『おめでとうございます。あなたは選ばれました』
唐突の文面は誰が見てもスパムのもので、普段なら歯牙にもかけないだろう。
だけどその下に続く文面がおれの目を引いてしまうから、スワイプする指が続きを求めて画面を滑っていく。着替えも済んでこれから筋トレだと入れ直した気合は、胡散臭い情報を前に待てを食らっていた。
『このアプリさえあれば、狙った人は貴方に夢中?! 好感度操作アプリ♡使い方は簡単~~』
「なんだこれ……」
明らかに馬鹿を釣るための内容なのはわかっているのに、なぜか目が離せない。そのうえ心臓が脈打って、筋トレを終えた後のように早鐘を鳴らし始めている。
まるで見えない糸に操られるかのようだ。気づいたらおれのスマホにはその胡乱なアプリがインストールされていた。
「なんで……」
背筋にうすら寒さを感じるが、入れてしまったものはしょうがない。どんなアプリなのか、一応内容を確かめてみようとして――
「おい、どいてもらっていいか?」
「うあっ?! ごめん!」
我に返って顔を上げると、そこにいたのはでかい熊だった。
茶褐色の毛皮は明るくてさわやかな印象を受けるが、体のでかさがそれを覆している。筋肉という筋肉を発達させた体躯は毛皮を押し上げて膨らんでおり、四肢の動きにふくらみが追従していた。筋肉だるまという言葉があるけど、まさしく彼ほどふさわしい雄はいないだろう。
「あんまりロッカーの前をふさぐんじゃねえぞ。真面目にやってる奴の邪魔になるからな」
「すみません……」
おれは真面目じゃないのかよ、と言いたいがぐっとこらえる。非があるのはこっちだ。
ジムのロッカールームは確かにこの熊にとっては狭いに違いない。大柄な人が多いここでも、彼は群を抜いている。だからってもう少し言い方ってものがあるだろ、とは内心でぶつくさ言う。
名前も何をしている人なのかも知らないが、こいつはいつもこうなんだ。もはやジムの王者面で、自分が優先されて当然だと思ってやがる。
おれが器具を使っているときも重りを確認して鼻で笑うような、そんな嫌な奴。自分ならもっと行ける。口に出さなくても表情が語る、傲慢の塊だ。
身に着けているのは薄手のタンクトップと短パンだけだが、筋肉が彼のアクセサリー変わり。原始的な魅力を湛えた肉体を前に、輝石など確かに不要だろう。
そう感じるのはおれだけかもしれないが……。
「なんだよ、俺に文句でもあるのかよ」じっと見ていたせいで睨み返された。
「いや、別に……」
「はっきり言えよ。……ったく、まあいいけど」
適当に荷物を放り込んだ熊はすぐさまジムへと向かい、おれの前を通る。
力強い肉体に隆起する筋肉が間近に。少し制汗剤の匂いがすることから、仕事帰りなのだろうか。なんてことを考えてしまう。こいつは本当に、見た目だけなら最高なんだ。
だけどおとなしく道を開けるおれを見下ろして、熊は鼻息を一つ。武骨で太い顔も嫌いじゃないが、浮かべる表情は大嫌いだ。明らかにおれを見下している。
「お前が歯向かったところで、俺には勝てねえからな」
捨てセリフを残していく熊の背中を見ながら湧き上がるのは怒りと、強い興奮だった。
おれの手元に届いた謎のアプリ、好感度操作をうたうこれをあいつに向けたらどうなるのだろう。そんなほの暗い興奮がおれの倫理を破り捨てていく。
こんなもの効果があるわけがない。なんて理性はあきれているくせに、一連の流れがもしかしてと希望を抱かせる。
駄目でもともとなんだ、試してみるだけならいいだろう。
そう思い立って、おれはスマホを片手にロッカールームを後にした。
****
『使い方説明! 気になる相手をアプリのカメラで撮影してね!
そうすると好感度操作メニューが解禁されるよ!』
早速チュートリアルらしい文章と共に、カメラが起動した。UIは簡素で、そこらの無料アプリみたいなチープさがある。効果とは関係ないはずなのに、やっぱり駄目そうだなという印象を受けてしまう。
が、もう乗り掛かった舟なので、ここにきて引き下がれはしないのだ。
「ふっ……ふっ……!」
あいつはマットの上で準備運動をしていた。さっきは嫌味な表情ばかりが目に付いていたが、トレ中は真剣だ。いつもそうしていれば本当にいい男なのにな。
動くたびに筋肉の盛り上がりがわかるから、やっぱりあいつだけ別格だなと見るたびに思い知らされる。おれだってそこそこ通ってるのだが、勝てる未来が見えない。
とにかく、ばれないように横から一枚お邪魔してっと……よし。
これでカメラに収めたが、次は何をしたらいい。
『これで鉢光 喜充(はちみつ きみつ)の好感度操作メニューが解禁されたよ!
貴方に対しての好感度が表示されます。自由にいじってみましょう』
あいつ、こんな名前なのか……写真を撮るだけで個人情報が洩れるとは思わなかった。ひょっとしてこのアプリは本物なのでは、なんて期待が鎌首をもたげ始める。
でも、いきなり自由って言われても……まずはどんなパラメーターがあるのか見てみるか。
・あなたへの好感度 現在0
上限2まで上昇可能
・『』への好感度
自由項目は現在一つ解放中
……だけ? いやまあ、好感度操作って言われても、何にだよって感じはあるし。
ただ、自由項目ってこれ……あ、入力可能なのか。ここで設定したい対象の好感度を入れて、操作できるわけだな。
今は一つしか解放されてないってことは何かすれば増やせるんだよな?
どうやって……。
『このアプリでは上昇させたポイントに伴って、あなたにも同じだけポイントが入るよ。それを稼ぐことで、あなた自身のランクを上げることができるんだ! そうすることで様々なステータスが解放されるよ!』
なるほどね。要は使った分だけ経験値が入るってわけだ。多分自由項目もこれで増やす感じだな。この書き方だと他にも操作できそうなものがあるみたいだが、やっていけばおいおいわかるだろう。
というか、上昇分だけなんだな。何かを嫌いにさせたりとかはできないのか?
『逆に好感度を下げる――嫌いにさせるにはいろんな条件があるよ。これは好悪をあまりに激しくいじってしまうと、精神が壊れやすくなってしまうからなんだ。まずはラブをたくさん増やして、このアプリの使い方を覚えてね』
やっぱ最初は機能を制限してるんだな。胡散臭いアプリのくせに、そういうとこは普通か。
『好感度は目安として、2が顔見知り、4が友人、6が親友、8が恋人、最大10で信者。あなたの言うことを全面的に信じるようになるから、頑張って好感度を上げよう!』
やってることのわりに口調が軽くて、逆に笑ってしまいそうになる。人の心をいじるって、結構えげつないことしてると思うんだがな。
それがわかっていても、おれを急かす醜い欲望は止まらない。さっと喜充の好感度を2まで上げて、様子を見てみようかな……。
「おい」
急に影が差したかと思ったら、件の熊がこちらをねめつけていた。こうして近づかれるだけで、肉壁の圧がやばい。
「さっきから見てりゃ、スマホばっかり触ってんじゃねえよ。他の奴らの邪魔になるだろ、やる気がねえなら帰れ」
「あ、ごめん……ちょっと仕事の連絡が来てて……」
「ったく、だったら突っ立てねえでベンチでやれよ」
言い方にとげはあるが、言ってることはもっともだ。さすがにここで怒るほど幼稚なつもりはないので、穏便に流しておく。
危ない危ない、さすがにこんなアプリを信じるとは思えないけど、疑われるような要因はない方がいい。ただ、今話してみた所感として、そこまで仲が良くなってるとは思えないな。
やっぱりただのジョークアプリか……なんて思いながら画面を見てみると、あなたへの好感度の箇所が2から1に減っていた。
『好感度はアプリだけで決まるわけじゃないんだ。あなたの行動次第で、上がったり下がったりするよ! ひどいことをすると操作にロックがかかることも! でも、また好感度を上げることでポイントがもらえるから、あきらめずに何度もアタックしようね!』
なるほどね。下がるとやり直すときに経験値がもらえるから、とにかく試行回数が大事ってことか。
だったら対象人物を増やしたら楽に稼げるんじゃ……と思ったが対象人数上限は一人だった。さすがにそこまで楽はさせてくれないらしい。
とりあえず下がった分を戻して、これでポイントは3になった。けど次のレベルまでまだ足りない。
どうにかならないかと思って、スマホを凝視してアプリをいろいろ触ってみることにした。もちろんベンチで。
ん? どうやらクエストとかもあるらしくて、ここでポイントを稼ぐこともできるらしい。思ったよりよくできてるな。
しかもクエスト報酬はポイントだけじゃなくて機能の解放まであるようだ。
「ってこれ……自力で好感度4の達成って……それができたらわざわざこんなアプリ使わないって……しかも達成報酬が好感度上限の引き上げだし」
なんか本末転倒感あるな……。こういうのってもっと楽に性奴隷が作れるとかじゃないのかよ。
思ったよりめんどくさそうだな、とげんなりしていると、攻略のヒントなるものがあることに気づいた。
「自由項目の欄は好感度を操作するまでは何度も書き換えが可能、これで対象の好き嫌いを把握すると、攻略の役に立つかも……ああ、なるほどなあ」
ちゃんと自力でクエストをこなせるように、最低限のものはそろってるみたいだな。本当にゲームみたいになってきた。
んー、好感度上限を上げるには、喜充の好感度を自力で4にする必要がある。となると、この自由項目を使って事前調査が大事になるわけだ。
……でも冷静に考えて。なんであいつのためにこんな苦労をしないと駄目なんだ。
うまくいったら甘い蜜が吸えるかも程度の期待で始めただけ。アプリの補助があるとはいえ、やってることはナンパみたいなものじゃないか。
こんな胡散臭いアプリを信じてそこまでするのか。なんて考えると、さすがに馬鹿らしいか。
まあいい夢を見せてもらったってことで、おれもそろそろトレを……。
「おい」
はて、と思う間もなく隣に巨体が座り、ベンチが揺れた。今日だけで三度目の声かけだ。普段は目が合っても無反応なのに、どういう風の吹き回しだろう。
もしかして、今の好感度が2で顔見知りだからか? それしか考えられない。じゃなかったらいつも通りおれの前を素通りしていたはずだ。
「仕事長引いてんな。筋トレする時間あるのかよ」
「そ、そのくらいはあるさ。鉢光さんは休憩?」
「まあそんなとこ。……なんで俺の名前知ってんだ?」
「そりゃ、ここじゃ有名だからね」内心慌てながら。「どこにいても目立つし、いつ聞いたかは忘れたけど覚えやすかったしさ」
「ふうん、そんなもんか」
何とかごまかせたか? 横目で見たアプリの好感度が下がっていないところを見るに、乗り切ったらしい。どうやら自分が目立っているという自覚はあるようだ。
喜充はいつも通りハードな運動をしてきたのだろう、毛皮を湿らせてぼさぼさにしている。本人も気遣っているのか少し距離を開けているけれど、制汗剤も流れていったのか、隣にいると汗の匂いを強く感じることができた。
「逆に俺がお前の名前を知らねえんだよな。いつもジムにいるのは見てるが……聞いていいか?」
「いいよ、おれは炉世 壱狗(いろりぜ いちく)。しがない営業だよ。だから人から見られることが多いから、最低限鍛えようと思って通ってるんだ」
「なるほどな。炉世か、今知ったぞ。こうして話すのは初めてだもんな」
「そうだね……なんで急に話しかけようと思ったんだ?」
「悪いかよ」
「いや全然、おれも気になってたからね」
アプリの効果かなってさ。十中八九そうだとは思うけど、確認したくてつい変な聞き方をしてしまった。
「気色悪いこと言うなよ。なんとなくだよ、なんとなく。今日は特にお前が目に付いたからな。そういえばしゃべったことねえなって思って……まあ、気の迷いみたいなもんだ」
