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長年俺は、通常の人間の1/10のサイズで、暮らしてきた。
中学2年生くらいの頃だったか。学校で授業を受けていた俺は、突然みるみる身体が小さくなっていき、気づけば広い木の椅子の上でちょこんと座っていた。…隣に座っていた女子の座高が膨れ上がり、ものすごい威圧感を覚えたことを今でも鮮明に思い出す。
そこから7年くらいは、1/10の男子用の保護区で寮暮らしをしながら、中学、高校と日々を過ごしてきた。女子のいない男子校で毎日授業を受けながら、登下校中は保護区を通学路代わりにする10倍制服女子の巨体を見上げながら、生活を送っていた。
…7年も同じ街で過ごせば、それが当たり前の日常として精神に浸透していく。いつしか自分が普通サイズだった頃の記憶は古いものとなり、自分は元々1/10の大きさだったのだ、という気さえしてくる。女子という存在も、自分の10倍あるのが当たり前。そういう生き物だと、心が錯覚を起こしていた。
それが何か精神に悪影響を及ぼすとかではなく。当たり前の日常となったことで、俺は悲壮感無く、この1/10縮小区での生活を楽しく送っていた。2年ちょっと前に大学へ進学してからも、俺は縮小区内の男子制大学で勉強しながら、自分としては充実した毎日を送っていた。これからこの縮小区内で就職して、働きながら、たまに街を通り過ぎる10倍女子校生の景色を見ながら、人生を送っていくのだろう。
そう、思っていた。
その日は、突然訪れた。
「----------」
気づけば、自分の意識は朦朧としていた。どこかの病院のベッドに寝かされているような感覚があった。
確か、大学から帰る道の途中で、頭がふらふらして、倒れたような…。
しかし朦朧とする意識は戻らず、ふわふわと夢を見ているような感覚のまま、………。
「…………?」
目が覚めた。…ずっと眠っていた感覚があった。
知らない白い天井。無機質な天井と白い蛍光灯は、ここが恐らく病院であることを容易に分からせた。
「…あ、気づいたみたいですー!」
部屋の隅から、恐らく男性の看護師の声が聞こえてくる。次いで、バタバタと足音が聞こえ出す。
「……んん……」
俺はあまり訳も分からず、しかし身体自体はそこまで痛くも、だるくも無く。
そこからはせわしなかった。俺は1週間ほど昏睡していたようで、身体に異常がないかうんざりするほど質問された。身体に異常がないことが分かると、看護師に事の経緯を説明された。
その説明を聞いて、俺は頭が真っ白になった。
「………」
翌日。退院を言い渡された俺は、立派な病院の建物を出て、ビルに囲まれた道をとぼとぼと歩いていた。その街並みは全く見覚えが無いものだった。
俺がこれから向かうのは、今まで住んでいた寮ではない。
『…君は、縮小病が進行してしまったんだよ』
昨日、看護師の人に伝えられた事実。縮小病というのは進行性の病気で、しかしその進行は異常なほど遅いパターンもある。何年もかけてゆっくりと縮む場合もあれば、一度縮んだ後に数年発症しなかったのに、突然また縮小してしまうこともあるという。…俺の場合は、完全の後者のパターンだった。
7年間1/10だったサイズから、突然、1/100のサイズへ。
そのサイズ変化は、俺の身体と脳に少なからず負担を強いた。縮小の反動で意識を失い、丸1週間昏睡していたのだ。
その昏睡の間に、俺は既に、
1/100サイズの縮小区の病院へと運び込まれていたのだった。
「結構な都会、だな……」
目に入る建物は大きなビルやマンションが多く、道もかなり広い。人通りが多いわけでもないが、その街並みは明らかに1/10縮小区のものとは異なっていた。
…1/100サイズが故に、原料費が安いとか、色々理由はありそうだった。建設する際の資材の量だけでいえば、1/10の縮小区と比べても圧倒的に少ないのだ。
「俺の寮は……これ……か…?」
病院を出てから30分ほど歩いただろうか。病院でスマホに送ってもらった位置情報を頼りに、俺はとある高層マンションのふもとにたどり着いた。これが、寮?ものすごく高くて立派だけど…。見た感じ、60階くらいはありそうだった。
俺はこれからこのマンションに住むらしい。家賃は1/10縮小区のときからむしろ安くなるらしく、それでいて部屋の広さは。
「おお、広いな…!」
