近頃凄腕のマッサージ屋があると巷では話題になっている。
その話を聞きつけたサイの男が店に入ると、ちょうど隙間時間だったのか、大柄な黒狼が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。始めて見る顔だな、名前は?」
「カルバナイルだ。今空いてるか?」
「見ての通りだよ。ちょうど暇してたところさ。俺はリアルド、マッサージを担当してる」
言われて見渡してみれば確かに、清掃された店内に人気はなく、受付に座っているのは狼だけ。清涼感のある柔らかい匂いを漂わせた内装は明るく、センスがいい。これを狼の大男一人で整えたのだろうかと、サイは不躾ながらそう感じざるを得なかった。
「店員はおまえさん一人か?」
「おう。小さな店だからな。俺一人でも十分。今みたいに暇な時間もあるし、のんびりやってるよ。それじゃあどうぞこちらへ。主訴については準備しながら聞かせてくれ」
サイも盛り上がった見事な体をしているが、黒狼も負けじと大きい。案内しようと黒狼との距離が狭まると、カルバナイルは薄着の下にある肉体の隆起を鮮明に感じ取れる。
それは向こうも同じだったようで、狼はわざとらしく考え込むようなそぶりを見せた。
「ふむ……お客さん、騎士だろ」
「お、わかるのか?」
「当然。というか、この店はそういう人しか来ねえから、当てやすいんだ」
「そりゃそうか。怪我や病気は魔法で治るもんな」
「そういうこと。マッサージなんてもんは、魔法では対処できない戦う奴らが抱える体の不調を軽減するもんだ。そんなわけでお得意様の大半は騎士や冒険者さ。たまに老人の依頼もあるが……まあ、まれだな」
黒い狼が口角を上げると途端に人懐っこさが醸し出されていく。黙って立っていればサイと変わらないこわもてだが、途端に雰囲気がマイルドになった。まさに接客業に慣れた男の態度だった。
「でもあんたは冒険者よりお上品だし、この二択なら騎士だと思ったわけだ」
「あはは、そう言ってもらえりゃ悪い気はしないな。じゃあ、おれがどこの騎士かはわかるか?」
奥へと案内されながら、サイは会話に乗る。
非番で薄着だが、十分に発達した灰色の肉体は動くたびに筋肉の脈動で布地を盛り上げている。四肢のいたるところが太く、同僚には筋肉の暴力と言われるほどだ。
だからこそ、黒狼には安心感を覚えている。鋼の肉体をマッサージするには、相応の筋力が求められる。評判がいいという噂も間違いないのだろうと、今後に胸を躍らせていた。
「おっと、これまた難しいお題を出すな。そうだな……この街ルミナスの騎士といや、街を守るルミナス騎士団か、リアニスター教団の騎士、はたまた貴族のお抱え騎士団か……うーん、絞り切るにはいろいろ足りねえな……」
と、そこで考え込んでいた狼の足が止まり、ドアを開いた。お先にどうぞと案内されてサイが入ると、そこは簡素なマッサージベッドが真ん中に鎮座した小さな部屋だった。
「ちょうど着いたところだし、あんたの体に聞いてみることにするか」
「体でわかるもんか?」
「ははっ。違う違う、あんたが口を滑らすのを待つってことだよ。上着を脱いで横になってくれ。全裸でも気にしねえならタオル貸すが、どうする?」
「上だけ脱ぐさ、おれはお上品だからな」
「じゃあお姫様みたいに扱わねえとな。こちら、リラックスできる香でございます」
わざとらしい態度で狼が香炉の準備を終えれば、ほのかに甘く香しい煙が立ち込めていく。嗅いだことのない匂いだが忌避感はなく、サイは上着をかごに片付けてからベッドへとうつぶせになった。
「こういうサービスもしてくれるんだな」
「言っただろ、あんたみたいなのが主な客だって。リラックスしてくれなきゃ、体が硬くて大変なんだ」
「人によっちゃ体を預けるなんて緊張するだろうしな」
「その点、騎士様は堂々としてくれて助かってるよ」
さらりと褒めることも忘れず、狼はサイの背中を軽く押す。肩から腰まで、筋肉を確かめるように触る手つきにいやらしさはなく、ある程度把握してから称賛をつぶやいた。
「ふうん、やっぱいい体してるな。筋肉の付き方が綺麗だ。ちゃんとした訓練をしてるのがわかるぞ。冒険者には少ない体つきだな」
「差が出るものなのか」
「おう。規則正しい生活をしてるから毛並みや肌艶もいいんだ。俺がお上品って言ったのはそういうところもあるんだよ」
それから灰色の背中に香油が垂らされ、塗り広げられていけばより凹凸が鮮明になっていく。人肌くらいまで温められているおかげか、カルバナイルも心地よく施術を受けることができる。
「なるほどな、人のことをよく見てるみたいだが、この仕事をして長いのか?」
「そうだな……まあ数年はやってるよ。俺も昔は騎士だったんだが、怪我で引退してな。それから新しい仕事として学びなおしたんだ」
「道理でそんな体をしてるわけだ。まだ鍛えてんのか?」
「こんな筋肉を揉みほぐすんだぜ、力がねえと無理だよ。戦うのは無理だが、鍛える分には問題ないからな」
リアルドが言う通り、サイの筋肉は分厚すぎる。長時間マッサージするとなると、確かに狼くらいの筋肉は必要だろう。
ぐっと広い背中をほぐされて、カルバナイルは上機嫌だ。狼の技術は疑いようもなく、普段とは違う筋肉の使い方をしていると、独特な痛気持ちよさが体に広がっていった。
「凝ってるなあ……ちゃんと柔軟しろよ。鎧で可動域が狭いのはわかるが、それにしても……だぞ!」
「訓練も鎧でしてるから、あんまり機会がなくてな」
「知ってるが……ふぅ! 騎士なんだから風呂は入れるだろ。お前がどの階級かは知らんが、メイドに揉ませるだけでもだいぶ効果があるぞ」
「そんなことさせるわけねえだろ」
「ははーん、なるほどな」
手を休めることなく、狼は口角を上げた。
「その真面目っぷり、あんたリアニスター教団の騎士だな。秩序を守ることこそ光であるという教えじゃ、軽率に女性と接することはできねえだろ」
「正解だ……本当に口を滑らせちまったな」
「あはは! そんだけリラックスしてくれてるってことなら、悪い気はしねえよ。情報を漏らす気もねえしさ」
「ただ、別に秩序のためだけじゃねえからな。おれは新婚なんだよ、そろそろ子どもも産まれる。あいつに心配かけさせたくねえんだ」
「お、なんだそうなのか。それならなおの事、体をいたわってやれよ。騎士なんて怪我したらすぐ引退だぜ……俺みたいにな。そうなったら生活も大変だろ」
「そうだな……もしそうなったらここで雇ってくれよ」
「いいぜ、最近人気が出たおかげか、人手が足りない時もあるんだ。あんたのところでも、宣伝しといてくれ。うちの店はお客も、従業員も募集してるってな」
「それはこの施術しだいだ」
「あはは、なら頑張らねえとな」
カルバナイルは気持ちまで揉みほぐされたのか、くつろぎながら会話を続けている。家でも職場でも気を張っていることが多かったせいか、久しぶりの休息を楽しんでいるようだ。
部屋に立ち込める香も濃度を増し、いつの間にか甘さがくどくなっている。脳のどこかがしびれるような感覚に違和感を持つが、マッサージの気持ちよさと狼のトークが追及を許さない。
「懐かしいな。俺が騎士やってた頃は、まだサンデラント様が大司祭になる前、騎士団長をしてたんだ。前から敬虔で立派だとは思ってたが、まさかこの街の教会のトップになるとはなあ」
「……ってことはお前の前職って」
「そういうこと。俺は昔、リアニスター教団の騎士をやってたんだ。サンデラント様にはかーなりしごかれたんたぜ。あの人、かなり厳しいからな。自分にはもっと厳しいが」
「驚いた、まさか同輩に当たるとは。そりゃすぐばれるか……だったら数年前引退した怪我というのは、異教徒との……」
「まあな……異端のアルヴェクス教徒がこの街で起こした暴動、その鎮圧中にやっちまったんだよ。あいつら、変な力を使うだろ? アルヴェクスによる祝福を受けた信徒たちを相手にするのは、かなり骨が折れたぜ」
善性を保つためには秩序を守るべきというリアニスター教に対し、欲望が抑圧された状態で人は生きていけないと訴えるアルヴェクス教は不倶戴天の敵だ。
この街は昔、アルヴェクス教の信徒たちによる暴動が起き、様々な騎士たちが戦ったという歴史がある。今教会を治めているサンデラントは、この騒ぎで功績を立てたことで大司祭の地位を得た。
「そうだったのか。おれは話にしか知らないが、かなりの戦いだったようだな。街は復興しているが、時折その傷跡が垣間見える」
「大変だったんだぜ。俺含め、かなりの数の騎士が戦えなくなるくらいにはな。戦いには勝ったが、この街はかなり荒れた。今は落ち着いて本当によかったよ」
「安心してくれ。そのためにおれらがいる。おれは元々聖都にいたが、この街の治安維持のために最近召集されてんだ」
「身重の奥さん連れてか? 俺としちゃありがたい話だが、付いてきてくれた奥さんを大事にしてやれよ」
「うっ……わかっている、つもりだ。だが最近またアルヴェクス教の信徒がきな臭い動きを見せているとこともあって、気が抜けねえんだ。あいつを守るためにも、この街をまた戦火に巻き込むわけにはいかねえ」
「ふうん、そうなのか、大変だな」
アルヴェクス教の話を職務外で話すなど、普段のカルバナイルでは考えられない。だが本人は情報漏洩をしたなどみじんも気付いておらず、心地よさに浸っている。