「そうなんだ、おれはただ、ほら、鉢光さんってすごい体してるから、普段の食事とか筋トレとかそういったことが聞きたかったって意味だから」
「そりゃ真面目にやってるしな」
だからおれは真面目じゃねえのかよ。顔見知りになったとはいえ、性悪の悪さは変わらないな。
でも、本人がそう言いたくなるのもわかるほどの分厚さなんだよな。そこらの男じゃ片手でのせるくらいに全部がでかい。減量してないボディビルダーがそのまま肥大化したような体形で、体幹が高層ビルみたいだ。
そのくせ胸とか尻とか出るところは出てるし、今だって座った短パンがでかさで悲鳴を上げてる。後ろは尻に引っ張られ、前は一物に引っ張られと。むしろこれで誘ってないは嘘だろと言いたいくらいだ。あの中も蒸れてるんだろうなあ。
「間近で見ると、本当にすごいよなあ」飢えをごまかすために適当な話題を続けて。「よくここまで鍛えたよ。いやー本当にすごい」
だが、性欲と感動に圧倒されてまともな語彙が出てこなかった。見た目だけなら本当に最高なんだよな。
それでも喜充にとっては十分だったようで、得意げにニヤリと笑っている。謙虚さのかけらもない態度だが、この体ならしょうがないと言わざるを得なかった。
「ふん、なんだったらもっと見てみるか?」
「お、いいのか?」渡りに船とばかりに食いついた。
「お前もジム通ってそこそこ見てるし、参考にはなるだろ。目標にするには、ちいっとばかし遠すぎるかもしれねえけど」
なんか嫌味を言われてる気がするが、欲望に煮えた頭を素通りしていく。正直ありがとうの気持ちしかない。
調子に乗った喜充が力こぶを作れば、こんもりと山が出来上がる。高い頂点を持つ流線形は山と形容するしかない。へたすれば子どもの胴体よりあるぞ。
上腕二頭筋が空気でも入れたのかと思うほどのふくらみを見せるが、そこが硬いだろうことは一目でわかった。肩の筋肉と並びそびえる山を前に、おれは言葉も失っていた。
筋トレ後というのもあるだろうが、それにしたってたくましすぎる。もはや力こぶ自体が別パーツなんじゃないかと思うほどだ。
そしてタンクトップの裾から覗く腋。胸筋と広背筋に挟まれたくぼみはおれの拳を入れてもなお余るほど広い。そこには毛皮よりも濃い暗色の体毛が生えていて、雄々しさというステータスの限界値を突破しようとしていた。
そこに鼻を突っ込んで嗅ぎてぇ……。このアプリがもっと簡単に好感度を上げられていたら、今頃深呼吸すらさせてもらえていたのにな。
最高のセックスアピールだよ。こいつが同族なら性格の悪さを差し引いても、相手には困らなかっただろうに。残念ながら出会い目的のアプリにこいつの体はなかった。
「どうだ、すげえだろ」
おれの性欲交じりの視線にも気付かず、喜充は歯をむいて自慢気だ。このジムに通って、こいつが誰かと話しているところを見たことがないから、多分ジム仲間に褒められるのは初めてなんじゃないだろうか。
「素直に……すごいと思う。いや、いつも筋トレ中もすごいとは思ってたけど、こうして間近で見ると、なおのこと感じるね」
「わかってるじゃねえか。ここまで育てるのには苦労したんだぜ」
別におべっかを使っているとかではないけれど、やはり喜充からは謙遜のけの字も見当たらない。自分の体が最高だという自負がそうさせているのだろう。称賛を当然として受け止め、勝ち誇った顔でこちらを見ている。
こんな最高なものを目の前にお出しされると、どうしても欲望がうずいてしまう。おれは何も考えずに、感情のまま口を開いた。
「……触っても?」
「は? やめとけよ、汗でひどいことになってるぞ」
「男同士だから気にしないって。こんなすごいのは初めて見たんだ、頼むよ」
「もしかしてお前……ホモか?」
いやそれはさすがに論理の飛躍がすぎるだろ。なんだ、下品な顔でもしてたか?
だけどこれはごまかさないとまずいなと思い、即座に表情を取り繕った。だてに営業で笑顔ばかり作ってない。食い気味な姿勢から距離を取って、健全アピールをしておいた。
「違うって、気を悪くしたら謝るよ。本当にただの興味だったんだ」
「……なんだ、残念」
「え……」
残念? なにが?
もしかしてアプリに体を載せてないだけで、まさか喜充もこっち側だったのか。おれに声をかけたのはそれつながりで……。
「ふうん……」
と、そこまで考えて、ジト目でにらみつける熊がおれをはめたことを悟る。
まずい、今完全に顔に出てた……! 唐突に餌を前に出された犬のような顔をしていたはずだ。
「やっぱてめえホモじゃねえか」
「さ、さすがに卑怯だろっ!」
「はんっ、鼻の下伸ばしやがって、気色わりぃ」
吐き捨てながら喜充は立ち上がると、拒絶の視線を向けてくる。もはや何を言ったところで意味などないだろうことは明白で、おれは言葉もなく見つめ返すだけだった。
こうして見上げると巨木のようだ。圧倒的な存在感を放っているせいで、自分が虫のように感じてしまう。
「時間を無駄にした。二度と話しかけんじゃねえぞ。できれば他のジムにでも行っちまえ、顔も見たくねえ」
最後の最後まで性格の悪さを露呈させて、喜充は去っていく。
おれはただ茫然とベンチに取り残され、言葉でぶん殴られた心をいたわっていた。ちらちとスマホを見れば、案の定好感度は-1まで下がっているうえに、ロックがかけられている。もう顔見知り程度の好感度には戻せないようだ。
「……なんだよ、あいつ」
いやね、そりゃ欲望をノンケに向けたおれも悪いとは思いますよ?
顔見知り程度の好感度で鼻息荒くされたら気持ち悪いだろうとも。それに関してはおれが下半身で物を考えすぎていた。素直に反省。
だけど、だけどさ。
「あそこまで言わなくてもいいだろうがよぉ……!」
残念ながらおれは殴られたままにできるほど大人ではないのだ。絶対一矢報いてやる。元からあった欲望に復讐心が加わったことで、意地となって急き立て始めた。
そうなると頼りになるのはこのアプリだけだ。もうこれが本物だという前提を敷いて、行動しよう。違っていたらおれがいっそうみじめになるだけだが、その時はその時だ。
今回に限っては逆恨みの自覚はある。けど、もともとあいつのことはいけ好かないと思っていたのだ。決意が固まるのなんて、早いか遅いかだけの違いだろ。
鉢光 喜充……絶対おれに尻を振らせてやるから覚悟しとけよ……!
****
やる気に満ちたおれがしたことは、自由項目の欄を使ってあいつの好きなものを調べることだった。もう好感度はマイナスで固定されているため、まずはロックを外す必要がある。
ヘルプによればきっかけがあれば解除されるとことなので、とにかく好感を持ってもらうしかないのだ。
そうすると、あいつのことがなんとなくわかってきた。
酒やたばこといった嗜好品は全く手を付けていないし、パチンコなどとも無縁だ。甘いものもそれほど好きではないし、趣味らしいものも見つけられてない。恋人と打ったらそもそも好感度が表示されなかったから多分いない。
ちなみにホモとかゲイとか見てみたら-10くらいあった。過去に何かあったんだろうな。先に調べておけばよかった。
と、ここまで調べても、あいつの生活はよくわからない。普段何をしているのか、想像もできないほど好みが淡泊だった。
喜充は生活のすべてを筋肉にささげているのかもしれない。だからこそ、あんな体になれたのか……?
だとしたら、プレゼントには筋トレ関係がいいな。いや、好きなプロテインの銘柄を渡したら、何で知ってるんだよと気味悪がられそうだ。かといって他に好きなものもなさそうなんだよな。情報だけ見ると、本当にストイックだ。確かにこいつからしたら、おれは不真面目なのかもしれない。
そうこう悩んでいるうちに時間は過ぎていくが、解決策はまだ見つからない。
あいつはジムで孤立してるから、おれの性癖が広まっていなさそうなのが救いか。だけど露骨に避けられてるしな、早いところ何とかしないともたないぞ。おれの堪忍袋の緒が。
「ふう、これでお昼休憩かな……よく歩いたから、結構汗かいたなあ」
だが、おれだって喜充ばかりに時間をさけるだけではない。生きていくためには仕事が必要だ。
もはや着慣れたスーツを纏い、街を歩くおれはネクタイを緩めた。午前に予定していた営業周りを終えたので、ようやく休憩に入れる。今日は天気がいいから、なおのこと暑い。
ビルが密集する一角では、おれと同じように歯車として頑張っている人らがいて、同じように暑さから逃れようと速足で過ぎ去っていく。
春になったばかりだというのに、帰って風呂に入りたい気持ちは常に破裂寸前だ。温暖化の影響は営業職を殺すかもしれない。
「お昼、どこで食べようかな。会社に戻ってもいいけど……それにしても暑いって……とにかく水を買うか……」
ここら辺はよく来るので、自販機の場所も心得ている。熱中症対策のためにオフィス街から少し外れた裏へと向かい、日陰と水を求めて歩き出す。
だが、運の悪いことに自販機へと向かう脳内チャートは工事によって封鎖されていた。
「うわ、運悪……裏手だから工事してたの気付かなかった。ちょっと遠回りになるけどしょうがない、あっちから……」
辟易としながら踵を返そうとしたのだが、ひときわ目立つ巨体がおれの目をくぎ付けにした。
巨木だとか山だとか、とにかく大きいものへの比喩を余すことなく賛辞として受け取れるような巨体。それが工事中の道路で、あくせくと働いている。
見たことある茶褐色の毛皮に、ぶっきらぼうな顔。誰がどう見てもあれは喜充だ。
日光の下で動く薄着の体は、ここから見ても本当にたくましい。同僚たちも現場で鍛えられているはずなのに、やはり喜充は群を抜いていた。
「まあ確かに、工事現場とか似合うよなあ」
あの膂力だ、むしろ天職かもしれない。重たいものをよく運びそうだし、重宝されているんだろうな。
予想外の出会いにぼーっとしていた、いや、正直に言うと働いている喜充がかっこよかったので見とれていた。本当に見た目だけなら大好きなんだよ。
「鉢光、休憩はいります」
「あ、まず……!」
足を止めていたら、熊がこちらに近づいてきた。どうやらスーツのおれに気づいていないようだったが、さすがに距離を詰めれば喜充の顔は歪む。
「げっ、お前なんでこんなところに……」
「いや、仕事でたまたま通りかかっただけだよ……」
「そうかよ。じゃあな」
まずい。まだ好感度のロックを外す策も何もないのに。どうしたものか。
だけどこの好機を逃すのはよくない。休憩時間が被るなんて、今後もあるかわからないんだ。混乱する頭がそれでも、とっさに通り過ぎようとする熊を呼び止めていた。
「あのさ、もしかして今から休憩?」
「……だったらなんだよ」
明らかにぶっきらぼうで拒絶の色が強い声音だが、ここで引いてはいられない。
おれはこいつを落とすって決めたんだからな。
「よかったら、一緒にお昼でもどう? おごるからさ」
「はぁ? 二度と話しかけんなって言ったよな」
まあそうなるよな! 普通に考えたら予知できる未来だ。
だけど、もう後には引かん。ここは攻めて攻めて攻めまくる。
「いや、やっぱりジムで顔を合わせるわけだし、このまま気まずいのもどうかと思って……!」
「別にいいだろ。俺はお前を無視するし、お前もそうすりゃ。それで解決だ。もういいか、俺は行くぞ」
「待てって……!」
「しつけーな!」
不機嫌を全面に出して、熊は牙をむいた。
「盛りてえなら他を当たってくれ。気持ち悪いんだよ。どうせお前も俺の体目当てなんだろ」
そうですけど! とは当然言えない。
この反応だとやっぱり過去に何かあったみたいだな。それで過敏になってるんだ。誰だか知らないが、余計なことを……!
