それは極太などというレベルではない。直径が4メートル以上あるワイヤーが悲鳴をあげている。
ワイヤーの端は巨大な建造物に吸い込まれている。窓のないビルのようにも見えるこの建屋には、牽引力を計測する機械、そしてウエイトが所狭しと置かれている。
その最大計測力は約50億トン。
地球上の様々な牽引車、船舶、はたまたロケット。いやどんな機関であろうとこの計測器で測れないものはないだろう。
その計測器が、数百メートルの建屋が、今ミシミシと悲鳴をあげている。
その太さを感じさせないまでにピンと張りつめたワイヤーにかかる負荷は49億8500万トン。
想像もつかない負荷がかかる中、なおもじわじわと数字は増えていく。
この途方もない負荷を生み出しているのは巨大な牽引機でもなければ船でもなく、ひとりの小柄な少女だった。
「えー?もう限界なのかい?ボクはまだまだ余裕なんだけどなあ」
ワイヤーを片手で持ち―これを「持つ」というのかどうか、ワイヤーが巨大すぎて金属面に手を添えているようになっているが―、力を込めているようにも見えない少女。
豊満な肢体をビキニアーマーで包んだ彼女はシャルル=バーテックス。怪力自慢の異世界の勇者だ。
「これならその辺の岩山のほうがよっぽど重いよ」
そう言って少し力を込めると計測建屋で爆発が起こり、支えをなくした極太ワイヤーは地響きを立てて落下した。
「ああ、ごめんなさい。また壊しちゃった」
「しょうがないですよ。『力を測りたい』なんて言われたらこれくらい引っ張っちゃいますよねー」
無残に引き千切られた極太ワイヤーを背にスレンダーな美少女が話しかける。
彼女はアンヌ。宇宙警備隊で最も小柄にして最も強いエース。
「ええと・・・ご協力ありがとうございました・・・。全て計測不能だったのですが・・・」
白衣の男性が書類に記入する。
・握力 3億トン以上(計測不能)
・背筋力 25億トン以上(計測不能)
・走力 マッハ130以上(計測不能)
・~
・~
・~
結局、各計測器の最大計測量と計測不能が記入されただけの測定表を手に男は研究所へ戻っていった。
残されたシャルルはうずうずしていた。一緒に計測を行い、装置を破壊してきたアンヌという娘は自分と同等の怪力を持っているように見えた。
力比べがしてみたい。
「ねえアンヌさん。あなたも凄い力持ちだね。よかったらボクと力比べしてみない?」
「いいですよ。腕相撲でもしてみます?」
「いいね!やろうやろう!」
そうして少女ふたりはうつぶせに向かい合う。
シャルルも小柄な少女なのだが、華奢なアンヌの手はさらに小さい。
右手同士を組み合い、見つめ合う二人。
「あ、もしきつかったら両手を使ってもいいからね」
無意識に挑発めいた発言をしてしまうシャルル。今まで自慢の怪力が通用しなかった相手はいないのだからそれも仕方ないだろう。
「はい。“きつかったら”そうさせてもらいますね」
「よーい、はじめ!」
掛け声とともにじわじわと力を込めるシャルル。ドラゴンを投げ飛ばすくらいの力、巨人と力比べをした時くらいの力、岩山を持ち上げた時くらいの力・・・。
ずしん!!と地響きが起こり二人の少女を中心にクレーターができ始める。あまりの力に地盤が耐えられないのだ。
大地震を引き起こしながら力を込め続けるシャルルはふと気づく。
あれ、ボクの右手、震えてる・・・?
何が起きているのかわからない。今まで本気で力を出したことなんて無かった。力を込めて動かないものなんて無かった。
じゃあこの震えは、何?
軽いパニックに陥るシャルルに微笑みを浮かべてアンヌが話しかける。
「きつかったら両手を使ってもいいですよ?」
「ちょ…ちょっと待って!」
手を振りほどいたシャルルは腕相撲によって生まれた地割れに手をかける。
軽く力を込めるだけでずしん、と地盤が持ち上がりそうになる。弱くなってなんかない、自慢の怪力は健在だ。
「お、押し合いでもいい?」
「いいですよ。はい」
今度は四つに組んでの力比べを挑むシャルル。
シャルルも身長150センチほどと小柄だが、アンヌの身長は更に10センチ以上も低い。子供のような体つきに見合った子供のような小さな手を取り、力を込める。
地響きと共にクレーターがさらに深くなり、二人の少女の間に地割れが起きていく。
シャルルは前傾姿勢になり、思い切り押す!そもそもシャルルが“押して”動かなかったものなど存在しないのだ。
「っくぅ…!!そんな……ボクの…怪力が…!?」
勇者となって以来初めて力を込めるシャルル。アンヌの小さな手にかかる圧は数垓トンではきかないだろう。だが。
「おお~すごい。うちの部隊の誰より強いですよ~」
アンヌはまっすぐ立ったまま。ゆるく両腕を前に出してシャルルの怪力を受け止めている。
「でも、私の方が強いかな~」
「…っ!?」
更に腕を動かし、シャルルの両腕を右手一本に集約させる。
片手対両手となってもアンヌの表情は一切変わらない。
「なめ…るなぁ…!くああああぁぁ!!!」
怪力を授かって初めて全力を出したシャルル。二人を中心としたクレーターは凄まじい勢いで深くなり、震度7を超える地震と地割れが無数に発生。
しかしそれでもアンヌの細腕は、華奢な身体は、まったく動かない。
「うーん、大陸が壊れちゃうね…。じゃあ、えいっと」
「!?うわぁ…!?」
アンヌはゆるく曲げていた右腕を伸ばし、一歩前に出た。
ただそれだけで、怪力無双の勇者はまったく抗えない。
あっという間に押し込まれ、尻餅をついたシャルル。目をぱちくりさせてアンヌを見上げる。
「ボクが力比べで負けるなんて……」
怪力合戦ではもちろん初の敗北。だがあまりにも圧倒的な差に、悔しさすら抱けない。
「いやいや、すっごい強かったですよ。私もこんなに強い人初めて」
片手で圧倒して見せたアンヌだがその言葉は本心からのもの。おそらくアンヌの部隊でパワーではナンバー2のオリカが100人居たとしてもシャルルの指一本動かせないはずだ。
それだけアンヌの怪力があまりにも強すぎるのだが…。
「今度はうちに来てくれたら満足できる重りとか用意できますよ!」
「本当?ボクも負けてられないや…。もっと特訓してアンヌさんに勝てるように頑張るよ!!」
惑星を破壊できるふたりの怪力娘は異世界に帰っていっ