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勇者の生まれ変わりとか言われて聖獣様に溺愛されてます!

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 この国には語り継がれてきた昔話がある。

 勇者と聖獣のお話だ。

 彼らの冒険は多数の困難に阻まれていたけれど、それらを知恵と勇気で乗り越え、力を合わせて魔王を滅ぼした。そんなありふれたおとぎ話。


 だけど誰もがそれが嘘ではないと知っていた。この国は長い間聖獣に守られ、安寧を保ってきたのだから。生き証人でもある彼らの口から紡がれるお話は時を超えてなお、人々の間で親しまれている。


 その勇者の名はアレンダート。今日では光という意味を与えられた、希望の象徴である。


****


「我の部屋に来てくれないか」


 意味の分からない提案をもらって数秒。オレは意味を噛み砕くのに必死で、体を硬直させていた。


 目の前では赤い龍がオレの手を取って真剣な眼差しを注ぎ、答えを待っていた。

 身にまとう威厳を具現化させたような金のたてがみに豊満な髭は、その膨らんだ上背もあって遠くからでも人目を引く特別な存在感を放っている。身にまとう神聖なローブはいくつもの布を重ねた荘厳な造りになっていて、神獣の紋章が描かれたストールを背中から回して腕に引っかけていた。

 明らかに位の高さを匂わせる出で立ちであり、オレなんかが言葉を交わすことすら許されない、雲の上の人と形容していい。


 何を隠そうこの龍こそ神殿の主、聖獣イーラガッタである。

 大昔に平和をもたらした張本人であり、生きる伝説として今なお莫大な影響力を持つ男。

 もはや人なのかそうでないのか、本人にしかわからないが、途方もなく強いということだけは共通認識だ。畏敬を込めて聖獣と称えられる、神殿の最高権力者として君臨している。


 そしてそんな龍に言い寄られる熊のオレ。

 傭兵生活で毛皮はぼさぼさだし、戦闘が主なためたくましさには自信があるものの、乱れた食生活のせいで腹が飛び出している。彫刻のように整った肉体を持つ龍の前ではことさら情けなく感じるな……。


 つまり今は脂肪が乗った筋肉を持つ大男を鋼の肉体を持つ大男が口説いているってわけだ。

 ……なんだこの構図。


「いきなりのことで戸惑うのも無理はない。だが、我の話を聞けばきっとわかるはずだ」


 と言われても、正直困るという感想しかない。しかし相手は天上人、オレにできることは愛想笑いを浮かべて言葉を濁すだけだった。何か気に障ることを言って投獄されるなんてことがあれば、人生おじゃんだ。


 聖獣に先導されて神殿を歩けば、足音だけが響いていく。

 こんなに人がいないなんてことあるのか? 最近悪魔召喚が頻発してるって話だし、神官も出払ってるのかもしれない。


 ただのしがない傭兵であるオレが神殿に呼ばれた時は身構えたものだが、まさかこんな目に合うとは思わなかった。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。


 オレは自分のことをでかい熊だと認識しているが、聖獣様はその上をいっている。まるで山そのものが動いているかのように錯覚するほど、イーラガッタは大きかった。

 魔王を倒したというだけあり、肉体は筋肉の塊としか言いようがない。大昔に前線を退いているというのに、発せられる覇気を鑑みても勝てる気がしなかった。


「……何かの冗談でしょうか。オレぁ別に聖獣様に気に入られる要素なんてないと思うんですが……」

「ふふふ、確かに我が性急すぎたな。そなた、名は確か……」

「ジギタリス、姓はないのでこれだけで覚えてくだされば」

「そうだった、ジギタリス。さあ、着いた。我の話を聞かせてあげよう」


 神殿の最奥にある聖獣の個室は幻想的だ。イーラガッタに合わせて作られた天井は高く、壁からいくつもの水が流れ込んで池を作っている。部屋の床は飛び石のように池から浮かぶ形になっていて、丸い足場の中心にソファやテーブルが並べられていた。

 この大きな龍が毎回飛び石を跳ねて部屋の出入りをしているのかと思うと少し意外だが……おそらく歩幅に合わせて作られているのだろう。イーラガッタの身長を考えれば、子どもが飛ぶくらいの距離は一歩で済ませられそうだ。


「こちらへ、ジギタリス」


 それで手招きされるのが向かいのソファではなく隣なあたり、好意を持たれているのは間違いない……。何が何だか分からないが、下手打って機嫌を損ねては大損だ。オレはおとなしく、巨体の横に腰かけた。


 オレの賃金何年分もわからないソファに座れば、緊張に口が引き締まる。万が一汚して修繕費を請求されれば、オレは一生神殿の奴隷になってしまう。


「緊張しなくていい。なにも取って食おうとしているわけじゃないのだから」

「ああ、そうっすか……」

「でも確かに、何が何だか分からないだろうね。簡単に説明させてもらうよ」


 龍が手を振りかざせば部屋の明かりは絞られ、薄暗がりの帳が落ちる。だが床を満たす水面からほのかな光の玉が浮かび、淡い雰囲気が満ちていく。そっと肩を抱き寄せられれば、不動を思わせる筋肉がオレを受け止めた。

 

 ……この男、雰囲気作りしてやがる。完全にオレのこと雌扱いかよ。

 これでもオレは傭兵として、いくつもの戦いを制してきた自負がある。いつ死ぬかわからない仕事柄、女を買うことだって多々あった。山のような肉体、なんて表現は、本来ならオレが傭兵仲間から評されたものだってのに。

 そんなオレをまるで女のように扱いやがる。そもそもオレのどこを見たら女に見えるってんだよ。


 しかしこの場の支配者はこいつだ。権力的にも実力的にも。傭兵の間では名の知られたオレだが、イーラガッタの前じゃ赤子同然だろう。


「驚かないで聞いてほしいのだが、君は……アレンダートの生まれ変わりなのだ」

「……は?! アレンダートって、あの? 勇者アレンダートのことか?!」

「そうとも。何度転生しても、我の目はごまかせない。そなたは間違いなく、勇者の素質を持っている」


 手甲を装備したみたいな指でオレの顎を持ち上げて、龍は真正面からこっちを射抜いた。柔らかい表情のくせに圧が半端ない。幾度の死線を経験したさしものオレでさえ、蛇に睨まれたカエルの気持ちを考えずにはいられなかった。


 わずかな明かりを受けてなびく金のたてがみや髭は、年月を感じさせない艶を波打たせている。鱗も綺麗なもので、そこらの宝石すらこいつの前じゃかすむだろう。そも、あの聖獣の鱗となれば、宝石以上の価値がある。

 イーラガッタの名を聞かなければ、こいつの実年齢を当てるのは不可能だ。オレとタメのようでいて、瞳を輝かせる知性は長命種特有の深みがある。そのちぐはぐさがミステリアスとも言える魅力を醸し出していた。


「……冗談だよな?」

「我が嘘をつく理由があるまい? なぜ嘘をつく必要がある」


 正論だ。イーラガッタと言えば救国の聖獣。魔王を倒した後も悪魔から国を守るために神殿にわざわざ鎮座している聖人だ。他の聖獣が何処かへ去った後も、長い間守護の任を自ら勤めることで、神殿のシンボルとしてこの国にとどまらない影響力を持つ。


 そんな奴がたかが傭兵一人を求めるならば、手段などいくらでもある。オレはただの平民で、権威の前には無力だ。人権をはく奪されなかっただけでも僥倖と言うべきなのかもしれない。


 赤い龍は温和な顔しているが、オレの顎に添えた手は強い。決して逃がさないと態度が語っている。


「ようやく会えたのだ。逸る我の気持ちを許してほしい。こうしてお前を……ああ、もう一度触ることができるとは……」

「見間違いなんじゃねえですか……オレはそんな大層な奴だとは思えないんだが……」

「記憶がないのもしょうがないことだ。だが、この我がそなたの魂を見間違えることなど、絶対にあり得ないことなんだ」

「って言われてもな……」


 おいおいおい……手を離すどころか近づけてきてるぜ。こいつ初対面の雄相手にキスするつもりかよ。感極まった目はオレを見ているようで見ていない。こいつはオレの中にアレンダートを見ている。いるかどうかも分からない幻影を、だ。


 自覚がないまま勇者の生まれ変わりだと言われ、唇を奪われようとしている。正直現状がさっぱり理解できないというのに、逆らうことが許されないことだけはわかるんだ。


「聞けば、お前は傭兵をやっているようだな。腕もいいと聞くが、そんな危ないことはもうしなくていいんだ……そなたが怪我をするかもしれないと考えるだけで、我は……」

「はんっ。ならお前が養ってくれるのかよ」


 もうこうなったら腹をくくるしかない。平民らしくしおれていても、食われるだけなんだからな。


 よくよく考えれば、こいつが求めているのは愛人関係だ。傭兵仲間の間でも物好きに買われる話は枚挙にいとまがないし、それと似たようなものだろう。

 オレだって変態のおっさんに体を売ったことくらいある。鍛えたでかいガタイを好む奴は多いんだ。聖獣様だって雄なんだから、股を開けばいい金になるかもしれないな。


「そなたがそれを望むなら」


 だけど、乗ってきたオレにイーラガッタが見せた表情は憂いだった。

 何が気に食わねえんだよ、と思考を回すが、確かに今のは勇者が言いそうにないセリフだったと後悔した。が、そんなの知らねえ。勝手に幻想を抱いたのはそっちなんだ。


「オレはアレンダートじゃねえ。だから、そんな顔するなよ」

「わかっている……これは我々の罪なのだから……」

「何言って……」


 大昔に勇者と別れた聖獣はオレに何を期待しているのか。何にもわからねえ。

 だけどオレに添えられた手があまりに優しいから、勘違いしてしまいそうになる。こいつが好意を寄せているのはオレではなく、前世だという勇者なのだ。


 こういう時にかけるべき言葉をオレは知らない。傭兵相手ではなく高貴な聖獣を慰めるには、生活基準が違いすぎた。

 赤い手はそっと回されて、このまま抱きしめられちまうのかな。まあ、拒める権利もねえし、いいんだけどさ。

 そして龍を満たす憂いが悲痛へと変わり始めた時、温度のない空気に響く声があった。


「失礼いたします。イーラガッタ様はこちらでしょうか」

「……入れ」


 龍はオレから手を離した時には毅然とした顔に戻っていた。凛とした声音で入室を許可すれば、鮮やかな金の毛皮が規則正しい足取りで飛び石の前まで歩き出る。


 それはまるで城壁を思わせる肉体を持った金の犬だった。柔らかそうな毛皮や垂れた耳のイメージにはまるで似合わない剛毅な筋肉で騎士服を押し上げ、立っているだけなのに目が離せない存在感を放っている。青い目は鋭すぎて温和という言葉とは程遠く、オレはいつの間にか緊張で拳を握っていた。

 オレでもこいつの名前は知っている。この国最高の騎士にして、鉄壁で潔癖の騎士。


 ユランデータ=オリーブだ。


「何の用だ? 悪魔召喚の件なら、協力することで決まったはずだ」

「そのことについて、いくつか確認したいことがあってまいりました」


 オレとの逢瀬を邪魔されたからか、イーラガッタの声音には少しの拒否感があった。オレならそそくさと短い尻尾を巻いて逃げてしまいそうだが、向こうは最高の騎士、聖獣の不機嫌など知るかと言わんばかりの態度だ。

 話には聞いていたが、肝のすわり方が化け物だな。噂では少し前にあった悪魔事件に何やら巻き込まれたみたいだが……。


「ほう、騎士団長であるそなたが直々に来るとは、よほど大事な用なのだろう」

「というよりかは、俺でなければ話が進まないと思いまして」


 そこでオレは広い肉体の後ろに、黒い虎がいることに気が付いた。そいつはユランほどではないが立派な体をしていて、整った黒スーツを膨らませている。

 だがオレの目を引いたのはそいつの頭にある立派な角と、虎とは思えないくらい細い尻尾。悪魔の象徴を持つ虎はユランの背中から顔をのぞかせて、小さく頭を下げた。


「アスモ」ユランが固い声で叱責する。「いつまで俺の後ろに隠れているつもりだ」

「だって……どう見ても向こう怒ってない? 濡れ場の途中で踏み込んだ感あるよ?」

「知らん。こんな白昼堂々淫行に耽る聖獣様なんているわけないんだ。堂々としていろ」


 ものすごい言い方だ。神をも恐れぬ物言いは側にいるオレの方がビビる。

 これでも傭兵として危機管理は徹底してきた方だが、こいつの場合自分を貫くことを優先するタイプとみた。噂通りの鉄壁で潔癖な騎士様だな。


 案の定イーラガッタはゆらりを尻尾を振って、威圧的に笑う。この程度で怒る聖獣ではないが、締めるところは締めるつもりだろうな。舐められたら権威が下がる。


「悪魔か……我が神殿に何用だ?」

「えっとぉ……ここらを騒がせている悪魔召喚に使われた魔法陣を解析させてほしくてぇ……おれはそういうのが得意だから、そこから犯人が割り出せるんじゃないかってユランが……」


 確かに最近、悪魔召喚の知識が国中に広まっている。

 そのせいで悪魔による事件が頻発し、様々な人が魂を抜かれているとか。もはや毎日のように事件が起こっていて、騎士たちが王都中を駆け巡る光景も日常茶飯事だ。

 オレも知り合いが召喚手順の話を持ちかけられたらしいが、犯人を捕まえられなかったと言っていたな。どうやら騎士団でもまだ犯人の特定には至っていないらしい。


「確かに悪魔に関する証拠品を管理しているのは神殿だ。だが……悪魔を信用しろと?」

「アスモは契約によって裏切りません。例外的に協力者にすると、王太子スウェンガル様からの通達があったかと思いますが」

「確かに聞いているが、それに従う義理はあるまい? 我ら神殿は独立勢力。協力体制こそ作ったが、あくまで各々の裁量によって定められている」

「……はあ」あからさまに苛立ったため息だ。「だから俺もそこまでへりくだる必要がない、そうだろう? おとなしく案内しろ。貴様の意地や権力抗争に付き合う気など、俺にはさらさらないんだ」


 うわ、聖獣相手に真っ向から喧嘩売るやつがこの世界に存在してんだ……。こいつは絶対に傭兵だったら早死にしてた。騎士でよかったな。

 逆にあっちの悪魔らしい方がユランの服を引っ張ってやめさせようとしているんだが……悪魔ってあんな常識人らしい対応するもんか?


「ねえ、だからなんで君はすぐ喧嘩売るのっ! 相手聖獣だよ! 聖獣! 魔界でも逆らっちゃいけないって有名なんだよっ!」

「だが、殺せば死ぬだろ」

「巻き込まないでって言ってるの! しかも勝つ気でいるのなんでっ! こんなことならタラタネラも連れてくればよかった……」


 聖獣と騎士のにらみ合いを前に、アスモと呼ばれた虎の悪魔はおろおろしながら助けを求めて視線をさまよわせている。

 そんで、それは当然オレの方へと向く。だが悪いが、オレはただの平民。正直こん中のヒエラルキーは一番下だ。


「あれ……」アスモは目を瞬かせて。「君の魂……それ……」


 まただ。イーラガッタといい、オレの魂はそんなに特別なのか。勇者の生まれ変わりってのは、そんな分かりやすい魂なんだろうか。


「……わかった、そちらの要求を呑もう」


 辟易としたオレの感情を打ち消すように、龍が厳かな声で折れた。見ようによってはアスモの話を打ち切ったようにも見えるが、やはりオレの魂が勇者の生まれ変わりだというのが悪魔にばれるのはよくないんだろうな。


「神官を寄こして案内させよう。それで文句はあるまい?」

「……寛大なご配慮感謝します」

「ユランってちゃんと相手を敬うことができたんだ……」

「殺すぞ」


 一瞬ものすごい殺気が出たな。オレの傭兵としての勘だが、あれは逆らうと死ぬ。正直戦うどころか対峙するのも御免だ。

 聞くところによるとオーラの出力が歴代騎士の中でもトップなんだとか。生半可な剣じゃ傷ひとつ負わないだろうな。流石オーラマスター、オレじゃあ片手で制圧される。

 しかも歴代トップに並ぶ騎士がもう一人、近衛にはいる。オーラマスターなんて数十年に一人出ればいい称号なのに、今は二人もいるんだ。悪魔だろうと大体何とかしてくれるだろって、平民からすればありがたいことだと思う。オレだって好んで死線はくぐりたくねえ。


 オレも傭兵内でオーラの練度は高い方だが、さすがにマスタークラスには程遠い。ある程度使えるだけでも強いんだが、やはり上には上がいるもんだ。

 聖獣にオーラマスターに悪魔と、まさか権力だけじゃなく実力も最下層だとは思わなかった。相手が悪すぎるだけなのは理解できるが、さすがにいたたまれない。これでも経験はあるつもりなんでね。


「それでは失礼いたします。今後情報をつかめばすぐに共有いたします。これからも互いの協力関係を維持できるよう善処するつもりです」


 こっちが情報をつかんだら教えるから、お前も絶対教えろよ。なんて言外に圧までかける騎士団長に、後ろの悪魔が辟易とした顔をしている。つっこみもないところから見るに、あれが通常運転なんだろうな。悪魔の方が気苦労多そうなの、意味わかんねえだろ……。


 慇懃無礼どころか大体喧嘩腰だったユランは用が済んだと言わんばかりに、あっさり踵を返す。だが、その隣でアスモがオレのことを気にしているのがむずがゆい。さっきの発言から、オレの魂について何か言いたい事でもあるんだろうな。


「ねえ、ユラン……あの……」

「話はあとで聞く。今は仕事が優先だ」

「はーい……」


 そうして二人が出て行けば、結局また無言が戻ってくる。

 龍は物思いにふけっているようで、オレから目を背けて水面に浮かぶ波紋をじっと眺めている。オレの存在も忘れているのか、その顔は張り詰めたままだ。


 こんなところまで呼ばれてはいるが、仲がいいわけじゃない。思考の邪魔をして気分を害されるのも面倒だったから、オレはテーブルに置かれたデザートでも頬張ることにした。金持ちの味に舌鼓を打てば、こっちも気分は落ち着いてきた。

 ……どうやらあの犬の殺気に当てられて、ずっと緊張してたみたいだ。これでも死線くらいはくぐってきたつもりなんだが……いや、だからこそか。さすがにあれは勝てねえわ。


「ああ」ようやく視線をこちらに向けた龍が。「すまなかった。仕事に巻き込んでしまって申し訳ないね」

「別に構わねえよ。それにしても、あのユランデータが悪魔の契約者だってのはガチの噂だったんだな……」

「市井の間でどう伝わっているのかはわからんが……こちらへの釈明によると第三者が勝手に契約を結んだらしい。本来悪魔との契約は重罪。どうやらそれであやつの失脚を目論んだようだが。見事返り討ちにあったそうだ」

「おかげでいくつかの貴族が大騒ぎしてるもんな。王太子に手を出したこともあって、主犯格はお家取り壊しも視野に入ってるとか……」


 王宮なんて思惑のるつぼであの質実剛健な騎士が良く生きていけるよな。どうせ全部拳で解決してるんだろう。あそこまで強いと道理の方が引っ込みそうだ。


「しかし、ジギタリス」


 またオレの頬に赤い手が添えられる。物思いから返ってきたイーラガッタは、またも慈愛深い瞳にこげ茶の熊を映していた。


「確かにあのアスモは他の悪魔と違うようだが……悪魔であることに変わりはない。決して近寄らないように」

「好き好んで悪魔とつるみたいとは思ってねえよ。そもそもオレごときが騎士団長のユランデータと謁見することすら不可能なんだ、杞憂だよ」

「だといいが……我は悪魔を好かん。あやつらは表面を取り繕うことが得意な害獣でしかなく、いつ寝首をかかれるか分かったものではない」


 魔王と名乗る悪魔と戦い、今でも悪魔から国を守る聖獣だ。そりゃ悪魔に馴染めなんて無理に決まっている。神殿が対悪魔に特化しているのも、イーラガッタがいるからなのだ。


「決して悪魔を信じてはならない。わかったね?」

「元からそのつもりだよ。仲良くなんて絶対無理だね」

「ああ、その心を忘れてはいけないよ」


 子どもをあやすような口調で諭し、頭を撫でてくる。長き時を生きる聖獣様からしたらオレなんて赤子だろうけどさ。これでも成人してるんだわ。


「おっと、失礼したね」への字の口に気づいた龍が。「そなたと話していると昔の事を思い出してしまってね……アレンダートもそなたみたいに意志の強い人だった」

「そうかよ」


 何が正解なのかわからなくて、それだけをつぶやいた。

 ただ媚びればいいってわけじゃなさそうだし、こいつがオレに何を求めているのかわからない。むずがゆい空気に毛皮をかきむしりたい気分だ。股を開いて終わりならそっちの方が楽だとすら思う。


「それで……養うことについては心配しなくていい。この神殿では息苦しいだろうし、別宅を用意させる。そこで悠々と過ごすと良い。

「は? まじかよ……あれは煽りみたいなもんで……本気にしなくていいんだぜ」

「いいんだ。そなたがこれ以上危ない目に合うことを考えれば、はした金など惜しむ必要などありはしない」

「傭兵をやめろってか……」

「そなたはもう十分戦った。魔王を倒した後には、本来ならすべてが手に入るはずだったのだから、そなたが今世で快適な生活を送るくらい権利としてあるべきだろう」


 そうだ、確かおとぎ話では勇者は魔王との戦いで死んだと書かれていた。もしそれが真実だとすれば、こいつが傭兵をやめろと言うのも理解できる。

 が、急にそんなことを言われて首を縦に振れるわけがねえ。金持ちの愛人なんて、飽きられたら終わりなんだ。特にこいつが好きなのは前世であって、オレじゃねえ。その好意がいつまで続くかわからねえのに、胡坐なんてかけるかよ。


 これでもオレは堅実な傭兵だと自負している。うまい話に躍らされて死にかけた話なんて、酒の肴くらいありふれてるんだ。

 でも、金の匂いを前にすぐさま尻尾を見せるのも癪だ。楽して稼げるならそれに越したことはねえけど、オレにだってプライドがある。


 聖獣様に体重を預けて、丸太みてえな太ももに手を乗せた。オレを買った金持ち共はこうすりゃ喜んでくれたから、少しでも稼ごうという思惑が高級な布の上を滑る。


「まあ、ちょっと長い休暇だと思えば悪くねえか。オレも、イーラガッタ様には興味があるんでね」


 こんなごつい男にすり寄られて何が嬉しいのかわからねえが、こいつの目的が体ならこうすりゃいいんだろう。なんて安易な考えで実践した安っぽい色仕掛けだったが、イーラガッタはそんな浅はかさを握って止めた。


「……ジギタリス、自分を安売りすべきではないよ」


 言葉には慈愛が詰まっているのに、腕はピクリとも動かない。りょ力の違いを見せつけられてしまえば、即座に引くしか道はなかった。


「なんだ、そうなのかよ。悪いな、オレのことを囲いたいって言うもんだから、てっきりこっち目当てなんだと思ってた」

「勘違いさせたなら謝ろう。だが、そうではない……そうではないのだよ。確かに我はアレンダートを好いているが、その感情をそなたに押し付けるつもりはない。我はただ魂を含めてそなたを守りたいのだ……」

「守る、ねえ……まあ確かに、仕事柄命の保証なんてねえことが多いけど……」


 聖獣様はそう言っているが、オレを見る目には確かな愛があった。勇者の魂を愛していながらも、理性はジギタリスとアレンダートをイコールで結んでいないってことか。


 ……なんか、難儀だな。オレがいいって言ってんだから、んなの気にせず抱けばいいのに。オレは金がもらえていい暮らしができてハッピーだし、イーラガッタは好きな雄を抱けてハッピーだ。

 まあ、こいつが抱く気がないって言うのなら別にいいさ。オレだって好き好んで尻を振る趣味があるわけじゃねえ。


「言っとくが、オレは高いぜ。これでもそこそこ名は通ってるんでな」

「ふふ、好きな額を言ってくれて構わないとも。私はこれでも倹約家でね、長い間お金の使い道もなく貯めるだけだったのだよ」


 ってことはこの聖獣様、道楽とは無縁の生活をしてるってことか。さすが救国の聖獣様だ。オレならそんな人生ごめんだけどな。酒と、たまに女とする人生が一番いい。

 長年神殿の最高権力者をしてるんだ、いったいどれだけ持ってるのか平民には想像もつかねえ。少なくとも確実に言えるのは、オレ一人養う程度なら楽勝ってことだろうな。


「だから……考えてはくれないか、ジギタリス。これが我がままだと言うことは理解している。だがどうか、今度こそ、我の手が届くところにいてくれ……」


 龍の体が傾ぎ、オレをソファに押し倒してのぞき込む。荘厳に整えられた衣服の上から、泣きそうな目がこちらを見つめていた。

 その瞳はまるで悲哀の海だ。普段は毅然と人々の前で振舞っていた龍が、痛苦にあえいでいる。崩れる一歩手前のような不安定な表情は聖獣という肩書には似合わない。


「そうだなアレンダート……ああ、ああ……そうだ……私のすべきことは……」


 イーラガッタのたてがみとは違う、乱れたオレの毛皮に手が入り込む。その手つきは性欲にくすぶるというよりかは、形をなぞっているかのようだ。こいつの求めた幻影がここにいるのだと、確認せずにはいられない。そんな焦りが現れていた。

 いや、焦りというよりかは錯乱に近い。いつの間にか、こいつの目に映っているのはオレじゃなくなっている。一体何が見えてるってんだ。


「……おい、どうしたんだよ」

「いや……夢を見ていたよ」


 打って変わって、恐ろしいほど感情のない声だった。

 まるで目の前で仮面をつけられたような違和感が、オレの背筋を震え上がらせる。傭兵としての経験と勘が叫ぶ。こいつは危ないと。


「なんだ急に……?」

「そなたが我の家で暮らす夢だ。そなたを蝕む危機はすべて消失し、何不自由なく暮らす夢だ」


 今のイーラガッタはさっきまでの感情豊かな顔をしておらず、幽鬼のように虚ろだ。優しく微笑む温かさも、過去を憂う悲哀も、そこには何も……何もない。

 この龍は何の感情も籠っていない手で、オレをただひたすらに撫でていた。


「そんなことが起こるはずないのだ。なぜならアレンダートはあの時……」

「な、なあちょっと待ってくれよ! やっぱ抱きたいとかなら全然いいけどよ、せめて慣らすとかしてくれ……! あんたが望めば応えるから!」

「ああ、だが夢を見るのだ。私があの時選択を間違えなければ……アレンダートは生きていてくれたんじゃないかと」

「おい! 聖獣! 放せ……放せぇ!」


 様子のおかしいイーラガッタから逃れようと、オレは必至に抗った。オーラを使って身体能力を上げ、赤い巨体にりょ力をぶつける。

 だが、龍はびくともしない。本当に山みたいだ。オレ程度の力なんて、そよ風みたいにしか感じてねえ。


 どうなってるんだ! さっきまでこいつのヒモになるって話じゃなかったのか!

 もしかしてこいつ、長い時を生きてきたせいで壊れちまったのかよ!


 ぐっとのしかかられると、見た目通りの体重がかかる。それだけでオレは不利だ。解放を求めて四肢を暴れさせるが、なんの意味も生み出さない。

 犯されるだけならまだいい。だが、この不穏な気配では命すら危ないかもしれない。

 そんなのは御免だ。こんなわけのわからないまま死にたくねえよ。


「ああ、アレンダート……どうか私を……私を……」


 赤く大きな手が伸ばされる。広い掌が視界を覆い、有無を言わさず黒がオレを満たしていく。


「――――――恨んでくれて構わない」


 そこでオレの意識はぷつんと切れて――

 

****


「……何だったんだよいったい」


 神殿から全力で逃げながら、悪態をつかずにはいられない。オレは自分の体が五体満足なことに感謝していた。


「うまく逃げられたのはいいが……変なことしてなきゃいいな、オレ」


 下手打って指名手配なんてされた日には、裏家業とかに手を出す必要がある。そうなりゃ二度と日の目を見れねえかもな。


「うへぇ……最悪。あんな聖獣が長って、神殿は大丈夫なのかよ」


 まあもうオレの知ったことではないがな。神殿からできるだけ遠くへ走ろう。最悪この国から出てもいい。あいつに見つかりたくないんだ。

 

 神殿は王都の中心にあるため、周りの光景は優雅に開発されている。整えられた区画では、全力疾走するオレはかなり悪目立ちしていた。だがそれがわかっていても、本能的な恐怖から逃れるために足は止まってくれなかった。


「とにかく宿に戻って速攻準備して、こんな所とはおさらばだ。金をかき集めれば、今夜には出発できるだろ」


 頭の中で逃げる算段を重ねていき、逃走経路を確保する。できれば神殿に見つからないようにしたいから、やっぱり夜だな。

 と、思考に夢中だったオレは前方への注意が足りず、ふいに。


 目の前におっぱいが飛び出してきた。


「ふえ……んぐっ?!」


 なんか一瞬すげえでかい胸が見えたと思ったら、オレが弾き飛ばされていた。何にぶつかったんだ。まるで壁にでもぶつかった感覚なんだが……視界は雌だったぞ……。でもすごくいい匂いだったし……。


「おっと、大丈夫かい?」


 そいつは男の声で、男の腕で、倒れかけたオレを支えてきた。筋肉を背中に感じながら、あれは幻だったのかと思いながらもう一度顔を上げると、やっぱりおっぱいがあった。

 おっぱいとその他の情報に齟齬が称して、脳が混乱する。だが冷静に考えると、でかいのは胸だけじゃねえ。


「前を見ないと危ないよ。君みたいにたくましい人がぶつかると、相手の方が怪我をしてしまうかもしれないからね」


 さらに視線を上げて膨らんだ騎士服より上、そこには心配そうにこちらをうかがうリカオンがいた。

 オレは自分がでかい方だと思っている。傭兵をやってても大抵の相手は目線が下だし、筋肉だって鍛えた立派なものだ。……少し腹は出てるがな。

 拳を振り回して戦う姿だって雄々しいと評判で、抱きたいと何人もの金持ちがオレを買ったこともある。


 だというのに、今日はオレ以上の大男と縁がありすぎる。

 聖獣イーラガッタに王国騎士団長ユラン、そしてこのリカオンだ。

 肩幅にふさわしい腕の太さを兼ね備えており、引き延ばされた騎士服が窮屈そうだという感想を抱くほどだ。分厚さもすさまじく、それが全部筋肉だというのはぶつかったオレが断言できる。

 だが何といっても一番目を引くのはそのでかい胸。雄が持ってていいもんじゃねえだろ。舐めてんのか。騎士服がそこだけ悲鳴上げてるぞ。全身鋼のくせに、ちょっと太ったオレよりでかいのは何なんだ。


 こんな風貌の騎士なんて一人しか知らない。

 あのユランデータと双璧を成すと評され、平民から近衛隊長に昇進したオレらの希望の星、タラタネラ=クィネルだ。

 ……まさか噂よりおっぱいがやばいとは思わなかった。下卑た噂だと王太子への色仕掛けで地位を手にしたとか言われてたが、実物を見れば納得しちまうわ。


「なんで近衛隊長がここに……?」

「おや、私を知っているのかい。とは言っても、ここはまだ中枢区域だし、私がいても不思議ではないと思うんだけど」

「…………」


 今日だけで様々な人と会った経験から、絶対何かあるとオレの勘が告げている。猜疑の視線でにらめば、微笑んで受け流された。


「ふふっ、どうやら偶然だとは思ってくれないみたいだね。だけど、正解だよ。……アスモ」

「はいはーい」


 ふわっと巨体の虎がリカオンの後ろに浮かぶ。突然の出来事にオレの毛皮が逆立つが、すんでのところで声は抑えることができた。今人目を引くのはかなり悪手だ。

 まるで唐突に現れたような錯覚を抱いたが、おそらく姿を消していたんだろう。その証拠に、周りの人らは誰もオレらに注意を向けていない。オレだけに見えるようにしたって感じだ。


「お前はさっきの悪魔……!」

「そうだよ、また会ったね」

「オレに何の用だよ」

「いやさ、実はさっき見た時、君の魂が気になってね。タラタネラに無理言ってついてきてもらったんだよ。ユランは仕事だっておれを置いてっちゃったし!」

「今なら私は余裕があったからね。それで急いで王宮から走ってきたら、君を見つけたってわけさ」


 走ってきたって、王宮からかよ?! いくらここが中枢地区とはいえ、ユランデータと別れてからそんなに時間も経ってないのに!

 さすがオーラマスターといったところか。オレの全力疾走に追いついたくせに、汗一つかいてねえ。優しい顔をしているけど、戦いは結構容赦ねえって噂を聞いている。逃げるのは難しそうだな。


「ねえタラタネラ……」

「なんだいアスモ?」

「この人さっきからタラタネラの胸しか見てないよ」

「え……えええぇ?!」


 おい、適当言うな! 向こうの方がちょっと背が高いから、視線を下げると見えちまうだけだ! 別にすっげえおっぱいだとか、これで騎士服の圧迫が無くなったらどうなるんだろうとか、か、考えてねえから……!


