第二作目にして私が初めて長文物語に挑戦した作品で、様々な反響も含め私の中で思い出深い作品です。
※ 制作時のメモ書きは視覚情報を補完する場合などにあえて残しております
生きていると心のどこかで信じ、探すのを辞めなかった。
絶対に居て欲しくないと思った場所に、彼女はいた。
(扉絵)
「わあ…素敵な方…!お選びいただいて光栄です。よろしくお願いしま....」
「……!!!」
「……あ、あの…どうされましたか…?」
あまりの衝撃に俺は、彼女が愛想良く挨拶をしたのにも関わらず黙ったまま硬直した。
彼女は生きていて、二年ぶりに再会することができた。…貧民街の娼館の一室で。
「…………あの……」
しまった、明らかに怯えている。このような場所で長身の男が何も言わずに見下ろしたままなのだから当然だ。ただでさえ俺は威圧感を与えやすいんだ。
「い、いや、何でもないんだ……怖がらせてすまない」
客が印象の割に口調が穏やかで彼女は少し安心したようだ。こちらを寝台に案内した。
「改めまして、今夜はよろしくお願いいたします」
珍しい赤い瞳。聞き覚えのある声。そう言って彼女は胸元が大胆に開いた衣装で慇懃に頭を下げた。だが…顔と声は同じだが、振る舞いも態度も過去の記憶とは全く異なっている。たった二年でここまで変貌するだろうか?そもそも、彼女はもっと綺麗な金髪だった筈だ。もしや似ている他人を同一人物だと早合点しただけかもしれない。
「まず……何と呼べばいいだろうか」
「はい、スカーレットと申します」
決定的だった。偽名にしろ本名にしろ、流石にここまで偶然に一致するのは有り得ない。
彼女は間違いなく、二年前まで俺と同じ……騎士だった女性だ。
「…………?あ、あの…私の顔に、何か変な所があるのでしょうか…?」
「あ、いや……変じゃない、綺麗な顔だ。」
「……!ありがとうございます、ふふっ」
大真面目に返したのが可笑しかったようで、彼女はしばらくくすくすと笑った。長く見つめ合ったが、彼女は俺の事を完全に忘れてしまったようだ……いや、この変わり様はもしや、自分が騎士であった事自体、忘れているのかもしれない。
「す、すみません……ところで、もしかして……騎士の方でしょうか?」
「!! あ、ああ、そうだが……よく判ったな」
「はいっ。だって…眼差しが鋭くて、体格が良いのに、それでいてすらっと背が高いですから。あと、常日頃から剣を握る男性って……こんなふうに指の付け根の皮がまんべんなく厚く固くなっているんですよ。なんだか禁欲的で、素敵ですっ」
……大した観察眼だ。娼婦として、様々な男を相手にする中で培われた勘だろうか。恐らく男の態度をほぐすためのお世辞だろうが、それでもつい嬉しく感じてしまう。……そして、俺の手を触る彼女の手はすっかり、女性らしい柔らかいものになっていた。
「まあ、そういう立場上、済まないがここでは名乗れない」
「はい、では、騎士様とお呼びしますねっ」
「………………」
(過去の彼女が明度が下げて写る)
「………りがとう。………ルフ。」
……何ともこそばゆい感覚だ。二年前まで彼女も俺と全く対等の立場、騎士だったはずなのに。今や彼女は身体を求めて日々来る男達に笑顔でおもねる娼婦だ。……その事実が後から徐々に俺の心に重くのしかかり、自然と握り締めた拳が小刻みに震える。
「では騎士様、今夜はたくさん——」
彼女は大きく開いた胸元の紐をほどき始めた。
「……あ、ま、待ってくれ…!今日は…その……顔を見たかっただけだ」
「……え? でも…本当にいいのですか……?」
「ああ、それに……気分もあまり優れなくて…」
「……騎士様……?」
そう言ったきり、俺は向かい合った姿勢のまま俯いた。せめて何か話題を振るべきなのに何も言葉が出ない。騎士だった彼女の記憶とたった今見た彼女が交互にちらつき、再会できた喜びは憐憫と後悔が混ざった複雑な感情に押し流され、俺を苦しめる。そのまま彼女を拒絶したかのように眉を顰めたまま終わりを告げる蝋燭が燃え尽きるのを待った。彼女が心配そうな顔で何度か話しかけてきた気がしたが、今は自分の感情を抑えつけるだけで精一杯だった。
「……ありがとうございました。騎士様…」
スカーレットはほとんど涙声で、無理に作った笑顔で終わりの挨拶をした。…しまった。それを見た瞬間に急に頭が冷え、自分がどれだけ非礼な態度を取ったかを自覚した。俺は何をやっているんだ。今や彼女は俺の事を何も知らない、いち女性なんだ。
「今日は本当に済まなかった。……何もしないままで」
「いえ…いいんですよ。騎士様にはもっとお気に召すお人が———」
「ち、違う…! …会えて、良かった……。またここに来る」
「……へ?」
明らかに困惑していた。とんでもなく不可解な客だと思っただろう。だが、彼女を傷付けたままにしないよう真っ白の頭から必死に言葉を絞り出した。どのみち俺も、こんな形で彼女と再会できた以上、ここで終わらせるわけにもいかない…
三日後、スカーレットとまた同じように娼館で会った。前回と同様に行為は断ったが、今日はだいぶ尋常に彼女と会話することができた。出来るだけ遠回しに話題を振った所、予想通り、彼女は娼婦になる以前の記憶を完全に失っていることが分かった。身寄りもなく、ただ身を立てるためにこの立場になったようだ。
「……そうか…何と言えばいいのか……」
「だ、大丈夫ですよ…!ここに来る殿方は……お、お優しいですし!だから…そんなお顔なさらないでください…」
「顔……? 妙な顔をしていたか?」
「……その、貴方は…前に来て下さった時から、ずっと悲しそうな顔をされているんです。私なんかには明かせない事かもしれませんが…お辛い時は、私に遠慮なさらずに話してくださいね。私は……殿方を癒すためにいるのですから」
「いや、大丈夫だ。……ないこともないが…これは俺が勝手に苦しんでいるだけだ」
「…………そう…ですか」
俺の返答に、彼女は悲しげに目を伏せた。そこには取り繕った愛想はなかった。
さらに三日後、また同じように彼女に会おうとあの娼館に向かったが…
「ああ、あの娘なら今日は貸し切りですね。なにせ大切な常連客でしてねぇ」
「そうか……そうだな、では日を改めよう」
「ところで……騎士様ぁ」
