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ノンケエリートバツイチ狼上司を飼ってたイヌのようにひたすらかわいがってハフハフさせる話

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「ねぇねぇ今度の飲み会行く?」

「夏の決起会だっけ? どうしようかな~って感じ、どこだっけ?」

「恵比寿のあそこ、二月くらいに行ったお店だってさ!」

「あ~あそこトイレ広くてきれいだったよね」

「え、そこ?」

「でもどうしよっかな、今回って部長来るのかな?」

「え~来ないんじゃない? だってあのひと……、……!」


 自席で向かい合いながら談笑している女性社員の声を遮るように、革靴の音は徐々に大きくなっていった。

 かつ、かつとした音がはっきりと聞こえてくるようになると、彼女らは私語を途中で切り上げて表情を引き締める。

 それどころか、机を向かい合わせて座る営業第三部の面々の中には、背筋を伸ばし居住まいを正す者もいるほどだった。


 ぬっとオフィスに姿を現した大柄な人影に、誰かが「おはようございます」と言った。

 それを受けて皆が口々におはようございますと輪唱するのを……灰色のスーツにネクタイを締めた狼はじろりと一瞥する。

 自分に向けられた挨拶に会釈の一つとして返すこともせず、席に着いている社員らの横を憮然とした面持ちで通る。

 業務開始前の和やかなオフィスの空気がそれだけでどこか張り詰めたものになって、狼はロの字に向かい合っている部下を見渡せるように少し離れて配置された自席に着く。


 脱いだ背広を椅子に掛けて自分の定位置に着いた狼は、人差し指を襟元にねじ込んでネクタイを軽く緩めながら社用のパソコンを立ち上げる。

 七月も半ばというのに狼はジャケットどころか長袖のワイシャツにきっちりとネクタイを身に着けていて、お馴染みの眉間の皴を更に濃くしたその顔は暑さにうんざりとしているようでもあった。

 手元を見もせずにキーボードを叩く手つきは軽やかだ。やがてログインを済ませた狼は、手の中にすっぽりと覆い隠したマウスをカチカチと操作してルーティンワークに取り掛かる。

 まずは溜まったメールの処理だ。大半は部下と取引先やメーカーとのやり取りに自分が追加されたCCメールで、自分が取りまとめる部下が今どんな案件を抱えているのかを把握するのも上長の役目だった。

 特に目を引くような、自分宛てに来ているトピックがないことを確認し終えた狼は、今度は机の上に置かれた手紙や社報に目を通す。

 メーカーからのチラシや、土日のうちに集計された前週の売上、それに業務とは関係ないニュースをまとめた社報を冷めた目で斜め読みすると、脇に放ってから提出されている書類を確認していく。

 新規取引先との契約書やメーカー協賛に関する稟議書などはともかく、交通費の清算書まで上長の印を押す必要があった。狼は引き出しをがらりと開けて判子を取り出し、承認印を次々押していくが、ふと手を止めた。

 朱肉と紙面の間を淀みなく動いていた手がぴたりと止まって、狼はその一枚をじっと眺めている。

 眉をしかめた狼は、顔を上げることもなくデスクを向かい合わせて仕事している部下の一人を呼び出す。


「……田井中、ちょっと来い」

「はぁい」


 がた、と声に立ち上がった社員は、若いヒトの男性だった。

 紺色のスーツに白いワイシャツはリクルートスーツのようにも見えて、そのあどけない顔立ちはともすればまだ学生に見えるかもしれない。

 左右非対称に中途半端に短くした髪形も、社会人らしさというより個性を重視したヘアスタイルだった。

 それもそのはずで、狼に呼ばれた田井中いつきという若者は研修を終えて配属されたばかりの新入社員で、まだ入社して三か月が経ったばかり、というところだ。

 右も左もわからぬひよっこを呼び出した狼の顔は険しく、とてもじゃないが親切な会話が始まるようには見えない。

 しかし、呼び出された若者の顔にも緊張感の欠片もなくて、けろっとしていた。


「……出してもらった交通費精算だが、誤字が多すぎるし計算も違う」


 狼の指が突き返した書類をデスクごとトントンと叩く。

 紙面には研修やOJTで移動した交通費が記されていたが、駅名や往復の値段が異なっていたり、備考に書いてある『新入社員研修会のため』という文言が『侵入』と誤変換されていた。

 たったこれだけの短い文字なのにどうして気づかないのか、と言いたげに毛むくじゃらの指でトントンと机を叩く狼に示された箇所に目を通す部下は、しかしまるで悪びれた様子はなかった。


「これくらい印刷する前に気づかないのか? 直して持ってこい」

「え、マジっすか……あーホントだ! すいませ~ん!」


 神経質そうな狼の圧力をヘラヘラと受け流す若者の態度に、営業第三部のメンバーは胃を痛める。

 皇木恵一郎という狼は誰よりも他人の失敗に厳しく、そして同じくらい自分に厳しい仕事人間として知られていた。

 仕事のパフォーマンスと個人成績は社内でもトップクラスだが、親しみやすいかと言われればまったくもってそんなことはなく、どちらかというと気難しい上司として認識されている。

 無駄を嫌い、常に理路整然として合理的に動く狼に業績の不調や予算の未達を詰められるストレスを経験したことのある営業第三部の社員にとって、他人事とはいえ上司の小言は忙しい朝に聞いていたいものではなかった。


「すぐ直してきます!」


 幸いにして狼はそれ以上何かを言うつもりはないようで、じろりと新入社員を睨むと、とっとと持ってこいとばかりに突き返した書類から手を放す。

 しかしデスクの上のそれを拾い上げて踵を返そうとした田井中は、「あっ」と声を上げて立ち止まった。


「そういえば皇木部長」

「……なんだ」

「来週の決起会行きます?」


 おいあいつ何言い出してるんだ、とそれを聞いた誰もが思った。

 狼の全身からオーラのように放たれている近寄りがたさと『くだらないことを聞くな』と言わんばかりの目つきの恐ろしさを身に染みて理解している部下達には、自分のミスを指摘されたその足で飲み会の予定を尋ねるなんて考えられないことだった。

 案の定、狼は不愉快そうに眉の皴を一層濃くすると、口をへの字に結んで答える。


「……今聞くことか?」


 冷たい声は嘗て自分に向けられた鬼のような詰め方を思い出させて、営業第三部の数人は思わず胃薬に手を伸ばしかけた。

 しかし若者は言外に含まれる『無駄口を叩くな』という文句をさらりと受け流して、へらへらと能天気に頷くのだった。


「そうなんすよ~おれ幹事のシゲ先輩に人数確認やらされてるんすよ。部長お忙しそうだからいるうちに聞いとこうと思いまして」


 田井中の言う幹事とやらは、営業第二部の陸虎重明という虎のことを言っているに違いない。

 新入社員だから押し付けられたのだろうが、本来その目的は新入社員に役割を持たせて社内の人間との交流を図ることで早く会社に馴染むようにするためのものだ。

 物怖じせずどこまでもマイペースなこの男に限っては特に必要ないようにも思えた。

 皇木はこれ見よがしに溜め息を一つ吐いて、いかにも鬱陶しそうに答える。


「……私も参加予定だ。それと、陸虎はどうやって人数確認しろと言っていた?」

「え? 特に何も言われてないっすけどね……」

「業務中にほかのフロアまで行ってひとりひとり聞いて回るつもりか?」


 問われた若者は「確かに……」と思案顔をする。

 言われるまで気づかなかったのかと呆れそうになりながら、皇木は大きな手で保持したマウスをカチカチと操作して、席の前に立つ田井中にも見えるようモニターを斜めに向ける。


「……社内チャットにアンケート機能がある、コレだ」


 社内行事や通達事項を連絡するチャットウインドウの上部タブから、アンケート機能を呼び出す。

 アンケート内容を入力する画面がパッと展開すると、狼は画面を操作しながら続ける。


「締め切りは?」

「水曜までっす!」

「だったらここにそう入れて、選択肢を作って投げておけばイイだけだ。いちいち聞きに行くまでもないだろう」

「あ~ラインみたいな機能あるんすね、パソコンって便利っすねぇ~!」


 どちらかといえばお前のほうがデジタルネイティヴな世代だろうと言いたくなったが、最近の若者……Z世代と言われる年齢の連中はスマホだけでなんでも済ませると聞いたことがある。

 仕事のやり方は覚えてほしいが会社でパソコン教室を開くつもりはない皇木は、何でこんなこともできないやつが……という不満を眉間を抑えて堪えた。


「ありがとうございます助かりました! コレで作ってみます!」

「……張り切るのはイイが、書き直し、すぐに持って来い」

「は~い!」


 その明るさや素直さは確かに美徳だろうが、だからといって仕事ができなくていいという話ではない。

 元気な無能よりも根暗な有能という信条の狼は、せめて彼が自分の手を煩わせることのないような社員に成長してくれることを祈りながら仕事に戻るのだった。


 ◇◆


 食事と明日の弁当の準備を済ませた狼は、氷でいっぱいにした保冷タンブラーを叩きつけるように四人掛けのテーブルに置いた。

 がらん、と音を立てたタンブラーに、キッチンのカウンター台に並んでいたマッカランをどぼどぼと注ぐ。

 ワンフィンガーどころかタンブラーの半分を透き通ったブラウンの液体が満たして、ようやく注ぐのを止めた。


 3LDKのマンションは一人で住むには風通しが良すぎる。

 テレビの電源を点けながらキツいアルコールを喉奥に押しやれば、スコッチの樽香が鼻を抜けた。


 十年近く寄り添った妻と離婚して、もう数年が経つ。

 法外な慰謝料を請求されるでもなく、サインだけを求められる円満離婚となったのは、他に好きな人ができたからという学生じみて馬鹿げた理由で離婚を持ち出されたからだ。

 傍から見れば妻側の不貞であることは間違いないからこそ、大ごとにしなかったのだろう。

 だが、その遠因が自分にあることなど……皇木は身に染みてわかっていた。


 幼少の頃より両親に厳しく育てられ、成功と展望を求められ続けてきた皇木は厳しい受験戦争を乗り越え、一流大学を卒業したのちに大手上場企業の営業部に就職した。

 程なくして仕事先で出会った女性と結婚した時は、誰からも羨まれる理想の人生を描きつつあることを漠然と理解していた。

 辛いことも多かったが、自分はようやく幸せになれる。このまま子供を授かって、温かい家庭を作り、家族に慕われる父親になろうという意欲に溢れていた。


 仕事に疲れていようと夜は子作りに励み、元妻とは何度も体を重ね合った。

 しかし何度体を重ねても、何年経てども一向に子供ができない現状に業を煮やして、互いに原因を探しあうことになった。

 今にして思えば、妻は不安だったのだろう。

 もし子供ができない原因が自分にあったら、もしこれだけ付き合わせておきながら全てが無駄だったら。

 どうしてそこで子供なんていなくてもいい、お前だけいれば十分だ、と言えなかったのか。

 幸せな家庭には子供が必要だ、と思い込んでいた皇木は互いに支えあうように、自らも検査をするからと励ました。

 そして産婦人科に向かい、紹介されたクリニックで検査を行った。

 ブライダルチェック、という検査が流行り始める頃だった。


 それがすべての始まりだった。

 皇木の精子検査の結果は、非閉塞性無精子症とされた。

 精子は陰嚢内にある精巣で日々産生されているが、その精巣がなんらかの原因で精子を産生できなくなる造精機能障害にあると診断された狼は、これまで積み上げてきたものを強く揺さぶられるような衝撃を受けた。

 おそらく先天的に無精子症を患っていた皇木は、その精漿にわずかな精子が含まれることはあっても、その数は平均をかなり下回っていた。

 さらに、一部の症例を除いて治療により精子産生が回復することはないという説明も狼を追い詰めた。


 妻は気にすることはない、それでもあなたはあなただと励ましてくれた。

 皇木も、そう思いたかった。それでも夫婦二人で過ごす時間には、体を重ねることには意味があると。

 だが、どれだけ激しく腰を振ろうとも、膣内に射精しようとも、それは無意味で、何の生産性もない無駄な行いだ。

 いつか実を結ぶかもしれない、と励まされるたびに虚しくなって、時にはお前には何も問題がなくてよかったなと八つ当たりすることもあった。


 こんなはずではない。自分は誰よりも努力をしてきたし、多くの成功に恵まれてきた。

 数多くの成功体験が、揺るぎない事実を受け入れがたくする。

 これは何かの間違いだ、こんなことがあるはずない。

 男性としての自信が揺らぎつつあった皇木は、しかしそのストレスが体に現れたことでついに決定的となる。


 打ちひしがれる夫を、それでも妻が変わらず求め続けたのは、ひとえに慰めのつもりでもあったのだろう。

 あるいは奇跡を信じたのかもしれないが、そんなことが都合よく起こるはずもない。

 何度抱いても、何をしても自分は雄の出来損ないだと責める声は頭から消えなかった。そしてそれはその通りで、子供ができるはずもない日々を過ごすにつれ皇木はいつしか自分は伴侶として、そして人生のパートナーとしてすら不良品で、誰かと家庭など作れるはずもない無価値な存在だと思うようになっていった。

 優しく言葉をかけられるたびに、こんなハズレ値にも変わらず愛情を注ぐ妻の手を感じるたびに、自分はどうしようもない存在だと感じて惨めになった。

 自分だけが壊れている劣等感、そして愛しい彼女の時間を浪費させている罪悪感。


 重圧を感じ続けた皇木は、ついに勃ちさえしなくなった。

 EDは心因性のものだと診断されたが、専門のクリニックでもない限り勃起薬を処方されるだけで、薬を飲んでまで性交渉を続ける気にもならなかった。

 こんな対症療法ではなく原因療法を試みるなら、それはカウンセリングを受けてストレスや悩みの元を探ったり、それに対して向き合っていくしかない。

 ならば、そのストレスの原因が治療しようのない先天的な障害だった場合はどうしたらいいのか。

 これまでの人生で大きな挫折を味わったことのない皇木にとってそれはあまりにも大きすぎて、抱えきれない絶望感に打ちひしがれて生きながら死んでいた。


 適当なBGMと化していたテレビでは聞き覚えのないクラシックを紹介している。

 旧約聖書の一節を歌劇にした曲のようで、禁断の果実を望んだ哀れな人間が楽園を追放される話だった。

 それをぼーっと眺めていた皇木は、望んだ場所を与えられないのは自分も同じことかもしれないと思った。

 だが、自分は禁忌に触れようなどと考えたこともなければ、不貞を働いたこともない。

 それなのにどうして自分ばかりがこんな仕打ちを受けなくてはならないのか。

 望むものを取り上げられるような罰を受けるのは相応する罪があるからだ、では自分は一体何の所以でこんな仕打ちを受けているというのか。

 狼はぐいっとスコッチウイスキーを喉に流し込む。

 ロックで飲むマッカランが喉を焼いて、鼻を抜ける豊かな熟成香が今は何よりも物悲しかった。


 最終的に、妻はこの家を出て行った。

 互いに多くは語らなかった、子供を作るどころかたった一人の女すら満足させられない男など見捨てられて当然だ。

 長年を無駄にさせてすまなかったと謝る狼に、彼女は言った。あなたは変わってしまった、と。

 それから数年。二人で内見して決めたマンションのローンを払い続けている皇木は、子供ができたときのことを考えて買った家具に囲まれながら、その言葉の意味をまだ考えている。


 誰の目を気にすることなく暮らす生活は自由で、自堕落で、空虚だ。

 胃の奥に叩き込んだマッカランが臓腑の奥で暴れている。どろどろとしたコールタールのように淀んで、言葉にならない感情を巻き込んでうねりを上げている。

 狼はボトルを手に取って再びタンブラーを満たしながら、漠然と自分はこのまま死んでいくのだろうかと不安を抱いた。


 このまま誰にも愛されないまま、何も遺さず、一人孤独に朽ちていくのだろう。

 この毛皮も肉体も醜く老いさらばえて、そのうち誰からも見向きもされなくなる。


 ……喉の奥から込み上げた感情で、吐きそうになった。

 単に強烈な酒精のせいかもしれなかったが、果たして酔いの回った衝動か、それともただの強迫観念かというのはわからない。

 ただ、何かしなくては、このままではイヤだという思いが狼を突き動かす。

 スマートフォンを手に、違法動画サイトでポルノ動画を再生する狼の頭に、何か論理的な考えがあったわけではない。

 ただ、勃起さえすれば、この陰茎に硬ささえ取り戻せれば自分はまだ頑張れそうな気がして、縋るような思いで喘ぐ狼獣人の女優を見つめていた。


 四角い枠の中で、彼女はヒトの男優の逞しいペニスを愛おしそうに頬張り、頭を撫でられて尻尾を振る。

 自ら寝そべって股を開く彼女によくできたね、かわいいねと画面外から声を掛けるヒトは、まるで愛し合う恋人のように彼女に触れ、慈しみに満ちた手つきで乳房を撫でていた。


『おまんここんなに丸見えにしちゃって、いやらしいねぇ』

『いやぁ、恥ずかしいです……見ないでぇ』

『へへ、かわいいよ……エロくてギンギンになっちゃって、我慢できないよ』


 皇木は、ああ、いいな、と思った。

 どうしてこの男はこんなにガチガチに勃起できるのだろう。

 どうしてこの女は何もしていないのにこんなに褒められるのだろう。

 どうしてこの狼は動画に撮られているだけなのに、こんなに愛されているのだろう。


 自分のように努力して大学に入って、厳しい就職試験を乗り越えて、一流の企業に就職もしていないのに。

 男と女というだけでそんなに違うというのか。それならば自分の今までは一体何だったのか。

 いや、そもそも自分は何のためにこれまでがんばってきていたのか。

 どこかに行きたい、何かになりたい、このままでは自分は何者でもない。

 社会という集団から自分ひとりだけが取り残されていくような思いはずっと皇木を苛んでいた。


 ぼーっとスマートフォンの画面を見つめる狼の前で、女優の喘ぎ声が響く。

 それを眺める皇木は、ただひどく疲れた顔で、いつまでもその場に座っていた。


 ◇◆


「皇木ぶちょーお疲れ様でーす、部長って昼飯お弁当派なんすね!」


 ランチ、および休憩用のフロアで窓際の席に着き、一人黙々と昼食を広げていた狼は、隣から声をかけられて驚いた。

 ランチミーティングでもないのに昼休憩に誰かから話しかけられることなど久しぶりだった。

 神経質なまでに仕事をこなし、成果を上げ続けている狼が部下や社員からの自分に対する評価を把握していないわけがない。

 故に、こんな鬱屈した中年に好んで話しかけるような部下はいないと思っていたし、現に休憩用スペースは昼食を摂る社員でそこそこの賑わいを見せているというのに、狼がでんっと腰掛ける窓際のカウンター席の両隣には誰も座ろうとしなかった。

 今ならまだ他に空席もちらほら見えるというのに、わざわざ隣にかけてくる新入社員には僅かに戸惑ってしまう。


「……あぁ、まあな」


 ゴマすりにでも来たのだろうか、それとも単に親睦でも深めようというのか。

 皇木は黙々ときんぴらを口に運びながら、田井中いつきという男の意図を推論する。

 仮にそうだとしても、生憎だがこんな年の離れたいけ好かない上司相手にプライベートとも言える昼の時間を使ってまで話しかけようと思うその精神が理解できない以上、深める仲など在りはしないと狼は箸を進める。


「ほぇ~部長の弁当デカくておいしそうっすね! やっぱ奥さんが作ってくれてるんですか?」


 じろじろと人の弁当を眺めた無神経な発言に、しかし怒りは覚えなかった。

 むしろ、そうであるのが普通だと思い知らされるようで、無力感でいっぱいになった。

 社内の情報通には皇木がバツイチであることは公然の秘密となっているだろうが、新卒の若手がそんなことを知る由もないのは自然なことだ。

 故に、狼は自虐的に言葉を返す。自分はそんな恵まれた人間ではないが、自分で自分の面倒を見れるのだ、という精一杯の強がりも含めて。


「……これは自作だ」

「えっ!?」


 隣でコンビニのおにぎりをがさがさと開いていた田井中が手を止めて目を見開く。

 その視線は皇木の手元にある二段重ねの弁当と、狼の顔の間を彷徨っていた。

 なんだ、何かおかしなことを言ったか。

 男が料理するのがそんなにおかしいか、それとも妻に逃げられるような情けない男が上司で悪いか。


「自分で作ってるんすか?! 仕事終わりに?!」

「……それ以外にないだろう」

「え……マジすか……す……」


 狼は若者を無視して西京焼きを咀嚼しながら雑穀米を口に運ぶが、殆ど呆然としたような声はさすがに意図が読めなくて、ちらりと隣を窺う。

 箸を止めた狼が表情の固まった若い男の相貌を覗き見ると、それを待っていたかのように彼は目を見開いて感激に声を上げる。


「スッゲ~! 超エラいっすね!? おれそんなんめんどっちくてできねぇっすよ~、やっぱ部長ってさすがの男っすね~!」


 まるで憧れの野球選手の好プレーを目の当たりにしたと言わんばかりの声は、しかし賑々しい休憩用スペースでは目立たないくらいのボリュームだった。

 だが、皇木に向けられたその声は、狼の深く窪んだ心の洞に響き渡るようだった。

 そして、わけもなく顔を逸らした。その言葉は狼の耳を忙しなくさせて、尻尾をむずむずとさせたのだ。

 何だ? 今の感情は。まさか、こんな若造に世辞を言われたくらいで喜んでいるというのか?


「……これくらい、誰だってできることだろう」

「いやいや、そりゃ~一日二日とかならできるかもっすけど部長大体毎日弁当っすよね?」

「まあ……予定がないときは、そうだが」

「てことは毎日作ってるんですよね?! しかもおれがたまたま見かけただけでもそのクオリティじゃないっすか! そんなすごいことフツ~できないっすよ、おれ弁当作ってもタッパー飯とかですよ!? 半端ねえ~マジすごすぎですって!」


 まただ。心の内側がぐっと動かされて、勝手に耳がぴくぴくと動いてしまうようなむず痒い感覚があった。

 この感情は、初めて抱えた大仕事が成功した時のような、そして元妻と交際を始めたころのそれに似ている。

 仮にこれが喜びだとしても、そんなことが認められるわけがなかった。

 一回り以上も年の離れた若者に見え透いた世辞を言われて舞い上がっている愚かな中年であると自分を客観視する皇木は、しかし未知の胸の高鳴りについ口を開いてしまう。


「……そ、そうなのか? すごい……のか?」

「めっちゃすごいと思いますよ! 仕事だけじゃなくて私生活も完璧とかマジエラいっすよ!! 特におれとか料理壊滅的なんで、マジ尊敬っす!」


 馬鹿な、こんなことが嬉しいはずがない。

 こんな何を考えているのかもわからない、得体の知れない若造に軽々に称賛されただけで、心の内が動いてたまるものか。


 そう思ってそっぽを向いた皇木は、努めて冷静に昼食を食べ進める。

 この妙な感情を受け入れきれない皇木はさっさと食べ終えてこの場を去りたかったが、獣人の体を作るエネルギーを補完するには相応のカロリーが必要で、狼が食べる二段弁当は四十過ぎの中年が手早く食べ終えるにはそれなりのボリュームがあった。

 とはいえ品目の殆どは昨日の夕飯の残りだし、弁当のために新たに作ったものなど鮭の西京焼きとネギ入りの玉子焼き、そして彩りのために足した塩茹でのブロッコリーくらいのものだ。

 そんなものでも、この若者にとっては『すごい』のだろう。それを思うと何だか面映ゆくて、口にするおかずの味が不明瞭だった。

 皇木はたったそれだけのことで気を良くする単純な自分を認めずにいたが、しかし背もたれの隙間から逃がしている尻尾はゆらゆらと揺れていて、若者の目にそれが留まった。


「あっ……やっぱ部長でも褒められると嬉しいんすね、尻尾揺れてますよ」

「ッ……い、いや。ちがう、これは……」


 指摘されて慌てて振り向いた狼は、咄嗟に自分の尻尾を片手で抑えるものの、毛帚のようになった尻尾はゆっくりと揺れて止まらない。

 クソ、一体どうしてしまったんだ。狼はたったそれだけのことなのに強く動揺して、鼓動が早まるのを感じていた。


 二回り近くも年齢が違う若造に褒められただけで、確かな喜悦を感じたことに驚きを禁じ得ない。自分は果たしてそんな単純な男だったのかと呆れそうになる。

 だが、あぁ、そうは言うものの……誰かに認められたり褒められたりすることなんて、何年ぶりだろう?


 遊びの誘いを断って勉強に励み、期末考査で一位になったときも。

 世間一般で一流とされる企業に就職を果たしたときも。

 大きな仕事をやり遂げて、表彰されたときだって、周囲は、家族ですらできて当然という目を向けていた。

 だから、皇木自身も自分はこれくらいできて当然なのだという自認があった。

 逆に、自分のようにできない連中が不出来なのだ、努力不足なのだと無意識に見下げていた。

 それなのに、何にもできない若者に手作りの弁当を手放しに褒められただけで、こんなに気持ちが浮き立つなんて思いもしなかった。


 それをただの社交辞令だと切り捨てることができないのは、この田井中という男の性格を知っているからだ。

 相手に取り入ろうという打算で言葉を選ぶタイプではないはずだ。であれば、これは心からの言葉なのだろう。

 だからこそ皇木は戸惑うのだ、そういえば過去にたった一人だけ、別れた妻が同じように褒めてくれたことを思い出してしまったから。

 自分が不出来なことと、彼女から離婚を切り出されたことですっかり忘れていた。

 記憶に蓋をして思い出さないようにしていた、それを思うと自分の不甲斐なさで悲しくなってしまうから。


 だが、付き合いたての頃は何でもないことでも自分のことのように喜んでくれたのが嬉しかったことを思い出した。

 その時はちょうど今みたいな気持ちになって、揺れる尻尾を揶揄われたことも思い出した。

 まさかこんな若造に妻の面影を重ねてしまうなど、異常事態もいいところだろう。

 そんなはずない、自分はこれくらいどうってことないと言い聞かせながら尻尾を抑えながら箸を持って両手が埋まった狼は、自分の頭に添えられたすべすべした肌に気がつく。

 

「お、すっげモフモフ、毛皮もフワッフワでエラいっすね~、よーしよし……なんちゃって」

「……、………………!?!? !! !!!???」


 男のすべやかな手が、朝にシャワーを浴びた後で丁寧にブラッシングされた狼の毛並みを梳くように撫でる。

 手はしゃらっとしたビロードのような毛束を指の間で解いて、ピンと立った三角耳の根元を揉みながら触れていた。


 何をしている、何をされている、何を考えているんだコイツは?!

 皇木は未知の感触に全身を硬直させる。

 呆れや怒りよりも驚愕が勝ってしまって、その手を払いのけることもできずに左隣で自分の頭を撫でる若造を睨む。


「な……なにをっ、お、おいっ……?!」

「いやぁ、前から部長の毛並みキレ~だな~って思ってたんすよ、やっぱちゃんとケアとかしてるんすか?」

「あ、あぁ……一応毎晩、トリートメントを……って、そうではなくだな……!!」


 コイツは、このガキはどういうつもりなんだ?

 仮にも上司の頭を幼子でも相手にしているかのように軽々しく撫でるとは、社会人としての礼節以外に何かが欠落しているんじゃあないのか。

 それに、獣人を軽々しく撫でるのはハラスメント行為も同然だ。コイツはコンプライアンス研修で何も学んでこなかったのか?


