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馬車に満ちる雄の色香で僕は道を踏み外す

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 いつか王子様が迎えに来る。なんて村の女の子たちが好きそうなお話を思い出した。

 平民の主人公が実は貴族の血を引いていて、なんやかんやあって王子様と結ばれる。そんなありきたりで、平凡なおとぎ話。


 まさかそんな夢物語が自分の身に降りかかることになるなんて、想像すらしていなかった。


「ガルドレッグ様ですね。お迎えに上がりました」


 その狼は粗末な家に似つかわしくないほど綺麗な鎧を着ていて、白銀の毛皮は品の良さを醸していた。相貌は美麗の一言に尽き、こんな辺鄙な村にいていい顔じゃない。長すぎず短すぎず、ちょうどよいマズルに乗った深い青の瞳が、知性の光を湛えてこちらを見つめている。

 鍛えているだけでなく、いいものも食べているのだろう。村の誰よりも体格がいい狼は、優しそうに微笑んで僕に一礼してくれた。


 開けた扉の向こうでは僕の住んでいるのどかな村の光景があるのに、この狼が入るとちぐはぐにしか見えない。ドアが作る額縁の中にいると、作り物めいた美しさがいっそう非現実味を帯びていた。


「え、僕は確かにガルドレッグですけど、あなたは……?」

「失礼いたしました。私はオーダナト辺境伯にお仕えする騎士、クリンヴェル=フォールゼインと申します。今後はクリンとお呼びください」

「そんな……僕なんかが慣れ慣れしく……」

「いえ、そのようなことに気を使う必要はございません。ガルドレッグ様はアナト様のご子息でいらっしゃいますから」

「え、なんで母さんのことを……?」

「おや」意外そうに眼を開く仕草も様になってる。「何も聞いていらっしゃらないのですね。確かに聞くところによると、アナト様は急逝なさったとのこと。ご説明する暇もなかったのでしょう。この度はお悔やみ申し上げます」


 先日亡くなった母のことを持ち出され、僕は衝撃を隠せない。そんな僕に向けて、騎士は丁寧に説明してくれた。


 曰く、僕の母はオーダナト辺境伯と恋仲だったらしいが、当時の辺境伯、つまり僕のおじいちゃんに大反対されて出奔したらしい。だけど、母さんはすでに僕を身ごもっていて、ここで僕を産んで育ててくれた。

 父さんのことは下半身がだらしないけど、いい人だったと良く母さんから聞いていた。そして、僕は絶対そうならないようにとも。


「辺境伯様はアナト様に生活の援助をしておりました。むろん、先代には隠れて」

「そうだったんですね……」

「ここは我らが領地とは対極にあるような場所。アナト様がご病気になった時には手配が間に合わず、オーダナト様は大層悔やんでおりました」

「あっという間でしたからね……葬式だって、この前終わったばかりで……」

「貴方様はオーダナト様の唯一のご子息。身寄りもない貴方様を引き取りたいと申しております」

「え、唯一って……だって母は平民だったから結婚に反対されたんですよね。それなら、他に正妻とかがいるんじゃ……?」

「いえ……アナト様のことで意地になられた当主様は正妻を取ることを認めておらず……いまだ独身でいらっしゃいます」

「で、でも、正妻はいなくとも、子どもくらい……」

「それが、少々込み入った事情がありまして……」


 どうやら何か言いにくいことがあるらしい。

 けど今はそんなことよりも、自分の身に降りかかった状況を整理する方が先だった。


「えっと……今おいくつですか?」

「御年45でございます」

「そのお年だと確かに今から結婚は難しい……え、本当に跡取りが僕しかいないんですか?!」

「左様でございます。ですので、なんとしてでもお迎えしてこいと、先代からもきつく言い含められております」

「え、ええっと……」


 どうしよう。あまりにできすぎた話なので、詐欺を疑い始めている。

 だってこんなの、おとぎ話だってなかなかないくらい都合がいいんだ。ついていったら売られるなんてこともあるかもしれない。


 そんな僕の葛藤なんてお見通しなのか、狼がさっと紙を取り出して渡してくれた。


「こちらをご覧ください」

「これは……?」

「我らが主、オーダナト辺境伯の肖像画でございます。これを見せれば、信じてもらえるかと。辺境伯様とアナト様の肖像画です」


 確かにそこには若かりし頃の僕の母さんと、僕によく似た凛々しいバーニーズがいた。


 僕は図体こそ大きいが、小心者だと村でもよく言われている。黙っていれば凛々しいバーニーズなんだけど、すぐにしまい忘れる舌と茶色い眉がハの字になってるのがネックだ。ガルドレッグなんて大仰な名前に負けてると、小さな子にすら言われている。

 体のでかさも含めて父さん似だとは言われていたけど、まさかその父さんが辺境伯だとは思わなかった。


「こうして見ると、オーダナト様と似ておられますね。辺境伯領は防衛の要であり、強さが求められることが往々にしてございます。ガルドレッグ様なら、手ほどきを受ければ良い騎士になることでしょう」

「えっと、一応体はでかいからって自警団には入ってましたけど……。でも本当に似てる、これが僕の父さん……?」

「はい、これで信じていただけましたか?」

「じゃあ、貴方についていけば父さんに会えるってこと……?」

「もちろんです。先代からの許可も得た今、貴方様は大手を振って領地に戻ることが可能なのです」


 正直辺境伯の跡取りと言われても、まったくピンとこない。僕はずっとこの小さな村で平凡に暮らしていくとばかり思っていたから。

 だけど、母さんも亡くなって、父さんがいるとわかればもちろん会ってみたいと思う。それを向こうも望んでくれているのだからなおのこと。


「あの、クリンヴェル様……」

「クリンと、お呼びください。貴方様は辺境伯を継ぐもの。我ら銅(あかがね)騎士団の主となるお方ですから」


 こんな凛々しくたくましい狼を急に呼び捨てにできるほど、僕は心臓が強くない。だからいったん保留にさせてもらって、どうするのか考えよう。

 人生はいつ何があるのかわからないから、ちゃんと考える癖を付けなさい。これは母さんがいつも言ってたことだ。母さんは農作業の合間に学校のようなものを開いていて、みんなにいろんなことを教えていた。その教えは、まだ僕の中に色濃く残っている。

 怖がってばかりじゃ駄目だって、天にいる母さんに怒られてしまう。僕は顔を上げて、美麗な騎士を見返した。


「父さんに会いに行くってことは、辺境伯領に行くってことですよね? 僕は村を出たこともないんですけど……」

「御心配には及びません。馬車を手配しております。ただ、辺境伯領はここからはるか遠くにありますから、馬車でも一月以上はかかる想定です」

「この家とか、畑とか……母さんが残してくれたものが……」

「もちろん、急に言われても困るのは重々承知しております。こちらの都合でございますから、のちに必要なものはすべて回収する手はずとなっております。また、畑に関してですが、必要なら城内に同じものを用意させます。ひとまずは城に着いてから、身の振り方を考えるのがよろしいかと」

「あ、はい……」


 完全に逃げ道なんて無さそう。この人、絶対に僕を連れて行く気だ……。

 でもどうせもうこの村に僕の肉親はいないんだ。友達はいるから少し寂しいけど、やっぱり僕は父さんに会ってみたい。


「ふふっ、どうやら覚悟がお決まりになったようですね。そうしていると、御父上にそっくりです」

「そうなのかな……僕はあんなに凛々しくないと思うけど……」

「いいえ、貴方様は辺境伯の血を引く直系です。もう少しすれば、オーダナト様のようになられることでしょう」


 年を取ったからってああなれるとは思わないけど、無理に否定することでもないのであいまいに笑って流しておく。ただの平民として育った僕に辺境伯領の守護ができるのかはさておいて、当面の目標は父の顔を見ることでいいだろう。


「それでは早速準備をいたしましょう。といっても、ガルドレッグ様の手を煩わせることはあまりございません。服などはこちらに用意がありますし、お金もすべてこちらで負担いたします。どうしても持っていきたい思い出の品などにするのがよいでしょう」

「なんで服まで? 僕のサイズ……ってそういえば、援助してくれたんだっけ……」

「左様でございます。オーダナト様は自分の若い頃にそっくりだと喜んでおられましたよ。服の準備もはりきっておいでて……なのであまり心配はいらないかと」

「わかりました……」

「では、準備でき次第出発いたしましょう。道中を共にする方々も、ガルドレッグ様にご挨拶がしたいと言っております。私の部下たちは皆、貴方様に会えるのを楽しみにしておりますよ」

「そ、そうなんですね……」


 決めたのはいいけど、やっぱり緊張する。一緒に行く人たちはどんな人なのだろう。それに、僕に辺境伯なんて継げるのかな。不安は消えないし、父さんに会うっていう目的が無かったら断ってたかもしれない。

 でも向こうも僕に会うのを楽しみにしてたみたいだし、愛されてるなら顔は見たい。

 何度も同じ決意を反芻して、これからの不安をごまかしていく。


 だけど知らなかった。

 この旅が僕を決定的に変えてしまうことを。

 辺境伯の血筋とはどういうものなのか、身をもって知ることになる。


 彼ら銅(あかがね)の騎士たちによって。


****


「ここからの旅においてガルドレッグ様を少しでも鍛えるべく、様々な科目をご用意しております。これからは一分一秒も無駄にはできません」


 馬車に乗り込んですぐ、向かいに座っている白銀の狼はやわらかい声音ですごいことを言ってのけた。


「え、それって勉強するってことですか?」

「はい。アナト様から文字などは教わっていると聞いておりますが、やはりそれだけでは辺境伯としての責務をこなすことはできません」

「それはそうですけど……」

「ですので、旅の間、我々がガルドレッグ様の教師となり、知識を身に着けていただく予定です」


 あれから一日後、生まれ育った村から挨拶もほどほどに出発して、僕らは旅の道中だ。友達は騙されてるぞって心配してくれたけど、クリンヴェルの身なりを見て言葉を失っていた。

 だって彼の見た目は明らかに本物だったから。質素ながらも高そうな鎧に、上流階級に慣れ切った仕草。そして何より顔が整っている。気を使っているこの村の女の子を差し置いて、誰よりも毛艶がいいんだ。

 白銀は太陽を浴びて輝き、風を浴びてそよぐ様は粉雪の舞いを思わせる。クリンヴェルが立っているところはどこだって、銀幕の中なんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。


 それほど綺麗でたくましい、まさしく物語に登場しそうな騎士……なんだけど。


「どうかなさいましたか? 何か不明な点でも?」

「い、いいえ……大丈夫です……」


 向かい合って座る銀狼が端正な顔を向けて問うが、僕は言葉を濁した。

 馬車に同乗しているクリンヴェルは騎士ではなく教師としてここにいるためか、鎧ではなくラフなシャツとスラックス、それとサスペンダーだけだ。生真面目な言葉遣いを反映して、胸元まで締めたボタンはパツパツで、凹凸の激しいボディラインがしっかりと浮かび上がっている。


 それだけなら僕も騎士ってたくましいんだなって感嘆するだけなんだけど、問題はそこから発せられる匂いだった。


「えっと、この馬車って窓開けられないんだっけ?」

「左様です。万が一の襲撃に備え、魔法による結界で馬車の中は完全に守られております。外の空気が吸いたいのでしたら、部下に命じて休憩を取りましょうか?」

「まだ大丈夫です! 出たばかりですし……! クリンヴェルさんも早朝の訓練で疲れてるでしょうし……」

「私のことはお気になさらず。あくまで主はガルドレッグ様でございます」

「は、はは……」


 彼が率いる銅騎士団は僕を護衛するために鍛錬を怠っていないらしく、出発前の早朝に汗を流してきている。

 そう、汗、今馬車の中はクリンヴェルの……その、男らしい匂いがいっぱいなんだ。僕だって男だし、農作業後の男の匂いだって嗅いだことくらいある。

 けどクリンヴェルの匂いはそのどれとも違う、はっきりと言ってしまえばいい匂いだった。

 少しつんとした男らしさの塊みたいな匂いなのにどこか豊潤で、さわやかすら感じられる。土臭い僕らと全然違うのは、やっぱり生活のせいなんだろうか。


 狼なんだから鼻は利かないのかなと思うけど、男所帯でずっといると慣れてしまったのかもしれない。確かに他の男性に比べたらいい匂いだ。けどそれでも男の匂いだし、ずっと嗅いでいたいわけではないんだけど……。


 でも、それを指摘するのもちょっと憚られる。なにせほぼ初対面だし、僕を守るための訓練でかいた汗なのに臭いと言えるほど図太くない。


「ではまずは、簡単な地理から勉強いたしましょう」


 教師風ですよ言わんばかりに、どこからか取り出した赤縁の伊達メガネをかけて、銀狼は優しく笑った。背景に花が散っているような美丈夫なのに、鼻で感じるのは雄々しさだけだからギャップに戸惑ってしまう。


 どうやらこの馬車は魔道具のようで、優れた防御面だけでなく、外から中は見れないようになっているらしい。だから完全な密室で、僕はこの美麗な騎士と二人っきり。


「でも勉強といっても、机もないんじゃ……?」

「それならご安心を」


 クリンヴェルが壁に付いているボタンを操作すると、足元から板が浮かび上がってきた。それは僕たちの間で、ちょうどいいテーブルになってくれる。


「うわ! なにこれ!」

「これは辺境伯様御用達の馬車ですから、移動中も執務ができるよう様々な改良が施されているのです」

「すごい……買ったらいくらするんだろう」

「そうですねえ……私の給金で一年分くらいでしょうか」

「へっ?!」


 辺境伯お抱え騎士団の団長で一年だったら、平民からすれば途方もなさすぎるやつじゃん。絶対壊さないようにしなくちゃ……。


「他にも外との通信を可能にすることや、探知魔道具とのリンクによってどこにいても場所がわかるなど、有用な機能がたくさんあるんですよ」

「へえ……すごすぎる……」

「ですからガルドレッグ様がここにいる限り、何があろうとも安全です。それに、私もいますしね」


 銅騎士団長クリンヴェルはなんとも整った微笑みを向けてくる。女の子だったらそれだけでときめくだろうな。

 ものすごい機能が付いた馬車だというのはわかったけど、残念ながら換気はできないらしい。もし僕が辺境伯を継いだら、絶対改造してもらおう。継げるのかわからないけど……。


「それではこちらをご覧ください」


 これからに不安を感じていると、狼はテーブルの上に地図を広げた。

 そしてペンを取り出して、この国の領土の端から端に線を引いていく。片方は僕の村だから、終点は多分……。


「ここがガルドレッグ様の育った村、そしてこちらが辺境伯領です」

「ずいぶん遠いね……」

「先代の目をくらませるには、ここまでしなければならなかったのでしょう。本来なら手元に置いていきたかったでしょうに」

「そう言ってもらえると心が軽くなるよ……」

「ふふっ、本当ですよ。通信が届く距離まで来たら、ぜひ声を聞かせてあげてください」

「それってどのくらい?」

「こちらですね」


 半分より少し後ろにチェックが入る。


「辺境伯領には大規模通信魔法の準備があるのですが、誰が監視しているかもしれません。安全を期すために隠れ家の一つを使うことにしております。そこなら、オーダナト様所有の魔道具と通信が可能です」

「あ、安全って……?! だっておじいちゃんも僕に来てほしいんだよね?」

「直系の方々は確かにそうなのですが……」

「あ……」


 そうだ、辺境伯ともなれば、傍系がいるに決まってる。そして僕が領地についてしまうと、その人たちが後を継ぐことができなくなる。

 母さんがこんな端っこの村まで来た理由を、ようやくわかった気がした。おじいちゃんにばれるよりも、傍系の人たちにばれたら暗殺されるかもしれないんだ。


「何も心配はいりません」曇った表情を見た狼が胸を張って。「我ら銅(あかがね)騎士団は辺境伯様に忠誠を誓った騎士の集まり。例え命に代えても、ガルドレッグ様をお守りいたします」

「いや、死なれるのはちょっと……できればみんな一緒に帰りたいんだけど……」


 昨日までただの農民だった僕にとって、生き死にをそんな簡単に決められない。


「ふふっ、お優しくいらっしゃるのですね。良き領主になることでしょう」

「そうかな……政治とか全然わからないんだけど……」

「それはオーダナト様もですよ。あの方は政より武芸に秀でたお方ですから」

「え、そうなんだ、それはちょっと意外だったな。辺境伯ともなれば、政治をしないといけないと思ってた」

「他の領地ではそうかもしれません。ですがご存じの通り、辺境伯領は魔物や蛮族との戦いの最前線。オーダナト様は政こそ苦手ですが、前線指揮は誰よりもお得意なのです」

「その才能が少しでも受け継がれているといいんだけど……」

「強さを求められるとは言いましたが、前に出るだけが領主ではありませんから。むしろ、オーダナト様は我らを率いて前に出られるので、怪我をしないかいつも心配で……」


 どうやら僕の父さんは豪快な性格なようだ。肖像画に映ったあの自信に満ちた顔つきを思い出せば、確かに似合っているかもしれない。


「遠かったから辺境伯領についてあんまり知らないんだ。良かったら教えてくれる?」

「もちろんです。本日の授業はそれがメインですから」


 赤縁メガネの白銀狼は雄臭い毛皮を光らせて笑った。見た目と匂いが合致しない……いや、見た目通りの匂いではあるんだけど、ちょっと男臭いが勝る。

 早く慣れないとなあ、なんて思いながら地図の上をすべるペン先へと意識を集中する。


「我らが辺境伯領は雪と氷に閉ざされた場所です。高い山がそびえ、寒さが厳しい土地柄ですが、その分温室の結界魔法が発展しており、城の周囲は常春のようになっております」

「ええ、そうなのっ?! 城下町まで全部、結界で覆われてるってこと?!」

「左様です。知らない人が想像する辺境伯領は極寒の地というものでしょうが、実は主要都市は草木に満ちたいい場所なんですよ」

「それは見てみたいな……」

「楽しみにしていてくださいね。これは豆知識なのですが、我ら騎士団は外と中の温度差から身を守るために、鎧の内側に温度を一定にする魔法を使っているんですよ」

「へえ……!」

「話を戻しますと、そんな大規模な結界を可能にしているのが、雪ヶ狼大山脈から採れる魔晶石なのです」

「魔法を使うとき、魔力の代わりにできる石のことだね」

「その通りです。素晴らしい」


 常識問題を答えただけで褒められてしまった。この教師、ものすごく甘いかも。

 それからクリンヴェルは辺境伯領のいくつかに丸を書いていく。


「ここが主な魔晶石の鉱山、そして結界都市のある場所です」

「全部重なってるんだね」

「はい、魔晶石は領地の主要産物でもあります。結界は盗掘などから守るためという意味もあるのです」

「なるほど……でもそんな大規模な結界を常に張ってると、すぐ枯渇しちゃうんじゃないの?」

「素晴らしい着眼点です。ガルドレッグ様はオーダナト様より政治に向いているかもしれませんね」


 一挙手一投足に称賛が返ってくるのはなんだかむず痒い。小さな子に戻った気分だ。

 だからこの教師、甘すぎなんじゃないかな。


「実は結界としての機能は最小限しかなく、侵入者を知らせることと熱を逃がしづらい機能しかありません」

「で、でも、さっきは温室結界って……」

「温室と言っても、普通の結界ですと積もった雪の重み耐えられません。だから……」

「あ、もしかして中が温かくなるから雪は雨になって都市に振るってことかな……?」

「素晴らしい。何かご褒美をあげたいところですがあいにく手持ちがなく……もう少しガルドレッグ様が小さければ頭を撫でて差し上げたのですが……」

「さすがに僕も大人なので遠慮しますね……」


 クリンヴェルの話によると、熱を逃がしづらいだけなら魔力消費もそこまで必要なく、管理も維持も楽だそうだ。確かに伝説の魔法使いとかなら一人で首都を守ったお話もあるし、魔晶石があればそれくらいはできる気がする。


「魔晶石のおかげで快適な生活ができますが、一方で魔力の波動によっては魔物を引き寄せる効果もあるのです。ですので、扱いには十分注意しなければなりません」

「えっと、それは僕も聞いたことあるよ。確かそれで辺境伯領は魔晶石の職人が多くて、そこの魔道具は質がいいって」

「その通りです。例えば辺境伯領には魔晶石で動く車というものがあります。あれは魔晶石のエネルギー変換効率が悪く、長距離の移動には向きません。また荒道には弱く、護衛するためにも速度を合わせる必要があることから、こういう場合には馬車を使っております。防衛機能で言うなら、こちらの方がずっと優秀ですから」

「車……確か王様でさえなかなか買えないって……」

「辺境伯領自慢の魔道具ですよ。この馬車も非常時には馬を必要とせず、自動で動くようになっております」


 こうして辺境伯領やその周辺についての講義が進んでいき、僕は知らない世界の一端を垣間見た。

 辺境伯領は魔晶石のおかげで富んでいるらしく、結界内での特産物も人気らしい。雪山にしかないものや、温泉などもあって、旅行先としても人気なんだとか。


「それもこれも、我ら騎士団が魔物たちへの防波堤となっているからこそ。ゆえに、辺境伯領には私が率いる銅(あかがね)騎士団のほかにも、三つほど騎士団がございます」

「え、そんなにっ?!」

「それぞれお役目が違うのです。我ら銅は領主様の周囲や城の防衛を主としております。簡単に言うと、近衛兵みたいなものでしょう。たまに他の騎士団の補佐として遠征などに行くこともありますが、基本は主の城を勤務地としております」

「だから僕を迎えに来たのは銅なんですね」

「左様です。規模としては一番小さいのですが、重要なお役目な分、腕だけでなく品格が問われる騎士団でもあります。私がガルドレッグ様の教師になれるのも、騎士団に入るために勉学に励んだからです」


 この匂いに品格と聞いてちょっと首を傾げそうになったが、プライドを傷つけかねないので口を噤んでおこう。これから長い間共にする騎士から嫌われて、いいことなど一つもない。

 だから代わりに、他の疑問を投げかけておく。


「それじゃあ他の三つは金とか銀とかが名前に付いてたりするの?」

「いいえ、確かに銅と聞けばそう思われがちですが、実際我らが特殊なだけでなのです。他の騎士団はそれぞれ紅拳(こうけん)、白爪(はくそう)、紺牙(こんが)となっております」

「へえ……普通の色なんだ」

「鎧の色に対応しているのです。雪原で最も目立つ紅は都市防衛などで人目に付くことを意識しており、雪に紛れる白は外での仕事が多く遠征を得意としております」

「じゃあ紺は?」

「問題にしましょうか。なんだと思いますか?」


 急に振られてちょっと悩む。でも色で考えるんじゃなくて、拳が都市防衛で爪が遠征だとしたら、牙は……。


「暗殺……とか?」

「ふふ、半分正解といたしましょう。ガルドレッグ様は鋭くいらっしゃいます。ちなみに考えをお聞きしても?」

「いや、そんな大した考えはないんだけど、最も目立つ色で都市防衛をしてるなら、目立たない色も必要なんじゃないかと思っただけで……」

「なるほど、でしたら正解です。紺牙は辺境伯領内外の諜報を担当するものです。一応騎士団と分類されておりますが、鎧ではなく騎士服が支給されます。実際見ればわかるのですが、紺というよりかは黒に近い色ですよ」

「なるほど……雪じゃなくて夜に紛れるから紺なんだ……。じゃあ銅はどういう色なの? 鎧は綺麗な白銀だし……」

「ふふっ、それは我らを見ていればおいおいわかるかと。でしたら宿題にいたしましょう」


 これから長い付き合いになるのだ。しっかり見ているようにと、やんわり言われてしまった。


「昔は狩猟でしか生計が立てられなかったため、強い者がそのまま偉かったらしいです。オーダナト様やガルドレッグ様がそのような体つきなのも、名残かもしれませんね」


 なんて言葉で締めくくって、クリンヴェル先生の授業は幕を閉じた。

 外はもう夕日が沈みかけていて、これから夜が来るのがわかった。どうやらかなり話し込んでいたらしい。知らないことばかりだったから、つい根掘り葉掘り聞いてしまった。


 そうして一息ついて考えてみれば、これは気を使ってくれてるのかもしれないという結論に至った。僕が辺境伯を継ぐのに何もかも足りないのは事実だけど、一緒の馬車にいても息苦しくならないように勉強の時間を設けているのだろう。


「そろそろ日が暮れます。先発隊が野営地点を探してくれているので、見つかり次第休憩にしましょう」

「わかったよ。そういえば長旅になるんだよね? 食料とかはどうする予定なの?」

「潤沢に準備してありますから、御心配には及びません。それに金銭も困らない程度には持ってきております」

「え、でも、どこに……?」


 僕がみんなに挨拶をした時、そんな荷台は見当たらなかった。全員騎士団所属らしく、かっこいい鎧姿で、馬の数も最低限だったはず。

 あれだけの人数をしばらく養うと考えたら、かなりの物資が入用だと思うんだけど……。


「ふふっ、ではちょうど報告も上がってきたことですし、実際にご覧入れましょう」


 そう言いながら手に持った通信魔具を片付けると、ちょうど馬車が止まった。狼は颯爽と先に降りてから僕に手を差し伸べ、エスコートする形をとる。そんなことされたことなかったから、少し緊張してしまう。


 ついた場所は開けた森の中のようで、騎士団の人たちがてきぱきと準備をしていた。

 まるで加速の魔法でも使っているみたいにいくものテントが組み立てられ、集落が完成する。生まれてからずっと村にいた僕にとって、中がどうなっているのか全く想像できなかった。


 でも、こんなテントすら荷物で見たことない気がする。あたりを見渡してみても荷馬車があるわけでもない。一体どこに収納されていたんだろうか?


「ガルドレッグ様、あちらです」


 誘導されて視線を向ければ、小さな馬車がある。僕らの乗ってきたものとは違う、二人が入ればすぐ満員になってしまうほどの大きさだ。これだけのテントがあれに入っているとは思えない。


「ってことは、魔道具ってこと?」

「左様です。あれは収納用の魔道具になっておりまして、見た目以上に積載できるんですよ」

「へえ……なんだろうと思ってたけど、あれが荷馬車だったんだ……」

「あれにはほとんどの物資が入っていますが、もし何かあったとして我らは小型の収納魔道具を装備しております。近くの村までなら十分もたせることが可能ですので、ご安心ください」

「あ、うん……」


 正直そこまで考えていなかったんだけど、クリンヴェルは先回りして不安の種を打ち消してくれた。


「でも、みんな魔道具を持っているの? さすが近衛騎士……装備品も立派だ……」

「特に我らは身辺警護の関係上、高貴な方々に対しての備えを数多く保持していなければなりませんから。銅は人員こそ最も少ないですが、代わりに装備の質はどこよりもいいのです」


 あのまま村で暮らしてたら、小型の収納用魔道具を買うのでさえ無理だっただろうに。魔晶石で潤っているとは聞いていたけど、辺境伯領は想像以上にお金持ちのようだ。


「あちらがガルドレッグ様のテントになります。基本的に最低二人の部下が持ち回りで見張りをしておりますので、ご入用の際はお声がけください」

「見た目だけなら全部一緒なんだね」


 それから邪魔にならないように見ていると、狼はとあるテントを指さした。質素な見た目は他と区別がつかず、うっかり外に出ると迷子になりそうだ。


「中は一番豪華になっておりますよ。心配ご無用です」

「あ、別にそういう意味じゃなくって……! ただの感想だから!」


 なんだか自分がもう辺境伯気分のうぬぼれ屋になった気がして恥ずかしい。どんな質素な住居でも、村で住んでいた家よりはましなはずなのに。


「ふふっ、そうでしたか」クリンヴェルはふわりと笑って。「見た目が豪華ですと、賊などの襲撃があった際、貴賓がここにいるぞと知らせるようなものですから、こうして外見だけは同じものを使っております」

「あれ、でも見張りがいるって……もしかして、部屋の中ってこと?」

「はい。彼らは見張りですが、従者としてお使いくださって結構です。何なりとお申し付けください」

「えっ?! 騎士なのに雑用するの?!」


 驚いた声は思ったより遠くまで響いたようで、野営準備をしていた騎士の数人がそうですよと頷き返してきた。その態度からはしぶしぶという感じは見受けられないが、銅に入れるくらい優秀な騎士に身の回りの世話をさせるのはさすがに心苦しい。


 だけど僕の驚愕を不満と受け取ったのか、狼は恭しく一礼して返してきた。


「申し訳ありません。本来なら侍女の一人くらいは連れてくるべきなのですが、事情が事情ですから我々騎士しかおりません」

「それはわかってますから、そういうことじゃなくって……」

「ですので、我々がガルドレッグ様の身の回りのお世話をさせていただきます。我らはもしものためにそういう訓練も受けておりますから、ご安心ください」

「いえ、あの……僕は別に自分のことは自分でできるので……昨日までやってたので……」

「……申し訳ないのですが、おそらく不可能かと」

「へ?」


 どういう意味なのだろうと思って目を丸くしていると、案内する足が止まった。

 そこは集落の中でも広くスペースが取られていて、真ん中まで来ると騎士の一人がそそくさと木刀を持ってきた。


 それだけで大体察してしまう。クリンヴェルは変わらない笑みで僕を見ているが、背後には逃がす気はないという圧が幻視できる。


「ではお風呂に入る前に、鍛錬をいたしましょう。これから騎士の主となる方ですから、基礎くらいは習得していただく必要があります」

「あ……不可能ってもしかして……」

「はい、立てなくなるほどしごくつもりですので、ご了承ください。今までの遅れを少しでも取り返さなくてはなりません」


 綺麗な笑顔で恐ろしいことを吐いて、僕へと木刀を渡す。夜も深めてきた世界に映える白銀は輝いていて、鍛錬よりダンスのお誘いの方が似合っている。

 けれど首から下は屈強という言語の具現化で、硬そう、ではなく硬いという確信を持つことができる見た目をしている。自警団にいる誰よりもたくましく、僕とは比べ物にならない。もっと細かったら本当に銀幕のスターだっただろうが、やはり彼は騎士なのだ。


「では、今日はガルドレッグ様の身体能力を確認させていただきます」

「は、はい……! よろしくお願いします!」

「ふふっ、気軽な口調で結構ですよ。師とはいえ、私は貴方様の配下ですから」


 狼は優雅に赤縁を上げて、木刀を持ってきた騎士へと指示を出す。どうやら狩りに出ている騎士がいるらしく、いい肉を夕食に出したいとのこと。大量の荷物があるんだ、料理道具などもそろっているんだろうな。


「鍛錬が終わったら夕食にいたします。たくさん食べ、たくさん鍛え、良い騎士になれるよう私も微力ならお手伝いさせていただきますね」

「お、お手柔らかに……」

「これから貴方様には、我らの主となるにふさわしい存在へと成長していただきます」


 昇ってきた月を背にする白銀は目を細める。それはさっきまでとは違う笑みのような気もするけど、何が違うのかはわからなかった。

 ただ、クリンヴェルが本気なんだろうなってことはわかる。僕の背筋がぞっとするほどの気迫は、有言実行するのだと実感させるだけの力があった。


「我ら銅は辺境伯様に忠誠を誓い、生涯を共にする騎士。ガルドレッグ様の友であり、駒であり、片腕であるとご理解ください」

「そんな大層な……」

「ふふっ、今はまだ慣れていないでしょうから仕方ありません。ですが、この旅の間、必ずそのことを知るでしょう。貴方様ならきっと、良き主になられます」


 剣すら握ったこともないような僕にクリンヴェルは期待してくれている。自警団でもお荷物だった僕に。


 だったらその期待には応えたい。向こうが本気で教えてくれるというのに、だらけていては失礼だ。

 ハの字から眉を戻して、やる気を込める。肖像画で見た父さんに近づけているといいんだけど。


「では、開始いたしましょう」


 こうして旅に出て初めての夜は更けていく。

 立てなくなるまでと言ったクリンヴェルの言葉は、誇張でもなんでもなかったのだと、僕はすぐ知ることになる。


 テントの中を見てみたいとかいう浮ついた考えを持てるわけもなく、気が付いたら太陽が上がっていた。食事もお風呂もいつの間にか終わっていて、味なんて全く覚えていない。裸も見られてしまったけど、男所帯だし別にいいかな……そんなこと恥ずかしがる余裕もなかったし。


 そして、痛む全身引きずって、また僕は馬車にいた。


「では今日も勉学に励みましょう」

「はい……」


 死にそうな声しか出せていないが、僕はなんとか背筋を伸ばす。馬車の揺れが筋肉痛を直撃して、座ることすら苦痛だ。でも、この狼の前だとちょっと無理をしてしまう。

 きっといい恰好がしたいんだろう。いつ見てもクリンヴェルは凛々しいから。


 白銀は昨日と同じシャツとスラックスにサスペンダー、そして赤縁メガネ。

 ……加えて変わらない男臭さを振りまいている。僕を起こす前に鍛錬をしてきたのだそうだ。確かに四六時中僕に付きっ切りだから早朝くらいしか時間がないのはわかるけど、この汗の匂いにはまだ慣れそうにない。


 というかこの人はいつ寝ているのだろうか。


「本日は野営まで座学をして、夜はマッサージの予定です」

「鍛錬はないんだ……」

「さすがに筋肉痛の時にしたところで、身になりませんから。それに私もガルドレッグ様の能力に合わせたカリキュラムを作成するのに、少しお時間をいただきたく存じます」

「なるほど……それなら助かる……正直体中が痛くて……」

「無理をさせて申し訳ありません。もし辛さが続くようでしたら、ポーションを昼食時に追加で服用しましょう」


 朝にポーションを飲んでこれだ。目覚めた時はベッドから起き上がることすらできなかった。高級ポーションってもっと効果があると思ってた。

 正直今追加で飲みたいのだけど、どうやらそれは許されそうにない。


「このポーションには痛み止めの効果しかありませんから、多量の服用はあまりおすすめできないのです」

「え、回復するやつじゃないの……?!」

「回復ポーションですと怪我などと同じように元に戻すだけですから。訓練などで筋肉を増やしたいのに、それでは無駄になってしまいます」

「そういうものなんだ……じゃあずっとこれかあ……」

「申し訳ございません。何か気を紛らわせるものがあればよいのですが……」


 そう言ってくれるけど、馬車の中には僕らと教材くらいしかない。だったら勉強に集中して、痛みをごまかすしかないってこと。

 農民なので作業後の筋肉痛に無縁ではなかったんだけど、こんな痛みは生まれて初めてだ。全身が悲鳴を上げるってこういうことなんだと、実感と共に理解できてしまう。


 だから勉学にもあまり身が入らない。集中しようとするのだけど、ペンを動かすのも辛いんだ。それにクリンヴェルの匂いがどうしても気になってしまう。

 あんなに清楚な見た目だから、匂いにも気を使えばいいのに。とは絶対言えないけど、内心で首をかしげておく。ここまで整えておいて、匂いだけ無頓着なことなんてあるんだろうか。


「どうかなさいましたか?」

「あ、ううん、なんでもない。今日は何を勉強するのかなって」

「やる気があるのはいいことです。では、昨日の続きから。我が領地は広大なので、一日では語りきれないのです。一度ですべて覚える必要はありませんが、頭の片隅にとどめておいてくだされば結構です」

