女神の加護を受けた勇者が現れた。
その知らせは世界中に広まり、魔王を打倒し平和をもたらしてくれるに違いないと、希望が芽吹き始めている。
世はまさに混沌の時代であり、魔族と生存をかけた熾烈な戦いが各所で繰り広げられている。
そんな中で、勇者到来の知らせは吉報として民を沸かせたのだ。
だが、人々は知らない。
女神に愛された勇者がくそ野郎であることを――――
「はあ……」
もう何度目かもわからないため息を兜の中で反響させながら、ヴルネイは目の前の惨状を憂いている。
隆々とした肉体をフルプレートの鎧で包んだ虎にとって、この勇者は頭痛の種以外の何物でもない。
勇者用にとあつらえられた豪華な宿の一室では、実に低俗なやり取りが行われていた。
「やだーーーー! 今日こそは娼館に行くんだ! 放せ! おれは今日、漢になる!」
「駄目ですってば! 女神様は嫉妬深いお方! 世俗の女性と交われば、加護が無くなってしまいます!」
「そんなの知るか! 世界よりおれの童貞消失の方が大事なんだ! 男ばかりの環境なんて、もうこりごりだーー!」
逃げ出そうとわめく白獅子を赤牛が必死に引き留めている。
上質な装備を身に着けた獅子は黙っていれば美麗な見た目なのだが、発情期のケダモノさながらの言葉を吐いている。よく見ればその股間はすでに臨戦態勢になっており、理性などない醜態に、虎の脳裏でつぶすという選択肢がよぎった。
「ヴルネイさんも手伝ってください! 勇者様は世界のために必要なお方なんですから、加護を消失なんて絶対に駄目です!」
白いローブを来た赤牛、ロンベグが泣きそうな声で救援を求めている。
勇者に尽くすよう教会から派遣されてきた神官にとって、その暴挙を見過ごすことができないのは虎にもわかる。だが、毎日毎日繰り返される日常に、さすがのヴルネイも辟易としていた。
ロンベグは戦えるよう鍛えられた神官であり、綺麗な赤の毛皮はしっかりとした筋肉で盛り上がっている。だが残念ながら白獅子は勇者であり、加護によって腕力も相当に強くなっていた。
「だいたい暑苦しすぎるんだよ! どこを見てもガタイのいい雄しかいねえ! 普通可愛い女の子を一人くらい入れるもんじゃねえのかよ!」
「入れられるわけないだろうが馬鹿」思わず虎がうなった。「女神様は嫉妬深い。同じパーティに女性を入れて反感を買えば、どうなるのかわからんのだぞ」
「知ったこっちゃねー! なんでおれが勇者なんだよ! おれが騎士になったのは女の子にもてるためだぞ! どうして雄にもてなきゃいけねえんだ!」
「悪いが俺はお前のことを一ミリも好きじゃないぞ」
「それはそれで悲しいだろ! もっとおれのことを好きになれよ!」
「死ぬほどめんどくさいなこいつ……」
虎は尽きることないため息を吐きながら、今度はどうやって落ち着かせようかと頭をひねっている。前回は本気で頭を殴ってしまい、ロンベグに怒られてしまった。
じゃあ次は腹だなと拳を構えたとたん、殺気を察知した獅子がそそくさと赤牛の後ろに隠れてしまった。
「お、お前、今おれのことをぶん殴るつもりだっただろ?!」
「股間をねじ切られないだけ、ありがたいと思ってほしいんだが……」
「何か悪いことか? みたいな声をするなー!!」
白獅子の勇者カランがテンポよく突っ込むが、それでほだされる虎ではない。むしろぶちぎれていないだけまだ有情だったりする。
ヴルネイとて好きでこんなことをしているわけではない。聖鎧教で行われた選定の儀という、勇者の仲間を選ぶ儀式で指名されたから仕方なく付き合っているだけなのだ。
勇者の仲間と言えば聞こえはいいが、実際のところは人身御供だとヴルネイは思っている。ただの宮仕え騎士だった虎にとって、この大任に対してはめんどくさい以外の感情が無い。
「ロンベグ、そろそろ股間をねじ切ったほうが楽だと気づかないか?」
「さ、さすがにそれは無情が過ぎませんかね……?」
「だがどうせ今後ずっと性欲に悩まされるくらいなら、いっそのこと取り払ったほうが優しさだろ」
「うーん……そうでしょうか。女神様は素のカラン様をお慕いしていると思うので、できれば現状のままがいいと思うのですが……」
「おれの! 意見を! 聞け!」
「なら切り取るのと握りつぶすの、どっちがいい?」
「取る前提で話すな!」
こうしてやいのやいのと騒がしいのが日常になっている勇者パーティは、何も解決しないまま、今日も冒険へと出かけるのであった。
****
「はあ……」
もはや癖になっているため息で区切りをつけて、ヴルネイは座り込んだ。
外では勇者パーティとしての品格を求められるため、宿屋に戻ってようやく肩肘から力を抜くことができていた。
「お疲れ様です。今日の魔物は手ごわかったですね」
赤牛がコップに水を入れて持ってきてくれた。虎は感謝を述べてから受け取ると、一気に流し込む。自分が想像以上に疲れていたのだと知り、またもため息を漏らした。
「そうだな。だがやはり、腐っても勇者だな……危なげなく倒せてしまった」
「騎士としての訓練も受けていましたから、基本的な戦い方は問題ありませんしね」
「それで、あの馬鹿は?」
「疲れて眠っていますよ。女神様の加護は体に負担がかかりますから」
「そうか……」
「一応結界は張ってあるので、抜け出そうとすればすぐにわかるはずです」
ここまで付き合えばさすがにロンベグも手慣れたもので、扱い方を心得ている。
もてるために騎士になったと言ってはばからないカランは、外面がものすごくよい。今日の魔物退治でも、報酬を渡そうという意見を拒み、復興に当てるよう指示している。人気取りに余念がなく、童貞喪失が目標だと知っているのは彼ら二人だけだった。
そのため、顔のつくりも整っている白獅子は市井での人気がうなぎのぼりになっている。町を歩けば黄色い歓声が響き、常に人目にさらされた状態だ。勇者をモチーフにした物語なども吟遊詩人が好んで歌うことから、仲間である虎や赤牛の相貌も知れ渡っていた。
だからこそ、こうしたプライベートな空間でなければ、ヴルネイはため息をつくこともできないのだ。
「お前も大変だな。あんな奴に仕えないといけないなんて」
「それが私の使命ですから。そのために今まで教会で育てられてきたのです。覚悟はできております。むしろ、ふいに抜てきされたヴルネイさんの方が大変ではありませんか?」
「そうだな……まあでも、気楽ではある。あいつは馬鹿だが悪人ではないからな。馬鹿さ加減に目をつぶれば、気ままなもんだ。問題はその馬鹿さ加減にほとほと嫌気がさしているっていうところなんだが……」