「毎晩?! トリートメントって、全身の毛をアレするアレっすよね?! うわ~マジ大変そうですね……そんなんちゃんとやってるなんてすごいっすね、おれシャワー入るのだってめんどくせえのに」

「そ……それ、はっお前が……だらしないだけ、だろう、がふっ……♡」


 だが……何か、初めて味わう感情が狼の中で芽生えていた。それは、さっきまで感じていたむず痒さを煮詰めて数倍濃くしたような味をしている。

 わしゃわしゃと大きな頭の後頭部や頭頂部を撫でる手つきはどことなく手慣れていて、毛を引っ張って痛めるようなことはなかった。

 爪も鋭くなければごわごわとした毛もない手はすべすべとしていて、皇木はヒトにこうして触れられるのは初めてであることに思い至る。


 だからだろうか、こんな感情にさせられるのは。

 狼は手で押さえている自分の尻尾がばさばさと揺れるのを止められない。

 頭の奥がじんとして、耳の付け根がむずむずする。胸の中がどきどきして、指先が震えてしまう。

 この男の手が触れるたび、味わったことのない大きな安心感を無根拠に覚えてしまう。

 口先だけの軽薄な褒め言葉が、皇木の全てを肯定しているような気がしてしまうのは一体どういう理屈なのかは狼の優秀な頭脳と豊富な経験をもってしてもわからなかった。


「いや~でもいつもいつもほんとお世話になってます、おれ部長のことほんとすごいと思ってて……」

「~~ッ、ぐぅ……っは、がふっ……♡」

「書類とかもすぐミスとか誤字見つけるじゃないっすか、あれマジ神業っすよね、どうやってるんすか? おれほんとそういうの気づかないんでいつも助かってます……おーよしよし、ん~ふわふわ……」

「っぐ、ぐるるっ……がふっ、ふーっ……♡♡」


 若者の手は側頭部を抜けて狼の逞しい首に触れる。

 これまでどんな女に、況や妻に触れられてもこんな思いをすることはなかった。

 なのに、どうしてこんな若造相手に触れられているだけで胸が騒ぎ、喉が震えて声が漏れてしまうのだろう。

 その手が喉ぼとけを撫でて、歯を食いしばった狼のマズル下に来た時だった。


「……おぉーい、何やってンだ田井中……と、す、皇木サン?!」

「あ、シゲさんお疲れ様っす。部長の毛並みめっちゃ綺麗だったんで触らせてもらってました! シゲさんも触ります?」

「ば……バカお前、上長に対して何やってン……だ、大丈夫ですか……?!」


 声を掛けてきた虎は若者が何をしているのか見咎めて、さっと顔を青くする。

 狼の頭をわしゃわしゃと撫でながら振り返る男の間にその巨体を割り込ませて、なおも無遠慮に毛並みを堪能しようとする若者の手を勢いよく払い除けるのだった。


 虎はおそるおそる狼に声を掛けながら、とんでもないところに居合わせてしまったと肝をつぶす。

 今度の飲み会の手伝いを頼んだ新入社員を休憩席で見かけたのをいいことに、少し打ち合わせをしようと思っただけなのに。

 他の部に所属している社員の助け舟に、皇木は息も絶え絶えになりながら、しかし努めて冷静に口を開く。


「あ……あぁ……平気だ、これくらい……」

「シゲさん皇木部長の毛並み触ったことあります? すっげ~サラサラで気持ちいいんすよ~!」

「お、お前な……今どきのヤツってそんな感じなのか……? 目上の方を無遠慮に撫で回すんじゃねえよ!」


 まともな感覚をしていればこんな暴挙には出ないはず。その一般的な意識が欠落している新入社員を末恐ろしく思う虎は、牙を剥いて声を荒げるが、背後からの声がそれを諫めた。


「い……いや、そこまで叱る必要はない、少し驚いたが……私なら大丈夫だ」

「えっ……」


 虎が驚いたのは、この狼が他人を庇うようなことを言う姿を初めて見たからだ。

 仕事に一切の手抜きを許さないこの狼が、仕事中に付き合いや会食以外で笑ったところを見たことなど一度たりともなかった。

 にこりともせず淡々と仕事に向かい、部下の失態や不出来を理路整然と詰める様子は自分の直属じゃなくてよかったと思うほどで、営業第二部のエースという自負がある虎でも近寄りがたい上司の一人だった。

 自分にも他人にも厳しい……どころか、部下や他人には興味なさそうなこの上司は、社内では畏怖にも近い目で見られている。

 その狼が、直属とはいえ自分の上長を撫で回すようなハラスメント寸前の無礼を働いた部下を見逃すというのか。


「ほら、部長もいいって言ってくれてますし……」

「だからってお前な……!」

「いやぁ、なんか皇木部長って昔ウチで飼ってたイヌに似てるんすよ。だからつい……」


 その言葉に、虎は致命的に肝を冷やした。

 ヒトがペットとして飼うイヌネコと獣人を同列に語ったり扱ったりする行いは獣人社会では立派なハラスメント行為で、ちょっとニュースを見れば訴訟事件に発展した事例がすぐに目につくだろう。

 それをよりにもよって、このおっかない狼の上司に行う若者の神経に虎の警鐘がけたたましく鳴っていた。

 このバカを、これ以上この場にいさせてはいけない!


「お、お前いい加減にっ……もう、こっち来い! 皇木サンすんませんっした、コイツにはよく言っときますンで!」

「あっ、ちょ、シゲさんおれまだ飯食ってるとこなんすけど……!?」

「うるせぇ! お前はこっちで食え! 食いながらオレとコンプライアンス研修のやり直しだ!」

「え~?!」


 虎の先輩に腕を引っ張られた若者は、ぎゃーぎゃー騒ぎながら狼の席から遠ざかっていく。

 休憩スペースでランチにしている女性社員や経理部の派遣社員の横を騒々しく通り過ぎる二人の姿は幾らか目を引いたが、すぐに興味の対象は移ったようだった。

 後に取り残された皇木は、箸を持ったまましばし呆然として、やがて半ば機械的に昼食を再開する。

 しかし頭の中では、自分に向けられた言葉を思い返していた。


 イヌ、よりにもよってイヌ扱いか。

 自分のことを首輪に繋がれヒトに飼われる畜生と同等に語るあの新入社員について考えていた狼は……その言い草に義憤に駆られるでもなく、これだからZ世代はと呆れ返るようなこともなかった。

 ただ、思った。飼いイヌのように撫で回され、信頼できる主人に愛されながら生きていくのは、それはそれで幸福なことなのかもしれない、と。

 目覚ましい成果を上げるでもなく、立派な仕事をこなすこともなく、ただの愛玩動物として誰かに飼われるなんて惨めな生きざまを肯定するわけではない。

 だが、そんな惨めな畜生ですら誰かに立派に受容され愛されているのだ。

 ならば少なくとも、今の自分よりはマシだと言えるのではないか。


 皇木はぶんぶんとかぶりを振る。比べるべくもない、自分は自立した立派な雄の成獣人だ。

 そんな自分を畜生どもと同列に置いて考える必要などない。

 これまでエリートと呼ばれてきた狼のプライドが頭を過った考えを辛辣に非難するが、狼は考えずにいられない。


 良き夫、良き父親にすらなれぬ出来損ないの雄である自分を、それこそペットのように無条件に受け入れて愛してもらえたのなら。

 それは惨めなのか、それとも喜ばしいことなのか。

 答えを出せずに煩悶する皇木は、ピンと立った三角耳の間を撫でる手がまだすぐそこにある気がして、何だか落ち着かない。

 そして、先程まで狼の胸を占めていた鮮烈な感情を思い返す。

 本能か、あるいは己の心の傷から去来したそれは、きっと認めてはならない、手にしてはならない禁断の果実だ。

 狼は箸を進めながら、こんなことは間違っている、ただの気の迷いだからとっとと忘れるべきだと自分に言い聞かせるが……ついつい耳をピクつかせてしまう物足りなさと頭部に感じる喪失感を拭いきれることはなかった。


 ◆◇


 営業部の面子が固まったテーブルで、ネクタイを外してワイシャツ一枚になった虎が揶揄うように言う。


「んで見てみたらこいつ皇木部長のこと撫で回してやがってよォ、しかも言うにコト欠いて飼ってたイヌみたいだとか言うんだぜ?!」

「だからそれは違うんすよぉ! いや、皇木部長が昔飼ってた子に似てるのはほんとなんですけど……」


 女性社員が「えーっ」「サイテー!」やらの相槌を打つのを聞きながら、狼は黙したまま安物のハイボールを流し込む。

 獣人のペット扱いは獣人社会においてタブー視されており、それも相手が上司とあっては非難されて然るべき行いだ。

 加えてそれが新入社員の行いともなればからかうネタとしては上出来すぎるようで、幹事の虎はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら斜向かいの若者を茶化して周囲を盛り上げていた。

 虎の口ぶりは『目上の人間に対してなんて恐れ多いことを』という上司の顔を立てる調子に始まり、『Z世代はみんなそうなのか』と若者をからかう方向へ推移していった。

 その論調からは渦中にある狼の面子を潰さないよう気を遣っているのが随所から伝わって、おかげで皇木が気分を害したり気まずくなることはなかった。


 上司として飲み会に参加してはいるものの面白おかしく会話をして笑いを取る気分でもない皇木は、流石第二部のエースというだけはあるなと冷静にそれを聞き流す。

 それに、虎が話題にして蒸し返すまでもなく、頭の中はその時の記憶を何度も繰り返し思い出していた。


 創作イタリアンを謡う飲食店に営業部員の二十数名で予約を取ったため、このテーブル以外からも見知った声が響いている。

 八人ほどが掛けている長テーブルに並んだ料理はイタリアンのコース料理で、既に薄生地のピザや大小のパスタ皿など色とりどりのメイン料理が並んでいたが、宴席の会話に当時を想起する狼はそれらに手を付ける気にはならなかった。


 ただの新入社員から褒められただけでどうしてあんなに喜ばしかったのか。

 イヌのように撫でられただけでどうしてあんなに嬉しかったのか。


 皇木はこれに対して、一つの仮説を立てて結論としていた。

 これまで皇木は狼獣人の両親から教育を受け、学生時代も同じような獣人達と集まり、結婚したのも自分と同じ狼種の女性だった。

 人生においてヒトと深く関わり始めたのは社会人になってからだ。それも、じかに触れられることなど初めてだったのかもしれない。


 だから新鮮に感じたのだろう、と己の情動の高まりについて分析していた。

 たったそれだけのことだと認識してしまえば何てことはない話だろうが、しかしそれが鮮烈だったことは間違いない。

 皇木は今も無意識に、虎と張り合うように腕まくりしてビールジョッキを持つ田井中の手をちらちらと窺いながら、黙って酒を呷っていた。


「どう違うってンだよ、このノンデリ野郎!」

「ノンデリって……それ、シゲが言うのかぁ?」

「んがッ……海鯱守部長! 今オレのことはいいでしょう!」


 ワハハ、と宴席が笑いに包まれる。

 皇木と同期であり、営業第二部をまとめる鯱獣人の海鯱守大護(うごもり だいご)が声のデカい自分の部下に突っ込みを入れた形だった。

 第二部部長である海鯱守は皇木と違って温厚な雄で、その体型のように懐が広く愉快な男だった。

 仕事ぶりこそ少し甘いところがあるが、彼のような上司だからこそ我の強い陸虎を御しきれているというのは推して測るまでもないことだろう。

 上司に水を差されて陸虎の攻撃が止んだ隙を突いて、今度は田井中が口を開く。


「いやぁ、実は皇木部長が飼ってたイヌに似てるってのはほんとなんですけど……生きてた頃を思い出して懐かしくなっちゃって」


 少ししんみりとした若者の言葉に、即座に切り返せる者はいなかった。

 誰もが「あー……」とか「それは……」などと言って言葉を濁す。ペットと重ねていたとはいえ、それが生前の面影を探してのことなら途端にデリケートな意味合いを持つからだ。

 それどころか亡くなったペットの話となると逆に繊細過ぎて、楽しい飲み会の空気には少し重すぎる。この話題を始めた虎でさえも「そ、そうだったンか……」なんて言って毒気を抜かれてしまっていた。

 別に飲み会の空気がどうなろうと興味ない狼は「ほんと、かわいかったんすよー」なんて語る田井中の爪をぼーっと眺めながらハイボールで口を濡らしていたが、皇木と同じようにきっちりとネクタイを締めた別のヒト男性がきっぱりと切り捨てる。


「まあ、だからと言って上司を撫で回していいことにはならないと思いますけどね」

「そりゃその通りだが……空見ィ、お前はほんっと人の心がねえよなァ……」

「うっ……それは、まあ……空見先輩の言う通りで、シゲさんにきっちりご指導いただきましたんで……」


 田井中より一年先輩である空見草汰(そらみ そうた)にそう言われた田井中は、獣人よりは同じ種族であるヒトにきっぱり咎められたのが応えたのかその背中を丸める。

 皇木は個人的に一目置いている空見の発言が余りにも的を射ていたので、思わず小さく頷く。

 どこか冷徹そうな雰囲気を纏う彼は入社二年目ながらも無駄を嫌い、徹底してミスを排除した上で効率よく仕事を進めるスタイルであの陸虎に迫る勢いで売上を伸ばしている営業第二部の期待のホープである。

 海鯱守から自分と少し似ていると言われたのがきっかけだが、その仕事ぶりからは確かにシンパシーを感じたもので、以降、このヒト男性についてはその他大勢の一人ではなく、鯱や虎と同じランクの人種として皇木は認識していた。


 正直、それ以外は取るに足らない連中だと思っているものの上司としてのポストに就いている以上そんなことは誰にも言えたことではないのだが、ともかく。

 皇木が空見の厳しい一言に賛同しているのを目敏く捉えたのか、チャレンジ精神旺盛な虎が言う。


「そうだぞ、あの時の皇木サンと言ったらもうめちゃくちゃ困ってたンだからな……そうっすよね?」

「……ん」


 話を振られた皇木は、何と答えたものかと少し悩んだ。

 だがあまり勿体つけてもテンポが悪くなると思い、口をつけていたグラスの縁をひと舐めしてから「そうだな」と答える。

 続く言葉を選ぼうとした狼は、しかしそこは流石の優秀さで、口からは用意されていたように田井中に向けて非難がましい台詞が奔る。


「喪って悲しい気持ちはわかるが……お前、社外でそれをやるなよ?」


 じろり、と狼に射竦められた若者は、蛇に睨まれた蛙のように「ウッ」と身を強張らせる。

 最低限の返答だが、この場においては十分満足できるものだったと見えて、虎は威勢よく狼の言葉に乗っかって追撃する。


「ほんとっすよねェ? お前、社外のヒトに『わァ~イヌに似てるゥ~♪』……とか言って指一本でも触れてみろ、即座にヤフーニュース行きだからな!」

「マジすか、炎上しちゃいますかね?」

「炎上も炎上、ヤフコメで住所まで晒すからな……オレが!」

「身内の犯行じゃないっすか?!」


 田井中はわざとらしくショックを受けたような顔でツッコミを入れるので、ワハハ、ともうひと笑いが起きる。

 あの性格だ、面白おかしくいじられることには慣れているのだろう。コミュニケーション能力を買われて入社してきただけのことはあるのかもしれない。

 とはいえ、やっぱりそれだけで仕事が務まるわけではないのだが。

 場の盛り上げに活躍する部下に対して頑なな態度を崩さない皇木は、再び黙したままハイボールを傾ける。

 ほとんど貸切状態の店内に響く笑い声は誰も彼もみな聞き覚えのあるものばかりで、飲み会はまだ暫く続きそうだった。


 ◇◆


 営業マンだらけの飲み会ともなると上司に対する気配りも流石に抜かりないようで、皇木はどこかふわふわとした心地で席を立つ。

 グラスが空くか空かないかくらいで目敏くお代わりを尋ねられ続けたので、ただのハイボールとはいえもはや何杯飲んだかは定かではなかった。


 胃が苦しいのは水分の摂りすぎかアルコールの飲みすぎかというのも判然としない。

 だが、まるで若者の代表であるかのように弁舌を振るう田井中の手の甲や指先をついつい気にして悶々としてしまう思いを振り払うためにグラスを口に運び続けたのは事実だった。

 家で一人で自棄のように胃に酒精を叩き込むよりも心地よい酩酊であることに間違いはない、こんな気分は久しぶりだった。

 職場の人間関係はあくまで仕事を円滑に進めるための交渉術でしかないとは知りつつも、同じ席について楽しい会話を聞きながら共に酒を傾ける連帯感は悪いものではなかった。

 たったそれだけのことで自分達は仲間であると思える自分はなんて単純なんだと思わなくもないが、気分がこれほど上向きになるのも久しぶりのことだった。


 フゥ、と満足げに息を吐く皇木は小便器の前でスラックスのチャックを下ろす。トイレは広く小綺麗で、大理石を思わせる石タイルの床はツルツルに磨かれていた。

 穏やかなBGMが流れる空間は店内の喧騒から隔絶されたように静かだ。その中で、狼は二つ並んだ小便器の片方の前で大きさと黒ずみだけは立派な一物を引っ張り出し下腹部をいきませて排尿すると、ホースで壁に放水するような音がトイレに響く。

 狼は自分の血行が亢進していることを認めると、心臓の鼓動を落ち着かせるように天を仰いで深呼吸を繰り返す。

 ジョボボボボ、と音を立てて用を足していると、少し斜めを向いていた狼の耳がピンと直角に立ち上がる。

 トイレを目指す気配があることに気づいて、何とはなしに入り口に目を向けた。間を置いて、トイレのドアが開く。


「……あ、皇木ぶちょ~、おつかれぇ~っす」


 現れたのは、田井中その人だった。

 散々いじられ続けた新入社員は明らかな千鳥足で、顔色こそ僅かに火照っている程度だが目つきはどこかとろんとしていて、呂律も怪しくなっていた。


「……大丈夫か? 相当飲まされたみたいだな」

「だいじょぶだいじょ~ぶっすよぉ」


 前後不覚な若者は狼と並んで用を足しながらへらへらと答えるが、頭はひとところに留まらずふらふらと揺れていた。


「いやぁ、シゲさんたちにすっげ~飲まされちゃいましてぇ。ワインとか初めて飲んだっすけど渋くて苦くて酸っぱくて、あの~、ウマイっすねぇ~なはは」

「アイツら……」


 人にはハラスメントだなんだ言っておいて自分たちこそアルハラまがいのことをしているのではないか。

 皇木はこんな若造ひとりがどうなろうとどうでもよかったが、何故か自分の縄張りを荒らされるような苛立ちを禁じ得なかった。

 勢いよく尿を出し続ける若者は「あっ、そうだ」なんて言って、まっすぐ狼を見上げながら続ける。


「部長、ほんとこないだは急に撫でちゃったりしてすんませんっしたぁ。も~シゲさんとか他の女の人にも散々言われたんすよぉ、勝手に毛皮を撫でるのもペット扱いもケモハラだー! って」

「あ、あぁ……いや……」

「おれ、昔っから相手の気持ちを考えろってよく言われちゃうんすけど、ほんと嫌だったり無理だったらマジガツンと言ってくれていいんで! いい加減にしろーっつってくれたらちゃんと同じこと繰り返さないようにはするんでぇ」


 飲まされたアルコールと宴会の油で舌の回りがよくなっている若者は、ぺらぺらとそんなことを語るが、一足先にチャックを上げてポケットから取り出したハンカチを口に咥えたまま手洗い場で両手を濡らす狼は、その言葉に何と答えたらいいか悩んでいた。

 あんなことはもうやめろ、そういうのは仲が良い相手だけにしろ、年上の毛皮を気安く撫でるな。

 そんな文句を押しのけて、喉から出たのは意外な言葉だった。

 普段は毛並みが荒れると言って使わないのに、狼は備え付けの業務用手洗い洗剤を肉球に取って手のひらを擦り合わせながら言う。


「……べ、べつに。イヤでは……ない」


 マズルにハンカチを咥えたままだったので、不明瞭な発声になってしまった。

 しかし、しっかり聞こえたらしいその言葉にへらへらと笑っていた若者は「えっ」と目を丸くする。

 部下は首を捻って手洗い場でハンカチを咥えている上司の顔色を伺うが、蛇口から流れる水で手を濯ぐ狼と目が合うようなことはなかった。


「でも、さっきは……」


 流れる水から離れて、狼は口に咥えていたハンカチを濡れた手に取る。


「……あれは社外だったり他の獣人をおおっぴらに撫でるなと言っただけだ。その……飼ってたペットのことが忘れられないなら……別に、お前ひとりに撫でられるくらいは、大したことではない」


 言葉を選びながらそう返す皇木は、ハンカチで手の水気を拭きながら努めて冷静にそう告げる。

 だが、その仮面の下では自分で自分に驚愕していた。

 私は一体全体何を言っているんだ、懐の広い上司としてアピールしているつもりか、それにしたって無理に肩を持つ必要はないのではないか。

 同期である鯱の心優しい上司としての在り方は彼だからできることで、自分のような朴念仁には務まらない。

 そう知りながら憧れてしまったのだろうかと思って口を閉ざす狼に並んで、チャックを上げた田井中は手を洗いながら嬉しそうに言う。


「ほんとっすかぁ?! ありがとうございます! ほんと部長が上司でよかったっす!」

「っ……ぅ、む。そう……か」

「はい! いやぁ、さっきもそうなんすけどみんなして部長のこと悪く……じゃない、厳しい人って言ってたんすけど、絶対ほんとは優しいっすもんね! わかってました! マジ大好きっす!」


 またコイツは根拠もなくそういうことを言って。

 それこそ心にもないお世辞であるはずなのに、その声は酩酊でふわふわとした心地の皇木の頭にはガツンと響いた。

 今どきの若者は同性相手だろうと上司相手だろうと、軽率に大好きなんて言うのか。いや、それともこの男が特別なだけか? 考えてもわからないことは確かだった。


「またよかったら、おれがペットロス出そうになったらモフらせてもらっていいっすか? 部長の毛並みの、灰色っぽい色と……」

「う……っ」

「この、白っぽくなったところとかテツロウにそっくりなんすよ~、マジ見てるだけでめちゃくちゃ元気出ます!」


 汚らしく自分のスラックスとシャツで手を拭いた若者は、ずいと狼に肉薄して背伸びしながら首の内側の毛並みに濡れた手を伸ばしてまじまじと検める。

 皇木は思わず小さく仰け反りながら、触れるか触れないかというところで手を止めた彼の腕を見ていた。

 聞き慣れない名前はきっと飼っていたイヌの名前だろう、なるほどイヌを飼っていたというのはどうやら本当らしい。

 疑っていたわけでもないのに、それが狂言でないことを確信した狼は……ゆっくりと、口を開く。


 胸の逡巡を足掛かりに、冷静な自分がそれを止めようとする。

 馬鹿な、お前は何を言おうとしているんだ。

 やめろ。そんなことはおかしい、あってはならないことだ。

 自立した雄が、そんなことを認めるのはおかしいことで、異常だ。


「……いい、のか?」

「えっ?」


 しかし、皇木のマズルは止まらない。

 ごくり、と生唾を飲んで太い喉を上下させると、炎天下の中を帰社した時のように自分のネクタイを人差し指で緩めながら、言った。


「……い、今じゃなくて……いいのか……?♡」


 ◆◇


 今になってはっきりと分かった。

 どうしてヒトの雄に触れられたり、好意的なことを言われただけでこうまで緊張してしまうのか。

 それは、単に関わりが薄いというだけではなくて、ついこの間視聴したポルノ動画の男優にその姿を重ねてしまっているからだ。

 すべすべとした手つきに触れられると、まるで自分がこれから抱かれる女のように思えてしまって、無意識に体が強張ってしまうのだろう。

 厳しかった両親とも、別れてしまった元妻とも違うその無毛の肌は液晶画面の中で散々愛を囁いていたそれと同じものに見えた。


 だが、それを自覚すると……浅ましい欲望は本能と徒党を組んで皇木を苛む。

 この手は果たして、雄として不甲斐ない自分のことも動画のように愛してくれるのだろうか。

 仮にそうだとしたら、存分に撫でられてみたい。それこそ飼いイヌのように、何も考えずただ愛されてみたい。

 皇木は、こんなことを考えている自分は間違いなく酔っているとわかっている。

 酔った勢いでこんなことをしてはいけないというのもわかっている、それでも、酔っていなければこんなことできないだろうというのもまた事実だった。


「……えっと、ほんとにイイんすか? こんな……」

「……別に、毛皮を撫でられるだけだろう。その程度、大したことではない……そ、それに、お前がペット恋しさに同じ過ちを繰り返さぬよう管理するのも上司の務めだ。気が済むまで……その飼いイヌとやらにしていたように、触ってみろ」


 トイレの個室のドアを背に、言い訳がましく語る皇木はそれがとんだおためごかしであることは知りつつも、ぷつ、ぷつんとシャツのボタンを外していく。

 シャツの胸元から腹までを威勢よく開放した狼の首には、もはや首輪とリードのようにネクタイがぶら下がっていた。

 スラックスに入れていたシャツを引っ張り出して、茶色いベルトを巻いたスラックスの境目から覗くグレーのボクサーパンツまで見せつけるように、皇木は自らのシャツを両手に持って広げていた。

 獣人は肌着を着用しないことが多く、皇木もそのタイプであった。そのため、開かれたシャツの中では豊かな獣毛で覆われた狼の上半身が惜しげもなく晒されていて、皇木は蒸れた毛皮に感じる風にドキドキしてしまう。


 一体全体私はどうしてしまったのか。男に撫でられたいがためにこんな姿を晒すなんて、まるで変態じゃないか。

 だが裸体は晒しているものの、これは性的興奮を伴ったものではなく、単に互いの充足のために行っていることだ。

 これは一つのスキンシップでしかなく、あるいはセラピーのようなものだ。


 ……本当にそうだろうか。アルコールに浸された頭では論理的な思考ができそうもない。

 頭の中で答えのない問いと言い訳とがぐるぐると巡っている狼は、しかし自分とは頭一つほども違う若者の手がそっと胸に触れるのを感じて、全ての思考が吹っ飛んだ。


「じゃあ遠慮なく……うお、すっげふわっふわですね……! うわ、これ、うわ~っ……!」


 男はわしゃわしゃとシャツの下で蒸れた毛をかき混ぜるように手を動かす。

 その手つきに、理屈じゃない喜びがどっと溢れ出して脳内を満たすのを感じた。

 まるで痒いところを掻くときのような幸福感が、足りないものを埋めるような充足感が頭の奥、狼を形作る本能から去来して思考を浸す。


「あ……汗くさいかも、しれないが……♡」

「いやぁ、このふわふわしながらじっとりした感じ……あ~、懐かしいっす、夏場のワンコって感じで……思い出すなぁ、よしよし……」


 田井中は毛の薄い腹部と、獣毛が豊富に溜まった胸板の手触りを比べるように撫で続ける。

 その無遠慮な手つきが、追想するような目つきが、そして愛情に溢れた声が皇木の脳髄を痺れさせた。


「はっ……はふっ……♡」

「……っていうか、部長めちゃくちゃガタイいいっすね? 毛皮で盛ってるだけじゃなくて普通にガチムチっすね!」

「う、む……?♡ そ、そうか……?♡」

「そうっすよ! すっげ、全然メタボとかじゃないんすね、海鯱守部長と同期なんすよね? なのにこんなモデル体型なんすね、うわー……マジかっけー、男として普通に憧れます」


 学生時代は勉学の傍らでスイミングスクールに通い続け、今も健康とスタイル維持のためにジム通いとスイミングを続けている狼にとって、それは当然のことだった。

 自立した雄として、外見という付加価値を損なうわけにはいかない。

 歳を取るままに自堕落に体型を崩すなんてもってのほかだ。


 その苦労をこれまで何人もの顧客や部下、そして女性に話してきたが、『すごいですね』『流石ですね』と言ってくれるもののそれは本心ではなく、皆一様に社交辞令からそう口にしているに過ぎなかった。

 それに不満があったわけではない、何故なら自分にはそれができて当然だと考えていたから、今更そんなことを褒められるべくもないと思っていた。

 だが、今はもう知ってしまった。

 二回り近くも年の離れた部下に手放しで称賛される、たったそれだけのことがどれほど自分の心を満たしてくれるのかを。


「そ……そうか、私はすごい……か?♡」

「いやすっげえっすよマジで、おれがこんなガタイよくしようと思ったらマジ一生かかりますよ! これ、毎日ジムとか行ってるんすか?」

「う、うむ……仕事終わりに、暇つぶしにな……♡」

「うわ~~~エラすぎっすよ、普通仕事終わりとか疲れて動けなくないっすか?! え、そんで自炊して弁当とかも準備してるんすよね? 働きすぎっすよマジで!」


 ここに来て皇木は……明確な快感を覚えていた。それは何も性的なものではなく、精神的な意味だった。

 充足感と言い換えてもよいだろう。これまでどこか空虚で退屈を感じていた心の繊細な部分が、急に満たされて感覚を取り戻すのを感じる。

 精神構造を理解できない得体の知れない若者は、老いるだけの自分と違ってこれからを生きる時代の主役に違いない。そんな存在に手放しで称賛されることが、こんなに気持ちいいとは思いもしなかった。

 そうか、自分はすごいのかと思いながら毛皮を撫でられ続けると、快楽物質で脳がぐずぐずに蕩けていくような気がした。


「ん~~~この、背中とか外側の毛のちょっとごわついた感じ……あ~マジでそっくりっすね、ん~よしよし……いい子だね~……」

「う、ぐぅっ……っは、がふっ……!♡♡」


 恐れ知らずの田井中は大胆にも両腕で狼の胸に抱き着くと、その腕をシャツの内側から背中に回して目を伏せる。

 七月の外気温と体温で蒸された狼の胴体はムッとした熱を持っていて、腕が回りきらないほど分厚い。

 その背中を撫でて、体の内側と違って少し硬い毛質を楽しむように手のひらで広い背中と腰の毛並みを浚いながら、男は追想しながら言う。


「ん~よしよし嬉しいねえ~、しっぽ振っちゃってかわいいなお前はほんとにもうっ。よ~しよしいい子だねぇ、イイ子イイ子」

「んん゛っ、ぅぐるるるっ♡ っは、はふっ、ふーっ♡ わふっ♡」


 彼はただの部下で、自分はその上司だ。だが、その姿には年上の威厳も何もあったものではなかった。

 何をしているんだ? この異常なプレイは本当に自分が望んでいたことか?