狼の手が、濃くなる香が、背中に染みこむ香油が。すべてがサイを油断させる。後ろでほくそ笑む狼に気付くことなく、サイはだんだんと染まっていた。
「よし、背中はこんなもんだな。次は足をするから、ズボン脱がせるぞ」
「……下着もか?」
「ああ、香油を使うから汚れないほうがいいだろ」
しれっとリアルドはサイを全裸にひん剥いて、その豊満な尻に舌なめずりをした。リラックス状態でも少し角ばった肉は大きく、中心でみっちりとくっつき谷間を深くする。
巨躯を支える太ももの肉も立派なため、股に隙間などありはしない。灰色の肌が隆起する造形は鮮明で、間接に近づくまで筋肉が埋め尽くしていた。
「内ももにも香油を塗りたいから足を広げるぞ」
「……なあ、マッサージ用の下着とかってねえのか? さすがにそれじゃあ見えちまうだろ」
「あいにくうちは高級店じゃないから、そんなもんは取り扱ってねえんだ。客層的にそこまで気にしねえからな。それに布を挟むと感覚が狂うんだよ」
「まあ、そうか……」
騎士や冒険者が多いとなれば、そこらへんも大雑把なのだろう。納得するカルバナイルだったが、にんまりと弧を描く狼の瞳は嘘だと物語っていた。
触ってみれば限界まで膨らんだもも肉の弾力が強いことがわかる。狼は平静を装いながらも、その下に隠されたお宝を拝見したくて思わず尻尾を揺らす。
マッサージベッドはカルバナイルのような客のために大きめのサイズだ。しかし、足を広げるだけの余裕があるはずもなく、少し空間を開けるだけでも足先がはみ出してしまった。
訓練や哨戒で駆けずり回った足の裏は硬く、働く男の努力でがさついている。骨太な足首から骨付き肉を思わせるほど急に膨らんだふくらはぎを視線が駆け上り、脚の付け根へと行けば、それはふてぶてしく鎮座していた。
「おお……」
萎えてもなお存在感がある肉の塊。分厚い皮に囲まれているそれは亀頭をわずかにのぞかせ、金玉と並んで鈴口を狼へと向けていた。子作り済みだが綺麗な色をしていて、教会騎士らしく清廉な生活をしていたのだと狼は推測する。
重すぎる胴体から逃げ出した一物がようやく日の目を浴びた。勃起すればさぞかし大きくなるだろうと狼は夢想するが、口の中にあふれる涎を飲み込んで表に出すことを抑えた。
今バレてしまえばすべてが水の泡だ。大司祭サンデラントに報告されれば、この街での活動はもう不可能になる。
だからリアルドは唾液でねばつく言葉を悟られないように、太ももを丁寧にもみほぐしていく。
もう少し。もう少しなのだ。すでにサイは狼の術中であり、仕込みを間違えなければこの肉々しい一物を頬張ることができる。それを信じて、狼は好青年の仮面をかぶる。
股間を盛り上げる勃起が限界を迎える前に、このサイを落すべく。
「どうした?」
「いや、あんたみたいな騎士様は足も重いから、気合を入れたんだよ。にしても見事な筋肉だよな、サンデラント様にしごかれてんだろ」
「そうだな……頻度は多くないが、あの方はたまに現場に顔を出されるからな。大司祭としての仕事も忙しいだろうに」
「でもあの人なら体を動かすのがストレス発散方法だと思ってそうだ」
「その通りだよ。たまに模擬戦をするからおれも何度か手合わせしたこともあるんだが、いまだに敵わねえ。うちの隊長もやけになって、次こそ勝つって息巻いてるよ。聖都にはあんな強い大司祭はいなかったからな」
「あんなのがうようよしてたら騎士の仕事なんてすぐ無くなっちまうだろ」
「違いねえ」
表面上は和やかに進んでいる。しかし、カルバナイルは気付いていないが、すでに目はとろんと眠そうに落ちかかっていた。すっかり狼に気を許しているのだろう、萎えたものを見られていても気にするそぶりはなかった。
試しに太ももから手を上げて尻を揉んでみるが、特に反応はない。ジューシーな肉に掌が埋まり、狼の喉が鳴る。これ以上は不審を抱かれる恐れがあるためすぐに手をどかしたが、内心では気が済むまで揉みほぐしたい気持ちでいっぱいだった。
「聖都から来て日が浅いなら、この街のいいところも知らなさそうだな。俺の店は誰から聞いたんだ?」
「同僚からだな。今色々大変だろうから、リラックスにいいぞって教わったんだ」
「お、宣伝か、今度サービスしてやらねえと。名前は?」
「……クロンズだよ」
「あーあいつね。結構ひいきにしてくれてんだ」
だんだんとカルバナイルの反応速度が落ちており、返答にラグが生じてきていた。焚かれた香は耐性がない者の思考を鈍麻させる。サイは眠気だと考えているだろうが、実際は思考を無防備にさせられているに過ぎない。
今なら問題ないだろうと狼が力を発動させると、手が淡い紫の光を帯びる。欲望を肯定する神アルヴェクスから授かった祝福が灰色の巨躯にゆっくりと浸透していく。
「ん、おぉ……手が熱くなったな、これは、いい感じだ……」
「だろう♡ちょっとした魔法だよ。才能があるわけじゃねえが、マッサージするくらいならちょうどいいんだよ」
「確かに……温かいと、心地いいな……悪い、寝そうだ……」
「気にすんなよ。背面が終わったら起こしてやるから、今は寝とけ。リラックスしに来たんだろ」
秩序に抑圧されたストレスの発散は、規律正しい教会騎士に良く効いた。カルバナイルの意思はまどろみに揺蕩っており、狼が尻を執拗に揉んでいることにも気付かない。
それどころか香油を肛門に塗りたくられているというのに、嫌悪を抱くこともできていなかった。
サイの肛門は使ったことなどない淑やかなしわの集合体で、指の腹で撫でられるたびに収縮を繰り返している。何度かタップすると、うめき声に甘い吐息が混ざった。
「うぁ……そんなところも、するのか?」
「このオイルには保湿の効果もあるからな。やるからにはまんべんなく塗ったほうが肌にいいんだ」
「そういうものか。だが、なんだ、やはり恥ずかしいな……」
「慣れねえとそうかもな。教会騎士やってたころは俺も知らなかったんだが、客の中にはここを整えてくれってやつもいるんだよ」
「男色か。だが、おれには必要ねえぞ……」
弱々しいながらも明確な否定がサイから上がる。思考が鈍ってもなおこの反応ということは、平時なら嫌悪を誘発していたに違いない。他の騎士団と違い、リアニスター教の騎士は潔癖なきらいがある。聖都にいたのなら、なおさらだろう。
「ここまで整えてるのにまだ抵抗するのか……大したもんだ。やっぱり騎士の中でもリアニスターのところが一番難しいな」
「なんの、話だ……?」
「お前が真面目だって話だよ。昔を思い出しちまった」
だがもうカルバナイルはまな板の上に乗っている。妻を愛する男の堅実な精神に、包丁が差し入れられた。
「でも今は奥さんも妊娠中で大変だろ。溜まってるんじゃねえのか?」
「それは……」
そっとサイの頭に狼が手を乗せると、思考のストッパーが侵食されていく。まどろんだ瞳が影響下にあることを示す淡い紫を灯した。
ここまでくれば狼はもう本性を隠す必要がない。牙をむき出しにした笑みを浮かべて、獲物の思考に新しい教義を刻み付けていく。
「そうだな……最近は……」
「最近は?」もう少し力を注ぎながら問う。
「溜まっている」
「最後にセックスしたのはいつだよ」
「ずいぶん前、妊娠がわかるより前……だな。あの時は異動が決まって慌ただしかったから……それに、あいつの負担になるようなことはしたくなかった……」
「つまり、ここに来た時にはもうやってねえってことだ。抜いてんのか?」
「ああ」
「一日何回?」
「いつもは二回……多い時は、五……」
「ヒュゥ、見た目通りの性豪で良い感じだ。でも、それでも足りねえよな?」
「いや……」
さらに力を注ぐと、サイの光彩を輝かせる紫が不穏に揺らめいた。
「いいや、お前は足りねえ。本当は十回でも足りねえし、セックスがしたくてたまらねえはずだ」
「そんな、ことは……ねえ」
「いいじゃねえか。ここには俺らしかいないんだ、隠す必要はねえ。こんなでかい金玉を持ってんだ、むしろ誇るべきだろ」
空いた手で灰色の玉袋をつまみ、またも紫の力に浸す。欲望を肯定する神の力は精子の量産を活発にし、サイを今以上の性豪にしようとしていた。
「あんたは抜かねえと頭の中がセックスでいっぱいになる淫乱だ。だから教会騎士としてふるまうためには、毎日せっせとオナニーしないと駄目なんだ」
「ち、がう……おれは、そんなことを、考えるなど……」
「じゃあなにか、ここにきて奥さんがしてくれなかったからって、セックスしたいとは全く思わなかったってのか?」
「…………」
沈黙は何よりも雄弁だった。だがそれは雄なら当然のことだ。リアルドはサイ自身に肯定させることで逃げ道を塞ごうとする。
「だろ? 男にとっては普通の事なんだよ。何ら恥じることはねえ」
「そう、か……?」
「ああそうだ。試しにあんたにここを勧めたクロンズにも聞いてみるといい。似たような言葉が帰ってくるはずだ」
じわりじわりと、歪な価値観がサイの頭蓋に染みこんだ。狼の言うことは正しく、従うべきだという根拠のない信頼が胸に満ちていく。
リアルドはもはやマッサージという体裁すら取っていない。サイの頭を撫でながら金玉を揉み、性感を高めることに執心している。性欲がさらに判断を鈍らせることを、この狼は知っていた。
「それが当然、普通だ。毎日オナニーを十回しても満足できねえなんて、雄なら当たり前だ。いつだって金玉はパンパンなんだからな」