「カラン様も、いつかわかってくださればいいのですけど……」
「俺としちゃ、ちょん切ったほうが早いと思っているがな」
虎の過激な発言に肯定も否定も返さず、ロンベグは困ったように眉を下げるだけだった。
ヴルネイも半分本気ではあったが、それ以上の言及は避ける。頭痛の種がおとなしい今、わざわざため息の数を増やす必要もないのだから。
「そのことなのですが……」
だが、赤牛はおずおずと口火を切り、虎へ現実を直視させようとしている。
「お気分を害したら申し訳ないのですが……ヴルネイさんは男色の経験がありますか?」
「人並みには。騎士なんて上下関係が激しい世界だからな。求められたことは……ないことはない」
「なるほど。ヴルネイさんなら、皆さんに好かれるのも当然ですよね」
「褒めすぎだ。それで、どうかしたのか? ……まあ、言いたいことは大体察しがついたが」
嫉妬深い女神を祀る聖鎧教は、聖職者にも清廉潔白を求めることでも有名だ。だから男性同士での交流が盛んであり、赤牛もその価値観が染みついている。
「私は勇者様にお仕えするために、その、夜伽の方も仕込まれております。……あ、もちろん、本番はまだですよ! 最初は勇者様に捧げるよう、言われておりますから!」
「はあ、つくづくお前も大変だな……同情しかしない」
「い、いえ、それが私の使命ですから。……カラン様は女性との性交を強く求めていますが、男性も悪くないのだと思っていただければ……」
「毎日やっている馬鹿みたいな騒動も治まるかもしれん、ということか」
「おそらくは……」
虎からしても悪い話ではない。どうせあの獅子は一生潔白を貫かねばならないのだ。なら、早いうちに諦めてもらうに越したことはない。
「なので、これからカラン様を誘惑していこうと思います。だから、私がただふしだらなだけだと思わないで欲しいのです……」
「事前に根回ししてくれて助かる。何も知らなければ、お前が壊れたのかと思ってしまうところだった」
「ふふ、それはそれで慌てるヴルネイさんが見られたかもしれませんけどね」
「勘弁してくれ……」
額を押さえる虎に、赤牛が薄く笑う。世間から勝手な勇者一行像を押し付けられているヴルネイにとって、ここだけが癒しだった。
ロンベグは赤く綺麗な毛皮に金色のたてがみを持つ屈強な雄牛だが、こうして笑うと周囲に柔らかい雰囲気が形成される。普段青筋を立てることが多い虎が、この柔和な笑みに何度救われているのかわからないほどだ。
「まあ、俺も経験は人並みくらいにはある」
ヴルネイは鎧を鳴らして立ち上がり、赤い手から空になったコップを奪い取る。
「だから誘惑の人手が欲しいならいつでも言ってくれ。……想像通りあんまり得意じゃないが、それで胃痛から解放されるならやってみるさ」
「あ、片付けなら私が……」
「持ってきてくれたんだ、それくらいさせてくれ。お前も疲れてるだろ」
「私はヴルネイさんのような重装備ではないので、そこまで労力がかかりません」
「この程度、問題にならんよ。俺にとってこれは服みたいなもんだからな」
「ふふ、そうですか。ではお言葉に甘えて、お願いしますね」
全身をフルプレートの鎧で覆う重戦士ヴルネイ。彼は表情の読めない兜や大きな体躯、加えて緩急の少ない話し方のせいで勘違いされやすいのだが、根は善良なのだ。
選定の儀で選ばれるだけはあると、ロンベグは改めて女神への祈りをささげるのだった。
こうして、ロンベグによる勇者ホモ化作戦が始まった。
「……どうでしょうヴルネイさん、私変じゃありませんか?」
「いや、まあ……変と言えば変だが……それでカランを起こしに行くのか?」
朝早くからヴルネイの部屋にやってきた赤牛の恰好は、お世辞にも聖職者がしていい格好ではなかった。
乳首だけを隠すブラに納まりきらず根元をさらけ出すパンツ、いわゆる極小ビキニのような恰好をしたロンベグがちらちらと虎をうかがっていた。
ロンベグは普段ローブで隠しているたくましい肢体をさらけ出しており、その屈強な筋肉と恰好のミスマッチさにヴルネイは何と言っていいものかと頭をひねる。
生い茂る陰毛や腋毛などは当然として、腕や脛にまで金の毛を混ぜ込んでいるのだ。この赤牛は柔和な顔から想像もつかない雄々しさを持っていた。
そういうのを好む層がいることは承知しているが、あのノンケ勇者が見たら卒倒するんじゃないだろうか。虎はそんな意見をどうにかマイルドにできないかと、寝ぼけた頭を必死にひねる。
……が、何も出てこなかった。
「はい、香水などにも気を配りましたし、男性はこういった衣装を好むと教わっております」
誰にでも似合うものと似合わないものがあるんだと、ヴルネイは今すぐにでも力説したかった。ご丁寧に鼻輪まで着けてきたその気概こそ買うが、絶対に方向性が間違っている。雄がトラウマになるんじゃないだろうか、なんてことまで考えていた。
だが、赤牛は鎖骨まで伸ばしたみつあみを弄りながら、虎の言葉を待っている。
ロンベグは男を悦ばせる教えを受けてはいるが、実戦は初心者だ。ましてや相手はノンケの女好き。ヴルネイは、経験はあると言った昨日のうかつさをさっそく呪い始めていた。
「ヴルネイさんから見て、私は魅力的に見えているでしょうか……?」
「あー……俺の好みがあいつの好みとは限らんしな……」
「それは承知の上ですが、カラン様はナイスバディな女性を好むとリサーチ結果が出ております。手前味噌で恐縮ですが、これでも教会の戦闘訓練での成績は上位でしたし、今でも肉体の維持は怠っておりません。体の分厚さには、少々自信があります」
男性の豊満と女性の豊満は違うのだと、男色はびこる教会で育ったロンベグに説くのは難しい。赤と金で作られた雄々しさの権化を前に、虎は説得を諦めた。
元より口下手な性分であり、赤牛の真剣な目を見てしまえば引き留めるのも気が咎める。ひとまずはやらせてみようと、思考放棄の構えに入った。
「そうだな、お前は十分魅力的だ。……まあ、あくまで俺からしたらの話だが」
「いいえ、そう言ってもらえるだけで自信が持てます。カラン様にもそう思っていただけると嬉しいのですが……」
ロンベグは嬉しそうに顔をほころばせて歩き出し、勇者へと続くドアノブに手をかける。
「あの……」だがそこで恥ずかしそうに顔を伏せて。「昼までには終わらせるつもりですが、もし戻らなければ……今日の予定はすべてキャンセルさせてください。申し訳ありません、せっかくお誘いいただいたのに……」