 いいや、彼はただの飼い主で、自分はそのペットの代わりをしてやってるだけだ。

 こちらが付き合ってやってるだけなのだから、年上として懐が広いところを見せつけてやっているに過ぎない。

 尻尾が揺れてしまうのも、獣のように唸ってしまうのも、彼の望む飼いイヌらしくしてやってるだけなのだ。

 誰にともなく言い訳しながら、皇木は落ち着かなく尻尾を左右に振り回す。

 大型獣人の尻尾はそれなりに質量があって、べしべしとトイレの壁や扉を叩いてわさわさと音を立てていた。


「あ~子供のころはよくこうやって昼寝したなぁ……ホカホカの体温もそっくりっす……ん~……」

「ハッ、ハッ♡♡ ふーっ、ふっ、ぐふぅうっ♡」


 顔を胸板に押し付け、田井中は皇木を強く抱きしめる。

 たとえただのペット代わりとわかっていても、その腕と声は親しみに満ちていた。

 むしろそうだからこそ疑いようのない愛情に溢れていて、散々褒められて脳みそが蕩けた狼は自分越しに向けられているとはいえこれに強く抗えない。


 そして、代替品としているのは皇木も同じことだった。

 皇木は無意識のうちに、目の前のヒトをポルノ動画に出てきた男優に見立てている。

 顔も年齢も声も全く違うというのに、すべやかな肌と毛皮へ触れる手つき、そして種族と性別が共通しているだけで、狼は会ったこともない誰かの姿を重ねていた。


 なればこそ、これはおかしなことだった。あってはならぬことだった。

 何しろ、ポルノ動画の片方に彼を見立てているのなら、もう片方はどうなるのだろうか?

 知ってか知らずか、皇木はいつしか散々羨んでいたポルノ女優に自分を当てはめていた。

 何も考えずに、努力も何もなしに、ただそこにいるだけで評価されたい、すべすべとした肌に愛されたいという欲望。

 それが、田井中にペット代わりに扱われることで歪んだ形で満たされていくのを……皇木は自覚していない。

 それは雄という役割を放棄しようとする自分を認めたくなかったわけではない。

 もはや、それを分析するほどの知性が残っていなかっただけだった。


「……っと、さすがにそろそろ戻りましょうか」

「っ、ぁ……」


 その言葉に我に返った皇木は、今が会社の飲み会の最中であることを遅れて思い出した。

 それを抜け出してトイレの個室で何をしているんだ、と役割を取り戻した理性が叱るので、「あ、あぁ」と曖昧に同意する狼の胸の内は名残惜しさでいっぱいだった。


「いやでもマジ癒されました、すっげ~モフモフだしいつまでも触っちゃいそうっすわ、またお願いしてもいいすか?」

「う、うむ……」


 シャツのボタンを閉じる狼は生返事しかできない。

 トイレの個室の外には誰もいない。よく磨かれたタイル張りの床に揃って革靴で躍り出ながら、二人で個室に入ってるところを知人に見られなくてよかったと胸を撫でおろす。

 そして、じゃあおれ先に戻ってますんで、と田井中が先を行こうとするので……反射的に、その腕を掴んでいた。


「えっ」

「……あっ、その……」


 ごつごつとした腕時計を手首にぐるりと巻いた手に肘の辺りを掴まれた若者は、驚きを隠せない顔で振り向く。

 狼も自分が何をしたのか理解して、「いや」とか「その」などと言って口をもごもごさせながら手を離した。

 引き止めるつもりはなかった、本当だ。手が勝手に動いたというのはまさにこのことで、狼は何をどう言い訳すればいいかわからなかった。

 いつもの上司らしくない姿に田井中も戸惑っていたが、しかしすぐににこやかに口を開く。


「ど~しました? ……あっ、まさか部長も撫でられんのハマっちゃいました~?」


 その言葉に、皇木は……視線を足元に落とす。そして、コクリと頷いた。

 エッ、と冗談のつもりだったらしい田井中がそれに驚いた声を上げるのが聞こえて、思わず恥ずかしさで耳をぺったりと寝かせてしまう。


 やめろ、何を考えているんだ。そんなことを言ったらいくら同性でもセクハラだ。お互いに仲が深いわけでもないのに、新卒の部下相手ともなればパワハラにもなるぞ。

 これ以上は酔った勢いとかそういう言い訳では繕えないぞ。

 そんなことはをわかっていた、わかっていながら……皇木は止まらない。

 もう一度、何も考えずに撫でられる手に身を任せたい。

 愛されたい、褒められたい、その気持ちが狼を突き動かす。

 あの味わいを、禁断の果実の味を知ってしまったからには、もう止められない。


「……こ、この後……ウチで、もっと撫でてくれないか……?♡」


 ◆◇


 二次会に行こうとする集まりから抜け出して、じゃあ自分達はこれで、とタクシーに飛び乗るだけでも微かな高揚を伴った。

 新入社員でもあり、何かと話題に事欠かない田井中を連れて行こうとする連中は多かったが、今日一番話題の的にされたのは間違いなく彼だ。

 あまり無理をさせるな、と直属の上司でもある皇木のひと睨みで酔漢らがすごすごと引き下がるのは、彼らにもアルハラの自覚が多少なりともあるからだろう。


「掴まれ、歩けるか?」

「んああ~、だいじょぶっすぅ」


 あちこちの席でZ世代とからかわれ、やんややんやと酒を飲まされ続けた田井中は、立派な千鳥足を皇木の前で披露していた。

 狼は部下に腕を貸しながら、大通りに止めたタクシーに乗り込む。


「……皇木サンが誰かの介抱してるの初めて見たかもしんねっす、オレ」

「そりゃあ自分とこの部下だからじゃないかぁ?」

「そう……なんすかねぇ……?」


 足元も覚束ない彼の肩を支え、荷物を持ちながら行き先を告げる皇木に虎と鯱がコソコソと話している声が聞こえるわけもなく。


 揺られること数十分。

 クレジットでタクシー代を支払い、引きずり出すように車から降ろした田井中を自宅のマンションに連れ込んだ皇木は、ソファーに座ってぐったりと天を仰ぐ若者に海外産の天然硬水のペットボトルを差し出す。


「……飲め」

「んあぁ、ありぁと~っざいますぅ……」


 ふぅふぅと苦しそうに呼吸を繰り返す若者は、受け取ったペットボトルのキャップに弱々しく片手を添えてぱきりと回す。

 蓋を開けてやればよかったか、と思った狼を他所に、若者は飲み慣れぬ硬水をぐびりと勢いよく飲み下す。


「……っふぅう、生き返るっす、冷てぇ~」

「……何か、酔い覚ましでもいるか? 近くに薬局がある、必要なら……」

「いやいあ、だいじょぶっすよぉ。これくらいなら結構飲み慣れてるんで、おれぇ」


 酔ってなおへらへらと笑う田井中は、呂律すら怪しくて本当に大丈夫なのかと不安になる。

 容態が急変したときのことを考えて、皇木はなるべく近くにいてやることにした。必要ならエチケット袋でも出すつもりだった狼はもはや介助者のような気持ちで空調の風量を上げながら、スーツ姿のまま田井中の隣に腰を下ろす。

 骨格のしっかりした狼の体重に、ハーマンミラーの三人掛けソファがぎっしりと軋んだ。


「それより部長のおうち初めて来ました、さすが広いっすねぇ」

「……そうか?」

「広いっすよぉ、ここにお一人で住んでるんすか?」

「……まあ、な」


 水を飲んでいくらか落ち着いたのか、田井中は周りを見渡しながら「へぇー」なんて言っている。その手に持っているペットボトルはもう半分も空いていた。

 こんな広い家に最初から一人で住んでいたというのはさすがに無理があるだろうか。詮索されたり邪推されるくらいなら自分から事情を説明した方が効率が良い気がした。

 ソファーに腰かけて背中を丸める皇木は、膝をひじ掛けにしながら両手をだらりと股の間に垂らして、持っていたペットボトルのキャップをぱきりと回してから白状する。


「……家内は、出て行ってしまったからな」

「えっ……なんでっすか?」


 若者の反応はまさに寝耳に水といった様子で、どうやら本当に自分の上司の事情について無知であったようだ。

 問われた狼は、適当にはぐらかせばいいものを、律儀に答える。


「……向こうに、他に男ができたということだが……実際は私がパートナーとして不甲斐なかっただけだ」

「え~なんすかそれ……お子さんは?」

「いない。長年連れ添ったが子供に恵まれなくてな。そのお陰でお互いに身軽なもので、数年前から独り身に逆戻りだ」


 その原因の一端が自分にあることは重々承知の上だ。だからこそ、こうして言葉にするとそれは自嘲めいた響きを伴った。

 ふと、なんでこの男にそんな身の上話をしているのか皇木は疑問に思った。

 そうなると当然ながら、そもそもなんでコイツを家に連れ込んでいるんだという疑問も湧いてきて、ミネラル質が喉に引っかかるような冷水を無理やり喉の奥に押しやるとどんどん頭の奥が冷えていく感じがある。

 まともに歩けない部下をタクシーに乗せてマンションで介抱していたことで、すっかり自分の高揚も落ち着いてしまって、今は上司としての役割と責任でいっぱいになっていた。

 どうやら柄にもなく、少し飲みすぎたようだ。まさか酔った勢いで気が大きくなって、私利私欲のために部下を家に連れ込むなど、まるで自分らしくないし、あってはならないことだ。

 トイレでの自分を思い返すと顔から火が出るようだ、まったく上司の威厳などあったものではない。

 皇木は、今更ながら自分の抱えた問題に気付いた。そして、このまま田井中を介抱する素振りを続けて、これを噓から出た実にしてしまおうと考える。


「……まぁ、私のことなどどうでもいい。酔いが落ち着くまで楽にしていろ。電車がなくなりそうなら、客間があるからそこで……」

「え……エラいっ!」


 だが、それを遮る声は……明らかな酒気を帯びていながらも、屈託なく皇木に向けられていた。

 狼は中途半端に腰を浮かしたままぎょっとして振り返ると、ずいっと前のめりになった若者の眼差しとぶつかった。


「それで弁当自分で作ってたんっすね!? 奥さんいなくても部屋キレイだし、メシまでちゃんと作ってきちんと生活できてんのエラすぎるっすよ!」

「な……なんだ、急に。慰めのつもりなら、別に……♡」


 皇木は突き放すように言うが、その称賛にソワソワと尻尾が疼くのは止められなかった。

 田井中はオーバーリアクション気味だったことを恥じるようにはにかみながら、少しだけ気まずそうに言葉を続ける。


「いやぁ、おれこういうとき何て声掛けたらわかんなくって……でも、出てった奥さんに文句言うわけでもなく、きちんと生活してる部長を見てたらなんか、めっちゃ褒めてあげたくなっちゃったんすよね」

「そ、れは……そう、だろう。原因は私で、どちらが悪いかなど明白だったのだ。文句など……言えるはずもない。それが原因で身を滅ぼすなんてことも、あってはならないからな」

「うーん、そういうとこは流石っすよね……まあその原因ってのがわからないんでなんともっすけど、なんつうかおれ、今まで部長のことなんでもデキるカンペキ超人だと思ってたんすよ」

「なに……?」


 何を言おうとしているのかが読めなくて、狼は小首を傾げる。若者は「だから、えーと」なんて言葉を選んで、考え事をするように視線を宙に向けたまま言葉を紡ぐ。


「部長にもそういう……誰かに愛想尽かされちゃうようなことがあるんだって思うと、なんか親近感湧いちゃって……」

「いや……私、は……」


 自分が離婚したのは雄として不甲斐なかったからで、お前のように性格や言動が問題だったわけではない。

 そう言い返しそうとした言葉を止めたのは、ふと思ったからだ。

 本当に、そうだろうか、と。不妊であることを除いたとき、自分は彼女にとって何も問題のない完璧なパートナーだっただろうか、と。


「ほら、おれこんなんだからカノジョにも『もっと真面目に考えて』とか『真剣に聞いて』とか言われまくってすぐフラれちゃうんすよね。オンナって勝手っすよね~、おれは今が楽しければそれでいいのに」

「……」


 今が楽しければそれでいい。

 その言葉に、ふと考えさせられる。

 果たして、妻と暮らしているときにそう思ったことはあっただろうか。

 付き合ったら次は結婚して。結婚したら次は子供を作って。子供ができたら今度は教育して。

 常にその次のことを考えて、今その瞬間のふたりに目を向けたことはあっただろうか。

 彼女が……妻が言うことに耳を傾け、どうしたいかと聞いたことがあっただろうか。

 今まで自分がダメな理由は全て子供ができないことにあると思っていた。

 だから自分は伴侶に相応しくないと決めつけていたし、妻に出て行かれても仕方ないと思っていた。


 だが……そうではなかったとしたら?

 なんだ、自分も目の前の若者と同じで、己の不徳によって愛想を尽かされたあり触れた一人の雄ではないか。

 いつの頃からか自分の役割を果たすことに必死で、何がしたいのかなんて考えたこともなかった。

 脳裏に妻の最後の言葉が蘇る。あなたは変わってしまった、と彼女は言った。

 変わる前は、今よりもう少しだけその瞬間に……愛する人に目を向けられていたのだろうか?


 それは全て仮説にすぎないし、確かめる手立てはもうない。

 だが、自分の性機能が必ずしも全ての悪因ではなかったとしたら。

 たとえ独善的で自慰的な聞こえの良い自己逃避だとしても、それはなんだかすとんと腑に落ちた感じがあった。


「……あぁ、勝手だな、ほんとうに」


 ですよね、なんて言って同調する田井中に、それを気づかされたというわけではない。

 皇木の優秀な頭脳が、そうだったとしたら、という都合のいい仮説を打ち出したに過ぎない。

 だが、それだけで何となく心が上を向くきっかけになるようで。

 原因を身勝手に決めつけて愛した人を振り回し、自分勝手に卑屈になってうじうじして、今度はただの仮説で勝手に救われて。

 自嘲的に呟いた狼は、蓋を開けたままだったペットボトルに口をつけてキャップを閉める。

 このヘラヘラした若輩は、狼の気持ちも事情も何も知らないだろう。それでも、そんな考え方もあるのだと思わせてくれただけで、彼を家に招いた意味があったと思った。


「でも! でもっすよ!」


 ぐび、と水を飲み干した田井中は、先程までとは打って変わって力強い調子で口火を切る。

 皇木はびくりと肩を震わせて、隣の若者に目を向ける。


「な、なんだ……?」

「それはそれとしてっすねぇ、そんだけキツい思いしながらひとりでこんな、元奥さんとの思い出が溢れたひろ~い家に住んでて、しかもきちんと掃除もして丁寧に生活してるってのは……エラいっつぅかもうエモすぎます!」

「え、えも……?」

「マジ尊敬します! なんか……前向きな姿見てるとおれもがんばって生きないとな~って思えて、すっげえ希望持てます!」


 言っていることは依然として支離滅裂だ。

 このくらいになると酔っぱらいの戯言という感じだったが、その目と言葉は心からのリスペクトに溢れていた。

 若々しい情熱を一身に受けた皇木は、しかし今となっては田井中に以前ほど辛辣に当たれる気もしなくて「そ、そうか……?」と曖昧に返す。


「それに、なんかもう、テツロウもそうやってがんばって生きてたんだなって思えちゃって……」


 やはりその固有名詞は、彼が飼っていたというイヌの名前なのだろう。

 テツロウって、そこはベスとかジョンとかじゃないのか、という野暮なツッコミは胸中に留めておくことにした。


 空のペットボトルのキャップを閉めた田井中はしばし黙っていたが、やがてすっくと立ち上がると、そのまま振り向く。

 それからぎしりと黒革を歪ませてソファーの上に膝を突いて、背中を丸めたままの皇木の後頭部に触れるのだった。


「よしよし、ひとりでよくがんばりましたね~……えらいえらい」

「っが、ぅ……! ぉ、オイ……っ♡」


 いくら体格差があると言っても、立ってからソファーに膝をついた成人男性とソファーに深く腰かけて背中を丸めている獣人男性とでは僅かに向こうに軍配が上がるようで。

 若者は、まるで甥っ子でもあやすように狼の後頭部を、そして耳の間の頭頂部をわさわさと撫で回す。

 狼は尻尾を膨らませてわずかに背筋を正し、半ば睨むような目つきを向けるが手には言い訳がましくペットボトルを持ったままで、彼を払い除けることは終ぞなかった。


「あ、イヤでした?」

「そ……そういうわけではない、が……いつもいつも行動が突飛すぎるんだ、お前は……」


 半ば諦め混じりの狼の声に、若者はアハハと笑う。


「いやぁなんか……テツロウそっくりの部長がそんなに辛い思いしてたって思ったらこう、思いっきり甘やかさないとって思って……でもほら、部長も悪い気しないんすよね?」

「う……それは、まあ……慣れないことは慣れないが……」

「やっぱイヌ科の血なんすかね~? じゃあ、おイヤでなければぜひ撫でさせてください!」


 ヒトの手は獣人と違って毛皮が擦れあうような硬さがなく、伸びた爪で引っかかれることもなくて、つるつるとした皮膚で狼の獣毛を優しく梳いていく。

 柔らかくて、すべすべとした手のひらは小さく、狼の頭を撫でるために往復するには腕ごと大きく動かす必要がある。

 そんな小さな手で触れられたことのない皇木が今までにない感覚に身を強張らせるのを他所に、手は狼の耳の付け根を揉む。

 ピンと立ち上がった三角耳は左右に開くようにふにゃりと倒れ込み、その頂点を互いに明後日の方向へ向けていた。

 張り出した耳介の内側に溜まった白い獣毛をほぐすように触れながら、「それに」と田井中は言う。


「部長もそのために……もっと撫でて欲しくておれを呼んだんでしょう?」

「っ、あぅ……♡」


 そんなわけがないだろう、と口で否定するのは容易かった。

 そうしなかった理由を、狼は頭で理解しているわけではない。

 なぜならそれは、体に刻み込まれた遺伝子から来る恭順だった。不出来な自分の頭を撫で、何もしなくても餌を与えてくれる主人の言葉と期待に背くわけにはいかない、と立派に躾けられた本能が自ら首輪をかける。

 だから、皇木はわけがわからなかった。

 どうして自分より立場も下で二回りも若い部下に畜生のように扱われるだけで、ここまで胸が高鳴るのかと。

 コクリ、と黙したまま狼が頷くと、彼は満足そうに言う。


「よっしゃ、任せてください! こう見えても散歩中のわんこ達にも大人気だったんですよ、おれのテク! きっと部長も気に入りますよ!」


 相変わらず人のことをイヌと同列に語るその口ぶりはどうかと思ったが、それを望んだのは自分であるので、文句は言えない。

 むしろ皇木は自分は本当にペット同然に撫で回されるのだと実感すると、背中を丸めたまま尻尾が勝手に揺らぐような期待でそわそわと落ち着かなかった。


「ん~、でもほんと毛並みがキレイっすよね……あ~そうそうこの耳の厚さとか、そっくりっす。あ~懐かしいなぁ……」

「ぐっ……がふっ、ふぅーっ……♡」


 お互いのことなどろくに知りもしない若者に、永遠の愛を誓い合ったわけでもないのに、ベタベタと頭を撫で回されて、下等な飼いイヌなどの代替品として扱われる。

 それだけのことが皇木にはたまらなく心地よくて、思わず息も荒くなる。

 誰かに褒められて、愛されて、肯定されるために愛玩犬にまで成り下がるのはいくらなんでも馬鹿げている。

 そうとは知りつつも、耳の付け根から側頭部を滑り、喉元と顎下に流れる手を振り払うことはできない。

 それくらいにこの餌は、この果実は甘美だった。


「お、すっげー。さすが歯もキレイっすね。唇もぷにぷにで荒れてないし、マジイケワンコっすよね~」

「ぅぐっ……んごぅ、ふぅッ、ふ~ッ……ぐぅぅ……♡」


 若者の手は大胆にも歯を食いしばっている狼のマズルに触れ、下からそっと唇をめくる。

 ふにゅんとした柔らかい口吻肉が押し下げられて、綺麗な歯肉と真っ白な牙の付け根を確かめると、感心したようにその下牙に触れる。


「お~さすが大型犬、やっぱ牙もでっかくて迫力ありますね~。それなのにここのお肉はたぷたぷで……ん~! かわいいっすね~、よ~しよし」

「んぅぅ……ッ♡ がッ、ぁぅ、ごぅぅぅるる……っ♡♡」


 田井中はそう言って、黒々とした鼻の左右で撓みながら肉を溜め込んだ唇を指で突くので、ぶにっと押し上げられてめくれた肉の隙間に食いしばった狼の歯列が覗く。

 大型犬ではない立派な狼である皇木はしかしその言葉に反発する余力もなく、マズルを斜め上に向けたまま食いしばった歯の隙間からガフガフと呼気を漏らすことしかできなかった。

 皇木はたまらず、仰け反るようにソファの背もたれにどっしりと身を沈めると、田井中は正面から両手で狼の首の毛並みをわしゃわしゃと撫で始める。


「んぐぅッ♡ っごふ♡ がふぅ、ぅぐぅ~っ……♡」

「たっぷたぷだ~、よ~しよしよし。首の後ろたぷたぷでかわいいっすね~いい子いい子~」

「ふーッ♡ ふぅっ♡♡ むふぅっ、うがぅっ♡」


 股の間から逃げ出した尻尾がバタバタと左右に往復して自分の足を叩いているのを知りつつ、狼は呻くような呼吸を続ける。

 何も考えずに撫でられるのは馬鹿らしくて、飼い犬のように扱われるのは心外で……心地よかった。

 彼の無遠慮な手が自分の毛皮をかき上げるたびに、背筋をぞくぞくとした官能が駆け巡る。

 彼の甘ったるい声が自分の耳に届くたびに、自分はこれでいいのだと安心感を抱く。

 ハフハフと舌を出して喘ぐ狼は、いつしか自分からワイシャツのボタンに手をかけていた。


「ん~? お腹もわしゃわしゃされたいんすか~?」

「っはぁ……♡ さ、されたいっ♡ た、たのむぅ……♡」


 モチロンっす、と快諾される狼は、自分の望むままに与えられる喜びに脳の奥が痺れるような歓喜を覚える。

 欲望が、渇望がいっぺんに満たされて潤っていく。乾いた土がいくらでも水を吸収するように、狼はせっついた様子で自分のワイシャツを開けていく。

 大きな指ではボタンを外すのにも苦労する。スマートさの欠片もなく、乳幼児のように脱衣に手間取る狼を他所に、若者はそっとソファから離れる。

 座面がほとんどシングルベッドの幅ほども広いソファに深く腰掛け、背もたれに埋もれている狼が顔を上げるのと殆ど同じタイミングで、彼は言った。


「じゃ、せっかくなんで……こっちに寝ちゃってください! 存分にモフらせていただきますんで……へへへ」


 ぽんぽん、と田井中はソファの座面を叩く。

 皇木は、これからこの男にイヌのように存分に撫で回されるのだと思うとうまく返事ができなくて、辛うじてコクリと頷いたのだった。


 端から端までが二メートルにも及ぶ大型ソファは、妻と、そして近い将来授かるだろう子供と三人で座っても狭くないようにと購入したものだ。

 一人で掛けることしかなくなった今となってはここで転寝することもままあるほどで、ベッドとはまた違ったお気に入りのくつろぎスペースだった。


 皇木はそんなソファの上に仰向けに横たわる……ワイシャツの全てのボタンを開けて、ネクタイも解かずに、スラックスを脱いだ状態で。

 まるで介抱されているのが自分のような気になってしまうのは、何もスラックスまで脱ぐことはなかったのではないかと今更になって思い始めているからだ。

 尻尾を振り回す窮屈さもあって、皺になってしまうからとベルトを解いて脱いだスラックスは結局ソファの脇で団子状に丸まったまま打ち捨てられている。

 酩酊と高揚でいくらか体温が上がったこともあって脚と腹に感じる冷房の風は心地よかったが、狼の鼓動を落ち着かせるには至らなかった。


「すっげ~……なんか、でっかい抱き枕みたいっすね!」

「そ……そうか……?♡」

「そうっす! テツロウもここまではでかくなかったんで……でっかいイヌってイヌ好きにはたまらないんすよ、はぁ~……」


 ソファの下、ラグの敷かれた地面に膝立ちになった田井中が目の前で横たわる毛むくじゃらの体に目を輝かせる。

 皇木はワイシャツも脱ぎ切らないまま下着一枚になっただらしない姿を見せていることを自覚しながら、指示に従っているだけで本意ではないと自分を偽っているが、それでも気恥ずかしさはごまかせずに袖を通したままの腕で顔を隠していた。

 ふくらはぎをぐるりと一周して足首を覆うソックスをクリップで固定したガーターを身に着けたままの足を曲げ、両膝を立てて寝そべった状態で目を泳がせる皇木は半裸を晒す羞恥でいくらか冷静さを取り戻しつつあったが、それも男の手が胸板に触れるまでの砂上の楼閣に過ぎない。


「んぐっ……♡」

「うお、すっげ~もふっとしてるし……やっぱ酒飲んだからっすかね? 体温たっけえ……」

「そ、れは……お前も、だろぅ……っ♡」


 自分の胸毛を逆立てるように撫でる手つきにバクバクと鼓動が早くなるのを感じる。

 毛皮の下に隠された狼の筋肉は、男のすべすべとした手から発せられる熱をじんわりと感じ取っていた。

 獣毛のないヒトの手はダイレクトに体温を伝えてきて、飲酒によって上昇した熱は狼の尻尾を落ち着かなくさせる。


「トイレで触ってたときはわかんなかったんすけどね、こうしてしっかり撫でると……すっごい、熱いくらいっすね。やっぱ筋肉のせいなんすかね~?」


 皇木の胸筋は豊かな体毛で覆われながら、しっかりとドーム状に張り詰めている。

 骨だけでなくしっかりと筋肉で分厚い狼の肉体は、筋膜の下に内蔵を詰めこんだ腹部にすら緩みがなく、首を持ち上げる腹筋は毛皮の上からでもわかるほど隆起していた。

 脇腹には贅肉のかけらほども見当たらず、後からパテで盛り込んだように立派な腹斜筋がこんもりと主張している。

 それでも胴回りの太さでは幅広な腰骨には敵わないようで、ぎっちりと内臓と筋肉を詰め込んだ脇腹は相対的に細く括れたボディラインを描いていた。


「い、いやなら無理せずとも……」


 男の言葉に、日中の業務と飲み会の終わりでシャワーすら浴びていない体を晒していることに生娘のような羞恥心を刺激された狼は居辛そうに首を起こすが、力強い否定でそれは打ち消される。


「いやいや、むしろこれくらいのほうが懐かしいっつーか、あ~おれ今イヌ撫でてるんだな~って感じのあったかさで気持ちいいっす!」


 田井中はそう言うと、両手で遠慮なく目の前の腹を撫で始めた。

 その胴体がどれだけ逞しく、そして立派に太いのかを確かめながら触れつつ、毛皮が空気を抱き込むようにわしゃわしゃと撫で上げる振動で、脱力している大胸筋がぷるぷると震える。