「……なんか、おかしくないか、それ? おれは今まで、十回も、そんなこと……ふしだらなことに溺れるべからず、我らが神は、そう……」
性欲に理性を踏みつぶされても、カルバナイルは違和感を手放さなかった。リアルドは軽く舌打ちをして、頭から手を放す。これ以上強攻すれば、確実に記憶として残るだろう。
そも、異教徒と敵対するためにやってきた教会騎士が対策をしていないわけはない。目の前に差し出されたジューシーな肉体に逸っていたのだと、狼は認めざるを得なかった。
「敬虔で意志が強い、さすがは騎士様だ。まっ、そうじゃねえと面白くねえよな。こんないい男、すぐ手に入るとは思ってねえ」
不信感を抱かれなければそれでいい。性欲のブーストは済んでいるのだ。
今は欲望の種を植え付けただけで良しとしよう、リアルドは内心でほくそ笑む。
そして最後の仕上げに取り掛かると、カルバナイルの耳元で小さくささやいた。
「あんたは俺のことが好きだ。好意を抱いている。いいな?」
「おれは、リアルドのことが……好き?」
「そうだ。今はまだあんたの奥さんほどじゃねえけど、仲良くなりたいと思ってる。俺といると心が休まって、口が軽くなる。今みたいにな」
「今……」
「ああ、気持ちいいだろ? 心地よいだろ? 俺といると、そんな気持ちになれるだろ?」
「そう、だな……」
「それを好きって言うんだろ?」
「ああ……そうかもしれない……」
「ならあんたは俺のことが好きなんだ」
紫に縁どられた瞳が狼を見返し、その姿を脳に焼き付ける。偽りの安らぎを与えてくれた男に好ましいという錯覚を抱いて。
リアルドがサイの鼻先に軽くキスをする。今はここまでしかできないもどかしさがあるものの、これから先を想像して尻尾を大きく振った。
「おーい、カルバナイル、背面終わったぞ」
「ん、そうか……悪い、寝てたみたいだ」
ゆすって起こされたサイは焦点の合わない瞳を返す。光彩に残った紫も霧散して、意思を取り戻したのだろう。敵意のない視線から、今までのやり取りを覚えていないのは明白だった。
「リラックスしてくれたから俺は楽だったぜ。最近大変そうだし、マッサージが終わったら、ちょっと寝ていってもいいぞ」
「そこまで迷惑はかけられねえよ」
「いいって、どうせ今日は暇してんだ。あんただって家でも職場でもないところで、ゆっくりする時間が必要なんじゃねえの?」
そう言われたらサイは反論に窮した。実際彼は妻の妊娠に転勤と、気を揉む出来事が頻発している。マッサージに来たのは、羽を伸ばす意味もあるのだ。
元教会騎士の同胞なら悪いことにはならないだろう。そんな袋小路の思考へと進み、カルバナイルは恥ずかしそうに上目遣いをした。
「なら、お言葉に甘えようか……」
「うおっかわいっ……ごほん、じゃあまずは前面を終わらせねえとな。ほら、体をひっくり返してくれよ」
「わかった」
ぐるんと肉付きの良い体を回転させると、自重から解放された一物が勢い良く立った。
「…………」
その時のカルバナイルの顔は困惑と驚愕、そして羞恥が混ざり合った何とも言えないもので、完全に凍り付いていた。まさか勃起しているとは露とも思っていなかったようで、寒々とした沈黙が狼のツボにはまった。
「あはははっ! なんって顔してんだよ! 別に、寝てたら立つぐらい、男なら普通じゃねえか……それを、世界の終わりみたいな顔して……はははっ!」
「それは、そうだが……! 気付いてなかったんだよ!」
「聖都の教会騎士ってのはこんなに初心なのかよ。あーしんど、結婚してるって言うから俺も気を抜いてたが、ここまでとは……ははっ! 悪いな、ちょっと待ってくれ。呼吸が……」
「……別に構わねえよ」
「すねるなって。確かに教会騎士は騎士の中じゃ一番潔癖だし、他人に勃起を見せる機会なんてねえよな。わかる、わかるぜ」
「じゃあそのにやにや笑いを今すぐやめろ!」
腹に据えかねてサイが怒鳴れば、それがまた面白かったのか狼の笑い声がトーンを上げる。その声は朗らかで、さっきまで邪神の力を使って篭絡しようとしていた人物とは思えない。
だが堕落の種は確実に蒔かれている。アルヴェクスの力によって、カルバナイルの精巣は常人の何倍もの速度で働いているのだ。
強直のSOSに気付かず、サイはただ恥ずかしそうに狼を睨みつけるだけだった。
****
マッサージに行ってからというもの、カルバナイルの調子はうなぎのぼりに良くなっていた。
体の不調はすっかりなくなり、剣筋に迷いもない。ぐっすり眠ったことで、転勤のストレスから解放されたのだろうと本人は考えている。いっそう任務や訓練に励むことができ、生まれてくる子が待ち遠しいと人生の最高潮を迎えていた。
しかし、そんなカルバナイルには誰にも言えない悩みができた。
「……はあ、またか」
休憩時間に教会で、サイは物憂げなため息を漏らす。使われていない倉庫の片隅で巨体を丸めると、忌々し気に視線を下ろした。
すると何の変哲もない鎧が映るが、その中では巨根が痛みを訴えている。歩くのも一苦労なほど主張が激しく、しかもこすれるせいで感じてしまい、鎧の隙間から汁が漏れないか気が気ではなかった。
「こっちも元気になりすぎなんだよなあ、ったくなんでこんな……」
ぼやきたくなるのも仕方ないだろう。何度抜いても萎える気配のない一物は、ごまかすのが大変だった。
ここは秩序を重んじるリアニスター教会。今のカルバナイルは整った鎧姿で、教会の威信を背負っている。冒険者のように外でハメを外していいわけがない。
だから誰も来ない所で慎重に、サイは時間があればしこっていた。
「クロンズにこの場所を教えてもらえて助かったが、あいつもこんなことしてんのか……?」
マッサージ店を勧めた同僚にはなぜか勃起がすぐにばれてしまい、対策として教えてもらった。おかげでこの倉庫にはカルバナイルの性臭がしみ込んでいる。
「あの店に行ってからだが……性機能を亢進する理由がねえよな。それに薬とかならもう効果が切れてるだろうし……はあ、最近ご無沙汰だったからその反動だろうな。緊張がゆるんだらすぐ元気になりやがって……」
もともと性欲の強い自覚があったせいで、原因に気付くことはない。体の調子がいいのは事実であり、その影響もあるのだろうと軽く考える程度だ。
妻は妊娠中であるが、女遊びなどもってのほかだ。敬虔なサイは例え性欲が溜まろうとも、他の女性に手を出すことはなかった。
なのでこうして一人寂しく、倉庫の片隅でしこしこするのだ。
「あっ♡すげ……何発出してんだよ♡今日だけで、もう、三度目だってのに……♡」
パージした股間部分からにょきっと生える長大な一物を両手で扱き、カルバナイルは吐息を湿らせる。ギンギンにいきり立ったちんぽは触るだけで気持ちがよく、皮をこすればさらに気持ちがいい。
鎧姿のまま大股を開いたサイの頭はすでに射精で埋まり、腰を動かしながら絶頂を目指す。
「うおっ♡おっおっ♡あー気持ちいぃ♡セックスしてぇ……♡」
いつもなら絶対に言わないことをつぶやいているのだが、サイは気付かない。ただ手を動かして、快楽を享受するのに忙しい。脳内で妻を抱いた時の事を思い出すと、我慢汁がさらに濃くなった。
毎回掃除しているとはいえ、部屋の一角にはカルバナイルのザーメンで出来たシミが残っている。見るたびに罪悪感と、しこった記憶を刺激されてそれ以上の興奮が湧き上がってしまう。
「くそっ……こんなことして、サンデラント様にでもばれたら……♡」
「私がどうかしたのか?」
かけられた声は鈍器のようにサイの頭を打ち据えた。
カルバナイルの体は一瞬にして硬直し、青ざめた顔で振り返る。
「まったく、こんなところで何をしているのだ貴様は」
それは巨大な緑竜だった。清らかな法衣に身を包んだ屈強な竜が呆れた目でサイを見つめている。
特注の法衣は荘厳な意匠が目立ち、一目で位の高さがわかるだろう。だが、彼を始めて見た人はそれよりも膨れ上がった肉体に目を奪われるに違いない。鎧でかさ増ししていないというのに、体の分厚さが常人をはるかに凌駕している。
彼こそ騎士団長から大司祭に抜擢された男、サンデラントだ。
「サンデラント様……っ! どうしてここにっ!」
「昔の資料を探しにきたら、獣のような息遣いが聞こえてな。貴様、この前やってきた……カルバナイルだったか」
「も、申し訳ございません……!」
睥睨されるとサイは肩を丸めた。勃起はもうそれどころではなく、先走りをこぼしながら情けなく縮こまっていた。
「はあ……貴様は確か、奥さんが妊娠中だったな」
竜は頭に生えた立派な角を指でトントンと叩き、どうしたものかと思考する。
大司祭の頭には新参の名前だけでなく情報まで入っている。教会を預かる身として、サンデラントはできる限りのことをしていた。
「家に居場所がないのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「私は結婚などしていないが、妊娠している女性は繊細だと聞く。子どもが第一だから当然だ」
「そうですね……最近はつわりもひどく、帰りに果物を買うことも多いです……」
「なら、当然夫婦の営みはできんだろうし、家で処理するのも難しいだろうな」
どうしてここで世間話になるのかカルバナイルは見当もつかない。ただ聞かれたら答えるしかなく、一物をぶらつかせながら混乱の渦中にいた。
「扱くなというのは簡単だ。だがそれでは貴様が欲を溜めるだろう。新婚の貴様に他の女性で発散しろとは言えるわけもない。この街はどこにアルヴェクス信者がいるのかわからないしな」