おれは頭に血が上って意地になってるので、目的を見失ってる感がある。こいつの好感度を上げるか、から、いかにして飯を食わせるかになってる。
「じゃあ株主優待渡すから、一人で飯に行ってこい! それならいいだろ!」
「意味わかんねえよ。なんでそんなことすんだ」
「お前に嫌われたままなのが嫌だからだ!」
「お、おう……?」
残念なことに、おれは日中歩き詰めでまともに水分も取れてない状態だ。しかも今日は忙しかったせいで、疲労もたまっている。
だから口と脳が直結して、ものすごく誤解されそうな啖呵を切ってしまった。本当は少し気さくな関係になってロックが外れるだけでいいのに。
喜充も予想外の言葉にきょとんとしていて、普段の厭味さも鳴りを潜めている。太い眉に大きな顎は、こうして見ると好みすぎるんだよなあ。なんて現実逃避をしている場合ではない。
「…………」
「…………」
炎天下で無音が揺らぐ。冷や水をぶっかけられたおれは自分が言ったことを反芻して、かなり恥ずかしくなっていた。なんだあれ、告白かよ。
落ち着いたら消えたくなってきた。ここは一時退却といこう。
「まあ……確かにおれはゲイだけど、見境なく襲ったりはしない。風評被害で嫌われるのは納得できなくてむかついた……それだけだ」
好感度操作アプリとかいう眉唾なものを使ってお前を抱こうとしている。というのは横に置いておくとして、これが意地になった理由でもある。レッテル張りされて気分のいい奴はいないだろ。
「あー……」大きな熊は頭をかいて。「そりゃそうだよな……悪かった。昔、ちょっと嫌なことがあってな……八つ当たりみたいになっちまった」
「わかってくれればいいんだ。意地になって悪かった。それじゃ、おれは帰るよ」
「…………昼飯をおごってくれるんじゃねえのかよ」
「へ?」
まさかここまで来てその話が息を吹き返すとは思わなかった。驚いて振り返ってみれば、喜充はバツが悪そうに少し目を伏せている。
「今月やばくてさ……お前がおごりたいって言うなら、付き合ってやってもいいぞ」
「なんだそりゃ」
どういう心変わりだよとは思ったが、渡りに船なので気が変わる前に引っ張っていこう。これでロックが外れるに違いない。
後、喜充が懐いてくれたのが嬉しかった。懐かない猫が急に甘えてきた感じ。
そうと決まればこんな暑いところにいられない。現金だがおれは元気よく背筋を伸ばし、熊を先導しようと意気込んだ。
「よし! それならとっとと行こう!」
「着替えてくるからちょっと待ってろ。あと……ほれ」
熊が投げてよこしたのはペットボトル、それも冷たい水が入ったやつだ。
「汗ひどいぞ。詫びの印に受け取ってくれ」
「あ、ありがとう……」
「なんだよ、文句でもあんのか」
「いや……急に優しくなって驚いてるだけだ」
「ふん、言っただろ詫びだって。だけど、俺に手ぇ出そうとしたら本気でぶちのめすからな。それによく考えたらよ……」
「なんだよ」
そこで喜充はいつも通りこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべて、鼻で笑いやがった。
「お前程度が何をしたところで、俺が返り討ちにできるってことに気づいたからな。ありがたく貢がれてやるよ」
やっぱ好きなのは見た目だけだわ。性格は本当に最悪。
何か言ってやろうとしたけれど、口を開いた時にはもう熊の背中は着替えのために遠ざかっていた。なんでいちいち人の神経を逆なでしないと会話ができないんだあいつはっ!
いらだちのままペットボトルを開けて、中身を一気に飲み干していく。
それでも、渡された水は美味しかった。
****
あれから喜充と少し打ち解けた。
工事現場も職場の近くだから時間が合えば昼食に行く機会も増えたし、ジムでも顔を合わせれば少し会話する仲にはなった。
そんな間柄を人は友人と呼ぶだろうし、実際好感度はちゃんと4に上がった。
おかげで好感度アプリの操作上限も4まで増えたし、クエスト達成報酬でもらった経験値で、自由項目の欄が一つ増えた。これで二つになったから、どちらかは好きに使えるな。
とはいえだ、おれはオフィスで片づけをしながら、頭を抱えていた。
「いや……先が、長すぎねえかな……」
今の上限が4で友人。セックスするにはあまりにも遠くないか。
そりゃ人によっては友人だろうとヤるし、実際セフレって単語もある。だけど、あの喜充だ。ちょっと喋るようになったとはいえ、ゲイ嫌いの理由も聞けてない今、無理に抱こうとするのは絶対逆効果だ。
「自由項目を使うか……? でも、何にするよ」
セックスにしたら普通に女抱いてそうだし、ホモセックスにしたらおれじゃなくてアプリとかに手を出しそうだ。こいつがそんなものやったらすぐさま引く手あまたになって、おれなんて埋もれる。だから却下。
そもそもゲイの好感度が-10なのにホモセックスの好感度上げたら、絶対メンタルに悪影響出そう。
というわけで、目下の目標はもう少し親睦を深めることしかないわけだ。
だから先が長いって。おれは一体いつあの最高の体を抱けるんだよ。
ここまでくるとこのアプリが本物なんだろうなって、漠然と思い始めている。事前調査で調べたものは大体合ってたし、好き嫌いで地雷を踏むことはもうないだろう。
「でも制約が多すぎるって……なんだよ次のミッションは6の親友達成って。おれはもっとこう……ぱぱっとやりたいの」
我ながら低俗なことを言っている。多分二人目とかならもっと簡単にやれるんだろうなあ。今なら初期好感度4からスタートだし。最初に選んだのがハードモードだったわけだ。
だけど今更乗り換える気はない。おれが抱きたいのは喜充なんだ。
あの分厚くてたくましい体を見るたびに、おれの中の欲望がこいつじゃなきゃ嫌とか駄々をこね始める。仲良くなるたびに近づけるものだから、完全に目が肥えていた。
「……よし、今日はこんなところにして……ちょっと残業したけど、まあ早い方か」
帰ろうと思ってスマホを確認すると、ちょうど喜充から連絡が届いたところだった。
『今日ジム来るか?』
「ん、今から行きますよっと」
『わかった。待ってる。飯は?』
「お、珍しい。栄養に気を使って、いつも完全食とか食ってるくせに。じゃあ飲む?」
デフォでついてる簡素なOKスタンプとむかつくメッセージが来た。
『酔わせたら抱けるとか思うなよ』
「はあ?! だからこのノンデリがよ~~~~!」
人がゲイってことネタにしすぎだろ。こすりすぎなんだよ。デリケートな問題なんだぞ。
でもこれ、ネタに乗って来いってことだよな。素面で抱かせろ、って送っとくか。
『きしょ、死ね』
「こいつはよ~~~~!」
まあいいんですけどね。こいつも慣れてきたってことだから。
酔ってワンチャン狙ってるのも事実ではあるが、おれが狙ってるのは一回だけじゃない。継続的なセックスだから。
……本当に字面くそカスだな。きしょ、って言われるのは甘んじて受け入れましょう。だが絶対セックスするから、見とけよ。
何はともあれ、予定が決まったのならささっと帰るか。
おれはオフィスに挨拶をして、そそくさと外へと出ていった。
そしてジムで汗を流してからシャワーを浴びて、おれと喜充は適当な居酒屋で乾杯を決めた。
「あー……仕事とジムの後の酒、まじで最高っ!」
一気にアルコールを流し込むと、生きてるって感じがする。向かいの喜充が苦笑いしてるけど、これくらい普通だから。
巨体の熊はノースリーブのパーカーを着ていて、腕を動かすたびに横乳が見えている。さらにたまに乳首も見えるとガチャでSSR引いた気分になれる。
その腕の太さだと服を着るのもめんどくさいのはわかるが、おれがゲイだってこともうちょっと真面目に考えてほしい。視線をはがすのも一苦労なんだぞ。
「お前、ほんっと酒好きだよな」
「飲まなきゃやってられねえんだよ。営業なんて人の顔色うかがってばっかで、まーじでストレスやばいからな」
実際おれが酒をたしなむようになったのも仕事を始めてからだ。今までは友人と飲むといってもたまに程度だったが、喜充が付き合ってくれるようになってから外飲みが増えた気がする。
「そんなもんか。でも結構いいところの会社だろ?」
「まあなーだから給料はそこそこあるから辞める機会がないんだよ」
「いいじゃねえか。土木もまあ、そこまで悪くねえけど……俺としちゃもっと欲しいところだな」
「うちはいつでも人手不足だから」
「……いけねえよ」
ぽつりとつぶやいてジョッキを口に運ぶ熊は、どことなく哀愁を背負っているようだ。苦虫を噛み殺したような顔ではあるが、そこに諦観が混ざっている。
酒の席には全くふさわしくない顔だ。でも、酔って上機嫌のおれは全く気にしなかった。
犬の顔はすでに赤らんで、満面の笑み。酒は好きだがめっぽう弱い。だから安上がりで済むという言い訳を自分にしているので、断酒できないわけなのだが。
逆に喜充は結構強いようで、おれと同じくらい飲んでるはずなのにけろっとしている。チートデイくらいしか飲まないくせに、肝臓がおれより強いのはずるだろ。
「……お前はいいよな。いい会社入って、安定してんだから」
「そんなことないってー喜充だっていける!」
「お世辞か? そんな薄っぺらいことを言うくらいなら、酒でも飲んでろよ」
「まじまじ……だって喜充はさ、すごいやつだからさあ。おれは本気で言ってるぞ」
飲んで食べてをしているせいで、喜充が驚いた顔をしている意味を考えられていない。この傲慢な男が褒められて驚くなんて、普段ならおれも気付いていただろうに。
「…………ふん、何がすごいんだよ。言ってみろよ」
「えー? まずその体だろ。土木ってきつそうな仕事なのに、ジムも欠かさず行ってさ。しかも普段の食事にも気を配って維持してんだろ? 偉いよなあ」
「まあな。俺は真面目にやってるんだ」
「な。前はそれ聞いた時、おれは真面目じゃねえのかよって思ったけど、確かにお前からしたらおれなんて不真面目だろうなーってなるわ」