 蒸れていた体毛の根元を梳く新鮮な空気を感じた狼は、性急な手つきに思わず声を上げる。


「おっオイ……っ♡ そんなっ、急に……っうぅ♡ ふ、ぅっ♡ んごぉお~ッ……!♡」

「そ~れわしゃわしゃわしゃ~っと。へへ、きもちいいっすか~?」

「っぐぅ♡ ふーっ♡ わふっ♡ っへ、はぁっ……♡」


 勝手に呻き声が漏れてしまう狼は、必死に酸素を取り入れようとして半開きにしたままのマズルから色鮮やかな舌と唇を覗かせて呼吸に喘ぐ。

 こんな姿を人に見せるべきではない、こんなことは早々にやめるべきだ。

 そうとは知りつつ、自分の腹や胸をすべすべの手で撫でられる歓びには抗えない。


「あ~この感じこの感じ……テツロウよりちょっとでかいっすけど質感ばっちりっす、ちょっと吸ってもいいっすか?」

「ふ~っ、がふ、わふっ♡♡ はへ、へぇッ♡ 吸っ……えっ?♡ な、なんだぁ?♡」

「んじゃ遠慮なく……」


 体毛をかき混ぜられるような手つきに尻尾を振ってしまう自分を理性で堪えていた皇木の耳には、その言葉は届かなかった。

 狼が小首を傾げて聞き返すころには、既に田井中は十分に逆立ててボリュームを増した腹毛に顔を近づけていて、そのまますぅーっと深呼吸を始める。

 まるで体温を吸われているような吸気を腹に感じて、毛皮と地肌の間を通り抜ける空気に狼は「あふっ♡」と息を漏らした。


「っお、おまっ♡ な、なにして……っはぅ♡」

「何って……イヌ吸いっすよ、知らないんすか?! ネコ吸いのが有名っすけどイヌも十分吸えると思うんすよね……」

「そ、そんなものっ、知らんん゛っ♡♡ はぅっ、す、吸うなぁ♡♡」


 七月の気温の中、背広までしっかりと着込んで通勤する狼の体はどこもかしこも蒸れたように熱がこもっている。

 そんな体を躊躇いなく嗅ぐ若者に驚いたのは、何もその行いの突飛さのためばかりではなかった。

 身だしなみとしてコロンを振っているとはいえ、中年男性の汗で蒸れた洗ってもいない毛皮を軽々しく喫するその精神は一般的な価値観からは逸脱しているように思えたからだ。

 しかし彼にとっての今の自分は気難しい四十代の上司ではなく、ただの飼いイヌ代わりでしかない。ならば、この行いに戸惑うことのほうがおかしいのかもしれない。

 皇木は自分の胸元に顔を擦りつけるような田井中を享受すべきかどうかをぐるぐると悩み続けるが、答えは出そうになかった。


「ん~でも部長はなんか、イヌ臭いっつぅかちょっと香水がお父さん臭いっつぅか……散歩のあとみたいなにおいがしますね。これはこれで……」

「~~っ♡ ぐぅうっ♡ っが、はふっ、ふ~っ♡ へっ、へぇっ♡」


 皇木は自分の腹や胸に顔を押し付けて深呼吸する田井中を引き剝がそうと思ったが、くすぐったいようなむず痒いような未知の感覚に惑わされたまま何もできずにいる。

 中途半端に持ち上げた手をぎゅっと握り込んだかと思えば、両足もカエルのように開いて爪先を丸めるものだからその姿勢はまさしく腹を見せるイヌそのものだ。

 そのまま喉を晒すように仰け反った狼は、舌を出してパンティングを繰り返していた。

 やがて田井中は、ウッドな香りを伴う胸毛を吸い込みながら顔をぐりぐりと擦り付けて頬ずりし始める。


「んがふっ♡ そ、それっ、くすぐったっぃ♡ や、やめ……っんぐぅ♡」

「んん~~~……っぷはぁ、へへっどうすか。うちのテツロウはこれされると尻尾ブンブン振って喜ぶんすよ、部長も喜んでいいんすよ~」

「ば、ばかもん♡ わ、わたしは別にっ、そんなことで喜びなどしないぃ♡ も、もっとちゃんと撫でろぉ♡」


 平たい顔を毛むくじゃらの腹にぐりぐりと押し付けていた田井中が屈託なく笑いながら言うので、皇木はそれを叱る。

 果たしてそれが叱責として十分な響きを持ったかどうかというのは疑問だが、若者は「はーい」なんて言いながら胸の毛をかき混ぜていた手を滑らせる。

 手は体の横へ、脇にするりと抜けるとまるで抱きしめるように脇の下を撫で始めた。そのままワイシャツの内側から二の腕をさすって、顔を上げた田井中は中途半端に曲げた狼の手を一瞥して口を開く。


「腕太ってぇ~! 前足……じゃない、お手手もおっきいっすねぇ! おっきくてかっこいいっすね~いい子いい子、よ~しよし」

「っぐ、んん゛ぅっ♡ っはふ♡ が、ふ~っ♡♡ ごるるるっ、むふぅーっ♡」


 もはやその言葉の意味より、褒める言葉のトーンだけで狼は脳の髄に知らない快楽物質がびしゃびしゃと溢れるのを感じる。

 誰かの手に体を委ねることがこんなにも楽で、気持ちがいいことだなんて知らなかった。

 自分から何かをしなくてはいけないと気負わなくてもいい時間がこんなところで得られるとは思いも寄らなかった。

 これがどれだけ馬鹿馬鹿しく倒錯したことでも、ただ仰向けになっているだけで愛情を注がれるなんて経験したことがない皇木にとっては鮮烈な記憶となって体に刻み込まれる。

 カエルのように持ち上げて開いた足の間で、尻の下から逃げた尻尾がぶんぶんと左右に振れてソファーの革をばしばしと叩いているのがその証左だった。


 やがて。田井中の手は脇腹をそのままくだりぴっちりとした黒いボクサーパンツを通り過ぎて太腿へ向かおうとする。


「……あっ、これは……」

「はーっ、わふっ……はへ……?♡」


 手を止めた田井中の声に細かい違和感を覚えて、皇木は顔を上げる。

 そこで初めて気が付いた、ボクサーパンツをこんもりと押し上げて自分の一物が隆起していたことに。


「…………あ、ッ?」

「あ~、その……わ、ワンコって撫でられてると嬉しくてこうなっちゃう子っていますよね! よくあることだし、別に慣れっこっすから、おれ!」


 男が男に触られて大人げなくギンギンに勃起させている現場に居合わせた田井中は、流石に気まずさを覚えて慰めるようにそんな言葉を口にする。

 別に性感を得ようなんて気はなかったし、元既婚者ともなれば互いにそっちのケはないはずだ。

 自分の飼いイヌはそんなことはなかったが、撫でられたり遊んだりする嬉しさでついつい股間がいきり立ってしまうイヌがいるというのは珍しいことではない。

 であればこれはただの事故で、変に意識するようなことではないはずだ。

 そうは言えども……確かに、イヌ扱いとはいえ成人男性の体をベタベタ触る以上こういう結果が生ずる可能性は少し考えればわかったことかもしれない。

 それを思うと、何だか自分の軽薄さを無言のうちに責められているような気がして、うっかり相手が勃起しちゃったマッサージ師ってこんな気まずさなんだろうな、と田井中は思った。


 しかし、予想に反して……狼の反応は意外なものだった。


「……た、勃って、いる……?」


 首を持ち上げて上体を起こした狼が半ば呆然と呟くそのさまは、まるで珍しいものを見たかのようだった。


「た、勃ってますね……いやでも、ほら、マッサージ中に血流がよくなってとかよくあるらしいですし、あのほら、そういうことってよくありますよね……! お、おれも、テツロウ相手だと思って懐かしくて調子乗りすぎたっていうか、その……」

「……いや、よくあることではない。まさか、まだ自分にこんな元気があったとは……」

「ひぃ、ごめんなさ……えっ?」


 マッサージ中にそんなことあるわけがないだろう、という叱り文句にしては意味ありげな含みを持った言葉に、田井中は思わず聞き返す。

 体面を気にして言うべきかどうか僅かに逡巡した狼は、しかしどれだけ手を尽くしても無駄だった自分自身が立派に元気を取り戻した姿への懐かしさと感動が上回った。

 妻や医者以外にこんなことを打ち明けるのは初めてだった。僅かに狼狽しながら、皇木は語り出す。


「情けない話だが……ひ、久しぶりなんだ。勃起自体が」

「久しぶり……?」

「あぁ……」


 それから皇木は、実は、と語り出す。

 自分が無精子症と診断されたことをきっかけに雄として自信を無くし、勃起不全を患ったこと。

 そして、それが原因で関係が悪化したことで妻から離婚を切り出されたのだ、と語る狼の口振りはどこか他人事のようでもあった。


「……今にして思えば、無気力になっていつまでも後ろ向きだった私に愛想を尽かしたのかもしれないが、ともかく」


 しみじみと語る狼の視線は、黒いボクサーパンツをグイグイ押し上げて隆起させる膨らみにあった。

 ナイロン生地の表面に入っている細かいストライプ模様を歪めるそれはいくらか硬さを失いつつあるがまるで股間に横向きのペットボトルを隠しているようで。

 雄としての機能が衰えていたとはにわかに信じられないほどのボリューム感を田井中はちらちらと気にしながら、しかし悲痛な声で語られる上司の事情に真摯に聞き入っていた。


「その……見苦しいものを見せてすまない、だが、自分でも……驚いているんだ。少し、嬉しくもある」

「そうだったんすね……」


 胸中は複雑だろうが、壮健な姿を取り戻したことへの喜びが上回っているらしい皇木はパンツ一枚のまま穏やかに語る。

 ガーター付きのビジネスソックスも履いたままで、パンツ一枚に中途半端に脱いだワイシャツ姿のまま勃起している中年狼と真剣に話し込むこの状況はなんだ、と田井中は思わなくもなかったが、まさか勃起不全だったとは思いもしなかったことのショックと壮絶な背景への同情から茶化す気にはならなかった。

 せっかく結婚したのに、女房ひとり満足させられないことがどれだけ雄としてのプライドを傷つけるかなんて、同じ男である以上想像に容易い。

 そして、久しぶりの勃起に歓喜するでもなく、戸惑いながらも噛み締めるように自分の股間を見ている狼のリアクションが生々しくて、田井中は考える。


 これが毛並みを撫でて気持ち良くなった末の勃起だというのなら、もう一度撫でるのを再開すればいい話だろう。

 だが、それでは一時的なものに過ぎない。現に今も、撫でるのをやめて話し込んでいる狼の一物は既に少しずつ力を失っていて、下降気味にあるようだった。

 それでは駄目だ、何か力になれることがあるだろうか。

 無根拠ながら、対症療法ではなく原因療法を追求するのは田井中が若く物を知らないだけではない。

 そもそも皇木を撫でたいと思ったのは、田井中がペットロス気味であったからだ。

 そんな自分のために嫌な顔一つせず、ハラスメントとされるほど屈辱的でありながら遠慮なく撫でさせてくれた上司の恩義に報いたい、という思いがあったのだ。

 そして、少し長い沈黙を破ったのは田井中だった。


「……そうだ! 部長、この辺にドラッグストアあるんすよね? まだ開いてますかね?」

「ん……? あ、あぁ。通り沿いのところが、確か二十四時間営業だったと思うが……」


 ちょっと行ってきます、とすっくと起き上がってポケットから取り出したスマホを操作する田井中に、自分が勃起していたことをまだ受け止めきれずに呆然としていた皇木は眉を顰める。

 何のつもりだろうか。目の前の若者の意図が読めないのはいつも通りで、何を思いついたのかなど皆目見当もつかない狼は、しかし目の前に差し出されたスマホ画面が鼻先に触れそうになって口を噤んで顎を引く。


「ドラッグストアで必要なもん買ってくるんで、その間にこれでちょっと準備してみてください! 多分、これが一番わかりやすい方法なんで!」

「い、今からか……?」


 反射的に目の前のスマホを受け取った狼は、そのままばたばたと広いリビングの片隅に置かれていた鞄から自分の財布を手に取る田井中を引き留めることもできない。

 呆気に取られている狼は、月並みな質問しか口にできなかった。


「買ってくるってお前、場所はわかるのか?」

「タクシー乗ってきたときに見てたんで大丈夫っす! んじゃ、いってきます!」

「待て、お前、結局何をするつもりだ……?!」


 玄関に向かう通路に足を踏み出しながら、若者は肩越しに振り返る。

 ワイシャツにスラックスという、この家に来た時の格好のままである彼は、自信ありげな顔で言う。


「ずっと前風俗嬢と飲んだ時に、そういうお客さん向けのマッサージがあるって聞いたことがあるんすよ! 大丈夫、任せてください!」


 足音、それから玄関のドアがバタンと閉まる音がした。

 しんとしたリビングに一人残された狼は、ゆっくりとソファから身を起こし、脱いだ背広や財布を抜かれたビジネスバッグもそのままという若者の痕跡を一瞥して受け取ったスマホに視線を落とす。

 そこに展開されていたのはひとつのブログ記事のようなものだった。

 律儀に読み進める狼は……すぐにあの若者が何をしようとしているのか訝しむことになる。

 記事には、『はじめての方でもすぐできる! よくわかるシャワ浣!』と題されていた。


 ◆◇


「そんじゃ、前立腺マッサージやっていきますね! じゃ~ん、買ってきました~! ローションと……一応ゴムもあります!」

「お、おい……」

「あっ、挿れるわけじゃないっすよ! 手使うんでそんときに使います、安心してくださいね!」

「ち、違う!」


 一糸まとわぬ姿のままベッドに横たわっている狼は、傍でマットレスに膝をつくスーツ姿の男に目を向ける。

 何を律儀に従う必要があるのだと思いつつ腸内洗浄を済ませた自分を、自分でもどうかしていると思っていた。

 あの後、田井中という部下の言葉になんの強制力があるわけでもないのに、狼はふらふらとシャワーに向かってスマホに書かれている記事に従った。

 そのまま体も流してドライヤーで乾かしたところに帰宅してきた田井中に促されるままダブルベッドに寝そべった狼は、身を起こして股間を隠すように股を閉じて言う。


「お前、本気で言っているのか……?!」

「何がっすか?」

「い、いや……その、今からすることは……尻を、弄るようなものなのだろう? そ、それも男の……お前、そんなシュミがあったのか……?!」

「いや全然? ないっすよ! おれもこれが初めてっす」


 えっ、と驚く狼にぎしりとベッドに上がった田井中が言う。


「尻を弄るんじゃなくてただのマッサージすよ、聞いたことないすか? 前立腺マッサージっていうの」


 同じことだろう、と狼は尻尾を丸めて尻穴を隠す。

 記事を読み進めながら手順に従って実施した腸内洗浄は狼にとって初めての経験で、大きく汚れているようなことはなかったものの念入りにシャワーの水流で浣腸を繰り返した肛門は普段より口を大きく開いてヒクついていた。

 指示に背いて田井中の帰りを待つ……という選択肢が自分の中になかったのは、不思議なことだった。


「おれ、実は結構テツロウのこと……飼ってたイヌのこと引きずってたんすよ」


 非難がましい目を向けていた皇木は、脈絡なく飼いイヌの話をし始める田井中を訝しむ。

 それがどうした、と目つきだけで尋ねる狼に、若者は神妙な面持ちで語り始める。


「ガキの頃からずっと一緒だったのに、死ぬときに一緒にいてやれなかったのをすっごい後悔してて……でもテツロウそっくりの部長がバリバリ仕事してるの見てたら、意外と向こうでもこんな風に元気にしてるのかなーって思えてなんかすげー元気出るんすよね」

「そ……そう、なのか?」

「はい! もちろん部長は部長で、テツロウはテツロウで別物っすけど……それでもやっぱ撫でてるとすっげー懐かしい気持ちになって、なんつーかめっちゃ癒されるんすよね。で、おれもそんな部長のためになんか力になれればと思いまして!」

「それで、コレか……?」


 そうです! と元気よく返事する若者に、狼は眉間を押さえる。

 それがただの思い付きやからかい半分であるならどれだけマシだったことか。

 行動力のあるバカはこれだからと呆れ果てるが、しかし部下からの善意をありがた迷惑と切り捨ててしまうこともできずにいた。


「知り合いの風俗嬢も言ってたんすけど、やっぱお年を召してくるとチンコの元気ってなくなってくるんすよ。老いとかで衰えちゃうのはもう仕方がないって、でもそういう方も直接前立腺を刺激してやればビンビンになることが多いらしいんすよ!」

「いや、お前……」

「部長もお腹とか胸とか撫でられてマッサージされて勃つんなら、多分効くはずっす! これで治療に興味持ったり、回復してオトコの自信取り戻してくれたら何よりっす!」


 皇木が毛皮を撫でられる感触や促進した血流によって勃起したと考えている田井中はにこやかに言う。

 その主張を理解できなくもないのは、事実男性機能と前立腺は密接な関係にあり、その機能低下はEDの原因として挙げられることもあるからだ。

 そして、直接触れて刺激することで勃起を促すような治療法があることは、皇木は試したことはなくとも知識として知っていた。

 何しろ自分の尻孔をほじるような行為は、男として到底看過できるものではなかったからだ。


 だからこそ皇木は頭痛を覚えざるを得ない。

 上司に恩返しをしたいからというだけで、勃起不全の改善のために前立腺マッサージを行おう、という理論はいくら何でも無茶苦茶で、常人の思考回路ならたどり着かない行動のはずだからだ。

 いくら善意とはいえたったそれだけのために同じ男の尻を弄ろうというその行いは極めて短絡的で、突飛な思い付きと言わざるを得ない。


 何より、嫌悪感はないのかと皇木はその顔を見る。

 いつも通り根拠もなく自信に満ち溢れた微笑みを浮かべる若者は、きっと何も考えてないのだろう。


「だからって……男の尻だぞ? そもそも他人の性器の勃起事情なんてそんなに気にすることか?」

「気にするっすよ~! どうせ勃起してるとこ見ちゃったんで、今更恥ずかしがることないっすよ! 毒を食らわば皿までって感じっす!」

「いや、そういう話じゃ……」

「それに、ハナシ聞いた感じ部長って自分からこういうコトしなさそうですからね! 一回勃起させちゃった以上おれが責任持って部長のお悩みを解決させていただきます!」


 うっ、と狼は尻込む。それは実際その通りで、肛門を他人に触れさせるなんて考えられないことだった。

 変なところで鋭いなと思ったが、だからと言ってハイそうですかとみすみす体を許すつもりもない。

 皇木はすぐに正論を喉につがえ、口を開く。


「だとしても、女相手ならまだしも男の裸など汚いし気持ち悪くて見たくもないだろう? 股間や尻なんてなおさらだ、ましてやそれがこんな中年のものとなれば普通は触れたくもないはずだが……」

「そうすか? でもおれも同じものついてますよ、別に汚くも気持ち悪くもなくないっすか?」


 狼はごく一般的なジェンダー観や価値観を基準に正論を打ち出すが、しかしきょとんとした顔をする若者の言い分も同じくらい正しいように聞こえて言葉を詰まらせる。

 それを詭弁だ、と切り捨てるには材料が足りなくて、これ以上何と言い返したらいいのかわからなくなってしまった。

 前々から変わった男だとは思っていたが、ここまで異なる物の見方を持っているとは思いもよらなかった。

 今時の若者はみんなこんな感じなのだろうかとむしろ自分の常識を疑ってしまいそうになる狼は、諦めたように溜め息をつく。


「…………わかった、もういい。お前の思い付きという時点でろくなものではないだろうが、気が済むまでやってみろ」


 無精子症であることは受け入れても、EDであることは望まなかった狼はこれまで様々な手を尽くしてきた。

 恥を忍んで医者に罹り薬を飲んだり、カウンセラーに相談したりして改善に取り組んできたのだ。

 それでも結果は芳しくなく、効果が一切現れないことを理解するたびに自分が雄として何の価値もないと突きつけられるようだった。


 そんな自分が、腹を撫でられてイヌのように扱われるだけで勃起するなんて、と思うとこれまでの苦労はなんだったのかと考えてしまう。

 故に、皇木は数年ぶりの勃起に戸惑っていたものの今となっては自分の勃起は何かの間違いか、酒の勢いだと思うことにしていた。

 EDといえど、ふとした時に望まぬ勃起をすることは稀に存在する。これもそのようなものだろうが、ともかく。


 何をしても無駄だったのだ、ここで素人考えで何かされたとしても、それは変わらないだろう。

 自分から好んで裸を晒しているわけではないし、そもそも腹をあれだけ撫でさせた後だ。

 同じ男に性器を晒すことの忌避感はあれど体を触られることについてはむしろ容認していると言っていいだろう。

 皇木はその延長だと思うことにして、不浄の排泄器官に触れられる嫌悪感をなんとか我慢する。


「うぃっす! 任せてください、おれ手マン結構得意なんで!」

「……やっぱり、今の話はなかったことにしてくれ」

「ちょいちょい、今更そういうのはナシっすよ! 大丈夫っすよ任せてください!」


 毛むくじゃらでどっしりとした尻に息づく肛門を女性器に見立てたような発言が心外で、皇木は尻尾をさらに丸める。

 まるで自分が女のように扱われることに非難がましい目つきを向けると、田井中はへらへら笑いながら狼の脚に手を添える。

 押し倒すような力の強さを意外に思いながらその手つきを不満げに眺めている狼は、若者の手に従ってベッドの上で仰向けになったまま股を開かされる。

 ひっくり返ったカエルのように足を開き、膝を折った足先を空中でぶらつかせながら股間をおっぴろげるのは流石に気恥ずかしくて、首を巡らせてベッド脇を探す。


「……お、おい」

「あっ、はい? どうしました?」

「……電気、消してくれ」


 皇木が言うと、田井中はすぐに察したのか「はいはい」なんて言ってサイドテーブルに手を伸ばす。

 照明用の小さなリモコンを天井に向けてピピッと操作すると、寝室はすぐに消灯された。

 開けっ放しのドアから廊下とリビングの明かりが入ってくるのみの暗がりでは辛うじて互いの顔が見えるくらいで、その中で田井中は白い歯を見せながら暢気に言う。


「これでいいっすか? 明るいと恥ずかしいなんて女の子みたいっすね」

「……うるさいぞ」

「へへ、すいません。部長は立派なオトコっすもんね」


 まるで生娘を相手にしているような田井中の言葉に反抗する皇木は、ふと思った。

 男相手の前立腺マッサージなどは初めてだと言っていたが、その振る舞いや言動からは性行為自体が初心なようには見えない。

 であれば、これまでにも女を抱きながら同じような調子で、同じような台詞を口にしていたのだろうということは想像に難くない。

 そして、冗談めかしているとはいえそれが今は自分に向けられている、というのは……狼の耳がぺったりと寝るくらいにはなんだかむず痒かった。


 ぴり、とコンドームのパッケージを破いた田井中はそれを指に被せると、封を開けたばかりのローションチューブから粘液を指先に絞り出す。


「よっし、んじゃ早速……痛かったら言ってくださいね」


 ぬちゃぬちゃと音を立てて指を濡らす田井中を、狼は黙殺する。

 部下の前で全裸になり、股を開いて仰向けになっている自分を客観視する気にはなれなかった。

 年上の、それも上司としての威厳や見栄のためにはこんなこと今すぐやめにするべきだと知りつつも、自分で承諾した手前反故にするわけにもいかない。


 だが、実際は……体面を気にする羞恥心以上に、体を包む火照りが皇木をベッドに引き留めていた。

 ヒトのすべすべとした手が全身をまさぐって撫で回したことを思い出すと、頭の奥がじんわりと痺れて正常な判断ができなくなるようで。

 主人に従わなくてはならない、と学習してしまった本能が無意識のうちに彼の言葉と意向に従おうとしてしまう。

 皇木が大人しく彼の指示通りシャワーを浴びたのも、そうすることでもっと褒めてもらえるかもしれない、と期待してのことだったが当の本人がそれに気づくわけもない。

 上司としての理性と、ただの飼いイヌに成り下がった本能の乖離に気づかないからこそ、皇木は予め敷いておいたタオルの上にでっぷりと鎮座した尻に触れるゴム越しの指に驚きこそすれ抵抗することはなかった。


「ん……っ」

「っお、すげえ……ヒクヒクしてますね」

「……黙ってろ」


 ぬちゅ、と糸を引く粘液で濡れたゴム越しに指でつつかれて、狼の尻孔が収縮を繰り返す。

 排泄器官に触れられる異物感と本能的な嫌悪感はそうそう拭えそうにない狼が若者の減らず口を咎める語調は刺々しいものだったが、田井中は「へーい」なんて言ってくるくると指先で円を描く。

 玉袋や会陰部ですら獣毛に覆われた毛むくじゃらの下半身の中で唯一無毛の肉井戸を田井中の指が縁取っていく。

 窄まりの生え際を確かめるように触れる手つきはくすぐったく、妙な感じがあった。

 ちらりと足の間に目を向けると、見知った若者がワイシャツにスラックスという見慣れた姿で全裸になった自分の下半身に手を伸ばしているのが見えて、他人に肛門を触られている現状が途端に現実味を帯びるようで恥ずかしくなった。

 狼は自分の腕を目隠しにしてこの状況から目を逸らしつつ、早く終わってしまえと祈りながら股の下に力を入れるので、ぬちぬちとローションまみれのゴム指に突かれていた狼孔がみっちりと口を閉ざす。


「リラックスしてくださいね、ココにこんな力入れてちゃダメっすよ。ゆっくりでいいんで力抜いてください」

「う……ぐ」


 狼のふぐりは体温とシャワーの熱で伸びきっていて、鶏卵大の二核を内包しながら会陰部に垂れ下がっている。

 田井中は暖簾のようになっている玉袋に指の背が触れるのも気にせず、もう片方の手で毛並みすら蒸れた門渡りを優しく撫でていた。

 陰嚢という性器に程近い部位に感じる手の存在に皇木はコレ以上はダメだと足を閉じて拒みたくなるが、イヌ科の本能による恭順がそれに勝った。


 ぐっと張り詰めてこんもりと膨らんだ会陰に込めていた力を抜くように、狼はマズル先の黒鼻から恐る恐る息を吐きながら筋肉を落ち着かせる。

 下半身の筋肉が緩むと、口を噤んでいた狼孔もふわりと解けるようで、その隙間につるっとしたゴムを伴った指が滑り込む。


「んじゃ、挿れていきますね」

「ぅ、っぐ……!」


 それは初めての体験だった。

 本来排泄用途にしか使われない人体の出口を逆走し、胎内に分け入ってくる異物感に狼は身を強張らせる。

 コンドーム越しの指とはいえ、腸壁と擦れるゴムの質感はいくらローションで濡れているとはいえ受け入れがたく思えた。

 反射的に侵入を拒もうとして尻に力を入れるが、若者の指はみっちりと閉じた腸壁の間をドジョウのようにぬるぬると泳いで奥へ奥へと滑り込んでいく。

 出口の開閉を担う括約筋をいくら締めたところで、その奥への道が閉ざせるわけではない。

 結果として、狼は男の指の根元をきつく締め付ける。

 まるでこれ以上動くなというように、あるいはもう離さないとでもいうように。


「うわ、すっげぇ締まる……ほらほら、ダメっすよそんなに力んじゃ。力抜いてください」

「む……無茶を、言うな……っ!」

「えー、んじゃ深呼吸してみてください。はい吸って~、吐いて~……」

「っぐ……ふぅぅ……はーっ……すぅっ……」


 膝立ちになった田井中が腹に当てた手を左右に優しくワイピングしながら深呼吸を促してくるので、皇木もそれに従う。

 すぅ、はぁ、と深く息を吸って吐いてを繰り返していると、緊張していた体の力が抜けて異物感が薄らいでいくようだった。


「お、いい感じっすね、えらいえらい」

「う、ぐぅ……♡」


 腹毛を強めにわしゃわしゃとかき混ぜられた狼が喉の奥で小さく唸ると、きつく閉じていた秘所も緩慢にその口を開いていく。

 指を締め付けて離さなかった括約筋が弛緩すると、田井中はゆっくりと上下左右に指を動かして動くスペースを確認していく。

 やがて一つの見通しがついたのか、男は思ったより真剣な調子で言う。


「じゃ、ちょっと動かしていきますね……」

「う、うむ……ふーっ……っす、ふぅ~……っ」


 今のところそれは、皇木にとって快いものではなかった。

 狼と一回りも体格が違うヒト男性の手は獣人に比べれば小さく、コンドームを隔てた指には鋭い爪もごわごわした毛皮も伴ってない。

 故に必要以上に、例えば無理やり拡張されるような苦痛を感じることはなかったが、初めて味わう異物感には慣れず、下腹部に蠢く違和感に対しての戸惑いは拭い切れない。

 まるで触診でもされているような気分の皇木は、早々にこれをどう切り上げるかを考え始めていた。

 部下である彼には悪いが、やはりこれは馬鹿げている。

 ある程度の根拠があろうが、それはプロだから成せることだ。やはり素人考えでうまくいくものではないだろうし、何らかの成果を上げるとは到底思えなかった。


「お~、さすが獣人って中もあっついっすねぇ。どっすか、痛くないっすか?」

「っう、ぐ……も、問題ない……っ」


 つるっとしたゴム質の指が狼の腸壁を摩擦する。じわじわと焼かれるような、辛い物でも食べた翌日のような熱を肛門に感じて少し身じろぐ。

 筒状の直腸を縁取って、ナメクジが這う速度でゆっくりとだが力強く指を押し付けてくるのが狼にはわかった。

 中から拡張される感覚に狼は思わず唸る。

 そして、ひとまず彼がしたいことをさせて、ひと段落ついたタイミングで何の成果も得られなかったことを非難しつつこれを切り上げよう、と頭の中で考えていたところだったので、意表を突かれた。


