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【全体公開版】スケベスキルで世界最強~やっぱ最強はちんぽっしょ!!~ 19

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「ジェルはおれにしてほしいことってある?」


 ベッドの上で、おれはジェルに問う。

 ふわふわの毛皮に寄り添って手を握ると、狼の顔が嬉しそうにほころんだ。互いに下着だけなのは親子というくくりではありえないことなのだけど、これがおれらの新しい日常だった。

 一度肌を合わせてからというもの、触れても問題なくなったジェルにおれは全力でくっついた。今まで我慢してきた分を発散させるように近づけば、この狼は喜んで服を脱ぐんだ。

 おれに触れられても大丈夫だと示したいのはわかるけど、それは誘ってるんだよなあ。そのくせパンツを脱がせようとすると神速で逃げていくの、生殺しなんだよ。エッチなことまでしたのに、いまだにジェルはどこか抜けたままだった。


「私はお前のしたいことならなんでも応援するさ」頭を撫でる優しくて大きな手。「もうお前を脅かすものは何もない。好きなことをしていい。これからは町にもたくさん遊びに行っていいし、友達も作れる。権力闘争は……避けられないだろうが、それでも、私がお前を全力で守ろう」


 異世界人ということで保護されてきたおれに、降ってわいた自由。おれはその使い道を持て余していた。


 何がしたいのか、なんて言われても正直困る。それにコハクの要請に従ってエッチな軍を率いるのも悪くないとは思っているんだ。

 今回の事件を経て、みんなと仲良くなったから。体だけじゃなく、心の方で。

 

 せっかくの異世界だから旅をしたい気持ちはある。だけど、ジェルやヤードたちと離れるのは嫌だ。知り合いが誰もいない異世界を一人で歩けるほど、おれはメンタルが強くない。バタバタしてたせいでこの世界のことをよく知らないからなおさらそう思う。


「わがままを言ってもいいんだぞ」


 たくましい胸板に埋められて、やさしい言葉がしみこんでくる。手入れされた毛皮は柔らかく、おれを安心させる匂いが包んでくれた。


「じゃあ旅をしたいって言ったら?」

 おれを抱きしめる腕がこわばるのがわかった。家を出ると同義だから、さみしく感じるんだろうな。


「……そのときは私のすべてでお前をサポートしよう」

「じょ、冗談だから、そんなに真剣にならなくてもいいよ」

「だがもし旅がしたいのなら、私がコハク王子に掛け合おう。異世界人、しかも二つ名持ちに匹敵する人材を野放しにしては他の国が何をするかわからないからな。根回しが必要だ」

「あー……」


 そうだった、おれは今回の事件で結構名前が売れてしまったんだった。そりゃエロで内乱を制したとか言われたらまず耳を疑うからね。後から知ったことだけど、ジェルがおれへの二つ名授与を断ったのも、これ以上おれを目立たせないようにするっていう意図があったらしい。

 騒動がでかかったから絶対にどこかから情報は漏れているはずだ。そんなおれが旅に出るとなれば、確実に周囲の国からアクションが来る。

 それをおれ一人で対処しないといけなくなるのか。めんどいしできる気がしない。

 やるとしたらこっそりするしかないけど、顔ばれしてそー……。


「でも、旅行くらいは行きたいな……」


 ジェルたちとこの世界を見て回れたら、それが一番いいと思う。おれはもうみんなのことが好きだから、一緒にいたいと思ってる。

 それに、ヤードにも責任を取るって言っちゃったしなぁ。


「そうだな。お前をこの家に閉じ込めたままだった私を許してくれ」

「それはおれを守るためだったじゃん。気にしてないよ。……最初はおれも怖がってたしね」

「謹慎が解けたら、どこか旅行しよう。この国には観光名所がいくつかある」

「みんなも呼んでいい?」

「もちろん」


 たくましくて暖かい腕の中で、おれは眠りに落ちていく。スキルのおかげで腕枕をしてもしびれないって便利、なんて薄れていく意識でそんなことを思った。


「ジェル、愛してるよ」

「私も愛してる」


 その言葉がすれ違っていることは知っている。

 だけど、ジェルからそう言ってもらえるとおれはとてもうれしくなるんだ。

 あとそろそろエッチなことしたいな。最初にやって以来できてないし……。


 まあそれでも、こうして眠れるだけで満足してしまうんだけど。

 そろそろコハクへの返事を出さないといけないなと思いつつ。


 おれは幸せな夢を見るのだった。


****


 冷静に考えれば、おれはまだやらなきゃいけないことがあるんだった。

 旅とか言ってる場合じゃねえわ。


「どうされましたかちんぽ❤もしお時間を持て余しているようならおれらのくそ雑魚マゾちんぽ腰振りでもご覧になりますか❤❤」

「おっ、それはいいじゃねえか❤❤おれらのなっさけねえへこへこ腰振りでも見て、たくさん笑ってくれ❤この『ちんぽどM兄弟』のちんぽはいじめられればそれだけ気持ちよくなるからな❤❤」


 王宮のとある部屋で、いかつい獅子と狼がおれにこびっこびな視線を注いで蕩けた顔で笑う。『華炎』という二つ名持ちだった兄弟は今ではその名を使うことはほぼなく、自ら発現した『ちんぽどM兄弟』という二つ名を勝手に名乗っては誇らしげにちんぽを見せつけている。

 兄である獅子エフィルと弟である狼ソムリティ。どちらも盛り上がった肉体を持つ騎士であり、雄臭さをぷんぷんさせている。


 だが、制服であった深紅の軍服を着ることはなく、手足の半分以上を覆う赤いグローブとブーツ、そして何の意味もない紐パンと首輪だけという格好だ。紐パンはあまりに小さすぎて萎えている状態でも金玉まですべてがはみ出しているので、本当に何の意味もない。ちんぽを見せつける性癖になった二人にとって、それを隠すという思考はないのだろう。


 体毛豊かな雄からは想像もできないほど甘くとろけた声。エフィルとソムリティは完全にちんぽ最優先の価値観になってしまっている。


「そして、それをばらまいたんだよなぁ」


 おかげでこの城の兵たちの大部分が『ちんぽどM』や『腰振り射精』に毒されている。そのせいで変態性全開の格好にもお咎めがまったくない。それどころか、『華炎』が管理する部隊の兵たちは全員同じ服飾をしている始末。

 窓の外に目をやれば、二人と同じ格好をした兵たちが巡回しているのが見えるだろう。そんな装備で何を守るつもりなんだこいつら?


