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好感度操作アプリで傲慢俺様オスケモを惚れさせる話

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『おめでとうございます。あなたは選ばれました』


 唐突の文面は誰が見てもスパムのもので、普段なら歯牙にもかけないだろう。

 だけどその下に続く文面がおれの目を引いてしまうから、スワイプする指が続きを求めて画面を滑っていく。着替えも済んでこれから筋トレだと入れ直した気合は、胡散臭い情報を前に待てを食らっていた。


『このアプリさえあれば、狙った人は貴方に夢中?! 好感度操作アプリ♡使い方は簡単~~』

「なんだこれ……」


 明らかに馬鹿を釣るための内容なのはわかっているのに、なぜか目が離せない。そのうえ心臓が脈打って、筋トレを終えた後のように早鐘を鳴らし始めている。

 まるで見えない糸に操られるかのようだ。気づいたらおれのスマホにはその胡乱なアプリがインストールされていた。


「なんで……」


 背筋にうすら寒さを感じるが、入れてしまったものはしょうがない。どんなアプリなのか、一応内容を確かめてみようとして――


「おい、どいてもらっていいか?」

「うあっ?! ごめん!」


 我に返って顔を上げると、そこにいたのはでかい熊だった。

 茶褐色の毛皮は明るくてさわやかな印象を受けるが、体のでかさがそれを覆している。筋肉という筋肉を発達させた体躯は毛皮を押し上げて膨らんでおり、四肢の動きにふくらみが追従していた。筋肉だるまという言葉があるけど、まさしく彼ほどふさわしい雄はいないだろう。


「あんまりロッカーの前をふさぐんじゃねえぞ。真面目にやってる奴の邪魔になるからな」

「すみません……」


 おれは真面目じゃないのかよ、と言いたいがぐっとこらえる。非があるのはこっちだ。

 ジムのロッカールームは確かにこの熊にとっては狭いに違いない。大柄な人が多いここでも、彼は群を抜いている。だからってもう少し言い方ってものがあるだろ、とは内心でぶつくさ言う。


 名前も何をしている人なのかも知らないが、こいつはいつもこうなんだ。もはやジムの王者面で、自分が優先されて当然だと思ってやがる。

 おれが器具を使っているときも重りを確認して鼻で笑うような、そんな嫌な奴。自分ならもっと行ける。口に出さなくても表情が語る、傲慢の塊だ。


 身に着けているのは薄手のタンクトップと短パンだけだが、筋肉が彼のアクセサリー変わり。原始的な魅力を湛えた肉体を前に、輝石など確かに不要だろう。

 そう感じるのはおれだけかもしれないが……。


「なんだよ、俺に文句でもあるのかよ」じっと見ていたせいで睨み返された。

「いや、別に……」

「はっきり言えよ。……ったく、まあいいけど」


 適当に荷物を放り込んだ熊はすぐさまジムへと向かい、おれの前を通る。

 力強い肉体に隆起する筋肉が間近に。少し制汗剤の匂いがすることから、仕事帰りなのだろうか。なんてことを考えてしまう。こいつは本当に、見た目だけなら最高なんだ。


 だけどおとなしく道を開けるおれを見下ろして、熊は鼻息を一つ。武骨で太い顔も嫌いじゃないが、浮かべる表情は大嫌いだ。明らかにおれを見下している。


「お前が歯向かったところで、俺には勝てねえからな」


 捨てセリフを残していく熊の背中を見ながら湧き上がるのは怒りと、強い興奮だった。

 おれの手元に届いた謎のアプリ、好感度操作をうたうこれをあいつに向けたらどうなるのだろう。そんなほの暗い興奮がおれの倫理を破り捨てていく。


 こんなもの効果があるわけがない。なんて理性はあきれているくせに、一連の流れがもしかしてと希望を抱かせる。

 駄目でもともとなんだ、試してみるだけならいいだろう。


 そう思い立って、おれはスマホを片手にロッカールームを後にした。


****


『使い方説明! 気になる相手をアプリのカメラで撮影してね!

 そうすると好感度操作メニューが解禁されるよ!』


 早速チュートリアルらしい文章と共に、カメラが起動した。UIは簡素で、そこらの無料アプリみたいなチープさがある。効果とは関係ないはずなのに、やっぱり駄目そうだなという印象を受けてしまう。

 が、もう乗り掛かった舟なので、ここにきて引き下がれはしないのだ。


「ふっ……ふっ……!」


 あいつはマットの上で準備運動をしていた。さっきは嫌味な表情ばかりが目に付いていたが、トレ中は真剣だ。いつもそうしていれば本当にいい男なのにな。

 動くたびに筋肉の盛り上がりがわかるから、やっぱりあいつだけ別格だなと見るたびに思い知らされる。おれだってそこそこ通ってるのだが、勝てる未来が見えない。


 とにかく、ばれないように横から一枚お邪魔してっと……よし。

 これでカメラに収めたが、次は何をしたらいい。


『これで鉢光 喜充(はちみつ きみつ)の好感度操作メニューが解禁されたよ!

 貴方に対しての好感度が表示されます。自由にいじってみましょう』


 あいつ、こんな名前なのか……写真を撮るだけで個人情報が洩れるとは思わなかった。ひょっとしてこのアプリは本物なのでは、なんて期待が鎌首をもたげ始める。

 でも、いきなり自由って言われても……まずはどんなパラメーターがあるのか見てみるか。


・あなたへの好感度 現在0

 上限2まで上昇可能

・『』への好感度

 自由項目は現在一つ解放中


 ……だけ? いやまあ、好感度操作って言われても、何にだよって感じはあるし。

 ただ、自由項目ってこれ……あ、入力可能なのか。ここで設定したい対象の好感度を入れて、操作できるわけだな。


 今は一つしか解放されてないってことは何かすれば増やせるんだよな?

 どうやって……。


『このアプリでは上昇させたポイントに伴って、あなたにも同じだけポイントが入るよ。それを稼ぐことで、あなた自身のランクを上げることができるんだ! そうすることで様々なステータスが解放されるよ!』


 なるほどね。要は使った分だけ経験値が入るってわけだ。多分自由項目もこれで増やす感じだな。この書き方だと他にも操作できそうなものがあるみたいだが、やっていけばおいおいわかるだろう。

 というか、上昇分だけなんだな。何かを嫌いにさせたりとかはできないのか?


『逆に好感度を下げる――嫌いにさせるにはいろんな条件があるよ。これは好悪をあまりに激しくいじってしまうと、精神が壊れやすくなってしまうからなんだ。まずはラブをたくさん増やして、このアプリの使い方を覚えてね』


 やっぱ最初は機能を制限してるんだな。胡散臭いアプリのくせに、そういうとこは普通か。


『好感度は目安として、2が顔見知り、4が友人、6が親友、8が恋人、最大10で信者。あなたの言うことを全面的に信じるようになるから、頑張って好感度を上げよう!』


 やってることのわりに口調が軽くて、逆に笑ってしまいそうになる。人の心をいじるって、結構えげつないことしてると思うんだがな。

 それがわかっていても、おれを急かす醜い欲望は止まらない。さっと喜充の好感度を2まで上げて、様子を見てみようかな……。


「おい」


 急に影が差したかと思ったら、件の熊がこちらをねめつけていた。こうして近づかれるだけで、肉壁の圧がやばい。


「さっきから見てりゃ、スマホばっかり触ってんじゃねえよ。他の奴らの邪魔になるだろ、やる気がねえなら帰れ」

「あ、ごめん……ちょっと仕事の連絡が来てて……」

「ったく、だったら突っ立てねえでベンチでやれよ」


 言い方にとげはあるが、言ってることはもっともだ。さすがにここで怒るほど幼稚なつもりはないので、穏便に流しておく。


 危ない危ない、さすがにこんなアプリを信じるとは思えないけど、疑われるような要因はない方がいい。ただ、今話してみた所感として、そこまで仲が良くなってるとは思えないな。


 やっぱりただのジョークアプリか……なんて思いながら画面を見てみると、あなたへの好感度の箇所が2から1に減っていた。


『好感度はアプリだけで決まるわけじゃないんだ。あなたの行動次第で、上がったり下がったりするよ! ひどいことをすると操作にロックがかかることも! でも、また好感度を上げることでポイントがもらえるから、あきらめずに何度もアタックしようね!』


 なるほどね。下がるとやり直すときに経験値がもらえるから、とにかく試行回数が大事ってことか。

 だったら対象人物を増やしたら楽に稼げるんじゃ……と思ったが対象人数上限は一人だった。さすがにそこまで楽はさせてくれないらしい。

 とりあえず下がった分を戻して、これでポイントは3になった。けど次のレベルまでまだ足りない。


 どうにかならないかと思って、スマホを凝視してアプリをいろいろ触ってみることにした。もちろんベンチで。

 ん? どうやらクエストとかもあるらしくて、ここでポイントを稼ぐこともできるらしい。思ったよりよくできてるな。

 しかもクエスト報酬はポイントだけじゃなくて機能の解放まであるようだ。


「ってこれ……自力で好感度4の達成って……それができたらわざわざこんなアプリ使わないって……しかも達成報酬が好感度上限の引き上げだし」


 なんか本末転倒感あるな……。こういうのってもっと楽に性奴隷が作れるとかじゃないのかよ。

 思ったよりめんどくさそうだな、とげんなりしていると、攻略のヒントなるものがあることに気づいた。


「自由項目の欄は好感度を操作するまでは何度も書き換えが可能、これで対象の好き嫌いを把握すると、攻略の役に立つかも……ああ、なるほどなあ」


 ちゃんと自力でクエストをこなせるように、最低限のものはそろってるみたいだな。本当にゲームみたいになってきた。


 んー、好感度上限を上げるには、喜充の好感度を自力で4にする必要がある。となると、この自由項目を使って事前調査が大事になるわけだ。


 ……でも冷静に考えて。なんであいつのためにこんな苦労をしないと駄目なんだ。

 うまくいったら甘い蜜が吸えるかも程度の期待で始めただけ。アプリの補助があるとはいえ、やってることはナンパみたいなものじゃないか。

 こんな胡散臭いアプリを信じてそこまでするのか。なんて考えると、さすがに馬鹿らしいか。

 まあいい夢を見せてもらったってことで、おれもそろそろトレを……。


「おい」


 はて、と思う間もなく隣に巨体が座り、ベンチが揺れた。今日だけで三度目の声かけだ。普段は目が合っても無反応なのに、どういう風の吹き回しだろう。

 もしかして、今の好感度が2で顔見知りだからか? それしか考えられない。じゃなかったらいつも通りおれの前を素通りしていたはずだ。


「仕事長引いてんな。筋トレする時間あるのかよ」

「そ、そのくらいはあるさ。鉢光さんは休憩?」

「まあそんなとこ。……なんで俺の名前知ってんだ?」

「そりゃ、ここじゃ有名だからね」内心慌てながら。「どこにいても目立つし、いつ聞いたかは忘れたけど覚えやすかったしさ」

「ふうん、そんなもんか」


 何とかごまかせたか? 横目で見たアプリの好感度が下がっていないところを見るに、乗り切ったらしい。どうやら自分が目立っているという自覚はあるようだ。


 喜充はいつも通りハードな運動をしてきたのだろう、毛皮を湿らせてぼさぼさにしている。本人も気遣っているのか少し距離を開けているけれど、制汗剤も流れていったのか、隣にいると汗の匂いを強く感じることができた。

 

「逆に俺がお前の名前を知らねえんだよな。いつもジムにいるのは見てるが……聞いていいか?」

「いいよ、おれは炉世 壱狗(いろりぜ いちく)。しがない営業だよ。だから人から見られることが多いから、最低限鍛えようと思って通ってるんだ」

「なるほどな。炉世か、今知ったぞ。こうして話すのは初めてだもんな」

「そうだね……なんで急に話しかけようと思ったんだ?」

「悪いかよ」

「いや全然、おれも気になってたからね」


 アプリの効果かなってさ。十中八九そうだとは思うけど、確認したくてつい変な聞き方をしてしまった。


「気色悪いこと言うなよ。なんとなくだよ、なんとなく。今日は特にお前が目に付いたからな。そういえばしゃべったことねえなって思って……まあ、気の迷いみたいなもんだ」

「そうなんだ、おれはただ、ほら、鉢光さんってすごい体してるから、普段の食事とか筋トレとかそういったことが聞きたかったって意味だから」

「そりゃ真面目にやってるしな」


 だからおれは真面目じゃねえのかよ。顔見知りになったとはいえ、性悪の悪さは変わらないな。

 でも、本人がそう言いたくなるのもわかるほどの分厚さなんだよな。そこらの男じゃ片手でのせるくらいに全部がでかい。減量してないボディビルダーがそのまま肥大化したような体形で、体幹が高層ビルみたいだ。

 そのくせ胸とか尻とか出るところは出てるし、今だって座った短パンがでかさで悲鳴を上げてる。後ろは尻に引っ張られ、前は一物に引っ張られと。むしろこれで誘ってないは嘘だろと言いたいくらいだ。あの中も蒸れてるんだろうなあ。


「間近で見ると、本当にすごいよなあ」飢えをごまかすために適当な話題を続けて。「よくここまで鍛えたよ。いやー本当にすごい」


 だが、性欲と感動に圧倒されてまともな語彙が出てこなかった。見た目だけなら本当に最高なんだよな。

 それでも喜充にとっては十分だったようで、得意げにニヤリと笑っている。謙虚さのかけらもない態度だが、この体ならしょうがないと言わざるを得なかった。


「ふん、なんだったらもっと見てみるか?」

「お、いいのか?」渡りに船とばかりに食いついた。

「お前もジム通ってそこそこ見てるし、参考にはなるだろ。目標にするには、ちいっとばかし遠すぎるかもしれねえけど」


 なんか嫌味を言われてる気がするが、欲望に煮えた頭を素通りしていく。正直ありがとうの気持ちしかない。

 調子に乗った喜充が力こぶを作れば、こんもりと山が出来上がる。高い頂点を持つ流線形は山と形容するしかない。へたすれば子どもの胴体よりあるぞ。

 上腕二頭筋が空気でも入れたのかと思うほどのふくらみを見せるが、そこが硬いだろうことは一目でわかった。肩の筋肉と並びそびえる山を前に、おれは言葉も失っていた。

 筋トレ後というのもあるだろうが、それにしたってたくましすぎる。もはや力こぶ自体が別パーツなんじゃないかと思うほどだ。


 そしてタンクトップの裾から覗く腋。胸筋と広背筋に挟まれたくぼみはおれの拳を入れてもなお余るほど広い。そこには毛皮よりも濃い暗色の体毛が生えていて、雄々しさというステータスの限界値を突破しようとしていた。

 そこに鼻を突っ込んで嗅ぎてぇ……。このアプリがもっと簡単に好感度を上げられていたら、今頃深呼吸すらさせてもらえていたのにな。

 最高のセックスアピールだよ。こいつが同族なら性格の悪さを差し引いても、相手には困らなかっただろうに。残念ながら出会い目的のアプリにこいつの体はなかった。


「どうだ、すげえだろ」


 おれの性欲交じりの視線にも気付かず、喜充は歯をむいて自慢気だ。このジムに通って、こいつが誰かと話しているところを見たことがないから、多分ジム仲間に褒められるのは初めてなんじゃないだろうか。


「素直に……すごいと思う。いや、いつも筋トレ中もすごいとは思ってたけど、こうして間近で見ると、なおのこと感じるね」

「わかってるじゃねえか。ここまで育てるのには苦労したんだぜ」


 別におべっかを使っているとかではないけれど、やはり喜充からは謙遜のけの字も見当たらない。自分の体が最高だという自負がそうさせているのだろう。称賛を当然として受け止め、勝ち誇った顔でこちらを見ている。


 こんな最高なものを目の前にお出しされると、どうしても欲望がうずいてしまう。おれは何も考えずに、感情のまま口を開いた。


「……触っても?」

「は? やめとけよ、汗でひどいことになってるぞ」

「男同士だから気にしないって。こんなすごいのは初めて見たんだ、頼むよ」

「もしかしてお前……ホモか?」


 いやそれはさすがに論理の飛躍がすぎるだろ。なんだ、下品な顔でもしてたか?

 だけどこれはごまかさないとまずいなと思い、即座に表情を取り繕った。だてに営業で笑顔ばかり作ってない。食い気味な姿勢から距離を取って、健全アピールをしておいた。


「違うって、気を悪くしたら謝るよ。本当にただの興味だったんだ」

「……なんだ、残念」

「え……」


 残念? なにが?

 もしかしてアプリに体を載せてないだけで、まさか喜充もこっち側だったのか。おれに声をかけたのはそれつながりで……。


「ふうん……」


 と、そこまで考えて、ジト目でにらみつける熊がおれをはめたことを悟る。

 まずい、今完全に顔に出てた……! 唐突に餌を前に出された犬のような顔をしていたはずだ。


「やっぱてめえホモじゃねえか」

「さ、さすがに卑怯だろっ!」

「はんっ、鼻の下伸ばしやがって、気色わりぃ」


 吐き捨てながら喜充は立ち上がると、拒絶の視線を向けてくる。もはや何を言ったところで意味などないだろうことは明白で、おれは言葉もなく見つめ返すだけだった。

 こうして見上げると巨木のようだ。圧倒的な存在感を放っているせいで、自分が虫のように感じてしまう。


「時間を無駄にした。二度と話しかけんじゃねえぞ。できれば他のジムにでも行っちまえ、顔も見たくねえ」


 最後の最後まで性格の悪さを露呈させて、喜充は去っていく。

 おれはただ茫然とベンチに取り残され、言葉でぶん殴られた心をいたわっていた。ちらちとスマホを見れば、案の定好感度は-1まで下がっているうえに、ロックがかけられている。もう顔見知り程度の好感度には戻せないようだ。


「……なんだよ、あいつ」


 いやね、そりゃ欲望をノンケに向けたおれも悪いとは思いますよ?

 顔見知り程度の好感度で鼻息荒くされたら気持ち悪いだろうとも。それに関してはおれが下半身で物を考えすぎていた。素直に反省。

 だけど、だけどさ。


「あそこまで言わなくてもいいだろうがよぉ……!」


 残念ながらおれは殴られたままにできるほど大人ではないのだ。絶対一矢報いてやる。元からあった欲望に復讐心が加わったことで、意地となって急き立て始めた。

 そうなると頼りになるのはこのアプリだけだ。もうこれが本物だという前提を敷いて、行動しよう。違っていたらおれがいっそうみじめになるだけだが、その時はその時だ。


 今回に限っては逆恨みの自覚はある。けど、もともとあいつのことはいけ好かないと思っていたのだ。決意が固まるのなんて、早いか遅いかだけの違いだろ。


 鉢光 喜充……絶対おれに尻を振らせてやるから覚悟しとけよ……!

 

****


 やる気に満ちたおれがしたことは、自由項目の欄を使ってあいつの好きなものを調べることだった。もう好感度はマイナスで固定されているため、まずはロックを外す必要がある。

 ヘルプによればきっかけがあれば解除されるとことなので、とにかく好感を持ってもらうしかないのだ。


 そうすると、あいつのことがなんとなくわかってきた。

 酒やたばこといった嗜好品は全く手を付けていないし、パチンコなどとも無縁だ。甘いものもそれほど好きではないし、趣味らしいものも見つけられてない。恋人と打ったらそもそも好感度が表示されなかったから多分いない。

 ちなみにホモとかゲイとか見てみたら-10くらいあった。過去に何かあったんだろうな。先に調べておけばよかった。


 と、ここまで調べても、あいつの生活はよくわからない。普段何をしているのか、想像もできないほど好みが淡泊だった。

 喜充は生活のすべてを筋肉にささげているのかもしれない。だからこそ、あんな体になれたのか……?

 だとしたら、プレゼントには筋トレ関係がいいな。いや、好きなプロテインの銘柄を渡したら、何で知ってるんだよと気味悪がられそうだ。かといって他に好きなものもなさそうなんだよな。情報だけ見ると、本当にストイックだ。確かにこいつからしたら、おれは不真面目なのかもしれない。


 そうこう悩んでいるうちに時間は過ぎていくが、解決策はまだ見つからない。

 あいつはジムで孤立してるから、おれの性癖が広まっていなさそうなのが救いか。だけど露骨に避けられてるしな、早いところ何とかしないともたないぞ。おれの堪忍袋の緒が。


「ふう、これでお昼休憩かな……よく歩いたから、結構汗かいたなあ」


 だが、おれだって喜充ばかりに時間をさけるだけではない。生きていくためには仕事が必要だ。

 もはや着慣れたスーツを纏い、街を歩くおれはネクタイを緩めた。午前に予定していた営業周りを終えたので、ようやく休憩に入れる。今日は天気がいいから、なおのこと暑い。

 ビルが密集する一角では、おれと同じように歯車として頑張っている人らがいて、同じように暑さから逃れようと速足で過ぎ去っていく。

 春になったばかりだというのに、帰って風呂に入りたい気持ちは常に破裂寸前だ。温暖化の影響は営業職を殺すかもしれない。


「お昼、どこで食べようかな。会社に戻ってもいいけど……それにしても暑いって……とにかく水を買うか……」


 ここら辺はよく来るので、自販機の場所も心得ている。熱中症対策のためにオフィス街から少し外れた裏へと向かい、日陰と水を求めて歩き出す。


 だが、運の悪いことに自販機へと向かう脳内チャートは工事によって封鎖されていた。


「うわ、運悪……裏手だから工事してたの気付かなかった。ちょっと遠回りになるけどしょうがない、あっちから……」


 辟易としながら踵を返そうとしたのだが、ひときわ目立つ巨体がおれの目をくぎ付けにした。

 巨木だとか山だとか、とにかく大きいものへの比喩を余すことなく賛辞として受け取れるような巨体。それが工事中の道路で、あくせくと働いている。

 見たことある茶褐色の毛皮に、ぶっきらぼうな顔。誰がどう見てもあれは喜充だ。

 日光の下で動く薄着の体は、ここから見ても本当にたくましい。同僚たちも現場で鍛えられているはずなのに、やはり喜充は群を抜いていた。


「まあ確かに、工事現場とか似合うよなあ」


 あの膂力だ、むしろ天職かもしれない。重たいものをよく運びそうだし、重宝されているんだろうな。

 予想外の出会いにぼーっとしていた、いや、正直に言うと働いている喜充がかっこよかったので見とれていた。本当に見た目だけなら大好きなんだよ。


「鉢光、休憩はいります」

「あ、まず……!」


 足を止めていたら、熊がこちらに近づいてきた。どうやらスーツのおれに気づいていないようだったが、さすがに距離を詰めれば喜充の顔は歪む。


「げっ、お前なんでこんなところに……」

「いや、仕事でたまたま通りかかっただけだよ……」

「そうかよ。じゃあな」


 まずい。まだ好感度のロックを外す策も何もないのに。どうしたものか。


 だけどこの好機を逃すのはよくない。休憩時間が被るなんて、今後もあるかわからないんだ。混乱する頭がそれでも、とっさに通り過ぎようとする熊を呼び止めていた。


「あのさ、もしかして今から休憩?」

「……だったらなんだよ」


 明らかにぶっきらぼうで拒絶の色が強い声音だが、ここで引いてはいられない。

 おれはこいつを落とすって決めたんだからな。


「よかったら、一緒にお昼でもどう? おごるからさ」

「はぁ? 二度と話しかけんなって言ったよな」


 まあそうなるよな! 普通に考えたら予知できる未来だ。

 だけど、もう後には引かん。ここは攻めて攻めて攻めまくる。


「いや、やっぱりジムで顔を合わせるわけだし、このまま気まずいのもどうかと思って……!」

「別にいいだろ。俺はお前を無視するし、お前もそうすりゃ。それで解決だ。もういいか、俺は行くぞ」

「待てって……!」

「しつけーな!」


 不機嫌を全面に出して、熊は牙をむいた。


「盛りてえなら他を当たってくれ。気持ち悪いんだよ。どうせお前も俺の体目当てなんだろ」


 そうですけど! とは当然言えない。

 この反応だとやっぱり過去に何かあったみたいだな。それで過敏になってるんだ。誰だか知らないが、余計なことを……!

 おれは頭に血が上って意地になってるので、目的を見失ってる感がある。こいつの好感度を上げるか、から、いかにして飯を食わせるかになってる。


「じゃあ株主優待渡すから、一人で飯に行ってこい! それならいいだろ!」

「意味わかんねえよ。なんでそんなことすんだ」

「お前に嫌われたままなのが嫌だからだ!」

「お、おう……?」


 残念なことに、おれは日中歩き詰めでまともに水分も取れてない状態だ。しかも今日は忙しかったせいで、疲労もたまっている。

 だから口と脳が直結して、ものすごく誤解されそうな啖呵を切ってしまった。本当は少し気さくな関係になってロックが外れるだけでいいのに。


 喜充も予想外の言葉にきょとんとしていて、普段の厭味さも鳴りを潜めている。太い眉に大きな顎は、こうして見ると好みすぎるんだよなあ。なんて現実逃避をしている場合ではない。

 

「…………」

「…………」


 炎天下で無音が揺らぐ。冷や水をぶっかけられたおれは自分が言ったことを反芻して、かなり恥ずかしくなっていた。なんだあれ、告白かよ。

 

 落ち着いたら消えたくなってきた。ここは一時退却といこう。


「まあ……確かにおれはゲイだけど、見境なく襲ったりはしない。風評被害で嫌われるのは納得できなくてむかついた……それだけだ」


 好感度操作アプリとかいう眉唾なものを使ってお前を抱こうとしている。というのは横に置いておくとして、これが意地になった理由でもある。レッテル張りされて気分のいい奴はいないだろ。


「あー……」大きな熊は頭をかいて。「そりゃそうだよな……悪かった。昔、ちょっと嫌なことがあってな……八つ当たりみたいになっちまった」

「わかってくれればいいんだ。意地になって悪かった。それじゃ、おれは帰るよ」

「…………昼飯をおごってくれるんじゃねえのかよ」

「へ?」


 まさかここまで来てその話が息を吹き返すとは思わなかった。驚いて振り返ってみれば、喜充はバツが悪そうに少し目を伏せている。


「今月やばくてさ……お前がおごりたいって言うなら、付き合ってやってもいいぞ」

「なんだそりゃ」


 どういう心変わりだよとは思ったが、渡りに船なので気が変わる前に引っ張っていこう。これでロックが外れるに違いない。

 後、喜充が懐いてくれたのが嬉しかった。懐かない猫が急に甘えてきた感じ。

 そうと決まればこんな暑いところにいられない。現金だがおれは元気よく背筋を伸ばし、熊を先導しようと意気込んだ。


「よし! それならとっとと行こう!」

「着替えてくるからちょっと待ってろ。あと……ほれ」


 熊が投げてよこしたのはペットボトル、それも冷たい水が入ったやつだ。


「汗ひどいぞ。詫びの印に受け取ってくれ」

「あ、ありがとう……」

「なんだよ、文句でもあんのか」

「いや……急に優しくなって驚いてるだけだ」

「ふん、言っただろ詫びだって。だけど、俺に手ぇ出そうとしたら本気でぶちのめすからな。それによく考えたらよ……」

「なんだよ」


 そこで喜充はいつも通りこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべて、鼻で笑いやがった。


「お前程度が何をしたところで、俺が返り討ちにできるってことに気づいたからな。ありがたく貢がれてやるよ」

 

 やっぱ好きなのは見た目だけだわ。性格は本当に最悪。

 何か言ってやろうとしたけれど、口を開いた時にはもう熊の背中は着替えのために遠ざかっていた。なんでいちいち人の神経を逆なでしないと会話ができないんだあいつはっ!


 いらだちのままペットボトルを開けて、中身を一気に飲み干していく。

 それでも、渡された水は美味しかった。


****


 あれから喜充と少し打ち解けた。

 工事現場も職場の近くだから時間が合えば昼食に行く機会も増えたし、ジムでも顔を合わせれば少し会話する仲にはなった。

 そんな間柄を人は友人と呼ぶだろうし、実際好感度はちゃんと4に上がった。

 おかげで好感度アプリの操作上限も4まで増えたし、クエスト達成報酬でもらった経験値で、自由項目の欄が一つ増えた。これで二つになったから、どちらかは好きに使えるな。


 とはいえだ、おれはオフィスで片づけをしながら、頭を抱えていた。


「いや……先が、長すぎねえかな……」


 今の上限が4で友人。セックスするにはあまりにも遠くないか。

 そりゃ人によっては友人だろうとヤるし、実際セフレって単語もある。だけど、あの喜充だ。ちょっと喋るようになったとはいえ、ゲイ嫌いの理由も聞けてない今、無理に抱こうとするのは絶対逆効果だ。


「自由項目を使うか……? でも、何にするよ」


 セックスにしたら普通に女抱いてそうだし、ホモセックスにしたらおれじゃなくてアプリとかに手を出しそうだ。こいつがそんなものやったらすぐさま引く手あまたになって、おれなんて埋もれる。だから却下。

 そもそもゲイの好感度が-10なのにホモセックスの好感度上げたら、絶対メンタルに悪影響出そう。

 というわけで、目下の目標はもう少し親睦を深めることしかないわけだ。

 だから先が長いって。おれは一体いつあの最高の体を抱けるんだよ。


 ここまでくるとこのアプリが本物なんだろうなって、漠然と思い始めている。事前調査で調べたものは大体合ってたし、好き嫌いで地雷を踏むことはもうないだろう。


「でも制約が多すぎるって……なんだよ次のミッションは6の親友達成って。おれはもっとこう……ぱぱっとやりたいの」


 我ながら低俗なことを言っている。多分二人目とかならもっと簡単にやれるんだろうなあ。今なら初期好感度4からスタートだし。最初に選んだのがハードモードだったわけだ。


 だけど今更乗り換える気はない。おれが抱きたいのは喜充なんだ。

 あの分厚くてたくましい体を見るたびに、おれの中の欲望がこいつじゃなきゃ嫌とか駄々をこね始める。仲良くなるたびに近づけるものだから、完全に目が肥えていた。


「……よし、今日はこんなところにして……ちょっと残業したけど、まあ早い方か」


 帰ろうと思ってスマホを確認すると、ちょうど喜充から連絡が届いたところだった。


『今日ジム来るか?』

「ん、今から行きますよっと」

『わかった。待ってる。飯は?』

「お、珍しい。栄養に気を使って、いつも完全食とか食ってるくせに。じゃあ飲む?」


 デフォでついてる簡素なOKスタンプとむかつくメッセージが来た。


『酔わせたら抱けるとか思うなよ』

「はあ?! だからこのノンデリがよ~~~~!」


 人がゲイってことネタにしすぎだろ。こすりすぎなんだよ。デリケートな問題なんだぞ。

 でもこれ、ネタに乗って来いってことだよな。素面で抱かせろ、って送っとくか。


『きしょ、死ね』

「こいつはよ~~~~!」


 まあいいんですけどね。こいつも慣れてきたってことだから。

 酔ってワンチャン狙ってるのも事実ではあるが、おれが狙ってるのは一回だけじゃない。継続的なセックスだから。

 ……本当に字面くそカスだな。きしょ、って言われるのは甘んじて受け入れましょう。だが絶対セックスするから、見とけよ。


 何はともあれ、予定が決まったのならささっと帰るか。

 おれはオフィスに挨拶をして、そそくさと外へと出ていった。


 そしてジムで汗を流してからシャワーを浴びて、おれと喜充は適当な居酒屋で乾杯を決めた。


「あー……仕事とジムの後の酒、まじで最高っ!」


 一気にアルコールを流し込むと、生きてるって感じがする。向かいの喜充が苦笑いしてるけど、これくらい普通だから。

 巨体の熊はノースリーブのパーカーを着ていて、腕を動かすたびに横乳が見えている。さらにたまに乳首も見えるとガチャでSSR引いた気分になれる。

 その腕の太さだと服を着るのもめんどくさいのはわかるが、おれがゲイだってこともうちょっと真面目に考えてほしい。視線をはがすのも一苦労なんだぞ。


「お前、ほんっと酒好きだよな」

「飲まなきゃやってられねえんだよ。営業なんて人の顔色うかがってばっかで、まーじでストレスやばいからな」


 実際おれが酒をたしなむようになったのも仕事を始めてからだ。今までは友人と飲むといってもたまに程度だったが、喜充が付き合ってくれるようになってから外飲みが増えた気がする。


「そんなもんか。でも結構いいところの会社だろ?」

「まあなーだから給料はそこそこあるから辞める機会がないんだよ」

「いいじゃねえか。土木もまあ、そこまで悪くねえけど……俺としちゃもっと欲しいところだな」

「うちはいつでも人手不足だから」

「……いけねえよ」


 ぽつりとつぶやいてジョッキを口に運ぶ熊は、どことなく哀愁を背負っているようだ。苦虫を噛み殺したような顔ではあるが、そこに諦観が混ざっている。

 酒の席には全くふさわしくない顔だ。でも、酔って上機嫌のおれは全く気にしなかった。

 犬の顔はすでに赤らんで、満面の笑み。酒は好きだがめっぽう弱い。だから安上がりで済むという言い訳を自分にしているので、断酒できないわけなのだが。

 逆に喜充は結構強いようで、おれと同じくらい飲んでるはずなのにけろっとしている。チートデイくらいしか飲まないくせに、肝臓がおれより強いのはずるだろ。


「……お前はいいよな。いい会社入って、安定してんだから」

「そんなことないってー喜充だっていける!」

「お世辞か? そんな薄っぺらいことを言うくらいなら、酒でも飲んでろよ」

「まじまじ……だって喜充はさ、すごいやつだからさあ。おれは本気で言ってるぞ」


 飲んで食べてをしているせいで、喜充が驚いた顔をしている意味を考えられていない。この傲慢な男が褒められて驚くなんて、普段ならおれも気付いていただろうに。


「…………ふん、何がすごいんだよ。言ってみろよ」

「えー? まずその体だろ。土木ってきつそうな仕事なのに、ジムも欠かさず行ってさ。しかも普段の食事にも気を配って維持してんだろ? 偉いよなあ」

「まあな。俺は真面目にやってるんだ」

「な。前はそれ聞いた時、おれは真面目じゃねえのかよって思ったけど、確かにお前からしたらおれなんて不真面目だろうなーってなるわ」

「そうだろ。周りの奴らなんて、みんな手抜いてるくせに、自分は頑張ってるなんてごまかして生きてんだ。くだらねえ。俺の方がずっと……はあ、俺も酔ってるな。そろそろ帰るぞ」

「まだいいだろ。どうせ明日は休みなんだ。喜充もさ、ぱーっと飲んじまえよ」

「はんっ、酔わせて襲う気かよ?」

「あはは、ばれたか」冗談の応酬、もう定番だ。「でも忙しかったのもあるけど、最近まじで人肌恋しくてさ。あー誰かいい人いねえかなー!」

「きしょいこと言ってんじゃねえよ。このまま置いて帰るからな」

「いいぞーおれに肩貸すの嫌だもんな」


 別に嫌味とかでもなんでもなく、ただそうだろうなと思ったからそのまま口に出した。おれがゲイってことばれてるし、あんまり触れたくはないだろうから気を使っただけ。

 だけど言い方が悪いよな。完全に酒でデリカシーが死んでる。さっきまで喜充のことをノンデリとか言っていたが、ブーメランがあまりにも早すぎるのではないだろうか。


「そういうわけじゃ、ねえけど……」

「いいって。おれだって喜充に嫌われたくないし、適当にタクシー拾って帰るよ」


 確かにこれ以上しゃべってぼろを出す前に、撤退した方がいいだろう。そのくらいの理性は残っている。なんとなく明日頭抱えてそうだなという認識はあるので、今のうちに撤退しよう。さすがに飲みすぎた。

 

 お会計も終わって店を出て解散かなというとき、喜充が急に不機嫌な声を出した。


「はあ、てめえ俺のこと馬鹿にしてんのかよ」

「え、なんでだ?」


 ぽわぽわしてたら、なぜか思いっきり睨まれた。プライドが高いから、気を使われてむかついたのかも。

 酔いのまわった頭じゃ原因なんてわかるわけがなくて、困惑するだけ。そんなおれの手を熊はむんずと握って、強く引っ張ってきた。


「え、あ、おい……こけるって……どうしたんだよ急に」

「帰るぞ。家まで送ってやる」

「え、お前そんな優しかったっけ?」

「ふざけたこと言ってんじゃねえよ。このまま放っておいたら事故りそうだ」

「えー……家まで行ったら押し倒しちゃうぞ。嫌だろそんなの」


 正直まずいと思っている。酔った今、こいつを前に抑えきれる気がしない。さすがに外で盛るほど非常識なつもりはないが、帰ったら話は別だ。

 だから冗談めかして伝えながら、手を放してくれないかと思っていたのだが、喜充はいらだった顔で吐き捨てる。


「ばーか。お前程度が何をしようと、俺に勝てるわけねえだろ。変なことしたらぶっ飛ばして酔い覚まししてやるよ」


 あーなるほどね。やっぱ気を使われたことで舐められたとでも思ったのか。生きづらい性格してるわ。優しいところもあるんだけど、根っからの傲慢だから。

 失敗したなあ。何事もなければいいけど。


「ただいま……なんだけど」


 ようやっと帰ってきた我が家だが、背後からの圧がすさまじい。歩いていくうちに少し酔いは覚めたけど、だからこそどうしたものかと頭を抱えていた。


「……」

「ちなみに聞くけど、終電ってある?」

「ねえよ。誰かさんがうだうだしてたせいでな」

「はい……」


 想像より酔ってたみたいで、かなり迷惑をかけてしまった。思い返せば喜充の舌打ち回数すごかったな。でもおれは鳥でも呼んでるのかって深夜の道中で大笑いしてました……いやよく殴られなかったな、寸前ではあったけど。

 うーん、これ、百パーセントおれが悪いな?