「ッ、あ……?!♡」


 尿意に近い感覚。だが、それはおかしかった。

 今自分は尿意など感じていないし、排尿したいとも思っていない。

 膀胱に刺激を感じたのは、まるで尿道に内側から触れるような感覚が下半身を貫いたからだ。

 仰向けになった狼の股座でふてぶてしく首を垂れるナマコのようなペニスがぴくんと脈動する。

 今のは、なんだ。鮮烈で、腰の奥に秘された本能を誑かすようなもどかしさに狼の爪先が震えると、田井中はそれを見逃さない。


「ん、この辺っすかね……? 結構入口近くって聞いてたんすけど、やっぱガタイがいいからそれなりに奥に挿れないと届かないっすね~」

「おまえ、なにをっ……ん、ぎッ……!?♡」


 まただ。皇木の意思を無視して一方的にもたらされる切なさは、限界まで尿意を堪えている時のそれに似ていた。

 下っ腹を中から押し上げる男の指遣いに思わず腰が浮きそうになる。

 まるで中からペニスを扱かれているような感覚があって、全身の毛が粟立って鼓動の勢いが増していくのがわかった。


「なにって、前立腺マッサージっすよ。おれも聞きかじりっすけど、この辺ぐりぐりするとイイらしいんすよねぇ」

「ん゛、っぐぅ……! な……なんだ、これっ……?!♡」

「どんな感じっすか?」

「ぐぅっぅ……へ、ヘンな……感じだ、そこっ、押されると……ッぁ!♡」


 当たりをつけたらしい田井中が狼の内臓の腹側に指の腹を押し付けてぐにぐにと動かすと、全身の筋肉が独りでに強張るような体反射に苛まれた狼がたまらず仰け反る。

 四肢の先まで震わせる刺激の波が下腹部を貫く。狼は思わず会陰部に力が入って、丸々と肥えた玉袋もぐぐりとせぐり上げてしまう。

 それは電流にも似ていて、狼は自分の尻尾の先をビリビリと駆け抜ける官能に狼狽えることしかできない。

 だが、排尿感にも似てペニスをむず痒くさせるその感覚は、不思議と不快ではなかった。


「あっ、ほら……すげ、先走り浮かんできてる」

「はーっ……はぁっ……な、何だと……?」

「こっちも段々カタくなってますね、よ~しこのまま……」


 若者の手が示す先では、狼の引き締まった腹へふんぞり返るペニスに滴が滲んでいた。

 ピクン、と脈を打って涙を流しているそれが、中途半端に血を通わせて燻っているのは一目瞭然だった。


「う、うそだ、こんなっ……♡」


 だからこそ狼は戸惑いを隠しきれない。

 まさか本当にこんなことが、尻孔を男に弄られて勃起するようなことがあるのかと、この事実を受け入れられずにいた。

 だが、皇木の当惑など些末事と言わんばかりに田井中は次なる手を打つ。

 曲の小節を次々進める指揮者のような若者の手つきに抗えるほど、狼に余裕があるわけもない。


「っな、なにをっ……?!」

「いやぁ、ぶちょぉ撫でられてた時に勃ってたんでこうされんのが好きなのかな~って……」

「そ、そういうわけではっ……ぐっ、うぅぅ……♡」

「うわ、中すっげぇ動いてますよ……へへ、やっぱおなかの毛は柔らかくて気持ちいいっすね」


 あろうことか、男は狼のアナルに指を突き立てながら毛むくじゃらの腹を再び撫で始める。

 それどころか、仰向けになって脚を持ち上げている狼にぴったりと体を添わせて狼の腹に顔を寄せると、ペットでも相手にしているかのような気安さで再び頬ずりを繰り返すのだった。


「よ~しよしいい子いい子、かわいいっすね~」

「ごるゥッ……っは、がふっ♡ は~っ、はーっ♡」


 しかしその手つきが……穏やかな調子と幼子に向けるような台詞が、狼にとって何よりも心地よいのはおかしな話だった。

 自分は今明らかに妙な状況に陥ってるし、四十を超えた大の男がしていい恰好ではないことも承知している。

 しかしそれでありながら、二回り近く年の離れた部下に腹を撫でられペットをかわいがるように甘い声をかけられるだけで、自分はこれでいいのだと本能が雌伏してしまう。

 後孔を穿られてペニスを晒しているというのに、畜生のように腹を見せて寝転んでいるだけで注がれる甘やかな悦びに尻尾すら震えてしまうのだった。


「すっげ、体あったけえ……ほ~ら、気持ちいいっすか? 部長♡」

「はふっ♡ っぐぅ、っきゅぅん♡♡ ふ、フーッ♡ ふぅっ♡」


 狼は息を喘がせながら、ばたばたと尻尾を振ってベッドのシーツに波を立てる。

 腹に顔を埋めていた田井中はちらりと仰向けになっている皇木を一瞥して、手で腹や腰の毛を撫で続ける。

 その手は腹どころか仰向けになった狼の胸元に触れると、顎下の喉元すら無遠慮に撫で回していた。

 軽く指を立てて毛深い狼の体表を掻くようにかき回す手つきはくすぐったく、そして脳髄を痺れさせる強烈な喜びを伴った。


「ふうッ、んぐうぅぅ~~ッ♡♡ そっ、そこッ♡ それっ、やめ……んん゛ぅッ♡♡」

「お、こんな感じっすか?」

「や、やめっ……んぉ゛ッお♡♡」


 緩慢に動かして尻孔をぐにぐにと拡げるだけに留まっていた男の指が、いよいよ重点的に狼のポイントを攻め始めた。

 完全に位置を把握したらしい若者が指の腹で円を描くようにぐりぐりと動かす。

 それだけで、思わず声が漏れるような刺激が臍の下から股間に向かって真っすぐ貫く。腰から下が自分の意思とは関係なく強張って、耐えがたい排尿感を覚えた狼は全身を強張らせてシーツをぎゅっと握りしめることしかできない。


「へへ、部長も気持ちいいとそんな顔するんすね、普段のしかめっ面とは全然違うや」

「だ……黙ってろ……♡ ンッ、ぐぅ~~ッ♡ っは、はふっ♡ くぅん゛ッ……っ♡」


 ニヤつく小憎たらしい顔が視界の端にチラついて、狼は目を閉じて下半身の感覚に集中する。

 玉袋に詰まった精漿が疼くようにせぐり上げて、性器を中心に全身に震えが走る。

 鼓動が早くなった胸を撫でる手が弛緩した筋肉の柔らかさを確かめるように大胸筋を押しつぶして、狼は脱水症状にも似た渇きを覚えた。

 全身に血が巡って体が熱い。思わず下腹部に力が入ると、立派に充血した一物が連動してビンッと脈を打って震えていた。


「おっ、元気になってきましたよ部長~! やっぱ効果あるんすね、これ!」

「ふ~ッ……ふぅッ……♡♡ ぐっ、るるるる……♡」


 狼は手首で自分の目を覆いながら、小刻みな呼吸で鼻をピスピス鳴らして唸る。

 喉の奥から吐いた息がたまたま声帯を震わせたような唸り声は低く、しかしどこか恍惚としていた。

 浅い呼吸と深い呼吸を入り混じりに繰り返している狼の股座では、数年ぶりに性的刺激で勃起したペニスがビクンビクンとわなないている。

 寝起きや疲労などで瞬間的に充血することはあれど、ベッドの上でいくら妻に触れられてお反応しなかった一物がバキバキに硬くなって脈を打つ感覚は狼にとって久しいものだった。

 まさかこんなことで、と驚かざるを得ないが、しかし事実として皇木のペニスは二十代の頃と遜色ない角度でそそり立ち、性感を求めて息づいていり。

 それはまさに数年分の鬱憤を晴らすような、大人げない勃起だった。


「ぐっ、ぅぅ♡♡ ふーっ、ふ~ッ♡♡」

「うわ、すげえ動く……こういうのはどうすか?」

「んお゛ぉッ♡♡ や、やめろぉっ♡ そんなっ、ぬきさしするなぁ♡♡」


 田井中は狼の尻孔に埋め込んでいた指を弓なりに曲げたまま、ずぼずぼと前後に出し入れする。

 腹側の腸壁を引っかくような手つきは、根元まで指が沈むと地続きになっていた前立腺をぐりぐりと刺激する。

 ちゅぷちゅぷと小さく音を立てている摩擦音が、まさか自分の尻から鳴っているとは皇木は思いもしなかった。


「んごぉおぉッ♡♡ っふ♡♡ ぐふぅっ♡ っぐ、ぅぅう~~~♡」

「どうすか部長、前立腺気持ちいいっすか?」

「っぐぅう♡ き、きもちよくなどない……っ、こ、こんなもの……♡ んおぉぉ♡♡」

「の、割にはちゃーんとギンギンっすね……へへ、やっぱおれって手マンうまいんかな」


 田井中は自画自賛しながら、ぬちゅっと引き抜いた人差し指に中指を重ね、靴下のようにコンドームを履かせ直すとそのまま皇木の肛門に突き立てる。

 圧迫感に戸惑う狼は、しかしイイところを押す質量も増したことに我慢できず声を上げる。


「ぃぎいぃッ♡♡ っ、ま、待てっ、そこっ♡♡ そこはっ、ぁはあ゛ぁ♡♡♡」

「おー、だいぶ緩くなってきましたね。二本ずっぽりですよ」

「ん゛おぉぉおお♡♡♡」


 コンドームに包まれた二本の指は疑似的な性器と言えるほどの直径があったが、狼の慎ましいアナルはそれを根元まで受け入れるほどの拡がりを見せていた。

 若者は再び指を前後に出し入れするが、今度は軽く曲げた指で肉を掻くように上下に動かしながら再開する。

 奥に溜まった汚れに指を伸ばし手前にかき出すような若者の手つきは、狼の粘膜をぶちゅぐちゅと刺激する。

 軟らかい腸壁は押されれば押されるだけ表面を凹ませて、皇木の前立腺へその圧迫感をダイレクトに伝えるのだった。


「んごぉぉぉおぉっ♡♡ それっ、それだめだっぁ♡ 尻がっ、はらの中がっおかしぐなるぅぅ♡♡」


 コンドーム越しに二本の指が尻孔を出入りするのは、腸を外に引きずり出されるようだった。常に自分が排泄しているような感覚で、狼はまさか自分が漏らしているのかと危ぶんでしまう。

 だがそれ以上に股の下をきゅんきゅんと貫く切なさが気持ちよく、狼は自分の肛門肉がさらに拡がってしまうのを感じながらも、久方ぶりの勃起に酔いしれることしかできない。


「ぐぅっ、ごるるるぅっ……♡♡ ふっ、フーッ、フゥッ……♡♡♡」

「すげ、部長のちんぽがビクビクするとこっちもめちゃくちゃ締まって……やべ、なんかこの感じ……」

「ん゛ぐッ……♡ ふーっ♡♡ ふぅ~~っ♡♡」


 前掲しながら指を抜き差ししていた田井中が身を起こして、どこか身の入っていない撫で方で狼の臍の辺りを撫でる。

 尻の谷間を出入りするゴム越しの指がその往復ペースを遅らせると、思わず性器をいきり立たせるような痺れが皇木を苛む間隔も伸びて、狼はここぞとばかりに必死に酸素を取り入れる。


 その間も呼吸を整える狼のアナルからくちゅくちゅと濡れた音が響くのは、どれだけ拡がったか確かめるように若者の指がその窄まりをほじっているからだ。

 毛むくじゃらの尻孔を弄る指を包むつるりとしたコンドームはすっかり伸びて少し余り気味の様子で、引き抜かれる指とは別にずるずるとした摩擦を皇木に感じさせていた。


「な、なんか……おれも、ちょっと勃ってきちゃいました、部長のケツ、マンコみたいでエロくて……」

「っ、な……?! んっ、ぐぅ……ッ!♡」


 驚いて顔を上げた拍子に、ぐにっと前立腺を押しつぶされて思わず背中を丸める。

 仰向けになったまま中途半端に首を起こした狼は股の間で膝立ちになっている部下のスラックスにはっきりとテントが出来上がっているのを認めると、眉をひそめて怪訝そうにその顔を見る。


「おまえ、やっぱりそういう……オスに興奮するシュミが……?」

「ち、違うっすよ! おれ別にホモじゃねえっす、男にコーフンするような性癖ないはずなんすよ!」

「……では、それは……なんなんだ」

「こ、これは……その……」


 珍しく狼狽えた様子の若者は、口をもごもごさせた後で「わ、わかんねえっす」と匙を投げる。

 相変わらず嘘を言っているようには見えない。珍しく心から困惑した様子の田井中を責めるのは、いくらか痛快だった。


「……私はただの飼いイヌ代わり、じゃなかったのか?」

「それはそうなんすけど……わかんねえんすよぉ、テツロウ相手ならこんな気持ちにならねえのに。なんでだ……?」


 田井中は言いながら、皇木の股の間に収まったまま視線を下に落とす。

 視線の先には年甲斐なくギンギンに腫れあがった狼のペニスがあったが、若者はさらにその下にあるでっぷりと丸く張り出した毛むくじゃらの尻と、ヒクつく肛門を見ていた。

 股を開いていた狼は下半身に感じる視線に居心地悪そうに腰をくねらせて脚を閉じようとするが、それを遮って若者の手が内腿に添えられる。

 じろじろと狼の下半身を観察しながらその後孔に突き立てた指を抜き差しして男は訝しむように言う。


「部長のケツ、女みたいにむっちりしててデッカいし……アナルもマンコみてえに柔らかいからムラムラしちゃったんすかねぇ?」

「んぐっ……♡ ……し、知るか、そんなこと……♡」


 何となく嫌な予感がした狼は、部下の男に勃起を見られているのが今更になって気恥ずかしくて、再びマットレスに体重を預けるとそのままそっぽを向いた。

 そんなことより、このマッサージとやらはこれからどうするのかと狼はこの後の展望が気になった。

 性感マッサージというならそれは被術者が絶頂するまで終わらないのではと思ったが、百歩譲って裸を晒すだけならまだしもそんな姿を部下に見せるわけにはいかない。

 そんなことになれば、これからどんな顔でこの部下と付き合っていけばいいのか。

 ならば今度こそほどほどにして切り上げるべきだ、と頭の中で収拾のつけ方を整理していたのだが。

 今時で、向こう見ずな、何を考えているかわからない若者はいつだって年長者の予想を上回る。


「……あの、部長」

「な……なん、だ?」

「おれの……部長に挿れてもいいっすか?」

「……は?」


 一瞬、聞き間違えたのかと思った。

 あるいは、俺の何某を挿れたいと言ったのを聞き逃したのだと。


「……すまん、その……何だって?」

「だから……おれのちんぽ、部長のケツに挿れてもいいっすか?」


 いいワケがないだろう?! という反論は、あまりにも衝撃的過ぎて声にならなかった。

 何を言ってるんだコイツは、気でもおかしくなったのか?

 男が男の前で裸になってケツを弄られているだけでもどうかしてるというのに、性器を挿入してセックスの真似事をしようなどと言語道断、愚の骨頂の極みだ。

 挙句、自分のことを犯そうというのだ。そのはしたなくスラックスを押し上げる、二十代の青臭く若々しい猛りで、女相手にするように腰を振って劣情を晴らそうというのだ。

 そんな気色悪いこと、承服できるはずもない。皇木は絶句しながら、そう思った。



「……」

「一回だけでいいんで! おれも男のケツとか掘ったことないっすけど、アナルセックス自体はセフ……彼女とヤったことあるんで、大体わかってるはずなんで! 一生のお願いっす!」


 沈黙を貫く狼に、男は頭を下げて頼み込む。

 人に頼みごとをするならまず先にアナルから指を抜いてからにしろと思ったが、そんなマナーは存在しないのでどうでもよかった。


 田井中は既に性欲に駆られて正常な判断ができずにいるように思えた。

 もしかしたら酩酊のせいで普段のアホさ加減に拍車がかかっているのかもしれない。

 何をどうしたらこんな大男の尻に挿入したいと思えるのか。

 いやそれを言うなら、父親くらいの歳の獣人を飼い犬代わりにかわいがっている時点でそもそもどうかしている。

 まともな倫理観や社会通念を彼に期待しても無駄であることは重々承知のはずだ。

 ならば。


「ちゃんとゴムもするんで! ……あ、別に男同士だしガキできないからゴムなくてもいいんでしたっけ? まあともかく、ちゃんと丁寧にヤるんでお願いします!」


 頭を下げるどころか、空いている手でこちらの太腿や腹をわしゃわしゃと撫でながらふてぶてしく頼み込んでくる部下を今すぐ蹴飛ばして、上司に向かって何をふざけたことを言っているんだと説教してやりたい。

 ……という思いを抱えながら、狼は口を開く。

 尻尾が、わさりと揺れる。


「知るか、そんなこと……好きにしろ」

「あ、そ、そうっすよね……。……えっ?」


 返事に一拍置いて目を丸くした若者から、狼はそっぽを向いて目をそらす。

 本当に、どうかしていると思う。

 若い男の劣情に漲った怒張を突き付けられ、まるで女みたいに犯される自分の姿を想像して……ひどく興奮したことは雄として認めがたい事実だった。

 だが、腰の奥を切なくする情動には言い逃れのしようがない。

 一般的に、世の中の男性はたとえ劣情であろうと、確かな愛情を持って女性を抱く。

 愛のないセックスという言葉もあるが、夫婦間でのセックスしか知らない皇木にとっては性行為自体を愛情表現として捉えている節があった。

 それが自分に向けられていると思うと……尻尾の付け根がびりびりするような多幸感を覚えてしまって止められない。


「あっ、えっ……い、いいんすか? 挿れても」

「くどい、好きにしろと言ったはずだ」


 仰向けになったままぶっきらぼうに言ってもまるでかっこつかないが、上司に叱られた部下は「わ、わかりました」なんて言ってコンドームを履かせた指を狼の尻からにゅぽっと抜き去る。


「ッ……!♡」


 皇木は思わず声が出そうになったが、肩を跳ねさせるだけで済んだのは僥倖だった。上司の顔でかっこつけたままの狼を前に、部下はいそいそとスラックスを脱ぎにかかる。

 カチャカチャとベルトを外す音がなんだか生々しくて、狼は寿命分を使い切ってしまうのではと思うほど鼓動が加速するのを感じた。


「……っは、はぁッ……♡」


 荒く呼吸を繰り返す。その胸にあるのは、これから女のように犯されるのだという期待だけではなかった。

 女を犯し孕ませることなんて造作もない若い雄が、自分などを相手に欲情しているという事実に仄暗い優越感を覚えてしまうのは、きっと憧れのせいだった。


 皇木はかつて妻のために躍起になって子作りに励んだが、その努力が実ることはなかった。

 何をしても無駄、と痛感するたびに拗らせていったコンプレックスは、幸せな家庭を築き子供に恵まれた世の男達へ向けられる。

 なぜ自分ではなくアイツらなのか、どうして自分ばかりこんな思いをしなければならないのか、という身勝手な妬みは妄執に近い。

 自分は失敗例の出来損ないだからこそ、成功した彼らについて想像せざるを得ない。

 彼らがどんなペニスでどのようなセックスをして妻を孕ませたのか、というのを。


 孕ませられない、勃起もままならないとなれば雄としてのプライドはボロボロだ。

 劣等感で鬱屈して、嫉妬で捻じ曲がった狼は知らず知らずのうちに憧れていたのだ。

 無意識のうちに拗らせていたと言ってもよいかもしれないが、それも仕方のないことだ。

 自分のような劣弱で情けない雄ではなく、健康で逞しい若い男がバキバキに勃起させているペニスに、自分のモノもこうであったらと投影して憧れていた、などと誰が自覚できようか?


「……なよ」

「えっ、な、なんすか?」


 シャツとスラックスを脱ぎ捨てて、パンツ一枚になった男が膝立ちになって聞き返す。

 狼は仰向けになったまま横を向いて、流し目で男を睨みながら牙を剥くように言う。


「……女みたいな反応は、期待するなよ」


 田井中は最初こそぽかんとしていたが、その意味がすぐにわかると、いつものようにへらっと笑いながら事も無げに言ってみせる。


「大丈夫っすよ、部長が誰よりもオトコらしいのは百も承知っすから! ちんぽもでっけえし!」

「ぐ、む……そ、そうか……♡」

「むしろ、なんかそれくらいオトコらしいのにケツで感じるんだ~って思うと……なんつーんすかね、エモいっすよね!」

「……それは、知らん」


 若者は至って平常通りだ、上司の下半身を前に痛いくらいパンツを張り詰めさせるばかりか、それを今から男の尻に挿入しようという異常事態であるにもかかわらず。

 特別感も重大性もそこにはない、まるで乾杯でも交わすような気安さで、男はずるんとパンツを下すのだった。


「っ……♡」


 横目でそれを見ていた狼は、見た目の割に……という感想を抱いた。

 日本人らしいサイズ、というよりは欧米人らしい立派なサイズと言えるだろうか。男のペニスは、人間男性にしては太く、そして長かった。

 立派に張り出したカリ首と血管を浮かべた表皮は黒ずんでいて、相応に使い込まれているのが見て取れる。

 亀頭を赤々と充血させた人間の一物は狼のモノよりは一回りほど小さいが、逆に言えば一回りしか違わなかった。


「うーん、おれも結構デカいって言われるんすけど……さすがに部長には負けますね」

「ぅ、ぉ……♡」


 田井中は仰向けになっている皇木の股の間から自分のペニスをにょっきりと伸ばして、反り返って脈を打っている狼のそれと比べるように裏筋同士を重ねながら言う。

 充血した海綿体に触れられるのは久しぶりだ。宙を掻いて脈を打つペニスは数年ぶりの性感を思い出して、萎えるどころか毛皮に滲みるくらいの先走りを溢れさせている。

 股の下に力を入れて跳ねさせるだけで何だか誇らしい気分になるのは、全身がこの勃起を喜んでいる証拠だ。

 ただでさえ感度が増しているそこへ、同じ男性器を重ねられるとそれは手で触れるよりも明確に感じ取れた。

 温度、硬さ、脈動。それらは全ていつの頃からか狼が渇望してやまなかった雄性の象徴だ。

 映像や画像ではないリアルを突き付けられて思わず喉が鳴ってしまうのはどういう理屈か。

 皇木は自分の口の中を濡らしていっぱいになった唾液を無理やり喉の奥に押し込んだ。


「さすがにこのまま……ってのはキツいっすよね? もうちょっと拡げたほうが……」

「……か、構わん♡」


 えっ、と男が目を丸くする。狼はハッと我に返って、目を逸らしながら弁明する。


「挿れるなら、とっとと挿れろ」

「いいんすか? 自慢じゃないっすけど、女の子に嫌がられるくらいなんで……あの、結構痛いかもっすよ?」


 皇木はそれをくどい、とばかりに黙殺する。

 睨むような視線をどう解釈したのか、田井中は「わかりました」と肯首する。


「やっぱ指よりちんぽ挿れられるほうが気持ちいいらしいっすからね、すぐハメますね!」


 そういうことではないのだが、と思いつつ、まさか自分が早く挿入されたがっているなんて思われるわけにはいかない狼は黙っておくことにした。

 それに、指よりも気持ちいいのかと思って下半身が期待で疼くのを止められない。

 田井中は指に履かせていた使用済みのゴムを脇に放って、新品を取り出す。慣れた手つきでポーションミルクのようなコンドームのパッケージを開けて、膜を張った輪っかにふぅっと息を吹きかけた。


「んーと……このままだと高さがアレか、ちょっと枕お借りしますね~」

「ぅ……」


 田井中はベッド端の枕を掴むと、「腰ちょっと上げてください」なんて言って皇木の尻の下に敷く。

 愛用の枕をこんなことに使われるのはなんだか癪だったが、敷いていたタオルの下に潜り込ませていたので直接汚れることはないだろうと思って目を瞑ることにした。


「昔、彼女とヤるときに学んだんすけど……ケツってマンコと違って位置がアレなんで、高さが微妙に合わないんすよね~。それに部長はなおさらケツでっかいんで……」


 尻が大きくて悪かったな、と胸中で反論するのに留めたのは、褒められてるのか茶化されてるのかわからなかったからだ。

 男は丸まったコンドームを自分の竿に沿わせながらくるくると転がすように装着すると、未だに十分にいきり立ったままのペニスの根本に手を添える。

 そのまま尿でも切るようにぶるぶると上下させると、眼前にでっぷりと放られた狼の尻肉に打ち付けるのだった。


「ん、ぅッ……♡」

「うん、いい感じっすね。姿勢苦しくないっすか?」

「も……問題、ない」


 べちべちと尻を叩く熱棒を感じると、本当に犯されるのだと思って股間がはち切れそうなくらい切なくなる。

 本当は頭より高い位置にある尻を他人にさらけ出していることが恥ずかしかったが、狼は虚勢を張って何でもないフリをした。

 こんなことには飽き飽きで、渋々付き合ってやってるという顔を作る狼は、無意識に尻尾が期待に揺れていることに気づかない。


「ならよかったっす。……一応ゆっくりやるんで、痛かったりキツかったら言ってくださいね」


 ローションを手に取りながら田井中が言う。

 まるで恋人でも相手にしているかのような気遣いに、狼は胸の内がむず痒くなる。


「……ひと思いに、犯せばいいだろう」

「ダメっすよ、部長のお体に傷をつけるわけにはいきませんから! それに、部長にもちゃんと気持ちよくなって欲しいっすもん!」


 人の尻を単に自分の劣情の刷毛口にしたいだけだろうに、そんなことを宣う男のおためごかしには狼もうんざりだった。

 だが、そう言われると自分がか弱いメスになってしまったように錯覚して、狼は黙ってることしかできない。

 かつて自分が妻を抱くときも、彼女に負担のないよう愛情を注いで気を配っていた。

 寝そべる狼の尻にぬちゅぬちゅとした怒張を押し付け、膝立ちになった男に見下ろされながら、皇木は思う。

 そうか、愛される側というのはこんな心地なのか、と。

 田井中はローションに濡れた指で狼の尻孔の位置を確かめるように指で突いて、感慨深そうに言う。


「すげ……中も柔らかそうで、マジでマンコみてぇ……」

「う、うるさいっ……♡」

「あっ、すんません……へへ、でもなんか、恥ずかしがってる部長って新鮮っすね」


 空いている手でゴムに包まれたペニスを水平に均し尻たぶをつつく田井中は、皇木を見下ろしたまま緊張感のかけらもない笑みを浮かべるのだった。

 まるでムードの欠片もない軽薄な笑顔は癪に障るが、会話を長引かせる気にもならなくて無視することにした。


「んじゃ、あんまり待たせるのもなんですし、あとおれも結構我慢できないんで……」


 挿れますね、と男が言う。

 狼はというと、この若い男は我慢できないほど自分に欲情しているのかと驚いて、なんだか耳の付け根が熱くって落ち着かなかった。

 ぎし、とベッドフレームが二人分の体重に軋む。膝立ちになった男が前掲して、仰向けになって差し出されている狼の下半身ににじり寄った。

 最初に感じたのは、粘液で濡れたゴムの感触。それからすぐに、肛門を無理やり開く熱い質量を感じた。

 ローションをまとったペニスはにゅぶっと狼の蕾にその頭を押し付けて、慎ましい窄まりをこじ開けていく。

 初めての感覚は心地よいものではなくて、無理やり内臓を押し拡げられる異物感に全身が強張る。


「っ、ぐ……!」

「だ……大丈夫っすか? やっぱもうちょっと拡げたほうが……」

「ぐ……構うな、続けろ……っ」


 体格に比例するように、狼の直腸や肛門はヒトに比べれば余裕があるとはいえ、限度はある。

 僅かに裂けるような痛みを感じた狼は、どうにか痛みを紛らわせなくてはと目を閉じる。


「……わかり、ました」


 ふぅふぅと狼は習ったことを繰り返すように深呼吸を繰り返す。

 その様子を目の当たりにした若者が、腰を急かすことはなかった。


「ふぅッ……すぅぅっ、ふ~ッ……」


 狼の括約筋はけして拡張され切ってはいなかったが、それでも呼吸に合わせて徐々にその強張りを緩めていった。

 体がこれだけ大きいと、元々それくらいは拡がるように設計されているのだろう。先天的なポテンシャルの高さで、狼の肛門はゆっくりとその入り口を拡げていく、


 その中を、田井中のペニスは蛞蝓が這うような速度で進んでいく。

 まだ色を知らぬ軟肉はみっちりと身を寄せ合って震えながら閉じていて、指一本入る余地すらない。

 その間を強引にかき分け、無理やり自分のスペースを作って割り込む闖入者に狼の雌肉は慌ただしく蠢く。

 竿の中で一番直径が嵩張っている亀頭のエラで内臓を無理やりこじ開けられる異物感に、反射的にそれを拒もうとしてしまう。

 ぬぶり、と進度を増した一物に驚いたように、狼の体は股の下に力を入れて括約筋をきゅっと結ぶが、深く息を繰り返すうちに窄まりはゆっくりと緩んでいった。


 欲棒を受け止めるためにその蕾を開こうとした皇木は、そのまま更に入り口を緩めるためにいきむように下腹部に力を入れるので、肛門の縁肉が迫り上げて突き出る。

 まるで排泄するときのように腸壁が外に向かって押し出してくる中を逆らって雄棒を進める田井中は、その蠕動にたまらず呻き声を上げた。


「うわっ……部長のマンコの中すっげぇ動いてる、こ、これやべえかも……」

「っぐ、ぅぅ……♡ ふっ、フーッ……っすぅ、ふ~っ……♡」


 若者は亀頭の雁首までをすっぽりとハメたまま腰を止めて、生唾を飲む。

 そこから数センチ侵入するのに何十秒もかけて、そしてある程度深く進んだら再びその場で立ち止まって、という具合に時間をかけて挿入していく。

 極めて緩慢な腰遣いだからこそ、狼はみちみちと内臓がこじ開けられる感覚を鋭敏に感じ取ってしまう。

 性器を包むゴムが腸壁と擦れて、張り出した傘の具合が粘膜越しにわかってしまうのはどういう理屈だろうか。


「すっごいっすよ、部長の中。めちゃくちゃヒクついて、おれのチンポ食ってるみてえでめっちゃエロいっす」

「んぐッ……♡ い、いちいちやかましいぞ、お前っ……♡」


 感激したような声にどう反応したらいいのかわからなくて、皇木は戸惑いながら言葉を返す。

 彼の上司として何か言おうにも、部下の前で裸体を晒し尻孔を犯されているこの異常事態に果たしてそれは相応しいのだろうかと言い淀む。

 これは別に不倫でもなければ社内恋愛でもない。かといって、単なる上司と部下がアナルセックスをするわけもない。

 二人の間を繋ぐよすがは仕事上の付き合いのみなのに、その関係性を超越してしまった今皇木は一体全体この若者とどう向き合えばいいのか、わからなくなりつつあった。


「っおぉ……ほら、全部入りましたよ部長……キツくないっすか?」

「はー、はぁっ♡ も、もう少し……時間をくれっ……ふっ、ふぅ~ッ……♡」


 だが、田井中は関係性の上書きに戸惑う狼の機微など露知らず、洗い立てでふさふさの尻獣毛に自分の肌を擦り付けるように腰を突き出すと、珍しく切羽詰まった顔で下に目を向ける。

