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「最近、小人の数が減少しており、輸入も追いついておらず…」
(…小人不足なのか)
会社から帰る電車の中。ディスプレイに流れるニュースを見て、ぼーっとしながらそう思う。
小人。生まれながらにして2cmほどの体格を持つ、人間とそっくりな生き物。人間と同じように意識を持ち、会話もしようと思えば出来る存在。…2cmの生き物とまともに会話しようとする人間はいないのだが。
そんな小人は、今や社会にとって欠かせない存在だった。それは生き物としてではなくて、"労働力"や"モノ"として。
小人の人権は法律で認められていないので、どれだけ働かせようが、どんな扱いをしようが、何も咎められることはない。よくある使い方は、掃除用小人。例えば飲食店が小人を大量に購入して、適当に躾けてから床にばらまいておけば、後は勝手に掃除してくれる。小人の購入費用はかなり安く、人間を一人雇うよりも断然お得なのだ。
小人の使い方はかなり多種多様になってきていて、今では観賞用や食用、ストレス発散用、また学校の備品として使われることもあるらしい。…この電車の床にも、実は小人たちが蒔かれている。今ドアの付近にいる女子高生のローファーの傍に、数センチほどの生き物が動いているのが見える。あれが、小人だ。
巨大なローファーに怯えながらも、床の埃を何とか掃除しているのが見える。…ただの女子高生に踏みつぶされる恐怖を感じながら日々の労働をしなければいけないなんて、あまりに不幸だ。だが、小人に生まれるということはそういう運命なのだ。
…そんな小人が、今不足しているという。上手く繁殖出来ていないらしい。
(…それはいいんだけど)
今自分が気になっているのは、「国は人間を小人にすることで小人不足を補おうとしている」という陰謀論だった。小人がいないなら、普通の人間に縮小薬を飲ませて小人にしてしまえばいい。そんな暴挙を国が行っているとはさすがに信じてはいないが、しかし最近、妙な行方不明事件が多発しているのも確かだった。
(…しかし、今日も疲れたな)
電車を降りた俺は、小人不足のニュースもすっかり忘れて、ふと少し暗い抜け道を珍しく通った。疲れていたのでショートカットしたかったのだ。
「………」スタ、スタ、……
夜道に響く、自分の足音。普段使わない道ということもあり、少しだけ薄気味悪い。何となく、カバンからイヤホンを取り出して耳に装着する。自分のお気に入りの曲を流し、この変な怖さをかき消そうとした。
それが、良くなかったのかもしれない。
「……っっ!?」
ふと、顔を上げた瞬間。
「……」「……」「……」
黒服に身を包んだ5人ほどの人間に、前後を囲まれていた。イヤホンをしていたから、全く気が付かなかった。…明らかに普通でない状況。
カツアゲか?いや、それにしては、服装があまりに不気味すぎる。
「……捕えろ」
「…っ、や、やめろっ!!」
黒服の人間たちが、無言で俺を羽交い絞めにする。複数人で取り押さえられ、一切抵抗することが出来ない。何も恨みを買うような覚えは無い。心当たりが全く無いのが、逆に恐ろしかった。この黒服たちは、俺に何をしようとしているのか。
「むごっ!!!んぐっ!!!」
俺は無理やり口を開けさせられ、その瞬間に小さな錠剤のようなものを突っ込まれる。直後、ペットボトルの水を強制的に喉に流し込まれ、錠剤ごと飲み込まざるを得なくなる。
「げほっ!!げほっ!!」
いきなり怪しい錠剤をのみ込まされ、激しくせき込む。その直後、
(……………???)
一気に、意識が遠のいていく。明らかに自然ではない意識の遠のき方に、俺は恐ろしいことに巻き込まれてしまったのではないか、と気づき始める。
少しづつ、視界が暗くなっていく。世界がぐるぐる回る。
そんな中、あることに気づいた。
(…周りが……大きく………)
自分が踏みしめていた地面が、周りの建物が、どんどん広がっていくような奇妙な感覚。感じたことのない感覚だったが、しかし、偶然見たばかりのニュースの内容を思い出し、
(……俺……縮められて………)
小人不足。人間を小人に。陰謀論。
そんな単語が脳に駆け巡る。が、時すでに遅く。
俺はそのまま、意識を失った。
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ガヤガヤガヤ………
(……………?)