今日は休息日ということで旅の予定などは何もなく、羽を伸ばすためにヴルネイはロンベグを誘って食事に行く予定だった。
だからこそ勇者の寝込みを襲うことができているのだが、虎は表情の分かりにくい兜の中でこっそりため息を吐いて取り繕った。
どうせすぐ帰ってくる、そんな言葉を飲み込んで。
「しょうがない。世界のためにはそっちが優先だ。それに一緒に行動していれば機会はある。その時はまた相手をしてくれ」
「はい。今度は私の方からお誘いいたしますね」
そうして決意を込めた足取りで突撃をかけた赤牛の後ろ姿を見送って、ヴルネイは肩を落とす。鎧がガチャリと硬い音をたてるとともに、辟易とした声が兜から漏れてきた。
「まったく……俺はいったい何をしているのだか……」
あれではうまくいくわけないとわかっていても、止めることはできなかった。ビキニの紐をはさんだ豊満な尻が扉に消えるまで、できたのはただ視線を注ぐだけ。
はみ出した細い尻尾が、鎧に覆われた虎で唯一感情がわかりやすい部位だろう。
それは肩と同じようにしょんぼりとしおれ、どう見ても気落ちしている。
「何が悲しくて、あんな奴に抱かれるロンベグを見なきゃならんのだ……」
勇者パーティで守りの要であり、感情の起伏がわかりづらいとよく言われる男。そんな彼は今、ひそかにロンベグへ懸想している最中なのであった。
品行方正を求められる世間での堅苦しさやカランのお守に辟易とする中、あの赤牛だけが虎にとっての救いなのだ。信頼が愛情に代わるまで、そう時間はかからなかった。
ヴルネイはそわそわと兜の顎部分をさすりながら、先ほど見た赤牛の肢体を脳裏に反芻している。
「危なく俺が手を出しそうになったじゃないか……凝視してたのばれてないよな……?」
兜で視線がわからないのをいいことに、胸元や根元をガン見していた。旅の最中、水浴びで何度も見る機会はあったのだが、こんな近くで拝めたのは初めてだった。
だが、どれだけ懸想していても、赤牛は聖鎧教の神官だ。勇者に仕え、純潔を捧げることを使命にしているため、ヴルネイの入る隙間などあるはずがない。
「カランめ……」
完全に私怨の入ったつぶやきが消えるかどうかの瞬間に、くだんの勇者が出す叫び声が宿に響き渡る。
まあそうなるだろうという虎の予想はぴたりと当たった。ノンケにとってあの猛牛は恐怖の対象でしかない。いくら温和なロンベグだろうとも、体は雄でしかないのだ。
「暴言など吐かれて、ロンベグが傷ついてないといいのだが……」
だとしたらそれを慰めるのはヴルネイの役目だ。彼は重い脚を動かして、愛する人を迎えに部屋へと踏み入れた。
****
「悪夢かと思った……」
げっそりとした白獅子のつぶやきに赤牛はしゅんと身を縮こまらせる。発狂したカランによってローブを着せられ、一見すれば中に極小ビキニを着こんでいるとはわからないだろう。
三人は部屋で食事をとっているのだが、明らかに獅子の食欲は無いようだった。普段であれば平らげる量も、ちまちまとしか減っていない。
結局ロンベグは早々に戻ってきたもののデートするテンションではなく、いつも通りの食事をすることになってしまった。虎にそのことを悔やむ気持ちはあるが、気落ちした赤牛をなだめる方が優先だ。
「申し訳ありません、男性はああいうものを好むとばかり……」
「いや、合ってるけどさ……おれは可愛い女の子が着る水着が好きなのであって、お前じゃないからな?」
「肝に銘じておきます……」
全力の拒絶がこたえたのか、ロンベグのフォークも進みが遅く、食卓を包む重苦しい空気にヴルネイはどうしようかと兜の中で頭を抱えている。
それでも神官としての使命を全うしようとする赤牛はくじけない。
「ですが、私は勇者様にお仕えする者です。カラン様は今後女性との交流を制限される以上、その身で猛る性欲を私が処理して差し上げたいのです……」
「……その気持ちはありがたいけど、おれは女の子での脱童貞を諦めたわけじゃないぞ」
「いけません! カラン様が加護を失えば、誰が魔王を倒すというのですか!」
「女神が直接やればよくない?」
あまりに不敬すぎて傍で聞いていた虎も思わず手が止まってしまった。ロンベグにいたっては口をあんぐり開けて言葉もない様子だ。
「お前、それは絶対外で言うなよ……」
「わかってるよ。けど、おれだって勝手に選ばれた愚痴くらい言わせてくれてもいいだろ」
「それもそうだが……せめてロンベグの前では抑えてやってくれ」
「嫌だね」
思ったよりはっきりと言われて、さすがの虎も面食らう。
「前から思ってたんだけどさ、ロンベグは使命使命って、別に本当におれとやりたいわけじゃないんだろ? そんなの可愛そうだし、おれも立たねえよ」
「……珍しくまともなことを言う。娼館で脱童貞しようとしていた奴とは思えんな」
「娼館の女の子は仕事だから、おれも金払うし。でも、ロンベグは完全無私で、おれにとって都合のいい男じゃん。なんか申し訳ねえんだよなあ……いやそもそも男相手に立たねえんだけどさ」
思ったよりまともな返答を返されて、ヴルネイは返す言葉を失った。女好きのくそ野郎ではあるが、やはり女神の加護を受けるだけはあるのだ。
「そんなことはありません」小さく顔を横に振った赤牛が。「私は幼少の頃より、勇者様にお仕えするために育てられてきました。それが私の存在意義だからです。ですのでどうかご遠慮なさらないでください。この体はすべて、カラン様に使っていただきたいのです」
「そういうところなんだよなあ……」
カランが持つ常識は聖鎧教内部で純正培養されたロンベグには通じない。虎としては赤牛の肩を持ちたいが、今回ばかりは獅子の味方だった。
「せっかく旅に出ているんだ。いろんなものを見てからでも遅くはないだろ?」
「そう! ヴルネイの言う通りだ。ロンベグもさ、教会から出たんだし、知見を広める絶好の機会じゃん。そしたらいい出会いとかあるかもだし……」
「いえ、女神様の加護がかかっている以上、カラン様には一刻も早く性癖を拡張していただきたいのです!」
ロンベグにしては珍しく切迫した物言いに、二人は呆気に取られてしまう。赤牛は鼻息を荒げて、獅子のホモ化にやる気を見せている。
その理由はいたって簡単だ。もちろん勇者のためというのもあるが、それ以上に――
(でないと、私がヴルネイさんといたすことができません!)
