことは何か? 俺に頼みたいメンテって魔道兵かよ」
「そういうことだね。半永久的に稼働できる作りにはなっているんだけど、さすがにメンテナンスがないと関節が痛くって……」
「じじいみたいなこと言う魔道兵って嫌だな……だが、俺にその知識はねえぞ」
「それについては大丈夫。私たちも自分のことは自分で調べてある。時間だけはあったから。後はそれを確認して、検証できる誰かが欲しかったんだ。自分たちだけだと、どうしても確証がもてなかったからね」
「まあそりゃ独学ってことだろうし、それで自分の体をいじれるかと言われたら、怖いわな」
衰えた文明とはいえ、ガードンは魔道工学の専攻だ。基礎はできており、その知識を見込んでのことだとカナリアは言う。
「だが、エネルギー補給ってなんだ? 半永久的な稼働を可能にするエネルギーに心当たりなんてねえぞ」
「そうだね、なら順を追って話そうか。……どこから話したらいいかなぁ」
カナリア曰く、魔道兵は空気中に含まれる魔力を取り込んで動く兵器である。
魔力とは生命の源のようなものであり、大昔はそこら中にあふれていた。文明が発達するにしたがって環境破壊などで枯渇していったが、戦争によって文明が滅んだことで、またあふれるようになっていた。
だが、また文明が発達していくことで、魔力量が減少。これにより、稼働に制限がかかるようになってきたのだと言う。
「魔力の取り込み器官もさすがにメンテなしだと効率が悪くなってきていてね。それもあって、稼働限界が近づいてきているんだよ」
「なるほどな。それで俺に知識を仕込んで、メンテしてもらおうってことか」
「理解が早くて助かるよ」
「だが、前文明の遺産なんて、一朝一夕で学べるとは思えねえ。その間に機能を停止する奴が出たらどうする?」
「その時は君から精液をもらうしかないね」
「…………は?」
一瞬聞き間違いを疑ったガードンは口をあんぐりと開けたが、カナリアの表情は変わらなかった。
「知ってるとは思うけど、精液は魔力の宝庫だ。子どもを作るために必要なものがすべて詰まっている。魔石なんて毎回買ってられないし、効率で考えたら一番いいと思うよ」
「待て待て待て、つまり俺にてめえらを抱けって言ってるのか?!」
「まあオナホだと思って使ってよ。どうせ生きている以上性欲はたまるんだから。無駄打ちするくらいなら私たちにくれたほうが有意義だよ」
「どこに穴があるって言うんだよ……」
「もちろん、臀部に。私たちは戦争に赴く兵の慰安も兼ねていたから、穴の具合は心配しなくてもいいはず……数百年使っていないから、経年劣化してる不安はあるけれど」
あの伝説の魔道兵が、オナホでもあった。そんな知りたくなかった現実を叩きつけられて、獅子はこめかみを抑えて頭痛を和らげようとするが何の意味もなく、目の前の虎は当然のような表情を変えてくれなかった。
「それで、どうだろう?」かがんで目線を合わせてカナリアが問う。「私たちは君の技術と精力を見込んで頼み込んでいる。ここまで強引に連れてきたのは申し訳なく思っているけれど、それだけ我らも必死なんだ。早いところ改善しないと、機能を停止してしまう」
「別にお前らの事情なんて知ったこっちゃねえよ。それが依頼ならやるだけだ。魔道兵を調べられるなんて、俺の方が靴を舐めたいくらいだ」
獅子は虎の鼻先に指を付きたてて牙をむく。
「だが、依頼だというのなら、報酬がいる。わかるよな? こちとらこれでも一国一城の主。知識だけでも破格とはいえ、報酬がねえと工房が回せねえ。長期の依頼になりそうだから、もらえるもんはもらっておきたいわけだ」
「もちろん。我らはつつましく過ごしてきたからお金を持ち合わせていない。提供できるのは技術と体だけ。だから、君にはこのカナリアをあげよう。分解して売り払うなり、研究するなり、オナホとして使うなり、好きにしていいよ」
「……そりゃまた大層な決意で。いいのか、感覚があるんだろ?」
「実を言うと、君のメンテを必要としない個体もいるんだ。私たちは長く生きすぎたからね、それを寿命ととらえてあるがままでいたいと願うものもいる。……私もそのうちの一機さ」
「だから俺の気まぐれで死んでもいいってわけね。……ちぃ、人のことをなんだと思ってるんだ」
さすがに魔道工学オタクを自認しているガードンではあるが、人型で感情もある存在を害することに無頓着というわけではない。だが、カナリアにとって技師とはそういうものなのだろう。それが獅子にとっては気に食わない。
「それで、俺は帰れるのか?」
「もちろん。ただ、私もついて行くよ。さすがに途中で逃げられると困るからね」
「監視も兼ねてるってわけか。面倒なことをするもんだ」
「でも、みんなのメンテが終わったら、好きにしていいよ。私を差し出せば、お金には困らないだろうね」
「馬鹿。こんな貴重品を売れるわけねえだろうが。……一応聞くが、拒否権はあるか?」
「あるよ。どうせここの話をしたところで、誰も信じてくれないだろうしね」
「そりゃそうだ」
経験したガードン自身ですら夢だと言われたら信じてしまいそうなのだから、他の人の対応など推して知るべしだ。あまりに荒唐無稽が過ぎて、笑われるのがオチだろう。
正直に言えば、獅子の答えは決まっていた。
魔道工学にのめり込み、若くして工房を運営する英才だ。好奇心も人一倍であり、新しい発見に目がない青さも持ち合わせている。
そんな彼が伝説の兵器のメンテナンスができると言われて、首を横に振るわけがないのだ。その知識が破滅を導くかもしれないと分かっていても、好奇心が彼を突き動かす。
「よし、わかった。引き受けよう。依頼内容は俺が技術を習得してメンテ希望の個体の延命措置をする。期間は達成されるまで。問題ないな?」
「ああ、それで頼むよ。達成した暁には、この私を差しだそう。稼働限界まで好きに使ってくれ」
にぃっと笑って手を差し出すガードンに、カナリアは魔法で作った紙を握らせる。
無粋な真似に眉をひそめた獅子だが、手元のそれを見てみれば契約書であることがわかった。
「契約魔法の儀式だよ。不審なところがないかよく読んでほしい。追記としては、依頼達成前に君が死んでしまった場合、子どもにも引き継がれること。私を好きにしていいけれど、延命措置だけはしないように。などかな」
「ふーん、秘密保持に関してはないのか。どうせだれも信じねえとはいえ、集落の場所がばれるのは困るだろうに」
「ああ、それに関しては問題ない。ここは次元のはざまみたいなもので、今の文明レベルだとまだたどり着けないから」
「お前に無理矢理道を作らせることもできるだろうが」
「残念ながら、私に次元のはざまに行く能力はないよ。私は魔道兵の中でも、特に戦闘に特化した型でね。破壊とせん滅しかできない、ただの兵器だ。それに、秘密保持なんて結んだら、私を売ることが違反になってしまう」
「どうりで誘拐されてから時間がたってないのに、こんな見知らぬ場所にいたわけだ。んで、違反した場合は?」
「え、今の世界って契約魔法に書かれた内容に違反できるものなのかい? 私たちの時代では契約の内容は絶対で、違反することができないようになるっていうものなんだ」
「……なるほど、それは秘密保持の項目なんて作れねえわな。ちなみに言っておくと、俺らの間で契約魔法と言えば、違反に罰を下すっていう魔法だ。軽微なものから大きなものまで、契約の中身にともなって罰の内容を変えるのが主流になっている」
「へぇ……でもその方が良いかもね。軽い違反すらできないと、窮屈だろうし」
一通り目を通して確認するも、不審なところは見当たらない。署名を行う部分には、空欄の他にブレイカーF―178と型番らしきものが記載されていた。
依頼達成の報酬という項目でガードンが受け取ることになっているのがこの型番であることから、これがカナリアの本名なのだろうと獅子はあたりをつけた。
「確認だが、この型番はお前ってことでいいんだな?」
「ああ、そうだった。普段使わないものだから、失念していたよ。ほら、ちゃんと刻印されているだろう?」
ズボンを下ろした太ももには確かに刻印があった。芸術品を思わせるほどたくましく精巧な起伏には、書類と同じ名前が刻まれている。
問題は、凶器のようにでかいちんぽも一緒に出ているということで、ガードンの視線はふてぶてしい竿と膨れ上がった袋に吸い寄せられてしまった。
萎えている状態だというのに、カリの段差が一目でわかる。ただでさえでかいのに、勃起すればどうなってしまうのだろう。ガードンは想像すらできなかった。
「うおっ! なんだてめえ?!」
「え、製造番号の確認だけど……? どうかしたのかい?」
「何でもねえ! 良いからさっさとしまえ!」
首をかしげながらもいそいそと虎がズボンを上げてくれて、ようやくガードンは一息つける。人工物だけあって、この虎の見た目は本当に素晴らしいのだ。