「そうだろ。周りの奴らなんて、みんな手抜いてるくせに、自分は頑張ってるなんてごまかして生きてんだ。くだらねえ。俺の方がずっと……はあ、俺も酔ってるな。そろそろ帰るぞ」
「まだいいだろ。どうせ明日は休みなんだ。喜充もさ、ぱーっと飲んじまえよ」
「はんっ、酔わせて襲う気かよ?」
「あはは、ばれたか」冗談の応酬、もう定番だ。「でも忙しかったのもあるけど、最近まじで人肌恋しくてさ。あー誰かいい人いねえかなー!」
「きしょいこと言ってんじゃねえよ。このまま置いて帰るからな」
「いいぞーおれに肩貸すの嫌だもんな」
別に嫌味とかでもなんでもなく、ただそうだろうなと思ったからそのまま口に出した。おれがゲイってことばれてるし、あんまり触れたくはないだろうから気を使っただけ。
だけど言い方が悪いよな。完全に酒でデリカシーが死んでる。さっきまで喜充のことをノンデリとか言っていたが、ブーメランがあまりにも早すぎるのではないだろうか。
「そういうわけじゃ、ねえけど……」
「いいって。おれだって喜充に嫌われたくないし、適当にタクシー拾って帰るよ」
確かにこれ以上しゃべってぼろを出す前に、撤退した方がいいだろう。そのくらいの理性は残っている。なんとなく明日頭抱えてそうだなという認識はあるので、今のうちに撤退しよう。さすがに飲みすぎた。
お会計も終わって店を出て解散かなというとき、喜充が急に不機嫌な声を出した。
「はあ、てめえ俺のこと馬鹿にしてんのかよ」
「え、なんでだ?」
ぽわぽわしてたら、なぜか思いっきり睨まれた。プライドが高いから、気を使われてむかついたのかも。
酔いのまわった頭じゃ原因なんてわかるわけがなくて、困惑するだけ。そんなおれの手を熊はむんずと握って、強く引っ張ってきた。
「え、あ、おい……こけるって……どうしたんだよ急に」
「帰るぞ。家まで送ってやる」
「え、お前そんな優しかったっけ?」
「ふざけたこと言ってんじゃねえよ。このまま放っておいたら事故りそうだ」
「えー……家まで行ったら押し倒しちゃうぞ。嫌だろそんなの」
正直まずいと思っている。酔った今、こいつを前に抑えきれる気がしない。さすがに外で盛るほど非常識なつもりはないが、帰ったら話は別だ。
だから冗談めかして伝えながら、手を放してくれないかと思っていたのだが、喜充はいらだった顔で吐き捨てる。
「ばーか。お前程度が何をしようと、俺に勝てるわけねえだろ。変なことしたらぶっ飛ばして酔い覚まししてやるよ」
あーなるほどね。やっぱ気を使われたことで舐められたとでも思ったのか。生きづらい性格してるわ。優しいところもあるんだけど、根っからの傲慢だから。
失敗したなあ。何事もなければいいけど。
「ただいま……なんだけど」
ようやっと帰ってきた我が家だが、背後からの圧がすさまじい。歩いていくうちに少し酔いは覚めたけど、だからこそどうしたものかと頭を抱えていた。
「……」
「ちなみに聞くけど、終電ってある?」
「ねえよ。誰かさんがうだうだしてたせいでな」
「はい……」
想像より酔ってたみたいで、かなり迷惑をかけてしまった。思い返せば喜充の舌打ち回数すごかったな。でもおれは鳥でも呼んでるのかって深夜の道中で大笑いしてました……いやよく殴られなかったな、寸前ではあったけど。
うーん、これ、百パーセントおれが悪いな?
「途中で帰ってもよかったのに……」
「あ? てめえ、送ってもらっといて言うことがそれか?」
「いいえ、なんでも……あの、ホモの家でよければ、一晩どうでしょう……?」
「もてなせよ」
「あ、いいんだ……タクシー代くらい出そうかと思ってたんだけど」
「俺はそこまで弱くねえよ。気を使いすぎだ。手を出そうとしたらぶっ殺せばいいだけの話だろ」
「胸に刻んでおきます……」
人の好意は素直に受け取った方がいいと思うけどな! おれはまだ酔ってるし、大胆になって何するかわからないから自分が怖いんだよ!
なんてことを言ったところで、おれを制圧できる自信がある喜充に効くわけない。また好感度がロックされるのだけは避けなければ……。
戦々恐々としながらリビングに通すと、熊は意外そうにつぶやいた。
「結構綺麗にしてんだな。これなら普通に横になれそうだ」
「まあ、この前掃除したからね……」
喜充の好感度を上げるためにひょっとしたら家に呼ぶかもしれないからと、せっせと片付けたのが功を奏した。やってる最中は捕らぬ狸の皮算用なのでは……と鬱になっていたが、やはり事前準備が大事なわけだ。
「しかも結構広いし。やっぱいい会社入ってる奴はいいとこに住んでんだな」
「そんなことないって。一人暮らしには広いから、持て余したなあって後悔してるよ。ちょっと見栄張ったんだよなあ」
おれにも恋人ができたらここで一緒に暮らして……みたいな夢物語を思い描いていた時もありましたよ。今気づいたら、おれはここでも捕らぬ狸の皮算用をしているのな。
「先シャワー浴びなよ。服洗濯しとくから」
「ジムで浴びて着替えたし、そこまで気つかわなくていいぞ」
おれが無理なの! 歩いたせいで雄臭さが上がって、本当、まじで、いい匂いするから、いつ勃起しても不思議じゃねえの!
忙しかったから昨日も抜いてないし、勃起してるとばれたら絶対またロックがかかる!
「あれ、そうなんだ。おれはジム終わりでも、飲んで帰ったら一応浴びるけどな」
「……お前、俺の下着狙ってねえか?」
「なっっっんでだよっ!」
いや確かにちょっと強引だとは思ったけど!
そう思われても不思議じゃないか。やばいな、酔ってて思考が雑だ。
「この自意識過剰男め。おれは気を使ってんの」
「でもお前、俺のこと好きだろ?」
「はぁ?!?!?!」
あらぬ疑いをかけられてキレてしまった。おれが好きなのはこいつの見た目であって、性格じゃないから。見た目だけなら本当に百点満点中一億点くらいある。
それを好きかと言われたら……まあ、そう言えなくもない。
「筋トレ中も人の胸とかばっか見てるだろ。ばれねえと思ってたのかよ」
「いや、それは……たくましいなと思って……でもそんな見てたかなあ……」
「きしょ。触ろうとしたらぶん殴ってたぞ」
「さすがにそんなことしないって。けど、なのによくおれと飲みとか行くよな……」
「だからお前程度なら何しようと問題ねえんだよ。それに前に啖呵切ってきただろ、風評被害で嫌うより、実際に見てみようと思ってな」
「つまりおれは喜充にとってゲイ代表と……」
「そういうことだな。今のところ、評価は気持ち悪いで、関わり合いになるのはごめんだ。この調子だったら、お前との関係も終わりそうだ」
「だったら今すぐ出てけ!」
「嫌だね。もてなせよ、ホモ野郎」
こ、このノンデリがよ~~~~!!! ブーメラン投げ返してやる!
おれじゃなかったらキレてるだろ! 好感度操作アプリとかいう秘密兵器があっても、たまに本気でキレたくなるのに!
いや、もしかしなくても、おれが普通なら怒り出すところを耐えているので、こいつが余計に調子に乗っている説はある。アプリを見れば好感度がちゃんとあることは明白なので、性格悪いなーくらいで流してしまうんだよなあ。
だが、さすがにそろそろ行動を起こすべきだろう。いつまでも好感度4のままではいられない。おれの堪忍袋さんもそう言っている。
喜充がこうしてくつろいでるのは、おれなら何もしないだろうという信頼なのかもしれないが、それがまやかしだということを教えてやろう。
「そんなおれの家で無防備にいやがって……喜充も興味あるんじゃないか?」
「馬鹿言うなよ。気持ち悪い。あるわけねえだろそんなもん」
「なら試してみるか?」
アプリの自由項目の欄に『ハグ』と打ち込んで、好感度を4に。これで喜充はハグが好きになったはずだ。
おれは両手を広げて勝ち誇った顔を浮かべておく。こいつの神経を逆なでして、挑発に乗りやすいように。
「一回抱き着いてみ。そうすれば自分のことがわかるかもよ」
「きしょ。お前がやりたいだけだろ。飲んだ酒がリバースする」
「おれなら何をしても制圧できるんだろ? ちょっと試すぐらいも怖いのか?」
「ガキみてえな挑発してんじゃねえよ。ったく、後悔すんじゃねえぞ」
よし、乗ってきた。好感度をいじったからハグをしても、思ったより嫌じゃないかも……と気付かせてゲイへの嫌悪感を下げる作戦よ! こうやってどんどん沼に落とし込んでやるからな!
にやにや笑うおれが気に食わないのか、熊は不機嫌そうな顔だ。だけどその大きな体は逃げることもせず、おれを包み込んでくれた。
ハグの好感度を上げる前だったら、絶対乗ってくれなかっただろうな。役得と思いながら、素晴らしい肉感に溺れていく。
「おぉ……!」
「気色悪い声を出すなよ……」
思わず感嘆が漏れてしまった。それくらい喜充の体は素晴らしかった。
しっかり鍛えてあるから抱き着いた時の肉感がすさまじい。密度がぎっしり詰まっているのが服と毛皮越しでもわかるから、どっしりとした大木を抱きしめている感覚さえある。腕が回りきらないほどの大きさは、おれの好きを増幅させていた。
しかも身長差のせいで顔が胸に埋まってるんだけど、谷間が深すぎる。みっちりむっちりなおっぱいに左右から包み込まれるのは、控えめに言って天国。たまった匂いもすごくよくて、シャワー後だから制汗剤とかもなく、喜充の雄臭さがダイレクトに脳まで届いている。
おれ、ここに住みたい……。できれば一生。
「……なんか言えよ」
心底あきれ果てた声が頭上から降ってきて、ようやく我に返る。楽園に浸って、完全に意識が飛んでた。
「ど、どうだ、思ったよりいいもんだろ」
「お前にとってはな」
そんなわけない。ハグの好感度は4だから、普通よりいい感じになるはず……。
んんん? そういえば、ゲイの好感度-10だったよな。この場合どういう感情になるんだ。単純計算だと足したところで-6になるだけなんだけど……もしかして、あんまりいい感情になって、ない……?