女神を祀る聖鎧教の神官ロンベグ。誰にでも優しく、絵に描いたように清らかな男であり、模範的な聖職者だが、実はヴルネイのことを好いていたのだ。
初めては勇者に捧げよと教育を受けている彼は、裏を返せば、初体験さえ済ませてしまえば好きな人とできるのだと解釈している。そのため、何としてもカランには自分を使ってもらいたかった。
ヴルネイの力強くも優しい包容力は旅に出たばかりの不安だったロンベグにとって、何よりもありがたいものだった。騎士として経験豊富な彼はいつも落ち着いていて、側にいるだけで心休まることができる。
だから気付けばいつの間にか、好意が彼の中に生まれていた。
「カラン様の好みに合わせるよう努力いたします。ですので、私にチャンスをいただけないでしょうか……」
「まあ確かに、俺も毎度毎度カランの馬鹿騒ぎにはほとほと呆れかえっているからな。ちょん切るか男とやるかを選んでほしいのはある」
「だから! おれの意志は?!」
「残念だが、勇者に選ばれた以上無理だな。選定の儀で選ばれた程度の俺ですら、毎日が堅苦しいのに」
神の決定を前に、人権は意味をなさない世界だ。虎はカランの感情を理解できるものの、どうにもならないことだと諦観が入っている。
それでも根がお人好しでもあり、ロンベグの手助けをしたいという意味でも、食事を終えた虎はしれっと助け舟を出した。
「ロンベグが駄目なら、俺でもいい。俺個人としてはお前とやるなど反吐が出そうだが、世界のためなら一億歩譲って認めよう」
「そこまで嫌ならやらなくていいだろ! おれだってお前みたいな岩山みたいな大男、お断りだよ!」
「最初はそうだろうが、まずは触ってみるだけでもいい。ロンベグのやり方は少々刺激が強すぎたんだ。最初は俺も男とやるのに抵抗があったが、慣れるとそんなに悪いものじゃない」
「だ、駄目です!」
だが、虎の想いは届かず、ロンベグは勢いよく立ち上がって椅子を鳴らす。
「ヴルネイさんのお手を煩わせることなどありません! これは私の使命です!」
(駄目です駄目です駄目です! ヴルネイさんは選定の儀で選ばれた勇者のパートナー。すなわち、お二人の相性はものすごくいいはずなのです! 今はまだですが、ベッドを共にすることで、もしお二人が結ばれるようなことになれば……!)
「お前の熱意は認めるが、世界のためなら協力したほうがいいだろ?」
(ロンベグ、そこまでこいつのことを……。やはり勇者に仕える神官にとって、俺なんぞ邪魔者にしか映っていないのだろうか……)
二人はお互いのことを想いながらも、すれ違い続けていく。矢印は向き合っているというのに、それを口に出す勇気がないのだ。
ヴルネイは神官の一番は勇者だと信じており。
ロンベグは重戦士と一番相性がいいのは勇者だと信じている。
こうして勇者ご一行は解消できないもやもやを抱えたまま、共に過ごすことになる。
数日たっても、彼らの関係性に進展はなかった。
ロンベグはあきらめることなくアプローチをかけ続けるが、カランにはまるで効かない。娼館に行けば大枚はたいても抱くことが叶わないような肢体でも、ノンケにとっては対象外なのだ。
「私、気付いたんです。前までは性器を強調していたのが悪かったのだと」
普通のローブ姿の赤牛は、気を入れて鼻息を鳴らした。
魔物退治を終えてへとへとになったカランは、お風呂上りで湿った毛皮をロンベグに拭かれるまま、げんなりと尻尾をへたらせた。だが逃げることはなく、話に耳をそばだてている。
背中を流されたりたてがみを乾かされたりと、積極的なコミュニケーションの成果によって、少しは慣れの気配が見えていた。
「まずはこの服のまま、カラン様には雄に慣れてもらいます」
「あーまあ、それなら、いけなくもない……か?」
金の体毛が茂った胸元や根元さえ隠れていれば、カランは嫌悪をそこまで感じない。しかもソープのさわやかな匂いにまぎれ、赤牛から雄の気配はだいぶ薄れている。
それでも誰が見てもロンベグは雄々しさの塊であり、この場にヴルネイがいたら教育の成果を感じていただろうが、彼は今お風呂中だ。
「今晩は私を抱き枕にお使いください。女性のような柔らかさはあまりありませんが、胸はでかいので存分にいじっていただいて構いませんよ」
「それは無理だろ……男の胸に興奮する気がしねえ……」
「でしたら、お尻でもいいですよ。でかさなら自信があります!」
「そういう問題じゃねえ!」
たてがみをブラッシングされている獅子は吠えるが、きょとんとした顔が返ってくるだけ。女性のでかい胸や尻に興奮するのなら、男性に対しても同じだろうと言いたげな視線だった。
カランにとって、ロンベグは仲間としてはこの上なく頼りになるが、性欲の対象にはどうしても見ることができない。ノンケというのもあるが、勇者としての自覚がない彼は、捧げられる無垢な献身に対して罪悪感がぬぐいきれないのだ。
だましているようで気が引けると何度も伝えているのだが、やはりこれも伝わっていない。
「ロンベグはさ、無理に体を捧げなくてもいいんじゃねえかな」
「どうしても私では興奮しませんか……?」
「悪いけど……」
「では……では、私はどうしたら……」
ロンベグの声はだんだんと震え、広い肩が小さくなっていく。それを背中で受けるカランはどうしたものかと気まずそうに言葉を探していたが、ふいに、後ろ髪に牛の鼻面を感じた。
「お願いでございます。私は初めてを勇者様に捧げるよう育てられました。どうか、一度だけでも、この体を使っていただけないしょうか……そうでなければ、私……」
これまで敬虔な赤牛を支えてきた信仰や価値観は、致命的なくらいに揺らいでいる。勇者に仕える者として育てられたロンベグにとって、求められないことは自身の否定も同義だった。
ヴルネイのことは好いているが、それはそれであり、彼は心身ともに勇者に仕える身の上なのだ。閨を共にすることを義務だとすら思っている。
もしこのまま勇者が加護を失えば、ロンベグは教会内で責任を問われ、最悪命をもって償うことになりかねない。それは今までの人生が無に帰すばかりではなく、ヴルネイとの旅も終わってしまうことを意味していた。
それを思うと、赤牛はどうしても視界が潤んでしまう。教会から出て三人でする旅が、彼は大好きだから。
「う……」
あまりに真摯なお願いをもらえば、白獅子がたじろぐのは当然だ。