「途中で帰ってもよかったのに……」

「あ? てめえ、送ってもらっといて言うことがそれか?」

「いいえ、なんでも……あの、ホモの家でよければ、一晩どうでしょう……?」

「もてなせよ」

「あ、いいんだ……タクシー代くらい出そうかと思ってたんだけど」

「俺はそこまで弱くねえよ。気を使いすぎだ。手を出そうとしたらぶっ殺せばいいだけの話だろ」

「胸に刻んでおきます……」


 人の好意は素直に受け取った方がいいと思うけどな! おれはまだ酔ってるし、大胆になって何するかわからないから自分が怖いんだよ!

 なんてことを言ったところで、おれを制圧できる自信がある喜充に効くわけない。また好感度がロックされるのだけは避けなければ……。


 戦々恐々としながらリビングに通すと、熊は意外そうにつぶやいた。


「結構綺麗にしてんだな。これなら普通に横になれそうだ」

「まあ、この前掃除したからね……」


 喜充の好感度を上げるためにひょっとしたら家に呼ぶかもしれないからと、せっせと片付けたのが功を奏した。やってる最中は捕らぬ狸の皮算用なのでは……と鬱になっていたが、やはり事前準備が大事なわけだ。

 

「しかも結構広いし。やっぱいい会社入ってる奴はいいとこに住んでんだな」

「そんなことないって。一人暮らしには広いから、持て余したなあって後悔してるよ。ちょっと見栄張ったんだよなあ」

 

 おれにも恋人ができたらここで一緒に暮らして……みたいな夢物語を思い描いていた時もありましたよ。今気づいたら、おれはここでも捕らぬ狸の皮算用をしているのな。


「先シャワー浴びなよ。服洗濯しとくから」

「ジムで浴びて着替えたし、そこまで気つかわなくていいぞ」


 おれが無理なの! 歩いたせいで雄臭さが上がって、本当、まじで、いい匂いするから、いつ勃起しても不思議じゃねえの!

 忙しかったから昨日も抜いてないし、勃起してるとばれたら絶対またロックがかかる!


「あれ、そうなんだ。おれはジム終わりでも、飲んで帰ったら一応浴びるけどな」

「……お前、俺の下着狙ってねえか?」

「なっっっんでだよっ!」


 いや確かにちょっと強引だとは思ったけど!

 そう思われても不思議じゃないか。やばいな、酔ってて思考が雑だ。


「この自意識過剰男め。おれは気を使ってんの」

「でもお前、俺のこと好きだろ?」

「はぁ?!?!?!」


 あらぬ疑いをかけられてキレてしまった。おれが好きなのはこいつの見た目であって、性格じゃないから。見た目だけなら本当に百点満点中一億点くらいある。

 それを好きかと言われたら……まあ、そう言えなくもない。


「筋トレ中も人の胸とかばっか見てるだろ。ばれねえと思ってたのかよ」

「いや、それは……たくましいなと思って……でもそんな見てたかなあ……」

「きしょ。触ろうとしたらぶん殴ってたぞ」

「さすがにそんなことしないって。けど、なのによくおれと飲みとか行くよな……」

「だからお前程度なら何しようと問題ねえんだよ。それに前に啖呵切ってきただろ、風評被害で嫌うより、実際に見てみようと思ってな」

「つまりおれは喜充にとってゲイ代表と……」

「そういうことだな。今のところ、評価は気持ち悪いで、関わり合いになるのはごめんだ。この調子だったら、お前との関係も終わりそうだ」

「だったら今すぐ出てけ!」

「嫌だね。もてなせよ、ホモ野郎」


 こ、このノンデリがよ~~~~!!! ブーメラン投げ返してやる!

 おれじゃなかったらキレてるだろ! 好感度操作アプリとかいう秘密兵器があっても、たまに本気でキレたくなるのに!


 いや、もしかしなくても、おれが普通なら怒り出すところを耐えているので、こいつが余計に調子に乗っている説はある。アプリを見れば好感度がちゃんとあることは明白なので、性格悪いなーくらいで流してしまうんだよなあ。


 だが、さすがにそろそろ行動を起こすべきだろう。いつまでも好感度4のままではいられない。おれの堪忍袋さんもそう言っている。

 喜充がこうしてくつろいでるのは、おれなら何もしないだろうという信頼なのかもしれないが、それがまやかしだということを教えてやろう。


「そんなおれの家で無防備にいやがって……喜充も興味あるんじゃないか?」

「馬鹿言うなよ。気持ち悪い。あるわけねえだろそんなもん」

「なら試してみるか?」


 アプリの自由項目の欄に『ハグ』と打ち込んで、好感度を4に。これで喜充はハグが好きになったはずだ。


 おれは両手を広げて勝ち誇った顔を浮かべておく。こいつの神経を逆なでして、挑発に乗りやすいように。


「一回抱き着いてみ。そうすれば自分のことがわかるかもよ」

「きしょ。お前がやりたいだけだろ。飲んだ酒がリバースする」

「おれなら何をしても制圧できるんだろ? ちょっと試すぐらいも怖いのか?」

「ガキみてえな挑発してんじゃねえよ。ったく、後悔すんじゃねえぞ」


 よし、乗ってきた。好感度をいじったからハグをしても、思ったより嫌じゃないかも……と気付かせてゲイへの嫌悪感を下げる作戦よ! こうやってどんどん沼に落とし込んでやるからな!


 にやにや笑うおれが気に食わないのか、熊は不機嫌そうな顔だ。だけどその大きな体は逃げることもせず、おれを包み込んでくれた。

 ハグの好感度を上げる前だったら、絶対乗ってくれなかっただろうな。役得と思いながら、素晴らしい肉感に溺れていく。


「おぉ……!」

「気色悪い声を出すなよ……」


 思わず感嘆が漏れてしまった。それくらい喜充の体は素晴らしかった。

 しっかり鍛えてあるから抱き着いた時の肉感がすさまじい。密度がぎっしり詰まっているのが服と毛皮越しでもわかるから、どっしりとした大木を抱きしめている感覚さえある。腕が回りきらないほどの大きさは、おれの好きを増幅させていた。

 しかも身長差のせいで顔が胸に埋まってるんだけど、谷間が深すぎる。みっちりむっちりなおっぱいに左右から包み込まれるのは、控えめに言って天国。たまった匂いもすごくよくて、シャワー後だから制汗剤とかもなく、喜充の雄臭さがダイレクトに脳まで届いている。


 おれ、ここに住みたい……。できれば一生。


「……なんか言えよ」


 心底あきれ果てた声が頭上から降ってきて、ようやく我に返る。楽園に浸って、完全に意識が飛んでた。


「ど、どうだ、思ったよりいいもんだろ」

「お前にとってはな」


 そんなわけない。ハグの好感度は4だから、普通よりいい感じになるはず……。

 んんん? そういえば、ゲイの好感度-10だったよな。この場合どういう感情になるんだ。単純計算だと足したところで-6になるだけなんだけど……もしかして、あんまりいい感情になって、ない……?


 酔った頭脳が算出した都合のいい未来をあざ笑うかのように、ギリギリと腕が締まっていく。喜充が鍛え上げた筋肉を隆起させると、天国が一気に地獄へと変わる。


「うおおぉぉ?! ちょっと待って、苦しい……!」

「きもいことさせやがって。調子に乗りすぎなんだよお前は」


 巨漢熊のベアハッグにおれは悲鳴を上げて身をよじるが、逃げ出すことなど到底不可能。頭蓋骨から響いてはいけない音が聞こえる気さえする。


「待って! 吐く! 吐くから!」

「そしたら殺す」

「横暴すぎる!」


 命が閉じていく感覚がする。ジムだけじゃなく土木で鍛えた肉体だ。その力はすさまじく、おれが背中を何度叩いて救済を乞うても、緩む気配がない。


「死ぬって!」

「本望だろ。馬鹿みてえに嬉しそうな顔しやがって。きもすぎ」

「す、すみませんでしたぁ! あまりに心地よくて……!」

「やっぱお前、俺のこと大好きじゃねえか……」

「だから違うって!」

「じゃあホモってのは誰にでもこんなことするのかよ?」

「それは……」


 何か言い訳を考えようにも、息すら詰まっていくから頭が回らない。しかも喜充は嫌悪をむき出しにしてしゃべっているから、何を言おうとも聞いてくれる気がしないし。

 結果として、おれはもうやけくそになってぶちまけていた。


「ああもう! わかった! 認める! おれはお前のことが好きだよ!」

「はっ、やっぱりな。きしょいやつ」

「うるせえ! しょうがねえだろ! 好きになっちまったものはさあ!」


 好感度がまたマイナス行ってそうだな……。とは思うけど、今はそれどころではない。


「だから嫌われたくないんだよ! 悪かったって! もう二度とお前の前で酒を飲まねえし、こんなことしない! だから勘弁してくれ!」

「はあ? 誰がそこまでしろって言ったよ」


 じゃあお前は何に怒ってるんだ。こいつの考えてることが全くわからない……。

 鈍った頭をまわしていると、ようやく解放された……。毛皮に喜充の匂いが染みついてる気がするが、それを堪能するには余裕がなさすぎる。

 

「な?」熊がぜえはあしているおれの前にしゃがみこんで。「わかっただろ。お前が何をしようと、俺には勝てないってこと」

「わかったって……悪かった」

「わかりゃいいんだよ。んで、お前は俺のどういうところが好きなんだ?」

「ええ……それ言わなきゃ駄目か?」

「人肌恋しいんだろ? 誠実に言えば、俺が応えてくれるかもしれねえぞ」


 意地悪くにやついているくせによく言う。ただ聞きたいだけだろ。人の恋心を弄ぶくそ野郎だが、おれも見た目だけで惚れてるのでお互い様なところはある。

 とはいえ、さすがに外見だけとは言えないよなあ。


「……努力家なところ?」

「おい、疑問符ついてるぞ。真面目に答えねえと帰るぞ」

「タクシー代だすよ。今日は悪かった」

「だからそれに関しちゃ、もういいって言ってるだろ。俺はお前の答えが知りたいんだ」

「なんだってそんなこと……」


 こいつが何を考えているのか、さっぱりわからない。ホモなんて嫌いなはずなのに、どうして執拗に聞いてくるんだ。


「俺は自分の性格が悪いことくらいわかってる。だから、好かれるとしたら見た目しかねえんだろうなってこともよ」

「いや、それは……」

「しかも仕事も大したことねえしな。学歴だけはそこそこだが、そんだけだ」


 今時職業の貴賤なんて流行らないぞ。と言いたいが、本人がそう思ってるし、口をはさむ前に巨大な熊がのしかかって言葉をふさいでくる。馬乗りになって見上げる喜充は山のようで、どうあがいても逃がさないと口角をゆがめていた。


 喜充は最高の体に最低な表情を浮かべて、おれの反応を面白がっている。しかも体を倒して胸元を鼻面に押し付けてくるものだから、脳が混乱を極めて沸騰してきていた。


「だから教えてくれよ。お前は俺のどこが好きなんだ? えぇ?」


 筋肉で作られた巨乳越しに熊の意地悪い笑みが見える。この場で正解を出さないと、もうこいつとは会えないんじゃないか。そんな気がした。


 こいつと付き合いだして、分かったことがある。

 最初にゲイばれした時もそうだが、この熊は人を試す癖があるんだ。人を惑わしたり、嘘で釣ったり、そうして相手の心を引き出そうとする。

 ここで調子よく美辞麗句を並べ立てて誉めそやすのは簡単だが、こいつがそんな薄っぺらいお世辞で納得するとは思えない。


 だから、知ったことかと全部吐き捨てることにした。


「そうだよ、見た目だよ。おれはお前の見た目が心底好きなんだ」

「はっ、やっぱりな。最初から体目当てだったのかよ、くそホモが。きもいんだよ」

「しょうがねえだろ! こんないい男に出会ったの、生まれて初めてなんだからな!」

「お、おう……そうかよ。俺はそんなにいい男か?」

「当たり前だろ! お前は性格悪いしすぐ人の性癖をからかうノンデリだけど、そんなマイナスをちゃらにするくらい見た目は最高だ! 正直お前しか目に入らないし、付き合うなら絶対お前がいいんだよ!」

「うわ、俺のこと好きすぎて引くわ……人は中身で勝負とかよく言うのになあ」

「少しの付き合いだけど、お前がその体を作るのに全力なのは知ってる。どれだけ仕事が大変でも筋トレは欠かさないし、給料だってプロテインとか食事とか、あと筋トレの指導とかで消えてんだ。だったら、お前の見た目こそ、お前の中身そのものだろうが。おれはそれ含めて好きなんだよ! わかったかぼけ!」

「なんでお前がキレてんだよ……」

「うっせえ! 口に出したら想像以上にお前のことが好きな自分にドン引きしてんだよ! 死ぬほど恥ずかしい!」

「まあ、確かにすげえ恥ずかしいこと言ってるよな、お前。俺だったら絶対言えねえわ」


 正直くそきもい告白だと自分でも思っている。言ってることをまとめると、とにかく見た目が好きの一点張りだからな。やりたい盛りのガキでもまだまともなことを言えるぞ。

 だというのに、何が気に入ったのか、喜充はにやにや笑いを収めることなく、それどころかノースリーブのパーカーをたくし上げて硬そうな腹を見せてきやがった。


「ふうん、じゃあお前、こういうのが好きなんだ」

「好きに決まってんだろ!」

「ははっ、そうかそうか……まっ、今のは悪くねえ告白だったぜ。中身とか嘘くせえこと言ってたら、ぶん殴ってたわ」

「……ストイックすぎるところは嫌いじゃねえけど」

「だから俺のこと好きすぎな。聞いてるこっちが恥ずかしくなる」

「言ってる方はもっと恥ずかしいから心配すんな」

「開き直るなよ」


 熊は上機嫌に、いや本当に何が楽しいのか、そのままパーカーを脱ぎ捨てて、でか乳を揉み上げる。指からこぼれそうなほどの肉が隙間からしなだれかかるエロさを前に、おれは言葉をなくしていた。

 え、今、ひょっとして都合のいい夢でも見てるのか? なんであの話の流れから、こんな展開に? もう理解が追い付かない。


「がん見しすぎだろ。すげえ顔してるぞ、くそホモ野郎」

「そのホモ野郎にセックスアピールしてるお前は何なんだよ」

「お前の反応が面白くてな。いやーまさか、こんなに俺のことが好きな奴がいるとは思わなかったわ。きもいを通り越して笑えるぜ」

「人の恋心をおちょくりやがって……くそ野郎はどっちだ」

「でも、俺のことが好きなんだろ?」


 そう聞かれたら二の句が継げない。何を言ってもこいつを喜ばせるだけになるのだと、もう理解している。

 圧倒的優位に立った熊は小馬鹿にするように笑い、脱いだパーカーをおれの顔にかぶせてきた。さっき抱き着いた時に嗅いだ雄臭はおれを興奮させ、こんな状況だというのに勃起したものが熊尻を押し上げようとしていた。


「うわ、きもいな。まじでこれで立つのかよ」

「お、お前……最低だな……」

「今更だろ。俺は自分でも性格がいいとは思ってねえよ。でもそんな俺でも好きだって言ってくれるならさ、それやるわ。しこっていいぞ」

「は? ……どういうことだよ」

「いや、ホモなんてみんなきもくてゴミみてえなもんだと思ってたけど、お前はその中でもまだましな方だしさ。きもいけど。告白は悪くなかったし、だから……」


 そう言っておれを見下ろす熊の顔は、愉悦に満ちていた。まるで世界のすべてが自分のものだと言わんばかりで、だけどそれがこの男にはとても似合っている。

 

 誰よりもたくましく、誰よりも傲慢な男、喜充はわざとらしい猫なで声を出しながら、おちょくるようにこう言った。


「恋人としてよろしく頼むぜ、くそホモ野郎♡」


****


 何が、起きているんだ……。

 最近何度も自問自答する議題だが、答えは全く出てこない。


『仕事早上がりできたし、先にジム行ってるぞ。今日は泊まるから』


 なんてメッセージと共に、ジムのロッカー室の写真が添付されている。

 その中に映る太くて雄々しい熊は、陰毛からちんぽの根元が見えるくらいまで短パンを下ろしていた。さらにタンクトップの裾を口で咥えて持ち上げて、腹筋から恥骨まで、惜しげもなく見せつけている。

 汗をかく前とはいえ、やはりこの肉体は素晴らしく、仕事が終わってぐったりしていたおれの活力剤となってくれた。萎えててもこの大きさはもはや凶器だろ。

 

「了解。飯は?」

『今日はプロテインと栄養食でいい。反応なしかよ』

「職場で勃起して、今立てない、帰れない、畜生」

『きしょ』


 反応しろって言っておいてこの様、なんなんだよ!

 あれからなぜか恋人同士とかいう立場になったけれど、こいつの調子に乗りようはすさまじいことになっていた。

 こんな風にゲイ向けの写真を送ってくるし、ことあるごとに触りたくねえのかと聞いてくる。後者に関してはハグの好感度を4まで上げたせいな気がするけど、だからって毎日ハグしてくるのは違うだろ。好感度4なんてそんなにだぞ。


 今ではおれの家にこいつ用のプロテインやら何やらが置かれてて、ここだけ切り取ると確かにカップルみたいだ。本番どころかキスすらさせてもらえてねえけど。

 それもそのはずで、アプリによるとこいつの好感度は5。ちょっと仲のいい友達くらいだ。間違ってもくそきもい告白で付き合える関係性じゃないし、体を許せるほどじゃない。

 でもあんなことがあったのに上がってるとは思わなかった。恋人になったのもそうだけど、何がこいつの気に入ったのかさっぱり。


 この生活をすでに一か月はしている。季節は夏に近づいて暑さを増していくが、おれらの間はずっと冷え切っていた。

 

「何がしたいんだよこいつ……」


 延々と生殺しを食らっているおれだが、それでも許すのはやっぱり見た目が最高だから。喜充がおれの家で見せるラフな格好のエロさといったら、秘蔵のAVがかすむほどだ。だからたいていのことは許してしまう。

 恋愛は惚れた方が負けとかいうけど、本当にそうだと思う。あんな邪知暴虐な男にいいようにされてるおれが可哀そうすぎる。


 でもこの好感度操作アプリさえあれば、いつか立場が逆転するはずなんだ。

 あいつに尻を振らせるというおれの野望はまだ終わっていない。絶対おれのちんぽの虜にしてやる。


 ……まあそれはそれとして、人肌恋しい時にこいつがいてくれたので、幸せではあるんだけどな。これでやらせてくれたら完ぺきだったけど、マイナスからここまでの関係になったんだ。贅沢は言うまい。


「感謝を込めて、『好き』って送っとくか」

『急にきもいの送るなよ。毛皮が立っちまった』

「おれら付き合ってるんだよな?」

『そうだけど?』


 いや、そうだけど? じゃねえだろ! なんで好きって言ったらきもいが返ってくるんだよ!

 自由項目の欄で確認したらゲイの好感度は−5くらいまで上がってはいたけど、でもまだマイナスだ。そんな男がなんでおれと付き合ってくれてるのかわからない。


 ……よし、意味のわからなさに股間が治まってきた。これ以上写真を見ないようにして帰るか。

 こんな思春期みたいなことになってるのも、最近あいつが泊まりに来てるからだ。おかげで抜けもしねえのに、最高の体を前にムラムラだけが溜まってる。完全に生殺しだ。


 そう考えたらむかつくな。もっと好きって送っとくか。


「世界で一番愛してる。お前以上の男は知らない。おれの中の最上」

『嘔吐させる気かよ。きもすぎるにもほどがあるだろ。素直にやりたいって言え』

「やりたい!!!!!」

『嫌だね』

「なんなんだよこいつはよ~~~~!」

 

 おれのことおちょくって遊んでるんじゃないか。そんな気がしてきた。

 でもこいつと付き合いだしてもう一ついい点がある。それは生活習慣がものすごくしっかりしたということだ。

 喜充は生活の大半を筋トレに当ててるくらいのストイックさを持っている。性格は悪いが生活習慣はすこぶるいい。おかげでおれもジムに行く頻度が安定していた。


「なんだかんだ言いつつ、誘われると行っちゃうんだよなあ」


 筋トレ中の喜充は最高だからな。デスクを片付けながら、今日は何のトレーニングをするんだろうと考える。口出しの多い奴だから、今や喜充はパーソナルトレーナーみたいになっていた。

 食事も睡眠も規則正しいやつが頻繁に泊まりに来ると、自然と付き添う形になる。おれも別にこれといった趣味があるわけじゃないから、だらだら見てたドラマとかそういったものも最近はご無沙汰だ。


「おかげで体が結構いい感じになってきてるし、これならあいつに振られても新しい出会いができそう……」


 でも喜充がいいんだよな~。ままならんもんだ。


 それからジムでみっちりしごかれて、家に戻るとすぐにソファにぶっ倒れた。

 喜充の組んだメニューは軍隊かと疑いたくなるほど過酷で、帰りの足が生まれたての小鹿みたいだった。そして諸悪の根源はそんなおれを見て笑っていた。


「もう無理……明日も仕事なんだぞ……」

「慣れたら安定するから、今だけだ。むしろ、今まであんな緩い筋トレしかしてなかったのかよ」

「お前のメニューがきつすぎるだけだって……」

「はっ、軟弱者。ほら起きろ、まだ飯食ってないだろ。栄養はしっかり取れ」

「もう少し待って、今食べる元気がない……」


 しかも喜充の言う飯ってプロテインと栄養食だから、好んで食べたいわけじゃないんだ。ほぼ毎日同じ品目だし……付き合って思うけど、こいつのストイックさはガチ。さすがあの肉体を作っただけはある。


「……そういうところも好き」

「急にきしょいこと言うなよ」


 呆れた声を出しながら、熊は栄養しか考えていない男飯を作っている。おれの分も作ってくれるのは非常にありがたいんだけど、まじで立てない。

 

 見栄を張ったおれの部屋はカウンターキッチンになっているのだが、喜充がでかすぎて高さが足りていない。少し腰をかがめないといけないようで、そうしていると愛嬌も出てきてずるいな。


「……何をしても好きかよ」

「頭沸いてんのか……俺のこと好きすぎて引くわ」


 だけど言葉とは裏腹に、熊はまんざらでもなさそうに上機嫌だ。ゲイなんて嫌いなくせに喜ぶのは、自分が優位に立てるからだと思っている。そう考えると、こいつはおれの感情を弄んでるんだよな。


「抱きてぇ……」

「筋トレのし過ぎで壊れたか? お前には無理だって」

「くそ、今日は絶対抜くからな……」

「きも。俺がいないときにしろよ」

「毎日毎日来てんじゃねえか! 大体お前はいつ処理してんだよ!」

「俺はお前より仕事終わるの早いからな」

「畜生!」

 

 とかなんとか話しているうちに、晩飯の準備は終わったようだ。再度呼ばれるが、やっぱり体は動いてくれなかった。


「しょうがねえな」


 喜充がなにやらかがんでごそごそしているが、カウンターが邪魔で見えない。何をしているのか気付いたのは、色気もないボクサーをおれに向けて振ってからだった。


「ほら、これやるから。動けよ壱狗」

「お、お前、それ……!」

「今日替えの下着忘れちまってさ。シャワーは浴びたけどパンツは変えてねえんだ」

「つまり筋トレ中にはいてたやつってことかっ!」

「うわ、食いつき良すぎだろ。きっも……」

 

 カウンターまで行けば、あれがもらえる。そう考えるとおれの体から底力が湧いてくる。疲れた体に鞭打って立ち上がると、熊は心底愉快そうに口角を歪めた。


「お前まじできもいよな。こんなもののためにそこまで頑張るのかよ」

「うっせえ、嬉しいくせに」

「面白いの間違いだろ。抱けもしねえ男のパンツのために、必死になってさ」

「いつか、絶対抱く……!」

「そうか、まあ無理だろうが、頑張れよ」


 這う這うの体で席に着くと、パンツが顔に投げつけられる。それを手に取って嗅ぐと、確かに喜充の匂いが凝縮されていた。その温かさと雄臭さは確かに今まではいていたものだ。これは今日のおかずにしよう。


「嬉しそうな顔しやがって……」


 ただ、脱ぎたてのパンツをカウンターに置くのも違うと思ったので、ポケットにしまっておく。そもそもこんなの間近にあったら禁欲中のおれが耐えられるわけないだろ。


「ありがとう、いただきます」

「……どっちの話してんだ?」

「どっちも。食事もパンツも、大事にいただきます」

「お前、きもさに磨きがかかってきてねえか?」

「抜けてないおれにパンツ見せつけてきたやつが言うなよ」

「はっ、それもそうだ。んじゃ、いただきます」

「いただきます」


 栄養だけを考えた味気ない食事はお世辞にもおいしいとは言えない。けど、誰かが作ってくれた料理ってだけで、やっぱり嬉しい。それが喜充なんだから、言うことないだろ。


「美味いよ」

「嘘つけ。こんなの美味いわけねえだろ」

「喜充がおれのために作ってくれたから」

「……きっも。なんかお前、俺のことが好きすぎて可哀そうになってきたな」


 面白がるわけでもなく、憐憫の視線が刺さる。その反応はまじすぎるからやめろ。


「お前さ、嫌になったりしねえの?」

「何を?」

「俺と付き合って。自分の性格の悪さくらいわかってるぞ」

「まあ、性格は悪いけど、見た目がそれを補って余りあるから……」

「そこはもう少しオブラートに包んで、いいところが見えてきたとか言う場面じゃねえのかよ」

「お前の性格でいいところがあるとしたら、おれと付き合ってくれたところだよ」

「救えねえなお前。まっ、俺としちゃ楽でいいけどさ。いい部屋にも住めるし」

「それで居座ってるのかよ」

「俺の家、ぼろいから天井も低くて過ごしづらいんだわ。給料とか節約して筋トレしてるの、お前も知ってるだろ。というわけで、このまま同棲しねえ?」

「えー……まあ」

「悩むのかよ。いいカモすぎて逆に不安になってきたぞ。でも、家賃やら光熱費やら浮けばその分筋トレできるしな、お前にとってもいいことだろ」


 それはそう。この熊はストイックの塊なので、例えお金に余裕ができても娯楽にはまることはないと断言できる。好感度操作アプリを使えばその限りではないが、さすがにそんなことをする気はない。このストイックさが喜充の魅力なのだから。


「正直な話」食べ終わった食器を片付けながら熊が。「お前と付き合ったらすぐに破局すると思ってたんだよなあ」

「おれもお前の気がすぐに変わって、やっぱなしって言われると思ってたよ」

「俺はお前が嫌になると思ってたわけ。見た目だけ好きでも、付き合うと中身がどうしてもちらつくだろ」

「まだ耐えられるから」

「耐えるとか言うなよ。そんで、すぐ破局したら、結局ホモとかこんなもんか、って鼻で笑ってやるつもりだったんだ。いくら好きって言ったところで、体の関係がないと終わりだろってな。写真送り付けたり、ハグさせてみたけど、お前は嬉しそうに尻尾を振るだけだったしなあ……」

「ひょっとしておれ、まだゲイ代表として試されてた?」

「おう。いうて一か月だけど、このままだと普通にだらだら関係が続きそうだと思ったし、同棲を提案したわけだ。お前が想像以上にきもくて、俺は驚いてるよ」

「人の恋心をきもいとか言うな」


 まあ実際きもいと本人も思ってますけどね。見た目が好きすぎて中身を許しまくっている。


「でも、それでも別れるとか言わないんだな」

「別れたいのかよ?」

「絶対嫌」

「だろ? 言い出したからには最後まで付き合うさ。どうせ抱けやしねえんだ。お前もいつか飽きるだろ。それまでは儚い夢でも見とけよ」


 でも、飯を作ってくれて食器を片付けてくれる真面目さとか、付き合っていたからこそわかる点は嫌いじゃない。一人暮らしの味方である食洗器を使うとはいえ、片付けてくれると嬉しいよ。

 こいつは傲慢ではあるけど、家事はきちんとするし、家を汚すこともない。自分のことはしっかりできている。じゃなきゃトレーニングメニューとかこなせないだろうし、こんな肉体にはなっていない。

 中身がとか言うけれど、やっぱりこいつに限っては見た目に中身があふれ出ていると思う。


 なんてことを伝えると、喜充がドン引きの顔をする。なんでだよ。


「盲目が過ぎる。別にこんなの普通だろ。むしろ俺が食べたいからって栄養だけの料理を食わされてるのに……」

「人の手料理に飢えてるおれの気持ちがわからんのか。なんか……喜充って思ったより常識人なのか……?」

「お前、まじで俺のこと失礼な奴だと思ってるだろ……まあ、そうなんだけどよ。はあ、これは長引きそうだから言っとくか……」


 動けないおれに代わって後片付けをしてくれた喜充は、プロテインを作って横に座る。筋肉の元を一気飲みし、空になったシェイカーを見ながら少し黙り込んでしまった。


「俺さ、もともと普通の会社にいたんだ」


 意を決したように、熊が硬い音でしゃべりだす。


「これでもそこそこいい大学は出てたし、ボディビルのサークルでそこそこの成績は出してた。自分で言うのもなんだが、順風満帆だったんだよ」

「うん、喜充は頑張り屋だから」

「きもい言い方すんなよ……まあ、ありがたく受け取っとくけど」


 おれの相槌で少し角が取れたのか、喜充が表情からは力が抜けていく。


「でも会社の上司がお前みたいなホモ野郎でさ。俺を採用したのは体のためだとかぬかしやがる。そのうえ愛人になれば昇進できるとかさ……ていのいい脅しだよ。断ったら会社から追い出すってな」

「それは……」

「あの時は大学を卒業したばっかでどうすりゃいいのかわかんなかったし、奨学金の返済とか、就職が決まった時に喜んでくれた親の顔とか……まあいろいろ浮かんでな、このまま昇進できるなら……とか考えてさ……」

「ま、まさか喜充……その人と……」

「いや、できなかった。ホテルまで行って脱いで……土壇場で怖くなった。だから、ぶん殴って逃げたんだよ」


 喜充はおれを見ていない。空になったシェイカーに映る歪んだ自分と目を合わせ、あの頃に思いをはせているようだった。


「そしたら俺が悪者にされてな。あっさりクビだよ。暴力事件ってことで再就職もできなくて、結局土木に落ち着いたってわけ」


 落ち着いたとか言うけど、その間にはいろんなことがあったはずだ。ぼろい家に住んでるって言ってたのも、きっとそのせいだろう。だからおれの家に居座っているのかもしれない。あの家にいると、いろいろ思い出すから。


「なんでこんなこと言ったかっていうと、お前に抱かれるのは無理って言いたかったんだよ。まだちょっと、心の整理がついてねえんだ。正直、女ともできねえから、経験とかもねえし……」

「喜充」

「お前が期待してるのはわかるが、それだけは理解して……ってなんだよ、抱けない俺が嫌いになったか?」


 そんなことはどうでもいい。おれはシェイカーから熊の視線を引きはがすために、少し語気を強めて呼ぶ。そうして強引に向かい合った顔は少しおびえているようにも見えた。


「うちにこい、同棲しよう」

「……本気で言ってんのかよ」

「当然だろ。転職したいなら資格の勉強とかしないといけないし、だったら家賃を浮かせた方がいい。喜充はまだ若いんだから、チャンスはある」

「そんな歳変わんねえだろ……でも、まあ、お前んとこなら願ってもねえよ。お前が何をしようとも、どうとでもできるしな」


 ニヤリと笑って勝ち誇る、いつもの喜充だ。実際そうではあるけど、いつもより嬉しそうに見えるのはきっと間違いじゃないだろう。

 シェイカーをゆらゆら振って、手慰みをするくらいには余裕が戻っている。カウンターの上に置かれているもう片方の手が誘っているように見えたから、おれはそっと自分の掌を重ねてみた。

 

「はっ、調子乗んなよ、きもいな……まあ、付き合ってるんだし、これくらいはいいけどよ」


 料理を作った後ということもあって、甲の毛皮はまだ少し湿っている。そこをかき分けて指の隙間に潜り込もうとしたけど、さすがに硬く拒まれてしまった。


「駄目か」

「さすがにな」

「まあそれはこれからということで」

「なにがこれからだ。永遠にねえ」

「空き部屋はあるけど、掃除手伝えよ」

「わかってるよ。引っ越しの準備とかもしねえとだし、お前も荷物持ち手伝え。せっかく鍛えてんだ、こういう時くらい筋肉を使ってやれ」


 もはや日常になった応酬をして、空気はいつの間にか軽くなっている。重ねた手は振りほどかれる気配がないから、今はこれでいいと思う。


 こうしてキスすらできないのに、喜充と同棲を開始することになった。

 この日を境に、好感度は6に上がっていた。


****


 最近いろんな人に仕事頑張ってるねと言われることが増えた。営業先でもやる気があるとか褒められるし、実際成績は右肩上がりだ。


 それもこれも全部……。


「ただいま、喜充ー!」

「きもかえり」


 帰宅してすぐ、きもいとおかえりを合わせた言葉で出迎える巨大な熊におれは思いっきり抱き着いた。喜充の胸はシャワー後の清潔さでふかふかだ。雄の匂いは薄れているが圧倒的でかさは健在で、抱き着いているだけで幸せがにじみ出てくるな。

 おれが残業だったので、今日は喜充が一人でジムに行ってきた。胸トレをしたのか、いつもよりむっちりしてる気がする。


「まじできもいな……毎日毎日、飽きねえのかよ……」

「仕事疲れに効くぅ……喜充ぅ……!」

「きもすぎだろ……お前と付き合ってると、俺って心が広いんじゃねえかと思い始めてきたわ」

「それはない」

「ふざけんなよ」


 ぎりぎりと腕で人を締めながら、熊は不機嫌そうに牙をむく。

 青筋を浮かべてベアハッグするお前の心のどこが広いのか。でも、告白の時より手加減されているので、硬い胸に埋もれるくらいだ。ここ半年でこいつもかなり慣れてきた。


 半年。そう半年だ。こいつと付き合いだして半年、同棲してから数か月。なんだかんだ順調に暮らしている。こうして抱き着いても振りほどかれないくらいには、嫌悪感も減ってるみたいだしな。


 ハグにはストレス解消効果があるというのは本当なんだろう。おかげで毎晩呑んでた酒もかなり減った。そして酒を減らすにはハグが必要なんだと力説したこともあって、これくらいのスキンシップは許されるようになっていた。熊は憐れんだ顔をしていたが。