「……!!……何だ」
娼館主の男が、スカーレットと同じ調子で卑しげな笑みを浮かべながらこう呼んだ。
「あぁた、どう考えても訳ありですよねぇ?初めて来館された時も「赤目の女」とご指名されましたし…二回とも女にお手を付ける気配は一切なかったですしねぇ」
「……なぜ、手を出さなかったとわかる」
「…へへ、この館は構造に工夫がありまして、全ての部屋を見られる覗き部屋があるんです。貧民街にある手前、人目を忍んでいろいろな方がいらっしゃいますから、身分の高いお方の醜聞や狼藉を握っておけば……まあ、何とは言いませんが、たっぷり頂けるんですわ」
「……貴様…」
「赤目ちゃんのこと、もっと知りたいですよねぇ?でもご存知の通りあの娘は過去の記憶を失ってましてね、身寄りもつてもないからここに流れ着いたってわけです。もっとも忘れたってのは都合の良い嘘かもしれませんがね、へへっ!」
「そういう身の上なんで今日もいらしたお得意様のお忍びの貴族様に媚びて暮らしてるんですよねぇ、なにせいくら顔と身体が良くても婆さんみたいな髪色と隠し切れてない辛気臭さじゃ気にいる男も限られてきますし……まぁその貴族様は紳士なお方ですが、まぐわいの最中が少々あれでして…どうします?一回分の代金をくだされば、覗き部屋に案内しても…」
この男……俺に急に語り出したのは全てこちらの好奇心に訴えて金を取る為か。
「この程度の金が欲しいならさっさとそう言え、これ以降は俺に余計な話を持ちかけるな」
「へへっ……ありがとうごぜぇます、騎士様」
俺は卑劣な娼館主に代金の小袋を投げつけ、さっさと指された方向へ進んでいった。何でもいい、この男からこれ以上不愉快な話を聞きたくなかった。
その覗き部屋の内部は完全な暗闇だった。外側からは全く気付かれない訳だ。
…待てよ、持ちかけられた話の対価を払ったのなら律義に誘いに乗らなくともさっさと帰れば良かったのではないか?だが、すぐに出てあの男と出くわすのも癪だ。
「………れで、…しい住まいの方はどうかね?」
「はい、…前…での部屋とは大違いで……これも…ルハ…トさまのお陰ですっ」
!!落ち着いた男の声とスカーレットの会話が聞こえる。どうやらまだ始まってはいないらしい。それなら少しだけ……と穴から部屋を覗いた。……そう、俺は結局、彼女について詮索せずにはいられず、背徳的な行為に引きずられていった。
彼女の常連客らしき相手は、体格の良い中年の男だった。身をやつしたつもりなのか、装飾品の類は一切身に着けていなかったが、長く整えられた頭髪と立ち振る舞いはどう見ても上流階級のそれだ。一見した印象では穏やかな貴族の人間であった。
「それは良かった…!君のような美しい女性をあのような治安の悪い場所のあばら家に寝かせるわけにはいかないからな。何かまた困った事があったら何でも言ってくれたまえ。いつでも用立ててあげよう」
「はいっ、ありがとうございます、ゲルハルト様。貴方様のお助けがあるからこそ私はこうして居られます」
「……そうだ。君には私がいなければいけない。もっと私を頼りにしてくれ…」
「はい、ゲルハルト様あっての私です…!」
……これは…不純な関係ではあるが、私財で彼女の援助をする親切な男ではないのか……?ならば、俺があれこれ案じて首を突っ込む必要はないのか? だが、本心かどうかは判らないが知らない男に愛想良く応える彼女を見ていると、嫉妬にも似たわだかまりが胸中に溜まってゆく。
「……では、今夜も宜しく頼むよ…」
「……はい…」
そう言って男は上等そうな脚衣からコッドピースを外そうと股間に手をかけた。
いかん、これ以上は見てはいけない。不本意であったが、結果的に彼女の現状を知る事が出来た。もう充分だ、さっさとこの部屋から出よう。
だが、部屋が完全な暗闇に包まれているせいで出入口を見失ってしまった。さっき入ったはずの方向の壁を手探りで探すが、出入口が見つからない…
「————―ッ!!むぐっ……!!んむー!」
な、何だ?!何をされた?!スカーレットが苦しがる声に、俺は慌てて聞こえる方向の穴に戻り、部屋の光景を覗いてしまった。
「ああ、今日は優しい愛撫は不要なんだ…早く、私をぶつけたい気分なんだ…!」
「むっ……ふっ……ふぁい…へぅはうとさま……」
———彼女が、貴族の男の男根を苦しげに咥えていた。到底見たくなかった姿のはずなのに、一秒でも早く目を逸らしたい光景のはずなのに、頭を槌で殴られたような衝撃と、湧き上がる黒く濁った感情で身体も首も完全に強張り、なぜか目を見開いて見続けていた。
「大丈夫、怖がることはないよ……さあ、もっと動かしておくれ」
「ふぁい…」
「―——————!!!むぐっ!!」
貴族の男が腕で固定し、さらに無理矢理に奥まで押し込んでゆく。今となっては優しげな口調が却って酷く不気味だった。
……だが待てよ、彼女が苦しむ姿を見て義憤にも似た怒りを抱いたが、彼女は乱暴な奉仕を終えた後も愛想良く応対している。…これは彼女も望んでやっている事なのか…?ああ、駄目だ…衝撃が大きすぎて視界が回り、みるみるうちに意志が砕かれていくのを感じる。だが、俺はそれでもなお離れることが出来なかった。
「さあ……今宵も君に私の全てを注ぎたい…受け容れてくれるだろう…?」
「はいっ、貴方様の御心のままになさってください…!」
……だが、相手から顔が見えない姿勢になった途端、スカーレットの表情は露骨に曇った。やはり…彼女がこのような事を本意でやっているわけがない。嗚呼、彼女が嫌がっているのに、それを確信してどこか安堵してしまう自分がたまらなく厭だ。彼女の目からはどこか、これから起きる事への恐怖の感情が感じられた。
「……どうだい…? スカーレット…」
「……はっ…はっ…き、気持ちいいです…ゲルハルトっさまっ……」
「そうだろう?私なら君の全てを支えてあげられる…だからもっと私を求めてくれ…」
……なんだ?先程からこの男の態度は…金銭を援助しているとはいえ、執拗に恩着せがましいというか…
「……ああ……君は最高だ… 私の全てを受け容れてくれる…君だけが…」
「……ゲルハルト様…?」
「あぁ、アメリア……!!」
「―———ッ!!あっ……ぐっ……!」
!!!な、何しやがる?!
