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今の会社に入って、10年ほどが経ち。俺は社内でも中堅クラスのポジションとなり、何人かの部下を纏めながらバリバリ仕事をこなしていた。
社内でも結構出世は早い方だと思う。5年前に携わったプロジェクトが成功し、大きな評価を貰った。役職が上がって責任が増え、部下の管理も大変にはなってきたが、充実した社会人生活ではあると思う。
「小山、あの資料作りやっといてくれた?」
「あっ…まだ終わってないです」
「まだって…昨日までに終わらせといてって言ったよね?」
「す、すみませんっ!」
今話していたのは、今年新卒で入った女性社員の小山香織。どうにもどんくさく、俺が頼んだことを忘れていたり、書類記入のミスをしたり、その度に俺に日々叱責されている。ちょっと顔が良いのか何だか知らないが、仕事が出来なければ意味がない。全く、最近の若者は仕事に対する意識がたるんでいる。
(あの調子だと、そのうち特別降格もあるんじゃないか…?)
この会社は厳しめの実力主義であり、一度昇格した人間でも大きなミスをすれば降格の可能性も普通にあり得る。その降格に関する制度の中でも、一番厳しい処置が"特別降格"というものだ。
特別降格を言い渡された社員は、その部署で最も立場が下の社員のさらに下の立場まで降格となる。さらにそれだけでなく、1年の間、縮小スプレーによって身体を縮めた状態で働かなければいけないのだ。これは、「能力のない者にデスクなどのスペースを与えるのはムダ」という考えからきた制度であり、縮小した社員は新しい上司のデスクの上で、小さい身体で何とか出来る雑用を与えられ続けるらしい。
(…まあ、俺には関係のない話だけど)
入社以来一度も目立ったミスのない俺には、縁のない制度だ。しかし、新入社員の小山はどうだろう。あの感じじゃ、そのうち大きなポカをやらかすんじゃ…。そんな予感がしていた。
それならそれで、こっちの負担が減るから良いけど。
そんなことを考えながら、俺は今日の外回りに出るのだった。
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「なんでこの申請が通ってないんだっ!早めに終わらせとけって言っただろっ!」
「す、すみませんっ…!」
「すみませんで済むことじゃないだろっ!…ちっ…早くやれっ!!」
「は、はいっ…!」
あくる日、また俺は小山に怒鳴っていた。どうしてこう、細かなミスを毎回起こすんだ。こっちのフォローも大変なのに。
「今日中に終わってなかったら、覚えとけよ」
「あ…きょ、今日は午後に会議がずっと入ってて…」
「そんなもん知るかっ!いくらでも残業して終わらせろっ!!」
(ちっ…いっそデカいミスをして特別降格になればいいのに)
イライラして髪をかきながら、俺は自分のデスクに向かって作業を始める。全く、部下の管理に気を取られて自分の作業が進みやしない。俺にしか出来ない仕事があるんだよ…全く。
「………ん?」
せわしなくマウスを動かしながらメールのチェックをしていると、とある請求書が添付されたメールが目に入ってきた。
「なんだこの金額……。…っ!?」
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「とんでもないミスをしてくれたなっ!!」
「も、申し訳ございません!!」
1時間後。俺は部長のデスクの前で、腰を90度に折り曲げて必死で謝っていた。
「誤発注でこの金額の損害だとは…どうしてくれるんだっ!!」
「すみませんっ…不注意で…!」
1週間前に俺が発注した内容は、注文数の桁が2つも間違っていた。その結果とんでもない金額の請求書が届き、しかも取り消しは効かないと先方に言われてしまった。
(くそっ…あいつのフォローで忙しかったせいだ…!)
