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【全体公開版】馬車に満ちる雄の色香で僕は道を踏み外す

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 いつか王子様が迎えに来る。なんて村の女の子たちが好きそうなお話を思い出した。

 平民の主人公が実は貴族の血を引いていて、なんやかんやあって王子様と結ばれる。そんなありきたりで、平凡なおとぎ話。


 まさかそんな夢物語が自分の身に降りかかることになるなんて、想像すらしていなかった。


「ガルドレッグ様ですね。お迎えに上がりました」


 その狼は粗末な家に似つかわしくないほど綺麗な鎧を着ていて、白銀の毛皮は品の良さを醸していた。相貌は美麗の一言に尽き、こんな辺鄙な村にいていい顔じゃない。長すぎず短すぎず、ちょうどよいマズルに乗った深い青の瞳が、知性の光を湛えてこちらを見つめている。

 鍛えているだけでなく、いいものも食べているのだろう。村の誰よりも体格がいい狼は、優しそうに微笑んで僕に一礼してくれた。


 開けた扉の向こうでは僕の住んでいるのどかな村の光景があるのに、この狼が入るとちぐはぐにしか見えない。ドアが作る額縁の中にいると、作り物めいた美しさがいっそう非現実味を帯びていた。


「え、僕は確かにガルドレッグですけど、あなたは……?」

「失礼いたしました。私はオーダナト辺境伯にお仕えする騎士、クリンヴェル=フォールゼインと申します。今後はクリンとお呼びください」

「そんな……僕なんかが慣れ慣れしく……」

「いえ、そのようなことに気を使う必要はございません。ガルドレッグ様はアナト様のご子息でいらっしゃいますから」

「え、なんで母さんのことを……?」

「おや」意外そうに眼を開く仕草も様になってる。「何も聞いていらっしゃらないのですね。確かに聞くところによると、アナト様は急逝なさったとのこと。ご説明する暇もなかったのでしょう。この度はお悔やみ申し上げます」


 先日亡くなった母のことを持ち出され、僕は衝撃を隠せない。そんな僕に向けて、騎士は丁寧に説明してくれた。


 曰く、僕の母はオーダナト辺境伯と恋仲だったらしいが、当時の辺境伯、つまり僕のおじいちゃんに大反対されて出奔したらしい。だけど、母さんはすでに僕を身ごもっていて、ここで僕を産んで育ててくれた。

 父さんのことは下半身がだらしないけど、いい人だったと良く母さんから聞いていた。そして、僕は絶対そうならないようにとも。


「辺境伯様はアナト様に生活の援助をしておりました。むろん、先代には隠れて」

「そうだったんですね……」

「ここは我らが領地とは対極にあるような場所。アナト様がご病気になった時には手配が間に合わず、オーダナト様は大層悔やんでおりました」

「あっという間でしたからね……葬式だって、この前終わったばかりで……」

「貴方様はオーダナト様の唯一のご子息。身寄りもない貴方様を引き取りたいと申しております」

「え、唯一って……だって母は平民だったから結婚に反対されたんですよね。それなら、他に正妻とかがいるんじゃ……?」

「いえ……アナト様のことで意地になられた当主様は正妻を取ることを認めておらず……いまだ独身でいらっしゃいます」

「で、でも、正妻はいなくとも、子どもくらい……」

「それが、少々込み入った事情がありまして……」


 どうやら何か言いにくいことがあるらしい。

 けど今はそんなことよりも、自分の身に降りかかった状況を整理する方が先だった。


「えっと……今おいくつですか?」

「御年45でございます」

「そのお年だと確かに今から結婚は難しい……え、本当に跡取りが僕しかいないんですか?!」

「左様でございます。ですので、なんとしてでもお迎えしてこいと、先代からもきつく言い含められております」

「え、ええっと……」


 どうしよう。あまりにできすぎた話なので、詐欺を疑い始めている。

 だってこんなの、おとぎ話だってなかなかないくらい都合がいいんだ。ついていったら売られるなんてこともあるかもしれない。


 そんな僕の葛藤なんてお見通しなのか、狼がさっと紙を取り出して渡してくれた。


「こちらをご覧ください」

「これは……?」

「我らが主、オーダナト辺境伯の肖像画でございます。これを見せれば、信じてもらえるかと。辺境伯様とアナト様の肖像画です」


 確かにそこには若かりし頃の僕の母さんと、僕によく似た凛々しいバーニーズがいた。


 僕は図体こそ大きいが、小心者だと村でもよく言われている。黙っていれば凛々しいバーニーズなんだけど、すぐにしまい忘れる舌と茶色い眉がハの字になってるのがネックだ。ガルドレッグなんて大仰な名前に負けてると、小さな子にすら言われている。

 体のでかさも含めて父さん似だとは言われていたけど、まさかその父さんが辺境伯だとは思わなかった。


「こうして見ると、オーダナト様と似ておられますね。辺境伯領は防衛の要であり、強さが求められることが往々にしてございます。ガルドレッグ様なら、手ほどきを受ければ良い騎士になることでしょう」

「えっと、一応体はでかいからって自警団には入ってましたけど……。でも本当に似てる、これが僕の父さん……?」

「はい、これで信じていただけましたか?」

「じゃあ、貴方についていけば父さんに会えるってこと……?」

「もちろんです。先代からの許可も得た今、貴方様は大手を振って領地に戻ることが可能なのです」


 正直辺境伯の跡取りと言われても、まったくピンとこない。僕はずっとこの小さな村で平凡に暮らしていくとばかり思っていたから。

 だけど、母さんも亡くなって、父さんがいるとわかればもちろん会ってみたいと思う。それを向こうも望んでくれているのだからなおのこと。


「あの、クリンヴェル様……」

「クリンと、お呼びください。貴方様は辺境伯を継ぐもの。我ら銅(あかがね)騎士団の主となるお方ですから」


 こんな凛々しくたくましい狼を急に呼び捨てにできるほど、僕は心臓が強くない。だからいったん保留にさせてもらって、どうするのか考えよう。

 人生はいつ何があるのかわからないから、ちゃんと考える癖を付けなさい。これは母さんがいつも言ってたことだ。母さんは農作業の合間に学校のようなものを開いていて、みんなにいろんなことを教えていた。その教えは、まだ僕の中に色濃く残っている。

 怖がってばかりじゃ駄目だって、天にいる母さんに怒られてしまう。僕は顔を上げて、美麗な騎士を見返した。


「父さんに会いに行くってことは、辺境伯領に行くってことですよね? 僕は村を出たこともないんですけど……」

「御心配には及びません。馬車を手配しております。ただ、辺境伯領はここからはるか遠くにありますから、馬車でも一月以上はかかる想定です」

「この家とか、畑とか……母さんが残してくれたものが……」

「もちろん、急に言われても困るのは重々承知しております。こちらの都合でございますから、のちに必要なものはすべて回収する手はずとなっております。また、畑に関してですが、必要なら城内に同じものを用意させます。ひとまずは城に着いてから、身の振り方を考えるのがよろしいかと」

「あ、はい……」


 完全に逃げ道なんて無さそう。この人、絶対に僕を連れて行く気だ……。

 でもどうせもうこの村に僕の肉親はいないんだ。友達はいるから少し寂しいけど、やっぱり僕は父さんに会ってみたい。


「ふふっ、どうやら覚悟がお決まりになったようですね。そうしていると、御父上にそっくりです」

「そうなのかな……僕はあんなに凛々しくないと思うけど……」

「いいえ、貴方様は辺境伯の血を引く直系です。もう少しすれば、オーダナト様のようになられることでしょう」


 年を取ったからってああなれるとは思わないけど、無理に否定することでもないのであいまいに笑って流しておく。ただの平民として育った僕に辺境伯領の守護ができるのかはさておいて、当面の目標は父の顔を見ることでいいだろう。


「それでは早速準備をいたしましょう。といっても、ガルドレッグ様の手を煩わせることはあまりございません。服などはこちらに用意がありますし、お金もすべてこちらで負担いたします。どうしても持っていきたい思い出の品などにするのがよいでしょう」

「なんで服まで? 僕のサイズ……ってそういえば、援助してくれたんだっけ……」

「左様でございます。オーダナト様は自分の若い頃にそっくりだと喜んでおられましたよ。服の準備もはりきっておいでて……なのであまり心配はいらないかと」

「わかりました……」

「では、準備でき次第出発いたしましょう。道中を共にする方々も、ガルドレッグ様にご挨拶がしたいと言っております。私の部下たちは皆、貴方様に会えるのを楽しみにしておりますよ」

「そ、そうなんですね……」


 決めたのはいいけど、やっぱり緊張する。一緒に行く人たちはどんな人なのだろう。それに、僕に辺境伯なんて継げるのかな。不安は消えないし、父さんに会うっていう目的が無かったら断ってたかもしれない。

 でも向こうも僕に会うのを楽しみにしてたみたいだし、愛されてるなら顔は見たい。

 何度も同じ決意を反芻して、これからの不安をごまかしていく。


 だけど知らなかった。

 この旅が僕を決定的に変えてしまうことを。

 辺境伯の血筋とはどういうものなのか、身をもって知ることになる。


 彼ら銅(あかがね)の騎士たちによって。


****


「ここからの旅においてガルドレッグ様を少しでも鍛えるべく、様々な科目をご用意しております。これからは一分一秒も無駄にはできません」


 馬車に乗り込んですぐ、向かいに座っている白銀の狼はやわらかい声音ですごいことを言ってのけた。


「え、それって勉強するってことですか?」

「はい。アナト様から文字などは教わっていると聞いておりますが、やはりそれだけでは辺境伯としての責務をこなすことはできません」

「それはそうですけど……」

「ですので、旅の間、我々がガルドレッグ様の教師となり、知識を身に着けていただく予定です」


 あれから一日後、生まれ育った村から挨拶もほどほどに出発して、僕らは旅の道中だ。友達は騙されてるぞって心配してくれたけど、クリンヴェルの身なりを見て言葉を失っていた。

 だって彼の見た目は明らかに本物だったから。質素ながらも高そうな鎧に、上流階級に慣れ切った仕草。そして何より顔が整っている。気を使っているこの村の女の子を差し置いて、誰よりも毛艶がいいんだ。

 白銀は太陽を浴びて輝き、風を浴びてそよぐ様は粉雪の舞いを思わせる。クリンヴェルが立っているところはどこだって、銀幕の中なんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。


 それほど綺麗でたくましい、まさしく物語に登場しそうな騎士……なんだけど。


「どうかなさいましたか? 何か不明な点でも?」

「い、いいえ……大丈夫です……」


 向かい合って座る銀狼が端正な顔を向けて問うが、僕は言葉を濁した。

 馬車に同乗しているクリンヴェルは騎士ではなく教師としてここにいるためか、鎧ではなくラフなシャツとスラックス、それとサスペンダーだけだ。生真面目な言葉遣いを反映して、胸元まで締めたボタンはパツパツで、凹凸の激しいボディラインがしっかりと浮かび上がっている。


 それだけなら僕も騎士ってたくましいんだなって感嘆するだけなんだけど、問題はそこから発せられる匂いだった。


「えっと、この馬車って窓開けられないんだっけ?」

「左様です。万が一の襲撃に備え、魔法による結界で馬車の中は完全に守られております。外の空気が吸いたいのでしたら、部下に命じて休憩を取りましょうか?」

「まだ大丈夫です! 出たばかりですし……! クリンヴェルさんも早朝の訓練で疲れてるでしょうし……」

「私のことはお気になさらず。あくまで主はガルドレッグ様でございます」

「は、はは……」


 彼が率いる銅騎士団は僕を護衛するために鍛錬を怠っていないらしく、出発前の早朝に汗を流してきている。

 そう、汗、今馬車の中はクリンヴェルの……その、男らしい匂いがいっぱいなんだ。僕だって男だし、農作業後の男の匂いだって嗅いだことくらいある。

 けどクリンヴェルの匂いはそのどれとも違う、はっきりと言ってしまえばいい匂いだった。

 少しつんとした男らしさの塊みたいな匂いなのにどこか豊潤で、さわやかすら感じられる。土臭い僕らと全然違うのは、やっぱり生活のせいなんだろうか。


 狼なんだから鼻は利かないのかなと思うけど、男所帯でずっといると慣れてしまったのかもしれない。確かに他の男性に比べたらいい匂いだ。けどそれでも男の匂いだし、ずっと嗅いでいたいわけではないんだけど……。


 でも、それを指摘するのもちょっと憚られる。なにせほぼ初対面だし、僕を守るための訓練でかいた汗なのに臭いと言えるほど図太くない。


「ではまずは、簡単な地理から勉強いたしましょう」


 教師風ですよ言わんばかりに、どこからか取り出した赤縁の伊達メガネをかけて、銀狼は優しく笑った。背景に花が散っているような美丈夫なのに、鼻で感じるのは雄々しさだけだからギャップに戸惑ってしまう。