「へ、へうは…あ”っ!!あっ…あっ…」
「あぁ、アメリア…!何故だ…!何故私を見てくれなくなった…?!もう私を必要としなくなったというのか…?!よりにもよってあんな下郎なんかと……アメリアッ!!」
何をしているんだこの男は?!思わず怒鳴りかけたが、今いる場所を思い出してなんとか思いとどまった。先程までとは全く異なり、男は怒りの形相で妻らしき女の名前をうわ言のように繰り返していた。……明らかに正気じゃない。
「んが……あ”ぇっ!!」
「愛しき娘も息子も、他の人間もそうだ……!失墜してから、包み隠しすらせず冷たい目で見るようになった…!情けない当主には価値が無いとでも…?!」
…………この男……
「は…おやぇっ…なっ…」
「許さんぞ……私を陥れた人間も…私を必要としない人間も…全て、全て…!!」
「げぅあうとざまぁぁぁぁぁ!!!!!」
「…………はっ?!」
「あ”っ……げほっ!かはっ!あっ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「はっ…はっ……私は……また…何てことを…」
狂気に憑かれていた男はスカーレットの叫びでようやく我に返った。……あと五秒遅れていたら我慢ならずに怒鳴り込んでいた所だった。
「す、すまない…スカーレット…許してくれ……許してくれ…」
「けほっ!だ、だいじょぶです……ただ…少し驚いただけで……」
「ああ、良かった…君に嫌われなくて…少し休んだら、続きをしよう」
「……はい、ゲルハルトさま……」
彼女は殆ど息も絶え絶えに、それでもなお男に対する愛想は崩さなかった。…だが、その目は感情を読み取れないほど、暗く澱んでいた。この貴族の男は他の誰にも打ち明けられない鬱屈を、誰にもぶつけられない衝動を、娼婦に対して発散しているだけだ……
「……おおっ……おおっ……スカーレット…!!」
「はっ…はっ…!」
「ああ、やはり君は珠玉の女性だ…!不吉な赤い瞳、白く色落ちした髪のせいで、他の男は君の魅力に気付かない…!だが、私は君の美しい貌、豊満な身体に狂わされるのだ…!」
「ああ、あっ、ゲルハルトさまっ…!」
「さあ、言っておくれ!君も私を愛しているのだろう?!」
「あっ…はっ…お慕いしております、ゲルハルトさまっ…!」
「おおおっ……!!」
「……また来よう……今宵の君も最高だったぞ、スカーレット…」
行為が終わり、みるみるうちに冷めたのか、その男は彼女が落ち着くのを待たずにあっさりと退出していった。
「………………」
男を受け容れた姿勢のまま固まり、虚ろな目のまま涙を流すスカーレット。急に、俺の胸はどうしようもない程に締め付けられた。
以前ままの彼女の声、目の前で悪趣味な男に酷く組み敷かれた彼女、乱暴に扱われつつも仕方なく男に媚びる彼女。そして……その光景を卑怯にも覗き見てしまった俺。全ての事実に俺は茫然とし、視界が揺らいでいった―——
(回想 騎士のスカーレット)
「……ねぇ、あなたが子狼さん?」
「あぁ?なんだてめぇ。 ……女…?」
「失礼ね、これでも同じ騎士よ」
…初めて彼女と会った時、俺は独り、城の外れの訓練場で打ち込み用の立木を相手に鍛錬用の重い剣をひたすら振るっていた。ただ、騎士となってからの失望、不満、鬱屈を必死で振り払うかのように… 子狼とは、同輩が俺を揶揄して呼んでいた渾名だ。
「…何か用かよ」
「べつに、ただ……実際に会いたかっただけ。図体がでかいばかりで心はお子様、愛想のかけらもない仏頂面で、少しでもからかうとすぐに突っかかってくるおかしな奴……他の騎士はあなたをそう言ってるわ」
「んな事知ってんだよ、あいつらにどう思われようが興味無え、うぜぇな」
「あー、こわいこわい!これじゃ評判とそう変わらないかな」
「…………ハァ…」
「……待って、一つだけ聞かせて」
「あ?」
「……もしかして、あなたが他の騎士をつっぱねるのは……平民の出自だから?」
「………………」
「……俺の親父は、武勲が認められて位を授かり、そして戦場で誇り高く死んだ。」
「…………!!」
「身一つで家を興した、親父の騎士としての生き様にずっと憧れてた……その背中を追いたくて、汚れた鎧を洗い、従者として散々こき使われてやっと騎士になったってのに……ここにはそんな人間とは程遠い軽薄で、軟弱で欲深けぇ、気に食わねえ連中ばっかだ……!!」
「……そう…なんだ……」
「はっ、 理由なんてこんなもんだ」
「……あなたは、本当は誰よりも純粋なんだね……」
「おい、知った風な口を聞くんじゃねぇよ女騎士。お前だってどうせ特例で混ぜてもらったお嬢様か何かなんだろ。俺から見れば他と大差ねぇよ」
「ったく……!そんな口聞いて、訓練でこっ酷く打ち負かされても知らないわよ―———」
(現在へ戻る)
「……しさま、騎士様……」
「騎士様……!」
—————!!