…あれ。俺、……寝ていたのか?
意識が覚醒した感覚に、疑問を覚える。確か、俺は会社から帰っていて、それで。…家までたどり着いた記憶がない。酒を飲んでいたわけでもないし…。
ドンッ!!ドンッ!!
「ひっ!!??」
突然、激しい振動に襲われる。大きな地震が来た、と瞬時に思った俺は、仰向けで寝ていた状態からすぐに跳ね起きる。…しかし、その振動は早めに遠ざかっていった。すぐに振動のない世界が訪れる。
「……ここは…」
跳ね起きたことで、自分が今いる空間をはっきりと認識する。…明らかに奇妙な空間にいることは、すぐに分かった。6畳半くらいの狭い空間だが、床も壁も、木の板で出来ている。上を見上げれば天井も同じく木の板で出来ているが、天井の端っこからは外からの光が漏れて差し込んできているのが見える。
どう考えても、普通の家の部屋とは思えない。全てが木の板で出来た空間なんて、見たことが無い。
「………」
…あの黒服たちに閉じ込められた。そう考えるしかなかった。意識を失う直前に怪しい黒服の集団に羽交い絞めにされたことを思いだす。…その後、…あれ、俺は何で意識を失ったんだっけ……。
ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!!
「ひゃあっっ!!!??」
先程よりも強烈な地響きが、俺の思考を強制的に遮断する。異常なまでの地響きは、どんな大地震よりも激しく、鋭く感じた。何か自然のものではないような、規則的な地響きがこの木の板の空間を襲い続ける。
ドンッ!!………
ひときわ激しい地響きが鳴ったと思ったら、すぐに静寂が訪れる。
そして、
ギイッ…!!!
「え……」
部屋の天井から大きな軋む音がしたと思うと、次の瞬間には天井の板が横に向かってズレていく。みるみる外からの光が差し込んできて、まばゆすぎる光に思わず目を瞑ってしまう。しかしすぐに、その光が何か大きな物体に遮られるのを感じた。…恐る恐る、目を開けてみる。
「「あー、すっきりした~」」
「うわあっっ!!????」
夢を見ているのかと思った。天井の板がずらされて現れたのは、肌色の巨大な物体。天井の面いっぱいにあらわれたそれは、何か細い複数のもので出来ていて。自分の身体よりも遥かに大きいその物体が、驚くことにぐにゃぐにゃと蠢いているのだ。
ずいっ……!!
「え……あ………」
そんな肌色の物体が、こちらに向かって近づいてくる。大きく開かれたそれは2枚分上空に掲げられ、それが俺に影を落としながら落下してくるのだ。
それが人の手の形をしていることに、ようやく気付いた。
「助けてっっ!!!やめ「「ぐにっ…ぐにっ……♪」」
世界が一瞬にして圧縮される。掲げられた巨大な手のひらは、そのまま俺の全身に容赦なくのしかかってきた。天井が落下してくるような衝撃を受けた俺は、抵抗できないまま木の床に組み伏せられる。…そして再び仰向けになった俺の身体に、巨大すぎる手のひらの表面がぐにっ…ぐにっ…!と押し付けられるのだ。
「ひぎっ…!!げほっ…!!がっ…!!」
視界全てを埋め尽くす手のひらに、何度も何度も内臓を圧し潰される。圧倒的な力が加えられる度に、意図せずとも惨めなうめき声を上げさせられる。必死で身体を動かそうとしても、むにぃ……と手のひらの柔らかな肉がずっしりとのしかかり、手足の一本も動かせない。
さらに、
ぐにっ…ごりごりっ……♪
「ごぼあっ……!!!」
俺の全身を捕えた手のひらが、そのまま横方向にスライドする。その動きに合わせて俺の身体はごろごろと横転し、その横転した身体に向かって丹念に手のひらが押し付けられる。
ごりごりっ…ぐにっ…ごりごりごりっ……
「っっっっ……んぐっ…!!!」
激しい痛みに声を出そうと思っても、コンマ何秒の感覚で手のひらの肉に顔ごと塞がれてそれも叶わない。右へ数メートル、左に数メートル。何度も何度も全身を容易に転がされながら、何度も何度も手のひらの色々な部分に強制的にキスさせられる。
その怪物のような手の動きは、手のひらの色んな部位をこちらに押し付けているようで。そしてようやく気付いたことに、巨大な手の表面は水でしっとりと濡れていた。てのひら全体もひんやりとしていて、大量に付着した水滴が全て俺の身体に押し込まれる。
ぎゅっ……ぐにっ、ぐにっ……!!