部屋に入った瞬間、前までの家がものすごく狭く感じるくらい、そこは十分な広さの部屋だった。なにより、景色が良い。部屋の南側は全面窓になっていて、51階であるこの部屋からは、この街の景色がかなり遠いところまで見えていた。同じくらいの高さのビルやマンションも立ち並んでいて景色が塞がれている箇所もあるが、しかしなかなかに気持ちの良い景色だった。
そして、寮備え付けの家具もある程度揃っている。ベッドや机など必要最低限ではあるが、これはありがたい。今日から既に不自由なく生活できそうな空間になっていた。
なんだ。1/100の生活って、案外いいものかもしれない。
突然の身体の縮小と、元いた1/10縮小区との突然の別れにナーバスになっていたが、俺は徐々に気を取り戻し始めていた。…もう二度とあの縮小区の街並みや友人に会えないことを思いだすと、急に悲しくなったりもするが。
叶わないことを考えていても仕方がない。
「今日、どうするかな…」
時計を見ると、朝の7時を指していた。…俺はこの1/100縮小区の大学に転入になるらしく、早速明日から授業を受けていいらしい。しかし、今日の所は何も予定がない。
この街のことを何も知らないし、とりあえず外に出てみるか。
そうやってぼーっと考えていた時だった。
ブーッ!!ブーッ!!ブーッ!!
「っっ!!??」
突然スマホから流れた警告音に、心臓が縮みあがる。なんだ、地震か、大雨か。
『女性警報が発令されています。対象区は、○○区、△△区……』
聞きなれない単語。しかし今さっき同じ単語を聞かされていた俺は、すぐにその意味が分かった。
女性警報。この1/100サイズの縮小区に、普通サイズの女性が入ってきた歳に発令される警報。その存在を、病院で同じ看護師の人に教えてもらった。
1/100縮小区は、基本的に普通サイズの女性が立ち入ることは禁止されている。1/10縮小区では立ち入りが自由だったが、100倍サイズの巨体が街に入ってくるとなると、あまりにも危険が大きすぎる。
しかし、例外が2つあった。一つは、このマンションの窓側に面している、広い道路。この道路はかなり広くなっていて、車線で換算すると10車線くらいはあるだろうか。しかし車線は存在しなく、ただただアスファルトがのっぺりと広がる幅の広い歩道、という見た目だった。…この道路こそが、女性が唯一歩くことができる道路なのだ。
1/100縮小区は、実は1/10縮小区よりも総面積が広いらしい。それは、1/100の縮小患者の数が異常に多いからだという。そのこともあり、普通サイズの女性からすれば、その街の中を通り過ぎることが出来ればかなり便利なのだ。…特にこの縮小区は、学校や会社に行く女性たちの通学路、通勤経路として便利な立地であり。特別に、この広い道だけは通ってよいということになっているのだ。
ちなみに例外の2つ目は、この縮小区を管理している女性職員たちが、何か緊急対応をする際だけ立ち入りが許されるのだという。
そんなことで。俺のマンションの目の前は、普通サイズの女性が通る可能性がある道である、と、看護師の人に聞かされていた。…家賃が安いというのは、そういった理由もあった。
他の寮も紹介していいと看護師の人には言われた。実際、この道に面するマンションは人気がないらしい。が、俺はこの寮で良いと言い張った。何せ、家賃が安いから。目の前に女性が通るくらい、ちょっと振動と騒音に我慢すれば良いのだろうと、そう思っていた。こちらに危害を加えてくるわけでもないし、それでこんなに良いマンションに住めるなら全然問題ない。
ぐらっ…ぐらっ……
「っ……!揺れるな…」
警報が発令されてから20秒ほど経ったとき、ガタガタと部屋中の家具が音を立てて揺れ始めた。近くまで女性が来ているのだろう。…しかしその揺れは思っていたよりも微小で、部屋の天井からつり下がっている電灯がふら、ふら、とゆっくり揺れているくらいのものだった。
「…こんなもんか」
案外大きくない揺れに、やや拍子抜けする。100倍の人間とはいえ、ただの一人の女性の歩行でしかないのだ。そこまで気を張ることでもないのだと、俺は安心した。まだ揺れは続いていたが、俺は揺れから意識を外し、キッチンに備え付けられていた食器棚に元々揃っている食器を物色しにいった。
ぐらっ…ぐらっ……
「すごい、皿も全部そろってるのか」
がたがたっ…がたがたっ…
ズンッ…ズンッ…!!