 どうやらこの馬車は魔道具のようで、優れた防御面だけでなく、外から中は見れないようになっているらしい。だから完全な密室で、僕はこの美麗な騎士と二人っきり。


「でも勉強といっても、机もないんじゃ……?」

「それならご安心を」


 クリンヴェルが壁に付いているボタンを操作すると、足元から板が浮かび上がってきた。それは僕たちの間で、ちょうどいいテーブルになってくれる。


「うわ! なにこれ!」

「これは辺境伯様御用達の馬車ですから、移動中も執務ができるよう様々な改良が施されているのです」

「すごい……買ったらいくらするんだろう」

「そうですねえ……私の給金で一年分くらいでしょうか」

「へっ?!」


 辺境伯お抱え騎士団の団長で一年だったら、平民からすれば途方もなさすぎるやつじゃん。絶対壊さないようにしなくちゃ……。


「他にも外との通信を可能にすることや、探知魔道具とのリンクによってどこにいても場所がわかるなど、有用な機能がたくさんあるんですよ」

「へえ……すごすぎる……」

「ですからガルドレッグ様がここにいる限り、何があろうとも安全です。それに、私もいますしね」


 銅騎士団長クリンヴェルはなんとも整った微笑みを向けてくる。女の子だったらそれだけでときめくだろうな。

 ものすごい機能が付いた馬車だというのはわかったけど、残念ながら換気はできないらしい。もし僕が辺境伯を継いだら、絶対改造してもらおう。継げるのかわからないけど……。


「それではこちらをご覧ください」


 これからに不安を感じていると、狼はテーブルの上に地図を広げた。

 そしてペンを取り出して、この国の領土の端から端に線を引いていく。片方は僕の村だから、終点は多分……。


「ここがガルドレッグ様の育った村、そしてこちらが辺境伯領です」

「ずいぶん遠いね……」

「先代の目をくらませるには、ここまでしなければならなかったのでしょう。本来なら手元に置いていきたかったでしょうに」

「そう言ってもらえると心が軽くなるよ……」

「ふふっ、本当ですよ。通信が届く距離まで来たら、ぜひ声を聞かせてあげてください」

「それってどのくらい?」

「こちらですね」


 半分より少し後ろにチェックが入る。


「辺境伯領には大規模通信魔法の準備があるのですが、誰が監視しているかもしれません。安全を期すために隠れ家の一つを使うことにしております。そこなら、オーダナト様所有の魔道具と通信が可能です」

「あ、安全って……?! だっておじいちゃんも僕に来てほしいんだよね?」

「直系の方々は確かにそうなのですが……」

「あ……」


 そうだ、辺境伯ともなれば、傍系がいるに決まってる。そして僕が領地についてしまうと、その人たちが後を継ぐことができなくなる。

 母さんがこんな端っこの村まで来た理由を、ようやくわかった気がした。おじいちゃんにばれるよりも、傍系の人たちにばれたら暗殺されるかもしれないんだ。


「何も心配はいりません」曇った表情を見た狼が胸を張って。「我ら銅(あかがね)騎士団は辺境伯様に忠誠を誓った騎士の集まり。例え命に代えても、ガルドレッグ様をお守りいたします」

「いや、死なれるのはちょっと……できればみんな一緒に帰りたいんだけど……」


 昨日までただの農民だった僕にとって、生き死にをそんな簡単に決められない。


「ふふっ、お優しくいらっしゃるのですね。良き領主になることでしょう」

「そうかな……政治とか全然わからないんだけど……」

「それはオーダナト様もですよ。あの方は政より武芸に秀でたお方ですから」

「え、そうなんだ、それはちょっと意外だったな。辺境伯ともなれば、政治をしないといけないと思ってた」

「他の領地ではそうかもしれません。ですがご存じの通り、辺境伯領は魔物や蛮族との戦いの最前線。オーダナト様は政こそ苦手ですが、前線指揮は誰よりもお得意なのです」

「その才能が少しでも受け継がれているといいんだけど……」

「強さを求められるとは言いましたが、前に出るだけが領主ではありませんから。むしろ、オーダナト様は我らを率いて前に出られるので、怪我をしないかいつも心配で……」


 どうやら僕の父さんは豪快な性格なようだ。肖像画に映ったあの自信に満ちた顔つきを思い出せば、確かに似合っているかもしれない。


「遠かったから辺境伯領についてあんまり知らないんだ。良かったら教えてくれる?」

「もちろんです。本日の授業はそれがメインですから」


 赤縁メガネの白銀狼は雄臭い毛皮を光らせて笑った。見た目と匂いが合致しない……いや、見た目通りの匂いではあるんだけど、ちょっと男臭いが勝る。

 早く慣れないとなあ、なんて思いながら地図の上をすべるペン先へと意識を集中する。


「我らが辺境伯領は雪と氷に閉ざされた場所です。高い山がそびえ、寒さが厳しい土地柄ですが、その分温室の結界魔法が発展しており、城の周囲は常春のようになっております」

「ええ、そうなのっ?! 城下町まで全部、結界で覆われてるってこと?!」

「左様です。知らない人が想像する辺境伯領は極寒の地というものでしょうが、実は主要都市は草木に満ちたいい場所なんですよ」

「それは見てみたいな……」

「楽しみにしていてくださいね。これは豆知識なのですが、我ら騎士団は外と中の温度差から身を守るために、鎧の内側に温度を一定にする魔法を使っているんですよ」

「へえ……!」

「話を戻しますと、そんな大規模な結界を可能にしているのが、雪ヶ狼大山脈から採れる魔晶石なのです」

「魔法を使うとき、魔力の代わりにできる石のことだね」

「その通りです。素晴らしい」


 常識問題を答えただけで褒められてしまった。この教師、ものすごく甘いかも。

 それからクリンヴェルは辺境伯領のいくつかに丸を書いていく。


「ここが主な魔晶石の鉱山、そして結界都市のある場所です」

「全部重なってるんだね」

「はい、魔晶石は領地の主要産物でもあります。結界は盗掘などから守るためという意味もあるのです」

「なるほど……でもそんな大規模な結界を常に張ってると、すぐ枯渇しちゃうんじゃないの?」

「素晴らしい着眼点です。ガルドレッグ様はオーダナト様より政治に向いているかもしれませんね」


 一挙手一投足に称賛が返ってくるのはなんだかむず痒い。小さな子に戻った気分だ。

 だからこの教師、甘すぎなんじゃないかな。


「実は結界としての機能は最小限しかなく、侵入者を知らせることと熱を逃がしづらい機能しかありません」

「で、でも、さっきは温室結界って……」

「温室と言っても、普通の結界ですと積もった雪の重み耐えられません。だから……」

「あ、もしかして中が温かくなるから雪は雨になって都市に振るってことかな……?」

「素晴らしい。何かご褒美をあげたいところですがあいにく手持ちがなく……もう少しガルドレッグ様が小さければ頭を撫でて差し上げたのですが……」

「さすがに僕も大人なので遠慮しますね……」


 クリンヴェルの話によると、熱を逃がしづらいだけなら魔力消費もそこまで必要なく、管理も維持も楽だそうだ。確かに伝説の魔法使いとかなら一人で首都を守ったお話もあるし、魔晶石があればそれくらいはできる気がする。


「魔晶石のおかげで快適な生活ができますが、一方で魔力の波動によっては魔物を引き寄せる効果もあるのです。ですので、扱いには十分注意しなければなりません」

「えっと、それは僕も聞いたことあるよ。確かそれで辺境伯領は魔晶石の職人が多くて、そこの魔道具は質がいいって」

「その通りです。例えば辺境伯領には魔晶石で動く車というものがあります。あれは魔晶石のエネルギー変換効率が悪く、長距離の移動には向きません。また荒道には弱く、護衛するためにも速度を合わせる必要があることから、こういう場合には馬車を使っております。防衛機能で言うなら、こちらの方がずっと優秀ですから」

「車……確か王様でさえなかなか買えないって……」

「辺境伯領自慢の魔道具ですよ。この馬車も非常時には馬を必要とせず、自動で動くようになっております」


 こうして辺境伯領やその周辺についての講義が進んでいき、僕は知らない世界の一端を垣間見た。

 辺境伯領は魔晶石のおかげで富んでいるらしく、結界内での特産物も人気らしい。雪山にしかないものや、温泉などもあって、旅行先としても人気なんだとか。


「それもこれも、我ら騎士団が魔物たちへの防波堤となっているからこそ。ゆえに、辺境伯領には私が率いる銅(あかがね)騎士団のほかにも、三つほど騎士団がございます」

「え、そんなにっ?!」

「それぞれお役目が違うのです。我ら銅は領主様の周囲や城の防衛を主としております。簡単に言うと、近衛兵みたいなものでしょう。たまに他の騎士団の補佐として遠征などに行くこともありますが、基本は主の城を勤務地としております」

「だから僕を迎えに来たのは銅なんですね」

「左様です。規模としては一番小さいのですが、重要なお役目な分、腕だけでなく品格が問われる騎士団でもあります。私がガルドレッグ様の教師になれるのも、騎士団に入るために勉学に励んだからです」


 この匂いに品格と聞いてちょっと首を傾げそうになったが、プライドを傷つけかねないので口を噤んでおこう。これから長い間共にする騎士から嫌われて、いいことなど一つもない。

 だから代わりに、他の疑問を投げかけておく。


「それじゃあ他の三つは金とか銀とかが名前に付いてたりするの?」

「いいえ、確かに銅と聞けばそう思われがちですが、実際我らが特殊なだけでなのです。他の騎士団はそれぞれ紅拳(こうけん)、白爪(はくそう)、紺牙(こんが)となっております」

「へえ……普通の色なんだ」

「鎧の色に対応しているのです。雪原で最も目立つ紅は都市防衛などで人目に付くことを意識しており、雪に紛れる白は外での仕事が多く遠征を得意としております」

「じゃあ紺は?」

「問題にしましょうか。なんだと思いますか?」


 急に振られてちょっと悩む。でも色で考えるんじゃなくて、拳が都市防衛で爪が遠征だとしたら、牙は……。


「暗殺……とか?」

「ふふ、半分正解といたしましょう。ガルドレッグ様は鋭くいらっしゃいます。ちなみに考えをお聞きしても?」

「いや、そんな大した考えはないんだけど、最も目立つ色で都市防衛をしてるなら、目立たない色も必要なんじゃないかと思っただけで……」

「なるほど、でしたら正解です。紺牙は辺境伯領内外の諜報を担当するものです。一応騎士団と分類されておりますが、鎧ではなく騎士服が支給されます。実際見ればわかるのですが、紺というよりかは黒に近い色ですよ」

「なるほど……雪じゃなくて夜に紛れるから紺なんだ……。じゃあ銅はどういう色なの? 鎧は綺麗な白銀だし……」

「ふふっ、それは我らを見ていればおいおいわかるかと。でしたら宿題にいたしましょう」


 これから長い付き合いになるのだ。しっかり見ているようにと、やんわり言われてしまった。


「昔は狩猟でしか生計が立てられなかったため、強い者がそのまま偉かったらしいです。オーダナト様やガルドレッグ様がそのような体つきなのも、名残かもしれませんね」


 なんて言葉で締めくくって、クリンヴェル先生の授業は幕を閉じた。

 外はもう夕日が沈みかけていて、これから夜が来るのがわかった。どうやらかなり話し込んでいたらしい。知らないことばかりだったから、つい根掘り葉掘り聞いてしまった。


 そうして一息ついて考えてみれば、これは気を使ってくれてるのかもしれないという結論に至った。僕が辺境伯を継ぐのに何もかも足りないのは事実だけど、一緒の馬車にいても息苦しくならないように勉強の時間を設けているのだろう。


「そろそろ日が暮れます。先発隊が野営地点を探してくれているので、見つかり次第休憩にしましょう」

「わかったよ。そういえば長旅になるんだよね? 食料とかはどうする予定なの?」

「潤沢に準備してありますから、御心配には及びません。それに金銭も困らない程度には持ってきております」

「え、でも、どこに……?」


 僕がみんなに挨拶をした時、そんな荷台は見当たらなかった。全員騎士団所属らしく、かっこいい鎧姿で、馬の数も最低限だったはず。

 あれだけの人数をしばらく養うと考えたら、かなりの物資が入用だと思うんだけど……。


「ふふっ、ではちょうど報告も上がってきたことですし、実際にご覧入れましょう」


 そう言いながら手に持った通信魔具を片付けると、ちょうど馬車が止まった。狼は颯爽と先に降りてから僕に手を差し伸べ、エスコートする形をとる。そんなことされたことなかったから、少し緊張してしまう。


 ついた場所は開けた森の中のようで、騎士団の人たちがてきぱきと準備をしていた。

 まるで加速の魔法でも使っているみたいにいくものテントが組み立てられ、集落が完成する。生まれてからずっと村にいた僕にとって、中がどうなっているのか全く想像できなかった。


 でも、こんなテントすら荷物で見たことない気がする。あたりを見渡してみても荷馬車があるわけでもない。一体どこに収納されていたんだろうか?