酔った頭脳が算出した都合のいい未来をあざ笑うかのように、ギリギリと腕が締まっていく。喜充が鍛え上げた筋肉を隆起させると、天国が一気に地獄へと変わる。
「うおおぉぉ?! ちょっと待って、苦しい……!」
「きもいことさせやがって。調子に乗りすぎなんだよお前は」
巨漢熊のベアハッグにおれは悲鳴を上げて身をよじるが、逃げ出すことなど到底不可能。頭蓋骨から響いてはいけない音が聞こえる気さえする。
「待って! 吐く! 吐くから!」
「そしたら殺す」
「横暴すぎる!」
命が閉じていく感覚がする。ジムだけじゃなく土木で鍛えた肉体だ。その力はすさまじく、おれが背中を何度叩いて救済を乞うても、緩む気配がない。
「死ぬって!」
「本望だろ。馬鹿みてえに嬉しそうな顔しやがって。きもすぎ」
「す、すみませんでしたぁ! あまりに心地よくて……!」
「やっぱお前、俺のこと大好きじゃねえか……」
「だから違うって!」
「じゃあホモってのは誰にでもこんなことするのかよ?」
「それは……」
何か言い訳を考えようにも、息すら詰まっていくから頭が回らない。しかも喜充は嫌悪をむき出しにしてしゃべっているから、何を言おうとも聞いてくれる気がしないし。
結果として、おれはもうやけくそになってぶちまけていた。
「ああもう! わかった! 認める! おれはお前のことが好きだよ!」
「はっ、やっぱりな。きしょいやつ」
「うるせえ! しょうがねえだろ! 好きになっちまったものはさあ!」
好感度がまたマイナス行ってそうだな……。とは思うけど、今はそれどころではない。
「だから嫌われたくないんだよ! 悪かったって! もう二度とお前の前で酒を飲まねえし、こんなことしない! だから勘弁してくれ!」
「はあ? 誰がそこまでしろって言ったよ」
じゃあお前は何に怒ってるんだ。こいつの考えてることが全くわからない……。
鈍った頭をまわしていると、ようやく解放された……。毛皮に喜充の匂いが染みついてる気がするが、それを堪能するには余裕がなさすぎる。
「な?」熊がぜえはあしているおれの前にしゃがみこんで。「わかっただろ。お前が何をしようと、俺には勝てないってこと」
「わかったって……悪かった」
「わかりゃいいんだよ。んで、お前は俺のどういうところが好きなんだ?」
「ええ……それ言わなきゃ駄目か?」
「人肌恋しいんだろ? 誠実に言えば、俺が応えてくれるかもしれねえぞ」
意地悪くにやついているくせによく言う。ただ聞きたいだけだろ。人の恋心を弄ぶくそ野郎だが、おれも見た目だけで惚れてるのでお互い様なところはある。
とはいえ、さすがに外見だけとは言えないよなあ。
「……努力家なところ?」
「おい、疑問符ついてるぞ。真面目に答えねえと帰るぞ」
「タクシー代だすよ。今日は悪かった」
「だからそれに関しちゃ、もういいって言ってるだろ。俺はお前の答えが知りたいんだ」
「なんだってそんなこと……」
こいつが何を考えているのか、さっぱりわからない。ホモなんて嫌いなはずなのに、どうして執拗に聞いてくるんだ。
「俺は自分の性格が悪いことくらいわかってる。だから、好かれるとしたら見た目しかねえんだろうなってこともよ」
「いや、それは……」
「しかも仕事も大したことねえしな。学歴だけはそこそこだが、そんだけだ」
今時職業の貴賤なんて流行らないぞ。と言いたいが、本人がそう思ってるし、口をはさむ前に巨大な熊がのしかかって言葉をふさいでくる。馬乗りになって見上げる喜充は山のようで、どうあがいても逃がさないと口角をゆがめていた。
喜充は最高の体に最低な表情を浮かべて、おれの反応を面白がっている。しかも体を倒して胸元を鼻面に押し付けてくるものだから、脳が混乱を極めて沸騰してきていた。
「だから教えてくれよ。お前は俺のどこが好きなんだ? えぇ?」
筋肉で作られた巨乳越しに熊の意地悪い笑みが見える。この場で正解を出さないと、もうこいつとは会えないんじゃないか。そんな気がした。
こいつと付き合いだして、分かったことがある。
最初にゲイばれした時もそうだが、この熊は人を試す癖があるんだ。人を惑わしたり、嘘で釣ったり、そうして相手の心を引き出そうとする。
ここで調子よく美辞麗句を並べ立てて誉めそやすのは簡単だが、こいつがそんな薄っぺらいお世辞で納得するとは思えない。
だから、知ったことかと全部吐き捨てることにした。
「そうだよ、見た目だよ。おれはお前の見た目が心底好きなんだ」
「はっ、やっぱりな。最初から体目当てだったのかよ、くそホモが。きもいんだよ」
「しょうがねえだろ! こんないい男に出会ったの、生まれて初めてなんだからな!」
「お、おう……そうかよ。俺はそんなにいい男か?」
「当たり前だろ! お前は性格悪いしすぐ人の性癖をからかうノンデリだけど、そんなマイナスをちゃらにするくらい見た目は最高だ! 正直お前しか目に入らないし、付き合うなら絶対お前がいいんだよ!」
「うわ、俺のこと好きすぎて引くわ……人は中身で勝負とかよく言うのになあ」
「少しの付き合いだけど、お前がその体を作るのに全力なのは知ってる。どれだけ仕事が大変でも筋トレは欠かさないし、給料だってプロテインとか食事とか、あと筋トレの指導とかで消えてんだ。だったら、お前の見た目こそ、お前の中身そのものだろうが。おれはそれ含めて好きなんだよ! わかったかぼけ!」
「なんでお前がキレてんだよ……」
「うっせえ! 口に出したら想像以上にお前のことが好きな自分にドン引きしてんだよ! 死ぬほど恥ずかしい!」
「まあ、確かにすげえ恥ずかしいこと言ってるよな、お前。俺だったら絶対言えねえわ」
正直くそきもい告白だと自分でも思っている。言ってることをまとめると、とにかく見た目が好きの一点張りだからな。やりたい盛りのガキでもまだまともなことを言えるぞ。
だというのに、何が気に入ったのか、喜充はにやにや笑いを収めることなく、それどころかノースリーブのパーカーをたくし上げて硬そうな腹を見せてきやがった。
「ふうん、じゃあお前、こういうのが好きなんだ」
「好きに決まってんだろ!」
「ははっ、そうかそうか……まっ、今のは悪くねえ告白だったぜ。中身とか嘘くせえこと言ってたら、ぶん殴ってたわ」
「……ストイックすぎるところは嫌いじゃねえけど」
「だから俺のこと好きすぎな。聞いてるこっちが恥ずかしくなる」
「言ってる方はもっと恥ずかしいから心配すんな」
「開き直るなよ」
熊は上機嫌に、いや本当に何が楽しいのか、そのままパーカーを脱ぎ捨てて、でか乳を揉み上げる。指からこぼれそうなほどの肉が隙間からしなだれかかるエロさを前に、おれは言葉をなくしていた。
え、今、ひょっとして都合のいい夢でも見てるのか? なんであの話の流れから、こんな展開に? もう理解が追い付かない。
「がん見しすぎだろ。すげえ顔してるぞ、くそホモ野郎」
「そのホモ野郎にセックスアピールしてるお前は何なんだよ」
「お前の反応が面白くてな。いやーまさか、こんなに俺のことが好きな奴がいるとは思わなかったわ。きもいを通り越して笑えるぜ」
「人の恋心をおちょくりやがって……くそ野郎はどっちだ」
「でも、俺のことが好きなんだろ?」
そう聞かれたら二の句が継げない。何を言ってもこいつを喜ばせるだけになるのだと、もう理解している。
圧倒的優位に立った熊は小馬鹿にするように笑い、脱いだパーカーをおれの顔にかぶせてきた。さっき抱き着いた時に嗅いだ雄臭はおれを興奮させ、こんな状況だというのに勃起したものが熊尻を押し上げようとしていた。
「うわ、きもいな。まじでこれで立つのかよ」
「お、お前……最低だな……」
「今更だろ。俺は自分でも性格がいいとは思ってねえよ。でもそんな俺でも好きだって言ってくれるならさ、それやるわ。しこっていいぞ」
「は? ……どういうことだよ」
「いや、ホモなんてみんなきもくてゴミみてえなもんだと思ってたけど、お前はその中でもまだましな方だしさ。きもいけど。告白は悪くなかったし、だから……」
そう言っておれを見下ろす熊の顔は、愉悦に満ちていた。まるで世界のすべてが自分のものだと言わんばかりで、だけどそれがこの男にはとても似合っている。
誰よりもたくましく、誰よりも傲慢な男、喜充はわざとらしい猫なで声を出しながら、おちょくるようにこう言った。
「恋人としてよろしく頼むぜ、くそホモ野郎♡」
****
何が、起きているんだ……。
最近何度も自問自答する議題だが、答えは全く出てこない。
『仕事早上がりできたし、先にジム行ってるぞ。今日は泊まるから』
なんてメッセージと共に、ジムのロッカー室の写真が添付されている。
その中に映る太くて雄々しい熊は、陰毛からちんぽの根元が見えるくらいまで短パンを下ろしていた。さらにタンクトップの裾を口で咥えて持ち上げて、腹筋から恥骨まで、惜しげもなく見せつけている。
汗をかく前とはいえ、やはりこの肉体は素晴らしく、仕事が終わってぐったりしていたおれの活力剤となってくれた。萎えててもこの大きさはもはや凶器だろ。
「了解。飯は?」
『今日はプロテインと栄養食でいい。反応なしかよ』
「職場で勃起して、今立てない、帰れない、畜生」
『きしょ』
反応しろって言っておいてこの様、なんなんだよ!
あれからなぜか恋人同士とかいう立場になったけれど、こいつの調子に乗りようはすさまじいことになっていた。
こんな風にゲイ向けの写真を送ってくるし、ことあるごとに触りたくねえのかと聞いてくる。後者に関してはハグの好感度を4まで上げたせいな気がするけど、だからって毎日ハグしてくるのは違うだろ。好感度4なんてそんなにだぞ。
今ではおれの家にこいつ用のプロテインやら何やらが置かれてて、ここだけ切り取ると確かにカップルみたいだ。本番どころかキスすらさせてもらえてねえけど。
それもそのはずで、アプリによるとこいつの好感度は5。ちょっと仲のいい友達くらいだ。間違ってもくそきもい告白で付き合える関係性じゃないし、体を許せるほどじゃない。
でもあんなことがあったのに上がってるとは思わなかった。恋人になったのもそうだけど、何がこいつの気に入ったのかさっぱり。
この生活をすでに一か月はしている。季節は夏に近づいて暑さを増していくが、おれらの間はずっと冷え切っていた。
「何がしたいんだよこいつ……」
延々と生殺しを食らっているおれだが、それでも許すのはやっぱり見た目が最高だから。喜充がおれの家で見せるラフな格好のエロさといったら、秘蔵のAVがかすむほどだ。だからたいていのことは許してしまう。
恋愛は惚れた方が負けとかいうけど、本当にそうだと思う。あんな邪知暴虐な男にいいようにされてるおれが可哀そうすぎる。
でもこの好感度操作アプリさえあれば、いつか立場が逆転するはずなんだ。
あいつに尻を振らせるというおれの野望はまだ終わっていない。絶対おれのちんぽの虜にしてやる。
……まあそれはそれとして、人肌恋しい時にこいつがいてくれたので、幸せではあるんだけどな。これでやらせてくれたら完ぺきだったけど、マイナスからここまでの関係になったんだ。贅沢は言うまい。
「感謝を込めて、『好き』って送っとくか」
『急にきもいの送るなよ。毛皮が立っちまった』
「おれら付き合ってるんだよな?」
『そうだけど?』
いや、そうだけど? じゃねえだろ! なんで好きって言ったらきもいが返ってくるんだよ!