「やめっ……!!ぐふっ……!!」
裸にされていた俺の身体は水滴でびしょびしょになり。そんな俺に、指の間の固い部分や親指の付け根の柔らかい部分、小指の先まで丹念に擦り付けられる。手のひらに纏っていたあらゆる水分が、こちらに擦り込まれていく。
「「ふー……」」
突然、女の子のような巨大な声が上の方から響いたかと思うと。俺を襲っていた巨大な手のひらは、おもむろに上空へと上がっていった。そして、
「「乾いた?」」
「「うん、教室もどろ~」」
ズンッ!!ズンッ!!
再び強烈な振動が部屋の中を襲い、散々蹂躙されて放心状態の俺に追撃するかのように恐怖を与えるのだった。
びしょ濡れのまま、仰向けのまま、しばし放心する。
(俺…ほんとうに縮められて……)
自分の大きさが普通でないことには、さすがに気づいていた。今俺を襲ってきた巨大な手のひら。あれは巨人ではなく、恐らく普通サイズの人間の手だ。小さいのは、俺の方。…意識を失う前にされたことを、今さら思い出した。あの時飲まされたのが、縮小薬だったのだ。
(ここは、いったい……)
だとすれば、俺はどこに閉じ込められているのか。何故、巨大な濡れた手のひらにもみくちゃにされなければいけないのか。…訳が分からなくて、取り乱しそうになる。
「………?」
ふと、周りを見渡すと。部屋の壁の一面に、何か紙のようなものが貼りつけてあるのを見つけた。近づいて、紙に書かれている文字を読む。
「"手拭き用小人 業務マニュアル"……」
小人、という字を目の当たりにして、ゾッとした。本当に自分が縮められたのだという恐怖と、そして…。
「"この業務に割り当てられた小人は、蓋が開いたら仰向けになって下さい。生徒に手を拭かれている際は、なるべく無抵抗でいること"……」
ガタガタッ!!!
「っっっ!!!」
紙の内容を読んでいた所で、再び天井が大きな音と共に外されていく。そして、
「「よいしょっと」」
「ひっ……いや………」
怪物のような大きさの手のひらが、再び掲げられたのだった。
…よく見れば。その手はピンク色のカーディガンらしき袖から伸びており、人の手であることがよく分かる。それも、高校生らしき制服を着た女子学生の。あきらかにその造形は"萌え袖"というやつで、白くて丸みを帯びた可愛らしいはずの手が、そこから伸びているのだ。…ただ、その大きさだけが異常だった。
女子高生の小さな手が俺の全身よりもはるかに大きいというこの状況が、脳の認識をおかしくさせる。
ぐにぃぃ……♡
「ぎゃあああああっっっ!!!」
そんな可愛らしい怪獣の手が、俺の身体を手中に収めて容赦なく握りしめる。先ほどの圧し潰しの倍ほど強い力で、四方八方から万力のような手の締め付けが襲い掛かる。俺の世界は女子高生の手の中で完全に閉じ、手のひらの甘い匂いとわずかな手汗の酸っぱい匂いが充満する。
ぐにっ、ぐにっ、ぐにっ……
「ぐえっ!!げぇっ!!がっ!!」
名も顔も知らない巨大な女子高生が、濡れた手のひらで俺の身体を掴み、水滴を全て俺に押し付けようとする。身体のどこを圧迫されているのか分からないほど、顔から足先まで全ての部位を満遍なく圧迫され続ける。
…そんな責め苦の中、うっすらと気づき始める。これは、"小人備品"だ。小人の使い方として有名なもので、全国の学校に小人が配られて色々な用途の備品として使われていくのだ。