「うん、わかった……」

「まずは辺境伯様、ガルドレッグ様の家系からお話していきましょう――――」


 結局今日はクリンヴェルの講座を聞くことが主になって、気付けば夜になっていた。

 野営の準備が終わると、クリンヴェルは自分の仕事をするためなのか、一礼して去って行ってしまった。カリキュラムを作るとか言ってたし、後は単純に騎士団長としての仕事があるんだろう。

 誰にだって自分の時間は必要だ。僕も僕で満喫したい。クリンヴェルはいい人だけど、かしずかれると肩が凝ってしまう。それにやっぱり匂いがね……嫌いじゃないんだけど……。


 改めて深呼吸して、あたりを見渡してみる。

 昨日はそれどころではなかったので確認できなかったが、僕のテントの中は確かに豪華だ。ベッドと机はもちろん、仕切りの向こうには専用の湯船まである。魔道具で収納しているとはいえ、旅先でこの扱いは破格なことくらい、平民の僕でもわかる。

 床には防水シートの上に絨毯までひかれていて、そこらへんで摘んだと思われる花まで飾ってある。実家より豪華なテントに、僕はちょっと引いていた。


「これを毎日準備するの、大変じゃない……?」

「いいえ、ガルドレッグ様をおもてなしするのが、我ら騎士の務めですから」

「うわっ!」


 ハキハキと答えが返ってきて驚いてしまった。そういえば見張りがいたんだった。

 クリンヴェルと似たような鎧に身を包んだシェパードは、きりっとした顔で喋り続ける。


「我ら銅は辺境伯様のお世話をすることもございます。実際、オーダナト様は前線に出るのがお好きな方で、過酷な地では我らが侍女の代わりをすることも珍しいことではありません」

「確かに、前線は危ないもんね……」

「ですから、ガルドレッグ様が我らの役目を気に病む必要はございません。ご安心して、我らの奉仕を受け取ってください」

「そうそう。ガルドレッグ様はオーダナト様唯一のご子息。胸を張って堂々としていればいいんですよ」


 四角四面なシェパードと対をなすように、ゆるっとした態度の鮫が会話に入ってきた。


「ゴルヴィオス!」シェパードはきつい口調で。「ガルドレッグ様に対してなんだその口調は! 我ら銅の主となられるお方だぞ!」

「んなこと言っても、こいつみたいに堅苦しいとガルドレッグ様も肩がこるだろうに。そうですよねえ?」

「え、ええっと……」


 答えに窮していると、ゴルヴィオスと呼ばれた屈強な鮫は背筋を伸ばし、シェパードと同じように顔を引き締める。

 自分は体が大きい方だと思っているけど、この二人は目線が同じだ。それに加えて鍛え上げた分厚さは僕以上だから、圧で言うなら向こうの完勝になる。


「もしガルドレッグ様がこのような対応を望むのであれば、このゴルヴィオス、始終尻尾の先まで規律正しくするつもりです!」

「いや、そこまでは……長旅で大変だろうし、もっと気楽でもいいと思うよ。クリンヴェルも銅は友でもあるって言ってたし」

「だってさセリオール。次期ご当主様がこう言ってるんだぜ、肩の力抜いていこうぜ。な?」

「だからとて、貴様はだらけすぎだ! 我らはガルドレッグ様が初めて接する銅だぞ! 銅全員がお前のようなちゃらんぽらんだと思われたどうする!」

「そんときはクリンヴェル様が責任を取るから大丈夫だって」

「なにも! 大丈夫なわけ! あるか!」

 

 大男二人がやいのやいのと騒いでいるのを見ると、銅の人たちも僕と変わらないんだと思って安心する。みんながみんなクリンヴェルみたいに格式張ってこられると、僕も疲れてしまうから。


 シェパードの騎士はセリオール、鮫の騎士はゴルヴィオス。

 どちらも銅に努めて長い優秀な騎士らしく、その評判を裏付けるように屈強な体つきをしている。凛々しい顔を支える太い頸筋は、着こんだ鎧に負けないくらいたくましいんだ。あんな重厚感のある装備をしながら普通に振舞えているのだから、さぞかし筋肉が発達しているのだろう。


 僕の護衛は銅にとって最重要任務らしく、少数精鋭で来たとクリンヴェルは言っていた。そんな任務に選ばれるくらいなのだから、あの巌のような体つきにも納得だ。


「ほら見ろセリオール、ガルドレッグ様も楽しそうにしてらっしゃる」

「あ、ごめん。馬鹿にしてるつもりじゃないんだ。ただ、楽しそうだったから。環境が急に変わっちゃったから、ずっと緊張してて……」

「な、おれの言った通りだろ? 急に自分は辺境伯の跡取りですって言われて、こんないかつい騎士に囲まれてんだ、神経使うに決まってる。クリンヴェル様は立場上丁寧にしなきゃいけねえんだし、おれらくらい気楽に接しようぜ」

「む、うぅ……悔しいが、ゴルヴィオスの言うことにも一理ある……でしたら、私も、その……こんな馬鹿みたいに接した方がいいのでしょうか?」

「人をさりげなく馬鹿っていうんじゃねえよ」


 経験豊富ということは付き合いも長いのだろう、会話のテンポが聞いていて心地よい。村にいた友達もこんな感じだった。懐かしさを覚えつつ口元が緩むと、鮫が嬉しそうに大口を開いた。


「いやー黙ってると本当にオーダナト様とそっくりなんですけど、笑うとかわいらしいですよね。城で待ってる同僚も、ガルドレッグ様を見たら喜びますよ」

「え、そうかな……かわいらしいとか母さん以外から初めて言われたよ。僕は見ての通り大きいし……」

「あははっ! おれらからしたら普通ですよ。しかもちょっと丸っこいから余計にそう感じるんです」

「これでも農作業はしてたしある程度筋肉もついてると思うけど、みんなの体に比べたらそうかもね」

 

 僕は引き絞るということをしてないから、どうしたって丸みがあるんだ。平民の食事は質素だから太ってるわけじゃないけど、彼らと比べたらそう見えるのもしょうがない。

 巨漢のバーニーズは立ってるだけで威圧感があるから、自警団では後ろでむすっとしてるだけでいいと言われていた。でもここでそんなことしたって、だれも僕を怖がらないだろうなあ。


「我らは騎士として訓練をしていますから。農夫も生活を支える大事な仕事です。それぞれ使う筋肉が違い、役割が違うのです。気にすることはありません」


 当然のことだから気にしてはなかったんだけど、セリオールはフォローを入れてくれた。気楽にという話の後にこれなのだから、おそらくこれが楽な話し方なのだろう。


「これはおれも楽しみだなあ……」

「ん、何が楽しみなの?」

「……ガルドレッグ様をマッサージするのが、ですよ。おれらはオーダナト様のお世話をすることもある、とは言ったでしょう? だからこの機に、体の違いを徹底的に調べてみようと思いまして」

「ああ、そういえば今夜はその予定だったね」

「運動後のケアならおれらも専門ですから、お任せください! 昨日担当してたやつらから、ガルドレッグ様の触り心地はむちむちしてると評判だったんで、おれも楽しみなんですよね」

「あ、お風呂に入れてくれた人たちだね……昨日は全く動けなかったし……後でお礼言わないと。でもむちむちって……まあ確かに村でも同じものを食べてるのに、なんでそんなにでかいんだとは言われてたけど……」

「お礼なんていりませんよ。それがおれらの仕事なんですから、ガルドレッグ様は偉そうに受け取ってくれればいいんですよ」

「そうかな……あの後疲労回復効果があるって言われて香油も塗ってもらったし、結構手間暇かけてくれてるからありがたいけど申し訳ないよね」


 気楽に接してくれるゴルヴィオスと話していると、ちょっと緊張がほぐれてる気がする。自分でも気づいてなかったけど、結構気を張り詰めてたみたい。

 会話相手は一任することにしたのか、セリオールはその間準備を整えていた。

 昨日香油を塗るときに使った台を持ってきて、いい匂いのする液体をいくつか並べていく。マッサージというよりかは、サロンみたいだなと思う。村の女の子たちが行ってみたいと話しているのは聞いていたけど、まさか自分が受けるとは考えたこともなかった。


「ガルドレッグ様、こちらにお越しください。筋肉をほぐしていきましょう。終わった後はお風呂に入っていただくと、明日にはまだましになってるはずですよ」

「だといいんだけど……」

「エスコートしましょうか?」口角を歪めて鮫が聞いてきた。

「今日は自分で動けるから大丈夫だって……ちなみに、服は……」

「すべて脱いでください」

「だよね……昨日もそうだったし……」


 こんな筋骨隆々とした人たちの前で、ふくらんだ体を見せるのは恥ずかしい。けれど、どうにも脱がないと話が進まなさそうなので、躊躇いがちに服へと手をかける。


「せめて下着とか……」

「大丈夫ですって。どうせ雄しかいねえんですから!」


 そう言われたら断れない。生まれたままの姿になれば、体だけは大きなバーニーズの手足が居心地悪そうにもぞもぞしてしまう。やっぱり彼らの前だと、僕の体は樽みたいなものなんだ。


「おお、これはこれは……いいじゃねえか」

「…………」


 ゴルヴィオスはお世辞を言ってくれるけど、騎士と農民を比べるのがそもそも間違ってる。中途半端に筋肉のついた四肢は確かにむっちりしていると思う。だけど太さは同じくらいとはいえ、造形美に関しては足元にも及ばない。

 だというのに二人は満足そうにうなずくだけで、落胆などの感情も見えなかった。隠してるだけなのかもしれないけど、僕の自尊心を守ってくれるのはありがたかった。


「さっすがオーダナト様のご子息! 見た目も似てればちんぽも似てるんですね。こりゃ男も女も放っておかねえでしょうね」

「え、あ、そう、かな……」


 確かに村では一番でかかったけど、外の世界ではどうなのかはわからない。それに人気が出ると言ってくれたけど、友達からは誰が入るんだと言われる程度にはでかいんだよね。

 もしかして、そこしか褒めるところがなかったのだろうか……。なんて考えるとちょっとへこむ。


「いやあ……でもこれは本当に……やばいですね……」

「…………」


 なんか……二人の目がちょっと怖い。なんだろう。僕のこと根踏みしてるというか、じっくり観察してるというか……。


「確かにこれは役得だな……よかったじゃねえかセリオール」

「べ、別に私はそのような下心などない! 貴様と一緒にするな!」


 顔を赤らめたシェパードが吠えるけど、どうしたんだろう。さっきのことといい、二人のことが急にわからなくなってきている。


「どうしたの……? 僕の体、何か変だった……?」

「あ、いえ! そんなまさか! むしろ農民として暮らしていながら、このような肉体を維持できていることに驚いただけです! 鍛えればすぐオーダナト様のようになるでしょう!」

「そ、そう? でも役得って……?」

「あーそれは」鮫がすっと前に出て。「こうしてガルドレッグ様のお世話をしてると、クリンヴェル様から厳しい訓練を課されなくて済むって話です。ガルドレッグ様の護衛は我ら銅の最重要任務ですから、あれでクリンヴェル様、結構神経尖らせてるんですよ」

「そうなんだ……僕の前では全然そんなそぶりを見せなかったのに……」

「そりゃ主に心配かけさせちゃ騎士の名折れですからね。しかもあの人はかなり表情作るのが上手いので、初見じゃばれませんよ」


 話しながら案内され、台にうつ伏せになると昨日も使った香油がまぶされる。毛皮を湿らせながら肌にしみこんでくると、確かに少し楽になった気がした。


 さすがにマッサージ中は彼らも鎧を脱いでいる。薄着になると筋肉がよりはっきりとわかるから、しっかり鍛えていることがよく分かった。僕が昨日やった鍛錬ですら序の口らしいし、あれ以上のことをずっとしてきているはずだ。


「力加減はどうですか?」

「大丈夫……気持ちいいよ……」


 セリオールから聞かれて、素直に本心を返す。性格がまるで違うから手つきも異なるのかと思ったけど、二人ともあまり変わらなかった。きちんと教育されてる証拠なんだろうな。目を閉じると、肉球があるかどうかだけしかわからない。


 背中や足を揉まれると、心地よさにまどろんでしまう。やっぱり僕は自分が思っていた以上に気疲れしていたみたいだ。


「すげえな……」

「ん、なにが……?」

「いや、どこもかしこもパンパンで、弾力が強い。しっかり筋肉がついてるから、驚いただけです」

「村のみんなにも言われたよ……同じ農作業してるのに、なんでお前はそんなにたくましいんだって……」


 騎士たちほど巌ではないとはいえ、僕もそれなりに太いから。力も村で一番だったし、後は気弱な性格さえ何とかなれば騎士になれるのに、とも言われていた。


「オーダナト様の血縁ですねえ。張りのいい見た目をしてるとは思ってましたけど、触り心地も最高です。こりゃクリンヴェル様も気に入るわけだ」

「クリンヴェルが、僕を……?」

「あの人、表情を取り繕うのが上手いだけで、ガルドレッグ様のこと大好きですよ。慣れてきたら尻尾を振ってくれるんじゃないですか。セリオールみたいに」

「ばっ……今言わなくてもいいだろっ!」


 顔を傾けると、セリオールの後ろで尻尾が揺れているのが映る。どうやら本当に喜んでくれているようだ。なんで僕をマッサージして喜んでいるのかちょっとよくわからないけど。


「その……」恥ずかしそうにシェパードが。「ガルドレッグ様こそ我らが仕える辺境伯様の跡取りですから。我ら銅は辺境伯様に仕えるだけですが、私個人としては、やはり正当性のあるお方に仕えたいと思っておりますので……こうしてお仕えできることが嬉しいのです」

「傍系の方じゃ駄目なの?」

「駄目、ではありませんが……申し訳ありません、立場上あまり言うことができず……」

「まあ、結婚を断固として認めなかった先代が、わざわざガルドレッグ様を呼び戻そうとしている時点で察してください。おれも気持ちはセリオールと一緒ですから」


 どうやら傍系の方々はあまり評判がよくないらしい。平民として育った僕を呼び戻そうとするくらいだって言われたら、そうかもしれないと納得してしまう。


 セリオールも話しづらそうにしてるし、これ以上この話題を続けるのはよくなさそうだ。僕はマッサージを受けながら、気になっていたことを聞いてみることにした。


「ねえ……これは聞いていいのかわからないんだけど」

「なんなりと。我ら銅は貴方様の友でもありますから」


 こうして二人と話していると、打ち解けてきたと思う。向こうが礼儀をもって接してくれているだけではあるんだけど、だからこそ聞けるんじゃないかなって。

 僕は前々から気になっていたことを確かめるために、ゆっくりと口を開いた。


「クリンヴェルって……朝に水浴びしないの……?」


 あの汗臭さで毎日同じ馬車というのは、さすがにちょっと困る。僕が慣れればいいだけの話かもしれないが、あれではせっかくの美丈夫が台無しなんじゃないだろうか。


 本人に直接聞くのもはばかられるので、何か理由があったら教えてほしい。そうすれば僕は自分を納得させられるから。


「……はあ」

「……ははっ!」


 だけど返ってきたのは犬からはため息、鮫からは笑いだった。


「あの方は騎士としては優秀なのですが、少々……駄犬と言いますか……」

「え、クリンヴェルが?!」


 まだ交流してわずかな期間だけど、駄犬とは程遠い位置にいる人だというイメージを持っている。彼と比べたら、僕の方こそ駄犬だろう。


「いえ、本当に、普段は誰よりも優れたお方なのですよ? ただ……好きな人の前だとどうにもポンコツになるというか……」

「初めて会った日の夜、ガルドレッグ様を優秀な跡取りにする! って息巻いてたからなあ。多分その一環なんでしょうね。初対面の時は汗の匂いなんてしなかったでしょ?」

「あ、言われてみればそうかも……でもなんで、汗に慣れさせるのと跡取りが関係あるの?」

「あー、クリンヴェル様が言ってないのなら、おれらからは言えないですね。申し訳ありませんが……」

 

 なんだか濁されてしまったが、そう言われてしまうとこれ以上踏み込むのも野暮か。

 僕は口を噤み、二人の手を感じることにした。頭の中で情報をまとめたかったのもあるから。

 それにしても、クリンヴェルが駄犬と言われてるのには驚いた。所作の一つ一つが洗礼されているし、あの美貌だ。誰が見ても高貴な人と口をそろえて言うだろう。


 駄犬と汗、何の関係があるのか……皆目見当がつかなかった。


「さて、背中はこんなもんだな。次は前を向いてもらってもいいですか?」

「うん、わかったよ」


 台の上でごろんと寝返りを打つ。股間が丸見えだから恥ずかしいのだけど、気にしちゃ駄目だと自分に言い聞かせた。


「……」

「……」


 なぜか二人は唾を飲み込んだ気がしたけど、僕が問う前にその手が動き出した。


「じゃあ失礼します」

「たっぷり気持ちよくしてあげますからねー」

「え、何を……?」


 指先が振れたのは僕の一物。萎えてもなお大きいと言われるそれに、茶色と青色の指が伸びていく。


「ひう?! 何するつもり?!」

「もちろんマッサージですよ♡おれらに任せてくれれば、しっかり気持ちよくしてあげますからね♡♡」

「さすがにそれはひとりでできるから! 大丈夫だって! セリオールも……なんで!」

「お気になさらず♡雄である以上、長旅ではどうしても溜まってしまうものです♡ガルドレッグ様には気持ちよく旅をしていただきたいのです♡」

「そういうこと♡どうせ旅の間も、即位してからも、おれらが四六時中おそばにいるんですよ♡夢精するくらいならこっちの方がいいってもんでしょ♡」

「だからって……!」

「どうせガルドレッグ様はオーダナト様と同じように性豪なんでしょう?♡あの人はこういう方面でも豪快でしたから、おれらも何度かお付き合いしてますよ♡」

「え、ええ……父さんと同じかはわからないけど、たくさん出る方だとは思うよ……だけど……」


 そりゃずっとそばにいてくれるから性処理とかどうしようとはちょっと思っていたけど、まさかしてくれるとは想像すらしていなかった。

 僕は貴族のあれやらにまったく詳しくないのだけど、これって普通なのだろうか?


「他領地の騎士団は知りませんが」セリオールが一物を揉みながら。「我らは雪山で何日も過ごすことがあり得ますから、性処理の問題は始終付きまとうのです」

「町も限られてるし、娼館もないなんてざらですしね。なら同じ男同士でさっくり処理しちまった方が楽ってことで、結構普通に行われてますよ。男同士なら妊娠もしないし、気楽ですからね」

「そう、なんだ……」


 クリンヴェルも辺境伯領は険しいと言っていた。魔物対峙などで遠征なんてしたら、町なんてめったにないのだろう。男同士でするくらいしか発散できないならば、男色の文化が発達するのも不思議じゃない。

 都会にはそういう文化もあるとは聞いていたけど、本当だったんだ。昔村に来た旅人が、僕なら体で結構稼げるぞと笑いながら言っていたことを思い出した。どうやらこの巨躯にも需要というものがあるらしいが、あの時は意味がさっぱりわからなかった。


「ちなみに聞いちゃいますが、ガルドレッグ様って童貞ですか?」

「う、うん……まだ……」

「ほーう、そうなんですねえ♡こんないいもの持ってるのに、世間は見る目がねえんですねえ♡♡」


 鮫はあの時の旅人と似たようなことを言って、香油を僕の幹に滑らせる。未使用のそこは人に触られたのも初めてで、あっという間に硬度を増していった。

 うぶなものは恥ずかしいくらいに敏感で、すぐさま鎌首をもたげて起き上がる。寝起きの蛇だったそれはもはやいきり立つ肉槍へと変わり、亀頭を膨らませて天を突いている。

 血管を膨らませる肉塊は気弱な顔に似つかわしくない見た目をしていて、醜悪さすら醸し出していた。以前村で悪戯されたことがあるけれど、みんなが引くほど僕のものはでかくてすごいみたい。

 

「おお……やべえなこれ♡」

「さすがオーダナト様のご子息……♡」

「うう、恥ずかしい……」


 だけど二人が見せた表情は恍惚だった。地元じゃ誰もが畏怖を浮かべた肉槍に対して、蕩けるような歓喜を開花させていく。

 ところ変われば常識が変わるとは言うけれど、まさかそんな顔をされるとは思わなかった。セリオールすら手を止めて凝視している。


「これ、本当に使ったことがないんですか……♡」

「な、ないよ! だってこんなの誰も入らないって、みんな言うから……!」

「それはまた、もったいない……♡」

「本当にな♡失礼ですけど、これで童貞は宝の持ち腐れが過ぎますって♡もっと使っていきましょう♡♡」

「だって、相手がいなかったし……」

「「なら……」」

 

 食い気味に身を乗り出したのは二人同時だった。

 緩い態度に隠れて気を使ってくれていたゴルヴィオスも、誠実真面目に仕えてくれたセリオールも。僕の強直を握りながら頬をくっつけて自己アピールに余念がない。


「私とかどうでしょう?♡」

「おれとかどうでしょう?♡」

「え、それって……その、エッチするって、こと?」

「はい、ガルドレッグ様は辺境伯を継ぐお方。行為の仕方も知らぬとなれば、世継ぎの問題にもなりますから、勉学という意味でもこの私をお使いいただければ……♡」

「それにおれらは経験豊富だし、男色初心者にもやさしくしてやれますよぉ♡♡」

「け、経験豊富って……それは……」

「当然、セックスのことですよ♡」


 シェパードと鮫は潤んだ目でこちらを見つめており、尻尾をくねらせている。太く屈強な腰があでやかに揺れており、雄々しさとの対比にいっそう強直が張り詰めた。

 出稼ぎをした人が娼館で女の人を買った話とかは聞いたことがあるけれど、多分今目の前で行われようとしていることは、それ以上にすごいものなのだと直感した。


 青くすべらかな鮫肌がいつの間にか肉棒に頬ずりをかましている。香油と先走りで塗れたそれは醜悪さを増しているのに、それが愛おしと言わんばかりに根元を舐めてくれた。


「どうします?♡どうせこれから長い旅になるんですから、オナニーより気持ちいいこと、たっくさんしましょうよ♡♡」

「せっかくの精液をコキ捨てるなんてもったいない♡」反対側からシェパードも頬ずりして。「どうせなら我らへの報償としてお使いいただければ、部隊の士気も上がるかと♡」

「うわぁ……」


 見たこともないような淫靡な光景を前に、僕の頭は大混乱してしまった。今まで男色なんてもの、都会にしかない別世界の話だと思っていたのに、今はこんなに近くまで来ている。

 どうしていいのかわからない。セックスって何をすればいいの? 村のみんなはセックスしたいって言ってたけど、僕はどういうものかもよくわかってないんだ。

 そもそも僕はこの二人とそういうことをしたいのかな。あまりに急すぎて何も頭が働かない。


「えっと、こういうのは、好きな人同士がするものだって……母さんが……」

「おれはガルドレッグ様のこと、好きですよ♡」

「私もお慕い申し上げております♡」

「そういうことじゃない気が……!」


 二人が服を脱ぎ捨てると、僕とは比べ物にならないくらい筋肉の発達した体が露わになる。起伏のキレがすさまじく、溝が鮮明だ。高そうな絵画にいても不思議じゃないほど彼らは整っている。こんな芸術品みたいな体、今まで見たことない。


 セリオールは香油を垂らした腹筋を撫で、ゴルヴィオスは金玉を揉み始める。背面の時とは全然違う、いやらしい手つきだ。


「玉もでっけえ♡可愛い顔してるのに、やっぱりオーダナト様の血は争えませんねえ♡」

「それならなおのこと、性処理は喫緊の課題かと♡ガルドレッグ様は男とするの、お嫌いですか?♡」

「嫌いというか、あんまりわからない……今まで女の子とするものだとばかり思ってたから……」


 一応貴賓の扱いはされているからか、僕の意思を無視して襲ってくる気配はない。

 だけど、情欲をくすぐるような手つきは巧みで、頭の中があっぷあっぷしてきている。銅にとってこれが日常だというのなら、僕は慣れた方がいいんだろうけど……。でも心の準備というものがある。僕はいったい、どうすればいいんだ。


 このまま二人に任せて、気持ちよくなってもいいのだろうか。二人もそれを望んでいるし……でもこういうのは好きな人としなさいって母さんが……。


「二人とも、何をしている?」


 もはや言葉も出ないほど混乱した僕に差し伸べられた救いの声は、凛とした狼のものだった。


 颯爽とやってきたクリンヴェルは二人を睥睨すると、止まるよう指示を出す。馬車で見た教師ルックから着替えたのか、整えた鎧姿は毅然とした姿を強調してくれていた。


「マッサージをするというから心配になって来てみれば案の定……ガルドレッグ様が困っているではないか」

「でもクリンヴェル様♡ガルドレッグ様の性処理問題は早急に解決しないとまずそうですよ♡ほら見てくださいよ、このデカ玉♡♡絶対オーダナト様と同じ絶倫ですって♡♡」

「そんなことは知っている。昨日見たからな」


 当然のように答えるクリンヴェルだけど、同じこと考えてたんだ……。

 ってことは昨日のお風呂の時、付き添いの騎士たちも考えてたのかな……それはものすごく恥ずかしいんだけど……。


「セリオール、お前はゴルヴィオスより自分を律せると思っていたのだが……」

「申し訳ありません♡ですが、ここに来る道中もずっとアナニーだけで、おマンコが本物ちんぽを求めて仕方ないのです♡♡我らで盛り合ったとて、クリちんぽでは本物の雄ちんぽに勝てないこと、誰よりもご存じでしょう♡♡それにオーダナト様がああなってしまっては――」

「セリオール」

「はっ……大変申し訳ございません。失言でした」


 今の、どういう意味だろう。父さんがああなったって、何があったの?

 僕が白銀に視線を向ければ、申し訳なさそうにそらされる。それが嫌な予感をさらに加速させるとわかったうえで、クリンヴェルはとっさにしてしまったのだ。


「クリンヴェル……今のは……?」

「直に説明する予定でした。騙すつもりなどなかったことだけは、信じていただきたい。我ら銅についても……説明いたしましょう。隠しきれるものではありませんからね」


 それだけ言って、狼は鎧を脱いでいく。二人に負けないくらい起伏の強い肉体がさらけ出され、白銀が光源を反射してきらめいては筋肉を強調している。


「我ら銅(あかがね)は辺境伯様の周辺をお守りする騎士であり、同時に身の回りのお世話を担当する騎士でもあります」

「それって、つまり……」

「はい、ガルドレッグ様のご想像の通りかと。辺境伯ともなれば、そこらの男を買うことすら危険が伴います。僻地での駐屯に侍女など同行させるわけにもいかず、主への奉仕は自然と我らが担当することになっていきました」


 そうして裸になったクリンヴェルは僕の想像を超えるほど綺麗だった。

 張り出した胸板や割れた腹筋、そして形の整った一物。筋骨隆々なのにきらめく毛皮が神秘的な光を放っており、神の御使いと言われても信じてしまうだけの神々しさがある。黙って立っているだけで、誰もが彼に目を奪われるだろう。

 

「我らがなぜ銅と呼ばれるのか。それは性処理を担当し始めてからつけられた名だからです」

「どういうこと……?」


 言葉よりも行動で示すことにしたのか、白銀は僕に背を向けて腰を下ろす。すると形の良さとでかさを兼ね備えた臀部がくぱあと開いた。


「え……」


 唐突なことに二の句を失っていたが、クリンヴェルの割れ目の奥はさらに衝撃的だった。

 そこはお尻の穴というにはあまりに淫らだったからだ。


 肉のふちは盛り上がり、呼吸するかのように開閉を繰り返している。僕は男色に詳しくないけれど、明らかに使い込んだのだとわかってしまう見た目だ。そこは白銀に不釣り合いなほど生々しい肉の色で、かといって鮮烈な赤というわけでもなく、少しくすんだ赤をしていた。


 勝手に視線が吸い寄せられてしまう。何とか振り切って顔を上げると、上気した白銀がこっちを見ていることに気が付いた。さっきの二人と同じような、蕩けた顔をして。


「く、クリンヴェル……それは銅と何の関係が……?」

「これこそ、我らが銅と呼ばれる所以♡主様のお世話をすることで♡より淫らになるおマンコを銅に例えて名づけられました♡♡ゆえに我らは銅、使い込みどスケベなおマンコで主様のお世話をさせていただく、辺境伯領唯一の雌マンコ専用部隊なのです♡」

「え、え、えぇ……」


 衝撃で何も言えなかった。毅然とかっこいい狼が見せる醜態に理解が追い付かない。

 クリンヴェルの言うことが正しいとするなら、セリオールもゴルヴィオスもそうだということになる。

 ばっと否定を求めて視線を向けると、二人は肩をくっつけた状態で背中を向いており、それぞれの尻肉を引っ張って同じように使い込まれた肛門を見せつけてきた。粘膜はなぜか濡れているようで、艶めかしい光沢が僕の脳に突き刺さった。


「じゃあ、本当に……?」

「はい、最初から説明すれば、純朴なガルドレッグ様から反感を買ってしまうかと思い、黙っておりました。不快な思いをさせたなら、なんなりと罰をお与えください」

「不快というか……ものすごくびっくりしたというか……」


 正直この情報をどういう気持ちで受け取ればいいのか、皆目見当がつかないんだ。ただただ驚愕が強いけど、黙っていたとしても不思議じゃないとは思う。少なくとも僕の村では男色が好きだって表立って言う人、見たことないし……。


 でもそれでクリンヴェルたちのことが嫌いになるかというと……そうはならないみたい。自分の心に聞いてみたけど、嫌いという答えは出てこなかった。

 彼らは何も知らない僕に、丁寧に接してくれた。いくら辺境伯の跡取りとはいっても、半分は平民の血が混ざっている。嫌悪を出してもしょうがないのに、主だと認めてくれた。


「だから別に、罰を与えるとかしないけど……それより父さんのこと、教えてほしい。何があったの?」

「それは……」


 ずっと父さんは元気でいるものだとばかり思っていた。でもそうじゃなかった。

 だから僕を迎えに来たんだと、今更ながらどこか腑に落ちるところもあった。父さんに何かあったから、僕しか跡取りがいないから、おじいちゃんも認めざるを得なかったんだ。


 クリンヴェルはなんと言ったものかと考えているのだろう、全裸のまま沈鬱な顔をしてもこの狼は綺麗だった。


「貴方様の父君、オーダナト様は……」


 ものすごく悲しそうな顔で、狼は言う。


「……不能になられました」

「え? 不能って、あの、立たない……?」

「左様でございます。あれだけ性豪だったオーダナト様が、いつのころから急に立たなくなったのです」

「は、はあ……」


 正直反応に困る。もっと深刻なことを想定していたからさ。

 40を超えたらそうなることがあってもしょうがないのでは。なんて言いたかったけど、痛ましそうな顔をする三人を前に、そんなことを言える勇気が僕にあるはずもなかった。

 でも貴族にとって跡継ぎは大問題だし、僕が軽く考えすぎてるだけなのかな?


「でも……生きてるんだよね?」

「それはもう。不能なこと以外は全く問題ありません。元気に遠征を繰り返しておりますよ」

「あ、じゃあ、良かった……」


 驚いたり肩透かしを食らったりで、感情が迷子だよ。とにかく父さんが元気なことを喜ぼう。

 最初僕を迎えに来たクリンヴェルが父さんについて言及した時、不能をぼかしてたのか。なんでそんな……別に普通に言えばいいことなんじゃないかな?

 

「あまりに突発的なことでしたから、おそらくは傍系の誰かが跡継ぎを産ませまいと毒を盛ったのだろうと……」

「あっ!」


 そっか、だからクリンヴェルはぼかしたのか。僕を怖がらせないようにするために。

 当主が毒を盛られたとなれば、僕にだってその危険がある。狼はそれを危惧していた。

 確かにこれは大問題だ。しかもこの口ぶりだと、まだ犯人は見つかっていないみたいだし。


「今は紺牙と共に調査をし、ガルドレッグ様が領地に着くまでには、なんとしてでも解決しておくよう指示を出しております。道中も我ら銅が全力でお守りします。どうかご安心ください」


 傍系の人らは僕が領地に着くことを好まない。なんて漠然と考えていたけど、今更実感が寒気と共にやってくる。父さんは不能になるだけだったけど、僕なら命を取られるだろう。辺境伯の椅子を狙うなら絶対そうする。


 つまり僕は父さんに会うために、虎口に入り込もうとしているんだ。


「ガルドレッグ様」


 考え込んでいた僕の前で、狼は頭を下げる。


「黙っていたこと、誠に申し訳ございません。オーダナト様への危険を見過ごした我々に対する信頼がないことも重々承知ですが、どうか、我らを信じてついて来てくださらないでしょうか」

「えっと……僕はクリンヴェルを信じてないとかじゃないんだけど……」


 そもそも、僕の存在がばれてる以上、村にいるよりかは銅のみんなに守ってもらった方が安全だ。危険な目を摘んでおこうとしたら、例え村に残っていても殺されそうだし……。

 だったら僕は父さんに会いたい。それにクリンヴェルがそこまで言ってくれるなら信じたい。なんて伝えると、白銀は少し瞠目した。


「昨日から思っておりましたが、ガルドレッグ様の着眼点はとてもしっかりなさっているのですね。恐れながら申しますと、毒のことがばれれば恐怖されるものだとばかり……村に帰りたいと言われることすら覚悟しておりました」

「あ、えっと、怖くないわけじゃないけど……母さんが人生はいつ何があるのかわからないから、ちゃんと考える癖を付けなさいっていつも言ってて……怖がってばかりじゃ何も解決しないからって……」

「なるほど、アナト様はこうなることを予見していらっしゃったのですね」

「そうかもしれないね……」


 母さんは僕に字を教えてくれただけじゃなく、困った時の考え方も詰め込んでくれた。自警団に入って戦いを学ぶよう言ったのも母さんだ。危なくなった時に体が動かないことが一番危険だから、場数は経験しなさいって。

 思えば、母さんは僕が父さんに会いに行く可能性を考えてくれていたんだろう。母さんの生きた証が僕なんだと、嬉しくなると同時にもうお礼も言えないことを寂しく感じた。


「聞いた話によれば、アナト様は平民でありながらオーダナト様の秘書をされたお方。その賢さがガルドレッグ様に受け継がれているのでしょう」

「そうだといいんだけど……」

「貴方様の姿を見れば、オーダナト様もきっとお喜びになられます。我らが辺境伯領も安泰ですね」

「持ち上げすぎだって……」


 過剰なまでに褒めてくれるから、どうしたって照れが勝ってしまう。

 僕はそんな大層な人でないことくらい自覚している。だというのに、クリンヴェルは感極まった様子のまま手を取ってきて、ずいっと身を乗り出した。


「いいえ、いいえ。私は一目見た時から天啓を感じておりました。辺境伯領を継ぐのは貴方様しかいらっしゃらないのだと、魂で感じたのです」

「えっと……そうなんだ……?」

「仕事柄貴人を見慣れた私の審美眼をごまかすことはできません。そして、この度見せたガルドレッグ様の落ち着きようから確信いたしました。貴方様は良き主になる器をお持ちです。そして、そんな貴方様をお守りし、お世話することこそ、我ら銅の使命なのです」


 整った見た目に迫られると異様な圧がある……。しかも裸だからなおのこと。

 劇なら絵になるかもしれないけど、あいにくとここは現実だ。さらにクリンヴェルの目に浮かぶのは、真剣さというよりかは興奮の方が近い。

 尻尾はものすごい勢いで振られており、ぶんぶんと擬音が聞こえてきそう。初見からこの忠誠心をよく隠していたものだ。丁寧な人だと思ったけど、本当に見た目を取り繕っていただけだったんだ……。


「オーダナト様に忠誠を誓った身ではありますが、未来の主たる貴方様への忠義は決して嘘偽りではありません。この長い旅で、我ら銅は貴方様の良き配下であることを示してご覧に入れましょう」

「う、うん……別にそれは疑ってないんだけどね……」

「しかし、我ら銅は主への奉仕を是とし、見返りなど求めぬ高潔な騎士ではありますが……」


 わずかに言葉を濁した後、白銀は熱に蕩けた言葉をつなげる。


「忠義に褒美を取らせようとお考えなら、どうかその雄ちんぽで我らの疼きを癒していただきたく存じます。オーダナト様が毒に犯されてからというもの、我らは互いのクリちんぽで糊口をしのぐしかありませんでしたから……」

「それは犯してほしいってことだよね……僕、経験なくて……」

「問題ございません。我らは歴戦の雌マンコ、銅の名を冠するおマンコです。どんなちんぽでも感じますし、ガルドレッグ様のものでしたら誰もが喜んで股を開くでしょう」

「あ、でも、そういうのはほら、好きな人同士でって母さんが……」

「私は貴方様をお慕い申してあげております!!!!」


 声がでかすぎて鼓膜が破れるかと思った。だからそういう意味じゃないんだって。さっきの二人もそうだけど、多少の好意があればもうやってもいいらしい。ハードルが低すぎないかな。それとも辺境伯領ってそうなのかな。

 クリンヴェルは端正な顔を赤らめて舌を垂らし、荒げた呼吸音をテントに響かせている。そこには物語に出てくる美麗な騎士ではなく、大好きという感情を制御できない犬が一人。


「あの、ついでに聞きたいんだけど、なんで馬車に乗るときに汗をかいてくるの?」

「ガルドレッグ様は男色に不慣れなご様子でしたので、まずは雄の匂いに慣れていただこうと思いまして。お望みであれば、どこでもお好きなところを嗅いでくださって構いません」

「あ、やっぱりそういう……朝から大変だろうし、別にしなくてもいいよ……寝る時間も取れなくなるよね」

「いえ、ガルドレッグ様のために流す汗は何ら苦になりません。どれほど辛い鍛錬を行ったとしても、貴方様のために働けることが私にとっては幸せなのです!」


 ちょっと、あの、これ、忠犬が行き過ぎてるよ……。言ってることは忠義に厚い騎士なんだけど、騎士の忠誠ってこういうのじゃなくない……?