「ほら、タラタネラは無意識にスケベを振りまきすぎなんだって。窮屈そうだし、せめて騎士服のボタン一つ外したら?」

「そんな格好悪いことできないよ! それに、そんなのはアスモの言いがかりだろ……そうだよね?」

「…………」

「お願いだから何か言ってくれよ!」


 いやさすがにその胸で見るなって言われても、無理だろ。傭兵生活やってて見たことねえもん。それに顔もいいんだぞ。

 こいつはユランと別の意味で傭兵に向いてねえわ。絶対金持ちに飼われてた。護衛兼性奴隷とかにされるのが関の山だぜ。


「おっぱい揉ませてあげたら、仲良くなったりしないかな。でもタラタネラが取られるのは嫌だな……」

「アスモっ!」

「なんか警戒されてるみたいだし、まずはリラックスしてもらわないと。……まあおれは悪魔だからしょうがないんだけどさ」

「そ、それで!」真っ赤なリカオンが強引な話題転換を図って。「この人の魂がどうかしたのかい?」

「それがさあ……あ、一応結界張るね。誰かに見られてても嫌だし」


 オレが何かを言う前に、さらっと隔離されてしまった。こと魔法の扱いに関して、やはり悪魔は特別だ。態度こそ異質だが、やはりこいつは悪魔なんだと痛感する。

 これでオレが何をされてもばれることはない。勝てる気もしないし、おとなしくしてた方が無難だな。さっきからずっと待機しかしてない自分に嫌気がさすが、しょうがねえだろ。普段はもっと状況をコントロールできる力があるのに、今日は格上としか当たらねえ……。

 いったいオレの周りはどうなっちまったんだよ。


「よし、これ大丈夫。町中で露出とかしたいなら今だよ」

「しないよっ!」


 タラタネラがツッコミを入れてアスモが楽しそうに笑う。

 人と悪魔とは思えないほど仲がいいな。それになんか距離が近い気がする。そこらのカップルでもそこまでべたべたしてねえよ。

 でもユランの背中に隠れていたことを思い出せば、アスモがそういう性格なのかもしれないな。


「ここで立ち話もなんだから、どこか座ったほうがいいかな」

「別にオレは構わねえよ。仕事柄動きっぱなしも慣れてる」

「そうかい、それならこのままで」

「なら」悪魔がにこやかにしゃしゃり出て。「疲れたらおれに言ってね。大きな泡とか座れるものくらいすぐに出せるから」


 ……悪魔ってこんなお人好しなこと、絶対言わないと思ってんだが。あの聖獣ですら他とは違うと言っていた理由もわかる。こいつと話していると、オレの中にある悪魔像がガラガラと崩れていく気がするな。


「んで、オレの魂がなんだって?」

「そうそう」悪魔は誰憚ることなくふわりと浮き上がって。「おれは悪魔だから、人の魂を見ることができるんだ。まずこれが大前提ね」

「そんなことくらい知ってるよ。一応最低限の知識くらいは持ってるつもりだ」

「ならいいんだ。それで、おれが見たところ……君の魂はかなり歪だよ」

「はっ……歪って、なんだよ……」


 さらりと投げかけられた一言がオレの胸をえぐる。オレが勇者の生まれ変わりなんていう与太話が、嫌が応にも現実味を帯びて肩にのしかかってきた。


「うーん、おれはここに来たのが初召喚で人の魂の例外っていうのにあんまり詳しくはないんだけど……それでも一目でわかったんだ。君の魂は、なんていうか、とっても歪んでいる。人の魂って、人魂とかそう言うのを想像してもらえればわかりやすいんだけど、君は全然形が違うんだ。その形で安定してるのは、どう考えてもあり得ないよ」

「んだよ、それ……」

「ふむ」黙ったオレの代わりにリカオンが。「それが本当だとすると、どうしてそんなことが起きるんだろうね」

「まず人為的なのかそうじゃないのかってところだけど、さすがにそこまでは……そもそも魂は輪廻転生の中で精査されるはずだから、こんな魂が出ること自体が稀だよ。だから、生まれつきというよりかは、生まれた後何かされたんじゃないかな」

「いや……」


 口を開いて初めて、自分の言葉が震えていることに気づいた。悪魔の考察はもっともらしかったが、オレには否定材料があった。

 今自分がどんな顔をしているのかわからねえが、二人が真剣な目を向けていることから相当憔悴してんだろうな。


 そりゃ魂が歪って言われれば――しかも魂の専門家である悪魔にだ、どうしたって衝撃を受けるだろうとも。

 だけどここまで聞いちまったら、知らないふりはできねえ。オレは脳みそをひっくり返して、あの時の言葉を思い出す。


「あいつは……あの聖獣は、『オレの魂を見間違えるはずがねえ』って言ったんだ。あいつとは初対面なのに、だ」

「つまり、聖獣イーラガッタ様は君の魂の形を知っていたってことだね……となると、君の魂は今の形のまま輪廻転生を経た可能性が高い。それで、君らは前世からの知り合いってことになるのかな」


 そこでオレはその説明をしてないことに思い至った。そんな与太話を語っていいものかと逡巡したが、ここまで来るとオレも知りたい気持ちが沸き上がっている。

 悪魔を信じるなんてと思う自分もいるが、猜疑は切実な渇望の前には無力だ。オレはいったい何なのか、それを知る足掛かりがどうしても欲しかった。

 

 だから神殿に呼ばれてイーラガッタから聞かされたことをしゃべった。二人は驚いていたようだが、自分もまだ信じられていないんだ。半信半疑に聞いてくれて構わない。


「君が伝説の勇者アレンダートの生まれ変わり……聖獣様がそう言ったんだね」

「もうろくしてただけかもしれねえけどな。様子がおかしかったし……」

「でも確かに、聖獣様が嘘を言うとは思えないし……きっと何か理由があるんだろう」

「その理由ってのがわかれば苦労しねえけどな。だが、オレはできればもう会いたくねえ。命の危機さえ感じたんだ、二度とごめんだ」

「ふむ、それなら私が調査を手伝おうか。ユランは悪魔召喚事件の調査に忙しい。人員を増やそうにもアスモのことを信じてくれる人がなかなかいない上に、勇者の生まれ変わりと言うのは軽々に吹聴すべきじゃないだろうしね。私ならスウェンガル様に話を通せば少しは身軽になるはずさ」

「まあ……そうしてくれると助かる」

「気にしないで。私もこの悪魔召喚事件での神殿の対応には、ちょっと気がかりなところもあったからね。イーラガッタ様が関わってるかはわからないけど、別視点の調査になる可能性もあるんだ。ユランと手分けして調査するのが、効率としても悪くないってだけだよ」


 黙っていれば凛々しい顔が、しゃべれば雪解けのように温かくなる。話せば話すほど人の良さがにじみ出てくる。平民で近衛隊長って絶対大変だっただろうにな。お貴族様の相手は何度かしたことあるからわかるが、ろくな目で見られてねえだろ。あいつらは選民思想の塊だからな。

 ……そんな体をしてればなおさら。確かにこれは無自覚でスケベを振りまいてるわ。


「あのタラタネラが味方になってくれるなら、オレも別に逃げなくてもいいか……このままだと夜逃げするところだったぜ……」

「おや、それなら急いで出かけてきて正解だったね。アスモがどうしてもって言ってくれたおかげだ」

「ふふん、さすがにこんな魂は放置できないからね。どんな影響があるのかもわからないし、早く教えてあげたほうがいいと思ってさ」


 つくづく悪魔らしくねえな……。まさか悪魔に心配されるとは思わなかった。

 だがタラタネラはもうアスモがこういうやつだって理解してるんだろうな。お礼を言って笑うだけだった。こうして見ると、こいつらの間には偏見ってもんが存在してねえんだな。


「ところで」虎がオレらの周りを一周して。「おれはその伝説ってやつ、この国どころか魔界出身だから聞いたこともないんだよね。できれば教えてもらえると嬉しいんだけどなあ」

「あ、そうだったね。ならすり合わせもかねて確認しようか」


 そう言いながらリカオンはこの国に伝わるおとぎ話を語りだした。


 それは勇者が神の使いである聖獣を伴って行う、長い長い旅の話。

 いくつもの苦難や悪魔が彼らを襲うが、彼らは知恵と勇気で切り抜けていく。

 最後には魔王と呼ばれる悪魔と戦い、勇者はおのれの命を犠牲に魔王を倒し、世界に平和をもたらした。

 それから聖獣たちは勇者を忘れないように、彼の意思を継ぐため、天に帰ることなくいつでもこの世界を見守っている。

 

 ……簡単に言うとこんな話だ。この国、いやこの世界中で親しまれているおとぎ話を聞いて、アスモは楽しそうにうなずいた。


「なるほどねえ……こっちと伝わり方が違うんだ。魔界では魔王が悪しき勇者に倒されたとか、別視点で語られてるよ。確かにどう聞いてもおとぎ話なんだけど、聖獣がいるってことは実話なんでしょ?」

「そう言われてはいるけど、イーラガッタ様はことを考えるとどうもそれだけじゃない気がするね」

「隠された真実ってことだね。なんだかわくわくする響きだねえ。数百年前本当はなにが起こったのか……」


 なんて悪魔は嬉々として弾んだ声を出しているが、オレとしちゃ頭が痛くなる話でしかない。

 なにせ、勇者の生まれ変わりだと言われたオレの魂が歪なのだ。絶対何かあることは明白で、それがろくでもない可能性が高いとなりゃ、落ち込むなっていうほうが無理だろ。


 がっくし肩を落とすオレに気を使ったのか、リカオンは即座に言葉をつないできた。


「問題はそれを調べる手がないってことだよね。スウェンガル様に頼んで王宮図書館の禁書辺りを調査できたらいいんだけど……」

「おれがいるからねえ……国が保管する最高機密を調査するなんて、悪魔憑きであるタラタネラに許可が下りるのか正直不安じゃない?」

「申し訳ないけど、そうなんだよね……。今の私は例外処理として扱われているけど、それを良く思わない人も当然いるから。いくらスウェンガル様でも難しいかもしれない」

「ならこっそり忍び込めばいいだろ。悪いが、オレにとっては死活問題で、手段を選んでる場合じゃねえんだ」

「う、うーん、近衛隊長としては絶対推奨できないんだけど……アスモに頼んだら何とかなるとは思うよ……」

「出来るとは思うよ。だけど、かなり厳重に封印されてるはずだから、準備するのに時間はもらうかも。失敗したらタラタネラも危険な目に合うんだから、絶対成功させないといけないからね」

「オレは急いでるってのに……だったら他に手はねえのか?」


 今日はとことん自分の無力さを噛みしめる日だ。力に地位と、問題に対してオレが出せる策が無さ過ぎる。

 オレには王宮図書館に入るだけの伝手も、それを突破するだけの能力もねえ。勇者の生まれ変わりと言われてるくせに、その実少し強い程度の傭兵でしかねえんだから。


 どれだけ脳みそをひっくり返してみたところで、おとぎ話の真実に近づくアプローチ方法は出てきやしない。ただいらだちだけが募って、言葉尻が強くなる。んで、そんな自分がさらに嫌になっちまう。


「あっ」悪魔が何かを思いついたようだ。「父さんなら何か知ってるかも」

「アスモの父さんって……確か魔界学園の学園長だっけ?」

「そうだよ。父さんは人が好きで、かなり長生きだから、いろんな資料を持ってるんだ。もしかしたら手掛かりくらいはあるんじゃないかな」

「だとしたら助かるね。聞いてみてくれるかい?」

「うん、ちょっと待ってね。今魔界と連絡入れるから……」


 アスモが魔法陣を作ったのと、それを感じたのは同時だった。

 経験で磨いてきたオレの直感が警告を発し、全身の毛皮が一気に逆立つ。悪寒は思考を返さず、いつの間にか体は動いていた。

 それはあまりにも強い死の予感だった。傭兵として常に隣り合わせの存在であり、決して捕まってはいけない死神。脳裏に己の死に際がまざまざと浮かび上がるほどの、直感という名の確信だ。


「え? タラタネラ……なにっ?!」


 リカオンも感じ取ったのだろう。黒虎の首根っこを引っ張って、一息に後ろへ飛ぶ。あんな巨体を持ち上げての跳躍距離とは思えないな。つくづく化け物じみてやがる。

 だが嫉妬もほどほどに視線を上げれば、予感は現実に代わっていた。


 オレらがたった数秒前までいた空間を、白刃が駆け抜けている。確実に命を刈り取る軌跡には躊躇がなく、殺し慣れているように見えた。


「本当なら一息で楽にしてあげたかったのだが……」


 だがそいつの漏らした声に含まれていたのは多大な慈悲だ。神殿で聞いたのと変わらない、子守歌のような声音が殺し損ねたことを憂いていた。

 その落差にオレは恐怖を抱く。仕事柄いろんな犯罪者を見てきたつもりだが、あれほどまでに慈悲を持った殺人鬼を、オレは知らない。


 言葉を無くしてたたずむオレの真正面。

 赤く強大な聖獣、イーラガッタが荘厳なローブをはためかせてそこにいる。


「イーラガッタ様……」すぐさまリカオンが前に立ちはだかって。「説明を求めます。何故、殺意を向けたのですか」

「知れたことを。悪魔を討伐するのに理由が必要だと?」

「アスモは協力者であると、通達をしたはずです。スウェンガル様の意向を無視することは、王家への敵対とみなされます」

「そうではないよ、タラタネラ」


 柔らかい笑みはいささかも揺らがず、赤龍は首を振る。

 神殿からここまで走ってきたのかもわからないし、どうやってアスモの結界を見抜いたのかもわからない。

 ただ一つ言えるのは、こいつが大昔に魔王を倒した聖獣であり、途方もなく強いってことだけだ。


「ただ、まあ、我が言えるのはそなたに伝える必要はないということだ」

「わかりました。それではこれは明確な王家に対する反抗とみなし、対処させていただきます」


 タラタネラが剣を構えると、ゆらりと全身に赤いオーラが満ちていく。物腰の柔らかさに反してそれは禍々しいほど赤く、本能的な恐怖心を刺激する。

 密度がやべえ……! なんだこのオーラ。どうやったらこんな量を出しながら安定できんだよ。

 オーラも魔力も魂の生み出すエネルギーという点では同じだが、使用方法が違う。

 魔力は魔法の燃料として排出されるのに対して、オーラは大半が自身の強化に使用される。ようは純粋なエネルギー兵装ってやつだ。

 それをここまで圧倒的な量で、しかも自身の体周辺で安定化させている。技能も出力もオレとは比べ物にならねえ。これがマスターの称号をもらえる男か……。


 オレが圧倒されている横では、黒虎の悪魔が困ったようにおろおろしている。それでも空中にいくつもの魔法陣を展開しているのを見るに、迎撃の構えは取れているみたいだが。


「もしかしなくても、おれのこと見えてる? 二人にしか見ないようにしたはずなんだけど……」

「たぶんそうじゃねえか? あいつ、お前のこと殺りにきたみてえだし」

「だよねえ……! おれの隠ぺいを結界越しに看破するって、どんな感知能力してるんだよ! これでも魔法は得意のはずなんだけど……」


 悪魔が魔法に熟達しているとはいえ、相手は聖獣だ。正直伝説しか知らないオレからすれば、その力は未知数もいいところ。

 死の危険が迫っていても、アスモはオーラで身体を補強するそぶりもない。エネルギーを全部魔法に使うタイプの完全後衛型だな。耐久がないから、一撃食らったら死にそうだ。


「と、とにかく……騒ぎが大きくなるとまずいから、周囲を結界で囲っちゃうね!」


 聖獣に近衛隊長が対面するこの状況を、市街地で行う利点は一つもない。いくら人気が無かったとはいえ、あの二人の圧は人目を引きすぎる。

 幸いアスモの判断が早かったおかげか、そこまでの混乱は起きていないみたいだが……。それにしても、一瞬で広範囲を囲うところを見るに、こいつも相当やるな。魔法の使い方がうまいだけじゃなくって、そもそもの魔力量も多そうだ。


「タラタネラ! 今ユランに連絡を入れたから、ちょっとだけ耐えて!」

「ありがとうアスモ。相手が聖獣となると、制圧するのは難しそうだからね」


 この二人はオレをはなから戦力に入れてねえ。そりゃ確かにこいつらと比べりゃ弱いかもしれねえが、オレにも意地がある。

 ええいくそ、オレは腹をくくってタラタネラの横に並ぶ。足手まといかもしれねえが、これはオレの問題なんだ。守られっぱなしは性に合わねえ!


「やってやるよ! 囮にくらいは使えるだろ!」

「大丈夫なのかい? 相手は聖獣だよ」

「知らん! だけどな、これでも戦いが仕事なんだ。指くわえて見てられっかよ!」

「ならお願いしようかな。この距離ならユランはすぐ来るはずだから、無茶はしちゃ駄目だよ」

「今この現状が無茶なんだ。これ以上しようがねえ! それに、オレには切り札がある! 何もしねえよりかはましだろ!」


 こげ茶の毛皮に白いオーラを浮かばせて、オレはやけくそ気味に吠えた。勝てる気はしねえけど、あのユランデータが来てくれるってんなら時間さえ稼げばいいんだろ。

 オレはその切り札でさっき神殿から逃げ出せたんだ。自分でも把握してない力だが、効果があるのは分かっている。


「君のオーラ……いや、今はそんなことを言ってる場合ではないね」


 タラタネラの言いたいことくらいわかる。オレのオーラは白を基調としながらも、たまに黒い炎が混じる特殊なものだからだ。

 傭兵仲間からも見たことないと言われていたが、今なら理由もわかる。オレの魂が歪だから、生まれるオーラもこうなっちまうんだろ。答え合わせみたいで癪だがな。


 拳を構えて深呼吸。オレの武器はこの肉体のみ。剣も盾も、すべて自前のオーラで賄ってきた。


「なるほど」赤い龍は目を細めて。「それが今のそなたの戦い方か。こうして見ると、アレンダートに……いや、そなたには関係ない話だ」


 寝物語を聞かせる母親のように優しい笑顔のまま、イーラガッタは消えた。

 いや、違う。移動したんだ。気が付いたらタラタネラの剣が龍の拳を防いでいた。こんなひらひらした聖職者の衣装を着ているくせに、目にも留まらぬ速さで距離を詰めてきやがった。

 でもこれならまだ反応できる。タラタネラよりほんの僅かに遅れはしたが、こっちも拳で殴りかかっている。完全なカウンターの要領だ。相手が格上ってのがわかってるなら、それ相応の戦い方がある。


 本当は一撃貰うつもりだったんだが、そこは近衛隊長。守り方もうますぎる。さすが平民からのし上がった男だ。


「うらぁ!」


 振りかぶった隙をついてぶん殴ってやる。さっきのお返しだ、悪く思うなよ。


 普通に考えたら殴った直後で体勢も整ってねえんだから、避けられるわけがねえ。

 なのに、あいつは身をひるがえしてあっさりかわしやがった。どうなってんだよ。


「ふむ。練度が足りんな。やはりアレンダートの生まれ変わりと言えど、修行せねばこの程度か」

「舐めやがってぇ……!」

「口車に乗せられたら駄目だよ。落ち着いて」


 あくまで冷静に、リカオンは剣を構えている。表情こそおとなしいままだが、視線は抜け目なく周囲を見ており、隙なんてまるで見当たらない。

 その後ろではアスモがきょとんとしていて、オレらのやり取りを全く理解できない顔をしていた。

 

「なに! なになに?!?! 今なにが起こったの?!」

「アスモ」タラタネラは人を落ち着かせる声で。「魔法の援護はできる?」

「う、うん。市街地だし、破壊よりはサポートの方がいいよね。一応準備さえできれば向こうの時間を数秒程度止められるよ。でも、相手は聖獣だから数秒も無理かも。できて一瞬かな……」


 一瞬でもえぐいな。時間停止なんて聞いたことないぞ。完全後衛型とはいえ、やはり悪魔ともなると魔法の規模が違いすぎる。悪魔って取引によっては不老長寿もいけるらしいし、人智を超えてるわ。


「わかった、一瞬でもあれば勝負は決められるからそれで十分だよ」


 まあそうだろうな。今の邂逅すら一瞬だったんだ。その時間を制することができるなら、勝負は決まったみたいなもんだろ。


 悪魔に背中を預けているというのに、タラタネラには忌避感がない。完全に信用してるんだな。そういえば、ユランがアスモは契約によって裏切らないと言っていたが、こいつともそうなんだろうか。

 なんか……悪魔に対する印象が揺らぐな。


「ふふっ」


 それでも龍は笑う。オレらなど恐れるにも値しないとでも言いたげな声で。

 まだ全然本気じゃねえだろうしな。オレにとっての拳は武器だが、あいつにとってはそうじゃねえ。


「悪いが、我を足止めするには力不足だ。大丈夫、痛いのは一瞬で、すぐに終わる」


 殺気などまるで感じない笑みを向けられて、アスモの肩が大きく震えた。あんなの向けられたらオレだってビビるぞ。


「や、やだー!」

「アスモ、落ち着いて。私が守るから」

「もう帰っちまった方がいいんじゃねえの? そんだけ魔法がうまかったらすぐ帰れるだろ」

「それでも、帰ったらまた来るの大変なんだよ。おれらは契約によって召喚されないと、こっちに来れないから。だから、取引を果たすためにも、できる限り帰りたくないの!」


 悪魔のくせにものすごく真面目なことを言うんだな。んなこと言われたら、オレもやらなきゃって気になるだろうが。

 拳を構えて神経を研ぎ澄ます。相手は聖獣だ。自分の限界を超えるつもりでやらないと、歯が立たないだろう。


 魂が歪なんてどうでもいい。オーラを練り上げてまとい、白と黒を濃くしていく。

 オレにできる最大限までため込んで、さあ殴りかかろうとした時、タラタネラが声のする方へ視線をそらした。


「そこまでだ」

「……どうやら間に合ったみたいだね」

 

 タラタネラが胸を撫でおろすのもわかる。最高の騎士と言われている金の犬は、そこにいるだけで絶対の安心感をもたらしてくれるのだ。


「ユランーーっ! 怖かったよ!」


 アスモが即座にユランに飛びついて、背後に回ろうとしている。マスター二人が壁になってくれるなら、災害が来ない限りは安全だろうしな。


 だがユランは黒虎を眼中にも入れずにかわしたあと、剣を向けたのは――


 オレに対してだった。


「ジギタリス、だな」

「え、ああ……そうだけど……」


 何のことかわからずに、リカオンと黒虎が唖然としている。オレだってそうだ。騎士に剣を向けられる理由なんて、さっぱりわからねえ。


 オレを見る視線は冷たく、青い瞳と相まって氷を背筋に押し当てられている気分になる。イーラガッタが殺気をまるで出さずに人を殺せるのなら、こいつは研いだ殺気だけで人を殺せそうだ。

 間違いなく傭兵生活をしていて一番の危機だろう。今から死ぬのだと、頭が勝手に最悪の想像をして震えあがってしまう。だが、そんなのに意志を折られてちゃ、こちとら仕事にならねえんだよ。

 できる限り力を込めてにらみつけて、乾いた舌を引きはがして問う。


「なんだよ……どうして、オレを……」

「お前の身元はこちらでもらい受ける。拒否は許さん」

「はぁ?! どういうことだよ!」

「話はあとで聞く。イーラガッタもそれでいいな?」

「いいわけがなかろう。いくら独立機関とはいえ、我にたてつくつもりか?」

「はんっ」


 国の守護獣、救国の聖獣相手に、騎士は鼻で笑った。

 前見た時もそうだけど、あまりに命知らずが過ぎるだろ。無敵か、こいつ?


「文句があるのならどうぞ王太子様へ。俺は命令を遂行しているだけにすぎん」

「そんなことばかりしてるから、スウェンガル様も胃を痛めるんだって……」

 

 小さくつぶやかれたタラタネラの言葉にアスモも頷いてる……。まじで年がら年中こんな感じかよ。


 だけど、こうなっちまったらオレにとれる選択肢はない。さすがにこの状況で逃げられると思うほど馬鹿じゃねえよ。ユランが捕獲を命じられているのなら、タラタネラを頼るのも無理だろうしな。


 なんでオレが捕まらねえといけないのかわからねえが、この地獄を抜け出せるのなら話に乗ってやろうじゃねえか。

 力や地位で負けてるオレにできるのは、折れないことだ。最後に勝ちさえすりゃいいんだ。それまでは決して膝を屈さない。


 そんな覚悟を決めて、オレは金の犬の後についていくことを決めた。っていうかそれしかできねえ。悔しいことにな。


 だがもちろん、それを許せるイーラガッタではない。聖獣は周囲にいくつもの魔法陣を展開しながらも、体を白く眩いオーラをまとい、圧倒的覇者の雰囲気で怒気を表した。


「それなら王家との取引もここまでだ。そなたの首を送れば、向こうも少しは我への威光を思い出すだろうか」

「はあ、そんなのは俺の知ったことじゃない。できるものならすればいいだろ。大体、お前がきちんと情報を提示していれば、こんなことにはなっていない。自業自得だ」


 いったい王家と神殿の間にどんなやり取りがあったのか、オレにはよくわからねえ。ここで話していた二人も同じようで、黒虎が我慢できずに口を開いた。


「ねえ!」アスモが金犬の背中を叩きながら。「なんでジギタリスが連行されないといけないの? 何したの?」

「ただの参考人だ。どうやらこいつ、神殿から逃げる時に悪魔の力を借りたらしい。おかげで神殿はパニックだ。だからこちらにも協力要請が来た」

「え、ジギタリスって契約者だったの?」

「知らねえよ! んなの初耳だ! 大体あれは……」


 言葉が出てこなくて、オレは言いよどむ。何を説明しても状況がよくなるとは思えなかったし、オレ自身もあれについてよく知っているわけじゃない。

 

「あれは……」


 なんなのだろう。

 窮地に陥った時、オレは覚醒するらしい。全く覚えていないが、傭兵仲間がそう言っていた。おかげで何度か危ない目に合ったがオレは未だに現役で、周りからは鬼神とあだ名をつけられている。


 そうじゃなけりゃ、オレが聖獣から逃げられるわけがないんだ。

 気づけば神殿の外にいただけで、オレは何も覚えていない。

 普段のオレとは全く違う感じになるらしいから、それを悪魔憑きと言われても否定はできない。そして自分でもそれについては、なんでこんなことができるのか全くと言っていいほどよく知らない。

 ……でも、オレが勇者の生まれ変わりで、魂が歪だというのなら、おそらく答えはそこにあるんだろう。誰だってそう考えるに決まってる。


 答えを持たないオレを見て、ユランは金のオーラを放つ。タラタネラに負けないくらい濃く、途方もない量だ。こちらに殺意と剣先を向けて、オレとその後ろの聖獣を牽制しながら牙をむく。


「悪魔憑きの疑いがあるものを聖獣は囲おうとしていた。よって、神殿は信用できない。こいつの尋問は俺がする」

「愚かな。そなたに扱いきれる魂ではない。我に楯突いたこと、すぐ悔いるはめになるぞ」


 龍と犬はバチバチと火花を散らしていて、一触即発の気配を漂わせている。そこに割って入れるほどオレは強くもないし、命知らずでもない。

 だが、オレの身元を奪い合ってというのなら話は別だ。オレの処遇をお前らが好き勝手に決めるんじゃねえよ!


「畜生……!」


 自分の弱さに歯噛みして、魂を燃やしてオーラをねん出する。例え悪魔だと言われたとしても、オレはオレだ。知ったことじゃねえ。


 すると、オレの心臓が高らかに叫びだす。これが覚醒の予兆だ。どうやら魂までこの状況を命の危機だと思ったらしい。


「はんっ。好都合だ。そんなに知りてえなら見せてやるよ……!」


 この場の全員がハッとオレに視線を向けたところを見るに、かなりの存在感を発揮しているみてえだ。もういい、この場をとにかくとんずらして、王都から脱出してやる。

 もうこいつらと関わりたくないという意志を固めて、衝動に身を任せる。こうしてやれば、大抵の危機は乗り越えられてきた。

 悪魔だか何だか知らねえが、それがオレの生き方だ!


「うがああぁぁ!」


 オーラに黒が滲み出し、その色を変えていく。オレは徐々に意識を閉ざし、ただこの場を逃げたいと願うだけになる。オレが化け物どもから逃げるには、こうするしかねえんだ。


「なにこれ! すっごい嫌な気配! さすがに援護するよ!」


 この場で慌ててるのがアスモだけで、他の三人は冷静だ。しかも犬の騎士二人にいたっては、目くばせだけで連携して切りかかってきた。

 さすが最高の騎士と称されるだけはある。正面切って戦うのは無理だから、頑張って逃げとけよ。


 自分の事なのに他人事のように内心で言い捨てて、オレは閉ざされる意識の終わりに剣戟を感じるだけだった。


****


 急に悪魔みたいな姿になったジギタリスを全員で抑えた後、聖獣は隠し通すことをあきらめたようだった。説明してくれるって言うからついてきたけど、正直混乱は収まる気配を見せない。


 どういうこと?! ジギタリスが悪魔憑き?! アレってなに?!


 急展開に継ぐ急展開に、さしものおれも頭がパンクしそうだよ! これでも学者型として売ってる、頭脳派の悪魔なんだけど!


「というわけで、説明を求めます!」


 おれは神殿の個室について早々、黒い毛を逆立てながら要望を投げる。いくらおれが手伝う取引を結んだ悪魔だからって、説明責任は存在してるんだよ!


「元気だなお前。殺すぞ」

「なんで! むしろみんな暗すぎるって! せっかく話が聞けるんだから、もっとアグレッシブに行こうよ!」

「でも確かにアスモの言う通りかもね。ここで臆してても、何も進まないからさ」


 さっき来たものすごく水をぜいたくに使った部屋で、おれらは三人ソファにすし詰め状態。さすがに向かい合う聖獣と同じ椅子に座れないとはいえ、この巨体たちを同じソファに座らせるのは無理があるって!


「暑苦しい、どけ」


 とか思ってたらユランに首根っこをつかまれて放り出された。おれは浮遊できるからって扱いが雑すぎるでしょ。いいけどさ。

 しょうがないのでふわふわと二人の間から顔をのぞかせつつ、お話とやらを聞く体勢を整える。イーラガッタはなぜか不思議そうにおれを見つめて、少し首を傾げた。


「悪魔とはプライドの高い種族だと思っていたが……それは人を謀るための仮面というわけでは……」

「ないな。これはそんな器用なことができる奴じゃない」

「疑う気持ちはわかりますけど、アスモは素直ですから。これが素なんですよ」

「そういうこと。悪魔らしくないとは方々(ほうぼう)で言われてるから慣れてるよ。おれのことはいいからさ、早く話を聞かせてよ。ユランが待ちきれなくて爆発しちゃう」

「そこまで短慮ではない。殺すぞ」


 ぎろりと後ろのおれをにらみつけるけど、昔に比べたら全然優しい。にへへと笑い返したら憮然とした鼻息で返してきた。でも、体を合わせるような関係になったのにこのくらいしか柔らかくなってないなんて……この騎士、心まで鉄壁すぎる。


「そうか……」


 おれがあまりに悪魔らしくないせいで、聖獣が困惑してる。そこまでかな?

 なら、悪魔らしい態度で浮遊をしながらそれっぽく振舞って、違和感を消してあげよう。と思ったのに、さらに困惑が強くなった。


「そなた、遊んでいるのか?」

「なんでだよっ!」

「話が進まん……邪魔するなら殺すぞ」

「じゃあ私のところにおいでよ、アスモ」


 それならと後ろからお邪魔して、タラタネラのぶっとい首に抱き着いて頬を合わせておく。他の人に見えないからって最近べたべたしすぎな気はするけど、タラタネラから文句が出ないので好きにさせてもらっている。


「はあ、こいつらのことは気にせず話してくれ。それで、あいつはいったい何なんだ。さっきアスモから聞いたところ、なんでも勇者アレンダートの生まれ変わりらしいが……」

「その通りだ……彼こそ、勇者の生まれ変わり。我が見間違えるはずがない、あの魂がそれを証明している」

「そうそれ」思わず口をはさんでしまった。「あの魂、すごく歪だった。普通に考えたらありえないくらいに。しかも輪廻転生してるって? なんでそんなことになったの?」

「やはり悪魔の目はごまかせんか……。話せば長くなるが……我らのおとぎ話は知っているか?」

「ついさっき聞いたよ。魔王を倒すために勇者が相打ちしたって」

「それは後世に残すための話であって、大事な部分が欠けているのだ」


 それからイーラガッタはお茶をひと口含んで気を紛らわせてから、ゆっくりと口を開く。多分、これを人に話すのなんてめったになかっただろうし、緊張で尻尾の先がこわばっているのがおれから見てもわかる。


 魔王を倒すために天から遣わされたと言われる聖獣が語る内容は、おれだけじゃなくて二人からしても驚くべきことだった。


「アレンダートは魔王を倒すとき、呪いをもらってしまったのだ」

「呪い……それが魂がいびつな理由だね」

「そうだ。魔王はアレンダートの魂に自らの魂を混ぜ込み、いつか魂を乗っ取って生まれ変わる。そういう呪いだ」

「そんな呪いが……」リカオンが呆然とつぶやいて。「アスモ、いくら魔王でもそんなことできるのかい?」

「できるんじゃないかな。魔王と呼ばれるまでに強い悪魔なら、そのくらいはまあ……」


 悪魔は魂の専門家だ。おれみたいな学者型でもできそうとは思うから、魔王ならとっさにそのくらいの魔法は放てるんじゃないかな。

 試しに頭の中でいくつか術式を考案してみたら、ちゃんと仮定が浮かんだ。うん、推敲していけば不可能じゃないかも。


「アレンダートの生まれ変わりとなったものは、だんだんと魂を蝕まれていき、やがて完全に魔王が復活する。あれはそういう呪いだそうだ」

「対策はなかったのか? お前らは聖獣、人の常識外の存在だ。手をこまねいているだけとは思えんが……」

「無論、我らはいくつもの方法を試したとも。生まれ変わりを封印したり、死後の魂を捕まえようとな……だが、どれも上手くいかなかった。生きたまま封印しても結局は汚染が進行し、死後の魂は我らの探知を抜けるように消えていく。そもそも、生まれ変わりがどこに生まれるのかもわからないのだ。ようやく見つけたとしても、試せる手は限られていた」

「ん? 生きたままだと進行が進むのだとしたら、殺すしかないということか?」

「ああ……そうだ、それしか……汚染を遅らせるには輪廻転生の輪に組み込むしかないのだ。有効打を見つけるまで、我らは少しでも早く魂を天に返さねばならん……そうでなければ、アレンダートという存在は、この世界から消えてしまうのだから……」


 改めて突きつけられると、赤い龍は顔を押さえてしまった。喉から絞り出される悲痛な声は、まるで懺悔みたいだ。聞いてるこっちが心を痛めてしまいそう。

 今のイーラガッタに堂々とした面影はなく、自分の意に反したことを延々とやらされた憔悴が目立っている。長い時を生きるってことは、重荷をずっと背負うってことだ。悪魔であるおれも、ちょっとは理解できる。

 だって、おれは二人にそれを頼み込んだから、理解しとく義務がある。


 今わかった。おれらが部屋に踏み込んだ時、イーラガッタはジギタリスを殺す直前だったんだ。もし少しでも遅れていたら、死体があったかもしれないってこと?!


「いや、今のように逃げられていただろうね。もはや彼の魂はかなり汚染が進んでいる。命の危機が迫れば悪魔としての側面が顔を出すほどだ。それも、前に生まれ変わりを見た時よりも活動時間が長くなっているようにも見える。我がもっと早く殺していれば……」

「なるほど、悪魔が神殿に出たという通報はそういうことか。つまり、あいつをこのまま放っておけば……」

「いつか魔王が再臨するってことだね。それは何としてでも止めないといけないね……」

「そうだ。我とて、したいわけではない……それしかないからやっているだけだ」


 魔王を復活させないようにするには、勇者の生まれ変わりを見つけ次第殺すしかない。

 聖獣たちはそうやって勇者の名誉と魂を守り続けてきたんだ。自分の心を犠牲にして。

 でも見た感じ、イーラガッタは限界に近い。あっさりとおれらに暴露してくれたのが証拠だろう。悲壮を漏らす言葉の端々から、この事実を抱えきれていない雰囲気がある。

 まあ、ユランがジギタリスに圧をかけることで魔王が出てくるのを恐れて、っていうのもあるとはいえ、うなだれた態度には取り繕おうとする気概も見当たらない。


 勇者に対してどんな思い入れがあるのか知らないけど、少なくとも好意は持っているはずで、それを数百年にわたって殺し続けてきたとなると、心中察するに余りあるよね。

 おれだってこの二人に同じことができるかって聞かれたら、絶対嫌だからさ。


 なんとかならないかなって考え込んでいると、ユランが口火を切ってきた。


「今回の悪魔召喚事件、神殿の対応に不信感を持っていたのだが……もしかして、お前は魔王が犯人だと思っているのか?」

「……ああ、その通りだよ。悪魔召喚の流布された場所を調べていくと、ジギタリスの活動地域との関連性があってね……正確には、調査を進めていくうちに怪しい人物としてジギタリスが浮かび上がり、実際見たら勇者の魂だと分かった、というところだね」

「それで手をこまねいていたわけだ。時間をかけた理由は?」

「我の意志が弱いせいだ。殺すことに躊躇した。殺す前に良い暮らしをさせたいと思ったが、悪魔に見られたせいでそれも無理だと思ってな……とっさに殺そうとしたが決心がつかなかったせいで手が鈍り、まんまと逃げられたわけだ」


 あの時だ。勇者の魂はおれが見たら一発で異常がわかる。だからおれらが退室してからイーラガッタは隠せないと判断して手を下そうとしたんだね。


 つまり神殿――ひいてはイーラガッタは最近悪魔召喚を流布している犯人についてあたりはついていたけど、それが勇者の生まれ変わりだったから隠ぺいしようとしてたってわけだ。

 だからユランたちにも情報を渡さなかったせいで、不審がられたと。


「じゃあやっぱり……」話を聞いていたタラタネラが不憫そうに。「結局は殺すしかないということでしょうか……」

「そうだ。アレンダートやジギタリスのためには、こうするしかないのだよ」

「生かすにしても、それ相応の大義名分が必要だな。俺とてむやみに殺したいわけではないが、今のままではかばう要素が薄いな……」


 三人はそろって頭を抱えて、行き止まりの閉塞感に息を詰まらせている。確かに解決策がないように見えるけど……おれは悪魔なので、しかも魂に関しては一家言があると自負してる。


「ねえ聖獣イーラガッタ」


 タラタネラから離れたおれは先ほど白い目で見られた悪魔らしい浮遊をして、赤い龍と向かい合う。彼はまたしょうがないなと子どもをたしなめるような視線を向けて来たけど、次の言葉を聞いて顔色を変える。


「おれと取引しない? 契約さえ結んでくれれば、特例でサービスしちゃうよ」

「……なぜ我が悪魔と取引を結ばねばならん。そなたがジギタリスの魂を何とかできるというのか?」

「多分ね。研究してみないと確証はできないけど、仮説を提案することはできる。これでもおれは魔界学園で魂の研究をしてたからね」

「魔界、学園……?」


 そりゃ知るわけないか。結構新しいって父さんが言ってたし。少なくとも聖獣が生まれた時にはなかったはずだ。


 久しぶりに悪魔らしいことができるから、おれは調子に乗ってイーラガッタを中心に回りだす。なんか唆してる風じゃん。

 向かいでユランが呆れ顔を、タラタネラが苦笑してるけど、今おれは真面目だから水差さないで。


「確かにあそこまで融合した二つの魂を分離するのは無理かもしれない。でも、新しい魂を作るならできるんだ」

「なんだそれは。魂を新しく作り出すなど、神でなければできるわけがない」

「おれならできる。精液さえあればね」

「……そなた、我を馬鹿にしているのか? 今ここでその首をはねてもいいのだよ?」

「待って待って! おれの話を最後まで聞いて!」


 普段なら悪魔の話しなんて一蹴して終わりだろうけど、今のイーラガッタは藁にもすがりたい気持ちなはずだ。付け入る隙を悪魔に与えるのはよくないんだけど、おれとしては殺されないので助かる。


「精液には微量の魂が含まれてるんだ。なんでかの理由は極秘だから省くけど……」

「輪廻転生の輪から魂を呼ぶためだろう。まさか悪魔にばれてしまうとは……」

「あ、知ってるんだ。なら話は早いね。ちなみに言うと、その方法は絶対使わないし、誰にも教えないってあの二人と取引を結んでるから安心してね。悪魔は取引を守るよ」

「……そんな取引が成り立つことがあるのか? 何を対価にすれば、そなたは無数の魂を諦められるというのか……悪魔にとって魂の入手は死活問題だろうに」


 イーラガッタが驚愕の顔をしているけど、詳しい話は後でね。それに、おれの矜持を無視して頼み込んだ話だから、ちょっと恥ずかしいし……。

 

「まあそれは置いといて、なのでジギタリスの精液を集めれば人の魂、つまりはアレンダートの魂だけを綺麗な状態で作ることができるよ。その方法をおれは研究済みだから、確かだと思ってもらっていい」

「……そんな方法が……それなら悪魔の魂と分離できると? 悪魔の魂が混ざったりはしないのか?」

「違うんだ。人と違って、『悪魔の魂は精液には含まれない』んだよ。輪廻転生の輪から魂を引っ張ってこれない悪魔の魂は精液に入らないようになっている。時間はかかるけど、確実な方法だよ。疑うんだったら、おれの精液かジギタリスの精液を調べてみるといい、それでわかる話だからさ」

