旅行計画と現実
大学のカフェテリアに響く美咲の弾んだ声が、昼休みの静寂を破った。
「見て見て!この沖縄のホテル、めっちゃ綺麗やん!」
テーブルの上には色とりどりの旅行パンフレットが広げられ、ノートパソコンの画面には青い海と白い砂浜の写真が映し出されている。
美咲の隣に座る結衣と亜美は、その様子を微笑ましく見つめていた。
「美咲ちゃん、朝からずっとそのパンフレット見てるよね。」
結衣が苦笑いを浮かべながら言った。
「だって、ついに大学最後の夏休みやで!絶対みんなで沖縄行きたいねん。3泊4日で、海も見て、美味しいもん食べて、お土産もいっぱい買って...」
美咲は目を輝かせながらパンフレットをめくる。
亜美がノートパソコンを自分の方に向け、電卓を片手に真剣な表情を浮かべた。
「ちょっと待って、現実的に計算してみよか。」
美咲と結衣が亜美の手元を覗き込む。
亜美の指先が電卓のボタンを次々と押していく。
「関西空港から那覇まで、往復で約4万円。ホテルが1泊8千円として3泊で2万4千円。食事代を1日5千円として4日で2万円。お土産代と現地での移動費を考えて...」
電卓の数字がどんどん大きくなっていく。
「総額で一人約10万円か...」
亜美が小さくつぶやいた。
美咲の表情が一瞬曇ったが、すぐに明るさを取り戻す。
「10万円?大丈夫やん!バイト代貯めてるし。」
しかし結衣と亜美の表情は次第に暗くなっていった。
結衣が小さな声でつぶやく。
「私たち...ちょっと厳しいかも。」
「え?」
美咲が振り返る。
亜美が眼鏡を押し上げながら説明した。
「美咲は塾講師のバイトで時給も良いし、シフトもたくさん入ってるからええけど、私たちは...」
結衣がうなずく。
「私、コンビニのバイトやけど時給850円やし、テスト期間はシフト減らしてもらってたから...」
「私もカフェのバイトやけど、週2回だけやし。それに、就活でスーツも買わなあかんし、卒業旅行の前に色々出費があるねん。」
亜美が続ける。
美咲の顔が心配そうになった。
「そんな...みんなで行くって決めてたやん。」
静寂がテーブルを包む。
周りの学生たちの笑い声が遠くに聞こえる中、3人は黙り込んでしまった。
結衣が最初に口を開いた。
「でも、諦めるのはまだ早いんちゃう?」
美咲と亜美が顔を上げる。
「夏休みまでまだ2ヶ月あるし、短期のバイトでもすれば何とかなるかも。」
美咲の目が再び輝き始める。
「そうや!みんなで頑張って稼ごうよ!」
亜美が慎重に言葉を選ぶ。
「でも現実的に考えて、普通のバイトじゃ2ヶ月で5万円稼ぐのは難しいで。」
「じゃあ普通じゃないバイトを探そう!高時給の短期バイト、絶対どこかにあるはず!」
美咲が拳を握る。
結衣がスマホを取り出す。
「求人サイト見てみよか。」
3人でスマホの画面を覗き込み始める。
「コールセンター...でも長期やし。」
「イベントスタッフ...これは単発やけど土日だけ。」
「試験監督...これも単発やなあ。」
次々と求人情報を見ているうちに、美咲が立ち上がった。
「よし、決めた!3人で絶対沖縄行く!お金のことは何とかする!」
結衣と亜美も美咲の熱意に押されるように立ち上がる。
「私たち、高校の時から『大学最後はみんなで旅行する』って言ってたもんな。」
結衣が微笑む。
「せやせや!保育士になったら、みんなで旅行なんてなかなかできへんかもしれへんし。」
亜美も決意を固める。
美咲が手を差し出す。
「3人で力を合わせて、絶対に沖縄行こう!」
結衣と亜美も手を重ねる。
「おー!」
カフェテリアの他の学生たちが振り返るほどの大きな声で、3人は誓い合った。
しかし、その時の彼女たちはまだ知らなかった。
数日後に待ち受ける、人生を変える出会いのことを。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
運命の仕事紹介
「あった!これ見て!」
大学の学生ホールで、結衣が求人サイトを見ながら興奮した声を上げる。
美咲と亜美が慌てて駆け寄る。
結衣が指差しているのは、求人サイトに大きな文字で書かれた求人広告だった。
『緊急募集!販促イベントアシスタント』
◆高時給・短期・未経験歓迎◆
時給:応相談(経験により優遇)
期間:3日間
場所:滋賀県内
※詳細説明あり
美咲が目を見開く。
「高時給って書いてある!」
亜美が慎重に内容を読み上げる。
「販促イベントアシスタント...イベントのお手伝いってことかな。」
「3日間だけやし、私たちにぴったりやん!」
結衣が嬉しそうに言う。
美咲がスマホで連絡先の写真を撮る。
「とりあえず説明聞きに行ってみよう!早速連絡しよ!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
翌日の午後、3人は京都市内にあるイベント会社のビルの前に立っていた。
少し古いビルだが、1階にはイベント関連の機材が見える清潔なオフィスだった。
「緊張するなあ。」
結衣がつぶやく。
「大丈夫、説明聞くだけやから。」
美咲が励ます。
受付で名前を告げると、30代前半の女性スタッフが笑顔で迎えてくれた。
「お疲れさまです。今日はお越しいただき、ありがとうございます。私、企画担当の山田と申します。」
3人は会議室に通された。
テーブルには資料とペットボトルの水が用意されている。
「まず、お仕事の内容について説明させていただきますね。今回募集しているのは、新商品の販促イベントのアシスタントです。滋賀県内の玩具店3店舗を回って、3日間イベントを行います。」
山田さんがファイルを開く。
「玩具店ですか?」
亜美が質問する。
「はい。大手おもちゃメーカーさんの新しいキャラクターのお披露目イベントなんです。」
山田さんがタブレットを操作すると、スクリーンにカラフルなキャラクターの画像が映し出された。
「ワンダフル・プリティアシリーズの新キャラクター、『ティア・リリアン』と『ティア・ニャミー』です。」
結衣が小さく声を上げる。
「プリティア!知ってる!」
美咲と亜美もうなずく。
プリティアシリーズは子供たちに大人気のアニメキャラクターで、3人も小さい頃に見ていた。
「皆さんご存知なんですね。ありがたいです。で、具体的なお仕事内容なんですが...」
山田さんが少し間を置いた。
「着ぐるみを着て、キャラクターを演じていただきます。」
会議室に静寂が流れた。
「え...着ぐるみ?」
美咲が聞き返す。
「はい。ティア・リリアンとティア・ニャミーの着ぐるみを着用して、お客様との触れ合いや写真撮影などを行っていただきます。」
結衣の顔が青ざめた。
「その...着ぐるみって、どんな感じなんですか?」
山田さんがタブレットを操作すると、実際の着ぐるみを着た人の写真が表示された。
顔は完全にマスクで覆われ、全身がキャラクターそのものになっている。
「全身の衣装とマスクを着用していただきます。お顔は完全に見えなくなりますが、その分、演じることに集中できると思います。」
亜美が眼鏡を押し上げる。
「演じるって...具体的には?」
「基本的には身振り手振りでの表現になります。キャラクターは絶対に声を出してはいけませんので、すべてジェスチャーでのコミュニケーションになります。」
山田さんが説明を続ける。
「チーム構成は、着ぐるみ演者2名と司会進行1名です。司会の方はマイクを使ってイベントを盛り上げていただき、着ぐるみのお二人はキャラクターとしてお客様と触れ合っていただきます。」
美咲が恐る恐る質問する。
「その...お給料とかは..?」
山田さんが資料を確認する。
「1日15,000円、3日間で45,000円です。交通費は別途支給いたします。」