おそらく、服を着るという文化は学習されているが、それがどうしてなのかまではわかっていないのだろう。オナホとして使われていたことからも、羞恥心という概念が希薄なのだとガードンはあたりをつけた。
だが、これで書類に記載されている番号とカナリアが同一だということが判明した。
契約内容に不備はなく、ガードンは空欄に署名を行うことをためらわない。
「おら、これでいいだろ」
「……うん、間違いなく君の名前だ。これで契約は成った。これからよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくな」
契約相手に向けて親愛を示すために手を差し出すのはガードンのくせのようなものだ。先ほどは失敗したその行為を再度繰り返し、虎の手を求めた。
だが今回もまた、返ってくるのはきょとんとした視線だけで、求めたものが来ることはなかった。獅子は頬張った飴に牙を突き立てながら、辛抱強く待つ。まさか古代に握手の文化がないとは思えなかったからだ。
案の定、カナリアは困惑を強め、どうしたものかと尻尾をくねらせながら口を開いた。
「もしかしてだけど、握手しようと言っているのかい?」
「あ? これから長い付き合いになるんだ、最初の挨拶は大事だろうが」
「……私は魔道兵なんだけど」
「だからなんだよ。兵器だろうと何だろうと、感情があればコミュニケーションは成立する。だから手を差し出す。それだけの話だぞ」
「うん、わかったよ……」
差し出された手はとても大きく、成人している獅子の手が子どものように見えるくらいだ。ごつくふわふわの掌に包まれて、ガードンはしっかりと握る。
こうして伝説の魔道兵と一介の魔道工学技師であるガードンは繋がりを得た。古代文明の技術を学べるまたとない機会を前に、獅子のたてがみは興奮に打ち震えている。
仕事は真摯に。面白そうな仕事なら特に真摯に。
それが一人で工房を運営する獅子のモットーだ。魔道兵に関する仕事となれば、好奇心を抑えられるわけがない。
態度こそぶしつけだがその瞳は先ほどからカナリアを観察しており、人との違いを探すのに一生懸命だった。
もちろん、隠す気もないそれにカナリアが気づかないわけもなく。期待に応えようと肉体美を覆う薄い服を脱ぎ始め、屈強な体をさらけ出していった。
「何してんだよ!」
「私の体に興味がありそうだったから、いろいろ見てもらおうと思ってね。知識を教える意味でも、魔道兵の構造に詳しくなってもらったほうがいいだろう?」
「そ、それはそうだが……」
カナリアの体はでかくたくましく、それでいて綺麗だった。
彫刻をモチーフにして作られたと言われたら信じてしまうほど筋肉の起伏が整っていて、動きの一つ一つに追従して盛り上がるさまはえらく艶めかしい。顔の作りも秀逸で、虎という種族の最適解を突き詰めた造形は、雄々しさの中に確かな美しさがあった。
そんな存在が目の前でストリップをしているとなれば、目を縫い付けられてしまうのは当然。雲間から太陽が差し込むように、邪魔な衣服からのぞくつややかなオレンジの毛皮がガードンを魅了する。
「ああよかった」獅子の様子を確認してカナリアが言う。「君が私たちのような体に興奮してくれることは確認済みだったんだけど、これなら魔力補給も問題なさそうだ」
「……てめえ、いつ人の性癖を調べたんだよ!」
「私たちだって適当に君を選んできたわけじゃないんだよ。人目に付かないように町を調べて、一番相性の良さそうな技師を選んだんだ」
はたから見れば、カナリアを包む毛皮が人工など誰も気づかないだろう。生物のものとそん色なくはためくさまは、むしろむき出しの片腕をさらに異質に仕立て上げている。
だが、そうでもなければガードンはこの精巧な虎が魔道兵だと忘れてしまいそうになる。体を鍛えている騎士ですら見惚れるだろう肢体は、まさに完璧と言ってよかった。
「ガードン=ロンドランド。王都テスラにて工房を営む男性。王立学園魔道工学科を首席で卒業後、数多の誘いを蹴って父親の残した工房を継いだ。腕前は良く、性格面は口が少し悪いが人情深い。魔道工学にのめり込んでおり、恋人がいたことはなし。童貞」
「何勝手に個人情報を調べ上げてんだよっ!」
「一応私の迷彩機能はこの時代ではまだ見破られることはないんだ。こちらも慎重にならざるを得なくてね、色々調べさせてもらった。結果として、君以上の適任はいなかった。技術の習得にどれくらい時間がかかるかわからないから、若い方が良い。魔力補給の意味でもね」
カナリアは露わになった上半身のたくましさを誇示するように力こぶを作ったり、胸を寄せてあげることで谷間を深めたりしている。
どう考えても、この虎はガードンを誘惑していた。
ここが娼館なら瞬く間にトップを取るだろう体と顔を持つ虎は、表情を変えずに煽情的な動作を繰り返す。そのため、どこかちぐはぐな印象を受ける。
ただただ獅子をうかがいながら、上げた腕からのぞく腋に鼻面を近づけたりもしているが、やはり機械的な印象はぬぐえなかった。
「どうだろうか。君の部屋にあった本を参考にしているのだが、こういうので問題ないかい?」
「……ああ、そうだな! こういうのが好きなんだよ俺は、畜生! ただそんな硬い顔してたら、立つものも立たねえがな!」
自分の性癖がばれていることへの羞恥に顔を赤らめながら、獅子は吐き捨てる。カナリアが最高の雄であることは確かなのだ。こうなったら遠慮なんていらないと、恥を勝気で覆い隠すことにした。
「む……そうかい。あいにく使われていた頃は私の表情を指摘するような人はいなかったから、学習ができていないんだ。今度鏡を見て調節しておくよ」
「そうしてくれ。俺だって嫌がる奴を抱く趣味はねえぞ」
「嫌だとは思っていないよ。先ほども言ったが私の肛門部位は数百年使っていないため、使用テストが必要だ。それに、魔力量の確認も行いたい。ティッシュに分泌されたものでは正確な量がわからないからね」
「てめえひょっとして……俺がオナってる時もそばにいたのか……?」
「うん、残虐な性的嗜好があってはみんなが困るかもしれないから、確認したかったんだ。私の見立てでは、普通と称して差し支えないと判断したよ」
「~~~~っ!!」
ガードンとて健全な男性だ。自家発電くらい頻繁にする。
だが、それを見られていたという事実が、黒い毛皮に赤を混ぜてしまう。
「どうしたんだい?」そんな機微など全く意に返さない虎が首をかしげて。「興奮してくれたのかな。してほしいことがあったら遠慮なくいってほしい。できる限り応えるよ。これから長い付き合いになるのだから、君の性的嗜好をおしえてね」
もはや何を言っても無駄なのだろう。そう悟ってしまえば、怒ることも面倒に感じてしまった。
ガードンは手で顔を覆いながら長いため息吐いて、冷静さを取り戻そうとする。このままではカナリアのペースにハメられたままだ。
「わかった。お前が情緒を解さない奴だってことがよーくわかった。二度と覗くんじゃねえぞ」
「君がそれを望むなら。だが、別に私のような魔道具に見られたところで、問題はないと思うのだが……」
「人じゃなかろうと感情のあるやつに見られるのはごめんだね。雰囲気も何もあったもんじゃねえ」
ふいっと視線を魅惑的な虎から引きはがすことに成功して、ガードンはそっぽを向いた。
今度視界に入れたら我慢できる気がしなかった。
「抱かないのかい?」
「んな気分じゃなくなった。それに、とっとと帰って今日の仕事をしなくちゃいけねえんだ。乳繰り合ってる暇なんてねえよ」
「確か昨日も出していたからまだ溜まっていないのかな。やりたくなったらいつでも言ってほしい」
「そういうとこだって言ってんだよっ!」
「……すまない、君が何に怒っているのかわからないんだ。それも含めて、これからいろいろ教えてほしい」
しょげているところを見ると、おそらく本心なのだろう。これは面倒なことになった。ガードンはこれからするであろう気苦労を思い辟易とするが、同時に期待もしていた。
魔道兵からもたらされる知識とは、果たしてどんなものなのか。それを使えば、現代文化のさらなる改良が望めるのではないか。
一介の技師として、ガードンはその未来を考えずにはいられない。頬張った飴の甘さのような都合のいい未来かもしれないが、ガードンにはそれを成しえるだけの才と若さがある。
興奮のあまり口角が上がる獅子を見て、カナリアは嬉しそうに笑うだけ。魔道兵と言うにはお節介すぎる虎は、兵器には向かない優しさを持っているように見える。
(だから逃げ出したんだろうな。兵器に感情を持たせるなんて、ひどいことするもんだ)
「腕、隠しておけよ」
「わかってる。見ていてあまり気分のいいものじゃないだろうしね」