「おお……なんと……」


 輪廻転生の輪から魂を引っ張ることは知っていたけど、悪魔の精液に魂が含まれていないことは知らなかったのか。確かに悪魔の精液を調べないと分からないよね。

 聖獣たちは分離することだけを考えてて、新しく魂を作るって発想がなかったのかも。神の御業だから、敬虔な聖獣にとっては禁忌だろうし。


「出来上がった魂を生まれ変わりの中見と取り換えることさえできれば、あとは汚染された魂を手ごろな器に移して、二つの魂は完全に分離したことになる。体の魂を取り換える方法については研究がいるけど……少なくとも可能性はあるし、アレンダートの魂は綺麗にできるよ」


 おれの提案をイーラガッタは真剣な顔で吟味している。妥当性とかおれが嘘言ってるんじゃないかとか、いろんなことを考えてるんだろうな。


「本当……なのか? 私を謀ろうとしているのではないだろうね?」

「嘘なんて言わないよ。なんだったら魔界に戻っておれの論文を見せてもいいよ。それを君らで実際に確かめた後なら、疑う余地はないでしょ? まあ、論文には全部の方法を乗せてないから、確認くらいしかできないけどね」

「では、本当に……?」


 藁を握る手がどんどん強くなるのを感じている。おれに向けられた目は潤っていき、一滴の安堵が鱗の上を流れ落ちていた。


「そうか……もう私は、アレンダートを殺さずに済むのか……」


 法衣に包まれた巨大な体が今だけは小さく見える。そのつぶやきには、幾年もの積み重ねで疲弊した心境がよく表れていた。

 やっぱり限界だったんだね。いつの間にか一人称も変わってる、というかそっちの方が素なんだろう。聖獣としての仮面で何とか体裁を保ってきた感じがする。


 だけど、世の中は希望ばかりじゃない。はっきりさせておかないと、突き落とされた時にかわいそうだ。


「感極まってるところ悪いんだけど……おれは公平を尊ぶ悪魔だから、もちろんデメリットも伝えるね」

「……そなたはつくづく変わった悪魔だ」

「よく言われる。デメリットは使用する精液が膨大なこと。多分ジギタリスの代では終わらない。何度か転生をまたぐことになると思う。その間に汚染が進みきっちゃうと、この作戦は失敗だ」

「だが生かしておく名分としては十分だ。そうだろう?」


 ユランが確認を求めて来たから、頷いておく。殺意の塊だけど、人を助けることにいつも本気なんだ。おれもそれで救われたしね。


「そして、ジギタリスをできるだけ多く射精させないといけないんだけど……おれがやろうか?」


 まさか聖獣に性的知識があるとは思えないし、ここはおれが手伝うべきかな。

 なんて思ってたら、意外にもイーラガッタは真面目だった。


「いや、私……我がしよう。流石にそこまでさせては、我が不甲斐なさ過ぎる。元々これは我々の問題だ。少しは何かをしなければいたたまれない」

「そっか、じゃあお願いしようかな。言ってくれればおれ特製の淫具を貸すから、それで楽しんでね。せっかくなんだからお互い楽しんだ方がいいよ」

「う、うむ……」


 淫具と聞いて龍の顔が曇る。罪悪感とか不安とかいろんなものを詰め込んだ表情からは、不慣れだと読み取ることしかできない。こっそり手助けしよう。


「それに、ジギタリス本人にも確認がいるよね。射精したら精液がおれの所に転送するようにしたいからさ」

「……それは少し待ってほしい」


 龍の口唇から出たのはさっきまでとは全然違う、控えめでためらいがちな声音だった。


「ジギタリスからすれば、到底納得できぬ話だろう。今の自分では解決できぬ問題のために、身を粉にしろと言っているのだから」

「まあ確かに来世の自分に丸投げだし、今世では魔王にならない可能性の方もあるから協力する必要もないだろうしね……」


 ジギタリスは寿命の長いおれらとは違い、普通の人だ。魔王や魂のあれやこれやなんて、正直無関係に近い。だって魔王が復活するころには生きてないだろうしね。だからメリットを提示する必要があるというのは、納得できる話だった。


「それに」口をはさんだのはユランだ。「先の行動を見るに、魔王の力を当てにしている節がある。これ以上傭兵をさせるのは、汚染を進めるだけではないのか?」

「ああ、その通りだよ。我としては、できるだけあの状態へと移行してほしくはないのだ」

「なら傭兵は廃業だな。それじゃあ大事なのは、食い扶持の稼ぎ方だが……民を守るのは俺の仕事だ。仕事の斡旋くらいはできるぞ」

「でも問題は」やんわりとタラタネラが。「彼が何を望んでるのかってことだよね。傭兵としての名誉だったら、廃業を迫るのは悪手だよ」

「それは聞きとらないことには始まらないな。どうせお前がするんだろう?」


 うっわ、聖獣相手にぞんざいすぎる。でもイーラガッタもそんなことに構う余裕はないみたいで、厳かに頷いて応えた。


「そうさせてもらうよ。それに繊細な話題だから機を見て話す必要がある。我のすべてをはたいてでも、確約を取り付ける。しばらく待ってくれないか」

「わかったよ。その間に、おれも魂の転移方法とか調べておくから。ひとまず、話の続きをしようか。まだまだ話すことはたくさんあるよー」


 聖獣相手の取引なんだ。少しの瑕疵も許せない。

 悪魔として、完璧な取引をしないとね。


 でも、初召喚にしてはいろいろ起こりすぎじゃないかなあ。魔界で勉強してた頃とは充実さが違いすぎる。帰ったら両親にする土産話がたくさんだ。


「じゃあ次の懸念事項は……その方法を使えるのはおれしかいないってこと。だからおれにもし何かがあったら、途中で終わっちゃう。この技法を教えてもいいんだけど、その場合取引がさらに重くなる。おれの飯のタネみたいなものだからね」

「安心して」今度はタラタネラが。「そんなことは起こらないよ。私たちがいるからね」


 なんて言われると、胸の奥がじーんときちゃう。悪魔になってもおれらはずっと一緒だから、守ってくれるつもりなんだ。

 思わず抱き着きたくなっちゃったけど、今は取引の場だから抑えた。今晩たくさんしよう。最近恋人でもしないようなことたくさんしてるけど、タラタネラならいいよね。


「それに最後……これが一番の難点なんだけど、生存時間が長引くってことは魔王が復活する可能性が高いってこと。そうなるとおとぎ話的な厄災が広がるんだよね。魔界もただじゃすまないだろうけど、まあこれは遅かれ早かれって感じだし、しょうがないかな。魔王って悪魔に優しい? ホワイトに働ける?」

「我が対峙した時は、魔界のすべてを牛耳り意にそぐわぬものを皆殺しにしていたな」

「はい駄目。却下。おれはいつかのために安定した職場を作る義務があるので、それは認められない」


 二人が悪魔になった時に魔王の治世だったら全部台無しだよ。ちゃんと安心して暮らせる場所にしておかないとさ。

 タラタネラはまあ百歩譲っていいとして、ユランは絶対無理。聖獣相手に啖呵きっちゃうような人だから、魔王相手でも喧嘩を売るに決まってる。だから不安要素はできるだけつぶしておきたい。


「だから、それに関しては共同前線が張れるよ。魔界の治安のためにも協力できるはず。今ならなんと、最高の騎士二人付き!」

「俺も巻き込むな……と言いたいところだが、それに関しては乗るさ。どちらの世界に関しても、死活問題だからな」

「私も参加するよ。どうせ魔界で暮らすなら、楽しい方がいいからね」

「魔界で暮らす……?」


 イーラガッタがいぶかし気に片眉を上げる。さすがにもう襲ってはこないだろうし、しゃべっちゃってもいいかな。


「……そうか、そなたらはすでに取引を結んでいるのか。輪廻転生の輪を乱さない代わりに、自らを差し出す。だというのなら、我が口をはさむことはないよ。むしろ人柱にさせたことを謝るべきかもしれん」

「俺が決めたことだ。謝罪も感謝もいらん。こいつが泣いて頼むから、仕方なくな」

「待って! 本当の事だけど、ここで言わなくてもいいじゃん!」

「ユランは相変わらず素直じゃないよね。実はあの後、ユランったら悪魔になった時どういう見た目がいいかとか聞いてきてね、少し楽しみにしてるみたいだよ」

「黙れ! 殺すぞ!」

「なんだー。それならそうと言ってくれればいいのに。今のところ、見た目を変えるつもりはないよ。タラタネラの胸は、ちょっと盛るかもだけど」

「なんでだいっ?!」


 なんていつも通りやいのやいのしていたら、聖獣がぽかんと口を開けたまま呆然としていた。どうやら悪魔のおれが馴染んでる光景に対して、理解が追いついていないようだ。

 まあ確かに、悪魔って基本敵だし。こうして和気あいあいと話してるなんて想像もつかないかも。


 だけどこのままだと話が進まない。取引はおれのフィールドだから、しっかりリードしていかないとね。


「それじゃあ報酬についてだね。取引としてはかなり重くなるよ。長年にわたる魂の管理、そして途中で失敗しないために進行を抑える方法を探すとか、おれのやることが増えるんだよね」

「そなた、進行を抑える方法も探すつもりか?」

「そりゃやるからには最後まで責任を持つよ。途中まで付き合って駄目でしたじゃ後味悪いし、あまりに無責任だ。公平は互いの信頼が必要で、そのためにも責任は発生すると思ってる。おれは魂の専門家だから、頼りになるよ」

「本当にそなたは……これが嘘の仮面だと言ってくれた方が、まだ信じられるというものだ」

「悪魔にとって取引っていうのはそれだけ大事なんだよ。知ってるでしょ?」


 まあ、おれはそんな悪魔の中でもかなり異端な方だと思うけど、もういいんだ。そんなおれでも好いてくれる人がいるってわかったし。


「でもそうなると、君が渡せるものが何なのかって話になる。これまでの話から、この取引は時間も労力もかかるのは分かってもらえたよね。それに、魔王討伐をする時に味方まで得られるとなれば、報酬は弾んでもらわないといけない」

「そうだろうな。覚悟はできている。もとよりこの生活を続けられる気はしてないのだ。希望があるのなら、我は構わない」


 言葉にも表情にも陰りが一つもなくて、龍は真っすぐおれを見つめている。本当に覚悟が決まってるんだね。好きな人を殺し続けることに疲弊していて、つかんだ藁を離したくないって気持ちなんだろうな。


 だけどおれは公平を尊ぶ。悪いけど、おれ個人の憐憫などは横に置いて話をさせてもらうよ。


「だから君には――――」


****


「駄目だったか……」


 目が覚めた時に映る天井で、オレは失敗したことを悟った。多分、ここは神殿だな。

 いつもなら絶対に窮地を脱した力も、聖獣とマスター二人相手だとそうもいかなかったみたいだ。さすがに過信しすぎたかもな。


「まだ動かない方がいい。手荒な真似をしてしまって、すまないね」


 枕元にいた赤い山、イーラガッタが優しく声をかけてきた。確かに体中が痛むけど、この程度なら仕事で何度も味わってきた。致命傷がないことくらいすぐに分かった。


「んで、オレはどうなるんだ。神殿にいるってことは、ユランたちは退けられたのか?」

「それは……話すと長くなるのだけど、ひとまずそなたを傷つけるものはいないと言っていい。安心してくれ」

「そうかい。それはあんたもって意味だよな?」

「そうだとも。我もそなたを傷つけない」


 その顔に浮かぶ笑みにはてらいもなく、大きな手でオレの頭を撫でてくれる。オレを追い詰めた時みたいな思いつめた表情が嘘みたいなほど落ち着いていて、両親ってのがいたらこんな感じだったんだろうなと思った。


「ジギタリス。我はそなたに謝らなければならない」


 手をどけて口元を緊張に引き締めた龍が、ゆっくりと語りだす。


「我は最初、そなたを手にかけようとした。共に暮らそうと甘いことを言いながらだ」

「どうせこの魂が理由なんだろ。もう大体察しはついてるよ」

「だが……もうそんなことはしない。いや、する必要が無くなったのだ」


 イーラガッタの目に涙が浮かび始めたのを見て、オレはぎょっと瞠目した。まさかあの聖獣が泣くとは露とも思ってなかったから、完全に虚を突かれてしまった。


 それからオレは、自分が魔王に呪われた勇者の生まれ変わりなこと。

 いつか魔王にとって代わられること。

 オレの人としての魂を新しく作るために精液がいること。

 など、一度に聞いたら頭が混乱しそうなほどの情報量を渡された。


「……ちょっと待ってくれ。つまり、このままだとオレは魔王になるってことか?」

「そうなってしまうね。それがいつなのかはわからないが、魔王の力を使えることからそう遠くない未来だとあたりをつけているよ」

「そしてそれを防ぐために、オレの精液から新しい魂を作って入れ替える……できるのかそんなこと?」

「わからない。だがその方法をアスモが調べてくれている。今はそれを信じるしかない」

「アスモって……そっか……お前、本当に悪魔と取引したんだな……」

「そなたを殺さずに済むのなら、我は何でもする……何でもだ。この魂が朽ちたとしても、我は後悔などしないとも」


 龍はベッドの側にしゃがみこむとオレの手を両手で包み込み、そっと額に当てた。

 ああ、震えてるんだなと、嫌でもわかる。それは死に際の傭兵がただただ救いを求める様にも似ていて、そんなものを向けられていることに居たたまれなさすら覚えてしまう。

 嗚咽は振動となって、それからこぼれてくる言葉も涙で濡れたものになっていた。


「すまなかった……わ、私はずっと、君を殺し続けてきた……アレンダートのため、世界のためと言いながら、無関係な君らを、ずっとだ……」


 転生した魂はオレみたいにみんな記憶がなかったんだろう。それをこいつは優しい顔と地位を使って連れ込んでは、殺してきた。


「君に謝っても意味のないことだとは、理解している……聞き流してくれて構わない。私が、言いたいだけなんだ……」


 ああ、こいつはオレだけじゃない。魂に話しかけているんだ。今まで殺してきた魂に向けて、懺悔を続けている。

 それしかないと知りながら、理解しながらも、心を摩耗させてきた。節くれだったオレの手は痛いほど強く握られているが、振りほどく気にはなれない。

 シーツにこぼれる水滴は増える一方で、比例して嗚咽は言葉を濁していく。もはやただ謝るだけになった聖獣を前に、オレは言葉を探しあぐねていた。


「すまなかった……本当に、すまなかった……」


 どれだけ昔のオレに謝ったところで、こいつを許せるのは今のオレだけなんだ。

 

 でも、無事なオレが許すことに意味なんてあるのか。オレは勇者でも、被害者でもねえ。どの面下げて被害者の代弁者ぶれるっていうんだ。


 だけど、いつの間にか自由な方の手が動いていた。まるで魂がこうしろとでも言っているかのように、豊かな黄金のたてがみを手櫛で流しほどいていく。


「まあ……いいんじゃねえの?」


 いつもなら自分を殺そうとした相手を許すなんてありえねえってのに、オレの口は意志とは真逆のことをつぶやいていた。

 それは目の前で泣きながら懺悔するイーラガッタを見て、情に流されたのかもしれないし、魂を見透かすような謝罪が鬱陶しくなっただけなのかもしれない。


「もうオレのことを殺さないってなら、オレは許す。他の奴らは知らん」


 ただこの龍に泣いてほしくないという感情が、どうにも心の内から湧き上がってきて止まないんだ。記憶なんてないっていうのに、そうすることが正しいと無意識に理解しちまってる。

 

 龍はオレの言葉をまだ噛み砕けていないようで、顔を上げた拍子に溜まった涙がはらりと零れ落ちていく。威厳ある相貌もこうなりゃ形無しで、雫を吸った髭がどうしたって憐憫を誘う。


「そうか……君は優しいね。その魂はやはり彼のものなんだと思わされるよ」


 慈しみを湛えた微笑みは荒れた生活を送っているオレとは縁のないもので、むずがゆくてたまらない。いかつい髭を持った龍だというのに、表情がすべての印象を柔らかく上書きしている。

 ようやく笑ってくれたことで溜飲が下がったのか、内心の衝動はもうない。まるで自分が自分じゃないみたいで気に食わねえけど、泣き止ませたい利害は一致しているんだ、気にしないさ。


「ふん、そんなのは知らねえよ。オレはただ自分の感性でしゃべってるだけだ。でも、慰謝料は弾んでもらうからな。聖獣様のスキャンダルだ、口止め料も相当になるだろ」


 だけどすぐにこうした即物的な話しかできない自分にほとほと嫌気がさすが、こちとら孤児育ちの金に困った傭兵だ。金で女を抱くことはあれど、握られた手の温かさなんて知らねえから、正解の返答なんてわかるわけがねえんだ。


「もちろんだとも。君が望むなら、好きなだけ持って行って欲しい。……だが」

「精液だろ。好きに持ってけよ。オレは結構多い方だから、すぐ終わるだろ」

「いや、それはありがたいのだが……」


 何故そんな口ごもるのかと思ったら、どうやら必要な精液が膨大過ぎて一回や二回では到底まかないきれないらしい。ていうか、オレの人生全部捧げても間に合わないのだとか。

 

「じゃあどうすんだよ……」

「君だけにすべてをまかなってもらおうとは思っていないよ。来世でも、そのまた来世でも、私は何度でも君を見つけるよ」

「そりゃまた気の遠くなるような話で……」


 けどそんな希望でも、こいつにとっては大事なんだろうな。表情が全く違って、輝いているようにも見える。悪魔に救いを求めるくらいだ、憔悴しきってたんだろう。


「だけど、君を囲う話をもう一度させてもらえないだろうか。君のために郊外に家を買おう。蝕むすべてを排除して、そこで何不自由なく暮らしてほしいのだ」

「……死ぬまで飼い殺しってことかよ」

「そういう見方もできるかもしれないが……決して不自由はさせない。私の培ってきた財と名誉をもって、君を守ると誓おう。だから私の側にいてくれないか」


 ここだけ聞くと愛の告白みてえだな。でも多分、こいつが愛しているのはオレじゃねえ。そのくらいはわかるさ。

 だけど正直条件としては破格だ。命を取られないどころか、豪奢な暮らしをさせてもらえるってんだからな。死ぬ気で傭兵やっててもできない暮らしをさせてもらえるなら、別に悪くねえな。


「……君は傭兵に未練などないのかい?」

「あるわけねえだろ。あんないつ死ぬかもわからねえうえに、金持ちの道楽で身売りするような仕事。楽に暮らせるならそれに越したことはねえんだよ。生きるためにやってんだ、好きでやってねえ」

「そうか……辛かったね」


 また撫で返されそうだったので、首を振って逃げた。孤児だったから他人の憐憫に対しては人一倍敏感なんだ。憐れみなんて何の役にも立たないもんはいらねえ。


「同情なんて求めてねえ。別にオレの人生の責任はお前にねえんだ。こんな魂になったのだって、お前が悪いわけじゃねえんだろ?」

「だが、私がもっとしっかりしていたら、こんなことにはならなかったんだ……」

「たらればで責任を背負おうとすんじゃねえよ。傭兵やってりゃ、一瞬の判断ミスで死ぬことなんてざらだ。そのたびに責任感じてちゃ、もたねえんだよ」

「やはり君は優しいね」

「新しい雇い主様への媚び売りに必死なだけだ。悪いが、こっちがオレの素だからな。偏屈だってよく言われる」

「そうかい? 私からすれば、君は優しい人だと思うが。アレンダートも不器用なところがあってね、人を慰めるのがへたくそだった」

「……そういうつもりはねえってのに」


 長きを生きた聖獣様からすれば、オレの偏屈も可愛いものなんだろう。しかも長年の憂いから解放された今、心の広さにも余裕がうかがえる。


 イーラガッタはようやくオレの手を解放してからハンカチで目元をぬぐい、近くにある椅子へと腰かける。看病されてるみたいでむずがゆいが、かといって逃げられる気はしなかった。


「それで、精液が欲しいという話なのだが……」


 荘厳な見た目に恥じらいを浮かべて、龍はどもる。


「言ってくれたらどんな人でも身受けしよう。もちろん、非道なことは推奨できないから、君の性的指向が真っ当であることを祈りたいところなのだが……」

「別に娼館を出禁になったりはしてねえから、多分まともだと思うぜ。まあ、主観だがな。でも……」


 なんでこんなことをしたのか、オレにはわからねえ。

 こういう時は大体魂のせいだ。わずかに残った勇者としての部分が、隆々とした龍へと手を伸ばしてその法衣をつかませたんだ。


「……お前は駄目なのかよ」

「………………」


 完全に聖獣は固まって、衝撃を受け流しきれていない。

 かくいうオレもそうだ。何だってこんな大男を相手しようとしてんだ。

 一応男色の経験はあるが、メインじゃなかったはずだろうが! ああいうのは任務中に処理するために仕方なくやってただけで……ああもう、自分がわけわかんねえ!


「悪い、やっぱなしで。ちょっと混乱してるみてえだわ」

「そ、そうだろうとも……一度にたくさんの情報を摂取しすぎたのだ。落ち着いてからゆっくり考えてみるといい……」

「ちなみに、なんだが……おまえって雄なのか?」

「…………」


 さすがに気娘のように顔を赤らめるとかはしないが、困惑は隠しきれていない。落ち着きのない動きで尻尾をくねらせながら、イーラガッタは苦笑してたしなめるような声音を放つ。


「一応は男性の造りをしているよ。もっとも、聖獣は普通の生き物とは違い、子を残すことはできないが……」

「そっか……」


 正直なんでそんなことを気にするんだと自分に突っ込みたい。この見た目で雌はないだろうという感情と、ひょっとしたらという希望があった。

 女性だったらオレがこんな感情になったのも百歩譲って受け入れられる気がしたんだが、どうやら見当違いだったみてえだ。


 ってことは絶対魂に引っ張られてるな。自覚し始めたとたんにこれかよ……。


「勇者の魂が強すぎるだろ……」

「魔王に侵食されながら長年耐えているくらいだからね。……もしかして、記憶が少し戻ったのかな?」

「そうじゃねえんだけど……そうとも言えるし……」

「こう言ってはなんだが、アレンダートの生まれ変わりがこれほど長生きできたことはないんだ。だからもしかすると、呪いの影響で記憶が戻るようになっているのかもしれないね」

「勘弁してくれよ……オレはまだオレでいてえんだ。お前にとってはそのほうがいいかもしれねえけどさ」


 と言ってから、今のは最悪な失言だったことに気づいた。


「……悪い。さすがに駄目なことを言った」

「いや、構わないとも。私はそれだけのことをしていたのだ。信用できないのも、不審になるのも、しょうがないことだ」


 言葉の通り、オレの暴言を受け止めるイーラガッタは淡々としていて、感情を乱された様子はない。覚悟を決めているとは思っていたが、さすがは聖獣か。


「だから、もし君が本当に私を望むというのなら、好きにしてよいとも。老化とは無縁ではあるが、なにせロートルだからね。ベッドを共にしても楽しいとは思えないが、望むなら構わない」

「……覚悟決めすぎだろ!」

「これくらいせねば、君は信用してくれないだろう? 私は君に、今までの君たちに、報いる義務がある」

「やっぱ聖獣だわ……」


 身を粉にして人々のために働く、こいつは紛れもなく聖獣だ。贖罪とはいえ、龍の体には値段なんて付けられねえだろ。

 法衣でごまかしてはいるが少し触った感じ、全身が筋肉の山だ。しかも伝説の存在で、見た目も十分整った凛々しさとくれば、大枚はたいたところで触ることすらできないだろ。


 どんな娼婦も見受けしていいとは言ったが、こいつ以上に価値のある存在がこの国にいるわけねえ。それでもなお、イーラガッタは自分を差し出すと言ってのける。その価値を理解したうえで、だ。


 そう考えると胸が熱くなる。なんで急にこんな感情を抱いたのか理解できねえけど、確実に言えるのは、オレがこいつを好いているということだ。

 意味わかんねえだろ。殺されそうになったくせに、許すどころか好ましく思うなんてよ。

 絶対魂のせいなのは分かるが、いったん落ち着く時間が必要だ。


「……わかった、そんな気分になったら頼むわ。今はちょっと、考えがまとまらねえ」

「そうだね、今はゆっくりお休みジギタリス」


 どうしようもない問題から目を背けて、オレは布団をかぶる。

 イーラガッタの提案はいうなれば精液を与える代わりに保護を受けるって話だ。条件としちゃ破格だし、断る理由もねえ。少し行動が制限されそうだが、ある程度は許容範囲だ。金持ちに飼われるって考えたら、断然待遇はいい方だしな。

 

 だが、どうしたって魔王になるという不安は心にくすぶる。オレが切り札として使っていたこの力がそんなもんだったとは、想像すらしていなかった。

 最終的に、オレは自我をすべて塗りつぶされて魔王になる。それは遠い未来だと言われたところで不安が消えるわけがない。


 死線をいくつもくぐってきたとはいえ、死の宣告を受け流せるほど豪胆じゃねえ。

 できれば来世の自分に丸投げしたいもんだ。オレは悠々自適なヒモ生活をさせてもらう。


 なんて都合のいいことを考えながら、龍の微笑ましい視線から逃げるように眠りの船を漕ぐことにした。


****


 それからオレの生活は一変した。別に今までだって食うのに困ってるとかはなかったんだが、生活水準が馬鹿みたいに跳ね上がったことで贅沢というものを覚えた気がする。


 山奥に建てられた豪奢な家の庭で、オレは筋トレしながらつくづく感嘆する。やっぱり金ってのはあるところにはあるもんなんだな。

 金持ちの生活をして思ったことは、死ぬほど暇ってことだ。働かなくても贅沢できるんだ、かといって平民に遊び相手とかいるわけもねえ。

 それに動かねえとさらに腹がでかくなるし、筋トレくらいはと日課にしている。体を動かすのは嫌いじゃねえしな。


「ふっ、ふっ……!」


 上裸でラフな格好で走り回っても、誰からも何も言われない。ここ最近で一気に艶を増した褐色の毛皮に、健康的な光沢が追加されていく。

 っていうか庭広すぎだろ……。しかも庭師でもいるのかってくらい整ってるし。これで誰もいないのは逆に怖い。


 もともとこいつが人目などを避けるために建てたここは、使用人もほとんどいない。生まれ変わりをかくまって、安全に処すための場所だったんだと。だから人を入れていないし、管理もイーラガッタの魔法ですべて賄われている。料理も転送されてくるしな。

 オレにとっちゃ不吉な場所だが、結界など万が一の備えが徹底しているそうで仮住まいとしてここにいる。本邸は建築するって言って聞かねえんだ。オレは気にしねえからいいって言ったのに、あいつが嫌なんだと。


 まあここはあいつの罪の象徴みたいな場所だし、わからなくはねえ。が、いくら使う気だよ。オレの生涯賃金の何十倍もの金が、一気に動いてる様を想像すると気分が悪くなる。

 

 準備運動を終えた後は、敷地の一角に作ってもらった訓練場に足を運ぶ。

 ここはイーラガッタの魔法で動く練習人形相手に、簡単なスパークリングができるようになっている。

 実戦には及ばねえけど、体をなまらせるのももったいねえ。それにここを訪れるのは筋肉の山イーラガッタと、芸術品みてえな肉体のユランたちだ。オレが一番贅沢とは無縁の生活をしてたくせに、一番腹が出てるってのが本当に癪なんだよな。熊だからっていう言い訳をしてえけど、そんなことしたら絶対ユランが鼻で笑う。あのコミュ障が……。


 オレだって腕は太いし肩幅も広いし、町に出れば頭一つ抜けてでかいんだが。いかんせん他の奴らがでかすぎる。しかもオレより強いときてる。

 今回の騒動で自分の弱さを再認識しちまった。だからオレは魔王にならないためにも、自分の力を磨く必要がある。傭兵家業はもう許してくれねえとは思うけど、オレの矜持の問題だ。

 あと単純にそれしかすることがねえ。高尚なカードやらのゲームは合わなかったし、賭け事はさすがにオレの金じゃねえから楽しくねえ。ああいうのは自分の金でやるからスリルがあるんだ。勝っても負けても懐の痛まない勝負なんて面白くねえだろ。

 酒はたらふく飲めるから悪くねえんだけど、相手がいねえんだよなあ。ユランやイーラガッタは一緒に飲んで騒げるタイプじゃねえし、タラタネラとアスモはいつの間にか3Pしてたから怖くて飲めねえ。

 アスモが無邪気な顔してえっぐい淫具使うせいで、しょんべん漏らしたのがトラウマになってんだ。もう酒飲んでセックスはしねえ。素面だったらまあ、気持ちよかったしいいけどよ。


「ふぅ……」


 スパークリングも終わり、肉体はいい感じに研ぎ澄まされた。訓練場に座り込んで、今度は瞑想を開始する。

 自分の中のオーラ、特にオレは魔王のものが混ざっているから、オレ個人の白のオーラを抽出して扱えるように練習中だ。前までは気にしちゃいなかったが、いろいろわかった今となっちゃ気にしないわけにはいかない。


 オレは勇者の生まれ変わり、だからオーラを使いこなせれば、きっともっと強くなれるはずなんだ。

 それに、こうして内なる魂に意識を集中してれば、勇者の記憶も戻りそうな気がする。確証があるわけじゃないからイーラガッタたちには言ってねえけど、何となくそんな気がするんだよな。


 肉体も精神もどっぷり疲弊させて、今日のトレーニングは終了。風呂に入って部屋に戻ろうと廊下を歩いていたら、客間のひとつから賑やかな声が聞こえてきた。


「えっ! 悪魔召喚を流布してる犯人って、魔王じゃないの?!」


 なんだと、驚きは体の支配権を奪い、気が付くと扉を開けていた。


 そこはアスモが魂について研究するための部屋になっている。完成した勇者の魂を汚染されたものと入れ替える方法を模索するようにと、イーラガッタがあつらえた研究室だ。

 アスモはユランたちについて行かない時はここで研究をし、屋敷の管理などもしている。こいつらの魔法は本当に便利だと思う。使用人を雇えば何十人必要になるんだか。


 広々とした部屋の半分は研究室。もう半分は私室になっていて、そこにはもう見慣れた金の犬とリカオンがくつろいでいた。


「あ、ジギタリス」オレに気づいたアスモがにこやかに手を振って。「訓練お疲れ。ちょうどよかった。今ユランとタラタネラが捜査結果の報告に来てくれてるんだ」

「お土産も持ってきたから、良かったら座りなよ。ってここは私の部屋じゃないんだけどね」


 相変わらず人のよさそうな笑みを浮かべたタラタネラが、テーブルに置いたケーキを切り分けて誘う。お茶を淹れる手つきも慣れたもので、近衛隊長になってからも自分でやってたんだろうな。

 騎士服とはいえ、いたるところが豊満なリカオンは動くだけで目に毒だ。魂を自覚してから、というかこいつらと出会ってから、オレの性癖がバキバキに折られてる気がする。折られるのはプライドだけで十分だってのに。


「いいよいいよ、おれらの部屋みたいなものだしね。何度も泊ってるじゃん」

「お前に日給を渡すためにな。今日の当番はタラタネラだ。俺は帰るぞ」

「せっかく来たんだから一緒にやろうよ。ジギタリスも合わせて4Pとかどう?」

「殺すぞ。悪いが連日の調査で疲れているんだ。悪魔召喚が頻発してる関係上、どうしても俺かタラタネラで対応する必要があるからな」

「そして私は近衛だからどうしてもユランの出動がかさむんだよね。悪魔に対応できる騎士の育成も急いではいるけど、なかなかどうして難しくて……」


 そりゃマスターが二人もいること自体が稀なだけだからな。普通は悪魔を討伐しようと思ったら、軍を動かさないといけねえ。単騎で対応できるこいつらがおかしいんだよ。


「神殿が協力的になったおかげで、そこまで苦労はしていない。だが、今日も二体ほど悪魔を屠ってきたとはいえ、まだ安心はできん。夜間に緊急出動命令もあるかもしれんから、家で寝る」

「そっか……なら疲労回復の魔法くらいはかけておくから、ゆっくりしてね」

「感謝する」


 さらっと言ってるけど、二体も悪魔を倒せることが異常だって。あの狡猾で魔法の達人みたいな種族を相手にどうやって倒せるんだと聞きたいが、聞いたところで実践できる気がしねえな。

 

 お茶を出されたらしょうがねえ。ダイエット中という理性の警告を無視して、ソファにお邪魔する。


「んで」あ、このケーキ美味いな。「さっき言ってた魔王が関係ねえって、どういうことだ?」

「お前をここに誘致してから、悪魔被害は減少していない。神殿の報告通りなら、お前は最初こそ召喚方法を流布したが、今はもう魔王の手から離れている可能性がある」

「つまり、知識をもらったやつが勝手に広めてるってことか?」

「そういうことになるかもね」さっとリカオンがお茶のお代わりを注いで。「減少していないだけであまり増えてもいないから、君を隔離したことに意味がないわけじゃないと思うけど、根本的な解決には至ってない」

「王政への不満を持つ反乱分子などに知識が行き渡った可能性もあることから、王宮と神殿は警戒を強めている段階だ」


 なんか、思ったより大事になってるな。そりゃ悪魔の力を借りる方法が確立されてるなら、使いたいと願う人は多いだろう。対価に何を要求されるかわかったもんじゃねえのに。


 ……だが、イーラガッタを見てもわかる通り、対価で何とかできるなら命さえ払うようなやつもいる。一度広まった方法は撤回が難しいのもわかるな。


「悪魔召喚を行った者へ尋問しても、要領を得ないことが多くてな。どうやら認識を阻害しているようだ」

「おれが記憶を覗いてみたけど、はっきりとわからなかったからね。でも普通に考えたら、おれでもそうするし、召喚者からたどるのは難航してるって感じ」

「じゃあどうすんだよ」

「今のところ、軍部では見回りの強化をするくらいしか対策がない。もどかしいことだが、召喚方法を広めた目的もわかっていないのだからな」

 

 確かにそうだ。仮に最初は魔王が広めたとして、一体なんでそんなことをしたのかさっぱりわからねえ。


「仮説はあるがな。確証がない」

「だから私たちにできることも、今のところそんなにないんだよね。君が勇者の記憶だけじゃなくて、魔王の記憶も思い出してくれるなら確実なんだけど……」

「さすがに難しいよねえ。おれもたまにジギタリスの状態を確認してるけど、魔王はあれからすっかり落ち着いちゃって、出てくる気配もないんだ」


 アスモがここに研究室を構えているのは、オレを定期的に確認するためってのもある。魂の専門家が見てくれてるし、夜はイーラガッタがいる。

 それによるとオレの状態はかなり安定しているらしい。


「だから」ユランがお茶をすすってから憮然とため息を漏らし。「近々反乱分子たちのアジトと思わしき場所を襲撃する予定だ。悪魔召喚だけでなく余罪も多くある。これを機に掃討するのも悪くない」

「それ、オレに言っていいのかよ……」

「構わん。どうせお前はここから出ないだろうし、どこを襲撃するのかも知らんだろ」

「そりゃそうだけどよ……」


 確かに聖獣と悪魔の監視をすり抜けるのはかなり難しい。こいつらがここで話し合いをしているのは、イーラガッタへの報告という意味もあるが、安全だからという側面もある。

 悪魔が跋扈しているのなら、どこから情報が漏れるのかわかったものじゃない。そりゃ聖獣と悪魔の二人が作った結界なら、監視も盗聴も至難の業だろうとも。


「でもさ、この騒動で君らの地位も上がったでしょ。おれのおかげでね!」

「ここぞとばかりに誇るな。殺すぞ」

「ふふっ、まあアスモは悪魔対策に結界の改善や、魔法陣の解析とかで貢献してくれてるしね。おかげで魔法部の人々から私たちの評判は悪くないんだ」

「それがスウェンガル様の功績にもなってるしな。先の事件と相まって第二王子派がおとなしくて助かる。これ以上わめくようなら首を飛ばしているところだ」

 

 なんでも平民上がりで後ろ盾の弱いタラタネラが近衛隊長を続けていられるのも、そういう恩恵があったからだそうだ。スウェンガルが擁護してくれたってのもあるが、話を聞く限りなんだかんだうまくやっているみたいだな。


 そうやってケーキのお代わりまで平らげていると、部屋のドアが開いて赤い巨体が入ってきた。


「ただいま、みんな。今日はまた勢ぞろいで。何か報告でもあるのだろうか?」


 雄々しい体躯をゆったりとした法衣で覆う龍は、角の取れた笑みを浮かべて当然のようにオレの隣に座る。そんな仕草も見慣れたもので、タラタネラは顔色一つ変えずにティーセットを前に並べていた。


 そして、オレが今聞いたばかりの情報を再度確認し終わると、カップを置いたイーラガッタは口元をハンカチでぬぐってから話し出す。


「……なるほど、反乱分子への襲撃か。神殿は対悪魔への支援が主だ。悪魔がいるという確証がなければ、手を貸すのは難しいだろう」

「わかっている。そちらに関しては俺の部隊だけで行う予定だ。悪魔との戦闘があれば、アスモを通して知らせる。だから、兵の準備だけはしておいてくれ」

「そういうことなら。……しかし、悪魔召喚を広める目的か。神殿としての見解はこの地上に悪魔の軍勢を作るためと言うことになっているね」

「なら、お前自身の見解は?」

「私は……呼び水だと思っている」

「魔王のか?」

「そう。悪魔が増えるほど彼は傭兵としての仕事が増える。だから悪魔召喚の方法を広めることで、ジギタリスを危険にさらし、魔王の力に頼るように仕向けている。そうして表在化を何度も繰り返すことで、魂の支配権を得ようとしているんじゃないかと」

「なるほど、一理ある」

「今はまだ限定的にしか表に出れないようだから、その短い時間で出来ることとして、召喚方法の流布を選んだ。と私は考えているよ」

「きっかけさえ作れば後は勝手に広まるからな。今みたいに」


 そんでオレはその意図に気づかずに、魔王の力に頼って傭兵生活をしてたってわけだ。

 まったく、狡猾すぎて嫌になる。

 だから傭兵家業は廃止して、こうして安穏とした生活を送っている。そして白いオーラを制御できるようにすることが、呪いの進行を防ぐ方法なんじゃないか。っていうのがアスモの見立てだ。


 その後もいくつか確認事項と情報共有を済ませ、ユランは帰ると一言つぶやいて立ち上がる。


「タラタネラは残るんだろう?」

「そうだね、今日は私の当番だから。もし疲労しているようなら明日の当番を代わるなり、悪魔討伐の代行もするから、気兼ねなく相談するんだよ。君は真面目過ぎて背負い込む癖があるし……」

「問題ない。それに、アスモに回復の魔法をもらっている。徐々に悪魔召喚は公然の秘密になってきている。早く解決しなければならないんだ」

「でもおれも心配だよ。マスターの片翼を落とすだけでも悪魔にとっては収穫なんだからさ、無理はしないでよ」

「自分の稼働限界くらい把握している。もういいから、とっとと部屋まで送れ」

「はーい……」


 黒虎とリカオンの心配をよそに、金の犬は毅然としたまま転移していく。多少の疲労なんて全くうかがえない、鉄面皮みてえな騎士だな。だてに鉄壁で潔癖と言われているわけじゃないってことか。

 にしても、やっぱりこいつら仲いいよな。まだ慣れねえわ。悪魔と人がこんなに距離が近いなんて。

 アスモにとっては死後の魂が確約されてるんだから、死んでくれた方がいいだろうに。あの心配は演技とは思えねえ……っていうかあいつは演技とか死ぬほど苦手だろうし、本心なんだろうな。


「さて」ユランを見送った龍が。「私たちもそろそろ戻ろうか。タラタネラが泊っていくなら、食事の注文もしなければね」

「ありがとう、手間をかけるね」

「ふふっ、それはこの美味しいケーキで相殺ということにしておこうか」


 ここが非公式の場ということもあって、タラタネラも砕けた口調だ。イーラガッタも肩の荷が下りてからずっと一人称を私にしたままだし、おかげで部屋の空気がほんわかしている。

 そして、そんな空気など全く意に返さず突撃をかます悪魔が一人。


「……で、さ。今日はユランもいないし、4Pとかどう?」

「どう……と言われてもだね……」

「おれは日給としてタラタネラの精液が欲しい。イーラガッタは魂を作るためにジギタリスの精液が欲しい。これって利害が一致してない?」


 脳内ピンクの悪魔はことあるごとにオレと聖獣を味見しようと狙ってくる。んで、こういう時は普段常識人のタラタネラは全く役に立たない。赤らんだ顔で目を泳がせているところから、完全に期待しているのがわかるくらいだ。

 ここしばらくの付き合いで、あのリカオンがスケベの塊だっていうのに納得している。なんでこれで本人だけが清純だと思えてるのか、謎すぎるだろ。傭兵だったら金持ちの性奴隷コース一直線だったな。


「……だが、私はジギタリスとそういうことをしているわけではないし、それに……四人はさすがにふしだらではないかな?」


 聖獣の至極真っ当な意見。だが当然悪魔には通じない。


「え、なんで? 気持ちいい方が精液も多く出るし、その方が魂も早くできるよ」


 こっちもこっちでど正論。効率で考えると気持ちよさを追求したほうがいいっていうのは、まあ正論だ。


「タラタネラも、たまには違うエッチがしたいよね?」

「私に振るのかい?! そ、そうだね……でもこういうのは全員の同意が必要だからさ。もちろん、全員がいいというのなら、私もやぶさかではないけど……」


 スケベの塊がフェロモン出しながら誘ってやがる……。なんで騎士服越しにこんな色気を出せるんだよ。そのでかい胸のせいか?!