「だ、大丈夫ですか…?酷く疲れていらっしゃるのでは…」
「……大丈夫だ」
…俺は一体何がしたいんだ。ここに足しげく会いに来た所で彼女はもう俺の知るスカーレットではなく、記憶のない全く無関係の娼婦だ。ここに来た所で失ったものが戻るわけではない、それどころか心の空洞に溶鉄を流し込まれるような苦痛を味わうだけだというのに。
「……騎士様…お願いですから…何でもいいですから、仰ってください……」
「あ……す、すまない、どうにも俺は喋りが苦手で———」
「違うんです!……違うんです、騎士様」
懇願する目で彼女が見てくる。初めて再会した時とはもはや全く違う、愛想笑いのない真剣な態度だった。
「貴方は…ここに来るたびにどんどん傷付いているような、辛そうな顔に変わっていく…私に対して、何かとても打ち明けにくいことを抱えているのでしょう…?」
「……!!」
「ここに来る前の記憶はありませんが…わかります、私が貴方を苦しめてるって…」
「ち、違うんだ…!君のせいじゃない、君が悪い事なんて一つもないんだ……」
「…………」
全く信じていない顔だ。それも当然だ。そもそも、俺は以前から本心を隠せない性質だった。だからこそ……その本心を言おう。彼女に対して、微かに秘めていた俺の想いを。
「俺がここに居るのは、ただ……」
「……ただ…?」
「君が……好きなんだ。だから…俺は君に会いに、ここに居たい。それだけなんだ」
「………えっ…」
「………………」
…お互い、黙ったまましばらく見つめ合った。
…どちらから先に動いただろうか、手を互い違いに交わし、俺は彼女の胸元の結び目を解き、彼女は俺の上衣の前を開けた。おそらく、二人とも最後までする意図はなかった。ただ、互いにもっと近づきたくて、側から見たらじれったいくらいに探り探り、相手に触れていった。
「……………………………」
彼女は紐を解いた襟を両手で拡げ、恥ずかしそうに大きな乳房を露わにした。かつては騎士の分厚い上衣で潰されていたそれは、改めて目の前で見るととてつもない存在感だった。
「す…すみません……なぜか、騎士様が相手だと…これだけでも恥ずかしくて…」
「あ、ああ……俺も正直、どうしたものか…」
「私だけがこのままでいるのも恥ずかしいです… さあ、遠慮なさらないで…」
「……わかった」
「……あっ……」
唆されたものの、やはり過去の姿が脳裏にちらつき、記憶のない彼女をこうして触るのは妙な罪悪感があった。初めて触れる彼女の胸を、探り探りに触る。
「き、騎士様……こ、怖いです…お顔が…」
「…………」
もっと強く揉みしだきたい衝動を抑え、彼女が痛がらないように徐々に揉む強さを変えて、触れて放すのを繰り返す。触れるたびに、彼女はくすぐったそうに声を出した。
「…んっ…あっ…ひっ……」
「——っ!!…あ、遊んでらっしゃいます…?」
「あ、いや、その……そんなつもりは」
「……やっと、笑ってくださりましたね……騎士様。」
……? 俺は無意識のうちに笑っていたのか?気色悪い表情になってなければいいのだが…
だが俺もまた、再会してから初めて彼女の本物の微笑みを見られたような気がした。
その後、彼女はこちらに近づいて、背中側を俺の胸に密着させて座り直した。俺の早く大きくなった鼓動が覚られそうで恥ずかしかったが、彼女は全て分かっているかのようにこちらを振り返って笑った後、俺の右手を取り、自分の衣装の裾を捲らせ、右太腿に沿わせながら上げてゆき、局所へ俺の手を導いた。
「……んっ……ほら、騎士様…大丈夫ですよ」
「…………!!」
この姿勢に誘導したのは、直接見られないようにするためだろうか。俺としても色々な意味でそんな勇気は無かったから有難かった。慣れない手つきで慎重に探る。
「………………?」
日々、剣の素振りをして指先まで皮が固くなった右手、その人差し指を沿わせて動かす。俺はとにかく、彼女にあまり痛がって欲しくなかった。彼女を欲望の捌け口として乱暴に扱ったあの貴族の男に対する、違いを見せつけたかったのかもしれない……
「……あ、あの…」
「い、痛いか?」
「いえ、もっと…激しくなさっても大丈夫ですよ…」
「…もっと?」
「はい、もっともっと、激しくてもいいです」
……俺のやり方が下手だったのか、それとも、日々の苛酷な扱いでこの程度ではもはや何も感じなくなっているのか…
「…!あっ…!」
……なるようになれっ…!
「あ、はっ…ひっ…はうっ…」
深々を上下させる指を一本、二本、三本と増やし、彼女は身体を激しくびくつかせ、嬌声を上げる。痛がる様子にならない限り言われた通りに激しく動かし続ける。
「あっ…はーっ、はー…きしさまっ…!」
「…………っく……!」
「…ああっ……!」
「はっ……はぁ……はぁ……」
「……スカーレット。」
「!! き、騎士様……なんでしょう…?」
再会してから、初めて彼女の名前を呼んだ。
言い出すのが恥ずかしく、一言だけ、目を見て伝える。
「…………いいか」
「はいっ、もちろんです……。騎士様の、お好きなように…」
彼女と俺の体格差。慣れていない自分。何より、この場はもう彼女に導いてもらったほうがいいと確信した俺は、寝台に仰向けに寝そべった。
「こ、こう……ですか?」
「ん?……これは、不味いのか?」
「いえ…その…あまり私が自分から動くことはないので…恥ずかしくて…しかも騎士様から、身体も顔もぜんぶ見えてしまいますし…」
……そういう面もあるのか。だが、男の性だろうか、彼女の恥ずかしがる姿は不思議ともっと見たくなった。
「いや、いいんだ、君の調子で動いてくれれば」
「……だから、それが恥ずかしいのですよ……もうっ」
気を許したのか、俺が彼女に対して怒ることはないと確信したのか、彼女は顔を赤らめてむっとした表情を作った。それがたまらなく愛しく見えた。
「い、いきますよ……」
「はっ、はっ……きひさまっ……」
「……!!スカーレットっ…!俺はっ…もう……!」
「………………」
?!それを聞いた途端、彼女は上下に動くのを辞め、俺に圧し掛かったまま前後に動かし始めた。
「……?!お、おい……」
