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最近、とあるスマホアプリがリリースされた。
その名も、「意識転移アプリ」。
そのアプリを立ち上げたまま、スマホを何らかの物体にかざし、その後に人のおでこにかざす。すると、人の意識がその物体の中に入るというのだ。
人が肉体ごと物体の中に入っていくわけではなく、あくまで意識だけが乗り替わるという。そのため、意識を失った肉体はそのまま残るらしい。再びスマホをかざせば元に戻るし、一定時間が経つか物体がもし破壊されてしまったら、意識は肉体に自動的に戻るとのことだった。
世間はこの画期的なアプリの話題で持ちきりになった。その安全性も含めて色んな議論がされていたが、実際の肉体には絶対に影響が無いことが分かったので、このアプリはどんどん市民権を得ていった。
俺の高校でも、このアプリの話題が度々出ていた。ただこのアプリは有料で2980円とそこそこ高かったため、実際に買って使っている友達はいなかった。
と思っていたが、
「じゃーん、見て見て」
ある日の休み時間、同じクラスの瑞樹が得意げにスマホの画面を見せてきた。そこには「意識転移アプリ」と書かれた、アプリのタイトル画面らしきものが出ている。
「あれ、それって…」
「あ、あのアプリじゃん!瑞樹、買ったの?」
「すごー!見せて見せて」
周りにいた男子女子たちが群がってくる。
「よくお金出せたね~結構高いのに」
「この前商店街のくじびきでアッ〇ルカード当たったから、買っちゃった!」
誇らしげにクラスメートたちにアプリ画面を見せているのは、椎名瑞樹。クラスメイトの女子で、幼馴染とも言えるような関係のやつだ。家が近かったために小学生の頃からよく公園で遊んでいた。男子のグループに混ざって遊んでいたので、どちらかというと男友達のような意識でお互いに接していた。…高校に上がってからも何の縁かクラスが一緒で、未だに関係は続いている。
「自分で試すの怖くて、まだ使ってないんだけどね」
「え~、使ってみてよー面白そう」
「うーん、じゃあ芽衣ちゃん使ってみる?」
「私は怖いしいいかなー…」
みんな興味を持って群がっているが、自分が試したいとは思っていないらしい。それも当然だ。自分の意識が身体から離れるなんて、得体が知れなくて怖い。最終的に意識が絶対に戻ってくると分かっていても、一時的に自由のない物体の中に入り込むというのはなかなかハードルが高い。
俺も別に興味ないかな、という顔で様子を見ていると、
「啓太、ちょっと試させてくんない?」
「え?」
瑞樹がブラウン色のショートカットを揺らしながら、笑顔で手を合わせながら頼んでくる。
「私最初にやるの怖いから、代わりにやってよー」
「いや、俺もそんなよく分からないアプリ怖いんだけど」
「えー、いいじゃん!男でしょ」
そう言いながら、馴れ馴れしく肩を小突いてくる瑞樹。バスケ部で活発な性格の瑞樹はいちいち力が強い。他の女子からならドキドキするかもしれないボディータッチも、男友達という感覚の瑞樹からされても何も感じなかった。むしろ強引なお願いをされてかなり面倒くさい。
「うーん、とりあえず学校では試せなくないか?」
「授業中なら、身体から意識無くなっても寝てると思われるし大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないと思うけど…」
「いいじゃん、瑞樹が頼んでるんだしやってあげなよー」
アプリの効果を安全圏から見たい女子たちがはやし立てる。
「ほら、試しにこのシャーペンとか」
そう言いながら瑞樹は自分の筆箱からシャーペンを取り出し、アプリを立ち上げたままスマホをかざした。ピッ、とレジのような音が鳴り、アプリ画面に「物体の認識が完了しました」という文字が出る。
そのスマホを、瑞樹はためらいもなく俺のおでこに近づけてきた。
「ほれっ」
「ちょ、待てって…!」
慌ててのけぞろうとした俺のおでこに、瑞樹のスマホがかざされる。ピッ、と先ほどと同じ音がしたかと思うと、アプリ画面には、
「人体の認識が完了しました。転移を開始します」
と文字が出ていた。
ぐにゃりっ………
(っっ……!??なんだ……?)