 男色はたしなむ程度だったオレでも効くほどの魅力だ。その筋の所に行けば、最高娼夫になれただろうな。


 ……正直、この胸とやりたい気持ちはある。男なんて性別関係なくおっぱいが弱点に決まってるんだよ!


 ユランがいれば一刀両断して終わった話だが、今が好機と悪魔は狡猾に詰め寄っている。

 悪魔の狡猾さってこういうのじゃねえとは思うけど、それぞれがちょっと期待しているのは間違いない。少なくとも、オレとタラタネラはな。


「私は遠慮するよ。ジギタリスがいいのなら、三人で楽しむといい」

「ええー、息抜きにもいいと思うんだけどなあ。イーラガッタは最近頑張りすぎだと思うよ」

「気を使ってくれたのは分かっているよ。君は悪魔とは思えないほど優しいね。でも、これは私の贖罪だから。私が解決しなければならないことなのだよ」


 この龍は絶対オレの魂を愛しているはずなのに、行為は頑なに拒んでいる。そこにどんな誓いがあるのかは知らないが、少なくとも、オレと勇者を別人に見ようとしてくれているのがわかるから悪い気はしない。

 

「私は食事の注文をしなければならないから、お先に失礼するよ。食堂を整えておくから、少ししてから来るといい」


 ふんわりと笑ったまま、龍はそそくさと部屋を後にする。本邸にいるお抱えの料理人に指示して、それを運ぶ魔法陣の起動に食堂の整理など、やることがあるのは分かる。

 だけどその後ろ姿に、どうしても影を感じずにはいられない。肩の荷が下りたからこそ、あの龍は自分の罪と向かい合っているのだろう。


「行っちゃったねえ……。ユランもイーラガッタも、人のために頑張りすぎだよ」

「そこが彼らの良いところではあるんだろうけど、やっぱり心配だね……」

「鉄壁で潔癖な騎士様に聖獣だ。人のために働くのが骨身にしみてるんだろうよ」


 でも、オレから言わせれば、この二人だって十分お人好しだ。孤児育ちで傭兵なんてやってるオレからすると、眩しすぎるくらいに。

 聞いた話、アスモはこの性格で魔界に馴染めていなかったみてえだ。そりゃこんな性根じゃ狡猾な悪魔とはとてもじゃないけど言えねえ。ここに来て騎士二人と会うまで、友人らしい悪魔もいなかったらしいしな。

 そして、タラタネラは言うに及ばず、平民のくせに近衛隊長まで昇進した天才。妬み嫉みのいい的だろうなってことくらい、想像に難くない。アスモが来るまでは、友人と呼べるのはユランくらいだったそうだ。


 なのに、お人好しなんだよなあ。自分の事だけ考えてればいいのに、とは正直思う。そうすればこの二人もそこまで生きづらくなかっただろうに。


 あーあ、オレより強くて地位もあって人格者って、まじで何なんだよ。

 明日からもっとトレーニングするか。鍛えないとやってられねえ。

 正直今の環境って、最高の騎士と悪魔に聖獣と、相手に事欠かないから訓練するにはうってつけなんだよな。ここに来たいきさつを思い出すたびに無力感にイラつくので、少しは強くなっておきたいもんだ。


 それに、オレには強くなりたい理由もある。


「おい、アスモ」

「ん、なに?」

「オレがオーラをもっと扱えるようになれば、本当に勇者の記憶を蘇らせることができるんだよな?」

「うん、オーラや魔力を鍛えることは魂を鍛えるのと同義だからね。そういう魂は輪廻転生しても記憶が残っていることがあるんだ。君が勇者の記憶に引っ張られるのもそのためだよ。勇者の魂なんて人類の極致みたいなものだし、絶対記憶は残ってるはずさ」

「だからオレがもっと強くなって魂を鍛えれば、そこから記憶を引っ張ってこれる」

「そういうこと。タラタネラたちが来た時のために理論は固めてるから、おれに任せてよ。狙った記憶へのアプローチができるように研究中だから実験みたいになっちゃうけど……勇者の魂なら願ってもないよ」

「うーん。イーラガッタに知られたら怒られそうだね……」


 タラタネラが困ったように首をかしげるが、オレが決めたことだ。聖獣には内緒で、アスモの実験を受け入れる。ばれたら絶対止められるのが目に見えているからな。

 オレの魂は勇者だけじゃなく、魔王の記憶も眠っている。双方の情報を手に入れられるなら、絶対役に立つだろう。進行を止める手段だって持っているかもしれねえんだ。やらない理由はない。

 この悪魔召喚騒ぎがオレのせいだってのに、何もしないのはさすがに寝ざめが悪いしな。


 それに、オレのためにも、勇者の記憶は何としても見たいんだ。


「本当ならどんな魂にでもできると思うんだけど、大事を取ってある程度強度があったほうが安全なんだ。さすがにおれだってジギタリスを使い捨てるつもりもないし」

「わかってる。それじゃあタラタネラ、飯の前に軽く手合わせしてくれるか?」

「いいよ。君はやる気があるから教えがいがあるよ。近衛の部下たちも、少し見習ってほしいね」


 なんて言うけど、この天才に何度も挑むオレの方がおかしいと思うから、そう言わないでやってくれ。ここに来る前のオレだったら早々に諦めてたぞ。


「じゃあおれも見学しようかな。負けた方がウケね」

「それじゃあ罰ゲームにならなくないかい?」

「3Pは確定なのかよ……」


 しかもしれっとスケベを発揮してるぞこのリカオン。真顔で言うなよ。

 はあ、ここにいたら男色専門になりそうだな。

 

 とにかく、オレの当面の目標は魂を鍛えて記憶を引きずり出すこと。それでいろんな問題が解決する可能性を高める。

 暇すぎるしここを出れないしで、オレにできることなんてそんくらいなんだ。

 やれるだけやってみるさ。


****


「くそっ、やりすぎた……」


 がらんとした薄暗いを廊下を歩きながら、一人ごちる。誰もいない屋敷ではつぶやきがむなしく反響するだけだった。

 結局タラタネラとの手合わせはオレのぼろ負けで終わった。

 それから二人にベッドの上でもみくちゃにされ、恥ずかしいくらいに射精しちまった。

 あのキス魔ども、ずーっといちゃいちゃしてくんだよな。かわるがわる、なんだったら二人同時にオレの口を舐めてきやがる。それが行為中ずっと続くんだ、娼館で女買ったでさえあんなにくっつかねえよ。

 そのくせ精力も有り余ってるようで、夜が長すぎる。オレも精力が強い方だから付き合えるが、あんなの味わってたら性癖ぶっ壊れるだろ。アスモも思ったより胸がでかくて、揉み心地いいんだよなあ。あと乳首がでかすぎる。

 二人ともいい雄すぎるから、どれだけでも出せちまいそうになる。雄の汗と香水が混ざったものをいい匂いだと感じ始めてるのは正直やばいと思うが、あのスケベに逆らえるわけがねえ。もう男色がメインになってる気がするわ。


 そんで三人で寝落ちかましてたら、オレだけ目が覚めちまった。前も後ろもドロドロだったから、備え付けてあった風呂に入って自室に帰るところだ。

 さすがに自室で寝る。身ぎれいにしたらあのベッドは使えねえ。汗とザーメンと潮やらでぐちゃぐちゃだからな。あと匂いがやばすぎて、あの部屋にいたら勃起が治まらなさそうだ。


「……ん?」


 窓の外にたたずむ赤がオレの目を引いた。外がどれだけ夜を深めても、あの鱗はいつだって鮮明だ。


 イーラガッタは考え込みながら噴水に広がる波紋を見つめている。荘厳な法衣ではなくゆったりとした部屋着ということもあって、いつもより憂いが強い気がした。

 だから放っておけなくて、オレも庭に出て月明りの下へと歩き出す。


「……ジギタリスか。こんな夜更けにどうしたんだい?」

「別に、ただあんたが考え込んでたみたいだからな。話し相手にどうかと思ってさ」

「そうだったのか、ありがとう」


 並んで同じ視点を得ても、水面に映るオレらが揺れているだけ。自分を見つめ直して、聖獣は何を考え込んでいたのだろうか。


「んで、どうしたんだよ」

「考えても詮無きことではあるのだが、たまに思い出すのだよ。私が殺した生まれ変わりたちのことを」

「そうか……」

「私は神より遣わされし聖獣であり、悪魔による被害を排し、最大幸福の追求を使命としている。この手からこぼれる命さえ惜しむのに、自分で潰すのは重みが違う」


 そうするしかなかったとはいえ、イーラガッタはずっと悔やんでいる。その言葉には、隠しきれない憂いがあった。


「正直、アレンダートの生まれ変わりを殺していくと決めた時、ここまで辛いとは思わなかったのだ。魂が輪廻転生するのなら、肉体が壊れたところで問題ないだろう。当時の私はそんなことすら考えていた」

「そりゃ……聖獣様らしい意見だな」

「そうだね、私は人らしくなってしまったのだろう。ここで暮らしていくうちに……いや、はっきり言ってしまうと、アレンダートに恋をした時点で私は天の視座を失っていたんだ。いくら魂が同じでも、彼らは別人なのだと、そう思うようになると……途端に辛くなっていった」

「……人として見るようになったから、か」

「魂は神の物であり、肉体を壊したところで天へと返すだけに他ならない。そう思っていたはずなのに、私の前に現れる『君』はすべて違っていて、だけど全員がアレンダートの面影を持っている。そして私は『君』の息の根を止めなければならない。何度も何度も何度も『君』の骸を前にして……自分のしている行為は殺人なのだと、そう思うようになっていた」


 人に寄り添いすぎた聖獣は魂を天に返すという建前さえ失い、ただ愛する魂を殺すという認識になってしまった。その苦痛が心に降り積もって、初対面のようにちぐはぐな態度をとるようになっていた。


 噴水の縁を握るイーラガッタの声は震えていて、罪悪感が晴れていないことを思わせる。そもそも晴れるわけがねえんだ。誰もこいつを許せねえ。本人ですら許してねえんだからさ。

 そしてオレにできることは多くない。龍の手に重ねて、いたわるように撫でるくらいだ。


「それでも、オレは許すって言っただろ。例え殺されても、それは変わらねえ」


 自分でも驚くほど、言葉がさっと出てきた。こいつになら殺されても文句言わねえ。オレの中にこんな慈悲深い部分があったことに我ながら驚くばかりだ。

 それだけこいつのことが好きなんだろうな。勇者と両想いだったのかは知らねえけど、この調子だと多分そうなんじゃねえかな。普段のオレなら絶対言わねえし。


 この感情がオレのものじゃないとしても、今はどうでもいい。こいつが辛そうだとオレも辛いんだ。勘弁してくれよ。


「そなた……本気で言っているのか?」

「まあな。だからオレに関しては心を痛ませなくていいぜ」

「ありがとう。君は一見するとぶっきらぼうに見えるが、その実とてもやさしいのだね」

「はんっ、雇い主に媚び売ってるだけだよ。おねだりする時とかには融通を効かせてくれよ」

「ふふっ、素直じゃないのは君の特性だね」


 髭に包まれた顔がふわりと笑うと、胸が熱くなる。偏屈な自覚はあるものだからやっぱり素直に受け取れなくて、視線をそらして口を曲げた。

 だけど、こいつの顔を覆う憂いを少しでもはがせたなら、よしってことにするさ。


「どうせオレが死んだところで悲しむ奴なんていねえんだ。お前も気にするなってだけだ」

「そんなことはあるまい。人はだれしも縁の中で生きている。私と君がそうであるように」

「悪縁も縁といえばそうだしな。切りたい縁ばかりの人生だぜ……」

「なら、私に語ってごらん。頼りない聖獣だが、君の心に立ち込める暗雲を晴らす手伝いをさせてほしい」


 どこまでも優しくて、やわらかい表情がオレだけに向けられている。こんなにも大きな体だというのに、月明りが威圧感を溶かしてしまったようだ。イーラガッタは金のたてがみを淡く光らせ、すべてを包み込むような包容力があった。

 

「思えば、私は君のことをよく知らないのだ。聞かせてくれないかい、君の話を」

「聞いてて面白い話じゃねえよ」

「構わないよ、君が許すなら」

「別にいいけどよ……本当に面白くはねえぞ」


 オレは生まれた時から親はいなくて、ずっと路地裏で暮らしてた。

 生きるためにそりゃ何でもやったさ。聖獣様に聞かせられないこともな。いくら治安のいい国でも小さいガキが生きていくには過酷すぎる。

 仲間みたいにつるんでた奴も、いつの間にかいなくなることがしょっちゅうあった。死んだのか売られたのか、ともあれオレにとって誰かと親睦を深めるっていう経験は多くねえ。

 ……まあ、イーラガッタのことを許すって言えたのも、こういう身の上から来てるんだろうな。オレは人のことを言えた義理じゃねえんだ。生きるために、誰かのために、殺しちまったもんはしょうがねえよな。……ユランとかには絶対言えねけどさ。


 体は元からでかかったし腕っぷしもあったから、傭兵になろうと思うのに時間はかからなかった。結局傭兵になって金を稼いだからって、仲のいい奴ができたりはしなかった。いつ死ぬかわからねえ仕事だから、表面上の会話だけがほとんどだった。

 ……今にして思うと、路地裏で友達だと思ってた奴と何度も別れたことが原因なんだろうな。我がごとながら、そりゃ偏屈にもなるわ。親しい友人なんてできたためしがねえ。


 そこから何度も死にそうになったし、何度も体を売って今があるわけだ。

 

「そんなことが……よく今まで生きていてくれたね。君が生きてくれて、私は嬉しい」

「んなこと言われたの、さすがに初めてだな……」


 昔からオレに浴びせられてきたのは軽蔑と憐憫がほとんどだった。身なりの悪い孤児だった時も、薄汚い傭兵だった時も。傭兵として名をあげるようになってようやく尊敬が混ざったが、それだって仲間内だけの微々たるものだ。

 だからオレはそういった感情を向けられるのが死ぬほど嫌いだ。哀れみはオレを救わねえし、やってる本人の自己満足に使われてるだけに思っちまうからな。

 強くなったのは生きるためでもあるが、それらの感情を拒否するためでもあった。誰も、オレを馬鹿にさせねえし、憐れませねえ。そう思ってたのにな。


 だけど、イーラガッタがオレに向けるのはそのどれでもない、温かい喜びだ。哀れみなどに拒否感を示すオレが素直に受け取れるほど、龍の言葉は感極まっていた。


「お前にとっちゃ、自分で殺さなくちゃいけない相手だろうに……」

「それでも、だよ。それでも私は君が生きてくれたことを嬉しく思う。ジギタリス、そなたは優しい人だ。ふふ、前までは勇者の魂だからと納得していたのに、今は君がアレンダートの魂を持ってくれてよかったと考えるようになった。これも、私が人らしくなったせいだろうね」


 やめろよ。そういうことを言われると期待しちまう。

 魂ではなくオレに向けて言っているのだとわかるから、駄目な勘違いをしそうになる。

 こいつが好きなのはアレンダートで、オレの感情は魂から来てるだけのまやかしだ。それをはき違えると、痛い目を見る。


 でも、このくらいはいいよな。重なった手を握って引っ張ると、聖獣はされるがままにしてくれる。普通だったら動かせないような巨躯が近づいて、オレは手を広げた。

 そのまま盛り上がった体躯を抱きしめると、優しくも力強い心音が響く。聖獣がでかすぎて胸くらいまでしか顔が届いていないが、だからこそ鼓動が心地よかった。


「ジギタリス……」


 硬い体に茂った体毛はやわらかく、夜だというのに太陽の匂いがする。だけどそこに混じる雄としての色香が、癒しだけではない安心感を補強していた。

 老化とは無縁な聖獣は見た目こそ壮年の雰囲気を醸しているが、体は美しく若々しいままだ。鱗の艶も衰えることを知らないようで、月の輪郭が赤い空に浮かんでいた。


 抱き返す聖獣が何を考えているのかはわからねえ。こんな月夜の庭先で抱き合う意味をこいつが知らないわけはないだろう。だけど、それでも龍は大きな手を背中に回してくれる。


「お風呂に入ったばかりなのだね。……このまま致すのかい?」

「そうじゃねえよ。別に……」


 そうだよな、こいつにとってオレの精液は必須だ。求められれば体を差し出すと、そう言っていた。それだけの感情しかない。何期待してんだろうな、オレは。

 

 急にむなしくなったから離れようとしても、イーラガッタは腕を解かなかった。後ろ頭の毛皮を手櫛ですきながら撫でてきて、大事に大事にしてくれる。

 こんなことされたことねえから、全身がむずむずする。小さな時だって、こんな温かさに触れたことはなかった。


 でも、この暖かさはオレのものじゃねえ。溺れちまったら戻れなくなる。


「んで、オレのことはいいんだ、お前の悩み事はもういいのかよ」

「そうだね。君に話したら少し気が楽になったよ。ありがとう」

「そいつはよかった。じゃあオレはもう帰るぞ」

「すまないね、不甲斐ない聖獣で。私は何もできていない。君の精液を絞るとあれだけ息巻いていたのに、結局アスモたちに任せっきりだ」

「そこは人それぞれ……いやどっちも人じゃねえけど、得意不得意があるのなら分担すりゃいいだけの話だろ。それとも、オレとやりたいってのかよ」

「君が……許してくれるなら……」

 

 まじかよ、なんて言葉が喉元まで出かかったが、何とか抑え込んだ。

 恥ずかしそうにしているが、引き締まった口元には確かな決意がある。心音が強さを増して、自分のものだって勘違いしちまいそうだ。だって、オレも緊張しちまってる。龍の腕に抱かれて性行為を打診されたことで、枯れたと思ってた興奮が好機とばかりに熱を帯びていく。


「この体に君が欲情してくれるかはわからない。そもそも、私はこういう経験がなくてね。君の求める行為ができるとは思えないのだ」

「は、初めてってことか……?」


 衝撃の事実に舌が乾いている。勇者とはプラトニックだったのか?

 相手が聖獣となれば十分あり得そうだ。人らしくなったのも最近のことらしいし。


「だから私に教えてくれないか? 君が好きなことを、したいことを、私の体にすべてを」


 覚悟が決まっている聖獣とは対照的に、オレはへたれている。別にこれが娼館とかだったら普通に抱けるが、わけが違うだろ。

 やっぱりこの感情がオレの物かどうかわからないっていうのが一番でかい。そんなの気にせず据え膳を食えばいいだろって思う部分もあるが、真剣にオレのことを考えてくれているイーラガッタに対して不誠実な気がしてなあ。


「わかった、だけどちょっとだけ待ってくれねえか。今日はその、アスモたちとやりすぎちまったし……」

「いいんだ。君の好きなタイミングで、私を誘ってくれ。私は君を待つよ」


 好きになったからこそ、誠実にいきたい。それはそれとして、めちゃくちゃ抱きたい。

 理性と本能のせめぎあいはオレの股間で激しく火花を散らし、危うく勃起しそうだったからそそくさと帰ることにした。イーラガッタも最初よりは晴れやかな顔をしているし、目的は達してる。


 別れの挨拶を投げて部屋に戻る間も、オレはずっと悩んでいた。


 勇者だったらこういう時、どうするんだろうな……。


****


 最高の騎士の一人、ユランデータが負傷したという知らせが届いたのは、前に顔を見てからすぐの事だった。


「不覚を取った」


 イーラガッタの屋敷で療養している金色の犬は、包帯で片腕を固定している。医者によれば、しばらくは両手で剣を握れないそうだ。

 それでもすました顔を崩さないのは大したものだが、少し動くだけで鉄面皮が苦痛に歪むところを見るに、相当傷は深いらしい。


「まさか悪魔があそこまで待ち構えているとは思わなかった。死傷者が出なかっただけで幸いか。神殿の兵が早めに来てくれたおかげだ」

「アスモが急いで知らせてくれたからね。間に合ってよかったよ。それにしても、よく一人であの場をもたせたものだ……八面六臂の大活躍だと、神殿でも話題になっていた」


 複数の悪魔を相手取り、誰も死なせないように活躍してたらしい。化け物が過ぎるだろ。人という規格に納まる存在じゃねえよ。

 その話は市井にも伝わっているようで、返り血で濡れたユランを前に悪魔どもが戦々恐々していたという逸話すら生まれてるらしい。


「あれを見れば、悪魔だろうと恐れるに違いないとも。あそこまで悪魔と戦える騎士がいたとは、勇者がいた時代に欲しかった人材だよ」

「聖獣から貰える最高の誉め言葉だな。怪我をしたかいがあった」

「よくないよ!」絶えず治癒魔法をかけているアスモは涙声だ。「なんであんなに悪魔がいるのか意味不明なんだけど! でも、おれがもっと早く気づいていれば、ユランは怪我しなかったのに……」

「ふんっ。自惚れるな。お前が何をしても結果は変わらなかっただろう。これは俺の失態だ。お前が責任を感じることはない」


 す、素直じゃねえ……。タラタネラも苦笑してるし、これがこいつのいつも通りなんだよな。コミュ障が過ぎるだろ。


「今日は俺の怪我を見せびらかしに来たわけじゃない。報告に来たんだ。イーラガッタも見たが、事態は俺らの想像を超えているかもしれん」

「……うん、私は王宮で報告を受け取ったんだけど、それが本当ならかなりまずいかもね」


 どうやらオレ以外は事情を把握している――そもそも現場にいたんだから当然なんだが、それがまずい事態になっているらしい。

 不愛想と殺気の塊みたいなユランだが、意外と気が利く男なので説明を欠かさない。


「悪魔が多いとは言ったが、実態は少し異なっていてな。悪魔しかいなかったんだ」

「罠にかけられたってことか? 悪魔を配置して、反乱分子たちは逃げ出した後だったとか」

「そうじゃない。反乱分子たちが悪魔だったんだ」

「……はあ?」


 深刻そうな顔で言われてもいまいちぴんと来ない。悪魔なんて害悪みたいなもんだし、たむろったら国家転覆ぐらい図りそうなもんだが。


「もっとわかりやすく言えば、人が悪魔になった、だな。彼らは全員身元もしっかりしていて、生まれも確認できている。人としての生活を送っていた歴史がある」

「……あっ! つまり……成り代わりってことか?」

「そういうことだ」


 生者に成り代わって何食わぬ顔で人として暮らし、水面下で反乱分子として活動している。隣人が悪魔である可能性を考えると、ぞっと背筋に寒気が走った。


「しかも、組織のがさ入れの結果、そいつらは悪魔召喚を行っていた形跡がある」

「はぁ?! 悪魔が悪魔を召喚したってことか?! いたちごっこじゃねえか!」

「人がいたに違いないと、軍部では結論付けているが……俺はそう思わない。おそらく悪魔たちは組織的にこちらに召喚されている」

「な、なんでそんなことに……?」

「でも」アスモが震えながら。「そんなことありえないんだよ……!」


 ぐっと涙声をこらえながら、アスモが目頭をぬぐう。悪魔らしい角と羽を持っているくせに、献身的に金色に寄り添う姿は天使のようだ。


「普通に考えて悪魔が悪魔を召喚するメリットって少ないんだ。どうしてもこなせない取引を完遂する時とかだとたまにあるけど、対価が膨らみすぎるから。どんな価値あるものを持っていたとしても、魂は一つしかないんだ。聖獣やユランたちならいざ知らず、普通の人の魂のために、悪魔はここまでしないよ」

「じゃあすごい魂を持ったやつが黒幕にいるんじゃねえのか?」

「聖獣以上の魂なんて、この世界に存在しない。そして、聖獣の魂一つのために、あんなたくさんの悪魔が来るとしたら、人に成りすます意味が分からない。数を呼んで手っ取り早く直接神殿を襲えばいいのに、準備期間だとしてもさすがに婉曲的じゃないかな」

「仮に大悪魔の一人が裏で手を引いていたとしよう。そいつは配下をこちらに送り込み、悪魔に人の生活をさせながら私の魂を狙っている。だとすればやはり、まどろっこしい手だと評価せざるを得ないね」

「暗殺とかか?」

「ふふっ、心配してくれてありがたいが、これでも長きを生きる聖獣だ。身を守る結界は常時展開しているし、神殿自体が悪魔と戦う砦として機能する。この屋敷の結界を見てわかる通り、悪魔は私の近くにまず寄ってこれないのだよ」


 移動手段が大体転移魔法だからな。確かにこれじゃあ隙も無いか。悪魔が悪魔を召喚できるならとっとと大軍を呼べばいいだけの話だしな。


「一応その可能性を考えて、アスモと私で軍と神殿に勤める人員の確認を行ったが、問題はなかった。成り代わりは市井を中心に行われていると考えられる」

「じゃあまじで何のためにこんなことしてんだよ……」

「それがわからないから、頭を悩ませているんだ……」


 悪魔たちの意図がわかんねえな。オレがうなったところで答えが出るわけもなく、ただ沈鬱とした時間だけが過ぎていった。

 ただ、一番重症なユランの顔は普段通りに仏頂面だ。こいつは嘆く暇があるのなら考える鉄人で、職務の遂行に余念がないからな。


「それに、あそこは国家転覆を目論む反乱分子のアジトだった。神殿や聖獣は関係ないと見るべきだ。となると……アスモ、悪魔が単独で国家転覆を狙うと思うか?」

「魂目当てじゃなくって、国そのものが目当てってこと?! うーん、魔界だけじゃなくてこっちの世界でも勢力を伸ばそうってことなのかな。そう考えるとないことはないかも……」

「魔王がいた時はそうだったんだろう?」


 そこでオレらはようやく、ユランが何を言いたいのか気が付いた。

 全員の視線がオレに向けられているのがわかる。居心地の悪さは罪悪感を刺激するが、何も言えることがないから黙るしかなかった。


 そんなオレをかばうように、イーラガッタはすぐさま発言することで視線を集めた。堂々とした態度だが、第一声はどこか否定を求める儚さがあった。


「そうだ、確かに魔王がいたころはこの世界に侵略の手を伸ばしていた。だが、もう魔王はいない。例えジギタリスが召喚したとして、現代の悪魔たちが支配を受けいれるとは思えない」

「だねえ。元魔王って言っても、魔界に配下がいるわけじゃないし……呼び出して対価もなしに従わせるのは無理があるよ。魔王の話って、おれが暮らしてた時にもどちらかというとおとぎ話よりで、信奉してるのはお歳を召した悪魔ばかりだった……よ……」


 そこで何かに気が付いたのか、アスモは顔色を変えた。


「長生きした悪魔って、それだけですごいんだよね。魔界は弱肉強食だから。今でも魔王を信奉してる悪魔って、その大体が大悪魔になってるかも……」

「つまり、配下が大勢いる悪魔ってことだな」

「う、うん……もしも、もしもだよ。魔王が最初に召喚した悪魔が、その大悪魔だったら……」

「魔界の配下を呼び寄せることができるな」

「でもさあ……だったらこの悪魔召喚の方法を広める意味ってないからさ。あんまり関係ないかも……」


 そうだよね、と救いを求めるようにあたりを見渡すアスモだが、同意は返ってこない。それどころか、タラタネラは真面目な顔つきのまま、諭すように否定した。


「悪魔召喚を広めたのは、カモフラージュだったんだね。悪魔が悪魔を呼ぶという事態から目を背けさせるために、市井で召喚を流行らせた。そうすれば、悪魔が増えても召喚が流行ったせいだと誤認させられるから」

「や、やっぱりそうなる、よね……」

「残念だけどね。だからユランがアジトの強襲に踏み切ったのは、彼らにとって想定外の事態だったはずだよ。おかげで悪魔による召喚がばれてしまったんだから」

「ふん、なら怪我までしたかいがあったな」

「出来れば怪我はしないでほしかったなあ!」


 アスモが悲痛な声で叫ぶが、ユランはどこ吹く風だ。命さえあれば問題ないと言わんばかりだ。騎士として、というか生き物としての覚悟が決まりすぎてる。


「なら次の問題は、魔王は誰を呼んだのか、だ」

「ま、待ってくれ」龍がとっさに声を荒げる。「魔王が大悪魔を呼び、その配下をこの国に招き入れて支配権を奪おうとしている。悪魔召喚方法の配布はその隠れ蓑だった。確かに瑕疵が無いように聞こえるが、まだ何も証拠があるわけじゃなかろう?!」


 イーラガッタは普段の余裕をかなぐり捨てて、たてがみを振っている。動揺に揺れる瞳は信じたくないという感情に満ちていて、掌を握っては開いてを繰り返していた。


「それをするためには、魔王は魔界にいる大悪魔を把握していなければならない! そして、召喚の流布を隠れ蓑に使うなどという発想を共有するために、何度も話し合ったはずだ! そんな時間が……魔王にあるとは思えんっ!」


 ああ、そういうことか。こいつが何を懸念しているのかわかった気がする。

 この話のまま進めば、魔王はかなりの自我を取り戻していることになる上に、自由時間を聖獣の想定以上持っていたことになる。

 もしこれが真実なら、オレの汚染が進行していることを示している。つまり、勇者の魂が完成するまでの時間が足りない可能性が高まるのだ。


 それはようやく安寧を得た聖獣にとって、もっとも恐ろしい事態へと逆戻りするということ。魂の再構築という方法が使えないのなら、やっと殺さずに済んでいたオレを、また延々と殺し続けなければならなくなるのだから。


「今の魔王にそれができるとは思えない! 偶然呼んだ悪魔が大悪魔を呼び、そいつらが勝手にしているだけの可能性だって残っているのだ!」

「そうだな、それも捨てきれない。だから……」


 そうしてユランはオレを見る。有無を言わせない迫力を持って。


「お前の記憶を見せろ。それですべてが明らかになる」

「ど、どういうことだい……?」


 イーラガッタだけは知らないことだと目を白黒させているが、説明を聞いていくにつれてどんどんたてがみが逆立っていく。まあ、怒るとは思っていたさ。


「そんなことを私に内緒で! 魂から記憶を引き出すなど……それにアレンダートだけでなく魔王までの! 万が一記憶に押しつぶされて、人格に何かあったらどうするのだ!」

「オレが頼んだんだ。こいつらは悪くねえ」

「ジギタリス……どうして君が……?」

「……すっきりさせたかったんだよ」


 オレが勇者の生まれ変わりだということを自覚してから、どうにもおかしくなっている。

 前にイーラガッタを抱こうとした時もそうだ。こんな大男なんて趣味じゃなかったのに、ふとしたときに衝動が生まれるんだ。この龍と肌を合わせたいという、原始的で強い衝動が。

 だから、それは全部勇者の記憶のせいで、オレとは関係ないってことが分かれば、ちょっとは楽になれるんじゃねえかなって。納得が理由付けをしてくれれば、気持ちの整理がつけられると思ったんだ。


「だって、おかしいだろ!」気が付くとオレは叫んでいた。「オレは勇者じゃねえのに、お前が……あんな目で見るから……!」


 慈しみを湛えた目で包み込まれると、まるで自分が愛されているように錯覚する。こいつが愛しているのはオレじゃねえって、何度自分に言い聞かせるのも、もうたくさんだ。


 畜生。愛も憐憫もいらねえって思ってたのに。こいつからの情は際限なく欲しいと願っている。整理できない気持ちが膨らんで、あふれて、止められない。

 この感情はオレのじゃねえ! イーラガッタが愛しているのがオレじゃないように、こいつを愛しているのもオレじゃねえ! そうに決まってる!