「……あっ…はっ…ぜんぶっ…受け止めたいんです…!私は平気ですから…」
「……うっ………ああっ……!!」
「あっ……!はうぅっ……!!」
……………………
…彼女との初めての情事が終わった。それには嬉しさと、虚しさが入り混じった複雑な感動があった。目の前の彼女は俺が誰かも知らない娼婦だったが、俺にとっての彼女は過去に親しかった騎士だ。たった今した行為はまるで過去の彼女に対する裏切りのようで、背徳感すら感じた。……だが、それでもスカーレットはここにいる。騎士と娼婦の関係であっても、確かに彼女と溶け合うことができた。
「…………騎士様」
「……ああ」
「私も、好きです。……いえ、貴方なら…本当に好きになれるとわかりました」
「……ありがとう」
涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。
「……一つ…いいか」
「はい、なんでしょう…?」
「抱いてくれないか。……そのままの意味で」
「ふふっ……なんだか可愛らしいですね、もちろんいいですよ。」
……温かい。彼女の鼓動を感じ、汗ばんだ肌と、柔らかい胸が押し付けられる。
「私はここにいますから、またいつでもいらしてくださいね……」
……過去に一度だけ感じた感触。あの時と同じ抱き方。優しい抱擁に俺の記憶は自然と呼び覚まされた。
「どうしたの?もしかしてまーた喧嘩になった?べつにあんな奴らの言うことなんて…」
「…うるせぇ……」
「…ね、ねぇ、わたしはさ……」
「いい加減しつけぇんだよ!!お前なんか二度と来んな!!」
「―———!!!」
「………………」(震えながら必死で涙を堪えてる)
「……!!お、おいっ…………」
「……俺みたいなのに…わざわざ構ってやる必要はねえ…お前になんも良い事はねぇ。それにお前だって…俺みたいな奴が滑稽だから、眺めてただけなんだろ」
「こ…の……っ!性根まで一匹狼なんだから!!あんたは何のために騎士になったのよ!そんなんでこれからどうするのよ!わたしまで突き放してどうすんのよ!!わたしはっ…わたしはぁっ……」
「……う、うるさい……そんなに、泣くな…」
「どうして…そう自分を悪く言うの…そんな風に思ってるわけないじゃない…」
「……それは…お前がいつも面白げな顔で———」
「うるさいっ!……いいわ、そんなに信じられないってのなら……」
「…………!!」
「……ほら、面白がってるだけならこんなことできるはずないでしょ……」
「…………お前」
「ひとりで閉じこもらないで……他の誰にも理解されなくたって……わたしがいればそれで充分じゃない……」
「お前に俺の何を理解できるってんだ……同情なんて…いらねえ…」
「……ぐすっ…」
「…………さっきは…悪かった。ごめんな……」
「別にいいわよ……」
「……なぁ、お前は……何て言うんだ」
「……スカーレット…」
「……独りで抱え込まないでください、騎士様。大丈夫ですよ……他の何が貴方を苦しめようとも…ここに私はいますから。」
「……すまなかった。自分の事ばかりで、君がどんな思いで俺を見てたかも考えずに」
「別にいいですよ……」
「……ははっ……俺は…酷く不格好な男だなぁ……」
「そんなことないです……騎士様は、格好良くて…とてもお優しい人ですよ…」
……こうして、複雑な心情ながらも満たされた、彼女との夜は終わった。
彼女のおかげで俺がずっと抱えていた苦悩は少し解消され、以降の数日はあの娼館へは行くことはなかった。この夜の事があり、すぐにまた会うのに気恥ずかしさを感じるのもあった。だが、ある日の夕暮れに貧民街の近くを偶然通りかかった時に、道を行く彼女を見つけた。
娼館の外でのスカーレットは人目を避ける様に頭巾を目深に被っており、白髪の長い前髪を垂らして俯きがちに歩く姿は一瞬老婆と見間違えそうになるほどで、娼館での彼女とはまるで別人のようだ。ただ、頭巾と服の色だけは全体の印象とは不釣り合いな程の鮮やかな赤色をしていた。そういえば、娼館の衣装も赤色だったが…彼女は赤を好んで着ているのだろうか?確か、騎士の時は青色の上衣を着ていたが…
彼女の憂いを帯びた横顔を見て、また過去の彼女の記憶が鮮明に呼び覚まされた。いつも明るかったかつての彼女も、時に儚げな様子を見せることがあった————
(過去回想)
「………………」
「……おい、どうした?」
「ねぇ……何も言わなくていいから…しばらくそばにいて……いい?」
「べ、別にいいけどよ……」
「……ねぇ、あなたはわたしが女だからって、いやらしく態度を変えてきたり侮ったりせずに自然のままで接してくれるよね…」
「別にそんな気遣いなんてしてね…ない。女だろうが男だろうが俺には興味ないだけだ。前に手合わせしたが、貴族出の軟弱な男連中よりよっぽど鋭い剣してただろ」
「ふふっ……だから、そういうとこよ」
「……閑かな雨の中、外れ者が二人きり、か…… なんだか普段とは別の世界にいるみたい。あなたとなら、たった二人きりでも悪くないかな……」
「い、いきなり何だよ。第一、おま……スカーレットには、俺なんかじゃ釣り合わない」
「……ふふふ、もう、なに本気にしてるのよ。ああ言っといて、意識しちゃったの?」
「うるせえな……人を好きに連れ回しといて」
「……でも、釣り合わないなんてことはないわよ…案外お似合いじゃない?わたしたち…」
(現在へ)
「………………」
「……あれ……?」
「———はっ……!君は……」
「き、騎士様……どうも…」
「やあ……もしかしたら君かもしれないかと思って」
「こんにちは……何だか、普段の姿を見られるのは恥ずかしいですね……」
「はは……俺もなんだか変な感覚がするな」
「………………」
……かなり気まずい空気だ。急に話しかけられたのもあり、なかなか続く言葉が思い付かない。だが、彼女はどちらかというと何か聞きたげにもじもじとしていた。
「騎士様……お時間はありますか? 折角ですし…少しご一緒したいのですが…」
「ああ、大丈夫だ。俺は何気なしに歩いていたから、君が行きたい方に着いていこう」