突然視界が歪み、世界が回っていくような感覚に陥る。そのまま、少しづつ自分の意識が薄れていくのを感じる。起きたまま深い眠りに落ちるような、不思議な感覚だった。…そのまま、俺の意識はぷつりと途切れた。
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(…………?)
少しづつ、意識が回復してくる。真っ暗だった視界が明るくなり始め、世界が鮮明になっていく。俺は何故か横に倒れていたようで、視界は横倒しになっていた。
(………俺は……スマホをかざされて……)
意識を失う前までの記憶が戻ってくる。そうだ。俺は瑞樹にアプリを強引に使われて…。
俺はひとまず、自分の身体を起こそうと力を入れた。しかし身体は重く、どれだけ力を入れても動こうとしない。手足が重い、というか手足の感覚すら何となくぼやけていて、自分の身体の形がどうなっているかよく分からなかった。何だこの、気持ち悪い感覚は。
自分の身体の異変に気付き始めた俺は、やっと鮮明になった視界を持って、世界の上の方を見上げた。
(うわあっっ!!??)
「「…………」」
そこには。超巨大な人間の顔が存在していた。
(み、瑞樹……!?)
まぎれもなくその顔は、これまでの人生で何回も顔を合わせてきた幼馴染の顔だった。しかしその大きさは異常で、仰向けの体勢で天を見上げている俺の視界を埋め尽くすほどだった。この大きさの物体が、一人の人間の顔だとは到底思えない。
「「…………」」
トン、トン、トン……
巨大な瑞樹は頬づえをつきながら、今俺が横たわっている床を巨大な指でリズミカルに叩く。その視線は前の方を向いていて、どこか退屈そうな表情をしていた。
「「…………♪」」
(っ……!?)ビクッ
突然、瑞樹の大きな目がこちらに向けられる。視線を向けられただけなのに、その迫力に気圧される。こちらを見下ろす瑞樹の表情はどこか楽しそうで、唇の端が上がって二ヤついていた。
「「…なので、この変数に代入して……」」
ここで、人の声が遠くから響いてきていることにようやく気付いた。明らかにそれは、授業をしている先生の声。もう授業が始まっているのか。自分の席に戻らないと…。いや、そもそも俺は今どこにいるんだ…?
混乱する頭で、ふと自分の身体に目線を動かした。
(……な……んだ……これ……)
そこには、人間の手足や服は存在しなかった。俺の身体は、鮮やかな青色の細い円柱のような形をしていた。俺は、既に人ではなかった。
(まさか……本当にアプリで…!?)
意識を失う前、瑞樹がシャーペンにスマホをかざしていたことを思いだす。俺は、アプリの効力で本当にシャーペンの中に意識が入ってしまったのか…!?
「「………ふふ」」
左手で頬づえをつきながら俺を見下ろしていた瑞樹が、少しだけ笑い声を漏らすと。大きな右手をこちらに向かって伸ばしてきた。
(っ!!やめっ……!)
シャーペンになった俺は声を出すこともできず、自分よりも遥かに巨大な手のひらが伸びてくる恐怖で心の中で叫んだ。
ぎゅうぅぅっっ……
(がほっ!!???)