3人の目が一斉に輝いた。
「こ、高時給ですね。」
亜美が驚く。
「着ぐるみでの作業は体力的にも精神的にも大変なお仕事です。でも、お子様たちにとっては夢のような時間を提供する、とても意義のあるお仕事だと思います。」
山田さんが真剣な表情になる。
「ただし、絶対に守っていただきたいルールがあります。」
3人が身を乗り出す。
「キャラクターの正体は、絶対に秘密にしてください。特にお子様には、絶対に中に人が入っているということを悟られてはいけません。」
「もし正体がバレそうになったら?」
結衣が心配そうに聞く。
「その場合は、すぐにスタッフが対応いたします。でも、基本的にはキャラクターとして完璧に演じていただければ、バレることはありません。」
山田さんがファイルを閉じる。
「いかがですか?詳しい日程や場所については、参加していただける場合にお伝えします。」
3人は顔を見合わせた。
確かに報酬は魅力的だが、着ぐるみを着るという未知の体験に不安も感じている。
「少し考えてもいいですか?」
美咲が代表して聞く。
「もちろんです。ただ、イベントまでの準備期間を考えると、できれば今週中にお返事をいただけると助かります。」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
会議室を出て、3人は近くのカフェに向かった。
「どうしよう...」
結衣が不安そうにつぶやく。
「1日15,000円は魅力的やけど、着ぐるみかあ。」
美咲も複雑な表情だ。
亜美がコーヒーカップを見つめながら言う。
「でも、私たち保育士志望やし、子供たちを喜ばせるお仕事って考えたら...」
結衣が顔を上げる。
「そうやね。プリティアのこと知ってるし、子供たちが喜んでくれたら嬉しいかも。」
美咲が決意を固める。
「やってみない?確かに不安やけど、きっと良い経験になると思う。」
「沖縄旅行のためにも、ここは頑張らな。」
亜美がうなずく。
結衣が最後に小さく言う。
「着ぐるみの中、暑そうやけど...大丈夫かな。」
美咲が結衣の肩を叩く。
「大丈夫!3人で力を合わせれば何でもできるって!」
3人は顔を見合わせて微笑んだ。
まだ、この決断がどれほど大変な3日間をもたらすのか、彼女たちは知る由もなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
配役決定の攻防
翌日の夕方、3人は大学近くのファミレスのボックス席に座っていた。
テーブルの上にはドリンクバーのグラスと、メモ帳、そして山田さんからもらった資料が広げられている。
「よし、まずは役割分担を決めよか。司会1人、着ぐるみ演者2人や。」
美咲がメモ帳にペンを走らせる。
結衣が不安そうに資料を見つめる。
「着ぐるみ...本当に大丈夫かなあ。」
亜美が眼鏡を拭きながら言う。
「まず、それぞれの希望を聞いてみよう。正直に言わな。」
美咲が手を上げる。
「私、司会やりたい!人前で話すの得意やし。」
しかし、すぐに表情を曇らせる。
「でも...着ぐるみも気になるねん。子供の頃、プリティア大好きやったし、一度でええから本物になってみたい気もする。」
結衣がおずおずと発言する。
「私は...正直、司会は無理やと思う。人前に出ると緊張で何も喋られへんくなる。」
「でも子供相手やったら大丈夫なんちゃう?」
亜美が優しく聞く。
「子供たちとは普通に話せるけど、大人の人たちもいっぱいおるし...」
結衣が小さくなる。
亜美がコーヒーをゆっくり飲みながら考え込む。
「私の心配は、眼鏡や。着ぐるみのマスクの中で眼鏡かけられるんかな?かけられへんかったら、ほとんど見えへん。」
美咲がメモに書き込む。
「なるほど。美咲→司会希望だけど着ぐるみも興味あり、結衣→司会は苦手、亜美→視力の問題あり。」
結衣が思い切って言う。
「でも、着ぐるみやったら顔見えへんから、緊張せずにできるかも。」
「そうやね!マスクの中やったら、恥ずかしがり屋の結衣ちゃんでも大丈夫かも。」
美咲が目を輝かせる。
亜美が慎重に発言する。
「でも、視界が悪いのに着ぐるみって...危険やない?」
美咲がタブレットで着ぐるみの写真を見直す。
「山田さんに聞いてみよか。眼鏡のことと、視界のこと。」
その時、結衣が小さな声で提案した。
「あの...固定じゃなくて、交代制にするのはどう?」
美咲と亜美が顔を上げる。
「交代制?」
「うん。最初は美咲ちゃんに司会をお任せして、私と亜美ちゃんが着ぐるみやる。でも慣れてきたら、みんなで役割を交代してみる。」
亜美が眼鏡を押し上げる。
「なるほど。それやったら、みんな両方体験できるし、疲労も分散できる。」
美咲が興奮する。
「それええやん!私も着ぐるみやってみたいし、結衣ちゃんも司会挑戦できる!」
結衣が不安そうに言う。
「でも、司会は本当に自信ないよ...」
「大丈夫!私がフォローするし、台本もあるはず。」
美咲が励ます。
亜美が冷静に分析する。
「でも、お客さんの前でいきなり交代するのはリスクがあるで。最初の何回かは固定でやって、慣れてから交代制にしたらどうやろ?」
美咲がメモに書き込む。
「1日目:固定制(美咲→司会、結衣・亜美→着ぐるみ)
2日目以降:交代制を試してみる」
結衣がほっとした表情を見せる。
「それやったら、私も頑張れそう。」
亜美が資料を読み返す。
「ところで、ティア・リリアンとティア・ニャミー、どっちがどっちやる?」
美咲がタブレットでキャラクターの画像を見せる。
「ティア・リリアンが水色の髪で、ティア・ニャミーが白い髪やね。」
「私、水色好きやから、ティア・リリアンがええな。」
結衣が遠慮がちに言う。
「じゃあ亜美ちゃんはティア・ニャミーで。」
美咲が決める。
亜美がうなずく。
「白い髪かあ。ちょっと恥ずかしいけど、顔見えへんし大丈夫やろ。」
美咲がメモを見直す。
「よし、決まったね!あとは練習日に詳細を聞いて、準備するだけや。」
結衣が少し不安そうに聞く。
「練習って、どんなことするんやろ?」
「たぶん着ぐるみの着方とか、動き方とか教えてもらうんちゃう?」
亜美が推測する。
美咲が立ち上がる。
「とりあえず、山田さんに連絡して参加の意思を伝えよう!」
3人でスマホを取り出し、山田さんに参加希望のメールを送った。
返信は驚くほど早く、10分後には練習日程と詳細な集合場所が送られてきた。
「練習は来週の土曜日、午前10時からや。」
美咲が読み上げる。
「いよいよやね。」
結衣が緊張した表情を見せる。
「大丈夫!3人で頑張ろう。」
亜美が結衣の手を握る。
「そうや!プリティア演者として、子供たちを最高に喜ばせたろう!」
美咲が拳を握る。
3人は再び手を重ねる。
「頑張ろう!」
しかし、その時の彼女たちは、着ぐるみを着るということがどれほど過酷な体験なのか、まだ知らなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
初めての着ぐるみ体験
練習日の朝、結衣は緊張で胃が痛くなっていた。
電車の中で美咲と亜美と合流した時も、手のひらには汗がにじんでいる。
「結衣ちゃん、大丈夫?顔真っ青やで。」
美咲が心配そうに声をかける。
「う、うん...ちょっと緊張してるだけ。」
結衣が小さく答える。
京都市内のイベント会社の別館は、思っていたより大きな建物だった。
1階は倉庫のような作りになっていて、様々なイベント用品が並んでいる。
受付で名前を告げると、山田さんが笑顔で迎えてくれた。
「お疲れさまです!今日はよろしくお願いします。」
3人は2階の練習スタジオに案内された。
広いフローリングの部屋で、一面に鏡が張られている。
そして部屋の隅には...