「ですが、これは私の落ち度です。神聖な教会でこんなことを……」
「構わん。外でアルヴェクス信徒に篭絡されるよりずっとましだ」
「へ? 構わん、ですか……?」
予想外の言葉が飛び出して、サイは面食らった。
「聖都から来たばかりなら実感がないだろうが、アルヴェクス教の信者たちは狡猾だ。娼館だけでなく日常のどこかに潜み、我らを堕落させんと狙っている。事実、先の暴動では何人もの仲間が裏切っていた」
「そう聞いております、この街は一度アルヴェクス信徒たちに支配されかけたと」
「ああ、私はその過ちを二度と繰り返すわけにはいかん」
竜の目には信念が宿っており、向けられれば勝手に背筋が正されてしまう強さがある。この人に付いていけば間違いはないのだと、そう思える安心感がサイの胸に広がった。
「聞くが、貴様のように隠れて処理している者は他にもいるか?」
「お、おそらくは……」
「そうか……なんとかせねばならんか。カルバナイル」
「はいっ!」
「貴様に厳命を言い渡す」
真剣な光が、サイを貫いた。
「この倉庫は好きに使うといい。その代わり、貴様のように欲を溜め込んだ者、言い換えればアルヴェクスの信徒たちに隙を見せそうな者たちを調査して報告しろ」
「はっ、かしこまりました!」
「その間に何か対策を考えておく」
「しかし、なぜ自分にそのような命を……?」
「もし貴様がアルヴェクス信徒だとしたら、あまりにお粗末な擬態だからだ」
今度は羞恥がサイの頭を力いっぱい殴りつけた。倉庫の片隅でオナニーが見つかった以上、何の言い訳もできなかったが。
「それに、貴様はここに来てから日が浅い。可能性は薄いだろう」
「そっちだけを言ってくだされば……」
まだ心の傷は浅かったのに、とは当然言えなかった。
サンデラントといえば騎士にとってのあこがれだ。そんな人物にオナニーを見られただけでなく、呆れられたとなれば気落ちするのも仕方ないことだろう。
「このことは秘密で頼むぞ。自分で聞き取りをしてもいいのだが、私が騎士団を訪れれば皆を緊張させてしまうからな」
「それはそうでしょうね……大司祭様がそんなことをすれば、騎士団がパニックになりますよ」
大司祭から急に性欲が溜まってないか、なんて聞かれたことを想像するとカルバナイルは苦笑せざるを得なかった。ただでさえ時折やって来ては騎士たちを打ち負かしていく実力者なのだ。緊張するなという方が難しい。
「そういうものか。我らがリアニスター騎士団は清廉潔白ではあるが、やはりその手の話がないわけではなかったぞ」
「聖都でもそうでしたからわかりますが……神官たちは下劣だと遠ざける者が多くいるかと。逆にサンデラント様は忌避感を抱かないのですか?」
「リアニスター様は秩序を重んじるが、それは人の営みを慈しんでくださるからだ。規律を乱さなければ好きにするがいい。性も人の一部だ」
騎士団からのたたき上げで質実剛健な竜だが、立場としては穏健派に相当する。潔癖を極めようとする清廉派と違い、ある程度の欲を容認していた。
だが倉庫でオナニーを許可することといい、大司祭にしては寛容すぎる。カルバナイルが意外そうな顔をしたことに気付いたのか、竜は顎下を撫でながら語り掛けた。
「聖都から来たばかりの貴様には、私がリアニスター様を形骸的に信奉しているように見えるかもしれん。だが、以前ここを治めていた大司祭が清廉派で、欲を認めず他者にもそれを強いた」
「存じております。確か、暴動の時に……」
「膨れ上がった欲望に耐え切れなくなり、道を踏み外した。真面目な人だったが、それゆえに壊れてしまったのだ」
そのため、空いた席に鎮圧の功労者であるサンデラントが座ることになった。配属されるにあたって、カルバナイルは軽く調べてある。
「もともと私は穏健派だったからな。それに騎士団で遠征などしていたおかげで、民との交流も神官より多い。人はうまく欲と付き合っていかねばならんということを、十分理解しているつもりだ。それがアルヴェクス教との戦いにおいて役に立つということもな」
「だから、私を許してくださる、と……」
「理解してくれたなら何よりだ。だが……私以外にはバレないようにしろよ。さすがに陳情が上がればかばいきれん」
「善処します……」
「もしここでも難しければ、私の部屋に来るといい。個室なら空いている」
「さすがに無理ですっ!」
オナニーのために大司祭の部屋に行くなど、あっていいわけがない。サイは全身全霊で辞退を表明した。
だがなぜか竜は不思議そうな目で見つめ返してきた。
「その方がバレるリスクが下がると思うのだが? どうせ報告を聞かねばなるまい」
「サンデラント様は、その、自分の部屋で誰かが……やっていてもいいとおっしゃるのですか?」
「男なら誰もがする行為だろう。以前冒険者に協力を仰いで任務に同行してもらったことがあるが、その時は目の前でしこられたぞ。教会の外ではああいうのが普通らしいな」
「え、いや……そんなことが?!」
「それに、他の騎士団との合同訓練後には打ち上げをするのだが、その時もかなり下の話を振られてな……。剣で私に敵わぬならと、一物の大きさを比べられたこともある」
「せ、聖都では考えられませんね、それ……」
教会が絶大な力を持つ場所でそんなことをしようものなら、首が飛んでいる。地方都市の洗礼を浴びて、サイは言葉を失った。
生粋のリアニスター教の騎士であるカルバナイルからすれば、あっていいことではない。想像すらできなかったが、サンデラントの寛容さはここからきていたのだと納得はできた。
ただ、これは二人も知らないことなのだが、サンデラントが受けた行為の数々はただのアピールだ。この竜があまりに鈍すぎて過激になっただけである。
そっと手を握った冒険者もいたし、太ももを触ってモーションをかけた騎士もいたが、竜は何も気づかなかった。気高く強い竜に心を奪われた人は、この街にはたくさんいる。
「それに、私は同性の性に関しては抵抗がないからな」
「つまり……」
「そういうことだ。リアニスター様は同性での行為に関しては禁止していない。あくまで秩序を乱す行為を嫌うお方だからな……あ」
そこで竜は何かに気付いたように顔を赤らめて尻尾をピンと立たせた。
「違うぞ。別に私がそうだからといって、貴様を呼ぶのは誘っているわけではない。そこを勘違いせぬように。ただ露見して風紀が乱れるくらいなら、というだけだ」
しどろもどろになって弁明するサンデラントから親しみやすさが強く出る。普段は威厳を湛えた肉体もせわしなく動き、法衣がひらひらと舞うように揺れた。
カルバナイルは訓練場で他を圧倒する竜しか知らなかったため、このギャップを産む不器用さに愛しさを感じていた。同性への行為はすでに暗示によってハードルが下がっている。サイは自分でも気づかぬうちに、竜にときめきを覚えている。
「すまない、気を悪くしないでほしい。本当に他意はないのだ」
「い、いえ、ご配慮に感謝いたします。では、倉庫で処理するのが難しい時には、お世話になるかと……」
竜にオナニーを見せると考えるだけで、サイの股間は熱を帯びていく。どうしてと思う余裕はなく、ただ股間を隠すのに必死だった。
「ごほん……では、私は予定があるのでこれで失礼する。お前は大丈夫なのか?」
「休憩時間は……そろそろ終わりかと」
「なら早く戻るといい。引き留めてすまなかった」
「いえ! もったいないお言葉です。自分がこのようなところであれを……」
「気にするな。だが、一つ言っておく。欲に任せた選択をすることだけはやめておけ。それはリアニスター様の意思に反することであり、人としての終わりを意味している」
「はっ」
「困ったことがあれば、一度立ち止まって考えろ。私はいつでも相談を受け入れる」
「ありがとうございます」
一礼をしてサイはきびきびとした足取りで倉庫を離れていく。中途半端なまま放置された股間は不満そうに先走りを垂らしていたが、鎧の中でおとなしくしおれていた。
「ふむ」
そんな背中を、竜は鋭い目で見つめていた。
「聖都の騎士は皆敬虔だ。そして、ここよりも厳しい規律の下で生活していると聞く」
サンデラントは大司祭に任命された際に、聖都の大教会を訪れたことがある。そこで見学した騎士団と今のサイを比べて、眉間にしわを作った。
「そんな騎士が、性欲に耐え切れず教会で処理を?」
はたしてそんなことがあり得るのだろうか。あの聖都で騎士になれるだけの信仰心と実力を持っているカルバナイルが我慢できないなど、そしてそれを自分に許すなど。
「……嫌な予感がするな」
だらけるにしても早すぎる。何か他の理由があるのではないか。サンデラントはそう疑わずにはいられない。
部屋でオナニーを推奨したのも、今回の命も、すべてカルバナイルを監視するため。
直接問い詰めたところで答えが得られないことなど、以前の暴動でわかっている。それに本人が気づいていない可能性もあるため、経過観察すべきと竜は考えていた。
「こんな時、お前がいてくれたら……」
サンデラントはいなくなった副官を思い出し、悲し気に瞳を伏せる。信頼できる者がいてくれたら、カルバナイルの監視だけでなく教会の管理も楽になっただろうにと。
あの暴動は竜から何人もの部下を奪っていった。騎士団出身の竜にとって、それはかなりの痛手となっている。