「……え………?」
ガタンッ!!!グラグラグラッ!!!
「うわあああっっ!!???」
突然だった。微小な振動がずっと続いていたと思ったら、次の瞬間には激しい揺れに変わっていた。部屋中が定期的に突き上げられるように跳ね揺れて、自分の身体ごと床から宙に浮かされる。部屋中の家具がガタンッ!!ガタンッ!!と激しく突き上げられては床に着地し、心を揺さぶるほどの爆音が四方八方から自分の耳に突き刺さってくる。
ドンッ…!!!ドンッ…!!!
ガシャアァァンッ……!!!!!
「ぎゃああっっ!!!」
けたたましい音と共に、食器棚から複数の皿やコップが零れ落ち、床に落下する。部屋の平和が完全に脅かされる恐ろしい振動に、心から恐怖を感じ始める。
そして。
ドンッ!!!ドンッ!!!
今まで部屋に届いていた太陽の光が、一瞬のうちに遮られて。部屋中が一つの影に包まれた。
「あ…………あ………」
その存在を知っていたはずなのに、予想していた光景なのに、にわかには信じられない光景だった。
51階という高層階にも関わらず、その部屋の広い窓から、
「「「………ん……」」」
女子校生と思われる女の子の顔が、見えていたのだった。
「は……あ………」
言葉を失ってしまう。窓の外に現れた巨大女子校生の顔は、20メートルほども高さがあるように見えた。窓から割と離れているからこそ顔の全てが見えているが、もし顔がこちらの方に近づけられたら、1階分の高さでは顔の大きさを収めきれない。…いや、そもそも離れているようにも見えない。それなのに、すぐそこまで女の子の顔が近づけられているような気がした。
「「「…………」」」
黙って下の方を見ている女子校生は、恐らく立ち止まってスマホを弄っているようだった。SNSの更新ボタンを押したときの効果音が、窓を貫通して部屋の中まで聞こえてくる。ここからは見えていないが、この巨人が弄っているスマホの大きさを想像し、それが一人の女の子の手だけで支えられているという事実に恐ろしさを覚えた。そのスマホがもし偶然落ちてしまったら、この街にとって大災害どころの話ではない。
「「「あー、この店行きたいなー…」」」
ビリビリビリッ……!!
「うっ………!!」
巨大な唇から放たれたひとり言が、部屋の中まで爆音で響き渡ってくる。窓が音を立ててガタガタッ…!!と震えている。一人の女子校生の呟きが、もはや町中に鳴り響く全体放送のようになっていた。この地域周辺に住んでいる人は、間違いなく今の声をはっきりと聞き取れただろう。
なんという、状況なのだろうか。この女子校生に、別に危害を加えられているわけではないのだが。いや、振動は与えられているが、あくまでルールにのっとって道路内を歩いているだけ。スマホを弄っているだけ。独り言を呟いただけ。
なのに、この被支配感は何なのだろうか。
「「「ふー……」」」
周囲の街並みには特に目もくれず、自然体でスマホを弄り続ける女子校生。俺の部屋は依然として太陽光が遮られ、窓の外には名も知らない女子校生の巨大な横顔。その顔はこちらを向いているわけではないが、少し首をひねれば部屋の中が覗かれてしまう位置。
知らない女の子の顔が見えている状態というのは、あまりに落ち着かない。
ズンッ!!ズンッ!!