「そうじゃねえよ。お前が魔道兵だってばれる可能性があるから言ってんだ。俺はかっこいいと思うぜ」
「始めて言われたよ。人の子はみんな怖いとか言って、すぐ人工毛皮をかぶせようとするのに。それに、私もそう思うからね……」
魔道具オタクである獅子の感覚は常人とは違う。それだけの話なのだが、カナリアは顔をほころばせて尻尾を揺らす。どうやら褒められたことが相当嬉しかったようだ。
「それじゃあ行こうか。次元を超える門がある。そこからなら出入りできるよ。ここに帰りたいときは私に言ってくれれば、通信で門を開けてもらうから」
「次元を超える門か……連れてこられた時には目隠しされて見てなかったんだよな。どんな構造になってるのか、一通り調べてもいいか?」
「現代はまだ理論がそこまで至っていないし、作るのは無理だとは思うけど……」
「さすがに作れるとは思ってねえよ。原理を理解するのにも時間がかかるだろうし、それはお前らとの契約の範囲外だ。これは俺の興味だよ」
「それならいいよ。彼らのメンテが終わってからなら、門にも必要かもしれないし、学んでみるといい」
「よし、さっそく見に行こうぜ」
「わかったよ」
そう言いながら手を差し出すカナリアに対し、なんで握手をと怪訝に見つめるガードン。
「迷子になったら大変だからね」
「俺は子どもじゃねえよ!」
****
作業が終われば魔道兵の解析が待っている。そう思えばガードンは普段の倍以上の速度で仕事を進めることができた。
工房に戻った獅子は圧倒的な集中力で本日予定している作業をすべて終わらせたが、まだ日は高いままだった。
「ふぅ、終わったな」
汗がにじむ額をぬぐって、獅子はため息を吐く。我ながらよく働いたと、内心では自分をほめていた。
そんな様子を身じろぎせず見ていたカナリアは、そそと音もなく近寄ってガードンへと笑いかけた。
「すごいね。いつもよりずっと集中していたよ」
「お前に普段のことを言われるのはちょっと慣れねえけど、まあ、ありがとうな」
「待ってるだけなのも暇だから、お茶を淹れてみたんだ。口に合うかわからないけど、良かったらどうぞ」
「おう、助かる。喉がカラカラだったんだ」
熱すぎない程度の温度は一気飲みするのにちょうどよく、獅子は飲み干してから満足そうに口元をぬぐう。
飲む人のことを考えられた淹れ方は、兵器だとは思えないほどだ。気を効かせるという概念を、まさか兵器が持っているとはガードンも想像していなかった。空になったカップを見ながら、その技術力に感嘆してしまう。
「ずっと作業を見ていたけど、手際が良かったね。さすが英才と呼ばれるだけはある。君ならきっと私らの構造も理解できるはずだよ」
「世辞は嬉しいが、お前の腕に関してはなんもわからなかったからな、先は長そうだ」
「時間はあるから気長にいこうよ。それじゃあ今日はもう仕事納めかな?」
「まあそうだな、後は夜まで何もねえ。お前らを調べるためにとっとと終わらせたんだ。その体、調べさせてもらおうじゃねえか!」
「うん、隅から隅まで調べて。答えられることならなんでも答えるよ」
目を輝かせる獅子に微笑みを返す虎は、薄い衣服を脱いで全身をさらけ出す。
起伏の強く盛り上がった屈強な肢体があらわになり、ふてぶてしく垂れ下がる幹や袋も丸見えになる。亀頭や乳首も綺麗な桃色を持っていることもわかってしまい、ガードンは意気込みをすかされてぎょっと目をひん剥いた。
「うおぉっ!」
「魔力取り込み回路は背中にあって、人工毛皮をはがないといけないんだけど……」
わかりやすくするために後ろを向けると、張りのある尻が大きく膨らんでいることもわかってしまう。子どもの顔よりでかい尻を食い入るように見つめていたガードンだが、何とか視線を引きはがす。今見なければいけないのは背中だ。
すると、凸凹が際立つ背筋の上部、左右の肩甲骨あたりに小さな四角のスペースを見つけた。
「ひょっとして、これか?」
「そうそう。ここから大気中の魔力を取り込んでいるんだ。試しに触ってごらん」
触ってみても人工筋肉との違いが判らない。そこはただ硬く、そして温かかった。
「あんまりわかんねえな」
「実はちょっとだけ手触りが違うんだけど、毛皮越しだからね。通気性のいい素材を使ってるんだ」
「知れば知るほどやばい文明だな。こんな小さい穴から、兵器を動かせるだけの魔力を取り込むなんて」
「その知識をもっとまともなことに使ってくれれば、こんなことにならなかったんだけどね」
さらりと感慨を吐く虎に、なんて声をかければいいのかガードンにはわからない。
それでも魔道工学技師として、最低限のことを言わねばならないことはわかっていた。
「人なんていつだって愚かなもんだ。今も兵器作ってやれ領土がとか、やれ平和がとかずっとぬかしてるからな」
「それでも君は魔道具を作るんだね」
「俺にできることはこれだけなんでな。それに、生活が豊かになれば嬉しいだろ。寒い冬の日に温かい水が使える、暑い夏の日に部屋を涼しくすることができる。それだけで生きていける人がいるんだ」
「うん、人はもろいからね」
「お前からすりゃ、どんな生物ももろいだろうよ。だけど、なんだ……今のはただ、親父の受け売りだよ。あいつはそう言いながらずっとこの工房と周囲を守ってきた」
「君はその意志を継いだんだね」
「そんな高尚なもんじゃねえよ。親父のお得意様を路頭に迷わせるのが忍びなかったってだけだ。魔道具すら高価で、その修理に金を出せない人は多い。一般人にはその仕組みなんて意味わかんねえだろうしな」
だからロンドランド工房にはいつも修理の依頼が絶えない。それに加えて、独自の改良を施した魔道具は常に予約が埋まっている。彼ら親子の作る魔道具は安価で質が良いと評判だった。
工房が閉鎖されてしまえば、彼らが冬を越せなくなるかもしれない。魔道具は人々を豊かにするものだと、ガードンはずっと聞かされて育ってきた。だからこそ、父親のいなくなった工房を継いだのだ。
「ようするに」虎の広い背中に遠い人を重ねて。「俺らは親子そろって馬鹿なんだよ。金の稼ぎ方がへたくそで、あくせく働かねえと工房を維持できない程度に馬鹿なんだ」
「ふふっ」
「……何がおかしいんだよ」
背中越しに振り返る虎の目は温和に弧を描いていて、魔道具とは思えない温かみがあった。
あまりに魅力的だったから、つい獅子の心臓が高鳴ってしまう。
「ごめんよ、馬鹿にしたつもりはないんだ。ただ、君があまりに素直じゃないから、かわいくなって」
「ちっ、長くを生きてると魔道具でもそんな年寄りじみた口を利くんだな」
「魔道兵それぞれかな。私はもともと子どもたちと友達になるためのぬいぐるみに搭載された人工知能だったから、魔道兵の中でも人が好きな方だよ。カナリアって名前はその時に付けられたものなんだ」
「なんだってそんなお前が魔道兵になってんだよ」
「戦争が続くといろんなものが不足するからね。思考ユニットの生産が追い付かなくなって、私の再利用が図られたってわけ。学習コストも馬鹿にならないしね」
あっけらかんと言ってのけるカナリアだが、ガードンにはそんなカナリアだからこそ嫌気がさして逃げ出したのだということがわかってしまった。
子どもの友達となるべく生み出されたというのに、人を火の海に沈めることを強制されるのはどれほどの苦しみなのか。ガードンには想像もつかない。
だから、自分にできることはしようと決めた。
「ここにはお使いでやってくるガキも多い。そいつらの対応くらいやってもらえると助かる」
「いいのかいっ! ……あ、でも、今の私はちいさくもかわいくもないから、きっと怖がらせてしまうね」
「慣れればいけるだろ。お前は魔道兵とは思えないほど温和だからな。俺の方からも説明くらいはしてやるよ」
「ありがとう! やっぱり君は良い人だね!」
「別に。突っ立ってるだけなのが暇なら仕事でもしてくれってだけだ。ほら、とっとと魔力取り込み口の構造を見せろ。教えてくれるんじゃねえのかよ」
「ふふっ」
またも柔らかい笑みを向ける虎に、ガードンはむずがゆさを覚えてしょうがない。自分が裸になることには抵抗がないくせに、他人の羞恥に敏感なのは子どもと触れ合っていたせいだろう。
また子どもらしいと思われた腹いせに、獅子は不機嫌そうに舌打ちを返しておいた。
「そうだね。人工毛皮には切り込みがあって、そこからはいでいけばいいよ。終わったらまた張り付けてもらえば大丈夫。背中の下あたりにあったはずだけど……ちょっと触って確かめてもらえるかな?」
背中の下とは尻に近い部分だ。そこをまさぐれという指示をもらって、獅子の指先が惑う。
ごつごつした背中に軽く爪を立て、ひっかかるかどうか確かめる。その感触は人そのもので、どうしたって豊満な尻が見えてガードンの視線が泳いでしまう。
「見つかった?」
「もうちょい待ってくれ」