 正直、この後始末はいつ終わるかもわからない。そもそも絶対完治することはないだろうから、新しい日常への折り合いをつけられるように手助けするしかないんだけどさ。


 性癖の元祖となった二人にはコハクの『無効化』も効かない。だってこいつらの性癖は勝手に芽生えたものだから消しようがない。それこそ、洗脳とかしない限りは無理。

 そして、これは後から知ったことだけど、性癖って根付くみたいで時間が経った後だと『無効化』の効果が薄くなるみたい。そりゃ気持ちが良いって記憶があれば、勝手にはまりだすよな……。おかげで兵たちの変態化が深刻だ。


 それを何とかできないかとコハクに相談されてきたけれど、やっぱり方法はあまりない気がする。洗脳していい? けど、解けたら結局元に戻るだけなんだよな。


 おれがうんうんうなっている姿を見て何を勘違いしたのか、短髪の獅子エフィルが勃起を突き出しながら懸命におれの気を引こうとする。


「ちんぽ腰振りの気分でないのなら、おれら兄弟のちんぽバトルはいかがでしょうか❤❤互いのちんぽをぶつけ合い、どちらが真の雑魚マゾちんぽかを決める戦いです❤❤」

「おれらは軍の中じゃ1,2を争うほどの雑魚ちんぽだからな❤他の兵じゃ相手にならなくてすぐ射精勝ちしちまうんだ❤❤あいつらが一回出す間に、おれらなら三回は余裕だ❤❤」

「あ、それ射精したら勝ちなんだ。斬新」


 なんか『腰振り射精』の元祖アリギラドよりも悪化してない? アリギラドを躾けたのはリブラだし、あの竜もここまで到達しそうで怖いな。落とした時しか面識ないだろうし、絶対に会わせないようにしよ。


「っていうか、そんなに雑魚くて日常生活大丈夫なの?」

「問題ありません❤下着をはいて歩くだけで射精する雑魚ちんぽですが、現在は新しい制服のおかげで快適に動けます❤❤」

「そうそう❤萎えてても足にぶつかるだけで勃起するし、勃起が腹に当たるだけで射精するけど、無様気持ちいいから何の問題もねえですよ❤❤❤」

「問題しかないが?」


 何とかしないとやばいやつじゃん!

 じゃあひょっとして、さっきから外の兵がちんぽを握ってるのって、オナニーしてるわけじゃなくってぶつからないようにするため?


「その通りです❤おれらの雑魚ちんぽは本当にくそ雑魚なので❤」

「リブラ様の『射精管理』でちんぽ腰振りかちんぽバトル、もしくはセックスでないと射精できなくしてもらってるけど、気持ちいいものは気持ちいいんで❤❤」

「まあ結局握ってても気持ちがいいので、おなってしまうのですが❤❤」

「重症だぁ」


 こうして見ると、『騎士道走行』や『茜差す栄光』の二人はまだましでよかった。リブラを相手にしてよく性癖が無事だったよ。おかげで部隊の再編成において、まともな人材はあの二人の下に行ける。


 この兄弟に関してはどうしたものかと悩んでも、解決策は出ない。洗脳がだめなら記憶を戻すくらいしかないけど、さすがにそんなスキルは使えないしなぁ。

 黙っているとこいつらは本当にちんぽバトルを始めそうだ。ずるむけ巨根の遺伝子はしっかり兄弟に根付いているようで、おれの手じゃ握ってもあまるだろう。しかも毛皮とは違った色をした体毛のせいで、雄らしさに拍車がかかっている。ちんぽどMさえなければ、さぞかしイケメンだっただろうに。


「一応確認するけど、戻りたいって希望はある?」

「全くございませんちんぽ❤おれらはすでにちんぽをいじめてもらうことでしか満足できないちんぽ奴隷でございます❤」

「潮やしょんべんをびゅーびゅー噴いて、アヘ狂わされてるときが一番の幸せなんだぁ❤❤普通のセックスなんてもうする価値もねえ❤❤」

「重症だぁ」


 兄弟は頭に手を回して腰を落とし、ちんぽ腰振りの体勢を取ってわめきたてる。ちんぽを揺らして先走りを飛ばしながら、いかに自分たちが雑魚ちんぽかと説明するのに余念がない。


「貴方様はおマンコされることに興味ないようですので、おれらにできることはこの雑魚ちんぽで楽しんでもらうことだけでちんぽ❤ちんぽちんぽ❤」

「フォグ様たちを躾けたそのお手前で、おれらの雑魚ちんぽにもお慈悲を恵んでくださいちーんぽ❤❤」


 肉槍を突き出す二人の目は期待に潤んでおり、鈴口からはとろとろと汁が漏れ続けている。聞いたところ『潮吹き』のスキルも手に入れたらしいし、ちんぽから体液を出すことに関しては一流なのだろう。なんの名誉でもない一流だけど。


 さすがにここで押し問答をしていてもらちが明かない。コハクに診断結果を報告しないと。今日も進捗なしだって。


 おれは雄臭すぎるちんぽを横目で見ながらため息を一つ。マンコに好まれるためか、こいつらのちんぽは本当に雄臭い。汗や精というわけでもなく、雄という概念の噴出って感じ。


「おれらは『ちんぽ魅了』のスキルも有しておりますゆえ❤❤」

「え、なんでおれの知らないところで変なスキル開花させてるんだこいつら……」

「レベルが低いのでフォグ様たちには効きませんが、そこらのおマンコには十分喜んでいただけております❤❤」


 戦いの爪痕として多数の雌落ち兵を抱える王城で、こんなスキルを振りまかれたらたまったものじゃない。二つ名持ちというだけあって、エロスキルの吸収速度も段違いすぎる。


「スキルのオンオフはできる?」

「もちろんです❤ですが、おれらはおマンコ様たちによろこんでもらうためのちんぽ奴隷❤お見掛けしたらついアプローチをしてしまうのです❤❤」

「それに、早くこのスキルレベルを上げて、フォグ様たちに飼ってもらいてえんだぁ❤❤❤おれらはちんぽにしか価値が無い雑魚ちんぽだからなぁ❤❤❤」

「重症だぁ」


 やっぱりこいつらが二つ名持ちの中で一番重症だわ。ここまでしたのがリブラではなくフォグだというのが驚きだけど、絶対に加減を間違えてる。リブラならまだうまい落としどころを見つけてくれてたはずなのに。


 ひとまず、こいつらはこのくらいでいいか。今日の診断結果はかなりの重症継続っと。これから『影に満ちた鏡』との面談もあるけど、さすがにこいつらほどじゃないからまだ気が楽だ。

