どうもこんばんは。煙草は全く吸わない、でもふたけもさんのおち○ちんは吸いたいそんなニスです。ふたけもさんの喫ちんをするという癒やしのアイデア、ずっとこうだったらいいな、はやくこれになりたいと思って幾星霜。全く絵に描き起こすこともなく過ごしています。しかしこれは絵に描くのは難しいアイデアな気はしています。こういった絵にできそうでできなさそうな妄想がそれはもう何百とニスの中にはあるのです。
閑話休題。
前回は友達になるということは大変だなという話をしましたが、その際に他者との共通の趣味嗜好があれば良いという話題がありました。今回はそんなこちらの研究室を覗いている皆様に関わる共通の趣味嗜好、性癖の話をしましょうか。
性癖とは、人間の心理・行動上に現出する癖や偏り、傾向、性格、性向のことで、その人のパーソナリティに根ざし、生活スタイルを方向づけるような行動傾向を指して用いられるのが本来の用法です。
そうです。性的嗜好は関係ないのです。しかし、ここにいらっしゃる方々にとっては誤用の方が馴染み深いものだと思います。実際、この文でもこのニスのコンテンツでも、誤用の方を研究所で扱っております。
しかし、「性的なもの」というのは考えれば考えるほど奥が深いというより、ただわからない。未だに私の中では答えを模索している最中で、辿り着けないからこそ描き続けているという点はあるのかもしれません。
そんな中でも、活動を続けている現段階で、多少なりとも理解できてきたこともあるのですが、それがまた私にとっては難しい問題となって立ちはだかることの連続でした。
まずひとつ、性的であるというからには、下世話な言葉であれば抜く、要は性処理による快感を得ることができるという条件があるはずですね。
この時点で大きな問題があるのですが、私自身はその「エロい」という感覚に対してどうも一般水準より鈍いということがあります。
本来人間的には性処理というものが強い快楽を伴うものだという認識はしているのですが、どうも私はそれを感じることができないようなのです。そういった自身の性質により、どうしてもその方面における感情、熱意を見出すことが難しいのです。
私がこのケモノ、ふたなりやおなら、スカトロといったものは恐らく正しい意味での”性癖”として認識し、感じ取り取り入れているのだと思います。ついつい選択してしまう概念。何故か気になってしまう。これらを扱うと不思議と楽しい。なんとなくの引力が、惹きつける何かががあるのだと思います。
皆さんが見ている角度とはそれが別のベクトルなのであろうことが、どうにも歯痒い。どうして私は性的な感受性が乏しいのか…永遠の悩みではあります。
私がそんな他者にとっては性的な概念を扱って生み出しているものは、基本的に「アイデアを形にする」こと、そしてそれを楽しんでもらうことを目的に制作されています。そのため、皆様にとって性的であるか、と言われるとかなり難しい面もあると思います。性的熱量の差を感じてしまうことも多いかと思われます。ただそれは、性癖というものの捉え方が違うから、私の感覚が大きく普通とは異なるからなのかもしれません。
個人的には、正しい用法であっても誤用であっても、私が普段から扱うジャンルは即座に性的に直結しないと思っています。ついつい選び取ってしまう、好きだと思ってしまう。そういった作品を見た時に、必ず性的興奮を抱くとは限りません。しかし、好みの要素が入っているとわかると、誘蛾灯に惹かれるように誘われる。そんなライトな感覚なのです。
改めて私の作品群を見ていると、かなりソフトで、一般的なR-18とは離れていると感じることが多いです。性行為もしない。気絶しそうなほど辛くもならない。まるで排泄物を食べ物のように扱う。そのくせ別に食べたりはしない(これは私がハードなスカトロが苦手であるからです)。汚さが足りない。
これは私の性的嗜好の方向もあるのですが、私がエロいというものについてわからないままだからかもしれません。最近、私はある結論に辿り着いたのですが、それは「下品=エロい」であるという等式です。
基本的にはギャップがあればあるほど、その落差によって背徳感を得ることができるでしょう。その理論的にも下品という要素は大切なのです。下品な要素を足せば足すほど、理想から遠く離すことができ、その落差を大きく演出することができる。そのため、世の中のエロ作品は概ね同じ方向に向かうわけです。
単純に言ってしまえば、綺麗な女性がガニ股でオホ声を出しアヘ顔を晒し、何らかの方法で血管が浮き出た陰茎と大きな金玉が生え、永遠に絶頂で射精していればいいのです。スカトロものであれば、汚くて大きな音の屁を連発しながら、自分の腕よりも太い大便をぷっくりと膨れ色素沈着した毛だらけのアナルから、ひどい排泄音を発しつつひねり出し、そしてそれを体に塗りたくりながら食べて興奮のあまり意識が吹っ飛んでいればいいんです。恐らくそういうものなのです。
ただ、要素を盛れば盛るほど受け付けられないノイズが混入してくる割合が多くなるので一長一短ではありますが、概ね下品にすればするほどお得です。それが一般というものだと私はようやく研究の末結論に辿り着き、許容するかは別として理解はしました。
そう考えると、私の作品はどうもこの手の下品インパクトには欠けます。ただ、今の私はそれでも構わないと思っています。私はアイデアを形にし、それを面白いと思ってもらうことが本懐です。抜いてもらうのは二の次。私の考えていること、好きだと思っていることを見て、なんか良いな、楽しいなと感じてもらえば良いのです。スナック感覚で嗜んでほしい。
お金という対価を払ってもらっている以上、そんな性的興奮を満たせないような道具未満の作品でいいのか、という問いに対しては、至極ご尤もであるし、何に価値を感じるかは人それぞれです。ですが、私という人間が性的事物への理解が薄く、何よりアイデアマンとしての生き方を優先している以上、人々の欲を満たすことは出来ないのかもしれません。事実、私はそのことでずっと悩んでおり、もっと他者が喜ぶようなものを進んで作るべきでは、と何度も壁にぶつかり苦しみました。
しかしながら、私は不器用故にこういう生き方しかできないらしく、この道をひたすら進むことしか考えられないようです。そうであれば、ただただ自分の道を突き進むのみ。今後も私のアイデアを楽しんでくれる方々の為に、作品を作っていこうと考えています。
次回は折角なので、そんな苦しんでいた中「他者が喜ぶと思ってやろうと考えていた失敗集」の話でもしましょうか。
常に実験である。