入社以来ほとんどミスのなかった俺は、重大なミスを自分が犯したという事実を認められず、部下の小山に心の中で八つ当たりをしていた。しかし、俺がとんでもない損害を会社に与えたことには変わりない。
「君の処遇は上とじっくり話して決めさせてもらうからなっ!」
「すみませんっ、部長!!」
激怒したままスタスタ歩いて行ってしまった部長を追いかけることもできず、俺は腰を折り曲げたまま、ギリギリと歯を噛みしめていた。
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そして、次の日。
「君を、特別降格させることに決定した」
「………は?」
再び部長のデスクの前に呼び出された俺は、言い渡された内容の意味が分からず、頭が真っ白になった。
「君が前に携わったプロジェクトの成功は知っている。だが、今回君が会社に与えた損害はそれをも打ち消すほどのものだった。よって、一番厳しい降格処分を下すことに決定した」
「なっ…いや、ちょっと待ってください部長!確かに、大きなミスでしたが…一度のミスでそこまで…!!」
「そういう問題じゃないんだよ。今回は、あまりに不注意だったね」
「そんなっ…これまでずっと会社に貢献してきたじゃないですかっ!!」
「これは会社としての決定なんだ。もう覆らないよ」
そう言いながら、部長は俺に一枚の紙を手渡した。
「そこには、特別降格となった社員が取るべきアクションが書かれている。その手順に従って"身体を縮め"、明日から働いてもらうよ。ちなみに…」
「……?」
「君の明日からの上司は、小山さんに決定した」
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なんで、こんなことになってしまったんだろう。
部長のデスクから自分のデスクに戻った俺は、頭を抱えて30分ほど突っ伏していた。つい昨日まで、バリバリ会社に貢献する優秀な社員だったはずなのに。一度の不注意で、一度のミスで、一気に会社の最底辺まで転落した。
しかも。
(明日からの俺の上司が、小山…だと…?)
とんでもない屈辱に唇を噛みしめる。確かに、今の部署で一番立場が低いのは、入社したばかりの小山だ。特別降格の制度としては、俺は小山の下に着くことになるのだ。
(なんで……俺は小山の細かいミスをいつもフォローして…あいつに迷惑をかけられてきたっていうのにっ…!)
あまりにも受け入れがたい現実。つい昨日まで怒鳴っていた部下が上司になるなんて、そんなことがあるだろうか。
…周りのデスクの社員は、俺の方をチラチラ見ながらも目が合いそうになるとすぐ視線を逸らす。一瞬で、腫れ物扱いだった。
(特別降格となったときのアクションって……)
俺は最悪の気分で、先ほど上司に貰った紙を見直す。そこには、身体を縮める方法、縮んだ身体でどう会社生活を送るか、というマニュアルが書かれていた。俺は今日の業務時間後に会社に残り、部の備品倉庫に置いてある縮小スプレーを自分にかけ、身体を5cm以下に縮めなければならない。そしてその身体で上司のデスクの上まで登り、縮小社員用の臨時布団で寝なければならない、とのことだった。
(社員寮も追い出される、のか……)
寮で生活していた俺はそこから追い出され、上司のデスクの上で寝泊まりしなければならないらしい。なんという制度なんだ。こんなこと…許されるのか…。
でも、1年。1年経てば、ひとまず身体を縮小させて仕事をする生活は終わるのだ。そうなったらまたバリバリ仕事をして、どんどん昇格していけばいい。そう思うしかない。
俺は必死でポジティブな気持ちを維持し、その日の仕事を何とか終えた。
そして会社から全ての社員が帰った深夜。俺は備品倉庫から縮小スプレーを出してきて、縮小の準備を始める。…縮小した後に小山のデスクの上で寝泊まりしなければならないので、今の身体でいるうちに小さな臨時布団や小さなデスクを小山のデスクの上に用意しておかなければならない。それらも同じく備品倉庫に置かれていたのを出してきて、一通り並べ終わった。
そして。俺は縮小する前に、小山のデスクの上に登り。
「……ふぅ…………」
息を吐いてから、
プシュゥゥゥゥ……!!
自分に向けてスプレーを吹きかけたのだった。
「うっ……」
眩暈、頭痛、吐き気。いろいろなものが身体を襲い、俺は思わずしゃがみ込んでしまう。自分の身体がどうなっているか分からず、視界も白く飛んでしまう。全身の違和感が消えるまで、俺はただただしゃがみ込んでいるしかなかった。
そして、数十秒ほど経った後。
「……?……う…わ………」
見たことのない巨大な世界が、そこには広がっていた。
(これが、デスクなのか…!?)
今俺が立っているのは、一人の人間が使う一つのデスク。その表面は運動場くらい広く、全力で走っても端から端まで数十秒はかかってしまうだろう。この広さを一人の人間が仕事スペースとして占領してしまうなんて、にわかには信じられない。
(ペン立ても、デカい……)
デスクの隅に置いてある、ピンク色のペン立て。一つの建造物のようにデカいペン立ての中に、大木のようなボールペンやシャーペンがそびえ立っている。こんなものを、普通の人間は片手で持って扱ってしまえるのだ。
その巨大さ、いや、今の自分の小ささに、ぞっとする。
(早く、寝よう……)
深夜の社内で一人でいては、どんどん不安になってくるだけだ。俺は小山のデスクの隅に敷いておいた縮小社員用の布団に入り込み、目を瞑った。
明日から、俺の会社生活はどうなってしまうのだろう。
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ズンッ…!!ズンッ…!!