 とにかく、まずは隊長になるフォグに報告して……。


「さすがのお前でもどうにもならないみたいだな」


 と思ったらちょうどやって来てくれた。屈強な体を深紅の軍服で着飾ったフォグは、いつもよりきりりとしたかっこよさがある。ただ、胸あたりがきつそう。特注のはずなのに。


「スキルのせいか、また大きくなってなぁ。モウダンにもからかわれるくらいだ」

「ああ、おっぱいブラザーズとしては良いんじゃない」

「そのダサい名前で呼ばないでくれ! それで、所感は?」

「無理。重症。洗脳くらいしかない。治る気配を見せない」

「やっぱりかぁ……」


 熊の髭がヘタレているところを見るに、罪悪感があるのだろう。性癖を混ぜ込んで相当狂わせたみたいだし。


「すでに当主はエフィルなんだが、そのエフィルがこの調子じゃ亡くなった前当主に申し訳が立たねえ。記憶を封印してもらうのが一番な気もするが……」

「でも『潮吹き』とかのスキルは消えないよ。『技能泥棒』リンドンにも、おれ関係のスキルはいじれないって言われてるしね」

「それなんだよなぁ……感度も戻らない状態で記憶だけ封じても、結局元に戻るだけなのは目に見えてる」

「なので現状は経過観察だと思うよ」

「そうなるよなぁ……」


 つまり兄弟はこのままマンコに奉仕することが生きがいのちんぽどMとして生きていくということだ。唯一の救いは、本人たちが幸せそうってことかな。


「フォグ様❤我らはすでにちんぽだけの存在として覚悟はできております❤❤」

「おれらのちんぽはおマンコ様に喜んでいただくためにある❤❤その喜びを教えてくれて感謝しています❤❤」

「はぁ~~~~~~このままかぁ。診断は終わったんだ、そろそろ持ち場に戻ったほうがいいんじゃないか?」

「「はいちんぽ❤❤❤」」

「はぁ~~~~~~」


 でかい尻二つを見送るフォグががちの辟易顔でため息をついた。


 『華炎』の部隊を引き継いだフォグは特に症状がひどい――この兄弟のようにセックスに傾倒している者を集める予定だ。『疑似人格』の治療もあるし、内部のごたごたが収まらないからまだ正式に就任はしていないけど、すでに『竜の爪』の副隊長はヤードに譲り、今はこうして隊員からのお誘いに頭を悩ませる日々を過ごしていた。


「治療の方はどう?」

「だいぶ終わったらしい。人格の統合のおかげか、『強制テレポート』の使い勝手も上がった。リンドンからも、もうすぐ完治すると言われている」

「それならよかった」


 貴族籍もはく奪されてないし、騎士としての活動も許されている。そこは本当にコハクに感謝だ。まあ、もともとフォグ自身は最初からコハク王子に組していたし、恩情という点でも変なことはない。


「お前、コハク王子の提案する新しい部隊の件、引き受けるつもりか?」

「まだ考え中。おれが隊長って実感なくてさ」

「今までそんなこと考える余裕もなかったからな。もし引き受けることになったら、多分あの二人がそっちに行くからよろしくな」

「いや、まあ……それもそうだわ」


 なにせ二つ名付きだ。通常時の戦力としても優秀なのに、エロスキルの恩恵を考えると確実におれの管轄になる。やっぱ無理な気がしてきた……。


「補佐に誰か付くから、そこまで心配する必要もないと思うがな。コハク王子だって、お前に戦いや政治を期待してるわけじゃない」

「そりゃそうかもだけどさぁ……」

「本当はおれが行ければそれが一番いいと思うんだが……」

「でもフォグはもう配属決まったんでしょ?」

「それはまあそうだが、お前を一人にするのは心配でしょうがねえ。せっかくコハク王子がくれた昇進だが……あーやっぱりそのほうがいいな」

「え、え? 本当に?」


 新設部隊でエロまみれの副隊長より、歴史ある部隊の隊長の方が絶対いいのはおれでさえわかる。それをあっさり捨てようというのか。


「言っただろ、武勲をおごらず、地位に固執せず――」

「陛下の剣としてあればそれでいい。さすがに覚えたよ」

「ジェル様の受け売りだってことも覚えただろ。だから別に、隊長になりたいとかはどうでもいいんだ。それよりも、ジェル様やお前を放置しておく方が問題だと思ってる」

「まあ、おれとしてもフォグがいてくれた方が心強いけどさ」

「だろ?」


 ふふんと胸を張るフォグは親しみやすさが上がっていて、醸す雰囲気も温かい。この事件で一番成長したのは誰かと問われたら、やっぱりそれはフォグだろう。父との確執を乗り越えた熊は、角が取れた顔でおれを見つめていた。


「それに」そしてにやりと口角を歪ませて。「ジェル様にふられたお前を一人にすると何しでかすかわからねえからなぁ」

「人の失恋を笑わないでくれる?!」

「笑ってねえさ。しっかり告白したことはえらいと思ってる。慰めてやりたいっていのは本音だ。だが、まあ、なんだ……やっぱりジェル様を取られなかった安堵がどうしてもな」

「くそが!」


 このデカぱい陥没乳首雌熊め! 自分がジェルの心を射止める気でいやがるぞ!


「当然。お前が駄目なら、おれしかいねえよな! おれがジェル様の妻になれば、お前とは家族だ。今のうちにお母さんって呼んでもいいんだぞ?」

「絶対いやだね!!」


 いやまあ、そんな未来もちょっとは良いと思ってる自分はいますけど。本当にちょっとね。


「でもおれはジェルとエッチしてるしぃ? エロスキル開拓のためにいろんなことしてるしぃ?」

「うぎぎぎぎぎいぃ……!!!」


 最初以来できてないけど、見栄を張ったらフォグが血涙流さんばかりの顔で歯ぎしりしてる。なんだったら周りに白い霧が漂ってて臨戦態勢だよ。超怖い。


 これ以上のあおり合いは喧嘩になる。結構な付き合いになったおれらは、ここら辺が切り上げ時だと理解していた。

 だから、深呼吸で紳士協定を結び直して、会話の仕切り直しといこう。


「だからもしお前がコハク王子の案を受けるなら、手伝いはしてやるよ。副隊長の職務経験はあるから頼りにしてくれ」

「するする。フォグはいつだって頼りになるからね」

「そして、ジェル様におれがいかに頼りがいのある男かってこと、ちゃんと伝えるんだぞ」


 訂正、紳士協定破綻してた。


「それに、あの兄弟みたいなやつが来ると考えれば、おれが適任だろうしな」

「実際あの二人はおれのところに来るのがわかり切ってるし……」


 となるとやっぱり副隊長には経験豊富な人の方がいいってことだ。いやまだ受けるとは決めてないけど、もしもの話ね。


 フォグは自分の地位を捨ててでもおれをサポートしてくれる。本当にいい友人を持ったと思う。


「それを言うのはおれの方だ。お前のおかげで親父のこととか、いろんなことが吹っ切れたんだ。感謝してる。だからこれはただの恩返しだよ」

「別におれは大したことしてないよ」

「大したことしたやつってのはみんなそう言うんだ。おれにとってのジェル様とかな。そういう意味じゃ、お前らは親子だよ」

「そうかなぁ」


 なんて言いながらおれらは部屋を後にする。そろそろ昼食の時間だし、フォグもそのつもりでおれの様子を見に来たと思ってる。

 だから特に何も言わず、手をつないで外に出る。最近フォグとは通じ合うことが増えていて、互いに何をしたいのかが何となくわかるようになってきた。気の置けない友人ってこんな関係のことを言うのだろう。


「確かに、おれもそうだな。お前がスケベなこと考えてるときとか、特にわかりやすいぞ」

「えぇ……じゃあ今は?」

「腹減った」

「正解」

「せっかくだから城外のおすすめにでも行くか。お前もそろそろ町になじんだ方がいいだろ」

「やったね。お金ならジェルからたくさんもらってるから、どこでもいいよ」

「いいって。親父がためてたから心配するな。恩情を乞う時にコハク王子にいくらか差し出したけど、まだまだあるんだ。それについてはお前のおかげでもあるからな。ここはおごらせてくれ」