巨大な瑞樹の手は軽々と俺の身体を包み込み、柔らかく熱い手のひらで容赦なく握りしめた。むにゅうっ……と俺の身体が瑞樹の手の肉に沈み込んだかと思えば、そのまま大木のような指たちが周囲を取り囲み、ぎゅうぅぅっ…と四方八方から密着する。
(なんだっ…これっ……)
何故か五感が残っている俺の身体は、幼馴染の巨大な手のひらで蒸される熱さをもろに食らっていた。人の手で握りしめられるという超常的な体験の中、俺は身体を動かして抵抗することももちろんできず、ひたすら瑞樹の持ち物として軽々しく握られるしかなかった。初めてこんなにも嗅いだ、幼馴染の手の匂い。良い匂いでも悪い匂いでも無く、女子の手の肌の生々しい匂いしか肺に入ってこない。
ふっ……
ふいに、握りしめられていた手のひらが力を弱める。上に向けられた手は指の牢獄を解放し、シャーペンを手のひらにただ乗せている形となる。そのシャーペンに、瑞樹の巨大な顔がぐっと近づけられる。
「「………」」
すぅー……はぁぁー……
眼前に近づけられる、俺の身体よりも大きな鼻や目。瑞樹の顔をこんなにも近くて見たことなんてなかった。もはや近すぎて、誰だか分からない程。俺の視点からは顔のパーツの一部一部しか認識できず、そのどれもが俺よりもスケールが大きくて頭がおかしくなりそうだった。いくら一緒に遊び倒した幼馴染とはいえ、尋常でなく顔を接近させられるとさすがに恥ずかしくなってくる。いや、恥ずかしさを通り越えて、正直怖い。…巨大な鼻からは大量の空気が音を立てて出たり入ったりしており、人間の営みの様子を見せつけられていた。
「「………ほんとに意識あんのかな~」」
囁くような言い方で、瑞樹は俺に、いやシャーペンに向かって独り言をつぶやく。…遊び感覚でこんなことをしやがって。本当に俺の身体は元に戻るのだろうか。いや、そもそも今俺の身体の本体はどうなってるんだ…?
(俺の席はっ……あっちかっ……)
動かない身体だが、視線はそこそこ動かすことが出来て。瑞樹の席の2列隣、1列後ろ。その机に、俺の身体が突っ伏していた。そして俺の身体を隠すように、教科書が立てて置かれている。クラスメートが先生にバレないように置いてくれたのか。…今のところ、先生にバレている様子は無かった。見られたとしても、突っ伏して寝ているとしか思われないだろうが。
「「………」」
カチッ、カチッ、……
(いたいいたいいたいっ!!!)
突然、瑞樹の親指が俺の頭上に置かれたかと思うと、ぐいっ…!ぐいっ…!と容赦ない力で押し込んできた。俺の頭は信じられない力で押さえつけられ、身体の方に沈み込んで凹んでしまうのではないかと思う程変形する。いや、変形はしていないのだろうが、それぐらいの感覚だった。肉体を破壊されるような異常な感覚。
足元を見れば、シャーペンの芯が丁度よく顔を覗かせていた。…俺の身体を押さえつけて虐待しているように感じた瑞樹の行動も、ただシャーペンの芯を出すだけの行為に過ぎなかった。
「「使っちゃお」」
シャーペンになった俺を見てそう呟いた瑞樹は、再び俺の身体をぎゅうっ…と握りしめ、机の上のノートに突き立てた。
サッ、サッ、サッ……
(う……ぐ……)
擦られる激しい痛みを覚悟していたが、以外にも痛いという程ではなかった。むしろ、足の裏が大きな紙にさらさらと優しく押し付けられているような感覚で、くすぐったい。身体のほとんどは大きな手で握られ、視界すらも瑞樹の人差し指の付け根の肉で完全に塞がれていたが、足先だけは断続的にこそばゆい感覚が流し込まれる。
「「ここ、試験に出るから覚えておけよー」」
「「………」」
ぎゅうぅぅっ……
サッ、サッ、サッ……
瑞樹がノートを取るたびに、俺の身体は容赦なくむぎゅぅ…と握りしめられ、幼馴染の手汗と匂いに包まれる苦しみと複雑な感情に苛まれる。さらに足先だけは瑞樹が字を紡ぐペースに合わせてリズミカルに紙に押し当てられ、くすぐったさで発狂しそうになる。さっきまで同じ目線で話していた幼馴染に、全身ごと物のように握られて一方的に弄ばれているのだ。全く抵抗できない悔しさと、瑞樹とはいえ女子の手に思い切り握られる変な気持ちがうずまく。
ふっ……
(っっ……お、終わった……)
瑞樹がノートに字を一通り書き終え、手の締め付け地獄から束の間解放される。親指と人差し指で軽く摘ままれた状態となった俺は、自分に苦しみを与える巨人の姿を再び目の当たりにする。
「「………」」
瑞樹は前を向きながら、案外と授業を真面目に聞いているように見えた。摘まんでいるシャーペン、もとい俺を無意識にぷら、ぷら、と振りながら、先生の話に耳を傾けている。
(…………)
俺から意識を外した瑞樹の姿を見上げながら、複雑な気分に陥る。こんなことをしておいて、もう飽きたんじゃないのか…?いや、こんな何も抵抗できない怖い状況で遊ばれても嫌なんだけども…。
俺は無意識な巨人の指の動きに合わせてぷらん、ぷらん、と振り子のように動き続けた。俺を握って、字を書いただけで満足したらしい瑞樹は、既に真剣に授業を聞きながら、俺という存在を気にしなくなっているように見えた。
「「………ふぁ~……」」
呑気にあくびまでしている。何の意識も向けられていないのに、逃げ出すこともできないなんて。人間の持ち物の気持ちって、こういう感じなのか。恐ろしくおっきな手で雑に掴まれては、人間の都合で激しく使われて。それが終わればお役御免なのに、所有物という枠から逃げ出すことも叶わない。
ぐらっ……
(っ……?)