あわよくば聖都から来たものを味方につけたい。サイへの提案にはそういう思惑もあった。
大司祭になってから考えることが増えた竜は疲れの滲んだため息を吐きながら、隣にいない元部下の名前を呼んだ。
「……リアルド、私は正しくできているだろうか」
****
「性欲がすごい? 体が元気になったからじゃねえの。転勤は緊張して当然だし、慣れてきたら抑えてきたもんが爆発したんだろ」
マッサージ店の狼に相談すると、あっさり返事が返ってきた。それはサイも想定していたものだったため、やはりと鼻息をつく。
あれから常連となったカルバナイルはベッドで仰向けになったまま、硬く目をつむっていた。またしてもうつぶせから戻った時に一物は完全勃起しており、血管を浮かべてそそり立っている。
こうなればもう、どうにでもなれとやけくそになって、最近の悩みを吐露することにしたのだ。
「あんた性欲すごそうだしなー。にしても、一日十回か……羨ましいくらいだよ」
「おれは困ってるんだよ。こんなんじゃ仕事もまともにできやしねえ」
「まあまあ、枯れるよりはいいだろ。俺は自分の施術で元気になってくれたみたいで悪い気はしねえけどな」
「一応聞くが、マッサージにそういう効果があるわけ……」
「あはは、ねえよ。あったらよかったんだけどな。そうすりゃ跡継ぎに困ってるお貴族様相手に商売できるってのに」
しれっと受け流したが、今回もまたリアルドによって金玉に力を注がれている。これから先も、カルバナイルは膨大な性欲を抱えることになるだろう。
背面をマッサージしている間、カルバナイルはまたしてもアルヴェクスの祝福を授けられた。本人は気付いていないが、瞬きするたびに瞳からは紫の残光が揺らいでいる。
「まあ、そりゃそうだよな……」
「でもこれ収まる気がしねえな。しこってやろうか?」
「は、はあ?! お前、何言って……!」
教会騎士にとって到底受け入れられない提案をされて、サイの細い尻尾が振り回された。
「このままじゃ家に帰っても大変だろ。ここで処理してけよ」
「だからって、お前にさせるわけにもいかねえだろ」
「それは気にしなくていいぞ。これでも騎士辞めてからいろいろあったからな、こういうのも慣れてる」
黒い指先が先端を撫でると、一物は大きく反応を示す。最近はサイの手しか知らない肉はまるで生娘みたいだと、狼は涎がこぼれそうになるのを何とか抑えた。
「んっ♡」
「でっけえちんぽ♡聖都からってことは、男色なんて知らねえんだろ♡試してみようぜ♡」
「そんなことできるわけねえだろ! 浮気なんてしたら、あいつに顔向けできねえ!」
「あー……さすが教会騎士。お堅いもんだ。別に男同士なんだし、浮気じゃねえだろ。あんた、俺の事愛してたりするのか?」
「それはねえけど……」
「だろ? だったらこれは性欲を発散させるだけの行為だ。このまま性欲を溜めるのはよくないってことくらい、あんたもわかってるだろ?」
張り詰めた太ももをいやらしく撫でまわせば、サイが言葉に詰まった。教会でサンデラントにバレたこともあって、何とかしなければと思っていたのだ。
光彩に宿る紫が淡く輝いて、サイの倫理を曇らせる。それに催眠によってカルバナイルのリアルドに対する好感度は高い。善意で言ってくれているのだという勘違いは、より真実から遠ざけた。
「俺は教会騎士だったから知ってるが、アルヴェクス教は人の欲望に付け込む。こんなもん抱えたままだと、いつか食われるぞ」
張本人だというのに、何食わぬ顔で狼は諭す。意見が間違っていないのはカルバナイルもわかっているため、さらに意思が揺らぐ。
サイの分厚い肉体はベッドから動かず、迷っているようだ。だったらあと一押しだと、狼はごん太ちんぽを握って、ゆるく上下にしごいてあげた。
「うおっ♡♡」
「だからここで発散してけよ♡俺もお預けされるのはもう限界だしな♡」
そしてまた頭に手を乗せて堕落の力を使えば、サイの相貌から力が抜けていく。薄れていた紫が強くなるにしたがって、思考に靄がかかっていった。
初来店した時の意思はすでに性欲に押されている。リアルドは萎えることないちんぽを握る手からも祝福を与え、性欲に発破をかけた。
「あ、あぁ……♡」
「気持ちよくなるのは悪いことじゃねえ。男なら当然だ。そして、男同士なら浮気にならない。そうだろ?」
「そ、うだな……男同士なら……♡」
「あんたが奥さんを大事にしているのはわかってる。だから男同士で処理するしかねえんだ。それが一番の解決法なんだよ」
「そうか……これが……」
力が浸透するに合わせて、しごく手を激しくする。香油によって滑りが良くなっていることもあり、すぐにぐちゅぐちゅと卑猥な音を鳴らしていた。
「おっ♡おおぉぉ♡気持ちいぃ♡♡」
「そうだろ。自分でするよりたくさん出るぜ♡そうすりゃ早く収めることができる♡こっちの方が効率もいいんだ♡だったら迷うことはねえよな?♡」
「あ、あ……♡」
「ちっ、まだ躊躇するだけの理性があるのかよ。しぶといもんだ」
狼は悪態をつきながらも手を休めない。サイの巨根を激しく扱き、快楽を注ぎ込む。
熟達した手淫は初心なサイをすぐさま絶頂へと導いていく。か細い理性とは裏腹に股は開いていき、時折手に合わせて腰を突き上げる始末だ。体はもう、完全に陥落している。
「あっあっ♡ちんぽ、すげえ……♡」
「じゃあまずは一発ぶちまけて、本気を注ぎ込むとするか♡」
カルバナイルの強直はまるで長きにわたる禁欲でもしてきたかのように硬く、筋肉が引き締まった鉄心のようだ。狼の指が滑るたび血管がつぶされて、ぐにゃりと曲がる様が生々しさを演出していた。
「おおぉ♡おっ♡」
快楽と共に、サイの頭には新しい教義が沁み込んでいる。
男同士に対する忌避も薄れ、方便によって補強された堕落を歩いていく。
「ちんぽ気持ちいぃ♡すげえ♡人に、しごいてもらうのって、こんな……おっおぉ♡」
秩序を重んじ、人のためになれ。リアニスター教の教えは隅に追いやられ、射精だけがサイの脳を占めていく。男としての生理的欲求をブーストされ、カルバナイルの口から涎が滴り落ちた。
「おおぉぉおぉ♡お゛っ♡すげえ♡」
「気に入ってもらえたようで嬉しいぜ♡本当なら両手でしこってやりてえが、まっ、それはお仲間になったらどんだけでもしてやるから我慢してくれ♡」
頭に乗せた手で意識を阻害していないと、抵抗される可能性がある。サンデラントにバレてしまえば、リアルドのたくらみはすぐ破壊されるに決まっていた。完全に堕とすまで慎重にやらねばならなかった。
「くそ、もどかしくてたまんねえ。早いところしゃぶったり突っ込んだりしてえってのに♡」
「うおっおっおっ♡たまらんっ……♡♡」
「こんなデカマラ使ってねえとかもったいないだろ♡世界のためにも、俺がちゃんとホモ堕ちさせてやるよ♡♡」
カルバナイルの強直は太く、大柄な狼の片手では握り切れないほどだ。かさを広げた立派なずる剥け巨根であり、緩く曲線を描く立ち姿は雄々しさに満ちている。
そんな一物に紫色の光が吸い込まれ、より敏感になっていく。性欲だけでなく感度の向上によって、耐えるのはますます困難になるだろう。
「これからあんたはどんどんスケベになるんだ♡正しい世界を作るためにな♡」
「ぐおおぉ♡きもちいぃ……もっと、もっと頼むぅ♡♡」
性欲が亢進しているためか、サイのちんぽはあっという間に粘液まみれになっていて、雄臭い汁で泡を作っていた。鈴口からは絶え間なく先走りがあふれ出し、鼠径部を汚していく。
「ぐおぉ♡おおおぉ♡ぎもぢぃ♡すっげ♡おおぉん♡」
「そろそろだな♡おら、いっちまえよ♡男にしこられてザーメンぶちまけろ♡」
「い、いぐっ♡いぐ♡もう、出しちまうっ♡♡」
「いけ♡いけ♡俺に射精を見せろ♡綺麗な騎士様のきたねえ雄を見せてくれよ♡」
そして幹をこすられ続け、サイの精巣は噴火する
「ぐっおおおぉおぉぉぉ~~~~♡♡♡」
雄たけびを上げて、カルバナイルはすぐさま大量に射精した。
頭上を軽く超える勢いで放たれたザーメンはリアルドにぶち当たり、毛皮の奥へと付着する。それは本人の顔にも届き、角の先端からぼたぼたと落ちていく。
サイちんぽは尿道を膨らませて白濁を排出し続け、何度も痙攣した。金玉を空にするほどの強さは途方もない快楽を産み、見開いた眼をひっくり返していき続ける。
「ぎ、もぢいぃ♡すっげ♡すげえぇ♡♡」
射精しながらのたうち回るちんぽはビクン♡ビクン♡と勇ましく膨らみ、ぬらぬらと赤黒い肉を輝かせている。そのグロテスクさはまるで単独の生物であるかのようで、だからこそひと際目立っていた。
リアルドが怒張を見つめる目は熱っぽく、雄性に絆された雌さながらだ。きゅんとうずく尻をいじりたくなる衝動を何とか抑えながら、灰色の頭部に力を注いでいく。
「はぁ……まじでたまんねえな♡さすが聖都の騎士様だ♡あんた、最高の体してるぜ♡」
サイの頭には射精の事しかないのなら、狼の頭にはセックスの事しかない。薄着には肉の大蛇がしっかりと浮かび上がっており、無意識に腰をカクつかせている。下着は先走りで汚れていて、じわりとシミが広がっていくだろう。
「お゛っお゛……♡♡」
「絶対逃さねえからな♡あんたは身も心もアルヴェクス様に捧げるんだよ♡♡」
やがて精根尽きたサイが幸せそうな顔で脱力すると、その機を見計らって狼が回り込んだ。
片手だけだった頭を両手で包み、理性を食い散らかそうと力を籠めた。