「さすがグリッジ……周到すぎる……でもおれのおかげってな――」

 

 疑問を投げようとしたのだけれど、それより早くおれのお腹が鳴る音の方が早かった。熊に噴出されてしまい、恥ずかしさに口が閉じる。

 ごまかすように手を強く握れば、硬くて大きな男の掌が握り返してくれた。指一本とってもおれの倍くらいあるんだ、子どもに戻った気分になるよ。


 熊の手は硬いけどふわふわで、つい指を絡ませたくなってしまう。最低出力の『愛撫』がフォグを興奮させたとしても、そのくらいは自制できるでしょう。

 だからにぎにぎしながら他愛ない会話をして歩いていく。


「グリッジは元気?」つっこまれるまえに話題転換の作戦。

「まあな。今はまだ廃人みたいにぼーっとしてるけど、食事はしてくれてるから心配はしてない」


 国家転覆をはかった罪に問われたグリッジだが、コハク王子の意見と武勲をたてたフォグの陳謝によって、命は取られなかった。罪を考えれば破格の恩情だが、グリッジ自体が持つ情報もあってか、好待遇が取られているのもある。

 あれやこれやと手を回していたおかげで、偉い人の弱みをかなり握っているのだ。それがコハクの手にあるということで、かなり主導権を取れているらしい。

 

 本人はあの事件の後は吹っ切れたのかわからないが、聞かれたことを素直に答えるようになっていて、コハクにとっても大事な情報源だから丁寧に扱っているそうだ。


「親父もさ、今のお前と同じなんだよ。好きなことをしていいってのに、何をしたらいいのかわからねえんだ。お前と違って完全な自由じゃないけれど、もう強迫観念に駆られる必要もねえのにな」

「おれと違って、人生ずっとささげてきたんだもんね」

「まあな。ジェル様に会わなければ、おれもああなってたんだよなぁ……」

「フォグは違ったと思うけど」

「それはおまえ、ジェル様に会う前のおれを知らないから」

「んーでも想像つかないなぁ」

 

 おれの知ってるフォグは真面目で厳しいけど、いつも優しい。ジェルに会ったくらいでグリッジがフォグみたいになるかと言われたら、多分ならないと思うんだよ。

 

「それはきっかけなだけで、後はフォグの性格なんじゃないかな」

「だといいな。……そう言ってもらえると楽になる。おれは未だに、親父と同じだと思ってるところがあるから」

「ないない。おれに会う前からジェル大好きな変態だったじゃん。ジェルに会わなくても、誰かに一途な変態になってたと思うよ」

「……否定できねぇ」


 まあ、たらればの話をしていても意味がない。今のフォグは今のフォグなのだ。

 お腹がすいたので腕を引っ張ると、フォグが鼻息と共に口元をほころばせる。しょうがないなと笑う顔は、本当に柔らかくなった。


 太い腕がおれを抱えあげて、肉付きのいい体に押し付けられる。

 もうお姫様抱っこも慣れたもので、プライドとか一切揺るがなくなってきた。無の境地。熊のたくましい首に腕を回す動作もスムーズにできる。


「しょうがねえ。抱えていくか」

「え、馬車じゃないの?」

「自分で走ったほうが早いからな」

「……そうだ、こいつらの身体能力っておかしいくらいに高いんだった」

 

 しかもおれのせいでバフもりもりだし、単純な身体能力で勝てるヴィジョンは全く見えない。


 王宮の窓から屋根に飛ぶ姿は軽々としているが、普通は無理だって。ジェルに育てられてたからそこら辺の感覚がマヒしてるようで、普通基準だとフォグも十分化け物らしい。


「昼食が終わったら診断の続きだろ?」


 風を浴びながら熊が言う。


「そうそう。改善の見込みがない人がちらほらいて、どうしたものかなーって感じ」

「逆に考えれば、そういうやつらはお前の強化を受ける適性があるんじゃないか」

「それもそうかも」


 そう考えるとおれ主体の部隊ってアイデアは悪くないんだよな。

 才能の原石を発掘できるだろうし、淫乱たちを押し込められる。


 跳躍の飛距離がバグってるから、町まであっという間だった。確かにこれを普通という枠に入れられるとおれも困るわ。

 ちなみに、落ちるかもとかは全く心配してない。フォグが落とすわけないしね。それにうっすらとまとう『乳霧』のおかげで、落ちても無傷なことが確定してる。


「なんだ、やっぱり引き受ける気なのか?」

「考え中は継続中。外堀だけ埋められてる気分」

「ははっ、でもまあここにいるのなら仕事はあったほうが良いぞ。お前なら雄に貢がせるって方法もあるが、それはさすがにジェル様が認めないだろ」

「大正論だよぉ……」


 屋根から屋根へ、よどみなく跳躍する熊。確かにこれは馬車より早いわ。住民も見慣れてるのか、特別な反応を示すことはない。スキルのある世界って、こんなことになるんだなぁ。

 ……おれは今までこんなことも知らなかったのか。


 やがてなんか豪華そうなお店の前に降りたフォグは、そのまま、おれを抱えたまま歩き出した。

 ……え、下ろしてくれないの? まあいいや、心を無にして耐えよう。


「もしくは旅に出てもいいかなとは思ったんだけど、考えることが多くってさぁ……」

「は?」


 急に熊の足が止まった。そんなに驚くようなこと言ったつもりはなかったんだけど、フォグは目を丸く見開いておれを凝視している。


「お前……ここを出ていくのか……?」

「いやだから、それもいいかもとは思っただけで、実際にはやらないよ! ジェルから離れるのは無理だし、一人で旅とかできる気がしないしさあ」

「ま、まあ、そうだよな……お前は誰かが見てないと不安だからな……」

「悔しいけどその通りなんだよなぁ」


 おれを抱きかかえる腕に力が入ってきたから、ちょっと痛いんだけど。でもなんか考え込んでしまったせいでかける言葉がなかった。絶対おれを野放しにした時の惨状を想像してそう。


 お店の前で抱っこされたまま固まられると恥ずかしいのですが……。

 しょうがないので熊の頬をむにっとつまんで、我に返ってもらおうか。


「ふぉーぐー、だからどこにも行かないって言ってるでしょ。それよりほら、早くおいしいもの食べよう」

「……っと、そうだな悪い。お前がいなくなった後のことを考えてたら胃が痛くなっちまって……」

「やっぱり……大丈夫だって。さすがに今更どこか行くとかないから」

「だ……だよな」


 安堵のため息をついて、ようやくフォグが戻って来た。それでも下ろす気はないようで、高級そうなお店を抱かれたまま入ることになってしまった。二度と来れない。

 