 最終手段としてハグの好感度を6まで上げようとも思っていたが、それを使わなくともこうして雄熊の胸に顔をうずめられている。


「ほら、今料理中だからとっととどけ。火事になるだろ」

「あれ、今日はおれの当番だっただろ」

「お前の飯、カロリー高すぎて無理。二日に一回チートデイ作る気かよ。味気ないけど、文句言うなよ」

「言わない言わない。喜充の手料理が食べられる幸せに感謝だって」

「まーじでどんどんきもくなるな……やっぱ俺、心が広いと思うんだよなあ」


 ぶつくさ言いながらも用意してくれたので、ありがたがって食べる。多分おれが残業だから気を使ってくれたんだろうな。本人は絶対言わないだろうけど。さすがに片づけはおれがするので、喜充にはリビングでくつろいでもらおう。

 カウンターを掃除していると、目の前に大きな熊がいる。団らんはおれに幸せを感じさせるには十分で、つい頬が緩むのだった。


「嬉しそうな顔しやがって……まさか半年もこんな顔するとは思わなかったぜ」


 食後のプロテインを飲んだ喜充が、シェイカーをもって近づいてきた。


「俺を好きすぎだ。ほら、抱き着いとくか?」

「助かる」


 迷うこともなく、巨大な雄熊の硬くて柔らかいおっぱいに顔をうずめた。半年前より大きくなってる気がする。これ以上胸がでかくなったらおれの理性が持たないかもしれん。

 ガチ太な体に手をまわし、こうしてぎゅっとしていると、ここがおれの居場所なんだと脳が理解してしまう。本当に最高の体だ。おれの最上なだけはある。

 ハグの好感度を4にしてよかった。確か上げる前は0とかだったはずで、そうだったらこうして気楽に抱かせてはくれなかっただろう。抱き返してはくれないけど、これで十分。生まれてきてくれてありがとう。


「ははっ、やべえ顔。まじできもいよなあお前。こんなに俺のことが好きな奴、世界中探してもお前くらいだろうな」


 こうして抱き着かせては罵倒する喜充は本当に楽しそうだ。イニチアチブが取れているという優越感を隠そうともしない顔だが、この肉体に抱き着けるありがたさの前では何の意味もない。

 すでに季節は冬真っ盛りだというのに、この熊は持ち前の新陳代謝が良すぎて部屋着が薄い。だから抱き着くと筋肉と体温がかなり近く感じられるのだ。


「ふうん……」


 にまにまとした熊が膝を動かして、おれの股間に押し付ける。そこはすでにギンギンで、雄としての本能が煮え立っているのがばれてしまった。


「んおっ!」

「きっしょ。抱けもしねえ男相手に勃起してんじゃねえよ」

「しょうがないだろ、忙しくて抜いてねえんだから」

「じゃあ今日はやるか? シャワー浴びる前に抜いとけよ」

「抱き着いたまま膝にこすりつけて出しても……」

「さすがにそれはガチできもいぞ……」


 ため息をつきながらおれを引きはがして、喜充はリビングへと帰っていく。だが、ソファに座るでもなく、こちらをにやにや眺めて突っ立っている。

 性行為なんて当然、キスすらできていないおれらだけど、この半年で唯一喜充が認めてくれた行為がある。


「それじゃあ今日も俺で興奮しろよ、くそホモ野郎♡」


 勝ち誇ったようにつぶやいてから薄い上着を脱ぐと、ボリューム満点の体がライトの下で毛皮を光らせる。豊満って単語は胸とか尻に使うものではあるが、こいつの場合は全身がでかいので、豊満という単語が受け持つ範囲が広すぎて積載量オーバーになる。

 胸も尻も、そしてちんぽもでかすぎるけど、決して特定の部位が目立っているわけではない。この熊はすべてが豊満なんだ。


 さっきおれが抱き着いていた胸はこうして見ると張りだしているのがよくわかる。画像加工かとつっこみたくなるほどにでかく、膨らんだ形も雄々しさを引き立てている。一度揉ませてもらったことがあるが、手が沈みすぎて興奮した。

 もっと揉ませてほしいのだけど、本人はかなり出し惜しんでいるのでめったにない。


「おいおい、せめて瞬きぐらいしろよ♡抱き着いてたときのほうがまだましな顔してんぞ♡それとも――」


 優越感丸出しの熊が手を伸ばしたのは、下半身を隠す短パンだ。そのウエスト部分を伸ばしてパタパタ開閉させると、毛皮とは違う濃い色をした陰毛が照らされてはっきりと見えていた。


「この中が見た過ぎて狂っちまったか♡♡はっ、見せるわけねえだろばーか♡♡」


 あまりにスケベすぎる存在に、おれはくらっと一瞬視界が揺れる。下半身に血を取られすぎたせいかもしれない。

 すでにこの行為をし始めて数か月経とうとしているが、こいつのエロさはとどまることを知らなくて、最高のおかずになってくれていた。


 喜充が認めた唯一の行為。それは見抜きだ。

 触られることも奉仕することも拒んだ熊だが、元ボディビルサークルということもあって、見せびらかすということの羞恥が薄い。

 それに、自分の鍛えた体を全身全霊で賞賛するおれという存在によって、自己肯定感が高まるのだとか。本人曰く、それはギリできもさに勝るとのこと。これでも彼氏なんだけどギリなんだ……とは思わなくもないが、逆に彼氏じゃなかったら絶対ありつけない光景だ。

 

 自由項目の欄で『露出』を確認すれば、案の定すでに好感度が4だった。やっぱりここまで鍛えた体を持つと、見せびらかしたくなるんだろうな。さっきハグさせてくれたことを鑑みても、4以上は怖くて上げられない。


「まっ、お楽しみは取っておこうぜ♡でもお前が出しちまったら終わりだからな♡」


 ズボンから手を離して、わざとらしく熊はにやけた。

 このショーはおれが一発出すまでと暗黙の了解がある。だから喜充は下半身をさらすことなくいかせて、早漏具合を嘲りたくてしょうがない。自分の体がこんなに素晴らしいのだと、おれを使って確認したいわけだ。


「今日は短パン脱ぐとこまで行けばいいな♡前はどこまでだったか?♡」

「腋と胸を見せびらかしてるところまで……」

「早すぎだろ♡こりゃ、パンツの中までは絶対行かねえだろうな♡」


 ゲイ相手に体を見せびらかすなんて、半年前の喜充なら絶対あり得なかった。付き合って同棲という流れを踏まえたうえでの関係性は、確実にこの熊を染めている。好感度をたびたび確認しているから確信できる。

 今、喜充がおれに向ける好感度は7。恋人一歩手前と考えれば、見抜きショーもしてくれるだろうな。なんだかんだ言いつつ、嬉しいことにこいつもおれのことを気に入ってくれてるらしい。


「それじゃあ、哀れな彼氏君のために♡俺が一肌脱ぎますか♡♡」


 そう言いながら脱いだ上着とは別の物をおれに投げてよこす。それは少し湿っていて、雄臭さを芬々と放っていた。

 見覚えのあるこれはジム着だ。つまり、喜充の汗をたっぷり吸っているということで、抱き着いた時よりも強い雄の匂いが鼻から興奮を刺激した。


「お前のためにとっておいたんだぜ♡本当にホモってこういうのが好きだよな♡意味わかんねえ♡」


 などと言いながらも、おれの喜ぶ顔を見るためにくれるわけだ。豚に餌をやる気分なんだろうな、とはわかっていても、おれはありがたく顔をうずめてしまう。

 喜充のフェロモンが濃すぎて、どれだけ深呼吸しても足りない。鼻に抜けるのはわずかな香ばしさのある熊の匂いで、ずっと嗅いでいられる。

 

 だけど視線はずっと熊にくぎ付けだ。筋肉が膨張した体は茶褐色の毛皮によってさらに大きく見えている。普通なら見にくい凹凸だが、喜充ほどの筋肉があればくっきりと毛皮越しにだって浮かび上がっていた。


「ほら、早くしごけよ♡気分じゃねえなら、おしまいにするか?♡」

「わ、わかったって……」


 すでに限界まで硬くなっている一物を外へと逃がすと、早くしごけと言わんばかりにビンと立つ。カウンターをはさんだ向かいにいる喜充には見えていないだろうが、動きで把握できたことだろう。

 付き合ってるし見抜きショーもしてくれる喜充だが、ゲイへの好感度が上がったわけではない。だから汚いものは見せるなと、観客席はカウンターより奥、おれの下半身を隠す場所だけだ。


「汚いもん出したか?♡どうせビンビンなんだろ♡お前は本当に俺のことが好きだからな♡♡」


 おれが絶対興奮しているという確信をもって、熊は鼻で笑う。多分おれはそういう顔をしている。待ちきれなくて、ぎらついた獣の目を。

 何度も言うが、こいつの見た目は最高だ。おれの人生において、喜充以上の雄は存在しない。

 そんな雄の汗まみれのジム着を嗅ぎながら、筋肉を誇示するショーが見れるんだ。何度やったって期待に血流が増すのは当たり前だろうが。


「触れなくて可哀そうなお前のために、こんなのを用意してみたぞ♡」

「ペットボトル……? もしかして……」

「そういうこと♡」


  水の入った500mlペットボトルを取り出して、熊は胸に立たせて置く。それから腕を前に出して力めば、土台は十分な大きさへと膨らんで安定を与えた。

 歩いて見せても落ちる気配すらない。喜充は誇らしさに傲慢を混ぜ込んで、おれへと視線を送りながら、どや顔で興奮しろと暗に語り掛けてくる。

 

「すっご……」


 もちろんそんなものを見せられれば興奮するなという方が無理だ。ベアハッグされた経験から胸部が鋼のように硬くなることは知っているが、ここまで肥大化するとは思わなかった。あれは揉もうとしても指がはじかれるに違いない。

 おれのしこる手は緩急など無視して射精だけを目指していて、すぐ出してもおかしくないほど激しく前後している。にじんだ先走りがくちゅくちゅと鳴る音が熊に聞こえているかもしれない。


「はは、きめえ顔♡もっと近くで見せてやるよ♡♡」


 得意満面な喜充はそのままカウンターまでやってきて、ボリュームのあるおっぱいを差し出した。


「これ、中身捨ててくれよ♡どうせ水道水だから気にすんな♡」

 

 言われるがままにペットボトルを取り上げて、中身をシンクへとぶちまける。

 空になったそれを返そうとして、おれは自分の手がしこっていたせいで汚れていることに気が付いた。おかげで透明なプラの側面に、興奮の残滓がこべりついている。


「うっわ、きたねえ」

「悪い、すぐ洗うから……」

「ふうん♡上半身しか見てねえのに、こんな興奮してんだ♡救いようがないホモ野郎だな♡」


 洗おうとためらった手から、熊がペットボトルをひょいと奪い去る。おれの先走りのついた部分をじっと見つめてから、向き直る表情は意地の悪いものだった。


「くせえ♡もうお前のザーメンの匂いしてんじゃねえか♡これで先走りかよ♡」

「嗅いだことあるのかよ」

「洗濯も当番制だろ♡お前がたまーに夢精したパンツを洗ってるのも俺なんだぜ♡ちょっと洗ってごまかしてるつもりだろうけど♡隠しきれてねえんだよ♡♡」

「うっ……お、お前が抱かせてくれないから……」

「無理だっつってんだろ♡そこら辺のホモと乳繰り合ってりゃいいのに、そんな気配もねえし♡ほんっとうに俺のこと大好きだよなあ♡」


 一応付き合っているのだから、喜充に気を使ってそういうのは控えている。アプリがあれば簡単にできそうではあるけど、やはり目下の目標はこの最高の体を抱くことなのだ。好感度の下がることはできない。


「浮気になるだろ……」

「レスなのにか♡半年もよくもつよ、それに関しちゃお前はすげえ♡俺が股を開くまで、こんな辛抱強く待ってるんだもんな♡♡」


 熊は汚れたペットボトルを谷間へと持っていき、上下にこすり始めた。先走りが毛皮に付着して汚していく様が、おれをさらに興奮させる。

 巨乳は500mlだろうとしっかり包み込み、肉の筒でご奉仕している。ここにちんぽを突っ込めたらどれだけ気持ちがいいのか、おれは想像だけで精巣を煮え立たせていた。


「本当はこうしたいんだろ♡ちんぽを俺の胸筋で挟んで、オナホみてえに使いたいんだろ♡お前が持ってるエロ動画にこんなのがあったもんな♡♡」

「う、ぐぅ……そうだよ! 変な知識ばっかり覚えやがって!」


 同棲してから少しして、おれの溜めていたエロ動画をこいつに見られたことがある。見せてくれと頼まれたから、比較的刺激の少なさそうなものを選んだはずなのだが、いつの間にか全部ばれていた。

 それからこの性悪は、こういうのが好きなんだろとおれの理性を削るようになったのだ。


 今だってそう。ペットボトルでパイズリを再現しながら、顔をかがませてキャップ周辺を舐めている。透明だからこいつの分厚い舌がまるわかりだし、そこから垂れた唾液がおれの先走りと谷間で混ざるのも鮮明だ。

 そんなものをカウンター越しに見せられて、おれのちんぽはどうにかなっちまいそうだ。


「んっ♡ははっ、まじですげえ顔♡俺に触りてえって書いてあるな♡」


 おれを掌の上で転がして、熊は悪魔みたいに笑う。自分が求められているという充足感に、愉悦が止まらないようだ。

 止まらなのはおれの手も同じ。いつもより距離が近くて、喜充のスケベな匂いも濃いんだ。今日も下半身を拝むのは無理だな、と冷静なおれがささやいた。


「それとも……こうされてえってか?♡」


 さらに熊はキャップ部分を咥え、ちゅぽっと吸い付いた。それからキャップをねっとりと嘗め回しながら、おれの反応をうかがっている。

 パイズリフェラの再現を見せられて、どうしておれのちんぽじゃないのだと意味のない憤りすら感じる。最高の雄が見せる痴態に、脳みそは沸騰寸前だった。

 

「うえっ♡」唾液をこぼしながら熊が口を離して。「さすがにお前のためとはいえもうできねえわ♡きもいし♡あとこの調子でしゃぶってると、お前すーぐいっちまいそうだしな♡♡」

「しぐさが完全にホモじゃねえか! 雄のちんぽをいらいらさせる天才か?!」

「誰がホモだよ♡お前のためにやってるだけだろ♡半年も付き合ってんだぜ♡彼氏の好みぐらい把握してるっての♡」


 本番もキスもしてくれない熊だが、さすがに半年あれば恋人の自覚は芽生えているようだ。ゲイ嫌いなくせに、おれのためにやってくれている。そう思うと、なんだ……。


「好き……っ!」

「だからきもいんだよ♡ったく、お前がそんなんだから俺が調子に乗るんだろ♡こんな気色悪いことさせやがって♡誰かにばらしたらまじでぶっ殺すからな♡♡」

「誰にも言わないから、もっとやってくれ。おれだけの喜充でいてくれ」

「はっ、相変わらず俺のことが好きすぎて頭狂ってんな♡いきそうなところ悪いが♡せっかく興が乗ってきたんだ、もうちょっと付き合ってやるよ♡おら、両手出せ♡ちんぽから離して手を向けろ♡♡」


 何をするつもりなのかわからないが、言われたとおりに掌を見せた。そこはさっきよりも汚れていて、泡立った雄臭い汁でどろどろになっている。


「まじでいく寸前かよ♡俺がオナネタとして優秀すぎるから、抱かせてやらなくてもよさそうだな♡」

「それは困る……絶対いつか抱くからなっ!」

「はいはい♡もう半年耐えたら考えてやるよ♡」

 

 喜充はおれの決意を鼻で笑って、ペットボトルの底を掌に押し付ける。汚液を掬って向かう先は熊の腋。剛毛茂るくぼみに先走りをこすりつけて、腋毛を粘液と混ぜ合わせていった。

 それを何度も繰り返していくと、喜充の腋毛はホイップ状に絡まっていく。かき混ぜる卑猥な音がこっちにも聞こえてくるから、おれは卒倒しそうなほど心臓がやかましい。


「ホモって腋好きだよなあ♡こんな汚いところのどこがいいんだか♡でも、全然足りねえな♡おら、もっときたねえ汁出せよ♡どうせ先走り漏らしてんだろ♡俺が有効利用してやるよ♡♡」

「お、お前、そんなのどこで覚えてきたんだよ……!」

「調べてやったんだ、感謝しろよ♡毎回同じ動きばかりじゃ飽きられちまうからな♡俺も彼氏のために頑張ってるんだぜ♡♡」


 軽くペットボトルで両手を叩いて催促されれば、おれはのぼせたまま先走りを溜めて渡す。まるで施しを求めるような態度だが、実際こいつの痴態が見たいと頭を垂れているのだから間違いじゃない。

 そこから掬い取られた先走りが熊の腋へと運ばれ、粘液だまりを容器の底でこすられる。性器に見立てたこすりつけをショーにされて、早くしごけとちんぽが震えた。


「きったねぇ♡ホモってこんなので興奮すんのかよ♡……って思ったが、お前の顔見てりゃ一発か♡一応聞いとくが、お前も俺の腋に鼻突っ込んで豚みてえになりたいって思うのか?♡♡」

「まあな……正直、お前の体ならどこでもいい♡」

「はぁ♡お前に聞いた俺が馬鹿だった♡そう答えるってわかってたのにな♡♡本当に俺のこと好きすぎな♡抱かせてやったら一晩中やってそうだ♡」

「一晩で終わらねえからな、覚悟しとけ!」

「ははっ、まじできもすぎ♡半年レスなくせに、まだやる気でいやがるのかよ♡♡すげえ根性だよな♡」


 ひとしきり馬鹿にして、熊は手を下ろす。そうすると、腋が閉じるときに聞こえたネチャという音が、興奮にアンプされて頭蓋に響き渡った。


「まあでも、お前はよくやってるよ♡半年も続くとは思ってなかった♡だからご褒美をやる♡筋トレでもなんでも、こういうのは飴と鞭だもんな♡」


 前傾姿勢になった喜充はカウンターに両肘とデカパイを乗せて、妖艶に口で三日月を作る。傲慢さが前面に出ている表情だが、ご褒美と聞いておれはそれどころではなかった。


「きもい彼氏の献身に免じて、一つだけ選ばせてやる♡キスか♡パイズリか♡腋コキか♡」

「え……それ、本気で言ってるのか? お前が?」

「一つだけだぜ?♡ああ、フェラはさすがに勘弁な♡ぜってえ無理だから♡」


 一瞬耳を疑ったが、目の前の熊は唇を舐めあげてじっとこちらをうかがったまま。これが現実なのだと知らしめて、喜充はおれの興奮を挑発する。


「さあ、どれにする♡俺のことが好きすぎる彼氏君はよ♡♡」


 そんなことを言われたら、選ぶのは決まっている。


「キスがいい」

「ふうん、なんでだ?♡さすがのお前でもキスでいけないだろうに♡♡」

「いや、前に喜充の話を聞いた時、女性と行為をしたことないって言ってたから、ひょっとしてキスもまだなんじゃないかと思って。だから、できるのなら、おれが喜充の初めてを欲しいんだ」

「はあ……俺の彼氏君はまじでさあ……俺のこと好きすぎなんだよなあ♡」


 しょうがないなとため息をついて、喜充はカウンターを回って近づいてくる。

 でもこいつは多分、おれがキスを選ぶことをわかっていた気がする。ペットボトルを使った挑発もブラフだったとしたら、正解を選んだことになるのだろう。こいつの人を試す癖、久しぶりに見たな。


「ったく、きめえ言い方すんじゃねえって♡ズボンはいとけよ♡汚いもん見たくねえからな♡」

「う、うん、わかったけど……ってことは……」


 慌てて下半身を隠すと、目の前に茶褐色の壁が立ちはだかる。何度も抱き着いてきたけど、こうして見上げるといつも圧倒されそうになるな。

 胸元を汚した熊はにやついたままだが、口角の動きが少しぎこちない。一緒に暮らしてきて、それくらいはわかるようになっていた。


 思えば、見抜きの最中に向かい合うのは初めてだ。いつもカウンター越しで、性を見せないようにしていたから。

 谷間の毛皮がべたついているのもよくわかるほどの距離で、緊張を隠し切れないのはおれも同じ。初めてになるかもしれないんだ、期待も不安も抑えきれるわけがない。


「お前の言う通り、初めてだよ。あれ以来、そういうのは避けてきたからな……」

「駄目だったら無理しなくてもいいって」

「無理なら自分から言わねえよ♡付き合って半年なんだから、キスくらいしたっていいだろうが♡♡壱狗は俺が何しても好きしか言わねえ変態だし♡練習相手にちょうどいいしな♡♡」


 そっと屈強な上背がかがんで、目をつむってキスを待つ。普段の生意気な表情が無くなれば、そこにあるのはおれの好みドストレートなごつく精悍な熊の顔だ。


「いいぜ♡初キスくらい、お前にくれてやる♡好きなだけ味わえよ♡」

「あ、ちょっと待ってほしい。今手が汚れてて、このまま触るとお前の毛皮が……」

「んなもんどうでもいいだろ♡どうせ胸も腋も汚れてんだ♡ここまで来て俺を待たせるのは、ちょーっと情けねえんじゃねえの♡彼氏君?♡」


 ゲイも行為も敬遠してた喜充は絶対緊張してるだろうに、悟られまいと頑張っているんだろう。なら、おれも受け止めなくちゃいけないな。

 いつもなら身をかがめたせいで強調される谷間とかに喜んでいたけど、おれが見るべきは熊の顔だけだ。


 太い顎を指で支えて、おれはそっと喜充の初めてを口でもらった。


「……んっ♡♡」


 茶色い山は一瞬だけ震えたが、示した反応はそれくらいだ。薄く目を開けると、硬く閉じた瞼のせいで眉間にしわができているのが見えた。

 だけどこいつのことだから、嫌なら離れているはずだ。それがないってことは、もっとしていいってことだよな。


 舌で唇をノックすると、恐る恐る牙の扉が開かれる。ぬるりと侵入を果たせば、驚きに飛びだした鼻息がおれに吹きかかった。


「んふぅ……おぉ♡♡」

「喜充……♡」


 両手を太すぎる首に回して抱き着いて、深くに舌を差し込んでいく。応える舌の動きはぎこちなく、本当に初めてなんだとわかる。

 激しくするつもりはない。ただねっとりと喜充の口腔内を愛撫できればそれでいい。


「んっんっ……はふぅ、おぉん♡ちゅぅ♡」


 身長差のせいで熊の口から注がれる唾液が甘美な美酒みたいだ。おれはそれを欲して、深く口づけをかわしていく。

 半年ハグと見抜きだけで耐えてきたおれが、初めて口にした喜充の粘液を燃料にして興奮を燃やしている。言い方がきもすぎる自覚はあるが、それ以上に欲望が肥大化している。好きな人とキスできて、嬉しくないわけがないだろう。


「はふっ、おおぉ♡ちゅっちゅうぅ♡♡んあぁ♡い、ちく……♡」

「ごめん♡止まんないわ♡好きだ、喜充♡んぅ♡♡」

「んうぅー♡♡んっ♡ふぅ……あふぅ♡♡」


 だんだんと甘やかになっていく声が股間に悪い。情熱的な口づけに喜充からは聞いたことないような声が漏れてくる。それが嬉しくて、いたるところにマーキングを残していった。

 

「あ、足に力入んねえから……♡もう、いいだろっ♡んちゅぅ♡はふっはふっ♡

「ぷはぁ♡」唾液まみれになった口を離して。「幸せ……♡」

「はぁー♡はぁー♡♡お前、がっつきすぎだろ……♡♡」

 

 ちょっとやりすぎたかと心配になるほど、喜充がトロンとした顔をしている。少し内また気味になって眉が下がり、困惑を隠しきれていない。どうやらずいぶん衝撃を受けているようだ。

 ひょっとしてこいつ、キスに弱いのでは……?


「喜充、エロすぎ……♡」

「う、うるせぇ……♡人の唾液を、嬉しそうに飲みやがって♡きもすぎなんだよお前……♡舌まで入れやがって……背筋ぞくぞくきて、まじで気持ちわりぃ……♡♡」


 涎を拭うこともせずジト目で睨んで熊は吐き捨てる。初めての感覚が気に入らなかったのか、その瞳は少しうるんでいた。

 いかつい顔でそんなことされたら、それだけで達してしまいそうだ。もう一度キスしたら腰砕けにできるかも。なんて衝動に駆られたが、持ち直した熊が口火を切る方が早かった。


「しかも、股間押し付けやがって……♡汚いもんがずっと当たってるじゃねえか♡♡」

「あ、ごめ……ん?」


 慌てて視線を下に落としたおれの言葉は、熊の短パンを押し上げる怒張を見て止まってしまった。喜充の脚が電柱のように太いせいで張り詰めた前面に、明らかそれでしかない形が浮かび上がっている。

 子どもが遊び半分で裾から手を入れたのだと言われても、納得してしまうほどの大きさ。それがはっきりくっきり存在を主張して、破れていないのが不思議なくらい、限界まで膨らんでいた。

 しかも先端にはシミができていて、糸まで垂らしている。キスで感じてくれたんだと、なんだか嬉しくなった。


「喜充が勃起させてるの、初めて見た……」

「はっ、恋人とキスして立たせるのがそんなに変なことか?♡それとも、感激しすぎたか?♡♡」

「後者かも……やっぱりお前は最高だわ……」


 でかすぎる。片手じゃ絶対指が回らないだろう。

 普段見抜きしてても勃起することなんてなかった熊の欲望は、雄として破格の大きさを誇っていた。肥大化なんてしてないだろうし、生まれ持ったものに違いない。生まれた時から、この熊は最高の雄だったのだ。


「きも、まじかよ♡彼氏君さあ、俺のこと好きすぎだって♡何しても言うじゃねえか♡」

「しょうがねえだろ……こんなの見せつけられたら……♡」

「我慢できねえってか♡だったらしごけよ♡俺がするのはキスだけだぜ♡そういう約束だったはずだ♡」

「お、お前はこのままでいいのかよ」

「よくはねえけど、お前に見せるのもしゃくだしな♡俺のストリップに耐えられるようになるまで我慢しろよ♡」

「ううぅ……抱きてぇ♡」


 先に見抜きからもう精巣は爆発寸前だ。しかもキスまでしたせいで喜充の匂いがおれを包み込んでいる。こいつといると、興奮の限界値をどんどん更新していってしまう。


 おれは鼻面をこすりつけ、軽いキスを繰り返し行っておねだりをする。もはやプライドも何もない行為だが、そうするとこの傲慢な男が喜ぶことを知っていた。


「頼むよ喜充♡抱かせてくれとは言わねえけど、せめて、しごいてくれたりとか……♡」

「はあ?♡んな汚いのを俺に触れってか?♡」

「……駄目か?♡」

「はあーあ♡しょうがねえ彼氏君だなあ♡ご褒美は一つだって言ってんのに♡」


 蕩けた顔から一転、主導権を握れたことで喜色満面へと戻った熊は活き活きとしている。荒々しく口を拭ってから、いつも通りにニヤリと傲慢な笑みを浮かべた。

 そして、ウエストに手をかけて引き伸ばして、濃く茂った陰毛を見せつける。


「欲しいか?♡♡」


 先ほどと同じようにパタパタと開閉させれば、そこから喜充のフェロモンが立ち昇る。それは抱き着いていたおれの顎を打ち据え、アッパーのように脳を揺らすのだ。


「い、いいのか……?♡」

「まあ、お前も半年頑張ったもんな♡俺もホモのきもさに慣れてきたし♡彼氏君のためにも、もうちょっと脱いでやってもいいぜ♡♡」

「ありがとう、喜充っ!♡♡」


 喜びのあまり鼻面にキスを送ると、ふふんと嬉しそうなドヤ顔が出来上がる。こうして抱き着いてキスしても嫌悪を出さないあたり、本当に慣れてきたのだろう。


「半年でようやくちんぽ見せるだけだっつうのに、喜びすぎだろ♡」

「喜ぶに決まってんだろ、おれはお前の全部が欲しいんだよ」

「きっも♡でも、あんなにおかず持ってたのに夢精しちまうくらいだもんな♡俺じゃなきゃ満足できねえのかよ♡♡」

「い、言わせんなよ……」


 図星だったのでつい黙ってしまった。画面越しの雄がどれだけ素晴らしかろうと、今目の前にいる最上にはまるで敵わない。この肉感を知ってしまえば、無機質なディスプレイの映像が味気なく感じられてしまう。

 抱き着けるようになってから、特に顕著になった。最近毛並みにも気を使いだしたこの熊は、おれの中で不動の一位を獲得しているんだ。


「うわ、まじかよ♡最初告白されたとき、俺しか目に入らないとか言ってたが……冗談じゃねえんだもんなあ♡♡可哀そうな奴♡ったく、俺がこんなことするの、お前だけだからな♡」

 

 太い首に回していた腕を掴まれて、導かれるのは股間だ。Lが一つや二つじゃ足りないほど太い腰回りに手が押し込まれると、ごわついた毛の奥に硬く大きな熱源があった。

 これが、喜充の……。


「おおぉ……♡」

「ははっ♡すっげえ顔♡鼻の下伸びすぎだって♡♡」


 まだ指先だけしか触れていないのに、そこから伝播した熱がおれの頭をオーバーヒートさせそうだ。弾力が硬い肉の大蛇の表面にはグミみたいな血管がうねっていて、少し押せばぐにゃりと進行ルートを変えたのが分かる。

 そのまま掴んでしまいたいのに、握られた腕にはその決定権がない。喜充は言葉をなくして逸るおれを眺めて楽しみ、巨根をビクンと震わせた。


「言っとくが、当然こういうのも初めてだからな♡ちゃんとリードしてくれよ、彼氏君♡♡」


 茶化すように念を押して、熊はおれを開放する。

 腕はまるで予定調和をなぞるようにズボンを下ろし、のたうっていた興奮を起立させることを選ぶ。するとそれは瞬時にいきり立ち、全貌を明かりの下に晒した。


「うわ……」


 半年付き合ってきて、おれは喜充のちんぽがでかいことは知っていた。

 いや、知っていたつもりだった。

 短パンを押し上げるふくらみのでかさや、動くときに追従する形から、かなりの物だろうとあたりを付けていた。


 だが、本物は想像を超えている。

 成人男性であるおれの手じゃ到底握りきれないような幹に、赤子の握りこぶしは優に超えそうな亀頭。長さも申し分なく、喜充の一物は雄としてのトロフィーそのものだった。


 陰毛の茂みからそそり立つ剛直は、やはりどんな映像よりもずっと素晴らしい。先走りから醸される雄熊の匂いもあって、これ以上のおかずは存在しないと断言できる。


 おれが呼吸すらも忘れて見入っていると、ふと、頭上からつぶやきが降ってきた。


「立ってる……」

「ああ、すごいなこれ♡やっぱりお前は最高だ……♡」

「ふはっ♡きもすぎなんだよ♡んで、彼氏君はこれをどうすんだ♡♡」

「……もっと見てていいか?」

「きっも♡」


 こいつの罵倒は了承の意だ。おれが何をするでもなく勝手に短パンを脱ぎ捨てれば、体躯に見合ったふぐりが解放され、玉の形を浮かべて垂れ下がる。

 脚も筋肉の塊だから太ももの股間は狭く、金玉にとって窮屈だろう。袋は前へと押し上げられており、身じろぎするたびに玉がゴロゴロ揺れているのがわかる。


 喜充が何も言わないのをいいことにおれはしゃがみ、まずは玉を握ってみた。

 やはりそれは大きく、同時に持とうとすると零れ落ちてしまう。柔らかくなった袋で二玉を軽く揉むと、頭上から鼻息の催促が聞こえた。


「んふぅ♡がっつきすぎだろ♡雄の玉握って喜んでんじゃねえよ♡」

「好きなんだからしょうがないだろ……初めて触るんだ、我慢できねえ……♡」

「はっ、こりゃご褒美をあげすぎたかもな♡まあでも、いいぜ♡もっと触れよ♡♡」


 雄熊は恥じることなどないと全裸のまま胸を張り、おれにちんぽを見せつける。確かにこの肉体美と巨根なら、そこらの雄に劣ることなどないだろう。

 恐る恐る手を伸ばし、一物に指を当てる。血流を増した強直はすさまじい熱を孕んでいて、火傷するんじゃないかと錯覚するほどだ。幹を握れば何度もひくつき、早くしごけと怒られているようだ。


「でっけえぇ……♡」

「彼氏君よりでかいだろ♡俺の方が体もでかくて雄として優秀なのに、お前は本気で抱くつもりなのか♡♡」

「当たり前だろ。おれはお前みたいな最高の男を抱きたくてたまらないんだよ」

「ふうん、叶うといいな♡お前程度に組み敷かれる俺じゃねえけど、夢を見るのは自由だもんな♡」


 あからさまな挑発を繰り出されるが、言ってることはもっともだ。喜充ほどの体なら、おれ程度あっさり払いのけられるだろう。

 だけど今はこうして触ることを許されている。一物は脈動して雄々しく、ずる剥けになった亀頭からは鈴口の中までうかがい知れた。こんな近くまでよれば当然喜充が香り、陰毛に鼻面を突っ込みたい衝動が燃え上がる。

 青臭さの中に雄熊が混ざるフェロモンの発生源は魅力的だが、喜充に嫌われたくない一心で何とか耐えた。見せるだけでも初めてなのに、フェラなんてしたら何を言われるのかわからない。


「彼氏君さあ、俺のちんぽ見すぎだって♡体がどうとか言っときながら、ちんぽしか見てねえじゃん♡」

「悪い、すげえ最高だったから……こんなに最高だとは思わなかった」

「きっも♡正直すぎるだろ♡でも、しごかなくていいのかよ♡このまま夜を明かすなんて、さすがにごめんだぜ♡」 


 リードしてくれなんて言葉、すでに頭から抜けていた。目の前にはあれほど見たかった喜充の強直がそそり立ち、雄臭を振りまいているのだから。

 人のちんぽを見るのも初めてではないのに、喜充の造形美に目を奪われてしまう。隆々とした体にふさわしい一物は、合わせて最高の魅力を発揮していた。


 待たせていたというのに、喜充は自分の体でおれを魅了できているのが嬉しいのか、にやにやと口をゆがめてご満悦だ。わざとらしく一物を震わせれば、鈴口からにじんだ汁が糸を引くのもよく見えた。


「ほーら、よく見ろよ彼氏君♡ホモ野郎相手にこんな見せびらかすこと、お前じゃなかったら絶対やらねえんだぜ♡♡」


 それから熊はおれから一歩引いて、見せびらかすために体をそらしてポーズを決める。リラックス状態だった肉体が一気に硬く膨れ上がり、まるで筋肉が爆発したようだ。毛皮のハンデなどものともしないキレのよさは、ストイックな喜充だからこその栄光だった。

 だけど、ボディビルを卒業した喜充は減量などしていないので、目の前にはただただでかい肉の塊があるだけ。より大きくを追求した肉体は、おれを圧倒してやまなかった。


「すげえ……」


 思わず漏れたつぶやきに、熊は得意気に鼻息で返す。友達も少ないこいつは人に体を見せる機会がない。だからおれの賞賛をどん欲に求め、特等席へと肉体を披露し続けた。カウンター越しで見るよりずっと、この熊の圧は素晴らしい。


「おいおい♡せっかく見せてやってんのに、掛け声の一つもねえのかよ♡」

「やっぱりお前はおれの最上だ……」

「きっも♡」


 サークルで鍛えたポージングは絵になるほどだが、やはり飛び出た一物がエロさを際立たせる。えくぼを作ってなおでかい尻肉の存在もあって、おれはしごけばすぐにいってしまうのがわかっていた。この幸せな時間を終わらせるのは忍びなく、手が悩んでしまう。

 そんなおれを確認して、喜充はポージングを止めて向き直る。もともと露出の好感度が4もあるためか、その赤らんだ顔からは興奮がうかがえた。


「とっとと抜いちまえよ♡それとも、やっぱり俺にしごいてほしいのか?♡」

「……いいのか? さすがに駄目だと思ってたんだが、できるなら頼みたい」

「しょうがねえ♡半年頑張った彼氏君をねぎらってやるよ♡♡」


 勃起したまま喜充はソファへと座り込み、おれを呼ぶ。むき出しになった肉体の吸引力には逆らえず、誘蛾灯に吸い寄せられた虫みたいにふらふらと近寄った。

 