「っっ!!!???」
激しい地震に見舞われたと思った俺は、驚いて布団から跳ね起きる。身体を突き上げるような強烈な揺れに本能で恐怖し、一瞬で目が覚める。
「な……んだ……?」
自分の足元に広がるグレーの大地を見て、ここかどこかを遅れて理解し始める。俺は、デスクの上で小さくなって寝ていたのだ。と、いうことは。この揺れは、他の社員が出社してきたからなのか…?
ズンッ!!ズンッ!!
「ひぃっ!!!」
デスクのすぐ横を、巨大な女性社員が猛烈な速さで横切っていく。ビルのように太くてデカい上半身が悠然と進むごとに、突き上げるような衝撃がデスク上に響き渡る。俺はあまりの揺れの激しさに立っていられず、這いつくばって女性社員の歩行に耐える。
「……う………」
昨日まで同じ大きさだった同僚たちが、怪獣のように大きい。あまりの大きさに、ただ横を歩かれただけでも本能的な恐怖を感じてしまう。これが、小さくなるということなのか。
ズンッ!!ズンッ!!
ガラガラッ!!
「ぎゃああっっ!!??」
去っていった巨大女性社員の方を見ていた俺は、突然目の前で鳴り響いた歩行音と衝撃に驚き、叫んで腰を抜かしてしまった。
「「あ、すみません…おはようございます」」
腰を抜かした俺に、上空から爆音で挨拶してきたのは。あまりにも巨大な、小山の上半身の姿だった。
(デカ……い……)
デスクの水平線上から伸びる、大きな大きな小山の上半身。おへそのあたりから頭のてっぺんまでの部位だけのはずなのに、デスクの空間をまるで支配しているかのような大きさで。俺がへたり込んでいる場所も含め、デスクの上が小山の上半身の影で覆われてしまう。小山が座っている側のデスクの端までは結構な距離があるはずなのに、遠いと感じることができないスケール感。実際、小山が大きな手を伸ばせば、俺のいるところまで簡単に届いてしまう距離なのだ。
「あ…お…おはよう……」
俺は言葉に詰まりながらも、何とか挨拶を返す。あまりの大きさに圧倒されながらも、つい昨日まで部下だった人間なのだ。ミスばかりして俺に迷惑をかけていた部下なのだ。例え体格差があろうが、俺の上司だろうが、ビビることはないはずだ。
デスクの支配者としてそびえ立つ小山の上半身に対し、俺は平静を装って声を投げかける。
「小山、一応今日から、お前は俺の上司だから…よろしく」
いくら俺の上司になったとはいえ、敬語を使うのもバカらしく。あくまで以前の関係性を踏まえた話し方を心がけた。
しかし、
「「あ、えっと…すみません、何か喋ってます?」」
小山は困った顔をしながら、こちらを見下ろしている。…急に顔が赤くなる。俺の小さな身体から発した声など、デカい小山の耳には聞こえてなかったようだった。
「「よっと」」
ガラガラッ…
ずいっ…!!!