自由項目の欄で確認したらゲイの好感度は−5くらいまで上がってはいたけど、でもまだマイナスだ。そんな男がなんでおれと付き合ってくれてるのかわからない。
……よし、意味のわからなさに股間が治まってきた。これ以上写真を見ないようにして帰るか。
こんな思春期みたいなことになってるのも、最近あいつが泊まりに来てるからだ。おかげで抜けもしねえのに、最高の体を前にムラムラだけが溜まってる。完全に生殺しだ。
そう考えたらむかつくな。もっと好きって送っとくか。
「世界で一番愛してる。お前以上の男は知らない。おれの中の最上」
『嘔吐させる気かよ。きもすぎるにもほどがあるだろ。素直にやりたいって言え』
「やりたい!!!!!」
『嫌だね』
「なんなんだよこいつはよ~~~~!」
おれのことおちょくって遊んでるんじゃないか。そんな気がしてきた。
でもこいつと付き合いだしてもう一ついい点がある。それは生活習慣がものすごくしっかりしたということだ。
喜充は生活の大半を筋トレに当ててるくらいのストイックさを持っている。性格は悪いが生活習慣はすこぶるいい。おかげでおれもジムに行く頻度が安定していた。
「なんだかんだ言いつつ、誘われると行っちゃうんだよなあ」
筋トレ中の喜充は最高だからな。デスクを片付けながら、今日は何のトレーニングをするんだろうと考える。口出しの多い奴だから、今や喜充はパーソナルトレーナーみたいになっていた。
食事も睡眠も規則正しいやつが頻繁に泊まりに来ると、自然と付き添う形になる。おれも別にこれといった趣味があるわけじゃないから、だらだら見てたドラマとかそういったものも最近はご無沙汰だ。
「おかげで体が結構いい感じになってきてるし、これならあいつに振られても新しい出会いができそう……」
でも喜充がいいんだよな~。ままならんもんだ。
それからジムでみっちりしごかれて、家に戻るとすぐにソファにぶっ倒れた。
喜充の組んだメニューは軍隊かと疑いたくなるほど過酷で、帰りの足が生まれたての小鹿みたいだった。そして諸悪の根源はそんなおれを見て笑っていた。
「もう無理……明日も仕事なんだぞ……」
「慣れたら安定するから、今だけだ。むしろ、今まであんな緩い筋トレしかしてなかったのかよ」
「お前のメニューがきつすぎるだけだって……」
「はっ、軟弱者。ほら起きろ、まだ飯食ってないだろ。栄養はしっかり取れ」
「もう少し待って、今食べる元気がない……」
しかも喜充の言う飯ってプロテインと栄養食だから、好んで食べたいわけじゃないんだ。ほぼ毎日同じ品目だし……付き合って思うけど、こいつのストイックさはガチ。さすがあの肉体を作っただけはある。
「……そういうところも好き」
「急にきしょいこと言うなよ」
呆れた声を出しながら、熊は栄養しか考えていない男飯を作っている。おれの分も作ってくれるのは非常にありがたいんだけど、まじで立てない。
見栄を張ったおれの部屋はカウンターキッチンになっているのだが、喜充がでかすぎて高さが足りていない。少し腰をかがめないといけないようで、そうしていると愛嬌も出てきてずるいな。
「……何をしても好きかよ」
「頭沸いてんのか……俺のこと好きすぎて引くわ」
だけど言葉とは裏腹に、熊はまんざらでもなさそうに上機嫌だ。ゲイなんて嫌いなくせに喜ぶのは、自分が優位に立てるからだと思っている。そう考えると、こいつはおれの感情を弄んでるんだよな。
「抱きてぇ……」
「筋トレのし過ぎで壊れたか? お前には無理だって」
「くそ、今日は絶対抜くからな……」
「きも。俺がいないときにしろよ」
「毎日毎日来てんじゃねえか! 大体お前はいつ処理してんだよ!」
「俺はお前より仕事終わるの早いからな」
「畜生!」
とかなんとか話しているうちに、晩飯の準備は終わったようだ。再度呼ばれるが、やっぱり体は動いてくれなかった。
「しょうがねえな」
喜充がなにやらかがんでごそごそしているが、カウンターが邪魔で見えない。何をしているのか気付いたのは、色気もないボクサーをおれに向けて振ってからだった。
「ほら、これやるから。動けよ壱狗」
「お、お前、それ……!」
「今日替えの下着忘れちまってさ。シャワーは浴びたけどパンツは変えてねえんだ」
「つまり筋トレ中にはいてたやつってことかっ!」
「うわ、食いつき良すぎだろ。きっも……」
カウンターまで行けば、あれがもらえる。そう考えるとおれの体から底力が湧いてくる。疲れた体に鞭打って立ち上がると、熊は心底愉快そうに口角を歪めた。
「お前まじできもいよな。こんなもののためにそこまで頑張るのかよ」
「うっせえ、嬉しいくせに」
「面白いの間違いだろ。抱けもしねえ男のパンツのために、必死になってさ」
「いつか、絶対抱く……!」
「そうか、まあ無理だろうが、頑張れよ」
這う這うの体で席に着くと、パンツが顔に投げつけられる。それを手に取って嗅ぐと、確かに喜充の匂いが凝縮されていた。その温かさと雄臭さは確かに今まではいていたものだ。これは今日のおかずにしよう。
「嬉しそうな顔しやがって……」
ただ、脱ぎたてのパンツをカウンターに置くのも違うと思ったので、ポケットにしまっておく。そもそもこんなの間近にあったら禁欲中のおれが耐えられるわけないだろ。
「ありがとう、いただきます」
「……どっちの話してんだ?」
「どっちも。食事もパンツも、大事にいただきます」
「お前、きもさに磨きがかかってきてねえか?」
「抜けてないおれにパンツ見せつけてきたやつが言うなよ」
「はっ、それもそうだ。んじゃ、いただきます」
「いただきます」
栄養だけを考えた味気ない食事はお世辞にもおいしいとは言えない。けど、誰かが作ってくれた料理ってだけで、やっぱり嬉しい。それが喜充なんだから、言うことないだろ。
「美味いよ」
「嘘つけ。こんなの美味いわけねえだろ」
「喜充がおれのために作ってくれたから」
「……きっも。なんかお前、俺のことが好きすぎて可哀そうになってきたな」
面白がるわけでもなく、憐憫の視線が刺さる。その反応はまじすぎるからやめろ。
「お前さ、嫌になったりしねえの?」
「何を?」
「俺と付き合って。自分の性格の悪さくらいわかってるぞ」
「まあ、性格は悪いけど、見た目がそれを補って余りあるから……」
「そこはもう少しオブラートに包んで、いいところが見えてきたとか言う場面じゃねえのかよ」
「お前の性格でいいところがあるとしたら、おれと付き合ってくれたところだよ」
「救えねえなお前。まっ、俺としちゃ楽でいいけどさ。いい部屋にも住めるし」
「それで居座ってるのかよ」
「俺の家、ぼろいから天井も低くて過ごしづらいんだわ。給料とか節約して筋トレしてるの、お前も知ってるだろ。というわけで、このまま同棲しねえ?」
「えー……まあ」
「悩むのかよ。いいカモすぎて逆に不安になってきたぞ。でも、家賃やら光熱費やら浮けばその分筋トレできるしな、お前にとってもいいことだろ」
それはそう。この熊はストイックの塊なので、例えお金に余裕ができても娯楽にはまることはないと断言できる。好感度操作アプリを使えばその限りではないが、さすがにそんなことをする気はない。このストイックさが喜充の魅力なのだから。
「正直な話」食べ終わった食器を片付けながら熊が。「お前と付き合ったらすぐに破局すると思ってたんだよなあ」
「おれもお前の気がすぐに変わって、やっぱなしって言われると思ってたよ」
「俺はお前が嫌になると思ってたわけ。見た目だけ好きでも、付き合うと中身がどうしてもちらつくだろ」
「まだ耐えられるから」
「耐えるとか言うなよ。そんで、すぐ破局したら、結局ホモとかこんなもんか、って鼻で笑ってやるつもりだったんだ。いくら好きって言ったところで、体の関係がないと終わりだろってな。写真送り付けたり、ハグさせてみたけど、お前は嬉しそうに尻尾を振るだけだったしなあ……」
「ひょっとしておれ、まだゲイ代表として試されてた?」
「おう。いうて一か月だけど、このままだと普通にだらだら関係が続きそうだと思ったし、同棲を提案したわけだ。お前が想像以上にきもくて、俺は驚いてるよ」
「人の恋心をきもいとか言うな」
まあ実際きもいと本人も思ってますけどね。見た目が好きすぎて中身を許しまくっている。
「でも、それでも別れるとか言わないんだな」
「別れたいのかよ?」
「絶対嫌」
「だろ? 言い出したからには最後まで付き合うさ。どうせ抱けやしねえんだ。お前もいつか飽きるだろ。それまでは儚い夢でも見とけよ」
でも、飯を作ってくれて食器を片付けてくれる真面目さとか、付き合っていたからこそわかる点は嫌いじゃない。一人暮らしの味方である食洗器を使うとはいえ、片付けてくれると嬉しいよ。
こいつは傲慢ではあるけど、家事はきちんとするし、家を汚すこともない。自分のことはしっかりできている。じゃなきゃトレーニングメニューとかこなせないだろうし、こんな肉体にはなっていない。
中身がとか言うけれど、やっぱりこいつに限っては見た目に中身があふれ出ていると思う。
なんてことを伝えると、喜充がドン引きの顔をする。なんでだよ。
「盲目が過ぎる。別にこんなの普通だろ。むしろ俺が食べたいからって栄養だけの料理を食わされてるのに……」
「人の手料理に飢えてるおれの気持ちがわからんのか。なんか……喜充って思ったより常識人なのか……?」
「お前、まじで俺のこと失礼な奴だと思ってるだろ……まあ、そうなんだけどよ。はあ、これは長引きそうだから言っとくか……」
動けないおれに代わって後片付けをしてくれた喜充は、プロテインを作って横に座る。筋肉の元を一気飲みし、空になったシェイカーを見ながら少し黙り込んでしまった。
「俺さ、もともと普通の会社にいたんだ」
意を決したように、熊が硬い音でしゃべりだす。
「これでもそこそこいい大学は出てたし、ボディビルのサークルでそこそこの成績は出してた。自分で言うのもなんだが、順風満帆だったんだよ」
「うん、喜充は頑張り屋だから」
「きもい言い方すんなよ……まあ、ありがたく受け取っとくけど」
おれの相槌で少し角が取れたのか、喜充が表情からは力が抜けていく。
「でも会社の上司がお前みたいなホモ野郎でさ。俺を採用したのは体のためだとかぬかしやがる。そのうえ愛人になれば昇進できるとかさ……ていのいい脅しだよ。断ったら会社から追い出すってな」
「それは……」
「あの時は大学を卒業したばっかでどうすりゃいいのかわかんなかったし、奨学金の返済とか、就職が決まった時に喜んでくれた親の顔とか……まあいろいろ浮かんでな、このまま昇進できるなら……とか考えてさ……」
「ま、まさか喜充……その人と……」
「いや、できなかった。ホテルまで行って脱いで……土壇場で怖くなった。だから、ぶん殴って逃げたんだよ」