「うん、ひょっとしたらお尻の境目かもしれないから、もっと下を探ってみてもいいよ」
「もっと下?!」
尻尾の付け根の下に広がる尻肉のはざまは魅力的なデルタを描いており、あからさまにここから尻だと分かる起伏がある。そこをまさぐれば、揉みたくなる誘惑が獅子を襲う。
「あんっ」
しかも、カナリアからは何とも艶めいた声がまろび出る始末。冷静な頭の片隅で毛皮が連動して逆立つ細かさに感動するが、思考の大半はそれどころではなかった。
「ごめん。尻尾の付け根が性感帯に設定されてるから、あんまり触るとモードが切り替わっちゃうかも」
「なんだそれ……」
「人で言うところの発情かな。性感帯部位からの刺激が一定以上になると、セックスするための機能がオンになるんだ。だから、勃起とかしてもあんまり気にしないでね」
あの萎えているだけでふてぶてしい一物が勃起して、気にするなというほうが無理だ。童貞にはあまりに難しいお願いだということがわかっていない。
だが、そんなことを言うのは獅子のプライドが許さないし、仕事には真摯だ。だから気にしないふりをしながらも、なるべく尻尾の付け根を避けてまさぐることにした。
広い背中はたくましさの塊であり、気を抜くとつい目が釘付けになってしまう。それでもようやく切り込みを見つけてめくれば、一面に灰色が広がった。
人工筋肉は人によっては忌避するだろうが、ガードンにとっては宝でしかない。その組み立てがいかに素晴らしいかなど、一目でわかってしまう。
「すっげぇな!」
だからこの時ばかりはカナリアの魅力が魔道具への好奇心に上書きされてしまい、遠慮せずにいたるところを触りまくった。コードのつなぎ目から素材まで、未知で構成されたすべてが途方もない価値を持っている。
「はぁーこんな組み込みがあるのか、確かにそれなら魔力のロスを抑えられるな……神経伝達部分がどうなってるのか気になるな……命令系統からの司令をどうやって処理してんだ……?」
「分解してみるかい?」
「同じように組み立てられる自信がねえよ。それに、痛いだろ?」
「痛覚は遮断できるから大丈夫だよ。もう長くないんだから、稼働しているうちにしかできないことは調べておいた方が良いよ」
「うるせえ。んなむごいことできねえよ。もっと自分を大事にしろ」
「うーん、君は魔道具に感情移入しすぎじゃないのかい? これじゃあ知識の習得が遅れてしまうよ。どうせ私の稼働年数なんてたかが知れているのだから、気にすることないのに」
「感情移入するに決まってんだろ。お前はこうして話もできる、痛みも感じる。ふざけたことぬかしてんじゃねえよ」
「君が優しいだけなのか、それが今の価値観なのかわからないけど……そう言われて悪い気はしないね。優しい子は大好きだよ」
「そうかい、どうも」
子どもの相手ができると知って喜んでいたその口で、無慈悲なことを求めるカナリア。自分のことを道具だと刷り込まれているのかわからないが、ガードンにとって不愉快なことに変わりはなかった。
それから魔道兵の構造について簡単に教えてもらっているうちに日は沈み、夜へと近づいて来た。何かの合図を告げるベルが時計から鳴ると、ハッと没頭から引きあげられた獅子が立ち上がる。
「おっと、もうこんな時間か。店を開けるぞ」
「手伝うよ。だけど、観察してた時から不思議だったのだけど、どうしてこんな時間に店を開けるんだい? 普通は朝からじゃないかい?」
「……最初はちゃんと朝に開けてたさ。だけど、そうすると厄介な連中が押し寄せてきてな。迷惑だから夜にこっそり開けることにしたわけだ」
「ひょっとして、たまにこっちを隠れて監視してくる人たちのこと?」
「当たり。そいつらの目を欺くために、夜しか開けないってわけだ」
「不便だね。まあ、おかげで朝に誘拐しやすかったんだけど……」
「今度からはもっとセキュリティを強化しとくよ」
苦々しくつぶやいて、棒キャンディを頬張ったガードンは店へと向かう。だが、電気を大々的に付けるわけでもなく、裏口のカギを開けるだけ。
いつもこうしていると分かっていても、カナリアが首をひねってしまう。ガードンほどの実力と名声なら、もっと大々的に開いて客を寄せてもいいはずだった。
そんな疑問を虎が持て余している間に、小さな入り口から年老いた犬の男性がゆっくりと入ってきた。小脇には魔道具らしきポットを持っている。
「よおバラックのじいさん。また壊れたのかよそれ」
「毎日使えば壊れるのもすぐじゃて。いつものように直してくれ」
「ったく、気楽に言ってくれるぜ。ほら、貸せよ」
獅子はカウンターに置かれたポットを手際よく分解し、原因を探し始めた。慣れたものなのだろう、その手先に迷いは一切見られない。カナリアから見ても、ガードンの腕は確かだった。
「ときに、お前の後ろの彼は誰なんじゃ?」
「ああこいつか。こいつはなんて言ったらいいか……まあ、助手兼護衛みたいなもんだ」
「いいことじゃ。お前には親父さんのようになってほしくはないからな。お前さん、名前は?」
それが自分に向けられているのだということに、カナリアは一瞬気づかなかった。魔道具である自分にコミュニケーションを求められているのだと理解するのに、わずかな間を要した。カナリアの記憶では、この場合は持ち主が自慢げに話すのが通例だった。
「え、私か? 私はカナリアだよ」
「ほう、えらく可愛い名前じゃないか。確か……古代の言葉で『歌を歌う者』じゃったな。小さい頃はさぞかし可愛かったんじゃろうな」
「そうだな……小さい頃は確かに可愛いとよく言われていたよ」
それは魔道兵になる前の話ではあるが、何も嘘は言っていない。元がぬいぐるみだったカナリアは子どもたちから可愛いと言われ続けてきたのだから。
「カナリア。ガードンを頼む。こいつは父親から技師の才能を受け継いだが、同時に無鉄砲さも受け継いでな。商人たちを敵に回してもわしらのために技術を振るってくれる。ありがたいことだが、これ以上かわいそうな目に合ってほしくはないんじゃ」
「ガードンの過去に何かあったのかい?」
「……それは本人に聞くのが筋だろうな」
「あーうるせえうるせえ。余計なことなんて言わなくていいんだよ。ほれ、終わったぞ。今回も使い過ぎで部品の一部が劣化しただけだった」
会話を打ち切ったガードンは、めんどくさそうにたてがみをかきむしる。そこから質問しようとするカナリアは視線で制し、犬の老人にポットを押し付けた。
「代金はいつも通りでいい。またごひいきに」
「お前の所は本当に部品代程度しかとらんから助かっとるよ。だが……」
「いいって。それが親父の立ち上げた工房の決まり事なんだ。金持ちからは大量にせしめとるってな」
「……カナリア。ガードンを頼んだぞ」
これ以上言うことはないと、老人が去れば虎が気になっていたことを聞くだけの時間が生まれる。
カナリアが首をかしげながら獅子を見つめれば、ため息とともに許諾をもらったので遠慮せずに口を開くことにした。
「部品代程度? 魔道具技術は専門職であり、高給取りとして認知している。しかも君は王立学園を首席で卒業している。望めばかなりの富を築けるはずだ。それでは労働と対価が釣り合わないだろうに」
カナリアの言っていることは正しい。現に獅子が学園を卒業する際には、著名な研究施設や工房から数多の誘いがかかっていた。
それらをすべて蹴ったガードンが日銭を稼ぐ生活をしているということに、カナリアは得心がいかない。父の残した工房を継ぎたいという思いは納得できても、もうけを出さないというのは理解しがたいことだった。
首席で卒業できるくらい賢いガードンがわからないはずはない。それでも本人は鼻で笑って肩をすくめるだけ。
「今について色々調べたっつったな。だったら魔道具がどの程度の価値を持つのか知ってるか?」
「ある程度は。先のご老人が持っていたポットを買おうと思えば、平均給与で数か月分かかるだろう」
「そう。水を温めるだけのちゃちなポットにつけていい値段じゃねえんだよ。そんなの、学生ですら作れるんだぜ?」
「……技術力の低下による価値の上昇ではないと?」
「はんっ、そりゃ魔道兵様から見りゃあんなのはおもちゃよりチープだろうが、俺から見ても粗製なんだよ。部品だって材料があれば自作できる程度にな」
最先端の学園で学んだガードンにとって、魔道具の価値がどれほど愚かなのかもわかっている。簡単な品物でさえ、平民には手の届かないものなのだ。
「部品代っつっても部品は自作してんだ、その分はまるまる儲けだよ。だから別に稼いでないわけじゃねえ」
「さすがに非効率が過ぎるよ。手間がかかりすぎてる。部品を買うことはしないのかい?」
「魔道技師連盟から疎まれてる俺と商売してくれるっていう商人なんかいねえよ。昔は親父が懇意にしてる商人がいたんだが、部品を買うと金がかかるからな。断ったよ」