 確かにこれは駄犬だ……この見た目で駄犬なことあるんだ……。

 今夜いろんなことが発覚したけど、衝撃という意味ではこれが一番かも。いやまあ、毒も大概なんだけど、意外性という意味ではこっちかな。


「クリンヴェル様、まだガルドレッグ様のマッサージが途中です」

「そろそろ終わらせておかないと、明日の旅路に支障が出ますって」

 

 白銀の興奮を見て冷静さを取り戻したのか、犬と鮫が助け舟を出してくれた。

 

 ……って思ったけど、二人は僕に抱き着いて股間を触り始めてきた。マッサージと性処理がイコールで結ばれているのなら、僕に逃げ場はもうない。


「やっぱりやるの?!」

「それは当然ですよ♡」ゴルヴィオスがねっとりと。「銅のことを把握されたんなら、わかってるでしょう?♡おれらはちんぽに飢えてるんですよ♡♡」

「その通りです♡」セリオールも目にハートを浮かばせて。「我らは他の騎士団のオナホとして遠征に随行することもありますが、やはり主の一物は格別なのです♡」

「だというのに、オーダナト様とできなくなっちまいましたから、マンコが疼きすぎてやべえんですよ♡」

「ちんぽ欲しさに他の男に股を開くなど忠義にもとる行為です♡我らの飢えを、ご理解くだされば幸いです♡」


 二人がかりで持ち上げられれば、いかに僕が大きくとも問題ない。また台に寝かせられたと思ったら、香油まみれの手がまた一物をしごき始めてきた。


「あっ♡んぁ♡ちょっと、待って……♡」

「たくさん出してくださいよ主様♡そしたら雄ザーメンをおかずにおれらもしこるんで♡」

「もしホモセックスがお望みなら、いつでもお申し付けください♡我ら銅は、貴方様からのお声がけをお待ちしておりますから♡」

「あ、犯されたりとかは、ないんだ……♡」


 交尾はないようなのでちょっと安心した。屈強な彼らに襲われたら、僕なんてひとたまりもないだろうしね。


「もちろんです♡」形のいい一物から汁を垂らす狼が。「ご主人様におマンコしてもらえる♡これ以上の誉れは我が隊には存在しません♡ですので、我らはただガルドレッグ様のお許しが出るのを待つのみなのです♡」

「んんっ♡褒賞みたいな、ものなんだね……♡」

「左様です♡しかもガルドレッグ様は童貞でいらっしゃる♡筆おろしができたとなれば、それは我らにとって今後の人生で輝く勲章となるでしょう♡」

「そ、そんな大層なものじゃないよ! え、というか、クリンヴェルには言ってないよね?!」

「見ればわかりますとも。どれだけのちんぽを咥えてきたと思っていらっしゃるのですか」

「え、ええ……」


 ここまで来ると、ところ変われば常識も変わるとか、もうそういう次元じゃない。銅のみんながちょっと変わってるんだと思う。


 剣を握り慣れた手はタコが多いが、香油によって滑りが良くなった結果、ちょうどいい刺激となって返ってくる。

 このままだとすぐいっちゃいそうだけど、もう早く出して終わらせた方が楽な気がしてきた。時間的にも、メンタル的にも。


 あんなに勃起してるのにクリンヴェルは見ているだけ。自分の仕事じゃないし、僕が呼んでもないから待機しているのだろう。忠犬と駄犬を行き来してるような人だな……。

 でも尻尾はずっと揺れていて、混ざりたくてたまらないって顔に書いてある。一声かけたら収拾がつかなさそうだから呼ばないよ、ごめんね。

 

 こうして二日目の夜にして、僕は前途多難を実感する。

 毒を盛られたらしい父さんと、僕の童貞を狙っている騎士たち。そして危険にさらされるであろう自分の命。

 考えることが多すぎて困ってしまうが、旅に出る時からある程度覚悟はしていた。未知の場所に飛び込むんだ。わからないことがあって当然だ。

 ……僕が想定してるようなことじゃなかったのは確かだけど。


 自分でするよりもたくさんの白濁を搾り取られながら、これからの旅路を憂う。

 父さんに会う前に、多分僕の童貞は無くなってそうだな。なんて射精後の頭で冷静に考えながら。


****


 銅のことが明るみになってからというもの、みんな僕の前ではいろいろ隠さなくなってきた。

 だけど、変わらないものもある。


「……と、ここまでの範囲でわからないことはございますか?」

「ううん、大丈夫。クリンヴェルの教え方がいいから、多分いけるとおもう」

「いいえ、ガルドレッグ様の物覚えが良いからかと。アナト様の才能をしっかりと受け継がれているのですね」


 もはや日課となった馬車での勉強で、甘すぎる先生はいつも通り過剰なまでに褒めてくれる。実際クリンヴェルの教え方は優秀だ。村で先生をしていた母さんに負けないくらい教え上手だと思う。

 性癖はあれだが、隊長になれるだけの教育はあるのだろう。本人の頭の良さと相まって、すごくいい先生になってくれている。


「では少し休憩をいたしましょう。先発隊から、湖を見つけたと報告が入ってきています。そこで昼食をご用意いたします」

「あ、もうそんな時間なんだ。覚えることが多くてあっという間だねえ……」

「ふふ、素晴らしい集中力です。ガルドレッグ様でしたら、城に着くころにはオーダナト様より政務をこなせるようになっているでしょうね」

「さすがに無理だよ……勉強と執務は違うだろうし……」


 白銀のスタイルは変わらずシャツと赤縁メガネだ。もっとはしたない恰好で迫ってくるのかと身構えたが、僕の予想に反して彼は職務に忠実だった。

 必要以上にくっつくこともなく、適切な距離を維持してくれている。たまに駄犬が漏れることはあるが、基本は優しく綺麗な騎士だ。


 曰く「時も場合も選ばずおもねるような者は、騎士ではなく娼夫でしかありません。我らはちんぽを褒賞とする雌マンコではありますが、銅の名を冠する騎士なのです」だそうだ。言いたいことはわかるけど、それでいいのかとも思う。辺境伯領にとって銅とはかなり名誉なことなんだろうか。


「それでガルドレッグ様、本日の匂いはどうでしょうか?」

「えっと、そうだね……悪くないんじゃないかな……ちょっと甘すぎる気はするけど、汗よりかはまだ……」


 汗臭さに満ちた密室にいるのが苦痛だったので何とかならないかと相談した結果、クリンヴェルは様々な香水をつけるようになった。

 石鹸の匂いから花の匂い、果てには娼夫のようなくどいものまで。僕の好みを探るべく精を出している。正直普通に水浴びしてくれればそれでいいんだけど、どうあっても僕に男色を覚えさせたくてたまらないようだ。

 それにしても、なんでこんなに香水のバリエーションがあるんだろう。いくら大容量の魔道具だからって、何を想定して持ってきたんだと問いたい。

 

「必要であれば誰かを篭絡することもありますから。それは男色家だけでなく、麗しいお嬢様なこともあるでしょう」

「……そうなんだ。本当に君らは体を張ってくれているんだね」


 当然のように返された答えに、僕は言葉を詰まらせてしまった。旅では何が起こるかわからないから、彼らはできる限りの準備をしてきたんだ。体を売ることも視野に入れているその覚悟を見て、辟易していた自分の浅はかさを恥じる。

 あれだけ僕の一物が欲しいと言って仲間内だけで処理をしてきたのに、いざという時に股を開くつもりでいる。こうして旅をしていくうちに、彼らの忠義は本物だと実感してしまう。


「僕は……そんな忠義をもらえるほどの男じゃないんだけど……」


 平民として生まれ育った僕に、その忠誠心は少し重い。けど文句を言ってしまうと、彼らの期待を裏切りそうで怖かった。


「いいのです。これは我らがしたくて行っていること。それで、これは男性の匂いと合わせると最も効果的かと思うのですが、谷間など嗅いでみますか?」

「騎士の矜持はどこ行ったの?!」

「ふふっ、冗談です。ガルドレッグ様には我らの忠義を負担に感じるより、こうして笑って受け止めていただければ幸いなのです」


 優しい笑顔を見て励まされたんだと気づく。クリンヴェルはなんだかんだ言いながらも、僕が平民として育ったことをしっかり考慮してくれていた。

 彼らの献身を考えると、童貞くらいあげてもいい気はしていた。どうせ辺境伯を継いだらふしだらな生活になりそうだし、喜んでくれるならそれで……。


 ゴルヴィオスやセリオールも射精はさせるけど行為はねだってこないし、彼らは淫らだが線引きは徹底されている。


「おや?」


 考え事にふけっていると、通信魔具を使っていたクリンヴェルがいぶかし気な声を出す。馬車も止まったことから、何かあったのは確実だった。


「どうしたの?」

「何やらトラブルがあったようですね。少し席を外します。護衛の者を代わりによこしますのでご安心を」

「うん、わかった。気を付けて」

「ふふ、ご配慮くださりありがとうございます」


 そうして白銀が馬車の扉を開けたタイミングで、それは聞こえてきた。


「お願いします! 村が大変なんです!」


 なんだろうと窓から覗いてみると、騎士の足元に縋り付いている誰かがいた。

 その猫の人は服もボロボロで、這う這うの体で逃げてきたんだろうと察せられる。なりふり構わない懇願は、それだけ切羽詰まっていることの表れだ。


 クリンヴェルがドアを閉めたら声も小さくなってしまったけど、それでも懸命に何かを訴え続けているのはわかった。


「何があったのかな……」

「漏れ聞いたところによると、なんでも村が襲われたらしいですよ」


 白銀の代わりに馬車に乗り込んできたゴルヴィオスが教えてくれた。

 隣に座ったのはとっさの時にかばうためだろう。だけど、いくら馬車が広くても鎧の巨漢が横に並ぶとさすがに狭い。反対側へ押しやられたことで窓から覗くこともできなくなったし、鮫に聞くしかなくなってしまった。


「そうなんだ……魔物か盗賊、どっちだろうね……」

「そこまでは聞いてませんが、クリンヴェル様が報告を上げてくれるはずです」

「クリンヴェルはどうするんだろうか」

「おれの予想だと、ガルドレッグ様に指示を仰ぐんじゃねえですかね」

「え、僕?! 指示とか言われてもしたことないよ……」

「あの人、あれでなかなかスパルタですから。でもなんだかんだいいようにしてくれるんで、好きに喋ればいいと思いますよ」


 毎晩の鍛錬を思うとスパルタなのは理解できる。僕の限界ギリギリを狙ったカリキュラムによって、最初の頃は立つことすらできなかった。

 それでも口調は変わらず優しくて甘いんだけどね。


「ガルドレッグ様ならどうします? 助けますか?」

「そうだね……まずは話を聞いてからかな」


 こういう時こそちゃんと考えないといけない。ああ、母さんはどこまで想定していたのかな。


「やっぱガルドレッグ様って冷静ですよね。すぐ助けるって言わないんですか」

「えと……僕はみんなの実力を知らないし、そもそも僕に決定権があるのかも怪しいし……目立ったことをするとせっかく隠密してる意味が無くなっちゃうから、銅の意図とは真逆のことになるんじゃないかなって」

「そうですね。おれらはできるだけ内密に、ガルドレッグ様の存在を秘めたまま城にたどり着くのが目的です。だから今まで街などもできるだけ避けてきました」

「それが無駄になっちゃう可能性があるから、目立つのはよくないよね。それに……襲われた村がまだ無事なのかもわからないし……」


 何かに襲われて村が滅ぶという話は僕だって何度も聞いた。それは農民の僕にとって身につまされる話で、自警団だってそれを防ぐためにある。

 魔物だったらまだいい方で、盗賊だったら根こそぎ奪われて慰み者にされてから殺されるんだ。そうなったら村は崩壊しているから、もう助ける意味も無くなってしまう。


「でも……」


 看過できないと膝の上で拳を握る。だって少し前までは僕も同じ立場だったのだから。

 いつ何が襲ってくるのかもわからない。そんな不安を抱えながら、ごまかして生きる気持ちはよくわかる。

 特に母さんを亡くしたばかりの僕にとって、死別を見過ごすことはできなかった。


「助けられるのなら助けてあげたい、かな……みんなには迷惑をかけると思うけど……」

「だそうですよ、クリンヴェル様」

「え……?」


 うつむいていた顔を上げると、通信魔具を構えた鮫がニヤリと笑っているのが見えた。


「最初から、このつもりだった……?」

「いや、独断ですよ。おれだって救えるなら救いたいですけど、おれが言うよりもガルドレッグ様の言葉の方が説得力ありますしね」

「はは……ゴルヴィオスって結構したたかだよね……」

「実はよく言われるんです。そんな騎士はお嫌いですか?」

「ううん、ありがとう」


 僕が救いたいって言うことを前提にしてるから、信用されてたんだろうな。そう考えると悪い気はしない。

 でも結局はクリンヴェルの決定に従うつもりだ。村で過ごしていた僕よりも、現職の騎士の方がこういう事態に詳しいに決まってる。


『かしこまりました。ガルドレッグ様がそうおっしゃるのでしたら、優先させましょう』

「え、いいの……?」

『我らが主となられるお方のお願いですから、無下にもできません。目立つのはよくないと理解されたうえでのご決定であるというのなら、私がとやかく言う必要もないでしょう。それに……』

「それに?」

『先ほど我らの実力を知らないとおっしゃられておりましたので、いい機会かと。貴方様からの信頼を勝ち取るためにも、乗って損はないと判断いたしました』


 毒のことを負い目に感じているクリンヴェルにとって、力を誇示するチャンスだと考えたようだ。疑ってるわけじゃないのだけれど、これから旅を続けるうえで信用してもらえるかは確かに大事で、そういう意味で利害は一致してるみたい。


『詳しい話はこれからまとめて報告いたします。それとゴルヴィオス、今回は不問にするがあまり独断での行動は控えるように』

「わかってますよ。けど、おれらにとっても悪い話じゃねえでしょ?」

『はあ、そこまで考えてのことなら何も言わないが……お前は態度さえまともならかなり優秀なのだがな……』


 なんだか気苦労を思わせる言葉を残して通信は切れた。駄犬じゃないときのクリンヴェルは団長としてしっかりしている。


「ガルドレッグ様って結構男殺しですよねえ」

「え、どうしたの急に?!」

「クリンヴェル様に対して実力は知らないって言ったら、そりゃやる気になるってもんですよ。あの人……というかおれも含めて銅は、今度こそ辺境伯様の直系をお守りしようと躍起になってるんですから」

「そういう意味じゃないよ。そもそも通信してることすら知らなかったんだから。わからないものは考えてもわからないってだけだよ……」

「だから本心だって思ったからこそ、おれらはやる気になったんですよ。貴方様に実力もわからない騎士と思われたままなんて、プライドが許せねえんです」

「ゴルヴィオスも……?」

「当然。おれだって銅に入るためにかなり努力してんですよ。今回のことでおれは護衛から外されるでしょうし、いいところを見せてご褒美狙いに行きますよ」

「頑張ってくれるのは嬉しいけど、怪我はしないでね」

「わかってますよ。こんなところで脱落する気なんてねえですから。頑張ったらキスでもしてくれます?」

「それくらいなら……」


 なんて言うと鮫は嬉しそうに尻尾を振る。騎士に対しての口づけって手の甲とか頬とかを勝手に想定したけど、あの銅だから違うかもしれない。多分普通に口同士を想定してそう。

 今更気づいたところで撤回することもできないし、まあ軽くすませるならいいかと自分を納得させる。口も初めてなんだけど、それを言ったらひどいことになりそうだから黙っておくことに決めた。


****


 話をまとめたところ、猫の人の村は盗賊に襲われたようだ。そして命からがら逃げだしたところで立派な騎士の一群と遭遇し、あの場面になっていたらしい。

 だったら村の人たちは全員殺されているんじゃないかと沈鬱な気持ちになったが、どうやら奴隷として売るために何人かは連れ去られたようだ。そんな彼らを助けてほしいという懇願だったんだ。


「斥候の調査で、賊のねぐらの場所を特定いたしました」


 馬車の中でクリンヴェルは地図に印を書き込んでいく。今は授業じゃないからシャツではなく鎧姿で、凛々しさの中にたくましさを輝かせている。


「早い……すごいあっという間だったね」

「ふふっ、この程度なら朝飯前でございます。今は奴隷商と思わしき人物が来ないかどうかゴルヴィオスに見張らせております」

「早速こき使われてる……」

「いいえ、本人はとてもやる気でしたよ。なにせ、頑張ったら褒賞としてガルドレッグ様から口づけをいただけると吹聴しておりましたから」

「ん?」


 急に嫌な予感がしてきたな……。


「一応確認させていただきたいのですが、それは我らにも同じことが言えるということでお間違えないでしょうか?」

「あ、うん……そう、だね……」


 なんか話が大きくなってるし、さすがにもう撤回とか不可能そう。少なくともクリンヴェルは本気のオーラを漂わせているし、完全にそのつもりだ。


「ふふっ、でしたら頑張らねばいけませんね。ガルドレッグ様の初めてをいただけるのですから」

「待って! 僕キスは初めてって一言も言ってないよね……!」

「では違うのですか?」

「……初めてだよ」

「やはり」


 もろもろの対応からうぶなことはばれてるんだ、そこまで考えが及ぶのも当然だ。むきになって否定した方が後々恥ずかしいだろうし、ここは素直に認めておこう。

 するとクリンヴェルは思いっきり尻尾が揺れ始めて、全身で嬉しいと語りだす。駄犬が顔をのぞかせ始めた……。


「ふふ、ふふふふっ♡これは是が非でも頑張らねばなりませんね♡ガルドレッグ様は血しぶきなどを見ると具合が悪くなったり致しますか?」

「何その質問……そこまでひどくなかったら多分大丈夫。自警団にいた時も怪我とかしたことくらいあるし……」

「さすがでございます。でしたら、我らの活躍を映像で流しておきましょう。誰に褒美を取らせるか、これを参考にするのがよろしいかと」

「本気すぎる……」

「何も口づけのためだけではありません。ガルドレッグ様には、我らの実力を知っていただかねばなりませんから」


 だったらこっちが本命なんだろうな。自分らは窮地の際に背中を預けるに足る存在だと、アピールしたいのか。でもにこやかな顔はキス目当てと思われてもしょうがなくないかな。

 もはや尻尾を抑える気もない白銀は浮足立って馬車を降りていく。先ほどまであった美麗な雰囲気が一転して、お散歩にはしゃぐ犬みたいになっていた。


「では、護衛にセリオールを残していきます。貴方様はここで我らの雄姿をご確認ください」

「え……今から行くの?!」


 思わず驚いて尻尾が立ってしまった。まさかここまで迅速に行動するとは想定外過ぎる。

 陳情から情報収集を終えて、空には月が高く昇っている。薄明りを照り返す白銀は幻想的だが、なんてことないように微笑みを崩さない。


「早い方がいいですから。我らの目的は貴方様を送り届けること。遅れが生じるリスクはできる限り減らすべきでしょう」

「それはそうだけど……ねぐらの中は何があるのかわからないんだよね……?」

「いえ、大体把握済みです。得体のしれない術を使う蛮族や特殊な器官の発達した魔物と比べれば、有象無象の輩が跋扈するねぐらなど、隠蔽した魔道具で中を調べれば造作もありませんから」


 こうして温和な顔を見ていると忘れそうになるけれど、彼らは辺境伯領を守護する騎士。歴戦の強者だ。

 過酷な地で戦い続ける彼らにとって、そこらの野盗なんてかわいいものに違いない。そう思わせるだけの余裕が、クリンヴェルからは発せられていた。


 白銀が恭しく一礼すると本当に絵画のようだ。整った見た目と所作が月明りを纏うと、息を飲むほどに美しい。月光の妖精でさえ、彼の前ではかすむに違いない。


「ではガルドレッグ様、しばし席を外します。我らの雄姿をどうか、特等席でご覧ください」

「うん、わかった。でも、怪我はしないでね……」

「ふふっ、わかっておりますとも。我らは貴方様が辺境伯を継ぐその日を見るまで、死ぬつもりなど毛頭ないのですから」


 勇猛さと美麗さを詰め込んだ狼と向かい合っていると、自分が劇に入り込んだような錯覚に陥ってしまう。言葉遣いもそれに拍車をかけていて、普段通りしゃべることが憚られるほどだ。


「ああ、今でもまぶたを閉じれば浮かびます。ガルドレッグ様が新たな辺境伯としての一歩を踏み出す時、私がおそばにいることを……! それを実現するまでは何があっても死ぬわけにはまいりません! こんな野盗ごときに邪魔されていいわけがないっ!」


 せっかくいいシーンだったのに駄犬が出てきて全部台無しになってしまった。でも自分に酔いそうだったから助かったかも。あの綺麗な目に見つめられると、自分がヒロインになった気がしてよろしくないよ。


 クリンヴェルは尻尾を全力で振ったまま、指揮をするために離れていく。綺麗な白銀が闇夜に消える間際、最後まで尻尾はせわしないままだった。


「……大丈夫だよね?」


 さすがに少し、ほんの少しだけ不安になってしまった。


 だが、そんな一抹の心配はただの杞憂に終わる。僕の目に飛び込んでくる映像は、まさに圧倒的としか言いようがなかった。

 野盗とは一線を画す連携に、個々の技量もまるで違う。僕も自警団で剣や槍を握ったことがあるからわかるけど、野盗の立ち回りが児戯にしか見えなくなるほどだ。


 今夜中に終わらせられると判断したクリンヴェルは何も間違っておらず、この調子でいけばすぐに終わってしまいそうだった。


「すごいね……」


 もはや何を心配すればいいのかもわからない。鏡に映る戦いを見ながら、僕は感嘆しか漏らしていない。

 向かいに座るセリオールが頭を下げ、静かに口を開く。


「お褒めいただき恐縮です。これで我らの力量がわかっていただけましたか?」

「うん、正直……想像よりずっと強いね。これは実力を知らないって言うこと自体が不敬だと思われてもしょうがないな……ちょっと考えが足りなかったよ」

「いいえ、それは仕方ないことかと。なにせ我らがこうして剣を振るう姿を見せるのは初めてのことですから」


 クリンヴェルの柔らかい声音とは対照的に、セリオールの声は硬い。でもそれが彼にとっての普通なのは、嬉しそうに揺れる尻尾と耳が証明している。自分の部隊を褒められてご満悦なんだろう。


 こうして談笑しているうちに鎮圧は着実に進む。

 ねぐらの構造がわかっているから、進軍が的確だ。相手を追いつめる手際も見事なもので、向こうは不意を突かれたこともあり、まともな対応を取れないまま捕縛されていった。


「そういえばクリンヴェルが映らないね。あれだけ意気揚々としてたのに……」

「おそらくゴルヴィオスの意趣返しでしょう。撮影しているのはあいつですから」

「ああ……なるほどね。結局撮影係にされちゃったんだ……」


 普通に考えればこの映像を誰が撮っているんだって話になるし、それを独断したゴルヴィオスに振るのも道理だ。

 でも、口づけをすると確約を取ってきたのは鮫なのに、これでは絶対にもらえないという不満もわかってしまう。子どもじみた仕返しをするゴルヴィオスを想像して、自然と口元には笑みが浮かんでいた。


「仲いいよね」

「それが我が騎士団のいいところでもあります。裸の付き合いが多い団ですので」

「裸の付き合いって……まあそうなんだけど……あっ!」


 逃げる野盗を追うゴルヴィオスが一瞬だけ白銀を映像に収めた。

 そして、それだけで十分だった。


 クリンヴェルが剣を振るう仕草はそれだけで様になっている。彼の周囲だけ音が凪いで、銀閃の軌跡がまぶたの裏に焼き付くほど鮮明に輝くのだ。

 僕は剣を握るときに気合を入れようと叫ぶのだけど、彼はそういうことをしない。ただ真剣な顔のまま線をなぞるかの如く、流れるような仕草でいつの間にか振り切っている。

 野盗たちが切り伏せられるところさえ、銀幕の中だった。


 こんなにも綺麗な太刀筋を見たのは生まれて初めてだ。ねぐらの薄暗い中であっても、白銀は煌々と光っている。


『陣形を崩すな。事前の作戦通り、被害を最小限に抑える方向で動くように』


 凛とした声で指示を出すところと、あの駄犬然とした仕草はまるで重ならない。辺境伯領という雪と氷の世界において、彼ほど似合う騎士は存在しないだろうとすら思った。


「あ、映像が動いた。他のところを映し始めたね」

「どうせ団長の剣技に見惚れて思わず視線を移してしまったことに気付いたのでしょう。あの人が戦うところは誰よりも綺麗ですから」

「本当にね。剣ってあんなに綺麗に振れるんだね」

「あの域まで行ける人など、我が辺境伯領でもどれだけいることか……。私も邁進中ですが、まだまだ先は長いと思い知るばかりです」

「セリオールならいつか行けるよ。毎日鍛錬頑張ってるし。……無責任だったかな?」

「いえ、そう言っていただけると励みになります。主からの期待が、私の剣をより研ぎ澄ますのです」


 と言って尻尾をひときわ大きく振る。クリンヴェルみたいに言葉が高揚するわけじゃないけど、セリオールは尻尾の制御の甘さから漏れ出しちゃうタイプなんだろう。


「どうやら終わったようですね。ガルドレッグ様、外で彼らを出迎えてはどうでしょう?」

「そうだね、僕だけずっと安全な場所にいるのも申し訳ないし……」

「かしこまりました。それはでどうぞ、お手を」

「あ、ありがとう……エスコートされるのはまだ慣れないね」

「いずれ慣れますよ。マナーもそのうち習うでしょうから、わからないことがあれば何なりとお聞きください」


 なんてしゃべっているうちにあっさり鎮圧を完了した騎士たちが帰ってきた。


 ねぐらを出てくる彼らの中に致命的な怪我をしている人は見当たらない。いろんな意味でほっと胸を撫でおろしていると、返り血で銀を汚した狼の騎士が僕の前で膝をついてから頭を下げた。


「我らが未来の主様。周辺を脅かす賊の討伐に成功いたしました」

「うん、見てたよ。すごく強かった。実力を知らないと言った僕の不明を恥じるばかりだよ」

「いいえ、剣を捧げるのは初めてのこと故、致し方ないことかと。ですが、こうして我らが貴方様の剣として相応しいと思っていただけたのなら、これに勝る喜びはございません」


 こんな風に跪かれたのなんて初めてで、どうしていいのかわからない。駄犬の時のクリンヴェルは親しみやすいけど、騎士としてのクリンヴェルは畏怖を抱かせるんだ。

 後ろに控えたセリオールが「立ってよいと、言ってあげてください」とアドバイスをくれたからそれに倣うと、鎧姿の美丈夫が僕より少し高い目線に来た。


「それではガルドレッグ様、僭越ながらお聞きいたします。此度の出陣において、最も貴方様の目に留まった騎士を教えていただけないでしょうか」


 あ、これはキスしろって言ってる……。

 後ろに控える騎士たちもすごい期待した目をしてる……。

 え、こんな人前で? 初めてのキスをしろってこと……?


 完全に逃げ場がないことに今更気づいた。もう僕はここで初めてをするしかないんだ。


 クリンヴェルの顔は全く変わらない凛々しさを湛えているから感心してしまう。さっきあれだけ尻尾を振って楽しみにしてたのに。表情を取り繕うのがうますぎる。


「え、えっと……」


 整った造形から逃げるように視線をさまよわせ、どうしようかと逡巡。

 困ったら考える癖をつけている僕だけど、今回ばかりは考えたところでどうしようもない気がする。自分の気持ちに従って選ぶしかないんだ。


 だから、僕はとある騎士の名を口に出す。


「ご、ゴルヴィオスかな……」

「……失礼ですが、理由をお聞きしても?」

「もともとゴルヴィオスとの約束だったし、それに、あの戦いの中で器用に立ち回って撮影するのってかなり大変だったと思うから……」


 クリンヴェル以外の全員に意識を配りつつ、身の安全も守らなくちゃいけないんだ。常に広範囲を注意しないとできない芸当なんじゃないだろうか。少なくとも、僕には絶対無理。


「なるほど」狼は神妙にうなずいて。「さすがの慧眼です。私もゴルヴィオスならできると思い、任務を振りました。ゴルヴィオス、ガルドレッグ様が褒賞をくださる。前に」

「はっ!」


 鮫は引き締めた表情で僕の前に跪くと、にたりと口を歪める。クリンヴェルからは見えない位置に来たから調子に乗って、小さくつぶやいた。

 

「負け惜しみですよ、あれ。内心かなり落ち込んでます」

「そんなこと言っていいんだ……」

「そりゃもう、撮影係なんてやらされましたから」


 それからわざとらしく咳払いをして、これから喋るぞと注目を集める。


「本当なら抱き着きたいところですが、鎧も汚れてますし……立ち上がっても?」

「うん、どうぞ」


 僕と同じ目線にまで上がり、手袋を脱ぐ。「失礼します」と声をかけてから、すべすべとしたごつい指で顎を支えてくれる。僕の視線はゴルヴィオスを映し、同時に向こうもこちらをじっと見つめる。

 どうしよう、これも僕が許可をしないといけないのかな。でも何か言うのも違うかもしれないし……。

 なんて混乱状態の思考をなだめながら思い至った結論は、目をつぶって任せるというものだった。


 鮫はちゃんと察してくれて、とがった顔の先端を僕の口にそっと合わせてくる。

 初めてのキスは想像よりずっと優しく、だけど男らしい匂いがした。

 まさか男性とするなんて思ってもいなかったけど、特段嫌悪が湧くでもなく、ただみんなに見られていることの方が気になっていた。ぎゅっと目をつぶって、手を固く握る僕は誰がどう見ても緊張してるのがわかるだろうしね。


「ん……」


 舌とか入れられるんじゃないか。そう身構えていた僕とは裏腹に、口唇はさっと離れていった。


「終わりましたよ」


 こそっと教えてもらって目を開けると、得意満面の鮫がいる。その顔を見れたのは僕と背後のセリオールだけ。あまりにいつも通りだったから、僕もちょっと肩から力が抜ける。


「格別な褒賞をいただき、誠に感謝いたします。これからも銅の一員として、ガルドレッグ様に誠心誠意お仕えいたしましょう」

 

 顔と言葉が全く嚙み合っていない。クリンヴェルから見えないからって、好き勝手してる。


 ともあれ、こうして褒賞の儀らしきものは終わって、それぞれの仕事をするために騎士たちが散らばっていく。ゴルヴィオスもばれないように手を振って、上機嫌に去っていった。


「……村の人たちはこれからどうするんだろう?」


 小さくつぶやいた疑問を、セリオールはしっかりと捕らえてくれた。


「ここまで来たら乗り掛かった舟ですので近くの村まで送ると、そう言ったのですが、彼らは離れるつもりはないようです。他の村に行ったところで仕事探しも大変でしょうし、それにおそらく、亡くなった人の墓を作るつもりなのでしょう」

「今度は平和に暮らせるといいね……」

「賊を捕らえた報奨金もありますから。役に立つはずです」

「ああそっか、そういうのもあるのか……だからわざわざ生け捕りにしたんだ」

「クリンヴェル様はお優しい方ですから」


 今回は災難だったけど、これから発展するといいな。そんな感情と、自分の育った村もいつかこうなるかもしれないという不安が混ざり合って、歯切れのいい返答をすることはできなかった。


「母さんのお墓も、お城に持っていけたらいいのに……」

「ガルドレッグ様が進言すれば、きっとできますよ。オーダナト様もそれを望むはずですから」

「うん、父さんだって会いたいよね。だったら頼んでみようかな……」

「そうなさるのがよろしいかと」


 会話をしているうちに、いつものテントが乱立していく。傍目では見わけもつかないそれらの間を縫って、セリオールは僕を案内してくれた。多分、彼らにだけ通じる何かがあるのだろう。


「今日はこのまま私が護衛を務めます。まずはお風呂の手配をいたしましょう」

「ありがとう。でも、今日は鍛錬もないから元気だし、手伝えるよ」

「いえ、そんな……」

「僕もこういうの、覚えた方がいいんでしょ。それにみんなは戦った後で疲れてるだろうし……良かったら一緒にやらない?」

「ガルドレッグ様がよろしければ」

「もう一人の護衛も来るの?」

「多分ゴルヴィオスでしょう。あいつだけは戦ってないし、怪我もないようですしね」


 最前線にはいたはずなんだけど、消耗具合で考えたらそうかも。

 いろんな騎士と顔なじみになってきているけど、仲の良さで言ったらセリオールとゴルヴィオスが上に来ると思う。だから僕としては気が楽だ。


「じゃあゴルヴィオスなら止めたりしないだろうし、準備しようか。セリオールも入る?」

「……ご一緒に、ですか?」

「え、いや、別々だけど……」


 言葉こそ落ち着いてるけど、尻尾が揺れてるのがわかりやすい。期待させて申し訳ない気持ちはあるが、さすがにお風呂は独りで入りたい。


「僕の護衛をしてたら水浴びする暇もないだろうし、朝交代した後だと忙しくなるしさ」

「確かにそれができたら楽ではありますが、それが私の使命ですので。お気になさらず……ああいえ、あの……もしかして、私も汗臭かったでしょうか?」

「うえ?! ううん、そうじゃなくって! ただ大変そうだからってだけ! 本当に!」


 クリンヴェルのこともあったから、そう考えるのも無理はないよね。萎えてしまった尻尾を前に、僕は自分のうかつさを呪った。


「申し訳ありません。一応気を使ってはいたのですが……配慮が足りず……」

「だからそうじゃないよ! セリオールは全然臭くないから! と、とにかく、お風呂の準備しよう!」 


 セリオールは真面目だから、考えすぎるところがある。僕が何を言ってもフォローだとしか思われてないかもしれない。

 早く来てゴルヴィオス……!