喜充はおれを見ていない。空になったシェイカーに映る歪んだ自分と目を合わせ、あの頃に思いをはせているようだった。
「そしたら俺が悪者にされてな。あっさりクビだよ。暴力事件ってことで再就職もできなくて、結局土木に落ち着いたってわけ」
落ち着いたとか言うけど、その間にはいろんなことがあったはずだ。ぼろい家に住んでるって言ってたのも、きっとそのせいだろう。だからおれの家に居座っているのかもしれない。あの家にいると、いろいろ思い出すから。
「なんでこんなこと言ったかっていうと、お前に抱かれるのは無理って言いたかったんだよ。まだちょっと、心の整理がついてねえんだ。正直、女ともできねえから、経験とかもねえし……」
「喜充」
「お前が期待してるのはわかるが、それだけは理解して……ってなんだよ、抱けない俺が嫌いになったか?」
そんなことはどうでもいい。おれはシェイカーから熊の視線を引きはがすために、少し語気を強めて呼ぶ。そうして強引に向かい合った顔は少しおびえているようにも見えた。
「うちにこい、同棲しよう」
「……本気で言ってんのかよ」
「当然だろ。転職したいなら資格の勉強とかしないといけないし、だったら家賃を浮かせた方がいい。喜充はまだ若いんだから、チャンスはある」
「そんな歳変わんねえだろ……でも、まあ、お前んとこなら願ってもねえよ。お前が何をしようとも、どうとでもできるしな」
ニヤリと笑って勝ち誇る、いつもの喜充だ。実際そうではあるけど、いつもより嬉しそうに見えるのはきっと間違いじゃないだろう。
シェイカーをゆらゆら振って、手慰みをするくらいには余裕が戻っている。カウンターの上に置かれているもう片方の手が誘っているように見えたから、おれはそっと自分の掌を重ねてみた。
「はっ、調子乗んなよ、きもいな……まあ、付き合ってるんだし、これくらいはいいけどよ」
料理を作った後ということもあって、甲の毛皮はまだ少し湿っている。そこをかき分けて指の隙間に潜り込もうとしたけど、さすがに硬く拒まれてしまった。
「駄目か」
「さすがにな」
「まあそれはこれからということで」
「なにがこれからだ。永遠にねえ」
「空き部屋はあるけど、掃除手伝えよ」
「わかってるよ。引っ越しの準備とかもしねえとだし、お前も荷物持ち手伝え。せっかく鍛えてんだ、こういう時くらい筋肉を使ってやれ」
もはや日常になった応酬をして、空気はいつの間にか軽くなっている。重ねた手は振りほどかれる気配がないから、今はこれでいいと思う。
こうしてキスすらできないのに、喜充と同棲を開始することになった。
この日を境に、好感度は6に上がっていた。
****
最近いろんな人に仕事頑張ってるねと言われることが増えた。営業先でもやる気があるとか褒められるし、実際成績は右肩上がりだ。
それもこれも全部……。
「ただいま、喜充ー!」
「きもかえり」
帰宅してすぐ、きもいとおかえりを合わせた言葉で出迎える巨大な熊におれは思いっきり抱き着いた。喜充の胸はシャワー後の清潔さでふかふかだ。雄の匂いは薄れているが圧倒的でかさは健在で、抱き着いているだけで幸せがにじみ出てくるな。
おれが残業だったので、今日は喜充が一人でジムに行ってきた。胸トレをしたのか、いつもよりむっちりしてる気がする。
「まじできもいな……毎日毎日、飽きねえのかよ……」
「仕事疲れに効くぅ……喜充ぅ……!」
「きもすぎだろ……お前と付き合ってると、俺って心が広いんじゃねえかと思い始めてきたわ」
「それはない」
「ふざけんなよ」
ぎりぎりと腕で人を締めながら、熊は不機嫌そうに牙をむく。
青筋を浮かべてベアハッグするお前の心のどこが広いのか。でも、告白の時より手加減されているので、硬い胸に埋もれるくらいだ。ここ半年でこいつもかなり慣れてきた。
半年。そう半年だ。こいつと付き合いだして半年、同棲してから数か月。なんだかんだ順調に暮らしている。こうして抱き着いても振りほどかれないくらいには、嫌悪感も減ってるみたいだしな。
ハグにはストレス解消効果があるというのは本当なんだろう。おかげで毎晩呑んでた酒もかなり減った。そして酒を減らすにはハグが必要なんだと力説したこともあって、これくらいのスキンシップは許されるようになっていた。熊は憐れんだ顔をしていたが。
最終手段としてハグの好感度を6まで上げようとも思っていたが、それを使わなくともこうして雄熊の胸に顔をうずめられている。
「ほら、今料理中だからとっととどけ。火事になるだろ」
「あれ、今日はおれの当番だっただろ」
「お前の飯、カロリー高すぎて無理。二日に一回チートデイ作る気かよ。味気ないけど、文句言うなよ」
「言わない言わない。喜充の手料理が食べられる幸せに感謝だって」
「まーじでどんどんきもくなるな……やっぱ俺、心が広いと思うんだよなあ」
ぶつくさ言いながらも用意してくれたので、ありがたがって食べる。多分おれが残業だから気を使ってくれたんだろうな。本人は絶対言わないだろうけど。さすがに片づけはおれがするので、喜充にはリビングでくつろいでもらおう。
カウンターを掃除していると、目の前に大きな熊がいる。団らんはおれに幸せを感じさせるには十分で、つい頬が緩むのだった。
「嬉しそうな顔しやがって……まさか半年もこんな顔するとは思わなかったぜ」
食後のプロテインを飲んだ喜充が、シェイカーをもって近づいてきた。
「俺を好きすぎだ。ほら、抱き着いとくか?」
「助かる」
迷うこともなく、巨大な雄熊の硬くて柔らかいおっぱいに顔をうずめた。半年前より大きくなってる気がする。これ以上胸がでかくなったらおれの理性が持たないかもしれん。
ガチ太な体に手をまわし、こうしてぎゅっとしていると、ここがおれの居場所なんだと脳が理解してしまう。本当に最高の体だ。おれの最上なだけはある。
ハグの好感度を4にしてよかった。確か上げる前は0とかだったはずで、そうだったらこうして気楽に抱かせてはくれなかっただろう。抱き返してはくれないけど、これで十分。生まれてきてくれてありがとう。
「ははっ、やべえ顔。まじできもいよなあお前。こんなに俺のことが好きな奴、世界中探してもお前くらいだろうな」
こうして抱き着かせては罵倒する喜充は本当に楽しそうだ。イニチアチブが取れているという優越感を隠そうともしない顔だが、この肉体に抱き着けるありがたさの前では何の意味もない。
すでに季節は冬真っ盛りだというのに、この熊は持ち前の新陳代謝が良すぎて部屋着が薄い。だから抱き着くと筋肉と体温がかなり近く感じられるのだ。
「ふうん……」
にまにまとした熊が膝を動かして、おれの股間に押し付ける。そこはすでにギンギンで、雄としての本能が煮え立っているのがばれてしまった。
「んおっ!」
「きっしょ。抱けもしねえ男相手に勃起してんじゃねえよ」
「しょうがないだろ、忙しくて抜いてねえんだから」
「じゃあ今日はやるか? シャワー浴びる前に抜いとけよ」
「抱き着いたまま膝にこすりつけて出しても……」
「さすがにそれはガチできもいぞ……」
ため息をつきながらおれを引きはがして、喜充はリビングへと帰っていく。だが、ソファに座るでもなく、こちらをにやにや眺めて突っ立っている。
性行為なんて当然、キスすらできていないおれらだけど、この半年で唯一喜充が認めてくれた行為がある。
「それじゃあ今日も俺で興奮しろよ、くそホモ野郎♡」
勝ち誇ったようにつぶやいてから薄い上着を脱ぐと、ボリューム満点の体がライトの下で毛皮を光らせる。豊満って単語は胸とか尻に使うものではあるが、こいつの場合は全身がでかいので、豊満という単語が受け持つ範囲が広すぎて積載量オーバーになる。
胸も尻も、そしてちんぽもでかすぎるけど、決して特定の部位が目立っているわけではない。この熊はすべてが豊満なんだ。
さっきおれが抱き着いていた胸はこうして見ると張りだしているのがよくわかる。画像加工かとつっこみたくなるほどにでかく、膨らんだ形も雄々しさを引き立てている。一度揉ませてもらったことがあるが、手が沈みすぎて興奮した。
もっと揉ませてほしいのだけど、本人はかなり出し惜しんでいるのでめったにない。
「おいおい、せめて瞬きぐらいしろよ♡抱き着いてたときのほうがまだましな顔してんぞ♡それとも――」
優越感丸出しの熊が手を伸ばしたのは、下半身を隠す短パンだ。そのウエスト部分を伸ばしてパタパタ開閉させると、毛皮とは違う濃い色をした陰毛が照らされてはっきりと見えていた。
「この中が見た過ぎて狂っちまったか♡♡はっ、見せるわけねえだろばーか♡♡」
あまりにスケベすぎる存在に、おれはくらっと一瞬視界が揺れる。下半身に血を取られすぎたせいかもしれない。
すでにこの行為をし始めて数か月経とうとしているが、こいつのエロさはとどまることを知らなくて、最高のおかずになってくれていた。
喜充が認めた唯一の行為。それは見抜きだ。
触られることも奉仕することも拒んだ熊だが、元ボディビルサークルということもあって、見せびらかすということの羞恥が薄い。
それに、自分の鍛えた体を全身全霊で賞賛するおれという存在によって、自己肯定感が高まるのだとか。本人曰く、それはギリできもさに勝るとのこと。これでも彼氏なんだけどギリなんだ……とは思わなくもないが、逆に彼氏じゃなかったら絶対ありつけない光景だ。
自由項目の欄で『露出』を確認すれば、案の定すでに好感度が4だった。やっぱりここまで鍛えた体を持つと、見せびらかしたくなるんだろうな。さっきハグさせてくれたことを鑑みても、4以上は怖くて上げられない。
「まっ、お楽しみは取っておこうぜ♡でもお前が出しちまったら終わりだからな♡」
ズボンから手を離して、わざとらしく熊はにやけた。
このショーはおれが一発出すまでと暗黙の了解がある。だから喜充は下半身をさらすことなくいかせて、早漏具合を嘲りたくてしょうがない。自分の体がこんなに素晴らしいのだと、おれを使って確認したいわけだ。
「今日は短パン脱ぐとこまで行けばいいな♡前はどこまでだったか?♡」
「腋と胸を見せびらかしてるところまで……」
「早すぎだろ♡こりゃ、パンツの中までは絶対行かねえだろうな♡」
ゲイ相手に体を見せびらかすなんて、半年前の喜充なら絶対あり得なかった。付き合って同棲という流れを踏まえたうえでの関係性は、確実にこの熊を染めている。好感度をたびたび確認しているから確信できる。
今、喜充がおれに向ける好感度は7。恋人一歩手前と考えれば、見抜きショーもしてくれるだろうな。なんだかんだ言いつつ、嬉しいことにこいつもおれのことを気に入ってくれてるらしい。
「それじゃあ、哀れな彼氏君のために♡俺が一肌脱ぎますか♡♡」
そう言いながら脱いだ上着とは別の物をおれに投げてよこす。それは少し湿っていて、雄臭さを芬々と放っていた。
見覚えのあるこれはジム着だ。つまり、喜充の汗をたっぷり吸っているということで、抱き着いた時よりも強い雄の匂いが鼻から興奮を刺激した。