 隣に腰を下ろすと熊の手がおれを抱き寄せ、毛皮に埋めてくる。興奮した喜充は熱く、密度の高い肉から心地よい弾力が伝わっていた。


「俺は今機嫌がいいんだ♡どうせならもっと俺のことを好きにさせてやるよ♡」

「なにを……っ!」


 さらに動かされ、気付けば喜充の膝に乗ったうえでソファに横たわっている。熊はおれの背中に手をまわし、成人男性の体重を片手一本で支えながらすまし顔をしていた。やはりおれ程度は軽いらしい。

 そんな腕のたくましさに惚れ惚れするが、それ以上に、間近でたわむ巨乳に視線を奪われてしまう。でかすぎて熊の顔が隠れるほどの張りと、綺麗な色をした乳首があまりにも目に毒すぎる。


 これって、俗に言う授乳手こきの体勢じゃ……。


「え、ええぇ……いいのか……?」

「いいもなにも、お前がしごいてくれって言ってきたんだろ。この体勢が楽なんだよ♡」


 この反応、絶対わかってやっている。現に、雄熊の巨乳を前に硬度を上げた一物が、無遠慮に指ではじかれるんだ。それでも気持ちよくなってしまうから、喜充は意地悪い顔で覗き込んできた。

 

「がっちがちじゃねえか♡俺よりちいせえくせに、硬さだけは一丁前だな♡」

「さっきから興奮しすぎて鼻血が出そうだよ……まさかお前にこんな体勢でしごいてもらえるなんてさ……♡」

「お前にしかやらねえからな♡勘違いすんじゃねえぞ♡お前がなっさけない顔でちんぽ立たせて俺に興奮してるから♡興が乗ったんだよ♡」

「前までは汚いもの見せるなって言ってたのに、すごい進歩だな……♡」

「はっ、お前の勃起は俺のことが大好きってアピールだろ♡なら可愛がってやらねえと可哀そうじゃねえか♡お前の小さいのを見ても、俺も萎えなかったしな♡慣れてきたんだろうよ♡♡」


 確かに尻にはこいつの巨根がごりごりと押し付けられている。この体勢だと喜充は気持ちよくないだろうに、精神的優位を取ったのか。

 もしかして、このデカマラを感じさせることで、おれにウケをしろと暗に言っているのかもしれない。筋肉で抱きながらちんぽを押し当てる、雄としての格の違いを知らしめるには十分だ。

 だがいくらこいつの方がでかくても、それは譲れない。悪いがいつか絶対に抱くからな。


「いつか絶対抱く……!」

「なんだよ急に♡俺のことがもっと好きになったみてえだな♡早すぎ♡単純すぎてきもいんだよ♡♡本番はこれからなんだぜ♡」


 おれの劣情をアピールだと受け流し、熊はグローブのような手で肉棒を掴んだ。


「うあっ♡」

「うえっ♡ぬるぬるじゃねえか♡きっも♡」


 おれも別に小さいわけではないが、喜充の手がでかすぎるだけだ。仕事柄様々なものを持ち上げているせいか掌は硬く、それこそ岩肌を思わせる。営業職とは全く違う感触で、おれは今本当に喜充に握られているんだと実感が湧く。


 熊は親指で亀頭を押し込みながら、敏感な部分を滑らせる。興奮しすぎたせいで先走りが大量に出ているため、すでに股間では粘着質な音が鳴っていた。


「きたねえな♡先走りだしすぎだろ彼氏君♡この調子じゃ、すぐいっちまいそうだな♡♡おらっ♡おらっ♡男の手こきでいっちまえよホモ野郎♡♡」


 卑猥な音は喜充が腕を動かすといっそう強くなる。自分だと絶対やらないほど荒々しい手つきなのに、ローション代わりの先走りと、喜充にしてもらっているというシチュエーションがおれを際限なく興奮させるんだ。


「き、みつ……♡ちょ、それ、強いって……すぐ、出るから……♡」

「いいじゃねえか♡こんな汚いのしごいてやってんだぜ♡早く出してくれた方が俺のためだろ♡♡」

「でもおれは、もっと、あっ、こうしてたいから……♡」

「なら頑張って耐えるんだな♡彼氏君♡♡」


 無理だ。どれだけ下腹部に力を込めたところでこの快楽は逃がしきれない。

 足をぴんと伸ばして感じるおれは、荒れ狂う快楽に翻弄されている。体をゆすっても熊の腕は盤石で、ひねることすらできない。

 授乳手こきというともっと母性溢れる行為を想像していたが、行われているのは搾精に近い。喜充はおれをいかせるためだけにしこっており、情緒など皆無だった。


「喜充っ、あぁ、ほんとに、いくから……♡まって……♡」

「ははっ、なっさけねえ顔♡♡男前が台無しじゃねえか♡」


 しかも目の前では喜充の乳がたぷたぷ揺れていて、乳輪も汗で艶めいている。毛皮のない突起は小さく、普段はいじってないんだろう。ホモを毛嫌いしていたせいで、触るのも忌避していそうだ。

 にやつく顔と清楚な乳首の組み合わせは視覚の暴力だ。発達した胸筋の雄々しさに見合わないほど可憐な突起を前に、おれは涎があふれてきた。


「物欲しそうな目しやがって♡これが欲しいのか、ん?♡♡」


 わかっているくせに、喜充はわざとらしく胸筋を震わせておねだりを強要してきた。筋肉のついた胸だけに許されるアピールは確かに効果的だ。しかも顔を寄せてきたおかげで、震えるおっぱいに殴られてしまう。

 力んで引き締めてから緩めると、霜降りが降ってくる。顔に当たればむっちりとした肉がしなだれかかる様は、まるで餅を投げつけられているかのようだ。


 喜充はからかっているつもりだから、屈辱を感じるべきなのかもしれない。でも、気持ちよくしごいてもらいながら、あまつさえおっぱいを押し付けられているんだ。喜びが強いに決まっていた。

 

「はんっ♡こんなことされて嬉しいのかよ、変態♡俺の胸で窒息させてやろうか♡」

「それはいいかも……喜充がこんなにしてくれて、おれは嬉しいよ……♡」

「言っただろ、俺は機嫌がいいんだ♡彼氏君のきもさに免じて、少しくらいサービスしてやる♡♡」


 なんでそんなに機嫌がいいのかはわからないが、おれにとっても喜ばしい。こうして授乳手こきされるとは、半年前は想像もできなかった。

 少し前なら見るのも嫌だったおれの一物を、ぐじゅぐじゅとしごいてくれるなんて。それこそ昔のおれだったら夢を疑うレベルだ。


「まっ、これでも半年付き合ってんだからな♡汚いちんぽだって触れるってもんだ♡♡」


 だけど喜充は汚いと言いながらも、しごき続けてくれている。力は強いが、この体から考えれば丁寧な方だと思う。泡立った先走りがこぼれてきても、熊は手を止めたりはしなかった。

 この調子じゃパイズリも腋コキも、選んだらやってくれたんだろうな。試されていると思っていたが、本当にただのご褒美だったのかもしれない。


「どうだあ、お前の彼氏が頑張って手こきしてやってんだ♡とっとといっちまえよ♡」

「喜充、気持ちいぃ……♡はうぅ♡」

「ふはっ♡だらしねえ顔♡そんな間抜け面晒しても愛想をつかさねえ俺に感謝しろよ♡」


 喜充の言う通り、多分おれは緩み切った表情をしてると思う。

 全裸で抱き合うのすら初めてなのに、最高の雄である喜充のたくましい横乳に顔をうずめながら手こきされてるんだ。汗が強まることで立ち昇る熊の香りは雄独特なものだが、半年近くにいてくれたことで興奮と安らぎを同時に沸き立たせるものへと変わっている。

 そんな香りと筋肉に包まれて、幸せの絶頂と言っても過言ではない。


 とはいえ、さすがにもう限界が近い。喜充は遠慮などしないので、この幸せの終わりはすぐそこまで来ていた。


 だったら悔いを残さないようにと、おれはとっさに顔を上げて、喜充の乳首へと吸い付いた。


「んおおぉっ♡♡はっ、我慢できなくなっちまったかぁ♡ガキみてえにしゃぶりやがって♡きもすぎだろ♡♡」


 味なんてしない皮膚なのにおれは熊の乳首に興奮を見出し、あまつさえ一心不乱に吸い付いている。少しだけあった汗はすぐ唾液に代わり、毛も口に入り込んでくる。

 だけど太い体に抱き着いて、少しでも喜充が気持ちよくなれるようもう片方の胸を揉みながら乳首を愛撫した。


「うぉっ♡♡ホモだろうとおっぱい好きなのは変わらねえんだな♡んっ♡べ、別に乳首とかいじったことねえんだ♡好きにしゃぶればいいさ♡♡」

「あっ、ちゅぅ……♡」

「んっ……♡ははっ、必死すぎだろ♡彼氏君がきもすぎて、萎えちまったじゃねえか♡」


 そう言えば、尻に当たる硬い感触はいつの間にかなくなっていた。この体勢を取ってくれたとはいえ、少し盛りすぎたかもしれない。


「ぷはっ♡ご、めん……夢中になりすぎた……♡」

「あ?♡真に受けんなよ♡別にお前のせいじゃねえんだ♡……まあ、確かにちょっと言い過ぎたな、詫びに好きなだけしゃぶっていいぜ彼氏君♡♡」


 なんて言いながら、今度は自分から胸を押し付けてきた。意味がわからなかったが、密着する肉厚とちんぽの快楽でそれどころじゃない。

 絶頂間際になったおれはもうリードなんてできなくて、馬鹿みたいに胸に吸い付いている。反対で揉みこむ手も歯止めがきかなくて、女性にしたら痛がられそうなほどの力が加わっている。


「ははっ♡もうそろそろだな♡いっちまえよ……おぉん♡ちっ、胸、ちょっとまずいかもな……♡こんな感じになるのかよ♡」


 どれだけ強く揉んでも、筋肉だるまの熊にはまるで効かない。それどころか少し感じてもいるらしい。キスにも弱いし、将来有望だ。


「嬉しそうな顔してんじゃねえよ♡どんだけ胸で感じさせても、立たねえからな♡これで終わりだよ♡いっちまえ♡おらっ♡おらっ♡」


 掛け声とともにパンプアップした腕が上下し、湿った音を鳴らす。硬くなった掌は粘液によってちょうどよい凹凸になって、自分でするよりも断然気持ちいい。

 喜充が鍛え上げた太い腕でしごいてくれている。ジムで腕の筋トレをしている時、血管を浮かべて隆起している姿が思い起こされた。おれよりずっと重い物を持ち上げるくせに、今はおれのちんぽを握っている。あの太い腕で、握りつぶせそうな力をセーブして。


 そう考えると精巣が煮立つ。限界だ。

 しこる手はおれを追いつめ、ついに終わりの時が来た。


「喜充……もう、もうっ!♡」

「いいぜえ♡きたねえザーメン、盛大にぶっ放せよ♡」

「いくっ、い――――」


 それから先は、言葉にならなかった。

 膨れ上がった興奮が尿道を駆け、間欠泉のように吹き上がる。膨大な射精に体はのけぞって、股間から見えない糸で引っ張られているかのようだ。

 精液が我先にと鈴口からあふれ、尿道を圧迫している。ちんぽはまるでポンプのように何度もしゃくりあげ、精子を放り投げていた。絶頂の感覚から、相当濃いものを出しているはずだ。


「うわっ……すげえ……♡」


 びゅくりびゅくりと吐き出されるザーメンを前に、熊があっけにとられていた。金玉もでかい喜充が驚くほど、おれの射精には勢いがあった。頭上を越えた精液が降り注ぎ、茶褐色の毛皮に絡まって糸を引いていく。


 おれは何か叫んでいるかもしれないが、強すぎる快楽のせいで認識できていなかった。脳内は処理落ちして、白いスパークで視界が点滅している。そんな視界の中で、じっとおれの射精を観察していた喜充が、精液のついた指をおもむろに咥えたのは見えていた。


「うえっ♡まじぃ……♡こりゃフェラは無理だな♡こんなの飲めねえわ♡♡」


 舌を出して嫌そうな顔をする熊だったが、それでもたびたび指を舐めていく。おれの射精に当てられているのか、それとも苦手を克服したいストイックさから来ているのか。判断はできないが、動作はまさしく蜂蜜を舐める熊そのものだった。


 時間感覚すら白くなって、ようやく落ち着いてきたころには体力が根こそぎ減っている。おれは肩で息をしながら、自分の性臭と熊の体臭が混ざった空気を取り込んだ。


「はあ……はあ……♡」

「出しすぎだろ、彼氏君♡そんなに俺の手こきがよかったのかよ♡」

「すげえよかった♡最高♡」


 存分に出したので、おれは満足感に満たされている。体を起こしてソファに座り直し、熊に体を摺り寄せると、少し汗ばんだ毛皮の下で筋肉がまだ火照っているのを感じる。

 そこから漂う喜充の匂いは心をじんわり温めてくれるので、賢者タイムと相まってこのまま眠ってしまいそうだ。興奮してる時は燃料にしかならないのだけど、落ち着いていると愛おしさが湧き上がってくる。


「嬉しそうにしやがって。ご褒美をあげすぎたかもな」


 寄りかかるおれを横目で見ながらため息をつく喜充だが、どく気配はない。着替えることもせず、性の残滓を纏ったまま、安穏とした時間だけが流れていく。

 だから少し視線を下げれば、喜充の萎えてもなお存在感を示す一物が太ももの溝に乗っているのが映る。太すぎるこの腿肉に隙間なんてものは存在しないので、分厚い皮から覗く割れ目からトロトロ汁がこぼれているのだって見えているのだ。


「見てんじゃねえよ。まだやる気かよ」

「いや、改めてでかいなって……」

「でかすぎても邪魔なだけだぞ。筋トレ中もたまにお前みてえな奴がチラチラ見てくるのがいて、うぜえんだよなあ」

「贅沢な悩みすぎる……」


 そりゃこの大きさが歩くたびに弾むんじゃ、見るなという方が難しいだろ。実際今ガン見してるし。

 邪魔とか言いながら、視線をくぎ付けにできたことで喜充はご満悦だ。自分から体を寄せてもっと見ろと発破をかけてくる……のはいいんだけど、あまり近寄ると胸がでかくて見えないんだわ。


「はんっ、触りてえってか?」

「喜充、まだいってないだろ。今度はおれがやるよ」

「いい。多分もう無理だからな」

「無理……?」


 首をかしげると、熊は目をそらす。そういう気分じゃなくなってしまったんだろうか。

 まあ、もともとホモ嫌いだったし、手こきも機嫌がよかったからしてくれただけで、興奮が冷めたらこんなものかもしれない。


 それでもいかせてくれたことに感謝はしているので、何も言わずに手を握ろうとして、ふと思いとどまった。


「手を握りたかったけど、まだ洗ってないしなあ……」


 あれだけ出すとは自分でも思わなかった。おれも喜充も、体のところどころには精液が付着していて、部屋の中が性臭で満ちていた。

 手は乾き始めた精液で汚いし、喜充は絶対に嫌がるだろう。こうして肩を合わせるくらいが限界だと思う。余韻が落ち着けば、そそくさと後片付けを始めるはずだ。


「はあ、救えねえ奴」


 いつもの罵倒はやわらかく、熊の武骨で大きな手がおれと重なった。


「いいのか? 今汚いけど」

「俺も一緒だって。どうせ風呂入るんだし、構わねえよ」


 掌を合わせる際に指の間におれの指を滑らせると、熊は何も言わずに受け入れてくれる。そのまま握れば、喜充の太い指も応えて握り返してくる。半年前は許されなかった恋人つなぎは、思ったよりあっさりと実現できてしまった。

 

「いいんだ」

「何がだよ」

「恋人つなぎ」

「お前は俺の彼氏じゃねえのかよ」

「それもそうか」


 どうやら覚えていなかったようだが、おれは素直に嬉しいという気持ちを込めてぎゅっと握った。


「寒くねえのかよ」

「まだ大丈夫。暖房効いてるし、喜充は暖かいし。シャワー行く?」

「お前から行けよ。人を湯たんぽにしてんじゃねえ」

「どうせなら一緒に入るか?」

「はっ、調子に乗りすぎだ。あんな狭いところに二人も入るわけねえだろ」

「背中流すよ。喜充は筋肉ありすぎて腕を回すの大変じゃん」

「ブラシあんだろ……まあ、もう全身見られちまったし、今更か」


 好きにしろと言いたげにため息を吐いて、顔を正面へとずらす。ソファの前に置いたテレビは消えていて、恋人らしく身を寄せ合うおれらが映っていた。

 本当は早くシャワーも片付けも終わらせて、明日に備えないといけない。そんなこと、ストイックな喜充なら当然わかっているだろうに、次に出た言葉は全く違うものだった。


「……今年の年末、実家に帰ろうと思ってる」

「ああそうなんだ。じゃあおれもそうしようかな」

「あそこクビになってから帰ってねえんだけど、まあさすがにそろそろな……」

「え、そうなの。もう何年も会ってないってことか……?」

「クビになった経緯が経緯だから、言いづらくてな……仕事は辞めたってことだけは言ってるけど……それに、帰って顔見たら余計なこと言っちまいそうだったし……」

「甘えるの下手すぎか? 速攻で帰ればよかったのに……あんまりこういうの聞くのもなんだけど、仲がよくない、とか?」

「そんなことはねえよ。今でもたまには顔を見せろって言われてる。でも、速攻で帰ってたら、俺はここにいねえぞ」

「それは困る……けど、たまには帰ってあげなよ」

「だから年末帰るって。今はやってることもあるし、それも報告しねえとな」


 今喜充は栄養の勉強をしている。トレーナーとしての勉強の一部ということで始めたのだが、意外と本人は気に入っているようだ。

 リビングの片隅には、喜充が使っているノートやらが綺麗にまとめられている。ああいうところにも本人の真面目さが出ていた。


「トレーナーになるのか?」

「確かにそっちも勉強してるけど、別にトレーナーになりたいわけじゃねえ。どうせなら勉強した方がもっと効率よくなるってだけだ。どちらかというと、栄養学の方が楽しいな」

「それちょっと意外なんだよな。喜充は栄養なんて取れればいいって感じで、サプリとかばっかりだっただろ」

「誰かさんがあんな飯をうまいうまいって食ってるのが可哀そうでな。栄養のことがわかれば、もうちょっとましなもん作れるだろ」

「つまり、おれのためってことか……?」


 喜充は何も言わずに、口をへの字に曲げたまま無言を貫いた。多分言うつもりなんてなかったんだろうな。ゆったりとした空気に気が緩んで、うっかり出ちゃったのだろう。

 でも聞いてしまったものはしょうがない。嬉しくなって頬の緩んだ顔が、不機嫌な顔と一緒にテレビの黒い画面に並ぶ。

 

「きもい顔してんじゃねえよ」

「だって嬉しいんだからしょうがないだろ」

「ちっ、口を滑らせた。忘れろ」

「ごめん、ちょっと無理。じゃあおれも一緒に勉強しようかな。喜充にいいもの食べてほしいし」

「そうしろ。お前の食事、いつもカロリー高すぎなんだよ。増量期とはいえ、もうちょっと加減しろ」


 それでも手はつないだまま、憮然とした熊はおれの方に寄りかかってきた。重いけど、この重さが心地いい。

 荒く鼻息を吹いて不機嫌アピールをする熊だけど、立ち上がる気配はまだない。だからおれも体の汚れとか無視して、今は喜充と時間を共有しよう。


 それだけで、今は幸せだった。


****


 季節は巡って、春が来る。相も変わらず、おれの隣には大きな熊がいた。


「喜充ー」


 緩い口調で隣に座る熊に抱き着くと、ふわふわの毛皮と硬い筋肉の山を感じる。ソファに座って酒を飲んでいる熊はめんどくさそうに一瞥するが、すぐに興味を無くして映画に戻っていった。

 酒の肴にと選んだ無難な映画だったが、喜充は案外気に入っているようだ。


「お前、酔うと本当にうざいよな……酒なんて持ってくるなよ」

「上司が昇進祝いにくれたんだ、断れねえよ。だからお前も消費するのを手伝え」

「飲んでるじゃねえか。お前よりな。今日で飲み切るぞ、毎晩こんなことされたら付き合いきれねえ」

「こんなことって……こんなことかあ?」


 大胆になったおれの手は薄いシャツの中へと潜り込み、雄とは思えないほど膨らんだ胸を揉みほぐす。リラックス状態の胸筋は手に吸いついて、やわらかい餅を揉んでいるような気分になる。

 しごいてくれた日から関係性が一歩進んで、胸を揉ませてくれる頻度も増えた。裸を見せ合うことに忌避もなく、喜充は鍛え上げた肉体を惜しげもなくさらしてくれるから、おかずはすべてこのたくましい肉体になっていた。


「でかすぎる……あーやっぱりお前は最高だ」

「ちっ、止めろ、きもいんだよ。映画が見れねえだろ、酔っ払いが……とっとと寝ろ」


 酔いすぎな自覚はある。告白した時より酔ってるけど、今はもう見せて困る本心もないので、遠慮なく飲めるってもんだ。

 付き合いたての頃には手が出ていただろうが、今は舌打ち一つで済ませてくれる。だいぶ慣れてきたんだろうけど、これ以上はさすがに怒られる。酔った頭でもそれくらいの分別はあった。

 だからおとなしく離れてから、隣に座り直して手を握る。こうして指を絡めた握り方をすると、どうしても嬉しくなってしまう。


「喜充ー愛してるぞ。一生一緒にいてくれ」

「はんっ、もうすぐ一年になるってのに、変わらずきもいなお前。抱けもしねえ男に執心しすぎだろ」

「でも、ちょっとずつだけど進んでるだろ。パイズリもキスもしてくれてさ……でもなんか、これでいいかもって思ってきたわ」

「ようやく諦めたか。まあ、よくもった方だが、それでも一緒にいろってか……ほんっとにお前は俺のこと好きだよなあ」

「諦めた……のかもな。今すげえ幸せだし、お前に嫌われるくらいならこのままを選ぶぞ。お前以上の男はいないんだからな」

「きも」


 付き合いだしてそろそろ一年だ。最初同棲しだした時はこんなにうまくいくとは思わなかったが、今はしてよかったと断言できる。家に帰ると最高の男がいる。これ以上のことはない。

 始まりこそ絶対に抱くと息巻いていたが、無理に喜充の気分を害してこの幸せを壊す必要なんてない。最近はそう考えている。

 しばらくは好感度操作アプリも開いてないし、このまま喜充と暮らしていければ、おれはそれで充分な気がしていた。握った手の温かさを、おれはもう離せない。


「お前が待ってると思うと、仕事も頑張ろうって気になるんだ。おかげで昇進もできたし、やっぱりおれにはお前が必要なんだよお」

「酔うとまじできもい。どうせ見た目だけだろ……って言いてえけど、さすがにここまで来ると相性がいいんだろうな、不本意だが」

「運命ってやつだな」

「くさいしきもい。映画に感化されてんじゃねえよ。俺の運命の相手がお前とか、勘弁願いたいもんだ」


 ちょうど映画ではようやく結ばれた恋人が熱烈なキスをしているところだった。酔ってるせいで内容はあんまり頭に入っていないが、クライマックスらしい。

 けどそんなことより、おれもキスがしたいという感情が強くなる。緩い声で熊を呼べば、うざったそうな視線が返ってきた。


「喜充、キスしてくれ」

「はあ……しょうがねえ彼氏君だな」


 胸倉をつかんだ喜充はおれを引き寄せて、粗暴な口づけを送る。だけど、荒いのは最初だけで、おれが首すじに抱きつくと力を抜いて受け入れてくれるから、二人の間から言葉が消えた。

 喜充はキスに弱いので、舌を差し入れるとすぐ離れてしまう。だから唇だけをくっつけて、音にならない感情を注ぎ込むことに終始した。


「ふん」ややあって熊が顔を離し。「満足したかよ。酒くせえキスなんて、何がいいんだか」

「おれは好きだぞ」

「はいはい、お前は俺なら何でもいいんだろ。この酔っ払いが、いったん横になれ。お前のせいでいいところ見逃しちまった」


 リモコンで巻き戻しながら、熊は自分の太ももを叩いておれを呼ぶ。枕にするには太すぎるし硬すぎるのだけど、それ以上の魅力が詰まっているから遠慮なく頭を預けてしまう。

 男らしい太ももはパンパンで、お世辞にも寝やすいとは言えない。短い毛皮が頬に刺さるのも拍車をかけているが、そんなこと気にならないくらい上機嫌だ。かなり酔ってるな。


 それからぼーっと映画を眺めていると、酒を飲み終えたらしい喜充がぼそっとつぶやいた。


「特段面白くもねえし、ただただ恋愛描写がくどいだけの映画だったな。今時こういうのはやんねえだろ」

「そうなのか、熱心に見てたからこういうのが好きなんだと思ってた」

「はっ。んなわけねえだろ、ただ見始めたから最後まで付き合っただけだ。もうちょっとましな映画選んでこいよ」


 茶化すようにおれの頭をぽんぽん叩いて、つまらなさそうに吐き捨てる。


「お前みたいな肉欲一筋には、まったく合わねえ映画だったな」

「失礼な。それはお前にだけだぞ」

「変わんねえよ、きしょいなあ。そのくせ、抱かせてねえのに一緒にいてくれって……あーあ、俺もきもい奴に捕まったもんだ」

「二度と離さねえから、覚悟しろよ」

「はいはい。きもいきもい」


 言葉のわりに優しい手つきをして、喜充はテレビを切った。そろそろ片付けようとする雰囲気を頭で押さえつけて、もうちょっと時間を共有しようとせっついた。


「そうだ、一年経った記念にさ、どこか旅行とかどうだ?」

「……どこ行くんだよ」

「お前の生まれになんかいいとこある? 案内してくれよ」

「はっ、もう案内できるほど覚えちゃいねえよ。適当に温泉地でも行きゃいいだろ」

「あーそれもいいな。喜充にはお世話になってるから……」


 幸せにまどろんでいると、眠気が強くなっていく。アルコールだけじゃなく喜充との雰囲気がおれを心地よい空気で包んでくれるから、視界がゆっくりとぼやけてしまう。

 頭にのせられた手を取って、掌を指で取り留めもなく押して遊ぶ。ごつく硬い手は酒に酔って熱くなっている。手慰みで指を絡めてみても、熊は何の反応も示さなかった。


「最近料理もおいしいし……こうして触らせてくれるし……」

「寝るならベッドに帰れ。片付けはしとくが、貸しだぞ」

「お前がいてくれて本当に良かった……愛してるぞ、喜充」

「ばーか、知ってるから何度も言うんじゃねえよ。そろそろ一年……よくもつよなあ」


 やがて手慰みもできないほど睡魔が強くなったおれの頬を、喜充がつついてきた。


「寝たか……? たく、なんで酒飲もうって誘ってきたやつが寝落ちかましてんだよ」

「ごめんぅ……」

「起きてんのかよ」

「……」

「いや、半分寝てんなこれ。しょうがねえな」


 てっきりこのままおれをソファに寝かせて片付けをするのかと思ったけど、熊は動かなかった。ぼやける視界では、考え込む喜充がテレビに反射するだけ。

 それから少し間があって、誰に聞かせるでもなくしゃべりだす。


「……知ってるとは思うが、この前実家に帰って、きちんと話してきたんだ。あんなことがあったなんて、なかなか言えなかったからよ」


 そっとおれの耳が武骨な指でくすぐられる。聞いてほしいなのか、聞かないでほしいなのか、どっちかはわからなかったが、熊の独白はお構いなしに続く。


「そしたらかなり驚かれたよ。言ってくれればいいのにって、母さんなんか泣いちまってさ。俺……意地張ってたんだよな」

「んぅ……」

「聞いてんのか? まあ別にこんな話覚えてなくてもいいさ。お前には関係ねえしな。そんで、戻ってこいって言われたんだけど……結局帰ってきちまった。ははっ、素面の時にはぜってえ言わねえからな。お前調子に乗ったらきもいし」


 まどろみに注がれるつぶやきは記憶にとどめておきたいのに酔いがそれを許さない。何とか目を開けたいのに、熊の掌が温かいから睡魔がやかましい。


「サークルの時のダチとかもさ、あれ以来連絡してなくて……はあ、こんな落ちぶれたとか絶対知られたくねえって意地張ってたんだ。けど、中にはトレーナーやってる奴もいたから、話を聞いてもらってな。そしたら手助けするとか言ってくれて……」


 見えはしないのだけど、多分、今の喜充は苦笑してる。

 声に自虐の色が強くて、でも優しい音をしてるから。


「やっぱ性格悪いって損だよな。壁作ってもいいことなんてねえや」


 付き合ってそろそろ一年。喜充の中で、何かが変わったのだろうか。

 おれはわからないけど、この一年で前に進んだ感じがした。

 それが嬉しくて気分よく微笑むおれの頭を、大きな掌が滑る。くすぐったいけど心地いい。普段とは全く違う、優しい手つきだった。


「俺も酔ってんなあ……こんな馬鹿なことべらべらと。おい、聞いてんのか? 聞いてたら笑い飛ばしてくれてもいいんだぜ。そしたらぶん殴ってやるからよ」


 何か言わなくちゃと思うのに、言葉は何も出てこない。意識がもうろうとしてるのもあるけれど、多分喜充は聞かれたくないだろうから、全部酔いの中に混ぜ込もうと思ったんだ。

 なのに、喜充の口は止まらない。おれが完全に寝たのだと思い、そっと優しい言葉を落とした。


「――――愛してる」


 何を言われたのかわからなかった。おれは酔っているし、都合のいい夢を見たんじゃないかとすら思っていた。

 だけど、頭上で噴き出した熊は何がおかしいのか、体を揺らして笑いをこらえていた。


「ふはっ、きもいなあ俺……こんな奴に惚れるとか、ホモかよ……はあーあ」


 おれを起こさないように声を抑えているけれど、それでも喜充は嬉しそうだった。


「一年前はホモと付き合うとか絶対にごめんだったのに、今じゃこれだもんなあ。お前のせいだぞ。責任取れよ」


 つん、つんと頬が突かれる。素面だったら勇んで全責任を取ると豪語できたけど、今はうめくことしかできなかった。でも喜充にとってはそれでよかったのかもしれない。


「お前がずーっと俺のこと好きすぎるから、こいつならいいかもなって思っちまった。あんなことがあってからセックスできなくなって……会社もクビになっちまって……俺は筋トレしか取り柄のねえ男だったんだ。少なくとも、俺はそう思ってた」

「き、み……」何とかしゃべろうとしたけど、それは届かない。

「あんときの俺、終わってたよな。お前がトレーニングしてる時の重さを見て、俺より下だって鼻で笑ってたんだぜ? 今思えば、それでしか俺は自己肯定できなかったんだろうな」


 たった一年前を思い出しながら、やれやれと首を振ってからおれの頭をゆっくりとどかす。そのままおれを抱えて立ち上がる姿を薄目で見れば、温かい視線を注いでいた。

 不機嫌な顔でも、嫌味な顔でもなく、はにかんで嬉しそうな顔。愛おしいと、表情だけで語るような顔だった。


「だけどお前は、そんな俺でも好きだって言ってくれた。見た目を、俺の唯一の取り柄を全力で肯定してくれた。だからあの告白、当時のオレからすりゃ本当に悪くなかったんだ。うっかりホモになっちまうくらいにはな」


 確かに前は体だけだと言っていたけど、今はそう思わない。喜充にはいいところがたくさんある。

 なんて言いたいのに、言葉は出ない。そうしている間にも喜充はおれを部屋へと運び、ベッドまで連れて行ってくれた。おれの部屋のベッドはかなり大きいもので、面積を圧迫している。少し前に喜充と一緒に寝ようと思って買ったのだが、使用実績は皆無だった。


「きもいことばっか言いまくったな……やっぱこいつの前で酒飲むのは駄目だわ。絶対調子に乗る。ただでさえきもいのに」


 マットレスへと丁寧に置いて、布団をかけてくれる。だけどおれはどうしても言いたかったから、まどろみを振り切って手を伸ばす。


「ん……なんだよ。行くなってか。俺の彼氏君は寝ててもわがままだよな」

「喜充……」

「はいはい、ここにいるよ。まあ……少しだけな」


 山のような巨体が布団をめくり、中に入ってくる。とたんに巨大熊の体温で温かくなったから、睡魔の勢いが増していた。


「本当に馬鹿だよなあ。俺のためにってこんなバカでかいベッド買いやがって。だから俺はセックスできねえってのに」

「喜充……す、きだ……」

「わかってるよ。今更だろ、それ。何回言えば気が済むんだか。俺の彼氏君はさあ……」


 布団の中をもぞもぞと動く山はおれに覆いかぶさり、わずかに漏れていた明かりからも隔離されてしまった。

 熊はその体躯でおれを抱き隠し、ぎゅっと抱きしめる。今までされたことない抱擁は、やはり夢のようであった。


 筋肉でみっちりと覆われる経験は得難く、限界まで膨らんだ体は重さをかけないようにしているおかげで苦しさはない。むしろ喜充の匂いに包まれる幸福が嬉しくて、このまま時間が止まればいいと願った。


「ベッドなんて、お前が寝てる時じゃねえと入れないんだ。起きてると無理だ。あの時が蘇って動けなくなっちまう」

「夢か……これ……?」

「はんっ、寝てても俺のこと好きすぎだろ。現実だよ。お前は覚えちゃいねえかもだけどな」


 そこでようやく、鈍った頭は勃起が当たっていることに気が付いた。喜充は何度も鼻面を押し付ける軽いキスを繰り返して、まるで前戯のように興奮をくすぶらせている。

 

「前に初めてちんぽ見せた時、俺勃起してただろ? 自分でも驚いたよ。このくらいはいけるんだって、自分でもわかってなかったんだからな」

「んうぅ……」

「だから調子に乗って、試してみちまった。思えばあん時から、お前に対してはホモへの気持ち悪さなんてもん、ほぼなかったんだよな」


 確かあの時、喜充は機嫌がいいと言っていた。セックスができないと思っていたのに、勃起していたことが嬉しかったんだ。だからしごいてくれたんだと、半年越しの疑問が氷解した。

 あの時途中で萎えたのは、過去に縛られたからなんだろう。多分、性行為に近づくと駄目なんだと思う。


「できるのなら、俺だってお前とやりてえよ。お前がずっと抱く抱く言ってきやがったせいで、心構えだけはできてるんだぜ。ちんぽだって俺の方がでけえのに……しょうがねえ彼氏君だ」


 熊は素面ではできなかったことを、酒から力を借りて存分に行っていく。おれの前では絶対に出さなかった発情に表情をほてらせて、鼻を毛皮に潜らせた。

 首筋に顔をうずめ、腰を躍らせながら荒い呼吸を繰り返す。おれは見たことのない喜充に興奮を募らせて、酔いがどんどんと覚めていくのを感じていた。

 ようやくお前にいいところがたくさんあるんだと言えるようになったのに、機会は完全に消失している。多分ここで声をかけたら、二度としてくれなさそうだ。


「はあ、俺きもすぎだろ……。こいつが起きてないだけまだましか。起きてたら絶対うるさかっただろうしな」


 おれが寝ていると思っているからこそ、抱きしめてくれる。おくびにも出さなかったせいで考えていなかったが、こいつが受けた心の傷はおれの想像以上だったのだ。

 本当は思いっきり抱きしめたい。セックスなんていいからそばにいてくれと、お前がいてくれるだけでいいのだと叫びたい。


 けど、こいつはおれとしたがっている。


「……やべえ、出さねえと寝れなさそうだ。今日は……後ろでいいか」


 布団から出た熊は股間を膨らませて、しまったと言いたげな声音でつぶやいた。確かにあれは一発出さないと……って今なんて言った?! 後ろ?!