「そこまでして……なんで……」
ガードンの才能は古代文明の集合体であるカナリアも認めるものだ。
本来ならもっと華々しい道を進み、世界の文明レベルを上げる一助として活動していてもおかしくはない。
だが現実はその日暮らす分の金銭にも苦労し、貧しい人たちのために身を粉にして働いている。戦争で人の醜い面を数多見てきたカナリアにとって、ガードンの善性はまぶしすぎた。
「寒い冬の日に温かい水が使える、暑い夏の日に部屋を涼しくすることができる。それだけで生きていける人がいる。親父の口癖だよ。だから原価破壊だとかなんだとか難癖付けられても、馬鹿みたいに安い値段で商売するのを止めなかった」
「それは確かに、他の技師からすればたまったものじゃないね」
「でも今のじいさんだってあのポットが無けりゃ温かいシャワーを浴びることもできねえ。年寄りに冷たい水で体を洗えってのは、酷だと思わねえか?」
その理屈はカナリアにだって想像がつく。だが、実践できるかどうかは別だ。
このようなボランティアに近い活動を、商売というのもはばかられるだろう。世が世なら聖人と称えられるべき偉業。それがこうして人目を忍んで夜にしか商売ができないなど、カナリアは不遇と称さずにはいられない。
「魔道具は確かに生活を豊かにしてくれる。でもな、技術は独占され、金持ちにしかいきわたらない道具に何の価値がある。魔道具は金稼ぎの道具じゃねえんだ、俺はそんなことをするために学んできたんじゃねえ」
「だから、お父さんの志も継いだんだね。私の調査では事故らしいけれど、惜しい人を失くした」
虎がそのことに触れると、感情を昂らせた獅子が飴玉をかみ砕いた。その後眉間のしわを深くして、消化できない感情を吐き捨てる。
その声には重々しい怨嗟が宿っていた。
「銃弾で貫かれたことが事故って言うならそうなんだろうな」
「……そう」
子どもたちのための愛玩具であったカナリアはある程度歴史というものを知っている。そして、それが権威主義の道具であることも。
あの老人がガードンを心配する理由が、ようやく虎には腑に落ちた。
「誰がやったんだい?」
「知らねえよ。商売の邪魔になってた商人協会、お抱え技師の依頼を蹴った貴族、権利の抱え込みの障害になってた魔道技師連盟。候補はごまんといる。いちいち数えるのも面倒だ」
「それでも君はここに立っているんだね」
それは勇敢で、孤独だ。誰かに寄り添うために作られたカナリアはその大きな体で獅子を抱きしめる。そうすべきだと、からくり仕掛けの体の奥底で何かがささやくのだ。
この獅子を守らなければならない。カナリアは優しい子どもが何よりも大好きだから。
「なんだよ……」
「頑張ったね。たくさん、たくさん頑張ったね」
「だから……ガキ扱いするなよ。俺だってもういい大人なんだぜ」
「うん、わかってるよ。だけど、私は君に寄り添う人形だから。例え兵器になっても、それだけは変わらないんだ」
引きはがすことなど不可能と判断して、しぶしぶ腕の中でガードンはおとなしくなった。たくましい虎の体は安心感をくれて、久しく感じていなかったぬくもりに浸ることができる。だから、これも悪くないと、少しだけ思っていた。
一方で、カナリアは最初に誘拐した時のガードンの態度が、覚悟から来ていたということがようやくわかった。いつか父のように殺されるかもしれない、その覚悟が最初から備わっていたからこそ、あのふてぶてしい態度だったのだ。
そしてそれは、たとえ殺されることになったとしても、絶対屈しないという意志の表れでもあった。そんな覚悟を抱いてここに立っている。カナリアには痛ましく思えてならなかった。
「私は君の友達。君に寄り添う者。君のことは私が守るから、安心してほしい。私が止まるまでは、そばにいるよ」
「そいつはいい。あの伝説の魔道兵がいてくれれば、怖いもんなんてねえな」
「うん、だから絶対、絶対大丈夫、ね」
「……お前、たまに子どもあやすみたいな口調になるのまじでやめろよ」
無自覚なカナリアのきょとんとした顔を見つめて、ガードンは深々とため息を吐く。
魔道兵がこんなにも人らしいなんて想像すらしていなかった。少しずれているところはあるが、ガードンは嫌いではない。
(ああ、でもこいつは――)
強くてたくましい魔道兵。カナリアという名前を大事にしている、優しい魔道具。
子どもと触れ合えると知れば喜び、人の悲しみに寄り添うことができる彼は。
(延命を望まないんだ)
メンテナンスなど自分に関係ないというのに、こうしてガードンを守ることを約束してくれている。それに、契約が満了した暁には自分を差し出すとまで言っているのだ。これから壊れるまで、ガードンの道具になることを認めている。
どうしてそんな決断をしたのか、獅子にはわからない。長い時を生きてきて嫌になったのだ、と言われたら納得してしまうだけのいきさつはある。
(だけど、こいつはそうじゃないだろう)
どこまでもお人好しで、誰かのためになることを喜ぶ性質だ。そう作られたのだとはいえ、嬉しそうな顔を見ればそれだけだとは思えない。
だからガードンの知らない何かがまだあるのだ。
「おい」
カナリアのことをお人好しだと評するくせに、父親譲りのお人好しを持つ獅子だ。思考が行きついてしまえば、無視するなんて無理な話で。
「お前、なんで延命希望しないんだよ」
「え?」
予想だにしなかった質問に目を瞬かせるカナリア。確かに脈略なかったなと反省した獅子は、もう少しだけ言葉を加えることにした。
「お前が教えてくれるなら、その体でメンテの練習をしたほうが楽だろうが」
言葉を付け加えるどころか全く意味が変わってしまったが、これがガードンにできる最大限の譲歩だった。すでに何百年と稼働しているカナリアに、止まらないでほしいなんて言えるほどわがままではなかった。
「それはそうだけど……ごめんね、もう決めたことだから」
「なんでだよ……」
「えーと、うーん……大した理由じゃないんだけど……秘密でお願い」
「はぁ?!」
まさか隠されるとは思わなかった獅子は、あんぐりと口を開くことしかできない。だが、こう言われてしまえばこれ以上追及することもできず、尻尾をくねらせて諦めることにする。
虎の腕から抜け出すと、隙間に空気が入り込む。部屋の気温は一定にしてあるはずなのに、なぜか寒いなと獅子は感じた。
「しょうがねえ。話したくない事を無理に聞き出すのも野暮だ。そろそろ仕事に戻るぞ。客がいなくてもやることはあるんだからな」
「わかったよ。手伝えるように少しずつ教えてくれないかな」
「そのつもりだよ。長い付き合いだってんなら、しっかりと働いてもらうからな。昼に直した魔道具を客が取りに来るだろうし、まずはその流れでも覚えてくれ」
「うん、任せて」
返事をしながら獅子の後に付いてくる虎はうきうきと尻尾を振って、ついでにでかい尻も弾ませる。
ちょうどその時次の来客を示すベルの音が鳴り、二人してそちらへと向かう。
こうして、ロンドランド工房に新たな従業員がやってきたと噂が広まるのは、すぐのことだった。
****
カナリアが工房に居付いてから、ガードンの生活はかなり安定した。
索敵能力を兼ね備えているおかげで不穏な気配などはすぐに察知できるうえに、自身の戦闘能力も最強なのだ。護衛として彼ほど優秀な者はいないだろう。
物覚えもよく、脳内メモリの許す範囲で忘れることがないため、仕事を教えるのも楽だった。もともと家事全般が得意だったこともあり、仕事ばかりで手が回らなかった家がかなり綺麗になった。
見目の麗しさが天元突破してることもあって客からの評判も上々。それでいて性格も温和で優しいとくれば、もてないわけがない。いろんな人からどこで捕まえたんだと聞かれることに、ガードンが辟易とするほどだ。
まさか誘拐されて知り合ったとは言えず、適当に濁すことにも飽きてきていた。
平均より頭一つ以上高い背丈に加えて、騎士をも凌駕する肉体美、さらに顔がいいとなれば人目を引くのは当然だ。片腕のカバーはやけどと言うことでごまかしているが、それを差し引いてもカナリアは注目の的だった。
昼には魔道兵について学び、夜は仕事に精を出す。
誰かに害されることを恐れる必要がない生活は、ガードンの心に久しぶりの安寧をもたらした。
だが、順風満帆な生活にも一つだけ、ガードンには困ったことがある。
それは夜の仕事が終わってから、ここ最近は毎晩行われていることだった。
「ねえガードン。今日もしないのかい?」
「その恰好を止めろ……!」
いまだ見慣れることのない彫刻のような肉体をさらけ出し、カナリアが乞う。
ガードンのベッドの上で大股を開いており、これまた形の良い肉棒がしっかりと立ち上がっていた。大振りの袋も垂れ下がっていて、雄の魅力が致死量にまで高まっている。