「うわあ...」
結衣が小さく息を呑んだ。
ハンガーラックに掛けられたティア・リリアンとティア・ニャミーの衣装が、まるで本物のキャラクターがそこに立っているかのように見えた。
水色のフリルがついた可愛らしいドレスと、白を基調とした上品な衣装。
そして最も印象的なのは、リアルすぎるほど精巧に作られたマスクだった。
「思ってたより...本格的やね。」
亜美が眼鏡を押し上げる。
山田さんが衣装の前に立つ。
「まず、着用の手順から説明しますね。着ぐるみは正しい順序で着用しないと、危険な場合があります。」
テーブルの上には、ベージュ色の全身タイツが置かれている。
「最初にこちらのベーススーツを着用していただきます。顔の部分だけが丸くくり抜かれた、全身タイツですね。」
結衣の顔がさらに青ざめた。
全身タイツを着るということ自体、今まで経験したことがない。
「その上から、キャラクターの衣装を着用します。最後にマスクを装着して完成です。」
山田さんがマスクを手に取る。
「このマスクは、慣れないうちは必ず二人がかりで装着してください。一人でも外せますが、慣れるまでは誰かに手伝ってもらった方が安全です。」
美咲が質問する。
「どれくらいの時間着けてられるんですか?」
「個人差がありますが、慣れない方は15分程度から始めて、徐々に時間を延ばしていきます。本番では撮影会も含めて最大60分、長くても90分程度の着用になる見込みです。」
山田さんが更衣室を指差す。
「では、まず結衣さんから体験してみましょうか。」
結衣の心臓が激しく鳴り始めた。
「わ、私から!?」
「ティア・リリアン役を希望されてましたよね。衣装のサイズ確認も兼ねて。」
結衣は震える手で山田さんと一緒に更衣室に入った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
結衣の変身タイム
更衣室で全身タイツに着替える時、結衣の手は少し震えていた。
密着性の高い生地が肌にぴったりと張り付く感覚は、これまで経験したことのないものだった。
「結衣さん、サイズはいかがですか?」
山田さんが声をかける。
「は、はい...ちょっときついですけど、大丈夫です。」
「それでは、衣装を着てみましょう。」
ティア・リリアンの衣装を着せてもらう時、結衣は自分が別の人間になっていくような不思議な感覚を覚えた。
水色のフリフリした部分が華やかで、鏡に映る自分が既にキャラクターの一部になっているように見える。
「髪をまとめますね。」
山田さんが結衣の髪をゴムで束ね、首の付け根にまとめる。
「では、フードを被せます。」
頭部のフードが被せられ、ファスナーが首から頭頂部まで上げられていく。
結衣も顔以外が完全にタイツに包まれた状態になった。
「いよいよマスクです。少し息苦しくなりますが、パニックにならないでくださいね。」
山田さんがティア・リリアンのマスクを両手で持った。
想像していたよりもずっと重そうで、内側には薄いスポンジが貼られているのが見える。
マスクが頭上に持ち上げられた瞬間、結衣の顔にマスクが密着した。
視界が一気に狭くなり、外の音がこもって聞こえる。
そして何より、自分の呼吸音だけが異様に大きく響く密閉空間に包まれた。
「うっ...」
結衣は思わず声を上げそうになったが、山田さんの「声は出さないで」という注意を思い出して必死に堪える。
マスクの内側で、自分の吐いた息が顔全体にかかってくる。
湿度が急激に上がり、額の部分に当たるスポンジが頭を圧迫している。
「大丈夫ですか?」
山田さんの声が遠くから聞こえる。
結衣は必死にうなずこうとしたが、マスクの重みで首が思うように動かない。
息苦しさと密閉感で、パニックになりそうだった。
心臓の鼓動が激しくなり、呼吸が浅くなっていく。
「位置を合わせて前が見える事、呼吸ができることが確認出来たら教えてください。」
「だ、大丈夫です...」
結衣の声がマスクの中でこもって聞こえる。
「では、そのままマスクを固定しておいてください。後ろの紐を締めて固定しますね。」
山田さんが後頭部で紐を固定していく。
マスクが顔に密着し、鼻が潰れて口呼吸のみになる。
マスクが紐で固定され、手を離してもズレない事を確認した後、結衣に不思議なことが起こった。
鏡に映った自分を見た瞬間、結衣の中で何かが変わった。
そこにいたのは、紛れもなくティア・リリアンだった。
水色の髪がふわりと揺れ、大きな瞳がキラキラと輝いている。
さっきまでの息苦しさや恐怖が、少しずつ薄れていく。
代わりに、「自分がティア・リリアンになった」という不思議な感覚が芽生えた。
無意識に、結衣の手が可愛らしいポーズを取り始める。
首を少し傾げて、両手をふわりと胸の前で組む。
足も自然と内股になり、まさにティア・リリアンそのものの仕草だった。
「素晴らしいですね。初めてとは思えません。」
山田さんが感心した様子で言う。
20分ほどかけて、ようやく結衣の準備が完了した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ティア・リリアンの登場
練習室で美咲と亜美が待っていると、更衣室のドアがゆっくりと開いた。
そこから現れたのは、完璧なティア・リリアンだった。歩き方もどこかぎこちなく、まるで自分の身体ではないもので歩いているような慎重さがある。
マスクの中で結衣が照れているのが、なんとなく伝わってくる。
両手を胸の前で軽く組み、少し内股気味に歩く姿は、まさにティア・リリアンそのものだった。
美咲がティア・リリアンに近づいて、まじまじと観察しながら言う。
「すごい!めっちゃ可愛い!本当に中に結衣ちゃんが入ってるん!?」
ティア・リリアンは美咲を見つめたまま小さくうなずく。
美咲は本当に友人の結衣がこの可愛らしいキャラクターの中にいることの不思議さに圧倒された。
美咲は目を輝かせながら、もう一度確認するように、ティア・リリアンの顔を覗き込んでいる。
「信じられへん、めっちゃ似合ってるで!」
亜美も眼鏡を光らせながら感嘆する。
「衣装の作りも精巧やし、マスクの表情も本物そっくりや。まるで本当にティア・リリアンが生きてるみたい。」
ティア・リリアンが恥ずかしそうに両手をひらひらと振って、「やめてよ〜」というような身振りをする。
その時、マスクの大きな瞳が少し下向きになったような気がして、本当に恥ずかしがっているように見えた。
その仕草がまた可愛らしくて、美咲と亜美はますます感動してしまった。
「あ、この照れてる感じもティア・リリアンらしい!」
美咲が手を叩く。
「本当や!アニメの中のティア・リリアンが恥ずかしがる時と全く同じ仕草してる!」
亜美も驚いて言う。
ティア・リリアンがさらに恥ずかしがって、両手で顔を隠すような仕草をする。
マスクで顔は見えないのに、なぜか恥ずかしがっているのが伝わってくる不思議さがあった。