「ガルドレッグ様、あちらです」


 誘導されて視線を向ければ、小さな馬車がある。僕らの乗ってきたものとは違う、二人が入ればすぐ満員になってしまうほどの大きさだ。これだけのテントがあれに入っているとは思えない。


「ってことは、魔道具ってこと?」

「左様です。あれは収納用の魔道具になっておりまして、見た目以上に積載できるんですよ」

「へえ……なんだろうと思ってたけど、あれが荷馬車だったんだ……」

「あれにはほとんどの物資が入っていますが、もし何かあったとして我らは小型の収納魔道具を装備しております。近くの村までなら十分もたせることが可能ですので、ご安心ください」

「あ、うん……」


 正直そこまで考えていなかったんだけど、クリンヴェルは先回りして不安の種を打ち消してくれた。


「でも、みんな魔道具を持っているの? さすが近衛騎士……装備品も立派だ……」

「特に我らは身辺警護の関係上、高貴な方々に対しての備えを数多く保持していなければなりませんから。銅は人員こそ最も少ないですが、代わりに装備の質はどこよりもいいのです」


 あのまま村で暮らしてたら、小型の収納用魔道具を買うのでさえ無理だっただろうに。魔晶石で潤っているとは聞いていたけど、辺境伯領は想像以上にお金持ちのようだ。


「あちらがガルドレッグ様のテントになります。基本的に最低二人の部下が持ち回りで見張りをしておりますので、ご入用の際はお声がけください」

「見た目だけなら全部一緒なんだね」


 それから邪魔にならないように見ていると、狼はとあるテントを指さした。質素な見た目は他と区別がつかず、うっかり外に出ると迷子になりそうだ。


「中は一番豪華になっておりますよ。心配ご無用です」

「あ、別にそういう意味じゃなくって……! ただの感想だから!」


 なんだか自分がもう辺境伯気分のうぬぼれ屋になった気がして恥ずかしい。どんな質素な住居でも、村で住んでいた家よりはましなはずなのに。


「ふふっ、そうでしたか」クリンヴェルはふわりと笑って。「見た目が豪華ですと、賊などの襲撃があった際、貴賓がここにいるぞと知らせるようなものですから、こうして外見だけは同じものを使っております」

「あれ、でも見張りがいるって……もしかして、部屋の中ってこと?」

「はい。彼らは見張りですが、従者としてお使いくださって結構です。何なりとお申し付けください」

「えっ?! 騎士なのに雑用するの?!」


 驚いた声は思ったより遠くまで響いたようで、野営準備をしていた騎士の数人がそうですよと頷き返してきた。その態度からはしぶしぶという感じは見受けられないが、銅に入れるくらい優秀な騎士に身の回りの世話をさせるのはさすがに心苦しい。


 だけど僕の驚愕を不満と受け取ったのか、狼は恭しく一礼して返してきた。


「申し訳ありません。本来なら侍女の一人くらいは連れてくるべきなのですが、事情が事情ですから我々騎士しかおりません」

「それはわかってますから、そういうことじゃなくって……」

「ですので、我々がガルドレッグ様の身の回りのお世話をさせていただきます。我らはもしものためにそういう訓練も受けておりますから、ご安心ください」

「いえ、あの……僕は別に自分のことは自分でできるので……昨日までやってたので……」

「……申し訳ないのですが、おそらく不可能かと」

「へ?」


 どういう意味なのだろうと思って目を丸くしていると、案内する足が止まった。

 そこは集落の中でも広くスペースが取られていて、真ん中まで来ると騎士の一人がそそくさと木刀を持ってきた。


 それだけで大体察してしまう。クリンヴェルは変わらない笑みで僕を見ているが、背後には逃がす気はないという圧が幻視できる。


「ではお風呂に入る前に、鍛錬をいたしましょう。これから騎士の主となる方ですから、基礎くらいは習得していただく必要があります」

「あ……不可能ってもしかして……」

「はい、立てなくなるほどしごくつもりですので、ご了承ください。今までの遅れを少しでも取り返さなくてはなりません」


 綺麗な笑顔で恐ろしいことを吐いて、僕へと木刀を渡す。夜も深めてきた世界に映える白銀は輝いていて、鍛錬よりダンスのお誘いの方が似合っている。

 けれど首から下は屈強という言語の具現化で、硬そう、ではなく硬いという確信を持つことができる見た目をしている。自警団にいる誰よりもたくましく、僕とは比べ物にならない。もっと細かったら本当に銀幕のスターだっただろうが、やはり彼は騎士なのだ。


「では、今日はガルドレッグ様の身体能力を確認させていただきます」

「は、はい……! よろしくお願いします!」

「ふふっ、気軽な口調で結構ですよ。師とはいえ、私は貴方様の配下ですから」


 狼は優雅に赤縁を上げて、木刀を持ってきた騎士へと指示を出す。どうやら狩りに出ている騎士がいるらしく、いい肉を夕食に出したいとのこと。大量の荷物があるんだ、料理道具などもそろっているんだろうな。


「鍛錬が終わったら夕食にいたします。たくさん食べ、たくさん鍛え、良い騎士になれるよう私も微力ならお手伝いさせていただきますね」

「お、お手柔らかに……」

「これから貴方様には、我らの主となるにふさわしい存在へと成長していただきます」


 昇ってきた月を背にする白銀は目を細める。それはさっきまでとは違う笑みのような気もするけど、何が違うのかはわからなかった。

 ただ、クリンヴェルが本気なんだろうなってことはわかる。僕の背筋がぞっとするほどの気迫は、有言実行するのだと実感させるだけの力があった。


「我ら銅は辺境伯様に忠誠を誓い、生涯を共にする騎士。ガルドレッグ様の友であり、駒であり、片腕であるとご理解ください」

「そんな大層な……」

「ふふっ、今はまだ慣れていないでしょうから仕方ありません。ですが、この旅の間、必ずそのことを知るでしょう。貴方様ならきっと、良き主になられます」


 剣すら握ったこともないような僕にクリンヴェルは期待してくれている。自警団でもお荷物だった僕に。


 だったらその期待には応えたい。向こうが本気で教えてくれるというのに、だらけていては失礼だ。

 ハの字から眉を戻して、やる気を込める。肖像画で見た父さんに近づけているといいんだけど。


「では、開始いたしましょう」


 こうして旅に出て初めての夜は更けていく。

 立てなくなるまでと言ったクリンヴェルの言葉は、誇張でもなんでもなかったのだと、僕はすぐ知ることになる。


 テントの中を見てみたいとかいう浮ついた考えを持てるわけもなく、気が付いたら太陽が上がっていた。食事もお風呂もいつの間にか終わっていて、味なんて全く覚えていない。裸も見られてしまったけど、男所帯だし別にいいかな……そんなこと恥ずかしがる余裕もなかったし。


 そして、痛む全身引きずって、また僕は馬車にいた。


「では今日も勉学に励みましょう」

「はい……」


 死にそうな声しか出せていないが、僕はなんとか背筋を伸ばす。馬車の揺れが筋肉痛を直撃して、座ることすら苦痛だ。でも、この狼の前だとちょっと無理をしてしまう。

 きっといい恰好がしたいんだろう。いつ見てもクリンヴェルは凛々しいから。


 白銀は昨日と同じシャツとスラックスにサスペンダー、そして赤縁メガネ。

 ……加えて変わらない男臭さを振りまいている。僕を起こす前に鍛錬をしてきたのだそうだ。確かに四六時中僕に付きっ切りだから早朝くらいしか時間がないのはわかるけど、この汗の匂いにはまだ慣れそうにない。


 というかこの人はいつ寝ているのだろうか。


「本日は野営まで座学をして、夜はマッサージの予定です」

「鍛錬はないんだ……」

「さすがに筋肉痛の時にしたところで、身になりませんから。それに私もガルドレッグ様の能力に合わせたカリキュラムを作成するのに、少しお時間をいただきたく存じます」

「なるほど……それなら助かる……正直体中が痛くて……」

「無理をさせて申し訳ありません。もし辛さが続くようでしたら、ポーションを昼食時に追加で服用しましょう」


 朝にポーションを飲んでこれだ。目覚めた時はベッドから起き上がることすらできなかった。高級ポーションってもっと効果があると思ってた。

 正直今追加で飲みたいのだけど、どうやらそれは許されそうにない。


「このポーションには痛み止めの効果しかありませんから、多量の服用はあまりおすすめできないのです」

「え、回復するやつじゃないの……?!」

「回復ポーションですと怪我などと同じように元に戻すだけですから。訓練などで筋肉を増やしたいのに、それでは無駄になってしまいます」

「そういうものなんだ……じゃあずっとこれかあ……」

「申し訳ございません。何か気を紛らわせるものがあればよいのですが……」


 そう言ってくれるけど、馬車の中には僕らと教材くらいしかない。だったら勉強に集中して、痛みをごまかすしかないってこと。

 農民なので作業後の筋肉痛に無縁ではなかったんだけど、こんな痛みは生まれて初めてだ。全身が悲鳴を上げるってこういうことなんだと、実感と共に理解できてしまう。


 だから勉学にもあまり身が入らない。集中しようとするのだけど、ペンを動かすのも辛いんだ。それにクリンヴェルの匂いがどうしても気になってしまう。

 あんなに清楚な見た目だから、匂いにも気を使えばいいのに。とは絶対言えないけど、内心で首をかしげておく。ここまで整えておいて、匂いだけ無頓着なことなんてあるんだろうか。


「どうかなさいましたか?」

「あ、ううん、なんでもない。今日は何を勉強するのかなって」

「やる気があるのはいいことです。では、昨日の続きから。我が領地は広大なので、一日では語りきれないのです。一度ですべて覚える必要はありませんが、頭の片隅にとどめておいてくだされば結構です」

「うん、わかった……」

「まずは辺境伯様、ガルドレッグ様の家系からお話していきましょう――――」


 結局今日はクリンヴェルの講座を聞くことが主になって、気付けば夜になっていた。

 野営の準備が終わると、クリンヴェルは自分の仕事をするためなのか、一礼して去って行ってしまった。カリキュラムを作るとか言ってたし、後は単純に騎士団長としての仕事があるんだろう。

 誰にだって自分の時間は必要だ。僕も僕で満喫したい。クリンヴェルはいい人だけど、かしずかれると肩が凝ってしまう。それにやっぱり匂いがね……嫌いじゃないんだけど……。


 改めて深呼吸して、あたりを見渡してみる。

 昨日はそれどころではなかったので確認できなかったが、僕のテントの中は確かに豪華だ。ベッドと机はもちろん、仕切りの向こうには専用の湯船まである。魔道具で収納しているとはいえ、旅先でこの扱いは破格なことくらい、平民の僕でもわかる。

 床には防水シートの上に絨毯までひかれていて、そこらへんで摘んだと思われる花まで飾ってある。実家より豪華なテントに、僕はちょっと引いていた。


「これを毎日準備するの、大変じゃない……?」

「いいえ、ガルドレッグ様をおもてなしするのが、我ら騎士の務めですから」

「うわっ!」


 ハキハキと答えが返ってきて驚いてしまった。そういえば見張りがいたんだった。

 クリンヴェルと似たような鎧に身を包んだシェパードは、きりっとした顔で喋り続ける。


「我ら銅は辺境伯様のお世話をすることもございます。実際、オーダナト様は前線に出るのがお好きな方で、過酷な地では我らが侍女の代わりをすることも珍しいことではありません」

「確かに、前線は危ないもんね……」

「ですから、ガルドレッグ様が我らの役目を気に病む必要はございません。ご安心して、我らの奉仕を受け取ってください」

「そうそう。ガルドレッグ様はオーダナト様唯一のご子息。胸を張って堂々としていればいいんですよ」


 四角四面なシェパードと対をなすように、ゆるっとした態度の鮫が会話に入ってきた。


「ゴルヴィオス!」シェパードはきつい口調で。「ガルドレッグ様に対してなんだその口調は! 我ら銅の主となられるお方だぞ!」

「んなこと言っても、こいつみたいに堅苦しいとガルドレッグ様も肩がこるだろうに。そうですよねえ?」

「え、ええっと……」


 答えに窮していると、ゴルヴィオスと呼ばれた屈強な鮫は背筋を伸ばし、シェパードと同じように顔を引き締める。

 自分は体が大きい方だと思っているけど、この二人は目線が同じだ。それに加えて鍛え上げた分厚さは僕以上だから、圧で言うなら向こうの完勝になる。


「もしガルドレッグ様がこのような対応を望むのであれば、このゴルヴィオス、始終尻尾の先まで規律正しくするつもりです!」

「いや、そこまでは……長旅で大変だろうし、もっと気楽でもいいと思うよ。クリンヴェルも銅は友でもあるって言ってたし」

「だってさセリオール。次期ご当主様がこう言ってるんだぜ、肩の力抜いていこうぜ。な?」

「だからとて、貴様はだらけすぎだ! 我らはガルドレッグ様が初めて接する銅だぞ! 銅全員がお前のようなちゃらんぽらんだと思われたどうする!」

「そんときはクリンヴェル様が責任を取るから大丈夫だって」

「なにも! 大丈夫なわけ! あるか!」

 