「結局一度も君の魔力量を測定できていないんだ。村のみんなからも早く魔力補給をとせっつかれているから、とにかく一度使ってみてくれないかい? きっと気に入るはずだ」
「胡散臭い誘い文句やめろよ……」
「もし私が気に入らないというのなら、村の立候補者から選んでもらってもいいんだけど、君はそれもかたくなに拒む。……やっぱり魔道兵とするのは嫌かい?」
「別にそう言うわけじゃねえって。ただ、心の準備ができてねえだけだ」
「性行為が嫌なら、オナニーでもいいんだよ。私は魔力量を測定できればいいんだから。ちょっと口に放ってくれればそれでいいのに……」
あの端正な虎に顔射しろと言われたところで、ガードンは首を縦に振らない。
分厚く温かい毛皮の塊を欲望のままに抱けば、どれだけ気持ちが良いだろう。だが、まだその時ではないと延々と諭していた。
が、実のところ、ここまで理想に近いイケメンとセックスをするという事実に二の足を踏んでいるだけ。つまりヘタレているだけなのだが、カナリアはそれに気づかずどうしたものかと毎晩頼み込んでいる。
「確かに毎日朝まで働いて、起きたらすぐ私たちについての勉強もしているから、疲れているのかもしれないね。仲間に頼んで働き手を増やそうか。それならガードンも休日がもらえるし、エッチな気分になるかもしれない」
獅子は毎日エッチな気分になっているし、なんなら夢精すらしている。カナリアに夢精が初めてばれた時は死にたい気分になったが、疲れているせいだと納得させていた。
しかし、ガードンに休日がないのは本当のことであり、この獅子は時間があれば魔道具の勉強や新作の開発に余念がない。趣味も兼ねているとはいえ、働きすぎはカナリアの不安材料だ。
特に最近は魔道兵の知識を使い、魔道具の出来栄えを競うコンテストに参加しようとしているため、毎日が徹夜だった。賞金さえあれば工房の運営が楽になると意気込むガードンを、カナリアは止めることができずにいた。
だからカナリアがこんな提案をしたのは、ガードンが体を壊す前に何とかしたいという気持ちの表れであった。
「魔道兵をここに呼ぶってか?」
「うん、君に興味がある個体を知っているから、呼んだら来てくれると思うんだ。そもそも、その子は魔道具についての勉強もしたいってずっと前から言っている。良ければ一緒に学ばせてもらえないかな」
今晩も諦めたのだろう、布団の中に入って両手を広げ、獅子を呼ぶカナリア。ベッドが一つしかない上に粗末なものだから、風邪をひいてはいけないとカナリアが言い張り、ここ最近は同衾することにしている。
虎の腕の中に入ると薄い布団が温かくなり、安心感が訪れる。匂いが薄い人工毛皮だが、逆に魔道具に囲まれて育ったガードンにとっては慣れた無機物の匂いだ。それもあり、獅子はこの場所が嫌いではなかった。
「給料は出ないぞ」
「いいよ。契約履行のために必要なだけだから」
腕がしびれることもないため、ガードンは遠慮なくカナリアを枕にしている。そして、カナリアもそれを喜んでいた。
布団の中にいる時、カナリアはまるでガードンを子どものように扱う。
頭を撫で、背中をさすり、今日の頑張りを褒めてくれる。
子ども扱いするなと、何度訴えても変わらなかった。カナリアに根付いた欲求は、おそらく作られたときから変わっていないのだろう。
いい加減抵抗も無駄だと理解している獅子は、されるがまま虎に撫でられている。その手は優しく、鉄をも砕く拳から繰り出されているとは思えないほど。
「……ジ……ジジ……」
ノイズのような音がカナリアの口から漏れる。毎晩寝るときになると、決まってカナリアはこのいびつな音を放つのだ。
言葉にすらならない音は不協和音ではあったが、カナリアがあまりに優しい顔をしているものだから、ガードンは追及しない。それに魔道具のような音は獅子にとっては子守歌だ。不快に感じる要素などどこにもなかった。
「……ごめん、今変な音が出てなかった?」
「さあ、変な音なんて聞こえなかったな」
「そっか……もし聞こえてたとしても、別に故障とかじゃないから安心してね」
「だから変じゃねえって。気になるんだったら、直せるか試してみてもいいぞ?」
「気にしないで。仕様みたいなものだから」
「んな悲しそうに言われて、納得できるかよ」
ガードンはカナリアの目をのぞき込み、ムッとした顔を見せる。
「異音はなんかの前兆なことも多いんだ。そりゃ俺はまだお前らの構造なんてさっぱりわからねえけど、できることくらいあるだろ。いくらお前が延命を望まないとはいえ、放っておくつもりもねえからそのつもりでいろよ」
「君は優しいね」
「お前ほどじゃねえよ」
「そんなことないよ。私はただそうあれと作られただけだから」
虎は柔らかい顔のまま獅子の額に口づけを落とす。おやすみのキスのつもりだと分かっていても、獅子の心臓は勝手に高鳴ってしまう。ぬいぐるみだった頃ならいざ知らず、今のカナリアは誰が見ても美丈夫なのだ。
実を言うなら、このたくましい芸術品を心行くまで犯したい気持ちがガードンにはある。
だが、優しい友人としてそばにいてくれる今のカナリアに、こんな煮えたぎった汚い欲望を向けることに罪悪感がぬぐえない。それがカナリアの望みだとしても、どうしてもガードンはヘタレてしまうのだ。
抱きたいと言ったらカナリアはすぐに股を開いてくれるだろう。子どものために作られた優しい魔道具に大人の欲望を突き立てることは造作もない。
(でも、これが本当にカナリアの望んだことなのかよ……)
なりたくもない兵器にさせられ、その結果逃げ出すことを選んだ。だったら、セックスもそうなのではないか。それができるというだけで、本当はやりたいわけではないのかもしれない。
だけど、カナリアは獅子が望めばそれを優先する。そういう性格だということが、この生活で分かっていた。
無理をさせたくない。延命を望まないのなら、好きに生きてほしい。ガードンは本心からそう思っている。魔道具を愛する技師としてだけではなく、ガードン個人としても、カナリアのことは好いているのだから。
「私のことは気にしなくていいから、ちゃんと寝ようね。明日も忙しいよ」
横たわって獅子を抱きしめ、その背中を撫でるカナリア。おかげで獅子の眼前には胸囲だけ見れば女性よりもでかい谷間が、腕に挟まれたせいでむっちりとつぶれているのがよくわかった。
おそらく朝には夢精しているだろう。獅子にはあたりが付いていた。こんな状況でオナ禁していて、淫夢を見ないわけがないのだ。
そしてその淫夢には毎回カナリアが出てくる。どれだけ気を使っていても、雄としての欲望はこの極上の獲物を食べたいと期待していた。
そんな自分が許せなくて、ガードンは寝返りをうって虎に背中を向ける。向かい合っていたら、勃起しているのもばれてしまいそうだ。
「おやすみ」
耳元をくすぐる虎の柔らかい声が夜を深めてくれる。後ろ頭に弾力豊かな肉がくっついていることを、この時ばかりは脳裏から追い出すことにして。
「……おう、おやすみ」
獅子も返事を返すことにした。
****
「返事をもらったから、もうすぐ救援が来てくれることになったよ」
ある夜のこと、仕事中のカナリアがふいに報告をした。ガードンは修理の手を止めずに、そういえばそんなこと言っていたなと、記憶を探りながら返す。
「あー……それはあれか、俺のところで働きたいとかいう変わり者のことか?」
「そうそう、あの子にとって村は狭すぎるから、ちょうどいいと思うんだ。まあただ、元気な子だから、最初は大変かもしれないね」
「……魔道兵ってやつは変わり者しかいねえのかよ」
「うーん、やっぱり人と違って社会生活というものが希薄だからかな」
「説得力しかねえな」
たびたび魔道兵の村に足を運んでいるガードンは気づいているが、あそこは個々のかかわりが希薄であり、コミュニケーションという概念が不足している。
だからこそ、世話焼きのカナリアがまとめ役のようなポジションに収まっているのだろう。
虎は部品を獅子のそばに置いて、にこりと笑う。整った顔から繰り出される毒気のない笑みは、無条件に人を信頼させる温かみがあった。
「これでたくさんセックスができるね」
「言っとくがな! 俺は別にえ、エッチなことがしたいから従業員を雇うわけじゃねえぞ!」
「うんうん、わかってるよ。コンテストの締め切りももうすぐだから、今が正念場なのはわかるよ。だけど、終わったらちゃんと休もうね。最近のガードンはいろいろやりすぎなんだよ。私たちの技術を手に入れて、それをセールスポイントにしたいのはわかるけど、頑張りすぎだよ」
なんてお小言も聞き慣れたもので、獅子はへいへいと適当に受け流す。
技術力の向上に伴って、ガードンは新作の魔道具を魔道技師連盟に流し始めていた。元から英才と名高いガードンのブランドもあり、卓越した技術力の魔道具はかなりいい値段で売れている。