カランはロンベグがどういう教育をされてきたのか大体把握しており、それを誇りにしているのも理解している。だが、獅子は無償の奉仕などという胡散臭いものが好かない性格だ。
それにロンベグを仲間として大事に思っているからこそ、自分の意志を持ってほしいと思っていた。
「……はあ」それでも隠しきれない善性を持つ獅子は。「一度だけで、いいんだな……?」
「……はいっ!」
ぱあっと牛の顔が華やげば、後には引けない。獅子は覚悟を決めるために尻尾で自分の背中を叩き、ロンベグへと向き直る。
「おれは童貞だし、ノンケだし……立たないかもしれねえぞ」
「構いません。男を立たせるくらい、造作もないことです。カラン様はただ横たわっているだけで問題ありません、私がすべてを終えましょう。そうして、男性も悪くないのだと、思ってほしいのです」
「それは保証できねえけどな……まあでも、そうなったらロンベグやヴルネイが相手してくれるし、楽っちゃ楽なんだろうけどさあ」
「いえ! カラン様の性欲は、私一人がすべてお引き受けいたします! ヴルネイさんにはくれぐれも手を出さないよう……」
「確かに……あいつに手を出したら頭蓋骨がへこむまで殴られちまうか……」
そうと決まれば早く早くとロンベグは勇者を急かし、二人は寝室へと消えていく。
すでに湯あみは済ませており、いつでも絡める状態だ。時間が惜しいとばかりに、赤牛の行動は迅速だった。
そして、その二人の後ろ姿を、風呂から帰ってきたヴルネイが呆然と見つめていた。
「ロンベグ……」
あれだけ必死に夜伽を求める想い人を見てしまい、虎は声をかけることもできずに突っ立ていた。
それが彼の使命だと理解はしているが、どうしても受け入れられない。普段は聖職者として穏やかな赤牛が、先の懇願はまるで娼婦のようであった。
今のヴルネイは風呂上がりで鎧を着ておらず、黄色い毛皮にいくつもの傷跡を走らせる素肌が見えている。下に伸びる鋭い牙も相まって、虎の顔はまさに猛獣のようだ。
「俺は……好きな奴が他の男に抱かれるのを黙って見ているだけでいいのか……? だが、それがロンベグの使命だというのなら……しかし……」
そんな猛獣の相貌が不安そうにまなじりを下げ、心のざわつきと必死に向き合っている。認めねばならない理性と、認められない感情とのせめぎ合いの末、彼は一つの決断を下す。
「よし……!」
まだ乾ききっていない毛皮を揺らし、彼が向かう先は二人の所。
二人は急な来客に驚いて目を見開いていたが、虎はそれどころではない。
今まさにベッドに倒れ込んだ二人を前に、ヴルネイは顔を真っ赤にしてこう叫んだ。
「そのセックス……お、俺も混ぜてもらおうか!」
「……へ?」
カランの呆けた声を聞きながら、虎は恥ずかしさで死にそうだった。いくらロンベグの純潔が散る様を見たくないとはいえ、自分の体を捧げようというのだから。
元から口下手でアプローチなども不得手なヴルネイにとって、この突撃はまさに、一世一代の決意ともいえる。
風呂上りの虎は全身の筋肉を盛り上げた巌のような体つきを、薄着にはっきりと浮かび上がらせている。張り詰めた肉体はどこも角ばっており、鋭利な印象を見る者に与えていた。
歩くたびに揺れる股間はでかいと評判であり、本人の意志とは関係なく求める声を引き寄せる逸品だ。どんな下着を使っても隠し切れない一物も、カリ首までしっかりと見えている。
ロンベグとは違うタイプの、雄々しさの権化。男性性の凝縮とまでうたわれた男こそ、ヴルネイなのだ。
「カランの筆おろしは俺がやる……俺なら、本番もしたことがあるからな……」
(悪いロンベグ……俺は、お前が他の男に抱かれるところを見たくないんだ……!)
「ヴルネイさん……! どうして……」
(やはりヴルネイさんは勇者様のことがお好きなのでしょうか……! これが終わっても、私を抱いてはくださらないのかも……)
徹底的にすれ違う二人が視線をぶつけて数秒。言葉ではらちが明かないと悟った後の行動は、一気に勇者へと詰め寄ることだった。
きちんと巨体同士の絡み合いに対応できるようにと、聖鎧教が気を効かせて用意したベッドが、壊れそうなくらいきしんで不満の音をたてる。
「カラン! 抱くなら俺にしろ! 俺はケツも胸も全部が頑丈だぞ! 初めての腰振りでもしっかりと感じてやる!」
「カラン様! 私は未使用ですが、しっかり男性を悦ばせるように教育を受けております! どうか私をお使いください!」
「待って待って待って! 圧がやばい圧がやばい! 猛獣二人に食われる~~~~っ!」
顔面凶器の虎と雄の色気に満ちた牛が目をぎらつかせて獅子に覆いかぶさっている。例え男色をたしなんでいたとしても、恐怖を覚えて当然の場面だ。
だが、自分を捧げようと必死な二人はそれどころではない。隆々とした肉体で抱き着き、左右から獅子を羽交い絞めにしている。いくらカランが鍛えていたとしても、さすがに屈強な男性二人分は重い。
「ほら、俺のおっぱいでも吸え。でかさは見ての通りだ」
圧倒的な筋肉量で膨らんだヴルネイの胸部は明らかに女性とは違う膨らみ方をしている。みっちりと詰まった筋肉が作るフォルムは非常に豊満で、しかもあまり傷が無いうえ白く綺麗な毛皮が広がっているものだから、ノンケ勇者も一瞬呆気に取られてしまった。
胸元に金の体毛を混ぜ込んだ赤牛とは違って、谷間だけ見るとギリギリいけなくもないかも、とカランに思わせるくらいだ。ロンベグの雄々しさに慣れすぎているせいで、本人も気づかないうちに価値観がゆがみ始めている。
もちろん視界を上げればそんな思考は霧散したが。
普段は無表情か怒っているところが多いこわもての虎が、顔を赤らめながら下向き乳首をすくい上げて懇願しているのだ。興奮より恐怖の勝るノンケがこれは何かの罠なのでは、と勘繰るのもしょうがない。
「カラン様、おっぱいなら私も負けておりませんよ。揉み心地は抜群だと、教会からお墨付きですから」
負けじとロンベグが獅子の手を取って自分の胸に押し当てる。ヴルネイに比べれば少し脂肪の層を持つ胸にむにっと掌が埋まり、強い弾力で包み込む。
虎に比べて丸みのあるでかさを持つ胸であり、普段の手入れをかかしていないためか、毛皮もふわふわだ。これで赤に混じる金の体毛さえなければまだいけたのに、とカランがたびたび評しているくらい、ロンベグの胸はムチムチに実っている。