「うおっ……?♡」カルバナイルの目が紫に輝いた。
「俺の言うことを聞け。わかったら返事をするんだ」
「は、い……」
「いいぞ。あんたはこれからホモセックスに興味を持つ。奥さんがしてくれないからたまった性欲を発散するために、仕方なくだ」
「ホモセックス……?」
「ああ、そこからか。聖都の騎士様は清純でいらっしゃる。男色だよ、男色。男同士で子作りするってことだ」
「男同士で、する……」
「これからはホモセックスで通じるだろ。俺はそっちの方が下品で好きだぜ♡」
今行われているのは、サイへの暗示だ。リアニスターを信奉する敬虔な騎士に、堕落を肯定させるための下準備。
「今のオナニー気持ちよかっただろ? それは相手が男だからだ」
「男、だから……」
「そう、だからあんたは男とするセックスに興味を持つ。なぜならもっと気持ちよく慣れるからだ」
「もっと、気持ちよく……」
「なりたいだろ? 今よりずっと気持ちよく、ずっと幸せに」
「なりたい……おれも、幸せに……」
「ホモセックスをすればなれる。だからあんたはこれから男が、とりわけたくましい男が気になってしょうがなくなる。男を性的な目で見てしまうんだ」
「性的な目……?」
「そして、あんたはここでしたオナニーを覚えているが、それだけだ。俺がこんな力を使えることを、あんたは忘れる。いいな?」
「はい、おれは、リアルドが……邪教の力を使えることを、忘れる……」
「邪教ってのはバレてるのか、まあいい。どうせ忘れるんだ」
ゆっくり、ゆっくりとカルバナイルの価値観が蝕まれていく。妻を愛する実直な男から、性欲を同性で発散することにためらいのない不埒な雄へと。
これ以上の暗示は齟齬がでるだろうと、リアルドは手をどかして暗示を終える。他の騎士ならいざ知らず、教会にはサンデラントがいる。異変を察知されるのは避けるべきだ。
それに、すでに罠は仕掛けておいた。アルヴェクスの力を大量に取り込んだカルバナイルを使って教会をさらに退廃させるべく、狼は丹念に魔法を組み立てていく。
「お前は次にサンデラントに出会ったら――――」
極秘任務だろうと今のカルバナイルに秘密は守れない。むしろ異端に絶好の機会として活用される始末。
今のリアルドはアルヴェクスから祝福を賜った異端信徒の司祭だ。世を正すことに積極的な神であり、人に対して力を分け与えることを厭わない。
リアニスターが人の世を思いやることで介入を控えているうちに、邪神の軍勢は勢いを増していく。善良な者を欲望の火種にして。
「これでいいな。頼んだぜカルバナイル。しばらく寝てろ。掃除しとくから♡」
サイの瞼を落して語り掛ける声は優しい。だがその声音のまま灰色の皮膚の上で踊る精液を掬い取って頬張った。咀嚼する表情は茹った発情で、挙句の果てにそのまま舐め始める。
「んっ♡うめぇ♡ああ、もうすぐだ♡もうすぐ、お前に手が届く♡♡」
萎え始めたちんぽをしゃぶりながら脳裏に描くのは別の雄。それは彼が知る中で最も逞しく、最も素晴らしい雄。狼が求めてやまない竜に思いを馳せながら、サイのザーメンを舌で掃除する。
「待っていてくれ、サンデラント♡俺がすぐ迎えに行くからなぁ♡」
我慢できずにオナニーを始めた狼は、いつか来る未来を想像して射精した。
****
「……とのことです。サンデラント様が懸念していた通り、騎士団の中で風紀が乱れているようです」
鎧の中で性欲を疼かせながら、サイは平静を取り繕って説明する。
調査を開始したこともあり、カルバナイルは騎士団に渦巻く浮ついた雰囲気を察していた。最初こそ聖都とは違うのだろうと流していたが、それにしては露骨すぎる。
特にマッサージ店を勧めたクロンズはカルバナイルに対して積極的で、過剰なスキンシップが多い。嫌なわけではないが、やはり気になってしまう。
部屋の主は報告を聞きながら苦い顔をしていて、ため息を吐き出した。
「そうか、ご苦労だった。これは厄介なことなったものだ」
「となれば、これはおそらく……」
「ああ、アルヴェクス教の仕業で間違いあるまい。何かしらの方法で人々の欲望を肥大化させているのだろう」
緑竜はこめかみを押さえながら、その方法について考え込んだ。だが尻尾をつかんでいない以上、憶測の域を出ることはできず、絞り込む策が必要だと結論付けた。
「何か対処する方法はないのですか?」
「うちの神官たちに対応させる。浄化させればアルヴェクスの力はある程度抑えられるはずだ。すぐさま騎士団全員への対処は難しいが、徐々に広げていくしかあるまい」
「おっしゃる通りです。いつ頃からそうなったのか、わかりませんでしたから……」
カルバナイルは新参だからなおのことだろう。教会騎士団に邪教の息がかかっている、それはサイにとって屈辱でしかなかった。
「ひとまず、神官には声をかけてある。まずは貴様が浄化を受けるがいい」
「……すでに準備をしていたのですか」
「厳命を頼んでいる以上、用心に越したことはあるまい」
教会でオナニーしていたサイに対して、サンデラントは準備をしていた。懸念点を潰すことで、配下として重用したいと考えている。
カルバナイルも自身の異変には気付いており、最近のおかずはもっぱら男性となっていた。倉庫でのオナニーも頻度を増え、中はサイの性臭が消えることはない。サンデラントの部屋でやりたいという強い欲求が芽生え始めているが、それは何とか抑えていた。
もちろん本人も困っているため、それで何とかなるならと竜の提案にすがる。もしかしてという気持ちがあるのは否定できず、疑念から逃れられるなら躊躇などなかった。
「それと、サンデラント様にはこちらも見ていただきたいのですが……」
声をかけられて、竜は悩んでいた顔を上げた。
眼前にいたカルバナイルは何かを差し出しており、そこに視線が吸い寄せられる。
「これは……?!」
掌には紫の水晶が乗っていた。見ているだけで吸い寄せられるような蠱惑的に輝く、おぞましい代物が。
「カルバナイル……これは、なんだ……!」
「サンデラント様に見ていただきたくて。渡されただけで、私も見るのは初めてです」
「貴様、自分が何を言っているのか、わかって、いるのか……?!」
「え……?」
何が間違っているのかわからない素っ頓狂な声を出すサイも、じっと水晶を見つめている。サイはただ与えられた命令をこなしただけで、意思など介在していない。だから疑問を抱くこともできず、邪神の力を竜へと向けたのだ。
この水晶にはリアルドの命令が込められている。邪神の力で曖昧になった思考に仕込みませることで、敬虔な人格を捻じ曲げようとしていた。
「……『命令が理解出来たらカルバナイルはこれをしまい、二人は今見たものを忘れる』」
サイの声音が呆けたものに変わる。
「……『サンデラントはカルバナイルを信用し、浄化は不要だと考える』……だと」
竜は頭に入り込んでくる害意を排除しようとするのだが、水晶の輝きは思考に靄をかけてしまう。水晶だけなら問題なかっただろうが、力を取り込んだサイによって補強されており、絶え間なく刷り込みが行われ続けていた。
「ち、違う……私は、読まれて、いた、のか……?」
サンデラントが次になにをするのか、わかっていなければできない命令だ。敵はカルバナイルと通じているだけでなく、自分についても詳しい人物。
だがそんなプロファイリングをしたところで、結論にたどり着く前に催眠が蓋をする。すでに竜の光彩も紫に陰り、屈強な体に力が入り込んでいく。
「……はぁ♡はぁ♡馬鹿な、こんなことが……♡ありえて、いいわけがない……♡こんな、強引な暗示など……♡」
直接マッサージされたカルバナイルがまた完全に堕ちていないように、催眠の支配下に置くには時間がかかる。だが逆を言えば、丁寧にされると逃げ道がない。サイがそうであるように、竜もまた、高潔な精神をむしばまれ始めていた。
サンデラントは涎を垂らしながらも苦悶を強め、必死に抗っている。邪教のいいようにされてはならないという使命が、彼の理性を支えていた。
「わ、私は忘れぬぞ……! 絶対に……暗示さえ覚えておけば、違和感をたどり……『サンデラントはマッサージに興味が出る』『サンデラントはマッサージを受けたい』『サンデラントはカルバナイルが通っている店が知りたい』」
マッサージ、おそらくそれがカルバナイルを狂わせた元凶だ。
だが今更わかったところでもう遅い。竜の瞳は完全な紫に変わっている。
「貴様らを見つけ出し、根絶やしにする……! この平和を、乱させたりなどせぬっ!」
意識を保つために敵愾心を燃やしていた竜だが、サイが水晶をしまうと一瞬だけ目から光が消える。
「……サンデラント様、いかがされましたか?」
ふと竜が我に返れば心配そうにのぞき込んでいるカルバナイルがいた。
教会を預かる者はすぐさま口元をぬぐい、背筋を正す。
「……カルバナイル」
そして、ゆっくりと竜は口を開く。
奥に潜んだ邪神の力を排出し、カルバナイルを救えば未来は明るい。決意に牙を立てる邪悪な意思を跳ねのけ異教徒を捕縛すれば、街は救えるのだ。
言わねばならぬ言葉を頭の中でまとめ上げ、サンデラントは言った。
「――――体の調子が悪いのだが、いい店を知らないか?」
****
「お、いらっしゃい。久しぶりだな、サンデラント」
「ああ、まさかお前がこんなところで働いているとは思わなかった。息災か、リアルド」