今の俺は…先ほどの紙の言葉だと、"手拭き用小人"。恐らく女子トイレに入って手を洗った女子たちが、ハンカチ代わりに俺の身体で水分を拭き取っているのだ。…小人の身体で手を拭くのは乾燥を防げて肌に良いのだと、ニュースでやっているのを見たことがある。特に女子校に導入されがちな小人備品とのことだった。
ぎゅうぅぅぅ…♡
「ああああああああっっっ!!???」
まるで俺を意図的に虐めるかのように、手のひらがぎゅうぅぅ…♡と激しく握りこまれる。限界まで握りこまれた手のひらの隙間で圧縮された小人は、その絶叫ごと絞り尽くされる。終いには声も出なくなり、ただの女子高生の手の中でぴくぴくと瀕死の魚のように動けなくなる。
ふっ……ぽとっ……
そんな俺を、おもむろに開けられた手のひらが産み落とす。わずかな水滴まで徹底的に小人の身体に押し付けたその手のひらは、満足したように上空へと上がっていく。俺はぐちゃぐちゃに丸め込まれたティッシュのように、全身丸まった状態で床に転がったまま動けない。
ズンッ!!ズンッ!!ズンッ!!……
手を拭き終わった今の女子高生が、地響きだけをこの部屋に残していく。俺を無意識に痛めつけた女子高生の顔すら拝むことが出来ない。
完全に、モノ扱いだった。
「………」
現実感のない状況に、脳が追い付かない。俺は小人備品の補充として、本当に秘密裏に小人にされて攫われてしまったのか。人形のような小ささに縮小されて、数ある備品の中の一人として組み込まれて。
もう、誰にも気づいてもらえないのではないか。
「い、いやだ……」
状況を脳が理解するほど、絶望感が襲ってくる。こんな状況で、何をすることもできない。この箱の外に脱出しようとしても、箱の中には道具も何もない。4,5メートルはあろうかという壁を登れるはずもない。いや、登れたとしても、外の世界を闊歩するのは巨大な女子高生たち。手のひらだけであのサイズだったのだから、全身はもう途方もないサイズだろう。想像すら出来ない程の女子高生の巨体が闊歩する世界に出てしまったら、生き残れる気がしない。
小人を誤って踏み潰してしまうことを、この世の人間は何とも思っていないのだから。
ガタガタッ!!
そんな絶望感に浸っていると、また天井の壁が空き始める。
「「手冷た~」」
俺は呆然としたまま、びしょ濡れの巨大な手のひらが覆いかぶさってくる光景を見上げるしかなかった。
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一日中、女子高生たちのひんやり濡れた巨大な手のひらに圧し潰され、揉まれ、擦り付けられ。
精神も身体もズタボロになった俺は、放課後に学級委員の子の手によって、木の箱ごと職員室まで連れていかれた。
「なんだ…これ……」
職員室に連れていかれ、箱の中から摘まみだされた俺は。大量の小人がひしめく、体育館のような広さのパレットのような所に落とされたのだった。
…ざっと見て、数百人はいるだろうか。これが、学校の備品用に集められた人権のない小人たち。小人たちは皆何もしゃべらず、パレットの床に座ってぼーっとしている。それは別におかしな光景ではない。小人と言うのは言葉を持たないのだ。何もしゃべらず、何も抵抗せず、巨大な人間たちに使われるだけの存在。
…それをおかしいと思っているのは、この空間の中で俺だけだった。
(他に…人間はいないのか…?)