「結衣ちゃん、本当にすごいよ。完全にキャラクターになりきってる。」
美咲が感心して言う。
「動き一つ一つが自然で、まるで最初からティア・リリアンやったみたい。」
亜美も続ける。
ティア・リリアンが今度は恥ずかしそうに体を少し左右に揺らして、「そんなことないよ〜」と言っているような仕草を見せる。
「あ、また可愛い動きした!」
美咲が指差して興奮する。
「写真撮りたいくらいや!でも山田さんがおらんから...」
「私たちだけの記念に、心にしっかり焼き付けとこう。」
亜美が笑いながら言う。
ティア・リリアンがその言葉を聞いて、今度は両手をハートの形に作って、お礼の気持ちを表現する。
「うわあ!そのポーズも完璧!」
美咲が声を上げる。
「本当にアニメから飛び出してきたみたい。結衣ちゃんの中に眠ってた才能が開花したんちゃう?」
「きっと子供たちも大喜びするで。こんなに本物そっくりのティア・リリアンに会えるなんて、夢みたいやもん。」
亜美の言葉に、ティア・リリアンが嬉しそうにくるくると小さく回転してみせる。水色の髪とスカートがふわりと舞い、まさに魔法にかかったような美しさだった。
「では、亜美さんも着替えましょうか。」
山田さんが亜美に声をかける。
「はい!」
亜美が緊張した表情で答える。
美咲と結衣の様子を見て、期待と不安が入り混じった表情を浮かべている。
「結衣さんはそのまま少し慣れていてくださいね。美咲さん、何か気になることがあれば質問してください。」
山田さんが説明する。
「亜美ちゃん、頑張って!」
美咲が励ましの声をかける。
「私も楽しみや。亜美ちゃんのティア・ニャミー、どんな風になるんやろ。」
ティア・リリアンも嬉しそうに手を振って、亜美を応援する仕草を見せる。
「じゃあ、ちょっと変身してくるわ。」
亜美が眼鏡を外しながら笑顔で言う。
「どきどきするけど、結衣ちゃんがあんなに素敵になってるの見てたら、私も頑張れそう。」
美咲が期待を込めて言う。
「結衣ちゃんのティア・リリアンも可愛いけど、亜美ちゃんのティア・ニャミーも楽しみ!」
ティア・リリアンが身振りで「頑張って」と伝えているような仕草をする。
「ありがと。ちょっと緊張するけど、やってみるわ。」
亜美が深呼吸をして、決意を固める。
「もしかしたら眼鏡なしやから、うまく歩けへんかもしれへんけど...」
「大丈夫やって!山田さんもサポートしてくれるし。」
美咲が安心させるように言う。
「それに、ティア・ニャミーは上品で落ち着いたキャラクターやから、亜美ちゃんの雰囲気にすごく合ってると思う。」
「そう言ってもらえると心強いわ。じゃあ、行ってくる!」
亜美が山田さんと一緒に更衣室に向かう。その後ろ姿を見送りながら、美咲とティア・リリアンは期待に胸を膨らませていた。
「亜美ちゃんも、きっと素敵なティア・ニャミーになるやろうね。」
美咲がティア・リリアンに話しかける。
ティア・リリアンも口元で両手を合わせながら大きくうなずいて、同じように期待していることを表現する。
山田さんが亜美と一緒に更衣室に向かっていく。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
待機するティア・リリアンと美咲
ティア・リリアンは一人になったことで、少しリラックスしたような様子を見せていた。
マスクの中で結衣は、まだ信じられない気持ちでいっぱいだった。
『本当に私がティア・リリアンになってる...』心の中でつぶやく。
恐る恐る自分の衣装を触ってみる。水色のフリルがふわりと広がる様子を確認するように、スカートの端を軽く持ち上げてみる。
『うわあ、本当にティア・リリアンの衣装や...』
触れた瞬間、結衣の心は子供の頃の記憶へと飛んだ。
テレビの前でプリティアに憧れていた小さな自分。
いつか本物になりたいと夢見ていた日々。
その夢が今、こんな形で叶うなんて。
次に、マスクの頬の部分にそっと手を当てて、自分の顔がどんな風になっているのかを確かめるような仕草をした。
『これが私の顔...いや、ティア・リリアンの顔なんや。』
マスクの内側から見える世界は狭いけれど、なぜか心は広がっていくような感覚があった。
鏡の前に歩いて行くと、正面から自分を見つめる。
『すごい...本当にティア・リリアンがおる!でも私なんや。』
鏡に映る姿を見るたび、結衣の中で何かが変わっていく。
普段の恥ずかしがり屋の自分が、どこかに隠れてしまったような感覚。
首を少し右に傾げ、次に左に傾げて、様々な角度から自分の姿をチェックしている。
『この角度やったらどう見える?こっちの方が可愛い?』
まるで本当にティア・リリアンとして、自分の魅力を確認しているかのよう。
片手を腰に当てて、もう片方の手を軽く上げるポーズを取ってみる。
『アニメで見たポーズや!できてるかも!』
しかし、ポーズを取る度に、マスクの中で自分の熱い息が跳ね返ってくるのを感じる。
視界もやっぱり狭くて、足元がよく見えない。
『うーん、やっぱり息苦しいな...』一瞬不安がよぎる。
『本番は本当に大丈夫やろか?60分も90分も、こんな状態で持つかな?』
両手を胸の前で組んでみる。
その瞬間、結衣の心に温かい気持ちが溢れたが、同時に責任の重さも感じていた。
『私、子供たちの前に出ても、きっと喜んでもらえる...よね?』
心の奥で、少しだけ不安がささやく。
『もし子供たちが期待してるティア・リリアンと違ったら?がっかりさせてしまったら?』
マスクの中で結衣は、人生で初めて味わう特別な感覚に包まれていた。
いつもは人前で恥ずかしがってしまう自分が、この衣装を着た途端に自信に満ち溢れている。
『不思議やな...マスクを被って顔が見えへんだけで、こんなに堂々とできるなんて。』
でも、その一方で現実的な心配も頭をよぎる。
『でも本番は今よりずっと長い時間やし、子供たちもいっぱいいて...本当にうまくやれるかな?』
マスクの中で小さくため息をつく。
『でも美咲ちゃんと亜美ちゃんがいるから大丈夫...3人で頑張るんや。』
結衣は心の中で強くそう思いながら、鏡に映る自分の姿を見つめていた。
結衣にとって、それは夢と現実が交差する、魔法のような瞬間だった。
しかし、その魔法の中にも、現実の厳しさと責任の重さが静かに宿っていた。
美咲の質問タイム
練習室には美咲とティア・リリアン(結衣)だけが残されている。
ティア・リリアンの姿で立っている結衣を見つめながら、美咲は改めてその完成度に驚いていた。
水色の髪が自然に揺れ、大きな瞳が本物のように輝いている。
「結衣ちゃん、聞こえる?」
美咲が恐る恐る声をかける。
ティア・リリアンがびっくりしたように振り返り、少し後ずさりするような仕草を見せた。
それから恥ずかしそうに手を頬に当てて、首を少し傾げながら「どう?かわいい?」と聞いているような可愛らしいポーズを取る。