「ひぃぃっ………!!」
小山は少しだけ椅子を後ろに引くと、デスクの奥側に座っている俺に向かって顔を近づけてきた。巨大な質量がものすごいスピードで自分に向かってくる光景があまりに恐ろしく、俺は思わず自分の身体を抑えて後ずさる。
「「何でした?」」
視界いっぱいに広がる小山の顔に、うろたえる。こんな間近で女性の顔を見たのは初めてかもしれない。顔のパーツ全てが俺の身体よりも大きく、巨大な瞳が瞬きする音や鼻息の空気音、小山が言葉を発する際に唇が離れたりくっついたりするときのリップ音。普通では聞くことのないような生物としての音が、異様なほどくっきりと聞こえてくる。ただの元部下の顔のはずなのに、近づけられるだけでこんなにもプレッシャーを感じるものなのか。そして、この至近距離でもそこそこ整って見える小山の顔が、腹立たしかった。仕事が出来ないくせに。くそっ…。
「「大丈夫ですか?」」
うろたえて何も言わない俺に、再び爆音で話しかける小山。俺は小山が喋る度、無意識に吹きかけられる息と鼓膜を破らんとする声量に耐えるため、耳と身体を手で守る体勢に入らされる。
小山は怪訝な顔をしたまま、その顔を俺から遠ざけていった。そのまま、元の座っていた体勢に戻る。
「「今日から私が上司とのことなので…よろしくお願いします」」
昨日まで上司だった人間が突然部下になったことに困惑している顔で、改めて小山は挨拶した。あくまで敬語を使う小山の態度に、少しだけほっとする。確かに、小山からすればいつも怒られていた上司が急に自分の部下になったのだ。しかも、数cmの人形サイズで。さぞかし接しづらいだろう。
「「………」」
カタカタッ…カタッ……
一方的に俺に挨拶を終えた小山は、自分のPCに向かって作業を始める。巨大な手がキーボードを打つ音すら大きすぎて怖い。元部下の仕事姿を下から見上げることになるなんて、変な光景だった。
…と、ここで気づく。この身体では、自分から何か仕事をすることも出来ない。広い小山のデスクの上にいる俺は、自力でデスクから降りることすら出来ないのだから。目の前の新しい上司に補助してもらうか、何か仕事を貰うか。いずれにせよ、俺は小山に助けを仰がないと何もできない人間に成り下がっていた。
「…あの、小山……」
「「………」」
カタカタッ…カタッ……
俺の声は、小山のタイピングの音に容易にかき消されてしまう。
「あのっ!!」
「「……ん、何か呼びましたか?」」
俺の全力の叫びすら、小山の耳には微かな音にしか聞こえなかったらしい。
「何か、仕事をくれると助かるんだが…」
この女に仕事をくれと頼むなど屈辱的にも程がある。しかし、今の状況でそうはいっていられない。俺は最後のプライドで、やはり敬語は使わずに砕けた口調で、小山に頼み込む。
「「あー…そうですよね…」」
小山は困ったような顔でこちらを見ている。くそ…そんな表情でこっちを見やがって。まるで、仕事が出来ない人間に振る仕事を無理やり考えているような、そんな顔。
「「じゃあ、そこのボールペンをこっちに運んできてくれますか?」」
と、小山がデスクの端に転がっていたボールペンを指差す。ちょうど、俺の真後ろだ。…こんなもの自分で手を伸ばして取れるじゃないか、と言いかけ、小さい自分に振る仕事がこれくらいしかなかったのだという事実に気づき、唇を噛みしめる。
(なんでこんな、雑用を…)
俺は悔しさを感じつつも、巨大なボールペンの方へ向かっていく。デカいとはいえ、一人の人間が片手で使うだけのボールペンだ。すぐに運べるだろう。そう思い、丸太のようなボールペンの下側に手を入れ、力を入れて持ち上げようとする。
「ぐっ……!!…おもっ…!?」
予想していた重量を遥かに超えた手ごたえを感じ、俺は腰を痛めそうになった。8割程度の力ではびくともせず、超重量級のボールペンはそこに鎮座したままだった。
「うそだろ……」
自分が矮小な存在となったことを、本気で理解する。小山が片手で軽々と持てるはずのボールペンを、俺は両手で踏ん張っても持ち上げることができない。いくら小さくなったといえ、ここまで残酷な力の差が出るだろうか。
俺はボールペンを持ち上げることを諦め、ボールペンの端っこを掴んで必死で引っ張ろうとする。
「ぐぐぐっ……ぐぬっ……!!」
血管が切れるほど力を入れて踏ん張り、ようやくずり、ずり、とボールペンが少しづつ動き始める。俺は既に汗だくになりながら、巨大な丸太ボールペンを必死で引っ張っていく。これなら、多少時間はかかるかもしれないが、運べそうだ。
「「何やってるんですか?」」
「え……」
と、突然小山の声が上から降ってくる。そちらを見上げると、小山がまた困ったような顔でこちらを見下ろしている。
「「遅いんですけど…」」
「っ…!…く…そ……」
呆れたような小山の顔に、俺のプライドは大きく傷つけられる。ボールペン一つ運ぶことすら、満足に出来ない部下。俺は、小山にそう思われているのか。
「「使いますね」」
ずいっっ!!