 おれが目を閉じたまま動揺していると、喜充は耳元に口を近づけてくる。酔いがそうさせるのか、大胆にささやいた内容はさらに困惑させるものだった。


「まあ、なんだ……セックスなんてしなくていいとか言ってくれたのは嬉しいが……俺はお前としたいんだよ。だから後ろの開発中なんだぜ♡彼氏君♡」


 ……思わず叫びそうになった。つまり今から喜充がする一人遊びは後ろを使うってことで、部屋に押しかけたらそれが見れるってことで……。

 布団を出てくれていてよかった。そうじゃなかったら勃起で狸寝入りがばれるところだった。

 喜充は聞かれているとも知らず、熱した声を出す。普段は絶対言わないことだから、この機を逃すまいと心に刻むために耳を澄ました。


「俺とのセックス、諦めんなよ♡」


 こいつが求めてくれるなら、おれだって諦めない。

 そう硬く心に誓った。


****


 やはり大事なのは初志貫徹だ。おれの目標はあの最高の体を抱くこと。

 喜充の気持ちを確認した今、止まる必要なんてない。

 決意と共に起きたおれはソファに座り、久しぶりに好感度操作アプリを立ち上げて喜充の自由項目の欄に『セックス』と打ち込んだ。


「ま、-10……!」


 ゲイより低いのか。ゲイの方が好感度上がってきたから、こっちは見なくても大丈夫だと思ってが、そんなことはなかったんだ。むしろこっちが本命まである。

 しかもやはりロックがかかっていて、操作を受け付けない。だからこのアプリ、制限が多すぎだって。

 ちなみに喜充の好感度自体はいつの間にか8に上がっていた。あの告白を聞けば納得だけど、やっぱり嬉しかった。


 んー、-10なのに喜充はおれとやりたがってる……。それってつまり、『おれとのセックス』は別ってことか?

 

 試しに打ち込んだらこっちは4と出た。想像よりやりたがってくれてて、感動してしまった。喜充は確かに、おれを好いてくれている。だったらおれも諦めてなんかいられない。

 今、喜充の中では性行為が-10で、おれとであっても差し引き-6程度と仮定しよう。確かにこれじゃあ本番は無理だよな。

 

 ロックを外すにはきっかけがあればいいんだろうけど、どうしたものか。


「頭いてぇ……くそ、飲みすぎた……今日が休日でよかったぜ……」


 寝起きで乱れた毛皮をした熊がリビングへとやってきた。シャツとパンツだけのラフな格好だが、雄々しい筋肉のおかげでいつみてもかっこいい。今は眠そうに半眼をこすっているが、それも愛嬌があってよし。

 

 でも、いつも通りの顔をしているが、昨日アナニーしてたんだよな……。あんな山みたいな体で、おれの顔よりでかい尻を使って……。

 とか考えると勃起しそうなので、妄想を振り切って挨拶を投げておく。


「お、おはよう喜充。寝坊とか珍しいな」

「お前の代わりに酒を消費したからな、片付けもしてたし……あっ!」


 何か気付いたことがあるのか、喜充はこちらをジト目で睨んできた。大体想像がつくけどさ。


「お前、なんか覚えてることねえか……?」

「ん、なんのことだ?」

「昨日の夜……いや、なんでもねえ。覚えてないならいいんだ」

「なんかしたのか?」

「なんでもねえって。気にすんな」


 慌てて会話を打ち切って、身支度をするために洗面所へと去っていった。酔った勢いでかなりいろんなことを暴露したから、思い出して頭を抱えているんだろう。

 ごめん、本当は大体覚えてる。でも言ったら記憶が飛ぶまで殴られそうだから黙っとくな。


 喜充がいない間にアプリを操作して、ロック解除の方法を探す。きっかけ以外にも何かないのかよ。操作アプリって銘打ってるくらいなんだから、あってほしい。


『ロックを解除したいのに、相手との接点がない。そういう時は経験値を使おう! ロック強度に応じて経験値をつぎ込めば、強制的に解除できるよ!』


 これだ、すぐさまロックをタップしてみると、確かに必要経験値という表示が出てきた。


「……けど、全く足りねえな。あいつ、そんなにセックスが駄目だったのかよ……」


 -10の固定でロックまでかかっているんだ、心の底から無理なのだろう。

 となると毎回抱きたいと詰め寄ったおれって、本当にノンデリだったんだな。今更になって特大ブーメランが頭に刺さっている気分だ。申し訳ないことをした。

 それでもおれとのセックスが4って、喜充がかなり心を許してくれていることに嬉しくなる。後ろもほぐしているようだし、ここさえ乗り切れば喜充とつながれるに違いない。


 だけど必要経験値からすれば、おれの手持ちじゃ微々たる足しにしかなっていない。まあ喜充にしか使ってないし、上げたのも最初の顔見知り程度までとハグを4にしただけだもんな。


「これじゃあ喜充の自由項目を全部使っても足りないし……他の人から稼ぐしかないか……」


 かといって、今更喜充以外と恋人になったりセックスしたいかと言われると首を横に振る。もうおれの目にはあの熊しか映っていないのだ。


「だから、好感度上げるとしてもマイナスの物をゼロに……嫌いなものを普通くらいにしていくしかないか……取得経験値は少なくなるが、それなら迷惑もかからないよな」


 アプリの対象人数は増えたが、まだ足りない。もっとこのアプリを使って、クエストをこなし、経験値を稼いでいかないと。


「お前、朝飯食ったのか?」


 洗面所から戻ってきた喜充が話しかけてきた。毛並みは整って艶を放ち、動きもきびきびしている。どうやらきちんと眠気も洗い流してきたようだ。


「あ、まだ。片付けてくれたお礼におれが作るよ」

「んじゃよろしく。まだちょっと頭いてえんだよな」


 とか言いながら朝ごはんとは別にプロテインを作り出している。もはやこの熊にとって筋肉育成はルーチンワークだ。本人はこれしかないとか言っていたけど、それでもここまでストイックにできれば大したものだと思う。


「喜充」


 キッチンまで行って、大きな熊に抱き着いた。

 もはやこれくらいなら日常なので、喜充はシェイカーを振りながら反応すら示さない。腕がまわりきらないほど太い体をぎゅっと包んで、覚悟を決める。おれは絶対にこいつとセックスをするんだ。


「朝の充電にしちゃ、いつもより長いな。お前も二日酔いか?」

「好きだ」

「知ってるって。何度言や気が済むんだよ。お前は俺のことが好きすぎるホモ野郎。今更すぎるだろ」

「セックスしよう」

「……だからできねえっつってんだろ。まだ酔ってんのか。てか、昨日諦めるっつってなかったか?」

「お前を見たら、前言撤回したくなった。おれはやっぱり、お前とやりたい」

「はあーあ、結局そうなるか。俺のことが好きすぎてきもいって。いいから早く飯作れよ」


 ここで不用意に粘ると夜に聞いてたことがばれるので、このくらいで引いた方がよさそうだ。本当ならお前のいいところがあるんだと力説したいし、責任はとると豪語したいところだが、あの夜のことを今は秘め事にしとくべきなんだ。

 やる気をチャージするために腕に力を込めたが、喜充はどう受け取ったのか、おれを胸から引きはがして顎を持ち上げた。


「ったく、しょうがねえな」


 しぶしぶといった体裁で、熊は顔を傾けて唇を合わせた。

 あいさつ代わりの軽いものだったが、昨日あんな言葉を聞いてしまえば何気ない仕草にも嬉しくなる。それだけおれらの関係が親しくなったことの表れなんだ。

 おれがセックスを諦めないと知ったからか、熊は心なしか機嫌がよさそうだ。シェイカーを持ったまま、おれの頭を軽く叩いた。


「ほら、もういいだろ。とっとと飯にしようぜ」

「わかった……愛してるぞ喜充」

「はいはい、きもいきもい」


 プロテインをあおりながらリビングに戻る熊の背中を、そしてムチムチに揺れる尻を見て、谷間の奥で熟れている穴を思った。

 あそこはもうおれのために整えられている。ホモなんてと言いながらアナニーまでして期待してくれている喜充を、裏切ることなんてできるわけがない。


「……待っててくれよ」


 コンロに火を付けながら、おれは覚悟と性欲を燃やした。


****


『今日ジム行くか?』

「ごめん、今日は会社の人とご飯行く予定」

『わかった』


 喜充からのメッセージに返信して、仕事に向き直る。これをできるだけ早く終わらせて、できるだけ早く帰ろう。

 目標を定めてから、経験値稼ぎのためにおれは友好関係を広げようと一生懸命だった。アプリに新規を登録しても、解放されている自由項目の欄は一つだけ。やはり、喜充の時みたいに好感度自体をあげなくてはいけないようだ。

 しかも、あの2刻みにある好感度上限は毎回あるため、上げるには泥臭く付き合っていかなければならない。結局誰を登録してもやること変わらないとか、制限多すぎだって。

 だけど裏を返せば、上限を開放すればクエスト達成ボーナスとして経験値がもらえるから、今のおれにとってはありがたい。


 なので、最近はいろんな人と交友を持つよう意識していた。


「でもまだ経験値は半分かあ……先は長いな。けど、喜充のためなら……!」


 よし、と気合を入れて営業先への資料作りを開始する。好感度稼ぎの行動が増えたことで、人当りもいいと言われることが増えた。昇進したことで成長したのだと上からの評判もいい。

 全部彼氏とのセックスのためなのだが、あえて訂正する必要はないだろう。おれの行動基準はいつだってあの熊だ。


 そして仕事が終われば、人付き合いだ。

 好感度のためというのもあるが、やはり仕事仲間の人柄を知るのも大事だろう。いつもなら直帰してジムなり家なりで喜充と一緒だったせいか、最初は同僚からもいぶかしがられた。

 このアプリがあれば、相手の好きなものや嫌いなものが事前にわかる。調べる手間はかかるが確実に会話を運ぶことができるのだ。

 好きなものや嫌いなもの、それにまつわる話から、おれは相手に好感を持たれようといろんな角度から話を進めていく。好感度のため、というのはやはり不誠実な気がするので、できるだけ相手に合わせようとは思う。

 だからどうしても時間は過ぎて行ってしまうのだけど。


「つ、疲れた……」


 これらが終わって家に帰れば、体力も気力も使い果たした残りかすがうめいているだけで、将来を期待されている営業マンの姿はどこにもない。

 夜も遅くなっているから、大きな熊の姿も見えなかった。喜充は筋肉のために生活習慣を確立させているので、最近は会えないこともしばしばある。誰もいないリビングのソファに腰掛ければ、無性に悲しくなってしまう。


「うぅ、喜充……」


 いつもみたいにあの巨体に抱き着いて、一緒にたわいもない話がしたい。

 おれはそれだけでいいのに。けど、それだけじゃ足りないから、頑張らないといけないんだ。


 幽鬼みたいな足取りで浴室へと向かい、会えない熊に郷愁を募らせる。


 最初は好感度操作で喜充をやり捨てようとしてたけど、今はそんなことをしても無意味だと思うようになった。こんなに愛されて嬉しいのは、喜充の本心だからだ。操作して得た愛情を同じように見ることは、おれにはもうできない。

 だから、このアプリを使うことに対しても、罪悪感を覚え始めている。喜充のセックスに対するトラウマを払しょくするには必要かもしれないけど、これでいいのかと自問自答している自分が確かに存在していた。


「本当はさ、カウンセリングとかで地道に行くのがいいんだろうけど……」


 あのプライドの高い熊が、性行為のためにカウンセリングを受ける姿が想像できない。以前それとなく勧めたけど、すげなく断られてしまった。付き合った当初より落ち着いてきてはいるから、もう少しすれば聞いてくれそうだけど、どうしたって時間はかかる。

 ロック強度は嫌いの感情に直結しているようで、おれとしてもカウンセリングとかで強度を下げてくれた方が楽だ。けど、おれにできるのはサポートとこのアプリしかないから、結局は頼るしかないんだよなあ。


「ばれたら絶対嫌われるよな……でも、消すと操作した感情が全部戻るらしいし……」


 そうなったらまた嫌われるかもしれない。上げたのは最初だけとはいえ、2も減ったら恋人じゃなくなってしまう。おれはそれが怖い。

 なんだかんだ言いつつも、結局はおれの都合なんだと突き付けられる。軽い気持ちで手を出したアプリだけど、こんなことになるとは思わなかった。


「喜充は自分のことを性格悪いとか言ってるけど、おれの方がやってることがくずなんだよなあ」


 なんてことを優しくされるたびに考えてしまう。どうやらおれは悪党に向いていないらしい。

 だからセックスのロックを外したら、このアプリを消そう。

 あの晩告白を聞いてから、ずっと考えていたんだ。それで好感度は下がるかもしれないけど、喜充とは素直な気持ちで付き合いたい。


「よし、それじゃあ頑張らないとな」


 シャワーを浴びて明日の準備をして、それだけで家での時間は終わる。

 おれは広いベッドにもぐりこみ、いつかここに喜充を呼ぶことだけを目標に眠りに落ちていく。


 そうしてまた慌ただしい一日が始まるのだ。


「今日は残業だから、先ジム行っといて。仕事終わったら一人で行くから」

『わかった』


 というメッセージは送ったけど、実はそこまで仕事があるわけではない。明日に回して帰っても、怒られることはないだろう。

 わざわざこんなことをしたのは、ジムに行く時間をずらすため。その時間帯に来る人と会うことで好感度を稼ぐ作戦だ。


 やはり会社の人だけではどうしたって限界があるし、営業先の人は定期的に会えないので好感度が稼げない。

 だから何度も顔を合わせることができる場所と考えたら、ジムになってしまう。喜充と一緒だとおれがべったりくっついてしまうから、交流の時間が取れない。なのであえて時間をずらしていた。


 仲良くなれそうな人を見極めるのは案外簡単で、アプリに登録しておれの好感度を見てみればいい。

 なんとなく嫌いなら-1くらいで、普通なら0、なんとなく好きなら1くらいは稼いでいたりする。たいていは0だから1の相手を探すのも大変なのだが、その分楽に好感度を稼ぐことができるので、ジムではスマホが手放せなくなっていた。


「喜充にばれたら、また真面目にやれって怒られるんだろうなあ……」


 でも、今は喜充の声が聴けるなら怒られてもいいとは思っている。それくらい飢えてる。一人で行くジムのさみしさよ。たまに喜充が集中したいからと一人で行くことはあるので、慣れるのを待つしかない。


 なんて考えてぼーっとしていたら、話していたジム仲間がきょとんとした顔を向けてきた。


「どうした?」

「ああ、悪かった。器具の使い方だったな……」


 虎の男は最初から好感度が2だったから、声をかけたらあっさりと仲良くなれた。前々から喜充と通っているおれに興味があったらしい。

 そりゃあのジムの王様みたいな男と急につるみだしたら、あいつの性格を知っている常連は何事だってなっても不思議じゃない。おれが会話を受け持っているおかげで喜充の嫌味な性格が鳴りを潜めたと、感謝すらされていた。


「……ていう感じで使うとより負荷がかかるんだと」

「なるほどなあ。それは意識してなかったわ」


 虎は喜充ほどではないが、そこそこいい体をしている。なんでも社会人チームでスポーツをしているのだとか。喜充ほどではないが、筋肉は膨れ上がり四肢を太くたくましくしている。喜充ほどではないが。


 こうしてしたり顔で話している知識だって、喜充からもらったものだ。あいつはおれと一緒にジムに通う間に、いろんなことを教えてくれた。それはここにいる人らにとっては大事な情報になる。

 喜充ならどんなことに注意したか、喜充ならどうしたのか。一年過ごしたことで得た経験も使って、好感度を稼いでいく。騙しているようで気が引けるが、その分丁寧に接しようと決めている。


「これもあいつから教わったものか?」

「そうだよ」

「あいつ、体だけはすごいからなあ。筋トレの方法も詳しいだろうよ」

「気になるなら今度直接聞いてみたらいいんじゃないか?」

「絶対無理だね。おれがここで器具使ってるのを見て、鼻で笑ってくるんだぜ? お前があいつの気を引いてなかったら、そろそろキレてたかもしれねえ」


 なにも否定できない。去年の喜充はそういうところがあったし、おれもそれに腹を立ててやり捨てようとしてたので。

 でも今はそんなことをしないし、人当りも少し、ほんの少しだけよくなっている。実家に帰ったりといろいろあって、成長してるんだろうなと思う。この虎もおいおいそれがわかってくるはずだ。


「お前のおかげで最近調子いいしよ、よかったら晩飯行かねえ? おごるぞ」

「悪いけど、明日早いからそろそろ切り上げる予定なんだ。また今度誘ってくれ」

「あいよ。確かに疲れてそうだし、早めに帰った方がいいぞ」


 おれは仕事終わりのメンタルに鞭打って、営業で培った笑顔を絶やさず会話を続けていたつもりだったが、どうやらほころびが生まれてきてるらしい。

 やはり誘いに乗らなくてよかった。酒とか入ったらかなりやばいことになってただろうな。喜充にも外で飲むなと言われてるし、自分でも駄目だとは思っている。


「はあ……疲れた……」


 そして家に帰れば、歩くのもやっとの出がらしが完成する。あいさつを受ける人がいないこともあって、おれのただいまは疲れたに置換されていた。確かにこれは笑顔で隠し切れないだろうな。

 結局指導まがいのことばかりで、自分の運動があまりできなかった。まあ好感度は上がったからいいか。

 さてシャワーはジムで浴びたからまずはご飯を……今日も冷食でいいかな……。


「おい」


 声をかけられて顔を上げれば、不機嫌丸出しになった熊がソファに座っていることに気づいた。


「あれ、喜充……遅いね、もう寝てる時間じゃ……? 大丈夫なのか?」

「人の心配より自分の心配をしろ。ひどい顔してるぞ」

「そうかな、これでも喜充に鍛えられてるから体力はあるつもりだよ」

「はあ」


 空元気で対応したらため息一つで返された。どうやら今のおれは虚勢すら張れないらしい。

 喜充はさっさと立ち上がってキッチンに入ると、手慣れた様子でコンロに火をつける。どうやら作り置きがあったようで、てきぱきと食器を並べていった。


「飯は作ってあるし、風呂はお前が食ってる間に沸かす。とっとと済ませて寝ろ」

「え、手厚いけど、シャワーはジムで浴びてきたぞ?」

「いいから、湯船につかれ」

「……本当にそんなひどい顔してるか?」

「はんっ」鼻で笑ってから少しして。「……心配かけてんじゃねえよ」

「ごめん……」


 そうして並べられた料理はどれも質素ながら美味しそうで、去年作っていた栄養だけを考えた男飯とはまるで違う。栄養学を学んだことで、喜充は料理のバリエーションに幅を持たせることができるようになっていた。

 ありがたく合掌してからいただくと、心が満たされていく感じがする。無我夢中で食べている間に、喜充は風呂の準備をしてから戻ってきた。

 

「仕事、大変なのか?」

「うんまあ……」

「そうか、昇進したもんな。飯食って頑張れ、ほどほどにな」

「ありがとう、美味いよ」

「そりゃそうだろ。お前は昔作ったあんなのでも幸せそうに食うくらいだからな」

「喜充がおれのために作ってくれたから」

「きっも。ここまでいつも通りだと、逆に頑張りがいがねえよ。もっと美味そうに食え」

「でも本当に美味しくなったよ。幸せ……」

「美味そうに食えとは言ったが、そこまでされると引くわ」

「言ってることめちゃくちゃだなお前……」

 

 いつものやり取りだけど、おれらはどこか落ち着いた声音だ。こうして日常を話していると、やっぱり心が満たされる。


「片づけはしとくから風呂行け。溺れるなよ」


 何から何まで世話になって、お風呂から上がった時にはだいぶ落ち着いていた。こうして考えると、メンタルも結構来てたっぽいな。

 どうやら喜充も同意見だったようで、顔を覗き込みながら頷いた。


「……まあ、まだましな顔になったな」

「さっき風呂場で鏡見たけど、死人かと思った」

「だろ? そんなのが夜中にふらっと帰ってくるんだぜ。ホラーかよ。ほら、早く寝ろ。どうせ明日も忙しいんだろ」


 それから有無を言わさずベッドに押し込まれそうになったから、せめてハグくらいはと思って両手を広げると、でかい熊は自分から抱きしめてくれた。

 分厚い肉感に少しゴワゴワしているけど柔らかい毛皮、そして喜充の匂いに包まれると、途端にひどい眠気が襲ってきた。安堵したとたん力が抜けて、今手を離されたら崩れ落ちるかも。


「喜充ぅ……」

「はいはい、お疲れさん。ベッドまでは自力で行けよ」

「一緒に寝てくれ……」

「甘えてんじゃねえ」


 おれが起きてる時は無理ってわかってたけど、口をついて出てしまった。

 だっておれはそのために頑張ってるんだ。もっと経験値を溜めたらきっと、喜充だって応えてくれるはずだ。


「ごめん、喜充の気持ちも考えずに……」

「あ? 別に嫌ってわけじゃねえよ。ただ無理なだけだ」

「うん、知ってる」


 それからよろよろとベッドまで付き添ってもらって、無駄に広いベッドに倒れこむ。買った時は喜充を呼ぶんだと意気込んでいたけど、こうして一人で入るとさみしさがすごい。転ばぬ先の杖というか、やっぱり捕らぬ狸の皮算用になってる気がする。

 だけど、広いシーツは冷たいが、そばに熊がいてくれるから寒くはない。それが嬉しいから、まだ頑張れる。


「ありがとう喜充。お前がいてくれてよかった」

「臨終みてえなこと言ってんじゃねえよ。明日はやらねえからな」

「わかってる。迷惑かけてごめん。明日は寝てていいから」

「だから、そうじゃねえって……ああくそっ」


 なにか齟齬があったのか、熊はもどかし気にいらだちを吐き捨ててから、唐突に布団にもぐりこんできた。

 一気に温かくなったベッドは快適だが、それ以上におれは驚きを隠せない。-10で固定された好感度はトラウマだろうに、喜充は同衾してみせたのだ。


「もっと近づけよ。お前が小さくて隙間ができちまってるだろ」

「喜充がでかすぎるんだって……でも、大丈夫なのか?」

「なにがだよ。お前とベッドに入るくらいわけねえって。変なことしたらぶん殴ればいいだけだろ」


 あの夜嘆いた独白をおれが聞いたと喜充は知らない。でも、薄暗い中でも口元が引き締まっているのがわかるし、眼球の動きにも落ち着きがない。これを見れば喜充が無理をしているのは明白だった。

 セックスじゃなければ大丈夫なのかと思ったが、やはりそんなことはなさそうだ。喜充にとって同衾は、あの時を想起させるものでしかない。


「無理しなくていいんだぞ」

「はっ、何が無理だよ。きもいお前を抱くことか? それこそ今更すぎるだろ、問題ねえよ」

 

 胸に抱き寄せられると、心臓の鼓動が撤退の太鼓を鳴らしているのが聞こえる。背中に回された腕もこわばっているようで、掌は背筋の上で不安気に逡巡していた。

 このまま喜充が不調になるのは忍びない。だから抱擁から逃げようとするのだけど、熊の力強い腕から逃れることはできなかった。


「なんだよ、一緒に寝てくれって言ったのはお前の方だろ。嫌だったかよ」

「そうじゃなくて……喜充はこういうの、駄目だと思ってたから……」

「疲れてるくせに気をまわしてんじゃねえよ。おとなしく寝とけ。このまま寝れるもんならな」


 喜充の腕は脚同様に枕とするには不適格だ。いろんなところが盛り上がっていて、人が寝るための形になっていない。

 でも巨大熊の体温はおれの疲れによく効いていく。付き合って一年弱、初めて一緒に入るベッドに頬が緩んでしまうのもしょうがないだろう。おれが横になっているせいでつぶれた胸筋に顔をうずめると、でかい手がさらに押し込んできた。

 薄着とはいえ、肉感は十分わかる。むしろ毛皮が押さえつけられている分、それは直に弾力を伝えて、筋肉の大きさを知らしめるのだ。


「時間が合えば、明日から一緒に寝てやってもいいぞ。お前が早く帰ってこれればな」

「……ひょっとして、明日はやらないって、だから早く帰って来いって意味だった?」

「……」

「不器用過ぎないか?」

「うっせえよ。文句言うなら出てくぞ」

「駄目、ここがお前の居場所だから」

「きっも。お前はすぐ調子に乗るよな」


 最近は毎晩寝る前に自分を鼓舞してなんとか乗り切っていたけど、今はそんなことする必要がない。ただ喜充の傍でぬくもりを感じながら眠るだけでいい。

 それに喜充は無理をしているから、おれが寝さえすればもうちょっと楽になるはずだ。多分だけど、顔を胸に押し付けたのも起きてるかどうかを見なくて済むようにだと思う。性行為を前に逸る瞳を向けられるのが駄目なんだろうな。


「喜充、ありがとう」

「大したことじゃねえだろ。俺が何も言わなくても、お前は勝手に抱き着いてくんだから」

「そうかな……でも、これで明日も頑張れるよ」

「安い男がよ。ちょろくて助かるぜ。最近避けてんじゃねえかと思ったが、これじゃ気のせいだったな」

「もしかして、浮気してると思った……とか?」

「はあ? 俺以外の誰がお前に付き合えるよ。それに、あんな顔して帰ってくる奴が浮気してるわけねえだろ。なんだ、嫉妬でもしてほしかったのか、彼氏君がよぉ」

「ちょっと。でも俺は喜充一筋なので安心してほしい」

「はいはい、俺のことが好きすぎてきもいきもい……嫉妬する必要ねえだろこれ」


 トラウマを押し通してまで抱きしめてくれたのだ、お礼くらい言いたかった。それでもおれらは結局いつも通りの会話になってしまう。けど、それでいい気がした。

 そんなやり取りをしているうちに、背中で震える手は落ち着いてきたようだ。これは性行為の挟まらないただの添い寝だと、納得させることに成功したのだろう。おれを抱きしめながら出す声は、とても落ち着いていた。


「はんっ、こんな状態でも手を出す元気もねえのな。いいことだ、寝ちまえよ彼氏君」

「なんでそんな挑発するんだよ。抱くぞ」

「そん時はベッドから蹴落としてやる」


 緊張してるくせに、プライドは高いから挑発しちゃうんだろうな。萎えても重量感のあるものが足に当たっているから、こいつが望んでいないことくらいわかっている。

 呼吸するたびに喜充の匂いが心を満たしていく。さっきといい、いつものハグと違って喜充が抱き返してくれているのだが、本人は気付いているのだろうか。


 うっかり胸や腹を触らないよう縮こまって、大きな熊に包み込まれる心地よさを噛みしめる。次第に言葉はなくなっていき、眠気がまぶたを縫い付ける。


「おやすみ、喜充」

「おやすみ、壱狗」


 おれらは一塊になって、夜をまたぐ。

 不慣れな熊がしっかり寝れるといいけど。なんて懸念はすぐに睡魔によって立ち消えてしまった。


****


 仕事も好感度稼ぎも大変だが、あれから喜充と一緒に寝られるようになった。

 相変わらず終わる時間は遅いが、喜充が寝るギリギリくらいには帰宅できるようにしている。おかげでいろんなことを集中して片付けられるので、効率はむしろ上がっていた。添い寝の効果恐るべし。

 

 このままおれとの同衾に慣れてくれれば、セックスへの忌避感も薄くなるかもしれない。喜充も積極的におれのベッドにもぐりこんでくるから、多分同じことを考えている。傲慢でプライドも高い男だが、ストイックなのでこれも訓練と思ってそうだ。


 忙しいことに体も適応しているのか、前ほどきつくは感じない。もちろん喜充のおかげだ。あの肉体に包まれて眠ると、やる気が湧いてくるから。

 なので何かお礼がしたい。最近晩御飯とかも任せっきりだし、感謝の気持ちを伝えるべきだろう。

 でも、あの喜充だしなあ。食事は計算されてるから、ふいにケーキとか買っても絶対喜ばない。花とか酒とか論外だろうし、じゃあなんだよってなる。前までは筋トレで自尊心を満たしてたみたいだけど、今は落ち着いてるからケーキとかでも喜んでくれる可能性はある……けどなあ。

 

 喜充は記念日とかには興味ないって言ってたけど、おれとしてはもうすぐ付き合って一年だから何かしたい。旅行なら予定とか有給とかそろそろ動き始めないとまずい……けどそんな余裕がない。ただでさえ仕事と好感度とで私生活が圧迫されているんだから。


 なんて頭をうならせながら、自分でタスクを増やしている。喜充には死人みたいな顔するくらいなら寝ろ、と怒られることも増えているが。やはりお礼を伝えないと気が済まないんだ。


「よっ、今日も一人か?」


 今日も喜充とタイミングをずらしてジムに行くと、ロッカールームにはすっかり顔見知りになった虎がいた。ちょうど今から筋トレをするのだろう、ラフな格好にはまだ汗などもなかった。


「そうだけど、別に喜充と毎回一緒ってわけじゃないだろ」

「そりゃそうだ。付き合ってるわけじゃねえしな」


 実は付き合ってるし、もうすぐ一年。

 幸せな日々を過ごしているよ。


 とはもちろん言えないので、会話を受け流そう。着替えようとロッカーに手をかけるが、虎の続けた言葉によって縫い留められてしまった。


「あいつアプリやってねえだろ」

「アプリ……?」


 まさかこいつも好感度操作アプリを持ってるとか?

 確かにおれのところに来た理由も不明だから、身近な人が持っていても不思議じゃない。その可能性について、今まで全く考えてこなかった。

 でも、それをおれに言うメリットは何だ? 何が言いたいんだ?


 なんて混乱をよそに、虎はスマホを差し出してきた。ぎこちなく覗き込むと、とたんに力が抜ける。


「これだよ、これ」

「ああ……」


 それはおれのようなゲイが出会いを求めるために使うアプリだった。おれにとってアプリとはもう好感度操作の方で馴染んでいたから、かなり面食らってしまった。

 スマホにはおれのページが映っていて、体の一部も載せているせいで直接見ればすぐにおれだとわかるだろう。喜充と付き合っている今は不要なもので、最近は全く使っていなかったし存在も忘れていた。喜充にばれる前に消しておこう。


 だが、瞠目する態度も驚愕と受け取ったのか、虎はにやっと笑って距離を詰める。喜充の物とは違う制汗剤に紛れて、虎の男臭さが鼻に突く。嫌いではないが、あの熊と添い寝しているおれが求めるものではない。


「なので、お前のことは前から知ってたんだよ。メッセ送ってもよかったんだけど、お前最近ログインしてなかったし、直接話した方がいいかと思ってさ」

「ああ、そういうね。今晩したいと?」


 だから最初から好感度が2もあったのか。おれはようやくその理由に気が付いた。

 確かに同族だっていうのがわかってれば、顔見知り程度にはなるだろう。おれから声をかけてきたこともあって、チャンスがあると思わせてしまったのかもしれない。


「駄目か? おれは別にタチでもウケでも両方楽しめるんで、好きな方でいいぞ。話してていい感じだし、きっと楽しめると思わねえか?」


 そう言って迫る虎は雄としての自信に満ちている。

 確かにいい体してるし種族柄顔もいい、両方こなせるなら人気があるのもわかる。たくましいスポーツマンでもあり、話してる感じも悪くはない。こうして直接持ち掛けてくる豪胆さもあれば、遊び相手には困らないだろうな。


 けどおれは至上の雄を知ってしまったので、何も考えずに首を縦に振ることはない。あの筋肉だるまに比べれば、ちょっとボリューム不足だ。


 なのに、好感度のためにも乗った方いいと悪魔のささやきが聞こえてきた。必要経験値はあと少しなんだ。ここでセックスをしておくことで、喜充との行為も近づくと考えると、悪くないかもしれない。


 ……んなわけないだろ!

 おれは脳内で具現化した悪魔を思いっきり蹴り飛ばす。


 駄目に決まってる。浮気だぞそれは。

 ここまで頑張っているのは何のためだ。喜充とこれからも長く付き合うためだ。ここで喜充の気持ちを踏みにじることはできない。

 あの晩、愛してると言ってくれた熊を裏切るなんて、絶対にしたら駄目だ。


「あのさ……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど――」


 好感度を下げないよう、なんて言ったものかと考えあぐねていると。


「おい」


 超絶不機嫌な声が降り注いできた。

 ずいっと影が差したかと思えば、頭上には射殺さんばかりに睨みつける熊が。筋トレ終わりで汗だくになった毛皮がぼさぼさなせいで、怖さが倍増している。

 でも合わないよう時間をずらしたはずなのにどうして。もしかして、おれとすれ違うためにわざと遅らせたのか?! 最悪のタイミングだ!