と、突然俺を摘まんでいた右手が動き始め、瑞樹の顔の方に向かって移動していく。依然として黒板の方を見つめている瑞樹が、シャーペンを持った手を無意識に動かす。
そして、
ふにゅっ……♡
(なっ………!?)
俺の頭部に、柔らかな感触が押し当てられる。俺の胴体を簡単に埋め尽くせるほど大きな瑞樹の唇に、シャーペンのノックの部分、もとい俺の頭にあたる部分が無意識にふにゅっ、むにゅっ…♡と何度も押し当てられる。
「「…………」」
むにゅっ…♡ふにっ…♡
(ちょっ……待て…瑞樹……!)
俺の意識がシャーペンの中にあることを完全に忘れている様子の瑞樹は、いつもの手癖でシャーペンを自分の唇にリズミカルに押し当てる。真剣に何かを考えているときの瑞樹の癖だ。俺はなすすべもなく、ずっと一緒に遊んできた幼馴染の巨大な唇に頭を沈ませられる。
「「………んー…」」
ふにぃ……♡
黒板に書かれた問題を見つめて唸りながら、シャーペンをより一層下唇に押し当てる瑞樹。
(っ……くそ………)
幼馴染の巨大な唇に押し当てられる複雑な気持ちたるや。男勝りのスポーツ女だと思っていたのに、今押し当てられている唇は表面がきめ細かくて柔らかく、リップクリームのさわやかな匂いが存分に漂ってくる。良く手入れされた、女の子の綺麗な唇。それが瑞樹のものであると頭の中で結びつかなくて、単に同級生の女の子の生の唇に押し当てられていると思ったら何だかドキドキしてくる。というか、強制的に股間が勃ち始めてしまう。いや、シャーペンになっているのだからそんなことは無いのだが、精神的にそうなってしまっていることが自分で分かる。
(こ、これは瑞樹の唇だぞ……!)
俺はそう自分に呼びかけながら、何とか気持ちを抑えようとする。この唇が瑞樹のものだと認識すると、罪悪感というか身内の身体に変な感情を抱き始めていた気持ち悪さが襲ってきた。しかし、
「「はあー……」」
むわっ……♡
ふにっ、むにぃ…♡
(あっ……ちょっ……)
無意識に唇の間から漏れた生暖かい吐息が俺に降り注ぐ。唇の匂いに交じって、少しだけ唾液の匂い。吐息の暖かな感触に身を震わせる俺に、追撃のように軽快なフレンチキスが浴びせられる。こんなの、さすがに恥ずかしすぎる。おっきな幼馴染に唇で軽々と愛撫され、口内の匂いを嗅がせられて。
「「はー………ん…」」
再び吐息を放出した瑞樹は、そこで何かに気づいたように動きを止め、シャーペンの方を見つめる。…その顔が、少しだけ赤くなっているのが見えた。
(や、やっと気づいたか……)
幼馴染の男子を自分の唇に押し当てていたことにようやく気付いたらしい瑞樹は、気恥ずかしさを隠すためなのか、シャーペンを強く握りなおして再びノートを取り始めた。その後瑞樹の唇にキスされることは無かったが、授業が終わるまでの30分ほど、巨大な手のひらの蒸し地獄に囚われ続けたことは言うまでもない。
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「おお、戻った戻った」
「いや、戻った戻ったじゃなくて…」
授業後、瑞樹がスマホを操作して、俺の意識を本体の身体に戻した。俺は気づけば自分の身体の中に意識が戻っており、机に突っ伏したままだった体勢からようやく復帰した。そんな俺の様子を見て、呑気に感心する瑞樹。
「すごいねー、ほんとにあのシャーペンの中にいたんだ?」
「そうだよ…お前の手に握られて暑くて苦しかったんだからな」