「うわぁっ!??」
俺が必死で引っ張ってきたボールペンに、肌色の巨大な手のひらが覆いかぶさる。そのままむにぃ…と手の肉をボールペンに包み込ませながら、一瞬にして丸太のようなボールペンを上空へ連れ去っていく。
「「………」」
カリカリッ……
平然とボールペンを片手で持ち、何らかの書類を書き込んでいる小山。俺はただ、巨大なオブジェクトを軽々と扱う小山の力の強さに呆然とし、遅れて恐怖を感じていた。
生物としての、絶対的な力の差。今までの立場とか、仕事ができるできないとか、それ以前の問題。…今の俺は、小山に生物として圧倒的に負けているのだ。
「「…あの」」
「…え、あっ、はいっ!」
呆然としていたところに突然話しかけられ、思わず敬語で返事してしまう。気づいてから恥ずかしくなるが、小山は特に気にしてもいない様子で、
「「指のマッサージとか、お願いできます?」」
「……え?」
小山は右手でマウスを使ってPCを操作しながら、空いた左手を仰向けにして、
ズンッ!!!
「ひぃっ……」
俺の目の前に着地させたのだ。
「「力を入れるだけなので、多分出来ると思います」」
「っ……!」
その言い方。数cmの俺ができる仕事が無いか探した結果が、かろうじて手のマッサージだというのか。…こんなの、雑用ですらない。俺は小山の召し使いか何かなのか。
「いや、そんなの…」
「「では、お願いしますね」」
俺の口答えなど小山の耳には届いていないようで、小山は左手を俺の目の前に投げ出したまま、PCに向かって作業し始める。俺のことなど眼中に無く、自分の仕事に集中しているのが丸わかりだった。なんて屈辱なのだろうか。
「………」
ワンルームの部屋のように広い左手から、むんむんと熱気が漂ってくる。小山の巨大な手は軽く熱を帯びており、しかしそれは小さい俺にとっては強烈な熱気となる。元部下の手のひらの匂いがあたりに充満し、何もされていないのに手で握られているような感覚に陥ってくる。何もしていない小山の手の存在感はあまりに大きかった。
「「?早くしてください」」
小山がちらと横目でこちらを見下ろしながら、表情を変えずに言う。なんでこんなことを、こんなやつに…。しかし、小山に与えられた仕事以外に何もできないのが、今の俺の社会人としての価値だった。
覚悟を決めて、巨大な人差し指の先端に立つ。俺の胴周りよりも大きな人差し指の太さに唾を飲み込む。…こんな太さの指に押さえつけられたら、それだけで一切動けなくなってしまうだろう。
ぎゅうぅ……
柔らかな人差し指の先端に抱き着くように、全身で力を入れて押し込んでいく。むにゅぅ…と人差し指の腹が僅かに沈み込み、しかしそれ以上は反発されて押し込めない。大学を卒業したばかりの女性の指の弾力に、勝てていない。小山のむわっとした手のひらの匂いに支配されながら、悪く言えば奴隷のように指にしがみつき、必死でマッサージをする俺。客観視すればするほど、惨めなことこの上なかった。
それでも、俺は全身を必死で動かしながら、巨大な人差し指に力を加えていく。半ばやけくそ気味に、思い切り力を入れて。むしろ少しくらい痛がらせてやろう、くらいの気持ちだった。
「「…あの、もっと強めでいいですよ」」
そんな俺に、小山は残酷な台詞を投げかけるのだった。
(…これで……もっと強めって……)
全身から汗が噴き出るほど全力で指を押したのに、涼しい顔で「もっと強めでいい」と言われてしまった。男としての力強さを全否定され、恥ずかしくて、悔しくて。
「このっ…くっ……!!」
小山の人差し指と中指の股の部分にしがみつき、ふにふにと柔らかい肌に何度もこぶしを叩きつけ、全体重を乗せて押し込み、何とか刺激を与えようとする。この巨人に痛いと言わせたくて、自分の力の弱さを認めたくなくて、必死でマッサージを行う。それが結果として、元部下の手にへばりついて全力でご奉仕する惨めな元上司に見えていることには気づかなかった。
「「………」」
カタカタッ……