 心の内を全部暴露するのも、余計にみじめになりそうで。オレは噛みしめた歯で感情をせき止めてから、顔をそらした。


「……なんでもねえ。でも、これはオレが決めたことだ。だから別にいいからな」

「そうか……」


 イーラガッタはうなだれたまま、伸ばそうとした指先だけが所在なさげに固まっている。何を考えているのかは知らねえが、それは表に出ることはない。

 こいつがオレのことをどう思っているのか。聞くのが怖いところはあるけれど、はっきりしてくれるならオレとしても楽でいい。こんな宙ぶらりんな状態なんて、御免だからな。


 だが、なんとも言えない空気を壊したのは、硬い声音だった。


「痴話げんかなら後にしてくれ。今は対策を話し合う時間だ」

「ユランっ! だから君はコミュ障なんだって! 今大事な場面だよ!」

「うん、さすがに今回はアスモが正しいよ。デリケートな問題だから、見守ってあげよう」

「そうだよ、うまくいけば5Pとかいけるかもしれないんだから! おれらで応援しよう!」

「……タラタネラ、今アスモが正しいとかぬかしたか?」

「ごめん、ちょっと訂正させて」

「なんでぇっ!」


 なんか、好き勝手言ってるなあの三人組……。こんな面子と5Pなんてしたら、性癖が確実に終わる気しかしない。もう終わってるか。


「ともあれ、本人の了承が取れてるなら構わんだろ。魔王の記憶を読めれば、ここら辺の疑念は全部解決するんだ。いいだろう、聖獣?」

「……ジギタリスの決意が固いなら、私から言えることはないよ」

「なら決まりだ。俺はこの怪我で前線に復帰するまで時間がかかる。その間、お前のことをみっちり鍛えてやるから覚悟しておけ。オーラをうまく扱えるようになることが、成功の秘訣だそうだからな」


 ……あ、オレ死んだわ。なんか確信が降りてきた。

 あのユランデータ直々に教えをもらえるという貴重な機会だが、絶対死ぬほど確実にスパルタになる未来しか見えない。


「ユランの代わりは、私がしっかり勤めるから安心してほしい」

「おれも頑張るよ! だから絶対無理しないでよ! 治るまで戦闘は禁止だから!」

「……なんて言われてるからな、丁度いいだろ。別に片手が使えない程度、問題にならんだろうに……」

「「絶対だめ!」」


 リカオンと黒虎がなんとか金犬をなだめている側で、赤い龍は思いつめた顔をしたままだ。

 魔王復活の懸念と、オレの感情と、負担が多いんだろうな。


 ……あーくそ。あいつがああいう沈鬱な顔をしているのは見たくねえんだ。

 こんなの勇者の記憶に違いねえってのに。ったく、なんでオレがフォローしねえと駄目なんだ。


 三人衆の馬鹿騒ぎから距離を取って、イーラガッタの拳に手を置いた。固く握りしめすぎて色を失っていた肉から、少しだけ緊張が取れた気がする。


「おい、そんなに思いつめるなよ」

「ああ……心配をかけたかな。大丈夫、私は聖獣だよ。そこまで柔ではないとも」

「別に心配するぐらいいいだろ。オレの勝手だ」

「ふふっ、君は優しいよ。自分は心配されるのが嫌なのにね」

「……だから言っただろ、オレは偏屈なんだって」


 ほどけた拳から、指が絡んでくる。どちらも太く節くれだった男の手だが、動きはもどかしく初々しい。まるで互いを壊れ物かのように扱うのは、遠慮が抜けきらないからだ。

 こういうちょっとした仕草にも、オレの体温は心地よく上がっていく。魂の炉に感情がくべられて、毛皮越しに赤が色付きそうになっていた。


 これ以上はもたないと手を振りほどいた後も、龍は嬉しそうに笑みを浮かべたまま。

 イーラガッタが山のような巨体でよかったとつくづく思う。顔さえ伏せてれば、表情がばれなくて済むんだからな。

 

 ただ、こいつの顔が明るくなったから、オレが恥ずかしくなっただけの価値はあったのだと思う。


****


 それからオレの地獄のような日々が始まった。


「オーラの維持を怠るな。……その程度で終わりか? もっといけるだろ。どうせ血反吐を吐いてもアスモが治してくれるから、死ぬ気でやれ」

「え……あの、いくらおれでも死人は蘇生できないんだけど……魂を別の体に移し替えならまあ……」

「今のは比喩だ。本当は九割死ぬくらいにしろ」

「無茶苦茶言ってない?!」


 死ぬ! まじで死ぬ!

 あれからオレの魂を鍛えるという名目で、基礎訓練だけでなく、オーラの使い方や戦い方まで、最高の騎士であるユランデータから教育を受けている。

 そして、それらすべてが並の拷問よりひっどい。人体の限界を見定める実験って言ってくれた方がまだわかるきつさだ。そりゃあの鋼のような体になるわ。

 模擬戦もやってくれるのだが、片手のくせに一本取れる気がしない。これが複数の悪魔を切り伏せることのできる猛者。聖獣が褒めたたえる最高の騎士かよ。


「し、死ぬ……」


 訓練場にはオレの血と汗と涙が染みこんでいて、今日も今日とて体力を振り絞った後の残りかすみたいな熊が大の字で横たわっていた。

 ここ数日はこんな感じで、時間があっという間だ。オレが普段していた自主トレなんてかすむくらいの強度が、全身に鞭打ってくる。


 ふせって喘いでいるオレを見下ろしながら、ユランは何食わぬ顔だ。

 運動用の軽装になった金の犬は全身の筋肉が分かりやすく、まさしく鉄壁のような分厚さと硬さがうかがえる。胸も尻もでかいけど、タラタネラに比べたら硬そうで色気がない。全身鋼で出来てると言われてもまだ納得できるぞ。

 ただ、股間の盛り上がりが尋常じゃないんだが、本人まったく気にしてねえな。


 ……はあ、こんなことばっかり気にするようになった自分が嫌になるぜ。やっぱアスモたちに絡まれ続けて、性癖が終わってる。


「今日はオーラの維持を重点的に行ったから、明日は筋肉を使う鍛錬をする」

「ま、待って、くれ……休み、とかは……?」

「大丈夫だ、筋肉痛なども考慮してメニューは組んである。毎日しっかり休めば問題ない」

「ないわけ、ねえだろ……」


 人ができる許容限界を超えてるって! そう叫びたかったけど、喉から出たのは荒い呼吸音だけ。死にかけの虫か、オレは。


「うわあ……今日も死に体だね……。部屋までは運んであげるよ」

「いいって、一人で帰れる……」

「意地張らないの。君が同情とか嫌いなのは知ってるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

「うぐぅ……」


 アスモが魔法で持ち上げてくれるが、オレはうめくだけ。黒虎の目には憐憫が濃く、普段なら拒絶でも投げるのだが、そんな余裕があるわけない。


「アスモもやるか? 完全後衛型とはいえ、体力は必要だろ? オーラを鍛えるのは魔力を鍛えるのも同義だ。ちょうどいい鍛錬になるはずだ」

「いや、おれはまだ死にたくないし……研究しないといけないし……っていうかユランも同じ量をやってるはずだよね?」

「いや、俺はジギタリスのメニューより増やしている。初心者と同じメニューだと歯ごたえがないからな。最近は公務ばかりだったんだ、こうした鍛錬の時間を作れるのはありがたい」

「そ、そう……」


 アスモが真面目にドン引きしてる。普段あれだけ仲がいいから、その表情は新鮮だ。

 やばいよな。オレがこんなに死にかけてるのに、それよりも多いメニューこなしてるんだから。

 ちなみに、タラタネラに愚痴るつもりでこの話をしたら、しれっと「あ、ユランにしては優しいね」と言われた。そういえばほんわかスケベだから忘れがちだが、あいつも最高の騎士の片翼だったとオレは痛感した。


 アスモとイーラガッタは引きながら見守ることにしたようで、特に何も言ってこない。

 まあ龍に関してはオレが啖呵きっちまったのもあるし、無様なところは見せられねえよな。


「アスモ、こいつの魂とやらはどれだけ鍛えれば、記憶を読むのに不都合はなくなるんだ?」

「うーん、なにぶん研究段階だから仮説の域を出ないんだけど……今は目に見えるデータとして使用できるよう魂の硬度計を作ってるから、ちょっと待ってほしい」

「わかった、その間にできる限り鍛えておく」

「ごめんね。記憶復活の技法は本来君ら用だったから、他の人に使うことは想定してなかったんだよ。君らの魂なら問題なく使えるからさ」

「いや、お前はよくやっている。お前を見ていると、馬鹿となんとかは本当に紙一重だったんだと痛感するよ」

「それぜーったい褒めてないよね!」

「冗談だ」

「だから君の冗談はへたくそなんだって!」


 などといつも通り姦しいやり取りをしながら風呂場へ。

 オレは完全に息絶える寸前なので、毎回アスモに魔法で洗ってもらっている。悪いが、まじで指先一本たりとも動かせねえ。魂を酷使したせいで疲労感という重りで水中に沈んでいるような気分だ。

 

 せめてもの意地で食事は自分で食ってる。流石にそこまでさせると介護だからな……。

 前は食事の皿に突っ伏した寝落ちかまして、イーラガッタに本気の心配をされたが、今日は何とか乗り切った。


 そして、ベッドまで運んでくれたら選手交代。赤い巨躯が枕元にやってきて、オレの頭を優しく撫でてくれた。


「お疲れ様。今日もよく頑張ったね」

「おー……」


 微笑む聖獣は豪奢な法衣の袖を撫でていない方の手で持ち上げ、オレの顔に当たらないようしてくれている。装飾品の数が多いことから、神殿から帰ってきたばかりなのだろう。

 アジトのがさ入れ以降、悪魔たちの数は目に見えて増えてきているようで、神殿もその対処に追われている。聖獣の加護を求める人らが殺到し、仕事も増えたことでイーラガッタの帰宅も遅い。


 タラタネラはユランの穴を埋めるために連日激務らしく、ここ最近は顔を見ていない。アスモが毎晩向こうに転移して治療しているそうだが、ユラン曰く、どうせ盛ってるらしい。朝帰りのアスモがにっこにこだから、何となくそんな気はしている。怪我を理由に日給の精液も全部タラタネラが払ってるみたいだしな。


「お前も、お疲れ様……悪魔増えてるんだろ。怪我、するなよ……」

「わかっているよ。ただ、どうせ私の魂はアスモのもので、死んだとしても会わせてくれる。だから心配はいらないよ」


 そうだ。こいつはアスモと取引を結んだことで、オレの魂を助けることにしたんだ。

 聖獣の魂はすでに悪魔のもの。そう考えると大変な事態なんだけど、あのアスモだしなあ。悪いことには使わないだろうなという信頼がある。


 だけど、それでもだ、勇者のために自分の魂を犠牲にしたこいつは、後悔なんてしていないのだろうか。アスモとはいえ、どんな目に合うかわからないのに。

 そのことをとぎれとぎれに伝えてみても、返ってきたのは月明りのような微笑みだけだった。


「前も言ったが、私は君を殺さないようにするためなら、何でもできるのだ。たとえそれが自分を犠牲にしたうえで、綱渡りのような行動を通すことになろうとも、後悔なんてしない」

「……そんなに、勇者のことが好きだったのかよ」


 これをつぶやいている時、自分はどんな顔をしているのだろうか。この優しい手も、声も、顔も、全部オレに向けてじゃないなんて、いい加減発狂してしまいそうだ。


 オレを眠らせるために明かりを絞られた部屋に、反射した赤い光が降り注ぐ。イーラガッタはわずかに逡巡したが、口から出たのはためらいのない音だった。


「ああ、そうだよ。私は彼を愛していた」

「……そうかよ」


 寝返りを打つ振りをして、龍の手を振り払う。多分、今はこいつに見せられる顔をしてねえ。


「でも、もういないんだろ」

「それでも、だよ。彼と旅をした時の記憶は、いつまでたっても色あせない」


 我ながらひどいことを言うもんだと内心恥じているが、龍は噛みしめるように思い出に浸っている。布団を頭からかぶりたい気分だ。自分から聞いておいてもう聞きたくないなんて、ガキみてえじゃねえか。

 話題をそらそう。これ以上は耐えられない。


「お前の魂はアスモのものなんだよな。あんまり詳しく聞いてねえけど、いつ魂を取られるんだ?」

「それは……ずっと、ずっと先のことだ。君には関係ないくらい、ずっと……ね」


 あのアスモのことだ、勇者の魂を移植してからの成功報酬にしている可能性もある。そうだったら、確かにオレが死んだあとになるんだろうな。勇者の魂を作るには、何代分もの精液がいるらしいし。


 イーラガッタはきっと、だから心配しなくていいって言いたいんだろう。オレの魂を助けるために悪魔に魂を売ったことを、負い目に感じる必要はないと。


 その優しさが、嫌になる。オレに向けているようで素通りしていく愛情が、空虚な気持ちを抱かせて止まねえ。


「……どうせ今日も、するんだろ」

「ああ、お願いするよ」


 だというのに、これからのことを期待しているオレがいる。

 イーラガッタの指先は緊張にこわばりだして、そっと布団をはいでいく。応えて仰向けになれば、指先は下へ、ズボンの中へ。


 聖獣様が毎晩来てくれるのは、オレを寝かしつけるためだけじゃない。

 こいつはオレの精液を取るために、激務の後でも体に鞭打ってやってくるんだ。


 だけど、どうしても気まずさが抜けない。体は喜んでるくせに、心が着いていってる感じじゃねえんだ。


「悪い……疲れてるからよ」


 もう一回寝返りで拒否を示すと、手はおとなしくどいてくれる。こいつにとって搾精は急務だろうに、オレに配慮してくれていた。


「そうだね。今は魔王の記憶を読むことが優先だ。悪かったよ」

「お前が悪いわけじゃねえよ……」


 罪悪感が胸を締め付ける。いっそのこと開き直って勇者に向けられた愛情を貪ってやろうかと思ったこともあったが、むなしくなって止めた。

 どうすりゃいいのかわからねえ。この感情が本当にオレのものなのかすら自信がないんだ。行動に移せるわけがない。


「おやすみ、ジギタリス」

「おう、おやすみ。毎日来てくれてありがとうな」

「気にしなくていい。私が君の顔を見たいだけなのだ」

「イーラガッタ」


 部屋を出て行こうとした龍の足が止まる。


「いつもありがとうな。オレも……お前の顔が見れて嬉しいよ」

「……ふふ、それはよかった。精については気にしなくていい。君が生きていてくれるだけで、私は嬉しいのだから」


 あの広い背中にのしかかる影を少しでも払えたなら幸いだ。動き出した足取りはどこか軽そうでほっとする。

 それでも布団の中でため息を反響させて、オレは眠りへと落ちていくのだった。


 そうして一日が終わり、朝になると拷問みてえな訓練が待っている。

 不穏な情報は増えているが、オレの周りだけは落ち着いたものだ。みんなオレの中の魔王が起きてこないように、安全策を取っているからな。


 悪魔たちの目的はまだわからない。魔王がいた時のように国家転覆を狙っているのか、はたまた他の目的があるのか。


 それを見極めるために、オレの感情の出所を探るために。もっと頑張らねえと。


****


「それはもう押し倒しちゃえばいいんじゃない?」


 一人で抱えているのもしんどいので、相談した結果がこれだった。

 人選間違えたかもな。


 今日は魂の硬度計が完成したということで、アスモの研究室にいる。ちょうどタラタネラもイーラガッタに相談があるらしくて来ているため、話を聞いてもらえるかなと思ったんだ。

 さすがにユランにこんな話をするほど馬鹿ではない。あいつに恋愛相談とか、人生で最も無駄な行為のひとつだろ。


「殺すぞ……!」

 

 とは本人は殺意をたぎらせているけど、他二人が頷いてるから諦めてくれ。

 だがアスモの意見が何の参考にならないというか、その踏ん切りがついたらこんなに苦労してねえんだわ。


「まあまあ、アスモの言うことにも一理あるんじゃないかな。どんな想いも、口にしないと伝わらないからね」

「それはまあ、そうなんだけどさ」

「でも確かに、自分の感情か分からないっていうのは大変だと思うよ。魂が強いっていうのも、いいことばかりじゃないんだね。だからジギタリスの悩みは聖獣への恋心じゃなくって、どちらかというと自分の気持ちに自信が持てないってことなんじゃないかな」


 さすが三人衆の常識担当。エロ以外は頼りになる。連日の激務で疲弊しているようだが、昨日夜遅くにやってきてから泥のように眠ってたおかげか、毛艶は悪くない。アスモを抱き枕にしてたのが効いてるのかもな。

 でも、少し休んだらまた出勤する予定らしいので、過労死しないか心配だ。部下をな。マスターが過労死するくらいなら、周りから死んでる。


 寝起きなためか軽装なので、温和な顔の下で胸筋がたわんでいるのがわかる。……なんか乳首まで浮いてねえかこいつ。気を抜きすぎだろ。


 っと、油断するとすぐ視線が吸い寄せられちまう。目線をずらして魂の高度計ってもんを眺めたが、結局何をしているのか見当もつかねえ。

 褐色の毛皮はよく分からない機械をつながれ、よく分からないメーターを眺めながら会話へと意識を戻す。自信がないっていうのは本当にそうだな。

 測定中のアスモは操作に忙しい様子だが、会話が気になるのか耳をぴくぴくとそばだてている。オレとしてはもっと小型な装置を想定していたので、想像より物々しいから不安が刺激されていた。


「別に魂の感情だろうと自分の気持ちであることに変わりないんだ。胸を張って伝えればいいだけなんじゃないのか?」


 鉄壁の騎士様らしい言葉だ。それが出来りゃこんな苦労はしてねえよ。


「うーん、ユランの言うことも真理なんだけど……問題は、イーラガッタがジギタリスと魂を別人として見てるってことじゃないかな。それで余計に自信が無くなってるのかも」

「……それが俺の意見と関係あるのか? あいつがどう見ていようと、自分の気持ちに変わりはないだろうが」

「それはそうなんだけど……イーラガッタは勇者が好きなのであって、ジギタリスのことをどう思っているのかわからないんだよ。告白ってそんな破れかぶれでしないからねえ」


 そうなんだよなあ。あいつはもう魂と人を別だと思うようになってる上であんなに優しいから、悪く思われてはいないはずなんだが……。

 それでもあの聖獣が人を好きになるのかと聞かれても、あんまり想像できねえんだよなあ。難易度高いところに惚れちまったもんだ。


 ここまで言っても、ユランはまだ首を傾げたままで、納得はできてないようだった。


「タラタネラ、ユランは思ったことを真っすぐ言わないと気が済まないから、そもそもジギタリスの悩みを理解できないんだよ。常に正しくあろうとして、嘘偽りを排して生きてきた弊害みたいなものじゃない? こんな人、本当にいるんだねえ」

「ユランらしいけど……そろそろユランも婚約者を決めたほうがいいんだから、ちゃんと考えないと駄目だよ」

「余計なお世話だ……!」

 

 恋愛なんて度外視して生きてきたユランだけど、やっぱり貴族だもんな。そりゃ後継者の話は出てくるか。王太子も安泰みたいだし、先の事件での功績で発言力を増やしたこともあって、今ならかなり選べる立場だろうな。


「じゃあユランはさ、オレみたいに立場が上……というか、高嶺の花みたいなやつに惚れたら、どうするつもりなんだ?」

「武勲をさらに立て、己を磨き、そいつと釣り合うようにする。それで選ばれなかったら俺の怠慢だったというだけだろう」

「そんな簡単に割り切れたら苦労はしねえよ……」


 機械かなにかなのか、こいつ。全く参考にならねえ。

 他二人もいやそうなんだけどさ、って言わんばかりの顔してる。やっぱこいつは当てにできねえわ。


「ユラン、もう恋愛結婚はあきらめて、おとなしく政略結婚したほうが安定すると思うな」

「私も同意見だよ……」

「殺すぞ。もともと貴族の結婚にそんな夢など抱いていない。だが、他人事のように言っているがな、タラタネラも婿養子の誘いが来てるだろうが」

「私かい? 私は全部断ったよ」


 意外な言葉に睨んでいた金犬の視線が緩む。


「……あれだけ貴族の一員になりたかったくせに、どういう風の吹き回しだ」

「そんな大した話じゃないさ。ただ地位で差別されるのにも慣れたってだけ。それに、そんな奴らに掌を返されたところで何も嬉しくないし、どうせ婿養子になっても血統で差別されるようになるだけだろうなって気付いたんだよ」

「そうか、ならいい。お前がそんな奴らにおもねる必要なんて一つもないんだからな」

「今になってようやく、ユランが言ってた意味が分かるよ」


 そういえば、タラタネラは昔婚約者がいたらしいが破談になったとか。平民出身の近衛隊長とか当然差別されるだろうし、後ろ盾が欲しかったのかもな。

 でも今はそんなものに頼らずとも、堂々としてる感じがする。政略結婚を断ったのは自立する意思だろう、立派だよなあ。いまだに憐れまれることが嫌いなオレとは違うわ。


「私はそんな人格者じゃないさ。ただ、死んでも悪魔になって一緒にいてほしいっていう人がいるから、無理に結婚とかしなくていいやと思ってるだけだよ」

「タラタネラ~!」


 間髪入れずにアスモが抱き着いてきた。お前は機械の操作をしろよ。


「むしろ平民だからこそ、跡取りとか考えなくていいからね。ふふっ、貴族のユランは大変そうだ」

「まさかお前に憐れまれる日が来るとはな。だが、吹っ切れたなら幸いだ。跡取りは俺の貴族としての責任だからな、いいようにするさ」

「じゃあもし駄目だったら、おれの魔法でタラタネラを妊娠できるようにしようか?」

「とんでもないところから解決策を出さないでくれないかい?!」

「……ほう」

「興味そそられたような顔をしないでくれ! さすがに私でも駄目だからね!」


 っけ、目の前でいちゃつきやがって。こちとらいちゃつけねえから悩んでるっつうのに。

 オレのジト目に気づいたのか、タラタネラが咳払いでごまかしてアスモを引きはがす。


「そ、それでジギタリスの悩みだよね。だったらやっぱり、自分に自信を持つには記憶を引き出すのが一番だと思うから、今は修行を頑張るしかないんじゃないかな」

「まあそうなるよなあ……」

「押し倒せばよくない?」

「自分の気持ちなんぞ自分で決めてしまえばいいだろうに」

「なんなんだよこいつら……」


 百歩譲って悪魔はしょうがないとしても、ユランはなんだ。人並みの感性とかこいつに備わっているのかも疑わしいだろ。


 とかなんとか話しているうちに、測定が終わったようだ。結局目先のことを頑張ろうといいう結論にしかならなかったが、話したことで気持ちは楽になった。


「よし、終了。お疲れ様。もう測定器を外していいよ。どうだった?」

「そうだな……ただじっとしてるだけなのに、体の中をまさぐられる感覚がしてちょっと嫌だったな。別に我慢できないって程じゃねえけど……」

「なるほどね。やっぱり改良の余地ありだなあ。そもそも測定に時間がかかってるし、効率化を目指そうか。うまくいけばオーラを使う人たちの指標にもできるしね」


 普段は脳みそピンクなお人好しだが、こういうところは学者肌なんだな。自分で完全後衛学者タイプと言ってるだけはある。


「量産できるようになったら、近衛で導入していいかもね。オーラ使いにとっては知りたい情報だと思うんだ」

「俺のところも欲しいんだが……どうせ対価がいるんだろ」

「うーん、これは事件の手助けっていう取引の延長線だし、衣食住提供してもらってるからさすがにタダでいいかなあ。貴族の食事って結構するし……」

「買おうと思ったらかなりの値段になりそうだけど……それでいいのかい?」

「結構居ついてるうえに大食漢だし、何か対価を払わないとなあって思ってたんだよ。……そもそも改良は趣味みたいなものだしね。ジギタリスの測定をするだけならこのままでいいからさ。さーて、結果はっと……」


 器具の片づけをしてから、結果の印刷された紙を持ってアスモが近づいてきた。

 記憶のためという大義名分はあるが、やはりオーラを扱う以上気にならないわけがねえ。魂の強度とオーラの練度は別だと頭では分かっているが、オーラを鍛えることで魂が鍛えられるのは事実だ。だから結果を待ちわびて少しそわそわしちまう。

 紙をのぞき込んでも何が書いてあるのかわからねえから、発表を待つしかねえ。騎士二人も同じ気持ちなのか、いつの間にかおしゃべりは止まっていた。


「うん」笑顔で黒虎が頷いて。「いい数値なんじゃないかな。これなら記憶も引き出せるかも」

「本当かっ!」

「一応、念のためもう一、二回測定して誤差の確認と、ユランとタラタネラの数値を検出してから相対評価をしたりと万全を尽くすつもりだけど……多分大丈夫」

「俺の訓練が効いたみたいだな」

「そうかもしれねえな、助かった」

「安心しろ。お前の腕なら近衛くらいには入れる。魂が戻ったら考えてみるといい」


 ……あのユランに励まされるとは思わなかった。今世で完成しないと言われていることくらい知っているはずなのに、それでも言ってくれるのか。

 薄く笑うとかいうユランの珍しい表情はオレの虚を突いた。垂れ耳と金の毛皮にマッチした温かみが醸し出され、目を奪われる。イーラガッタもそうだが、オレはひょっとして包容力とかに弱いのかもしれねえ……。気づきたくなかったな……。


「え、今更じゃない? タラタネラのおっぱいも大好きだし……」

「声に出してたかっ?! ってか、見てたのばれてるし……」

「アスモだけかと思ったけど、ひょっとして、意外に私の胸って好かれやすいのかな……」

「逆に今まで生きてきてよく意外とか言えるよね。地位とか血筋とかよりも、もっと大事なことってあるんだよ。揉んで良し、枕にしても良し、吸っても良し。全人類から愛されおっぱいだと思うよ」

「言いすぎだよ。私はできれば小さくしたいんだけど……制服も毎年リサイズしてるし、剣を振る時とかもたまに当たるし……」

「大丈夫。悪魔になったときはちょっと盛っとくから」

「絶対作り直させるからね……」

 

 悪魔になったタラタネラに会いたいかと問われたら、首を縦に振るな……。今より胸がでかくなるとか、淫魔かなにかだろ。しかも本人、昔に元婚約者から汗臭いとかなじられ事が原因で気を使ってて、めちゃくちゃいい匂いがするんだよな。

 なんでもアスモに調香を頼んだとかで、少し甘めのさわやかな香りがぴったりマッチしている。実はオレも頼んでいるので、どんな匂いかは楽しみなんだ。

 オレの性癖をぶっ壊したやつを選ぶとするなら、確実にタラタネラがトップだろうな。イーラガッタは性癖というか、好意ってやつだから。


「……お前もだんだん毒されてきたな」


 さっきまで温かかったユランの顔が一気に冷たくなっている。今胸ばっか見てたかもしれねえ……タラタネラが赤らんで苦笑してるし、多分そうだわ。

 が、オレはそもそも男色をたしなんでたし、ちょっと性癖が広がっただけだ。元からおっぱいは好きだったからな。


「うん、ジギタリスは初めて会った時からタラタネラのおっぱいしか見てなかったよ」

「そうかもしれねえけど、言わなくてもいいだろうが……!」

「あと、3Pしてる時おれら二人の乳首を一緒にしゃぶらせたらすごい顔してたよ」

「まじ……? いや、まあ、そうかもとは思ってたけど……」

「……あげられるならあげたいくらいなんだけどね」


 オレは腹肉がでかいので、これ以上肉はいらねえ。でも確かに、腹に付くくらいなら胸についてくれた方が……いや、いいわ。自分の胸がでかくても何にも嬉しくねえ。


 こいつらがいてくれてよかったと、最近思っている。オレが勝手にイーラガッタとぎくしゃくしてるせいもあって、息抜きにちょうどいい。

 一緒に過ごすうちに、かなり打ち解けたもんだ。


 結果が良かったこともあって、どうやら浮かれてるみたいだ。あの地獄を味わっただけのことはある。これでまだ足りなかったらかなり落ち込んでただろうな。

 これで魔王の企みもオレの気持ちもわかる。どうやら自分が思ったより緊張していたみたいで、掌がじっとりと湿っていた。

 ほっとしたことで力が抜けると、その時、心臓が大きく跳ねた。


「……それは少々困ったな」

「ん、ジギタリス、何か言った?」

「いや、オレは……」


 否定したかったが、それは確かにオレの口から出た言葉だった。

 閉じようとする意志に反して口は雄弁で、考えてもいないようなことをしゃべりだす。


「記憶を覗かれたらさすがにばれてしまう。今はまだ早いというのに」

「え、ええ?! ひょっとして今しゃべってるのって……」

「魔王……!」


 動揺するアスモをしり目に、騎士二人はすぐさま殴りかかる。その行動は迅速で、さっきまでのんびり話していた面影はなく、常人が目で追えないくらいの速度だ。

 それでもオレの体は勝手に後ろに飛びのいてそれをかわす。研究室内ということで帯刀していなかったため、リーチがわずかに足りなかったみたいだ。


 オレは何が何だかわからねえままだが、どうして、という理由は全員が理解できただろう。完全に体の主導権はオレになく、まるで自分の体内に幽閉されてる気分だった。


「なんで、オレ……今までこんなことなかっただろうが……」

「今までは隠れていたからな。ここまで自由を取り戻していると聖獣どもにばれるのはさすがに遠慮したかった……が、そうも言ってられん状況になった」


 オレの声なのに言葉の響きがまるで違う。重く、おどろおどろしい音色が緊張感を高めていく。


「アスモ」ユランがいつもの冷静さで。「すぐイーラガッタに連絡しろ。それと剣を取り寄せたら結界の維持に専念して、絶対こいつを外に出すな」

「わかった。……でも、ユランは怪我をしてるんだし、無理しないでよ」

「約束はできん。俺らで可能な限り抑えるが、命の保証はしてやれんな」


 聖獣との対面もそうだったが、こいつは基本的に自分が負けることを想定していない。うぬぼれなのか自信なのか、それでもこいつなら自信の方だと思っちまうな。現状においての希望的観測が入っているのは否めねえが、どうにかしてくれるなら誰にでも祈ってやるよ。


「大丈夫、ユランは私が守るからね」


 アスモが魔法で持ってきた剣を構えて、リカオンが笑う。相手は魔王だというのに、それでも微笑む気概はオレの中で愉悦を生む。

 歪んだ悦楽に心が震える感覚が勝手に生み出されるのが気持ち悪い。オレは偏屈ではあるが、外道ではないと思っているつもりだ。気骨のある相手を踏みにじるほの暗い喜びなんて、のしを付けて送り返したいぜ。


「記憶を探られるタイミングでわざわざ出てきたってことは、隠していることがあるって白状してるようなものだよ。魔王というには、少し軽率なんじゃないかい?」

「それは挑発のつもりか? 貴様らに知られて対策を取られる前に殺してしまえば済む話だろうに。聖獣がいない今、人など恐れるに足らん」

「ふふっ、なめられてるね。どうしようか、ユラン」

「わざわざ俺に聞くな。死なない程度に殺す。これでいいだろ」


 転送された剣を構えた二人がそれぞれオーラをまとう。金と紅は鮮やかではあるが、少し腕の立つ者ならそこに込められた量を前に戦慄するだろう。

 だけど、魔王の魂と融合しているオレは、こいつはそれをなんとも思っていないことを共有できている。


「確かに人にしてはやるようだが、所詮は児戯にすぎん。しかし、この体で相手をするのは確かに難儀だろうな」


 間接的にオレが弱いって言われてるの普通にむかつくな。でもだからこそ封印として機能していて、魔王は今十全に戦うことができない状態だ。そこに勝機を見出すしかない。

 

 つながっているからこそわかる。魔王は態度こそ強者だが、その実力は大きく制限されている。片腕がいるとはいえマスター二人相手は綱渡りのはずで、この状況を打破できるだけの力はない。

 だからオレの口が向いた先は、黒い虎の方だった。


「貴様らのことはこいつの中から見ていたが……そこの悪魔」

「お、おれ……?! なんだよ……!」

「我と取引をしろ。この場を逃がしてくれさえすれば、我がこの世界を支配下に置いた際に相応の地位をやる」

「見てたのならわかってるだろ! おれがそんな取引の乗るわけがないって!」

「この二人を見逃してやると言ってもか?」

「見逃すも何も、そもそもおれの手助けがなければ逃げられないから、こんな取引を提案してるんでしょ。君が復権できるかも定かじゃない今、おれが乗るメリットなんてない」

「やはり、若い悪魔は我への敬意が足りんな。昔は我と契約するためなら命すら差し出すことを辞さない悪魔ばかりだったというのに」

「過去の栄光にすがる老害じゃん」

「ははっ、だが嫌いではないぞ。今からまた地位を確立する楽しさがあるからな」

「……思ったよりポジティブだなこの魔王」


 オレがまとうオーラはすべて黒く、元あった白はすべて塗りつぶされていた。それどころか、炎がうねるような形になるものだから、まがまがしさが増している。

 密度も増していることから、オーラの使い方も熟知しているのだろう。オレじゃあ逆立ちしたって勝てそうもない。


 騎士二人も構えたまま相手の出方をうかがっている。聖獣が来れば有利に傾くから焦る必要がなく、情報を得ようという魂胆かもしれねえ。


 硬直状態かと思ったが、唐突にオレの体が見えない手につかまれた。すぐさま宙に浮いたかと思ったら、すぐ窓から放り投げられる。


「でも、おれの研究室で暴れないで!」


 空中に描いた魔法陣に手を置くアスモは完全に敵対を選んだようだ。オレは安どしているが、魔王は楽しんでいる。二つの感情を流し込まれる混乱に動揺するオレをよそに、体はきれいに着地していた。

 騎士二人もすぐ追ってきて、整えられた庭に殺気が走る。熊の体は悠然としたまま微動だにせず、魔法を発動している気配もない。ただ愉悦だけが魂に流れ込んでくるところから、余裕なことは分かった。

 畜生、もっと情報が読めたならこいつが何を企んでいるのか分かったのに。分かったところで伝える手段を持たないが、それでもオレは何かしなければという焦燥感にじらされていた。


「ここなら存分に戦えるよ。おれも……気兼ねなく魔法を使える」

「ほう……若い悪魔のわりに魔法の多重展開ができるとは大したものだな。それほどの腕を持ちながら、人の味方をするのか。順当に成長すれば、大悪魔どころか魔界議会の一席にすら手が届くだろうに」

「あいにくそういう肩ひじ張ったものに興味なんてないんだよ。おれが欲しいのはいつだって人肌だからね!」

「はあ、若い者は向上心がないな。我の若いころは、誰もが議席を求めて血で血を洗っていたというのに……」

「本当に老害じゃん……」


 やれやれと首を振るが、いったいいつまでこんなことをするつもりだ?