 この空気を何とかできるのはゴルヴィオスしかいない。僕は謝り倒しながら、セリオールが立ち直ってくれることを祈り続けた。


 そしてそのことがどこからか漏れたのか、次の日の馬車でクリンヴェルはいの一番に触れてきた。


「昨日は三人でお風呂に入ったようですね」

「うん……成り行きでね……」

「どうせゴルヴィオスでしょう。護衛としての任があるというのに……」


 その通りではある。でもセリオールをなだめるのにそれしかなかったのも事実なので、あまり強く批判はできない。

 湯船は巨漢三人が漬かるには無理だったから交代交代だったけど、誰かと一緒にお風呂に入るのは案外楽しかった。村で友達と水浴びした時を思い出す。

 独りで入るのとは違ってこれはこれでよかったから、あまり怒らないであげてほしい。


「申し訳ありません。一時的とはいえ、ガルドレッグ様を危険にさらしてしまいました」

「気にしないで。僕も考えて了承したんだよ。セリオールにひどいことを言ったから、きちんと話せる場面が欲しかったんだ」

「ガルドレッグ様がセリオールにですか? ふむ、お互い優しく思慮深い性格をしていますから、ボタンを掛け違ったのでしょう」


 一瞬にして見抜かれてしまった。僕がいい領主になると判断した審美眼だけど、こういう時には頼もしい。


「……なるほど、わかりました。でしたらこの件は不問にしましょう。そもそも、セリオールからはすでに謝罪を受け取っていますから」

「ああ、どこから漏れたのかと思ったら、セリオールだったんだ」

「ええ、昨晩は護衛の任を一時放棄してしまったと報告を受けております。我らは雌マンコの騎士ですので入浴を共にするのは構いませんが、その場合は護衛を増やす必要があるのです」

「……セリオールが謝ってたのはそこだったんだ」


 クリンヴェルが眉根をひそめた部分がちょっと予想外のところだった。一緒に入浴はいいんだ……そういえばセリオールも一緒ですかとか聞いてた。

 冷静に考えたら、昨日使った湯舟は僕ら三人は入らなくても、二人はいける大きさだったな。誰かと入ることも想定されてるんだろうなあ……。


「ですので、夜伽をご所望でしたら追加で護衛を送ります。ガルドレッグ様が褒賞ちんぽを与える際には、ぜひ一声おかけください」

「あ、うん……覚えておくよ……」


 使い時のある知識かはわからないけどね。そういうことをする時って誰かにします宣言しないといけないんだ……嫌かも……。


「さっきから気になってたんだけど……」

「何なりとお申し付けください」

「今日の馬車はいつもより早いんだね」


 窓から流れる景色の速度が昨日と違う。いい馬車だけあって振動は少ないのだけど、どうしたって風景は目についてしまった。


「ひょっとして、早く離れようとしてる?」

「その通りです。救った彼らには口外せぬよう約束を取り付けましたが、やはりどこから漏れるかわかりません。そうなった場合、できるだけ離れている方が良いでしょう」

「……クリンヴェルは誰かが僕らを探してると思ってるんだね」

「気を付けるに越したことはございませんから」


 その割には確信めいた口調だ。そして、クリンヴェルがこんな態度を取るということは、危険があることの証左でしかない。


「傍系の人かな」

「おそらくは。見回りをしている騎士からも、不審者についての報告が上がってきております。誰かが何かを狙っているのは明白かと」

「あ、そうなんだ……それでよく野盗退治に行ってくれたね」

「この馬車にいる限り、突破されることはそうそうありませんから。何かあればセリオールがすぐに連絡する手はずになっておりました」


 クリンヴェルが全幅の信頼を寄せるほどここは安全らしい。確かに、護衛も外じゃなくて中に入ってくるほどだ。外のことを考える必要があまりないのだろう。

 でも僕は考える癖がついているから、ただ安心だと言われてもそれを鵜呑みにできない。難儀だとは思うけど、母さんが教えたということは必要なはずなんだ。


「襲ってきたことはあるの?」

「いえ、それはございません。むしろそうしてくれれば、生け捕りにして吐かせることができるのですが……」


 先の戦いを見ていれば、それが過剰な自信というわけじゃないことくらいわかる。だから相手は機会をどこかから窺っているのかな。


「追っ手をまけないの?」

「我らは人数がいるので、どうしても目に付きます。こちらも正体を探ろうと何度も部下を忍ばせていたのですが、いまだわからずといった状況です」


 この鎧姿が何人もいるのだ。目立って当然か。


「でも……クリンヴェルの騎士たちから逃げ続けるのって相当だよね。装備品もしっかりしてる手練れの目をかいくぐって尾行するとなると……ん? 装備品?」

「どうかなさいましたか?」

「クリンヴェルたちって魔道具を持ってるんだよね?」

「はい。遠見用から索敵まで、あらゆる事態を想定して準備してきました」


 香水まで持ってくるくらいだし、それくらいは完備しているに決まってる。


「それなのに見つからないってことは、向こうにこっちの手の内がばれてるんじゃないかな?」

「……つまり、我らの中に内通者がいるとおっしゃりたいのですか?」

「あ、ううん、そういう意味じゃなくって……ただ見つからないってことは理由があるってことだろうし……」

「確かにその理由を考えることは大切です。しかしながら、言わせていただくと、我らの中に内通者がいることはあり得ません」


 はっきりと白銀は断言した。普段は何を言ってもやんわりとたしなめてくれるクリンヴェルにしては珍しく、力強い口調だった。


「ここにいる騎士たちは私が選抜した特に優秀な者たちです。貴方様を裏切ることは決してありませんし、腕も確かな者ばかり。どうか信用していただきたく存じます」

「疑ってないよ! でも、ほら、出発する前とか準備の段階で漏れてるってこともあるからさ!」


 どうしてを考えすぎてクリンヴェルのプライドを傷つけてしまった。昨晩のこともそうだけど、僕はデリカシーが足りない。

 村でもそうだった。いろいろ考えすぎるくせに、肝心なそれを受ける人のことが頭から抜けるんだ。しかも考え込むことが多いからのろまとか言われるし……。

 

「ごめん、本当にそういうつもりで言ったんじゃないんだ……」

「いいえ、私は怒っているわけではありません。様々なことを考えるということは、大事なことだと理解しているつもりです。ただ、それで信頼関係が損なわれると、護衛にも不都合が生じるのでお願いしているだけです」

「ごめん……」

「えっと……」


 しゅんとした僕を前に、狼は困ったように言葉を濁す。クリンヴェルは経験豊富だし、それくらいのことは当然考えてるに決まってるのに。


「ガルドレッグ様、私は本当に怒っているわけではないのですよ」

「わかってるよ、これはただ、僕が浅はかだったなあって反省してるだけ。誰でもまず真っ先に思いつくようなことなのにね」

「良いのです。私は気にしませんから。ガルドレッグ様からの信頼を勝ち得ることもまた、我々の役目です」


 護衛対象から疑われたにも関わらず、白銀は落ち着いた声音だ。あまりに人ができすぎていて、自分の情けなさが際立ってしまう。


「クリンヴェルはすごいね……」

「いえ、そんな……私は当然のことをしているだけですから」


 セリオールと違って尻尾は正直じゃないから、感情がわかりづらい。気分を害してないといいんだけど。


「もし、無事に城まで着いたらさ」


 クリンヴェルはすごい騎士だ。教師としての顔も知っていると、文武両道を地で行く能力に驚くばかり。そのうえ見た目も整っているとなれば、もう非の打ち所がない。


「何かお礼がしたいんだけど、何がいい……」

「セックスで! お願いします!」

「おぉう……」


 ものすごく食い気味に来られた。駄犬モードになると尻尾のやかましいことこの上ないな。

 ただ僕のことをこんなに気遣ってくれる狼に、何かお返しがしたかっただけなんだけど。それでいいんだ、とはなる。褒賞とは聞いていたけど、いまだに慣れないよ。


「そういえば、父さんが立たなくなってから飢えてるんだっけ……」

「率直に言ってしまえばその通りです。我ら銅は誰にでも媚を売る雌マンコではありません。良い働きをした兵に褒美として一晩許されることもあるほど、辺境伯領にとっての財でもあります」

「初耳……それが褒美なるんだ……」

「ですので、そこらの雄にむやみやたらに媚びるなどもってのほか。我らは張り型を使いながら、何とかおマンコの疼きを抑えてきたのです」


 こんな整った顔なのに、隠語を出すことにためらいがなさすぎる。僕の方が戸惑ってしまう。

 最近は毎晩護衛の人たちに手こきで処理してもらってるけど、明らかにすごい目をしてるからね。僕が助けになるならしてあげたいけど、さすがにセックスはちょっと勇気が出ないんだ。


「ガルドレッグ様の護衛に付いた者は、交代後にマンズリをしています。毎日絞ってもなお溢れるあの雄汁を腹に収めたいと、誰もが思っていることでしょう」


 そんなストレートに言われると困る。そりゃ確かに毎日処理してもらっててもたくさん出るけど……。


「もちろん」狼は優しく微笑んで。「今からでも本番を味わいたいというのでしたら、全身全霊で気持ちよくさせてご覧に入れましょう」

「い、いいよ! 大丈夫! みんなに処理してもらってるから!」


 我ながらすごい言葉をしゃべってる。でも、あの美丈夫に笑みを向けられると、匂いと相まってくらくらしちゃうんだ。

 旅を続けていくうちに僕の好みを理解したようで、馬車の中はすごくいい匂いが充満している。そこにわずかな雄臭さを忍ばせると、これがクリンヴェルの匂いなんだと理解してしまう。

 白銀は綺麗でたくましく、天上の存在にしか見えない。例え男の人でも女の人でも、彼に誘われたらふらふら付いて行っちゃうんだろうな。騎士としてわきまえてくれてるから何とかなってるんだけど、本気でたぶらかされたら僕も理性が持つ気しない。


 これからもそのままのクリンヴェルでいてほしいと、内心で祈っておいた。


 そうして馬車は進み、あの盗賊騒ぎから少しして、もう十分離れたと判断したのか速度も落ちた頃。

 日課となった鍛錬でヘロヘロになった僕は、テントの中でベッドに倒れこんだ。


「うぅ……疲れた……」

「ご苦労様です。ガルドレッグ様の剣筋は日ごとによくなっていますね」

「だといいんだけど……。セリオールたちも、お風呂入れてくれてありがとう。もう全然体が動かなくって……」

「そりゃクリンヴェル様の訓練は地獄ですしね」ゴルヴィオスが僕の背中を撫でながら。「このまま就寝されますか? 軽食が必要なら取ってきますよ」

「今日は大丈夫……ありがとう。ちょっと休んだら、お茶でも飲みたいかな……」

「ならおれが淹れますよ。これでも上手なんすよ」


 自分で言うだけあって、鮫の手つきは慣れたもの。てきぱきとお湯を沸かしてポットに注ぎこんでいく。お茶を淹れるだけの小さな魔道具でも買うと結構するんだけど、ここには贅沢に備わっている。

 きしむ体を駆使して椅子に座ると、湯気の立ったカップが目の前にコトリと置かれた。


「ありがとう。二人は飲まないの?」

「んじゃ、お言葉に甘えてっと」

「ゴルヴィオス……」

「いいじゃねえか、もう慣れたもんだろ。未来の主様から誘われちゃ、断る方が失礼だって」


 辺境伯の跡取りと言われたところで、心はいまだに平民だ。かしずかれるのも奉仕されるのも、まだ慣れてはいない。

 だからこうやって誘うことはよくしている。それに、僕も話し相手が欲しいから。


 シェパードは席に着いた鮫をじろりとにらんだが、すぐに言葉を飲み込んで隣に座る。最初はたくさん出ていた小言も、今じゃ名前を呼ぶ程度にまで収まった。


「今どのくらいまで来たの?」


 カップを持って問う。礼儀作法なんて気にしない持ち方だけど、特におとがめはない。


「んー、そろそろ半分、くらいじゃねえですかね。この前の盗賊騒ぎでちょっと強硬したおかげで、予定よりも進んでますよ」

「オーダナト様の隠れ家まであと少しです。そこでなら通信ができます」

「あ、父さんとだよね……そう思うと、ちょっと、緊張してきちゃったな……」

「今まで顔も知らなかった父親と、急に話すって聞かされりゃそうですよねえ。でも、向こうは楽しみにしてますよ」

「ええ、なので何を話すかではなく、元気な声を聞かせるだけでいいとお考え下さい」

「そのくらいでいいのかな……」


 暖かな熱を両手で包み込んで、僕は困ったように笑う。辺境伯らしくと思って気を付けていたハの字の眉とつい出ちゃう舌も、今は隠しきれていない。

 それからたわいもない話をしていると、ふいにゴルヴィオスの雰囲気が変わった。


「それにしても、オーダナト様のご子息って聞いてたからどんな破天荒な人かと思ったが、こんなかわいらしくて頼りがいのある人だとは思いませんでした。あ、オーダナト様に頼りがいがないわけじゃねえですよ。あの人は考えるより殴って解決するタイプですから」

「うーん、そうかな。僕はまだまだで、頼りがいなんて全然ないと思うけど」

「これから……ですよ。今回に限って言うなら、クリンヴェル様の審美眼は確かです。おれもそう思います」


 ずっと馬車の中にいてみんなに守られるだけの僕のどこに、ゴルヴィオスは頼りがいを見出したのだろう。首をひねるしかないのだけど、セリオールもうなずいている。


「ガルドレッグ様はわからないことをわからないと言い、それから考えることのできる人です。無暗に情を取るのではなく、我らに道を示そうとしてくれています」

「そんな大層なものじゃないよ……僕はただ、危ない時こそ考えるようにしてるだけだし……」

「それで充分なんですよ。おれらだって、騎士を使い捨てにするような主君なんて嫌ですからね。降ってわいた地位に溺れることなく、こうしておれらとお茶してくれます。傍系の暴君どもとは雲泥の差ですよ」


 鮫はカップを置いて席を立ち、僕の前で膝を折る。

 それはこの前キスをした時と同じ、騎士としてのふるまいだった。


「ゴルヴィオス……! 急にどうしたの?!」

「我らが未来の主様。貴方様の耳に入れておきたいことがございます」

「何……?」


 急に改まった鮫に虚を突かれてとっさにセリオールの方を見るけど、彼も彼で驚いた顔をしたまま、真意をつかみ損ねているようだった。

 だけどそれでも付き合いは僕より長いから、溜息を吐いて目頭を押さえるまで時間はかからなかった。


「ゴルヴィオス……お前、また何か独断をしたのか?」

「そういうこと。そんでこれはクリンヴェル様に報告してない」

「そんな情報を真っ先に僕に……」


 滔々と語られる態度の硬さから、この話が大事なものなんだろうと察している。本当は形式ばって聞く方がいいんだろうし、本人もそれを望んでいる。

 けど、こうして見下ろして話をするのはあまり好きじゃないんだ。


「じゃあまずは聞くしかないよね。ゴルヴィオス、座って」

「かしこまりました」

「では私はガルドレッグ様の側に控えます。何かあった時に、こいつの首を落とせるように」

「冗談……だよね?」


 冗談であってほしいんだけど、シェパードの目は全く笑ってなかった。まあ独断で情報を抱えてたって言われたら怒るよね。

 向かいに座った鮫はもういつも通りで、緩んだ顔でカップに口を付けた。その変わり身の早さは毎度のことながら感心してしまう。


「ガルドレッグ様がこっちの方がいいっていうのなら、そうしますか」

「それで、話しって……?」

「実は、隠れ家の場所、傍系の方々にばれちまってるんですよ」

「はあぁ?! どういうことだゴルヴィオス!」


 叫んだのはセリオールだ。確かに聞き逃せない話だったので、僕も目を丸くしている。


「だからそこは安全地帯じゃねえんで、迂回を進言したいんです」

「……ゴルヴィオスはどうしてそのことを知ってるの?」

「そりゃもちろん、おれが傍系の方々と交流があるからですよ」


 淡々と、なんてことないように、自身の裏切りを話すゴルヴィオス。その目は笑っているけれど僕のことをじっと見つめており、逐一動きを監視されているような気分にさせられる。


「ゴルヴィオス、わかっているのか! それは重大な違反! クリンヴェル様にばれれば、首が飛ぶかもしれんのだぞ!」

「わかってるって。おれもそのくらいは覚悟のうえだよ」

「それでもゴルヴィオスは僕にそれを教えてくれた。だからこれまでのことを詳らかに教えてくれる?」

「……やっぱり怒ったりしねえんですね」

「その情報だけじゃ、考えてもわからないから」


 危ない時、困った時こそ考える。だから僕は怒るよりゴルヴィオスの心が知りたい。

 正直ショックだったし、眉もさらに下がっちゃってると思う。だけど向かい合った鮫の目が僕を監視しているから、情けないところをさらしちゃ駄目だって心がしゃんとするんだ。


「簡単ですよ。おれはこーんな態度だし銅の中でも浮いてるんで、向こうから声をかけてきたんです。協力すれば、オーダナト様の不能を治す解毒薬をやるって」

「解毒薬って……じゃあやっぱり父さんのは……」

「そういうことになりますね。だからおれはあいつらが捕まらないようにこっちの魔道具の性能を教えました。ばれない範囲ギリギリで監視できるようにね」

「だから、クリンヴェルが捕まえられなかったって……」


 前聞いた話から情報を組み立てて、齟齬がないかを確認していく。

 そして、黙って思考を回す僕の前で、セリオールが剣を鮫の首に当てていた。


「お前……! それはガルドレッグ様に、ひいてはオーダナト様に対しての裏切りだぞ!」

「わかってるよ。それくらいな」

「ならなぜ……! 隠れ家の場所を伝えたのもお前か!」

「いや、それはもともと知ってたみたいだぜ。おれはそこでガルドレッグ様の護衛になって、誘いだすように言われている」


 その言葉通りに事が進めば、僕は殺されるのだろう。ゴルヴィオスは人のよさそうな顔をしながら、僕の暗殺を企てていたのか。

 正直怖い。目の前から注がれる視線から逃げてしまいたい。

 けど、だからこそ考えなくちゃ。ここで考えることを止めたら、母さんが僕の中からいなくなってしまう気がして、そっちのほうが怖いんだ。


「じゃあ……」


 ゴルヴィオスは剣をあてがわれても笑顔のまま。今、彼は何を考えているのだろう。


「どうして僕に、それを今、言う気になったの……?」

「ここら辺が潮時だと思ったからです。このままいけば、本当にガルドレッグ様が危険な目にさらされちまうでしょ。それはおれも困るんです」

「えっと……僕が害されると困る……じゃあゴルヴィオスは、何がしたかったの?」

「なんだと思います?」


 ここにきて質問形式。怒りで手が震えているのか、首元の剣は白い内皮に薄い切り傷を作って赤をにじませていた。長い付き合いだから、信頼を裏切られたと思っているのだろう。


「おれは別に意地悪で言ってるわけじゃねえんです。ただ、ガルドレッグ様ならわかると思って聞いてます」

「ゴルヴィオス!」セリオールが我慢できず。「せめて全部吐け! そうすればクリンヴェル様も温情をくださるかもしれん!」

「いいんだ。元から覚悟は決めてた」


 それだけの決意で裏切ったのか……裏切った? ゴルヴィオスが?

 なんか……あんまり実感が湧かないな……。僕を害されると困るって言うし。でも、ただ仲間のふりをして、解毒剤だけもらおうってわけじゃないと思う。

 向こうも馬鹿じゃないし、僕の死を確認するまでそんなの渡すわけがない。だったら本当に、ゴルヴィオスは何をしたかったのかな。


「……もしかして、怒ってる?」


 僕がそう問うと、鮫の肩が跳ねる。

 ふと思ったんだ。裏切りを打診されたとき、僕がゴルヴィオスならどんな気持ちになるだろうって。

 当主が毒に犯されるのを防げず、その上解毒をちらつかせて跡取りを殺す手伝いをしろと言われたら。

 僕なら失態をあざ笑われていると思う。そして、僕なら誘いに乗るだろうと話を持ってきた人に怒ると思う。


「だから多分、ゴルヴィオスもそうだったんじゃないかなって……」


 今まで付き合ってきたゴルヴィオスという騎士は、独断もするし態度も真面目とはいいがたいけど、自分の仕事に誇りを持ってると感じていた。彼の誇りは態度には出てこない、もっと根っこの部分にあるんじゃないかと。

 盗賊騒ぎの時だって、彼は僕からの褒美をもらおうと一生懸命で、村の人たちを助けたいって思ってたはずだ。少なくとも、僕はそれを信じたい。


「はぁ……さすがですねえ、本当によく見て、よく考えておられる」

「希望的観測だって言われたら、反論はあんまりできないけどね」

「いいんですよ。自分で考えたうえでおれを信じてくれる。騎士としてこれ以上ない主だと胸を張って言えます」

「じゃあ……」

「そうです、正解です。あの時……情報を横流しして協力できないかと誘われたとき、まじではらわたが煮えくり返りそうでした。長年勤め、忠誠を捧げる主が不能になったからって、簡単になびく騎士だと思われてたんですよ、おれは」


 軽い口調で話すけれど、その所作の端々に怒りがにじんでいるのが僕でも分かる。

 だから、セリオールにはもっとよく分かったことだろう。首に当てられた剣はゆっくりと降りてきていた。


「おれは他の銅のみんなと違って股間が緩いですし、しょうがねえんですけど。だけど、騎士としての誇りまで軽いと思われたのは心底腹立って、絶対黒幕まで全員捕まえてやろうって決めたんです」

「だから……取引を続けていたのか……?」

「そういうこと。そのおかげで隠れ家がばれてることに気付けた。じゃなかったら、襲撃を許すところだった。おれらは今度こそ、ガルドレッグ様をお守りしなきゃならねえ。そうだろ、セリオール」

「そうだな……お前はそういうやつだった」

「オーダナト様の治療薬があるのならそれをぶん捕り、ガルドレッグ様をお守りし、諸悪の根源を一掃する。そんでおれを誘った見る目のない馬鹿どもに一泡吹かせてやる、これがおれの目的だ」


 そこまで言い放った鮫の顔からは笑顔が消え、ただ真剣なまなざしが僕を見据えるだけ。いつも緩い態度のゴルヴィオスが初めて見せる表情には、怒りが色濃く浮かんでいた。


「だからとて、機密漏洩は重罪だぞ……」

「そうだな。信頼を得るためとはいえ、罪は罪だ。本来なら真っ先にクリンヴェル様に報告しなきゃならねえんだが……」

「でもゴルヴィオスはまず最初に、僕に報告した」

「クリンヴェル様に報告したら、もうガルドレッグ様とお話しできなくなるかもしれませんしね。そしたら直接謝れなくなりますから……」

 

 そこで鮫はもう一度床に膝を付き、頭を垂れた。

 姿勢は毅然としており、騎士としての風格に満ちている。僕はこれこそが彼の本質なのだと思う。うわべだけの態度では計り知れないほど、自分の仕事に誇りを持っているこの姿こそが。


「大変申し訳ございませんでした。自らの力を過信し、貴方様に多大なるご迷惑をおかけいたしました。それに何より、貴方様の信頼を裏切ったことは私の愚かさの致すところ。頭に血が上って浅慮になっておりました。罰として、どんな処遇をも受けるつもりでございます」


 凛とした声を捧げられて、戸惑ってしまう。こんなとき、なんて言えばいいのか全く分からないんだ。

 もう話せなくなるというのはきっと、首を刎ねられることまで考えているからなんだろう。銅にとって僕の護衛は重大任務だとクリンヴェルも言っていたから、ゴルヴィオスの独断は到底許されないはずだ。


「で、でも、それで僕が助かるのなら……僕は、いいと思う」

「ガルドレッグ様」セリオールが硬い声で。「僭越ながら、そのように情に流されてお決めになってはならないかと。ゴルヴィオスのしたことは許されていいことではありません」

「ううん、情なんかじゃないよ。それこそ僕が言えたことじゃないと思うから……」


 多分ゴルヴィオスは考えたはずだ。平民として暮らしていた僕を急に辺境伯の跡取りにすると聞いて、不安にならないはずがない。審美眼がとか言っているクリンヴェルが少数派なだけで、他の騎士も多かれ少なかれ思っているに決まってるんだ。

 だって逆の立場なら僕もそう思うから。


 この鮫がしたたかなことは知っている。万が一僕がお眼鏡にかなわず、傍系の方がいいと判断したら、このまま処理されていたんじゃないかな。


「それはねえ!」


 考えをつらつら話していると、鮫が勢いよく立ち上がった。


「おれは確かに貴方様を裏切りましたが、そんな大それたことなんて考えてねえ! ガルドレッグ様がどんなくずでも、おれは騎士としての役目を全うするつもりだった! 主を害する騎士なんて、いていいわけがねえんだ!」

「あ……ごめん。僕は考えすぎて感情を排する時があるから、つい……」


 そうだ、クリンヴェルも言っていた。裏切者なんているわけないんだと。

 あの狼は熟慮に熟慮を重ねてこのメンバーを選んだ。絶対に裏切らない、忠誠心の厚い者たちを。

 ゴルヴィオスはただ、僕のためになると思ってやっただけ。その方法こそ褒められないけれど、こうして情報をちゃんと提供してくれた。


「だが、ゴルヴィオス。ガルドレッグ様がそうお考えになるのも、お前の浅はかな行動が信頼を損ねたからだと自覚しろ」

「それは……そうだな……返す言葉はねえ」

「まったく、そんなつらそうな顔をするくらいなら、とっとと吐けばよかったのに……」


 主からの信頼を無くしたとしょげる姿は、まごうことなき騎士だった。そうじゃないと言ってあげたいけど、その言葉が届く気はしない。やったことの重みは、本人が一番わかっているはずだから。

 僕はその痛ましい顔を見て、やっぱりゴルヴィオスが裏切ることなんてないんだろうなと確信できる。独断が過ぎるところはあるけれど、僕が考えすぎるからちょうどいいかも。


 甘い判断かもしれないけど、まだ辺境伯領のしきたりを知らないんだ。自分の心の決めるままに判断しても、いいんじゃないかな。

 そう言おうとしたとき、白銀が颯爽とテントに入ってきた。


「報告があったのだが……これは何の騒ぎだ?」

「クリンヴェル様、実はゴルヴィオスが……」


 色を無くして佇むゴルヴィオスを見て、すぐにただ事ではないと悟ったらしい。セリオールの説明を聞いている間、だんだんと眉間のしわが濃くなってきていた。


「はあ……」


 案の定ため息を吐くクリンヴェルだったが、すぐさま僕に向き直ると先の鮫と同じように膝を折って頭を下げた。


「申し訳ございませんでした。裏切り者などいないと断言しておいてこの体たらく。彼らを預かる私の落ち度です」

「でも、隠れ家が危ないってわかったんだし……」

「だからといって、彼の行為がなかったことになるわけではございません。規律を正すのも私の務め。処罰は私に任せていただけないでしょうか」

「どうするの……?」


 わずかな間が嫌な想像を育んでしまう。クリンヴェルは一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに毅然とした声音を放つ。


「どこまで情報を漏らしたのかの調査は必要ですが……除隊は免れないかと」

「えっ! でも……」

「いいんです」僕の狼狽が鮫に包まれる。「そのくらいは覚悟してましたから。命があるだけ温情です。おれの首ひとつでガルドレッグ様をお守りできるなら、本望ですよ」

「お前はどうしてその忠誠心を正しい方向に向けられないのか……もっと早く相談してくれていれば……」

「そしたらクリンヴェル様、追っ手を全部跳ねのけちまうでしょう? 黒幕の尻尾を掴むのが至難になります」

「……それはガルドレッグ様の安全より優先すべきことか?」

「我ら銅なら、安全と仇敵の排除の両立が可能だと信じております。そして本当に解毒剤がある可能性を加味して、これが最善だと判断いたしました」

「そのために自分の首をかけてか? はあ、お前が銅に対して絶大な信頼を寄せているのは知っているつもりだったが……これはさすがに庇いだては難しいぞ」


 頭を悩ませるクリンヴェルとは対照的に、ゴルヴィオスは朗らかだ。もう秘密を抱える必要がなくなったからか、その表情に憂いは見えず、すべて受け入れる覚悟を決めているように見える。


「なんで、そんなにまでして……」


 いったい何がゴルヴィオスをそこまで駆り立てているのか、考えてもさっぱりわからない。平民として暮らしていた僕にとって忠誠は絵空事で、みんなと一緒に旅をしていても実感はまだ伴っていない。

 だけど、ゴルヴィオスの毅然とした態度を見ていると、自分のすべてをかけてでも成し遂げたいことがあるのはわかる。それは忠誠や信頼と呼ばれるものなのかもしれないが、僕がそれを受け取るに値しているとは思えなかった。


「辺境伯領に行ったことのないガルドレッグ様には想像もつかないかもしれませんが、辺境伯領の住民にとって、騎士とは憧れそのものなんですよ」

「僕らにとっても騎士ってすごい人だと思ってたけど、多分ゴルヴィオスが言いたいことはそうじゃないよね?」

「はい。知っているとは思いますが、あそこは厳しい土地で、主要都市以外は農業もできず、狩りと鉱山で稼ぐしかありません。外が危ないというのを十分理解していても、出るしかなくて、日々誰かが怪我をします。おれらの村は騎士が駐在してくれないと一日ももたないんです」


 それを想像してみる。雪と氷に閉ざされた村に騎士がいてくれることがどれだけ嬉しいか、分かった気がした。特に僕は平民だったから、自分の村が騎士に庇護されているという安心感に対するありがたみも理解しているつもりだ。


「だからおれら辺境伯領の住民は、騎士に対して格別な憧れを抱きます。そして、それこそが騎士団の結束を強めるのです。騎士であるという誇りを胸に、我らは誰よりも強くあろうとするのです」


 騎士の話をしているときの鮫は心底誇らしそうで、顔を伏せるセリオールとの対比が痛ましい。

 ああ、だからゴルヴィオスは怒ったんだ。僕はようやく、裏切りを打診されたときに感じた怒りに実感が持てる。飄々とした態度の下で、誰よりも誇りを輝かせているのがゴルヴィオスなんだ。

 実力も知らない騎士だと言った僕に男殺しだと笑った鮫は確かに、やる気に満ち溢れていた。キスだけが目的じゃなかったんだと、今更過ぎる気付きだ。


「あ、あのさ!」


 思わず声を上げていた。考えるより前に行動するなんてあんまりないのに、それでもゴルヴィオスを助けたかった。

 視線を向けられながら頭を回し、必死に考えた。このままゴルヴィオスが除隊されるのはあまりに可哀そうだ。こんなに騎士であることに誇りを持っている人を、僕は知らない。銅が僕の下に就くというのなら、こんな人材を手放していいわけないだろう。


「除隊じゃなくて……挽回させるのは、駄目、かな……?」

「挽回ですか?」白銀が問う。

「うん。情報漏洩とかいろいろ余罪もあるかもしれないけど、隠れ家がばれている情報を掴んだのは功績のはずでしょ。それをうまく使って、こっちが向こうを捕まえれば、いろいろ調べられるんじゃないかな。父さんの毒もあるし……それらを含めて判断すれば除隊にはならないんじゃないかなーって……」

「ですが危険です。我らの目的は貴方様を無事送り届けること。証拠集めなどは二の次でしかないのです」

「僕なら大丈夫! 怖いけど……みんなが守ってくれるし……だから……」


 命の危機なんて実際目の前にしたら怖くて動けなくなると思う。でも、それは辺境伯領に行っても同じこと。それならここで摘める芽は取った方が、後が楽になるはずだ。


「僕がおとりになるよ。隠れ家で僕をおとりにすれば、きっと向こうは姿を現すと思う」

「いけません! 貴方様はまだ十分な訓練を受けておりません! 何かあればどうするのですか!」

「だから、おとりになれるんだよ。僕は弱いから、向こうも油断するはず……」

「駄目ですって!」鮫も慌てて止めに来た。「おれが何のために暴露したと思ってんですか! 貴方様になにかあったら、おれはもう……自分を許せねえ!」

「ううん、違うよ。僕だって解毒剤があるのならほしいんだ。会ったことない父さんだけど、愛されてるのはわかるから……」


 こんなに手厚く守ってくれてるだけじゃない、父さんの話をするときの母さんはいつも優しい顔をしてた。僕が父さんに似てるって言うときは嬉しそうで、好きだったんだなって雰囲気で感じられる。

 だから絶対、母さんなら助けてあげたいって思うはずだ。僕はそう信じてる。母さんへの恩返しっていう意味でも探したい。こうして旅に出て、母さんがくれたものの大きさを知ったから。


「それに、僕は辺境伯領を継ぐんだよね」

「はい。それは確実です。貴方様の父君もそれを望んでおります」

「だったら、父さんに毒を盛って、僕を暗殺しようとしてる人はいないほうがいいよね?」

「……おっしゃる通りです」

「その機会をゴルヴィオスが掴んでくれた。だから、僕らはここで反撃をしたい。駄目かな……」


 偉そうに言う自分に恥ずかしさが湧いてくるけど、クリンヴェルを納得させるにはしょうがないと割り切った。後顧の憂いを断ち切れるし、ゴルヴィオスも救えるから、これが最善……なはずだ。


「ガルドレッグ様は危険な目に遭うでしょう」

「うん、そうだろうね。怖いけど、頑張るよ」

「たかが騎士一人のために、命を懸けると?」

「たかがって言わないで。銅のみんなは僕のためにたくさん尽くしてくれた。だから、僕も恩返しがしたいんだ」

「……おお」


 感極まった言葉と共に、白銀は涙を一滴流す。毛皮に吸い取られてすぐに消えてしまったけど、僕を瞠目させるのは十分だった。


「え……クリンヴェル……どうしたの? その、そんなに駄目だった、かな?」

「なんと……なんと素晴らしい心遣い。私の目に狂いはなかった。後光がまぶしくて、目が……」

「いやそんなのないでしょ! 大げさだって!」


 てっきり駄犬になるかと思ったら、泣きながら僕の手を握ってきた。なんで泣くの!