利権の囲い込みに熱心ではあるが、根っこの部分は技術者の集まりだ。獅子の見せる完成度の高い作品は彼らの興味をそそり、論文の執筆など持ち掛けられることで関係性の改善につながっていた。
おかげで工房の運営も安定してきているのだが、そのために獅子は働きづめだった。
だがそのかいあって、ガードン=ロンドランドという名前は日に日に知名度を上げ、魔道技師の間ではちょっとした噂になっている。
「魔道具コンテストへの納品が終わったら来るように言ってあるよ。今来ても余裕がないだろうしね」
「そうしてくれると助かる。さすがにコンテストが終わるまで、他のことに手が回せそうにない」
「……ねえ、ガードン。私の気のせいならいいんだけど、最近無理してないかい?」
「まあ頑張りすぎてはいるな」
「そうじゃなくて……無理して目立とうとしてるような気がしてね。コンテストだって、お客さんに絶対優勝するとか吹聴してるじゃないか。前までの君なら、そんなこと言わなかったのに」
さすが子どものためのカナリアだ。変わった行動を見抜くのがうまい。
獅子は内心で舌を巻きながら、表面上は変わらず鼻で笑い飛ばす。見抜かれているのかもしれないが、突っ込んで聞いてこないだろうということもまた、獅子にはわかっていた。
「宣伝だよ、宣伝。いつまでも訳の分からねえ奴におびえてちゃ、何もできねえだろ。せっかくお前がいてくれるんだ、少しくらい目立っても問題ねえと思ってんだ」
「それはそうだね。……うん、だけど何かあったらすぐ相談してくれよ。私は君のよき友達でいたいんだ」
「あいよ。覚えとくさ」
「それに、今度来る子もいい子だよ。あの子も君好みなでかさを持っているから、きっと気に入ってくれるはずだ」
「デカけりゃいいってもんじゃねえからな」
「え、でも、よく私の胸を見てないかい?」
場所が場所ならセクハラ問題を指摘されて、ガードンは言葉に詰まる。
事実、薄い服の隙間から見える谷間や股間を盛り上げる一物は、普通に立っていても衆目を集めるだけの魅力がある。身近にいる獅子、しかもオナ禁中が抗えるはずもなかった。
いくら天才と評されても、やはり健全な男子なのだ。
「……はい、すみませんでした」
「怒ってないよ?! むしろいい傾向だと思ってるよ! 実のところ、ガードンには欲情してほしいと思ってる。だから、君の本を読んでいろいろ勉強中なんだ」
「人が隠してるエロ本を勝手に読むんじゃねえよ?!」
「思うに、本の中の素体と私ではあまり違いがないことから、情緒への理解度の差がガードンを萎えさせているのではないかな。ちょっと無理矢理系の方が良い?」
あまり違いがないどころかカナリアの方が数倍いい雄なのだが、その自覚はないようだ。そんな雄に強引に迫られて首を横に振れる雄がいるだろうか。いやいない、少なくともガードンには無理だ。
「絶対に断る。馬鹿言ってないで、部品整理しといてくれ。今日は大量に作ったからな」
「わかったよ。そろそろお客さんも来る時間だし、パンツぐらいはかないとね」
「ちなみに聞くが、なんでノーパンなんだ?」
「ガードンにいつ襲われてもいいように、かな」
「さっさとはいてこい!」
知りたくもなかった情報を得てしまい、虎の後ろ姿で踊る尻に目がいってしまう。サイズの合う服がないせいでぱんぱんに膨れ上がったあのズボンの中を想像すると、獅子の股間が元気になりかけた。
そして、それがガードンの持っているエロ本から来ていることも、当然本人は理解している。
「ったくあいつ……日に日に変な知識を身に着けやがって……毎回断る俺の身になれってんだ……」
なんてぼやいていると、来客を告げるベルの音が響く。
挨拶しようと視線を向ければ、そこには明らかに物々しい雰囲気をまとった数人の男性がいる。
ただ事ではないとすぐさま判断し、ガードンは警戒しながら口を開く。
「おいおい、ここは酒場じゃねえぞ。喧嘩したいなら外でやりな」
「あいにく、喧嘩するならここでしろと言われてるんでな。悪く思うなよ」
「……誰にだよ」
「それは企業秘密だ」
リーダー格と思われる虎の男が冷酷な笑みを浮かべ、獅子を見下して吐き捨てる。カナリアと比べて浅ましさがにじみ出ている顔つきは、残虐な色に満ちていた。
ガードンは忌々し気に舌打ちをするが、特に驚きはなかった。最近カナリアのおかげで商売も順調であり、ちゃちゃを入れるならそろそろだろうと当たりを付けていたからだ。
「飛んで火にいるなんとやらってわけだ」
「ああっ? 何のことだよ」
「いやな、お前らを捕まえて依頼主を聞きだせば、こんなくだらない生活ともおさらばできるんじゃねえかと思ってな」
「勝てると思ってんのか?」
「当然」
以前誘拐されてから、防衛設備に力を入れている。獅子は隠しておいた銃を突きつけ、口角を吊り上げた。
「ったく、こんな分かりやすく乗ってくれるなんて、もっと早くにしとけばよかったぜ」
魔道技師コンテストに参加しようとしたのも、魔道具を魔道技師連盟に売りさばいたのもすべてこのため。ガードンが父の敵を探すためだ。
こうして目立つ行動をすれば、何かしらアプローチがあるのではないかという思惑だった。それがまさかこんなに暴力的だとはさすがの獅子も思っていなかったが、可能性は考えていた。
なぜなら彼は父親を殺されているのだから。
「依頼主について教えてもらうぜ。死ぬよりは安いだろ」
「馬鹿が、痛い目に合わせるだけで良いって話だったが気が変わった。死んどけよガキ」
そしてガードンには最大の勝算がある。ここでカナリアを呼べば、誰が相手でも負けることなどありえない。だからこそ、ガードンは矢面に立って囮になることを決めたのだ。
「カ――――」
『私は君の友達。君に寄り添う者』
だが、本当に呼んでいいのか?
今更ながら獅子の胸に疑問が生まれた。
カナリアは兵器であることに嫌気がさしたから逃げたのではなかったか。その力を見込んで父の敵を探そうだなんて、それこそ道具扱いではないのか。
「ああ……畜生っ」
毎晩寝付かせようとするあの優しい顔を思い浮かべると、どうしても躊躇してしまう。
望まない暴力を振るわせるなんて、自分の悪辣さに嫌気がさしていく。今の自分と古代人では何が違うというのか。辟易とたてがみを振っても、嫌悪は消えてくれなかった。
だから獅子は銃をしっかりと構え、相手を見据える。
これは自分が始めた復讐だ。友の力を借りるまでもない。
「……馬鹿だな、俺」
カナリアには最後まで好きに生きてほしいと願ったではないか。今のままでも十分、ガードンも幸せだったのに。
それでも獅子は止まれない。数多の銃口を向けられてもなお、眼光は鋭く光っていた。
その言葉をならず者の虎は自棄ととらえたのか、小馬鹿にするように鼻を鳴らし、口角を舐め上げて笑った。
「今更後悔しても遅いんだよ。まあでも、許しを請いながら股を開けば考えなくもねえな。お前、こう見るとなかなかいい男だしな」
「……誰がっ!」
「ああそういや、確かここにすげえ上玉の虎がいたよな。そいつをくれれば命だけは助けてやってもいいな。監視中に見たが、あんな上玉は最高級の娼館にだっていねえよ」
「カナリアに指一本でも触れてみろ。その頭に風穴あけてやる!」
カナリアが、あの優しい虎が、こんな悪逆に弄ばれるなんて許していいことではない。獅子の頭に血が上り、引き金に置かれた指がこわばっていく。
ガードンを人質に取れば、カナリアは逆らえない。だからこうして激高したまま引き金を引けば、相手も勇んで殺しに来るだろう。
そうすれば、自分に人質としての価値はなくなる。契約も無効になり、カナリアは自由だ。
だから失敗してもいいと、獅子は本気で思っている。
(変なことに巻き込んで悪かったな。今度はもうちょいまともな相手と契約してくれ)
後は銃弾を一発出せばすべて終わる。せめて死ぬにしても、一人でも多く道連れにしよう。
工房の防衛施設はすでに作動している。誰一人として逃がさない。獅子は数で負けているが、不利だとは思っていない。
カナリアを兵器として使う。それだけで解決できるというのに、ガードンは良しとしなかった。いや、できなかった。
ガードンにとってカナリアはもう道具でも何でもない、大事な友人だ。どうして友人に自分の代わりに戦えと言える。言えるわけがない。
今後の無事を祈りつつ、引き金を引く指に力を入れ――――
「――――ガードン!」
今、獅子が最も見たくなかった顔、カナリアが血相変えて飛び込んできた。
「ど、どうしたんだいこれは?! 何かトラブルみたいだけど、衛兵を呼んだ方が良いかい?」
険悪さにうろたえるカナリアはそれでも麗しい。悪漢たちは揺れる尻や胸に下卑た視線を向けつつ、その服をはぎ取ろうと残虐に牙をむく。