 聖獣が来れば勝敗なんて火を見るより明らかで、時間稼ぎはむしろ悪手だと思うんだが……。勢いよく顕現したのはいいが、逃げられないから隙を作ろうとしてんのか? それならかなりダサいぞ。


 その違和感に気づいたのはオレだけじゃないようで、騎士二人からほとばしる殺気が指向性を持ち始めている。体内に幽閉されているオレでも感じるほどだ、魔王に至っては毛先まで震えていることだろう。


「ユラン、サポートをお願い」

「わかっている。とっとと行け」

「それなら、お言葉に甘えて……!」


 一瞬で距離を詰めたリカオンが剣を振るい、そのすぐ後ろから金犬が反対側で振りかぶっている。目で追うことがやっとの速度なくせに、コンビネーションが的確過ぎる。あの二人にとって目にもとまらぬ速度でも、問題ないってことだろうな。


 オレが体の支配権を持っていたらこれだけで終わっていたが、今は昔に一時代を築いた魔王だ。拳に黒を固めて、迎撃の構えは済んでいた。

 拳を打ち出してタラタネラの剣を、そのまま体をひねって勢いをつけた甲でユランの剣をはじく。同じ格闘家ゆえにこいつの体術がどれだけ極まっているのか、この一瞬で理解できてしまった。


「さすが魔王。まさか肉体だけで防がれるとは思わなかった」

「我は元々肉体が武器だ。まさか宿主も同じとはな。アレンダートは剣士だったはずなのだが、魂が混ざった影響だと考えれば納得だな」

「悠長に口が回るじゃないか。俺らを見くびりすぎるなよ」

「見くびっているわけではない。我には及ばんが、人の短い生涯でよくここまで鍛えたと称賛したいくらいだ。あの悪魔もいい魂に目をつけた」


 剣と拳が舞い、オーラ同士が衝突した余波で三色の火花が散る。誰もが達人と呼べるだけの技量を持っており、動きにわずかな乱れも無駄もない。まるで演劇でも見ているみてえだが、叩きつけられる殺気は実戦だと体に冷や水を浴びせてくる。

 その戦いを一人称視点で浴びているオレは恐怖よりも驚嘆を抱くほどで、才能というものを突き付けられた気分だった。


「二人とも、魔法の準備できたよ!」


 アスモの合図に騎士たちはいったん飛びのいて、そのすぐ後に特大の――第二の太陽みてえな火球が落ちてきた。

 本人は魔法の発動が遅くて戦闘じゃ使えないとか言っていたが、この短期間にこれだけ組めればいいだろ。ユランたちを基準にしてるだけで、傭兵基準だと及第点どころか満点だぞ。


「ほう、いくつもの魔法を編み込んであるな……大したものだ。だが忘れているな? この体が誰のものかを」


 愉悦を強めた魔王がとった行動は、すべてのオーラを消して両手を広げることだった。


「我はここから逃げられればそれでいい。たとえ死んだとしても、魂さえ逃げられればどうでもいいのだ」


 ああそういうことかよ。こいつ、やけに余裕あるなと思ったら、自死すら逃走ルートに組み込んでやがったのか。


「そんなこと、もちろん気づいてるよ! 開花!」


 目の前の火球が中心点から広がっていく。皮をはがしていくかのような広がり方は、確かに開花だ。


「なるほど、炎の檻か。あの短時間でここまで組むとは……我が受けるところまで計算だったか?」


 あいつは普段こそ抜けてるが、頭が悪いわけじゃないからな。そこまで考えてそうだ。

 開花した中心の空洞に、オレを閉じ込めるつもりなんだろう。おそらく投身を封じるために動きが取れなくなるような魔法が仕込まれてるはず……っていうのをなんとなく感じた。

 魔王の魂が強くなって、オレを侵食した結果か。今、わずかだが魔王の考えがわかった気がした。


 それでも、魔王に動揺は見られなかった。


「さて、ここで一つ、ネタ晴らしと行こうか」


 オレの魂は凪いでいる。目の前の火球など恐ろしいものではないと知っているかのように。


「我が貴様らの時間稼ぎに付き合ったのはなぜか。疑問に思っていることだろう」


 そしてオレは太い指で天を示す。そこには悪魔と聖獣が作った結界が広がっている。二人が認めた者以外、例え転移の魔法でも入ることができない完全遮断の結界だ。

 オレの視線は魔王のもので、三人へとむけられているから空の様子はわからねえ。

 だけど、全員が目を見開いていくことと、ぴしぴしと音が聞こえていることから、嫌な予感だけは十分伝わっている。


 ついでに、愉悦が濃くなった魔王の感情もな。にんまりと口角を上げる表情は、かなりあくどいことだろうよ。


「時間さえ稼げば勝ち……というのは、我の条件なのだよ」


 ガラスの割れるような音とともに、庭にいくつもの影が差す。蝙蝠のような翼にねじ曲がった角。誰もが底意地の悪い笑みを浮かべたそいつらは、まさしく悪魔だった。


「結界が割れた……! おれとイーラガッタがあんな丁寧に作ったのにっ?!」

「ははっ、いくら精密な結界だろうと、力で壊せばどうとでもなる。何のために悪魔を呼び寄せていたと思っているんだ」


 言葉通り、屋敷の周りには悪魔がひしめいている。何十……いや百は超えるかもしれねえ。

 そいつらは一斉に魔法を放ち、オレに向かっていた火球をかき消した。いくらアスモの魔法が強くても、さすがに数の暴力には勝てない。


 普通に考えれば絶体絶命。それでも二人は剣を下ろさない。

 ユランは眼を鋭く光らせながら、牙をむいて問うた。


「この場所はジギタリスにばれないようにしていたはずだが……どうやって本人も知らない場所を見つけさせた?」

「結界の解析に時間はかかったが、穴を作って信号を放った。今もそうやってこいつらを呼び寄せた。我は魔王ぞ。この程度のこと、たわいもないわ」


 誰も魔王がここまで顕現できることを知らなかった。そのせいで結界を張れば安全だと思い込んでしまったんだ。

 悪魔が悪魔を呼ぶ理由はこのためだったのだと、オレらは今更ながら思い知る。軍勢を引き連れるさまは、誰が見ても魔王そのものだろう。


「魔王様」


 猪の悪魔がオレの前に舞い降りて恭しく頭を下げる。流々とした肉体を豪華な騎士服に身を包んでいて、きらびやかなマントから放たれる反射光が風になびいていく。

 上向きに飛び出した牙は凛々しい太まゆと合わせて雄々しさを引き立て、黒い毛皮に浮かぶ黄色の幾何学模様が人外の雰囲気を醸す。モノクル越しの瞳は透き通った翠の色をしており、感動に弧を描いていた。

 一目見て、こいつが頭目だとわかるだけの威厳があった。そもそも翼一つ、角一つとっても豪華で、そこらの悪魔とは格が違う。


「ベルゼ。よく間に合わせたな」

「他ならぬ魔王様のためですから。このベルゼ、魔王様の命とあらば、どのような場所にでも駆けつけますとも」

「忠義に熱い部下を持てて我は嬉しいぞ。最近の悪魔は我への敬意というものを知らん」

「……ああ、あれですか。あれはクラリナの配下ですから、魔王様への敬意など持ち合わせてはいないでしょうな」

「クラリナ? なぜそいつが悪魔を? ……ふむ、どうやら魔界の掃除もせねばならんようだな」

「左様でございます。魔王様の威光を轟かせるまたとない機会。このベルゼが一番槍となり、逆らう者の首を献上いたしましょう……ですが、まずはそこの狼藉者から」


 ベルゼと名乗った猪は大斧を取り出して三人の前に立ちはだかる。その背中はたくましくて広い。魔王のうっすら流れ込んできた記憶から、こいつが馬鹿みたいに強いことを知る。

 ……が、それを伝える手段がオレにはなかった。


「アスモ」タラタネラが冷静に。「あの敵将についてなにか知ってる?」

「ベルゼはかなり古参の悪魔で、勇者が聖獣と共に魔王を倒した時、将軍か何かだったはず。今は大悪魔の一人で、魔界議会の一席だよ。魔界議席に座れるのは大悪魔の中でも一握りだけだから……かなり強力な悪魔だと思った方がいい」

「訂正しろ、アスモ。吾輩は魔王様が率いる部隊を統括する総帥だった。クラリナの配下ごときが魔王様に逆らうとは、不敬であろう」

「だからおれは配下じゃなくて……!」

 

 反論しようとした黒虎が口を開くが、目の前に魔法の光線を放たれてとっさに回避する。周りはすべて悪魔に囲まれているため、少しの隙が命取りだ。

 こうなると完全後衛型のアスモはつらいだろうな。呪文の組み立てをしている間は無防備だろうし、騎士二人も完全に守れるわけじゃない。


 完全に形勢は逆転し、ユランたちはじりじりと背中合わせになっていく。それでも瞳は燃えていて、あきらめたわけじゃないのが分かった。


「イーラガッタを呼ぶのは中止だ。俺らを神殿に転移させろ」

「そうしたいんだけど、転送阻害の魔法が張られてるんだよぉ……術者を倒せばいけるかもだけど……」

「なら私たちがすべきことはその悪魔を倒して逃げることだね。イーラガッタには来ないように言わないと……」


 その時、空から赤い巨躯が降ってきた。


「悪いが、少し遅かったみたいだな」


 どれだけの高さから落ちたのかは知らないが、着陸時の破壊音はすさまじく、体重と相まって庭の石畳にクレーターを作る。凡人なら肉が破裂しているであろう衝撃も、赤い龍のうろこに傷一つ作ってはいない。

 聖獣は体の頑丈さも群を抜いているようで、法衣のほこりを払いながらすました顔だ。土埃の舞う中で佇む姿は毅然としていて、普段の温厚なイーラガッタとしてではなく、聖獣としてオレを見つめていた。


「聖獣か。転送阻害魔法の範囲外から降ってくるとは思わなかった」

「ふん。かなり広範囲に張って安心したつもりだったようだが、落ちてくればそんな距離など一瞬で埋められる。それにしても……」


 イーラガッタがオレを、魔王をにらみつける。まるで初対面の時のような対応に心のどこかが痛んだが、表情は歪んだ笑みを浮かべるだけだった。


「まさかそこまで侵食が進んでいるとは思わなんだ。大悪魔を呼んで配下を召喚していく……これが正しかったようだな」

「その通り。この前貴様らが考察したことでおおむね間違いではない。ただ、我がベルゼを呼び寄せたのは国家転覆などというしょうもない目的ではなく、ここに魔界を再現させるためだ」

「魔界の再現……あの時もそうだったな。魂が流れてこない魔界を捨て、この世界を悪魔のものにすることで繁栄する。目的は変わらんのか……」

「当たり前だろう。そうすることで我ら悪魔はより強くなれる。神に敷かれた摂理を奪い、我らこそ真の支配者になるのだ!」


 想像よりずっとスケールのでかい話をしているな。これが本当なら世界は悪魔のものになるわけだ。


 正直、聖獣が一人来たからといって、この状況を打破できるとは思えない。単体では格別の性能を誇る彼らだが、所詮多勢に無勢、数の暴力を前にいつかは膝を折るだろう。


「貴様が我に頭を垂れるなら、悪魔に作り直してやってもいいぞ。アスモとどんな契約をしたのかは知らんが、クラリナの配下だろうがすべての悪魔は我にひれ伏す定め。その魂は我のものだからな」

「……クラリナ? アスモが、クラリナの配下……どうりで……」

「だから、おれは配下じゃなくて息子だって! っていうか、イーラガッタもなんか驚いてるし……父さんは何をしたんだよもう……!」


 アスモの困惑と嘆きをよそに、イーラガッタと魔王はにらみ合ったまま動かない。山奥の屋敷では兵が来るのも時間がかかるだろうし、状況は依然として魔王が優勢だろう。

 だというのに、誰も意思を折られた気配がない。対峙しているからこそわかる。こいつらの気高さは本物だ。オーラの強さは魂の強さという定説もうなずける話だな。


「ふふ……」


 そんな中、オレは口腔内で愉悦をしゃぶるのに忙しいようで、あふれてくる気色が勝手にのどを振るわせて止まらなかった。


「さて、どこまでやれるか見せてもらおうか。ベルゼ」

「かしこまりました」


 オレの体重以上はありそうな大斧を片手で持ち上げ、控えていた猪は声を張り上げる。戦場などで将がする号令は、対峙者へと圧を与えながら味方に発破をかけた。


「聞け、我が配下たちよ! 目標は四人! どれもが手練れだが決して恐れる必要はない! 貴様らの貢献は吾輩の、ひいては魔王様の礎となることを心に刻め! 命を惜しむな……かかれっ!」


 そして、庭に火の雨が降り注ぐ。

 多数の悪魔たちが放つ魔法は、一つ一つは弱くとも数が圧倒的だ。避けようにも隙間などあるわけもなく、周囲を煉獄へと変えていく。


「二人ともっ!」


 魔法陣を展開するアスモは必死な顔をしていて、自身の脇をかすめる火球などお構いなしだ。裂けた服の隙間から焼け焦げた毛皮が散るものの、それよりも魔法の構築を優先している。


「魔法で空中に足場を作れるようにしたから、空を駆けることができるよ! 使い方は前教えた通りで……あつっ!」

「馬鹿……お前っ、一番もろいのは自分だと理解していないのかっ!」


 剣で火球をはじきながら、金犬が叫ぶ。魔王と対峙したときでも崩れなかった余裕だが、アスモ相手にはあっさりと崩壊していた。


「そんなのどうでもいいでしょ! 君らは空飛ぶ悪魔相手が不得手なんだから、サポートは必須なんだ! ここで守ってるだけじゃ勝てないからこれでいいの!」

「理屈はわかるけどさ……」


 宙を駆けあがるリカオンはオーラで斬撃を飛ばし、アスモに降り注ごうとした火球をすべて消し去っていく。軌道上にいた悪魔には当たらなかったようだが、その密度から当たれば致命傷なことを悟ったのだろう、弱者をいたぶろうとする余裕は消え去っていた。


「あんまり気分のいいものじゃないね。うん、不愉快だ」


 血よりも赤いオーラを生みながら、タラタネラは悪魔たちを鋭くにらみつける。悪魔という禍々しさの体現を前にしながらもその存在感は圧倒的だ。

 そこにユランが加われば、彼らを数で蹂躙できると考える者はだれ一人としていなくなる。悪魔でさえ本能的な恐怖を抱くほどの覇気だ。オレが今まで見てきたこいつらとは違う、これがマスターに至る風格なのか。


「ユラン、いける?」

「誰にものを言っている。あれは俺らの敵だ。体の動く限り全員殺す」

「私も同じ気持ちだよ。どうせ死んだ後の保険もあるんだ、派手に行こうよ」

「そうだな。悪魔になるなど、遅いか早いかだけの違いだ。最後まで騎士としての使命を全うできるなら悪くない」

「だからアスモは自分の安全を優先していいからね。私たちのことは気にしないで」

 

 なんて言われておとなしく引き下がれるような奴じゃない。そんなの、オレでも知ってるのに。


「で、できるわけないでしょ!」案の定、悪魔は涙声だ。「おれが二人を悪魔にしたいのは、一緒にいたいからで……死んでほしいわけじゃない! その理屈で言えば、おれだって死なない限り両親に作り直してもらえるんだ! 多少の無理くらい、全然平気だからっ!」

「……好きにしていいが、死ぬなよ。お前に死なれたら蘇生先がなくなって困るからな」

「ふふっ、ユランは相変わらず素直じゃないよねえ」

「殺すぞ」

「それは向こうにどうぞ。今なら殺し放題だよ」

「お前……だんだん俺の扱いが雑になってないか」

「それだけ親しんできたってことかなあ。私は君のことも好きだよ」

「じゃあおれは、ぐすっ、名付け親になりたい……!」

「私が出産する前提なのやめてっ!」


 結局いつも通り、そろって覚悟を決めた三人は悪魔の群れ相手に一歩も引くつもりはないようだ。

 半泣きのアスモだってメインの魔法を組み立てながら、片手で小型の結界を展開して火球をはじくという器用なことをしている。魔王の評価から考えて、悪魔だからというよりかはアスモがすごいだけなんだろうな。


「イーラガッタっ!」


 空を駆けて悪魔を切り伏せながら、ユランが叫ぶ。


「雑魚はこちらで引き受ける! お前は魔王を止めろ!」

「承知した!」


 対戦経験のある聖獣を魔王にあてがうのは当然だろう。しかもユランは片手だ。タラタネラにも異議はないようで、悪魔たちの相手をしながら確かなコンビネーションで数を減らしていく。


 自由になったイーラガッタが前に歩みよると、そばに控えていた猪が割って入る。


「ここは吾輩が……」

「よい。どうせ殺されたところで次の機会になるだけだ。お前は配下の心配をしていろ」

「かしこまりました。寛大なご配慮、痛み入ります。ではご武運を」


 ベルゼが恭しく頭を下げたかと思ったら、その姿は瞬時に消えていた。大斧を振りかぶった体勢で狙うのは、無防備なアスモだ。あれは悪魔が落とす火球とはわけが違う、必殺の一撃だ。生半可な結界で防げるわけがない。

 

 アスモっ! と叫びたいのに、オレは何もできない。みんなが戦っているのを、魔王の視点で眺めているだけ。


「悪いけど、大将の動きくらいは常に把握してるんだ」


 誰かと祈るオレに呼応して、瞬時に防いだのはタラタネラだった。ユランが苦々しい顔をしているのを見るに、片手で防げないという判断だろう。タラタネラはそれを把握しているからこそ、率先して対峙したのか。

 その判断は正しい。魔王の記憶では、数多の悪魔を一刀両断していた。どんな防御を整えた悪魔でさえ、こいつの大斧の前では無力だった。


 それを止めるタラタネラは何者なんだよ……。


「ほう、吾輩の斧をしのぐか。人にしては天晴だ」

「大悪魔にお褒めいただくとは恐縮だ。私もまさか大悪魔が魔法ではなく肉弾戦で来るとは思わなかったよ」

「魔法などこの斧で切り伏せればいいだけのこと。鍛えた肉体の前に、脆弱な魔法など無力! だが! 貴様の肉体は素晴らしい! 人の身でここまで鍛え上げるとは見上げた心意気よ! 貴殿の魂は我が配下に転生させ、魔王様のお役に立つよう鍛えてやろう!」

「……思ったより暑苦しいな。残念だけど先約があってね。魔界で楽しい余生を過ごすつもりなんだ。スカウトならお断りだよ」

「なに、雄を篭絡する手段なら事欠かん! 吾輩は長きを生きる大悪魔にして、魔界議会の一席を治める悪魔ベルゼである! 趣味は鍛錬、特技は虐殺! お近づきの印として、殺し合いから始めようか!」

「え、なに、ひょっとして、口説かれてるのかな私……?」

「貴殿は吾輩のような大悪魔系男子をどのように見受ける?」

「あ、これ口説かれてるっ?!?! 篭絡する手段が思ったより真っ当だ?!?!」


 下手すると武器が壊れそうなほど重い音を立てる剣戟の最中に、リカオンの困惑が場違いに響いている。そりゃ殺し合いの最中に口説かれるとは思わねえよな。

 あのベルゼって悪魔、記憶によれば鍛えた雄と高貴な魂が大好きな武人だ。老害魔王もそうだけど、なんか無駄にキャラが濃いよな。あと大悪魔系男子ってなんだ。小悪魔系の対義語か何かか?


 それでもタラタネラがベルゼとの一騎打ちに取られているため、状況はかなりまずい。

 イーラガッタが魔王を倒すか、タラタネラがベルゼを倒すかしないと、打破できないだろうな。


 こうして見ているだけなのが嫌になる。けれども魔王はそんな気持ちなど知ったことじゃないと、にやにやと聖獣を舐めるように見つめていた。


「聖獣として体裁は整えているようだがなあ、イーラガッタ。貴様に我を殺せるか?」

「例え我が意に反することだとしても、殺してみせるとも。アレンダートを守るためなら、我は何でもする」

「違う。ジギタリスを殺せるのかと聞いているのだ」


 …………畜生っ!

 オレの声だというのに耳障りな音を奏でる魔王の言葉を聞いて、すべてを理解した。

 魂の侵食が進んでいるせいじゃねえ、オレに種明かしをしたいがために送り付けてきやがった。こいつは今までずっと体の奥底に潜んで、笑いを噛み殺してやがったんだ!

 魔王は大きな熊の体を広げ、ジギタリスをさらけ出す。拳で戦うために鍛えた分厚い胸板も、少し出ているが決してたるんでいない腹も、大き目でごつい顎も、仏頂面をしすぎてできた眉間のしわも。

 全部、イーラガッタが知っているジギタリスのもの。


「ジギタリスも可哀そうに、好いた男に殺されるとは……いや、むしろ本望かもしれんな」

「どういう、ことだ……」

「こいつは貴様が思う以上に健気だぞ。自分の気持ちが勇者のものかもしれぬと、ずっと悩んでいたんだ。それは我が植え付けた感情と知らず、自分の物であると確信したら告白をするつもりだった。健気ではないか。ふはははっ!」

「ジギタリスが私を……き、貴様……! 魂がつながっているからと、感情まで制御できるのか?!」

「怖い顔をするな。これが貴様の望みだったのだろう? アレンダートと添い遂げる機会をくれてやったのだ、感謝してもらいたいものだな」

 

 オレがイーラガッタを好きな気持ちは、勇者のものかもしれねえ。

 ずっとそう思ってきた。だからこそ、イーラガッタがオレを見る目に耐えられなかったし、はっきりさせるために地獄の特訓をした。


 けど、答えは最悪な形で返ってきた。


 オレのこの気持ちは全部、魔王が与えたものだったんだ。

 なんでこんなことを。なんて言うまでもない、イーラガッタを揺さぶるためだ。


 だってこの聖獣はずっと『勇者に片思いをしていたのだから』。

 勇者には婚約者がいたんだ。旅の野営中に魔王を倒して平和になったら結婚するのだと、嬉しそうに語る記憶が送り付けられてきやがる。それを見るイーラガッタは……笑顔を取り繕ってはいるがよくこんなのでごまかせたな。身を引く決心をしたくせに未練が顔に出まくってる。勇者は想像すらしてなかったのか、気付きもしなかったがな。


「イーラガッタ」


 愛する魂が龍を呼ぶ。飛び切り甘い声音で、欺瞞を覆い隠して。

 

「愛しているよ」

「ふ、ふざけたことを……! 貴様、アレンダートだけでなく、ジギタリスまでもてあそぶのか!」

「はは、本来は命乞いのための手段として用意していたのだが、不要になってしまったな。いや違うか、激高した貴様の殺意を煽って再挑戦するための手段だったかな。どちらにせよ、すでに不要な策であることに変わりはないが」


 勇者の魂と融合した魔王は恋心に気づき、それを利用した。性根が腐っていて反吐が出る。こいつはオレだけじゃなく、イーラガッタまでもてあそんでいるんだ。

 だが、聖獣の手が鈍ったのは事実だ。鋭い眼光のまま歯をむいて怒るだけで、攻撃する様子はない。罪悪感と恋慕によって、龍の心はからめとられてしまっていた。


「ジギタリス……」

「どうしたイーラガッタ。お前が望むなら、オレはずっとこのままでいてやってもいいんだぞ。その方がお前も幸せだろ。もうオレを殺さなくてよくなるんだからな」

「違う、貴様はジギタリスでは……アレンダートでは、ない……」

「そんな悲しいこと言うなよ。たとえ魔王の魂に乗っ取られたとしても、オレがアレンダートの生まれ変わりってことには変わりねえだろ。それじゃ駄目だってのかよ。ずっと一緒にいようぜ。愛してるぜ、イーラガッタ」

「やめろっ! その声で、ジギタリスのように話すな! その魂で……私に、愛をささやくなっ!」


 生まれた時から一緒だったんだ、口調や表情をまねるなど楽勝だろうよ。

 くそが。体が動けば、今すぐにでも唾を吐きたい気分だ。


「お前だって本当はオレのこと好きなんだろ。ジギタリスは自分のことで手いっぱいだったから気付いてないようだったが、オレの目はごまかせねえ。アレンダートを見る目と一緒だって自覚がねえのか?」


 え、それはオレがあいつの生まれ変わりだからで……。

 いや、龍はもう魂と人を別に見るようになっている。だから……違う、こいつのでたらめだ。イーラガッタがオレを好きになる要素なんてない。


「はははっ、我が宿主は偏屈というよりかは卑屈だな。感情が駄々洩れだぜ。この聖獣様はな、人に近づきすぎてんだ。『オレ』を殺した罪悪感に押しつぶされそうになったとき、オレだけがあいつを許したことでどれだけ救われたと思う? 人より崇高な生き物のくせに、人を愛しすぎたせいで壊れるなんて、度し難い話だな」

「黙れ……!」

「そして、そんな人の中でもオレは特別だ。生きることを許された勇者の生まれ変わりであり、こいつの心のよりどころ。我が宿主は理解できねえだろうが、オレが生きているだけでこいつはずっと救われてるんだよ」

「黙れと言っているっ!」


 これ以上聞くに堪えないと、聖獣は白いオーラを弓の形にして撃ち放つ。肉体強化だけでなく形を変えられるほどの使い手となると、マスターは確実だ。

 弓はオレの頬をかすめて石畳にぶつかると、すさまじい音を立てる。極限まで圧縮されたオーラはそれだけで兵器のような威力を持っていた。


「はは、当てる気もないくせにな」

「次は当てる……!」

「無理するなよ。お前がオレに向ける感情はどちらかと言えば慈愛に近いが、それでも……この世界で誰よりも愛している、だろ?」

「ふざけたことばかり言いおって……!」


 牙を噛みしめて激高する龍だが、それでも当てられないのは魔王が死んでも逃げられるからだ。

 ここでオレが死ぬと、次の転生先を探すのが難しくなる。自由に動ける魔王を野放しにすることと同義になっちまう。

 それをわかっているからこそ、手を出しあぐねているんだ。


 何とかできないか。ずっとそればかりを考えイライラを募らせていた。イーラガッタに呼ばれてからずっと、自分の無力さを嘆いているばかり。頼みだった切り札も魔王の力で、オレは結局いつだって、状況を自分の力で決められちゃいねえ。

 孤児として何とか生き抜いてきたオレをあざ笑う貴族どもも、オレにかわいそうだとレッテルを張る偽善者どもも、全員黙らせるために強くなってきたはずなのに……!

 こんなんじゃ、結局オレはいつだって哀れなままじゃねえか。

 目の前で何もできないふがいなさを突き付けられ、オレの不機嫌は最高潮に達した。


 動かないなら取り返せばいい。相手が魔王だろうが何だろうが、これはオレの体なんだ! いつまでも好き勝手させていいわけねえだろっ!


「くっそむかつくなあおいっ!」

「な……貴様、我の支配を……!」

「もともとオレの体なんだよ! 寄生虫は黙ってろ! おい、イーラガッタ!」


 聖獣に意識を割いていた隙をついて体を奪い返したが、こりゃ、あんまり長く持ちそうにねえな……。

 だから、言いたいことだけを、思いっきり叩きつけろ。


「――――オレを殺せ!」

「わかっている……わかっているとも……!」

「いいや、何にもわかってねえ! オレはお前を恨んだりしねえ! お前がどれだけ苦しんできたのか、オレは理解したんだ!」


 魔王の記憶は歴代の生まれ変わりの記憶だ。だからオレは、イーラガッタが何をしてきたのか知ることができる。

 何とか侵食を遅らせないかとあがいた結果、泣きながら殺したところも。

 聖獣様と慕った人を痛ましい顔で見て、たまに食事を吐き出したことも。

 毎日毎日神に這いつくばるように祈ることで救いを求め、謝罪しながら殺したところも。

 オレは全部知っちまった。こいつが人に近づいていった結果、だんだんと『オレ』を殺しながらおかしくなっていくところを。その過程を。

 

 そりゃ悪魔だろうが何だろうが、救いをくれるなら魂だって捧げて当然だ。

 こいつは限界だったんだろうな、なんていう漠然とした感想じゃねえ。本当にもう、壊れる寸前だったんだ。我と私で人格を使い分けないといけないほどに、イーラガッタは憔悴しきっていた。


 んなの見せられて、恨めるわけねえだろ!


「オレはお前を恨まねえ! だから、今のうちに、とっとと殺せ!」

「しかしそんなことをすれば、君が……!」

「いいっつってんだろっ! こんな奴の思い通りになるくらいなら、死んだほうがましだ! 偏屈なオレにだってプライドってもんがあるんだよ!」


 ああくそ、龍のくしゃっと歪んだ顔を見ると胸がむかむかする。これが魔王によって植え付けられた感情だって理解した今も、解決してやりたくてたまらねえ。

 これが平時だったらオレは前みたいにもやもや悩んでたんだろうけど、もうそんな時間なんて残されちゃいねえ。傭兵稼業やってたんだ、明日がねえかもなんて十分身に染みてる。決めるなら今しかねえんだ。

 

『だからジギタリスの悩みは聖獣への恋心じゃなくって、どちらかというと自分の気持ちに自信が持てないってことなんじゃないかな』


 そうだよな、結局どこから感情が来たなんてもん、最初からどうでもよかったんだ。

 出所が分かったところですぐ嫌いになんてなれるわけねえし、今だってあいつを救ってやりたいと思ってる。魔王によって与えられたとか、そんなのどうでもいいくらい、イーラガッタの助けになりたいと願っている。


『自分の気持ちなんぞ自分で決めてしまえばいいだろうに』


 悔しいけどユランの言うとおりだ。理由が分かったところで、オレの気持ちが固まるだけじゃねえか。だったらとっとと決めときゃ良かったぜ。

 オレはただ、この感情を肯定して、伝えればよかったんだ。

 遅くなっちまったが、聞いてくれイーラガッタ!


「愛してる!」

「え……」

「魔王がどうとか、勇者がどうとか、関係ねえんだ! オレが! お前のことを愛してる!」

「だが、君のそれは魔王によって……」

「それでもだ! 気持ちの出所なんて知ったこっちゃねえ! 今のオレが、お前を愛してんだ! お前を見ると顔が熱くなるし! めちゃくちゃやりてえし! もっと一緒にいたいって思う! けど……」


 支配権を奪おうとする魔王にあらがって、オレは両手を広げる。


「魔王に成り代わられちまったら、この気持ちすらなくなっちまう! だからいいんだ……オレを殺せ、イーラガッタ!」

「あ、あ、あ……私、は……」


 ゆらりと立ち消えるオーラの弓はこいつの躊躇を表しているかのようだ。

 それでも龍は近づいて、オレへと手を伸ばす。そうしなければならないとわかっているから。


「すまない……すまない……!」


 涙を滂沱とこぼしながら、イーラガッタはオレの首を絞める。上から雫が雨のように降ってきて、毛皮にしみこんでいく。ああ、この顔は記憶で何度も見た、苦痛の表情だ。

 だからオレは龍の頬に手を添えて、笑ってやる。こいつが少しでも、罪悪感を抱かずにできるように。


「ジギタリス……!」

「言っただろ……恨まねえよ……。お前も、気に、するな……」

「できるわけがない……。せっかく……せっかくずっと一緒にいられると思っていたのに……」


 オレの中の魔王はあきらめたのか、ずいぶんとおとなしい。まあこいつにとっては機会の一つでしかなくて、転生すればいいだけの話だもんな。ここまで自由に動けるなら、転生先がばれていない方が都合もいいとか、考えてるんだろう。


「ジギタリス、わ、私も、君のことを……」

「いいって……それはさ、次の……げほっ、オレに言ってくれよ……どうせ、次も好きになるだろ……」


 視界がだんだんと黒に染まる中、オレは悪魔のささやきを聞いた。


「――――助けてあげようか?」


 それは満身創痍になったアスモだった。整っていた黒スーツはいたるところが焼け焦げ、破れた隙間から血が噴き出している。飛ぶことすらおぼつかないようで、今にも墜落しそうなほどふらついていた。

 だというのに、その目は輝きを失っていない。まだ策はあるのだと、口の端からこぼれる血を拭いながら笑って見せた。


「アスモ……できるのなら、どうか……私のすべてを君にあげてもいい。だから頼む……ジギタリスを助けてやってほしい!」

「違うよ。契約するのは君だ、ジギタリス」

「お、れか……?」


 悪魔と契約したものの末路は大体悲惨に語られている。死ぬこともできず永遠に従僕として働かされ、主の気まぐれで人権を弄ばれる死よりも辛い生活が待っていると。


 だとしても、イーラガッタが泣かなくて済むのなら、オレだってなんでも捧げてやる。


「これは賭けだよ。成功する保証はないけど……魔王がこれだけ自我を取り戻していたのなら……あるいは……」

「構わねえよ。少しでも希望があるのなら、全賭けだ……いいぜ……オレの魂、好きにもってけ悪魔!」

「うん、それじゃあ……契約成立だね。さあ取引だ。君の願いを言ってごらん?」

「オレの望みは、イーラガッタを救ってくれ! こいつがもう泣かなくて済むのなら、オレは魂だって惜しくねえっ!」

「わかったよ。魔王も……おれと契約する?」


 当然魔王からの返答はない。当然だ、こいつは転生する前提で死ぬつもりなのに、ほかの悪魔に魂をとらわれてしまってはたくらみが水泡に帰す。

 ……もしかして、アスモはそれを狙っているのだろうか。オレの魂を手元に置いて、転生先を固定することを。


「う、ぐぅ……なんだ、魔王が、オレの中で暴れてやがる……!」

「どうやら気付いたみたいだね……なら、本当に、成功するかも……」


 アスモが小さな魔方陣を描く。普通ならこれくらいの魔法だったらささっと作れるだろうに、流れる魔力からも疲労が感じられる。


「イーラガッタ、殺すのはおれがするよ……君だと、つらいよね」

「……いや、ありがとう。君は本当にやさしい悪魔だね。だけど、これは私の使命だ。私にやらせてくれ」


 そうして、ぎりぎりとオレの首が締まっていく。これでオレがどう助かるのかわからねえけど、イーラガッタが泣かなくて済むのならいいんだ。


「じゃあな……イーラガッタ」

「ああ、また会おう。ジギタリス」


 はっ、ざまあみろ魔王め。自分で植え付けた感情のせいで、失敗してやがる。

 死にゆく最後の時だって、オレは全然怖くねえ。たとえアスモのたくらみが失敗したって、オレが何度だって同じことをする。魔王なんかに、これ以上好きにさせてたまるか。

 一矢報いた満足感と共に、意識は完全に闇へと落ちていった。


****


 成功する確率なんてわからない。一か八かなんて、人の魂を使ってするものじゃない。

 だけど今しかなかった。この機を逃せば、次は無理かもしれないから。


「それは……」


 イーラガッタが見つめているのはおれの掌の上でふわふわと揺れている炎のようなもの。

 これこそがジギタリスの魂だ。取引の結果、彼の魂はおれのものになったんだ。


「どうして、こんなに……」


 熊の遺体を丁寧に横たわらせ、龍がよろよろと近づいていく。目の前にある現実を信じられないとでも言わんばかりに、そっと両手で魂を包む。

 揺らめくそれは真っ白で、黒いしみなんて一つもない綺麗な色をしている。魔王の面影なんてどこにもないそれを渡してあげると、イーラガッタは大事そうに抱きしめた。


「ああ、ジギタリス……」

「賭けだったんだけど……うまくいったよぉ……よかったぁ」


 おれは安どのあまり地面に倒れこんでしまった。これで失敗したらどうしようかと思ってた。

 悪魔と取引をするためには契約がいる。だから、おれはとっさに簡易契約を結ぶため、かなり急いで魔法を組み立てる必要があった。そのうえ取引のための魔法も。即席にしては頑張った方だと思うんだ。

 おかげで魔力がもうないよ。今襲われたら普通に死ぬ。


 けど、聖獣は魂を持ったままおれの傍にいてくれる。守ってくれるつもりなんだろう。ジギタリスの魂が綺麗になった以上、おれが死んだ方が魂を取られないし聖獣にとっては都合がいいはずなのにね。


「……だが、どうしてこんなことができたのだ?」

「悪魔の取引だよ……ジギタリスはおれと取引をして魂をくれたけど、魔王はそうじゃない。だから、ジギタリスの魂だけがおれの手元に来て、魔王は輪廻転生の輪に帰っていった。取引の力で無理やり引きはがしたみたいなものだね。だから、悪影響とかあったらどうしようかな……」


 魔王が魔王としての自我を取り戻していたからこそできたことだ。自我が二つあるってことは、魂が別個体だという想定で取引を組んだ。うまくいく保証なんて全くなくて、最悪分かたれた魂が消滅する可能性だってあった。


 でもうまくいったからって、記憶とかいろいろ飛んでるかもしれないし、強度も下がってるかも。だけど、魔王としての部分は完全に分離できたはずだから、もう侵食される恐れはないよ。


「ただ、無理に引きはがした影響で、今度こそ輪廻転生の輪で精査されると消されるかも……そればかりはおれにもわからないなあ。見た目は綺麗だから、多分大丈夫だと思うんだけどね」

「そうか……」

「おれ頑張ったからさ、できれば殺さないでくれると助かるなー……なんて」


 もう指先一本動かせないのだ。おれを殺せば、綺麗になったジギタリスの魂も自分の魂も全部守れる。なんだかんだおれは悪魔だし、今殺すのが最適解なのはそうなんだよねえ。

 一応イーラガッタと取引をするために契約を結んだから、相互傷害不可にはなってる……けどユランに突破されたこともあるから、聖獣相手に安心とは言えない。


「ふふっ、君は恩人だよ。それにそんなことをしたら、あの二人にも、クラリナにも殺されるだろうね」

「父さんのこと知ってるんだ……」

「それはもう。彼は私と違って、魔界を監視するために下った聖獣だからね」

「へぇ……え? えええぇぇ?!?! 父さんが! 聖獣!」


 道理で格が違うと思った! あの魔界で学園を開けるくらい強いわけだよ……。


「クラリナが父なら、母はアマネだろう? 二人の話も後で聞かせておくれ」

「やっぱり母さんも聖獣なんだ……。なんで息子のおれが知らないんだよ……」


 帰ったら絶対問い詰めてやろう。けど今は、ここを生きて帰らないと。

 ユランとタラタネラはどうなっただろうかと首を曲げると、ちょうど勝負がついたところだった。


 巨躯の猪、ベルゼは大斧を地面に刺し、大声で号令をかける。


「魔王様はまた転生なされた! これ以上無駄に命を散らす必要はない! 全軍、撤退!」


 よかった、おれは言わずもがな、ユランもボロボロだったんだ。もう少しで空中を闊歩できる魔法も切れるところだったしさ。本当にギリギリの戦いだったよ。

 悪魔たちが魔界へと帰っていく中、猪だけはじっとタラタネラを見つめていた。


「貴殿……タラタネラといったな。良ければ次は食事でもどうだろう。手合わせの結果、吾輩たちの相性は悪くないと思うのだが」

「勝負がつかなかったからやぶさかではないけれど、悪いね、今は誰とも付き合う気はないんだ」

「くっ、吾輩は甲斐性も悪魔性も申し分ない優良物件だと思っているのだが、なびかぬか。口惜しく思うとは……どうやら吾輩は自分が思う以上に貴殿のおっぱいに惚れているようだ」

「ねえ! やっぱり私の胸誰か縮めてくれないかな?!」


 それは駄目です。おれも大好きなので。

 まあ戦闘中ずっと弾んでたしね。薄着で戦うとああなるんだ。色仕掛けと並行してるみたいなものじゃん。


 それで手を抜く悪魔ではないけれど、互いに致命傷がないのはすごいよ。ベルゼって魔界ではかなり武闘派で通ってるのにさ。人の身で真っ向勝負できるとなれば、惚れられるのもしょうがないかなあ。あんな魂、なかなかお目にかかれないよね。

 まあおれのなんですけど!