 おすすめということもあって顔パスで案内されるフォグに揺られながら、これからのことをぼーっと考える。

 旅という選択肢はない。だから、次に考えるべきは何をするかということだよなぁ。

 ってなると、やっぱりコハクの提案を飲むべきなんだろう。ヘッドハントってことは賃金交渉とかできそうだし、なによりコハク直属だから悪いことにはならないと思うんだ。


 でもせっかく自由に決められる時間があるんだ。もうちょっと悩みたい。

 他にいい選択肢があるかもしれないじゃん。おれはこの世界のこと、あんまり知らないんだからさ。


 それに、おれが何を選んでもジェルやフォグは受け入れてくれる。そう信じられるから、重く考えなくて済むんだ。


「フォグ」

「なんだ?」

「ありがとうね」

「別に声をかければいつだっておごるぞ。むしろ、お前はもっと物欲を出していけ。ジェル様が何をプレゼントしたらいいか困ってたぞ」


 そういうことじゃないんだけど、全部説明するのも照れくさいから。

 あいまいに笑って、おれは熊の胸に顔をうずめることにした。


****


 フォグとご飯を食べて、午後からも頑張るかと気合を入れなおす。

 こんなルーチンだと本当に働いてるみたいだな。元の世界のサラリーマンに比べるとだいぶ緩いけど。


 フォグもフォグでまだ軍の整備とか仕事は残ってるみたいだけど、おれに付き合うつもりらしい。大体終わってるからってさ。やはり優秀だ。

 もしおれの部隊ができたら、本当に来るつもりなのだろうか。


「そうじゃないと不安なんだよ。『華炎』の二人がこっちに来れば、軍の方は誰が隊長になっても変わらんだろうが、お前の方は違うだろ。誰が雑務やその他の仕事をするんだ」

「さあ……おれは詳細を聞いてないから、コハクがどう考えてるのかはわからないなぁ」

「多分だが、お前には性に溺れさせて、雑務を誰かがするって形になると思うぞ。白竜宮ともなると侍女長やらとの交流が必須だし、礼儀作法も問われるだろうな」

「めんどいなぁ……白竜宮ってお妃が使うところだっけ。別に他の場所でもいいのに……」

「ここしか空けられなかったのだからしょうがないだろう。乱を制したとはいえ、コハク王子の立場はまだ不安定。他の部署と衝突する可能性が最も少ないのがここだからな」

「それはわかってるけどさぁ……」


 まあ確かに世継ぎを生む場所はエロ目的の部隊を常駐させるのにはちょうどいいのもわかる。でも、正妻じゃなくて妾とかそこら辺の人が使う場所でもいいじゃんとは思う。


「それはおれも考えたが、功績を出したお前への礼なのかもしれないな。国を安定化させるうえでも他国との婚姻は大事だが、このごたごたを見るにまだ先の話だろうし」

「そんなわけないだろうがこの鈍感どもめ」


 排他的な音を吐き捨てながらやってきた獅子は不愉快そうに黄金のたてがみをかきあげた。今日のリブラは『竜の爪』の軍服ではなく、なんか高貴そうな服で雄々しい体を飾りたてている。


「リブラ、それどういう意味?」

「……はぁ。なぜおれ様が馬鹿にいちいち解説せねばならんのだ。少しは自分の頭で考えるという癖をつけないと腐り落ちるぞ」


 珍しく毒舌のキレがすごいな。最近は丸くなったと思ったのに。

 それはフォグも同意見だったのか、首をかしげて問う。


「どうした、何か嫌なことでもあったのか?」

「この鈍感熊が……おれ様は自分のものを取られることを良しとしない。それだけの話だ」

「はあ?」


 言っている意味が分からないけど、こうなったリブラに解説を求めても無駄だということは知っていた。


 もとから王族であったリブラは今回の一件でかなり評判を上げた。王位継承には遠い立場であり過去の経歴から腫れもの扱いだったが、発言権が増した……らしい。

 まあ何でもこなせる天才肌だから、扱いさえできれば優秀なんだよね。問題はその扱いが難しいということだけど。


 今はグリッジが務めていた軍部の元帥、要はまとめ役や元老院を臨時で担当している。王族という地位を存分に活かした、というよりかはコハクにいろいろ押し付けられた形であり、本人は大いに不満を募らせていた。

 さらに傭兵街とのパイプ役も兼ねているおかげで、最近は軍服の姿を見る機会が減ってしまった。おれらの中で最も忙しいと思う。


「くそコハクめ……おれ様をこき使いおって……なぜこんなにも働かねばならんのだ……おかげであの馬鹿が狂った部隊を立ち上げると知ったのがこの前だったのだぞ」

「大方、お前にばれると面倒だと思ったんだろ」


 フォグの意見はわかる。なにせ面白いと思ったら横槍だろうがちゃちゃだろうが何でも入れてくる性悪獅子だから……。

 そしてコハクはリブラの横槍が入らないように、傭兵街に行っていた間を見計らったというわけか。狸同士の化かしあいがすごいな。


 まあ冷静に考えたら、王位継承権持ちのリブラってコハクにとっては現在最大の障害になる可能性があるともいえるしね。仲は悪くないと思うんだけど、リブラだしなぁ。

 

「それでなにか、おれ様が汗水たらして働いている間に、貴様らはエロを仕事にして乳繰り合っていたというわけか」

「そういうわけじゃないよ。おれはまだ受け入れたわけじゃないから」

「……ほう、そうか。国王への戴冠が確定しているコハクの庇護を断る理由もないと思うのだが、何が目的だ?」

「何って言われても……」


 おれはただ、この世界に来て初めて自分のことを決められるから、悩んでみたいだけなんだよな。

 確かに答えは決まってるかもしれないけれど、そんなのわからないじゃん。もっといい選択肢があるかもしれないし……。


「ないだろう」


 おれの躊躇を獅子は一刀両断する。


「貴様は国王や神風からの庇護を受けられる立場にいる。しかも好意的に、だ。他に行こうものなら奇異の目や政治の道具にされること請け合いだぞ。貴様の雄を篭絡する手腕は、さぞかし便利に使えるだろうからな」

「た、旅に出るとか……」

「はっ。もっとも愚かな選択だな。貴様がこの国を出たなら、着いてくる雄がどれだけいると思っている。あの馬鹿犬を筆頭に、パーティでも組むつもりか? 冒険者稼業など、しょせん金持ちの道楽に消費される遊具にすぎん。権力の前では、無力もいいところだ」


 痛いところを正確に遠慮なく突いてくるの、リブラって感じ。


「じゃあどうすれば……」


 そこで獅子がするにやりとした表情。仕事のストレスとは無縁の笑みは、絶対ろくでもないことだというのがわかる。


「なに簡単だ。コハクの提案を受け入れればいい。そして、適当な場所には経費で行けばいい。雄をスカウトするためと言えば、軍の目的とも反しないだろう? 貴様は王から庇護される立場のまま、好きな場所で雄を食らうことができるというわけだ」