自分と同じく、強制的に縮められた人間がいないのか必死で探してみる。しかし、いくら広いパレットの中を歩き回ってみても、言葉を持つ小人には出会えなかった。…そのうち、明日の備品業務に向けて皆眠ってしまった。
(……こんなの……どうすれば……)
人間だったころの尊厳を奪われ、小人たちの中に放り込まれてしまった。言葉を分かってもらえる仲間もいない状態で、これからどうすればいいのか。
もう、備品用小人として生きるしかないのか。
(…考えるな……そのうち、逃げれるはずだ……)
そんな絶望的な憶測を脳からかき消し、俺は必死で眠りに付こうとするのだった。
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次の日の俺の仕事は、窓拭きだった。
「「あなたたちは、2-Bの教室の窓を拭いてください」」
朝早くに職員室に来た学級委員の女子高生は、そう言いながらパレットの中の20人ほどの小人を小さな箱に詰めていく。俺は女子高生の巨大な指にぎゅぅっ…と摘ままれ、為す術もなく箱に詰められて運ばれていった。
…そして。
(なんだ…これ……)
自分が置かれている状況が、すぐには飲み込めない。
分かりやすく言うと、ビルの窓掃除をしている人のような状態、だろうか。
(怖い……落ちるっ……)
教室の窓の上側のサッシから吊るされた糸で支えられた、小さな小さなゴンドラ。そこに俺は立たされ、先っぽに雑巾が付いた掃除用の長い棒を持たされたのだ。…小人用のゴンドラはやけに高性能で、リモコンによって上下左右に動くようになっている。このリモコンで自由に動き、この途方もなく広い窓の表面を拭け、と言うのだ。
ズンッ!!ズンッ!!
「「あははっ」」
「「それでさ~」」
ビリビリビリッ…!!
(っっ………)
窓のすぐそばを、昼休み中の女子高生たちが無遠慮に歩いていく。その歩行だけで、ゴンドラが命の危険を感じるほど揺れに揺れる。無意識な女子たちの上履きが床に着地するだけで、体感数メートルもゴンドラが左右に揺れ動かされるのだ。あまりに生きた心地がせず、ゴンドラの淵にしがみつきながら小さく震えるしかない。
(早く終わらないと…)
学級委員の子が言うのは、一枚の窓全体を拭き終わったら、今日の仕事は終了だという。…逆に言うと、この窓を拭き終わらなければ一日中怪物のような女子高生の歩行に晒されるということだ。
キュッ…キュッ……
俺はゴンドラを動かしながら、一心不乱に雑巾で窓を拭いていく。高層ビルの全ての窓を一人で拭け、と言われているレベルのスケール感だが、小人である俺たちに選択肢はない。仕事を終わらせる以外に、この危険な状況から脱する方法は無いのだ。
ドンッ!!ドンッ!!
「「5時間目なんだっけ?」」
「「化学じゃない?」」
「「もー疲れた~」」
(………)
…それにしても。なんという、女子高生たちの異常な巨大さ。
今のゴンドラの高さは、ちょうど教室にいる女子高生の腰くらいの高さで。…教室の床からの高さで言うと既にかなりの高層階にいる感覚なのだが、その倍近く、女子高生たちの身長は大きい。首が痛くなるほど見上げて、ようやくそのうら若き表情が伺えるほどなのだ。
ズンッ…!!ずりっ……
そうでもしなければ。俺に届いてくるのは、腹まで響く強烈な歩行の衝撃と、紺色のスカートの裾やシャツの裾同士が擦れる、衣服の音くらい。それらは女子たちが意識せずとも奏でる音で、本人たちの耳にはほとんど届いていない。そんな無意識の音が、矮小な俺には爆音となって四方八方から押し寄せてくる。教室中の女子高生の生活音が、じわじわと小人の俺にプレッシャーを与えてくるのだ。
…あのスカート、あの白シャツ、あの太もも、どれをとっても、畏怖の念を感じるほど大きくて。つい2日ほど前まで、俺より歳も身長も低かった幼い女子高生のものとは思えない。
そんなことを思いながらも、あくせく窓を拭いていた俺は。
「「ん………」」
「……っ……!!」
いつの間にか近づいていた、女子高生の巨大な顔の存在に気づいていなかった。
「「お疲れ様でーす」」
「え……あ……は……」
巨大すぎる顔の接近に、言葉を失う。10メートルくらいは離れている気がするが、視界を埋め尽くすほどの巨大な女子の顔。茶髪のセミロングにぱっちりとした目、そして少し口角が上がってにやついた唇。…一般的に見れば可愛らしい方の顔立ちかもしれないが、今の体格差で目の当たりにするその顔は、一言でいえば恐怖そのものだった。
大きな肉食動物に睨まれた草食動物が感じる、本能的な恐怖。
「「何してるのー?」」
「「小人の人が窓拭いてるなーって」」
「「いつもじゃん(笑)」」
気づけば3人の女子高生が窓付近にしゃがみこみ、ゴンドラにいる俺と目線を合わせてくる。狂ったスケール感で、目鼻の整った女子高生のお顔を見せつけられる。一気に周囲が甘い女子の香りに包まれ、女子たちのまばたきの音や鼻息、何か言葉を喋るときのにちっ…♡という唇と唾液が擦れ合う音が、周囲から降り注いでくる。
「「んふっ……」」
ずいっ……!!