「貴殿が魔界に来るのなら、また機会はあるだろう。それと、貴殿には吾輩を召喚する方法を教えておこう。声が聴きたくなったらいつでも呼ぶがいい」

「口説いた挙句、連絡先渡して帰っていくんだ……。一歩間違えたらどっちか死んでただろうに……」

「対価は貴殿との甘い時間でよい。大悪魔を召喚するには、破格であろう」

「きりっとした顔のままだから冗談かどうか判断できないな……ユランと同じタイプだ……」

「夜伽を求めるのも構わん。吾輩はタチウケ両方問題なく、尽くすタイプだと自負している」

「アスモとユランを足して二で割ったタイプだっ! いいから早く帰ってくれ!」


 ベルゼは戦闘中もずっと口説いてたからな……。タラタネラも辟易してる。まだ気をそらすための罠だって言ってくれた方が納得できるよ。


 それからベルゼの姿も消えると、ようやく周囲に平和が戻ってきた。

 破壊の後はひどいけど、みんな無事だからいいでしょ。ジギタリスを無事と定義するかは、ちょっと人によるけど……。


「アスモっ!」


 ぼーっと空を見上げてたら、ユランとタラタネラが駆けつけてくれた。どちらもおれみたいにボロボロだったけど、自分のことよりおれを心配してくれてる。

 それが嬉しいから、にへへって笑っちゃう。


「どうやら無事なようだな」

「よかったあ……私がもっと早くベルゼを倒せていれば、こんな怪我をせずに済んだのに……」

「いや、ベルゼ相手に引き分けってかなりいい方だよ。おかげで気に入られたみたいだし」

「婿養子候補がまた一つ増えたみたいだな。案外あっさり結婚するかもしれんぞ」

「タラタネラはおれのだから駄目」

「ふふっ、そういうことみたいだから、ね」

「ニマニマするな。というかアスモ、俺には政略結婚しろと言っておいて、ずいぶん態度が違うじゃないか」

「人同士ならいいんだよ。それが人の営みだから。でも悪魔は駄目。おれ以外の悪魔が二人と付き合うのは絶対嫌!」

「しょうがない奴だな」

「ユランも口元緩んでるよ」

「黙れ」


 こうしていつも通りしゃべってるとすごく安心する。ああ、生きてるんだなって思えるから。


「それで」イーラガッタが魂を大事に抱えながら。「この魂をどうするつもりだい?」

「どうしようかな……分離させるのに夢中でそこまで考えてないんだよ。でも君を泣かさないって取引だったからなあ。人にとって助けるっていうのはたぶん、悪魔になって生きながらえることじゃないよね」

「それは人それぞれだが……そうかもしれないね」

「だったら、このまま魂が輪廻転生の輪を無事に超えられるか確かめてから、放流しようかな。今度は普通の人として生まれてくるよ。それなら君も泣かないよね」

「それだと君にとって何の利益にならない取引になってしまわないかい? これで悪魔を作れば、きっと戦力になるはずなのに」

「うーん、まあ、それはそうなんだけど。でもこれは悪魔召喚事件の解決の延長線上みたいなものだし……最近は五回分じゃすまないほどのザーメンをもらってるし」


 なんて言うとタラタネラがわざとらしく咳き込み始めた。ユランの目はあきれているけど、別に隠すことじゃなくない? 最近は忙しかったから、ストレス発散もかねてめちゃくちゃエッチしてたからね。


「それにおれがジギタリスと結んだ取引を考えると、悪魔にするのは違反になりそう。戦力もねえ、おれには勇者より頼りになる友達がいるからね!」

「ふふっ、君ならそう言うと思ったよ」


 それから龍は魂を抱えて、たくましい胸板で包み込む。魔王のせいでぎくしゃくしていた二人だけど、ようやく素直に抱きしめあえたんだね。

 イーラガッタは涙を浮かべながらも嬉しそうに口角を上げている。長い間ずっと求めていたものを手にして、二度と離さないとでも言うかのように。

 実際汚染されていない魂を手に入れるために、この龍は壊れる寸前まで頑張っていたんだ。あと数回転生させていたら、きっとイーラガッタは歪んでいた。ギリギリで間に合ってよかったよ。


「お願いがあるんだ。この魂に、人の体を与えてくれないかい?」

「……人の体、というか稼働限界のある体なら作れるとは思うけど……それでいいの?」

「ああ、対価は払うよ。私が殺したんだ、その責任は負わないとね。ただ、もう私の魂は君のものだから……そうだね、私の聖獣としての力を、神から授かった力を君に与えよう」

「待って! それはさすがにもらいすぎだから! バランスが崩れる! おれは公平を尊ぶ悪魔なの! 稼働限界のある体なんて、悪魔の下位互換なんだから安いものなんだよ! だから、えっと……」


 どうしよう……。ここで聖獣の力をもらうのはないから、もっと他の、公平になる取引を……。


「そうだ、セフレになってよ!」

「……え?」

「稼働限界のある体の作成に、記憶の引継ぎって考えたらこのくらいが妥当だよ。強度の問題でどこまで引き継げるかは未知数だけどね。魂の経過観察は……事件の解決とは関係ないからサービスになっちゃうけど、どうせオプションとして付けるだろうし……なら聖獣とセックスできる名誉で考えるとやっぱりこのくらいかなあ」

「なるほど、それなら私は構わないよ。もともと私の魂は君の物なのだから」

「あ、もちろん、初夜はジギタリスに譲るよ。やっぱり最初は好きな人としたいよね」

「……それは」


 イーラガッタは元々赤かった顔を鮮やかにして、はにかんでごまかした。愛していた勇者の魂であり、自分を愛してくれた人の魂だ。当然最初をするならこっちがいいに決まってる。


「そう言われると恥ずかしいね。でも、これからのことはジギタリス次第だ。もう魔王の影響がないから、私を好いてくれるかどうか……」

「じゃあおれらとたくさん経験しようよ。タラタネラを参考にしたら雄を落としやすいかも」

「しれっと私を巻き込まないでくれ!」

「ふふ、考えておくよ」


 こうして見ると、本当に憑き物が落ちた顔をしている。この時のためにずっと長い間耐えてきたんだもんね。

 すがすがしい気持ちで空を見上げていると、ぬっと金犬の顔が割って入ってきた。


「いつまでこんなところで話しているつもりだ。早く帰って手当てするぞ」

「それもそうだね。アスモは私が運ぶよ。片腕だと大変でしょ」

「助かる」

「ありがとー。おれもう飛ぶのも無理でさあ……」


 文字通り全身全霊でやってたから、体を動かせもしない。魔力も尽きてるし、回復するのに時間がかかりそうだ。

 あー早く。お風呂入ってご飯食べて、ふかふかのベッドで寝たい!


「ねえ今日は三人で寝ない?」

「馬鹿言うな。そこまでベッドが広くないだろ」

「ここにもユランの家みたいに特注のベッドを入れるしかないね」

「人の家を別荘みたいにするな」


 ひょいと抱えあげられて、屋敷へと踵を返す。庭で戦ってたおかげで、そこまで被害はないから多分問題なく使えるはずだ。


 今は、イーラガッタを魂と二人きりにしてあげた方がいいかな。なんてこと、多分おれら全員が思ってる。さっきからずっと愛おしそうに撫でてるんだ。きっと語り掛けたいことだってあるよね。


「アスモ」


 だけど、聖獣はタラタネラの腕にいるおれへと近づいて、黒い手を持ち上げる。それから両手で上下から包むと、まばゆい光をほとばしらせた。


「え、なになにっ?!」

「我ら聖獣は神に遣わされた獣。その役割は悪魔から人を守ることであり、清く正しきものに祝福を与える存在だ」

「手の甲に、なに……この模様……」

「聖痕と、人は呼ぶね。神の代理人として、聖獣が一柱、このイーラガッタによる祝福の証。これがあれば君は聖なる力を得られるだろう」

「おれ悪魔なんだけど……しかも、こんなすごいのもらっちゃったら対価が……」

「ふふ、私からすれば今更だと思うのだ。君は公平をうたいながら、私たちを助けてくれた。しかも君が私の魂を取るのは、『私が死んだ後、寿命などない聖獣が死んだ後でいいという』。私からすれば、もらいすぎなくらいなんだ。だからこれはそのお礼だよ。気兼ねなく受け取ってほしい」

「そうかなあ。おれは別に変な取引にしたつもりはないんだけど……」

「クラリナは君を本当にいい子に育ててくれた。ユラン、タラタネラ、君らにもお礼として祝福を与えさせてほしい」


 イーラガッタは両手を広げて、おれら三人を抱きしめる。さすがに腕はまわらなかったけど、できる限り収めようとしていた。だからおれらは何も言わず、くすぐったそうに笑いながら入りやすいように身を寄せる。


「ありがとう。私を長い長い暗闇から救ってくれて」

「俺は職務を全うしただけだ。礼を言われることじゃない」

「私もさ。本当に君は長い間孤独に戦い続けてきた。聖獣の気高さにねぎらいを送るよ」

「おれもそういう取引だからね。でも、イーラガッタもジギタリスも救われてよかったね」

「……ああ」

 

 その声は震えていたけど、おれらは気付かないふり。

 勇者が魔王になるなんてこと、誰にも言えずにずっと心をすり減らしてきた。タラタネラが孤独と言った理由もわかる。

 

 三人で、とは言ったけど、今日は四人で寝てもいいかも。

 なんて思いながら、おれらは屋敷へと戻っていった。

 

****


「……はあ?」


 金のかかった豪華な一室で、オレは胡散臭いといわんばかりの声を出す。

 いやそうだろ、オレが勇者の生まれ変わりで魔王と同化してたけど、いったん死ぬことで乖離に成功したとか言われても、反応に困るって。


「そんで、オレは魂が分離した影響でここ最近の記憶を失った……ってわけか?」

「そうなるね」


 まあ確かに、オレが覚えてるのはなぜか神殿から呼び出されたところまでで、それからかなりの日数が経ってるのを見るに、あながち嘘ではないかもしれん。

 そもそも、あの救国の聖獣と名高いイーラガッタがこんな嘘をつく理由なんてねえしな。

 オレみたいなちょっと名の知れただけの傭兵をわざわざ呼ばなくとも、こいつなら最高級娼夫とか呼び放題だろ。


「で、今のオレの体は悪魔が作った稼働制限のあるもので、人と同じように生活できるし、普通に死ぬと……はぁ、なんだそりゃ。そんなお人好しな悪魔が存在してるのかよ」

「それが存在しているのだよ。私も最初は疑っていた」

「どうせ作りなおすなら、腹とかへこませてほしかったぜ……」

「私は好きだよ」

「そいつはどうも……」


 郊外の一等地に建てた屋敷はいたるところに金がかかっていて、あまりにきらびやかで目がつぶれそうだ。まあ成金が鼻につくわけじゃねえし、どちらかというと清純すぎて居心地が悪いって感じだな。

 それに、なぜか並んでソファに座ってるんだが、イーラガッタの距離が違い。

 肩も当たってるし、なんだこいつ。


 オレも関わっていたらしいが、魔王を退けたことであの騎士二人は勇者の再来ともてはやされている。勇者一筋だったイーラガッタの祝福までもらったんだ。民衆の人気はうなぎのぼりだろうな。

 悪魔も一人いたらしいが、それを知るのはオレらくらいだとか。オレは教えてもらっただけだが、確かに悪魔が味方してたって言われても、にわかには信じがたいだろ。

 そしてオレがあのユランデータに鍛えられた、ねえ。本当かよ。あいつこそまさに雲の上の人だ。どんな縁があれば顔見知りになれるんだ。


「あの時の特訓があったから、君の魂は記憶を引き出す魔法にも耐えられたのだ。感謝しなくてはね」

「じゃあそれがなかったら、この図体で生まれたての赤子になってたわけか? ぞっとしねえ……」


 想像してうえっと舌を出すオレを、龍は微笑ましい顔で見ている。それこそまさに赤子を見る親というか、生きていてくれてありがとうと言わんばかりで。オレが何をしても温かい視線が降ってくるんだ。

 むずがゆくてたまんねえ……。オレは憐憫や同情なんて死ぬほど嫌いなんだが、何故だかこいつの視線はそこまで嫌じゃねえんだ。自分でも不思議なことにな。


「ここにはアスモの研究室もあるから、彼らも定期的に来る。今度顔を合わせるといい」

「まじで来るんだ……。あのばかでかいベッドがあるところだっけ? 全員で寝てんだよな」

「たまにね。ふふっ、ああしてみんなと横になっていると、アレンダートと旅をしていた頃を思い出すよ。旅が終わってから聖獣として祭り上げられていたせいで、久しく忘れていた。私は野宿も嫌いじゃなかったのだ」

 

 オレの知ってる聖獣は式典とか大仰な舞台で遠くに見ただけだが、もっと引き締まった顔をしていたと記憶している。威厳という言葉はこいつのためにあるのだろうと、当時は思っていたのだが、まさかこんな柔らかい表情をするとは思わなかった。


 王太子だけではなく、聖獣からもお墨付きを与えられたアスモは、悪魔とは思えないほどの待遇を得ている。悪魔召喚事件や魔王のことを経て、人々が悪魔について対策を取れるように協力してるとか。


『事件は解決したから新しい取引が欲しい! じゃなきゃおれ、帰らなくちゃいけなくなる! 仕事ほしい! 仕事仕事仕事~!』


 とか駄々をこねたらしい。ワーカーホリックかよ。どうやらかなり真面目な悪魔みたいなんだが、想像できねえな。

 

 今は魔法使いへの教育と新しい魔法の開発に携わっているようで、悪魔にして初めての魔法省幹部になっているとか。信じられねえなあ。

 加えて、輪廻転生の輪に飲まれた魔王が返ってきたときのために、この屋敷にある研究室で魂についても研究してる。自称完全後衛の学者タイプらしい……ん? なんでオレがそんなこと知ってんだ?


 自分に驚いている間にも、じりじりと山が近づいてくる。もはやソファの端に追いつめられたオレに逃げ場はなくて、気付けばそっと手が重ねられていた。


「前の君は魔王によって好意を植え付けられただけだった。だけど、今はまっさらな状態だ。今の君の感情は君の物なんだ」

「まあそうだろうよ……」

「だから今、君が私を愛してくれれば、それは紛れもなく君の感情になる」

「はあ?! なんだ?! お前、勇者のことが好きなのかよ!」


 そうじゃなかったら、出会ったばかりのオレを好きになるはずねえ。

 隣からのしかかる体重を感じながら、一気に混乱のるつぼに叩き落された。


「違う。私は君を愛しているんだ、ジギタリス。君は覚えていないだろうが、私は決めたのだ。何度だって、君を愛すると」

「勇者じゃなくってオレかよ! 記憶がねえ時のオレはいったい何をしでかしたんだよ!」

 

 記憶がないとはいえ、全部が唐突すぎる!

 なんで、勇者の生まれ変わりとか言われて聖獣から溺愛されなきゃいけねえんだよ!


 でも、悪い気はしてねえ自分がいる。なんでだ。男色なんて仕事中に仲間と性処理する程度で、娼館で指名するのはいつだって女だったんだぞ。

 それがなんで、こんな山のような巨体に髭とたてがみのついた雄相手に、ムラついてんだ。オレはどうしちまったんだよ!


 法衣の隙間から覗くうろこは膨らんだ筋肉をコーティングしているが、今にもはちきれそうだ。腋とか胸にも生えてるのかよ、雄々しさの権化か。

 イーラガッタは恥ずかしそうにしながらも、ぐいぐい体を押し付けてくる。筋肉を感じていると、ふわりと香るさわやかな匂い。清潔感があってすっきりとした芳香は、結構オレの好みだった。


「……品がなくて恥ずかしいのだが、その、男の人はこういうのに弱いと……聞いたものでね、どうだろうか」

「どうだろうって……まあ別に、嫌じゃねえけど。いい匂いするしな……」

「ああ、よかった。これは君が記憶をなくす前、アスモに頼んでいた香水だ。君が好きだろうと思って、使わせてもらった。私は長きを生きていたくせに、こういうことにはとんと無頓着だったからね」

「だからオレ好みの匂いがするのかよ……こんなのずりいだろ……」


 あの聖獣が、救国の聖獣が、オレの匂いを付けて誘ってきやがる。荘厳な法衣にエロスをにじませて、威厳を華やかに咲かせて。


「もちろん、君にとって私は初対面だ。こんなことを言われたところで、困惑するのも当然だろう。だから、時間をくれないだろうか? 君が私を好きになってくれなくとも構わない。ただ、機会だけは恵んでほしいのだ。君がこの老体を知るための時間を……」


 オレに重ねている手は武骨だ。第一関節の下にはたてがみと同じ金の毛が生えているし、掌だってオレよりでかい。真剣に頼み込む眼は懇願にうるんでいて、どう見ても年上のおっさんって感じなのになぜか目が離せない。


 心臓より深い心のどこかで、何かが叫んでいる。これが魂の声ってやつなのか? わっかんねえよ。

 なのにドキドキするんだ。オレの好みなんかじゃまるでねえってのに、近づくその唇を奪いたくてたまらない。


 ああもう本当に、オレはどうしちまったんだ!

 だけど、今ここを逃したら駄目だって、体も心も全部が叫んでやがるんだよ!

 まるで生き別れの片割れにでもあったかのような気分だ。奥底の衝動があふれて止まらねえから、もうどうにでもなれ!


 オレは手を伸ばして、赤い龍を抱きしめる。硬くてでかい雄の体だけど、不思議と安心感が湧き上がってくる。そして、もう離したら駄目な気がするんだ。


「ジギタリス……?」

「わかんねえよ……何にもわかんねえ。オレが一回死んだとか、勇者の生まれ変わりだとか……んなの、どうでもいいけどよ……」


 イーラガッタの腕は少しだけ躊躇したけど、すぐさま抱き返してきた。

 聖獣の心音を聞いていると無性に安心する。過去のオレがどんなことをしてたのかは知らねえけど、多分こういうところで好きになったんだろうな。


「自分の気持ちは自分で決める。だから、まあ、これがオレの気持ちなんだろうな」


 なんとなくだけどそんな確信がある。多分オレはこいつのことを好きになるんだろう。

 震える聖獣をなだめながら、確信めいた感情が胸に宿るのを感じていた。手が回りきらないほどの巨体の重さを心地よく思うくらいだ。放したくないと、魂が感じてるのかもな。


「……君が今もそうなのかはわからないけれど」

「なんだよ」

「私のことを、めちゃくちゃ抱きたいと……」

「……」


 こいつがそんなことを言うのは股間が当たっているからだ。正直今までの経験からだと全く好みではないのだが、なぜかオレの愚息はものすごく元気になっている。

 なぜか……っていうのはオレの記憶だけで、心は逸ってしょうがねえみてえだな。めちゃくちゃ抱きたいとか言ったのも多分本当。

 だって今すげえムラムラしてるし……。


 イーラガッタは覚えのない感情に翻弄されるオレをまじまじと見ていたが、やがて意を決して額に口づけを送る。


「もう君の魂を新たに作る必要なんてないのだが、それとは関係なく……わ、私も……」


 聖獣は花咲くように笑ってこう言った。


「めちゃくちゃ抱かれたいのだが、構わないだろうか」


 それからのことはあんまり覚えてねえ。

 馬鹿みたいに首を縦に振ったかと思えば、いつの間にか寝室いた。

 そんで、大きなベッドの上でシャワーを終えた赤い山がオレを待っている。


 身に着けた権威をすべて脱ぎ去ったイーラガッタは、腹の出ているオレとは違う雄々しさに満ちている。ゆったりとした法衣の下は筋肉の塊で、そこらの彫刻なんかよりもずっとたくましい。

 温和な表情と髭やたてがみせいで勘違いしやすいが、体は若人そのものだ。鱗の艶や内皮の張りは丁寧な暮らしを反映しており、まばゆいばかりに綺麗だった。


「こうして裸を見せるのは初めてだね。あまり人と比べたことなどないので、気になるとこがなければいいのだが……」


 気になるところっつうか、全身スケベというか。

 鱗を持つ者特有の色気に加えて、腋や股間、胸に茂る体毛が生々しさを醸すせいで目が離せねえ。腹筋はバキバキなくせに胸と尻はでけえから、全身のプロポーションが完成されてる。シルエットだけで人を興奮させられるんじゃねえかな。

 あの荘厳で清らかなローブの中身がこうなってるとは全く想像もできなかった。いや、誰だってできねえだろ。


「よかった、気に入ってもらえたようだ」


 あまりにじっと見つめていたせいか、イーラガッタは胸をなでおろす。さすがに衝撃的過ぎて、言葉がなかった。

 娼館に通ってたからこそわかるが、こんな雄、抱こうと思っても抱けねえよ。地位とか権威とかそんな副次的なものじゃなく、単純にこいつの体がすごすぎる。


「やはり、君は胸部を好むようだね。確かに鍛えてはいるが……こういうのがお気に召すのだろうか」


 視線を読んだ聖獣は筋肉で膨らんだ胸を下から掬ってみせた。リラックス状態の肉は張りと柔らかさを両立していて、手からこぼれそうになっている。

 そして揉んでいる方の腕を上げて腋をさらせば、茂みが全貌を表して揺れている。シャワーを浴びた後ということもあって、金の光沢がなまめかしかった。

 

「こうすると喜ばれると聞いたのだが……」

「確かにそうだけどさ……まさか聖獣がこんなはしたないポーズをとってくれるとは思わねえだろ……」

「それならいいんだ。私は今までこういったこととは無縁だった故、まだ勉強不足なところがある。聞きかじりの知識ばかりで右も左もわからんので、いいと思ったなら、その都度言ってくれると助かる」


 あの聖獣様が性行為について勉強してるなんて、目の前の光景があっても耳を疑う話だ。正直この肉体なら何をしても魅力的だとは思うが、多分本人にその自覚がないのだろう。

 聖獣に性知識の入れ知恵なんて誰ができるんだよ。と思ったが、話を聞く限りあの悪魔たちに違いない。もう顔も思い出せねえけど、加減しろ馬鹿。


「人によっては腋を嗅ぐことを好む者もいると聞いているが、君は……」

「え……」


 聖獣の口から出ていい言葉じゃなさ過ぎて反応に詰まってしまった。記憶がないせいか、いまだに頭のどこかでこの龍を神聖なものとして扱っちまう。

 男色はたしなむ程度なんで、そういう雄臭すぎるのはちょっと……。なんて一言いえばいいだけの話なのに、口がなぜか拒否している。傭兵の仕事で長丁場だった時とか、雄臭い環境は体験済みだが好んで嗅ぎたいと思ったことはねえ。


 けど、オレ好みの香りをまとった茂みが熟れた果実のように見えている。傭兵としての記憶は絶対やめておけと言っているのに、失ったはずの感情がしゃぶりつけと叫ぶんだ。

 抗いがたい魅力に誘われて、オレは鼻面を龍の腋にうずめてしまう。


「ほ、本当だったのだね……そんなところを嗅いで、嫌じゃないのかい?」

「別にそこまで臭くねえし……むしろ、いい匂いだぞ」

「それは、香水も使ったし、私自身龍としてそこまで匂いがきつい方ではないと思っているが、だからとて……」

「嫌ならやめるぞ」

「い、いや……かまわぬよ。君の好きにしてほしい。私が知らないだけで、一般的なのかもしれん……」


 絶対違うと思うけど、否定するほど余裕はねえ。

 いい芳香に紛れて漂う龍のフェロモンを肺いっぱいに吸うと、ちんぽがいっそう硬くなったのが自分でもわかる。聖獣というだけあって、加齢臭みたいなきつさってのがほとんどねえから、どれだけでも嗅げそうだ。

 くぼみも大きく、前後の筋肉が分厚いことの裏返しだ。熊の鼻面をすっぽり収めるほどの空洞にある空気を全部吸い込む勢いで、オレは鼻を鳴らした。男色なんて、しかもこんな雄臭い部位を、自分が好んで嗅ぐとは思ってもみなかった。


「そんなに好まれるとは……んうぅ?!♡ これ、何をしてる……! そんなものを口に入れるでないっ!」


 しかも食うとはさ、我ながらどうかしてるぜ。唇ではむと腋毛が唾液でべったりと汚れ、龍に焦りが浮かびだす。味なんてしないが、なんとなくそんな気になったんだ。

 本当に、記憶を失う前のオレはなにをしてたんだか。男色への忌避感なんて、これっぽっちもありゃしねえ。


 さすがにこれ以上はオレらにとってもよくねえな。童貞じゃねえんだ、自分の好き勝手にふるまうのも抑えねえと。

 顔を離して、今度は手を胸に。掌で収まりきらないほどの胸肉を揉みこむと、みっちり詰まった弾力が指からこぼれそうになる。肌に吸い付いてくる滑らかな内皮がオレを虜にしていった。


「あ、うぅ……♡」


 低い声に艶が混じる。甘やかな音は股間を共振動させて先走りをにじませた。

 イーラガッタはオレがおっぱい好きなのを知っているからか、ベッドに沈んだもう片方の腕を上げて、両腋をさらす体勢をとった。そうすると、引き伸ばされた胸部がオレに触ってくれと言わんばかりに向けられるのだ。

 

 オレにはお前らの記憶はねえのに、向こうはオレを熟知している。そうだよ、正解だよ。こうされると揉みたくなっちまう。


「完全にばれてるし……いいんだな?」

「ああ、好きにしてくれ」


 なんて言われりゃ、食わない方が恥だ。丸太よりも大きな胴体に馬乗りになって、両手で両胸をわしづかみにした。


「はぁ……♡」


 おそらく誰にも揉まれたことなんてないんだろう。龍の目が熱っぽくうるんでいく。

 こんな雄々しい肉体のたくましい部位に、お前は雌なのだと丹念に教え込む所作だ。救国の聖獣といえど肉に食い込む指はたまらないらしく、吐息に艶も混ざりだしてくる。

 普通腕を上げたら胸ってもんは多少なりと引き締まるもんだが、引き締まってもなおでけえんだ。傭兵仲間もそりゃ鍛えてる方だったが、これは次元が違う。でかすぎる。さすが聖獣はおっぱいも最強か。


 ……なんか、もっとすげえおっぱいを見た気がするんだが、思い出せねえな。いやまさかな。これよりでかかったらもう雄じゃねえよ。


「あぅ……♡んっ♡」


 時折指に突起がかすると、そのたびにイーラガッタが肩を震わせる。いじったこともないであろう突起は、胸のでかさを前にするとより小さく見える。

 試しにつまんでみると、龍の声音が鼻にかかったように甘くなる。こんな小さいくせに感度はいいみたいだな。だったら自分でいじってもよさそうなんだが……。


「なあ、嫌なら答えなくてもいいんだが、聖獣ってオナニーとかするのか?」

「はぅっ♡……わ、我ら聖獣は、普通の生き物ではないため……子どもを授からない……だから、性欲というものがあまり、備わっていないから……♡そういう行為をしたことはないのだ♡」

「だからか……でもその割には、オレに抱いてくれって……」

「それは、君だから……言っただろう、私は君を愛していると。好きな人とつながりたいと思うのは、至極、当然のことだと思うが……♡」


 胸を揉まれながら嬉しそうに微笑まれると、どうしたって鼓動が高鳴っちまう。慈しみに満ちた視線が、その言葉に信ぴょう性を与えている。


「聖獣って、こんな人らしかったんだな……」

「ふふ、そうとも……私は人に恋をし、人に近づいた獣だ♡だからこそ、人らしいことがしたいのだ……♡こうして君とつながっているようにね♡」

「じゃあ……」


 こいつの言う人らしいことってのは、つまるところ恋人らしいことだ。それはさっきみたいに腋を舐めたりとかじゃねえんだろうな。

 はあ、イーラガッタがスケベすぎて、興奮に任せて突っ走りすぎた。いくら誘われたからだとはいえ、童貞みたいで嫌になるぜ。

 

「キス、してみるか」

「ああ。君とつながれるなら、喜んで」


 だからこのキスは飛び切り甘いものにしてやるよ。


「ん、ふぅ……♡」


 マズルを傾けて深くつながり、互いの呼吸を肺へと流し込むように噛みつきあう。牙がぶつからないようにしながら舌を差し入れて、龍の口腔内を味わっていく。


 龍の頭蓋を抱き寄せると、応えて腕が回される。ぎゅっとつむった目が初々しいが、舌はオレに合わせようと絡みついてきた。不慣れな動きではあったけど、オレを昂らせるには十分だった。


 それからオレらは唇がふやけるほどにキスを繰り返す。少し離れても角度を変えてまたつながり、鼻面だけをくっつけるような軽いものを交えながら、呼吸するかのように。

 こぼれた唾液が金の髭を流れるが、龍は全く気にすることなく薄く口を開いてオレを求めてくる。赤い手はもっととねだって押し付けてくるから、オレも拭う暇なんてありゃしねえ。


「はふっ……んぅ♡んっんっ♡」


 やがてキスだけじゃ物足りなくなったのか、オレらの手はいつの間にか指をからませていた。武骨な男同士の手が恋人つなぎを固めると、口が勝手に笑みを浮かべていた。


「ジギタリス……」


 それは向こうも同じのようで、イーラガッタの瞳は弧を描いている。口唇からつながる唾液を巻き取って、龍の舌はまだ満足していないのだと先をわずかにのぞかせていた。


「もっと、してくれぬだろうか……アスモたちがなぜキスにこだわるのか、わからなかったが……これは、悪くないものだ……」

「じゃあ腋とかさらす前に、言ってくれりゃいいのに……」

「なにぶん初めてなものでね……それに、私のことより、君を喜ばせたかった」

「初めてなら無理するなよ。オレは十分楽しんでるよ」


 ついには両手も指を絡めだし、体を密着させてキスを再開する。

 オレの膨らんだ腹が硬い腹筋を押し込むが、下の方で挟まれる肉の棒はイーラガッタの興奮だ。それは太くたくましく、体躯に見合った立派なものだというのが分かる。


 オレよりでかい体にのしかかって、少し身をよじるとこすれた一物が快楽を生む。もうぬるっと動いていることから、オレの腹は先走りで汚れていることだろう。


「ふぉぉ♡んっ♡ちゅぅ♡んんっ♡」


 先ほどよりも喉が震えているのは、快楽に酔っているせいだ。舌使いにも遠慮がなくなってきていて、分厚い肉の塊がオレの中を這いずり回っていく。

 唾液まみれの舌が絡まる様は蛇の交尾を思わせる。触れ合う表面積を増やすことに執心して、つながりたくてたまらないから離すことを拒んでしまう。


「んあぁ……♡ジギタリス……♡」


 大きく開いた龍の口には何本ものよだれの柱がかかるが、すぐさま落ちて消えていく。髭が汚れればそれだけ虹彩の湿度が増していき、情欲がオレを求めてうねっているのが見えた気がした。

 口を離して上半身を起こしても、イーラガッタは口回りを舐めながら呆けたままだ。初体験ということもあって、ディープに衝撃を受けたのかもしれない。


「大丈夫か? ちょっとやりすぎたか……」

「いやなに、少しばかり刺激が強すぎただけだ……性行為など私には関係ないと思っておったが、ふふっ、これでは民に示しがつかんな」

「別にいいだろ。どんな名君だってやることはやってんだ。あんたが聖獣だからって関係ねえ」

「……君は本当に」


 そっと手を伸ばしてオレを抱きしめる。逃れたはずの顔はまた龍に捕らえられ、今度は胸毛に思いっきりうずめられてしまった。

 ぼふんと埋まるが、やはり腋より匂いは薄い。それでいて毛がやわらかいから、草原に横たわっているみたいな気分になる。

 

「おぉ?!♡」

「すまないが、少しこうさせてほしい。愛しい人を腕に抱く喜びとは、かくも温かいものなのだな」

「その割には硬いものが当たってるぜ」

「……はしたないと、君は笑うかい? この幸せを噛みしめているというのに、体はまだ満足していないのだ」

「んなわけねえって。オレだって勃起してんの、わかるだろ」


 ぬくもりを分かち合う時間を捨て去って、オレは龍をのぞき込む。一物を誇示するようにこすりつければ、その顔に赤みが増した。


「まあ……抱きつくのは後でいくらでもさせてやるからさ」


 オレの股間はちょうど龍のスリットに当たっていて、陰毛を汚しながら割れ目に沿って亀頭がスライドしている。そこはすでに龍の陰茎によって盛り上がっていて入る隙間などないというのに、あさましい欲望が内壁にノックを続けていた。


「今、お前をめちゃくちゃ抱きてえ……」


 雄相手にこんな興奮する自分なんて、想像できなかった。けど、今はこの雄々しくも気高い龍とつながりたくてたまらない。聖獣としての肩書なんてどうでもよくて、イーラガッタに受け入れてほしいという懇願が真剣な視線を形作っている。

 オレがこいつのことを好きだったのは、絶対本当だ。今までいろんな奴とやってきたけど、ここまで逸ったことはねえ。


「ああ」


 対して龍はやはり先ほどと同じ、花咲くような笑みを浮かべた。それは魂ではなく、オレを見ている。その瞳には欲に焦がれる自分の顔がはっきりと映っていた。


「今もまた、そう言ってくれるか。だとするなら迷うことなどないよ。私はいつだって、君を受け入れるのだから」

「助かる」

 

 それだけ短くつぶやいて体を起こすと、イーラガッタの分厚さがよく分かった。

 龍は期待と緊張がないまぜになった顔をしているが、視線はずっと優しいままだ。オレの一挙一動に嬉しくなっているのか、自ら股を開いて招き入れる時も口角は上がっていた。


 赤い体躯は神聖なものだというのに、こうして股を開いた格好はそこらの雄と何ら変わりない。陰毛から飛び出す一物は赤くたぎった鉄心のようで、どれだけ感極まったところで治まることのない興奮が如実に表れている。


「ただ……」ふと、不安が龍の言葉に陰る。「初めて故に、君の巨木が入るかどうか……」

「後ろを使ったことってないのか?」

「い、一応、君の体ができるまでの間に何度か一人で……私は体が丈夫だから、問題ないとは言われているが、それでもやはり不安でね……」

「心配するな。これでも男相手は初めてじゃねえんだ。元からほぐすつもりだったから、安心してくれ」

「助かる。それと確か、こう言えば男性は喜ぶと聞いたのだが……」


 また悪魔による入れ知恵か。だが確かにオレには結構効くんだよな……。

 なんて思って軽く眺めていたら、イーラガッタは自らの足を抱えて持ち上げ、穢れを知らない秘部をさらけ出す。そこは左右に陰毛の筋を残しながらも、綺麗な粘膜の色をしていた。

 でかく張り詰めた二つのボールの中心は恥ずかしそうに震えている。龍はさらに尻肉を引っ張って、あまりにも雄らしい部位にある蕾をオレに見せつけてくる。


「こんなはしたないことを、君が喜ぶとは思わないが……綺麗にしたとはいえ、本能的に忌避してしかるべき場所だ……」


 オレがあっけにとられているから勘違いしたのか、イーラガッタは恥ずかしそうに眼を伏せた。性行為というものに造詣が深くないため、ただ恥ずかしいだけという認識かもな。

 だが、一応最後までやる心づもりらしく、ためらいがちだが唾液で艶めく口唇は止まらない。そこに悪魔に対する信頼が見て取れて、少し意外な気持ちになった。


 が、そんなもの、イーラガッタの言葉で全部吹っ飛んだ。


「どうか、優しくしてくれ……ここはそなた専用の、お、オスマンコであるからして……」

「ちょっと待て! さすがにそれは飛ばしすぎだろ!」


 処女に言わせていい単語じゃねえって。騙されてんじゃねえか?!


