「ぬぅ、ぐ・・・っ」
私は、顔を真っ赤にして膨らませていた。
女子高生らしからぬ、力み顔での踏ん張り。
「んぐぅ、あぁっ!」
“それ”は、やっと肩の高さまで持ち上がった。
いわゆる、『バーベルカール』と呼ばれる筋トレ。
「はぁ、はぁっ・・・」
只の一回。たったの一回で、汗だくになる。
「ん、っしょ!」
ズズゥッンッ!!
普通に置くだけで、地響きが起きる程の超々高重量バーベル。
「・・・ふぅ」
私は、地面に置いたばかりのバーベルを“正面に見据える”。
ラックに置いた訳でもないのに、立った状態でシャフトに手が届く。
地面に置いて尚、腰の高さぐらいは有る巨大ウェイト。
まるで、巨人族が扱うかのような、バグッたスケール感。
大型重機の巨大タイヤ並なウェイトは、一つで『2.5t』。
シャフト込みで合計『6t』ものバーベルを置けるラックなんて、この世に存在しない。
私は夏休みなのを利用して、足繫く『ゴミ置き場』に通っている。
『2.5t』の資材コンテナで、ウォームアップしてから。
このデカブツに挑戦する、って一連の流れが日課になっていた。
「何だろう、な」
何処か、違和感。
「効いてるのに・・・」
毎日、少しずつだけど。
挙げる高さ、挙げて居られる時間は伸びている。
「ん、ぅっ」
おもむろに、右腕を盛り上げる。
モゴゴォッ!!
ギュギュゥッ!
上腕二頭筋だけで、大玉スイカと同じサイズな特大力瘤。
筋肉が犇(ひし)めき合い、ゴム同士が擦れたような音が鳴る。
「・・・効いてない、みたいな」
一向に、“小さくなる”気配がない。
「むしろ、大きくなって・・・る?」
我ながら、あちこちの筋肉が余りにもデカ過ぎるせいか。
多少、サイズが変わった程度だと気付こうにも気付けない。
「測って、みるか」
念の為に、と『巻き尺』を持参していた。
「・・・え、うそ」
一休みして、力瘤を測定。
2m用の巻き尺は、『122cm』を指していた。
誤差も考え、時間を置いて逆の腕で測ってもみた。
「うそ、変わんない・・・」
それでもやっぱり、『上腕屈曲囲』は確かに『122cm』も有った。
「増えてる・・・」
どれだけ測り直しても、“増えてる”事実は変わらない。
「なん、で・・・」
太腿は、『131cm』だった。
力瘤:118cm ⇒ 122cm(+4cm)
太腿:126cm ⇒ 131cm(+5cm)
『筋膨張(パンプアップ)』では、無い。
休憩前に、入念なクールダウンは済ませてある。
「筋肉、付いちゃった・・・?」
何を今更、な気もする。
『6t』なんていう、人外なウェイトで筋トレを繰り返したのだ。
単純に、『筋肥大(バルクアップ)』したってだけの話。
「思ってたのと、違う」
私の想定だと。
【魔力】を消費して、“余剰に『筋肥大』した分”を減らそう。
そういう、目論見。魂胆。
「ん? あれ・・・」
そもそも、の話。
【魔力】は何処から来て、何処へ流れて行くんだった・・・っけ。
「今回で言えば、空巣の・・・」
何処の誰か、どころか。
何人居たか、すら全くわからないんだけど。
我が家に空巣に入った泥棒たちを、私が屠って。
その【魂】を、【魔人】が喰らった。
「地面に書いてみるか・・・」
デジタル全盛な現代に敢えての、アナログな砂地メモ。
【魂】⇒【私】⇒【魔人】
って流れ、だった筈。
「私を経由するから・・・ん。経由・・・?」
【魔力】が私を通った、その先。
その先の【魔人】は、もう居ない。
『ワタシを取り込み、人間のまま魔人の力を得るなんて』
私は、【魔人】の最期の台詞を反芻する。
「あ、あれ・・・?」
そう、だった。
もう、とっくの昔に。
私自身が、【魔人】なのだった。
これも、一種の『正常性バイアス』なんだろうか。
既に、人外に成り果てていた事実を。
私はまだ、受け入れていなかったのだ。
感情では、もう馴染んでいた筈だったのに。
理性では、何処かでストップを掛けていた。
「・・・なぁーんだ」
今度こそ、になるのかな。
私の中に、ストンッと何かがハマッたような気がした。
「じゃあ、また“ヤラなきゃ”」
夜は、長い。時間はまだ、これから。
「夏休みで良かった」
通学しなくて良いなら、外に出掛ける必要はない。
正確には、外出用の服が無くても、何とかなる。
「今の内に、“ストック”しとかなくちゃ」
夏休みが明ければ、また学校に行かないといけなくて。
当然、制服を着る必要がある。
「“今のまま”だと、無理だもんね」
私の巨体を包み込める学生服は、存在しない。
と、なれば必然。
“【魔力】をゲット”しないといけない。