「ありがとうございます……!じゃあ、私がこの街で一番好きな場所に、騎士様をご案内いたしますね」
彼女が案内した場所は、人気の少ない街外れの小さな広場だった。少し高台になっているその場所からは夕焼けに照らされる街が一望でき、非常に美しい光景だった。
「……凄く、綺麗だ… こんな場所があるなんて、知らなかった」
「ふふ、普段は特に来る目的のない場所ですから。私も、ここから見える夕焼けが綺麗だと偶然気付いたんです。ちょっとした貸し切りの特等席ですよ。」
「ああ、教えてくれてありがとう。俺もこの城塞都市は隅まで回ったつもりだったが…ここには気付けなかった」
「………………」
スカーレットはそれを聞いた途端、急に怪訝そうな表情をした。
「……騎士様、やっぱり私、ずっと気にかかっているんです。聞いてもよろしいですか?」
「……!!な、何を…?」
「貴方が、私について抱えていることです。」
————!!やはり、初めて娼館で会った時からの彼女から見た俺の一連の不自然な態度の理由を知りたいようだ。もしかしたら人気のないこの場所に連れて来たのも最初から尋ねるつもりだったのかもしれない。……それも当然だろう。俺も、これ以上今の彼女に事情を隠し続けるのも心苦しかった。
「…………ああ、構わない」
「やはり……貴方は過去の私を知っている人、そうなのですね?騎士様が娼館に来たのは……この街で、私を探し回っていたから」
「…………そうだ」
「どうして……何も、教えて下さらないのですか」
「俺は……伝えるべきか迷っているんだ。過去を知っても、それでたとえ記憶が戻っても…君の現状が変わるわけじゃない。その記憶が、余計に君を苦しめる事になるかもしれない。それだけが気がかりなんだ」
「お気遣いありがとうございます。でも騎士様…そんなことはいいんです。私は今でも充分すぎるくらい、苦しいのですよ」
「……そんな」
「あそこでは、貴方を心配させないように嘘をつきました。でも…本当は……こんな立場の女だからと、酷く扱う人が―———」
「——っやめてくれっ…!もう…わかったから…」
「……このままでいても、先に光が見えないんです。自分のことが何もわからないままで終わりたくないから…辛うじて生にしがみついてるだけなんです……」
その言葉は当然のものだった。だが、実際に彼女の口から聞くと心臓に茨が刺さったような辛さを感じた。何も返せずに、俺は黙って俯いた。
「………………」
「……でも、最近は……」
「……最近は?」
「こないだから、無口で、とても険しい顔をしていらっしゃるのに……それでいて、とても優しくて、純情で、ちょっとだけ甘えたがりなお客様がいらっしゃるようになってからは……少しだけ楽しくなりました」
「……!!ははは…俺もその男の顔を見てみたいもんだな…」
「…ふふふっ」
話題が暗くなり過ぎた事に気付いたのか、彼女はこちらをからかってみせた。そういえば、以前の彼女も俺が暗くなっていた時にはあえて慰めずにこうしていたな……
「……ね、騎士様。どんな過去でも構いません。それが温かいものなら、なおさらです。今がどんなに辛くても、幸せだった記憶が支えになるかもしれないじゃないですか」
「……わかった。言おう…過去の君の事を」
そう言ったものの、何からどうやって説明するかが思い付かずに黙り込んでしまった。実の所、俺は彼女自身の素性については殆ど知らない。記憶にあるのは…他愛ない、けれども温かい、彼女と共に過ごした時間だけだった。
「……本当に、何も覚えていないんです。スカーレットと名乗るのも…ここにそう書かれていただけだからです」
「…………え?」
そう言うと、スカーレットは懐から小さな装身具らしきものを出した。
「これだけ、記憶がない時からずっと持っていたんです。これを見ていると…落ち着くんです。まるで神様がまだ私を見捨ないでいてくださっているような…そんな気に…」
……それは、数珠が鮮やかな赤色のロザリオだった。
「おいっ!!よく見せてくれ!」
「———!!ひっ……?!」
「い、痛いです…!」
「あっ……す、すまん。これは……間違いない…」
スカーレットが消息不明になる直前に、俺が贈ったロザリオだった。
二年前、騎士であった俺達は出征を命じられた。その戦いではまず、スカーレットを含めた一部戦力が別動隊として敵方を陽動する作戦が命じられた。直接的な交戦を避け、待ち構える本隊へ誘導させる危険度の低い役…のはずだった。
「これ、ロザリオ…?」
「……餞別の品だ。何が相応しいかなんて知らないし、適当に選んだ」
「珠がきれいな真っ赤……こんなの初めて見たわ」
「……赤が似合うと思ったんだよ…スカーレット。名前の通りに綺麗な赤い瞳だと、ずっと思ってた」
(スカーレット、この台詞と同時に赤面)
「ぶっ!!…ひっ…あはははっ!!な、どうしたの急に…!口説いてるの?!」
「うるせぇな!本当にそう思ってたんだよ……それの何が悪いんだ」
「ふふっ…!、いや、ごめん…!ぜんぜん悪くなんてないわよ」
「って…!!十字架の裏にわたしの名前まで彫られてる…!!ははっ…!すごい手が込んでる…!どこが…適当に選んだ、よ!ふふふっ…!」
「あのなぁ、ぶんどるぞ!!」
「ふふふっ…………」
「…………」
「おい、今度はどうした」
「…………そっか……赤が似合う…か……」
「何?」
「ううん、なんでもない!笑ってごめんね!本当はすごくうれしかったから……!大切に持ってるからね!」
「いいんだよそういうのは、恥ずかしい……ただ、スカーレットが初めて戦いへ行く前に、何か形ある祈りがあればましかと思っただけだ」
「!!わ、わたしの無事を祈って…?」
「……そうだ」
「……そこまで、わたしのために……」
(若干涙目になって嬉し泣きしそうな赤面)
「…………ねぇ、今気づいたんだ、わたしね……あなたのこと……」
(手で塞ぐ)
「もがっ!」
「………………」
「っはにふんのお!」
「俺は…また会えるように願ってるんだ、あんま湿っぽくなると不吉だろ。今すぐじゃなくていい事なら、帰ってきてから言えばいい……そうだろ?」