「あ、あはは……」
苦笑いする瑞樹。自分の手で男子を蒸していたことを自覚し、少し複雑そうな、恥ずかしそうな表情を浮かべる。本当はそれ以上に恥ずかしいことをされていたのだが…。それを言及するのは俺の方も相当に恥ずかしいので、さすがに口には出せなかった。
「実験してくれてありがとね!これで心置きなく遊べるかも」
「あんまり悪用しない方がいいんじゃないか…?」
「悪用なんてしないって。まあ、人に使うとしたら啓太かな。遠慮いらないし」
「いや、もう勘弁してくれ…!」
冗談なのか本気なのか、瑞樹はスマホをふりふりと俺の頭にかざしてくる。俺はもう、あんな超常的な体験はごめんだった。自分の身体から意識が奪われるという気持ち悪さもあるし、何より人に使われる物として生きることの苦しさと底知れない恐怖感はもう感じたくなかった。
その日の残りの授業は自分の身体で、平和に過ごした。しかし、前方斜めに座っている瑞樹の唇に、どうしても視線が行ってしまっていた。
(あそこに、俺は押し付けられてたのか…)
変な気持ちは無しで瑞樹の唇を見つめていたが、途中で自分がやっていることの気持ち悪さに気づいて慌てて視線をそらした。
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「ねー啓太、もっかい遊んでみていい?」
次の日。朝早くに教室に入ると、瑞樹だけが先に到着していたようだった。というより、バスケ部の朝練に出た後なのだろう。瑞樹は教室に入った俺に気づくなり、あのアプリの画面を俺に見せながら無邪気な笑顔で話しかけてきた。
「いや、もう俺はいいって……」
「いいからいいから。こういうのでも成功するか試してみたいんだよねー」
そう言いながら、自分が持ってきた水色のハンカチをひらひらさせる瑞樹。こんな薄い布の中に人の意識が入るなんて信じられないが…。
「自分で試したらいいじゃんか」
「女子の私の身体から意識がなくなったら、ちょっと怖いじゃん」
「俺も変わらないんだけどな…」
明らかに渋っている俺に構わず、瑞樹はアプリを起動しながら、そのハンカチにスマホをかざす。
「啓太の身体は、他の男子に保健室にでも運んでもらっとくよ。寝不足とかいって」
「は…?出席は…?」
「今日は保健室で寝たままってことで」
「おいっ、それは…!」
ピッ……
強引な瑞樹の主張に反論しようとした俺のおでこに、無慈悲にスマホがかざされる。俺は昨日と同じように、再び視界が歪み、意識が遠のいていくのを感じる。
(くそ……おぼえとけよ……)
ぐるぐる回る意識の中、満足そうに俺を見つめている瑞樹の顔が最後に見えた。
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(どこだよ…ここ……)
意識が覚めると、そこは真っ暗な空間だった。俺は何か柔らかな地面の上に置かれていることは分かったが、それ以外の情報がない。周囲は何か紺色の布のようなもので覆われており、縫い目の隙間からわずかに外の光が見える程度だった。そして柔らかな地面はかなりの熱を帯びており、そこに貼りつくように倒れていた俺はその熱で一瞬にして汗だくになりそうになる。いや、絶対にならないのだが。
そうだ。俺は瑞樹のハンカチに意識を送られたんだ。女子がハンカチをしまう場所と言えば。
(瑞樹のスカートの、ポケットの中…!?)