片足を少し内股にして、もう片方の手をふわりと胸の前に持ってくる仕草は、まさにアニメから飛び出してきたティア・リリアンそのものだった。
「うわあ、すごい!本当に可愛い!完璧やん!」
美咲が感心して手を叩く。
ティア・リリアンがゆっくりとお辞儀をすると、嬉しそうにくるりと一回転してみせる。その動作もキャラクターらしい可愛らしさがあり、美咲は思わず見入ってしまった。
「すごいね...本当にティア・リリアンが目の前にいるみたい。」
美咲が少し近付いてマスクをよく見ると、目の部分には小さなスリットが数箇所開いているのが分かる。
しかし、外からは中が全く見えない。美咲は興味深そうにティア・リリアンのマスクにかなり近づいて、目の部分を詳しく観察し始めた。
「ちょっと美咲ちゃん、近いからw」
マスクの中から結衣のくぐもった笑い声が聞こえてくる。
ティア・リリアンが恥ずかしそうに少し後ずさりして、両手をひらひらと振る仕草をする。
「目の部分にスリットが何箇所かあるけど、中には黒い布が貼ってあるね。前は見えてるの?」
「うん、めっちゃ狭いけど......正面は一応見えてるよ。」
結衣の声がマスクの内側から響くが、少し息が上がっているのが分かる。
マスクの外からは中が全く見えないのに、中からは外が見えているようだ。
少し静かにすると、マスクの中から結衣の呼吸音がかすかに聞こえる。
「どこから見てるん?」
「ええっと...ここら辺...かな?」
美咲が結衣の指差したところにさらに近づいてみると、黒い布がやはり貼ってあり、スリットの大きさもものすごく小さい。
本当にここから向こう側が見えるのかと疑問に思うほどだった。
この奥に結衣の目があって、そこから見ているというのが信じ難い状況だ。
「こんな小さなスリットから本当に見えてるん?」
美咲が不思議そうに聞く。
マスクの中には確実に人の顔があるという事を思うと同時に、その精巧な作りに改めて感心してしまう。
「えへへ...見えてるよ。美咲ちゃんの顔......めっちゃ近くに見えてるで」
マスクの中で小さく笑っている結衣の声が聞こえて、美咲は不思議な感覚に包まれた。
目の前にいるのは完璧なティア・リリアンなのに、その中から聞こえるのは確実に友人の結衣の声。
この精巧にできているマスクの技術に改めて感心する。
「ほんまに不思議やなあ。外からは全然中が見えへんのに、中からは見えるなんて。」
ティア・リリアンは小さく頷きながら、視界は確保されているという事を伝えた。
ただマスクの中でゆっくりと息を整えながら話すのが少し辛そうだった。
「マジックミラーみたいな仕組みなんやね。でも狭いって、どれくらい?」
「えーっと......」
結衣がマスクの中でゆっくりと呼吸をしながら、少し考えるような仕草をする。声が明らかにくぐもって聞こえる。
「普通に見えるのは......正面だけで...左右は首を動かさな...見えへん。上下も...ほとんど見えへんから...足元とかは全然分からない。」
「そうなんや。じゃあ歩くのも大変やね。」
「うん。段差とか...あったら絶対つまずく。」
美咲は結衣の話し方が途切れ途切れになっているのに気づいた。
「結衣ちゃん、話しにくい?」
「うん...ちょっと。顎の所が...少しつっかえるから...あんまり大きく口を開けられへんねん。まぁ本番は...喋らないから...大丈夫やけどね。」
結衣が少し考えるような仕草をする。マスクの中でゆっくりと呼吸を整えているようだった。
美咲は結衣の大変さを実感し始めた。
見た目は完璧なティア・リリアンだが、中の人はかなり制限された状況で頑張っているのだ。
「呼吸は大丈夫?なんか苦しそうに見えるけど。」
「口のスリットのとこが...開いてるからそこから出来るけど...ここにも布が貼ってあるから小さいし...あんまり空気が入ってこない。」
結衣の声が少し息苦しそうに聞こえる。
途切れ途切れになっているのが心配だ。
美咲がマスクの口元を見ると、確かに小さなスリットが開いていて、中に赤い布が貼ってあるのが分かる。
しかし、それは本当に小さく、十分な換気ができているとは思えない。
「大丈夫?無理したらあかんで。」
「今のところは...大丈夫やけど...ちょっと息が熱い。」
美咲がマスクの重さを心配そうに見る。
ティア・リリアンの髪のボリュームは相当なもので、見るからに重そうだ。
「お面はやっぱ重い?」
「結構重いけど...なんとか大丈夫。左に髪のボリュームがあるから...ずっと左に引っ張られてる感じがする。」
結衣がそう言いながら、無意識に首を右に傾ける動作をする。確かに水色の髪が左側に多く配置されていて、バランスが悪そうだ。
「それ、首痛くならない?」
「うーん...今のところは大丈夫やけど...長時間やったらしんどそう。絶対肩凝るわ」
美咲は結衣の体型を見て疑問に思った。
ティア・リリアンのマスクは明らかに小顔に作られており、結衣の顔の大きさとほとんど変わらない程だった。
「顔が結構小さいけど、被ってるとどんな感じ?マスクの中で顔動かせる?」
「う〜ん...結構小顔だから...顔に密着してる感じだけど...少し隙間はあるよ。でも自分の熱い息が...跳ね返って帰ってくるから顔に当たって気持ち悪い。」
結衣の説明を聞いて、美咲は着ぐるみの大変さを理解し始めた。
「えー、それって結構きつくない?大丈夫?」
「慣れるまでは...気持ち悪いけど...でも不思議なことに、マスクを被ってると...本当にティア・リリアンになった気分になるねん。」
美咲が興味深そうに聞く。
「どういうこと?」
「説明するの...難しいけど...体が勝手にティア・リリアンらしい動きを...したくなる。さっきも無意識に可愛いポーズ取ってしまったし。」
「へえ、それがキャラクター化現象ってやつなんやね。」
「多分そう。最初は息苦しくて...パニックになりそうやったけど...鏡で自分を見たら本当にティア・リリアンになってて...なんか切り替わった感じ。」
美咲は改めてティア・リリアンの完成度に驚いた。
マスクの精巧さ、衣装の美しさ、そして何より結衣の演技力。こんなに過酷な状況の中で、結衣は完璧にキャラクターを演じているのだ。
「顔や頭が痒くなった時はどうするの?」
美咲が気になって聞く。
「我慢しかない...ね。 そんなん気にしてる余裕...ないけど。」
結衣の声がマスク越しに聞こえて、美咲は少し聞き取りにくかった。
「え?何て言った?」
「我慢するしかないって...言ったの。」
今度はもう少しはっきりと聞こえた。ティア・リリアンが首を少し傾げて、マスク越しに聞こえる声で言う。
「美咲ちゃん...私、可愛い?ティア・リリアンに...なれてる?」
その不安そうでありながらも期待に満ちた声に、美咲の心が温かくなった。