「でもそれだとこの国の中だけにならない?」

「じゃあ世界征服でもするしかないな」

「はぁ?!」


 今とんでもないことをあっさり言ってのけたぞこの性悪獅子。


「傭兵街を陥落させたように、貴様には世界を手玉に取れる才能がある。貴様の才能とおれ様の手腕があればおそらくは可能だろうな。どうだ、楽しくないか?」

「まったくっ!」


 傭兵街での任務を嬉々としてこなしていた獅子だ。こういう侵略行為が大好きなんだろうな。そしてその行きつく先があの娼館のようになることは想像に難くない。

 ん、でも似たような単語をどこかで聞いたことがあるような……。


「全くの夢想ではないと、フォグもわかっているだろ?」

「……まあな。こいつのおかげでこの国は歴史上もっとも二つ名持ちが多くなった。それはつまり、他国からも警戒されるということだ」

「そしてそれは異世界人のおかげだと知られれば、世界は荒れるだろうな。なにせ人工的に二つ名持ちを作ることができるのだ。貴様を擁した国が世界のトップに立てる。そして、それを夢見る国が確実に出る」


 リブラが旅に出ることをもっとも愚かな選択肢とこき下ろした理由が分かった。おれはそこまで考えられていなかったけど、ジェルやフォグの反応を見るにリブラと同意見だろうということはわかった。


「だとしたら、おれ様たちが頂点に立つしかないだろう? 今この国は最も強い。ただでさえ最強と名高い『神風』を有していたというのに、貴様までいるのだ。負けるわけがない」


 獅子の手がおれの頬を撫でる。こちらを見据える目は細められながらも、獲物を狙って剣呑に光っていた。

 

「世界征服。何とも愉快な響きではないか。貴様がいれば、無血開城も夢ではあるまい」

「え、えぇっと……」

「そこらへんにしとけ」おれの救難信号をフォグはしっかり受け取ってくれた。「そもそもどんな国があるのかすらこいつは知らないんだ。それに、コハク王子がそれを望むとは思えん」

「あれは臆病な小動物にすぎん。不穏な気配を見せれば過剰に対処しようとするだろうから、あることないこと吹聴すればたやすい……昔だったらな」


 そこでリブラはつまらなさそうに肩をすくめた。


「今回の一件で、落ち着きを得てしまった。ここに戻ってきた時点で覚悟を決めてやがったわけだ。昔のままならまだ傀儡にしやすかったというのに」


 相変わらず逐一単語が不穏すぎる。どうしてお前は話すたびに不穏を振りまくんだ。


「だがまあ、手がないわけではない。せっかく夢を見れるのだ、どうせならつかみたいというものだろう?」

「まーた何か悪だくみか?」

「いやなに、元老院や元帥の仕事などつまらんと思っておったが、そう考えればやりがいはあると気づいただけだ。それに、あの臆病者が王になるのだ、これくらいがちょうどいいだろうとも」

「頼むから内乱だけはやめてくれよ……」

「くふふっ、さあどうなるやら。少なくとも、おれ様が退屈してない間は安心していい。もっとも、どこからの馬鹿が旅に出るなどということをすれば、すぐにでも退屈になるだろうがな」


 脅してきたぞこの猫……。素直に引き留められないのか。

 いやまあ、それでこそって感じはするけどさ。


「今は臨時とはいえ、おれ様が軍を束ねるものだ。おれ様がより効果的に貴様やジェルを使ってやろう。グリッジのように己が利益しか考えない小物に比べたら、はるかに働きやすくなるだろうな」

「雰囲気は大悪党なのに言ってることは良いことなんだよなぁ」

 

 リブラの価値観は面白いかどうかの比重が大きいけど、それ以外は案外真っ当なのだ。比重が大きすぎるっていうのが問題なだけで。……いやそれだけで詰んでたわ。

 

「信賞必罰を整えることは兵のやる気向上につながるというのに、グリッジが幅を利かせすぎたせいでまともに機能していないから面倒なことこの上ない。だが、ちょうどいい。貴様がいるのだ、エロ方面に関しての技量も評価項目に入れておこう」

「待て待て待てっ! お前、軍紀をどうするつもりだ!」


 さすがに聞き捨てならなかったのだろう、フォグが前のめりにつっこみをいれる。


「この惨状では風紀などあったものではないだろうが。それなら、エロを織り込んだ規律を新しく作ったほうが早い。こいつの強化から新たな二つ名持ちが生まれる可能性があると考えれば、コハクも了承するはずだ」

「……うぅ」


 フォグは頭の回転が速い方だから、リブラの言いたいことはすぐに理解したようだ。

 つまり、エロを中心としたおれの軍を新設するだけでなく、すべての軍にエロを求めるようにするってこと?


「察しがいいではないか。だが、一番の大本は貴様であることに変わりない。おれ様やフォグでは『華炎』に『潮吹き』や『ちんぽ魅了』を覚えさせるのがせいぜいだったからな」

「それでも十分すごいんだけどね……」


 でもそんなスキルのためだけに価値観を狂わされたって考えると割に合わないな。

 やっぱりおれが直接やるしかないみたい。


「ふむ、ふむ」思考を重ねるごとに獅子の口が愉悦にゆがんで。「悪くない、堅苦しい軍紀などつまらんと思っていたところだ。コハクがエロを中心とした軍を新設するというのなら、おれ様もそれに便乗しよう。楽しくなってきたな」


 国の立て直しが遠のいている気がする……大丈夫なのか……。


「まあコハク王子なら多分大丈夫かと……いざとなったらおれも止めるさ」

「ふん。今回の事件でエギザクタ家の権力は地に落ちたようなものだ。フォグがいかに優秀とはいえ、敵にはならん。今のおれ様を止められるとするならば、それこそコハクくらいのものだろう」

「それに、ゴライザらの傭兵街の面々を引き抜いた功績もだいぶお前のものになったしな。ヤードも頭は悪くないんだが、どうしても政治になると経験不足が否めねぇ」

「後ろ盾もないしな。フォグも、あの政治不得手なオオカミを参考にしすぎてもろくなことにならんぞ」

「別にジェル様を真似して功績を譲ったわけじゃねえよ。ナハトラ派を落とした功績なども含めて、お前の取り分を多くしたほうがいいと判断しただけだ。おれが言いたいのは、ヤードが受け取るはずだった名声も、ちゃっかりお前が持っていってるだろうってことだ」

「おれ様とて、尋ねられれば譲ったとも。だが、最近のあいつは名声より武を好むようになってきた。心境の変化があったんだろうな」


 つまり、今コハク王子に次いで権力を持ってるのって、リブラってことになるわけ……?