周囲を取り囲む、見慣れた紺色の生地。この学校の女子が履いている制服のスカートの色と同じだった。そして、蒸し蒸しと熱を帯びたこの柔らかな地面は、明らかに椅子に座った瑞樹の太ももだった。
「「あははっ!それでさ~……」」
よく聞けば、遠くの方から瑞樹や他の女子の話し声が聞こえてくる。しかし、スカートの生地に遮られてちょっと聞き取りづらい。瑞樹はハンカチとなった俺をスカートのポケットに入れながら、椅子に座ってクラスの女子たちと喋っていた。
(熱い…!なんだ、これ……!)
季節は初夏であり、さらにバスケ部で朝練をこなした後のスポーツ少女の太ももはほかほかに熱を帯びていて。朝練の後にシャワーは浴びているのか、そこまで汗の匂いは感じなかった。しかし、その体温だけは異常だった。
「「最近あっついよねー」」
「「天気いいから気持ちいいけどね」」
天高くで女子たちが会話している。俺は巨大な太ももの表面から湧き上がる熱で思考が纏まらない。この責め苦から逃げられないことは昨日の経験から分かっていた。瑞樹の所有物となった俺は、自らの意思で動いたり逃げたりすることは絶対に叶わないのだ。持ち主様である瑞樹が解放してくれない限りは。
むにぃ……♡
うつぶせの状態で瑞樹の太ももに這いつくばっている格好の俺は、全身に感じる太ももの柔らかさに、しかし複雑な感情を抱いていた。スカートのポケットの生地越しとは言え、高校生女子の張りのある太ももに全身で抱き着いている格好なのだ。普段女子の生太ももがちらっとスカートから見えようものなら、すぐにドキドキして脳に焼き付いてしまうくらいなのに。そんな太ももに思い切り抱き着き、その感触が足、股間、腹、顔面にこれでもかと擦りつけられているのだ。これが瑞樹の太ももだったとしても、その性的な倒錯感は薄れることがなかった。
(こんなの……だめ……だろ…)
俺に対する油断なのか信頼なのか、瑞樹は俺を自分の太ももに密着させることに抵抗を感じていないようだった。普通に考えれば高校生女子が男子に対してやることではないはずだが、やはり俺のことは単なる友達として考えているからだろうか。いや、俺だって同じように瑞樹のことを友達としか思ってないのだが、でも、こんな場所に閉じ込められたらおかしな思考にもなってくる。
(瑞樹の匂いが…こんなに……)
部活でかいた汗の匂いなどはそこまで感じないのだが、その分瑞樹が放つフラットな香りが周囲に充満していて。スカートに染み付いた瑞樹の脚の匂いなのか、生脚から放たれる匂いなのか分からないが、女の子特有の甘くて包容力のある香り。嫌な香りでは全くなく、むしろずっと包まれていてもいいと思えるほど。これまでに何度も嗅いだことのある匂いのはずなのに…いや、最近はそこまで近づくこともなかったか。知らないうちに女子の匂いになっていた瑞樹の身体に、にわかにドキドキし始めている自分がいた。
ガラッ!!
(うわああっっ!!??)
突然、俺を受け止めていた柔らかな脚が垂直に持ち上がる。俺は太ももの上をすりすりっ…♡とずり落ちていき、やがて紺色の生地に抱きしめられて止まる。瑞樹が席を立ったのだ。ハンカチとなっている俺は瑞樹の太ももの上を滑り、ポケットの布に支えられた状態となった。
ズンッ!!ズンッ!!
(っっ!???)
瑞樹の巨大すぎる脚が、恐ろしい足音を立てながら歩行を始める。ビルのようにでっかい脚がとてつもない歩幅と速度で前後に動き、ポケットの中の俺もそれに合わせてぐわんっ!!ぐわんっ!!と激しく揺れる。
むにっ!!バンッ!!むにっ!!バンッ!!
俺のいるポケットとは反対の脚が動けば、目の前の太ももが柔らかく俺を受け止め、むにっ…♡と甘美な感触を与えてくる。かと思えば、目の前の脚が激しく前に動き、力が入って固くなった脚に思い切りバンッ!!と打ち付けられる。バスケをやって筋肉もついている瑞樹の脚は、力が入れば固いし、力が抜かれていればむにむに…♡と嘘みたいに柔らかかった。痛いのか気持ちいいのかよく分からず、ひたすら瑞樹のただの歩行に蹂躙させられる屈辱感だけが俺の頭を支配していた。
ズンッ!!ズンッ!!