 ゴルヴィオスを助けるための駄々みたいなところがあるので、そんな感動されると居心地が悪い。嘘は言ってないし覚悟はしてるけど、整った泣き顔は圧がすごいんだ。ドキッとしてしまう……。


「貴方様こそ、辺境伯を継ぐのにふさわしい……ええ、ええ、そうですとも、貴方様を害そうとする傍系の方々など、これを機に一掃いたしましょう……!」

「え、うん、そうしてくれると僕も向こうで楽だけど……お手柔らかにね?」

「ご安心を。何も無法を働くつもりはございません。法に則って、首を落とすだけでございます。ガルドレッグ様に仇なす者はすべからく殺しましょう!」

「法がそうなってるなら、いいのかなあ……」


 辺境伯領の法にはまだ詳しくないので、冗談かどうかもわからない。けど、クリンヴェルならやると言ったらやりそう。


「貴方様が辺境伯領を継いでくだされば、多くの民が安寧を得られることでしょう。その幸運はまさに天啓と呼んでも差し支えなく、貴方様を守れることを生涯の誇りといたします」

「大げさだって……僕はただ保身のために言ってるだけだし……」

「いいえ、オーダナト様も前線で倒れる騎士をだれ一人見殺しにはなさいませんでした。貴方様は紛れもなく、あのお方の血を引くものです」


 感動が全身にいきわたれば、白銀の尻尾は駄犬を思い出したかのように激しく揺れ動きだす。このまま抱き着いてきそうなほど目を輝かせる様は、もう見慣れたクリンヴェルだ。


「ゴルヴィオス」それでも声だけは凛として。「ガルドレッグ様の恩情により、挽回の機会を授ける。励めよ」

「……ほ、本当ですか? 本当に、おれ、このまま銅にいてもいいんですか……」

「それはお前の働き次第だ。だが、機会をくださったガルドレッグ様のご好意を無下にすることは、私が許さんからな」

「はいっ! ……はいっ」


 元気よく返事をした鮫だったが、ややあって歪んだ瞳から大粒の涙をいくつもこぼし始めていく。覚悟を決めたとはいっても、やはり騎士を辞めたいわけじゃなかったんだ。


「う、ううぅ……ありがとうございます、ガルドレッグ様……」


 男泣きする鮫の背を、セリオールが撫でる。もらい泣きしかかっているから瞳は潤んでるけど、それでも口元は笑っていた。


「馬鹿者」


 小さく、それでいて優しい声音。クリンヴェルもいつの間にか笑っていた。


「隊にいられることが泣くほど嬉しいなら、やらねばいいだろうに」

「しかし、あの場では、おれしかできませんでした……おれがやらないと、ガルドレッグ様が……我らはもう、オーダナト様の時のような過ちを犯すことはできないんです……」

「ああ、そうだ。軍紀はお前をなじるだろうが、私は……いち騎士としての私はお前の忠誠を誇らしく思う……情報共有は早めにしてほしかったがな」


 独断する癖はあるが、ゴルヴィオスは忠義に厚い騎士だ。それは騎士というものへの憧れと誇りがそうさせているのだろう。ただ農業をしていただけの僕とは全然違う、だからすごいと思うんだ。


 鮫は僕の前に膝を付き、深々と頭を下げる。嗚咽でとぎれとぎれな言葉だったけど、そこには確かな決意があった。


「ガルドレッグ様……この場で、改めて……貴方様に忠誠を誓います。辺境伯領のためにささげた剣を、貴方様のためだけに……。どうか、受け取っていただけないでしょうか……」

「え、ええっと……」


 なんかすごく重いものを渡されてる気がする。けど、クリンヴェルもセリオールもうなずきながら見てるし、受け取れってことだよねこれ。

 だけど、辺境伯の地位以上に重たいものなんてないでしょ。そう考えたら騎士の一人や二人……いや重いけど、慣れなきゃ駄目なんだよね……。


「わ、わかった……受け取るよ……」

「ありがたき幸せ……このゴルヴィオス、命尽きるまで貴方様と共にあることを誓いましょう」


 重いよぉ……!

 

 少し前は農地を耕していた僕が、何の因果か、こうして一人の騎士から忠誠を捧げられてしまった。

 だけど、それでゴルヴィオスが助かるのなら、いいかな……うん。

 僕はそう思うことにした。


****


 隠れ家がばれているというのなら、道中に罠なども仕掛けられているに違いない。クリンヴェルがそう言うまで、僕はその可能性を完全に見落としていた。

 馬車の中で白銀と二人。今日は授業もなく、これからのことについての説明を受けているところだった。


「だからゴルヴィオスも迂回を進言したんだね」

「そうだと思います。相手のテリトリーに入ってしまえば、護衛は困難になりますから。ですのでまずはこちらが斥候を送り、敵情を調査します。あの時盗賊たちのねぐらを調べた魔道具を覚えていますか?」

「ああ、あれ! 姿を隠しながら調査するんだよね」

「はい、こちらにもゴルヴィオスからの情報がありますが、念のため精査が必要です」

「隠れ家もやっぱり危険なのかな……?」

「それは大丈夫でしょう。そこは物資の補給地点でもありますから、騎士が控えております。何かあればすぐに連絡が来るはずです」

「そうなんだ……じゃあ道中の方が危険かもしれないってことか……」


 敵に通じていることを暴露してから、ゴルヴィオスは全部教えてくれた。元々そのつもりだったんだけど、忠誠を誓ったこともあって情報の信頼度が違うらしい。僕にはよくわからない感覚だったけど、そういうものなんだろう。

 

「我ら銅は辺境伯様に忠誠を誓っております。ですが、唯一変更が認められる時があります」

「それって多分、僕みたいな跡取りだよね」

「その通りです。銅の中には辺境伯様の代替わりの時に、先代への忠義を裏切れず団を抜ける人も少なくありません。逆に、嫡男に対し、当主様が君臨していても剣を捧げる騎士もおります。ゴルヴィオスのように」

「じゃあそれってつまり……ゴルヴィオスが、僕を完全に次期当主と認めたってことになったり……?」

「します。銅は辺境伯様の配下。その騎士の一人を従えたことで、貴方様の正当性はいっそう強固になるでしょう。我らの忠義にはそれだけの価値があります」

「そうなんだ……」


 なんか、思った以上にすごい話になってきたな。うん、忠誠って代替わりの時にはどうなるんだろうとは思ったけど、やっぱりいろいろあるんだね。


「じゃあもし、僕が跡を継げたらクリンヴェルも……」

「もちろん忠誠を誓いましょうっ!」


 ものすごく食い気味に来られた。すました顔してるけど、鼻息がこっちまで聞こえてくる。見た目は清楚だから逆に怖いって。

 だけど理性が働いたのか、すっと表情が美麗な微笑みに戻っていく。この変わり身には毎度のことながら感心してしまうよ。


「ですが、私は隊長ですから。私だけは、そう易々と鞍替えしてはならないと思っております」

「うん、そうだね。クリンヴェルは責任感もしっかりあるすごい人だから」

「お褒めにあずかり恐縮です。ですので、今の私はオーダナト様とガルドレッグ様なら、オーダナト様を選ばねばならぬ立場であるということは重々ご承知ください」

「わかってるよ。たとえそうなっても僕は恨んだりしないって」

「……申し訳ございません」


 クリンヴェルは隊長に上り詰めただけあって、公私の線引きがすごくしっかりしている。かなり慕ってくれていると思うんだけど、騎士としての姿は全くぶれない。

 でもそういう人の方が安心して父さんを任せられる。だからクリンヴェルはこのままでいてほしい。……駄犬形態はさておいてね。


「今はゴルヴィオスもいないため、正直に答えてくださって構いませんが……」

「うん、どうぞ」

「本当におとりになるおつもりですか? 我らも最善を尽くしますが、万が一ということがございます」

「なるよ。約束したから。それに僕も自分の安全は確保したいしね。これから辺境伯になるのなら、なおのことさ」

「おお、おお……後光が……」

「ないでしょ……大げさだなあ……」


 尻尾全力振り回し駄犬になったクリンヴェルが嬉しそうにしているけど、僕は内心ちょっとおびえてる。

 命の危機もそうだけど、辺境伯の跡取りになる気でいることにさ。最初は父さんの顔を見るだけで満足だったのに、今じゃその地位を継ぐ気でいるんだ。

 こうして馬車で勉強してても、覚えることが途方もなく多いことしかわからない。剣の練習だってまだまだで、そんな自分に辺境伯なんて名乗る資格はないと思う。


 それでもやっぱり、あの晩嬉しそうに泣きながら忠誠を捧げてくれたゴルヴィオスを思うと、ちゃんとしなきゃって思うんだ。

 思うんだけど……責任の重さを考えるとどうしても怖い。辺境伯領の住民の生活が僕にかかってるなんて……怖くならないわけないじゃん……。

 クリンヴェルたちを失望させたくないからやせ我慢してるだけだって、自分でもわかってるんだけどね……。


「ねえ、クリンヴェル」

「なんでしょう」

「僕は本当に、いい領主になれると思う?」

「もちろんです。貴方様なら、あまねく辺境伯領の民たちに恩恵を与えられるでしょう」

「……だといいんだけど」


 補佐官の人とかもいるだろうし、何とかなるといいんだけど。

 でもここまで来てなれませんでしたじゃ、僕に忠誠を誓ってくれたゴルヴィオスにも申し訳ないし、できるだけ頑張ってみよう。


「それで、調査が終わったらどうするの?」

「我らは何事もなかったかのように隠れ家に入り、通信の準備をします。ガルドレッグ様にはその間休んでいただくご予定でしたので、ゴルヴィオスが連れ出すとするならここが最適でしょう。あいつにもそう伝えてあります」

「じゃあそれで僕がゴルヴィオスと一緒に部屋を出て、指定された場所まで行けばいいんだけ」

「その通りです。何らかの接触があるはずですので、そこを捕らえます。……調査によって人数などが把握できればいいのですが、さすがに向こうも手練れですし難しいでしょう」


 狼が不安そうにまなじりを下げるが、僕は笑ってごまかした。危険があるのは承知の上なんだと、いろんなことを考えながら、恐怖を薄めようと頑張っていた。


 少し意外だったのは、クリンヴェルは部下たち全員に今回の話をしたこと。ゴルヴィオスのこともあったのに、彼はすべての騎士に通達をして今後の方針を伝えた。みんな驚いていたけど、これを機に敵の尻尾を捕まえようと気合を入れ直したように、僕には見えた。

 他の内通者の可能性を疑って、僕なら最小人数で事に当たろうとしちゃうな。こういうところが器の違いってやつなんだろう。

 クリンヴェルは本当に裏切者なんていないと信じている。そこにある確かな信頼は、騎士たちの士気を高めていた。

 

「ゴルヴィオスから呼び出された際、我らは悟られないよう十分に距離を取る必要があります。何かあれば対応が遅れますが、必ず駆けつけます。我らを信じてください」

「うん、疑ってないよ。でも……時間を稼ぐためにゴルヴィオスが自分を盾にしそうで怖いんだよね」

「するでしょうね、あいつなら」

「あっさり言うなあ……。できればそうなってほしくないんだ。身を守る魔道具みたいなものとかあったら借りたいんだけど……」

「ないわけではありませんが……有事の際に使えるかは別です。ガルドレッグ様がすべきことは、我らの下へ一目散に逃げること。魔道具に頼るということはそもそもの段取りが失敗しているということですので、武器を持っているよりかは、発信機などの居場所を特定できるようなものの方が良いでしょう」

「それもそうか……」


 まだ訓練途中の僕が魔道具で戦えるかと問われると、まあ無理だろうし。


「ですので、ゴルヴィオスの無事を願うのでしたら、ご自身が即お逃げください。それが一番円満な方法です」

「万が一人質にでもされちゃったら、それこそ打つ手がないだろうし、そうさせてもらうよ」


 つまり、僕がおとりになると意気込んだのはいいけど、やることは危なくなったら逃げるということだけ。戦いなどはクリンヴェルたちに丸投げだ。


「……ありがとう、クリンヴェル」

「急にどうかなさいましたか?」

「僕のわがままに付き合ってくれて。前の盗賊騒ぎもそうだけど、クリンヴェルは急ぎたいはずなのに、付き合わせてばかりだなって……」

「お気になさることはありません。本当に無理な時はしっかりと進言いたします。私はただ、貴方様の心意気に感銘を受けたにすぎません。私とて、団長としてゴルヴィオスを処分せざるを得ませんでしたが、救う道があるのなら願ってもないことです」

「ならいいんだけど……その……」


 ずっと考えていたことだけど、やはり、自分から言うのは恥ずかしい。辺境伯を継ぐということは、彼ら銅と共にあるということで……。


「もし……クリンヴェルがいいんだったら、なんだけど……」

「なんでしょう?」

「前にも言ってたことで……城に着く前ではあるけど、これが上手くいったらお礼をあげたいんだ。……うん、自分で言ってて思い上がりも甚だしいと思うよ。僕はまだただの平民なのに、何言ってんだろう……」

「褒賞とはつまり……」尻尾がゆらりと準備運動を始めた。

「クリンヴェルには迷惑かけっぱなしで、すごくお世話になってるし……だから、もし、本当に、よかったらなんだけど……僕の、初めてとか……あの……」


 や、やっぱりすごく恥ずかしい。思い上がりの傲慢さとお誘いをする恥ずかしさの両方が、僕の心を締め付けてくる。

 銅と共にあるということは当然そういう行為が付きまとう。だったら、お世話になったクリンヴェルにあげたいっていうのが本音だった。


「い、いらなかったら……いいんだけど……」


 最後の方なんてしりすぼみになって、聞こえたかもわからない。村にいた頃から女の子と手をつないだことすらないんだ。それが急に同性相手にそういう誘いをかけるなんて、できるわけがないよ。

 しかも相手はクリンヴェル。僕が生まれてから今まで見た中で、一番綺麗な狼だ。

 顔から火が出そう。むっちりとでかい体をもじもじとさせて、相手の顔を見ることもできない。こういうところが気弱だって村でも言われてたのに、恥ずかしくてできないんだ。


「……ガルドレッグ様」


 いつの間にか僕らの間に合った机は収納され、目の前には美麗な白銀がしゃがみこんで見上げていた。爆発しそうなほど赤くなってるであろう僕に向ける顔は、凛々しくてかっこよすぎる。

 これが童話だったら、二人は結ばれてハッピーエンドになる場面だ。誰もが目を奪われる白銀の騎士が跪き、僕の手を取っているのだから。


 でも、彼らは銅。自他ともに認める淫乱の騎士。


「それはつまり、私に貴方様の一物を与えるということでしょうか。まだ穢れも知らぬ巨根を、私のおマンコで卒業したいと」

「え、うん、そういうことに……なる、かな……もちろん、クリンヴェルが嫌ならいいんだけど……」

「嫌なわけがありません!!!!」


 久しぶりに大声をぶつけられて、僕はぴゃっと舌が出ちゃった。


「ここで断る騎士など銅には一人もいないでしょう。もちろん、私もです!」


 だんだんと尻尾が速度を上げていく。美麗な王子然とした表情が崩れていけば、目を輝かせた狼が一人。


「貴方様の童貞卒業に私を選んでいただけるとは……! このクリンヴェル、銅の騎士として生きてきた中で、これほど心躍るお誘いはありませんでした! この私が! ガルドレッグ様の! 童貞をいただけるとは! 童貞を!」

「あ、うん、でもあんまり童貞童貞言わないでくれると……誰も聞こえてないとは思うけど……」

「なんたる栄誉! なんたる光輝! 貴方様のような光り輝く御仁の記憶に、私を刻み付けていただける! 騎士として、これ以上の名誉はございません!」

「絶対騎士関係ない……」


 あと僕よりクリンヴェルの方がまぶしいと思うな。本当に綺麗だから。


 もはやちぎれそうなほど尻尾を振り回す白銀は、舌を出しながら歓喜を全身で表現している。跪いているせいもあって、駄犬感が強すぎる。こうなるだろうとは予測していたけど、何度見てもこの整った顔がしていい表情じゃない。


「お任せください! 一事が万事、つつがなく治めてご覧にいれましょう! このクリンヴェルの名に懸けて!」

「お願いね……」

「つきましては、ガルドレッグ様の性癖などをお聞きしたいのですがよろしいでしょうか」

「せ、性癖……?」

「やはり初体験ということですから、貴方様のご趣味合わせたものにしたいのです」

「ええっとぉ……」


 急な性癖の開示要求はさすがにハードルが高い。何度も言うけれど、僕は女の子と手をつないだことすらないのだ。


「お任せください。貴方様がどのような性癖を持っていたとしても、このクリンヴェルが全て応えてみせましょう!」

「そんな変わった性癖とか、持ってるつもりはないんだけど……」

「ではどのような? お聞かせください、貴方様の興奮を!」


 どちらかというとクリンヴェルが興奮しすぎてて怖いよ。輝く瞳の中には性欲しかなくて、脳内ではもう脱童貞されてそう。どんなプレイをしてるのか、聞くのが怖いからスルーさせてね。


「う、う、別に、そんな変なものじゃないと思うけど……ただ、手とか握ったり、キスしたり……そのぉ……」

「なんと純粋無垢なお方なのでしょう……! つまりガルドレッグ様は我らを使い捨てのオナホではなく、恋人のように愛でてくださるのですね」

「そうかも……使い捨てはちょっと、できないかも……」

「奇遇でございますね。私もどちらかというとラブハメセックスの方を好みますから」

「ラブハメセックス」


 聞いたことない単語に脳みそがフリーズしてしまった。考えることが僕の長所なのに、衝撃が強すぎる。


「ベッドの中でたっぷりねっとりおマンコを愛され、種が尽きるまで犯されるのです。私の肩書などすべて取っ払い、ただただ絶頂し続け脳みそをふやけさせるあの瞬間こそ……私の忠義を厚くさせるのです」

「……」ごめん、聞いてもよくわからない。

「ザーメンや潮だけでなく、尿までまき散らしながら自分がケダモノに落ちる、あの幸せ……ああ、考えただけでおマンコの火照りが止まりません……!」


 何も奇遇じゃない気がする。少なくとも、僕はクリンヴェルにおもらしさせようとは全く思っていないので……。ちょっと同族扱いされるのは嫌かも……。

 実をいうとちょっと引いてる。本当に、黙っていれば誰よりもかっこいいのに……。


「もちろん粗雑に扱われるのも、それはそれで趣がございますので、機嫌が悪い時などにもぜひお使いください。金玉もストレスも、私がすっきりさせますよ♡」

「ん、ん~~? うん? わかった……よ?」


 権力を笠に着るようで嫌なんだけど、いいんだ……。いやひょっとしたら建前で言ってるだけの可能性も……ないな、すごく嬉しそうな顔してるし。多分頭の中で怒り狂った僕に犯されてそう。


 クリンヴェルが特別淫乱なのか、それとも銅全員がそうなのか。多分後者だな。

 童貞を捨てる……いや、あげる決意を固めたのはいいんだけど、不安しかない。


「何事も最初が肝心です。私とのセックスをガルドレッグ様が好んでくださるよう最善を尽くします。ですので銅の部下たちにもどうか、その褒賞をお与えください。我らはやはり、クリちんぽより雄ちんぽの方が大好きですので♡」


 母さんが下半身のだらしない人になってはいけないよと、教えてくれたけど……ごめんなさい、多分無理そうです。父さんがこんな環境にいたら、そりゃ子どもにはそう言いたくなるよね。


 自分から振った話ではあるし、実際する時のために必要ではあるんだろうけど、僕にはまだ早かったみたい。

 なんて思いながらも、クリンヴェルが楽しそうだからいいかなって思える。迷惑をかけっぱなしだから、何かねぎらいたいんだ。

 気持ちよくはしてくれるはずだから、あまり心配しすぎないようにしよう。


 そんな話をしながら時間をつぶしていると、馬車は隠れ家へと到着した。


 隠れ家は森の中にぽつんと立っている洋館で、一見すると廃屋のようだった。

 だがよく調べると塀は頑丈で、門も曲がってなどいないことがわかる。植物に紛れている壁も少し古いが朽ちておらず、人が住むには申し分ない場所だ。


 庭も広く、僕らが全員入ってもまだ余裕がある。野営だってできるだろう。

 門を閉めれば馬車も止まり、クリンヴェルは団長の顔に戻る。股間は膨らんだままだが、そっちは見ないようにしておいた。


「着いたようですね。来るのは初めてですので、まずは周囲を調べさせましょう」

「あれ、さっき魔道具でしたんじゃ……?」

「どこで監視されているかわかりませんから。あくまでいつも通りの一環として行います。それに、ベッドなどが使えるかの目視も必要ですから」

「え、あの屋敷まだ使えるの?!」

「もちろん。とはいっても、上階は自然に覆われて難しいでしょうが……実はこの屋敷の本体は地下なのです。隠し通路があって、そこから下へ行けます」

「地下……なるほど、それなら知らない人が迷い込んでもわからないよね」

「はい。ここは辺境伯領に近づいておりますから、もしものための場所です。後は紺牙などが諜報をする際の隠れ家としての役割がございます」


 紺牙、確か辺境伯領にある四つの騎士団のうちの一つで、諜報を担当する騎士だったはず。領地の内外で暗躍するなら、こういう場所は必要なんだろう。


 クリンヴェルは通信機でいくつか指示を飛ばした後、もう少しお待ちくださいと前置きして話し始めた。


「他にも、私の知らないような隠れ家も多数あります。それだけ我が辺境伯様の影響力というものは強いのです」

「ただ剣の腕が強いだけじゃないんだね」

「我らが辺境伯領は雪と氷の世界。農業ができないために、それ以外でお金になるようなことを模索し続けた歴史がございます。今でこそ魔晶石などで安定しておりますが、資源というものは永遠に採取できるわけではありません。ですので、こういう情報なども我らの武器と覚えてください」

「うん、覚えてるよ。前に教えてもらったから。だから紺牙は秘密主義なんだよね」

「はい、あれだけは他の騎士団と違い、表立って戦うことのない騎士たちです。すべてを把握しているのは辺境伯様のみであり、私でさえその全容を知りません。近衛という関係上、他二つよりかは詳しいでしょうが」


 やがて通信が入り、クリンヴェルが少し話した後、じっとこちらを見つめた。


「確認が終わりました。これより地下へと向かいます。中に罠もなく、隠し通路の入り口は我らが固めておりますが……何が起こるかわかりません」

「うん、そうだね。僕をどこに呼び出すのかもわからないし、気を抜けないね」

「大事な時にお傍に控えることができず、申し訳ないかぎりです」

「ううん、僕のわがままだから。それくらいの責任は取るよ。……なんて、偉そうでごめんね」

「いいえ、貴方様にはそうできる権利がございます。我ら銅は貴方様の友であり片腕。存分に采配を振るえばよろしいのです」


 馬車の扉が開けば、僕を守るのは騎士たちだけになる。念のため発信機をもらっているが、これが不要になることを祈ろう。


「ではエスコートを、我らが未来の主様」


 臆してなるものかと、僕は白銀の手をしっかりとつかんだ。


 屋敷の中は思ったより綺麗で、埃っぽいが植物などに犯されている様子もなかった。クリンヴェルたちは慣れた足取りで奥へと進み、倉庫らしい部屋の一角で何やら操作すると壁が開き始めた。

 その向こうには階段があり、騎士たちが準備していたのだろう、ランタンの明かりが暗がりの奥へと続いていた。


「足元にお気を付けください」


 僕やクリンヴェルのような巨体でも問題なく通れる階段を下れば、そこには想像より広い空間があった。天井は高く、地上と比べて綺麗に整っている。ここが本来の玄関ホールなんだ。

 地下にこんな部屋があるなんてと、驚く僕の前に壮年の男性が前に進み出た。

 

「ようこそいらっしゃいました、ガルドレッグ様。こうしてお会いできる日を、心の底から楽しみにしておりました」


 モノクルを付けた獅子の人はぱりっとしたスーツを着ていて、見るからに高貴な人だ。恭しい動作が様になっているから、おそらく執事かな。年季を感じさせる顔付きだが毛皮は綺麗で、周囲の空気を正すような雰囲気を纏っている。

 そんな獅子は嬉しそうに顔をほころばせ、優雅に一礼して僕を出迎えた。


「え、あ、うん……初めまして……えっと?」

「私の名はアンタリス。オーダナト様にお仕えする執事長でございます」

「執事長って、すごく偉い人なんじゃ……なんでそんな人がここに?」

「もちろん貴方様を出迎えるためです。ここは隠れ家であり、休息地点。貴方様を護衛してきた騎士たちの疲れを癒すために、私が直に手配いたしました」


 言われてみればその通りだ。みんな僕を護衛するのに四六時中気を張っているのだから、休憩が必要に決まってる。隠れ家はそのための通過地点だったんだ。


 アンタリスと名乗った獅子は顔を上げると、目を細めて笑う。そうすると一気に温かみが出てきて、優しい顔になった。


「長旅でさぞお疲れでしょう。ここには私が選んだ口の堅い者たちしかおりません。騎士の皆様も、どうか今宵は疲労の回復にお勤めください」

「アンタリス」僕をエスコートしていた白銀が一歩引いて。「こうして拝見するガルドレッグ様を前に言いたいこともあると思うのだが、いいのか? ガルドレッグ様はお優しい、お前の言葉を受け止める余裕くらいはあるだろう」


 どうやら獅子は職務を遂行するために言いたいことを抑えてるらしい。僕らが疲れているだろうからと、気を使ってくれたみたい。


「……よろしいのでしょうか?」

「うん、あまり気の利いた返事ができるとは思えないけど、せっかく会ったんだからね」

「それでは失礼いたしまして……」


 そしてまた獅子は僕をじっと見る。多分僕の中に父さんの面影を探しているんだろう。そのくらいはわかる。

 アンタリスの表情は本当に嬉しそうで、目じりには涙が浮かんでいた。感動はすぐ毛皮に吸収されてしまったが、うるんだ瞳にはまだ僕が映っている。


「立派に成長なさいましたね、オーダナト様と瓜二つでございます。それに加えて、アナト様の聡明さも受け継がれていらっしゃる。こうしてお会いできて、本当に嬉しゅうございます」

「それは褒めすぎじゃないかな……」

「初めてお会いしたのは、私がアナト様にオーダナト様の援助をお渡しする時でした。その時貴方様はまだ赤子でしたが、それはもう元気よく泣いていらっしゃって……」

「え、じゃあ母さんに会ったことあるの……?!」

「はい、私はオーダナト様の腹心ですから。オーダナト様はいつも貴方様のことを気にかけていらっしゃいましたよ」


 わざわざ執事長が出てきたくらいだ、父さんが僕を心配してるって言うのも本当なんだろう。そう考えるとやっぱり嬉しい。

 獅子は僕に視線を向けて感極まったまま。だんだんとむず痒くなってきた。


「通信魔道具の準備は万端です。いつでもオーダナト様とお話できますよ」

「あ……」


 そうだ、ここでは父さんと話ができるんだ。不審者探しにばかり集中してて、すっかり忘れていた。

 父さんと通話したいのはやまやまなんだけど、今はゴルヴィオスのこともあるし、終わってからゆっくりと話したいな。


「あの、アンタリスさん、聞いてるとは思いますけど……」

「ガルドレッグ様、よろしければこの老体の手を取っていただいてもよろしいでしょうか」

「え、あ、うん……」


 手を差し出すと獅子の両手が包み込む。手袋に包まれてはいたが、歳を感じさせないほど分厚い掌だった。


「もちろん聞いております」こそっと小さな声で。「貴方様を害そうとする不届き者のことでしょう。事前にクリンヴェル様から相談を受けております。このことを知るのは私だけですので、なにとぞ内密に」

「うん、わかったよ。だから父さんと話すのは終わってからでもいいかな?」

「かしこまりました。でしたら本日はごゆっくり英気を養ってください。騎士の皆様も……そのつもりでございましょう」


 距離を取った獅子は目じりを拭ってから周囲を見やる。その頃にはもう引き締まった顔付きに戻っていて、僕らを案内してくれた。


「お食事も、本日は腕によりをかけたものをご準備しております。量もありますから、たくさんお食べください」

「え、シェフもいるの?!」

「はい。それと白爪の方々も何人か、我々の護衛のために同行しております。ここは貴方様と騎士たちのための憩いの場。十分な安全性を確保せねばなりませんから」


 白爪、辺境伯領の騎士の中でも、遠征を中心とした騎士たちの集まりだっけ。

 言われてみれば、僕が知らない騎士はみんな白く綺麗な鎧を着ている。彼らは僕を見ては驚き、そして嬉しそうに頭を下げた。自分でも思うけど、やっぱり似てるんだろうな。


「極秘任務故、本来は我ら銅だけで済ませたかったのですが、オーダナト様の護衛もありますので……」


 白爪の人たちを見ながら考え込んでいた僕に何を思ったのか、クリンヴェルはそっと耳打ちしてくれた。不審に思ってるわけじゃないんだけど、確かに状況が状況だから疑っても不思議じゃないか。銅は人数が少ないって言ってたもんね。


「白爪の隊長に直談判して、口の固いものだけを選んだつもりです。本人も来たがっていたのですが、あれは予定が合わず……腕が立つのでいてくれれば心強かったのですが、しょうがありません」

「クリンヴェルがいるから、心配してないよ」

「おお……なんと心強いお言葉。確かに、あれに貴方様を会わせる必要もないでしょう」

「……ひょっとして、仲いいの?」

「まさか。あれは銅から白爪の隊長になった男です。雌マンコを振りかざしてちんぽをむさぼる、食い意地の汚いヤリマン。辺境伯様一筋の私とは雲泥の差でしょう」


 一緒にしないでくれと言外に匂わせているけど、多分仲がいいんだろうな。クリンヴェルの人らしい部分が見えてちょっと嬉しくなった。でも一筋という割には僕と父さんの二人が大好きみたいだけど。

 

 アンタリスさんの後について行きながら、考えをまとめよう。

 ここにはアンタリスさんが連れてきた執事と従者に、それを護衛してきた白爪の騎士たちがいる。隠れ家の場所が割れていることから、彼らの中に紛れている可能性だってゼロじゃない。

 そうなると、僕らを追跡してきた人と紛れている人、二つの可能性を警戒しないといけないのか。クリンヴェルも同じことを考えているからこそ、アンタリスさんだけに話したんだろう。


「こちらがガルドレッグ様のお部屋でございます。何かあれば何なりとお申し付けください」

「うわぁ……」


 奥にある一番大きな扉の向こうは、まさに別世界だった。

 普段使ってるテントも僕の実家に比べたら豪華だったのに、ここはレベルが違う。家具の一つとっても高級そうで、申し訳なくて使うことをためらってしまう。贅沢にも明かりを灯す魔道具も完備されていて、窓がないのに日中みたいに明るく、きらびやかな空間を演出していた。


 明らかな貴賓室に通されて挙動不審になってしまう。テントで慣れたつもりだったけど、本物はけた違いの圧を持っている。


「それでは、お茶の準備をいたしますので少々お待ちください」


 そう言って、アンタリスさんは一礼して部屋を去っていった。

 残された僕は物珍しそうに視線を動かして、部屋の中を観察する。何があるのかわからないっていうのもあるけど、単純に興味があった。こんな豪華な部屋、生まれて初めて見たから。


「それにしても、執事長なのにアンタリスさんが準備してくれるんだね」

「気を使っているのでしょう。内通者が潜んでいるかもしれませんから。おそらく自分がやりたいからと皆を説得しているはずです」

「そうだよね。……やっぱり二人ともそう考えてるんだ」

「アンタリスはオーダナト様の腹心ですから、無条件に信頼できるとなればあの人くらいです」

「それに、アンタリスさんは母さんに会ったことあるし、裏切ってれば僕を殺す機会なんてたくさんあったしね。白爪の人たちも来てるとは思わなかったけど、あっちは……?」

「念のため、気を付けておくとよいでしょう。信頼できるものをと頼みましたけど、私の部下ではないのでどうしても目が行き届きません」


 クリンヴェルがこうして一緒にいてくれるのも、護衛の意味があるんだろう。いつもなら部下に任せてくれていたから。


「一応聞くけど、今日の護衛は……?」

「セリオールとゴルヴィオスです。ゴルヴィオスが動きやすいようにしてあります」

「……うん、わかった」


 その方が向こうも油断するだろうからと、僕とセリオールがクリンヴェルを説得した。

 セリオールは自分が護衛したいと頼み込んだようで、かなり本気だったようだ。ゴルヴィオスと仲がいいし、一緒の護衛も多かったから責任を感じてるんだろう。


「ガルドレッグ様……くれぐれもお気を付けください」


 心配そうな声音で、狼は目を伏せる。


「私も周囲の人たちに目を光らせておきますが、どうか、怪しいと感じたらすぐお逃げください」


 ややあって、アンタリスさんが持ってきてくれたお茶とお菓子を食べて休憩した後、獅子と入れ違いにセリオールとゴルヴィオスがやってきた。

 鮫は緊張を隠し切れないようで、普段の快活さは完全に鳴りを潜めている。そわそわと周囲を見渡して、落ち着きがない。いつもならたしなめるセリオールも、耳を立てて直立不動だった。


「命に代えても、とかはいらないからね」


 これだけは言いたかった。僕がおとりになるのは、父さんやゴルヴィオスのためだ。それなのに死なれたら困る。

 案の定、鮫は尻尾を気まずそうにしおれさせて苦笑した。


「申し訳ねえですけど、それは聞けません。そもそもおれらは銅。貴方様の近衛であり、盾となるべき存在。例え平時であったとしても、やることは変わらねえんです」

「だけど……」

「あー……でもまあ、努力はしますよ。おれだってこんなありがたい機会をいただけたってのに、無駄死にしたいわけじゃねえです。剣も捧げましたしね。それがご命令なら、おれは順守するまでです」


 にかっと笑うと、ぎざぎざな歯が光る。おれを心配させまいと気分を切り替えることにしたのか、わざとらしく胸を叩いてみせた。明らかな空元気なんだけど、それに突っ込むほど無粋じゃない。


「それで」白銀が口を開いて。「賊どもと接触したのだろう、どうだった?」

「想定通りですよ。おれがガルドレッグ様を外に連れ出して、合流するよう言われました。おそらくそこに賊が待機しているかと思われます」

「得られた情報をすべて報告してくれ。些細なことでも構わない」

「一応揺さぶりはかけました。おれとしても騎士生命をかけているので、失敗されると困る。だから本当にできるんだろうなって」

「すると?」

「手の内を全部教えてくれたわけじゃねえとは思いますが、いくつか兵器用の魔道具を持ってきてるらしいです。最悪屋敷ごと吹き飛ばせるから、心配するなって言われました」

「思ったより向こうも本気だな……」


 僕は二人の会話を聞きながら、必死に頭を回していた。ティータイムで摂取した糖分をすべて使い切る勢いで、できる限りのことを想定しようとした。


「クリンヴェル、兵器用の魔道具ってどんなのがあるの?」

「大砲のように遠距離から攻撃するものや、爆弾のように仕掛けて破壊させるものなど、多岐にわたります。ここは人里離れた場所ですし、音を立てても目立ちませんから、屋敷を吹き飛ばすとするならこの二つが有力かと」