 それは恐怖だよ。絶対ろくなことにならない。


「くふふ、まあどうなるかを楽しみにしているがいい。貴様も、変な意地を張らずに早くコハクの提案を受け入れろ。悪いようにはしないと、おれ様が保証してやる」

「まあ、フォグが手伝ってくれるって言うし……」

「は?」


 獅子の丸い耳がぴんと立ち上がって、信じられないと言わんばかりにフォグを見た。

 大抵のことを道理立てて考えることができる獅子がここまで驚くのだ、さぞかし不条理なことだったのだろう。


「貴様まさか、こいつのところに行くつもりか? 何のためにコハクが貴様を隊長に据えたのか、理解していないわけではないだろうが」

「長い目で見て、そのほうがいいと判断しただけだ」

「はぁ……これだから善良な馬鹿は困る。貴様らが道を譲れば、強欲な愚者が得をするだけだというのに……」


 えっと、どういうこと? まあ確かに、わざわざ隊長の座を辞退するのはもったいないなとは思うけど……。


「コハクはな、エギザクタ家の名声が地に落ちたことを憂いて、フォグのために隊長という職をくれてやったのだ。要するに名誉挽回の機会として使ってほしいという配慮だ。反乱を企てたエギザクタ家に対する配慮という形ではなく、武勲を建てたフォグ自身への褒美という形で、わざわざ気を回したのに、だ」


 そういうことだったんだ。それなのに、フォグは隊長を辞めてまでおれのところに来てもいいと言っている。


「まあもともと貴族籍をはく奪される覚悟だったんだ。今でも十分ありがたく感じている。だというのに、そんな待遇までもらうのは少し気が引けてなぁ」

「こんのくそ馬鹿! 貴様が辞退したところで、他の馬鹿が恩恵にあずかるだけだと分かってるだろうが!」


 それからリブラはため息を吐く。重く長く、付き合いきれないと憂う色が強いため息を。


「まったく……ジェルといいフォグといい、あのファンダルといい……なぜ他者に対してそこまで思いやれる。理解できんな……だが、ああ不愉快極まりない……!」


 何が気に食わないのかわからないが、細い尻尾で自分の尻を叩くリブラは相当機嫌が悪くなっていた。


「こんなくそつまらん場所で油断を見せれば寝首をかかれるだけだというのに……だがそれでもこいつらは生き残った。貴様が生き残るために手を貸したおれ様が言えたことではないが、気に食わんな。ちぃ」


 特大の舌打ちをかまして、踵を返す。苛立ちにたてがみが逆立っていて、近寄りがたい雰囲気を発していた。

 おれはちょっと声をかけづらいんだけど、フォグにとってはいつものこと。気圧されることなく、困ったように話かけてくれた。


「お、おい、お前が怒ることじゃないだろうが。おれは納得したうえで、コハク王子に進言するつもりだぞ」

「ふん、少し待っていろ。貴様に勝手なことをされると、元帥としてのおれ様が苦労するからな。何のために貴様を助けたと思っている」

「それは感謝してるが、おれの道はおれが決める」


 え、どういうこと。リブラがフォグを助けたってなに?

 だけど、おれの疑問なんて聞く耳もたないようで、獅子は歩き去っていく。何か企んでいるみたいだけど、おれは特に心配していない。リブラも丸くなったし、そんなひどいことにはならないはずだ。

 それはフォグも同意見のようで、姿が見えなくなるとおれに向き直って口を開いた。


「何をするつもりなんだか……。まっ、そろそろおれらも仕事に戻らないとな。コハク王子の件、前向きに考えてくれ。この国にはまだお前が必要なんだ」

「わかったよ」


 やっぱりどう考えてもそれが一番安定だよね。おれとしても、これ以上の条件はないように思えるし。


 それからフォグと別れて、本日の予定者の診断をして、今日という日がようやく終わろうとしていた。

 やることが少ないというのもあるけれど、落ち着いているから最近は時間の進みが遅く感じることが増えた。平和なんだなぁと思う。


 さてと、後はコハクに今日の報告をして終わりだ。

 おれは寂しがり屋な龍が待つ、執務室へと足を運ぶことにした。


****


「……以上が今日の結果。『華炎』の兄弟が一番ひどくて改善の余地はやっぱりなし、グリッジの兵がその次くらいかな。『影に満ちた鏡』は対処が早かったおかげかそこまでひどくないし、『騎士道走行』や『茜差す栄光』は全然大丈夫。ただ……」

「『竜の冠』、我が父は未だに起きる気配はない、か……」


 コハクの父であり現国王、ガネートさんはベッドの中で眠り続けていた。

 グリッジの仕掛けた『疑似人格』や調教によって摩耗した精神が防衛反応を取っているのだそうだ。『疑似人格』自体はすでに取り除かれているけれど、もとの人格はど淫乱のちんぽ狂いに調教が完了している。


 執務室に向かったおれは、休憩がしたいとだだをこねるコハクに従って私室に連行されていた。向かい合ってお茶をしながら、おれは今日の報告を終える。

 竜のため息がカップの水面を波立たせ、物憂げな表情が揺れた。


「あまり仲の良い関係ではなかったが、こうなるとやはり気がかりなものだ」

「そうなんだ」

「傀儡にし辛い私を、グリッジは早々に見切りをつけていたからな。それに従って、父も弟ばかり構うようになった」

「……よくグリッジを許したよね」

「許したわけではない。ただ、フォグの諭す言葉を聞いてしまえば、殺すのもためらわれるというだけだ。家によって縛られているという点で、私もグリッジも変わりないからな」


 確かに、あの環境だったらおれも似たような感じになってそう。だからといって許されるわけじゃないけれど、コハクはコハクなりに、最大の譲歩をしてるんだろう。


「フォグとはいい関係性を気づいていきたいという思惑もあるぞ。あれは頼りになる」

「真面目で人がいいからね。おれも頼りにしてる」

「今回の件で、一気に環境が変わった。父上不在ということもあり、人事異動でも考えることが多くてかなわん。だからフォグのような頼りになる存在は一人でも多く欲しいのだ」

「大変そうだよねぇ」

「しかも急に降ってわいた王子が継承するということもあって、貴族連中の立ち振る舞いがあわただしくて面倒だ。ゴマすりに構っている時間などないというのに……」


 ウィザロンの帰還と、ゴライザやトリドスの参入。名のある武人が入って来たこともあって、軍部だけでも再編成が大変なんだ。国全部となると、かなりの大仕事になるはずだ。

 

「もっとも大変なのが軍部だがな。ウィザロンにも席を用意せねばならんし、ゴライザら傭兵街の面々への対応も手厚くせねばならん。となると、金が要る。それは隠れ住んでいた我々が持たないものだ。どこかから調達せねばならんのだが……はぁ……悪い、君を前に言う話ではなかったな」

「……あれ、そういえばおれらが傭兵街にいた時に稼いだお金ってどうなってるんだっけ?」


 娼館でありえないくらい稼いでいたはずだけど、飛ばされてしまったからそのお金がどうなってるのか知らないんだった。


「それはフォグらから報告をもらっている。ゴライザが王都へ進軍するための資金として使われたそうだ。あとは商人が多いナハトラ派からの融資をリブラが取り付けたりと、いろいろしていたようだな」

「なるほどね。みんないろいろやってたんだなぁ。じゃあもうあんまり残ってないの?」

「いや、実はエギザクタ家に恩情を与える見返りとして、フォグからかなりの額をもらったのだ。普通に考えれば家が傾いてもおかしくないくらいだ。その補填に売り上げを当てたと聞いている」