 狼は膝立ちになった彼に見下ろされながら、懸命に呼吸を繰り返す。

 大きく吸い込んだ息を深く吐くたび、思わず締め付けてしまう括約筋や体の強張りが少しずつ緩んでいくようだった。


「すげ……おれ、ほんとに部長のマンコに挿れてるんだ。なんかエモいっすね……」

「し……知るか……っ♡」


 顔をまじまじと見つめながら男がそう言うので、狼は枕で顔を隠したくなったが手元に使えるものがなくて、そっぽを向くだけに留めておいた。

 すると、挿入したままの若者が前掲してふさふさの喉元に手を伸ばすものだから、埋没したままの性器がごりっと押し付けられて体の奥に響くのを感じた。


「んぐふッ……!♡」

「へへ……」


 内臓が奥に縮み上がるような体反射に身を跳ねさせる狼は、喉や鎖骨辺りの毛並みを手櫛で梳く薄ら笑いを睨みつける。


「な……なんだ、何が、おかしい……っ♡」

「いやぁ……なんか、やっぱ部長はテツロウとは違うな~って思いまして。部長は部長で、なんつーか……イヌっぽくてかわいいっすよね」

「っ、ぐ……♡」


 その言葉に、皇木は胸の内が締め付けられるような心地を覚えた。

 心臓がぎゅっと苦しくなって、頭の奥が痺れるような快楽物質を感じる。

 腰が切なくなると無意識のうちに尻孔がヒクついてしまって、息と言葉を詰まらせた。


「あ、でも別におれが獣姦シュミなわけじゃないっすよ? それはそれとしてなんかイヌっぽいっつーか、ケツが女っぽいっつーか……」

「……オンナ、っぽい?」

「いや、部長のことはちゃんと立派な男のひとだと思ってますよ?! でもなんかこう、ケツが色っぽくてエロいっつーか……おれ、ホモになっちゃったんすかねぇ」


 へらへら笑う男の笑顔はいけ好かなかったが、その下半身が言葉に嘘はないとばかりに滾っているのが腸壁越しにわかる。

 同性愛者になったつもりはない皇木は、しかし現在の状況と照らし合わせてその問題を直視するのがなんだか恐ろしくて、知るか、と吐き捨ててそっぽを向いた。


 自分だって男を嗜好したつもりはないし、立派な雄として孕ませるべき雌の体にこそ欲情するはずだ。

 だが、今。腹を見せて若い男の猛りに服従しているこの状況を、喉が焼け付くほど渇望している自分がいることも否めなかった。

 だから、狼は口を開いた。せめて上司としてではなく、一人の愚かな雄としてこの場にいるのであれば、受け入れられるような気がしたから。


「……その……部長、っての。やめてくれないか」

「えっ……あー、まあ……確かに、ちょっとビジネスライクですもんね」


 コミュニケーション能力を買われて採用されているだけあって、こういうところは理解が早いのだなと感心した。

 それがありがたいかどうかは、ともかく。


「んじゃ……恵一郎さん、とかでいいっすか?」

「……っ♡」


 何故そうなる。確かに役職で呼ぶのを控えるよう申し出たのは自分だが、だからといって名前で呼び合う間柄でもないだろう。

 まずは手堅く苗字呼びから入るのが常識ではないのかと皇木は思ったが、今更その手の常識をこの部下に期待するべくもないことは、言うまでもなかった。


「そ……それで、構わん」

「りょーかいっす、んじゃ早速なんすけど……恵一郎さん、キツかったら言ってくださいね……っ」

「ぇっ、な……ん゛ぉッ……!♡」


 言うが早いが、田井中は腰をぐっと引いて狼の孔に押し込んでいた性器を引き抜きにかかる。

 ゴム越しに狼肉に温められたペニスはギンギンに充血し、みっちりとまとわりついてくる軟肉を外に掻き出すように無慈悲に外へ向かう。


「おれも結構、ムラついてやばいんで……! 部長、じゃなかった、けーいちろーさんのマンコ使わせてもらいますねっ……!」

「ぉっぉいぃ゛♡ そんなっ、急に……んぉぉお゛っ♡♡」


 狼の抗議はずぬんっと突き込まれたペニスの衝撃の前では言葉にならず、呻き声として呼吸を消費するのみだった。

 ローションは狼の体温と愛液に溶け合って、いきり立つ肉棒を包んだコンドームをよく滑らせる。まるで不随意に排泄させられるような感覚に身悶える狼は、めりめりと内臓をかき分けながら押し入ってくる異物に全身が竦み上がる。


「うーわ、すっげぇ動いてる……やべ、部長のケツ女より気持ちいいかも……」

「ん゛ぉぉっ……♡♡ ぶ、ぶちょぉって呼ぶなと、言って、っぁ゛♡ んぐおッぉぉ♡」

「いけね、すんません恵一郎さん」


 若者はあっさり訂正すると、まったく悪びれもせずに腰を振るう。

 そうして開始されたピストンは、狼の全身を鮮烈な刺激で苛んだ。

 肉の返しで粘膜を抉りながら引き抜かれる性器はまるで内臓を引きずり出すようで、自分の尻が犯されているのだという現実を突き付けてくる。

 返す刀できつく口を閉じた肛門へ無理やり割って入り、敏感な腸壁を押し拡げながら摩擦されると、体が反射的にそれを拒もうとして尻孔がヒクついてしまうのだ。


「ぉごっ♡♡ っふ、フーッ♡♡ ふゥッ♡♡ ん゛っぎぃぃ~~~ッ……♡♡」


 結合部からぐちゅぐちゅと響く淫音に耳がぺったりと寝てしまう。

 上に反ったまま突き込まれる若い男のペニスが自分の腹を食い破らんばかりにごりごりと腸壁を押しのけていく感覚に、狼は思わず股の間に力が入る。


 尻孔に意識を集中すればするほど、まるで自分の一物を裏側から扱いているような切なさが臍の下から狼を貫いた。

 腰を打ち付けられる振動に身を任せるのも、自分の獣毛と擦れるすべすべとした若い男の肌越しに感じる体温も。

 そして、前後する腰が汁気のある果実を潰すような水音を立てるのも、不思議と悪い心地はしなかった。


「ぉっお゛ぉぉおぉ~~~っ……♡ っはぁ、は~っ♡♡ ん゛ぐっぅぅうう~♡♡」

「すっげー声……けーいちろーさん、ケツ気持ちいいんすか?」

「っわッ……わからんっ♡ こ、こんなこと、初めてでッ……んぉうッ♡ わた、わたしはなぜ……こんなにっ、硬くしてるんだ……!?♡」


 腹を見せたまま股を開く狼の股座には、今や立派に充血して逞しい腹筋に沿うようにそそり立つ性器があった。

 カサを開き、どす黒い表皮に血管を浮かべた狼棒はちょっとしたペットボトルほどのサイズで、びくびくとわななくたびに鈴口からだらりと糸を引く涙を溢している。

 そのすぐ下でペアを作りながら薄い毛皮に内包されているごろっとした大きさの金玉は、狼のペニスが脈を打ったり会陰部に力が入るのに合わせて玉袋を伸び縮みさせて蠢いていた。

 その様子はとてもじゃないが精子を作る機能に問題があるとは、ましてや勃起不全だったとは思えない力強さに溢れていた。

 田井中はいくらか緩んだアナルに根元まで性器を沈めながら、レバーでも引くように狼棒に手を添える。


「うわー、ちんぽガチガチっすね……しかもでっけぇ、元気いっぱいって感じですね!」

「んおぉおっ♡♡ ぉふっ♡♡ はっ、はーッ♡」


 田井中は手慰みに狼のペニスを上下に擦り始める。

 先端から腹の毛に向かって糸を引いていた粘液が摩擦する手を汚し、ぬちゃぬちゃと軽やかな音を立てていて、皇木は数年ぶりの手淫に思わず腰が揺れそうになった。

 蔦のように血管を絡ませて黒ずんだ肉棒を触るすべやかな手に、この男は同性の性器を汚いとか気持ち悪いとか思わないのだろうかと狼は快楽の中で漠然と考える。

 だが、ほとんど何年ぶりかというペニスに感じる直接的な刺激に思考の大半を奪われてしまって、皇木自身も同性に性器を触られているというのにその欲棒はぐんぐんと脈を打って涎を溢し続けていた。


「ぶちょ、じゃなかった、恵一郎さんケツで気持ちよくなる才能あったんすねぇ」

「はっ、はふっ……さ、さいのう……?♡」

「教えてくれた風俗嬢が言ってたんすけど、普通ケツって慣れが必要なんすけど中にはすぐに気持ちよくなっちゃう男の人もいるんですって! その才能っす!」


 ぬちゅくちゅと狼のペニスをコきながら、若者はまるで誇らしいことのように言う。

 それから世間話でもするようなトーンで「年取ると前立腺おっきくなるって言うしそれもあるんすかねぇ」なんて言いながら腰を小刻みに振るのだった。

 当の狼はというと、血管が浮いて腫れ上がった竿の表面を擦られる快楽に下半身をヒクつかせると、収縮する肛門で直腸に居座って前後する熱量をまざまざと感じてしまって、どこにも逃げ場がないように思えた。

 脱水症状にも似た渇きに苛まれてぼーっとしながら、狼は舌を出してヘッヘッとパンティングを繰り返す。

 秘所をさらけ出して他人から与えられる快楽に無抵抗な狼は、やがて男の純粋さに感化されたように疑問を口にする。


「そ……そ、れは、いいこと……なのか?♡」

「うーん、どうなんでしょうね? ケツ弄られて興奮するなんて、って嫌がるひとも多いらしいっすけど、おれはその才能なかったんで羨ましいな~って思います!」

「う、羨ましいのか……?」

「だってめっちゃ気持ちいいって言うんすよ? そんなん言われたら男なら気になるじゃないっすか~、まあ無理だったんすけどね。それに、雑誌かなんかで読んだことあるんすけど前立腺って男にしかないんで、実は前立腺とかケツで感じるのはもっとも男らしい行為って言われてるんすよ!」


 男らしい行為、これが?

 腹を見せて寝転んで、女のように尻を犯される、こんなことがもっとも男らしいというのか?

 そんなバカな話があるものかと思ってはいるものの、体の渇きはもっともっととこれを求めている。

 下っ腹が熱を持って疼いて、話し込んで動きを緩めている若者の腰が身勝手に前後して自分を犯すさまを渇望していた。


 無意識に女のように犯されることを求める狼は、それを認めることに抵抗があった。

 立派な雄として育ち、立派な父親となるべき存在だった自分がこんなことを望んでいいわけがない、と。

 だが、この快楽が、この渇望が……男にしか分かち合えないものならば。

 これを求めてしまうのも、抗えないのも仕方のないことなのかもしれない。

 そんなことを考える自分は本当にどうかしていると思うが、数年単位でご無沙汰だった性欲が途端に勢いづいて冷静な自分を端に追いやっていくのを止められる気もしなかった。


「おれも信じてたわけじゃないっすけど、なんか恵一郎さんのこと見てたら確かにケツで勃起してんのも男らしいな~って感じです! ……でもそうなると、そんな恵一郎さんのケツに興奮してるおれって……やっぱホモなんかな~……?」


 上司として敬愛している男が飼いイヌのようでかわいいというだけならともかく、その尻孔の様子にはっきりと欲情してしまう自分について田井中は自問する。

 元々深く考えずにその場のノリを重視するようなところがある田井中は、行きずりの女や雌とセックスしたこともあるし、そのアナルにだって挿れたこともある。

 そんな若者にとって、突っ込んだら気持ちよさそうな肉穴であることとそれが誰のものかということは全くの別問題だった。

 ヒクつく窄まりが中年の雄狼のものであることだって田井中には問題にならなかったはずなのに、今は眼下で快楽に体を捩る屈強な体にはっきりと妙な感情を抱いていた。

 すらっとしたマズルとピンと立った三角耳に、ツンっとした目つきは変わらず飼いイヌに似て愛らしい。

 だがそれとは別に、直属の上司として尊敬できる逞しい雄が、仕事どころかプライベートでも非の打ち所がない大の大人が、自分の腰遣いでちんぽをいきり勃たせて身を捩って善がる光景に、田井中は胸の内が苦しくなるような感情を抱き始めていた。


 ここにちんぽを突っ込んだら気持ちよさそうだが、自分ばかり気持ちよくなっては失礼だ、なんて考えは初めてだった。

 ただ自分がよければいいと思って行う女相手のセックスではこうは思わなかった。

 自分の無茶を通して挿れさせてもらったのだから、相手にもしっかり気持ちよくなってもらわないと、という奉仕精神を、狼の熱っぽい吐息が加速させる。

 これまでとは違う感情の萌芽に戸惑っている若者は、やがて下からの呼びかけに我に返る。


「……お、おい♡」

「……っあ、はいはい? どしました?」

「その……言いにくいんだが……」


 もじもじと狼は自分の股座に目を泳がせる。それから、自ら膝裏に手を添えてぐっと脚を抱えると、膝立ちになっている田井中を両膝の間から上目で窺う。


「そ、そろそろ……続きをしてくれないか……?♡ も、もっと……男らしく、気持ちよくしてほしいのだが……♡」


 言われた田井中は、思惟に耽って腰も手も止めていたことに気が付く。

 しまった、と思って気まずそうに「す、すいません」と言うと、手の中でビクビクと跳ねてお預けに涎を垂らしている狼棒をひと撫でする。


「じゃあ、遠慮なく……あ、そのまま脚持ってられますか?」

「ん、んぅ……♡ できる♡ だいじょーぶ、だっ♡♡」


 跨いでいる狼の尻尾がわさりと揺れて、ふさふさとした毛並みが膝を交互に叩く。

 まるで急かされている気がして、若者は「いい子っすね」なんて言いながら狼の体に乗り上げるように前掲したまま腰を引く。

 狼肉ですっかりぬくまった性器に感じる外気は涼しく、表面を摩擦する腸襞はゴム越しでも歯を食いしばるような快さがあった。


「ん゛っぉぉおぉ……♡♡」


 ゆっくりと引き抜かれるペニスに狼は息を漏らす。無理やり挿入されたそれはすっかり自分の体温と馴染んでいて、直腸がその形に凹んだままになっているような物足りなさを覚えた。

 失われた熱量と異物感を求めて軟肉は蠕動を繰り返す。抜き去られていくペニスを惜しんで、あるいは見送るように狼孔は収縮していた。

 やがてカサの張り出したカリ首までが毛むくじゃらの肛門から覗くと、ぴたりと男の腰が後退を止める。

 腸壁を擦られる感覚に尻たぶを震わせる狼だけがそれに気づかず、排泄するようにいきんで縁肉を突き出しているところだった。

 十分に引かれた若者の腰が力強さに漲って、ぐんっと突き出される。

 亀頭だけをすっぽりと収めていた肛門へ、早戻しするようにペニスがずぷんっと突き刺さる。


「っくぅ……!」

「ぉ゛、ごッ……~~~~~ッ!!!♡♡♡」


 弓矢を放つような一突きに、声にならない嬌声を上げる狼は全身の筋肉を突っ張らせる。

 仰け反るようにマズルを天に突き出し、自ら抱えた両足の爪先をぐっと丸めて、快楽ともわからぬ鮮烈な刺激に耐えた。

 息を吸うことすら忘れるほどの衝撃を耐えきった狼は、こんなものが続くのかと予感して全身が震える。

 だらりとマズルの横から舌を垂らし、ハフハフと短く胸を上下させて必死に呼吸を繰り返す狼はたったの一回のピストンで満身創痍になっていて、威勢のいい三角耳すらぺたりと寝かせて鈍角三角形を作っていた。


「っうお、奥っ、すっご……!」

「ぉっほぉ゛ぉおぉおぉッ♡♡ っごぉ、これっ……だ、だめっだぁ゛ぁ♡♡♡ ぃぎっぃぃ♡♡ わっ、わたしのっ、尻がっ♡♡ 尻がっぁあ♡♡」


 外へ排泄するようにいきんで腸壁を自ら開いていた狼は、折れ曲がった腸の突き当りまで自ら性器を招いたも同然だった。

 押し出そうとする力の中を逆流して奥まで思い切りペニスを突き込まれた狼は、ただでさえ今まで誰にも触れられたことのない前立腺をごりごりと削られているのに、腰の深奥を無遠慮にぶち抜かれて下半身を激しく痙攣させる。

 今までの比にならないくらい内臓を圧迫されて苦しい、全身が跳ね上がるような筋反射が、これはダメだと言っている。


 でも、それ以上に脳髄と陰茎を駆け抜けた痺れは甘美だった。

 狼は気づいていないが、今の一突きでペニスからはどろりとした体液が溢れて腹毛に絡みついていた。

 しかし気づいていないからこそ、金玉から亀頭までの尿道を奔る快感を追い求めてしまう。

 一瞬でそれに病みつきになった狼は門を閉じようとする体の反射に逆らって、今の刺激を再現するべく自ら肛門を拡げるために下腹部に力を入れていきませる。

 ぬっと突き出た赤黒い肛門肉はローションに濡れてヒクつきながら男根にむちゅむちゅと媚びていて、もはや陰唇と呼ぶに相応しかった。


「どうっすか、けーいちろーさんっ。ケツ気持ちいいっすか……?♡」

「ぎッ♡♡♡ きもちっぃ♡♡ 尻がっ、なんでこんなっぁ♡♡♡ こんなっ、ぎもちぃいなんてっえぇ゛っ♡♡」

「へへ……おれもすっげえ気持ちいいっすよ、恵一郎さんのおまんこ♡」


 前掲する田井中は狼の脇腹を掴むように手を突いて、その分厚い腰を左右からがっしりと保持する。

 そのまままるで据え置きのオナホールでも扱うように腰をばちゅんばちゅんと打ち付けるものだから、腰がぶつかる振動で狼のペニスから爪先までもが揺さぶられ続ける。

 ただ腰を掴まれただけなのに、狼はまるで逃げ場を失った生娘のような絶望感を感じていた。

 そしてそれは、被虐的に狼を煽り立てる。

 ちょっと四肢をバタつかせれば目の前の人間の男なんて簡単に退かせるだろうに、女のように屈服させられていると錯覚する狼は自分の知らない渇きがどんどん満たされていく満足感と、確かな高揚を覚えた。


「おっ、おまんこじゃないぃっ♡♡ わ、わたしはぁっ♡ り、立派なオスだ……っ!♡」

「え~? じゃあ間をとって……ケツマンコってことで」

「けッ……?!♡ んぎっぃ♡♡」


 ばちゅんっ、と突き込まれた性器に腸の行き止まりをノックされて、狼は再び仰け反る。

 本当はそのにやけた顔を睨みつけてやりたいのに、眉間に力が入らない。目尻が下がってとろんとした目で、ハフハフと息を繰り返す。

 打ち付けられる男の腰に揺さぶられてがくがくと頭が定まらない。

 狼はただ、尻の奥まで届く異物感に反射的に締めた尻を、自らの意思でいきんで緩ませることしかできずにいた。

 そうすればペニスを痺れさせるような快楽がもっと得られると学習した狼の体はずぼずぼと抜き差しされる男の肉棒にすっかり順応してしまっていて、自ら抱えた両脚の爪先を打ち付けられる振動に揺らしながら肉厚な尻を犯され続ける。


「恵一郎さんのケツマンめっちゃヒクヒクしててすっごいっすよ……! ケツで感じるだけじゃなくて男のちんぽに掘られる才能もあったんすかねぇ?」

「っぅぎ♡♡ ん゛っぉおぉお♡♡ おっぉぐっ奥っすごっぉぉお♡♡♡」

「へへ、すっごい声。なんかいいっすね、普段あんだけちゃんとしてる部長……じゃない、恵一郎さんがそんな顔してるの、コーフンするっす♡」

「っぅぅ♡♡ ふっ、フーッ♡♡♡ み、見ないでくれっぇ……!♡♡ 尻でっ、こんなっきもちよくなるなんてぇっ♡♡♡ こっ、こんなのはじめてで……っんん゛♡ うォ、ごふぅッ♡♡」

「そんなに反応してくれるとおれも嬉しいっす、気持ちよくなるとこいっぱい見せてくださいっ♡」


 一瞬の呼び間違いで、皇木は自分はこの人間の上司なのだと思い出す。

 それなのにこんな姿を、顔を晒していいはずがない。

 頭ではそう思っているものの、マズルの横からはみ出した舌から垂れる涎を啜ることも忘れて、下半身に力を入れてぐっと陰唇を突き出すようにいきませることしか狼にはできない。

 むしろ、自分はちゃんとしなくてはいけないのに、立派な大人でなくてはいけないのに、と思いながらも性欲に流されて尻を犯されているという背徳感すらスパイスとなって狼を興奮に駆り立てる。

 あぁ、自分は何も考えずに、何もせずともいいのだ。ただこの若い男の望むままに、青臭い猛りを受け止めているだけでいいのだ。

 ただこの場に寝そべっているだけで、この男はどうしようもない自分を認めて受け入れてくれる。

 その受容が、皇木の型にはまった思考を柔らかくふやかしていく。

 そして、下っ腹に力を入れて抽挿を繰り返す男の欲棒を受け入れようとした時だった。


「っ、あ、ぇっ?♡♡ な、なんかっ漏れ……んん゛っ、ぐぉぉおっ♡♡」


 最初、皇木は尿でも漏らしたのかと思った。何故なら排泄するようにいきんで直腸を開く筋肉の動きは、排尿時にも似ていたからだ。

 だが、重たい頭を持ち上げて自らの下腹部を確かめる狼はようやく気付いた。腹筋に沿って反り立つ竿の先端から薄めた牛乳のような色合いの体液がトロトロと流れ出して、糸を引くほどとろみを持ったそれが下っ腹をぐっしょりと濡らしていることを。

 田井中は腰のペースを一旦止めて、コンパクトに折り畳まれた狼の体を汚すそれに目を向ける。


「っお、部長……ケツでイッちゃたんすか?」

「はぁっ、はーっ♡♡ こ、これはっ……イっ、たのか、わたしはっ……?♡」

「うわ、すっげぇ。ほんとに前立腺でイくんだ……恵一郎さんすっごいっすね……!」


 肩で息をする狼の腹を撫でて、若者はその粘液を調べる。相変わらず、他人の精液が汚いとかそういう考えはないのかと思いつつ、狼も自分の竿から溢れる体液を指に取って確かめる。

 まだ尿道に残っている感覚があって、尿を切るように股の間に力を込めるとさらにどぷりと滲む。

 さして濃厚なタンパク質を感じないそれは、狼にとって実に数年ぶりの精漿だ。

 皇木は自分が感動しているのか、それとも驚愕しているのかわからなくて、ただぼーっとしながら自分の指先を濡らした温かい体液を指の腹で擦り合わせていた。


「へへ……恵一郎さん、あんなこと言っといてめちゃくちゃ元気じゃないっすか」

「んん゛ッ……♡ ふ、ふーっ……いや、これは……わ、わたしも、驚いている。まさか……ここまで、ペニスが元気になる、とは……」

「ペニスって……ちんぽでいいじゃないっすか、まあでもこれも前立腺マッサージさまさまっすね!」


 いやこれはもはやマッサージというか単なるアナルセックスだろうが、と思わなくもないが、さておき。

 皇木は呆然としながら、自分の体に去来した感覚をまだはっきりと受け止めきれずにいた。

 なぜなら男としての自分は終わったのだと思っていた。

 子種も作れず、女の一人も満足させられず、このまま孤独なまま老いさらばえていくのだと。

 長い間自分という存在の上にあって、苦しめ続けていたものが、まさかアナルセックスなどで解決するとは夢にも思わなかった。

 こんなことならこれまでの自分の人生は何だったのかと嘆きたくもなるが、それよりも今はかつての自分を取り戻した喜びのほうが大きかった。


「でも、まだこんなもんじゃないっすよ~」

「ぇっ……ぁ゛っ♡♡ っぅお、おっ、おぃ……っ?♡♡」


 田井中はそう言って、再びゆっくりと腰を引く。

 その顔は少し汗ばんでいるが、まだまだ溌溂として元気そうに狼の脇腹をわさわさと撫でていた。


「普通の射精と違ってケツでイくのって、何度でもできるらしいんで……もっともっと、溜まってた分ぜんぶ出し切っちゃいましょうね」

「っな、おまっ……っんぉぉ゛おぉぉおッ♡♡♡」


 そう言って、若者はまたガツガツと腰を振り始める。

 突くというよりはゴム越しの性器を擦り付けるような長いストロークで、ひと息に奥までを掘削し続けた。

 息も詰まりそうになる最奥を突き崩すように小突く男のペニスにたまらず全身を竦ませると、狼は自分の一物からどぴゅっと噴き上がる飛沫を腹に感じた。


「ははっ、すっげ♡ けいいちろーさんめっちゃ出るじゃないっすか」

「んぐぅぅうぅぅ~~~ッ♡♡♡ ばっ、ばかっぁ♡♡ こっこれ、だめだっ♡♡♡ お、おがしぐなるっ、わたしのケツがっペニスがぁあっ♡♡♡」

「んー? ケツじゃなくてケツマンコっすよね?」


 若者はそう言って、今度は短いストロークでコツコツと狼の膣奥を執拗に叩く。

 長くピストンされ続けたことで狼の直腸は結腸への入り口を徐々に開き始めており、田井中の腰はそこを捉え始めていた。

 性器を包み込む軟肉の中にちょうど亀頭ひとつ分が通るような狭い肉のリングを感じると、そこを目掛けてぐっと腰を突き出した。

 ふさふさとした毛並みに覆われた狼の分厚い尻肉を押しつぶして、更なる奥へ目指す若者のペニスは、やがてついに到達する。


「うわっ、なんだこれ……奥、吸い付いてくるっ。こ、これマジで女より気持ちいいかもっ……♡」

「~~ッ!!♡♡ ぉっごぉおおぉおッ♡♡♡ そ、そこっ、だめっぇ♡♡♡ だめだっそれぇ♡♡♡ ひっ、んぐぅうぅっ♡♡」


 直腸の行き止まりから更に折れ曲がった先へ辿り着いた田井中は、竿全体を包み込む火照った軟肉が更に独立してむちゅむちゅと亀頭に吸い付くような感覚に歯を食いしばる。

 腸壁を摩擦されるどころか、自分で想像だにしなかった最深部をぐぽぐぽとこじ開けられた狼は口から濁声が迸るのを止められない。


「ダメなんすか? でも気持ちよさそうっすけど」

「んぎっ♡♡ おほぉぉおぉッ♡♡♡ ぎっ、ぎもちぃぃっ♡♡♡ それっ、ぎもちよくてっおかじくなるからっぁ♡♡♡」


 もはやこの頃になると、狼は自分の意志で動かせるものなど何もなかった。

 全身の筋肉は内臓への圧迫感と、前立腺と結腸を容赦なく攻め立てる刺激への反射で不随意に強張り続けていて、息を吸いたいのに体の中を跳ね回る刺激を少しでも逃がそうとして喉から濁声を迸らせていた。