だから揉み心地は最高なのだ。硬い胸板の発展形であるヴルネイと比べると、ロンベグの胸はすべてを受け入れる包容力がある。カランは複雑な心境で指を動かしながら、絶対二人より胸の大きい女の子とやろうと決めた。
「カラン、男も悪いもんじゃないだろ。俺で童貞を卒業しとけ」
「カラン様。どうか共に初夜を盛り上げていただけないでしょうか」
黄と赤の巨体が白を挟み込み、たくましい筋肉で覆い隠していく。三人の間で雄密度が上昇し、せっかく香っていたソープも今となっては薄れ、ごまかしきれない雄の色香を不慣れな獅子に嗅がせていた。
「うわ、わわわ……お前ら、雄臭すぎるだろ! 食われる……! 食われる~~~~!」
ずいっと迫る猛獣二人の顔にせっかく芽生えた決意もしおれ、カランは半狂乱で巨乳の圧から逃れようと暴れ出す。くさっても勇者であり身体能力は抜群だ。何とかベッドから降りると、わたわたと情けない足取りで部屋から一目散に逃げだした。
「やっぱりおれが男とやるのは無理だ~~!」
「あ、おいカラン……!」
「カラン様……」
そうして、残された黄と赤は少し呆然とした後、気まずそうにおずおずと視線を互いにへと向かわせる。
「悪い……」口火を切ったのは虎だ。「お前の使命に水を差してしまった……頭ではわかっているつもりだったのだが……」
「いいえ、ヴルネイさんがそこまでカラン様とやりたいとは思っておらず……私の方が水を差したのかもしれません」
「いや、俺は別に、そこまであいつとやりたいわけじゃない。まあ、あいつが求めてくるなら多少は考えるが、それだけだ。馬鹿騒ぎされるくらいなら、互いの性欲を発散させた方が有意義だからな」
「え? ではなぜ……?」
わざわざ割って入った理由を聞かれて、虎は口ごもる。
告白するなら、今が一番だと本人もわかっている。これからずっと邪魔するわけにもいかない以上、さっさと言うべきなのだ。
「お、俺は……」
だが、虎の頭を駆け巡るのはこれまでのこと。
ロンベグは勇者に仕える神官であり、人並みの幸せというものを希求してはいない。聖鎧教の教えを守り、その枠組みの中で生きることを定めた聖職者だ。
「お前のことを……」
それでも好いてしまったのならしょうがないだろう。いくら勇者相手とはいえ、自分の想い人を目の前で抱かれていい顔ができるほど、虎は大人ではない。
ヴルネイは逃げようとする舌をはがし、感情を言葉にしようとする。言ってしまえば後戻りできない。わかったうえで、言葉は続く。
「ヴルネイさん……?」
首をかしげる赤牛の純粋な視線が、虎のストッパーを外しかけた時。
――――アラームのような音が部屋に鳴り響いた。
「な、なんだこれは……!」
完全に不意を突かれたヴルネイはビクンと大きく跳ね、毛を逆立てながら周囲を見渡した。どうやら発信源はロンベグの腕輪のようだった。
当の本人はしまったと言いたげな顔をしており、何か悪いことが起きているのだと虎は理解する。
「ロンベグ、それはいったいなんだ?」
「これは……緊急連絡用の魔道具です。この町の娼館に渡したスイッチを押せば、鳴る仕組みになっています」
「娼館……カラン対策か?」
「はい。カラン様がやってきたら知らせるようにと。女神様の加護は世界にとっての問題ですから、聖鎧教総出を上げて保護すべきものです。説明すれば皆さん快く協力してくださいました」
「いつの間にそんなものを……」
聖鎧教からの圧で快くと表現するところにロンベグの無垢さが見えているが、今はそれどころではない。何としてもカランが女性で脱童貞することを阻止しなければならないのだから。
「カラン様が来たらできる限りその場で留めるようにと指示を出してあります。今から行けば間に合うはずです」
「はあ……そうだな、とりあえず急ごう」
結局告白は打ち切りになってしまい、完全にタイミングを逃してしまった。
ヴルネイは安堵と失意の入り混じった感情を悟られないように兜をかぶり、さらには鎧も着こんで完全装備へと変わる。
今の虎は誰が見ても重戦士ヴルネイであり、先のおっぱいを差し出していた様子など影も形もない。
「面倒なものだな。緊急事態だというのに、勇者パーティの一員として、常に体裁を考えねばならんというのは」
「すでに教会の者も向かっているでしょうし、時間は稼いでくれているはずです。それに娼館はどうしても人目がありますから、ある程度はきちんとしなければなりません。ですが、ヴルネイさんはしっかりとこなしておりますよ。いつ見ても凛々しくてかっこいいお姿です」
「……そうか」
ローブ姿になった赤牛に褒められ、まんざらでもない様子で返す虎。面倒な規律に縛られていながらも、この温和な顔を向けられるとほっこりと和んでしまうのだ。
そうして二人は宿を飛び出し、娼館へと急ぐ。
勇者の童貞が無くなってしまう前に。
なんやかんやあった後、ヴルネイは眼前にいる獅子をねめつけた。
「反省してまーす」
明らかに心のこもっていない言葉はヴルネイの神経を逆なでして、黄色い毛皮を威嚇のために逆立てさせた。もっとも鎧のせいで何も見えていなかったのだが、放たれる怒気は察したのか、カランが尻尾をビクンと震わせた。
二人が娼館に駆けつけた時、全裸のカランはいつでも準備万端だった。ふたり相手では萎えていた一物を完全戦闘態勢へと移行させ、童貞喪失に向けて逸ってすらいた。
そんな有様をなんとか収めることには成功したが、獅子の勇者にとって気に食わないのはしょうがなく、こうして口をとがらせている。
「はあ……」兜の中でため息が反射して。「どうしてお前はそう……。もっと女神に選ばれた自覚を持ってくれ……お前の加護が消失したら、次の勇者を待つのにどれほどの時間が必要だと思っている」
「そんなこと言われてもさ。おれにだって夢があるわけよ。いきなり勇者に選ばれたからって、それを無かったことにできるわけないだろ」
「……ちなみにその夢ってのは?」
「今それ聞く?」
恨みがましく股間を指す獅子を見て、虎は言葉を無くす。女神に選ばれたせいで人生設計が狂ったことは同情するが、いい加減勇者として成長してほしい。ヴルネイがくどくどと説教をかまそうと口を開いた時。
赤牛が物憂げな顔で部屋へと入ってきた。
「話は終わりました。これで宿に帰れます」
「お疲れ様。教会はなんて?」