竜と狼は簡素な店で向かい合い、なつかしさに浸る。法衣を脱いだサンデラントは隆々とした肉体がより明瞭になっており、ベッドに腰を掛けていた。
太ももにタオルを置いただけで、巌のような体つきは圧迫感が強い。大司祭になってからも鍛錬を怠らなかったのだろうと、狼は元上官の変わらなさに笑みを浮かべる。
カルバナイルからマッサージ店について聞きだした後、少し経って竜は訪れた。大司祭としての責務があり、時間を空けるのが難しかったのだ。だが、リアルドは長らく顔を見ていない人物の来訪にも平然と対応し、わかっていたかのように奥へと案内した。
「おう、騎士はできなくなっちまったが、こっちはこっちで楽しくやってるよ。あんたこそ、仕事ため込んでねえか? 俺みたいな優秀な部下が何人もいなくなっちまっただろ」
「なんとかな。だが、お前がいない穴は大きい。毎日方々を駆けずり回ってなんとか対応しているのが現状だ」
「んじゃ体もガタが来てるかもな。今日はしっかりほぐしてやるよ」
「助かる」
狼が近づいても竜はすました顔だ。張り詰めた肉体を前にリアルドは柄にもなく緊張し、伸ばす手の速度も遅い。ようやく指先が弾力ある内皮に触れると、中まで詰まった筋肉を感じられた。
「相変わらず、すげえ筋肉だな。最高だ……」
「大司祭になってからも鍛えている。いつ現場に行って指揮するのかわからんからな」
「だからって、ここまでたくましいとほれぼれするぜ♡」
甘い香が揺蕩う中、狼の手がどんどん遠慮を無くしていく。張り詰めた胸を揉みほぐせばその大きさに感嘆し、両手で寄せると深い谷間が形成される。
明らかにマッサージの度を越した対応だったが、サンデラントは気持ちよさそうに吐息を漏らすだけ。
その瞳には薄い紫が宿っていた。
「ほうぅ♡いやらしい手で揉むじゃないか♡」
「そりゃもう♡この日をずっと待ってたからな♡あんたをここに呼ぶまで、大変だったんだぜ♡」
最初の暗示を与えて以来、カルバナイルを経由して何度も水晶を見せた。一度では微弱な効果しか与えられないが、回数を増やせば暗示が思考の基盤になっていく。しかも邪神の力によって性欲が亢進されれば、いくら大司祭といえど抗いきれるものではなかった。
竜の巨乳に無遠慮な手形を刻んだところで、阻まれたりはしない。それどころか顔には期待をのぞかせており、狼が顔を差し出して、軽く口づけをする。
「んっ♡がっつくじゃないか♡マッサージをするのではなかったのか?♡」
「我慢できなかったんだよ♡ようやくサンデラントが俺のモノになるんだからさ♡」
鼻面をくっつけたまま、お互いの吐息がかかる距離でむつまじく会話する。今のサンデラントはリアルドに好意を抱いている状態だ。歪であったとしても、拒むという発想は出なかった。
だから、狼が舌を伸ばせば当たり前のように応えてしまう。キスですらなくただ舌を絡ませるだけの行為をしたところで、嬉しいという感情だけ。
「んふぅ♡んっ♡じゅるっ♡ううぅ♡♡」
「こんなの、したことねえだろ、お堅いサンデラント様はよぉ♡」
「ああ、その通りだ……はふっ♡最近は、カルバナイルと並んでオナニーをすることも増えたが、キスはまだ、だからな……♡♡」
性欲が増えて倫理観も緩んでいる竜には、最初にあったカルバナイルを監視するという建前すらなくなっていた。むしろ信頼できる部下だと思い込まされており、オナニーも倉庫から部屋でするようにと命令するほどだった。
「はっ、いい感じだな♡金玉にも十分加護がいきわたってるみてえだ♡それならしこる回数も多いだろ♡何回だ?♡」
「一日十回は……最近は、何度出しても治まる気配がなく……カルバナイルに協力してもらって、処理をしている……♡」
おかげで大司祭にあてがわれた個室には、常に雄の性臭が漂っている。執務室とは違うためバレてはいないが、サンデラントは入るたびに興奮するようになっていた。
そのことを思い出しているのか、股間ではタオルを押し上げるほど一物が大きくなっていた。シルエットだけでもわかるほどの巨根で、先端にはシミができている。
「すっげ……♡やっぱあんたは大きいと思ってたよ♡」
本当はこのまま押し倒して犯しつくしてしまいたいのだが、リアルドはこらえて竜から距離をとる。ふわりと香る雄の匂いにときめいてしまえば、抑え切れる気がしなかった。
「まずはどれくらい暗示が効いてるか確かめねえとな♡下手うって失敗なんてしちゃ、笑うに笑えねえ♡」
水晶を毎日見せたが、どこまで染まっているのかは自分の目で確認しないとわからない。今日は最終段階なのだ、いつも以上の慎重さが求められる。
「さて、じゃあどのくらいあんたがアルヴェクス様の加護をため込んだが、調べてみるとするか♡横になってくれ、マッサージするぞ♡」
「ああ、頼んだ♡」
リアルドは竜に仰向けになるよう言い、タオルを外す。中では元気な肉棒がびんと全貌をさらし、赤黒い雄々しさを誇示していた。まともな人なら恥ずかしがるだろうが、サンデラントはしごきたい手をうずうずとさせるだけで、隠そうという気も起きないようだった。
サンデラントは竜によくあるスリット持ちで、肉の割れ目を押し広げてごん太ちんぽがそそり立っている。アルヴェクスの力は雄の股間を好むため、隙間から臭気のように紫のオーラがむわりとこぼれていた。
肩幅も広く屈強な肉体がまな板の上で鎮座している。仕事柄巨漢が使っても壊れないベッドのはずなのに、竜が身じろぎするたびにきしんだ音を立てていた。
普段法衣で隠れている肌は傷が目立つ、リアルドはこれが部下をかばってできたものが多いのだということを知っている。戦場の旗頭として凛と立つ背中を思い起こし、それはすぐさま興奮へと置換された。
「あぁもう、早くやりてえぇ♡俺好みのスケベな雄にして、一生一緒に暮らそうな♡」
狼の相貌が凶悪に蕩け、そのまま頭蓋を二つの手で包み込んで力を注ぎ込んでいく。
水晶から摂取し続けた力はすでに竜になじんでおり、香の力もあってサンデラントの顔はすぐにまどろんでいった。
「サンデラント、俺がすぐお前を縛るくだらない秩序から解放してやる♡この力を受け入れれば、あんたはもっと幸せになれるんだ♡」
「あ、あぁ……リアルド……♡どうして、貴様はアルヴェクスの信徒に……?♡」
「そんなことがまだ気になるのか? ったく、暗示に浸っても根の真面目さは変わらねえな♡良いぜ、力をなじませてる間、話し相手になってやる」
傑物相手では用心しすぎることはない。リアルドは丁寧に力を使いながら、過去を反芻する。その口調は寝物語を聞かせるような柔らかさだった。
「俺が怪我して騎士団を辞めたところまでは知ってるよな。あんたが気を利かせて退役金を弾んでくれたから暮らすには困らなかった。けど、すごく退屈でな。あんたの声が恋しいと思った。リハビリがてらに訓練しながらずっと、騎士団に戻ることだけを考えてたんだ」
「それなら、なぜ……」
「その時だったよ、アルヴェクス様からの天啓が来たのは。俺が来る日も来る日も一人で訓練していると、毎晩のように神は啓示をくださった。俺があんたに抱いていたのは尊敬ではなく恋慕だと。自分を信奉すれば、この欲を叶える力をやると」
話の内容が神に触れると、狼の相貌が恍惚を強めた。自分は選ばれたのだという狂信に近い喜びが、力の制御を少し不安定にさせる。
「事実俺のリハビリは異常な速度で終わった。今の俺は騎士団に戻っても問題ないくらいには回復してるんだ。当然俺はアルヴェクス様を信じた。俺の願いを叶えてくださるのは、アルヴェクス様しかいないってな。だから最初は騎士団に入って布教しようと思ったんだが……あんたの目を欺けるとは思えなかったから止めた。それに、今アルヴェクス様を信奉するものは、あの暴動のせいでかなり減っている。目立つ行動をするのは無理だ」
元副官としてサンデラントの動きはある程度予測できていた。だからこそリアルドは今までリアニスター教団の手をすり抜けられた。その間にマッサージの事を学び、邪神の力を合わせることで話題のマッサージ店になれたのだ。
「それからは徐々に信仰を広め、仲間を増やすことに苦心したよ。あんたにバレるわけにはいかなかったからな」
「……」
「アルヴェクス様は俺の救世主だ。あの方を信じていれば間違いなんてない。あんたもすぐにそれがわかるはずだ。店の地下に祭壇がある。これが終わったら一緒にそこで盛ろう。愛しているんだ、サンデラント」
「はあ……」
そのため息には、隠しきれない失意がにじんでいた。洗脳中の者が出すにはあまりに理性的すぎる音で、狼はすぐ我に返る。
「サンデラント……?」
とっさに呼びかけてしまったのは本能からだった。暗示をしみ込ませている間に、まともな反応が返せるわけはないと知っていたのに、口が勝手に動いていた。
だが、予感は的中し、竜の声は凛としたままだった。
「残念だ、リアルド。本当に。だが、お前は悪くない。悪いのはお前をそそのかした悪しき神なのだからな」
「なんで……!」
暗示が効いていないと悟った狼は逃げようとしたが、視界がぐるりと回転した。気が付けば竜がのしかかっており、完全に取り押さえられてしまっている。
体重のかかった技から逃れるすべはなく、暴れればさらに締まって痛みが増すだけだった。
「サンデラント……! どうして! あんたにはアルヴェクス様の力がたっぷりと注がれていたはずだ!」
「ああ、そうだとも。おかげでここ最近はかなり醜態をさらした。カルバナイルにだけしか見られていないのは、不幸中の幸いだがな」