「…………大砲みたいだったら、周囲を捜索すればすぐにばれるはず。クリンヴェルが使ってる隠蔽する調査機とかでもない限りは……」

「そうですね。大砲型は音もでかいですし暗殺には不向きです。特注しない限り、隠蔽処理されたものなどほぼないでしょう」

「となると爆弾が設置されてる可能性の方が高い……?」

「おそらくは」

「あれ、でも、そうしたらなんで今使わないんだ……?」


 ここで爆発が起きれば確実に僕らは死ぬ。だったらゴルヴィオスに頼りよりそっちの方がいいんじゃないかな。


「爆弾は屋敷の中にはないのでしょう。白爪が調べ、そして今、私の部下が屋敷を隅々まで調べましたから。そもそも、あのアンタリスが管理している屋敷です。不審な点があれば、すぐにばれてしまいます。魔道具を探知する魔道具というものも、ここにはあるのですから」

「ああ、なるほど……って、ごめん、クリンヴェルならもうわかってるだろうに。僕が周回遅れみたいな思考しちゃって」

「いいえ、多角的に見るためにも、ありがたい指摘です。それでは爆弾はどこにあると思いますか?」

「ええ……外ってことになるけど……だったら屋敷を吹き飛ばせないんじゃないかな……」


 さすがに専門家でもない僕が考え付くのはここまでだ。圧倒的に経験も知識も足りてない。

 クリンヴェルは鎧姿なのに教師モードになっていて、僕が何を言うのか微笑ましい目で待っている。せめて何か言った方がいいかなと、仮説の一つをつまみ上げることにした。


「ってことは、爆弾を持ってくるってことかな……?」

「おそらくは。大砲型で爆破できるならそもそもゴルヴィオスは不要です。だというなら、貴方様を呼び出す必要があるということ。賊どもは爆弾を持って貴方様に会いに行くのでしょう、自爆用に。駄目だった時は命をなげうって散る覚悟かと」

「ひえ……なんでそこまでして……」


 他人のために命をなげうてるかと問われると、僕には無理だ。けど、目の前の騎士たちみたいに、相手もそういう人たちなのかな。傍系だって貴族だし、忠誠を誓った人たちがいるはずだ。


「ふふっ、そのような綺麗な性根ではないでしょう。金に困ったか弱みを握ったか、強制的に傀儡にしている可能性の方が高いでしょうね」

「あ、声に出してた……。そういうものなんだ」

「ええ。傍系の方々は確かに貴族籍ではありますが、辺境伯領に巣食う寄生虫のようなもの。貴方様の祖父も頭を悩ませておりますよ」


 誰にでも礼儀正しいクリンヴェルにここまで言わせるって相当だな……。思えばセリオールたちも言及は控えていた。

 でも、隊長がここまで言うならいいだろうと、ゴルヴィオスが話に乗ってきた。


「実際ガルドレッグ様に跡を継がせるしかないって状況ですしね。傍系のくずどもが実権を握ったら、辺境伯領も終わりなんじゃねえですかね」

「そ、そんなに……?」

「辺境伯様の恩恵にあずかっておきながら、虎視眈々と実権を狙うくずですよ。正直傍系ってだけでもかなりの権力があるってのに、何が満足できねえんだか。共に領地を発展させるって発想なんかまずねえです。辺境伯の血筋を残す以外の使い道もねえんですよ」

「でも僕は学も何もないんだけど……」

「いや、ガルドレッグ様って地頭がいいですよ。それにお優しい。まあ正直頭がよくなくとも優秀な秘書や補佐官が控えてますし、問題はねえです。大事なのはしっかり自分で考えて舵取りできて、民を思いやれるかどうかだとおれは思ってます」


 隣でセリオールも頷いてるけど、本当かな……僕はこれからのことに不安しかないんだけど。

 でも命を使い捨てるような人が父さんの跡を継ぐのもちょっと嫌だな。君主たるもの非常な判断も必要なんだろうけど、これは絶対に違うと思う。

 ……だからって僕が継いでいいのかは、まだわからないんだけどね。


 クリンヴェルも反論などないみたいで、優雅にお茶を飲んでいる。同席してもいいとは言ったけど、並ばれると僕の垢ぬけなさが際立つだろうなあ。


「ガルドレッグ様も領地に着いたら嫌でも理解できるでしょう。今後はああいう害虫とも渡り合わねばなりませんから」

「お、おぉ……クリンヴェルにしては毒舌……」

「クリンヴェル様は傍系の馬鹿息子に言い寄られてましたしね。顔が良すぎるってのも大変だ」

「ああ……」


 この見た目だしなあ。意匠の凝った鎧を着ているせいで、今でもふと現実なのかと目を疑うもん。王都なんかで歩いたら人だかりができるんじゃないかな。

 

「失礼いたしました、私のことはいいのです。問題なのはどうやってガルドレッグ様をお守りするのか、です。爆発物があるという情報があるのなら、対策が必要でしょう」

「手持ちの魔道具で何とかなる? バリアを張るとか……」

「もちろんありますが、あれは籠城用ですのでかなりの大きさです。持っていけばすぐにばれますね。屋敷を吹き飛ばすほどの威力に耐えるとなると、それくらいしかありません」

「それは本末転倒だよねえ。じゃあどうしようか……」

「一つ、策がございます」


 クリンヴェルは誰もが目を奪われるような美麗な笑みを浮かべて、こう言い放つ。


「あれを使えばよろしいかと」


****


 それから作戦を立て、クリンヴェルは銅に共有した。裏切り者がいるかもしれないからと、知らせたのはアンタリスさんだけだ。

 上手くいくように祈るのに必死で、僕は内心ガチガチ。だけど、すぐに思考のリソースは他に割かなくちゃいけなくなって……。


「本当にオーダナト様にそっくりですね! お会いできて光栄です! この任務に選ばれたことを誇りに思います!」

「ご安心ください! ここにいる限り、我ら白爪が貴方様の安全をお守りします!」


 食堂は僕を中心に騒がしく、一目見ようと白爪の人たちが群がっていた。

 隠れ家に着いたこともあり、みんなを慰労しようと晩餐会が開かれた。ちなみに二日連続でやる予定らしい。見回りなどで今回参加できなかった騎士たちのためだそうだ。


 テーブルには所狭しと料理が並び、そのどれもが見たことないくらい手が込んでいる。けど見た目を堪能しようにも、騎士なんて健啖家しかいないから、みるみるお皿が空になっていく。

 これはある意味戦場だ。それでも執事のみんなは早歩きをしながら、洗礼された動きをしているから感心してしまう。アンタリスさんも指示を飛ばすので忙しいはずなのに、定期的に視線を動かして全体を把握している。ああいうのがプロなんだろうなあ。


 無礼講だとクリンヴェルが宣言したせいで、みんな一斉にこっちに来ちゃった。ただの田舎者は騎士たちの圧にあっぷあっぷだよ。みんな分厚い筋肉を持ってるおかげで、肉の壁になってる。

 美味しそうな食事もたくさん並んでいるのに、全然食べる隙も無い。そもそも緊張してるから、あんまり喉を通らないとは思うけど。


「みんなは白爪なんだよね。遠征中心の騎士団だって聞いてるよ。ここで待っててくれてありがとう……って僕が偉そうに言ってもいいのかな」


 グラスを握りながら笑うと、何故だかみんな静まってしまった。ちょっとぎこちなかったかな……こんな事初めてで、慣れてないんだ。


「オーダナト様の顔なのに、かわいいとかあるんだ……」

「おれ、さっき銅の友人に聞いたんだけど、ガルドレッグ様はまだ童貞らしいぞ」

「本当か? ってことはおれらにも筆おろしのチャンスが……」


 なんか今すごいこと聞こえた気がするんだけど!

 男色文化が根付いてるとは聞いてたけど、こんなにあからさまなんだ。同じ国内のはずなのにカルチャーショックが強い。

 やいのやいのと楽しそうにはしゃいでいる騎士たちを見渡してみても、誰が裏切っているかなんてわからない。ただの杞憂ならいいな。


 銅のみんなは一歩引いたところにいて、僕らの馬鹿騒ぎをにやにやしながら眺めている。なんであんなに得意気なの、どういう心境なんだろう。


「みんな嬉しそうだね……?」

「そりゃ、ガルドレッグ様と常時ご一緒できて、あまつさえ射精させてるんですから。全裸を拝んだことすらない白爪の奴らとは違うんだよってことです」

「うるさいぞゴルヴィオス! 銅だからっていい思いしやがって!」

「いいだろー! ちなみにガルドレッグ様はオーダナト様に似て巨根の性豪だ。見るだけでマンコがうずくぞ。見せられないのが残念だな!」

「え、ちょ、ゴルヴィオス……!」


 さらっと人の股間情報を暴露しないで!

 だけど白爪の人たちはうらやましがるだけで、機会があれば寝床に呼んでほしいと言ってきた。男色馴染みすぎ……よく考えたら、父さんに似てるで通じる界隈だもんね。この人たちの中に、父さんとやったことある人がいても不思議じゃない。

 母さんごめん、本当に。僕も同じ道をたどりそうです。


 鮫とシェパードは護衛ということで、騒がしい食堂の中でも直立不動で僕の側にいてくれる。無言を貫くセリオールとは対照的に、ゴルヴィオスは料理をつまみながら会話にちょくちょく入っていた。

 この中の誰よりも緊張してるはずなのに、それをおくびにも出さない。すごいよなあ。


 なんて感心していると、セリオールが小さくささやいてきた。


「毒見なんですよ。それに、ガルドレッグ様が会話疲れをしないように、適度に話題を誘導してます」

「あ、そうなんだ……」


 だからセリオールも怒らなかったんだね。確かにいつもならはしゃぐなって怒ってる。

 ゴルヴィオスはしたたかだけど、気遣いもこまやかだ。本当に、第一印象とはまるで違う騎士だよ。


「私はあいつのこういうところを素直に尊敬しています。私には無理ですから。だから、貴方様がゴルヴィオスのためにおとりを買って出てくださったこと、決して忘れません」

「大げさだって……僕はただ、いい機会だから乗っただけで、ゴルヴィオスが頑張ってくれたからだよ」

「……我らは本当に、良い主に恵まれました」


 それだけ言って、セリオールはまた無言に戻る。ゴルヴィオスが毒見や会話で僕の周辺を護衛するのなら、セリオールは全体を見渡しながら監視する護衛だ。それぞれを補っているのだから、クリンヴェルがこの二人を組ませるのもわかる。

 

 銅のみんなは作戦を知ってるから、お酒に手を付けていない。それっぽいジュースを飲みながら、酔ったふりをしているだけ。ただ遠巻きにしながら、なんか得意気な顔。

 今夜が決行なのだから、お酒を飲んでいる人らは違うはずだ。上気して赤らんだ白爪の人たちは安全な可能性が高い。そう考えると、ちょっと気が楽になった。


 一息ついてジュースを飲んでいると、急に手が伸びてきて、胸をもにゅっと揉まれた。


「うわ、むっちむち……かわいらしい……」

「え、あの、胸揉まないで……あうぅ!」

「こら、いくら無礼講だからってセクハラかましてんじゃねえよ! おれのガルドレッグ様だぞ!」

「ゴルヴィオスのでもないってぇ!」


 これ、あれだ。野獣の檻に入れられた肉!

 お酒が回ってきたら遠慮が無くなってきてる!


「どちらかというと、泥中の蓮みたいな感じですよ。白爪は特に荒々しいですし、男慣れしてない可愛い子に弱いんです。非処女のくせに童貞臭いですよねえ」

「うっせえええぇ! こちとら遠征がかさんで、いっつも同じメンツでしかセックスできねえんだよ!」

「そうだそうだ! ここにいる時ぐらいマンコ貸せよ銅! お高く留まりやがって!」

「やなこった。お前らタチでもウケでも荒々しすぎて情緒がねえんだよ。おれだって性欲処理よりセックスがしてえの。童貞臭消してから出直してこい」

「てめえええ!!!」


 うお、ゴルヴィオスが白爪のみんなからものすごい噛みつかれてる。多分これ、僕への注意をそらすためにわざと挑発したんだよね。セリオールに言われなかったら気付かなかったな。


 とか感心してたら両側から胸を揉まれ出したんだけど……。確かに村でも一番の巨乳と揶揄われてましたけどぉ……。ここには筋肉で膨らんだ人が多いから恥ずかしいな。


「はあ」セリオールがやれやれと言わんばかりに。「騒がしくなってきましたね。いったん外の空気を吸いに行ってはどうでしょう?」

「あ、うん、そうしようかな……」


 上手い誘導だ。おかげで自然に抜け出すことができる。

 名残惜しそうにする白爪のみんなに手を振って、席を離れることにした。作戦開始の合図を受けて、銅たちの顔つきが変わる。

 銅たちはもしもの場合に備えて、アンタリスさんと一緒にここで白爪や執事たちの監視をする者、それとは別にクリンヴェルと共に僕らの動向をうかがう者、の二つに分かれている。晩餐会は体のいい理由で、実際はみんなを食堂に集めることが目的だった。


 食堂を出ると、熱気が一気に覚めていくのを感じる。さっきまで僕を取り囲んでいた団らんも遠くなり、心細さに眉がまたハの字に下がった。

 だけど、怖がってばかりはいられない。自分で決めたんだから。


「……行きましょう」


 打って変わってゴルヴィオスの低い声が、これからへの不安を表している。おちゃらけた雰囲気から切り替え、毅然と僕を先導してくれた。

 今夜の見回りは全員銅だ。白爪のみんなと僕を引き合わせるためと、表向きはそうなっている。だから銅にとって二日目の晩餐会が本番。すべて終わらせて、心置きなく騒げるように頑張らないと。


 廊下は明るく、地下にあるとは思えない。そこに綺麗な鎧を着た騎士たちが並んでいて、僕らの出発を見送ってくれる。


「何かあればすぐはせ参じますので、ご安心ください!」

「ゴルヴィオスー今度は独断すんなよー」

「セリオールもついてるし、大丈夫だろ。でもガルドレッグ様に何かあったら、承知しねえからな」


 軍紀を乱した鮫に対してかけられる、気さくな言葉。ゴルヴィオスは僕の前を歩いているからよく見えなかったけど、わずかに覗いた口元は震えているようだった。


 そして、最後に出迎えてくれるのは当然綺麗な白銀だ。


「ガルドレッグ様」恭しい一例と共に。「我ら銅一同、貴方様の無事を祈っております。どうか、無理だけはなさらないでください」

「うん、ゴルヴィオスからも口を酸っぱくして言われてる。僕だって自分の命が大事だし、すぐ逃げちゃうよ」

「……手を差し出していただけないでしょうか」


 どうしてかと思ったら、クリンヴェルは跪いて僕に頭を垂れた。おずおずと手を伸ばせば、ガントレットがそっと支えてくれる。


 もしかして、なんてびっくりする間もなく、白銀は僕の甲に口づけを落とした。

 時間が止まったみたいだった。この光景があまりにできすぎていて、急に銀幕へと吸い込まれた気分だ。ときめくとか驚くとかそういう感情よりもまず、綺麗という言葉しか出てこない。こんなに男らしいのに、こんなに綺麗。


「ご武運を」

「あ、え……? うん、ありがとう……」


 あいにくと作劇に疎いので、気の利いたことなんて言えるはずもなく。挙動不審にお礼を言うことしかできなかった。

 春先のようなほほえみを浮かべてクリンヴェルは立ち上がるが、僕は茫然としたまま指先まで固まっている。


「ゴルヴィオス、セリオール、何があってもガルドレッグ様をお守りしろ」

「「かしこまりました」」

「ガルドレッグ様、我らはこれより作戦通り、貴方様から離れて護衛いたします。万全を期してはいますが、何が起こるかわかりません。お気を付けください」

「わかったよ」


 なんとかこれだけ言って、僕らは先に進む。

 そうだ、背中には頼もしい騎士たちがいる。クリンヴェルはそれを教えてくれたんだ。

 ハの字になった眉がちょっと戻った気がする。情けないままじゃ駄目だから、僕はできる限り胸を張って歩こうと努めた。


 やがて隠し通路を通って地上に出る時、セリオールが鮫の背中を小突いた。

 

「いでっ! なんだよ急に!」

「緊張しすぎだ。お前がそんな調子だと、ガルドレッグ様にも移るだろ」

「……わりい」

「それに、そんな顔で行けば、向こうに何かありますって教えるようなものだろうが。しっかりしろ。ガルドレッグ様がくださった機会だぞ」


 ゴルヴィオスは少し考えてから、両手で頬を叩く。


「うしっ! 申し訳ありませんでした、一番不安なのはガルドレッグ様なのに」

「ううん、みんながいるから大丈夫」


 出会って一月くらいだけど、そう言えるだけの旅をしたつもりだ。

 だからゴルヴィオスを助けたいと思ったんだしね。銅のみんなは強くて頼もしい。僕はそれをよく知っている。


 月が綺麗な夜に少し冷たい風が吹く。地下の内装は豪華だったけど、やっぱり新鮮な空気を吸えるのは嬉しい。深呼吸をして、弱音を押し込もうと努めた。


 それから鮫の元気な足取りに導かれ、やってきたのは屋敷の庭らしいところ。朽ち果ててはいるけれど、森に侵食されているわけではない。だから見る人が見たら、手入れされてるとわかるらしい。

 夜の庭は明かりなんてなくて、二人の持つランタンが頼りだ。大丈夫、地図は頭に入れておいた。目をつぶったって、ここから屋敷に逃げるのは問題ないはず。


「ねえ、こんなところに何の用なの?」


 わざとらしいセリフだと、しゃべっていて思う。演技なんてできないんだけど、騙されてくれるのかな。


「ん、んー、すぐにわかりますよ」


 さすが、ゴルヴィオスは全く普段通りにしか見えない。逆にセリオールは絶対無理だと判断されたので、さっきから無言を貫いている。


 水も出ない朽ちた噴水の前、ここが指定された場所だ。


「なんだ。なぜ騎士がいる?」


 着いた瞬間、待ってましたと言わんばかりに暗がりから声がした。それはセリオールに向けられており、闇夜から人の気配をにじませている。


「護衛は最低二人ってクリンヴェルが決めてんだよ。さすがに引きはがすのは無理だ」

「約束が違うぞ」

「無理言うなって。ここまで連れてきただけでも偉いだろうが。それに、おれは護衛について説明してたはずだぜ」

「ちっ、まあいい……あいつがガルドレッグか」


 ゆらりと明かりが灯り、何人もの輪郭を照らし出す。敵意や侮蔑に満ちた瞳は爛々と輝いていて、すべてが僕に突き刺さっていく。村で過ごしていた時だって、ここまでの害意を向けられたことなんてなかった。


「ゴルヴィオス、彼らは……なに?」

「おれが言うよりも、見た方が早いかと。わかりやすいじゃねえですか」


 衝撃のあまり、素のまま聞いてしまった。彼らは黒いフードをかぶり、手に手に武器を持っている。弱みを握られた人たちだと思ってたけど、あれじゃあまるで……。


「暗殺者か」小さくつぶやいたセリオールも同じ気持ちだったようだ。「探知に引っかからないと思ったら、最低限の所作はわきまえていたのだな。ガルドレッグ様の暗殺など、割に合わないだろうに」

「かはっ」暗闇の中で誰かが嘲った。「んなことはねえ。あんなおとなしそうな奴を殺すだけなんだ。楽な仕事だぜ。ああでも……結構うまそうな見た目してるよなあ。殺す前に楽しませてもらってもいいかもな」


 嘗め回すように見つめられ、ぞっとして毛皮が逆立った。白爪の人たちとは違う、僕のことを物としか思っていない視線だ。


「ふん」でもセリオールは僕をがばって前に出て。「下種が。暗殺者かと思えば、ただの賊ではないか。下心しかない愚物が我らが未来の主様に手を出そうなどと、恥を知るがいい」


 ぎりりと牙を噛みしめてにらみつけるセリオールは、うなるように吐き捨てる。ここまで来ると演技じゃなくて本心なんだろう。怒りに満ちた言葉が滔々と紡がれていく。

 そして、夜に散る火花に構うことなく、鮫は飄々と足を進めた。


「んで、約束は守っただろ。オーダナト様の治療薬をよこせ。そしたらおれはこの場から消えるから、後は好きにしろ」

「かははっ、あっちは真っ当な騎士なのに、お前はちんぽのことしか考えてねえんだな。同僚がこんな雑魚マンコで可哀そうなお犬ちゃんだ」

「……」


 内心じゃ絶対怒ってるだろうな。今すぐにでも切りかかりたいのを我慢してるはずだ。

 これで解毒剤がもらえれば万々歳なんだけど……。


「あるわけねえだろ、んなもん」


 闇から響く嘲笑は、いっそう耳障りな音の強度を上げた。


「ちんぽ欲しさに裏切った愚かさを悔いて死ねよ、雌鮫」


 わずかな明かりを反射する軌跡が鮫へと振り下ろされていく。近づいていたゴルヴィオスの命を的確に奪おうと、無慈悲に凶刃をきらめかせた。

 だけど、そんなのは想定内。ゴルヴィオスだって馬鹿じゃないんだ。


「はあ、まあ大体そんなことだろうと思ったよ」


 ガントレットで刃を受け流し、つまらなさそうなため息。そもそも近づいたのだって攻撃を誘発するためで、解毒剤があるのならよし、無ければ鮫の方から切りかかっていた。

 しかし、防いだところで闇にはまだまだ手が残っている。攻撃を皮切りに四方八方から白刃が瞬き、鮫へと一斉に襲った。


「悪いが、あんたらがいくら暗殺が得意でも、ここは騎士の間合いだ。不意を打てなかった時点で、勝てるわけねえだろ」


 なるほど、近づいたのは得意な間合いに行くためでもあったのか。

 攻撃をいなしたゴルヴィオスは剣に手をかけようとしたが、一瞬だけ指先がこわばる。それから後ろに飛び、僕の近くまで戻ってきた。


「そのまま戦うんじゃないかとひやひやしたぞ」

「悪い。ぶっ潰さねえと我慢できなくてさ」

「護衛対象から離れて戦われると、私も補助ができないうえに、ガルドレッグ様も危険にさらされる。基本だろ」

「ちゃんと戻ってきたじゃねえか」


 すでにセリオールは剣を抜いており、ランタンを開けると光源がふわふわと周囲を漂い始めた。これで両手を使って戦えるわけだ。


「申し訳ございません、ガルドレッグ様。オーダナト様の薬、やっぱりありませんでした」

「みたいだね。でもそれはゴルヴィオスのせいじゃない」


 喋ってみて、自分の声が思ったよりしっかりしていることに驚いた。もっと震えているだろうと想像していたのに、つっかえることもなかったんだ。

 怖がるくらいならしっかり考える。そういう教えを受けてきたのもあるんだけど、僕は銅のみんなを信じてるから。だから、たくさん考えられる。


 距離を取られた暗殺者たちの行動は早かった。人数の有利を使って僕らを囲み、逃げ道をつぶす。明かりの下に来た彼らの腹には、爆弾らしき魔道具が確かにあるのが見えた。


「だましたのか」

「それはお前らの方が先のくせに、盗人猛々しいにもほどがあるだろ。嘘で人を働かせやがって。どうせおれに罪を着せて処分するつもりだったんだろうが、あいにくそこまで乗ってやるつもりはねえよ」


 形勢は圧倒的に不利。だけどこれも想定内。数が多ければ逃げ道を塞ぐだろうとは、クリンヴェルも予想していた。

 恐怖を思考で打ち消して、生き残るために頑張って考える。それしかできないから、できるだけのことを。


「どうして、僕を……?」

「んなこともわからねえのかよ。お前が辺境伯の地位を継げば、継げないやつがでる。理由なんてそれくらいで十分だろうが」

「君らは……お金で雇われてるの? それとも弱み? お金なら、僕が辺境伯になったらいくらでも渡せるよ」

「悪いがおれらは即金しか信じてねえんだ。未来のお得意様を殺すのは心が痛むが、こっちも懐を温めるのに一生懸命なんでな」


 なるほど、彼らはお金で雇われた暗殺者なんだ。その割には自爆も考慮した命がけみたいだけど、そういうものなんだろうか。そのあたりは想像しかできないし、今はどうでもいいことだ。


 このよくしゃべる人が頭目……ってわけじゃなさそうだ。多分自分に意識を向けさせて、仲間に不意を打たせようとしてるのかも。って考えると、囲ったのもそれが目的なのかな。


「思ったよりビビってねえんだな。どうやら騎士様のことをよっぽど信頼してると見える」

「そりゃ、暗殺やってるお前らより、日ごろの行いがいいからな」

「ぬかせっ!」


 怒気に満ちた言葉を合図に周囲ではまた白刃が瞬き、そのすべてが僕へと向けられる。鋭利な殺気は肌を震わせ、僕の毛皮がぶわっと立ち上がった。

 でも負けない。下がりそうになった眉を抑えて、縋り付こうとした手を叱咤する。


 二人は息の合った連携で刃を退けながら、僕を守ってくれている。前の盗賊騒ぎでは彼らの戦いを知ることはできなかったけど、剣先によどみはなく、十分な実力を見せてくれた。

 圧倒的な人数差をものともせず、二人は踊るように剣を振るう。彼らが強いというのもあるが、銅は近衛の役割を持っているから、こうした護衛戦はもともと得意なんだろう。

 

「はっ! 守ってるだけじゃじり貧だぜ。おとなしくしてりゃ、痛くしねえよ!」

「冗談。そこらの賊程度に後れを取ると思ってんなら、銅を舐めすぎってもんだ」


 鮫はにやりと挑発して、向こうに発破をかけた。彼らが爆弾を抱えている以上、自爆されないように相手の方が有利だと思わせる必要がある。ゴルヴィオスはその辺の塩梅が上手く、相手からすれば強がっているようにしか見えないだろう。


 周囲で金属がぶつかる硬質な音が響き、僕の恐怖心を煽り立ててくる。

 でも、こういう時に慌てることが一番危険なんだ。母さんも、クリンヴェルも、そう言っていた。


「一番、行け」


 小さく、だけどしっかりした声が暗闇から聞こえた。それはさっきまで饒舌だった人とは違う音で、僕はとっさにこの人が頭目なんだと気づいた。


「……は」


 一番と呼ばれた人がなりふり構わず前に躍り出る。鮫とシェパードはすぐさまその意図を把握して、僕を引っ張って後ろに飛びのいた。


「え、なに……!?」


 僕が気付けなかったのは経験不足のせいだろう。よく見てみれば、一番は覚悟を決めた顔で腰に付けたものを投げつけていた。

 そして、次の瞬間には、耳をつんざく爆音と目もくらむ閃光が周囲を包み込む。


「うわあぁ……ば、爆弾っ!」


 セリオールが僕を抱き寄せて庇ってくれて、ゴルヴィオスは小さな結界を生み出して盾にしている。どうやらガントレットに備え付けられた機能のようだ。


「はっ、なりふり構ってられねえってか。命を粗末にしすぎだろ」

「お前が裏切っていたことから考えて、時間をかけるのは愚策だからな」

「なら戦力の逐次投入も愚策だってのは知らねえのか」

「いや、一人でいい」


 爆弾を投げた人は至近距離から逃れられなかったようで……黒焦げになって転がっている。一瞬だけ見ちゃったけど、大火傷をしてる。早く治療しないと、本当に死んでしまうよ。


「あ、あ……」


 ああ、なんで一人でいいって言ったのか、すぐにわかった。僕に死を実感させるためなんだ。

 考えて考えて、怖くないようにしてたのに、現実は僕の首に鎌を突き付けていた。この人はそれを教えることで、僕をさらに足手まといにするつもりなんだ。


「ガルドレッグ様っ! 気をしっかり!」

「だ、大丈夫、わかってるよ……僕が、やるって言ったからね……!」


 セリオールが抱きしめながらなだめてくれるけど、僕にできるのは虚勢を張ることだけで、青ざめた顔で震える言葉を漏らすのが精いっぱいだった。

 もう少ししたらクリンヴェルたちが来てくれる。だからそれまでの辛抱だ。


 早く来て。戦いが始まってからたった十数秒くらいしか経ってないのに、体感はもう何時間も過ぎている気がする。

 僕は何とか踏ん張って、シェパードの腕から離れた。ちょっと舌ははみ出してるし、眉も下がってるけど、なんとか自分の足で立っている。


「うううぅぅ……!」

「ほう、ただの農民として暮らしていたと聞いていたが、さすがはオーダナトの血縁か。肝が据わっている」

「……僕がここでくじけると二人に迷惑がかかる。今の爆発で異変は知らされただろうから、後は時間さえ稼げれば僕らの勝ち。そして、一人だけ爆弾を投入したことから戦力を温存……いや、これは躊躇、かも……」


 ぶつぶつと言葉が口からあふれてくる。いつもは頭の中だけで考えていることも、余裕を失った今は駄々洩れ。もはやなりふり構っていられなかった。

 危ない時こそ考える。だけど体をこわばらせない。自警団に僕を入れた母さんが想定していたのは、こういうことだったんだね。


「しっかり考えるんだ……僕はここで死にたいわけじゃない。それは向こうも同じ。お金のためなら命をかけるわけでもない。なのに自爆が視野に入っている。おそらく無理矢理させられてるのかな。だからできるだけ使わないようにしているのかも」

「……いい根性だ。言うことは正しいが、出し惜しむわけではないと教えてやろう。次、二番、三番」

「させねえよ!」


 今度は左右から同時に二人。だがもう威力は見切っている。

 セリオールたちはすぐ剣を振るい、僕に近づけまいとした。ガントレットの盾があるなら、耐えられるという計算なんだろう。


 でも、その瞬間、正面で光るものがあった。


「……矢だっ!」


 その可能性に思い至ってすぐ、僕の体は勝手に動いていた。身をひるがえして直線状から退くと、さっきまでいた場所を勢いよく何かが駆け抜ける。

 背筋に寒気が走るが、ここで止まったらただの的だ。何のために左右に護衛を散らした。多分後ろからも矢が来るはずだ。だけど、ランタンの光はセリオールたちに追従してるから、いくら月明りがあっても僕を狙うのは難しいはず。


 わたわた動き回って矢を避けると、両隣から爆音が響く。また二人誰かが自爆した。それを考えると、とても心が痛い。

 でも僕は考える。考え続ける。


 発砲音がしなかった……やっぱり銃弾じゃないんだ。だったら致死性を上げるために多分毒が塗ってあるかも。銃じゃないのは、この暗がりでの包囲で同士討ちの可能性を考慮したんだろう。でもそれは弓も同じ……ってことは、これには解毒剤があって、彼らはそれを持っているはずだ。だからあえて殺傷能力の少ない方を使ってる、暗殺向きでもあるし。

 だったらさっき爆発した一番さんを漁ればこれは大丈夫。番号で装備品が違うなんてこと、多分ないだろうから。


「さすがガルドレッグ様。こんな状況なのに的確ですね」

「まったくです。オーダナト様と違い、指揮官が向いているかもしれませんね」


 思考を垂れ流す僕の側に戻ってきた二人が褒めてくれるけど、あんまり頭に入らない。

 今までになく脳みそがすっきりしてる。考えて考えて、いろんな可能性を視野に入れて、最善の未来をつかみ取ろうと血が渦巻いている。


「……まさかただの平民にここまでてこずるとは」


 口惜しそうな声が闇から聞こえてくる。もうだいぶ時間を稼いだ。そろそろクリンヴェルたちが来てくれるかもしれない。


「どうします、お頭」

「ここで逃げては尻尾を掴まれかねん。……やむを得ん、十番まで、行け」

「わかりました」

 

 周囲から人影が引いたかと思ったら、残った七人が爆弾を投げつけてきた。四方八方から爆発物を投げられれば、さすがにどうしようもない。

 でも、そろそろ、そろそろなんだ。僕が耳を澄ますと、祈りが慣れ親しんだ声で返ってきた。


「ガルドレッグ様っ!」


 地響きのような魔道具の起動音と共に、聞きたかった騎士の声がする。

 白銀は巨大な箱から身を乗り出して、すさまじい勢いでこちらに駆けつけてきてくれる。


「セリオールとゴルヴィオスは自分の身を守るように! ガルドレッグ様はこちらに手を!」

「う、うん!」


 クリンヴェルが乗っているのは、馬車だ。僕らをここまで運んできてくれた箱が、ひとりでに走っている。

 この馬車なら、どれだけ爆弾を浴びてもびくともしない。そこらの魔道具より何倍も安全だ。車の機能もあるとは聞いてたけど、実際に見たのは初めてだ。


 そこから光景は全部がゆっくりに見えた。


 ガントレットのシールドで全身を覆う二人。

 白銀の手を掴んだとたんに引きずり込まれ、ドアが乱暴に閉められる。


 そしてすぐさま響く轟音は土砂崩れのように荒々しかった。窓から夏の日差しよりもずっと強い光が差し込んで、目がつぶれそうになるほどに鮮烈だ。

 急停止した馬車は激しく揺れ、僕は頭を抱えて丸まった。クリンヴェルは僕を抱きしめ、衝撃から守ろうとしてくれるから、硬い鎧をぎゅっと抱きしめる。


 怖くてたまらない。ずっと我慢してたのに、クリンヴェルを抱いたら気が緩んだのか、涙が出そうになった。


「お怪我はありませんか?」


 少しして、夜が戻って来てから白銀は問う。


「だ、大丈夫」目頭を拭って気丈を取り繕う。「二人は?!」

「今すぐ確認いたします。扉を開けますので、ご注意を」


 クリンヴェルは馬車を飛び出して、剣を構えて周囲を素早く見渡した。

 僕もすぐに追従して顔をのぞかせると、庭は戦場になっていた。


 銅のみんなはクリンヴェルの後に続いて流れ込み、どこもかしこも剣戟の音が響いている。爆発の不意を突けたようで、陣形を組んでいたはずの賊たちは各個撃破されていく。七つ同時にはぜると恐ろしい威力になる爆弾も、個別ならある程度は盾で防げる。奥の手を封じられた暗殺者たちにとって、銅という精鋭はかなり分が悪い。


 シェパードと鮫の二人はぐったりしていたが、息はある。ここからじゃよく見えないけど、死んではいないみたい……よかったあ。騎士たちに連れられて場を離れていくから、手当てもされるんだろう。怪我がないことを祈ろう。


「できるだけ生け捕りにしろ! 相手の腰に付けた爆弾は、おそらく外すと爆発する! 取り外す隙を与えるな! 迅速に制圧するように!」


 あ、そういうことか。だから爆弾を投げるのは安全地帯からじゃ駄目なんだ。これじゃあ本当に自爆特攻じゃないか。

 クリンヴェルが即座に理解できたのは、きっと見覚えがあるからだ。傍系の人たち、なんだろうなあ……。


 でも頭目の人、冷静そうだったから無駄に自爆とかしないと信じたい。無暗に被害が増えるのはどちらも望んでないはずだ。


 それからいくつか指示を飛ばした白銀は状況が優勢だと判断したのか、僕に向き直って頭を下げた。


「遅くなりまして申し訳ございません」

「ううん、馬車の起動音が聞こえたら失敗だからしょうがないよ。来てくれてありがとう。これで何とかなるかな?」

「何とかしてみせます。貴方様の掴んだ機会ですから。ガルドレッグ様は危険ですので、馬車にお戻りください、後は我々の仕事です」

「……お願いね」


 僕がここにいても足手まといになるだけだ。わかっている、僕が閉じこもる方がみんなのため、だからそそくさと馬車に戻るために踵を返す。

 クリンヴェルは馬車を屋敷の近くに止めてくれたから、反対側から襲われる心配はない……あれ?