「「「………」」」
ずいっ……!!
「え……え………うわっっ!!??」
スマホを弄っていた女子校生がおもむろにこちらを向いたと思ったら。その巨大な顔が、一気に窓の近くまで接近してきた。
「「「ん……」」」
ギロッ……
「ひっ………」
その距離、ベランダから10メートルくらいはあるだろうか。1~2メートルくらいの高さの巨大な2つの瞳が、窓からの景色全体を埋め尽くしていた。
女の子の瞳を怖いと思ったのは、初めてだった。
ぱちっ…ぱちっ…
「「「………」」」
特大のまばたき。その音すら明確に聞こえてくる異常な状況。女子校生の指が時折まつ毛に触れ、なにかその形を整えているように見えた。
少したってから、女子校生がこちらの部屋の中を覗いているわけではないことに気づいた。
「…は、反射……?」
こちらを覗き込んでいるようで、その瞳は自分の瞳自体を見つめていた。…マンションの壁面の窓ガラスを、鏡代わりに使っているのだと気づいた。
「「「…よしっ」」」
ずっ……!!
巨大な声の後、超至近距離まで近づけられていた莫大な瞳が、離れていった。離れたと言っても、その近すぎる錯視的な距離感は一向に変わらなかった。
ごそごそっ…!!!
ジーーーーッッ……
女子校生が下を俯きながら、恐らくスマホをカバンにしまう音。カバンのチャックをスライドさせる音。その生活的な一挙手一投足が、街中の何百何千という人間の耳に強制的に届けられる。その事実を、本人は分かっているのか、分かっていて意識していないのか。
狂った縮尺で存在する女子校生のしぐさは、奇妙なほど自然体だった。
ズンッ!!ズンッ!!
ぐらぐらぐらっ…!!!!
「ひああっっっ!!???」
女子校生の顔がものすごい勢いで窓の景色の枠から離れていった瞬間、再び激しい歩行音と振動が部屋の中を襲い始める。心から恐怖を掻き立てるレベルの鋭い突き上げに、俺はもう立っていられなかった。転倒の恐怖に怯えて四つん這いとなり、頭上でぐらんぐらんと揺れる電灯が落ちてこないか気が気でなかった。
これでも、約20年生きてきた男子大学生なのに。ただの女子校生の一人の歩行で、ここまで心から恐怖させられるのか。
ズンッ…!!ズンッ…!!
ズンッ……
やがて、大きすぎる歩行音は遠くなっていき。振動もしだいに小さなものに変わっていく。しかし微細な振動は1分ほど続き、もう相当遠くまで歩いているはずなのに、その影響力の尊大さを十二分に示していた。
…………。
「っ…はあ………」
まだ、心臓がバクバク鳴っている。単純に、激しい揺れが恐ろしすぎた。想像するものよりも何倍も怖かった。何せここは51階で、あまりに激しい揺れでマンションごと倒れてしまうのではないかと本気で思ってしまうのだ。…何回も近くを100倍の女性が通っているはずだから大丈夫だと思うのだが、そんなことは恐ろしい振動の最中では考えられない。
「食器は……」
振動の最中で雪崩を起こしていた食器を見に行く。入居直後の大惨事を覚悟していると、
「…全部プラスチックなのか」
全ての食器は、割れずにそのままの形で床に転がっていた。不自然に素材が統一されているその様は、この部屋が女性の歩行に耐えられるように対策されていることを物語っていた。
「………」
まだ、怖い。あんな歩行が、日常的に行われるのか。確かに危険は伴わなかった。…よく見れば、備え付けの家具たちは全て部屋の床や壁自体に固定されており、振動によって倒れたり落ちたりすることは無さそうだった。…純粋に、揺れに対する恐怖だけ。それだけ耐えられれば、この部屋でも生活していける。そうだと思うのだが。
「…大丈夫かな……」
これからこの部屋で暮らしていく自信が、たった一度の女子校生の歩行で、揺るがされようとしていた。
ブーッ!!ブーッ!!ブーッ!!