 大男二人がやいのやいのと騒いでいるのを見ると、銅の人たちも僕と変わらないんだと思って安心する。みんながみんなクリンヴェルみたいに格式張ってこられると、僕も疲れてしまうから。


 シェパードの騎士はセリオール、鮫の騎士はゴルヴィオス。

 どちらも銅に努めて長い優秀な騎士らしく、その評判を裏付けるように屈強な体つきをしている。凛々しい顔を支える太い頸筋は、着こんだ鎧に負けないくらいたくましいんだ。あんな重厚感のある装備をしながら普通に振舞えているのだから、さぞかし筋肉が発達しているのだろう。


 僕の護衛は銅にとって最重要任務らしく、少数精鋭で来たとクリンヴェルは言っていた。そんな任務に選ばれるくらいなのだから、あの巌のような体つきにも納得だ。


「ほら見ろセリオール、ガルドレッグ様も楽しそうにしてらっしゃる」

「あ、ごめん。馬鹿にしてるつもりじゃないんだ。ただ、楽しそうだったから。環境が急に変わっちゃったから、ずっと緊張してて……」

「な、おれの言った通りだろ? 急に自分は辺境伯の跡取りですって言われて、こんないかつい騎士に囲まれてんだ、神経使うに決まってる。クリンヴェル様は立場上丁寧にしなきゃいけねえんだし、おれらくらい気楽に接しようぜ」

「む、うぅ……悔しいが、ゴルヴィオスの言うことにも一理ある……でしたら、私も、その……こんな馬鹿みたいに接した方がいいのでしょうか?」

「人をさりげなく馬鹿っていうんじゃねえよ」


 経験豊富ということは付き合いも長いのだろう、会話のテンポが聞いていて心地よい。村にいた友達もこんな感じだった。懐かしさを覚えつつ口元が緩むと、鮫が嬉しそうに大口を開いた。


「いやー黙ってると本当にオーダナト様とそっくりなんですけど、笑うとかわいらしいですよね。城で待ってる同僚も、ガルドレッグ様を見たら喜びますよ」

「え、そうかな……かわいらしいとか母さん以外から初めて言われたよ。僕は見ての通り大きいし……」

「あははっ! おれらからしたら普通ですよ。しかもちょっと丸っこいから余計にそう感じるんです」

「これでも農作業はしてたしある程度筋肉もついてると思うけど、みんなの体に比べたらそうかもね」

 

 僕は引き絞るということをしてないから、どうしたって丸みがあるんだ。平民の食事は質素だから太ってるわけじゃないけど、彼らと比べたらそう見えるのもしょうがない。

 巨漢のバーニーズは立ってるだけで威圧感があるから、自警団では後ろでむすっとしてるだけでいいと言われていた。でもここでそんなことしたって、だれも僕を怖がらないだろうなあ。


「我らは騎士として訓練をしていますから。農夫も生活を支える大事な仕事です。それぞれ使う筋肉が違い、役割が違うのです。気にすることはありません」


 当然のことだから気にしてはなかったんだけど、セリオールはフォローを入れてくれた。気楽にという話の後にこれなのだから、おそらくこれが楽な話し方なのだろう。


「これはおれも楽しみだなあ……」

「ん、何が楽しみなの?」

「……ガルドレッグ様をマッサージするのが、ですよ。おれらはオーダナト様のお世話をすることもある、とは言ったでしょう? だからこの機に、体の違いを徹底的に調べてみようと思いまして」

「ああ、そういえば今夜はその予定だったね」

「運動後のケアならおれらも専門ですから、お任せください! 昨日担当してたやつらから、ガルドレッグ様の触り心地はむちむちしてると評判だったんで、おれも楽しみなんですよね」

「あ、お風呂に入れてくれた人たちだね……昨日は全く動けなかったし……後でお礼言わないと。でもむちむちって……まあ確かに村でも同じものを食べてるのに、なんでそんなにでかいんだとは言われてたけど……」

「お礼なんていりませんよ。それがおれらの仕事なんですから、ガルドレッグ様は偉そうに受け取ってくれればいいんですよ」

「そうかな……あの後疲労回復効果があるって言われて香油も塗ってもらったし、結構手間暇かけてくれてるからありがたいけど申し訳ないよね」


 気楽に接してくれるゴルヴィオスと話していると、ちょっと緊張がほぐれてる気がする。自分でも気づいてなかったけど、結構気を張り詰めてたみたい。

 会話相手は一任することにしたのか、セリオールはその間準備を整えていた。

 昨日香油を塗るときに使った台を持ってきて、いい匂いのする液体をいくつか並べていく。マッサージというよりかは、サロンみたいだなと思う。村の女の子たちが行ってみたいと話しているのは聞いていたけど、まさか自分が受けるとは考えたこともなかった。


「ガルドレッグ様、こちらにお越しください。筋肉をほぐしていきましょう。終わった後はお風呂に入っていただくと、明日にはまだましになってるはずですよ」

「だといいんだけど……」

「エスコートしましょうか?」口角を歪めて鮫が聞いてきた。

「今日は自分で動けるから大丈夫だって……ちなみに、服は……」

「すべて脱いでください」

「だよね……昨日もそうだったし……」


 こんな筋骨隆々とした人たちの前で、ふくらんだ体を見せるのは恥ずかしい。けれど、どうにも脱がないと話が進まなさそうなので、躊躇いがちに服へと手をかける。


「せめて下着とか……」

「大丈夫ですって。どうせ雄しかいねえんですから!」


 そう言われたら断れない。生まれたままの姿になれば、体だけは大きなバーニーズの手足が居心地悪そうにもぞもぞしてしまう。やっぱり彼らの前だと、僕の体は樽みたいなものなんだ。


「おお、これはこれは……いいじゃねえか」

「…………」


 ゴルヴィオスはお世辞を言ってくれるけど、騎士と農民を比べるのがそもそも間違ってる。中途半端に筋肉のついた四肢は確かにむっちりしていると思う。だけど太さは同じくらいとはいえ、造形美に関しては足元にも及ばない。

 だというのに二人は満足そうにうなずくだけで、落胆などの感情も見えなかった。隠してるだけなのかもしれないけど、僕の自尊心を守ってくれるのはありがたかった。


「さっすがオーダナト様のご子息! 見た目も似てればちんぽも似てるんですね。こりゃ男も女も放っておかねえでしょうね」

「え、あ、そう、かな……」


 確かに村では一番でかかったけど、外の世界ではどうなのかはわからない。それに人気が出ると言ってくれたけど、友達からは誰が入るんだと言われる程度にはでかいんだよね。

 もしかして、そこしか褒めるところがなかったのだろうか……。なんて考えるとちょっとへこむ。


「いやあ……でもこれは本当に……やばいですね……」

「…………」


 なんか……二人の目がちょっと怖い。なんだろう。僕のこと根踏みしてるというか、じっくり観察してるというか……。


「確かにこれは役得だな……よかったじゃねえかセリオール」

「べ、別に私はそのような下心などない! 貴様と一緒にするな!」


 顔を赤らめたシェパードが吠えるけど、どうしたんだろう。さっきのことといい、二人のことが急にわからなくなってきている。


「どうしたの……? 僕の体、何か変だった……?」

「あ、いえ! そんなまさか! むしろ農民として暮らしていながら、このような肉体を維持できていることに驚いただけです! 鍛えればすぐオーダナト様のようになるでしょう!」

「そ、そう? でも役得って……?」

「あーそれは」鮫がすっと前に出て。「こうしてガルドレッグ様のお世話をしてると、クリンヴェル様から厳しい訓練を課されなくて済むって話です。ガルドレッグ様の護衛は我ら銅の最重要任務ですから、あれでクリンヴェル様、結構神経尖らせてるんですよ」

「そうなんだ……僕の前では全然そんなそぶりを見せなかったのに……」

「そりゃ主に心配かけさせちゃ騎士の名折れですからね。しかもあの人はかなり表情作るのが上手いので、初見じゃばれませんよ」


 話しながら案内され、台にうつ伏せになると昨日も使った香油がまぶされる。毛皮を湿らせながら肌にしみこんでくると、確かに少し楽になった気がした。


 さすがにマッサージ中は彼らも鎧を脱いでいる。薄着になると筋肉がよりはっきりとわかるから、しっかり鍛えていることがよく分かった。僕が昨日やった鍛錬ですら序の口らしいし、あれ以上のことをずっとしてきているはずだ。


「力加減はどうですか?」

「大丈夫……気持ちいいよ……」


 セリオールから聞かれて、素直に本心を返す。性格がまるで違うから手つきも異なるのかと思ったけど、二人ともあまり変わらなかった。きちんと教育されてる証拠なんだろうな。目を閉じると、肉球があるかどうかだけしかわからない。


 背中や足を揉まれると、心地よさにまどろんでしまう。やっぱり僕は自分が思っていた以上に気疲れしていたみたいだ。


「すげえな……」

「ん、なにが……?」

「いや、どこもかしこもパンパンで、弾力が強い。しっかり筋肉がついてるから、驚いただけです」

「村のみんなにも言われたよ……同じ農作業してるのに、なんでお前はそんなにたくましいんだって……」


 騎士たちほど巌ではないとはいえ、僕もそれなりに太いから。力も村で一番だったし、後は気弱な性格さえ何とかなれば騎士になれるのに、とも言われていた。


「オーダナト様の血縁ですねえ。張りのいい見た目をしてるとは思ってましたけど、触り心地も最高です。こりゃクリンヴェル様も気に入るわけだ」

「クリンヴェルが、僕を……?」

「あの人、表情を取り繕うのが上手いだけで、ガルドレッグ様のこと大好きですよ。慣れてきたら尻尾を振ってくれるんじゃないですか。セリオールみたいに」

「ばっ……今言わなくてもいいだろっ!」


 顔を傾けると、セリオールの後ろで尻尾が揺れているのが映る。どうやら本当に喜んでくれているようだ。なんで僕をマッサージして喜んでいるのかちょっとよくわからないけど。


「その……」恥ずかしそうにシェパードが。「ガルドレッグ様こそ我らが仕える辺境伯様の跡取りですから。我ら銅は辺境伯様に仕えるだけですが、私個人としては、やはり正当性のあるお方に仕えたいと思っておりますので……こうしてお仕えできることが嬉しいのです」

「傍系の方じゃ駄目なの?」

「駄目、ではありませんが……申し訳ありません、立場上あまり言うことができず……」

「まあ、結婚を断固として認めなかった先代が、わざわざガルドレッグ様を呼び戻そうとしている時点で察してください。おれも気持ちはセリオールと一緒ですから」


 どうやら傍系の方々はあまり評判がよくないらしい。平民として育った僕を呼び戻そうとするくらいだって言われたら、そうかもしれないと納得してしまう。


 セリオールも話しづらそうにしてるし、これ以上この話題を続けるのはよくなさそうだ。僕はマッサージを受けながら、気になっていたことを聞いてみることにした。


「ねえ……これは聞いていいのかわからないんだけど」

「なんなりと。我ら銅は貴方様の友でもありますから」


 こうして二人と話していると、打ち解けてきたと思う。向こうが礼儀をもって接してくれているだけではあるんだけど、だからこそ聞けるんじゃないかなって。

 僕は前々から気になっていたことを確かめるために、ゆっくりと口を開いた。


「クリンヴェルって……朝に水浴びしないの……?」


 あの汗臭さで毎日同じ馬車というのは、さすがにちょっと困る。僕が慣れればいいだけの話かもしれないが、あれではせっかくの美丈夫が台無しなんじゃないだろうか。


 本人に直接聞くのもはばかられるので、何か理由があったら教えてほしい。そうすれば僕は自分を納得させられるから。


「……はあ」

「……ははっ!」


 だけど返ってきたのは犬からはため息、鮫からは笑いだった。


「あの方は騎士としては優秀なのですが、少々……駄犬と言いますか……」

「え、クリンヴェルが?!」


 まだ交流してわずかな期間だけど、駄犬とは程遠い位置にいる人だというイメージを持っている。彼と比べたら、僕の方こそ駄犬だろう。


「いえ、本当に、普段は誰よりも優れたお方なのですよ? ただ……好きな人の前だとどうにもポンコツになるというか……」

「初めて会った日の夜、ガルドレッグ様を優秀な跡取りにする! って息巻いてたからなあ。多分その一環なんでしょうね。初対面の時は汗の匂いなんてしなかったでしょ?」

「あ、言われてみればそうかも……でもなんで、汗に慣れさせるのと跡取りが関係あるの?」

「あー、クリンヴェル様が言ってないのなら、おれらからは言えないですね。申し訳ありませんが……」

 