アラームのせいで教会を総動員させたこともあって、ロンベグは大司教と話をしていた。その表情を見ればいい話ではなかったんだろうと、獅子も虎も察しが付く。
「その……今回のことを大司教様は重く受け止めておられまして……」
「まあそうだろうな。勇者が加護を失うなど、あってはならないことだ」
「でも、無くさないかもしれないんだろ。なら物は試しで……」
「試しで加護を賭けるな。無くした例の方が多いんだぞ」
ふたりのやり取りに赤牛は乗ってくることはなく、カランへと視線を一瞬だけ移して、歯切れの悪い言葉をなんとかつなげて文章を作り出す。
「カラン様には一度……教会での教育が必要だと、大司教様はおっしゃいました」
「あー、女神どうたらとか、加護を与えられた勇者の行動がどうとか、おれが勇者になったときに受けさせられたやつね」
「いえ……それもあるのですが、やはり事の発端を考えて……」
「おい……」何か察した白獅子が顔を青ざめさせて。「まさか教育って……」
「はい」
ロンベグの放った言葉は最悪な想像を裏付けるもの。カランにとって地獄の入口へと招待する申し出だった。
「カラン様には教会で男性同士の行為について、性教育を受けていただきます」
****
カランが教会に教育という名の監禁をされたことで、勇者パーティの日常はがらりと変わった。拠点は宿から教会へと移り、男だけの環境になったのだ。
嫉妬深い女神を祀るために男しかいない教会では、四六時中男同士の絡み合う光景が繰り広げられている。聖鎧教にとって女神に身を捧げるということは、自分は女性に興味がありませんと告白することと同義であり、積極的な男性同士のアプローチへと繋がっていた。
教会の外では慎み深い信徒たちも、中ではやはり、性欲たぎった雄でしかない。
むしろ、女性に気を取られないためという名目で、絡み合うことを推奨してすらいる。
そんなところにノンケの勇者が放り込まれて、耐えられるわけがなかった。
「もういっそ、おれを殺してくれ……」
たった数日で生気を無くした白獅子は、ベッドの上で現実から逃げるように布団をかぶった。
あつらえられた部屋は簡素ながらも綺麗に整っており、人手と金のかかり具合から教会内部の最高待遇であることがわかる。寝具一つとっても、教会は勇者への尊敬が見て取れた。
「カラン様、本日は教会騎士団長のアパック様との訓練が入っておりますが……疲れているようならお休みしますか?」
ロンベグが布団の山をさすりながら心配そうに声をかける。カランのノンケぶりを知っている赤牛からすれば、ここがどれほど苦痛なのかわかってしまう。
だが、教会の一員として勇者の補佐をするのが彼の使命だった。
「騎士団長との訓練……? それって今日はエロいことなしで、剣術だけか?」
「残念ながら……本日はアパック様の乳首を吸いながら手こきされることになっています。カラン様はおっぱいがお好きなので、騎士団長様がわざわざ気を利かせてくださって……これならカラン様もいけるのではないかと……」
「いけるわけ! ねえだろーーーー!」
怒りに任せて身を起こしたせいで布団が舞い、部屋に勇者の悲痛な叫びが満ちた。
「アパックってあいつか、あのでっけえ狼男! ヴルネイと並ぶ巨体だぞ! そんな奴のおっぱいなんて吸えるわけねえだろ!」
「で、ですがアパック様はヴルネイさんとは違って、豊満さが売りです。胸も丸みがあり、おっぱいのでかさは私よりも大きくむちむちですよ……!」
ただでさえ豊満に実った巨乳を持つ赤牛以上となると、さすがの四肢も耳を傾けざるを得なかった。なにせロンベグはローブ越しにでも胸のでかさがわかってしまうほどのなのだ。
「ロンベグよりでかい……? でも顔の怖さもヴルネイと並んでただろ……」
「それに関しては問題ありません! カラン様には目隠しをしていただき、アパック様の触感だけを堪能してもらいますから!」
聖鎧教騎士団長が授乳手コキのためだけに動員されるなど前代未聞であるが、それを可能にするのが勇者である。女神を信奉する彼らに取って、勇者への奉仕は光栄なのだ。
「もしカラン様が望めば、そのままおっぱいを弄り倒してもいいですし、なんならベッドインまでいけますよ! アパック様からも問題ないと了承を得ております!」
「騎士団長って教会の中でも相当えらい人だよな……そんな人まで来るのかよ……」
「アパック様は恋人を魔物との戦いで無くし、それ以来教会に身を捧げてきたお方です。勇者様への期待も人一倍なのでしょう。それが勇者様のためになるのならと、快く引き受けてくださいました」
「はあ……勇者に対する希望の重さってのが、肩にのしかかるよ。別にそれはいいんだけど、童貞喪失できねえのはなあ……」
「アパック様で喪失もできますが……?」
「男相手は童貞喪失にならねえんだよ!」
聖鎧教で育った赤牛にこの価値観が理解されないのは獅子とてもう承知している。だが、教会にいることでカランは勇者に対する敬意や期待が、想像以上なことを痛感した。
道を歩けば尊敬を向けられ、男色経験を積ませたいと乞われれば二つ返事で股を開く。ここで生活しながら、相手が女の子だったら……と数えきれないほどカランは思っていた。
そこまで憧憬を向けられたところでカランは負担に思うような性格をしていない、というよりかは加護よりも童貞喪失を優先する程度には図太い獅子であるが、やはり実感はわいてくるものだ。さらに根は善良なため、流されてしまいそうになっている。
「でもどうせ拒否権はねえんだろ。なら、とっとと終わらせて来るだけだ。頭の中でかわいい女の子を思い浮かべながら、何とかやり過ごすさ」
「それでもかまいません。少しずつ慣れていけばいいのです。アパック様も恋人を無くしてから人とするのは久しぶりだとおっしゃっていましたので、気楽に接してもらえれば大丈夫なはずです」
「そこまで守った貞操をおれに捧げるのかよ……はあ、勇者だからってみんな献身しすぎだって」
ようやく勇者としての自覚や責任が芽生え始めて来た白獅子は、ぶつくさ文句を言いながらもベッドから立ち上がる。
そこでようやく周りを見渡して、いつも口うるさい鎧の巨人がいないことに気が付いた。
「ん、そういえばヴルネイはどこいったんだ?」
「ヴルネイさんなら一足先に修練場に向かって、アパック様と剣の鍛錬をしております。せっかく騎士団長様に時間を作ってもらったのですから、有意義に使いたいとのことです」