「結衣ちゃん、すごいよ。そんな大変な中で、全然気づかせへんもん。完璧にティア・リリアンになってるで!」
「結衣ちゃん才能あるんちゃう?」
ティア・リリアンが恥ずかしそうに手をひらひらと振る。その仕草がまたティア・リリアンらしくて、美咲は思わず微笑んでしまった。
「でも本番は撮影会も含めて最大60分、長くても90分程度着続けるんやろ?大丈夫なん?」
「うん...頑張る。子供たちの...笑顔のためやし。」
結衣の声には不安もあったが、同時に強い決意も感じられた。マスクの中で息を整えながらも、しっかりとした意志を感じさせる。
「私も司会でしっかりサポートするから、無理は禁物やで。しんどくなったらすぐに合図して。」
ティア・リリアンがうなずき、親指を立てて「大丈夫」のサインを送る。
「っていうか、その姿ではあんま喋ったらあかんのちゃうの?」
美咲が突然気づいたように言う。ティア・リリアンが「あ!」という感じで慌てたように両手を口元に持っていく。
そして美咲の方を向いて、「あなたのせいよ!」と言わんばかりに指を差す仕草をする。
「質問ばっかりするから、つい答えちゃったじゃない!」
「ごめんごめん!」
美咲が笑いながら手を合わせて謝る。
ティア・リリアンも最後は両手を組んで「しょうがないなあ」という感じの仕草を見せた。
美咲は友人の勇気と責任感に感動していた。
見た目は可愛いキャラクターだが、その中には強い意志を持った結衣がいる。
この対比が、プリティア演者という仕事の本当の意味を美咲に教えてくれた。
「結衣ちゃん、本当にありがとう。私も頑張るから。」
その時、更衣室のドアが開き、山田さんと一緒にティア・ニャミーに変身した亜美が現れた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
亜美の変身とティア・ニャミー登場
山田さんが亜美を更衣室に案内してから20分ほど経った頃、更衣室のドアがゆっくりと開いた。
「お待たせしました。」
山田さんの声に続いて、白を基調とした上品な衣装に身を包んだティア・ニャミーが慎重な足取りで現れた。
「わあ!」
美咲が再び感嘆の声を上げる。
亜美の長身でスタイルの良い体型にティア・ニャミーの衣装が見事にフィットしていて、とても上品で優雅な印象だった。
白い髪が美しく揺れ、落ち着いた佇まいは亜美の雰囲気にぴったりだった。
ティア・リリアンが嬉しそうに手をひらひらと振って、ティア・ニャミーを歓迎する。
2人のプリティアが並んで立つ光景は、まさに圧巻だった。
マスクの中で亜美は、初めて体験する世界に戸惑いながらも、静かな興奮を感じていた。
『私がティア・ニャミーになってる...』眼鏡なしの視界に加えて、マスクによる視界制限で世界がぼんやりとしているが、不思議と心は落ち着いていた。
『結衣ちゃんも同じような気持ちやったんかな。』
狭い視界の中で、ティア・リリアンの水色の髪がふわりと動くのが見える。
『あれが結衣ちゃんなんだ...』マスクの中から見ると、ティア・リリアンがより一層本物に見えた。
『結衣ちゃんも今、私と同じようにリリアンの中で頑張ってるんやね。』
その事実に、なぜか心強さを感じる亜美だった。
「亜美さんも、マスクの装着はいかがでしたか?」
山田さんが確認する。ティア・ニャミーが丁寧にうなずく。
マスクの中で亜美は『ちゃんと聞こえてるけど、返事するのも一苦労やな』と思いながらも、できるだけ上品な動作を心がけた。
「眼鏡は外していただきましたが、動けそうですか?」
今度は大きくうなずくティア・ニャミー。
亜美の場合、視力の問題に加えてマスクの視界制限が重なり、二重に見えにくい状況となった。
『結衣ちゃんはよく見えてるのかな? 私にはもっと厳しいかも。』
しかし、それも覚悟していたことだった。
しばらく練習室を歩いてみると、亜美なりの対応策を見つけ始める。
『見辛いけど、何とかなりそう。 呼吸はもう仕方ないね...』
足音や声の方向に集中し、慎重だが確実な動きを身につけていく。
ティア・リリアンの方向を見ると、結衣も同じように頑張っているのが分かる。
『結衣ちゃん、初めてやのにめっちゃ頑張ってる。』
マスクの中で亜美は、友情と責任感、そして新しい挑戦への静かな決意を感じていた。
『結衣ちゃんがあんなに可愛いティア・リリアンになれるなら、私もきっと素敵なティア・ニャミーになれるはず。』視界は制限されているが、心の中は希望で満たされていた。
「亜美さんは、とても丁寧で安全な動きができますね。」
山田さんが評価する。
「では、実際に動きの練習をしてみましょう。」
山田さんの指導のもと、ティア・リリアンとティア・ニャミーは何度も確認しながら動きを一つ一つ覚えていく。
「まず基本のポーズから。手をこうして...」
山田さんが実際に手本を見せながら、細かく指導していく。
2人は真剣に山田さんの動きを見て、それを真似しようと努力する。
最初はぎこちなかった動きも、徐々にキャラクターらしくなっていく。
しかし、練習が進むにつれて2人の苦労が見え始めた。
ティア・リリアンは視界の狭さに苦戦し、左右を確認する時に首をゆっくりと大きく動かさなければならない。
「こっちの方向?」
山田さんが指差すと、ティア・リリアンは慎重に首を動かして確認する。
一方、ティア・ニャミーは眼鏡なしの状態で、さらにマスクの視界制限が重なり、足元がよく見えずにバランスを取るのに苦労していた。
歩く時も一歩一歩確認するような慎重さが必要だった。
美咲はその光景を見て、最初は2人が楽しそうに練習している様子に微笑ましさを感じていた。
しかし、よく観察していると、ティア・リリアンが途中で何度も両手でマスクの位置を直したり、髪の重さで首が左に引っ張られるのを右手で支えるような仕草をしているのが見えた。
ティア・ニャミーも少し俯いて深呼吸をしようとしたり、時々壁に手をついてバランスを確認している様子が分かった。
それでも2人は諦めずに練習を続けた。
山田さんが「手を上げて」と指示すると、2人は丁寧に両手を上げる。
「今度は回ってみて」と言われると、ティア・リリアンはゆっくりと、ティア・ニャミーは足元を確認しながら慎重に回転する。
美咲は、見た目は楽しそうでも、実際はかなり辛そうだということに気づき始める。
マスクの中から時々小さなため息や、深く息を吸い込む音が聞こえることもあった。
それぞれのキャラクターらしい動きを練習する中で、結衣は活発で愛らしく、亜美は上品で優雅に演じていたが、時折見せる疲労の兆候が美咲には心配だった。
ティア・リリアンは髪の重さに負けまいと首をまっすぐに保とうと頑張り、ティア・ニャミーは見えない足元に注意を払いながらも美しい動きを心がけていた。
2人が並んで動く姿は、まるで本物のアニメキャラクターが目の前にいるようだった。