「無駄だよ。衛兵も雇い主が買収済みだ。てめえも馬鹿だな、こんな終わってる獅子についたって何の得にもなりゃしねえ。その面なら、いくらでも金持ちを誑しこめるだろうになぁ」
「ガードンはいい子だよ。少なくとも、君たちみたいなやんちゃさんよりはね」
「じゃあ下半身のやんちゃをてめえに鎮めてもらおうか。そうすりゃ、オレらもちょっとはいい子に成れるだろうな」
今の会話で大体悟ったのか、カナリアの顔は険しい。戸惑いを消した顔は鋭く、整った顔立ちもあって妙な威圧感があった。
「なるほど、君らはサリーデラの手の者か。こんな直接的な手で来るとは、ちょっと想像してなかったな」
「なっ……?!」
唐突に出てきた名前にごろつきたちがうろたえる。その名は確か、商人協会の重鎮だったなとガードンは記憶を掘り進めた。そして、自分の父が生前部品を発注していたお得意様だったはず。
だが、どうしてその名をカナリアが知っているのか、怪訝に思っていると安心させるような笑顔が返ってくる。
「私たちだって何もせずにいたわけじゃないんだよ。特にメンテ待ちの個体にとって君との契約は希望だから、護衛をスムーズにするために元凶を探していたんだ。……君に言うべきかは、ちょっと迷っていたんだけど」
「なんでだよ……」
「だって君、それがわかったら突撃するだろ?」
「……」
今まさに、あぶりだそうとしてこんな状況に陥ったガードンは何も反論することができなかった。カナリアの人を見る目は、確かに子どものための魔道具と自称するだけはある。
カナリアは獅子を守るように立ちはだかり、銃口を一身に受ける。魔道兵からすれば現代兵器程度恐れるに足らないだろうが、ならず者たちからすれば強がりにしか映らない。
彼らは豊満な虎の体を舐めまわすように見つめ、暴力をちらつかせて下卑た欲望を満たそうとしていた。
「どこでその情報をつかんだかは知らねえが、それがわかったところでおまえに何ができる」
「何でもできるよ。焼野原にだって、汚職の摘発だって。だからこれが最後、今すぐここから出ていってくれないかな?」
「あはははっ! 強がりもここまでくれば大概だな。その鍛えた体でも、銃の前では無力なんだよ!」
「そう……出ていく気はないんだね」
相手が敵だと認識した時のカナリアは早かった。少なくとも、ガードンの目では追いきれないほどに。
この場にいる全員、カナリア以外は気が付いたらすべての銃身がひん曲がっていた。文字通り、鋼鉄製のすべてが鉄くずと化していたのだ。
「は? え?」
これには無頼漢どもも目を瞬かせ、現実を認識するのに一苦労している。
ただ、笑顔を消したカナリアの冷たい相貌が原因だけを特定させるには十分だった。
「で、どうするの?」
普段柔らかい雰囲気を醸すカナリアがただ表情を消すだけで、ここまで冷たくなるとはガードンも思っていなかった。整った双眼は圧を与え、相手の気概を折っていく。
カナリアが大きな手を広げると、破片らしきものがはらはらと落ちる。その手を向けられ、悪辣たちは尻尾の先まで毛を逆立てて恐れおののいた。
まさしくそれは本能だろう。この存在と関わってはならないという原始的欲求に従って、這う這うの体で背中を向ける。
「ひいぃ! 化け物……!」
入って来た時とは打って変わった体たらくで虎たちは逃げ出していく。まるで嵐のような展開に、ガードンはぽかんと口を開けたまま。魔道兵が強いとは思っていたが、獅子の想像以上だった。
「ガードン、大丈夫だったかい! 怪我とか、ひどいことされてない!」
駆け寄ってしゃがみ込むころにはカナリアの顔は心配そうに歪んでいて、獅子の体をまさぐってわたわたとしている。
「ごめんね! 私がもっと早く気づいていればよかったのに! 油断して索敵を怠ったばっかりに……怖かっただろう、でももう大丈夫! 私がいるからね!」
「だから……んな子ども扱いなんて……」
拒絶しようとした口が途中で止まる。それよりも先に、言うべきことがあった。
獅子はカナリアの抱擁から抜け出して、頭を下げる。困惑の声が振ってきたが、けじめはつけねばという決意が言葉を押し出した。
「悪い! 俺……お前がいるからって危ないことをして、何かあったら助けてもらおうとしてた! お前が戦争嫌になって逃げだしたのに、戦わせようとしたんだ」
「別にいいよ。気にしてない。それに、目立って商売を順調にしたいって願うことが危ないことなわけない。サリーデラは君のお父さんの代から、魔道技師連盟の鼻つまみ者である君ら親子を抱え込んで儲けようとしてて、前から目をつけてたんだからこれは結果論だよ」
自分以外の商人にとられないように、あの監視はそういう意味があったのだと今更獅子は気が付いた。
「でもだったらなんであんな奴らを送ってきたんだ……?」
「推察なんだけど、君のお父さんは彼から部品を買ってたよね。でも、実は殺される前に取引を止めてたんだ。多分目論見に気づいたんだろうね。それが気に食わなくて殺した。そして、君の店が『何らかの事故』で部品が大量に壊れれば、付け入る隙ができるんじゃないかってことだと思ってる。現に君と取引してくれる商人が出ないように手を回していたしね」
ガードンが部品を手作りしていたおかげで、今まで商人の毒牙にかからずに済んでいた。
だが、このままではガードンは技師として地位を確固としたものにして、商人が群がってくる。その前に、独占を焦ったゆえの強行だとカナリアは言う。
ふざけるなと怒りが湧いてくる獅子だが、今言うべきことを思いなおし、再度虎の言葉を遮った。
「そうじゃなくって……危なくなるってわかってたんだ。俺を餌にすれば、親父を殺した犯人を見つけ出せるはずだって……」
「だったらなおさら、私に相談しなくちゃ駄目じゃないか!」
とたん、カナリアが肩をつかんで声を荒げた。
「そんなことして、怪我でもしたらどうするの! なんで相談してくれなかったの! 相談してくれたら、対策も練れたのに! それに結局さっき私を呼ばなかったよね!」
「それは……お前に戦わせるのは、やっぱり悪いなって……」
「いいんだよ!」
獅子は虎の胸に埋まり、力強く抱きしめられる。毎晩包んでくれる優しさを思い出して、獅子の尻尾が震えた。
「私が傷つく分には全然いいんだ! 私は、君が傷つく方が嫌なんだ! そうでなかったら、私は何のための兵器なのかもわからなくなる……私は……君たち子どものための兵器なんだ……」
「……ごめん」
「今度から何かあれば絶対呼んでほしい。どうせ私の稼働年数なんて君の人生より短いんだから、使い捨てるつもりでいいんだ」
「んなことできるわけねえだろ……! ってか、稼働年数の概算いくつだよ?」
「んー、この調子だと……おそらくあと三年くらいかな」
「はあっ?!」
想像よりずっと早すぎて、驚きの声しか出ない。
それでもカナリアは受け入れている。
「なんでだよ、魔力量か?」
「そう、かなり魔力不足でね。兵器の起動なんてしたらあっという間に寿命が来てしまうから、ああして早く動く程度しかできないんだ。そもそも私は燃費度外視のせん滅型だから、他のみんなよりも魔力を食うんだよ。実を言うなら、迷彩機能もちょっと無理しててね。サリーデラを調べるのでいっぱいいっぱいなんだ」
「…………」
「それでも、君が望むならサリーデラの所を焼野原にしようか? お父さんの敵を討ちたいのなら、私は手伝うよ」
なんて優しい顔で言うのだろう。戦いたくない彼にこんなことを言わせたのは自分だと知れば、獅子は泣きそうになってしまう。
だけど涙はぐっとこらえ、首を横に振る。彼にとって、カナリアはとても大事な存在だから。
「絶対にするな。俺はお前に戦ってほしくない……」
「君は本当に優しいね」
そんなことはないのだと、ガードンは声を大にして言いたかった。自分の復讐のために巻き込もうとしたくせに、いざとなったらそれすらもできなかった。
カナリアに延命してほしい気持ちで叫びだしそうだ。それが無責任な発言だと分かっているから何とか抑えているだけで、本心では動揺していた。
「ごめん、ガードン。君の身辺警護をもっと厳重にしていれば、こんなことにならなかったのに」
優しい顔で笑うカナリアが三年後にはいなくなる。
そんなこと、耐えられるわけがない。
「これから来る子にも注意するように言っておくから、今度はこんなことが起こらないようにするよ」
ガードンが分厚い体を抱きしめると、カナリアは抱き返してくれる。頭を撫でて怖くないと言い聞かせるような態度は、普段なら咎めているところだ。
だが、獅子の中で芽吹いた決意の前では、些細な事。
魔力さえあればカナリアは止まらない。だから――――
「カナリア」
「なに?」
「俺と寝てくれないか?」
ヘタレている場合ではないと、凛々しい虎をベッドへと誘うのだ。
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