こぼれたような笑い声を漏らした女子高生が、小さな窓拭き小人をじっと見つめようとする。俺の視点ではもう、自分よりも大きな瞳が目の前に現れた衝撃と威圧感で息が詰まりそうだった。ブラウンの綺麗な瞳が、圧倒的な視線をこちらに降らせてくる。その瞳の感情がどうなっているにせよ、異常な質量の視線を浴びせられるプレッシャーは半端なものではない。
女の子に見つめられて怖い、と思ったのは人生で初めてだった。
「「"あれ"してあげよーっと」」
「「また?(笑)」」
巨大な瞳が上の方に遠ざかっていったのも束の間。景色が瞳から鼻、口元の方へ移り変わっていき。
「「………♪」」
うっすら笑みを浮かべた、JKくちびるがそびえ立ったのだ。
にちゃ……♡
恐ろしいリップ音を響かせて、その巨大な唇が開け放たれる。ぴちぴち女子高生の健康的な唇の間から、ざらざらうねうねとした巨大な舌や、鈍く光る白い歯が見え隠れする。ややエロティックな光景のはずなのに、俺は男としてその光景に甘んじて興奮する余裕などなかった。
ただただ、食物連鎖の上位の生き物に睨まれたような、途方もない絶望感だけ。
「「はぁぁぁーー……♡♡」」
低く強烈な風の音が、もうどこから流れてきているのか分からない程に爆音で響き渡る。一軒家のような大きさの口内から放たれた吐息の轟音が、耳を塞ぎたくなるくらいに吹き荒れる。すぐさまねっとりとした唾液の匂いがむせかえり、俺は名前も知らない、遥かに年下であるはずの女子高生の吐息をこれでもかというくらい嗅がされることとなる。
しかし、その吐息は直接ゴンドラの方には向けられたかった。
「「はぁ~~…♡」」
巨大な唇は、俺が乗っているゴンドラの周囲の窓に向かって、丹念に吐息を吐きかけていく。ゴンドラに直接蒸れ蒸れの吐息が襲い掛かることは無く、その周囲の窓の表面におびただしい数の唾液の水滴が付着していく。
それは、俺が丹念に掃除した成果を台無しにする行為でもあった。
「「はあっ…♡はぁぁーー…♡」」
しつこく、丁寧に、ゴンドラの周囲360度の窓の表面に吐息を浴びせ続ける女子高生。奴隷のように働く小人をバカにした行為であることは明白で、自分の口内の匂いを嗅がせるという普通恥ずかしいはずの行為でも、小人程度には何とも思わないようだった。
「「あーあ、びちょびちょ~」」
「「ハート書いてあげよ♪」」
きゅっ…きゅっ……
俺が乗ったゴンドラの周囲にできた、吐息の曇りガラス。そこにぶっとい指がぐにっ…と押し当てられると、甲高い擦れ音を響かせながら、即席アートが描かれていく。昨日散々押し当てられた巨大な指が、ゴンドラの上下左右を動いていくだけで恐ろしい。
「「かんせー♡」」
「「かわいいね♪」」
巨大な指が窓から離れていき、残されたものを目の当たりにさせられる。俺がいるゴンドラを中心に、大きなハートマークが指で描かれていた。俺の身長の十何倍もあるハートマークを軽々と描ける女子高生の指。直接何をされたわけでもないのに、その指で描かれたハートの中に囚われただけで、異常なまでの被支配感を感じさせられる。
そして、今から俺はこれを掃除しなければいけないのだ。
「「じゃ、頑張ってね♪」」
「「あははっ、じゃあ次の教室いこー」」
ズンッ!!ズンッ!!
