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ぎーぎーと軋む椅子を傾けて、俺は手にしたスマホも結局見ずにぼんやりしていた。
上京して今日から暮らす大学の寮は格安、ただし二人部屋。
割と綺麗だが質素。
ずっと運動部でやってきたし、人付き合いも苦手ではないから特に悩みもせずに入寮を決めたけど、いざとなるとちょっと緊張してきた。
どんな奴かな。
西浩二。
嫌なヤツでも、まあ俺は舐められるタイプじゃない。
身長は180cmあるしスポーツやってきたからガタイもいい方だ。
それなりにモテる風貌もしてると思う。
男ならわかるが、男同士だって格付けし合うのだ。
……でもまあ同じ部屋だからなぁ。
気が合うやつだと良いよな。
換気しようと開けた窓から入ってくる春の暖かい風にぼんやりしていると、ガタッ、ドスッ!と重い荷物を置く音と人の気配がした。
慌てて立ち上がる。
ガチャガチャとドアノブをいじる音がする。
……癖で鍵かけてたんだった。
「悪い、すぐ開ける!」
急いで玄関に向かいガチャッ!と戸を引いた。
「すまん、流れでつい鍵を……」
と言いかけた言葉を思わずとぎらせてしまう。
ははっ、と少し上から笑い声が降ってくる。
「部屋にいてくれて良かったわ」
そう言った男、西は目を眇めて笑った。
ツーブロック風の短髪、相応に身綺麗にした俺と同じような体育会系の男。
締まった頬にがっしりした顎、太く通った鼻柱。
ただ、西は180cmある俺より更に10cm以上は高そうだった。
スポーツブランドのパーカーに包まれたガッチリとした肩幅も俺よりも一回りも二回りも広く、胸板も分厚かった。
見下される経験がほぼ無くなってきたので、思わず「デカいな…!」と反射的に言ってしまう。
西が苦笑する。
「お前、えーっと東山だっけ、もデカいだろ」
西の言葉に「史彰でいい」と言う。「じゃあ俺も浩二で」と軽く答えられる。ノリは合いそうだった。
「デカい男2人揃っちまったかー」
と俺は冗談で言いながら浩二を軽く押しのけ、その背後にある段ボールを「手伝うわ」と、しゃがんで持ち上げようとした。
「あっ、やめとけ……」
浩二の声はギリギリ間に合わず、俺は、よっ!と持ち上げようとしてびた一文動かなかった段ボールにガクンッ!!と反作用的に引き寄せられガクッ!!と膝をつかされる。
「いっ!?なんだこれ!?重すぎるだろ!?」
改めて態勢を立て直し腰を落として、フンッ!と本気で持ち上げようとするが、まるでびくともしない。
はは、と浩二の大きな体が覆い被さって来て身を引くと、浩二は嘘のように軽々とその段ボールを持ち上げた。
す、すげぇ…、と思わず声が漏れる。
「何入れてんだよ。鉄の塊?」
「ある意味あたりかもな。ダンベルとか筋トレグッズ」
にしても重すぎるだろ……俺が本気で持ち上げようとしてびくともしない重さってなんだ…?と心の中で突っ込みながらもとりあえず中へ誘導する。
浩二がデカい靴を脱ぎ(27cmある俺より余裕でデカい)、ぬっ、と廊下に上がってくるとそのガタイの良さで圧迫感を感じるほどだった。
「……浩二ってめっちゃマッチョだったりする?」
歩きながら聞くと、
「あーずっとアメフトしてきたからな。けっこう筋肉は自信ある」
と普通に答えながら部屋に入り、空いた机(部屋はそれぞれのベッドと机が左右対称に置かれている)の足元にドサッ、と段ボールを置いた。
「へー。俺はサッカーだ」
「あーなんかサッカーっぽい見た目してんなと思った」
どんなだよ!と思わず笑って言い返す。
「まあとりあえず…これからよろしく」
身を起こした浩二がグローブのような手を差し出してきた。
反射的に握り返し、そのデカさと分厚さに思わず固まった。
すっぽりと俺のけして小さくはない手を浩二は軽く握った。
軽くだが、決して抵抗できないその底知れない握力が感じさせられる。
「……あー、手伝うか?」
ビビったのを隠すように言う。
浩二はなんの頓着もなく、「いやいい。ありがとな」と淡々と作業に戻った。
その後ろ姿の背中の広さと刈り上げられたうなじ、首の太さを俺は思わず見つめた。
軽々と次々と段ボールやら衣装ケースを運び込んでいる浩二だったが、流石に動いていると暑いのかしばらくするとぐっ、と腕を交差させバサッ!とパーカーを脱ぎ、紺のカットソー1枚になった。
剥き出しになった腕の太さと、バツンバツンにシャツをはち切れそうな程盛り上げ、押し広げる大胸筋の発達ぶりに俺は思わず目を奪われてしまった。
伸ばしていてもボコッ!と岩のような上腕二頭筋が盛り上がる腕の太さは、俺がサッカーで鍛え上げた自慢の腿より太そうだった。
メリメリと太い血管が浮き上がり、前腕も怖いほど筋肉が発達している。
大胸筋でギチギチのシャツは谷間に見たことのないシワが寄っていた。