「ははっ……それもそうね、うん、そうする。」
「……達者でな」
「……大丈夫、ぜったい、また会えるから…」
「ありがとう……ヴォルフ」
だがこの後、彼女を含む別動隊は戦いへ赴く道中、野外拠点で敵の伏兵に奇襲された。計画していた陽動作戦は把握され、逆に待ち構えられていたのだ。当時の全貌は未だに明らかになっていないが、恐らく部隊がろくに戦闘態勢すら整っていない状況で殆ど一方的な虐殺となったのだろう。指揮系統は完全に崩壊し、あまりに凄惨な状況に敵前逃亡する兵が続出、各地に逃げて身を落とした騎士が多数居たと言われている。彼女もそのうちの一人で、記憶を失っているのもそのせいだろう……
陽動作戦の失敗後、俺がいた本隊は多大な犠牲者を出しつつも辛くも敵を打ち破ることが出来たが、別動隊の生存者として戻ってきた者にスカーレットが居なかったことに俺は痛嘆し、心に大きな空洞が残った。彼女は死んだ、と諦めたくなかった俺は、ほとんど再会の望みが無い事を理解しつつも、戦力調整でたらい回しにされた先々の都市で探し回った。そして三ヵ月前に、今居る、国の北端のこの都市へと来た。
「これは……二年前に俺が君に贈ったロザリオだ!そう、君は俺と同じ騎士だった……」
「———!!えっ……私が……騎士、だった…?」
「そうだよ…!君は二年前の戦いで俺とは別の隊になった。それで、君が戦いへ行く直前にこのロザリオを君に贈ったんだ!笑われたけど…とても嬉しそうに受け取ってくれた、それが俺も嬉しかった…少しでも君に合う物を選んだから…まさかこれをまだ君が持っていてくれてたなんて…!」
「き、騎士様……」
「そう、真っ赤な数珠のロザリオを見つけて、十字架の裏に名前を彫ってもらうよう頼んだんだ。少しでも君に相応しい物を贈りたかったから。……そう、赤だ。」
「君には…赤が似合うと思ってたんだ。名前の通りに…綺麗な赤い瞳だと思ったから。」
「…赤が……似合う……?」
「初めて戦いへ行く君に、もしかしたら二度と会えなくなるんじゃないかとどこか心の片隅で不安だった。だから無事を祈って、形のある物を贈りたかったんだ…!」
「わたしの……無事を祈って…」
————!!待て、俺はたった今、何を立て続けに話していたんだ?ほとんど自分から見た思い出話じゃないか。ロザリオを見て鮮明に蘇った記憶と、それを彼女が記憶を失くしてもなお持ち続けていた嬉しさで気持ちが高ぶり、今の彼女に順序も情報も滅茶苦茶な話をまくし立ててしまった……
彼女は言っている意味が分からないかのようにきょとんとした顔のまま困惑している。当然だ、自分が全く覚えていない事を、先日会ったばかりの男が嬉しそうに語っているのだから……興奮して、なんてざまを見せてしまったんだ。
「す、すまなかった……こんな事を急にまとめて言われた所で君は何も……」
「………ォ……フ……」
「……スカーレット…?」
「……ヴォ……ル…フ…?」
「———————!!!き、君は」
……それは、彼女と再会してから一度も名乗らなかったはずの、俺の名前だった。
「……ぁあ、ああぁぁ!!!!ヴォルフ、わたし……わたしっ……ぁぁぁああああっ!!!!」
「—————スカーレット!!!」
かつてを思い出し、色々な感情や記憶が一気に押し寄せて取り乱した彼女を、俺は慌てて腕で包み込んだ。
「うっ……ああっ…ひっく……うぅぅぅ……」
「…………君に……ずっと会いたかった……」
彼女が子供のように咽び泣き続けるので、俺の涙はすっかり引っ込み、ひたすらにスカーレットのことを優しく抱いて、落ち着かせた。無理もない、騎士であった時の人格と記憶、娼婦としての今の自分と体験がこの一瞬で混ざり合い、一度に受け止められないくらいの混乱と衝撃が襲ってきたのだ。ああ、スカーレット……やっと君を取り戻せた。俺はあの時からずっと空いていた心の空洞を埋める事ができた。だから、今はせめて少しでも君の苦しみが和らいでほしい……
どれほどの時間が経っただろうか、彼女がようやく落ち着いてきた頃には既に辺りは闇に包まれ、ただ月明かりのみが彼女の顔を照らしていた。
「……スカーレット……だよな…?」
「……なによヴォルフ、わたしはわたしでしょ?ほら、帰ってきたわよ」
口調も表情も、騎士だった頃の彼女だ。…当時と比べると少し険があり暗いが、それは今の苛酷な記憶があるからだろう。
「……そうか……その…何から言えばいいのか……」
「わたしのこと、ずっと探してくれてたの?」
「ああ。どんな形であれ、君と再会できた……思い悩みつつもそれで充分だと思っていたが、まさか本当に君そのものが戻ってくるなんて…」
「うん、ありがとう……わたしはここにいるよ、ヴォルフ……」
……形容しがたい程の喜びで震える。本当に…彼女だ。
「スカーレッ——————」
「……ッくしゅんっ!!!」
「ご、ごめん、寒い……」
「そ、そうだな、いつまでもここに居る訳にはいかない。君の家に案内してくれ、こんな暗闇の中で一人で歩くのは危険だろう」
「……もう、すっかり落ち着いた性格になっちゃって……いいわ、ついてきて、格好良くてお優しい騎士様っ」
彼女は貧民街の細道の先に向かっていった。道中、後ろめたそうな男が二、三人尾けてきたが、大柄で目付きが悪い俺が睨むとそそくさと退散していった。
彼女の家は狭い路地裏の片側に立つ、年季の入った石造りの家の間借りの一部屋だった。俺から見れば随分と狭くて心許ない住居だったが、娼館の覗き部屋で聞いた貴族の男との会話では、これでも以前暮らしていた家とは大違いらしい……
「送ってくれて、ありがと」
気付いたら彼女は髪を下ろしていた。この髪型だと以前の姿とさらに近くなり、思わず胸の鼓動が少し強くなった。
「……それで、記憶は全て思い出せたのか…?」
「…残念だけど、生まれや騎士になる前のことは全然…だけど、あなたといた大切な時間はぜんぶ思い出せたわ。……それだけで充分よ」
「大切な時間か……君にそう言われると、急に照れてくるな…」
「…………ねぇ、大丈夫なの?こんなところにいて」
「どういう意味だ?」