 もはや自分が今尻孔を締めているのか、それともいきんで緩めているのかすらわからなくて、痙攣するように下腹部にびりびりとした痺れを感じると、再び自分のペニスから白濁が噴き上がるのがわかった。


「へへ、どこ気持ちいいんすか? 教えましたよね?」

「フーッ♡♡ ふゥッ♡♡♡ ケツッ♡♡ ケツマンコッぎもぢぃぃっ♡♡♡ ケツマンにっお前のペニスがっ……♡」

「じゃなくて、ちんぽですよね?♡」

「ち、ちんぽがっ♡♡ ケツマンコにちんぽずぼずぼされてっ、た、たまらんっ♡♡♡ わたしのちんぽがぁっイくのが止まらんん゛っ♡♡♡」


 田井中はその言葉に、ぞくぞくと快感を覚えた。

 それは良くないものだとわかっていたが、抗しがたい魅力的な味わいだった。

 普段自分に物を教える立場の男が、自分の指示通りに言葉を繰り返している。

 男なら誰でも憧れるほど屈強な体の雄が、自分のちんぽで善がり散らかしている。

 その相手は、あの皇木部長だ。

 あの皇木恵一郎が、自分の言いなりになって女のようにあられもなく乱れている。

 あの皇木恵一郎が、自分の手から与えられるものを尻尾を振って欲しがっている。

 そう思うと、どくどくと勢いを増した鼓動がさらに股間を滾らせる。


 やべ、もうおれ完全にホモじゃん。と田井中は思った。

 もしかしたらそうじゃないかもしれないし、本当にその通りかもしれない。

 でも今は、そんな小難しいことはどうでもよくて。

 若者はただ、ちんぽを突き込むたびに玩具のようにトコロテンを繰り返す狼のむっちりとしたケツで、ぱっくりと拡がった膣で射精することしか頭になかった。


「や、やべ……腰止まんねえかもっ、部長っおれもイくまで我慢してくださいねっ……!♡」

「っふぐぅぅううぅ♡♡ ぶ、ぶちょぉって呼ぶっにゃぁ♡♡♡ んぉぉお♡♡♡ ケツッ、ケツおがしくなるっ♡♡ すごっ、ちんぽしゅごぃぃい♡♡♡」


 今日一番の力強さと活力に腰を漲らせて、田井中はヘコヘコと腰を前後させる。

 ただ上り詰めるためのストロークは長かったり短かったりで、てんでバラバラなリズムを奏でていた。

 自分が気持ち良いように腰を振る男の劣情を一心に受け止める狼は、振動に頭と爪先をがくがくと揺さぶられながらうっとりとした目で宣う。

 精力の漲る若い男の言いなりになる多幸感と、前立腺を貫いてびゅるびゅるとトコロテンを繰り返すドライなオーガズムにすっかりタガの外れた皇木は、泡立った唾液で汚れた口から恥ずかしげもなく淫語を紡ぐ。


「すごっ、若者ちんぽすごっぉぃいい♡♡♡ わっ、わたしのケツがっ、メスみたいにっ犯されてりゅぅっ♡♡♡ ちんぽっ熱くてかたくてぇっ♡♡ ぎっぎもちぃいっケツきもちくてっまたイっぐぅうぅぅ♡♡♡」


 ぶぴゅっ、と狼は己のちんぽから再び精漿を溢れさせる。

 度重なるメスイキとトコロテンで豊かな獣毛はじっとりと汚れていて、シャワーを浴びたばかりの全身から顔をしかめてしまうようなイカ臭さを漂わせていた。

 やがて若者の体が更に前掲して、深々と腰を狼孔に打ち付けるようになると、膝裏に添えていた狼の両手が男の肩にしがみつく。

 肉球を伴いながらふさふさとした毛並みを肩に感じる田井中は、屈強な雄が情けなく縋り付いてくる様子に腰の炎が一際熱く燃え盛るのを感じて、交代とばかりに自分が狼の太腿をぐっと押さえつけながら腰をぶつけ続ける。


「っおごぉ♡♡♡ っはぁ、は~ッ♡♡ っひぐぅ♡♡ ごッ、これっケツマンコの奥までちんぽ来てるっ♡♡ ちんぽっ、ちんぽがイぐのがぁっ止まらんん゛ぅぅ♡♡♡」

「へへ、いっぱいイってますね……っ、ふー! おれもっそろそろ……イっちゃいそうっす……!」

「っんぉおぉ♡♡♡ イってっ♡♡ イってくれぇっ♡♡ わっ、わたしのおまんこでっ♡♡♡ 立派なオスザーメンっいっぱい出してくれっぇえ♡♡♡」


 一体全体自分の中のどこにそんな欲望があったのか、狼は目の前の男が腰を振って上り詰めようとしていると悟ると両足をその背中に絡めて全身で射精をねだる。

 かつて自分がどれだけ望んでもできなかった射精を、この若い男は軽々と実現させるのだ。

 狼は女側として犯されながら、男が腰を振る姿に己の現役時代を重ねて同一化しているようでもある。

 ならば、彼の絶頂は自分の絶頂でもあった。

 舌を出してパンティングしながら狼は男の身体に抱きつく。

 その頭には、同性相手とか部下が相手とか、そういう考えは一切ない。

 ただ、目の前で男らしく腰を振ってセックスに励む雄は自分の理想の何かであるように思えた。


「あーっ、やべっ……このままっイきますよ……ゴムしてるからイイっすよね……!♡」

「っんむ♡ 構わん♡♡ わたしの中で出してくれっ♡ わたしのケツマンコでいっぱいイってくれぇっ♡♡」


 膝立ちになったまま、田井中は息を切らせながらグッと歯を食いしばる。

 限界まで排尿を我慢している時のような切なさが腰を苛んで、ちんぽ全体を勢いよく扱きたくてたまらない。

 狼の漏らした精液を吸って濡れた獣毛と自分の腹が擦れるのも気にせず腰を振り続ける。重ね合った体温が今はただ心地よい。

 感度を増した裏筋に感じるムズムズとした掻痒感がこそばゆくて、これを解消するためのたった一つの冴えたやり方は本能が知っていた。


「ぉっぉおお゛〜〜〜っ♡♡ すごっ♡♡ ちんぽっちんぽで犯されてっ種汁止まらんっ♡♡♡ これっすごいっ、ケツマンコぎもぢいぃっぃ゛♡♡♡」

「くうっ……も、やべ……出る……っ!」


 ずちゅずちゅと腰を振ると、前後する金玉を濡れそぼった狼の尻毛がくすぐるのを感じる。

 目の前では狼が自分のちんぽからぼびゅっと跳ねてマズルの周りに飛んだ半透明の滴をべろりと舐め取っていて、舌舐めずりする妖艶な笑みはこれまで見たことがなくて思わず生唾を飲んでしまう。

 皇木がこれを楽しんでいるのは明らかで、それは膣肉のうねりからも伝わっている。だからこそ、田井中は上司をもっと喜ばせたいという一心で腰を振り続けた。


「ごぉっ、ごるるるるっ♡♡♡ ざ、ざーめんっザーメン漏れるぅ♡♡ ち、ちんぽがぁっ、がふぅっ♡♡ ふ~っ♡ ふっ、んはぁ゛ッ♡♡♡」


 ピストンに慣れてすっかり拡がった直腸は、今やふわふわとして蕩けた軟肉でちんぽを包み込んでいる。

 狼が悩ましく息を漏らすたびに蠢く腸壁に感度を上げた竿の表面や裏筋を擦り付ける快感は強く、その肉厚さは女の膣に勝ると確信した。

 それだけでなく、跳ねる狼の尻を押し潰し、奥まで恥骨を押し付けた時に亀頭に感じる締め付けは極上だった。

 まるで中にもう一つおちょぼ口があって、肉厚な唇が吸い付いてくるような感触は絶頂間近の亀頭にとって刺激が強すぎた。

 気づけば遥かに見えたと思った絶頂感はすぐそこまで来ていて、上り詰める前にできるだけ多くピストンを繰り返す。

 二度、三度。あともう一回、と思って腰を引いた田井中は、込み上げた感覚に慌てて腰を突き込んだ。


「っ、出るっ、イく……っ!!」

「んぉっ、おほぉ゛ぉおおおお〜〜〜〜……っ♡♡♡♡」


 どく、と心臓が爆ぜて、こめかみの血管が切れて弾けたような感覚があった。

 ちんぽが脈を打ってしゃくり上げるたびに、どくどくと尿道を駆け抜ける奔流を感じる。焼き付くような絶頂感に腰が揺れて、全身が強張るのがわかった。

 これまでの射精はお遊びでしかないと思えてしまうほどの快美感は、イくのを我慢していたからだと思いたい。それでも田井中の本能は、ゴムをしているにもかかわらず狼の胎内に自分の遺伝子を少しでも残そうと射精しながらぐいぐいとちんぽを奥に押し付けていて、自分で自分の征服欲に驚かされた。

 窮屈なゴムの中で解き放たれた精液は先端の余白に押しかける。多量の種汁は当然その程度で収まるはずもなくて、ぴっちりと竿に張り付いたゴムの隙間すら満たしていく。


「すごっすごぃぃ♡♡ でてるっ、わたしのおまんこの中でぇ♡♡ びくびくゆってるぅ♡ っは、はふっ、わふぅっ♡♡ えへっ、えへへぇ♡♡」

「っはー、はぁっ……!」


 不随意に股の下に力を入れて、びゅくびゅくと精液を噴き上げる若者の脈動はまさに皇木にとって理想の射精で、自分から失われて久しい熱だった。

 優れた雄として女の膣で消費されるべき子種が出来損ないでどうしようもない雄である自分の尻孔の中で浪費されていると思うと、仄暗い喜びに口元がだらしなく緩んでしまう。

 両脚を田井中の腰にがっしりと絡めて、断続的に跳ね上がるちんぽと荒れた呼吸が収まるまで体を重ね合っていた皇木は、やがて胎内のちんぽが徐々に力を失い腸壁の圧に負けていくのを感じた。

 絶頂したばかりのちんぽが狼肉にずるずると摩擦される刺激にウゥッと唸る田井中がいっそ一息に抜いてしまおうと身じろぐ。

 それを察した狼が脚でカニ挟みしていた若者の体を解放すると、ちんぽがずりゅんと引き抜かれる。

 しかし精液の重みで脱げかけたゴムが水風船を作って狼の中に留まるものだから、先にちんぽを抜いてから脱げたゴムを引きずり出さなくてはいけないという有様だった。


「お゛ッほぉッ♡♡♡ ん゛おっ、おぉ~~~ッ……♡♡♡」


 トコロテンを繰り返していた狼の腰は喪失感に悩ましげに揺れて、その逞しい腹筋を余韻で情けなく痙攣させながら掠れるような呼吸を繰り返していた。

 抽挿ですっかり拡がって捲れ上がってしまった尻に滞留したコンドームをずろぉっと引きずり出されて、毛むくじゃらの尻肉はびくりと跳ねる。

 栓を失った肉壺はもはや単なるローションとは言い切れぬ生臭い愛液に濡れながら、その分厚い陰唇を名残惜しそうにヒクつかせていた。


「はぁっ、はァーっ……♡♡♡ ハッ、はふ、わふぅっ……♡♡」

「わ、すっげ……恵一郎さんのマンコすっごい捲れて動いてる。アワビみてえっすよ」

「っぐ、きゅうぅ……♡♡ っはぁ♡♡」


 自分の腕で顔を隠しながら、狼は天を仰いでハフハフと胸を上下させる。

 膝を突いたままの男も汗ばんだ額を拭いながら、全裸のまま横たわった狼の下半身を眺めながら口を開く。


「へへ、どうでした? おれの前立腺マッサージ……っつうか普通にハメちゃったんすけどとにかく、気持ちよかったっすか?」

「ぐ……っ、あ、あぁ……♡」

「へへ、よかったです。恵一郎さんも満足してくれたみたいで嬉しいっす」


 呼吸を整える狼は、その声にぴたりと尻尾を止める。

 認めがたいが、尻で性感を得るのは確かに快感だった。自分がこんなことを切望していたなんて信じたくはないが、肉の悦びを得ることで心の中の何かが満たされるような心地があったのは確かだ。

 そして、自分が何を真に求めていたかを知った今……何年もの間この味を知らずにいた自分を慰めるには、こんなことではまだまだ物足りなかった。


「……満足か、だと?♡」


 自分でもわかるほど不満げな声が出た。

 仰向けになっていた狼はのっそりと起き上がると、腰をひねって目の前の男に背中を向ける。

 カエルのように開いて掲げっぱなしになっていた足の付け根がぎしりと痛むが、腰の奥の熱がそれを無視させた。

 膝を突き、四つん這いになった狼は体の下の枕を行儀悪く放り捨てると、自ら尻尾をぐっと持ち上げて後方にぐっと尻を突き出すのだった。


「あっ、ちょ、部長っ……?! じゃない、恵一郎さん、何をっ……」

「フン……♡」


 後方に突き出した毛むくじゃらの尻が、膝立ちになった男の股間に押し付けられる。

 行儀よくつま先を揃えて折り畳んだ足の上にでっぷりとした尻を鎮座させて、尻の谷間にゴムのついてない生ちんぽを捉えると挟み込んで圧迫するように腰をくねらせた。

 皇木は肩越しに田井中の下半身へ振り返りながら、この能天気そうな若者が動揺している様子に得も言われぬ優越感を覚える。

 自分から望んだこととはいえ、彼の言いなりになって犯されているのを良しとしていなかった雄としてのプライドがその声に溜飲を下げるようだった。


「何を勝手に終わらせようとしているんだ? これは、お前が始めたことだろう♡」

「そ、それは……そうっすけどぉ……」

「それに、お前のモノも……まだ物足りなさそうだぞ?♡」


 蒸れた尻毛をちんぽに絡ませ、尻を濡らす粘液を竿に塗り付けていく。

 肉厚な尻肉は皇木の腰が動くとゆさゆさと揺さぶられて、それを見下ろす田井中の体に植え付けられた肉の悦びを想起させる。

 射精したばかりで敏感なちんぽを筆で擽るような獣毛の感触は、激しいまぐわいの記憶を呼び起こす。

 自ら四つん這いになって形のいい臀部を突き出す狼の下半身からすっかり目が離せない若者は、半勃ちになっていた自分自身がむくむくと素早く力を取り戻すのを感じていた。

 ゼラチン質を思わせるほど軟らかい脂肪にちんぽを挟んで、狼がヘコヘコと腰を上下させるとすっかり硬く勃ち上がったちんぽが尻の谷間でヒクつく陰唇と擦れてくちゅくちゅと音を立てる。

 熱を持った肉棒が脈打つのを尻に感じて、狼は悩ましげに息を吐く。

 そして若者もまた、ぬらぬらとした粘膜や濡れた獣毛を伴った尻肉が裏筋や亀頭と擦れるのを感じて思わず生唾を飲む。


「っはぁ……♡ こ、このまま……♡♡」

「あっ……ま、待って、だめっす部長っ。まだゴムつけてないっす……!」

「構わんっ♡♡ このままッ、生ちんぽわたしに挿れてくれ♡♡」


 狼はちんぽの表面に自らの肛門を擦りつけるように腰を振って、辛抱たまらないという様子で肩越しに雄を誘う。

 半端に開いた口からは舌がでろんと垂れていて、雌のような媚態からははっきりと発情が見て取れた。

 田井中は数秒だけ逡巡するが、体内の血を股間に奪われた頭では深く物事を考えられない。

 結果、元から男同士で何を気にする必要もないんだからいいか、と目先の快楽に屈して思考を放棄する。

 何より、コンドームを介さない肉感は田井中にとっても魅力的だった。


「じゃ、じゃあ……いいんすね? 挿れちゃうっすよ……!」

「あぁっ♡ くれっ、もっとわたしをちんぽでかわいがってくれぇ♡♡」


 言われるがまま、突き出される狼の腰に手を添えて、ぐっと腰に力を入れる。

 ぬちゅぬちゅと捲れ上がった肛門肉とじゃれあっていたちんぽがその中央を先端に捉えて、ずぷりと亀頭を沈める。

 温もりのある粘膜がじかに擦れあう生の感触に、田井中はたまらず歯を食いしばる。


「んぉおッ♡♡ キたっ、ナマちんぽ来たぁ……っ♡♡」

「うわ、すっげ、やわらけえっ……! な、生ですんの、久しぶりだぁ……!♡」

「っふぅ♡♡ ふーっ♡ きゅうんっ、ナマっすご♡♡ ちんぽ擦れてっすごっいぃ゛♡♡」


 ちんぽの表面が狼の腸壁と擦れて、圧迫感にすっかり虜になってしまった皇木はうっとりと声を漏らす。

 表皮にローションや粘液が馴染みやすい生ちんぽはつるっとしたゴムと違って滑りがよく、触れ合っている互いの粘膜同士が境目をなくすようだった。

 熱を持ってひとつに溶け合う感覚に酔いしれながら、腸肉を押しのけて内臓を圧迫する異物感に息を呑む。


「ぐぅっ、すっげぇトロトロ……! 腰、止まんないかも……」

「おほぉ゛おぉぉ~~ッ♡♡ すごっ、尻がぁっ♡♡ おまんこがっぎもちぃぃっ♡♡ ちんぽしゅごいぃぃっ♡♡」


 肉付きの良い狼の腰をがっちりと両手で掴んで、膝立ちになった若者は腰を前後させる。

 パンパンと前腿で尻肉を打って、抜き差しを繰り返す速度が徐々に加速してくると、腰を打ち付けられる狼の尻もその振動にゆさゆさと揺れ始める。

 四つん這いになって後ろから犯される交尾の悦びに耐えるように、丸々とした尻の下敷きにされた爪先の足指がぎゅっと丸まった。


「ん゛っふう♡ フーッ♡♡ んはぁっ、すごっ♡♡ まんこっすごぃぃっ♡♡♡」

「すっげ、これ恵一郎さんのケツ丸見えですげえエロいっす……しかも、なんかどーぶつみたいでめっちゃアガる……!」

「んんん゛っ♡ っふ、ぎぃっ♡♡」


 確かに、これでは知性も品性もない動物のようだ。

 求めるままに快楽を貪り、はしたなく秘部を晒して獣さながらに呻く自分を客観視して恥じ入る狼は、しかし同時に強く燃え上がる情念の炎を感じていた。

 アレコレと体面を気にする理性を捨て去って、動物のように本能のまま互いを求め合うこれは、神の作った生物としての生殖行為からは逸脱しているのだろう。

 だが、狼はそれこそイヌのように四つん這いになり、女のように犯されることに確かな悦びを見出してしまった。

 これぞまさしくドギースタイル。今の自分は紛れもないメスイヌなのだから何も恥じることはないのだと、本能が腰の奥から叫んでいる。


「あぉんっ♡ ハッ♡♡ ハッ♡♡ っ、がふっ♡ んん゛ぅう〜〜〜っ♡♡」

「へへ、けーいちろーさんも気持ちいいっすか?♡」

「きゅっぅん♡♡ ふはっ、わふっ♡♡  ぎもちぃっ♡♡ まんこっ、わたしのおまんこにちんぽずぼずぼされるのっ、たまらんん゛っ♡」


 互いの結合部がばちゅんばちゅんと汁気の多い打擲音を立てる。

 耳が寝る、尻尾が揺れる、鼻が鳴る。狼は胸の中をいっぱいにする多幸感で踊り出しそうになるのを堪えるために握り拳を作って、ベッドをぐっと押し返す。

 獣人らしい広い背中に肩甲骨と広背筋がぼこりと隆起して、その雄々しさを目の当たりにした田井中は僅かに慄く。

 あまりにもたくましい背中や体つきと、でっぷりと豊かに膨らんだ尻肉がピストンに軟らかく震えるギャップは、最終的にプラスに作用したようで、男のちんぽはさらにビキビキと充血して脈を打った。


「やべ、マジ気持ちいいこれ……おれ、恵一郎さんのマンコめっちゃ好きかもっす、恵一郎さんもおれのちんぽ好きっすか?♡」

「ん゛っうぅ♡♡ わ……わたしもっ♡ 好きっ、これッこのちんぽっ好きだぁっ♡♡」

「へへ、じゃあおれたち両想いっすね♡」


 両想いって、学生じゃないんだから。そう思いつつも、胸の内を満たす多幸感は誤魔化せない。

 前後の文脈は胡乱な頭の前で意味を成さず、好き、という言葉の響きだけが快楽で痺れている狼の中に残った。

 父親にも良きパートナーにもなれない雄として失格同然の自分を、男らしさのかけらも無く女のように犯されている自分を、田井中は好いてくれる。

 こんな自分でも認めて愛してくれる。例えそれが体のことだけだとしても、尻を穿るちんぽが腸の奥を小突いてぐぽぐぽと抉り出すたびに、男らしくなんかならなくていいよと言ってくれるようで。

 皇木は歓喜に尻尾が揺れるのを止められない。優秀な頭脳に宿った知能指数がどんどん低下して、尻孔を犯される熱量にぺったりと寝込んだ耳がむずむずとしてしまう。

 数年ぶりに感じる他人からの受容は、それほど嬉しかった。好き、と返すたびに、口にするだけで胸の奥が息苦しくなるほどの切なさを覚えて、尻に感じる熱量をよりリアルに感じられた。


「んぉ゛ぉおお〜〜〜っ♡♡ っくぅん♡♡ すぅっ、好きっ♡ これっちんぽしゅきっぃい♡♡」

「あー……狼マンコすっげぇ、あったけぇっすよ……」

「がふっ♡♡ ふーっ♡ ぐるるるるっ♡♡ ふぐぅうっ、んぉぉお゛〜〜〜ッ♡♡」


 そんなことを口にした田井中も、深く考えて発言したわけではない。

 同性の獣人相手にこんなに欲情するのは自分でもつくづく不思議であったが、良いと思った直感とその場のノリに従うタイプであることが幸いして、狼の腸壁に擦り付けるちんぽは萎えずに勃起を保っていた。

 そして、ここまで興奮できるからには自分は間違いなく狼の肉壺のことを気に入っているのだろう。

 それくらいの気持ちで好き、と言ったまでであったが、自分より体格や身分で優る狼をちんぽで喘がせるのは強い充実感を伴った。

 これまで求められるままに何となくセックスをしてきたが、ここまで陶酔できる行為は初めてで、あぁ自分は今セックスしてるんだと実感すると興奮で腰がどんどん加速するようだった。


「ぐあ゛ッ、すごっ♡♡ まんこっ♡ まんこの奥に゛ちんぽくるぅっ♡♡ 好きっ♡♡ しゅきっ、ちんぽ好きぃ♡♡♡」

「へへ……めっちゃ蕩けちゃってますね、おれも恵一郎さんのマンコ好きっすよ♡」

「きゅぅんっ♡♡ ぐっ、ぐるるるっ♡♡ フーッ♡♡ んぅぅうっ♡」


 ぐちゅぐちゅと粘着質な水音を背景に好きを交わす。お互いがお互いの下半身しか見ていないアイラブユーだが、狼はそれでも嬉しそうに身を捩る。どっしりとした腰をくねらせて、重たい尻肉をゆさゆさと揺らしながら快楽に喘ぎ続けるのだった。

 田井中は狼の美しい毛並みを手のひらの形に凹ませるように、力を込めて掴んだ腰を引き寄せるようにバックから突き続ける。邪魔者のない粘膜同士の摩擦はさっきまでとは段違いの快楽で、アレ以上がまだあることに驚きを隠せない。

 カリ首にダイレクトに引っかかる腸壁や、裏筋を滑るずるずるとした軟肉は生殖欲に直接訴えかけてくるような気持ちよさがあった。

 このまま腰を振ってちんぽを擦り続けることに体の全細胞が異論なく、若者はいつしか狼と同じようにパンティングさながらに息を切らせて抽挿を繰り返す。


「っあ、あっ、ぁオォォ〜〜〜ッ♡♡♡」

「うっ、すげ、押し出されるっ……!」


 やがて、狼の太い喉から遠吠えじみた嬌声が漏れると、ピンと伸ばしてベッドに突いていた両腕がぐにゃりと屈してその上半身が崩れ落ちた。

 ベッドに伏して尻だけを掲げて突き出した姿勢のまま、狼は未体験の快楽に咆哮し続ける。


「ン゛グォォオオオ〜〜〜ッ♡♡ で、出るっぅ♡♡♡ ま、また、尻でっイっぐぅうう♡♡」


 折り畳んだ皇木の長い脚の間で、誰にも触れられることなく充血して息づいていた狼棒がびくんびくんとしゃくり上げる。

 分厚い狼の体の陰で弾けた精漿がじゅわりとシーツに染み込むが、それを気にする者はどこにもいなかった。

 腹部をいきませた皇木の膣内はぐっと迫り上げた腸壁をぐねぐねとうねらせていて、突き込まれるちんぽを押し潰すように執拗に身を寄せてくる。

 更に立体感を増す肉厚な粘膜に圧迫されながらちんぽを擦りつけるのがたまらなくて、男はたまらず腰の速度を緩める。


「ぐっ……すっげ、マンコめっちゃ動いてますよ……!」

「んぐォ~~~~ッ♡♡ ぉ゛おぉッ、ほぉ~~~っ♡♡♡」


 明確な質量をもって顕在化した膣肉に、田井中は負けじと腰を突き出す。

 でっぷりとした尻に恥骨を寄せて、にゅるにゅるとした粘膜の隙間にちんぽを滑り込ませる快感は何度味わっても満たされることのない魔性の味わいだった。

 万の舌で丹念に舐め上げられているようでもあり、肉の洞で包み込まれているようでもあり。

 パンパンに張った海綿体を抜き差しするほどに、喉が渇いて仕方がなかった。


「んっほぉ~~~ッ♡♡♡ ちんぽっ♡♡ ナマちんぽっしゅごいっ♡♡♡ ちんぽでっ、ちんぽでマンコイッぐぅぅうぅ~~~ッ♡♡」


 狼の豊かな種袋が絞られるように縮み上がって、その太竿からどぷりと精漿が飛び出す。

 生きた子種の割合が少ない白濁液はそれでもどろりとした結合タンパク質で構成されているようで、狼が膝を突くベッドシーツには容易に染み込むことはなくたぷたぷとした水たまりを残した。