 なんだか濁されてしまったが、そう言われてしまうとこれ以上踏み込むのも野暮か。

 僕は口を噤み、二人の手を感じることにした。頭の中で情報をまとめたかったのもあるから。

 それにしても、クリンヴェルが駄犬と言われてるのには驚いた。所作の一つ一つが洗礼されているし、あの美貌だ。誰が見ても高貴な人と口をそろえて言うだろう。


 駄犬と汗、何の関係があるのか……皆目見当がつかなかった。


「さて、背中はこんなもんだな。次は前を向いてもらってもいいですか?」

「うん、わかったよ」


 台の上でごろんと寝返りを打つ。股間が丸見えだから恥ずかしいのだけど、気にしちゃ駄目だと自分に言い聞かせた。


「……」

「……」


 なぜか二人は唾を飲み込んだ気がしたけど、僕が問う前にその手が動き出した。


「じゃあ失礼します」

「たっぷり気持ちよくしてあげますからねー」

「え、何を……?」


 指先が振れたのは僕の一物。萎えてもなお大きいと言われるそれに、茶色と青色の指が伸びていく。


「ひう?! 何するつもり?!」

「もちろんマッサージですよ♡おれらに任せてくれれば、しっかり気持ちよくしてあげますからね♡♡」

「さすがにそれはひとりでできるから! 大丈夫だって! セリオールも……なんで!」

「お気になさらず♡雄である以上、長旅ではどうしても溜まってしまうものです♡ガルドレッグ様には気持ちよく旅をしていただきたいのです♡」

「そういうこと♡どうせ旅の間も、即位してからも、おれらが四六時中おそばにいるんですよ♡夢精するくらいならこっちの方がいいってもんでしょ♡」

「だからって……!」

「どうせガルドレッグ様はオーダナト様と同じように性豪なんでしょう?♡あの人はこういう方面でも豪快でしたから、おれらも何度かお付き合いしてますよ♡」

「え、ええ……父さんと同じかはわからないけど、たくさん出る方だとは思うよ……だけど……」


 そりゃずっとそばにいてくれるから性処理とかどうしようとはちょっと思っていたけど、まさかしてくれるとは想像すらしていなかった。

 僕は貴族のあれやらにまったく詳しくないのだけど、これって普通なのだろうか?


「他領地の騎士団は知りませんが」セリオールが一物を揉みながら。「我らは雪山で何日も過ごすことがあり得ますから、性処理の問題は始終付きまとうのです」

「町も限られてるし、娼館もないなんてざらですしね。なら同じ男同士でさっくり処理しちまった方が楽ってことで、結構普通に行われてますよ。男同士なら妊娠もしないし、気楽ですからね」

「そう、なんだ……」


 クリンヴェルも辺境伯領は険しいと言っていた。魔物対峙などで遠征なんてしたら、町なんてめったにないのだろう。男同士でするくらいしか発散できないならば、男色の文化が発達するのも不思議じゃない。

 都会にはそういう文化もあるとは聞いていたけど、本当だったんだ。昔村に来た旅人が、僕なら体で結構稼げるぞと笑いながら言っていたことを思い出した。どうやらこの巨躯にも需要というものがあるらしいが、あの時は意味がさっぱりわからなかった。


「ちなみに聞いちゃいますが、ガルドレッグ様って童貞ですか?」

「う、うん……まだ……」

「ほーう、そうなんですねえ♡こんないいもの持ってるのに、世間は見る目がねえんですねえ♡♡」


 鮫はあの時の旅人と似たようなことを言って、香油を僕の幹に滑らせる。未使用のそこは人に触られたのも初めてで、あっという間に硬度を増していった。

 うぶなものは恥ずかしいくらいに敏感で、すぐさま鎌首をもたげて起き上がる。寝起きの蛇だったそれはもはやいきり立つ肉槍へと変わり、亀頭を膨らませて天を突いている。

 血管を膨らませる肉塊は気弱な顔に似つかわしくない見た目をしていて、醜悪さすら醸し出していた。以前村で悪戯されたことがあるけれど、みんなが引くほど僕のものはでかくてすごいみたい。

 

「おお……やべえなこれ♡」

「さすがオーダナト様のご子息……♡」

「うう、恥ずかしい……」


 だけど二人が見せた表情は恍惚だった。地元じゃ誰もが畏怖を浮かべた肉槍に対して、蕩けるような歓喜を開花させていく。

 ところ変われば常識が変わるとは言うけれど、まさかそんな顔をされるとは思わなかった。セリオールすら手を止めて凝視している。


「これ、本当に使ったことがないんですか……♡」

「な、ないよ! だってこんなの誰も入らないって、みんな言うから……!」

「それはまた、もったいない……♡」

「本当にな♡失礼ですけど、これで童貞は宝の持ち腐れが過ぎますって♡もっと使っていきましょう♡♡」

「だって、相手がいなかったし……」

「「なら……」」

 

 食い気味に身を乗り出したのは二人同時だった。

 緩い態度に隠れて気を使ってくれていたゴルヴィオスも、誠実真面目に仕えてくれたセリオールも。僕の強直を握りながら頬をくっつけて自己アピールに余念がない。


「私とかどうでしょう?♡」

「おれとかどうでしょう?♡」

「え、それって……その、エッチするって、こと?」

「はい、ガルドレッグ様は辺境伯を継ぐお方。行為の仕方も知らぬとなれば、世継ぎの問題にもなりますから、勉学という意味でもこの私をお使いいただければ……♡」

「それにおれらは経験豊富だし、男色初心者にもやさしくしてやれますよぉ♡♡」

「け、経験豊富って……それは……」

「当然、セックスのことですよ♡」


 シェパードと鮫は潤んだ目でこちらを見つめており、尻尾をくねらせている。太く屈強な腰があでやかに揺れており、雄々しさとの対比にいっそう強直が張り詰めた。

 出稼ぎをした人が娼館で女の人を買った話とかは聞いたことがあるけれど、多分今目の前で行われようとしていることは、それ以上にすごいものなのだと直感した。


 青くすべらかな鮫肌がいつの間にか肉棒に頬ずりをかましている。香油と先走りで塗れたそれは醜悪さを増しているのに、それが愛おしと言わんばかりに根元を舐めてくれた。


「どうします?♡どうせこれから長い旅になるんですから、オナニーより気持ちいいこと、たっくさんしましょうよ♡♡」

「せっかくの精液をコキ捨てるなんてもったいない♡」反対側からシェパードも頬ずりして。「どうせなら我らへの報償としてお使いいただければ、部隊の士気も上がるかと♡」

「うわぁ……」


 見たこともないような淫靡な光景を前に、僕の頭は大混乱してしまった。今まで男色なんてもの、都会にしかない別世界の話だと思っていたのに、今はこんなに近くまで来ている。

 どうしていいのかわからない。セックスって何をすればいいの? 村のみんなはセックスしたいって言ってたけど、僕はどういうものかもよくわかってないんだ。

 そもそも僕はこの二人とそういうことをしたいのかな。あまりに急すぎて何も頭が働かない。


「えっと、こういうのは、好きな人同士がするものだって……母さんが……」

「おれはガルドレッグ様のこと、好きですよ♡」

「私もお慕い申し上げております♡」

「そういうことじゃない気が……!」


 二人が服を脱ぎ捨てると、僕とは比べ物にならないくらい筋肉の発達した体が露わになる。起伏のキレがすさまじく、溝が鮮明だ。高そうな絵画にいても不思議じゃないほど彼らは整っている。こんな芸術品みたいな体、今まで見たことない。


 セリオールは香油を垂らした腹筋を撫で、ゴルヴィオスは金玉を揉み始める。背面の時とは全然違う、いやらしい手つきだ。


「玉もでっけえ♡可愛い顔してるのに、やっぱりオーダナト様の血は争えませんねえ♡」

「それならなおのこと、性処理は喫緊の課題かと♡ガルドレッグ様は男とするの、お嫌いですか?♡」

「嫌いというか、あんまりわからない……今まで女の子とするものだとばかり思ってたから……」


 一応貴賓の扱いはされているからか、僕の意思を無視して襲ってくる気配はない。

 だけど、情欲をくすぐるような手つきは巧みで、頭の中があっぷあっぷしてきている。銅にとってこれが日常だというのなら、僕は慣れた方がいいんだろうけど……。でも心の準備というものがある。僕はいったい、どうすればいいんだ。


 このまま二人に任せて、気持ちよくなってもいいのだろうか。二人もそれを望んでいるし……でもこういうのは好きな人としなさいって母さんが……。


「二人とも、何をしている?」


 もはや言葉も出ないほど混乱した僕に差し伸べられた救いの声は、凛とした狼のものだった。


 颯爽とやってきたクリンヴェルは二人を睥睨すると、止まるよう指示を出す。馬車で見た教師ルックから着替えたのか、整えた鎧姿は毅然とした姿を強調してくれていた。


「マッサージをするというから心配になって来てみれば案の定……ガルドレッグ様が困っているではないか」

「でもクリンヴェル様♡ガルドレッグ様の性処理問題は早急に解決しないとまずそうですよ♡ほら見てくださいよ、このデカ玉♡♡絶対オーダナト様と同じ絶倫ですって♡♡」

「そんなことは知っている。昨日見たからな」


 当然のように答えるクリンヴェルだけど、同じこと考えてたんだ……。

 ってことは昨日のお風呂の時、付き添いの騎士たちも考えてたのかな……それはものすごく恥ずかしいんだけど……。


「セリオール、お前はゴルヴィオスより自分を律せると思っていたのだが……」

「申し訳ありません♡ですが、ここに来る道中もずっとアナニーだけで、おマンコが本物ちんぽを求めて仕方ないのです♡♡我らで盛り合ったとて、クリちんぽでは本物の雄ちんぽに勝てないこと、誰よりもご存じでしょう♡♡それにオーダナト様がああなってしまっては――」

「セリオール」

「はっ……大変申し訳ございません。失言でした」


 今の、どういう意味だろう。父さんがああなったって、何があったの?

 僕が白銀に視線を向ければ、申し訳なさそうにそらされる。それが嫌な予感をさらに加速させるとわかったうえで、クリンヴェルはとっさにしてしまったのだ。


「クリンヴェル……今のは……?」

「直に説明する予定でした。騙すつもりなどなかったことだけは、信じていただきたい。我ら銅についても……説明いたしましょう。隠しきれるものではありませんからね」


 それだけ言って、狼は鎧を脱いでいく。二人に負けないくらい起伏の強い肉体がさらけ出され、白銀が光源を反射してきらめいては筋肉を強調している。


「我ら銅(あかがね)は辺境伯様の周辺をお守りする騎士であり、同時に身の回りのお世話を担当する騎士でもあります」

「それって、つまり……」

「はい、ガルドレッグ様のご想像の通りかと。辺境伯ともなれば、そこらの男を買うことすら危険が伴います。僻地での駐屯に侍女など同行させるわけにもいかず、主への奉仕は自然と我らが担当することになっていきました」


 そうして裸になったクリンヴェルは僕の想像を超えるほど綺麗だった。

 張り出した胸板や割れた腹筋、そして形の整った一物。筋骨隆々なのにきらめく毛皮が神秘的な光を放っており、神の御使いと言われても信じてしまうだけの神々しさがある。黙って立っているだけで、誰もが彼に目を奪われるだろう。

 

「我らがなぜ銅と呼ばれるのか。それは性処理を担当し始めてからつけられた名だからです」

「どういうこと……?」


 言葉よりも行動で示すことにしたのか、白銀は僕に背を向けて腰を下ろす。すると形の良さとでかさを兼ね備えた臀部がくぱあと開いた。


「え……」


 唐突なことに二の句を失っていたが、クリンヴェルの割れ目の奥はさらに衝撃的だった。

 そこはお尻の穴というにはあまりに淫らだったからだ。


 肉のふちは盛り上がり、呼吸するかのように開閉を繰り返している。僕は男色に詳しくないけれど、明らかに使い込んだのだとわかってしまう見た目だ。そこは白銀に不釣り合いなほど生々しい肉の色で、かといって鮮烈な赤というわけでもなく、少しくすんだ赤をしていた。