【魔力】を使った、【アフターケア】を行う為。
私には、ちょっとした目算があった。
「今日は、来るかな」
ここ数日、何度か“来客”が有った。
私の【体質】で、不逞の輩を引き寄せたのか。
それとも、この『ゴミ置き場』が“そういう場所”なのか。
「うーん、勿体無かったかな」
今思えば、何度か“チャンス”は有った。
誰かが来るのを察知すると、私は隠れてやり過ごしたのだ。
タンクトップに短パンを見られるのは恥ずかしいし、説明も面倒。
――と、その時。
「・・・!」
私は、“気配”を感じ取る。
以前よりも、五感が研ぎ澄まされた気がする。
【魔人】化しても、見た目は変わらないままだけど。
ヒトの気配が、離れた状態でも認知出来るようになっていた。
「あ、来た♪」
程なくして。
「「「~~~っ」」」
遠くの方で、人らしき声と物音。
「え、っと。あれ、かな」
夜目が効く上に、遠視まで出来るようになったのか。
巨体を晒す事なく、相手方を伺う。
「オラァッ! さっさと、歩きやがれ」
如何にも、柄が悪そうな男たち数人。
「ひぃっ!」
そして、ソイツらに詰められていると思しき男。
「お、お助けっ!」
「うるせぇっ」
ドガッと蹴られ、男は砂地に顔から突っ伏す。
「・・・・・」
事情を察するに。
ヤバいお金を持ち逃げしようとして捕まった、みたいな感じなのかな。
しかも、そのお金はギャンブルで擦っちゃったらしく。
オトシマエ?を付けられちゃうっぽい。
「“コイツ”から逃げられたら、助けてやっても良いぜ」
男たちの内の一人が、何処からか油圧ショベル車を運転して来た。
そういや、ここって元は建設会社の持ち物だっけ。
油圧ショベル車は、意外と速度が出るみたいで。
逃げ惑う男を器用に追い掛け、『アーム』で何度も小突いた。
「うがぁっ! や、やめっ」
「あっ! おいっ」
男は、転がされながらも機を伺っていたようで。
アームの隙を付いて、男たちの包囲をスルッと抜け出した。
「この野郎! 逃げんなっ」
取り囲んでいた男たちが、総出で追い掛ける。
「え、ちょ」
何と。
逃げる男も、追い掛ける男たちも。
ついでに、油圧ショベル車も。
当事者たちが全員、“私の方”に向かって来る。
どれだけ暗がりで、身を潜めていようが。
月明りに照らされる、私の巨体は隠し切れなくて。
「うが」
「きゃ」
全速力で走っていた男は、私と衝突して。
ドォンッ!
と、私のおっぱいにバウンドして、逆方向に吹っ飛んだ。
「っ!?」
「何だ、お前・・・」
自分たちしか居ないと思っていた所に。
まさかの、先客登場。
「何だ、このコイツ・・・」
「でけぇ・・・。ナニモンだ」
凄く、既視感のある反応。
「ど、どうも~。はは・・・」
私は逃げる間もなく、仕方なく挨拶。
・・・ん?
そういや、“逃げる必要は無い”んだっけか。
「何で、こんな所に女?が居るんだ」
「さ、さぁ・・・」
男たちも私の存在は予想外だったのか、アタフタ。
でも、ね。
ちょっと、気になったんだけど。
「ねぇ。何で今、半疑問形だったのかな?」
「あぁんっ!?」
男は、何を言っているんだと言わんばかり。
「どうします?」
「仕方ねぇ。ソイツは後回しだ」
リーダーらしき髭男が、子分に顎でクイッと指示。
「お、おい! 何するっ」
「うるせぇ。じっと、してろ」
「お前がこれからどうなるか、特等席で見せてやる」
逃げていた男は、二人の男にそれぞれ両腕を拘束された。
「おい」
「「へい」」
残った男たちが、今度は私の後方で包囲を作る。
「先ずは、“コイツ”からだ」
そう言った髭男の視線は、明らかに私を見据えていた。
「私、コロされちゃうの・・・?」
ワザとらしく身体を拗(くね)らせ、品を作って見せる。
「無駄にデケぇ図体してんだ。何なら、抵抗したって良いぜ?」
髭男が、油圧ショベル車を運転する男に顎で指示。
「へっへっへっ・・・」
油圧ショベル車が、『アーム』ごと私に向きを変える。
「・・・そう」
私は怖がる演技そのまま、内心は落ち着いていた。
今のところ、というか。
私は、『降り掛かる火の粉は払う』というモットーは大事にしたいと思ってる。
だけど、“言質”は取れた。
向こうが、私にオーケーサインをくれたのだ。
お言葉に、甘えてしまおう。
「わかった、わ・・・」
私はそう、静かに呟く。
髭男たちに聞かせるというよりは、私自身への納得の意味合いが強い。
だって、油圧ショベル車が相手なんだもの。
手加減なんて、全く必要がない。
女子高生 VS 油圧ショベル車
字面だけ見れば、絶望的な状況。
だけど、月明りに照らされた私の顔は、薄い笑みが浮かんでいた。