どれだけマッサージしても、小山は無言でPCに向かって作業を続けるだけ。俺の奉仕は巨大な手の分厚い肌に力を吸収され、ほとんど気づかれてもいない。上を見上げれば、平然と仕事を続ける小山の顔が見える。こいつの手にも及ばない俺は、本当に価値のない人間に成り下がっていた。
「くっ……ぐぅっ…!」
それでも諦めきれずマッサージを続ける俺は、
「「…えっと、ちょっと休んでていいですよ」」
遠慮がちに、情けの言葉をかけられるのだった。
「っ……は…い……」
何も仕事できていない自覚があるため、何も言い返せなかった。無能になった元上司に対する小山の絡みづらそうな表情が、俺の自尊心を激しく傷つけていく。
「「………」」
カタカタッ…
(………)
それだけではない。巨大建造物のようにそびえ立つ小山の上半身から、ほのかに香水の良い匂いと汗のむわっとした匂いが漂ってくる。デスクの上は小山の匂いと体温で空気が蒸され切っており、それに包まれる俺は小山に管理されているという被支配感を常に感じさせられていた。
(デカすぎだろ……)
そしてこの小ささで見上げる小山の、白いシャツに包まれた胸の膨らみ。その大きさ自体は変わっていないはずなのに、途方もなく巨大に見える。何せ、片方の胸だけで俺の全身を覆って潰せてしまうほどなのだ。あんな大きさの胸が、一人の女の子のものとは思えない。
「「ふぅー……」」
ぶわあっ…♡
「ぐっ……」
小山が何気なく漏らしたため息が、思い切り俺の頭上から降りかかってくる。生暖かい息で髪がぼさぼさに乱され、元後輩の唾液交じりの匂いを強制的に嗅がされる。しかしそんな状況に小山が気づくはずもなく、俺は黙って髪を直すしかない。
その一方的な蹂躙への悔しさだけではない。大学を卒業したばかりの女の子の身体にここまで近づくことはそうそうない。甘く爽やかな香りに包まれて、何か別の感情も芽生えてくる。…こんな仕事ができない女に、そんなことを思いたくもないのに。この巨体が、頭上に鎮座する胸が、本人の意図しない所で性的な主張をこれでもかと押し出してくるのだ。
小山の方を見ないようにしながら、しかし意識せざるを得ない距離感で、悶々とし続け。
「「では、外回りに行きますね」」
「……へ?」
突然かけられた言葉に、ハッと気づいた。
「「…失礼します」」
ぐわっ!!
「ひっ…!!やめっ…!!」
こちらの心の準備が整っていないまま、襲い来る巨人の手のひら。
ぐっ……
「げほっ…!!」
ぶっとくてたくましい親指と人差し指が、想像以上に強い力で俺の腰を挟み込んだ。
「まっ、まってっ…!!」
俺の意思とは関係なく、軽々と上空へ持ち上げられていく。一瞬にしてデスクの床が十数メートル下まで遠ざかり、その高度に自然と身体が震えだす。俺の腰を挟み込む小山の指は強靭ながらも信頼に値せず、小山が少し指を滑らせたり戯れに力を抜けば、俺はデスクに叩きつけられて無事では済まないだろう。
「「…一緒に行かなければいけないらしいので。私の方で持ち運びますね」」
人形のように摘ままれたまま、やはり遠慮がちに言われる。気乗りしていないのが丸わかりだ。小さくなった元上司を外に連れて行かなければならないのだから。
そのまま、俺は小山の胸元まで連れてこられ。俺の真下で、小山のもう一方の手が、白シャツの胸ポケットの入り口を摘まんで開け放った。
「え……」
「「入れますね」」
むぎゅぅぅ…♡
「んぐぅっ…!?!?」
胸ポケットの空間に押し込まれた俺は、暴力的に張り出した巨大おっぱいの表面にぎゅうぅぅ…♡と圧迫されながら、ポケットの最下層まで到達したのだった。
ぎゅっ…♡ゆさっ…♡
「はあっ、はあっ…!」
自分のスケールを遥かに超える柔らかな肉の塊が、延々と圧力を加えてくる。俺の身体はおっぱいの肉に軽く沈み込み、胸ポケットの布で強力に固定されている。おっぱいは常に俺を押し返そうと張り出しており、そんな強烈な、甘美な刺激が全身に駆け巡っていく。
「「では、出発しますね」」
何でも無さそうな口調の台詞が外の世界から鳴り響き。
ズンッ…!!ズンッ…!!
だぷんっ♡!!どぷんっ♡!!
「ああああっっっ!!??」
地獄の外回りが、始まったのだった。
---続く---