 ふと見上げた月夜に、僕は見た。


 爆弾を受けた屋敷の壁が、がらりと崩れていくのを。

 手入れしていたとはいえ元から廃墟然としていたんだ、もろいところがあっても不思議じゃない。さっきの爆発でそこが壊れたんだ!


「クリンヴェル!」


 今度は逆に、僕が大声を出して手を伸ばす。


 陰ったことで狼も気付いたのか、状況を確認して目を見開いた。馬車を屋敷の側に止めたのが仇となってしまったが、今はそんなこと考えてる場合じゃない。なのに、僕の頭は行動しながらも勝手に考えてしまうんだ。

 このまま逃げるのは不可能。だから馬車に乗るしかない。扉を閉めれば、命は助かるはずだ。


 だから渾身の力を込めて、鎧姿の狼を引っ張った。なのに全然動かない。同じくらいの巨漢に鎧とはいえ、僕だって力持ちなのに。


「クリンヴェル!!!」


 さっきよりも大声で呼ぶ。もう時間がない。がれきが落ちてくる。


 狼の手が伸びる。わかってる、僕をはねのけるためでしょ。クリンヴェルは僕を突き飛ばして、僕だけを助けるつもりだ。とっさに動かなかったのはそのため。それくらい、考えられる。


「馬車に乗って! 早く!」


 でも、そんなのは認めない。


「――――命令だ! 飛び乗れ、クリンヴェル!」


 それからすぐ、爆弾七個分よりも派手な音が僕の鼓膜をつんざいた。

 一瞬にして周囲は埋まり、光が遮断される。馬車が無事なのかもわからない。このまま潰されちゃうんじゃないか、なんて嫌な想像が頭をよぎった。

 

「……はあ、はあ……はあぁぁ……」


 だけど、僕は生きている。


 何も見えない暗闇の中、荒く呼吸を繰り返す。口に飛び込む空気は想像よりずっと綺麗で土埃を感じないから、馬車が無事なんだとわかった。


「く、クリンヴェル……無事……クリンヴェル……!」


 手探りで周囲を探りながら白銀を呼ぶ。こんなに暗くては、いくら白銀とはいえ輝くことはできない。


「無事ですよ」


 ランタンの明かりが綺麗な狼を照らし出し、その美麗な輪郭を浮かび上がらせた。クリンヴェルはしっかり馬車に乗れていたようで、怪我も無いようだ。


 その姿を確認したとたん、全身から力が抜けていく。ここに来てからずっと張り詰めていた気が、限界を迎えていた。

 もう足に力が入らないんだ。一生分の気合を使った気分。徐々に涙腺が緩みだし、緊張が流れていく。


「よかった……よかったよぉ……!」


 涙が止まらなくて、子どもみたいに泣きじゃくる。こんなに泣いたのは母さんの葬式以来……って考えるとそんなに経ってないや。今までずっと辺境伯を継ぐとか気を張ってきたけど、僕は強くなんてない。そんなこと、自分が一番わかっている。


 おとりになるとか息巻いて、こんな醜態を見せるなんて恥ずかしいけれど、それ以上にクリンヴェルが無事で嬉しい。

 僕はごめんと嗚咽交じりに何度もつぶやきながら、これまでの我慢を清算する勢いで泣く。クリンヴェルは気を使ってかランタンの明かりを絞り、僕の泣き顔が照らされないようにしてくれた。


「……失礼いたします」


 そっと声をかけられて、気付けば柔らかい毛皮に顔が埋まる。泣いている間に鎧を脱いだのか、人肌が僕を包み込んでいく。


「よく頑張りましたね」


 いい大人、それも僕みたいな大男が泣きじゃくっても、クリンヴェルは笑わない。

 ただ優しく抱きしめて、受け止めてくれる。


 密室に泣き声が反響するけど、僕ら以外誰も聞こえない。だから、僕はそのまま白銀の胸で思いっきり泣くのだ。


 がれきの下に朝も夜もないから、どれだけ泣いていたのかはわからない。気が付けばふわふわだった白銀の毛皮が涙でぐちゃぐちゃになっていて、ぎょっと飛びのくくらいには落ち着いていた。


「ごめんクリンヴェル……本当にごめん」


 ハンカチで拭こうとしたけど、狼はやんわり押しとどめる。ポーチから自分のハンカチを取り出して、僕の手を煩わせないようにした。


「お気になさらず。ガルドレッグ様に怖い思いをさせた私が悪いのですから」

「そんなことないよ。クリンヴェルにはさっき助けられたから」


 それからそっと僕が持っていたハンカチを手に取ると、顔を拭いてくれた。子ども扱いされているようで恥ずかしいけど、あれだけ泣いた後だからおとなしくしておいた。


「落ち着きましたか?」

「うん……本当にご迷惑をおかけしました」

「いいえ、何度も言いますが、私の落ち度です。まさかがれきが降ってくるとは思わず……ガルドレッグ様には危ないところを助けていただきました」


 にこりとした顔には恐怖がまるでない。こんなところに閉じ込められたというのに、不安も類する感情もおくびにも出ていなかった。

 だけど、僕には言いたいことがある。

 クリンヴェルが触れるつもりもないようなので、僕は口をとがらせて糾弾することにした。


「さっき……自分を犠牲にしようとしたでしょ」

「……お見通しでしたか。私が馬車に飛び乗っては、扉を閉める時間がないかもしれないと思いました。そうなれば土砂が馬車に入り、ガルドレッグ様の生存が危ぶまれますから」

「そういうの絶対やめて。僕は嬉しくないから」


 思いっきり泣かせてくれたけど、それはそれ。クリンヴェルが死ぬなんて絶対嫌だ。


「先のゴルヴィオスと同じことを言いますが、緊急時には盾となるのが我らです。ですが、そう言ってもらえるならむざむざと死ねませんね……ゴルヴィオスの気持ちがわかります」

「本当に嫌なんだ……僕のために、誰かが死ぬなんて……」

「ふふ……ということは、あの命令はオーダナト様の真似ですか?」

「う、うん。どうしたらクリンヴェルは僕の言うことを聞いてくれるんだろうって思ったら……父さんみたいにしたらとっさに動いてくれるかも……って。僕は似てるみたいだから、今まで聞いてきた父さんのイメージをまねて……それしかあの状況でできることも無くて……」

「素晴らしいですね。おかげで体が動いてしまいました。ですがあれは……いうなれば王気とでもいうべきもの。馬車から手を伸ばす貴方様は、とても輝いて見えました」

「またまた……」


 僕みたいな平民にそんなものはないよ。気弱なことも自覚あるし。

 この狼の賞賛はいつも過剰なんだ。こんなところに閉じ込められた僕を気遣っているのかもしれない。


「寒くはありませんか?」

「ううん、大丈夫だよ」

「これから助けが来るまで籠城ですから、何かあればすぐお申し付けくださいね」

「そうだね……いつ助けが来るかな……それまでもつかな……」


 どれだけのがれきが降り注いだのかはわからないけど、撤去作業をするとなると大変なはずだ。だったら晩餐会でたくさん食べておけばよかったな。

 不安に駆られそうになった僕の隣にクリンヴェルは腰を下ろす。よく見れば下半身も脱いでいて、触れ合っても柔らかい毛皮の感触しかない。


「大丈夫です。通信は繋がりますから」

「え、そうなの……確かに馬車の機能にあるって言ってたし、クリンヴェルも個別に持ってたっけ」

「はい。先ほど鎧を脱いでいる間に確認いたしました。賊どもは大体捕縛し、怪我人はおらず、ゴルヴィオスたちも無事だそうです」

「よかったあ……それなら後は僕らが助かるだけだね」

「ええ。こういう場合に備えて、馬車には食料も携帯トイレも寝袋もありますから、寝ていればすぐでしょう。今のうちにたくさんお休みください」

「そ、そんなに設備がそろってるの……?」

「座席の下が収納用の魔道具になっているのです。もともと我らが辺境伯領は雪と氷の世界ですから、吹雪で立ち往生するなど日常茶飯事です。収納用の魔道具がいきわたっているのも、そういう事情があります。備えを怠れば、すぐ死んでしまう世界です」

「なるほどねえ……」

「探知魔道具で場所がわかる機能もありますし、発掘に時間はかからないでしょう。本来は雪崩で埋もれた時のためだったのですが、まさかこういう場合でも役に立つとは。備えあれば憂いなしですね」


 なら最悪何日でもいれるわけだ。さすが辺境伯御用達の馬車、あらゆる備えをしている。

 自分の口から長くため息が抜けていくことで、いつの間にか緊張していたんだと気づいた。まだまだ不安材料はあるけど、少ないに越したことはない。減っただけでも本当に良かった。


「こういうのって、食料も無くなって、徐々に衰弱していくものだと思ってたよ……」

「有事の際には馬車の中に立てこもることも想定して作られています。下手に外に出れば、賊に打ち取られるだけですから。この馬車は簡易的な砦としての機能があるのです」

「それは近衛隊長の給料一年分かな……?」


 裕福な領地とはいえ、近衛隊長の給料一年分の機能すごくない? 逆にこれを一年で買えるって、どういうことなの。僕が思っている以上に、クリンヴェルは高給取りなんだ。


「……」


 少し黙るだけで、闇が体に染み込んできそうだ。隣からはクリンヴェルの温かさもあって、食料とかもあるって聞かされたのに、それでも僕は最悪な未来を考えてしまう。

 おとりになった時は考えて乗り切ったけど、危険にも種類がある。僕は頭を回してしまうから、こういうのは苦手なんだ。


 馬車の結界は丈夫だと聞かされてるけど、重さに耐えきれずに潰されちゃうかもしれない。クリンヴェルはきっと僕を心配させまいと、その可能性があっても何も言わないだろうな。


「みんな無事なんだよね」沈黙に耐えきれずに口を開く。

「はい、屋敷の中に裏切者はいないでしょうし、発掘に注力してもらいましょう」

「え、どうしてそう言い切れるの?」

「……ふむ、では問題にしましょうか」


 優しい先生が問題をくれた。僕が考えすぎるのをわかってるから、怖がらないようにしてくれているんだ。


「ええっと……」


 こっちに思考を割いていると、気持ちが楽になる。息苦しさを少しの間忘れるために没頭したけど、答えはつかめなかった。


「……アンタリスさんから、報告があったとか?」

「いいえ。確かにありましたが、それはどちらかと言えば確認の意味合いが強いですね。答えはもっと簡単なことです」

「ええ……なんだろう。聞いていい?」

「賊どもの爆弾の威力が低かったからです」

「ああ……そういう……」


 そうだ、確かゴルヴィオスは屋敷ごと吹き飛ばせるって聞いてた。でも僕らが食らった爆発は、威力は強かったけど屋敷を吹き飛ばせるほどじゃない。だって……。


「地下があるから……」

「その通りです。あの場に内通者がいたなら、屋敷の上部分だけを吹き飛ばしたところで無意味なことに気付きます。それに、あそこには避難用の地下通路もあります。だから吹き飛ばすというのなら、地下を含めなければなりません」

「でも、そんな威力じゃなかった。向こうは地下を想定してなかったんだ」

「はい。ですがこの馬車のことくらいは知っていたんでしょうね。中にいれば大砲だろうと効きませんから」

「だから隠れ家で馬車から降りる時を狙った……だったら野営中の時は……ああ、どれも同じテントだから大砲でも狙えないのか」

「そういうことです。一発外せば馬車に逃げられて終わりですし、二度と機会はないでしょう。慎重に選んだのが、ここだというわけです。それに、野営地を取り囲む柵には簡易的な迷彩の効果があります。辺境伯領では魔物除けに使うものですが、こういう時にも便利なんですね」


 さすが辺境伯領。戦いの最前線と言われているだけはある。

 なんか、いろいろ考えているつもりだけど、まだまだ見えないことが多いんだな。


「あ、これも聞きたかったんだけど、クリンヴェルって腰に付けた爆弾のこと知ってたりした?」

「はい。あれは……魔物の巣を駆逐する時に使う魔道具です」

「巣……ああ、あれを付けた魔物を放逐すると巣に戻るから……」

「そこで爆発させます。あのように取り外した時に爆破するようにも設定できますし、遠隔でスイッチを入れて爆破させられます。本来は人に付けるものではないのですが……」

「お金のためって言ってたけど、多分弱み握られてそうだよね」

「おそらくは。殺し慣れてそうでしたから、貴方様が気に病むことはありません」


 本来は人に付けないものを使って、僕を確実に殺そうとした。

 そんな血も涙もないことをする人がいるなんて嫌だな。だけど、僕が向かうのはそういう場所なんだ。父さんはずっとそんなところにいて、母さんと僕のことを心配してくれていた。


「だったら捕まえた人たちはどうなるの?」

「慎重に解除すれば問題ありません。そこらへんは遠征が多い白爪の得意分野ですから、何とかしてくれるでしょう」

「そっか、魔物の巣を駆逐するなら白爪か……」


 そしてまた沈黙。あれだけ泣いたのに、僕の心は弱気に蝕まれていきそうだ。

 寝ている間に潰されちゃったらどうしよう。空気が無くなって呼吸ができなくなったら。ランタンの燃料が無くなって何も見えなくなったら。


 今まで僕を助けてくれた母さんの教えが、今度は牙をむいてくる。

 考えて、考えて考えても、今の僕にできることは何もない。ただこのがれきの下で、待つしかできないんだ。


「クリンヴェルは……怖くないの?」

「そうですね……」


 少しだけ考えてから、白銀は僕に向かってはにかんだ。


「正直に言わせてもらえれば、少し」

「そうなんだ……」


 やっぱりいくらクリンヴェルでも、この状況は怖いよね。だけど潰されるよりかは絶対ましだから、助けたことに後悔はしない。


「ですが、ここで私がおびえれば貴方様にも伝播してしまうでしょう。それでは銅失格ですから」

「……こんな時になっても、クリンヴェルは本当にすごいね」

「こんな時だからこそ、ですよ。私も新米の時に、オーダナト様にお付き合いした遠征で吹雪に合い、皆とはぐれてしまった時があるのです」

「え……それって、どうなったの?」

「運よく雪山の洞窟を見つけ、そこで何日も過ごしました。当時も収納用魔道具はありましたが、個人が持つ兵糧も少なく、少しずつ食べつないで生きながらえていました。通信機はあったので探してもらえましたが、あの時の恐怖は今でも思い出せます。減っていく食料に、何もできないもどかしさ。思えば、今回こうしてたくさん食料を持ってきたのも、そのことがあったからでしょう」


 滔々と話すけれど、その顔に恐怖はない。いい思い出に昇華されているらしい。


「まだ新米で役に立たない私を、オーダナト様は決して見捨てませんでした。……貴方様と同じように。とても嬉しかったです。この方のお役に立とうと、私は決意したのです。それから私は懸命に励み、この地位を手に入れました。そして、貴方様にお会いしたのです」

「そうなんだ……クリンヴェルが無事でよかったよ。今みたいな状況で、さらに寒かったら、僕ならもう泣いてそうだなあ」

「我らの鎧には温度を一定にする魔法がかかってますから、寒くはありませんでしたよ。ただ、心細かったです」

「あ、そっか、前言ってたね……」

「だからゴルヴィオスの気持ちもわかるのです。我らが守るべきお方に身を挺して庇われることの喜びを。その気持ちを胸に励めば、あれは良い騎士になるでしょう」


 僕がおとりになるって話した時、大仰に泣いていたのはそのせいだったのだろう。クリンヴェルは父さんとの思い出を大事にしていて、この固い忠誠心はここから来ているのかもしれない。


 じゃあもしかして、クリンヴェルが鎧を脱いだのって僕を抱きしめるためだけじゃなくって、寒くなった場合着せるためだったりするのかな。筋肉量は全然違うけど、背丈は近いから無理すればいけなくもないし……。

 今夜があまり寒くなくてよかった。辺境伯領に近づいてるってことは、どんどん寒くなるってことだけど、まだそこまで冷えは感じていない。


「だというのに……」狼の言葉は続く。「私はオーダナト様が毒に犯されることを防げませんでした」

「でも、それは銅の仕事というよりかは、他の……生活のお世話をする人の分野だったんじゃないの?」

「いいえ、我らは常にお傍におりました。毒見は別のものの仕事でしたが、執事らと連携しお守りしていました。オーダナト様が不能になられたのは、我らの責任でもあるのです」


 その言葉があまりに痛ましかったから、僕は何も言えなかった。クリンヴェルの後悔は重く、普段はそれを感じさせない意思に驚愕する。本当に表情を取り繕うのが上手い。


「だからこそ、貴方様をなんとしてでもお守りしたかったのです」

「でも僕はクリンヴェルに死んでほしくない。自分の命を投げうって助けられたって、全然嬉しくないから」

「ですが、私と貴方様では重みが違います。貴方様は辺境伯を継ぐお方なのですから」

「違わないよ……全然違わない」


 貴族主義の人たちはそう答えるかもしれないけど、僕は嫌だ。

 平民として育った僕にとって、誰かの命はそんなに軽くない。それがいつも僕に優しくしてくれるクリンヴェルならなおのこと。


「それに……クリンヴェルのこと、好きだし……」

「……それは」

「あ! 違うの! 恋愛とかそういうのじゃなくって、普通にね! だってクリンヴェルにはすごくお世話になってるし、いろいろ教えてくれたりしてるし! ずっと頼りっぱなしで……だから、死なれたら悲しいなって……」


 死んだらもう会えないんだ。母さんみたいに。

 僕はもうあんな思いをしたくない。クリンヴェルが来る前、一人で家にいた時のさみしさを思うと、今でも泣きそうになるんだ。

 いろいろあってうやむやになっているだけで、まだ少し立ち直れていないみたい。


「……そうですよね、貴方様はアナト様を亡くしたばかり。考えが及ばず、申し訳ありません」

「そういうのもう嫌なんだ。だから、絶対死なないで」

「かしこまりました」


 勢いあまって恥ずかしいことを言ってしまった。告白みたいだったよ。

 でも本音だから。僕はクリンヴェルにも、ゴルヴィオスにも、誰にも死んでほしくない。それが伝わったのか、白銀は嬉しそうに微笑むだけだった。


「……この馬車って、毛布とかあったりする?」

「はい。日中ガルドレッグ様が睡眠をとれるように。寒かったですか?」

「ううん、まだ大丈夫。だったら、もし寒くなったら鎧を着るより、くっついて寝た方がいいよね」

「……ふふ、そうですね」


 暗がりの中に静かな声が響く。閉塞感に息が詰まりそうになったけど、隣に白銀がいてくれるおかげで呼吸ができる。話せる人がいるだけで、こんなに違うんだね。


「ねえ」

「なんでしょう」

「……その、もう一回聞くんだけど、僕は本当に、いい領主になれると思う?」


 ずっと考えてもわからなかったことを、もう一度聞いてみる。

 あの時は自信満々な姿に押し切られてしまったけど、こうなったらしっかり聞いてみたいと思ったんだ。

 果たして辺境伯としてうまくやっていけるのか。どうして父さんの業務にも詳しいクリンヴェルが、そんなに太鼓判を押すのか気になっていた。


「なれますよ、貴方様なら」


 答えは同じ。信じて疑わない、ぶれない声で返ってきた。


「どうして? だって僕は……貴族として必要なことを、何も学んでいないのに……」

「そんなものは後からでもいいのです。貴族とはマナーを指すのではありませんから」

「じゃあ、クリンヴェルは何だと思うの……?」

「心構えです」


 はっきりと言い切って、僕の頭を撫でてくれた。


「貴方様はずっと、自分はうまくできるのかわからないと悩んでいます」

「うん、そうだよ。僕ができるわけないって思ってる……」

「それは民に対する責任から来ているのです。自分の判断で民に迷惑がかかることを、貴方様を理解している。それは、ただ地位に胡坐をかいてきたあれらとは違います。貴方様の地位は、生活は、すべて我ら民の上に成り立っているのです」

「それは……当然なんじゃないの? 母さんも貴族は偉くて贅沢をしているけど、それは責任が重いからだって、よく村のみんなに授業をしていたよ……」


 あまりに当たり前のことを真剣な顔で言われるから、思わず首をかしげてしまった。

 僕らの税は貴族や王に入り、彼らは僕らの生活を守る。そういう仕組みができていると、母さんから教わった。

 だから、僕はその責任を負うことができるのかわからないから怖いんだ。平民として暮らしていた僕は、上の人のせいで困窮する苦しさをよく知っている。


「やはり。アナト様は聡明でしたから。しっかりと理解されておられる」

「貴族なのに理解してない人もいるってこと……?」

「その通りです。傍系のあれらがいい例でしょう。貴方様は責任を感じ、民に寄り添うことができる人です。それを名君と言わずして、なんと言いましょう」

「でも、いくら性格が良くても能力がないとさ……」

「ゆえに、私が寄り添っているのです。この旅で少しでも貴方様が良き領主になれるよう、全力を尽くしてまいりました」


 いくら性格が良くても、無能は名君になれない。

 能力のない人が上に立てば、困るのは民だから。クリンヴェルはそれを憂いているのだと、はっきりと言う。僕をどれだけ褒めてくれても、公私の線引きを狼は間違えない。

 そしてその上で、僕が名君になれると信じてくれている。


 不安にしおれていた心に温かい感情が流れ込んでくるようだ。信頼は重いけど、僕は辺境伯の業務をよく知らない。想像だけで怖がっては何もできないから、僕は考えるんだ。


「……まだ間に合うかな?」

「もちろん。貴方様なら十分すぎますよ。今はオーダナト様もおりますから、ゆっくりと学んでいけばいいのです」

「……そっか、ありがとうクリンヴェル」

「いいえ、私はただ辺境伯領のために行動しているだけですから。……ガルドレッグ様のことはお慕いしておりますが」

「ふふ、そんなわざわざ付け足さなくてもいいのに」

「本心です」


 きりっとした顔ですごいことを口にする。こんな美丈夫に見つめられながら言われたら、誰だって惚れちゃいそうだよ。慣れてきた僕でもちょっとドキッとしたし。


 こうして話していると、不安が薄らいでいく。ランタンの薄い明かりは恐怖をあおるけど、さっきよりは落ち着いていた。


「クリンヴェルがいてくれてよかった。一人だったら変なことばかり考えて、心細くなってたよ」

「貴方様が救ってくださったおかげです。何かあればいつでも話し相手になりますよ。しかし……もし考えすぎて不安になるということでしたら、一つご提案がございます」

「何?」

「セックスをいたしませんか?」

「ひへえぇ?!?!」


 まったく想像だにしてなかった提案が飛んできて、変な声が出ちゃった。

 え、この状況ですることじゃなくない……?


「やっている間は何も考えずに済みますよ。それに、この件が終われば褒賞をいただけるというお話でしたよね」

「う、うん、そうだけど……でもそういうのって息を荒げない? こんなところでやったら、空気が薄くなりそう……」

「この馬車には毒などを無害化するフィルターが付いた換気口がありますよ。周囲が密閉されていない限り、心配することはないかと」

「ええぇ?! そうだったの?! なら最初の汗の匂いは……?」

「あれは換気口を閉じてました。ガルドレッグ様には、私の匂いを覚えていただきたくて」


 確かに換気できないとはクリンヴェルは一言も言ってない。僕が聞かなかっただけだから。立てこもる想定なら備えてしかるべきなのもわかる。

 じゃあ旅の最初、クリンヴェルの汗臭さに悩まされなくてもよかったじゃん!

 

 考えてもわからないことって、世の中に多すぎるよ……。


「でも、クリンヴェルはいいの……? せっかくの褒賞なのに、こんなところで……」

「構いません、貴方様のお役に立てるなら。それに……いつまで閉じ込められるかわからない現状、どのみち性欲はたまります。ガルドレッグ様とこんなに近づけて……正直、我慢できる気がしないのです」

「あ、うぅ……それは、そう、かも……」

「ガルドレッグ様の気が進まなければ、もちろん断ってくれて結構です」


 とか言ってくれるけど、悶々とするくらいならその方がいいとは思う。これ以上変な考えでメンタルを圧迫してたら寝れる気がしないから。

 意識し始めると、途端にクリンヴェルの匂いを感じてしまう。教え込まれたせいで覚えた汗の匂いが、今では僕に安心と興奮を与えるものになっている。


「うう……」


 こういうの初めてで、しかも生き埋めになった状況なんて何をしたらいいのかわからない。僕は張り詰めていく股間を太ももに押し付けながら、尻尾を下げた。


「ほ、本当に、いいの……?」

「はい。ここには二人しかおりません。思うがまま、私をむさぼりください♡」


 クリンヴェルは僕の前にしゃがみこみ、丁寧に服を脱がせていく。今日はまだシャワーを浴びてないし、いろんなことがあったせいで、開かれた胸元から僕の匂いが広がるのがわかった。


「ああ……♡♡」


 嬉しそうな声を出されるのも恥ずかしい。自分が臭いのはわかってる。


「何度見ても立派な胸をしていらっしゃる♡貴方様の包容力はこのようなところにも表れているのですね♡♡」

「ごめん、今ちょっと臭いよね……」

「まさか♡雄ちんぽにおマンコされることを喜ぶ私が、忌避するはずがありません♡それに、貴方様の匂いは普段の鍛錬でいつも嗅いでおりますよ♡♡」

「それはそうなんだけどぉ……」


 上着をどかされて、今度は下へ。腰を浮かせると下着までも一気に脱がされて、勇んだ肉棒がブルンとそびえた。

 股間は胸元より匂いが強いけど、クリンヴェルにとってはただの褒美でしかない。綺麗な相貌は蕩けていき、鼻が何度も引くついた。


「おお♡なんと強い雄でしょう♡この初めてをいただけるとは、生きていてよかったと実感できます♡」

「こんなことでいいの……? いや、そう言ってくれるのも嬉しいけどさ……」

「この大ぶりな金玉なら跡継ぎ問題とも無縁でしょう♡たくさん出して、私ですっきりしてくださいね♡」


 仕草の一つ一つが妙に色っぽくて、びっくりしてしまう。あれだけカッコよくて頼もしい騎士だったのに、なんて思うとその変わり身に興奮してしまった。

 白銀は勃起をうっとりと眺めていて、臭気を取り込むのに熱心だ。凛々しさは鳴りを潜め、駄犬然とした喜色に尻尾が大きく揺れる。


「ガルドレッグ様、よろしければ私がエスコートしても?」

「う、うん、お願い……何をしていいのか、よくわからなくて……」

「かしこまりました。このクリンヴェル、貴方様の初めてを最高のものにするとお約束しましょう♡」


 こんな状況なのに、狼は初めてをいい思い出にしようとしてくれる。だったら僕も今だけは、不安から目を背けられるように頑張る。

 ほのかに光るランタンで、白銀の艶がなまめかしく照り返す。座った僕の股間に顔を寄せる姿は、もはや淫らと言う他なかった。


「でしたら、まずはこちらを……失礼しますね♡」


 金玉を揉みながら幹を舐めあげていく。クリンヴェルは真っ赤な舌で僕の一物に唾液をこすりつけ、たまに鼻面を根元と袋の間に押し込んで深呼吸をする。すると尻尾と耳が直立して、酔っ払いみたいな声が漏れてきた。


「お゛、おおぉ~~♡♡♡ガルドレッグ様の雄、すごいいぃ♡」

「別にそんな……僕のなんてちょっと大きいくらいだし……」

「いえ、我らのはでかくともクリちんぽですので♡こんな、はぁ……雄々しく素晴らしいちんぽを目の前にすると、おマンコが濡れてしまいますね♡♡」


 クリンヴェルは息を荒げ、袋をひと舐め。赤らんだ顔は心底嬉しそうで、心の底から好きなんだとわかる。

 ちゅっちゅっとついばむ仕草はいやらしく、しかもわざと音を立てて僕を煽っている。唇で食みながら皮を伸ばして、上目遣いが欲望に燃料を注ぐ。ここにいるのは頼もしくて優しいクリンヴェルではなく、淫獣のような狼だ。


「ん、ちゅぅ♡♡はあ、素晴らしいですぅ♡雄ちんぽなんて久しぶりで……腰へこが止まりません♡」

「うわ……」


 大きな尻が浅ましく動く様を見て、思わず感嘆が漏れた。

 僕だって男の子だし、旅をする前もオナニーはしてた。村のかわいい女の子にときめいたりもした。


 けど、僕の人生における興奮の最高値は、今だ。

 美麗な狼の淫蕩な表情を前に、エロいというのはこういうことなんだと理解させられた。だって、胸も大きいんだ。僧帽筋から突き出した胸筋の谷間には、涎と僕の先走りが溜まって、暗がりの中で輝いている。こんなの、僕の想像を軽く上回ってるよ。


「んふふ♡興奮してくださって何より♡♡何かしたいことがあれば、何でも言ってくださいね♡私はどんなプレイでも、お付き合いいたしますよ♡」

「う、うん、じゃあ、その時になったら……お願い、するかも……♡」


 低くも甘やかな声に脳をくすぐられ、しどろもどろになってしまう。どぎまぎしちゃって情けないとは自分でも思うけど、脳みそが性欲で沸騰してる。


「はあ♡」何度目かもわからない狼の興奮したため息。「間近で見ると本当に素晴らしい♡長さ太さも雄そのもので、血管のたくましさたるやもう……♡♡貴方様がお許しいただけるのなら、精巧な張り型を作らせたいくらいです♡♡」

「え、僕の?! それはちょっと、恥ずかしいかも……」

「ふふ、すぐに慣れますよ♡隊の者に配れば、貴方様への忠誠心がいっそう硬くなるでしょう♡♡」

「本当かな……」


 懐疑的なことを言ったけど、銅なら多分そうかも。晩餐会のことを思い出すと、白爪もあり得ない話じゃない。

 ……ひょっとして、騎士団全員に配るつもりなのかな。それは嫌かも……。


 僕が悩んでいる間にも、クリンヴェルは一物を舐めたり触ったりと、萎えさせないようエッチに振舞っている。


「ガルドレッグ様は性豪ですし、一発程度は誤差でしょう♡このまま射精させてもいいのですが……ご希望がありますか?♡」

「え……ううん、とくには……クリンヴェルとなら、どこでもいいかも……♡」

「ふふ、嬉しいお言葉を♡貴方様は男殺しでいらっしゃいますね♡」

「ゴルヴィオスにも言われたよ……」


 そんな気はないんだけど、クリンヴェルは上機嫌に舌を這わせ、先走りをすする。鼻に先走りが飛んで、舌が勿体ないとばかりに舐めとる。

 赤い粘膜はあでやかで、白銀の下にある肉を想起させる。一物に巻き付かせていることからも、多分わかってやっているんだろう。本当に、淫獣みたい……。


「ガルドレッグ様♡」


 でもクリンヴェルであることには変わりない。僕を呼ぶ声は蕩けているが、優しい色をしていた。


 僕の膝に座って向かい合う白銀はたくましく分厚い。綺麗な毛皮を浮かび上がらせる筋肉は明瞭で、凹凸に雄々しさが宿っている。上背は高く、頭は少し窮屈そうだ。いくら馬車が大きいとはいえ、立ち上がれたりはしない。

 

「重くありませんか♡」

「このくらいなら大丈夫」

「それはよかった♡折角ですから、貴方様には最高の射精をしていただきたく存じます♡」

「これが初めてだから、何をしてもそうなるんじゃないかな……クリンヴェル、すっごく、その、エッチだし……♡」

「はあ、なんとかわいらしい♡貴方様の初めてをいただけること、今後の誉れといたしましょう♡♡」


 なんか大げさなことを言いながら、白銀は鍛え上げられた谷間に僕を取り込んだ。


「うわ……♡」


 ぎゅっと頭を抱きしめられ、でかい胸に埋められた。そこはさっき泣きはらした場所だったけど、今は慰めるの意味が変わっている。力んでいないためか、むっちりと顔に吸い付いているような気がした。


「ガルドレッグ様、このまま抱き着いていてくださいね♡」

「う、うん、わかったよ……」


 なんだかわからないが一応言われたとおりにしてみた。クリンヴェルは自由になった手で左右の胸を押し上げたのか、急にむにっと肉がたわみ、顔に押し付けられていく。


「うわわわ……」

「どうですか、ガルドレッグ様♡男の胸もなかなか悪くないでしょう♡」


 なんか、すごい! 僕の顔、胸で揉まれてる!

 村で友達が馬鹿話してる中には、女の子の胸についての話題もあった。ああされたいこうされたいとか、下世話なことも言っていた。

 それが、男の胸で実現している。柔らかいわけじゃないけど、硬くもない。本当にむっちりという感じ。でも筋肉があるから、僕より弾力が強い。雄臭いのに女の子みたいで、初めて感じる感情に頭が混乱しそうだった。


 されてみてわかるけど、これすごい。なんか、駄目になる!