「うわ……なんだよ、来てたのかよ」


 虎は熊を見上げて、驚きのあまり毛を逆立てる。この虎もでかいが、喜充はもっとでかいのだ。雄としての格付けはとうに済んでいる。虎の足が無意識に後ずさるのが証拠だろう。


「てめえ、何してんだよ……!」


 すごみながら地響きのような声で威圧されると、おれらは何も言えなくなる。出会った当初に嫌悪交じりの怒りを向けられたことはあるけれど、ここまで純粋なものは初めてみた。

 虎と密会していると思われたのだろうか。だとしたら、それはかなり困る。誤解を解こうともつれた舌を動かすのだが、いまだ言葉は定まっていない。


「喜充、これは……うわっ!」


 そして、不格好な弁明には耳を貸さず、熊はおれの腕を引き寄せる。荒々しくロッカーを開けて荷物を取り出す間も、痛いくらいの力加減で握ったまま放す気配すらなかった。

 シャワーも浴びず汗だくのまま、喜充はおれを引きずっていく。大股で歩く速度に足がもつれそうになるけれど、なんとか追いついてドアへと向かう。


「ちっ」


 ロッカールームを出る直前、喜充はこれ見よがしに放った舌打ちと共に茫然としている虎を睥睨する。

 それから低いうなり声で一言。


「人の男に手ぇ出してんじゃねえよ」


 それだけ言い放って、熊はドアを閉めた。


 家に帰るまで喜充は不機嫌なオーラ全開でおれを掴んでいた。道行く人らも避けて通るほどの強面な顔を歪ませていて、日中だったら子どもが泣いていたかもしれない。

 事件なのかといぶかる人の視線すら熊を冷静にさせることはなく、結局最後までおれは引きずられるがままだった。


 だけど、おれはもうそれどころではない。喜充に浮気を疑われているのだ。別れるとか言われたらどうしようと気が気じゃない。

 土下座でもなんでもいい、許してもらえるなら何でもする。おれが何度もいかつい背中に声をかけても止まってくれないんだ。どうしたら……。


 家に帰っても熊は一言も発しないまま、おれを置いて浴室に入っていった。ジムで浴びなかったから、汗を流したかったんだろう。その間に冷静になってくれることを祈るしかない。


「でも……怒りが収まらなかったらどうしよう……」


 一人リビングに残されたおれは不安で何も手につかない状態だった。あれほど怒った喜充は初めて見た。普段冗談でするベアハッグなどとは比べ物にならないくらい掴まれた手は痛く、いまだにおれを苛んでいる。


 脳裏をよぎるのは最悪な未来で、破局するとなったら立ち直れないかもしれない。言い訳を考えようにも、不安という雲が立ち込める思考では都合のいい戯言しか浮かばなかった。


 そこでふと、スマホが目に入った。

 ここにある好感度操作アプリで喜充の好感度を10にしたら、別れなくて済むのではないだろうか。そうしたら、おれはこんな不安を味わわずに済むし、言葉一つで股を開いてくれるはずだ。

 好感度10は信者。おれの言うことを全面的に信じるようになる。今まで溜めた経験値を使えばきっと――


「……駄目に決まってるだろうが!」


 欲しいのは喜充の本心だ。それはアプリで好き勝手にいじったものじゃない。ここまで地道に好感度を溜めてきたのは、人形を作るためなんかじゃ決してないんだ。

 おれは喜充を愛している。だから、それだけは許されない。


「……おい」


 思考の渦にとらわれていたせいで、喜充が戻ってきていたことに気づかなかった。

 とにかくまずは謝ろうと思い、声のした方へと視線を向けると。


 全裸の熊がいた。


「え、ええ……? 喜充……?」


 全身筋肉塊であり、そこに茶褐色の毛皮を纏う雄々しさの権化。腋や陰毛に色が濃い毛が生え、その下では萎えてもなおぶっとい一物がぶらぶらと揺れている。その姿はやはり他の雄がかすむほどに強い雄性で輝いていた。

 よく抱き着くおれはあの体を作る筋肉のすばらしさを知っている。分厚くでかい肉は、力を籠めれば巌のように硬くなるのだ。そんな毛皮越しでもわかる筋肉の隆起が、ゆっくり距離を詰めていく。


「何を、するつもりなんだ……?」

「……」


 熊は口を曲げて逡巡しているようだったが、ややあってから小さくつぶやいた。


「俺を抱け」

「え……?」

「俺を抱けって言ってんだよ」


 うなりながら熊は飛びかかってきて、おれをソファへと押し倒す。ジムで着替えていないおれのスーツを脱がそうと荒い手つきでボタンを外し、服を放り投げていく。


「ちょ、喜充……なんで……!」

「いいから。とっとと抱けよ。抱かせてやるって言ってんだ、もっと喜べばいいだろ」

「違う! おれが抱くときは、喜充に喜んでほしいんだ! そんな顔をした喜充を、抱けるわけないだろ!」

「……!」


 こちらを見下ろす熊の顔は明らかに狼狽していて、怒りと不安がないまぜになった、迷子みたいな表情になっている。トラウマを押さえつけようと無理をしている姿に、痛ましさすら感じていた。

 おれは力を振り絞って喜充の手を掴み、今度はこっちが引っ張った。巨体で重いこの熊が動くわけはないのだけど、喜充は素直に従って、おれの胸に顔を預けてくれる。


 いつもとは逆の体勢になって、熊の頭を優しく撫でると緊張が抜けていく。こわばった体から力が抜けて、体重がのしかかってきた。かなり無理をしていたのだろう、抱き返してくる手も弱々しかった。


「悪い……」それから熊がポツリとつぶやいた。

「いいよ。けど、なんで急に?」

「抱かせてやらねえと、あいつとやっちまうと思って……」

「つまり嫉妬したってこと?」

「うっせえよ……」


 プライドの高い喜充がこうしておれの胸に顔を押し付けたままなわけもなく、少ししてからバツの悪そうな顔を上げた。急いで来たせいかまだ毛皮は湿っていて、全身で泣いているようにも見えてしまう。


「喜充……」


 だからもう一度抱こうとしたのだけど、熊はこちらをしっかりと見ていた。きっとおれが浮気したと思ってるから、躊躇しているのかもしれない。

 それならまずは弁明が先だ。


「おれは浮気なんてしてない。あれはたまたま知り合った人が同じ趣味だったから誘われただけだ。お前と付き合ってから誰ともそういうことをしていない。信じてくれ」

「……信じるに決まってるだろ。お前が一年間かけて言ってきたことを信じられねえなら、もう付き合ってねえ。大体あの時も断ろうとしてたじゃねえか」

「そこは聞こえてたんだ……だったら余計になんで?」

「お前はずっと俺のことを好きでいてくれたのに、一年くらい我慢してきた。だから、誘われたら心が揺れるのは当然だろ。俺だって男だ、気持ちくらいわかる」

「で、でも、断ろうとはしたから……」

「今はな。でも、この先もそうだとは限らねえ。お前だってやりたい盛りだし、うっかり誘いに乗っちまうこともあるかもしれねえ。でもそうなったとしても、俺は指をくわえて見てるしかできねえんだ。お前が耐えてきたこと、俺は一番知ってるからな」


 そんなことはしないと、断言することはできる。

 だけど罪悪感のある喜充にそれが通じるとは思わなかった。


「それにお前が耐えた一年をあんな奴に取られるのかって考えたら、すげえ情けなくなったし、すげえむかついた。俺だってできるなら、お前に抱かせてやりてえのに……!」

「だからって無理しなくていいんだ。おれがなんとかするから」

「はんっ、そんでまたお前に甘えろってか。ふざけんなよ、これは俺の問題だ。抱かせてやるから、とっとと俺と寝ればいいんだよ」


 喜充はおれにのしかかった体勢で腰を振り、アプローチをかけてくる。脱ぎかけた服の隙間を這う手には理性が戻っていたが、止まる気配はなかった。

 悪いとは思っているが、喜充は我慢できていない。自分を抱けと、雄々しい体を誇示している。それでも普段は自信に満ちて勝気な顔に、今は切羽詰まった弱さが見えた。


 こんな初めてがしたいわけじゃない。だけど、忙しさにかまけて抜くのを怠っていたせいもあり、股間が熱を帯びていく。シチュエーションはどうあれ、見上げた喜充の体はやはり最高だから。


「俺だってな、好きな奴とやりたい気持ちはあるんだよ。毎晩抱き合って寝てて、思わねえわけねえだろ」


 むき出しになったおれの胸に指を滑らせ、吐き捨てる喜充。それは自分に言い聞かせているようで、だから大丈夫だと暗示をかけているのだろうか。


「お前はしこる暇もないくらい忙しいくせに、ベッドの中で俺に手を出してこなかった。俺がいけるようになるまで、我慢して待ってやがった。浮気はしてないだと? はっ、そこまで待てる奴が他の男に手を出すわけねえだろ。疑ったことすらねえよ」

「おれはまだ待てる。だから、ゆっくり進もう」

「俺が嫌なんだよ。お前が他の男に言い寄られるのを見ると、自分の情けなさに死ぬほどむかつくんだって気付いたからな。これ以上待てねえ」

「だからって……!」


 嫉妬や独占欲が含まれたそれを、愛と言わずになんというのか。嬉しく感じないと言ったら嘘だが、今はそれどころじゃない。

 無理に進めて喜充を傷つけたくはない。もう少しなんだ。もう少しで、経験値が溜まる。そうしたら喜充も追いつめられた顔をすることなく、つながることができるはずなんだ。


「荒療治って考えりゃ、別にいいだろ。それとも、俺を抱きたくねえってか?」

「そんなことない! けど、今じゃないんだ。おれはお前を抱きたいけど……」


 だけど、何を言えばいい。どうすれば喜充は止まってくれる。

 トラウマの傷が深まってしまうのだけは避けなければならないのに、何を言っても熊の耳を素通りしてしまう。

 大柄な熊を力づくで止めるのは不可能だ。それに殴りたくもない。傷つけたくないんだ。だから――


「……喜充!」


 部屋中に響く大声を出すと、熊の肩が一瞬震えた。


「……なんだよ」

「おれの話を聞いてほしい。言いたいことがあるんだ」


 真剣なまなざしをぶつけ合い、喜充はおとなしくうなずいた。性急すぎる自覚はあるようで、のそりと重い体をどかしてくれた。なんだかんだ言いつつも、この熊はおれが本気で嫌がることはしないのだ。

 

 おれがスマホを取り出して、喜充に見せる。好感度操作アプリと書かれたそれを。


「なんだよ、これ……」

「全部言うから。これさえあれば、喜充は苦しまなくていいはずなんだ」


 それからおれは包み隠さず打ち明けた。

 アプリの仕様から、おれがしようとしていることまで、すべてを。


 喜充は荒唐無稽な話に茫然としていたが、おれが真剣なんだとわかると一応全部聞いてくれた。おれも体を起こし、ソファに肩を寄せ合って座りながら、何とも言えない沈黙が流れていく。


「それで、これがあれば俺のセックスの好感度をゼロにできるってことか?」

「おそらくは」

「んで、お前はそのために毎日遅くまで他人と交流して経験値を稼いでたと?」

「そう」

「はぁ……」


 好感度を操作されていたなんて、プライドの高い喜充は絶対に怒るはずだ。それでもあの場を収めて、さらに喜充に待ってもらうためには、おれの行動を説明するしかないと思ったんだ。

 それに、やっぱり今更ながらの罪悪感がある。これで本当にいいのかと悩んでいたこともあって、初体験を迎える前に喜充には知ってほしかったから、言うならばここしかないと決心した。


「お前さあ……」

「ごめん。気持ち悪いよな。でも本当なんだ。これを使うと、人の好感度が……」

「そこじゃねえよ。ってそんなのはどうでもいいんだよ」

「え、いや、どうでもよくはないだろ。だっておれはお前の感情を操ったんだし……」

「ハグが4だっけか。まあ別に気にしねえよ。そのおかげでお前と一緒に寝れてたんだろうしな」

「じゃあ、何を……?」


 熊はにぃっと、笑った。普段通りこちらを小馬鹿にするような顔で。

 それはまさしく、自分こそが世界の中心だと言わんばかりの不敵な、見慣れた喜充の顔だった。


「ほんっとに俺のこと好きすぎだよな、彼氏君はよお」

「それは、そうだけど……? え、怒るところなんじゃないのか?」

「仮にこれが本当だとしてな、他の奴の項目見てりゃ、2刻みで規制があるのはわかる。ってことは、お前は2の状態から、つまり最初ジムで暴言吐くような俺相手に好感度を稼いで来たってことだろ」

「まあ、そうだな……おれは絶対お前と、その、やりたいって思ったし……」

「めげなくて、きもいんだよ。そんなに俺のことが好きなら、いつかは絶対こうなってただろ。こんなアプリがなくてもな」

「だったら……いや、そうだな。おれはお前じゃなきゃ駄目なんだ」

「きっも。しかも毎日死にそうな顔して帰ってくるのも、全部俺のためでさ。自由項目の欄もハグ以外空白だし。せっかく抱かせてやるって言ってるのにこんな話聞かせるのも、俺が気兼ねなくできるようにしたいからとか言いやがる」

「あとは、謝りたくて……こんなものを使って、お前と付き合ってたこと……」

「だからお前さあ」


 喜充は言葉を切ってからおれを抱き寄せ、胸に押し付けながら得意満面で笑みを作る。

 結局どうあってもいつも通りの体勢で、この熊は自分が上じゃないと気が済まない。そして投げかけられるのも、いつも通りの愉悦混ざりな愛情表現だ。


「はあーあ、馬鹿らしくなっちまった。何焦ってたんだろうな俺。こいつが俺以外を抱くとかあり得ねえだろ。嫉妬しちまって、らしくないことしたもんだ」

「ゆ、許してくれるのか……?」


 谷間から恐る恐る顔を上げてうかがうと、喜充は抱きしめる力を強めておれを毛皮に埋めていく。そして身動きできないのをいいことに、スマホを奪い取った。


「おう。お前の誠意とこれまでの行いを鑑みて、このアプリ消したら許してやるよ」

「え、でもこれがないと……お前が……」

「はあ? こんなものに頼らなくても、お前とならセックスできるに決まってる。今だってやろうとしてたんだしな」

「でも……」

「なんだよ、結局今までの話は嘘で、俺の好感度を8まで引き上げて惚れさせてたってのか?」

「そんなことはない!」

「じゃあいいだろ。普通に考えて感情を操作されて喜ぶ奴なんかいねえって。お前だからまだ許したんだよ」


 それを言われたら返す言葉はもうない。おれはスマホを返してもらって、画面を操作していく。


「んで、それを消したらどうなるんだ?」

「ヘルプによれば、操作した感情が全部元に戻るらしい」

「ふうん、じゃあこれでお前のことが嫌いになればさっきの話は嘘ってことだな。そんときゃぶん殴って別れるから、覚悟しとけよ」

「うん、それはわかってる。好きなだけ殴ってくれ」

「でもまあ、それでもお前はまた来るんだろうけどな」


 正直言えば、消すのは怖い。喜充に嫌われたいわけがないんだ。

 でも、このアプリについて話した時から、覚悟は決まっていた。おれは正々堂々と、喜充と付き合いたいから。


「じゃあ……消すぞ」

「おう、ささっとやっちまえよ」


 熊は気楽に背中を押して、事の成り行きを見守っている。すでにおれは捕らえられたも同然なので、煮るも焼くも好きにできると高をくくっているんだろう。

 

 アンインストールを決定する指が震えている。画面を押す刹那の間には、喜充と話してからの思い出が走馬灯のように一瞬で駆け巡った。何があろうとも、この一年は幸せだったと胸を張って言える。

 だから、それを続けるためにも、おれは責任を取らなきゃいけないんだ。


 そしてあっさりと、アプリはおれのスマホから消えた。


「……喜充、その、気分はどうだ?」


 熊の顔を見るのが怖い。こいつは今どんな顔をしているのだろう。

 感情を操作したおれに対して怒っているのだろうか。それとも、軽蔑しているのか。最低でも2は下がったのが確実で、そこから連鎖的に嫌悪を誘発している可能性もある。


「殴りたかったら、存分に殴ってくれ。謝罪が欲しいなら土下座もする」


 熊は何も言わず、おれを抱きとめる腕も微動だにしない。


「でも、都合のいいことを言わせてくれるのなら、おれはお前が好きだ。お前が許してくれるなら何でもする。このままずっと、おれの傍にいてくれ」


 意を決して顔を上げ、喜充を求めた。どんな顔をしていても、受け入れなくちゃだめだから。


「お願いだ、きみ――」


 言い募ろうとしたおれの言葉は熊の唇によってさえぎられた。


「ん、あ、んぅ……♡」


 口に分厚い舌を潜り込ませる、深く淫らなキス。喜充は苦手なはずなのに、しゃべるよりも雄弁な答えを唾液と共に注ぎ込んできた。

 応えて舌同士を絡ませると、熊の巨躯が跳ねる。キスに弱い熊はどんどん鼻息を荒げていくが、おれの頬に手を添えてねっとりとした動きを続けた。


「んふぅ♡んっ♡♡」


 くちゅくちゅとさえずりが部屋に響き、おれは喜充が求めるがままに舌を躍らせた。太い体がもぞもぞ感じていても、向こうが離れるまで止めるつもりはない。


 それから少しして、存分に堪能した唇が唾液で糸をつなげたまま離れていく。喜充は顔を赤らめて毛皮を鮮やかにしており、弧を描く瞳はおれの反応を楽しんでいるみたいだ。


「ふはぁ♡はぁー♡♡キスやっべ♡まじで脚にきちまう♡」

「喜充、これって……」

「はんっ、言わせる気かよ。それはちょっと空気が読めてねえだろ」

「いいのか……」

「ぶん殴れたら別れようと思ったんだが、殴れなかった。これ以上言葉がいるか?」

「いらない……ありがとう喜充……愛してる」


 力の限り首筋に抱き着いて、震える声で愛をささやいた。

 あふれる涙が毛皮にしみこんでいき、おれの存在が熊に跡を残す。それが許されていることに、感謝を捧げずにはいられない。これからもこうしていいと、喜充は言ってくれたのだ。


「知ってる。嫉妬したおれが馬鹿みてえに思えるくらい、お前は俺のことが好きだろ。だから、これでいいんだよ。このまま付き合ってやる」

「ありがとう……」

「アプリもねえんだ、これからはもっと早く帰って来いよ。お前のせいで俺の生活習慣が乱れちまってるだろ。この体が衰えちまったら、彼氏君から愛想つかされちまうからなあ」

「そんなことない、お前は見た目だけじゃない……他にもいいところがたくさんあるんだ。おれは、それも全部まとめて、お前を愛している」


 ようやく言えた。あの晩言いたくても言えなかったこと。

 おれにとって喜充はもう体だけの性格が悪い熊なんかじゃない。おれを思いやってくれる大事な人だ。おれの最上は、いつまでたってもお前しかいないんだ。

 それにもう一つだけ、言わなきゃいけないことがあった。


「お前をホモにした責任も取る。絶対幸せにする」

「はあ?! てめえ、やっぱ聞いてやがったんじゃねえか! ふっざけんなよ! どこからだ?!」

「……大体全部」

「はああぁぁ?! おま、お前……くそ、二度とお前と酒は飲まねえからな!」

「でもおれは嬉しかった。お前に愛されて、おれは幸せだ」


 ばれるとわかっていても、言いたくてたまらなかったんだ。あの晩見せた喜充の本心は、おれを奮い立たせるだけの力があった。それに応えて、おれも全身でお前が好きだと伝えたかった。

 恥ずかしさでわなわなと震えていた熊だったが、何度か深呼吸した後、舌打ちしながら通常運転に戻ろうとしていた。


「ちっ……他の奴が言ってたら鼻で笑ってたが、お前だしな。はいはい、ありがたく受け取っとくよ。だからもう泣くんじゃねえよ。俺と付き合えてそんなに嬉しいのか?」

「当たり前だろ。もう、おれは、お前のいない生活なんて、考えられないんだ……」

「きも……って言いたいところだが、それは俺もそうだ。好感度が少し下がっても、記憶が無くなるわけじゃねえ。お前はそれを忘れてる。俺は……お前と付き合えてよかったと思ってんだよ。嫌いになるわけねえだろ」

「喜充ぅ……」

「こんなに俺のことが好きな奴、他にいねえ。落ちぶれたと思って、俺は俺自身が嫌いだったってのによ。……これ以上言うと俺まできもくなりそうだ。おら、そろそろまじで泣き止め。雰囲気で人を流そうとすんじゃねえ」

「おれは喜充からの愛も聞きたい」

「きっも、調子乗るんじゃねえよ。そんなの……これからいくらでも聞けるだろ」

「酒か?」

「ぶっ飛ばすぞ」


 軽口をたたきあっているけど、抱擁は固く結んで離れない。

 おれが幸せを嚙みしめていると、喜充がふとつぶやいた。


「まあそれに、今更ホモ止められねえしな。もうばれてるから言うけど、後ろすげえいじっちまってるし……ってわけでだ。お前には責任を取ってもらうぜ♡」


 喜充はおれをひょいっと抱え上げて歩き出していて、あの特大ベッドへと一緒に身を投げる。抱き着いて視界をうずめていたおれはとっさのことに固まっていて、唐突なシーツの感触に再起動してあたりを見渡した。


「え、なんで……ここに?」

「はっ、だから空気読めって♡何でもしてくれるんだろ?」

「それは、まあ、言ったけど……」

「じゃあ……」


 おれに覆いかぶさった熊は、口回りについた唾液を舐めとると煽情的に微笑んだ。


「俺とセックスしてもらおうじゃねえか、彼氏君よお♡♡」


 薄暗い寝室で発情顔の喜充に迫られ、おれは本当に逃げ場がないことを悟る。今度の手つきは丁寧で、中途半端に残っていた服が全てはぎとられ、むき出しになった肌に熊の毛皮が当たる。それはいつの間にか乾いていて、少し柔らかかった。

 もうアプリもないし、おれの策は潰えている。こいつの手を拒む理由はもうなくなったが、それでも案じてしまうのは許してほしい。


「本当に、大丈夫なのか……?」

「心配性かよ。問題ねえよ」


 喜充はその言葉を証明するために、何度もおれへとキスを振らせていく。そうすると巨体で動きを封じられた毛皮の草原が、いくつかへたれた。

 さっき涙で首筋を濡らしたことへの意趣返しだろうか。どうだと言わんばかりにこちらを見る顔に、陰りは全くうかがえなかった。


「ほらな♡このくらいなんてことはねえんだ」

「そうみたいだな……よかった。おれが必死に好感度なんて稼がなくても、お前は自力で乗り越えたんだな。もっと信じればよかった」

「……ちっ、一度しか言わねえぞ」


 不敵な顔が歪みだし、むず痒そうに口を曲げる。その表情だけで、こいつは何か恥ずかしいことを言おうとしているんだと気づいた。


「お前はあん時のくそホモ野郎とは違う。あんなアプリを持ちながら一年も待ってくれたお前と、俺の体さえあればいいだけのくずを一緒になんかしねえ、してたまるか」


 恥ずかしそうにしながらも、真剣な目が降り注ぐ。こいつはおれのことを愛してくれているのだと、魂で理解できる。


「だったらあんな奴のせいでお前とできないなんて、すげえむかつくだろ。それにもう、お前とこうして触れてもあの出来事を遠く感じるんだ。俺にとってセックスはお前とするためのものになったし……お前の顔を思い出すと、なんだ、俺も嬉しいしな……」


 それから盛大に舌打ちをして、これ以上言及するなと脅しをかけてくる。でも赤らんだ顔でそんなことをされても、愛おしさしか湧いてこないぞ。

 手を伸ばして熊を抱き寄せる。もう言いたいことは終わったようで、巨漢の体重がそのままのしかかってきた。ぼふっと茶褐色の毛皮に圧迫されると、少しの苦しさと多大な幸福が湧き上がる。


「苦しかったらすぐ言えよ」

「おれはこの重さ、嫌いじゃないぞ。お前を感じることができるからな」

「はいはい、そう言うと思った♡きもいやつ♡このまま窒息させてやろうか♡」


 ふざけながらも熊はおれを抱きしめ、体に押し付けた。ベアハッグより断然優しい抱擁に目をつぶって感じ入ると、耳元で喜充の呼吸が聞こえる。それは就寝時よりも控えめで、遠慮しているんだとわかった。


 このまま夜をまたいでも悔いなどないくらい幸せだけど、それでもおれらは次を求めている。体をゆすると意図を察してくれたようで、上下が逆転しおれが喜充にのしかかる形になった。


「かっる♡もっと筋肉つけろよ♡」

「お前がでかすぎなだけだって」

「でも俺の彼氏君はこういうのが好きなんだろ♡」

「もちろん♡愛してる♡」

「きもすぎだっつうの♡ちょっと好きだとか言ったらすぐ調子に乗りやがる♡朝まで盛る気かよ♡」

「当然だろ。一年待ったんだ。今夜は寝かさねえからな!」

「ははっ♡まーじできもいな♡これでも俺、処女なのによ♡彼氏君がケダモノで困るぜ♡」


 でか分厚い敷布団がにやにやと笑い、相も変わらずな言葉を投げかける。ベッドを共にしていても仕草に緊張はなく、気負いのない表情は全幅の信頼を寄せられている証で、嬉しさが胸を詰まらせた。

 手を伸ばして盛り上がる胸筋に触れると、指先で軽く毛皮をくすぐる。重力で押さえつけられてもなお豊満な胸筋は、少し押し込むと程よい弾力が返ってきた。


「んあっ♡はっ、もどかしいことしやがる……♡お前が本当に触りたいのはここのくせに♡♡」


 初めてのくせに主導権を握られるのが気に食わないのか、自らのおっぱいを下から掬いあげて乳首を向けてくる。初めて触ってからたびたびいじってきたが、乳輪はいまだ綺麗な色で、肉の艶が薄明りを淫靡に反射していた。


「ホモなのにおっぱいが好きとかよくわかんねえけど、お前はずっとここばっかりいじってくるもんな♡まっ、確かに俺の胸はそこらの女よりでかいけどさ♡」

「もう乳首が立ってるぞ、そんなにいじってほしいのか♡」

「ばーか♡んなことまで俺に言わせんな♡初夜ぐらい男見せてリードしてくれよ、彼氏君♡」


 つまりたくさん触ってくれってこと。本当にいつも通りの喜充だ。

 傲慢でプライドが高いけど、おれのことを気遣ってくれる。自分から胸を差し出したのも、遠慮するなという意味もあるんだろう。たびたびいじっている乳首は感度を高めていて、キスと同じくやりすぎると怒られるようになっている。

 それなのに、今夜は好きにしろと言ってくれた。


 だったらお望み通り、両方の突起を優しく爪ではじいてやろう。


「んぅ♡」


 巨躯をびくりと震わせて、いかつい熊から甘やかな声が漏れた。自分から言っておいても恥ずかしいのだろう。口はへの字に曲がっていて、むすっとおれをにらみつけていた。

 だけど止めるつもりはないんだ。お預けを解除したから、止まる理由がない。おれはずっと、お前とこうしたかったし、存分にいじってやりたかったんだからな。


 今度は指を二本使って、乳輪をカリカリとひっかいてやる。あえて乳首に触れないようにしながら、左右不揃いな緩急付けた動きで肌を動き回ると、断続的な吐息が漏れていく。


「ふぉ♡あっあっ♡てめえ、んな、ねちっこくっ♡い、いつもと、全然、ちげえじゃねえか……♡♡」

「いつもは抑えてたから。お前がセックス駄目なのは知ってたし、無理にやってトラウマになられても嫌だからな」


 そしてたまに乳首に爪をひっかける。ある程度触ったので、痛みを感じない力加減は把握できている。


「あ゛っ?!♡♡」熊から低くも淫らな声が鳴る。「ちょ、胸、やべえ♡まじで……これっ♡くそっ♡むずむずしやがる……!♡♡」

「いっぱい感じてくれ。お前が感じてるとおれは嬉しい」

「きっもいんだよっ♡こんな、んぅ、大男が喘いでるの見て♡嬉しそうに、しやがってっ♡♡おおぉっ♡♡」

「好きな奴が自分の手で感じてくれて、嬉しくないやつはいないだろ」

「きもっ♡ぐぅ♡お、お前がそんなんだから、俺が♡遠慮しなくなるんだろうが♡お前の前で、馬鹿みてえに、恥ずかしいところばっか晒して♡あっ♡今だって♡女みてえに♡喘がされて♡畜生がっ♡♡」

「いいんだ。それでもおれはお前が好きだ」

「馬鹿がよぉ……んああっ♡♡♡」


 カリカリ、カリカリと、雄熊の乳首の上で指先が踊る。筋肉の塊は微弱な愛撫に何度も震え、まなざしがゆっくりと潤んでいく。胸を持ち上げていた腕は行き場を失い、シーツの上で胴体と同じように身もだえするだけだった。


 熊の体は大きすぎて、丸太にまたがっているような気分になる。その丸太が転がればおれなんてすぐベッドから振り落とされるというのに、こいつはそうならないように抑えてくれていた。

 おれなんて軽いと言っていたくせに、だからこそ大事にしてくれている。嬉しくなって少し強めにはじけば、盛り上がった肩が大きく跳ねた。


「お゛おぉっ♡♡まじでやべえ♡おぉ♡このまま胸だけで、いかせる気かよ♡お前、がっつきすぎ♡ははっ♡スケベな顔しやがって♡しょうがねえ彼氏君だな♡」


 喘いでいる喜充に笑われるほど、おれは必死だった。

 頭の中には、喜充とセックスできるようになったらしようと思っていたことがたくさん詰まっている。乳首攻めだってそのうちの一つだ。ちょっとやったくらいじゃ満足できるわけもない。

 だから、おれは続きをするために両方一気につまんで引っ張り、少し強めの刺激を与える。


「ふおぉぉ♡また、これ♡んあっ♡しかも、強くなりやがったぁ♡♡ぐおっ、伸ばすなっ♡馬鹿っ♡でかくなったら、人前、出れねえだろ♡♡」

「そんな急に肥大化しないって♡それに少し膨らんでもばれないと思うぞ♡」

「んおおおぉぉぉっ♡こねくりまわすなっ♡それ、やべえんだよ♡お゛っおおぉ♡乳首、すっげ♡自分でいじっても、こうならねえのにっ♡なんでっ♡」


 後ろをいじっていたくらいだ、当然チクニーの知識くらいはあるだろう。でもこいつの指は一本が太すぎて繊細な攻めには向いていない。おれだって鍛えている成人男性だが、喜充のでかさは規格外で、当然胸も乳輪もでかいのでおれくらいでちょうどいい感じだ。

 

 むっちむちとした胸筋が乳首をいじられるたびに弾む。ボリュームがありすぎて目に毒だから思いっきり揉み上げたいのだが、喜充を気持ちよくすることが最優先だ。

 充血しだした乳頭を親指の腹で転がすと、背中に硬いものがびくんびくんと打ち付けられる感覚がした。


「おぉっ♡あ、まだ、やんのかよ♡お前、本当にっ♡俺のこと雌だと思ってんじゃねえのか♡胸ばっかり♡んぁ♡それ、きく……くそっ♡♡おおぉぉん♡♡」


 だから逃げ場のない胸筋はのけぞって距離を少し離すことしかできないが、何の意味もなさない。人ひとり乗せたままブリッジのできる筋力には脱帽だが、むしろ膨らんだ巨乳のせいで下を向いた乳首を差し出す形にしかなっていない。

 片方の手で乳首をつまんでひねり、もう片方ではひっかきを継続する。雄熊は低くも淫らな声を出しながら、おっぱいを震わせた。感じている顔を見られたくないのだろう、両腕をマズルの上に置いて目を隠せば、色の濃い腋毛がはみ出した。


「男でも乳首は感じるんだ。雌扱いしたいわけじゃない。ただ、悪い……本当に抑えられないかもしれん。嫌ならやめるから、意地張らないで言ってくれ。せっかくお前とできるこの機会を、無駄にしたくないんだ」

「うっせぇ♡黙って、好きにすりゃいいだろ♡んあっ♡一年耐えてきたくせに♡俺の心配ばっかしやがって♡♡あっあっ♡お、お前が楽しめねえと、意味ねえだろ♡」

「でも、セックスは二人で楽しむものだから、おれはお前に喜んでもらいたい」

「はあ♡ほんっと俺の彼氏君はさあ♡」


 そこで喜充は腕をさらに上げて頭の後ろまでもっていく。腋を完全にさらして浮かべる笑みは獰猛で、多少目は潤んでいるが十分勝気と言える。

 こういうのが好きなんだろうと、処女のくせにおれを誘う仕草。乳首攻めだけで蕩けそうになっているくせに、それでもこの熊は雄々しかった。


「俺は初めてなんだぜ♡お前しか知らねえし、他を知る予定もねえ♡だから全部任せてんだ♡お前は俺を気持ちよくして、もう一回したいと思わせてくれればいいんだよ♡わかったか、彼氏君よぉ♡♡」

「だからなんでお前はおれを挑発するんだよ。抱きつぶすぞ」

「はっ♡そのくらいの気概で来いってことだよ♡俺を抱きつぶしてめちゃくちゃにして、あん時のこと♡全部忘れさせてくれよ♡♡」


 ああ、喜充は記憶の上書きを求めていたんだ。セックスと聞いて思い出すのは、あの無理やり抱かれそうになった時じゃなくて、おれとしている今この時でありたい。そういう願いなんだ。

 だから、初夜は絶対気持ちよくしないといけない。喜充はおれならそうしてくれると信じている。

 

 昨日までは喜充が萎えないように最低限の愛撫しかしてこなかったが、それも終わり。おれは今日、この熊を本気で抱く。


「わかった。なら、遠慮しない♡たくさん愛してやるから覚悟しろよ♡」

「はっ♡他に言いようねえのかよ♡きもすぎ♡でも俺のことが好きすぎる彼氏君だからな♡何やってもそうなりそうだから今更か♡♡」

「しょうがねえだろ。どうしようもないくらい、俺はお前が好きなんだ♡他の男なんて目に入らないようにしてやる♡」

「じゃあ楽しみにしてるぜ♡いーっぱい俺のこと愛してくれよ、彼氏君♡」


 それから軽く鼻面をこすり合わせるようなキスをして、どちらからともなく微笑んだ。

 すると口はまた互いを求めて近づき、ついばむ音を響かせながら何度も何度も触れ合っていく。顔の角度を変えたり、頬にしたりと、言葉では伝えきれない感情を表現しようと一生懸命だった。


「はふっ♡んっ……恋人みてえな、キスしやがって♡」

「駄目か?♡」

「駄目じゃねえよ♡やってみりゃ、案外なんてことねえな♡こんなの怖がってたとか、情けねえもんだ♡」


 喜充はくすぐったそうに、だけど少し口角を上げてまんざらでもなさそうにしていた。たまに薄く目を開けたかと思ったら、おれの頭を掴んで鼻面を舐めてくる。お返しにとキスを送れば、自然と呼吸が合わさって時間が止まる。


 口づけは長く、幸福に揺蕩いながら好きだと無言で言い続けるだけの行為。どれくらい喜充に伝わるのかわからないが、熊も同じように力を抜いている。お前が愛をささやいているのだと確信できるのは、おれのうぬぼれだろうか。


 なんて甘い行為を続けているうちに自然と両手は指を絡ませていて、硬く握られている。付き合って一年弱、こんなに好きを伝え合うのは初めてのことだった。


「喜充……♡」ようやっと口を離して。「愛している」

「はんっ♡こんなことしといて、さらに言い募るなよ♡くどいんだって♡お前もしかして、伝わってねえとか思ってんのか?♡」

「いや、どれだけ言っても、言い足りないからな……こうしてお前と一緒にいられるのが嬉しくて……」

「くすぐってえ♡いっぱい愛してくれとか言ったのは俺だけどよ♡もう十分伝わってんだ♡ほんっとにお前は俺のこと大好きだよな♡」


 からかいながらも喜色が隠しきれていないから、おれはもっと注いでやろうと思った。

 愛してると繰り返して、またキスを降らせていく。今度は耳や頭にも、よく聞こえるように。


「うぉ♡お前♡だから、もう十分わかってんだって……♡」

「お前は見た目だけなんかじゃない。おれのために料理を覚えてくれたり、忙しい時は風呂も沸かしてくれる。付き合い始めたころから、おれのこと気遣ってくれてたよな。お前は少し意地っ張りなだけで優しい奴だって、おれは知ってる」

「……ああもう♡わかったって♡」

「お前を縛る奴なんて忘れろ。これからはおれがずっとそばにいるから。お前にとってセックスがいい思い出になるように、おれは全力を尽くす。愛してる、喜充」


 トラウマの上書きを求める熊に対しての感情を、おれはできる限り言葉にしようと努めた。キスだけじゃ好きしか伝わらないだろうから、自分の想いをぶつけるんだ。喜充がこれ以上、あんな記憶に捕らわれることがないように。


 キスしながらも、毛皮を優しく撫でて愛撫する。どこもかしこも肥大化した筋肉をいたわるようにまさぐると、熊の鼻から声が抜けた。

 乳首責めとは趣向を変えた甘い前戯は、もどかしさを募らせる。さっきは跳ねていた巨体も、今はもぞもぞとシーツに波を立てていた。


「う……♡んで、こんな……♡甘くどいことしやがって♡」

「喜充♡」

「もういいだろ♡さっきみてえにいじって鳴かせればよぉ♡んひぅ♡まじで、俺を雌扱いしやがって……♡前見た映画みてえな真似されても♡俺は♡嬉しくなんかねえ♡」

「ジムで喜充が自分の男だって言ってくれたの、すごく嬉しかったぞ。おれは浮気なんてしない。お前だけの男になる」

「だから、よぉ……!♡♡」


 そろそろ次に行こうかと思っていたら、耐えきれなくなった熊が腕を上げた。片方の手で自分の顔を隠し、もう一方はおれの顔をわしづかみにする。


「んぶっ! なんだよ……」

「お前、今ちょっと、こっち見んな……♡多分すげえ情けねえ顔してるから……♡」

「もしかしなくても、照れてるのか?」

「うっせえ♡馬鹿みてえなことばっか言いやがって♡ラブストーリーよりくどいとか勘弁しろよな♡んなの、受け取り慣れてねえんだよ♡」


 視界が覆われていてわからないが、おそらく赤面しているんだろう。普段は受け流しているのに、今日はいろいろあったから本気で受け取ってくれているみたいだ。


「おれもこんなこと言ったのお前が初めてだよ♡正直恥ずかしいさ」

「はっ♡当然だろ♡聞いてる方は何倍も恥ずかしいんだよ♡でもまあ、お前は最初の告白の時からそうだったもんな♡なりふり構わず俺が好きだと、ずっと言ってきてた♡きもさ据え置きだったわ♡少しは成長しやがれ♡」

「今は中身も好きになってるからな」

「うっせえ♡今なら全部お前の本心だってわかっちまうのがむかつくな♡しかも喜んでる自分がいるのがまじでむかつく……」

「世界で一番愛してる。お前以上の男は知らない。おれの中の最上」

「あーーーーもう♡うるせーーーー!♡♡」


 一年前なら吐くとか言われた言葉なのだが、今はちゃんと受け取ってもらえている。おれらの関係がちゃんと恋人になったのだと、改めて実感できた。


 それからややあって、喜充は赤ら顔のまましぶしぶ手を離し、おれを見上げてきた。噛みつかんばかりに口を曲げているが、毛皮の発色から喜びが開花しているのがわかっている。