しかし、20分を過ぎた頃から、ティア・リリアンの動きが少し小さくなってきた。
マスクを両手で触る仕草も増えてきている。
ティア・ニャミーも動きと動きの間に小さな休憩を挟むようになった。
30分ほど経った頃、2人の動きが明らかにぎこちなくなってきた。
ティア・リリアンは時々首を左右に振って、マスクの中の熱気を逃がそうとしているような仕草を見せた。
ティア・ニャミー胸元に手を当てて、静かに呼吸を整えている時間が長くなってきた。
二人のマスクの中から少し荒い呼吸音も聞こえ始めていた。
それでも2人は最後まで諦めずに、キャラクターとしての役割を果たそうと頑張っていた。
「そろそろ休憩しましょうか。」
山田さんが気づく。
「本番の為に、二人で協力して脱いでみてください。何かあったらすぐに呼んでくださいね。」
山田さんが指示する。
ティア・リリアンとティア・ニャミーは小さくうなずいて、お互いを見合わせてから更衣室に向かっていく。
歩く姿も最初より少し疲れた様子が見て取れたが、最後まで2人はキャラクターとしての姿勢を崩さなかった。
2人が歩いていく後ろ姿を見ながら、山田さんが美咲に言った。
「これなら本番は大丈夫そうですね。お二人とも飲み込みが早くて。」
「本当にそうですね!二人の可愛い仕草、見てるだけで癒されました。特に結衣ちゃんのティア・リリアン、自然すぎてびっくりしました。」
美咲も感心したように答える。
「亜美さんのティア・ニャミーも、上品で優雅でしたし。キャラクターの個性がちゃんと出てましたよ。」
山田さんもうなずく。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
更衣室に入った2人は、まず深呼吸をしようとしたが、マスクのせいで思うように深い呼吸ができない。
少し荒い呼吸の中、お互いマスク越しのため声が聞き取りにくい。
「はあ、疲れたけど楽しかったね。」
結衣がマスクの中から言うが、声がこもって聞き取りにくい。
「え?何て言った?」
亜美がティア・リリアンの口元に自分のマスクを近づけて、声を聴こうとする。
「疲れたけど楽しかったって言ったん。」
結衣が今度は少し大きめの声で答える。
「うん、最初はどうなるかと思ったけど、意外といけそうやね。」
亜美も同じようにマスクの口元を近づけながら答える。
「とりあえず、衣装脱ごうか。マスクから外す?」
「そうやね。お互い手伝わな外れへんしね。」
2人は協力してマスクや衣装を脱ぎながら、興奮した様子で感想を言い合っていた。
まず、お互いのマスクを外すところから始まった。
「結衣ちゃん、後ろの紐解いてもらえる?」
亜美が振り返りながら頼む。
「うん、待って。どこに結んであるんやろ...」
結衣がティア・ニャミーのマスクの後頭部を探る。
水色の髪の毛をかき分けながら、固く結ばれた紐を見つける。
「あ、見つけた。でもきつく結んであるなあ。」
「汗で紐が膨らんで、余計にきつくなってるんちゃう?」
亜美が苦笑いする。
結衣が慎重に紐をほどいていく。
「よし、解けた!」
亜美のマスクがゆっくりと外される。
「うわあ、やっと外の空気が吸える!」
亜美がマスクを外した瞬間、大きく息を吸い込みながら言った。
顔には深い赤いマスクの跡がくっきりと残り、額や頬のスポンジが当たっていた部分が特に赤くなっている。
髪は汗で濡れて頭にぺたりと張り付いていた。
「亜美ちゃん、私のも外して。」
今度は結衣が後ろを向く。
「分かった。結衣ちゃんのティア・リリアンの髪、ボリュームあるから紐が見つけにくいわ。」
亜美が水色の髪をかき分けて、後頭部の紐を探す。
「あった。でも本当にきつく結んである。山田さん、しっかり固定してくれてたんやね。」
「そうやね。でも汗で紐がきつくなって、なかなか解けへん。」
亜美が慎重に紐をほどいていく。
結衣は首を少し前に傾けて、亜美が作業しやすいようにしている。
「もうちょっと...よし!」
ついに紐が解けて、ティア・リリアンのマスクが外される。
「はあ...」
結衣が深いため息と共に外の空気を吸い込む。
「顔、真っ赤やで。大丈夫?」
亜美が心配そうに結衣の顔を見る。
額から頬にかけて、マスクの形に沿って赤い跡がくっきりと残っている。
特に鼻の部分は圧迫されていたのか、より深い跡になっていた。
「でも、思ってたより楽しかった!」
結衣が満足そうに笑う。
「私も!最初は見えなくて不安やったけど、慣れてきたら意外と動けたわ。」
亜美が眼鏡をかけ直しながら答える。
「結衣ちゃん、マスクの跡すごいで。真っ赤や。」
「亜美ちゃんもやん!でも何か、戦った証拠みたいで嬉しいかも。」
結衣が鏡で自分の顔を確認しながら笑う。
「結衣ちゃんのティア・リリアン、すごく自然やったで。本当にキャラクターになりきってた。」
「亜美ちゃんこそ、上品で優雅な動きがティア・ニャミーにぴったりやった!眼鏡なしでも全然大丈夫そうやったし。」
お互いを褒め合いながら、2人は着ぐるみをハンガーに丁寧にかけていく。
「でも正直、最後の方はしんどかったわ。」
亜美が汗を拭きながら本音を漏らす。
「私も。首が左に引っ張られるし、息も苦しくて。でも子供たちの前に出たら、きっとアドレナリンが出て頑張れそうやけどな。」
「そうやね。あの達成感も味わったことないもんやった。マスクを被った瞬間から、本当に自分がティア・リリアンになった気がして。」
結衣が感慨深げに言う。
2人は全身タイツも脱いで、普段の服に着替えながら話を続ける。
「ところで結衣ちゃん、途中でマスクの位置直してたけど、ズレるもんなん?」
「うん、汗かくとちょっとズレてくるねん。特に首動かした時に。でも慣れたら気にならなくなったよ。」
「私は足元が見えへんのが一番怖かった。でも声を頼りにしたら、意外と分かるもんやね。」
亜美が髪を直しながら振り返る。
「司会は美咲ちゃんが絶対に一番上手やから、最初の役割分担としては完璧やと思う。」
「そうそう。私たちも最初はパニックになりそうやったし、慣れるまでは本当に大変や。」
「本番、最大60分から長くても90分程度って聞いて最初は不安やったけど...なんとかなりそうやね。」
結衣が汗ばんだ髪を手で直しながらつぶやく。
「でも途中で休憩もあるやろうし、美咲ちゃんがサポートしてくれるし。」
「それに、30分でもこんなに充実感があるんやから、本番はもっとやりがいがありそう。」
亜美が着替えを終えて振り返る。
「うん。3人で力を合わせれば、きっと子供たちを喜ばせられるわ。子供たちの笑顔を想像しただけで、また頑張れそうな気がする。」
亜美も自信に満ちた表情で答えた。
「そやね。あの子たちにとって、私たちが本物のプリティアになるんやもんな。責任重大やけど、絶対に夢を壊したりしたらあかん。」
結衣が決意を新たにする。
2人は最後に着ぐるみの状態を確認し、次に使う人のことを考えて丁寧に整頓した。