軽々しく小人を精神的に追い詰めた女子高生たちは、ひらひらとスカートをなびかせながら、太ももを揺らしながら、そして圧倒的な歩行音を響かせながら、去っていったのだった。
そして、残された俺は。
「………」
周囲の窓の表面に付けられた、おびただしい数の唾液の水滴。そこにくっきりと残されたハートマークから、水滴の集合体となった唾液の塊がツーっ…♡と重力に負けて垂れてきているのが見えた。
これが全て一人の女子のよだれだなんて、想像すらできない。
「……くそっ……」
俺は既にズタズタになっているプライドを捨て、棒の先端に付いた雑巾を唾液の水滴群に向けて伸ばしていく。
びちゃっ……ねちょっ……
よだれの成分は思った以上に粘性が強く、少し拭いただけで雑巾がぐちょぐちょに汚れてしまう。俺は汚れた雑巾をこちらに手繰り寄せる。…この雑巾の汚れを手で絞ってバケツに入れつつ掃除していかないと、いつまでたっても窓全体が綺麗にならない。
「う………」
持つだけで粘っこい唾液まみれの雑巾を持ち、覚悟を決めて強く絞る。
ぐじゅじゅっ……♡
唾液特有の白い泡が雑巾から溢れ出し、俺の手に染み込んでいく。全て、あの女子高生の唇の中から分泌された唾液だ。無意識に分泌された、甘くも生々しい、あまりにも濃い香りのよだれ。あの女子よりも遥かに人生経験が長いはずの自分が、その子のよだれなんかに手を汚されていることが精神的に辛かった。
ごし、ごし……
ぐじゅ…じゅくじゅくっ…♡
何度も何度も、唾液の水滴だらけの窓を拭き。
何度も何度も、手をよだれまみれにしながら雑巾を絞り。
全てが終わったころには、とっくに日が暮れていたのだった。
「はあっ…はあっ……終わった……」
高層ビルにも匹敵する高さの窓を全て拭き終わり。ゴンドラの中で腰を下ろして、息を切らしながら休憩する。雑巾を絞ったバケツは唾液でパンパンになり、そこからむせかえるようなよだれの匂いが立ち込め続けている。
「早くゴンドラを下に降ろして……あっ…!」
どたんっ!!ばしゃっ…!!
立ち上がろうとした俺は、少しだけバランスを崩してしまい。倒れ込んだ先にちょうどバケツがあり、横に倒してしまった。
「っ………」
中に入っていた大量の唾液が、倒れ込んだ俺の頭に容赦なく浴びせられる。そのまま流れていった唾液の海に、全身が浸される。
「……ぐすっ……えぐっ……」
みっともなく、自分が泣いていることに気づいた。…昼間にちょっとしたいたずらで女子高生が行ったことに、一日中翻弄され続けて。自分がどんなちょっかいをかけたかすらもう覚えていないであろう女子高生のよだれに、一日中匂いと感触で蹂躙され続けて。
もう、精神が限界になっていた。
「………」
それでも、俺は仕事を終えてまた職員室のパレットまで戻らないといけない。
そうしないと、今日の夜ご飯すら与えてもらえないのだから。
…こうして、学校の備品としての俺の生活が、日常になり始めたのだった。
---続く---