「くそっ、さっき嫉妬してた俺がまじで馬鹿みてえじゃねえか。こいつが俺以外を好きになるとかあり得ねえってのによ」

「でも嫉妬されたのは素直に嬉しかったぞ。ああ、こいつはちゃんとおれのことが好きなんだなって実感できたからさ」

「はんっ、狸寝入りで人の告白を聞いてた奴が何をいまさら……悪いが、お前のことなんて半年前くらいからずっと好きだったからな♡」

「……言われる側になると照れるのがわかるな」

「だろ」意趣返しに成功した熊は調子を取り戻して。「さっきの言葉、録音して素面のお前に聞かせてやりてえな」

「それは絶対嫌だ。でも嘘は言ってないからな」

「んなことわかってるよ」


 会話を通して落ち着いてきたのか、喜充は上機嫌に小さな耳を動かしている。もはやセックスへの忌避感など全く見えなくて、おれの体を撫でながら楽しんでいるくらいだ。

 この調子で慣れてくれたらいい。股間の一物は限界まで張り詰めたままだけど、この空気を壊すことはできないから、丁寧に行為を続けていこう。


 そんなおれの気持ちが通じたのかはわからないが、熊は甘い言葉を消化した後、観念したように両手を頭の下において自身を投げだした。


「んで、次は何するんだよ♡腋でも嗅ぐか?♡もう好きなだけ嗅げよ♡洗ったばっかだからそこまで臭くねえだろ♡言っとくが、甘くどいセリフはもういらねえからな♡背筋がぞわってきちまう♡」


 甘い雰囲気が苦手というか、照れるんだろうな。だから先に行こうとしている。

 そして胸と口ときて、今度は腋になると予想したらしい。この熊はおれに全身を味わわせる気か。腋で言葉をふさごうとするとは、よほどこたえたようだ。

 だけど、次にすることは決まっている。


 茶色く武骨な顎を持ち上げて、もう一度顔を近づける。すると熊は意外そうに眼を見開いて、困惑をつぶやいた。


「はぁ?♡あんなにしただろ、なんでまた……♡」

「本気でしたい♡」

「……はっ♡好きにしろよ♡」


 お許しも出たことだから、もう一度口づけを。

 だけど今度は深く、舌を潜り込ませる浅ましい交接だ。今までは喜充が嫌がるからやらなかったが、本番となれば遠慮なんて必要ない。


 熊は目を閉じて受け入れる体勢をとり、舌を絡めてくれた。マズルを交差して噛みつくように、できるだけ奥を目指す。


「ん゛っ♡♡」


 口蓋を舐めると茶色の毛皮が逆立った。喜充は口も敏感だから、おれの動きに逐一反応してくれる。耽溺できるよう牙同士がぶつからないか注意しつつ、唾液をこすりつけていく。

 そうすると、荒くなった鼻息の合間に嫣然とした声が溢れ、舌先の動きがわずかに鈍る。及び腰になった興奮を逃がすまいと、さらに奥を目指してぬるりと絡めとった。


「はふっ♡♡んー♡んっ♡ん゛んんっ♡」


 だんだんと声が溶けていく。素直じゃない熊の意地がはがれていけば、初体験に浸る不慣れな可愛さをのぞかせた。

 セックスというのは下半身の結合だけじゃないのだと、口の粘膜を合わせて教え込む。むしろ粘液を混ぜ込む音が頭蓋に響くおかげで、より興奮を誘うんだ。尻に当たる熊の強直も濡れてきていて、熱くたぎった肉がひくついては殴ってくる。


「ふおっ♡ちゅぷ……♡お゛おぉ♡すげっ♡口、溶けちまう……♡」


 細めた目には涙が光り、紅潮した頬も相まって煽情的な表情を作っている。普段だったらストップが入っているところだが、舌は蠢いてもっととおねだりしていた。流し込まれる唾液にも喉を鳴らし、合間合間に上ずった声を響かせる。


 舌同士が粘液遊びに興じている間、せっかく晒してくれた両腋へと手を這わせ、剛毛の茂みに突っ込む。平時であればくすぐったいだろうが、火照って敏感になった体は微弱な快楽を生み出すはずだ。


「んああぁ……♡ちゅっ♡好き勝手、あっ、しやがって……♡んんぅ♡♡」


 憎まれ口は叩くがおれを振り落とす気配はない。だから腋から下へと手を滑らせていき、とある場所を目指す。


「んぁ……♡」


 豊満に盛り上がった胸筋のふちをなぞっていると、そのでかさに改めて感嘆する。腕を上げて引き伸ばしてもなおこの大きさ。掌で掬ってもはみ出るくらいの肉密度に誘われるが、ここで鼻息荒く盛っては驚かせてしまうかもしれない。

 あくまで目的は喜充を慣れさせること。だから向かうのはその先端、さっきもいじった突起だ。


 刺激によってここはさらに敏感になっているはずだ。乳頭をそっと指先でこすると、結合した口の隙間から漏れる声のトーンが上がった。


「また、ここかよ……♡今♡そこは♡やべえってぇ♡んむぅ♡はふっはふっ♡」


 喜充の弱いところ全部をせめて、とろかせていこう。挿入への恐怖を減らすためにも、丁寧にねっとりとした前戯をするつもりだった。


 胸筋がわずかに引き締まったことから、熊の緊張が見える。それでも何も言われないから、舌で深くを潜りつつも、乳首を同時にひっかいた。


「んおおっ?!♡♡おま、それは、まじで♡あ゛♡やべえって♡♡うおっ♡お゛~♡♡」

「んっんっ……♡今日は、たくさん気持ちよくするから♡いっぱい感じてくれ♡♡」

「感じすぎてるっつってんだよぉ♡♡んむぅ♡キスだけでも、脚やべえのに♡乳首、ああぁ、お前、ねちっこすぎだって♡あっ♡俺のこと、好きすぎ……だろ♡すっげ♡やばすぎ……♡♡」


 先ほどとは違い、多少強くしても痛みがキスでマスキングされてくれる。それをいいことに強めにいじると、びんと立った一物に尻を殴られた。かなり感じてくれているらしい。


「おおおぉ♡おっおっ♡やべえって♡これ、んおっ♡俺、雌にされちまってる♡下半身、全然、触られてねえのに♡溶ける♡溶けるってこれぇ♡ちゅぅ♡」


 喜充はキスの切れ目に、やべえとすげえを繰り返し続けている。ここで気持ちいいと言わないあたり喜充らしいが、表情は言葉よりも雄弁だった。

 目元の毛は湿っていて、ごつい顔なのにかわいいと思わせるだけの魅力がある。けど、そんなこと言おうものなら絶対殴られるので、キスでごまかしながら舌と指を絶え間なく動かした。


「おぉ♡おおぉ~♡やっべ♡キスって、こんな、溶けるもんだったのかよ♡♡ふぉ♡お前の、舌熱くて♡すげ♡ちゅぷ……♡胸も、やべえし♡たまんねっ♡♡」

 

 乳首を引っ張ると太い体幹が跳ねる。熊はどこか遠くを見つめるようでいて、おれを見ているかのような、そんな呆けた瞳をしていた。

 突っかかってきた舌も緩慢になっていき、おれのすることを受け入れる体勢を取っているようだ。もっとこいと舌先でちろちろ舐めてこられると、おれの理性が本当に飛びそうになる。


 とはいえ、あまりやりすぎて終わった後に痛みを残すのも悪いから、同時責めはほどほどにするつもりだ。もはや唾液まみれで毛皮を乱した口を離すと、喜充はぐったりと力を抜いてベッドに沈んでいた。


「はぁ……♡はぁ……♡やっば♡」

「よかったよ、喜充♡」

「うっせえよ♡人のこと雌扱いしやがって♡あーくそ♡体中ぞくぞくきて気持ちわりぃ♡」

「立てるか?♡」

「はあ?♡無理に決まってんだろ♡俺がキスに弱いの知ってるくせに、あんな激しいのしやがって♡しかも胸まで……食われるってこんな感覚なんだな♡はあーあ♡ケダモノの彼氏を持つと苦労するぜ♡」


 山のような熊は取り繕ってはいるが、呼吸を整えるのに一生懸命だ。口回りを拭う力もないようなので、タオルでも持ってきた方がいいだろう。

 どうせこのまま次に行くよりかは、休憩をはさんだ方がいい。喜充も戻ってくるまでに、少し時間がかかるはずだ。


 あとおれもクールダウンをはさみたい。

 普段はまるで見せない雄々しい熊の無防備な姿を前に、おれの情欲は燃え盛って噴火寸前だ。がっついては怖がらせると思って耐えているが、股間は先走りをよだれのように垂らして限界を訴えていた。


 このままやれば本当にケダモノになってしまう。なんて思いタオルと、後ついでにローションも準備するために熊からどこうとしたのだが、急に引っ張られて視界が回転した。


「おい♡」


 立場は逆転し、今度は熊が上に。こちらを覗き込むにやついた顔には不遜な態度が宿っている。口回りがよだれまみれなこともあって、発情した猛獣みたいだ。立てないとか言っていたくせに、無理矢理動いたのか。


「てめえ調子に乗りすぎな♡さっきから俺のこと好き勝手にいじりやがって♡いい夢見れたかよ、彼氏君♡」

「悪い、気に食わなかったか。がっついたらお前があの時と重ねるんじゃないかと思って、過剰に前戯しちまったかも……」

「はっ♡心配性の彼氏君がよぉ♡さっきから甘くどいんだよ♡俺のことお姫様かなんかだと思ってんのか?♡」

「まあ、少し……」

「きっも♡さすがに盲目すぎだろ♡こんな大男相手に、よくそんなことが言えたもんだ♡俺のこと好きすぎて狂ってるよなあ本当に♡」


 お返しとばかりに鼻面を鎖骨に当て、それからどんどん下ろしていく。

 くすぐったさに鼻から息が漏れると、熊の耳が嬉しそうに動く。おとなしく主導権を握られてはくれないあたり、本当に喜充らしい。


 胸やへそを超えていくと、そこにあるのは喜充に入れたいと泣いているおれのちんぽだ。熊は雄臭いそれに顔を近づけると、とめどなく先走りを吐く先端に軽く息を吹きかけた。


「くっせえ♡ザーメンの匂いきつすぎ♡こんなの鼻が曲がっちまうだろ♡お前興奮しすぎな♡」

「うあ♡お前、何する気だ……?♡」

「んー?♡彼氏君はどうしてほしいんだ?♡俺は初めてだから、言ってくれねえとわかんねえぞ♡」


 意地悪い笑みを浮かべながら、おれの強直を指でつつく。それから鈴口に浮かんだ球を潰して、ぐりぐりと押し付けてきた。


「ああっ!♡ちょっと待て、射精させるつもりか……♡」

「さあ、それはお前次第だろ♡このまま手こきしてやろうか♡俺の顔にぶっかけたいとか言うんなら♡まあ考えてやらんこともねえ♡」

「で、できれば最初はお前の中に出したいなあって……」

「はっ♡だろうな♡しょうがねえ彼氏君だ♡」


 特に拒否もしないまま、熊は鼻を近づけて匂いを嗅ぎ続ける。しごきあいくらいは何度もあるが、こいつがおれの一物にここまで興味を示したのは始めてだった。


「あーくっせえ♡しかもなかなかでけえんだよな♡俺より小せえけど♡生ちんぽってやっぱディルドより生々しいよな♡しかもびくびくさせやがって♡きっも♡♡そんなに俺にハメてえのかよ♡」

「当たり前だろ♡こっちは一年待ってんだぞ♡本当ならケダモノみてえに盛って、犯したいけど♡ずっと我慢してんだ♡」

「ははっ♡だよなあ♡お前は抱く抱く言っときながら、なんだかんだ優しいよな♡まっ、それは俺が慣れるまで我慢してくれや♡そしたらたっぷり抱かせてやるよ♡」

 

 あくまで不遜な言葉を吐いて、熊はちゅっと亀頭にキスを落とす。次にわざとらしく開けた口から舌を伸ばし、玉になった先走りを掬って見せた。

 しこってくれた手を舐めることはあっても、直接は初めてだ。口腔の赤い粘膜におれの汁が飲まれる光景は、いっそう硬度を上げるには十分すぎる。


「うえ♡やっぱまじいな♡しかもいつもよりえぐみ強すぎだろ♡」

「その割には、しごいてくれた時は毎回舐めてるよな♡」

「はっ♡慣らしてんだよ♡お前の味くらい、覚えておこうと思ってな♡」

「まじ……?♡え、ずっと舐めてきたのって、そのためか……好き……!♡」

「だからきめえって♡俺はもうホモの仲間入りだしな♡彼氏のちんぽくらい、好きでも当然だろうが♡」

「いや、そうかもしれないけど……お前は絶対嫌がると思ってたし……♡」


 ってまさか、喜充がどうしてほしいって聞いてきたのは、フェラしろって言ってほしかったからか? 

 口内を見せつけてきたことといい、誘われている可能性がある。

 でも、あの喜充だぞ。おれは試されてるんじゃないかと思い、その言葉を出すことが正解なのかと必死に頭をまわした。


「ふうん♡」だというのに熊は肉棒に頬ずりしながら。「責任取るとか言ってたくせに、ちんぽもしゃぶらせてくれねえのかよ♡薄情な彼氏君だぜ♡♡」

「まさか、本気で……?♡」

「これが嘘に見えるのかよ♡それとも、しゃぶっちまったら初射精が口になっちまうか?♡中出ししてえなら、とっととケツ向けるぜ?♡」


 熊のいかつい顔は挑発的なのに淫らで、それがおれのちんぽにくっついている光景は、それだけで射精しそうなほどエロい。

 前々からおれを興奮させることが好きな奴ではあったが、セックス中は磨きがかかっている。やっぱりお前は雄のちんぽをいらいらさせる天才だよ。おかげで張り切った一物から先走りがびゅっと飛んだ。


「はっ♡」マズルの上に汁を乗せた熊が。「興奮しすぎだろ♡何も言わねえなら、このまま射精させちまおうか♡♡」

「フェラ! フェラしてくれ!♡射精しない程度に頼む♡」

「んなの俺がわかるわけねえだろ♡セックスもしゃぶるのも初めてなんだぞ♡だからきちんと耐えて、中出しまでもっていくのはお前の務めだぜ、彼氏君♡」


 無慈悲なことを言い捨てて、熊はもう一度亀頭にキスをした。あふれる先走りを吸うと、強くリップ音が鳴る。唇と亀頭をつなぐ糸がちぎれてこぼれると、出した舌を回して煽情的に舐め取ってみせた。

 どうだ、これが興奮するんだろうと、確信している表情がおれを見上げる。答えなんて言わなくても、いきりたつちんぽが雄弁すぎた。


「ははっ、やべえくらいガチガチになったな♡途中で出しちまっても俺は馬鹿にしねえよ♡彼氏君に喜んでもらえるなら、俺も嬉しいしな♡♡」


 とか言いながら、にやにやしやがって。絶対からかわれるのが目に見えてる。

 こいつは根が努力家だから、男を興奮させる仕草を覚えるのも真面目だ。見抜きしてた頃だって、手を変え品を変え焚きつけてきた。

 だからおれがどうすれば興奮するのかなんて、完全に把握されている。アプリなんてなくても露出の好感度が4もある男だ。彼氏が自分で興奮するのが、本当に好きなんだろうな。


 今だって、亀頭から幹、果てには金玉までちゅっちゅっと吸い付いて、おれをなぶっていく。

 さっき胸やら口やら散々せめられたのだから、今度はこっちの番。そう言わんばかりの勢いだった。


「ふはっ♡まっず♡きたねえ汁こぼしすぎだろ♡んでも、まあ、悪くねえな♡お前の汁なら問題ねえ♡」

「それは、おれだけってことか……?♡」

「あ?♡付き合ってるんだから当然だろ♡お前以外のちんぽなんてしゃぶるわけねえし、ましてや見るのもごめんだ♡俺のこと、ちんぽ好きなホモだって勘違いしてんじゃねえよ♡♡」


 ぶっきらぼうながらも、おれだけだと言ってくれるのは素直に嬉しい。でも確かに、こいつはずっとおれのために様々なことをしてくれていた。愛の言葉をささやくことこそ少ないものの、喜充は行動で表していたんだ。


「んじゃ、これから彼氏君のちんぽ♡しゃぶっちまうな♡初めてだから勝手もわかんねえし、痛かったらすぐに言えよ♡」


 牙の並ぶ口から舌を出して、ちんぽの根元を持ってべちべちと当てる。その衝撃で先走りが顔に飛んでも、喜充は意にも返さない。ただゆっくりと、おれのちんぽが飲み込まれていく場面を見せることに意識を割いていた。


 はちきれんばかりに膨らむ亀頭が、ぱくっと食いつかれた。喜充の口は熱く、軟体動物のような舌がすぐにまとわりついてきた。


「うあ……♡」

「んふぅ♡んっんっ♡ん~~~~♡♡♡♡」


 快楽に腰を浮かせる間もなく、熊の顔が下りていく。グロテスクな幹が喜充の凛々しい口の中へと消えていく光景は、ずっと思い描いていたはずなのに。いざ目の前に来ると、心臓が破裂しそうなほど高揚をもたらした。


「んっんっんっ♡けふっ♡んむぅ♡♡」


 いったん奥まで飲み込んでから、顔を動かして抽挿を開始する。ぬぼぉっとよだれまみれのちんぽが排出されては、また熊の中へと消えていく。時折こちらを見上げては、気持ちいいだろと視線で確認してきた。


「気持ちいいよ、喜充……あっ♡思ったより、上手だな……♡」

「んっふぅ♡」


 満足げな鼻息が根元をくすぐる。牙も当てずに快楽だけを注ぐ行為に、おれは射精しないよう気を張り詰めていた。


 ふかんで見る茶色の山は隆起がわかりやすく、膨張した肩の筋肉はパッドを仕込んだのかと疑いたくなるほど大きい。それが喜充の口に合わせて動く様は地殻変動さながらで、中心で行われているフェラとの対比が背徳感すら抱かせる。


「ん゛っ♡ぐえ♡♡んんんんっ♡♡♡」


 おれのものは喜充ほどではないけれど、十分立派だ。喉奥を小突かれて一瞬えずいたが、その瞬間でさえ喉のうごめきが気持ちいい。


 フェラ中はさすがの喜充もしゃべれないから、ただ嬌声だけが寝室に響き渡る。不遜な言葉ばかりをしゃべる口は、今はおれのちんぽで封じられていた。


「うあ、喜充……ちょっといったん止めてくれ♡このままじゃ、本当に出すから♡」

「んふぅ♡んっんっんっ♡♡」


 そんなこと知るかと目が言っている。フェラは速度を上げて、肉体の起伏がはやしたててきた。

 とっさの手を伸ばすが、この筋肉の塊をおれが抑えるなんてできるわけがない。ただ頭を撫でているだけになり、にんまり笑った目が反応を楽しんでいる。


「喜充、本当に……頼むって♡最初はお前の中がいいんだからさ♡♡」

「ん~ん♡ん~~~~♡♡♡」


 止めるどころか吸引を強めてきた。口腔内は唾液の海になっていて、ちんぽがふやけそうだ。奥まで含んでからうがいをする要領でくちゅくちゅされると、濁流がぶつかって射精しそうになる。


「ぐぢゅぐぢゅ♡ぢゅうぅ♡♡んんっ♡」

「うおっ♡だからやばいって……♡本当にお前は、そんなのどこで覚えてきたんだよ……♡♡あーすげえ……♡」

「んふっんふっ♡♡」


 呼吸を漏らすたびに隙間から唾液が溢れて股間を濡らす。喜充は奉仕を続けていくから、おれの精巣は口を膣だと勘違いしそうになっている。

 熊の顔が動くたびにきゅうっと根元が射精したいと訴える。ここじゃないと理性で語り掛けたところで、こいつのフェラが気持ちいい事実は変えられない。


「お、お前が、飲みたいっていうなら、止めはしないけど♡ぐっ♡多分、すごい量、出ると思うぞ……♡あーやばいなこれ♡」

「んふぅ♡んんんっ♡ちゅううぅぅ♡♡♡」

「ああっ♡裏筋舐められるの、弱いんだよっ♡このまま、出してもいいのか?♡くぅ♡気持ちいいぃ♡♡」


 ちんぽを溶かされて、逃げ道もなくて、射精に向けて思考は整えられている。いつの間にか腰は勝手に動いていて、喜充が飲み込むときに突き立ててしまう。

 それで少し苦しそうな声はするものの、フェラにぶれは見られない。射精するまでしゃぶるつもりなのだろうか。


「はあ?♡♡」


 だがおれの思惑に反して、にゅぽんとちんぽがようやく解放された。

 涎を垂らす口は酸欠で荒く呼吸しながらも、先端をちゅっちゅっとついばんでいる。ゆるく皮をしごく喜充は、尿道にたまった先走りを絞りながら言った。


「いいわけねえだろ♡この日のためにホモになる覚悟で後ろいじってきたんじゃねえか♡なに初体験の初射精を口で済ませようとしてんだ、俺の彼氏君はよぉ♡♡」

「は、はあ?!♡お前が口を離さないからだろ♡本当に出すところだったんだぞ♡」

「経験者なんだろ♡俺がフェラに夢中になっても、ちゃんとリードしてくれよ♡お前の柔腕で俺が動かせるならな♡」

「無茶苦茶言うなこいつ……」


 筋肉の山みたいな男を動かせるわけないだろ。

 それがわかっているくせに、喜充はなおもおれのちんぽを舐め、先走りを味わっている。おれのぬらぬらとしたグロテスクなちんぽと、喜充のいかつく凛々しい顔の構図は、どんなオカズよりも使える絵面だった。


「まあいいけど……んで、初フェラはどうだったよ」

「あ?♡悪くなかったぜ♡まずいのにも慣れてきたしよ♡そうすりゃ、案外いけるな♡」

「やっぱこいつゲイの才能あるな……」

「きもいこと言ってんじゃねえって♡お前以外はごめんだっつってんだろ♡お前以外の男が喘いだところで、きしょいだけなんだよ♡♡」

「好き……♡♡」

「はいはい、きもいきもい♡やっぱお前がもだえててもきもいわ♡さっきのなしな♡」


 身もふたもないことを言いながら、涎まみれのちんぽに頬ずりかます。毛皮が汚れるのすら構わないのも、おれを昂らせるためなんだろう。

 実際頬の刺激だけでいきそうになってるし、喜充にもそれがわかっているはずだ。

 熊は根元に唇を付けて先端まで登り、わざとらしく次へ行こうと誘いをかける。


「んー♡こんだけ濡れてりゃいけるだろ♡」

「ようやくか……もう何回も射精してる気分だぞ♡」

「はっ♡俺もだよ♡ちょっと遊びすぎたかもな♡」

「まあおれはまだ足りないんだけどな♡朝まで寝かさねえから、そのつもりでいろよ♡」

「きっも♡俺に欲情しすぎだっての♡ケダモノ彼氏がよ♡初めてだっつうのに♡愛されすぎて困るぜ♡♡」

「こんなふてぶてしい処女がいてたまるか♡」

「いるだろ、ここに♡♡」


 熊は体を起こしてベッドに上ると、おれの横に倒れこむ。間近で見る顔はいろいろ汚れていたが、それでもこいつの魅力は全く損なわれていなかった。

 選手交代ということだろう。了承の意として鼻面にキスを送ると、ひらひらと手を振って返される。フェラをした後だから遠慮したのかもしれないが、おれが気にするわけもない。再度口を付けると、しょうがないなと鼻息交じりにキスが返ってきた。


「彼氏君が俺のこと好きすぎてきしょいな♡この口にキスするか、普通?♡」

「おれの先走りなんだから気にしねえよ♡逆だったらお前は気にするのか?♡」

「まあ……しねえわ♡」

「だろ」


 軽口の応酬は変わりないのだが、おれらの体は火照ってたまらない。逆立って広がる毛皮も、うるんで光る瞳も、普段とはまるで違う一面をのぞかせている。

 早くつながりたいと、言わなくともおれらは了解している。さんざんくすぶった情欲が、ようやく日の目を浴びようとしていた。


「じゃあちょっと待っててくれ、ローション取ってくる」

「……いらねえよ♡」

「え、でもさすがに最初なんだから、合った方がいいだろ」

「いらねえっつってんだろ♡風呂で準備は済ませてんだよ♡お前に抱けって迫るために……ほぐしてきた♡」


 じゃああの時は本気で逆レされる寸前だったのか。初めてがあんなことにならなくてよかった。多分喜充もそう考えているのだろう、少し申し訳なさそうだ。


「ん、わかった♡なら体位は……」

「これでいい」


 分厚い体でうつ伏せの姿勢。後背位を希望してるようだ。


「一応聞くけど、その理由は?」

「別に体位なんてなんだっていいだろ♡ってか、なんで一応なんだよ♡」

「いや、さっき顔隠してたから、多分やってる最中の顔を見られたくないんだろうなと思っただけだが?♡」

「まじでうっせえ……♡わかってんなら聞くんじゃねえよ♡」

 

 ふてくされたようにつぶやいて、枕に顔をうずめてしまった。腰振ってる最中、絶対好き好き言うのが目に見えてるので、予防策としては間違ってない。

 本当は正常位で顔を見ながらが良かったんだが、それはまたの機会に取っておこう。


 おれは後ろに回り、改めて見ると尻がでかい。背中も肩も筋肉が盛り上がっているのだが、高さという点で尻は飛びぬけている。しっかり肉のついた丸みのまま肥大化した感じ。鍛えているから垂れさがってもいない、丸々としたデカ尻だ。


「うわ、すごいな……♡♡」


 しごきあってた時に見るのはちんぽだけだったので、こうして尻をまじまじ眺めるのは初めてだ。肉がみっちりと詰まっている割れ目の上には、小さな尻尾が乗っている。

 むしろ臀部が膨らみすぎているせいで、球体の間に尻尾が置かれているという表現の方がしっくりくる。本人は邪魔と言っているが、こうして見ると悪くない。

 

 触ってみると胸よりも硬い弾力に手がはじかれる。当然のように掌ではつかみきれない肉の塊を揉むと、枕の方から悩まし気な声が聞こえてきた。


「んぅ♡手つきがいやらしすぎだろ♡お前、胸だけじゃなくて尻も好きなのかよ♡」

「まあ、そうかもな♡こんなでかい尻見せられたら、誰でも好きになるだろ♡」

「きも♡いいから先行けよ♡」


 尻の境を広げてみれば、なるほど、確かにローションを仕込んでいるのがわかった。深い渓谷の奥にある清楚な蕾はまだ乾いていないようだ。綺麗な色をしたしわのすぼまりが、つやつやと輝いている。

 念のため指で撫でてみても、やっぱりまだぬるついていた。これならすぐにでも挿入可能だろう。


「んくっ……♡な?♡このままいけそうだろ♡」

「そうだな♡確認なんだが、おれの入るよな?♡」

「お前のためにほぐしてんだから、入るに決まってんだろ♡むしろ、普段使ってるディルドの方が彼氏君よりでかいかもな♡」


 なんて挑発を一つまみされても、興奮に飲まれているおれには届かない。人と無機物は違うということを、こいつはすぐに思い知るだろう。

 それよりも、おれより太いディルドを咥えてアナニーしてる喜充を想像すると、股間がたぎってしょうがない。見せびらかすのが好きなやつだから、頼んだら見せてくれそうだな。


 でも今は本番だ。熊に尻を上げてもらうように頼むと、巨大な球体が突き出される。普通な谷間が割れて穴が見えるだろうに、肉がでかすぎてアナルがなかなか姿を現さなかった。


「うわ……♡」


 喜充は頭を下げたまま、尻だけを高く掲げてくれた。おかげで膨張した筋肉が視界いっぱいに広がり、処理する脳が衝撃で殴られた気分になる。何度夢想したかわからない熊の秘部は、おれの想像をたやすく超えてくるほどにスケベだった。


「はっ♡お前、何度驚けば気が済むんだよ♡そんなに俺の体はすごいか?♡」

「当然だろ♡お前以上の男は存在しないんだ♡最高の尻が目の間にきたら、誰だってこうなるだろ♡」

「ふうん♡いつも通りにきもい彼氏君だな♡じゃあこういうのも好きなわけだ♡♡」


 何をするんだろうと思って身構えていたら、熊尻が揺れた。

 へこへこと下卑た動きは浅ましいのに挑発的で、魅入ってしまって一瞬思考が止まる。鍛え上げた筋肉が弾む光景は実際に見ると迫力が違う。しかも最高の大男による演舞は今まで見た何よりもおれを刺激して止まなかった。


「ははっ♡すっげえ顔♡ケダモノみてえな顔してるぜ、彼氏君♡」

「絶対朝まで抱きつぶす……♡」

「できるならな♡お前って何してもいい反応するから、つい調子乗っちまう♡こんなに俺の体好きな奴、他にいねえしな♡」


 こちらを振り返ってにやつく喜充は、恥ずかしいよりも楽しいが勝っているようだ。一年の積み重ねはこいつを大胆に、エッチにさせている。


 図らずも尻を振らせることに成功したが、こんなにたぎるとは思わなかった。もう入れたいという感情で頭が支配されている。準備が整っているのなら、暴発する前にすぐさま行うべきだ。

 

「そろそろ入れるけど……最初は中で出してもいいんだな?♡」

「構わねえよ♡セックスってもんを、俺の体に教えてくれ♡あの時がもう二度と蘇ってこねえように、徹底的にな♡」


 さらにずいっと尻を差し出して、喜充は枕に顔をうずめた。自慢の体は得意気に見せびらかすが、照れたり感じている表情は見せたくないという線引きなんだろうな。


「わかってる」


 丸太よりでかい腰を掴んで、強直をあてがう。粘膜におれの興奮を感じて、熊の尻尾が緊張に震えた。


「お前にとってのセックスが、おれとの思い出になるよう全力を尽くす♡だからこれからもずっと、おれだけの喜充でいてくれ♡」

「……はっ♡何当然のこと言ってんだか♡俺の彼氏はお前だっつうの♡♡」

「ありがとう、愛してる喜充♡」


 愛の言葉を皮切りに、腰を慎重に進ませる。肉槍は深い肉の谷間を割って、喜充の熟れた処女を散らそうと先端を潜り込ませた。


「うぉ♡」


 アナルの広がる感覚に熊から上ずった声が漏れだした。たくましい体は枕を抱きながら震え、亀頭が埋没していけばきゅうっと肛門を締め付けてくる。


「あっ……入ってくる♡熱すぎ、だろぉ……♡すげ、お前、興奮しすぎ♡」


 くぐもった声は喜んでいるようで、中がまとわりついてくる。きつさは感じていないのか、陶酔とした音だけが熊から響いていく。

 カリまで飲み込めば後は奥を目指すだけ。慣らしていたとはいえ処女はやはりきつく、しかも喜充との初体験ということもあり興奮は最高潮だ。挿入だけでいってしまわないよう、歯を食いしばって突き立てていく。


「腹、火傷しちまう♡本物、すっげ♡お゛~♡♡俺のケツ、いつもより感じるっ♡これ、やべえぇ♡♡」


 前戯をねっとりとしたおかげか、喜充の感度も最高潮になっているようだ。痛みなどもないようで、小さな尻尾が嬉しそうに揺れている。

 そして、恥骨と尻をくっつけると、喜充の処女は失われた。おれらはようやく、完全につながれたんだ。


「おぉ……全部、入ったな♡なかなか奥まで来てるじゃねえか♡しかも、ガチガチで熱すぎだろ♡」

「お前の中もやばいなこれ……♡尻の中って、こんなとろとろだったっけか♡」

「そりゃ一年ぶり……下手すりゃそれ以上だもんな♡よく我慢したもんだ♡」

「絶対お前を抱くって決めてたからな♡」

「はっ、体目当てのホモ野郎がよ♡んで、念願叶った今の気持ちはどうよ?♡」

「最高に幸せなんだけど……気持ちいい以上に、お前とこうしてできている喜びの方が強いかもしれん♡」


 当初やり捨てようと思っていた時は、こんなことを考えなかっただろう。喜充はアプリが無くともおれを受け入れてくれて、こうしてつながれている。それがとても嬉しい。

 挿入は終わったが、慣らすためにいったん停止する。このまま腰を振りたいが、理性を鋼にして何とか耐えた。


「こんなに硬くしといてピュアなこと言ってんじゃねえよ♡ケダモノ彼氏君は俺の処女食って、それで満足できるのかよ♡」

「それは無理♡何回も中出し決めるから♡」

「きも♡お前ザーメンの量は無駄に多いからな♡腹壊したら食事当番変われよ♡」

「それくらいなら♡そういうおまえはどうなんだよ♡初体験なのはそっちだろ」

「んー?♡俺かあ♡」


 枕に顔をうずめたままの熊が、少しだけ考える。


「まっ、こんなもんなんじゃねえの♡」

「素直じゃねえ奴♡」

「うっせえ♡俺はお前ほど恥知らずじゃねえから、好き好き言えねえんだよ♡」

「じゃあお前と足して割ったらちょうどいいってことか♡」

「はっ♡違いねえ♡お前はそうやって、ずーっと俺のこと好き好き言ってろよ♡」


 口だけは相変わらず素直じゃないが、尻はさっきからもぞもぞと動いている。言葉の途中に艶めかしい吐息も漏れているから、感じてくれているんだろう。


 だったら、慣らすのはもう終わり。

 でかく丸い尻を撫でて合図を送ると、きゅっと穴が締まる。口ではあんなことを言いながら、期待も緊張もあるはずだ。


「できるだけ優しくしたいとは思っているけど……多分無理だ♡」

「雌扱いすんじゃねえって♡この体が丈夫なことくらい、見りゃわかるだろ♡お前が盛ってもいいようにほぐしてきたんだ♡遠慮せず腰振れよ、彼氏君♡」

「喜充……おれは本当にいい恋人を持った」

「はいはい、俺も初めてがお前で嬉しいよ♡」


 流すように言うが、これが喜充の本心なことくらいわかる。顔が見えないから、見栄が薄くなっていた。

 こんなこと言われたら止まれるわけもない。腰を引いていくと、引き伸ばされた熊の肛門からちんぽがずろぉと排出されていき、臀部の筋肉が力んで引き締まった。


「んお゛っ♡おおぉお~~♡♡♡」


 理性の持つ限りは優しくしたいのだが、五感を刺激するすべてが煽情的過ぎる。

 肛門がカリにひっかかるまで抜くと、ぷくっと膨らんだすぼまりから汁がこぼれていく。結合部は肉色で埋め尽くされたグロテスクなものだが、卑猥なものであると同時に、息を飲むほど美しかった。


 おれはもっと見たくて、膨らんだ尻を左右に割ってからもう一度押し込んだ。

 ちんぽが熊に呑みこまれる瞬間を観察していると、自然とぎらついた顔になっていると思う。


「おおおぉ♡♡すっげえ♡ぞくってきちまう♡ん……ふおぉ、んぐ、おおぉ……♡♡」


 浮ついた言葉をしゃべっていた喜充だったが、すぐさま枕に口を押し付けて言葉を濁した。肩が震えていることから、かなり強引に打ち切ったらしい。

 けど、おれとしてはもっと喜充の言葉が聞きたい。だから強情な口をこじ開けるべく、引き抜いて打ち込む動作を今度は強く行った。


「んっお゛お゛おぉ~~♡♡」


 声を抑えるのに必死だった喜充はとっさの快楽にのけぞってしまい、気持ちいいという叫びを寝室中に響かせた。反ったせいで背中の筋肉が隆起して、雄々しいのに雌らしいという矛盾が展開されていた。

 口を割らせたことを好機に、抽挿を続ける。初めての柔肉に亀頭をこすりつけ、ひだをなぎ倒しながら奥へと突っ込んでいく。


「これっ、やっ、べええぇ♡♡声っ♡出るっ♡止まんね♡おっおっ♡おおぉ♡♡」

「喜充っ♡もっと感じてくれ♡おれ、ディルドに負けねえからっ♡喜充を、もっと、気持ちよくするからっ!♡」

「も゛っ、十分だっつうの♡♡ああくそっ♡声漏れちまうっ♡♡お゛っ♡♡腰振り、すごっ♡あっだるっ♡やっべ♡やっべえぇ♡」


 どうやらディルドには勝っているようでひとまず安心した。デカ尻はびくびく震えては締め付け、おねだりをかかさない。それが嬉しくて強く内壁をえぐると、熊の喉から野太い嬌声が溢れた。