 まるでその場で体幹トレーニングのプランクでも始めるように前腕で自重を支え、膝を折って突き出した尻をピストンに揺さぶられ続ける狼はもはや自分が何を口走っているかも定かではない。

 しかし体の中で乱反射する未体験の刺激に黙っていることもできなくて、まるで女のように喘ぎ続けていた。


「あ゛ッ、ぁっあぁ♡♡ も、もれるっ♡♡ わ、わたしのっちんぽバカになってるぅっ♡♡♡ また出るっ、ションベン漏れるぅぅっ♡♡♡」

「いいっすよ、いっぱい漏らしてください。あとで一緒に洗濯しましょうね♡」

「んん゛っんんぅぅ♡♡ する、一緒にするぅぅッ♡♡ っあ、イ、イっぐぅうぅ♡♡♡」


 尻の筋肉が緩むのを見逃さず田井中が腰のギアを上げると、狼は背筋を丸めて強く唸る。

 腸壁を掘削する肉棒が腰の奥を小突くたびに、皇木は強い排尿感に苛まれてしまう。

 会議中にトイレを我慢しているときのような感覚に似たそれを我慢するのは普通であれば難しいことではない。

 だが、散々似たような感覚でトコロテンをし続けた上に、結腸の入り口を抜いて前立腺ともども膀胱の裏をごつごつと殴り続けられている今の皇木にとって、これを堪えるのはこの上なく辛く難しいことだった。

 腰に宿るのは今までと違う切なさであることにも気づかない狼は、四つん這いになったままの尻にえくぼを作り、下腹部をいきませる。

 そして、ついに尿道からじょろじょろと噴き上がる解放感に尻尾を振って息を漏らす。


「っおほぉおぉおぉ~~~~ッ♡♡♡ でるっ出てりゅぅっ♡♡ ち、ちんぽからぁっしょんべんとまらんん゛♡♡ お、大人っなのにぃ漏らしちまってるっ♡♡♡ 男なのにっ、マンコできもちよくなってるぅぅう♡♡」

「ふぅっ……いやいや恵一郎さん、気持ちいいことに大人も子供も女も男も関係ないっすよ! むしろ成人男性だからこそ気持ちいいんすよ。よかったっすね、立派な大人の雄で♡」

「んおぉぉっ♡♡ よかったぁ♡♡♡ マンコでっきもちよくなれるオスでよがっだぁあ♡♡♡」


 膀胱を刺激されたことで下腹部を苛んでいる蟠りを解放するべく、狼は臍の下に力を入れていきみ続けた。

 ベッドシーツを濡らしマットレスまでも染み込んでいく透明でホカホカとした体液をじょばじょばと排する狼は、肛門の肉を立体的に突き出して迫り上げる。

 その中を田井中のちんぽは遠慮なくかき分けて進み、あるいはかき出しながら戻る。わさわさと揺れる尻尾が時折腹や胸に当たるのを、何故か途方もなく愛おしく感じた。


「んぐぉおぉォォォ~~~ッ♡♡♡ っぉ、ほぉ~~ッ♡♡ ひっ、ぎぅうぅ♡♡ はふっ♡♡ はーっ♡ はぁっ♡♡」


 自分が四つん這いになって尿を漏らしながら尻を犯され続ける自分の状況を冷静に、客観的に分析する余裕が皇木にあるはずもなかった。

 だが、元妻にも見せたことのない痴態を晒していることは漠然と認識していて、自分がそんな状況に陥っていると思うことは狼にとって悪いことではなかった。

 むしろ噛み締めるほどに背徳感に似た高揚がこの胸を躍らせる。

 自分がこんないやらしくはしたないことをしているなんて、父も母も別れた妻でさえも知らないだろう。

 強い男たれ、立派な大人であれと言い続けてきた家族や世間の目はここには存在しない。

 その教えから背く、道を外れる倒錯感にうっとりとしてしまうのは、こういうことをしろと教えられていないからだ。

 だから、この快楽は間違いなく自分だけのものだ。そう思うと、どこまでもいけそうな解放感と多幸感で頭の中は未知の快楽物質で溢れかえった。


「っへへぇ♡♡♡ うへへっ、ぎもちいいぃ♡♡♡ マンコッ、まんこぎもちいぃい♡♡♡ んぉおぉ゛~ッ♡♡」


 ベッドシーツに顔を横たえると、マズルの横からはみ出した舌がシーツに唾液のシミを作った。

 舌をしまいなさい。人前で牙を見せるんじゃない。常に行儀よくしなさい。体に染みついた躾をすべて無視して、他人に体を預けるのは……快感だった。


「へへ、ノリノリっすね。おれもそろそろ、イきそうっす……今度は中出ししちゃっていいっすか?♡」

「んぉ゛ぉ♡♡♡ も、もちろんだっ♡♡ お前のザーメン、健康なオスザーメンったっぷりわたしのマンコに出してくれっ♡♡♡ お前のちんぽでわたしをメスにしてくれぇ♡♡」


 前後に体を揺さぶられながら、狼は半開きのマズルからうわ言のように喘ぎ続ける。

 コンドーム無しで体内に精を残されることに興奮しすぎて、狼はついつい股の下に力が入って尻孔をきゅうきゅうと締め付けてしまう。

 ヒクヒクとねだるように収縮を繰り返し、ずぼずぼと出し入れされるちんぽに腸壁をまとわりつかせる狼は、誰に命じられるまでもなく自分から背後に腕を回す。

 ベッドに突っ伏し、顔をシーツに埋もれさせながら、狼は背後に回した両手で自分の尻たぶをむんずと鷲掴む。

 片方がバスケットボール大ほどもある豊かな臀部を自ら両手で掴んだ狼は、ぐっとそれを外に向けて割り開くのだった。


「おほおぉぉ♡♡ まんこっ♡♡ オマンコきもちいぃっ♡♡♡ まんこずぼずぼされてぇっぎもちよくなってるぅぅ♡♡♡」

「う、うわ……恵一郎さんエロすぎますってそれ……ケツ自分で開いちゃってるじゃないっすか、そんなにおれのせーし欲しいんすか? ガキできちゃいますよ?♡」

「ほひぃ♡♡ おまえのっピチピチせーしでマンコいっぱいにして孕ませてくれぇ♡♡♡ わたしのことっ妊娠させてくれぇ♡♡」


 打ち付けられる腰の衝撃で顔をシーツに擦り付けながら狼がそう言うと、指が食い込んで形を歪める尻の中心までもが精液をねだるようにヒクついていた。

 むっちりとした臀部は狼の手で無残に引き伸ばされていて、まるでよく捏ねたパン生地のような弾力と軟らかさを見せつけている。

 ただでさえぷるぷると振動に震えるほど軟らかい尻たぶを自ら割り開き、尻孔を穿つちんぽに媚びへつらうように膝を突いて後方に腰を突き出した狼の姿に、男の金玉がぐつぐつと煮えて今日一番の劣情を抱いた。


「やべ、すっげコーフンする……も、もう出ちゃいそうっす……!」

「おぉ♡♡♡ 出せっ、わたしのナカにたっぷり出してしまえ♡♡ 外にこぼすんじゃないぞっ、しっかりわたしのマンコに注いでくれぇ♡♡♡」


 もはや喜悦を隠そうともしない狼は尻尾をゆらゆらと振って、自分の尻肉を一層強く外に引き伸ばす。

 分厚い尻肉をぐっと引っ張られた狼の肛門に抽挿するちんぽは、腰を打ち付ける際の緩衝材になっていた肉がなくなったことでよりスムーズに根元まで出入りするようだった。

 田井中は一突き一突きで狼の直腸をフルに使ってちんぽの全体を扱くような深めのストロークを繰り返す。

 胎内を満たす粘液を腸肉ごと外にかき出したり、ぽっかり空いた膣内の空気を押し出したりするちんぽによって、狼の蜜壺からはじゅぼぢゅぼと卑猥な音が響く。

 まるでそれが喜ばしいことのように、狼はぺったりと耳を寝かせて雌伏したまま恍惚と息を漏らし続けていた。


「くぅっ……やべ、ほんとに出る、イきますっ……!」

「んほぉぉお♡♡ くるっ♡♡ ざーめんっ、中出しくるぅぅっ♡♡♡」


 若者は汗の浮いた額を拭うこともせず腰を振り続ける。その腰つきは竿の中ほどまでを激しく出し入れするような浅いストロークに変わり、徐々に往復のテンポを速めていく。

 やがて裏筋から尿道口にかけてむずむずとした掻痒感を覚えて、ぐっと恥骨を狼の毛むくじゃらな尻に押し付けた。


「やべ、出るっ、イくっ……!」

「お゛っ、オ゛ォ~~~~~ッ♡♡♡ き、きたぁっ、ザーメンっきた♡♡♡ あっついの出てるぅぅ♡♡♡」


 どびゅっと飛び出した精液は狼の結腸を勢い良く殴り、その背筋を震わせた。

 狭苦しい合成ゴムに留まるようなことのない射精の解放感に、田井中はぐっと歯を食いしばる。

 筋肉がちぎれるのではないかと思うほど下半身に力を入れて、竿の中をどろどろとした劣情の塊が駆け抜ける感覚に酔いしれる。

 どくどくと心臓が鼓動を打つたびにちんぽから勢いよく精液が迸るのを感じて、男は息をするのも忘れるほどの快美感に眩暈すら覚えた。


「ぐっ、ぅぅ……すげえ出るっ、止まんねえ……っ♡」

「んぉぉおお~~~っ♡♡ あぁっ、腹の中に感じるっ♡♡ お前のザーメンがわたしのおまんこの中に来てる……っはぁあ♡♡ す、すごいっ♡♡ 火傷しそうな熱さだぁ♡♡」


 放たれた白濁は蠢く狼の膣肉によって揉みこまれ、粘膜と溶け合って同じ温度になる。

 狼の蜜壺は腸ヒダやうねった腸管の隙間をホカホカとした精液で埋められて、突き立てたちんぽすら溶けて一つになってしまったのではないかと疑ってしまうほど心地よい。

 もはや四つん這いというよりはうつ伏せになって膝を立てているだけの狼が力尽きたように引き伸ばしていた尻から手を離すと、ぶるんっと弾みながら戻った尻肉は再び谷間を作る。


「はぁっ……はっ……」

「はぁ~~っ♡ はぁっ、ふ~ッ♡♡ はふ……っくぅん……♡♡」


 互いに肩で息をしながら、呼吸を整える。

 男のちんぽからはまだとぷとぷと閉め忘れた蛇口のように精液が漏れていて、狼の淫肉はそれを余すことなく絞り出そうと盛んにうねる。


「っあ、すげ、押し出される……!」

「あっ、抜けるっ♡♡ ちんぽがっ抜けてしまうっ……あッ♡♡ あ゛ぁ~~~っ♡♡♡」


 下腹部をいきませたり、会陰部に力を入れたりして動かしていた腸壁のうねりに、いくらか力を失ったちんぽは耐えられない。

 迫り上げる肉がみっちりと隙間を閉じていく動きに追いやられて挿入の深度を保てなくなると、ついにずるんっと抜けてしまった。


「はーっ、は~~ッ……ん゛ぉっ♡♡ おっお゛おぉぉおぉ~~~……♡♡♡」


 しかし、じゅぽんっと男のちんぽが抜けた拍子に狼の下半身は小さく痙攣を始める。

 ぶるぶると尻肉が揺れて、その逞しい腰回りも弱々しく震えるものだから田井中は思わず驚いた。


「ど、どうしました?! だいじょうぶっすか……?」

「っあ、だ、大丈夫だっ……♡♡ ま、まだっ尻に入ってるような感じが、して……ん゛っ♡♡ ふっぐぅうゥゥゥ~~っ……♡♡♡」


 すっかり拡張されてしまって、ぽっかりと口を開けた狼の肛門が喪失感に喘ぐと、その屈強な肢体もがくがくと震える。

 痙攣を繰り返す狼の体に男はどうしたらいいかわからなくて、息も戻らないままおろおろとしていたが、そっと狼の腰に触れて優しく撫で始める。


「ケツでイきすぎたんすかね……? 落ち着くまで休憩しましょうか、大丈夫っすよ」

「んぉぉ゛~~~ッ……♡♡ っそ、それ、たまらんんっ……んぐぅうう~~~ッ♡♡」


 ほとんどうつ伏せになった狼が尻尾を振って男の腕を叩く。

 まるでもっと撫でろと催促しているようだったので、男も遠慮なくその腰や尻尾の付け根を撫でる。

 狼は膝を折り畳んで尻だけ突き出したまま、捲れ上がった肛門肉をぐっと外に膨らませて全身を震わす。


「ぅっ、がふっ♡♡ イ、イくのが止まらんっんん゛♡♡♡ まんこがっ、まんこが動いてしまうッ……んぉ゛ッ♡♡」


 ぐっと狼の体が強張ると、まるで排泄するようにいきんだ狼膣からぶぼっと下品な音が漏れる。

 繰り返し抽挿されて膣内に留まった空気が、中に出された精液を伴って逆流したのだ。

 男は狼を労わるように撫でながら、しかしその光景に目を輝かせて宣う。


「へへ、マン屁までしちゃってるんすか? マジで女みたいっすね」

「んっぐぅぅう♡♡ い、言うなぁっ♡♡ あっ、んぉお゛っ♡♡」


 狼が恥ずかしそうにマズルをシーツに埋めながらその体を震わせると、ヒクつく肉壺が再びぶびゅっと音を立てて白く濁った粘液を溢れさせた。

 自分の精液や狼の腸液やらが混じったそれは生臭く、狼の豊かな金玉袋を包む獣毛に絡んでいく。そのうちのいくつかは二人の体の間、ベッドシーツに滴を落としたかもしれない。

 しかし田井中は嫌な顔一つせずに、むしろからかうように狼の尻尾の付け根を擽る。


「あーあー、あんなに欲しがってたザーメン漏らしちゃって……こんなに男らしいのに、女みたいにイきまくっちゃうんすねぇ」

「あぅぅっ♡♡ おっ……おまえがっ、前立腺は男らしいって、言ったんだろうが……♡♡」

「いやあ、だって喘ぎ方がやらしーんすもん、恵一郎さん。お陰で全然萎えなかったっす」


 おれって男もイケるんだなぁ、としみじみ語る田井中の口振りはいつも通りへらへらと能天気だ。

 皇木はというと、別に自分は男なんて……と言い返そうとするくらいには絶頂の余韻も落ち着いてきていて、痙攣も収まりつつあった。


「……さて、んじゃまずシャワーでも浴びますか。めちゃくちゃ汚しちゃいましたしね、片付け手伝いますよ」


 田井中は何事もなかったかのように明るく言う。

 上司を抱いて中出しした事後の気まずさなどまるで感じていないようで、終わり良ければ総て良しとでも言う素振りだった。

 それともZ世代らしく人間関係の機微など興味がないのだろうか、重ね重ねその精神構造は理解しがたいものだった。

 しかし今となっては、上司を飼いイヌ代わりに軽々しく撫で回すどころか、男のケツを弄って平気な顔で性器を挿入するような若者を、どうかしていると一蹴することは……皇木にはできなかった。


「あっ……」


 自分の腰から手が離れた瞬間、狼の口から声が漏れる。そして、肩越しにベッドの上の男を一瞥した。

 皇木の太い腰が物欲しそうに身じろぐと、狼が噴き出した体液を吸って汚れたベッドシーツがぐちょりと音を立てた。

 これじゃあシーツどころかマットレスまで浸透しているかもしれない。そう思いながらも、後片付けより優先すべきことが皇木にはあった。


 だが、これ以上何を言おうとしているのか、何を望もうというのか。皇木は自分が自分じゃなくなってしまったようで微かに恐ろしかった。

 だがその恐ろしさこそ、今までのうだつの上がらなかった雄である自分との決別であるように思えて、胸が高鳴る。

 それは体に刻み込まれた快楽を想起しているのか、それともただ単純に自分が好色なだけなのか。

 いずれにせよ、自分の果たすべき役割を投げ捨てて、他者に受容されて愛されることは……狼にとって、禁断の果実も同然だった。


「ん、どうしました?」

「……いや、その……だな」


 そして、皇木はすでにそれを口にしてしまった。

 雄として果たすべき役割を押し付けられてきた自分が、その全てに背いて望むままに振る舞う。


「……も、漏れてしまったから、もう一発……お前のザーメンを、私に注いでくれないだろうか……?♡♡」


 パラダイスロストは……いつだって背徳的で、そして甘美な味わいを伴うのだった。


 ◇◆


「ねぇねぇ、いつきくんって合コンとか興味ある? 私の友達がメンツ探してるみたいなんだけど……」

「えっ、ありますあります! なんすか、メンバー足りないんすか?」

「そーなの! 誰かヒトの男性いないかーって言われててさぁ、ウチにいるヒトの男性っていうとあと空見くんくらいだけど……なんか誘いづらくて。でもいつきくんってそういうの好きそうだしどうかなって」

「自分で良ければ全然行くっすよ~! いつなんすか?」

「ほんとー?! ありがと助かる! えっとね、日程なんだけどこの日とかで……っ」


 がつ、がつと硬質な革靴の足音に、女性社員は口を噤んで慌ててパソコンに向き直る。

 ぬっと現れた巨体の狼は、じろりと不満そうな目つきで自席に着いている部下を一瞥した。

 つい今しがたまで話しかけられていた若いヒトの男が、オフィスに現れたスーツ姿の狼を認めて「おはようございまぁす」と口にする。

 それを皮切りに、つかつかと自席に向かう狼に対して周りの社員が口々に挨拶するが、狼はそれを憮然とした表情で受け流すのみだった。

 ともすれば無視していると思われかねないその態度に、出社したてで緩みがちな朝の空気が僅かに張り詰める。


 狼は自席に着くと鞄を置いて、社用のパソコンを立ち上げる。

 週の始まりに溜まったメールをチェックし、今日のスケジュールや部下の予定を確認すると、上長として取りまとめた提出物に手を付ける。


 デスクの引き出しから判子を取り出し、ぺら、ぺらと印刷された交通費精算書や稟議書、新規取引の契約書を読み進めて慣れた様子で判を押していく。

 そして、ぴたりと手を止めた。顔を上げることもなく、狼が口を開く。


「……いつき、ちょっと来い」

「は~い」


 がた、と席を立った若い男が狼のデスクの前に立つ。それだけで営業第三部の面々は同情やトラウマで胃が痛むような焦燥感を覚えた。

 狼は手にしていた書類を部下に見えるようにぺらりとひっくり返し、机の上に突き出した。


「……ここの字が違う。直してこい」

「げっ、マジすか? すいません!」


 入社して四か月目になる新入社員のミスを指摘する上司、という光景は皇木恵一郎が営業第三部長として田井中いつきを己の部下に受け持った時から繰り返されてきたもので、何も珍しいことではなかった。

 だから周囲もよくあることだ、と気にしない素振りで自分の仕事を進めていたのだが……続く皇木の言葉には、勘のいい何人か……例えば皇木と同期で同じ役職にある鯱だったり、営業部遣り手のエースの虎だったり、その他数名の女子社員が顔を上げる。


「……それ以外は、よくできてる。この調子で続けてくれ」

「りょーかいっす! すぐ持ってきますね!」


 皇木部長といえばその厳格さで有名な仕事の鬼だ。

 他人に厳しく、自分にもっと厳しい狼の仕事は常に完璧で、他人のミスを指摘する際の冷たい目つきは社員の間で密かに恐れられているような男だった。

 予算や目標の未達成は断固として許さず、何故できなかったのかを詰める声が尋問のそれに等しい狼はケアレスミスなどバカのやること、一流大の出でエリートである自分には何故できないのかがわからない……そう思っているに違いない。

 直属の部下にすらそう噂されてしまうほどの冷血漢だと思われており、社内での共通イメージもそう遠くなかった。

 だが、たった今見せた表情と声音は……そんな彼らのイメージからはかけ離れたものだった。

 ミスを指摘しつつも称賛を忘れない柔らかい声と、口角の変わらない鉄面皮ながらも僅かに目を細めた表情はまるで我が子を慈しむそれに近かった。

 配属された当初は常に呆れられたり叱られていたこの新入社員がついに部長を懐柔したのか、と密かに注目が集まる中、そんなことを露ほども知らぬ二人の会話はあらぬ方向へ転がる。


「あっ、そういや恵一郎さんってお盆の予定なんかありますか?」


 あの皇木部長にお盆の予定を?! と驚いたのは聞き耳を立てていた虎だ。

 そんなこと聞いてどうする、と一蹴されるだろうと思ったのは隣り合った部長席に着いていた鯱で、しかし聴衆の予想を裏切って狼は卓上カレンダーを一瞥しながらこともなげに答える。


「……特にないな。何故だ?」

「お、じゃあ飲みいきましょ~よ。おれも暇なんすよ」

「お前、帰省したりはしないのか?」

「なんか実家のエアコン壊れたみたいで、母ちゃんから帰ってくんな! って言われまして、ひどくないすか~?」


 会話の内容だけを取り上げてみれば、仲の良い社員同士の何てことない世間話でしかない。

 だが、会話しているのはあの皇木恵一郎と田井中いつきだ。親子ほどと言うほどでもないが、二回り近く年の差がある上司と新入社員だ。

 ここまでなら、肝を冷やしながら聞き耳を立てていた社員らもZ世代恐るべし、と思う程度で済んだ。

 だが、続く狼の反応は思わず手を止める者が現れるほど想定外のものだった。


「……フッ、お前が帰ると騒々しそうだからな。暑さがさらに酷くなりそうだ」

「あ~恵一郎さんまでひでぇ! おれ結構体温低いほうっすよ!」

「それはそうかもしれないが……それとはまた話が別だろう」


 皇木部長が笑った?! さらにツッコミまで!?

 デスクで誰かが私語しているだけでじろりと睨んで黙らせそうなイメージのある上司が、業務中に朗らかに会話している様子に社員一同が震撼する。

 一体あの二人に何があったというんだ、とひそひそと内輪で驚きを共有する者もちらほらいるが、その理由がわかるものは誰もいなかった。

 むしろ新入社員の田井中は誰に対しても同じテンションなので、アイツはあの皇木部長の心すら開いてみせたのか、と驚愕と尊敬とが入り混じった視線を向けられる。

 一方、周囲からの視線など気にした様子もない狼は椅子に座ったままデスクの卓上カレンダーに目をやってから、ふむ、と顎下に手を当てた。


「……それなら、お盆はともかく今度の金曜夜は空いてるか? そこで盆の予定でも決めるのはどうだ」

「あ、金曜は……」


 ちら、と田井中は肩越しに振り返る。視線は自席に、というよりその隣に座る女性社員にあった。

 その日はちょうど合コンに誘われていた日だ。確約したわけではないが先に予定されていたのもあって、日程被りにどうしたものかと男は視線を彷徨わせる。

 会話に聞き耳を立てていた女性社員は横目に田井中と目を合わせて、恐れ多さがにじみ出た表情でブンブンと首を振る。

 それは『自分の予定などいいから部長を優先しろ』というジェスチャーだったが、田井中はそれを断るほうがいいのかと解釈する。


「あー、すいませんその日は……」


 しかし狼はデスクに肘を突き、前に向き直った部下を上目遣いに見る。

 そしてその声を遮って、簡潔に言うのだ。


「……だめか?」

「ウッ……」


 田井中は、嘗て飼っていた愛犬が同じような目つきでおやつやボール遊びをねだってきたことを思い出す。

 ふわふわでもさもさの毛並みをした立ち耳の彼を喪ってもう数年だが、その思い出だけは色褪せずにいる田井中にとって、目の前の狼の目つきは抗しがたい愛しさに溢れていた。

 もちろん自分の上司がそんな思い出まで知っているはずもない。だが、そういうおねだりに弱いことはばっちり把握されている田井中は、観念したようにうなずく。


「わ……わかりました。大丈夫っす、多分!」

「ふふん……それで良い」


 狼は上機嫌に鼻を鳴らして尻尾を揺らす。

 もはや呆気にとられている聴衆のことなどどこ吹く風で、ぎしりと背もたれに体重を預けながら言う。


「詳しいことは追々決めよう、とりあえずそいつを直したらまた持ってきてくれ」

「はーい、わかりました!」

「早めに頼むぞ?」

「秒で持ってきます!」


 会話はそれで切り上げられて、田井中は自席に戻るや否や隣の女性社員に申し訳なさそうに声をかけつつ印刷する書類の修正に取り掛かる。

 断片的に会話が聞こえていた彼女も、社内の人間が、それも新卒が皇木部長と親しげに会話を交わしていたことに衝撃を受けて合コンのセッティングなんて頭から吹き飛んでしまっていた。

 合コン行けなさそうですすいませんと頭を下げる田井中に、一体彼らの間に何があったんだろう、男同士の友情というやつだろうかと思いながら、それ以上踏み込めずに生返事しかできなかった。


 そして、当の狼だけが上機嫌に尻尾を揺らしてカタカタとリズミカルにキーボードを叩く。

 眉間に皺を寄せることもなく、極めてリラックスした顔の上司はその日から部下に対する態度が明確に軟化していて、契約を破棄されたり配送を間違えたりなどの報告を受けてもひとつとして責めることなく頷くものだから営業第三部の面々は大いに戸惑うこととなる。

 結果、普段叱られないようにと張り詰めていた彼らは調子を狂わせて一週間ほど些細なミスが続出することになるのだが……狼がそれにどう対応したかは、言うまでもないことだった。


 ~おしまい~








・ちょっとしたおまけ


◆狼上司-皇木恵一郎 189/119/44

 みんなから畏怖られてる第三営業部部長。学生時代は帰宅部だが水泳教室で個人で大会出場経験あり。

 常にキリッとしており、精密機械レベルに丁寧な仕事ぶりから金融関係やホテル関係など厳格な取引先を任せられる事が多い。

 料理は元々できたが、妻が体にいいからと買っていた雑穀米を今も食べ続けている。

 本編後は若者のノリに振り回されながら、しかし楽しくやっているようだ。


◆部下おれ-田井中いつき 177/70/22

 結構頭がパーな新入社員。ノリの軽さと好奇心の強さからいろんな遊びを経験しており、キャラクター性とは裏腹に様々な経験の多さや度胸を買われて採用された。

 サイボーグレベルで生真面目な皇木部長とその奔放な性格での化学反応を期待されて第三営業部へ配属された。

 典型的な彼氏にしたいが旦那にはしたくないタイプ。

 本編後はそれなりに皇木を大事に思っているようで、あちこちに連れ回して楽しくやっているようだ。

 人のことを忘れっぽいので、その人とどこへ行ったのかというエピソードをいっぱい作って思い出せるようにしたい、と恥ずかしそうに語る田井中に皇木が何を思ったかは不明。


◆第二営業部部長-海鯱守大護 210/165/44

 みんなから慕われている第二営業部部長。学生時代は柔道部。

 のほほんとして人柄が良いため、気難しい会長クラスの役員らと相性が良いタイプ。

 実はバリウケのゲイで、陸虎と付き合っており、関係性がバレている部下の空見を交えて3Pしたことがある。


◆第二営業部エース-陸虎重明 198/139/31

 マッシブサラリーマンな第二営業部エース。学生時代はラグビー部。

 どこか抜けてはいるがガツガツとした勝ち気な仕事ぶりで、上昇志向の強い取引先と相性が良い。

実はウケ寄りリバのゲイで、海鯱守と付き合っており、関係性がバレている部下の空見をディルド扱いして3Pしたことがある。


◆第二営業部期待のホープ-空見草汰 174/66/24

 生気のない目つきをした第二営業部ホープ。学生時代は弓道部。

 きっちりとした仕事ぶりと精密さは皇木の再来と言われているほどで、遠地の取引先を任されている。

 実はゲイで重度のオタク。推しのLGBT向けソーシャルゲームがサ終したショックから立ち直れなかったところ、たまたま鯱と虎の関係性を目の当たりにしてしまい、人生を捧げるべき推しカプとしている。

 二人がイチャついている部屋の天井になりたいタイプだが、3Pに誘われたときは解釈違いを起こしながらきっちり種付けして一晩中抱いた。


◆第三営業部の女性社員のみなさん

 それなりの仕事を任されそれなりのアフターを楽しんでいる。

 この会社には何かきな臭いものがある、という都市伝説じみた噂話を楽しめるタイプ。

 誰一人として真実には気づいていないが、気づいていないだけなのか、それとも気づかないようにしているのかは不明。


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POSTEDAug 26, 2023
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