ギィィィー……バタンッ!!
「「ふぅー……」」
何かドアが閉まるような音が聞こえたかと思うと、気の抜けた瑞樹の声が聞こえてくる。そして、
するするっ……
(な……なんだ……?)
突然、俺を入れていた紺色の布、スカートが下に向かって下ろされたみたいだった。外の景色は見えていなかったが、明らかに自分が下に向かって移動している重力の動きが感じ取れた。
…ん……スカートが下ろされたってことは……。
(っっ………)
ドクン、ドクン、と鼓動が早くなる。スカートの生地に包まれた俺は暗闇の中で何も見えていないが、明らかなのは瑞樹がスカートを脱いだということだった。すなわち、すぐ上空に瑞樹の…下着があるということだ。全く見えていないが、そこに存在する。
そんな俺の動揺を、遥かに超える音が聞こえてきた。
チョロチョロ……
「「んんっ……♡」」
気持ちよさそうな瑞樹の声と共に、微かに聞こえる水音。細い滝が着水するような高い音が意味することは、視界情報が無くてもすぐに理解できた。
(こいつ……何やって…!!)
いくらハンカチの俺から見えていないからと言って、同級生の男子をポケットに入れたままトイレに行くやつがいるだろうか。おしっこが水面に着地する爆音を響かせながら、普通にリラックスした声を出せるなんて。俺の存在を意識していないにも程がある。
じょぼじょぼじょぼっ!!
「「ふー………」」
(すぐそこで…瑞樹が……)
思わずスカートの生地の向こうで繰り広げられている状況を想像してしまい、慌ててかぶりを振る。瑞樹に対して何を想像しているんだ、俺は。でも、だって…すぐそこで、同級生の女子がおしっこをしているのだ。当然、スカートもパンツも降ろして、股間部をさらけ出した状態で。女子のおしっこの音など当然初めて聞くし、そんなデリケートな音を爆音で聞かせられるなんて思ってもいなかった。
(はあっ…はあっ……)
俺は出来るだけ、この音が瑞樹の排泄音であることを考えないようにしていた。この音と瑞樹の顔を想像の中で結びつけてしまえば、幼馴染を見る目が変わってしまう気がした。俺は、この音を聞いてはいけない。俺はただのハンカチだ。
ぽたっ…ぽたっ…
「「……ん」」
カラカラカラッ…
おしっこの一滴一滴が水面に着地する音がし始めたと思ったら、トイレットペーパーの紙が巻かれる大きな音が聞こえてくる。やっと、おしっこが終わったのだ。
くしゅっ、くしゅっ……
トイレットペーパーが擦れる音が聞こえてきて、何がトイレットペーパーに押し当てられているのか必死で考えないようにする。そのうち、股間を拭き終わったであろう瑞樹が立ち上がり、俺が入っているスカートを持ち上げて履き直した。
カコンッ……ジャアアァァ……
トイレが流れる音が激しく鳴り響き、スカートの中にいる俺にも大音量で届いてくる。
ギィィィ……
ズンッ!!ズンッ!!
瑞樹が個室を出て、再び歩き出す。何気ない歩行により、俺は再び太ももの壁に蹂躙される。
キュッ、キュッ、……ジャー……
「「~~~♪」」
また水音が聞こえる。…瑞樹が手を洗っているのだろう。呑気に鼻歌を歌っているのが聞こえる。
と、突然、
ゴソゴソゴソッ!!!
(うわあっっっ!!???)
ポケットの中に、巨大な肌色の手が侵入してきた。
ぎゅうっ…するするっ……!