 勝手に視線が吸い寄せられてしまう。何とか振り切って顔を上げると、上気した白銀がこっちを見ていることに気が付いた。さっきの二人と同じような、蕩けた顔をして。


「く、クリンヴェル……それは銅と何の関係が……?」

「これこそ、我らが銅と呼ばれる所以♡主様のお世話をすることで♡より淫らになるおマンコを銅に例えて名づけられました♡♡ゆえに我らは銅、使い込みどスケベなおマンコで主様のお世話をさせていただく、辺境伯領唯一の雌マンコ専用部隊なのです♡」

「え、え、えぇ……」


 衝撃で何も言えなかった。毅然とかっこいい狼が見せる醜態に理解が追い付かない。

 クリンヴェルの言うことが正しいとするなら、セリオールもゴルヴィオスもそうだということになる。

 ばっと否定を求めて視線を向けると、二人は肩をくっつけた状態で背中を向いており、それぞれの尻肉を引っ張って同じように使い込まれた肛門を見せつけてきた。粘膜はなぜか濡れているようで、艶めかしい光沢が僕の脳に突き刺さった。


「じゃあ、本当に……?」

「はい、最初から説明すれば、純朴なガルドレッグ様から反感を買ってしまうかと思い、黙っておりました。不快な思いをさせたなら、なんなりと罰をお与えください」

「不快というか……ものすごくびっくりしたというか……」


 正直この情報をどういう気持ちで受け取ればいいのか、皆目見当がつかないんだ。ただただ驚愕が強いけど、黙っていたとしても不思議じゃないとは思う。少なくとも僕の村では男色が好きだって表立って言う人、見たことないし……。


 でもそれでクリンヴェルたちのことが嫌いになるかというと……そうはならないみたい。自分の心に聞いてみたけど、嫌いという答えは出てこなかった。

 彼らは何も知らない僕に、丁寧に接してくれた。いくら辺境伯の跡取りとはいっても、半分は平民の血が混ざっている。嫌悪を出してもしょうがないのに、主だと認めてくれた。


「だから別に、罰を与えるとかしないけど……それより父さんのこと、教えてほしい。何があったの?」

「それは……」


 ずっと父さんは元気でいるものだとばかり思っていた。でもそうじゃなかった。

 だから僕を迎えに来たんだと、今更ながらどこか腑に落ちるところもあった。父さんに何かあったから、僕しか跡取りがいないから、おじいちゃんも認めざるを得なかったんだ。


 クリンヴェルはなんと言ったものかと考えているのだろう、全裸のまま沈鬱な顔をしてもこの狼は綺麗だった。


「貴方様の父君、オーダナト様は……」


 ものすごく悲しそうな顔で、狼は言う。


「……不能になられました」

「え? 不能って、あの、立たない……?」

「左様でございます。あれだけ性豪だったオーダナト様が、いつのころから急に立たなくなったのです」

「は、はあ……」


 正直反応に困る。もっと深刻なことを想定していたからさ。

 40を超えたらそうなることがあってもしょうがないのでは。なんて言いたかったけど、痛ましそうな顔をする三人を前に、そんなことを言える勇気が僕にあるはずもなかった。

 でも貴族にとって跡継ぎは大問題だし、僕が軽く考えすぎてるだけなのかな?


「でも……生きてるんだよね?」

「それはもう。不能なこと以外は全く問題ありません。元気に遠征を繰り返しておりますよ」

「あ、じゃあ、良かった……」


 驚いたり肩透かしを食らったりで、感情が迷子だよ。とにかく父さんが元気なことを喜ぼう。

 最初僕を迎えに来たクリンヴェルが父さんについて言及した時、不能をぼかしてたのか。なんでそんな……別に普通に言えばいいことなんじゃないかな?

 

「あまりに突発的なことでしたから、おそらくは傍系の誰かが跡継ぎを産ませまいと毒を盛ったのだろうと……」

「あっ!」


 そっか、だからクリンヴェルはぼかしたのか。僕を怖がらせないようにするために。

 当主が毒を盛られたとなれば、僕にだってその危険がある。狼はそれを危惧していた。

 確かにこれは大問題だ。しかもこの口ぶりだと、まだ犯人は見つかっていないみたいだし。


「今は紺牙と共に調査をし、ガルドレッグ様が領地に着くまでには、なんとしてでも解決しておくよう指示を出しております。道中も我ら銅が全力でお守りします。どうかご安心ください」


 傍系の人らは僕が領地に着くことを好まない。なんて漠然と考えていたけど、今更実感が寒気と共にやってくる。父さんは不能になるだけだったけど、僕なら命を取られるだろう。辺境伯の椅子を狙うなら絶対そうする。


 つまり僕は父さんに会うために、虎口に入り込もうとしているんだ。


「ガルドレッグ様」


 考え込んでいた僕の前で、狼は頭を下げる。


「黙っていたこと、誠に申し訳ございません。オーダナト様への危険を見過ごした我々に対する信頼がないことも重々承知ですが、どうか、我らを信じてついて来てくださらないでしょうか」

「えっと……僕はクリンヴェルを信じてないとかじゃないんだけど……」


 そもそも、僕の存在がばれてる以上、村にいるよりかは銅のみんなに守ってもらった方が安全だ。危険な目を摘んでおこうとしたら、例え村に残っていても殺されそうだし……。

 だったら僕は父さんに会いたい。それにクリンヴェルがそこまで言ってくれるなら信じたい。なんて伝えると、白銀は少し瞠目した。


「昨日から思っておりましたが、ガルドレッグ様の着眼点はとてもしっかりなさっているのですね。恐れながら申しますと、毒のことがばれれば恐怖されるものだとばかり……村に帰りたいと言われることすら覚悟しておりました」

「あ、えっと、怖くないわけじゃないけど……母さんが人生はいつ何があるのかわからないから、ちゃんと考える癖を付けなさいっていつも言ってて……怖がってばかりじゃ何も解決しないからって……」

「なるほど、アナト様はこうなることを予見していらっしゃったのですね」

「そうかもしれないね……」


 母さんは僕に字を教えてくれただけじゃなく、困った時の考え方も詰め込んでくれた。自警団に入って戦いを学ぶよう言ったのも母さんだ。危なくなった時に体が動かないことが一番危険だから、場数は経験しなさいって。

 思えば、母さんは僕が父さんに会いに行く可能性を考えてくれていたんだろう。母さんの生きた証が僕なんだと、嬉しくなると同時にもうお礼も言えないことを寂しく感じた。


「聞いた話によれば、アナト様は平民でありながらオーダナト様の秘書をされたお方。その賢さがガルドレッグ様に受け継がれているのでしょう」

「そうだといいんだけど……」

「貴方様の姿を見れば、オーダナト様もきっとお喜びになられます。我らが辺境伯領も安泰ですね」

「持ち上げすぎだって……」


 過剰なまでに褒めてくれるから、どうしたって照れが勝ってしまう。

 僕はそんな大層な人でないことくらい自覚している。だというのに、クリンヴェルは感極まった様子のまま手を取ってきて、ずいっと身を乗り出した。


「いいえ、いいえ。私は一目見た時から天啓を感じておりました。辺境伯領を継ぐのは貴方様しかいらっしゃらないのだと、魂で感じたのです」

「えっと……そうなんだ……?」

「仕事柄貴人を見慣れた私の審美眼をごまかすことはできません。そして、この度見せたガルドレッグ様の落ち着きようから確信いたしました。貴方様は良き主になる器をお持ちです。そして、そんな貴方様をお守りし、お世話することこそ、我ら銅の使命なのです」


 整った見た目に迫られると異様な圧がある……。しかも裸だからなおのこと。

 劇なら絵になるかもしれないけど、あいにくとここは現実だ。さらにクリンヴェルの目に浮かぶのは、真剣さというよりかは興奮の方が近い。

 尻尾はものすごい勢いで振られており、ぶんぶんと擬音が聞こえてきそう。初見からこの忠誠心をよく隠していたものだ。丁寧な人だと思ったけど、本当に見た目を取り繕っていただけだったんだ……。


「オーダナト様に忠誠を誓った身ではありますが、未来の主たる貴方様への忠義は決して嘘偽りではありません。この長い旅で、我ら銅は貴方様の良き配下であることを示してご覧に入れましょう」

「う、うん……別にそれは疑ってないんだけどね……」

「しかし、我ら銅は主への奉仕を是とし、見返りなど求めぬ高潔な騎士ではありますが……」


 わずかに言葉を濁した後、白銀は熱に蕩けた言葉をつなげる。


「忠義に褒美を取らせようとお考えなら、どうかその雄ちんぽで我らの疼きを癒していただきたく存じます。オーダナト様が毒に犯されてからというもの、我らは互いのクリちんぽで糊口をしのぐしかありませんでしたから……」

「それは犯してほしいってことだよね……僕、経験なくて……」

「問題ございません。我らは歴戦の雌マンコ、銅の名を冠するおマンコです。どんなちんぽでも感じますし、ガルドレッグ様のものでしたら誰もが喜んで股を開くでしょう」

「あ、でも、そういうのはほら、好きな人同士でって母さんが……」

「私は貴方様をお慕い申してあげております!!!!」


 声がでかすぎて鼓膜が破れるかと思った。だからそういう意味じゃないんだって。さっきの二人もそうだけど、多少の好意があればもうやってもいいらしい。ハードルが低すぎないかな。それとも辺境伯領ってそうなのかな。

 クリンヴェルは端正な顔を赤らめて舌を垂らし、荒げた呼吸音をテントに響かせている。そこには物語に出てくる美麗な騎士ではなく、大好きという感情を制御できない犬が一人。


「あの、ついでに聞きたいんだけど、なんで馬車に乗るときに汗をかいてくるの?」

「ガルドレッグ様は男色に不慣れなご様子でしたので、まずは雄の匂いに慣れていただこうと思いまして。お望みであれば、どこでもお好きなところを嗅いでくださって構いません」

「あ、やっぱりそういう……朝から大変だろうし、別にしなくてもいいよ……寝る時間も取れなくなるよね」

「いえ、ガルドレッグ様のために流す汗は何ら苦になりません。どれほど辛い鍛錬を行ったとしても、貴方様のために働けることが私にとっては幸せなのです!」


 ちょっと、あの、これ、忠犬が行き過ぎてるよ……。言ってることは忠義に厚い騎士なんだけど、騎士の忠誠ってこういうのじゃなくない……?

 確かにこれは駄犬だ……この見た目で駄犬なことあるんだ……。

 今夜いろんなことが発覚したけど、衝撃という意味ではこれが一番かも。いやまあ、毒も大概なんだけど、意外性という意味ではこっちかな。


「クリンヴェル様、まだガルドレッグ様のマッサージが途中です」

「そろそろ終わらせておかないと、明日の旅路に支障が出ますって」

 

 白銀の興奮を見て冷静さを取り戻したのか、犬と鮫が助け舟を出してくれた。

 

 ……って思ったけど、二人は僕に抱き着いて股間を触り始めてきた。マッサージと性処理がイコールで結ばれているのなら、僕に逃げ場はもうない。


「やっぱりやるの?!」

「それは当然ですよ♡」ゴルヴィオスがねっとりと。「銅のことを把握されたんなら、わかってるでしょう?♡おれらはちんぽに飢えてるんですよ♡♡」

「その通りです♡」セリオールも目にハートを浮かばせて。「我らは他の騎士団のオナホとして遠征に随行することもありますが、やはり主の一物は格別なのです♡」

「だというのに、オーダナト様とできなくなっちまいましたから、マンコが疼きすぎてやべえんですよ♡」

「ちんぽ欲しさに他の男に股を開くなど忠義にもとる行為です♡我らの飢えを、ご理解くだされば幸いです♡」


 二人がかりで持ち上げられれば、いかに僕が大きくとも問題ない。また台に寝かせられたと思ったら、香油まみれの手がまた一物をしごき始めてきた。


「あっ♡んぁ♡ちょっと、待って……♡」

「たくさん出してくださいよ主様♡そしたら雄ザーメンをおかずにおれらもしこるんで♡」

「もしホモセックスがお望みなら、いつでもお申し付けください♡我ら銅は、貴方様からのお声がけをお待ちしておりますから♡」

「あ、犯されたりとかは、ないんだ……♡」


 交尾はないようなのでちょっと安心した。屈強な彼らに襲われたら、僕なんてひとたまりもないだろうしね。


「もちろんです♡」形のいい一物から汁を垂らす狼が。「ご主人様におマンコしてもらえる♡これ以上の誉れは我が隊には存在しません♡ですので、我らはただガルドレッグ様のお許しが出るのを待つのみなのです♡」