「その、わたしの……娼婦の、家に騎士のあなたがいて」
「ああ、そんな事か。別に、他の騎士連中には女関係にだいぶ緩い人間も多い。例え朝に娼婦の家から出てくる姿を見られようが、さしたるお咎めは無いだろうさ」
「……そう」
「それにしても路地裏のこんな部屋に一人で住んでいるとは……なんか急に心配に———」
——————!!!何だ?!急に視界が回った。
(押し倒される)
「————!!な…?!」
「…騎士同士として許されなかったことも、あの時言えなかったことも…今ならためらいなくできるわ。わたし……ヴォルフのことが…!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…!」
「…………なにを、わたしが待つのよ」
「い、いや、君はまだ記憶が戻ったばかりだ…!それに俺も、こう急では…」
「な に が 急よ?! 記憶がないわたしとはいい感じの雰囲気に任せたまま筆下ろしまでしたくせに!!」
「……あっ……そうだった……」
「もう言い逃れられる理由は全部消えたわよ!!今夜は逃がさないんだから…だってわたしはまだあなたとできてないもの」
「す、スカーレット……」
「……怖いの…」
「……え?」
「やっと再会できたけど、またすぐに手にした幸せを失うんじゃないかって…今度はあなたのほうがいなくなるんじゃないかって…すごく怖いの、だから…お願い…」
「………………」
正直、まだ戸惑いの方が強かった。だが…押さえつける彼女の力が以前の比じゃないほど弱くなっている事に胸が痛くなった。ここまで悲しそうな目で懇願するんだ…四の五の言うのを辞めて大人しく従う事にした。
「……わかった。俺だって…君と居るこの時間を大切にしたい。君の思うままにしてくれ」
「なによ、これじゃ無理強いみたいじゃない……好きって、あの夜みたいに言ってよ」
「そんなの……好きに…決まってるだろ!スカーレット」
「うん、わたしも好きよ…ヴォルフ。 ロザリオをくれたあの日から、ずっと……」
「………んくっ…!」
スカーレットは恥ずかしそうにしつつも、慎重に……その、俺の剣を、彼女の鞘に納めた。
「…………」
「……もう、押し倒したわたしが言うのも勝手なことだけど…すごくはずかしい……記憶のない時にヴォルフとしたことも、今こうしてるのも……」
「いいんだ。俺も…あの夜に君に触れた時、騎士だった時の君がちらついて、どこか複雑な気分になったから」
「ふふふっ、あの時は優しかったけど、じれったいというか、それが逆にやらしかったというか…」
「あ、あれはだな……君に痛がって欲しくなかったのもある…」
「ふふ、わかってる。昔からそういう不器用な優しさがあったから」
「でも…ほんとうはあなたに……初めてをあげたかった…」
「…大丈夫だ。俺にとっては君が全てで、特別な人になったから」
「……あなたっていきなり真顔で恥ずかしいこと言うわね?前から?
でも……ありがと。そう言ってくれて…うれしい」
そして、正面から抱き合うようにして、さらに深く、彼女と繋がりあった。
「んっ……くっ……前はやんちゃな弟みたいに思ってたのに、こんなに大人しくなっちゃって。なんだか、嬉しいような、淋しいような……」
「……そうか? 俺、そんなに変わったか…?」
「ふーっ……もしかしたら、あなたに会ってすぐに思い出せなかったのも、わたしの記憶のヴォルフと違ってたからかも」
「君を失って、心が子供のままでは居られなくなったんだろう……それに、今となっては君にあんな乱暴な口の聞き方をする気にはとてもなれない」
「あの口の悪さも別に嫌じゃなかったわよ。だって……荒んでるだけで本当は純朴な性格だって、けっこう早くにわかったから…」
姿勢をそのままに、彼女はさらに強く俺を抱きしめ、身体を上下させた。俺も、今度は彼女に合わせて身体を規則的に激しく振った。
「んっ……!くっ……!はぁ、はぁ…ああっ…ヴォルフぅ…!」
「あっ……!んひっ…!やっぱりあなたの身体って思ってたとおり、しゅごいっ…! 肉付きも…こっちの方も…うっ……!!」
「はっ…はっ…そ、そんな事っ、無理してっ、言わんでいいっ…!!」
「ほんとっ…なんだもんっ……!!いろんなものが、頭でまわってっ…あっ…へんなころいっちゃいそ…!!あっ…やっ…!」
だが、こちらが激しく突き過ぎたのか、すぐに彼女は疲れたようにぺたんとへたり込んでしまった。
「あっ……はっ…もううごけな……おにぇがい…ヴォルフのほんきで…して……」
「——っ、もうどうなっても、知らんぞ……!!俺ももう抑えきれん…!」
「してっ…!!もう、きょうがさいごかってくらい…!おもいっきり…!!」
そのまま、彼女を寝台に押し倒した姿勢になった。俺ももう、スカーレットが淫らに蕩ける姿を見て気持ちが昂り、理性が抑えられなくなった。
「————ッ!!いっ、あっ、あんぅっ…!!いやっ…!!はぁっ…!」
「ああっ、ヴォルフっ!!ヴォルフっ!!ヴォルフっ…!!!」
「だ、大丈夫かっ……?」
「ち、ちがうのっ、やめないで…!」
「わたしっ…!わたしねっ…今、ヴォルフとこーしてるのがっ…夢みたいでっ…、うれひくてっ…!!ああっ…!」
「はっ…はっ……スカーレット……俺もっ…言葉に出来ないっ……」
「…うれしいっ…!!あんっ…んぅっ…!!もう…っ!ずっところままでいたいっ…!もう、どこにもっ…いかないで…!!」
「君をっ……!!離したくない…!もう、離れたくないっ…!!」
「はなさないでっ……!!つかまえてっ…!わたしの、ヴォルフっ…!!いっしょに…!」
「スカーレッ…トッ……!おれは…もうっ……!!!」
「あっ…んぐぅぅっ…!!い、いいよっ…!!」
「んぅ……はぅあぁぁぁぁぁっ!!!!」
「はーっ……はーっ……ヴォルフっ…」
「……はっ……はっ……なんだ……」
「これからは……ずっといっしょにいてくれる…?」
「ああ、……ずっと君の傍にいる。………………俺が此処にいる限り…君の傍に」
「…うんっ……ありがと……だいすき……ずっとだからね…」
「もう、ぜったいに離さないからね……」