 でも確かに、こんな大声を出すのに一緒に住んでてアナニー中の声を聞いたことがない。拡張するのが目的だから、普段は抑えられる程度にしかやっていない可能性がある。

 だから、本番での快楽は喜充の想像を超えているのかもしれない。


「ケツ、やべえって♡俺のケツ、まじでっ♡マンコにされちまってる♡ディルドと♡全然、ちげえ♡生ちんぽ、すっげ、んおっおっ♡♡」


 どれだけ激しく突き入れても、喜充の尻がクッションになってはじかれる。臀部が抽挿に合わせてたわみ続けるおかげで、犯しているのだと強く実感できた。どさくさに紛れて尻を揉むと、通電しているかのような震えがわかる。


 自分で感じてくれているんだと思うと、歓喜が興奮と混ざり、心臓の鼓動が一段とやかましい。

 柔肉はずっとちんぽを舐めてくれているし、肛門もきつく絞って幹をしごいてくれる。筋骨隆々としているせいか、喜充が力んでいるからなのかはわからないが、とにかく締め付けが強かった。


「喜充、好きだ……このまま、感じてくれ♡おれは、せめて、お前がいくまで保たせたいっ!♡」

「んなの、知らねえって♡いくなら勝手に、ぅお、いけばいいだろ♡もう、んな余裕ねえ♡ケツも頭も、ぐちゃぐちゃにされて♡訳わかんねえっ♡」

「お前のこと、もっと気持ちよくする♡このセックスで、お前の頭から……あんな奴のこと追い出してやるからっ!♡」

「ん゛っ♡♡つよっ……おおぉん♡たまんねっ♡セックス、すっげええぇ♡♡」


 喜充は枕に顔を押し付けてなんとか言葉を濁そうとしているが、それ以上に声が大きくてごまかしきれていない。どんな顔をしているのかはわからないが、きっと蕩けて嬉しそうなんだろうなと想像はつく。


 今までの前戯よりずっとやかましく、ずっと気持ちのいい本番は、おれらをもっと過激にしていく。荒々しく腰を叩きつけるたびに尻が揺れ、肉の谷間から愛液の濁流がはじけ飛ぶ。肛門周りの毛皮はすでに、汁でドロドロになっていた。


「ふぅー♡ふぅー♡んぐぅ♡♡♡ぐううぅぅ♡♡」


 急に声がくぐもったから何かと思ったら、枕に噛みついてでも抑えようとしているようだった。意地っぱりなのは知っていたが、ここまでだとは思わなかった。


「喜充、無理しなくても……おれはお前とできて嬉しいから、声を聞かせてくれ……♡」

「ふぅ♡♡ふぅー♡♡んむっ♡んんんっ♡♡♡」


 どれだけちんぽで中をえぐっても、体が震えるだけで言葉は返ってこない。そうするとおれも意地になって、奥や前立腺を丁寧に穿つことで引き出そうとしてしまう。


「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ♡♡♡♡」


 短い尻尾も直立して、熊の全身が跳ねた。内壁は無数の舌みたいに蠢いておれを愛撫しているのに、口だけはいまだ強情だ。

 枕には涎がしみこんで、後背位からでもシミがわかるほどに広がっている。喜充用の大きな枕だったが、今度買い直さないとな。


 でも今優先すべきは、目の前の熊だ。

 おれは尻を撫でながら肉棒を突き立て、ご機嫌をうかがった。


「喜充……♡」

「ああもう、うっせえ♡」根負けした熊が叫ぶ。「黙って、腰、振ってろ♡んおっ♡おおっ♡奥、やべっ♡当だって……おっおぉぉ♡♡」

「おれはお前が感じてくれる声を聴きたい♡お前の気持ちに寄り添って、抱きたいんだ♡」

「だからうっせえって♡んなことまで、んっ、言うんじゃねえよ♡愛されすぎてむず痒すぎるだろ♡ああくそっ、わかったわかった♡彼氏君の、言う通りにぃ、してやるよっ♡ちっ、初夜で、こんな気持ちいいの……駄目だろ、まじでっ♡♡」


 吐き捨てるように言う喜充だが、丸い耳が小刻みに動いているから嫌がっていないことはわかる。そして、それだけで十分だった。


 荒野のように隆起した広い背中に声をかけると、さらに締まった気がする。汗ばんだ毛皮は筋肉を浮き彫りにするから、行為が進めば進むほど、この熊は雄性と雌性を強めていくんだ。


「うごっ♡おおぉ♡おらっ♡お前、もっと腰振れよ♡何遠慮してんだっ♡んお゛っ♡俺の頭から、あん時のくそ野郎を追い出すんだろ♡俺の彼氏はお前だって、もっと、わからせてくれねえとさ♡彼氏君よぉ♡♡」

「すでにいきそうなくらい、中が震えてるくせに……よく挑発なんて、できるな……♡」

「お゛お゛ぉっ♡♡はんっ♡どうせ一発じゃ終わらねえんだろ♡だったら、んっ、少しくらい発破かけてやらねえとな♡」


 しゃべるようにしたら途端にこれだ。嬌声混ざりでありながらも、憎まれ口は変わらない。これは多分本人がもっと欲しがっているんだろうけど、素直じゃないから言えないだけな気がする。


 それでも求められれば全力で応えたい。体を酷使して腰を前後に動かすと、食いちぎらんばかりに締まった。


「ぐぅおおおぉぉ♡♡すっげすっげ♡ケツ、感じすぎちまう♡んおっ♡ホモセックス、こんな、やべえのかよっ♡お前のちんぽ、よすぎっ♡♡おおぉぉ~♡」

「ん、うれしいよ♡ああ、すご♡このまま、一緒に、出そうな♡」

「言われ、なくてもよぉ♡俺は、好きに、出しちまうからな♡抑えるなんて、無理っ♡だっ♡こんなのおぉ♡♡」

「そうして、くれ♡せめて……お前を先にいかせたいから♡気持ちよくなってくれっ♡」


 初体験の喜充には最高の射精をしたもらいたい。その意地だけで、おれは崩壊しそうになる射精の堤防を支えていた。


 おれらの間には毛皮があるというのに、叩きつける破裂音は乾いている。それだけ力強いということなのだが、喜充はずっと嬉しそうに嬌声を奏でていた。


 こうして見下ろしてみて、その広さとたくましさには感動せざるを得ない。見慣れたと思っていたが、何度確認しても立派な肉体は素晴らしいと思わされる。

 そんな筋肉を抱いているおれは、明らかに限界が近かった。

 だというのに、熊は自ら尻を押し付けてきて、もっともっととおねだりをしてくる。セックスが解禁されれば、こいつだって一人の雄だ。気持ちいいことが好きなのは当然だった。


「お゛んっ♡おおぉ~~♡♡やっべ♡いぐっ♡ケツだけでぇ♡いぐぅ♡♡お、おい♡俺、もう、出しちまうぞっ!!♡♡」

「いいぞ♡たくさん出してくれ♡♡でも……」

「な、なんだよ♡まだ何かするつもりか?♡♡」

「やっぱりおれはお前の顔が見たい……♡お前が初めてでいくところが見たいんだ!♡♡」

「はぁ?!♡♡」


 だってこれがおれらの初めてなんだ。喜充がどんな顔をしてるのか、気になってしょうがない。こいつは枕にふせったままで、ちっとも振り向いてくれやしない。ただ体を震わせて嬌声を放つ姿では、物足りなくなっていた。


「おま……んぉ♡駄目に決まってんだろ♡今、ほんとに、やべえ顔してるから……♡♡」

「でも、これがお前の初体験なんだ♡おれはお前と向き合いたい♡それでも、駄目か……?♡♡」

「……」


 駄目ならそれで構わなかった。大事なのは喜充の意思なので、このまま射精したいのならそれを尊重する。

 おれは腰を止めずに湿潤な内壁を穿ちながら、少しでこっちに振り向いてくれれば十分だと思っていた。実際喜充の内部は今にも射精そうなくらいどん欲に絡みついているので、体を動かせない可能性もあるのだ。


 だけど、喜充は少ししてから、うなるようにこうつぶやいた。


「だったら……いったん、ふぅ、止めろよっ♡」

「え、いいのか……?♡」スローダウンして聞き返す。

「自分から言っといて、何ぬかしてんだよ♡もうちょっとでいけそうだってのに……♡このまま体ひねるから、蹴られるなよ♡♡」


 ぶっきらぼうにそれだけ言って、のそりと山が動く。

 おれは慌てて引き抜いて距離を取ると、喜充は正常位へと変わる。

 枕を噛みすぎて涎まみれになった口元や、生理的な涙で湿った目元。そして、赤面して明らかに発色の違う頬の毛皮に、むすっとした瞳。いかつくかっこいい熊の顔が、口を曲げながらも両手を広げておれを誘っていた。


「これでいいだろ……♡おら、早く続きするぞ♡俺も……出してえんだよ♡」

「わかった♡ありがとう喜充♡愛してる♡」

「もうそれ止めろ♡今、顔隠せねえから……♡」


 照れているのだろう。視線を合わせずに、熊はつぶやく。

 一時停止して温度を下げていく興奮を食い止めようと、おれはすぐさま熊の巨体に飛びついて挿入を開始する。


「ふおぉ♡やべ♡お前、あんまり顔……見んじゃねえぞ♡」

「ごめん♡それは無理かも……♡」

「ちっ♡だろうよ♡」


 体位を変えた時点でわかっていたことだ。喜充はこれ以上特に何も言わず、再度侵入してくる肉槍に感じ入ってうめき声を漏らしていた。

 後背位とは違うところに当たるおかげで、熊はびくびくと震えながら一物から先走りをこぼしている。さっきから全く萎えていなかったようで、腹の毛皮がべったりとくっついていた。


 喜充の全部が良く見えるこの体勢がおれは好きだ。覆いかぶさっておれの腹も汚れるが、そんなこと気にならないくらいこいつをよく見たかった。


「おおぉ~~♡おっ♡お前、一気に、加速しすぎだろ♡」

「もういきそうだったから♡それにおれも、我慢できなかったんだ♡♡」

「だったらあのままでも、おおぉん、よかっただろうが♡ったく、彼氏君は俺のことが……んおおぉぉ♡」

「好きすぎるんだよ♡愛してるぞ喜充♡♡」

「……うっせえ♡♡」


 こうして目を見ながら伝えると、さっきよりも締まる気がする。中を愛してくれと言われているようで、気兼ねなく犯していく。

 すると熊の顔があっさり蕩けて、開いた口から嬌声を浴びる。今の喜充は仏頂面でもなく、ただ快楽に浸るうっとりとしたものだった。


「ああ、すっげ♡ケツだけで、んふぅ、いっちまいそうだ♡まじでホモじゃねえか♡お゛♡お前も、ちんぽびくってしたなぁ♡中出しだろ♡早く♡早くいっちまえ♡彼氏君よぉ♡♡」

「くそこいつ、どんどんスケベになりやがって……♡やっぱりお前は最高だよっ♡♡」

「はっ♡だから俺が調子に乗るんだろうがよ♡んっお♡お゛~~♡♡やっべ♡腰、また強くなりやがったぁ♡♡お前、俺の顔見て、興奮しすぎだろ♡んおっおっおっ♡♡」


 体位を変えたことで吹っ切れたのか、喜充は顔を隠そうともしていない。ただ嬉しそうに上気した顔を緩ませ、おれから与えられる快楽に身を預けている。


 射精に向けておれはラストスパートをかけ、熊の嬌声も音量を上げる。結合部は今までで最も汚い音で盛り上がり、飛び散った汁がベッドのいたるところに散乱していた。スプリングのきしむ音すらも卑猥な気がするほど、おれらが放つものすべては性にまみれている。


「ふぉ♡お゛~~♡やべ♡くるっ♡射精、きちまう♡♡」

「喜充っ♡出してくれ♡お前のいくとこ、おれの前で♡」

「んぐおぉ♡やっべ♡俺の、いいとこ、ばっか当ててきやがって♡んっおおぉ~♡これやべっ♡やべえって♡」


 喘ぐ喜充は本当に淫らで、こっちへ愛おしそうに視線を向けている。一突きするたびに筋肉が跳ね、一物は汁を振りまき胸はたわむ。その姿は後背位とは別の煽情さを持っていた。


「い、いぐぞ♡お前の見たがってたもん♡全部見せてやる♡だからもっと、俺に、惚れろよな♡壱狗♡♡♡」

「今更だろ♡おれはずっと、お前に惚れてるよ♡」

「はっ♡きも♡」


 だけど熊は笑って、両手を差し出した。

 応えて手を伸ばして絡めとると、熊のちんぽが大きく震える。中の締め付けからも、射精なのだとわかった。


「お~~♡やっべえぇ♡いぐ♡♡これ、まじですげえのきちまうぞ♡♡」


 もはや喜充の内壁は食らいついていると言った方がいいほどの圧で、体中が射精に向けて準備を整えているかのようだ。自分から両手を差し出した喜充は隠す気もなく、涎をこぼす顔をおれに向けたまま、視線だけでもっととおねだりをしている。


「ぐおおぉ♡いぐ……いぐいぐいぐっ♡♡♡お゛ー♡お゛ぉー♡♡♡」


 遠吠えを上げながら、筋肉の塊が弓なりにしなる。今まで溜めに溜めた興奮が、金玉からマグマとなって駆け上ってくる。

 熊の一物はミミズのような血管を浮かばせて、もう限界だとびくんびくんとのたうった。雄として至上ともいえるそれは、触られることなく達しようとしていた。


 ひと際大きな遠吠えと共に、喜充が――射精する。


「ぐうぅぅおおおぉぉぉ~~~~♡♡♡♡」


 ぱっくり開いた鈴口から吹き上がる白濁は、ものすごく多く。まるで白いペンキをぶちまけたような勢いで、あふれだしてくる。

 一瞬にして雄の匂いが周囲を満たし、すべてを上書きしていく。喜充の雄性はすさまじく、匂いの強さでマーキングしたら誰もが自信を無くすだろうほどだ。


 こんなすさまじい射精、動画でさえ見たことがない。おれの頭上を越えるほどの射精は、まさに喜充という雄のすばらしさを語っていた。

 だけどこの力強さは初セックスというだけでなく、これは喜充が今まで溜めてきた鬱憤の発露なんだろう。

 セックスがしたいのにできない軋轢や、落ちぶれた不甲斐ない自分への劣等感。この白濁にはそういうものが煮詰まっているんだと思う。


「すげ♡なんだこの量♡んなの出したことねえ♡お~やべええ♡やばすぎだろこれぇ♡♡」


 そんな負の感情を吐き出して、熊はにたりと笑みを浮かべたままだ。おれが見ていることもわかっているだろうが、見たければ見ろと、いつも通り不遜な態度をのぞかせていた。


「あ~きもちいぃ♡おら、見てるか彼氏君♡これがお前の見たかったもんだろぉ♡♡しょうがねえから見せてやるよ♡すっげ♡まだ出るのかよ♡セックスってすんげえな♡♡」


 射精でハイになっているのか、露出の一環として好感度が高いだけなのか、あるいはそのどちらもか。熊は酔ったような表情をしながら、ザーメンの乗った顔でこちらを煽ってくる。

 そんな喜充がエロすぎて、それがとどめとなった。根元が収縮して、爆発の予兆に息が詰まる。


「う、ぐ、おれも……もう……!♡♡」

「お゛っおん♡出しちまえ出しちまえ♡俺のケツに彼氏君のホモザーメン♡たっぷりぶちまけてこいよ♡♡」

「だからお前は、そんな言葉どこで……♡♡」


 でもどうせ問い詰めたところで、おれのために覚えたとしか言わないだろうな。

 そしてそんな余裕もない。視界も思考も白くなって、喜充の奥にぶっ放すことしか考えられないからだ。その原始的な欲求が行動につながって、肉槍を体内で振り回す。


「うっおぉん♡いっでるのに♡すんげえぶち込んでくるじゃねえか♡は、ははっ♡こんなの、まじで、好きになっちまう……♡♡お前の顔見ると、求められてるって感じちまうな♡」

「ああっ♡いくぞ喜充♡おれの精液、受け取ってくれぇ♡♡♡」


 喜充の言葉にまともに対応もできず、おれは射精だけを追い求めて最後の一撃を放つ。

 つないだ手を離さないまま、力の限り奥を目指して。


「いく……いっぐぅ♡」

「いいぜ♡お前のザーメン♡全部注ぎ込めよ♡」

「あああぁぁ♡♡♡♡」


 好きな人へとする種付けは、おれの人生で最も強い射精だった。

 尿道が限界まで膨らんで、ザーメンが大量にあふれ出していく。ゲル状になったものが内部をこする感覚が非常に強く、感覚のすべてが下半身に集まっているようだ。


「んぶっ♡♡あっつ♡なんだよ♡これぇ♡お前の、ザーメン多すぎ、だろ♡孕まされちまってるじゃねえか♡あっあっ♡俺産めねえってのに♡こんな、たくさん♡やばあぁ♡♡」


 腹に熱源を感じて一瞬驚いた熊だったが、すぐに笑みも蕩けていく。初めて受ける他人の精にひどく感じ入って、出し終えたはずのちんぽから白い残滓が飛ぶ。

 こいつも欲しいと言っていたから、漏れないように締め付けて喜んでくれる。それが素直に嬉しい。


 だからおれは射精しながらも腰を突き上げ、奥まで喜充を満たしたかった。この熊を骨の髄まで愛したいと、でかい尻肉を何とか押し付けようとしていた。


「おぉ~♡押し込むじゃねえか♡まじで孕ませる気かよ♡俺のこと、本気で雌だと思ってんのかよ♡」

「そんなことじゃ、ない……!♡ただ、知ってほしいんだ♡おれがお前のことを、好きだって♡もう二度と、あんな奴のことを、思い出さないようにっ♡♡お前の中を、全部おれで埋めるっ♡♡」

「は、はは……お前って本当に……♡」


 そこで喜充は手を離したかと思うとおれを抱き寄せ、胸にうずめてきた。射精で敏感になっている二人は同時に艶めいた吐息を漏らすが、すぐに互いの体温の心地よさに浸る。


「最高の彼氏君だよな♡」

「うおっ♡喜充♡」

「このまま来てくれ♡お前の全部を俺の中に♡そしたら俺もう、あん時のことなんて気にしねえ♡あんな最低なことも、お前と会うためだったって納得してやる♡♡だから、なあ?♡」

「わかった♡どれだけでも注いでやる♡♡愛してる喜充♡これからもおれだけの喜充でいてくれ」

「…………」


 どくどくと白濁を漏らしながら汗とザーメンの匂いが強い喜充の胸の中で、おれはでかい体を抱き返す。

 喜充はおれに愛を歌わない。プライドの高さとホモへの嫌悪から、おれ相手でさえ躊躇する節がある。酔って寝たと思い込んだあの時以来、そういう言葉を聞いたことはなかった。

 だから――――


「当然だろ、これからもお前だけの俺だ……愛してる」


 これが素面で初めて聞く、喜充からの愛の言葉となった。


 そうして、おれは喜充の腹に抱き着いて、射精後の倦怠感を揺蕩っていた。ザーメンでぬるぬるとした感覚があるものの今更気にするわけもなく、豊満な胸筋を枕にして無言を共有する。

 太い腕に抱かれているとどっちがタチなのかわからなくなるが、硬い腹筋の下には、おれの精液が大量に注がれている。喜充は排出したいとかも言わないし、顔についたザーメンを少し拭うだけで、後はおれの敷布団になってくれていた。


 さすがにあれだけ出したのでいったん萎えてしまった。もはや処女ではない穴からずるりと排出されると、漏れる感覚に熊が甘やかにうめく。


「うぉ♡なんだ、萎えちまったのかよ♡朝まで抱きつぶすんじゃねえのか♡」

「まあ、今はな……ちょっと幸せを噛みしめてる」

「きっも♡ザーメンだらけの腹の上で、よくもまあ馬鹿みてえに笑えるよな」

「ようやくお前とできたんだぞ。だから今、本当に幸せなんだ」

「はいはい、お前はそういうやつだよな。このまま寝ちまうのか?」

「さすがにまだ無理だろ。多分落ち着いたらまたやりたくなるから」

「ははっ♡しょうがねえな♡俺もせっかくセックスができるようになったんだ、付き合ってやるよ♡♡」


 そうだ、喜充にとってはこれが初体験。でも、何の衒いもなく、落ち着いた顔をしている。

 おれの耳や顔を撫でながらたまに指先でくすぐって、目が合うとにっとふてぶてしく笑みを向ける。いつもの喜充だ。


「よかった、もう本当に大丈夫みたいだな」

「おかげさまで……ありがとうな」

「おれがしたかっただけだ。お前みたいな最高の男を前にして、いつまでもお預けは地獄だからな」

「はんっ、じゃあこれから毎晩求められちまうのか。勘弁しろよ。もう一緒のベッドで寝てやらねえぞ」

「そんなこと一言も言ってねえだろ。嫌ならやらないって。お前に嫌われたくねえからな」

「ふうん、健気な彼氏君だな。なら俺の方から襲っちまおうかな♡」

「それなら喜んで」

「きも。ちょっとは拒めよ」


 他愛もない話で作る温かい空気は嫌いじゃない。あれだけ愛を伝え合った今ならなおのこと。おれらは寄り添いあって、体も心も温めあっている。


「セックス、どうだった?」

「それさっきも聞いただろ」

「第一ラウンド終わったんだし、もう一回な」

「何がもう一回だ。別に変わんねえよ。こんなもんだろ」

「そっか……まあ、嫌じゃなかったらいいんだ」

「嫌っつうか、大体想像通りだってことだよ。お前とするのが最高に気持ちよくて、最高に嬉しくなるって意味ではな……」

「喜充ぅ……!」

「はいはい、きもいきもい」

「まだ何も言ってねえんだけど!」


 照れ隠しで雑に流す熊が愛おしくて、おれは顔を上げてキスをせがむ。そうすると自然な流れで返ってくるから、何度目かもわからない口づけを。


「んっ、は……んちゅぅ♡はふっはふっ♡♡」


 舌は差し込めどゆるりと動かす甘いキスだ。敏感な喜充は忌避していたけど、今だけは空気の熱に感化されているのか、おれの舌と踊ってくれる。


 手慰みのようなものだから、演目も短めだった。どちらのものかもわからない唾液を舐め取って、またまどろむように元の体勢へと戻っていく。

 だけど絶頂後の余韻が抜けていくと、どうしたって性臭が鼻につく。少し手を動かすだけで胸や腹に当たるのもあって、次第に興奮が鎌首をもたげ始めていた。


「喜充……」

「はいはい、硬くなってきてんな。そろそろ再開するか?」

「できるならしたいけど、お前はいいのか? お前が強いのは知ってるけど、ウケは初めてだろ。疲れたなら……」

「はっ、馬鹿言ってんじゃねえよ。一年耐えたお前も偉いが、俺だって……お前とやってもいいなと思ったのは半年前くらいか、そんくらい耐えてたんだ。一発じゃ終わらせねえよ♡それに……」


 ちょんっとおれの鼻を突いて、からかうように言う。


「朝まで抱きつぶすって言われ続けたから、こっちもそのつもりなんだぜ♡俺の体、ぜーんぶ堪能してけよ、彼氏君♡♡」


 たくましい体に乗ったいかつい顔がにやにやとおれを誘う。

 プライドの高い傲慢な男だけど、そのしぐさには確かな愛があった。


「パイズリだろうが腋こきだろうが構わねえぞ♡それに、一発は口に出せよ♡お前のザーメン、一回飲んでみてえんだよな♡」

「思ったよりやる気じゃん」

「そりゃお前、彼氏君とする初セックスだぜ♡ようやくできるようになったんだ、やりたいことくらい山のようにあるのは当然だろ♡」


 トラウマから解放された喜充は活き活きしていて、おれと肌を合わせることに前向きだ。好きな人とするんだ、おれだってやりたいことはたくさんある。

 まずは何からしようか、なんて思いながら視線を上げると、目を閉じた熊の顔が。

 そこに軽く唇を合わせて、おれらは動き出す。夜は長い、おれらはこれから互いのことをもっとよく知る時間があるってことだ。

 

 結局本当に朝まで盛り、その後は掃除もほどほどに寝落ちをかます。かなり射精したから、性も根も底をついていたんだ。

 汚れ切った毛皮のまま、いつもみたいに抱き合うおれらは幸せに浸って眠りに落ちる。


 その顔は緩んで微笑んでいた。


****


「なあ、喜充。こことかどうだ? ちょっと遠いけど、有名な温泉地だしさ」

「まあいいんじゃねえの。ただ、長旅だと結構しんどいんだよな。ほら、俺でかいから座席からはみ出すんだよ」

「あー……なら腕置きを上げられるか見るか、それなら二席取ればいいし、最悪おれの隣ならくっつけばいいしな」

「合法的に密着できるとか思ってんのかよ」

「ちょっと。でもそれ以上のことしてんだから今更だろ」

「そりゃそうだ」


 今日もおれらはリビングで旅行先を調べながら、ああでもないこうでもないと頭を悩ませている。夏真っ盛りの部屋なのだが、おれらは冷房を効かせて寄り添い、テーブルに置いたノートPCと向かい合っていた。

 付き合って一年記念の旅行だ。いい思い出が作りたい。


「喜充はどこがいいとかねえのかよ」

「と言ってもなあ、ここら辺は大会の遠征とかで行ったことあるけど、あん時は大会前の減量で気が立ってたしあんまり覚えてねえ。まっ、お前と一緒ならどこでもいいだろ」

「喜充ぅ……」

「はいはい、旅館の予約もあるんだから、真面目に探せよ」


 ソファで肩を寄せ合って、たまに手を握りながら未来について考えていく。

 そうしていると今後も一緒にいるんだと思えるから、幸せを噛みしめることができる。これからも隣に大きな熊がいるんだ。見上げるとちょうど目が合って、ため息が返された。


「まーた馬鹿みてえな顔して。なんだよ、俺が一緒で嬉しいのか?」

「まあな」

「幸せな奴。これじゃあ、いつまでたっても終わんねえだろ」

「でも候補は絞れてきたから、後は選ぶだけだな。喜充、選んでくれよ」

「俺かよ。まあ……これでいいんじゃねえの」

「あ、それ、おれが一番興味あるって言ってたやつ……ふうん」

「んだよ。むかつく顔するくらいなら、さっきみてえな馬鹿面してろって」


 憎まれ口は減らないが、こういうところで愛されてるなと実感する。寄りかかって体重をかけると、少し前に押されて完全に傾いて滑り落ちていく。向かう先は熊の膝で、枕にしていいと許可をもらえたらしい。

 硬い枕だが、おれはここが好きだ。たまにくつろいでいるときも、こうやってテレビを見たりする。おれ程度の重さなど喜充にとっては大した苦でもないので、なんとなく許されていた。


「じゃあ後は予約と日程だな。お前休み取れるのかよ」

「絶対取る。なんとしてでも有休をつかみ取る」

「なら頑張れ。でも、また前みたいに死んだ顔で帰ってくんじゃねえぞ。心臓に悪いんだからよ」

「気を付けます……」


 横になったおれの体を肘置きにした喜充が、ノートPCをたたんで片付けていく。後は休みを取ってから、それに合わせて予定を決めることにしている。

 アプリもない今、できるだけ早く帰るようにはしてるんだけど、どうしても遅くなる時もあるんだ。そういう時は喜充に迷惑をかけているので、この旅行で恩返しができたらいいと思う。


「でも、そういう喜充も最近忙しいんじゃねえのか?」

「お前ほどじゃねえよ。土木は深夜工事とか禁止されてることも多いしな」

「確かにな、おれも早く帰りてえ……そういえば昇進の話、受けるのか?」

「ん……まあ、あそこは俺が路頭に迷いかけてた時拾ってくれた会社だし……悪くねえかなとは思ってる。最初は毛皮が痛むから外仕事なんてぜってえ嫌だと思ってたけど、よく考えたらもうボディビルやってねえんだよな」

「確かに大会とか出るって話も聞かないな。社会人の部もあるだろ」

「筋肉の育成は好きだけど、減量は死ぬほど嫌いなんだよ。体をでかくするのが好きなだけだ」

「あー……だからそんな体に……おれとしては嬉しいけど」

「じゃあいいだろ。そんなわけで、大会は別にいい。毛皮もケアしてればそこまでひどくなってないしな」


 トレーナーや栄養学を勉強していた喜充だが、今は土木で務めている会社から昇進の話が来ている。なんでも学歴もあって現場も回せるから、らしい。最近は人当りもよくなったとか言われてるらしいけど、多分おれと付き合いだしてからだろうなと、なんとなくうぬぼれている。

 落ちぶれたとか言ってても、やっぱりやってきたことは無駄にならないんだな。


「前まではこんな仕事すぐやめてやるって思ってたけど……ただ俺が自分の境遇を認められなかっただけで、慣れたら案外嫌いじゃねえんだ。現場は運動にもなるし、同僚と話してみたら意外と居心地も悪くなかったしな」

「そっか。いろいろ学んでたけど、ご飯が美味くなったからおれは満足してるよ」

「はんっ、何食っても美味いしか言わねえ奴が言ってもなあ」


 それに最近、喜充に趣味ができた。去年アプリで調べた時は筋トレ以外全く好感度のなかった男が、ようやく他に熱中できるものを見つけたんだ。

 今、喜充は料理にはまっている。栄養学から得た知識で、味も栄養もしっかり取れる料理を作るのが目標らしい。もともとがストイックな男で料理も全く手を抜かないから、おれもいい思いをさせてもらっている。そもそも体づくりの延長線だと思ってる節があるからな。


 ジムを一緒にしない時はたいていおれより帰るのが早いので、いつも夕飯は任せてしまう。けど、エプロン姿の喜充を見ると、明日も早く帰るために頑張ろうと思えるのだ。


「幸せすぎる……」

「なんだ急に。きもさを爆発させるなよ」

「いや、今お前とこうしていられることが幸せだと思っただけだが」

「解説しろとは誰も言ってねえよ」


 膝枕を堪能しているおれの頬に指がぐりぐりと押し付けられる。それを握れば自然と指を絡めたものへと変わるから、つないだままにしておいた。


「あ、そういえば、縞柄(しまがら)が今度試合見に来ないかって」

「めんどいだろ。なんであいつ、友達面してくんだよ」

「いや、実際ジムでちょくちょく話すようになっただろうが。向こうは絶対お前のこと友人だと思ってるぞ」

「器具の使い方を聞いてくるから、しょうがなしで教えてるだけだっての」


 喜充とセックスするきっかけになったあの虎、縞柄とはなぜか縁が続いている。アプリ(出会い系の方)にメッセが届いていて、彼氏持ちとは知らなかったという謝罪が届いていた。それからジムで直接謝罪も受けたし、結構まともな人だった。

 向こうは好青年さわやかスポーツマンを地で行くタイプで、しかもお仲間と知ってから喜充に対しても気さくになっている。偏屈傲慢プライドの塊である喜充とは雲泥の差だ。


 まあそれは本人もわかっているのか、なんかライバル意識を持っている感じがある。それで会話も弾んでるんだから、はた目から見れば仲はよさそうだろ。

 大学時代の友人ともまた連絡を取るようにしたみたいだし、喜充を取り巻いていた環境もだんだん前向きになっている気がするな。いいことだ。


「んで、今日はどうすんだ?」


 誘いをかけられたので、起き上がって熊の前に立つ。もうシャワーも夕飯も終わってるので、後は寝るだけだ。


 さすがに座った喜充よりかは目線が高い。熊の頬を両手で包んでキスを落とすと、目を閉じて受け入れてくれる。


「ん……」


 それから手を下へと這わせて、薄着を盛り上げる胸筋を揉み解していく。いつ触ってもこいつのおっぱいはでかすぎて最高だ。布越しに乳首をひっかけば、熊の太い首から上ずった声が出た。


「あっ……やるのかよ♡毎日毎日、飽きねえもんだ♡」

「それはおれのセリフでもあるんだけどな」


 セックスが解禁されてから、喜充はどんどん大胆になった。もともとあのでかい金玉で人並み以上の性欲を持っていたくせに、トラウマのせいで発散できなかっただけなのだ。

 だから枷が無くなれば淫獣が出来上がるのは当然、しかもおれを興奮させるのが好きな露出狂なので、結構な頻度でセックスを行っていた。


 それに、セックスの好感度が-10だった頃から、おれとのセックスが4だったんだ。ハグするノリでやっても不思議じゃない。


「また寝る時間遅くなっちまうだろ♡明日も仕事だぜ♡」

「なら今日はさくっと抜くだけにしとくか?」

「はんっ♡誰かさんがケツの味を覚えさせたせいで、そんなんじゃ満足できねえんだよなあ♡彼氏君が責任取ってくれねえと、目の前でアナニーしちまうかもな♡」

「そんなの見たら耐えられねえって!」


 何度か見せつけられたが、こいつのアナニーはショーだからな。どスケベすぎて押し倒したくてたまらなくなる。

 こいつが本気になれば男はべらすのなんて余裕なんだろう。おれと同族なら、誰もが喉から手が出るほど欲しい体だ。それがおれのためだけにふるまわれると考えると、感謝と幸福で胸がいっぱいになる。


 前に一度、配信とか興味ないのかと聞いたことがある。

 露出好きだし、この肉体ならコメントで賞賛の嵐だろうからな。

 そしたら「なんで俺がホモ野郎相手に体を見せびらかさないといけねえんだよ。きもすぎだろ」と一蹴された。本当におれにしか見せる気がないのだ。


 目の前の巨体に抱き着いて感謝を示すと、抱き返されてソファに倒れこむ。ベッドほど広くはないのでこいつが手を離したら落ちてしまいそうだが、しっかりとおれを抱えて胸に押し込んでいる。もはや定位置となった谷間からは、石鹸と熊の香りがした。


「んー♡ここでするのか?♡」

「たまにはいいかなって。どうせこのソファ防水だし」


 たくましく太い熊の腕に抱かれながら、屈強な体をまさぐっていく。興奮をくすぐるような仕草をしていくと、おれらの股間はすぐ窮屈になっていた。

 だけれどすぐに脱がすことはせず、まったりと肌を重ねていって情緒を紡ぐ。おれも喜充も、セックスしたいのも本当だけど、こうして抱き合う時間が好きなだけなんだと思う。アプリは消えてしまったが、ハグの好感度はきっと4くらいにはなっているんだろうな。


 好きな人と暮らしてつながれる生活は、もはやおれにとってなくてはならないものになっている。抱きしめる熱に愛しさを抱き、こいつのために頑張れる。喜充もそう思ってくれているのは、なんとなく察していた。


「喜充、愛してるぞ」

「はいはい、毎回言うよなお前」


 アプリでは喜充の好感度しか見れなかったけど、もしかしたら、おれから喜充への好感度も順調に稼がれていたんだろうな。

 やり捨てようと思っていたから最初は2しかなかったはずなのに、今じゃ8になっている気しかしない。こいつと知り合って話していくうちに、だんだんと好きになっていったんだ。


「愛してる……お前に会えて、本当に良かった」

「きも。なんか今日しつこいな。酔ってんのか」

「そうじゃないって。ただ、今幸せだからさ」

「ちょろいやつ。抱かせてやったらすぐこれだ。他の男に目移りすんなよ」

「すると思うのかよ」

「全く。俺のこと好きすぎる奴だってのは、骨身にしみてんだ。でも、もし浮気したら……」

「したら、なんだよ……」

「好感度操作アプリでも使ってみりゃいいかもな」

「うっ、たまにこするのやめてくれよ……」


 悪かったと言いながら抱きしめれば、得意気な鼻息が降りかかる。熊の毛皮が少し震えていることから、笑いを噛み殺しているようだ。


 でも、こいつを惚れさせることができたのもアプリのおかげだ。きっかけ程度でしかなかったが、あれが無かったらおれらは他人同士で終わっていただろう。やってることは肯定できないが、喜充が許してくれて本当に良かった。

 その分もこれからたくさん返していこう。こいつのおかげで、幸せだから。


 おれは喜充に体をこすりつけながら、また愛しているとささやいた。


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POSTEDFeb 25, 2025
ARCHIVEDJun 10, 2026