ずしんっ…!!!
「うわああっっ!!??」ガバッ…!!
それからというもの、俺はマンションの前の大道路を通る女子校生たちに日々驚かされ、その巨大すぎる存在を意識せざるを得ない生活を続けることとなった。
今日は大学の講義が全くない平日だというのに、午前中はたっぷり寝ておきたいのに、朝8時になればその強烈な地響きとけたたましいアラームで強制的に起こされる。寝起きで感じるその激しい揺れはあまりに心臓に悪く、しかしマンションの中でそんなことが行われていることを、今外を歩いている女子はつゆほども知らないのだろう。
「「「雨濡れちゃった、最悪~」」」
ドスンッ!!ドスンッ!!
「「「靴下びちょびちょなんだけど~笑」」」
ズシンッ!!ズシンッ!!!
ぐらぐらぐらっ!!
「ひっ、…あ……くそっ……」
起き抜けで、見ず知らずの年下女子校生の何気ない会話を大音量で聞かされる。何度経験してもこの地響きは慣れないもので、次に巨大な足が踏み出されたら等しく揺れが起こるだけのことなのに、分かっているはずなのに、その一歩一歩にいちいち恐怖し、床にうずくまってしまう。
「「「…ちょっと髪いじるからまってて」」」
「「「あ、私もー」」」
最大まで歩行音と揺れが高まった所で、地響きは止まる。きゃぴきゃぴと小うるさい女子たちの駄弁りは音量が大きすぎてもう耳が痛い。…また、このマンションを鏡代わりに髪を整えるのだろう。色んな女子学生やOLが、この反射が強くて平ぺったいマンションを便利な鏡代わりにしていくのだ。
「「「曇ってるね」」」
「「「ん」」」
ぎゅぎゅぎゅっ…!!!
「ああああっっ!?なにっ…!!???」
何かが擦れるような、大爆音が建物の中に響き渡る。その音の大きさに飛び上がった俺は、慌てて窓の方に駆け寄る。
ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ……
「な………」
巨大な顔がこちらを向いている。黒のセミロングで、髪留めを付けた少しギャルっぽい雰囲気の女子。何をしているのか、と思った瞬間、
ぎゅぎゅぎゅっ!!!
「ぎゃあああっっ!!??」
一瞬で、窓の景色が肌色で埋め尽くされた。いや、肌色の巨大すぎる柱がベランダの中まで突き立てられ、部屋の窓に押し当てられたのだ。
…その柱の直径だけで、俺の身長に匹敵する大きさ。
これが、女の子の指先だなんて、信じられない。
ぎゅぎゅぎゅっ!!!
ミシミシミシッ!!!