「ああ……」


 そういえば、さっきリブラがフォグを救ったって言ってたし、フォグもおれのおかげって言ってたな。絶対これのことだ。

 リブラがおれらの稼ぎを使って、フォグの名誉を守ったんだ。っていうか、あの娼館はいったいどれだけ稼いでたんだよ。怖くなってきた。


「まったく、あれは素直じゃないな」

「本当に。一言くらい言ってくれればいいのに……」

「おおかた、恥ずかしかったのだろう。あれは裏で手を回すか尊大に接することでしかコミュニケーションが取れないからな。我が弟ながら、嘆かわしい」

「言うじゃん。その通りなんだけどさ」


 さすがに腹違いとはいえ兄弟というだけあって、互いの性格は熟知しているようだ。どちらも性格に難はあれど、優秀という点では似た者同士だ。


「それじゃあ、国営の娼館とかあればいいのにね。そうしたらおれが稼ぐよ」

「国営の……娼館……?」


 コハクが目を丸くしているけれど、いいアイデアじゃないかな。

 傭兵街で荒稼ぎできたから、たぶんいけると思うんだけど……。


「そうだな……国営という発想はなかった。資金を稼ぐというのならそれでいいかもしれないが、国が急にそんな事業を展開すると、王都の商人に何と言われるかわからん」

「ああ、確かに。リブラも傭兵街の時に苦労してたからねぇ」

「だが、できないことはない」

「え?」


 カップを飲み干して、龍は尻尾をくねらせる。勝ち誇ったような顔は、なにやら光明を見つけたように輝いている。


「今回の騒動で精神を捻じ曲げられたものは多い」

「そうだね。『華炎』もそうだし、グリッジの兵もそう」

「その働き先をあっせんするという名目で、国主導の娼館を建てるという案は悪くないな。そうすれば被害者救済の面目が保てるし、国営で稼ぐことができる。問題は誰に任せるかという話なんだが……」

「うーん、だれかいるかな」

「別に軍部から呼ぶ必要はないのだが、今私が信頼できるものはほとんど軍部にしかいない。ジェルやウィザロンといったな。だから、できればそこに任せたいのだが……」


 そういうことが得意なリブラは他の仕事で手いっぱいだろうし、たとえ傭兵街との橋渡しの仕事が終わってもこれ以上任せると大変なことになる。

 ヤードは『竜の爪』副隊長が確定してる。そして、おれがコハクの下につけばフォグがやって来る。

 …………となるとぉ。


「おれの所しかないのでは?」

「一応聞きたいのだが、できる自信は?」

「……実はおれがコハクの下につくってことになったらフォグが手伝ってくれることになってて」

「それなら確実だが……いいのか? 昇進は今のエギザクタ家にとって大事なことだろうに」

「いいみたい。名誉より国とかおれらのためになることをしたいんだって」

「そうか。やはりグリッジに恩情を与えてよかった。エギザクタ家は変わるだろう」


 フォグはとっても良い奴なので、コハクが後悔することはないと思う。おれがそう念押しすると、なぜか微妙な顔をされた。なんでだよ。


 まあつまり、おれは王宮でエッチなことをしながら、娼館の運営をして王宮にお金を流す仕事ってことになるわけだ。まあエロだけで毎日を過ごすのはあまりに自堕落だからいいんだけどさ。


「……ふむ、報告によるとフォグらも傭兵街の娼館で働いていたそうだし、レベルアップのためにもいい場なのかもしれんな。副隊長を務めてくれるのなら願ってもないことだ」

「傭兵街にはおれらの使ってた娼館が残ってるだろうしね。今は締めてるみたいだけど、すぐにでも再開できるよ」

「悪くないな。だが――」


 そこでコハクは席を立ったかと思ったら、おれの前に膝を付いた。一国の王子がしていいしぐさではなかったので、めちゃくちゃ驚いた。


「どうしたのコハク?!」

「だが、それは君が私の提案を受け入れてくれる前提だ」

「それはそうだけど……」


 うろたえるおれに構うことなく、龍の長い口唇がおれの膝の上に置かれてそのまま抱きしめられる。眼下で揺れる真っ赤なたてがみに手を伸ばすと、思ったよりさらさらとした手触りが迎えてくれた。王子という立場を取り戻したことで、いいシャンプーを使ってるのだろうか。


「なあ君、君よ。どうかお願いだ。私のために残ってくれないか。そばにいてほしいんだ」

「コハクはもう一人でも大丈夫……じゃないよねぇ」


 強くはなったけど、だからといってずっと強いままでいられるわけではない。

 それは当然のことだから、ここに戻って来ただけでも成長したことをおれは知っている。


 マズルを撫でると前よりも綺麗になった鱗に指紋が付く。申し訳ないと思ったけど、コハクは気にしていないようで、それどころか嬉しそうに目を細めてきた。

 角が当たらないようにと配慮してくれているが、やはりそれだけでは足りない。不安そうな光が瞳を揺らすから、吸い込まれそうになってしまう。


「依存に近いことも理解している。だが、もう少しだけ、甘えさせてはくれないだろうか。このまま頼れる人の少ない王宮にいては、崩れてしまいそうだ」


 こうして心情を吐露できているだけで、成長したことをおれは知っている。

 隠れ住んでいた時は王子らしくと我慢し続けて、壊れる寸前だったから。こうして不安な時には、ちゃんと相談してくれるようになった。


 それを無下にすることなんて、おれにはできなかった。

 だから、許諾を口にしようと開いたが、それより早く龍が遮った。


「すまない、聞かなかったことにしてくれ」

「いいの?」

「ああ、ジェルを見殺しにしようとした私をここまで手伝ってくれただけでも感謝すべきなんだ。これ以上強制しては嫌われてしまう」

「そんなことないよ。結局助けに行ってくれたじゃん」

「もちろん君はそう言ってくれるだろう。だが、私が嫌なんだ。私は君と友でありたい……まあそれ以上でもいいのだが、今言うべきではないなうん。失恋したばかりのようだし」


 後半なんかもごもご言ってて聞き取れなかったけど、恥ずかしかったのだろうか。


「ゴホン、とにかく、私は王子という立場ではあるが、君とは対等でいたいのだ。だから、考えたいと言った君の意見を尊重する。君がどんな結論を出すか、待つことに決めたんだ。今のはその……ちょっと寂しかったということで許してくれ。最近来てくれなかったし……」

「それはごめん……」


 そこで黄金の龍は立ち上がり、身につけていた高貴な衣服を脱いでいく。

 私室に呼ばれたときから察していたから驚くことではないけれど、久しぶりに見たコハクの体は記憶よりもずっときれいだったから、つい凝視してしまった。

 鍛えられた体に黄金に輝く鱗、真っ赤な体毛は一層艶を増している。造形がかっこいいことも相まって、人目を引きつける気品に満ちていた。


「だから、その寂しさを今埋めてくれると助かる」


【続きは来月の支援者限定公開となります】

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POSTEDAug 27, 2023
ARCHIVEDJun 10, 2026