「んんっ♡褒賞みたいな、ものなんだね……♡」

「左様です♡しかもガルドレッグ様は童貞でいらっしゃる♡筆おろしができたとなれば、それは我らにとって今後の人生で輝く勲章となるでしょう♡」

「そ、そんな大層なものじゃないよ! え、というか、クリンヴェルには言ってないよね?!」

「見ればわかりますとも。どれだけのちんぽを咥えてきたと思っていらっしゃるのですか」

「え、ええ……」


 ここまで来ると、ところ変われば常識も変わるとか、もうそういう次元じゃない。銅のみんながちょっと変わってるんだと思う。


 剣を握り慣れた手はタコが多いが、香油によって滑りが良くなった結果、ちょうどいい刺激となって返ってくる。

 このままだとすぐいっちゃいそうだけど、もう早く出して終わらせた方が楽な気がしてきた。時間的にも、メンタル的にも。


 あんなに勃起してるのにクリンヴェルは見ているだけ。自分の仕事じゃないし、僕が呼んでもないから待機しているのだろう。忠犬と駄犬を行き来してるような人だな……。

 でも尻尾はずっと揺れていて、混ざりたくてたまらないって顔に書いてある。一声かけたら収拾がつかなさそうだから呼ばないよ、ごめんね。

 

 こうして二日目の夜にして、僕は前途多難を実感する。

 毒を盛られたらしい父さんと、僕の童貞を狙っている騎士たち。そして危険にさらされるであろう自分の命。

 考えることが多すぎて困ってしまうが、旅に出る時からある程度覚悟はしていた。未知の場所に飛び込むんだ。わからないことがあって当然だ。

 ……僕が想定してるようなことじゃなかったのは確かだけど。


 自分でするよりもたくさんの白濁を搾り取られながら、これからの旅路を憂う。

 父さんに会う前に、多分僕の童貞は無くなってそうだな。なんて射精後の頭で冷静に考えながら。


****


 銅のことが明るみになってからというもの、みんな僕の前ではいろいろ隠さなくなってきた。

 だけど、変わらないものもある。


「……と、ここまでの範囲でわからないことはございますか?」

「ううん、大丈夫。クリンヴェルの教え方がいいから、多分いけるとおもう」

「いいえ、ガルドレッグ様の物覚えが良いからかと。アナト様の才能をしっかりと受け継がれているのですね」


 もはや日課となった馬車での勉強で、甘すぎる先生はいつも通り過剰なまでに褒めてくれる。実際クリンヴェルの教え方は優秀だ。村で先生をしていた母さんに負けないくらい教え上手だと思う。

 性癖はあれだが、隊長になれるだけの教育はあるのだろう。本人の頭の良さと相まって、すごくいい先生になってくれている。


「では少し休憩をいたしましょう。先発隊から、湖を見つけたと報告が入ってきています。そこで昼食をご用意いたします」

「あ、もうそんな時間なんだ。覚えることが多くてあっという間だねえ……」

「ふふ、素晴らしい集中力です。ガルドレッグ様でしたら、城に着くころにはオーダナト様より政務をこなせるようになっているでしょうね」

「さすがに無理だよ……勉強と執務は違うだろうし……」


 白銀のスタイルは変わらずシャツと赤縁メガネだ。もっとはしたない恰好で迫ってくるのかと身構えたが、僕の予想に反して彼は職務に忠実だった。

 必要以上にくっつくこともなく、適切な距離を維持してくれている。たまに駄犬が漏れることはあるが、基本は優しく綺麗な騎士だ。


 曰く「時も場合も選ばずおもねるような者は、騎士ではなく娼夫でしかありません。我らはちんぽを褒賞とする雌マンコではありますが、銅の名を冠する騎士なのです」だそうだ。言いたいことはわかるけど、それでいいのかとも思う。辺境伯領にとって銅とはかなり名誉なことなんだろうか。


「それでガルドレッグ様、本日の匂いはどうでしょうか?」

「えっと、そうだね……悪くないんじゃないかな……ちょっと甘すぎる気はするけど、汗よりかはまだ……」


 汗臭さに満ちた密室にいるのが苦痛だったので何とかならないかと相談した結果、クリンヴェルは様々な香水をつけるようになった。

 石鹸の匂いから花の匂い、果てには娼夫のようなくどいものまで。僕の好みを探るべく精を出している。正直普通に水浴びしてくれればそれでいいんだけど、どうあっても僕に男色を覚えさせたくてたまらないようだ。

 それにしても、なんでこんなに香水のバリエーションがあるんだろう。いくら大容量の魔道具だからって、何を想定して持ってきたんだと問いたい。

 

「必要であれば誰かを篭絡することもありますから。それは男色家だけでなく、麗しいお嬢様なこともあるでしょう」

「……そうなんだ。本当に君らは体を張ってくれているんだね」


 当然のように返された答えに、僕は言葉を詰まらせてしまった。旅では何が起こるかわからないから、彼らはできる限りの準備をしてきたんだ。体を売ることも視野に入れているその覚悟を見て、辟易していた自分の浅はかさを恥じる。

 あれだけ僕の一物が欲しいと言って仲間内だけで処理をしてきたのに、いざという時に股を開くつもりでいる。こうして旅をしていくうちに、彼らの忠義は本物だと実感してしまう。


「僕は……そんな忠義をもらえるほどの男じゃないんだけど……」


 平民として生まれ育った僕に、その忠誠心は少し重い。けど文句を言ってしまうと、彼らの期待を裏切りそうで怖かった。


「いいのです。これは我らがしたくて行っていること。それで、これは男性の匂いと合わせると最も効果的かと思うのですが、谷間など嗅いでみますか?」

「騎士の矜持はどこ行ったの?!」

「ふふっ、冗談です。ガルドレッグ様には我らの忠義を負担に感じるより、こうして笑って受け止めていただければ幸いなのです」


 優しい笑顔を見て励まされたんだと気づく。クリンヴェルはなんだかんだ言いながらも、僕が平民として育ったことをしっかり考慮してくれていた。

 彼らの献身を考えると、童貞くらいあげてもいい気はしていた。どうせ辺境伯を継いだらふしだらな生活になりそうだし、喜んでくれるならそれで……。


 ゴルヴィオスやセリオールも射精はさせるけど行為はねだってこないし、彼らは淫らだが線引きは徹底されている。


「おや?」


 考え事にふけっていると、通信魔具を使っていたクリンヴェルがいぶかし気な声を出す。馬車も止まったことから、何かあったのは確実だった。


「どうしたの?」

「何やらトラブルがあったようですね。少し席を外します。護衛の者を代わりによこしますのでご安心を」

「うん、わかった。気を付けて」

「ふふ、ご配慮くださりありがとうございます」


 そうして白銀が馬車の扉を開けたタイミングで、それは聞こえてきた。


「お願いします! 村が大変なんです!」


 なんだろうと窓から覗いてみると、騎士の足元に縋り付いている誰かがいた。

 その猫の人は服もボロボロで、這う這うの体で逃げてきたんだろうと察せられる。なりふり構わない懇願は、それだけ切羽詰まっていることの表れだ。


 クリンヴェルがドアを閉めたら声も小さくなってしまったけど、それでも懸命に何かを訴え続けているのはわかった。


「何があったのかな……」

「漏れ聞いたところによると、なんでも村が襲われたらしいですよ」


 白銀の代わりに馬車に乗り込んできたゴルヴィオスが教えてくれた。

 隣に座ったのはとっさの時にかばうためだろう。だけど、いくら馬車が広くても鎧の巨漢が横に並ぶとさすがに狭い。反対側へ押しやられたことで窓から覗くこともできなくなったし、鮫に聞くしかなくなってしまった。


「そうなんだ……魔物か盗賊、どっちだろうね……」

「そこまでは聞いてませんが、クリンヴェル様が報告を上げてくれるはずです」

「クリンヴェルはどうするんだろうか」

「おれの予想だと、ガルドレッグ様に指示を仰ぐんじゃねえですかね」

「え、僕?! 指示とか言われてもしたことないよ……」

「あの人、あれでなかなかスパルタですから。でもなんだかんだいいようにしてくれるんで、好きに喋ればいいと思いますよ」


 毎晩の鍛錬を思うとスパルタなのは理解できる。僕の限界ギリギリを狙ったカリキュラムによって、最初の頃は立つことすらできなかった。

 それでも口調は変わらず優しくて甘いんだけどね。


「ガルドレッグ様ならどうします? 助けますか?」

「そうだね……まずは話を聞いてからかな」


 こういう時こそちゃんと考えないといけない。ああ、母さんはどこまで想定していたのかな。


「やっぱガルドレッグ様って冷静ですよね。すぐ助けるって言わないんですか」

「えと……僕はみんなの実力を知らないし、そもそも僕に決定権があるのかも怪しいし……目立ったことをするとせっかく隠密してる意味が無くなっちゃうから、銅の意図とは真逆のことになるんじゃないかなって」

「そうですね。おれらはできるだけ内密に、ガルドレッグ様の存在を秘めたまま城にたどり着くのが目的です。だから今まで街などもできるだけ避けてきました」

「それが無駄になっちゃう可能性があるから、目立つのはよくないよね。それに……襲われた村がまだ無事なのかもわからないし……」


 何かに襲われて村が滅ぶという話は僕だって何度も聞いた。それは農民の僕にとって身につまされる話で、自警団だってそれを防ぐためにある。

 魔物だったらまだいい方で、盗賊だったら根こそぎ奪われて慰み者にされてから殺されるんだ。そうなったら村は崩壊しているから、もう助ける意味も無くなってしまう。


「でも……」


 看過できないと膝の上で拳を握る。だって少し前までは僕も同じ立場だったのだから。

 いつ何が襲ってくるのかもわからない。そんな不安を抱えながら、ごまかして生きる気持ちはよくわかる。

 特に母さんを亡くしたばかりの僕にとって、死別を見過ごすことはできなかった。


「助けられるのなら助けてあげたい、かな……みんなには迷惑をかけると思うけど……」

「だそうですよ、クリンヴェル様」

「え……?」


 うつむいていた顔を上げると、通信魔具を構えた鮫がニヤリと笑っているのが見えた。


「最初から、このつもりだった……?」

「いや、独断ですよ。おれだって救えるなら救いたいですけど、おれが言うよりもガルドレッグ様の言葉の方が説得力ありますしね」

「はは……ゴルヴィオスって結構したたかだよね……」

「実はよく言われるんです。そんな騎士はお嫌いですか?」

「ううん、ありがとう」


 僕が救いたいって言うことを前提にしてるから、信用されてたんだろうな。そう考えると悪い気はしない。

 でも結局はクリンヴェルの決定に従うつもりだ。村で過ごしていた僕よりも、現職の騎士の方がこういう事態に詳しいに決まってる。


『かしこまりました。ガルドレッグ様がそうおっしゃるのでしたら、優先させましょう』

「え、いいの……?」

『我らが主となられるお方のお願いですから、無下にもできません。目立つのはよくないと理解されたうえでのご決定であるというのなら、私がとやかく言う必要もないでしょう。それに……』

「それに?」

『先ほど我らの実力を知らないとおっしゃられておりましたので、いい機会かと。貴方様からの信頼を勝ち取るためにも、乗って損はないと判断いたしました』


 毒のことを負い目に感じているクリンヴェルにとって、力を誇示するチャンスだと考えたようだ。疑ってるわけじゃないのだけれど、これから旅を続けるうえで信用してもらえるかは確かに大事で、そういう意味で利害は一致してるみたい。


『詳しい話はこれからまとめて報告いたします。それとゴルヴィオス、今回は不問にするがあまり独断での行動は控えるように』

「わかってますよ。けど、おれらにとっても悪い話じゃねえでしょ?」

『はあ、そこまで考えてのことなら何も言わないが……お前は態度さえまともならかなり優秀なのだがな……』


 なんだか気苦労を思わせる言葉を残して通信は切れた。駄犬じゃないときのクリンヴェルは団長としてしっかりしている。


「ガルドレッグ様って結構男殺しですよねえ」

「え、どうしたの急に?!」

「クリンヴェル様に対して実力は知らないって言ったら、そりゃやる気になるってもんですよ。あの人……というかおれも含めて銅は、今度こそ辺境伯様の直系をお守りしようと躍起になってるんですから」

「そういう意味じゃないよ。そもそも通信してることすら知らなかったんだから。わからないものは考えてもわからないってだけだよ……」

「だから本心だって思ったからこそ、おれらはやる気になったんですよ。貴方様に実力もわからない騎士と思われたままなんて、プライドが許せねえんです」

「ゴルヴィオスも……?」

「当然。おれだって銅に入るためにかなり努力してんですよ。今回のことでおれは護衛から外されるでしょうし、いいところを見せてご褒美狙いに行きますよ」

「頑張ってくれるのは嬉しいけど、怪我はしないでね」

「わかってますよ。こんなところで脱落する気なんてねえですから。頑張ったらキスでもしてくれます?」

「それくらいなら……」


 なんて言うと鮫は嬉しそうに尻尾を振る。騎士に対しての口づけって手の甲とか頬とかを勝手に想定したけど、あの銅だから違うかもしれない。多分普通に口同士を想定してそう。