「だったらなぜ! アルヴェクス様のお力は絶対だ! あれほど侵食されて、理性が保てるわけがないっ!」
「そうか? 私はこの通りだ。もっとも、何度か危なかったがな。……入ってこい」
サンデラントが呼びかけると、部屋に鎧姿の雄が大量に流れ込んできた。鎧の意匠はきらびやかで、教会の文様を刻んだ彼らは異教徒に容赦のない眼光を注いでいる。
「逃げ場はないぞ。おとなしく浄化されろ。そして、元のリアルドに戻ってくれ」
「……今までのは俺を油断させる演技か?」
「そうだ、いきなり攻め込んでも逃げられる可能性があったからな。それに、お前の本心が聞きたかった。なぜあんなにも敬虔だったリアルドが、アルヴェクスを信奉するに至ったのか……お前を一人にすべきじゃなかった。すまない」
退団した後の空虚な心に付け込まれてしまった。自分の下を去る時に参謀としてもっと呼び止めるべきだったのだと、サンデラントは後悔してもしきれない。
初めて紫水晶を見せられたとき、サンデラントはぎりぎり理性を保っていた。暗示の内容からマッサージ店に何かあることがわかった後、浄化したカルバナイルと共に暗示にかかったふりをして、準備が整うまで慎重に進めていた。
他に汚染された者が教会にいないか調べるのにも時間が必要だった。その間、竜は肥大化した性欲に悩まされながらも、なんとか耐えてみせた。
リアルドの慎重さはサンデラント譲りだ。この竜は部下や民を思いやるため普段は石橋を叩いて渡るが、今みたいな大捕り物では最前線に立つことを厭わない果断な精神を持っている。
それを狼もわかっているはずなのに、まばゆい竜に目がくらんでしまった。早く手元に来てくれという渇望が、無意識に焦らせていたのだ。
「アルヴェクス様の力を何度も受けたのも……俺を油断させるため、か……よく理性を保っていられるもんだ」
「貴様が黒幕だと知れば、飲まれてなんぞいられんよ。何があっても、私が救わねばと思った。その意思が助けてくれたのだ。リアルド、私もお前のことを、ずっと……」
その先を竜は飲み込んだ。自分には言う資格などないと諫め、騎士団に合図を送る。やらなければならないことは山済みだ。その中には、大事な狼を助けることも含まれている。
「異端者を逮捕しろ。他の者は店の捜索をし、異端者たちのつながりを探せ。これ以上、アルヴェクスの好きにさせてはならん!」
団から進み出たカルバナイルにマントをもらって体を隠し、竜は堂々と宣言する。例え恥ずかしい姿をさらしても、何も恥ずべきことなどないと態度で語る。その姿は、敵となってしまったリアルドですら目を引かれるほどに勇猛だった。
「サンデラント様、この場に長居は無用です。後は騎士たちに任せ、一刻も早く浄化を受けてください。敵をだますためとはいえ、これ以上汚染されればどうなることか……」
「わかっている。カルバナイル、付き添いを頼む」
「はっ。外に馬車を待機させております。衣服もそこに。急いで戻りましょう」
他の騎士に押さえられながらリアルドは見てしまった。マントだけを羽織る竜に付き添って部屋を出ていこうとするサイの姿を。
その瞬間、狼の胸の中で激しい嫉妬の炎が吹き荒れる。邪神にそそのかされる前からずっと、狼が求めていたのはサイの場所だったから。
「あ、ああぁ……違う! そこは、俺の……俺の場所だ! 俺の、俺だけのっ!」
狂ったように歯を向いて暴れるが、騎士たちにはかなわない。それどころか邪神によって心を狂わされた者に向ける憐憫の視線が、いっそうリアルドを激高させる。
先の話を聞いてしまえば、彼も被害者であることは明白。騎士団の中には顔見知りもいる。彼らは敬虔で頼もしかった元副官の落ちぶれた姿に対し、胸中を痛めていた。
副官となってから、狼はずっとサンデラントの右腕だった。この人と一緒ならどこまでもいけるのだと、そう信じていた。
邪神に敬愛を捻じ曲げられてさえいなければ、きっと教会での復職もできていたかもしれない。だがもうそんな未来は訪れない。今竜の隣には、サイがいる。
「待ってくれ、サンデラント! 頼む……! お願いだっ!」
背中からかけられる悲痛な声に、竜は応えない。ただ口を硬く噛み締め、拳を握るだけ。振り向いて情けをかけることが、一番彼のためにならないと知っていた。
心の中では邪神に対する怒りが燃え盛っている。あれほど敬虔だった狼ですら道を踏み外すのだ、どこまで人の心を弄ぶのだと天に唾を吐きたい気持ちですらいた。
遠ざかる姿に狼は泣き伏して、ただただ神の名を呼ぶ。もはや人の力ではどうしようもなくなった今、できるのは神にすがることだけだった。
「ああ、アルヴェクス様……アルヴェクス様……貴方様の敬虔な信徒をお助けください。願いを叶えるとおっしゃった貴方様のお言葉を、どうか信じさせてください……」
狼は祈る。無心で神に救いを求めて。
アルヴェクスは人の世に介入することを好む神だ。夢枕に立って教義を直接受け取った狼にとって、邪神はまさに救いの糸そのもの。だからどこかで見ているのなら、きっと救いはもたらされるはずだと信じた。
そして、それは正しかった。
「……うっ」
誰かが漏らした小さな声が、広がっていく。騎士たちの中で上がった小さな声。だが次第にそれは数を増して、鎧ががちゃがちゃと苦悶の音を立ててた。
「……なんだ」
慌てて振り返ったサンデラントが目にしたのは、股間を押さえてうずくまる大勢の騎士たちだった。彼らは皆せわしなく股間部をひっかき、腰をカクつかせて触れないもどかしさに身もだえしているようだ。
鎧を脱ぐという知能すら性欲につぶされているのか、ある者は床にこすりつけることに必死で、ある者は思い切り叩いて振動で快楽を得ようと必死。今や騎士たちは荘厳な意匠も無様になりはて、射精を求めて床の上で暴れるだけだった。
一瞬にして地獄絵図になった店内に、竜の驚愕がこだまする。
「これは……どういうことだっ!」
鎧の発情音の中心にいる狼から、黒を覆い隠さんばかりに紫のオーラが立ち昇る。水晶や先ほど狼が放っていたものとは密度がまるで違う、目をそむけたくなるほどの邪悪さの塊だ。
「お逃げください、サンデラント様! 今のリアルドは普通ではありません!」
赤らんだ顔でサイが竜の前に出た。自身も発情しているはずなのだが、施術によって耐性ができていたのか、他の騎士よりかは理性を保っているようだ。
優先すべきは大司祭の脱出だと、即座に身を盾にできるのはさすがだが、狼が指を振るだけでサイの性欲は極限まで膨れ上がった。
「うぉ……♡」
「逃がすわけねえだろぉ……♡あんたは引っ込んでろ、俺はサンデラントに用があるんだ……♡」
ゆらりと立ち上がった狼の目は血走っており、理性が薄くなっているのは明らかだ。何とか食い止めようとするカルバナイルだが、神の寵愛を得た狼を止めるすべはない。紫のオーラに弾き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまった。
「がっ……!」
「ああ、アルヴェクス様……♡やはり貴方様は最高の神!」
あれだけいた騎士たちは敗れ、竜と狼は向かい合う。汚染されたままのサンデラントは自身の内から歓喜が湧き上がるものの、惑わされまいと掌に爪を食い込ませて耐えた。
「リアルド……そんな神に頼るな。教会にいた頃を思い出せ。浄化さえ済めば、お前は戻ってこれる」
「いいんだ、もう。くだらない秩序に阿ることはねえ。俺らを縛る全部をかなぐり捨てて、一緒に暮らそう、サンデラント!」
二人が並んで働いていたあの頃をくだらないと吐き捨てる狼には、もはや更生の可能性は薄い。サンデラントは偽りの歓喜を捨てようと自信の胸に爪を立て、膝を折ることはなかった。
竜には体を満たす祝福に対する感謝が渦巻いている。植え付けられたものだとわかっていても、頭を垂れてしまいそうだ。
「……逃げられはしないだろうな」
それでも大司祭は冷静に状況を分析している。騎士たちが陥落した今、背中を向けることは敗北を意味する。せめて外に控えている者に連絡が取れればいいのだが、それすらも難しいと理解していた。
「あがくしかあるまい」
もだえる騎士から剣を借り受け、狼へと向ける。異変を察知した外の者が来てくれさえすればいい。自分が駄目になったとしても、情報を広めるだけで価値がある。竜は自身のことをすでに諦めているが、教会の敗北だけは防ごうと決めた。
「こんなことになって、残念だリアルド」
「あんたもすぐ受け入れる。アルヴェクス様の力こそ、世界を統べるにふさわしいと」
「……本当に、手放すべきではなかった。権謀術数渦巻く私の傍から離せば、お前は幸せになると思っていたのに」
サンデラントにとって、リアルドは暖炉のような存在だった。明るく口が回り、頭も切れていたおかげで副官としていつも支えてくれていた。口下手な自分とは違って部下とのコミュニケーションも良好で、竜の些細な変化にも気付いて対応してくれる、大事な人だった。
「だからせめて幕は私が引こう。貴様はここで、邪神にそそのかされた被害者として終わるべきなのだ」
差し違える覚悟で切っ先を振るい、竜は踏み込んだ。胸に沸き立つ膨大な後悔を振り払うように。
そして、部屋は紫の光に包まれた。
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