「こ、こういうのがギャップが出てよいと……太鼓判を押されてしまったのだ。気に食わなかっただろうか?」

「いや……」


 正直嫌いではない。ただ、イーラガッタにそんなことをさせるのが憚られるってだけで……。

 それでも体は正直なので、硬くなったものがビクンとスリット周りを打ち付ければ、龍だって気付く。確信を得てしまったせいか、尻たぶを広げる指がさらに食い込んでいた。


「や、はり、君はこういうのが……」

「ああそうだよ、好きだよ。でもな、無理にやってほしいわけじゃねえんだ。初めてなのに頑張りすぎなんだよ」

「それは許しておくれ。この時をずっと待っていたのだから」


 体を張ってオレを興奮させようとするイーラガッタは、それでも足を上げたまま。


「アレンダートに恋をして、ジギタリスに恋をして……私は長い間、自分の気持ちが報われる時を待ち続けていた。それならば、多少の羞恥ぐらい何を恐れることがある」

「お前はすげえよ……」


 聖獣として長い間奉られ、尊厳が肥大化してもおかしくねえのに。自分のプライドなんてかなぐり捨てられるんだから。オレを憐れんだり蔑むばかりの貴族らとは違うのだと思い知る。


「ふふ、君はもう覚えていないだろうが、私のしたことは許されていいことではない。それでも、背負う覚悟はあるつもりだ。そんな私のプライドなど、どうでもいいことなのだよ」


 過去のオレが聞いたらわかっただろうが、今は何を言ってるのかわからねえ。

 ただ、こいつの芯は驚くほど頑丈なんだということくらいは理解できた。覚悟決めた顔してやがるから、これ以上言うのは野暮だな。


 だったら、早くつながりてえ。傍に準備していたローションを手に取って、純潔をしとどに濡らしていく。


「んっ♡」


 鼻にかかった甘い声がここまで似合うとは思わなかった。こんな髭の豊かなおっさんみたいな顔を色っぽいと感じる自分がいた。


 もうこいつが何をしてもオレの股間を急かしてたまらねえ。丁寧を心掛けて指を一本入れながら、本音はもうぶち込みたくなっていた。


「あっ……♡一本だけとは、優しいことだね♡」

「んだよ、一気に三本でもよかったか。悪いが、急かされると抑えきれる自信がねえからな」

「う、ん……はぁ♡その可能性もあると、言われたので……ふぅ♡先の入浴で、ほぐしておいたのだ♡♡君が私の、お……オスマンコを、使いやすいようにと……♡」

「そこまでケダモノじゃねえって。あと、無理してそんな単語使うなよ」


 くいっと指を曲げて内壁に当てると、筋肉だるまがベッドではねた。


「あっうぅ♡♡」

「……まじで抑えられなくなる」


 童貞を失った時より興奮してやがる。ケダモノじゃねえって言っときながら、雄を煮詰めて作ったような体を前に、ちんぽはずっと先走りを吐き出していた。

 もう犬が振る尻尾と何ら変わりねえ。楽しみだってちんぽが揺れてやがる。前のオレがどれだけ楽しみにしてたのか知らねえが、せめてもう少し恰好つけさせてくれてもいいじゃねえか。


 取り繕おうとしたところで、指の動きは止まらない。早く孕めと発破をかける雄の動きで、内壁をわからせていく。


「んっんっ……構わない、よ♡私は、頑丈、だから……♡君が喜んでくれるなら、私は……」

「だからちげえって! オレはお前に喜んでほしいんだよ!」


 初めて会ったやつに言う言葉じゃないのは分かってる。

 だけど初めてじゃねえ……魂がそう言ってやがるんだ。

 さっきからずっと自分のことは二の次で、オレのことばかり。オレは別に娼婦を抱きに来たわけじゃねえんだ。そういうのとは違うことくらいわかるっての。


「ああもう、お前なんて全然好みじゃねえのに! 無償の愛とか慰めとか、オレが一番嫌いな言葉だ! なのに、くそ……」


 二本目をぶっさしながら、形にならない感情を精査せずに叫んだ。


「お前のことが好きなんだよ! だから素直に喜んどけ!」

「ジギタリス……っん、君ぃ……記憶が……?♡」

「んなの戻ってねえよ! でもしょうがねえだろ! 好きだって思っちまったんだから!」


 やけくそになって三本目。事前にほぐしたという通り、それはすんなり入っていく。


「もうめちゃくちゃ抱きてえんだ! こんな興奮なんてしたことねえ! お前はオレが全部忘れてるから、興奮させようと必死なんだろうけど……そんなのもういらねえから」

「んおっ……おおぉ……広がるっ♡ああ……ジギタリス……♡」


 最初に抱きしめた時からずっと思ってた。オレはこいつを好きになるんだって。

 やってる最中もどんどん確信に変わっていって、後はオレが認めるだけまで来ていた。だったらもう認めるしかねえだろ。

 自分の気持ちくらい、自分で決める。なんだかわかんねえど、その言葉がずっと頭を回ってんだ。例え何も覚えてなくたって、それだけわかってりゃいいよな。


「ふっ、あっあっ……♡おおぉぉ……♡」


 三本の指をバラバラに動かしていくと、指と指の隙間から赤い内壁がのぞく。泡立ったローションがぐぷりと漏れていくたびに光沢が流動して、その生々しさにめまいを覚えそうになる。

 ここに今から入れるんだと思うと、ちんぽが萎えることを忘れちまう。痛いくらい張り詰めてて出したくてたまらねえのに、中じゃなきゃ嫌だとぬかしてる。


「だから……オレを喜ばせるんだったら……あ、愛してるとか言ってくれた方がいいからな……」


 自分で言っておいて臭すぎて恥ずかしい。愛を歌う娼婦なんざ歯牙にもかけなかったのに、こいつの口からだと際限なくほしいとか思っちまう。

 恋人らしいことを求めていたのはオレもだったんだなと、なんか気付いちまった。


「ジギタリス……愛している♡君が私を愛していなくとも、よかったのだ♡でも、君は、最後に……また私を好きになると、言ってくれたから♡どうしても、確かめたくて……♡あうっ♡」

「結局そうなっちまったよ。愛してる、イーラガッタ」

「私もだ、愛している♡愛している♡次は何度でも言おう♡前に言えなかった分まで、言うつもりだった分まで♡すべてを、君にささげよう♡」


 結合部をぐちゃぐちゃにかき混ぜられながら、龍は甘やかな告白を降らせてくる。低い声は蕩けて、大きな体はしびれて、うるんだ視線はずっとオレを映したまま。

 丁寧にしてやりてえのに、我慢は限界に達している。鱗に浮かびだした汗がこの肢体の熟れたことを伝えてくるから、喉が勝手に鳴っちまう。整えた艶を興奮でさらに光らせる龍を、オレは欲しいと願っていた。


 理性と欲望の妥協点まで我慢して、引き抜いた指には愛液と混ざったローションが絡みついていた。ねっとりとしたイーラガッタの興奮は、先ほど自分の肛門をマンコと評したことでいっそう卑猥なものに感じられた。


「ジギタリス……私に君をくれないだろうか♡さっきからもう、体が火照ってたまらないのだ♡」


 足を抱えたまま尻を上げ、ほぐれて粘液まみれの穴を見せつける。そこのうごめきはさっきより強くなっていて、しかもいじったせいでいっそう赤いんだ、生唾を飲むのもしょうがねえだろ。

 筋骨隆々とした聖獣のあさましい恰好はオレを燃え上がらせてたまらない。興奮が許すのなら、陰毛に隠れたスリットを暴きたいとすら思っている。


 だが、そんな時間はもう残されていない。愛の言葉でつながったオレらはそれを確かなものにすべく、優先事項が定められていた。


「イーラガッタ」


 山のような体を抱え起こし、向かい合うように座らせる。巨体の体重を動かすために少し力を入れたが、龍は痛みなどを感じていないようだった。


「ど、どうしたのだ? もう終わりなのかい?」


 経験のなさゆえか、体位を変えるという発想がないみたいだ。まるで夢から覚めたように目をきょろきょろとさせながら、これで終わりなのかと困惑を隠しきれていなかった。

 そんなわけねえだろ。オレらの興奮がこんながちがちにそびえて、亀頭同士がキスまでしてんのに。でもやっぱこいつのちんぽでけえな……。こうして並ぶと自信なくしそうだ。


「抱きてえって言ってるのに、終わるわけねえだろ。このまま、少し腰を浮かせてくれ」

「あ、ああ……わかった」


 こんなにやりたくてたまらねえのに、選んだ体位は対面座位だった。ただ腰を振るようなセックスで満足できるとは思えねえ。それはオレも、イーラガッタもそうだ。


「だが、この体勢は……私は重いだろうに」

「いいんだよ。こうした方が、抱きながらできるだろ」

「それはそうだが……負担に思ったらいつでも言うんだよ」


 この聖獣の体重がかなりあることは分かっているが、オレだってオーラ使いだ。ある程度の身体能力は強化できるし、そもそも肉弾戦メインだから力が弱いとは思ってねえ。

 気にするなと言いながら尻を抱えると、ずしっと重みがのしかかってきた。かなり重いがまだいける。これなら腰を振ることだって行けるはずだ。


 中腰になった聖獣の尻はまだ力を入れているのか、硬くなった尻が指をはじいてくる。おねだりポーズをしていた時とは張りが強すぎる、岩石がくっついているみてえだ。

 そのまま一物をあてがって亀頭ですぼまりをたたくと、龍の喉から上ずった声が聞こえる。こんなに興奮してんだ、かなり熱くなってるだろうな。


「んぅ♡そ、そろそろなのだな……私と、君がつながる時が、ようやく……♡♡」

「ああ、入れていいか、イーラガッタ♡」

「もちろん。そなたの精を腹で受けることを、どれだけ夢見たことか♡」


 オレの手が尻や肉棒を支えるので忙しい代わりに、龍が首筋に手をまわして抱き着いてくれる。目を閉じて口を差し出すと、当然のようにキスが返ってきた。

 そっと触れるだけの口づけをかわしながら、ゆっくりと龍へと入っていく。


「……ふっ♡うぅ♡んんぅ♡♡」


 亀頭のカサに肛門が広げられていくのに感じてくれるから、吐息がオレの顔にかかる。一人遊びで慣らしているとは言ったが、本物は喜んでくれているだろうか。


 なんて考えていると、舌先がノックをしてきた。一息に入れようと思っていたが、せっかくの初体験だ、ゆっくり埋めていったほうがよさそうだな。

 少し開口して出迎えると、わっと肉塊が流れ込んできた。先のオレをお手本にしているのか、顔を傾けながら深いところまでも潜り込もとうとするから、口にこいつの唾液がどんどん注がれていく。


「んちゅっ♡ん、れろっ♡うぅぅん♡」


 舌を絡ませあっているうちに、亀頭は超えた。ぐっぷり咥えこんだ肛門が幹を滑り落ちれば龍のひだがオレを愛撫して、こっちも舌でなぶられているような感覚だ。


 後は力を緩めていけば、自重が奥を目指してくれる。やがて恥骨に尻が着いた瞬間に、イーラガッタはキスをやめて大きく息をついた。


「……はあぁ♡♡♡」


 聖獣の身体能力なら、少しの間呼吸できなくとも大丈夫なはずだが、やはり挿入の衝撃が強かったのか屈強な方が上下に揺れている。

 開いた口から唾液がとめどなくこぼれているのに、こいつは構うことなくうっとりとしたままだ。たまに尻を揺らして質量を噛みしめながら、オレを抱く腕を緩めたりはしない。


 まあちょうどいいだろう。入れてなじませる時間だと思えばいい。

 こうなったらオレの両手も自由だから、顎下の髭を撫でながら唾液を掬ってようやく、龍は我に返ったようだ。


「むぅ♡すまない、少々呆けてしまった……そんなもの触る必要などないのだぞ♡」

「あれだけキスしといて今更だろ。辛かったか?」

「いや、そうではない。ただ心地よいと思っただけだ……」


 イーラガッタはすっかり先走りで汚れた陰毛周辺をまさぐって、嬉しそうに微笑んだ。


「君の熱を受け入れている喜びは、筆舌に尽くしがたい♡子など授からぬ聖獣だから、こんな行為に必要性を今まで見出してこなかった……♡」

「それでも、オレとつながりたいと思ったんだろ」

「ああ、昔は好きな人の傍にいられるだけで幸せだったのに、今はこんなに贅沢になってしまった♡君の熱も精も♡私に与えてほしいと希っている♡愛する君をもっと深くに欲しいと……ああ、なんとはしたない願望か♡」

「そんなもんだろ。いくら体の造りが違っても、感情があれば似たようになるんだろうな」


 人と暮らして人らしくなった聖獣は、生産性のない行為を肯定してはにかんだ。オレは気持ちよかったら気にしねえし、好きな奴とできてるってだけで満足だからな。


「その、はしたないついで、なのだが……」


 赤い手がオレの腕を握って導くのは、がっちりとした龍の胸。掌を押し付けながら揉んでくれとねだる龍はごつさが嘘みたいに可愛く映った。


「胸は……揉むと大きくなるという俗説があるだろう?♡」

「ただでさえでかいのに、これ以上でかくするつもりか……」

「やはり、君の一番になるには、越えなければならない壁があるからね……♡」


 壁ってなんだよ。これよりでかいおっぱいが存在してるのかよ。いや、確かに女だったらいるかもしれねえけど、この口ぶりだと多分男だろ? 本当に……?

 いろいろつっこんで聞きたかったけど、胸をそらして強調する聖獣を見ていたらそんなのどうでもよくなった。架空の巨乳より目の前の巨乳だ。筋肉で作られた豊満さはそんじょそこらの男を寄せ付けないほど大きいが、全身のたくましさもあってバランスが悪いわけじゃない。左右に飛び出し張り詰めた形をしていて、最高だと思う。


 両手で揉みこむと手が沈み込んでいき、型が取れちまう。オレも脂肪込みで巨乳だとは思うが、密度の差もあって感触が全然違う。さっきも揉んだくせに、まだ全然揉める。


「あ、うぅ♡たくさん揉んでくれ♡君の好きな形になるまで♡私はそれが嬉しいのだから♡♡」

「んなこと言われると、いつまでも揉むぞオレは……♡でもそろそろ、動いてもいいよな♡」

「ああ♡来てくれ♡私と君で愛を確かめよう♡♡」


 そうして腰を突き上げて穿つと、中が反応して締まる。自分を犯す一物に嬉々としてしゃぶりつくのは、感情も同じなのだろう。イーラガッタはこみ上げてくる快楽を受け止めながら、目を細めていた。


「お、おおぉ♡♡ジギタリス……♡これは、ああぁっ♡すごい、としかっ……言いようがぁ、ないねっ……♡」

「痛くなさそうだな♡あんまり腰振れねえ体勢だから、そんなに激しくないだろ♡」

「んっ、ふふ♡これが、性行為か♡人はこれを……幸せというのだろう♡その意味が今ならわかるよっ♡」

「オレも幸せだよ……こんな気分になるもんなんだな♡」


 仲間内での発散や娼館での行為とはまるで違う、感情の発露だ。オレがゆすれば、イーラガッタがぎこちないながらも合わせようとしてくれている。自重で深くに刺さった肉槍はさらに奥をこじ開けようとしているみたいで、龍の鍛えた肩が小刻みに震えていた。


 ゆったりと快楽を分け合うような行為だから、初体験とはいえイーラガッタが余裕を失うことはない。オレの頬を両手でくるんではキスを落として、額や鼻など、ちゅっちゅっとついばんでいく。


「ちゅ♡ふふっ♡実というと、いろいろ想定はしていたんだ♡君にがむしゃらに犯されるだろうかとか♡そもそも私に興奮してくれるだろうかとかね♡」

「だったら全部杞憂だったな♡むしろ丁寧すぎるくらいにやってるぜ♡」


 ベッドの上で向かい合った座位はセックスというには生ぬるすぎるだろう。オレらの強直はいきり立っているのに、もどかしい快楽しか来ないのだ。

 あれだけ犯したくてたまらなかったのに、いざつながると心が満たされた感じがするんだ。めちゃくちゃ抱きたかったけど、めちゃくちゃにしたいわけじゃねえしな。


 その間もずっと胸は揉んでいて、掌が吸いついちまってる。両手で一気に揉み上げると胸毛がぶわっと膨らんで、雄と雌が混ざったような色気が吹き荒れた。


「んっ……くぅ♡こういうセックスも、あるのだね♡こんなただただ甘いだけの♡君の体温を感じるだけのゆっくりとした時間が流れるような行為が♡」

「まあ、あんまりやらねえけど……っていうかオレもやったのは初めてだけどな♡案外悪くねえだろ♡」

「ああ♡上下の粘膜で君を存分感じられるのは悪くないね♡あ、ふぅ♡ああぁ……もどかしくてもっと欲しい気もするし♡このまま時間が止まってほしいとも思う♡贅沢な悩みだね♡」

「さっきはさんざん気を遣わせたんだ♡今度はオレが合わせてやるよ♡」

「そんなことを言われたら、ぅん、悩んでしまうではないか♡私にこれ以上の幸せを選ばせるつもりかい♡」


 しょうがないなと微笑む中に淫蕩がうっすらと浮かんでいる、包容力と淫らさの混ざった表情だ。口唇は絶えずオレに降り注ぎ、たまに口同士を合わせて軽いキスをする。それでも一物は元気なままで、ずっとこいつの内壁をベッドにまどろんでいた。


 オレはこいつが好きなのだと、気付いてしまえば簡単で。鼻面をこすり合わせながら自然と笑みが浮かんできちまう。

 泣いてほしくないと思うのはきっと、昔のオレが願ったことなんだろうな。今はこんなに幸せそうなのに、ふと、考えてしまった。


「愛しているぞ♡」

「私も愛している♡ふふ、君よりたくさん伝えようと思っていたのだが♡こんなに帰ってくるとは思わなかった♡」


 結合部は準備を進めているのか、漏れ出した愛液が金玉を伝っていく。孕む気もねえくせに体は激しいセックスを求めていた。

 それに、龍の尻がもぞもぞと動き出していることにも気付いている。上半身だけは慈愛を含んだままなのに、下半身はかくかくと揺れ動いて快楽を頬張ろうとしていた。


「はぁ♡」熱っぽい吐息を出して龍が。「私にこんな性欲があったなんて思わなかった♡君が満足してくれさえすれば……あぁ、いいと思っていたのに♡出したいという感情が、どうにも湧き上がってきてしまう♡」

「そりゃ勃起するならだれでもそうだろ♡後ろを拡張してた時は出さなかったのか?♡」


 なんて問うと恥ずかしそうにうなずかれた。まじかよ。こいつは子孫を残す必要もないうえに相手もいなかったから、射精という概念を体験したことがねえってのか。


「言葉だけは……♡それに、勉強としてアスモたちのを見せてもらったことがあるから、どういうものかも……おぉ、分かっているつもりだよ♡」

「なんかそれ、不安しかねえけど……まあいいか。なら、少し激しくしてもいいか?♡」

「ああ、構わないよ♡」


 初体験に初射精になるのなら、やっぱぶっ放したほうが思い出になるかもな。このままだとドロドロ漏らすような射精になりそうだし、どうせなら気持ちよくしてあげたい。

 つながったままの聖獣を抱えて、ゆっくりと押し倒していく。体位を変える時の不安そうな顔を思えば、いったん抜くよりかはこうしてほうがいいだろ。


「重くないかい……? 言ってくれれば、くぅ、後ろ向きに倒れたのに……♡」

「いいんだよ♡お前くらいなら持てるからな♡♡」


 持てるけど、座位からはすっげえ辛かった。けど見栄は張りてえし、しょうがねえよな。


 イーラガッタをシーツに横たえさせると、体重のせいでかなり深くまで沈んだ。上半身が発達しすぎていて扇状に広がる筋肉を見て、またちんぽが硬くなった気がする。

 対面座位から倒れこんだだけなので、このままだと種付けプレスになってしまう。

 さすがにそこまで激しくするつもりはねえので、上半身を持ち上げて、正常位になって続きをしよう。これなら腰を振りやすいし、こいつの顔もよく見える。


「ああ、これは知っているとも♡」


 だけど龍は嬉しそうな顔でオレに足を絡ませてきて。


「種付けプレスというものだろう♡激しくて気持ちがいいと、アスモたちも言っていた♡」

「いや、別にオレは……」

「ふふふっ、確かにこれなら君の顔が近くて悪くないかもしれないね♡」


 さらに腕まで絡めて抱き着く龍を振りほどける気はしない。こんな雄臭い体で大好きホールド決められて、なおかつ期待に微笑まれたら今更違うって言えねえだろ。

 身長差のせいで正常位では届かない顔も、折りたたんだプレスの体勢ならなお近くなる。こいつはそれが嬉しいと、長い口唇をもって鼻面にまたキスをした。


「……んなことされたら、止められねえからな?」

「構わないよ♡セックスとはそういうものなのだろう♡」


 こいつがどんなセックスを勉強したのかは知らねえけど、オレのかすかに残った直感によると、相当汚い行為を見てきた可能性がある。

 腋を嗅がせにきたのもそうだが、明らかに変態を参考にしてる気しかしねえんだよなあ。思いっきり嗅いだ後で何を言っても説得力がねえのは自覚済みだが……。


 でもいつかこいつの勘違いを正してやるとしても、それは今じゃねえ。

 もう熱々と燃え滾る肉棒を我慢から解き放つ時間なんだ。心を満たした次は、性欲を満たせ。オレの金玉がそう言っている。


「駄目だったら言えよ?♡いくぞ……♡」


 ずるずると引き抜いていくだけで途方もなく気持ちいい。お預けを食らって熟れすぎた肉が敏感になってるんだ。


「あっあっあっ……♡」


 それはイーラガッタも同じで、頑丈な聖獣様も内壁をえぐられればこんな声を出すのか。

 今からオレはこのまどろんで幸せそうな顔に快楽を流し込む。こいつに最高の射精をさせるために。

 だから限界まで引き抜いて、それから……一息にぶち込む!


「----んおっ?!♡♡」


 今度の抽挿は強く、ひだを亀頭でそぎ落とす勢いで。

 圧迫感にイーラガッタがのけぞって髭を揺らして叫び、最奥を突かれた瞬間に音量が最大にまで跳ね上がった。

 時間にして一秒にも満たないのだが、圧縮された快楽はその分オレらをぶん殴る。


「おおおぉぉっ♡♡♡」

「くぅ……きついなやっぱ……!♡」

「ジギタリスっ♡こんな、気持ちいい……のか?♡これが快楽と、人は呼ぶのかい?♡か、彼らはずっと、これほどまでに、強い刺激を……♡♡」

「目を白黒させてるところ悪いが……止まらねえって言ったからな♡」

「か、構わないとも……♡私は頑丈で、体内をえぐられたからって……ひうぅぅ?!♡♡」


 髭面から出たとは思えないほどかわいい声だった。イーラガッタも、まさか自分がこんな声を出すとは思ってなかっただろう。

 快楽を強めたおかげか、柔肉の食いつきがよくなっている。ぎゅうぎゅうと腸壁全体で圧迫してくれて、たまらなく気持ちがいい。


 そのままもう一回往復運動で突き入れると、分厚い肉体が弓なりにしなる。


「んおっおひいいぃ……♡♡うっ、やはり、人は……犯されると、こんな声を出すのだね……♡恥ずかしいが、引かれてはいないかな……♡」

「いや……すげえスケベだと思ってるぞ……♡」

「なら、良いんだ♡声は恥ずかしがらずに出した方が良いと、助言はもらっている♡最初ははしたないと思っていたが……確かにこれは、抑えられる気がしないね♡」

「はしたないも恥ずかしいも思わねえって♡だから、もっと聞かせろよ♡」

「わかった♡たくさん突いてくれ、ジギタリス♡それに、私も君の声が聴きたいのだ♡」


 もうオレらは目線だけで大体タイミングが分かるようになっている。腰が動き出して粘着質な音が鳴るのと、龍がおねだりするのは同時だ。もはやオレらは互いの顔しか見ておらず、滴った汗が赤い鱗に落ちてはじけていく。

 こうやって引き抜くだけでも気持ちがいいんだ。イーラガッタのマンコは極上で、鍛え上げた肉体からくる締め付けと、オレのことが好きでたまらないという愛欲がうごめきに直結している。早く種付けしたいという本能に従って、今度は連続で何度も抽挿を行った。


「うあっ♡おおぉ♡んひゃあぁ♡ああ、ジギタリス……♡気持ちがいいよ♡」

「オレも……やべえ♡すぐ出しちまいそうだ♡」

「た、多分、このこみ上げそうな尿意が♡そうなのだね♡あうぅ♡ふふ、ふふふっ♡ああ、なんと素晴らしい♡君が与えてくれる快楽は♡これほどまでに幸せなのか♡」


 処女喪失したばかりとはいえ、相手は聖獣だ。快楽には疎くともその精神性は鋼であり、喘ぎながらもしっかり語り掛けてくる。口回りを舐めながら幸せそうに微笑む顔を崩すには、相当頑張らねえとだめみてえだな。

 オレだって身体能力には自信がある。ズコバコされる尻はそりゃもうひどい音を出しているし、女相手にやったら泣かれるくらいには力強く打ち付けている。

 だというのに、聖獣様ときたら痛みなんて微塵も感じていないようで、背中に回した手足でぎゅうとオレをホールドしたままだ。


「はっはっ……くっそ、きもちいいぃ……♡お前のケツ、まじでいい……♡」

「んはぁ♡よかった♡ひゃぁ♡私も、ジギタリスの……ちん、ぽが……きもひいぃよ♡♡」

「無理して淫語言わなくていいって……♡おおぉ……♡やべえ、食いつきがよすぎだろ♡♡」

「ふふ、この年になってもまだ♡はぁ♡人生は……あぅ、日々勉強だと思い知るよっ♡あっ、そこ、すごいね♡孕めないことが、口惜しいよ♡」


 体はずっと締め付けて孕みたいって言ってるのに、おかしな話だ。ここまで人を模して作ったのなら、それくらいさせてくれ。なんて神様に文句の一つ言わせてほしい。

 だけどそのおかげで、オレはイーラガッタとセックスができているんだ。感謝しねえとな。


「君の愛を感じる♡私を孕ませようとする意志が、愛が♡おおおぉぉ♡これが幸せなのだね♡」

「みたいだな♡オレもこんなのは初めてで……わかんねえけど♡お前とだから、だってのは……わかるぞ♡」

「私もだっ♡あっ、ジギタリスだからこそ♡この気持ちはっ、あるのだ♡んっはぁ、ひゃぅ♡♡愛しているよ♡私のすべてで、それを君に伝えたいっ♡」

「オレもそうだ♡何度言っても足りねえ! オレは、こんな奴じゃなかったはずなのに……何してたんだよ本当によっ♡」


 腰も口調も荒々しいけれど、やっていることは同じ。

 ただ愛しているを伝える方法が違うだけの、確認作業だ。


 そのまま大きく一物が震えて、自分にも叫ばせろと自己主張をし始めた。もう体全部で伝えたがってる。オレが知らない間に育んだ魂の咆哮が、ほとばしろうとしていた。


「愛してるっ♡オレの精を受けてくれっ!♡お前に出したい……イーラガッタ!♡」

「ああ、ああ♡もちろんだとも♡愛する君の精を♡どうか私に……♡♡」


 愚直に腰を振り続けた顔は相当ひどいことになってそうだ。息は荒いし、毛皮はぼさぼさで、まじでケダモノみてえ。

 それでもこの感情だけは本当だから。そう自分で決めたから。

 最大の強さで打ち付けて、こいつも絶対いかせてやるんだ。


「あっううぅぅ♡♡♡私も、漏れ、そうだ♡あっ♡こ、これ、本当に精液……なのだろうね♡そうじゃなかったら、私は……恥ずかしくて死んでしまうっ♡♡」

「ぐぅ、いいから出しちまえっ♡どっちでもオレは構わねえよ♡違ったら吐精するまで、あぐ、付き合ってやるからよ……!♡♡」

「み、見ないでくれないかっ♡んふうぅ♡お願い、おおぅ、だっ♡も、もし、違ったら……ああぁ♡」

「腋嗅がせといて、今更だろ♡んなことくらいで嫌いにならねえから♡お前の全部、オレに見せろよっ♡」


 初めての射精が近づいていることもあって、どうしたって不安があるみてえだ。だが、挟まれた勃起がひくついて、今にも爆発しそうなのに違うことはねえだろ。

 それに違っても気にしねえのは本心だ。こちとら傭兵稼業でもっと汚い雄とやったこともあるんだ。イーラガッタのなら、ぶっかけられても文句は言わねえ。


 出せ出せと、亀頭が中をぶっ叩いて快楽を相互に響かせる。

 さすがに時間をかけたせいでオレはもう限界で、イーラガッタも不安を強めて絶頂が近いことを訴えている。


「あっあっ♡う、君が、そこまで言うならぁ……♡本当に、嫌わないでくれよっ♡わ、私はこれでも、長きを生きる聖獣なのだからね……♡♡」

「んなことは知ってるよ♡じゃあ逆に……くっ、オレがここでしょんべんしたら、嫌いになるのかよっ♡」

「なるわけないだろうっ♡ようやく、君とこうしてできているのに♡それだけで、私は……幸せなのにっ♡」

「そういうことだって……あーやべえ、もう出そうだ♡」

「うっ♡君のものが、中でびくびくしてる♡孕みたいと、うううぅ……このままほしいっ♡抜いてしまうなど、認められないっ♡わ、私は……何が出るのかわからないが、おとなしく……ぅ、出してしまおうと思うっ♡♡」

「どうせザーメンだって♡覚悟も決まったみたいだし……遠慮なく……♡」


 例え孕まぬ龍だからって、奥に種付けするのをやめる理由にならない。

 最奥に押し付けながら腰をまわして、ここに出すのだと準備を整える。


「あっあっ……♡君、もう、出すのだね……♡ふうぅぅぅ♡駄目だ、もう、私も抑えきれないっ♡♡」

「ならちょうどいいだろっ♡一緒に出そうぜ♡」


 初体験で同時なんて期待しちゃいなかったが、できるのならやっときてえ。

 そして、最後の一押しでオレらは決壊する。


「ふわぁ、あっ、ああああぁぁ♡♡♡」

「ぐおおぉっ♡いくぞおおぉぉ♡♡♡」


 案の定、二人分の白濁が吐き出されて、周囲を一気に雄臭くさせる。

 オレの精液はすべて龍の中へ。イーラガッタの精液はすべて二人の腹へ。

 

 生まれてこの方初めての射精だという聖獣の放流は、そりゃもうすごいのなんの。みっちり挟まったちんぽからぶしゃぶしゃとあふれ出て、自分の髭にぶち当てているくらいだ。人を模しただけの白濁に意味などないかもしれねえが、それでもオレへの感情はしっかりと伝わるんだ。それだけでいいだろ。


「んあぁぁ♡熱い、うぅ♡頭が真っ白になる……♡ジギタリス、ジギタリスっ♡君の精が、ああ、私に注がれている……♡♡」


 絶頂の衝撃で自分の出してるものがなんなのか判断がつかないようで、感極まってオレを呼び続けている。中出しされているのが相当嬉しかったようで、揺れた尻尾が熊の足にぶつかっていた。

 オレもオレで、よくこんなに溜めたなってくらいの量を出していて、巨体の龍の中を全部埋める勢いだ。尿道を我先にと駆け出していく白濁が快楽を生み、同じように頭が白く染まっていく。


「ぐぅ、おおぉぉ……♡♡出る、出る♡すげえぇ♡」

「ジギタリス♡あうぅ♡ん、すごいね♡私は、そこまで詳しいほうでは、ないけどぉ♡これが、多いのは、分かるよっ♡ふふっ、私でこんなに出してくれたのだね♡嬉しいよ……♡」


 理性とは違って、本能はこいつを絶対に孕ませるという意思に満ちている。よだれが垂れることはもうどっちも気にしなくて、青臭さの中で幸福に浸っていた。


「白いの、出てるぜ♡やっぱ杞憂だったなっ♡」

「んふふ♡そう、みたいだね……ううぅ♡ただ、やはり、まだ慣れないな……陰茎から、漏らすところを人に見られるのは……♡♡気持ちがいいのだけど、ね♡」


 オレらにとっちゃ射精は尿と違うっていう感覚があるけど、聖獣はまだそこら辺の実感が薄い。でもこれが行為の果て、愛の証だという認識はあるようで、漏らさないように締め付けながら蕩けた顔で笑っている。


 やがて落ち着いてくると、イーラガッタはオレを引き寄せてまた胸毛へと落とし込む。その衝撃で結合が解けたけど、もう後はピロートークだけだからいいだろ。


「よかったよ♡君に抱かれることがどれほど幸せなのか、私はようやく理解できた気がする」

「そうかい、そいつはよかった……」

「人は、子を作るためだけに行為をするのではないのだね。幸せと愛を分かち合うためだったとは……これは経験しないとわからなかっただろう」


 歯の浮くようなセリフをのたまっているが、聖獣という威厳ある奴が言うとそれっぽく聞こえるな。まあ、オレも否定はしねえけど。


 胸毛にうずめた頭を優しく撫でられると、どっちがタチやってたのかわからなくなる。龍の割れた腹は白濁の大洪水で浸水していて、少し身をよじるだけでも毛皮が嫌な音を立てた。

 けど、ここから抜け出せる気はしねえ。汗ばんで香るこいつの匂いと、両側から包み込む肉の圧が最高の居心地をくれるんだ。


「また……してくれるかい? 今度はもっと勉強しておくよ」

「もう勉強はいいだろ……初手から結構ハードなことしてたぞ。聞く相手は選んだ方がいい」

「そうなのかい? ただ、私は彼らのセフレになるからね、慣れるなら早い方がいい」

「は、はあぁ?! セフレって、お前が?!」

「そういう取引なんだよ。ふふ、私の体でいいなんて、本当に破格だよ。公平なんて言いながら、すごく優しい子なのだ」


 オレはもうどんな取引をしたのかなんて覚えてねえし、こいつが納得してるなら口をはさむ権利もねえけどさ。すげえ不安になる。


「大丈夫なのかよ……」

「きっと大丈夫だよ。あの子たちがいてくれるから、私はもう『我』に頼らなくていいんだ。それに、君がいてくれる間はいいけれど、人は……いつかいなくなってしまうからね」


 それはどうあがいても変えられない定めだ。オレの体だって、稼働限界がある。

 イーラガッタはなだめるような口調のまま、震える声をごまかそうとしていた。


「例え何度転生しても、私は君にいてほしい。愛しているのだ、ジギタリス……昔の私ならそう言っただろうけれど……」


 ぐっと手に力が入ったのを感じた。続いて耳を震わせるのは、受け入れようとしても、掌からこぼれていくような。そんな切ない声音だった。

 ああ畜生。こいつには泣いてほしくねえのに……。


「もう、魂と人は違うと知ってしまったから……転生した君は、君ではないのだと。だからこれが最後の恋になるのだろうね」

「だったらオレだってあいつに魂をやればいい。そうすりゃずっと一緒だろ」

「いけないよ、ジギタリス。やっと人らしい魂を手に入れたのだから、大事にすべきだ」


 オレはこいつが泣いているのだと思った。なんでだかそんな気がしたから。だから胸から顔を上げて視線を合わせた時、その表情に一瞬面くらっちまった。


 イーラガッタはただ微笑んでいた。オレを慈しむような顔で、優しい目で。


「私はもう大丈夫。絶望と失意に飲まれながらも、それでも私を好きだと言ってくれた君がそう願ってくれたのだから。私は泣かないとも」

「イーラガッタ……」

「愛しているよ、ジギタリス。だから次の君は、自分の好きなように生きてほしい」


 そっと頬を撫でられるとわけもなく泣いちまいそうになる。オレが厭うていたはずの無償の愛を惜しみなく与えながら、こいつはただオレの幸せを願っていた。

 すんなりと胸に降り積もっていくから、偏屈な意地なんて解けて消えちまってる。

 ああ、オレはやっぱりこいつのことが好きなんだなって、頬を擦りつけながら何度だって思い返してしまう。


「だけど、それまでは、どうか私と共にいておくれ。愛しい、愛しい、私のジギタリス」


 オレはうなずく代わりに、その手に口づけを落としてやった。


****


「ああ、クラリナ……話すのは久しぶりだね……」


 少し沈んだ声が、友の名を呼ぶ。

 イーラガッタは次になんと言葉をつなげようか悩んでいたが、相手は気にする素振りもなかった。


『イーラガッタか。話すのはいつ以来か……アスモと魔王を退けてからか?』

「あの時はいろいろ驚かされたものだ。まさかアスモが君の息子だとは思わなかった」

『私も聞いた時はびっくりしたよ。まさか君が悪魔と取引を結ぶなんて』

「きちんと話を聞いたうえで決めたことだ。君が絡んでいるとは思わなかったが……」

『私はあの子を育てただけさ。だから取引はあの子が一人で決めたこと。……うん、悪魔としてとても成長したね』


 龍は一人、魔法陣に向かって語り掛けている。その口調には親しみが込められていて、気安さが感じられた。対する相手も似たような態度で、イーラガッタを聖獣と知ってなお、取り繕う気はないようだった。


『あの時は言えなかったが、君に言うべきだと思っていたことがある。……すまなかったね。君には一人重荷を背負わせてしまっていた。君が一番アレンダートを愛していたと知っていたのに』

「私が言いだしたのだ。誰にせいでもないよ。それに君らもそれぞれやることがあっただろう。君とアマネは魔界で魔王の復活に備えながら悪魔たちの動向を監視し、もしアレンダートの魂が落ちてきた場足は処す。私はここで悪魔への対策を進めつつ、生まれ変わりを処す。そういう役割分担だった」

『そうではあるが……心労を加味していなかったんだ。たまには変わるべきだった』

「いいんだ、気にしないでくれ。そして君は魔界に学園を作ることで知識収拾を進め、いつかの戦いのときには砦として使えるようにした」

『そう、すべては勇者と魔王のために』


 通話での声音は落ち着いていて、イーラガッタは何を言うべきか考えあぐねていた。それでも何かを言わねばと、迂遠な話題から取り上げる。


「……アスモを作ったのも、そのためかい?」

『いや……それは違うよ。知っての通り私とアマネは聖獣で、普通の生き物ではないから子どもを作ることはできない。けど、悪魔なら作れるんだ』

「だろうね。あの子が人らしくのびのびしてるところを見ると、本当の子どものように育てたんだろう。あまりに悪魔らしくなかったから、最初は面食らってしまった」

『だから、魔界に馴染めなくてつらい思いをさせてしまったよ。学園を作ったのは、あの子のためでもあったんだ』

「そうか……親ばかだな。まさか君がそんなに甘くなるとは思わなかった」

『はっはっはっ、君もいつか分かるよ。そんなあの子が顔を見せに帰ってきた時、友達と魔王を討伐する、なんて聞かされたからひっくり返りそうになったよ。魔王討伐はさすがにアマネも心配しているし、私もそろそろ戦いの勘を取り戻しておくべきかな』

「そうしてくれ。戦力はいくらあっても困ることはないんだ。頼りにしているよ、クラリナ」

『まったく、いくら聖獣だからって休まる暇などないのは困りものだね。時間もあっという間だし……子どもの成長は早いとは聞いていたけど、まさかこんなに早いとは思わなかったよ』

「ふふ、確かに初召喚でマスターの魂二つと聖獣の魂を持って帰ってきた悪魔なんて、魔界の歴史上でもあの子くらいだろうね」

『ふふん、私に似て優秀なんだからな。とはいえ、イーラガッタ、君は本当に死後アスモの配下になるつもりかい? 私たちは死んだところで天に帰るだけで、転生するわけでもない。神の配下としての道があるというのに』

「いいんだ。聞いただろう? アスモたちはアレンダートも助けてくれた。何度転生しても汚れたままの魂だった彼をね。神さえ見捨てたあの魂を救ってくれたのなら、私に悔いはないよ」

『めったなことを言うなあ。もう天に帰るつもりがないからって』

「ふふっ、悪いね。でも、私に愛を教えてくれたのはアレンダートだが、愛を叶えてくれたのはアスモたちだ。もう十分、私は満足しているよ。だが、どうしてこんな話を……? アスモは……私が連絡してきた理由を、君ならわかっているだろうに」

『……ああ、もちろんだとも。子として育てたが、あの子は私の配下だ。配下とは契約のようなものでパスがある。だからすぐにわかったよ』


『あの子が……アスモが死んだことくらいね』




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POSTEDJan 31, 2025
ARCHIVEDJun 10, 2026