 今更気づいたところで撤回することもできないし、まあ軽くすませるならいいかと自分を納得させる。口も初めてなんだけど、それを言ったらひどいことになりそうだから黙っておくことに決めた。


****


 話をまとめたところ、猫の人の村は盗賊に襲われたようだ。そして命からがら逃げだしたところで立派な騎士の一群と遭遇し、あの場面になっていたらしい。

 だったら村の人たちは全員殺されているんじゃないかと沈鬱な気持ちになったが、どうやら奴隷として売るために何人かは連れ去られたようだ。そんな彼らを助けてほしいという懇願だったんだ。


「斥候の調査で、賊のねぐらの場所を特定いたしました」


 馬車の中でクリンヴェルは地図に印を書き込んでいく。今は授業じゃないからシャツではなく鎧姿で、凛々しさの中にたくましさを輝かせている。


「早い……すごいあっという間だったね」

「ふふっ、この程度なら朝飯前でございます。今は奴隷商と思わしき人物が来ないかどうかゴルヴィオスに見張らせております」

「早速こき使われてる……」

「いいえ、本人はとてもやる気でしたよ。なにせ、頑張ったら褒賞としてガルドレッグ様から口づけをいただけると吹聴しておりましたから」

「ん?」


 急に嫌な予感がしてきたな……。


「一応確認させていただきたいのですが、それは我らにも同じことが言えるということでお間違えないでしょうか?」

「あ、うん……そう、だね……」


 なんか話が大きくなってるし、さすがにもう撤回とか不可能そう。少なくともクリンヴェルは本気のオーラを漂わせているし、完全にそのつもりだ。


「ふふっ、でしたら頑張らねばいけませんね。ガルドレッグ様の初めてをいただけるのですから」

「待って! 僕キスは初めてって一言も言ってないよね……!」

「では違うのですか?」

「……初めてだよ」

「やはり」


 もろもろの対応からうぶなことはばれてるんだ、そこまで考えが及ぶのも当然だ。むきになって否定した方が後々恥ずかしいだろうし、ここは素直に認めておこう。

 するとクリンヴェルは思いっきり尻尾が揺れ始めて、全身で嬉しいと語りだす。駄犬が顔をのぞかせ始めた……。


「ふふ、ふふふふっ♡これは是が非でも頑張らねばなりませんね♡ガルドレッグ様は血しぶきなどを見ると具合が悪くなったり致しますか?」

「何その質問……そこまでひどくなかったら多分大丈夫。自警団にいた時も怪我とかしたことくらいあるし……」

「さすがでございます。でしたら、我らの活躍を映像で流しておきましょう。誰に褒美を取らせるか、これを参考にするのがよろしいかと」

「本気すぎる……」

「何も口づけのためだけではありません。ガルドレッグ様には、我らの実力を知っていただかねばなりませんから」


 だったらこっちが本命なんだろうな。自分らは窮地の際に背中を預けるに足る存在だと、アピールしたいのか。でもにこやかな顔はキス目当てと思われてもしょうがなくないかな。

 もはや尻尾を抑える気もない白銀は浮足立って馬車を降りていく。先ほどまであった美麗な雰囲気が一転して、お散歩にはしゃぐ犬みたいになっていた。


「では、護衛にセリオールを残していきます。貴方様はここで我らの雄姿をご確認ください」

「え……今から行くの?!」


 思わず驚いて尻尾が立ってしまった。まさかここまで迅速に行動するとは想定外過ぎる。

 陳情から情報収集を終えて、空には月が高く昇っている。薄明りを照り返す白銀は幻想的だが、なんてことないように微笑みを崩さない。


「早い方がいいですから。我らの目的は貴方様を送り届けること。遅れが生じるリスクはできる限り減らすべきでしょう」

「それはそうだけど……ねぐらの中は何があるのかわからないんだよね……?」

「いえ、大体把握済みです。得体のしれない術を使う蛮族や特殊な器官の発達した魔物と比べれば、有象無象の輩が跋扈するねぐらなど、隠蔽した魔道具で中を調べれば造作もありませんから」


 こうして温和な顔を見ていると忘れそうになるけれど、彼らは辺境伯領を守護する騎士。歴戦の強者だ。

 過酷な地で戦い続ける彼らにとって、そこらの野盗なんてかわいいものに違いない。そう思わせるだけの余裕が、クリンヴェルからは発せられていた。


 白銀が恭しく一礼すると本当に絵画のようだ。整った見た目と所作が月明りを纏うと、息を飲むほどに美しい。月光の妖精でさえ、彼の前ではかすむに違いない。


「ではガルドレッグ様、しばし席を外します。我らの雄姿をどうか、特等席でご覧ください」

「うん、わかった。でも、怪我はしないでね……」

「ふふっ、わかっておりますとも。我らは貴方様が辺境伯を継ぐその日を見るまで、死ぬつもりなど毛頭ないのですから」


 勇猛さと美麗さを詰め込んだ狼と向かい合っていると、自分が劇に入り込んだような錯覚に陥ってしまう。言葉遣いもそれに拍車をかけていて、普段通りしゃべることが憚られるほどだ。


「ああ、今でもまぶたを閉じれば浮かびます。ガルドレッグ様が新たな辺境伯としての一歩を踏み出す時、私がおそばにいることを……! それを実現するまでは何があっても死ぬわけにはまいりません! こんな野盗ごときに邪魔されていいわけがないっ!」


 せっかくいいシーンだったのに駄犬が出てきて全部台無しになってしまった。でも自分に酔いそうだったから助かったかも。あの綺麗な目に見つめられると、自分がヒロインになった気がしてよろしくないよ。


 クリンヴェルは尻尾を全力で振ったまま、指揮をするために離れていく。綺麗な白銀が闇夜に消える間際、最後まで尻尾はせわしないままだった。


「……大丈夫だよね?」


 さすがに少し、ほんの少しだけ不安になってしまった。


 だが、そんな一抹の心配はただの杞憂に終わる。僕の目に飛び込んでくる映像は、まさに圧倒的としか言いようがなかった。

 野盗とは一線を画す連携に、個々の技量もまるで違う。僕も自警団で剣や槍を握ったことがあるからわかるけど、野盗の立ち回りが児戯にしか見えなくなるほどだ。


 今夜中に終わらせられると判断したクリンヴェルは何も間違っておらず、この調子でいけばすぐに終わってしまいそうだった。


「すごいね……」


 もはや何を心配すればいいのかもわからない。鏡に映る戦いを見ながら、僕は感嘆しか漏らしていない。

 向かいに座るセリオールが頭を下げ、静かに口を開く。


「お褒めいただき恐縮です。これで我らの力量がわかっていただけましたか?」

「うん、正直……想像よりずっと強いね。これは実力を知らないって言うこと自体が不敬だと思われてもしょうがないな……ちょっと考えが足りなかったよ」

「いいえ、それは仕方ないことかと。なにせ我らがこうして剣を振るう姿を見せるのは初めてのことですから」


 クリンヴェルの柔らかい声音とは対照的に、セリオールの声は硬い。でもそれが彼にとっての普通なのは、嬉しそうに揺れる尻尾と耳が証明している。自分の部隊を褒められてご満悦なんだろう。


 こうして談笑しているうちに鎮圧は着実に進む。

 ねぐらの構造がわかっているから、進軍が的確だ。相手を追いつめる手際も見事なもので、向こうは不意を突かれたこともあり、まともな対応を取れないまま捕縛されていった。


「そういえばクリンヴェルが映らないね。あれだけ意気揚々としてたのに……」

「おそらくゴルヴィオスの意趣返しでしょう。撮影しているのはあいつですから」

「ああ……なるほどね。結局撮影係にされちゃったんだ……」


 普通に考えればこの映像を誰が撮っているんだって話になるし、それを独断したゴルヴィオスに振るのも道理だ。

 でも、口づけをすると確約を取ってきたのは鮫なのに、これでは絶対にもらえないという不満もわかってしまう。子どもじみた仕返しをするゴルヴィオスを想像して、自然と口元には笑みが浮かんでいた。


「仲いいよね」

「それが我が騎士団のいいところでもあります。裸の付き合いが多い団ですので」

「裸の付き合いって……まあそうなんだけど……あっ!」


 逃げる野盗を追うゴルヴィオスが一瞬だけ白銀を映像に収めた。

 そして、それだけで十分だった。


 クリンヴェルが剣を振るう仕草はそれだけで様になっている。彼の周囲だけ音が凪いで、銀閃の軌跡がまぶたの裏に焼き付くほど鮮明に輝くのだ。

 僕は剣を握るときに気合を入れようと叫ぶのだけど、彼はそういうことをしない。ただ真剣な顔のまま線をなぞるかの如く、流れるような仕草でいつの間にか振り切っている。

 野盗たちが切り伏せられるところさえ、銀幕の中だった。


 こんなにも綺麗な太刀筋を見たのは生まれて初めてだ。ねぐらの薄暗い中であっても、白銀は煌々と光っている。


『陣形を崩すな。事前の作戦通り、被害を最小限に抑える方向で動くように』


 凛とした声で指示を出すところと、あの駄犬然とした仕草はまるで重ならない。辺境伯領という雪と氷の世界において、彼ほど似合う騎士は存在しないだろうとすら思った。


「あ、映像が動いた。他のところを映し始めたね」

「どうせ団長の剣技に見惚れて思わず視線を移してしまったことに気付いたのでしょう。あの人が戦うところは誰よりも綺麗ですから」

「本当にね。剣ってあんなに綺麗に振れるんだね」

「あの域まで行ける人など、我が辺境伯領でもどれだけいることか……。私も邁進中ですが、まだまだ先は長いと思い知るばかりです」

「セリオールならいつか行けるよ。毎日鍛錬頑張ってるし。……無責任だったかな?」

「いえ、そう言っていただけると励みになります。主からの期待が、私の剣をより研ぎ澄ますのです」


 と言って尻尾をひときわ大きく振る。クリンヴェルみたいに言葉が高揚するわけじゃないけど、セリオールは尻尾の制御の甘さから漏れ出しちゃうタイプなんだろう。


「どうやら終わったようですね。ガルドレッグ様、外で彼らを出迎えてはどうでしょう?」

「そうだね、僕だけずっと安全な場所にいるのも申し訳ないし……」

「かしこまりました。それはでどうぞ、お手を」

「あ、ありがとう……エスコートされるのはまだ慣れないね」

「いずれ慣れますよ。マナーもそのうち習うでしょうから、わからないことがあれば何なりとお聞きください」


 なんてしゃべっているうちにあっさり鎮圧を完了した騎士たちが帰ってきた。


 ねぐらを出てくる彼らの中に致命的な怪我をしている人は見当たらない。いろんな意味でほっと胸を撫でおろしていると、返り血で銀を汚した狼の騎士が僕の前で膝をついてから頭を下げた。


「我らが未来の主様。周辺を脅かす賊の討伐に成功いたしました」

「うん、見てたよ。すごく強かった。実力を知らないと言った僕の不明を恥じるばかりだよ」

「いいえ、剣を捧げるのは初めてのこと故、致し方ないことかと。ですが、こうして我らが貴方様の剣として相応しいと思っていただけたのなら、これに勝る喜びはございません」


 こんな風に跪かれたのなんて初めてで、どうしていいのかわからない。駄犬の時のクリンヴェルは親しみやすいけど、騎士としてのクリンヴェルは畏怖を抱かせるんだ。

 後ろに控えたセリオールが「立ってよいと、言ってあげてください」とアドバイスをくれたからそれに倣うと、鎧姿の美丈夫が僕より少し高い目線に来た。


「それではガルドレッグ様、僭越ながらお聞きいたします。此度の出陣において、最も貴方様の目に留まった騎士を教えていただけないでしょうか」


 あ、これはキスしろって言ってる……。

 後ろに控える騎士たちもすごい期待した目をしてる……。

 え、こんな人前で? 初めてのキスをしろってこと……?


 完全に逃げ場がないことに今更気づいた。もう僕はここで初めてをするしかないんだ。


 クリンヴェルの顔は全く変わらない凛々しさを湛えているから感心してしまう。さっきあれだけ尻尾を振って楽しみにしてたのに。表情を取り繕うのがうますぎる。


「え、えっと……」


 整った造形から逃げるように視線をさまよわせ、どうしようかと逡巡。

 困ったら考える癖をつけている僕だけど、今回ばかりは考えたところでどうしようもない気がする。自分の気持ちに従って選ぶしかないんだ。


 だから、僕はとある騎士の名を口に出す。


【続きは来月の支援者限定公開となります】


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POSTEDMar 8, 2025
ARCHIVEDJun 10, 2026