「よし、準備万端や!」
「美咲ちゃんも待ってるし、早く出よか。」
お互いの顔を見合わせて微笑み合うと、2人は満足そうな表情で更衣室を出ていく準備を整えた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
20分ほど経つと、更衣室から私服に着替えた結衣と亜美が満足そうな表情で出てきた。
結衣は少し汗ばんだ髪を手で直しながら、亜美は眼鏡をかけ直しながら、2人とも充実感に満ちた顔をしている。
美咲の体験
「私も一度体験してみたい。」
美咲が申し出る。
山田さんと一緒に更衣室に入った美咲。
全身タイツに着替える時、美咲は結衣や亜美の大変さを改めて実感した。
密着する生地の感覚は思っていた以上に違和感があり、動きにくさを感じる。
「美咲さん、サイズはいかがですか?」
「は、はい...ちょっときついですけど、大丈夫です。」
ティア・リリアンの衣装を着せてもらう時、美咲は鏡に映る自分の変化に驚いていた。
いつもの美咲とは全く違う、可愛らしいキャラクターの姿になっていく。
髪をまとめ、フードを被せられ、いよいよマスクの装着となった。
「では、マスクを装着しますね。少し息苦しくなりますが、パニックにならないよう深呼吸を心がけてください。」
山田さんが丁寧に説明する。
マスクが被せられた瞬間、美咲は結衣が感じたのと同じパニックを経験した。
視界が一気に狭くなり、外の音がこもって聞こえる。
そして何より、密閉感が想像以上に強烈だった。
視界の狭さ、息苦しさ、密閉感。
「うっ...ううっ...」
美咲の呼吸が荒くなる。
マスクの内側で、自分の吐いた息が顔全体にかかってくる感覚が耐えられない。
額や頬に当たるスポンジの圧迫感も想像以上で、まるで頭全体が締め付けられているようだった。
「これじゃあ...息が...」
美咲は心の中でつぶやいたが、声に出すことも辛い状況だった。
「大丈夫ですか?」
山田さんの声が遠くから聞こえる。
「は、外して...外してください!」
美咲が慌てて言う。
山田さんが素早くマスクを外してくれた。
「はあ...はあ...」
美咲が大きく息を吸い込む。
外の空気がこれほど美味しく感じたことはなかった。
「無理は禁物です。慣れるまでには時間がかかります。皆さん最初はそうですから、気にしないでください。」
山田さんが優しく言う。
美咲は額に汗をかきながら、結衣と亜美の凄さを心から感じていた。
「結衣ちゃんも亜美ちゃんも、よくあんな状態で30分も頑張ったなあ...」
美咲は自分にキャラクターを演じるのは難しいと痛感した。
同時に、2人への尊敬の気持ちがより一層強くなった。
最後に美咲が司会の練習をした。
マイクを持って簡単な台本を読み上げる。
「みなさん、こんにちは!今日はティア・リリアンとティア・ニャミーに会いに来てくれて、ありがとう!」
美咲の明るい声が練習室に響く。
人前で話すことに慣れている美咲は、すぐにコツを掴んだ。
「では、実際にキャラクターと一緒に練習してみましょう。」
結衣と亜美は面下とキャラクターのマスクだけを着用した状態で、美咲の司会に合わせて動く練習が始まった。
「ティア・リリアンちゃん、みんなにご挨拶して。」
結衣は慎重に手を振る。
マスクの中で自分の呼吸音を聞きながら、子供たちの喜ぶ顔を想像していた。
「ティア・ニャミーちゃんも、お願いします。」
亜美は結衣よりもゆっくりとした動きで、丁寧にお辞儀をする。
視界は悪いが、責任感から完璧を目指そうとする亜美らしい対応だった。
練習中、マスクの中から時々2人の会話が聞こえる。
「ティア・リリアン、今度は左の方向いてみて。」
美咲が指示する。
「こっちかな?」
マスクの中から結衣の声。
「そうそう!完璧!」
「ティア・ニャミーも、もう少し手を大きく振ってみて。」
「こんな感じ?」
亜美の声がマスクの中から響く。
「うん、とっても上品で素敵!」
しかし、練習が終わって2人がマスクを外すと、途端に2人とも恥ずかしそうに俯いてしまった。
「あ...また変なこと言ってた...」
結衣が顔を赤らめる。
「練習やから声出しても良いって言われてたのに、つい調子に乗って...」
亜美も恥ずかしそうだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
配役の決定
練習が終わり、3人は控え室で話し合った。
「私、司会に専念する。着ぐるみは、とてもじゃないけど無理やった。」
美咲がはっきりと言う。
「そうやね。美咲ちゃんの司会が一番上手やし。」
結衣がうなずく。
「私も同感。」
亜美も同意する。
山田さんが確認する。
「では、配役を固定させていただきますね。結衣さんがティア・リリアン、亜美さんがティア・ニャミー、美咲さんが司会と2人のサポート。」
「はい!」
3人が元気よく答える。
練習が終わり、3人は控え室で振り返りをした。
「思ってたより大変やったけど...なんか、やりがいがありそう。」
結衣が素直な感想を述べる。
「結衣ちゃんの着ぐるみ、本当に自然やった。才能あるんちゃう?」
美咲が褒める。
「亜美ちゃんも、眼鏡なしでもちゃんと動けてたし。」
亜美が眼鏡を拭きながら言う。
「でも、本番は撮影会も含めて最大60分、長くても90分程度着けるんやろ?体力もつかな。」
山田さんが資料を整理しながら答える。
「大丈夫です。休憩時間もしっかり取りますし、体調管理には十分注意します。何かあれば、すぐにスタッフが対応いたします。」
3人は顔を見合わせた。
不安はあるが、同時に期待も膨らんでいる。
「よし。来週からいよいよ本番やね。」
美咲が立ち上がる。
「頑張ろう。」
結衣と亜美も決意を固める。
帰りの電車で、結衣がつぶやいた。
「マスクの中、最初は本当に怖かったけど...慣れたら不思議な感覚やった。」
「どんな?」
美咲が聞く。
「うまく言えないけど...本当にティア・リリアンになったみたいな。体が勝手に動くねん。」
亜美がうなずく。
「分かる。私も、普段やったら絶対恥ずかしくてできひんような可愛いポーズが、自然にできた。」
美咲が興奮する。
「それってすごいことやん!本物のプリティア演者になれるってことでしょ?」
「でも。」
結衣が不安そうに付け加える。
「本番は子供たちがいっぱいいるし、3日間も続けられるかな...」
「大丈夫。3人で支え合えば、きっとできる。」
亜美が結衣の手を握る。
「そうや!子供たちの笑顔のために、最高のプリティアになったろう!」
美咲が拳を握る。
電車の窓に映る3人の顔には、不安と期待が入り混じった表情が浮かんでいた。
まだ彼女たちは知らない。
本番の過酷さや、子供たちの純粋な期待の重さ、そして正体がバレる恐怖を。
しかし同時に、この経験が彼女たちにとってかけがえのない財産となることも。
━━ つづく ━━