「お前のためにとっておいたんだぜ♡本当にホモってこういうのが好きだよな♡意味わかんねえ♡」
などと言いながらも、おれの喜ぶ顔を見るためにくれるわけだ。豚に餌をやる気分なんだろうな、とはわかっていても、おれはありがたく顔をうずめてしまう。
喜充のフェロモンが濃すぎて、どれだけ深呼吸しても足りない。鼻に抜けるのはわずかな香ばしさのある熊の匂いで、ずっと嗅いでいられる。
だけど視線はずっと熊にくぎ付けだ。筋肉が膨張した体は茶褐色の毛皮によってさらに大きく見えている。普通なら見にくい凹凸だが、喜充ほどの筋肉があればくっきりと毛皮越しにだって浮かび上がっていた。
「ほら、早くしごけよ♡気分じゃねえなら、おしまいにするか?♡」
「わ、わかったって……」
すでに限界まで硬くなっている一物を外へと逃がすと、早くしごけと言わんばかりにビンと立つ。カウンターをはさんだ向かいにいる喜充には見えていないだろうが、動きで把握できたことだろう。
付き合ってるし見抜きショーもしてくれる喜充だが、ゲイへの好感度が上がったわけではない。だから汚いものは見せるなと、観客席はカウンターより奥、おれの下半身を隠す場所だけだ。
「汚いもん出したか?♡どうせビンビンなんだろ♡お前は本当に俺のことが好きだからな♡♡」
おれが絶対興奮しているという確信をもって、熊は鼻で笑う。多分おれはそういう顔をしている。待ちきれなくて、ぎらついた獣の目を。
何度も言うが、こいつの見た目は最高だ。おれの人生において、喜充以上の雄は存在しない。
そんな雄の汗まみれのジム着を嗅ぎながら、筋肉を誇示するショーが見れるんだ。何度やったって期待に血流が増すのは当たり前だろうが。
「触れなくて可哀そうなお前のために、こんなのを用意してみたぞ♡」
「ペットボトル……? もしかして……」
「そういうこと♡」
水の入った500mlペットボトルを取り出して、熊は胸に立たせて置く。それから腕を前に出して力めば、土台は十分な大きさへと膨らんで安定を与えた。
歩いて見せても落ちる気配すらない。喜充は誇らしさに傲慢を混ぜ込んで、おれへと視線を送りながら、どや顔で興奮しろと暗に語り掛けてくる。
「すっご……」
もちろんそんなものを見せられれば興奮するなという方が無理だ。ベアハッグされた経験から胸部が鋼のように硬くなることは知っているが、ここまで肥大化するとは思わなかった。あれは揉もうとしても指がはじかれるに違いない。
おれのしこる手は緩急など無視して射精だけを目指していて、すぐ出してもおかしくないほど激しく前後している。にじんだ先走りがくちゅくちゅと鳴る音が熊に聞こえているかもしれない。
「はは、きめえ顔♡もっと近くで見せてやるよ♡♡」
得意満面な喜充はそのままカウンターまでやってきて、ボリュームのあるおっぱいを差し出した。
「これ、中身捨ててくれよ♡どうせ水道水だから気にすんな♡」
言われるがままにペットボトルを取り上げて、中身をシンクへとぶちまける。
空になったそれを返そうとして、おれは自分の手がしこっていたせいで汚れていることに気が付いた。おかげで透明なプラの側面に、興奮の残滓がこべりついている。
「うっわ、きたねえ」
「悪い、すぐ洗うから……」
「ふうん♡上半身しか見てねえのに、こんな興奮してんだ♡救いようがないホモ野郎だな♡」
洗おうとためらった手から、熊がペットボトルをひょいと奪い去る。おれの先走りのついた部分をじっと見つめてから、向き直る表情は意地の悪いものだった。
「くせえ♡もうお前のザーメンの匂いしてんじゃねえか♡これで先走りかよ♡」
「嗅いだことあるのかよ」
「洗濯も当番制だろ♡お前がたまーに夢精したパンツを洗ってるのも俺なんだぜ♡ちょっと洗ってごまかしてるつもりだろうけど♡隠しきれてねえんだよ♡♡」
「うっ……お、お前が抱かせてくれないから……」
「無理だっつってんだろ♡そこら辺のホモと乳繰り合ってりゃいいのに、そんな気配もねえし♡ほんっとうに俺のこと大好きだよなあ♡」
一応付き合っているのだから、喜充に気を使ってそういうのは控えている。アプリがあれば簡単にできそうではあるけど、やはり目下の目標はこの最高の体を抱くことなのだ。好感度の下がることはできない。
「浮気になるだろ……」
「レスなのにか♡半年もよくもつよ、それに関しちゃお前はすげえ♡俺が股を開くまで、こんな辛抱強く待ってるんだもんな♡♡」
熊は汚れたペットボトルを谷間へと持っていき、上下にこすり始めた。先走りが毛皮に付着して汚していく様が、おれをさらに興奮させる。
巨乳は500mlだろうとしっかり包み込み、肉の筒でご奉仕している。ここにちんぽを突っ込めたらどれだけ気持ちがいいのか、おれは想像だけで精巣を煮え立たせていた。
「本当はこうしたいんだろ♡ちんぽを俺の胸筋で挟んで、オナホみてえに使いたいんだろ♡お前が持ってるエロ動画にこんなのがあったもんな♡♡」
「う、ぐぅ……そうだよ! 変な知識ばっかり覚えやがって!」
同棲してから少しして、おれの溜めていたエロ動画をこいつに見られたことがある。見せてくれと頼まれたから、比較的刺激の少なさそうなものを選んだはずなのだが、いつの間にか全部ばれていた。
それからこの性悪は、こういうのが好きなんだろとおれの理性を削るようになったのだ。
今だってそう。ペットボトルでパイズリを再現しながら、顔をかがませてキャップ周辺を舐めている。透明だからこいつの分厚い舌がまるわかりだし、そこから垂れた唾液がおれの先走りと谷間で混ざるのも鮮明だ。
そんなものをカウンター越しに見せられて、おれのちんぽはどうにかなっちまいそうだ。
「んっ♡ははっ、まじですげえ顔♡俺に触りてえって書いてあるな♡」
おれを掌の上で転がして、熊は悪魔みたいに笑う。自分が求められているという充足感に、愉悦が止まらないようだ。
止まらなのはおれの手も同じ。いつもより距離が近くて、喜充のスケベな匂いも濃いんだ。今日も下半身を拝むのは無理だな、と冷静なおれがささやいた。
「それとも……こうされてえってか?♡」
さらに熊はキャップ部分を咥え、ちゅぽっと吸い付いた。それからキャップをねっとりと嘗め回しながら、おれの反応をうかがっている。
パイズリフェラの再現を見せられて、どうしておれのちんぽじゃないのだと意味のない憤りすら感じる。最高の雄が見せる痴態に、脳みそは沸騰寸前だった。
「うえっ♡」唾液をこぼしながら熊が口を離して。「さすがにお前のためとはいえもうできねえわ♡きもいし♡あとこの調子でしゃぶってると、お前すーぐいっちまいそうだしな♡♡」
「しぐさが完全にホモじゃねえか! 雄のちんぽをいらいらさせる天才か?!」
「誰がホモだよ♡お前のためにやってるだけだろ♡半年も付き合ってんだぜ♡彼氏の好みぐらい把握してるっての♡」
本番もキスもしてくれない熊だが、さすがに半年あれば恋人の自覚は芽生えているようだ。ゲイ嫌いなくせに、おれのためにやってくれている。そう思うと、なんだ……。
「好き……っ!」
「だからきもいんだよ♡ったく、お前がそんなんだから俺が調子に乗るんだろ♡こんな気色悪いことさせやがって♡誰かにばらしたらまじでぶっ殺すからな♡♡」
「誰にも言わないから、もっとやってくれ。おれだけの喜充でいてくれ」
「はっ、相変わらず俺のことが好きすぎて頭狂ってんな♡いきそうなところ悪いが♡せっかく興が乗ってきたんだ、もうちょっと付き合ってやるよ♡おら、両手出せ♡ちんぽから離して手を向けろ♡♡」
何をするつもりなのかわからないが、言われたとおりに掌を見せた。そこはさっきよりも汚れていて、泡立った雄臭い汁でどろどろになっている。
「まじでいく寸前かよ♡俺がオナネタとして優秀すぎるから、抱かせてやらなくてもよさそうだな♡」
「それは困る……絶対いつか抱くからなっ!」
「はいはい♡もう半年耐えたら考えてやるよ♡」
喜充はおれの決意を鼻で笑って、ペットボトルの底を掌に押し付ける。汚液を掬って向かう先は熊の腋。剛毛茂るくぼみに先走りをこすりつけて、腋毛を粘液と混ぜ合わせていった。
それを何度も繰り返していくと、喜充の腋毛はホイップ状に絡まっていく。かき混ぜる卑猥な音がこっちにも聞こえてくるから、おれは卒倒しそうなほど心臓がやかましい。
「ホモって腋好きだよなあ♡こんな汚いところのどこがいいんだか♡でも、全然足りねえな♡おら、もっときたねえ汁出せよ♡どうせ先走り漏らしてんだろ♡俺が有効利用してやるよ♡♡」
「お、お前、そんなのどこで覚えてきたんだよ……!」
「調べてやったんだ、感謝しろよ♡毎回同じ動きばかりじゃ飽きられちまうからな♡俺も彼氏のために頑張ってるんだぜ♡♡」
軽くペットボトルで両手を叩いて催促されれば、おれはのぼせたまま先走りを溜めて渡す。まるで施しを求めるような態度だが、実際こいつの痴態が見たいと頭を垂れているのだから間違いじゃない。
そこから掬い取られた先走りが熊の腋へと運ばれ、粘液だまりを容器の底でこすられる。性器に見立てたこすりつけをショーにされて、早くしごけとちんぽが震えた。
「きったねぇ♡ホモってこんなので興奮すんのかよ♡……って思ったが、お前の顔見てりゃ一発か♡一応聞いとくが、お前も俺の腋に鼻突っ込んで豚みてえになりたいって思うのか?♡♡」
「まあな……正直、お前の体ならどこでもいい♡」
「はぁ♡お前に聞いた俺が馬鹿だった♡そう答えるってわかってたのにな♡♡本当に俺のこと好きすぎな♡抱かせてやったら一晩中やってそうだ♡」
「一晩で終わらねえからな、覚悟しとけ!」
「ははっ、まじできもすぎ♡半年レスなくせに、まだやる気でいやがるのかよ♡♡すげえ根性だよな♡」
ひとしきり馬鹿にして、熊は手を下ろす。そうすると、腋が閉じるときに聞こえたネチャという音が、興奮にアンプされて頭蓋に響き渡った。
「まあでも、お前はよくやってるよ♡半年も続くとは思ってなかった♡だからご褒美をやる♡筋トレでもなんでも、こういうのは飴と鞭だもんな♡」
前傾姿勢になった喜充はカウンターに両肘とデカパイを乗せて、妖艶に口で三日月を作る。傲慢さが前面に出ている表情だが、ご褒美と聞いておれはそれどころではなかった。
「きもい彼氏の献身に免じて、一つだけ選ばせてやる♡キスか♡パイズリか♡腋コキか♡」
「え……それ、本気で言ってるのか? お前が?」
「一つだけだぜ?♡ああ、フェラはさすがに勘弁な♡ぜってえ無理だから♡」
一瞬耳を疑ったが、目の前の熊は唇を舐めあげてじっとこちらをうかがったまま。これが現実なのだと知らしめて、喜充はおれの興奮を挑発する。
「さあ、どれにする♡俺のことが好きすぎる彼氏君はよ♡♡」
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