「っ………」
窓ガラスごとぶちやぶられそうな音と光景に声も出ない。雨上がりで曇っていた窓ガラスが、ぶっとい女子校生指の柔らかな腹で、激しく擦り上げられる。その強靭な指先で窓ガラスの曇りは一瞬で拭き取られ、100倍女子校生の顔をただ映すために準備させられていた。
ちょっとこの女子が指先に力を込めれば、どう考えてもこの窓は割れる。それだけでなく、そのまま部屋の中に指を突っ込まれ、戯れにぐりぐりと動かされでもしたら。
このぶっとい指の腹に、そして怪しく反射する荘厳で鋭利な爪に、少しでも引っかかれば、俺の矮小な身体は人知れず壊れてしまうだろう。
ぎゅぎゅぎゅっ……
ぐいっ……
「「「よし、見えるようになった」」」
「「「もう、そんなことしたら住んでる人びっくりしちゃうよー?笑」」」
「…………」
銃口を突き付けられていたのも同然だった。その異常な緊迫感から逃れ、俺は床にへたり込んだまま立ち上がれなかった。
窓にくっきりと残る、巨大すぎる指紋の通り道。女子のちっちゃなはずの指の指紋が、あまりに大きすぎる。あまりに、体格差が違いすぎる。少し距離がある状態でその巨体を眺めるのとは、実感があまりに違いすぎた。
こんなにも、女子たちにとって、俺という存在は小さいのか。
「「「私、靴下脱ごうかな…濡れちゃったし」」」
「「「今脱いでどうすんの?」」」
「「「や、ここで乾かしておこうかなって」」」
ズンッ!!ズンッ!!!
未だ外で繰り広げられる黄色い会話の内容は、あまり頭に入ってこず。しかし俺の理解とは関係なく、女子たちの行動の一つ一つに、強制的に蹂躙させられるのだ。
「「「ちょ、そんなことしていいの?笑」」」
「「「いいでしょ、ベランダで洗濯モノ干すのと一緒だよー」」」
ズシンッ!!!
ふっ……
「え……?」
次は、突然ベランダから見える景色全てが、遮られた。先ほどとは違い、女子校生の身体の一部ではなく。何かの人工物で、遮られている。正確に言えば、マンションの上の方から何か巨大な布が垂れさがっているような。
まさか、
「「「裸足で行くの?」」」
「「「うん。下校する時に回収すればいいかなって」」」
「「「上の階の人、可哀そー(笑)」」」
ズンッ!!ズンッ!!
その布の正体を頭で理解したときには、100倍巨人たちは無邪気に会話しながら、とっくに学校への巨大な歩みを進めていた。
ガラガラッ……
窓を開けた瞬間、ものすごい匂いが部屋の中に飛び込んできた。
「ぐっ……!!」
大量の水を吸った、女子校生の分厚い分厚い紺色のハイソックス。巨大な生足にぴっちりと張り付き、健康な肌、素足から分泌された汗と雨が濃厚に交じり合い、なんどもローファーの中で踏みしだかれて熟成されたアロマ。それがマンションの屋上から垂れ下げるようにかけられたら、その下の住民のベランダは完全に紺色の垂れ幕で隠されてしまう。
もし洗濯物を干していたら、一瞬で見知らぬ女子校生のソックスの匂いが全ての服に染み付いてしまうことだろう。あの女子高生はこちらの存在すら気にしていないのに、こちらはあの女子の匂いをずっと意識しながら生活していかなければならない。
少なくとも、今日は窓を閉めていたとしても、部屋の中までその匂いが充満してきそうだった。
「なんなんだよ……」
怒りとかではなく、無力感でいっぱいになってしまう。俺たちの生活は、なんてか細いのだろう。その辺の何でもない女子学生の戯れで、気まぐれで、生活の質が簡単に脅かされてしまう。安眠を妨害されるだけでなく、景色や空気まで奪われて。
何歳も年下の女の子に支配されている感覚が、本当に屈辱的だった。
そして、そんな屈辱感に溢れた日常生活の最中。
『速報です。100倍縮小区の×□地区にて、16歳の女子校生が器物損壊、住民への暴行容疑で逮捕されました。具体的に何が行われたかは明らかになってしませんが、現場には巨大な靴の足跡で潰された建物や、窓から何かを入れられてかき回されたような痕跡が残されています…』
「………え…………」
縮小保護区で放送されているニュースが、恐ろしい事実を述べ立てていた。
縮小区の上空からヘリが撮影した現場の映像は、およそ天災で起こされたとしか思えない程の惨状を映し出していた。
「なんだよ…これ……」
この事件が、縮小区に対する女性たちの視点を変えてしまう契機になってしまうことを、この時は知る由も無かった。
---続く---