「あいつも真面目だよなあ。おれみたいに急に選ばれたくせに……」
「それがヴルネイさんのいいところですから」
「本当にな。小言が多いのが玉に瑕だが……じゃあロンベグはどうするんだ?」
「私もこれを機に魔法の練習をしようと思います。実戦は何度かしたので、それで痛感した不足分を埋められればと」
「お前も十分真面目だよ……」
どうやら牛と虎の二人は本気で魔王を倒すつもりでいるらしい。加護があるとはいえ、勇者カランにはそれが荒唐無稽な話であると思えてならない。
(たった三人で魔王を倒すなんて、神話じゃあるまいし……)
内心冷ややかな思考を巡らせるカランは表に出さないようにしながら、牛の言葉に適当な相づちを投げる。自覚が芽生えたとはいえ、現実味はまるでないのだ。
「前々から思っていたのですが……」
「なんだよ」
「カラン様は魔王を倒せるとは思っていないのですか?」
だがさすがにずっと世話を焼いてくれていたロンベグの目はごまかせていなかったようで、鋭い質問に獅子は言葉を詰まらせる。
「あーまあな」気まずそうに濁した後。「だって魔王だぞ? 女神の加護があるとはいえ、たった三人で勝てるわけないだろ」
「私は信じていますよ。女神様の加護を受けたカラン様がいれば、きっと成し遂げられると。……私が聖鎧教の人だから、というのもありますが」
「おれが斜に構えてるだけだよ。ヴルネイも似たようなこと考えてそうだけどな」
「ヴルネイさんも同じ気持ちですよ。あの人はずっと鍛錬を頑張っていますから……カラン様や世界のために、身を粉にしているのです」
「あいつが勇者やってくれれば、おれはこんな目に合わなかったのにさあ」
「女神様が選んだのはカラン様ですよ。いくらヴルネイさんが素晴らしい人でも、カラン様にはカラン様のよさがあるのですから」
「……んん?」
そこで獅子はとある違和感に気が付いた。
先ほどからロンベグがヴルネイについて語る時、言葉に少し熱が混じっているような気がするのだ。
(そういえば、前におれの相手をする話をしてたら、ヴルネイが会話に入って来た時に声を荒げていたような……)
カランが思い返せば、この牛はつねに虎のことを気にかけていた気がする。それはロンベグが優しいからだと思っていたが、ひょっとして、違うのではないだろうか。
いつも奉仕されてきたカランはそういうものだと認識していたけれど、気付いてしまえば気になってしょうがなかった。
「ロンベグってさ……」
「なんでしょう?」
「ヴルネイがおれとするの嫌なのか?」
「ひへぇ?!?!」
「うわ、わかりやす……」
目を見開いて飛びのいたロンベグは赤毛をいっそう明るく発色させ、視線をさまよわせる。うつむきながらみつあみを弄る姿は、可憐な乙女と言って良い。もはや何も言わなくとも丸わかりな態度だが、気の利かない獅子が気づくわけもなく。
「え、なんでだ? ヴルネイは確かに聖鎧教信徒じゃないけど、別に経験くらいあるって言ってただろ」
「いえ、それは……そうなのですけど……あうあう……」
「もしかして、自分の役目を取られるのが嫌なのか?」
「そういうわけでは……ありませんが……」
「じゃあ、なんでだ?」
ここまで来たらもう気づいてもよさそうなものだが、それができていれば童貞を貫いてはいない。きょとんとした顔を牛に向けるカランは、本当に感づいていないのだ。
対してロンベグは顔を真っ赤にしていて、赤い毛皮の顔だけが鮮やかな発色をまとっている。ド直球に聞かれてしまえばはぐらかすこともできず、小さな声でこうつぶやいた。
「……それは、私がヴルネイさんのことを、す、好きだからです……」
「えええぇぇ!?!? まじ?! 全然気づかなかった! なら別に無理してまでおれとやらなくてもいいだろうが!」
「あ、いえ……私は勇者様に仕えるよう教えを受けておりますから。その、ヴルネイさんとそういうことをしたくないわけではないのですが……あくまで私は勇者様の従者ですので……」
「お前も大変だな……なんかよけいやりづらくなっただけな気がするけど……まあでも、あいつはいい奴だからな。抱くのは無理だけど、友人としてなら嫌いじゃないし」
「しかしヴルネイさんは選定の儀で選ばれたお方。本来なら勇者であるカラン様と結ばれる可能性が最も高い人なのです。私などが入る隙間があるはずも……」
「無理だろ……この前迫られたけど、筋肉の壁って感じで生存本能が警鐘ならしまくってたぞ。いくら選定の儀は女神の力を借りて行う占術だからって、確実ってわけじゃねえんだしさあ……」
獅子の脳裏に前に見た虎の全裸が浮かび、頭を振って即刻追い出した。あれはトラウマものであり、カランの忘れたい記憶堂々一位でもある。
カランとて年頃の男子であり、恋バナも嫌いではない。むしろこんなところで好きでもない雄を摂取しているため、娯楽というものに飢えていた。
辟易とした顔が一転、にやりと口角を上げて赤牛をのぞき込み、好奇心に目を光らせながら矢継ぎ早に質問を投げかける。
「で、どういうところが好きなんだよ? なんかきっかけでもあったのか?」
「えーっと、そろそろいかないとアパック様がお待ちかと……」
「照れるなよ。ヴルネイに黙っておくからさ」
「でしたら……今日の訓練をやり遂げたらお教えいたしますので……私も言葉をまとめておきますから……」
「よっしゃ、じゃあ約束な。あんなの目をつぶってれば余裕だから、しっかり教えてもらうぜ!」
意気揚々と胸を張るカランだが、彼は知らない。
ヴルネイが頼んだ鍛錬のせいで、汗をかいたアパックが雄臭くなってしまうことを。
どれだけ目を閉じて女性を思い浮かべたとしても、嗅覚は全くごまかせなくなってしまうことを。
壮年未亡人デカパイ狼騎士団長から授乳手こき後のパイズリも浴び、しっかり射精までさせられた白獅子の性癖がまた少し曲がってしまうのだが、今のカランには知る由もないことだった。
そんな生活を続けていれば、さすがにノンケを保つのは難しい。
朝から晩まで屈強な雄がはべり、射精までさせてくれる環境の中、いまだに雄相手の童貞を守り続けているのはさすが勇者といったところだろう。
だが、本人も気づかないうちにその性癖は少しずつ染められていた。
【続きは来月の支援者限定公開となります】