浩二が力強くシャツの袖を捲り上げ、バスケットボールのようなデカい肩の筋肉を露わにすると俺は思わず立ち上がってしまった。
「な、なんだよその筋肉……デカすぎだろ……」
ん?と浩二は俺に視線を向けると、にっ、と笑い、その極太の腕を持ち上げて曲げ、メゴォッ!!!と上腕二頭筋を盛り上げて見せた。
ギチギチと皮膚をぶち破りそうな程隆起したそれに俺は思わず駆け寄り触ってしまう。
「うわ堅っ!!!こんなの見たことねえ……俺の顔よりデカいだろ……」
けして小さくない俺の手ですら浩二の力瘤はまるで覆えない。
ボーリング玉のようなそのサイズに思わず驚嘆する。
金属でも流し込んだような質感だ。
捲り上げた袖の下からはおさまりきらないもさっとした濃い腋毛が溢れる。
つん、と汗の匂いが身長差でダイレクトで鼻にくる。
「はは……まあサッカーやるやつでここまで筋肉つけないよな」
アメフトだろうがレスリングだろうが同級生でこんな体見たことねえよ!と思わず突っ込みたくなるが、俺に覆い被さるような浩二の体躯の大きさと分厚さが急に意識されてうまく言葉がまとまらない。
いやねーよ……とぼそぼそとなんとか答えながらふと思った疑問が口につく。
「ウエイトどれくらいあんの?3桁いってるだろ?」
「あー最近測ってないけど120kgは超えてんじゃねえかな…」
同級生とは思えぬ、聞いたこともない数字に思わず言葉を失う。
俺は70kgちょっとだ。
つまり目の前の浩二は俺より50kg以上重い。
それどころか俺を倍にしても叶う気がしない。
目を丸くする俺を見て浩二はイタズラな顔をすると突然がっ!と両手で俺の両腕を掴んだ。
「な、なにす……うおっ!?」
それなりに太い俺の腕など簡単に握りきり、そのまま握り潰せそうな筋肉を見せつけられ俺は思わず焦った声を上げたが、突然フワッ!と子供のように持ち上げられ声がひっくり返る。
あっという間に数十cm以上持ち上げられ、バタバタと足が宙を掻く。
とん、と軽く頭が天井をついた。
「いやーやっぱサッカー部のやつは軽いな」
浩二が俺を見上げながら笑う。
大の男を高々と持ち上げているにも関わらずその呼吸は乱れてもいないし、腕も重機のように余裕たっぷりだ。
「いや俺72、73kgはあるっての!」
バタバタと脚を動かし、腕も振り払おうとするが、ガッチリと俺の上腕を掴んだ手はびくともしない。
軽いって、と浩二が苦笑する。
「俺のダンベルカールの重量より軽い」
さり気なく恐ろしい事を言う。
呆気に取られた俺を、どりゃ、と浩二がふざけたようにベッドに投げる。
うわっ!と俺は悲鳴をあげ、ゆうに数秒は完全に宙を泳ぎ、バウンッ!!と激しくベッドに着地した。
受け身が取れずに声を上げて転がる俺を見て浩二が笑う。
「もう終わるからさ。早めの夕食にしようぜ。うち農家だから肉と野菜はたっぷり送られてくる」
育ち盛りの男としては聞き捨てないセリフに軽々と投げ飛ばされたことも忘れ「マジで!?」と俺は布団から顔を上げ目を輝かせた。
俺はめちゃくちゃ食う方だが、浩二は軽くその上を行った。
部屋のコンロは1つしかないので、コンロではクソデカい土鍋でキムチ鍋を煮、部屋では俺が持ってきたホットプレートで焼肉をするという頭のおかしいスタイルで行かせてもらったが、余裕で完食した。
「も、もう食えん……」
とごろんと転がった俺を、「情けねーなー」と浩二は言いながら土鍋をむんずと掴み、そのまま残った具を食っていた。
辛さに汗をかき、シャツには汗じみができていた。
「片付けは俺がするわ。先に風呂入れよ」
俺がせめてものお返しにとむくりと起き上がる。
えっ、いいのか?と渋る浩二を押し切る。
これだけ食わせてもらっておきながら金はいらないというのだ。
しかも今日に限らず!
俺は最高のルームメイトとの巡り合わせに神に感謝した。
片付けや掃除くらい楽なもんだ。
「他にもなんかできることあったらなんでも言ってくれよ。食費かかんないのマージで助かる」
なんでも、な……と浩二が苦笑する。
なんだよ?と俺が皿を重ねながら首を傾げると、突然伸びてきたデカい手にブニッ!と片手で両頬を潰すように顔を掴まれた。
ンム!?んんん!!と声にならない抗議の声を上げ、その逞しい腕を掴み返すがびくともしない。
「史彰は小顔だよなぁ…」
と浩二が呑気に独りごちる。
シャツが捲り上げられ剥き出しの日に焼けた豪腕の筋肉がモリッ!!と隆起しぶっとい血管が浮き上がる。
メキメキ…と頬骨が悲鳴を上げる。
「口もちいせーし……」
ぼそっ、と続けられた言葉は、俺も限界を迎えていて聞き取れなかった。
んー!!!!!という俺の最大限の抵抗に、あ、悪い、と浩二が慌てて俺を解放する。
「お、お前自分が馬鹿力だってちゃんと理解しろよ」
自分で頬をぐにぐにと揉みながら俺は文句を言う。
「お前と住んでたらいつかぶっ壊されそうで怖いわ」
とブツブツ言うと浩二は、ははっ、と快活に笑った。