そのまま巨大な手が俺の裾を摘み、スカートの外で引っ張り出していく。…一瞬忘れていたが、俺は瑞樹のハンカチの中に意識を移されたのだ。トイレに行って手を洗った女子が次にすることと言えば、ハンカチで手を拭くことだ。
意識を移されてから初めて外界に引っ張り出され、目が眩みそうになる。瑞樹は取り出した俺をお腹の前あたりに持ってきて、手のひらや手の甲をぎゅっ、ぎゅっ、と滑らせていく。乱暴にごしごしと拭かれるかと思ったが、案外優しい手つきで、両手の水分を丁寧にハンカチに染み込ませていく。
(これ…トイレした後の手だよな……)
先程聞かされた、大音量のおしっこの音を思い出してしまう。パンツをずらしておしっこをして、トイレットペーパー越しとはいえ股間部に這わせた手。それを水で洗った末に、同級生の男子で軽々しく拭けるものだろうか?
「「~~~♪」」
俺を両手でこねくり回す瑞樹の顔を見上げれば、気恥ずかしさなど皆無といった表情で鼻歌を歌い続けている。幼馴染の男子に自分のおしっこの音を聞かせたり、トイレの後の手を押し付けたりすることに何も感じていない様子だった。
(動揺してるのは俺だけかよ……)
巨人となった幼馴染女子の行動に散々振り回され、心をかき乱されていた俺は、そんな瑞樹の表情に対して悔しさのような感情を抱いた。
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キーンコーンカーンコーン……
チャイムが鳴り、午前中最後の授業が終わった。瑞樹のスカートの中で、太ももに密着し続けたまま授業を聞き終えた俺は、瑞樹が何やら独り言を呟いていることに気づいた。
「「ん……これ、4時間しか持続しないんだ」」
アプリの説明書でも読んでいるのだろうか。意識を移せるのは、4時間までということなのか…?だとしたら、もうすぐ時間が来るはずだ。
「「"他の物体にそのまま意識を移すこともできる"…ふーん……」」
何やら余計な仕様に気づき始めている声が聞こえる。4時間経ったら強制的に戻るんじゃないのか…?このまま、ハンカチから他の物体に移されたら、また4時間待たないと行けないのか…!?
「「よっと」」
ゴソゴソゴソッ!!
(ひぃっ……)
この午前中で何回か巨大な手のひらが侵入してくることはあったが、何回経験しても大きすぎる人の手が近づいてくる恐怖は消えなかった。そのままぎゅっと掴まれ、スカートの外に出させられる。
俺は、瑞樹の机の上にぽんと置かれた状態となった。仰向けの体勢で、瑞樹の顔を見上げる。
「「あはは、お疲れ~…って言っても、今は話せないもんね」」
瑞樹が眼下の俺に向かって二ヤつきながら話しかける。楽しそうなもんだ。俺はお前の脚に蒸されて大変だったのに…と思ったところで、瑞樹の顔とあの太ももの柔らかさが結びついて急に恥ずかしくなる。
「「まずこのハンカチにスマホをかざして…」」
瑞樹は説明書を読みながら、アプリを立ち上げた状態のスマホを俺に向かってかざす。
「「で、意識を移したい先の物体にスマホをかざす…と」」
瑞樹はおもちゃ箱を探すようなキラキラした目で、机の上のものを物色し始める。シャーペン、消しゴム、ティッシュ、今ふたを開けた弁当箱…。こっちは、次にどこに意識を移されるか分からず気が気でなかった。
「「もっと他のないかな~…」」
瑞樹はスマホを片手に持ったまま、机の中を覗き込み始める。スマホを持った手は机の上に残り、弁当箱の上あたりをさまよっている。
そして。
ピッ……
「「あ、間違えて押しちゃった…」」
机を覗き込んでいた瑞樹は、親指でスマホの画面を触ってしまい。意図していなかった物体の上で、検出音が鳴った。
(うっ……!!)
その途端、俺の視界もぐにゃりと歪み始める。何の物体にスマホがかざされたのか、よく見えなかった。…俺は得体のしれない世界に向かって、再び意識を閉ざしていった。
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(ん……?)
そして、目が覚めると。
「「最悪、間違えちゃったよー…」」
俺を真上から見降ろしながら、瑞樹が困った顔で呟いているのが見えた。
(俺は…どうなって……)
恐る恐る、自分の身体に視線を移す。…自分の身体は真っ白で、プラスチックのような材質になっていた。平たい棒のような形状で、足先はお椀のような形になっている。
明らかにそれは、瑞樹の弁当箱に入っていたスプーンだった。
---続く---