「どうですか♡辺境伯直属騎士団銅の隊長によるおっぱいご奉仕♡これでも胸のでかさは部下に負けているつもりはありません♡銅の隊長を預かるからには、誰よりもスケベでありたいと思っておりますので♡♡」

「ふぉ……待って、クリンヴェル♡すごすぎるから、駄目かも……♡」

「お褒めの言葉、ありがとうございます♡揉みたかったら、いつでも揉んでいいですからね♡少々手荒でも、私の淫乱おっぱいは喜んでくれますよ♡」

「ふえぇ……♡」


 もう心臓は荒れ狂っていて、鼓動が狼にも届いてるんじゃないだろうか。真っ赤になった顔を押し付けてごまかしながら、クリンヴェルの匂いを吸い続けている。


「世継ぎは残していただきますが……♡私個人としては、ガルドレッグ様にはホモセックスを大好きになっていただきたいのです♡こんな雄ちんぽを前にぶら下げてお預けされれば、銅の士気にも関わりますから♡♡」


 なんかすごいことを言われながら、むにっむにっとおっぱいで顔の毛皮をもみくちゃにされていく。男性の胸もいいものだろうと教え込むように、左右から雄臭い圧がかかる。


 今まではたくましい胸板っていう評価しかなかったのに、こんなことされちゃったら歪んじゃいそう。沸騰寸前の性欲は一物に集まって、痛いくらい勃起して自己主張に余念がない。こんなに硬くなったの、生まれて初めてかも……。


「おぉん♡ガルドレッグ様のおちんぽ♡びくびくしてますね♡んうぅ……試されているような気分です♡おマンコが疼きすぎて、うまくリードできるか不安になってきました♡♡」

「ぼ、僕も……すごい興奮してる……♡クリンヴェルが、エッチだから♡えっと、ごめん、あんまりうまく言えなくて……♡♡」

「いいのですよ♡それは我々にとっては誉め言葉ですから♡貴方様の劣情を受け止めることが、我らの誇りでもあるのです♡♡」


 白銀は優しく僕の手を取って、自分の胸に導いていく。今度は僕に揉んでほしいと、熱っぽい声が耳をくすぐった。


「ひあぁ♡♡」


 谷間に顔を埋めているから、クリンヴェルが僕の耳をはむことだってできる。ぬるりとした粘膜が垂れた耳を持ち上げると、背筋にぞくっと寒気が走った。

 それが躊躇を取っ払ったのか、豊満な肉塊に掌が沈んだとたん、指先が勝手に蠢いていく。密度が高く弾力の強い雄の胸を揉むことに、僕は夢中だった。


「あっ♡ガルドレッグ様♡いいですよ♡んんっ♡そうやって、雌のように扱われるのも、私は大好きですので♡貴方様の雌犬だと、どうか、んぅ♡♡教えてくださいませ♡♡」


 にこりと笑うクリンヴェルはとても綺麗だけど、とてもエッチだ。谷間から覗く僕の目は欲に溺れた情けないものになっていることだろう。胸元から発せられるフェロモンを吸いながら、出したいと腰を揺らすのだ。


「く、クリンヴェルぅ……♡すご、すごいよ……胸、でかくて、揉み心地がいい♡」

「んふぅ♡ふふっ♡やはりガルドレッグ様も、おっぱいが大好きなのですね♡鍛えたかいがありました♡」

「手、止まらなくて、痛くない……?♡」

「大丈夫ですよ♡女性にするには荒々しすぎますが、私は見ての通り、どスケベな雄ですので♡♡」


 体の主導権が性欲に奪われたみたい。僕の大き目な手からもこぼれる肉を必死に揉んで、肉の分厚さを堪能する。

 時折指先が乳首をかすめると、頭上で上ずった声が漏れるのがわかった。だから突起をつまんであげると、クリンヴェルの体が震えて喜んだ。


「んおおぉ♡♡あっ、ガルドレッグ様♡実は私、乳首が弱いのです♡♡」

「あ、そうなんだ……♡」


 いじってほしいってことかな。そう判断したので、両方の乳頭を指でこねてみる。

 僕より全然大きい突起は、本当に女の人のよう。毛皮もないから肉の滑らかさが、指の上で転がっていく。


「ひ、あぁ♡おおぉ♡おおぉぉ♡♡♡ガルドレッグ様……それ、は、んおぉっ♡♡」

「あ、痛かったっ?! ごめん……!」

「いいえ……んぅ♡そのようにただひねりつぶすだけではなく、爪先でひっかいたりタップしたりと、バリエーションを増やすともっと気持ちよくできますよ♡♡」

「え? ……う、うん、わかったよ♡」


 言われたとおりに様々な方法で突起を触ってみると、クリンヴェルからあふれる嬌声が見違えるほど震えた。どうやら左右別々のことをされるのが好きみたいだから、武骨な指を何とか駆使して、乳首を攻め立てる。


「おっおっおおぉ♡♡ふふっ、すごい、ですぅ♡あん、ガルドレッグ様が♡私のおっぱいを、こんなに一生懸命に♡お゛お゛お゛ぉ~~~~♡♡」


 すごい声。優しく理知的な狼から出たとは思えないほど汚い嬌声は、心臓にいっそうの燃料を注いでくる。ドキドキしていると、どんどんほしくなって、僕の涎で谷間が湿っていく。でも、クリンヴェルだって涎を僕の頭にこぼしているから、おあいこってことにしてほしい。


「うおおぉん♡ガルドレッグ様ぁ♡い、いぎまずうぅ♡いぐ、おぉ♡♡♡」

「……んえ?!」

「メスイキっ、です♡♡私、おっぱいを責められて、アクメ……おおぉ♡ぐる♡ぐる来るぐるううぅ♡♡雌アクメっしますうぅ♡お゛♡おおぉ~♡♡♡♡」


 呆気にとられる僕の前で、白銀の巨躯はのけぞって硬直する。アクメと言われても、何が起こったのかわからない。村では聞いたことない言葉だった。

 ただわかるのは、クリンヴェルの筋肉が何度も跳ねるように痙攣していること。だけど射精しているわけでもなく、狼の大きなモノは体と同じように震えているだけだった。


「お゛♡おぉ……♡」

「えっと、大丈夫……?」

「はい♡最近はクリちんぽとしかセックスしていませんでしたから、雄の指使いに昂りすぎてイってしまいました♡私としたことが、お恥ずかしい♡」

「え、乳首だけで絶頂したってこと?」

「その通りです♡私のおっぱいは見ての通り淫乱ですので♡♡」


 少し顔を離してみると、想像通りのでかさがたわむ。僕の小指の先端くらいはある突起は淫乱……なのだろうか。確かに、人によっては気持ちいいとは聞いたことあるけど、ここだけで絶頂できるとは知らなかった。


「……女の子みたいだね」思わず声に出て。「あ、えっと、悪口じゃないよ。ちょっとエッチだなって……思っただけで……」

「んふふ、誉め言葉ですよ♡ガルドレッグ様に興奮していただけるよう、たくさん鍛えましたから♡♡」


 ただでさえ顔がいいのに、うっすら色づいた頬で微笑まれると吸い込まれそうになる。淫蕩を纏ってもなお、クリンヴェルは綺麗だった。


「しかし♡」お尻を動かして僕の一物を刺激して。「ガルドレッグ様のここはもう限界そうですね♡」

「う、そうかも……」

「では、次に参りましょう♡私も待ちきれませんし♡♡」


 白銀は屈強な体をひるがえし、テーブルを抱え込むように身をかがめた。そうするとお尻が突き出されて、胸とは違う大きな肉の塊が差し出される。

 クリンヴェルのたくましい体を支える臀部は想像よりずっとでかい。お尻だけ丸々と膨らんでいて、腰から急角度が付いている。

 以前見たのは銅のことを知った時だったけど、あの時は驚いていてそれどころじゃなかった。こうしてまじまじと眺めれば、その質量に関心すらしてしまう。


「ガルドレッグ様も男の子ですし、おマンコ触ってみたくはありませんか?♡」

「え、それって……銅を……?」

「はい、我らが銅たる所以、どスケベおマンコを手マンしてくださいとお願いしております♡♡」


 ずいっとお尻を掲げて、左右に小さく揺らす。毛皮のそよぎとは違う、波打つ肉で踊る光沢は綺麗なのに下品だ。尻尾はちぎれんばかりに振られていて、大好きを制御しきれていない。


「どうぞ、触ってみてください♡叩いても結構ですよ♡貴方様の好みを教えてくださいませ♡♡」

「う、ん……」


 口の中が乾いているから、うまく言葉にならなかった。それなのにさっきからずっと唾を飲み込んでしまうんだ。


 広い背中は隆起が強く、よく観察すると毛皮の下にいくつもの傷跡が見える。誰よりも銀幕が似合うけれど、やっぱり彼は騎士なんだ。

 だというのに、浅ましく尻をゆすって媚びた視線で振り返る姿は騎士というよりかは娼夫に近い。僕は実物を見たことがないけれど、そこらの人よりもずっとエッチなんじゃないかな。


「ふふ、そんなに見つめられると嬉しくなってしまいます♡ガルドレッグ様が喜んでくださるなら、どんなはしたない踊りでも披露してみせましょう♡」


 エロスに溺れる僕の頭を押さえつけるかのように、白銀の揺れが強くなる。薄明りの中、僕はもう閉塞感を考える余裕もなく、ただ一物を硬くするだけの獣になっていた。


 恐る恐る手を伸ばして、触ってみる。胸よりも硬く張りのあるここは、本来は鎧や筋肉を支えて戦うための場所なのに。こんなにも、心が踊ってしまう。


「ん、ふぅ♡♡ああ、ガルドレッグ様ぁ♡」


 緩んだ声を涎と共にこぼし、尻をこすりつけてくる。犬が甘えるような仕草をされると、先走りが糸を引いて落ちていった。


 銅は肉の渓谷の奥にあるから、大きなお尻に隠されている。割れ目に指を差し入れていくと、むき出しになった粘膜が触れる。それはぬるりと湿っていて、嫌でもあの時見た生々しさが脳に蘇ってきた。


「わうぅ♡♡」

「これが、その……」

「おマンコです♡」誇らしく狼は言う。「まずは一本、入れてみてください♡それから……そうですね、三本も入れば挿入できるかと♡」

「で、でも、三本って僕のより細くない……?」

「待ちきれませんので♡それに私のおマンコはど淫乱ですから、解してくだされば問題ありません♡」


 圧倒的な肉に呑まれる僕を慈母のような声で狼は導いてくれる。

 その先は引き返せないんじゃないか、なんて思えてくるほどに、クリンヴェルに興奮している自分がいた。


「慣れてくればクンニをしてみてもいいでしょう♡マンコ肉をいじられると、我らはすぐよがり狂ってしまいますので、興味があればやってみてください♡」

「覚えてれば、ね……」


 上の空で応えて、指を一本進ませる。肛門は簡単に異物を飲み込んで、それどころかどん欲にしゃぶって腸液を絡ませてくる始末。まるでこれ自体が独立した生き物のようだ。

 ふやけそうなほどの熱と汁にまみれた、柔らかい肉の筒。これがクリンヴェルの体内。僕が今から童貞を卒業する場所。


 排泄器官なことはわかっているのに、汚いという感情は一切湧いてこなかった。初めての感触に頭がくらくらして、鼻血が出そうだ。


「い、入れたよ……」

「ふぅ……では、そのまま軽く動かしてみてください♡あまり激しくすると怪我をするかもしれませんので、優しく、お願いしますね♡」

「わかった」

「ああ、失礼いたしました♡せっかくの手マンなのに、見えなくては面白みも減ってしまいでしょう♡」

「えっと……?」


 何を言いたいのかわからなかったけど、答えは行動で返ってきた。

 騎士の手が尻肉を広げ、肛門をさらけ出す。前に見た通りの少しくすんだ赤い肉の土手が、僕の指を飲み込んでいる。そこは漏らした腸液を袋にまで垂れ流しながら、ひくひくと蠢いて指をしゃぶっていた。


「…………」


 言葉も無くして見入るしかできない。肛門ってこんなに盛り上がるものなんだと、ショックすら受けていた。だけど興奮している自分がいる。醜悪だと切って捨てることもできなくて、内壁をこする動きを強めた。


 筋肉を鍛えるように、肛門も鍛えたのだろう。鍛錬とセックスに明け暮れた騎士の尻が、目の前の性器だ。


「はぁはぁ……」


 いつの間にか垂れていた舌から、唾液が落ちる。僕の身を焦がす獣欲は制御を食い破ろうとしていて、射精したくてたまらなかった。

 だから、二本目を飛ばして、一気に三本突っ込んだ。


「んおおぉぉ♡♡」

「クリンヴェル、ごめん、僕……」

「か、構いませんよ♡貴方様の欲を引き受けるのは、っつおぉ、私の使命♡それに、そこまで興奮されるなどぉ、銅として誇らしい限りです♡♡」


 太い指を三本も入れたのに、肉のつぼみは切れる気配がない。ばらばらに動かしてみても、柔軟に伸びてくれる。わずかに覗いた空洞は暗く、集中的にランタンを当てたい衝動に駆られてけど、剛直がそれを許してはくれなかった。


 無我夢中で動かしているうちに溢れた汁が混ざったのか、ぐちゅぐちゅと音が鳴るようになっていた。時折クリンヴェルは背骨をそらし、遠吠えのような嬌声を放つ。歓喜に満ちて不安になるほど歪んだ声は、僕の中で反響しては先走りとなって溢れていった。


「ぐお、おおぉぉん♡雄の手マンすっご♡っはあぁ♡初々しい手つきなのに、雄を感じて♡んふうぅ♡たまりませんんんんっ♡♡♡」


 何度も指を動かしていくと、反応のいいところがいくつかあった。そこを重点的にこすったりしてみると、毛皮を膨らませた尻尾がぴんと立つ。多分、気持ちいいんだろうな。


「んおおおぉぉぉぉ♡♡おおぉ♡お゛っ♡アクメ、する♡ガルドレッグ様、私を手マンでアクメ、させてくださいいぃ♡んお゛♡そこ、そこおぉぉ♡」

「アクメって……絶頂のこと、だよね……?」

「はいいいぃぃ♡ガルドレッグ様にアクメさせてもらえると、一人でするマンずりよりいぃ♡断然、幸せなんですぅう♡♡ガルドレッグ様、ガルドレッグ様ぁ♡♡♡アクメさせてくださいぃ♡♡」


 もうクリンヴェルは壊れそうなほど体を揺らして、正確には尻を振っておねだりをしている。一瞬だけ、馬車が壊れたら埋もれちゃうかもとは思ったけど、そんな杞憂はすぐさま頭から抜け落ちていく。


 わからないなりに指を動かして、気持ちよくさせたいと頑張った。性欲は急かして止まないし、射精したくてたまらないけど。目の前の穴を雑に扱うことは、わずかに残った理性が駄目だと叫んでいる。


「いいっ♡すんごいぃ♡ガルドレッグ様の、手マン♡おマンコ、あがるっ♡♡」


 ぐちゅぐちゅと騒ぐ肛門は雄のものとは思えないほどエッチだ。僕の指使い一つで、強くて優しいクリンヴェルが獣のようになっている。のけぞると見える表情は壊れているようで、弧を描く目と口が狂気じみていた。


 快楽によってお尻を抑える手が緩んでいくと、銅が陰ってしまう。気が付くと、僕はもう片方の手で大きな肉を持ち上げていた。


「でかいね……♡」


 鍛えて強く、たくましい部位に僕は興奮している。汗ばんだ球体に掌を押し付けると、毛皮を超えて肉に沈み、むっちりと食い込んでいく。


「ふっおおぉぉ♡♡おおぉん♡また、アクメ、しまずぅ♡わおぉ、おおぉ♡」


 腸液のプールをかき分けていると、中がきゅっと締まるのを感じた。体がこわばっているのかな、絶頂が近いのだろうか。

 だったらちゃんとしないと。僕はクリンヴェルに気持ちよくなってもらおうと、いいところを集中的に押し付けた。


「お゛ぉ゛おぉ~~~~♡♡♡♡」


 すると分厚い背中が反って、壊れた遠吠えが馬車に響き渡る。声だけ聴くと不安になるけれど、クリンヴェルのこれは嬉しいって合図なんだと理解していた。

 でも、本当に獣みたいな声。人ってこんな声が出せるんだ。

 

「ああ゛っ♡いぐ、いっぐぅ♡アクメしてしまいまずううぅぅぅ♡♡♡」


 むき出しの性欲を見せつけるように、白銀は今までで一番お尻を締め付けた。


「わおおおぉぉぉぉぉ~~~~ん♡♡♡♡♡」


 テーブルの上で、巨躯が跳ねる。あんなに綺麗な剣技を振るう人が、道端に落ちた死にかけの虫みたいに。

 なのに本人は嬉しそうで、声はずっと甘く蕩けている。肛門の隙間から汁を飛ばし、僕を溶かそうとしているようだ。


 下を見ても精液は出ていない。濁った先走りが床に水たまりを作っているだけ。

 でも、それは僕とクリンヴェルの混合液だ。僕だってさっきからずっとおもらしみたいに汁をこぼしている。


「おおぉ……♡やはり、アナニーするよりもぉ♡手マンの方が、ずっと気持ちいいですぅ♡ガルドレッグ様、私のおマンコは準備が整いました……♡もういつでも……」


 待てを解除されたとたん、僕は指を引き抜いてクリンヴェルに覆いかぶさった。

 身を屈めると背筋に僕の吐息が反射する。その時になってようやく、僕は過呼吸みたいに息を荒げていることに気付いた。一息に突っ込みたい本能を何とか抑えつけて、先端を肛門にあてがう。


 指よりも敏感な部分だから、さっきより熱く感じる。突っ込みたい、突っ込みたい。でも、クリンヴェルは大事な人だから、眉を下げて耐えるので精一杯。


「わおぉん♡ガチガチで熱々のおちんぽ♡当たってますぅ♡んうぅ、ガルドレッグ様も、待ちきれないようですね♡♡」

「クリンヴェルぅ……い、入れていい? あの、僕、初めてだから、絶対上手くできないんだけど……♡」

「……んっ♡♡」


 僕の情けない顔を見て、クリンヴェルはやわらかく微笑んだ。


「ガルドレッグ様は立派なお方ではありますが、こう、母性をくすぐるのも得意と言いますか……♡」

「う、ごめん、ちょっと情けなさすぎるよね……」

「ああいえ、そういう意味ではありません♡ただ本当にかわいらしく、この方になら何をされてもいいと思ってしまうのです♡」

「そうかな……」


 客観的に見て、腰をへこへこしながら挿入をおねだりしてるの、普通に情けないよ。わかってるんだけど抑えきれない。

 背中に鼻面をうずめ、毛づくろいしながら自分をごまかして、クリンヴェルの呼吸が整うのを待つ。無理をさせたくはないけれど獣欲は荒れ狂い、挿入しちゃったらもう絶対止まれないだろうから。


「クリンヴェル……♡」

「なんとお優しい♡いつでもいいと、申したというのに♡」

「わかってるんだけど、ちょっと怖くて……僕が僕じゃなくなりそうで……♡」

「いいんですよ♡初めてなどそのようなものです♡私をめちゃくちゃにしてもかまいません♡荒々しい欲望を受け止めるのも、私は大好物ですので♡♡」


 全部受け止められちゃったら、遠慮する建前も無くなってしまう。クリンヴェルの顔はずっと許可を出している。後は僕が一歩踏み込むだけ。


「わかった、じゃあ……」


 ずごんと僕は遠慮なく一気に肉棒を押し込んだ。


「おぉ……すごい♡中熱くて、きつい……人の中って、こうなってるんだ……!」

「んおおおぉぉぉ~~~~♡♡♡♡♡しゅご……ひぐうぅぅ♡♡極太雄ちんぽくるぐるぐるうぅぅぅ♡♡深っ、深いいいいぃぃ♡♡♡」

「う、あ……? あ、ごめん、もっとゆっくりにした方が良かったかな……」


 さっきの絶頂みたいに体を痙攣させる白銀を見て、思わず聞いてしまった。

 いくらクリンヴェルが体力のある騎士とはいえ、これほど乱れると壊れてしまうんじゃないかと危惧したんだ。


「おあぁ……♡♡」

 

 相当衝撃が強かったのか、クリンヴェルはどこか遠いところに視線をさまよわせてから、僕へと振り返る。


「い、いいへぇ♡このままでも問題ありませんとも♡ただ、少し、気持ちよすぎましてぇ♡ああ、雄のデカマラたまりません♡♡私のおマンコが、みちみちですぅ♡♡」


 クリンヴェルの腸壁が僕に絡みつき、優しく愛撫してくれている。全長が蕩けそうなほど熱い肉で覆われていて、何もしていなくても気持ちがいい。

 このまま本能に従って腰を振り、気持ちよくなりたい。問題ないのならいいだろう。何も考えられなくなって、獣が牙をむく。


「これで、ガルドレッグ様の童貞は無くなりました……♡私の中はどうですか――――んっほおぉぉぉぉ♡♡♡♡」

「ごめん!♡ごめんっ!♡♡気持ちいいよクリンヴェル!♡すっごく気持ちいいっ!♡♡」

「おおぉぉん♡おっほぉ♡わおおぉん♡♡激しいっ♡すごっ♡こんなセックス、久しぶりですううぅぅ♡♡♡」


 入れて出す。ただそれだけの動作をがむしゃらに行う。

 突き入れるたびにお尻とぶつかって痛々しい音が鳴っても、クリンヴェルの腰が大仰に痙攣しても、僕の口から涎が落ちても。

 僕はずっと腰を振っていた。初めてオナニーを覚えた時以上に、恥も遠慮もなく、荒々しく快楽を求め続けた。


「き、もちいぃ♡すごい、これが、セックスなんだねっ♡♡♡これがっ!♡」

「んぐぉ♡その通り、ですぅ♡ガルドレッグ様の雄ちんぽ最高っ♡おおおぉ♡おっほおおぉ~♡♡♡デカマラに蹂躙される、喜びに、おマンコが打ち震えておりますぅ~♡」


 手マンの時より激しい音が僕らの結合部から破裂する。僕の金玉が鞭みたいに会陰部を打ち据えると、その刺激さえ気持ちがいいんだ。オナニーなんかじゃ味わえない快楽に、僕はすっかり溺れていた。


「んおっ♡おおぉ♡おおぉぉ~~~~♡♡おマンコ気持ちいいぃぃぃ♡♡♡なんて、若々しい腰つきっ♡ああ、欲情してくださって、ありがとうございますううぅ♡♡」


 自分のことしか考えていない動きなのに、クリンヴェルは喜んでくれている。だから安心して続けることができていた。

 狼の腸内は貪欲で、ずっとしゃぶられている気分だ。僕はクリンヴェルが初めてだし他を知らないけど、僕のためにあつらえてあるんじゃないかって錯覚するほど。

 これが都合のいい妄想だってわかってる。でも、そう考えると興奮するんだ。


「はっはっはっ……♡気持ちいいよぉ……!♡♡」


 太い腰を両手で掴み、ガンガンと叩きつける。もっと気持ちよくなるために、より奥を穿てるように、少し蟹股になって掘り進めていく。元々馬車の天井が高くないのもあるけれど、こうした方が動きやすい。

 鼻をくすぐるのはクリンヴェルの匂いだけど、最初嗅いだ汗とは少し違っている。雄臭さが強まって、発情しているのが匂いでわかるんだ。小さな密室は、僕らの発情臭に満ちている。


「ふおぉ♡ガルドレッグ様ああぁ♡そのまま、腰をぉ♡私のおマンコの中で、全部、出してくださいねぇ♡♡♡」


 肉棒が限界まで膨らんでいることから、射精が近いとばれていた。実際その通りで、さっきから注がれ続けた興奮のせいで、精巣は破裂寸前だった。

 僕は呆けたようなみっともない顔をしたまま、腰だけは激しく動かして快楽をすすっている。もうすぐ絶頂だから、それ以外のことなんて頭にない。


「はぁはぁ……わかった、出す、出すよクリンヴェル!♡♡♡」


 この狼の最奥に種をまきたい。それは本能の行動で、奥に届けと力いっぱい叩きつける。肉棒が腸壁を割り入って進めば、亀頭にひだがこすりつけられていく。


「う、ぐぉおぉ♡」


 時間にしたら一秒もない挿入だったけど、処理落ちし始めた脳みそからすれば途方もなく感じた。


「出る……出る……うああぁぁ!!♡♡♡」


 そして、まだ処理が終わっていないにも関わらず、すぐさま膨大な快楽が襲ってきた。

 頭の中が真っ白になって、思考が全部埋め尽くされる感覚。全部が種付けに取られ、射精する置物に成り代わる。


「わおおぉん♡すんごいいぃぃ♡ガルドレッグ様の御子が、私のおマンコにあふれていきますぅ♡♡♡」

「がう、がううぅ♡出るの、止まんないいいぃ♡♡」

「雄が強すぎる♡はあぁ♡まさしく貴方様は、我らの主♡銅の主人にふさわしいお方でございますううぅぅぅ♡♡♡♡おおぉ♡孕む孕む孕むううぅ~~~~♡♡♡」


 こんな気持ちがいい射精をしたことは、今までの人生で一度もない。

 セックスってすごい。確かにこれはみんなあこがれる。

 

 僕の一物は何度もしゃくりをあげながら白濁を吐き出すのに忙しく、より遠くへ飛ばそうと尿道を膨らませている。どうせ着床しないというのに、理性も本能も、射精を最優先していた。

 

「なんと素晴らしい♡♡貴方様にお仕えできて、本当に良かったっ♡このちんぽのためなら、私は、おおぉん♡永遠の忠誠を捧げられますっ♡♡♡」

「ふぅー♡ふぅー♡」

「あはぁ♡格別な褒賞、誠にありがとうございますぅ♡♡貴方様の童貞をいただけたこと、末永く誇りとさせていただきます♡♡」

「ふぅー♡ふぅー♡」

「それと、先ほどは錯乱し、孕むと申してしまいました♡貴方様の高貴な血筋を宿すなど恐れ多いこと♡普段は言わないのですが、あまりに雄が強く……おマンコがその気になってしまいました♡♡」

「ふぅー♡ふぅー♡」

「……ガルドレッグ様?」


 クリンヴェルが振り返って心配してくれるが、僕はまだそれどころじゃない。射精が治まってもなお獣欲は静まらず、金玉は次の準備を始めている。

 萎えることない一物は終わっていない証拠だ。ずるずると引いて……そのまま突っ込む。本能のささやくままに、僕は敏感になった棒で狼の中を蹂躙し始めた。


「ふっおおぉぉ♡♡♡こんなすぐ、再開されるのですかぁ?!?!♡♡」

「ごめん……でも、止まんないんだよっ!」

「おおぉ~~♡♡すんごおぉ♡♡種マン犯されるうぅ♡♡せっかくの、ガルドレッグ様のザーメンがあぁ♡漏れる、漏れるううぅぅぅ♡♡♡♡んでも、きもぢいぃいぃ♡♡雄ちんぽ強すぎて、おマンコが、完全に屈服してしまいますううぅ♡♡」


 一度注いだ穴は精液だまりになっていて、腸液の代わりに粘性の高い汁が肉棒にまとわりついてくる。カリで掻き出せば結合部では泡になり、僕の陰毛はどろどろに汚れていく。


 音だってさっきより汚い。ただ抽挿しているだけなのに、空気を含んだ粘液が破裂して、脳に響くほどの音量になっている。それに加えて嬉しそうな狼の嬌声もあって、素面だったら耳を塞ぎたいほどの音楽が出来上がっていた。


「うあぁ♡すごいよ、クリンヴェルぅ♡セックスって、気持ちいい……♡♡」

「おおぉん♡まさか、こんなに早く、復活なさるとは♡わおおぉぉん♡♡さすが、オーダナト様のご子息っ♡いえ、ひょっとしたら、それ以上かもしれませんっ♡♡」

「ごめん……辛くない?♡駄目だったら、逃げてくれて、いいからぁ♡♡」

「まさか♡貴方様にこれほどまで求められて、私は幸せですっ♡確実に孕ませると、ぉん、雄ちんぽの意思を感じますっ♡♡こんなものを当てられて、尻込む弱者はあぁ、銅にはおりませんっ♡♡♡」


 さっきからクリンヴェルの鼻はずっとひすひすと動いている。多分、僕の匂いを嗅いでいるんだろう。僕だってクリンヴェルの匂いを感じてるから。

 乱暴に犯されているのに、狼は意にも返しておらず、それどころか喜んですらいた。大口から飛び出した舌は涎をこぼし続け、目からは涙があふれている。机に爪を立てながら大きな臀部をくねらせる様は、まだいけそうなことを示していた。


 なんて自分に言い訳をして、一心不乱に突き立てる。女の人なら壊れちゃいそうなほどの全力で打ち付けると、白銀は声にならない雄たけびを上げて肛門から汁を飛ばす。


「ふぐぉおぉ~♡♡おぉ~~~~~~♡♡♡♡♡」

「ふぅ♡ふぅぅぅぅ♡♡」


 口から吐く息が白くなっている気がする。体内で燃え盛る欲のせいで、全身から蒸気が出ていると錯覚しそうだ。

 力めばそれだけ気持ちよくなって、脚が崩れそうなほど。僕の精液で満たされた腸内はさらに滑りが良くなったから、痛みも感じない。


 僕は体もでかいし力も強いから、村ではいつも遠慮していた。でも、今はそんなものどこにもない。力任せに犯して、性欲を発散させることだけを考えている。


「すごい♡気持ちいいっ♡もっと、もっとぉ♡♡」

「おんっ♡おぐっ、すごっ♡♡激しすぎる……わおぉ~~ん♡♡♡お゛っ♡ぎも゛ぢいいぃぃ♡♡い、いぐの、止まりません゛っ♡♡気持ちよくて、おおぉぉ♡♡マンコしびれるううぅぅ♡♡♡」

「ふぅぅ……ごめん、また出す!♡♡出すね!♡♡♡」

「えっ♡もう、ですかぁ♡♡」


 だってすごく気持ちいいんだ。おかしくなりそうなほど。

 金玉が壊れちゃったんじゃないかと思うくらい昂っている。あんなに出したのに、もっと出したいって飢えが体中に満ちていた。

 恐怖を忘れるためなのか、考えることから逃避した先にはエッチで綺麗な白銀がいる。


「いくよ、クリンヴェルっ♡♡んうぅ……おおぉぉ♡♡」


 孕まないって理性はわかってるのに、僕はまた最奥に押し付けながら、放尿みたいな射精をする。限界まで膨らんだ尿道を駆け抜ける白濁の感覚に、頭が沸騰しそうだった。

 オナニーでは考えられないほどの精液が迸り、クリンヴェルをもっと満たしていく。逆流したものが恥骨に当たってはこぼれていき、馬車の中はすさまじい性臭で埋め尽くされていた。


「おおぉ……おぉ……す、ごいよぉ♡♡♡」


 呆けた顔で荒く息を吐き、射精の余韻に浸る。出してる最中だというのに、まだ腰がゆるゆると動いている。節操もない性欲に我ながら驚くばかりだ。

 目の奥に火花が散っている感覚に、一瞬くらりとしてしまう。頭に血が上るという表現はあるけれどその逆で、下半身に血が取られすぎたのかもしれない。


「二発目、なのに、多い……♡♡んおおぉぉ♡ああ、腹にたまる幸福に、私もいぎそうですうぅぅ♡たくさんのザーメン♡ありがとうございますうぅぅ♡♡」

「気持ちいいよ……ごめん、ごめん、全然気遣ってあげられなくて……♡」

「構うことはありません、私は、幸せですからぁ♡あ、あ、あ……孕まされてる……こんな立派な雄の、雌にしていただけるなんて……♡すんごぉ……おおぉ……♡♡」

「ああ、また締まった……いくんだね、クリンヴェル♡」

「はい♡はいいぃ♡貴方様の寵愛を受け、このクリンヴェル♡お飾りちんぽから、ザーメンを出したいと、おもいまずうぅ♡♡ふおおぉ……おおぉぉ……♡♡」


 もう白銀は溶けた表情をしながらうめくだけで、自身の中で収縮する快楽だけを考えているようだった。それが爆発するのはすぐそこ。噛みついてくる腸壁がそれを教えてくれている。


 そして、尻尾や耳、毛皮もすべて立ち上がって、クリンヴェルは吠えた。


「~~~~~~っ♡♡♡♡」


 クリンヴェルは食いしばった歯の隙間から泡を吹きながら絶頂を、アクメをしているようだった。意味を成す言葉は何もなく、ただ感情の原液が噴火している。そんなことを思わせる、生々しく荒い遠吠えだった。


「んうぉ~~~~~♡すごすぎるうぅぅ♡雄ちんぽのアクメ、すごいっすごいいいぃっ♡あうぅ♡子宮が、この方を主だと認識してるっ♡このちんぽこそ、我らのご主人様だと、んああああぁ♡♡」


 テーブルに爪が食い込んで、ひっかき傷を付けながら狼は騒ぎ立てる。狂気にも近い歓喜が渦巻いているのか、口角は裂けんばかりに上がり、眼球はほとんど裏返っていた。


「わ、私は銅の隊長としてぇ♡♡オーダナト様に、忠誠を誓っているというのに♡♡おマンコが、別の主を戴こうとしているっ♡んううぉ♡おっほおぉぉ♡♡おマンコに逆らえないっ♡この雄ちんぽすごすぎるうぅぅうぅ~~♡♡♡」


 別に僕は父さんからクリンヴェルを奪いたいとか、そんなことは全く考えていない。

 でも、ずっと欲求不満だった狼の体は、快楽をくれる人になびこうとしていた。公私の区別をきっちりつけるクリンヴェルだけど、絶頂中はさすがにもろいようだ。


「はひ……すんごいぃ♡ガルドレッグ様こそ、やはり我らが未来の主様……♡このような主を戴けるとは、なんと幸運なことでしょう……ほふぅ……♡」


 やがて落ち着いてきたクリンヴェルはぐったりと力を抜きながら、たまにびくりと体を震わせて足元に何かを漏らす。広い背中のせいで見ることはできないけれど、匂いから精液の残滓だろうと思っている。

 ここで忠誠を誓うとか言わないあたり、しっかりしている。それでこそクリンヴェルで、僕も嬉しい。


 二回も大量に出したのだ、さすがに冷静さは少し戻っている。罪悪感も。

 白銀の顔はめちゃくちゃで、体液まみれで原型をとどめていない。崩れた表情からはよくわからない言葉を漏らすだけで、肛門からも混合物を吐き出していた。


「クリンヴェル、本当にごめん……辛かった?」

「いいえ……むしろ、こんなにも素晴らしい体験をさせていただき、感謝せねばなりません……♡童貞の筆おろしを行えると、それだけを考えていた私が愚かでした♡貴方様は、最高の雄でございますぅ……♡」

「そんなことはないと思うけど……力任せにしちゃったし……。ううぅ、母さんからも暴力は絶対振るっては駄目だと言われてたのに……」

「暴力……? 何をおっしゃいますか……♡若さゆえの暴走を受け止めず、何が先達でしょう♡私の胸とおマンコを借りる勢いで来ていただくこと、何も問題ありませんとも♡」

「あんまり歳変わらないような……。でも、ありがとう……」


 そう言ってもらえると気が楽になる。まさか暴走するとは思ってなかったから、申し訳なさがすごいんだ。


「……ですが、貴方様のものはまだ萎えてはいないようですが?」

「えっとぉ……」


 そうなのだ。疲れて汗だくなのに、僕の一物はまだ膨らんだままクリンヴェルの肛門を圧迫している。性欲が壊れちゃったのかな……。


「命の危機に瀕すると本能が子作りをする。というのはよく聞く話です。今日はたくさん頑張りましたから、体も驚いたのでしょう」

「そうだといいんだけど……じゃないと、ずっとこんな感じになっちゃうし……」

「私は構いません♡強い雄に組み敷かれるのは、嫌いではありませんから♡」

「僕が嫌なんだよ……! だって、クリンヴェルに、こんな……」


 いくら本人がいいとは言っても、やっぱり気は進まない。

 こうして話している間に萎えてくれないかなと思っているけど……無理そう。

 馬車には雄の匂いが満ち、呼吸するだけで興奮しそうになる。気づけばクリンヴェルの汗臭さを受け入れている自分がいた。


「クリンヴェル……」


 背中に鼻面を押し付けて、思いっきり匂いを吸い込んでみる。

 少しつんとした男らしさの塊みたいな匂いなのにどこか豊潤で、さわやかすら感じられるクリンヴェルの匂い。そこにザーメンが混ざって、交尾の匂いになっている。


「んっ♡たくさん嗅いでください♡貴方様のクリンヴェルでございます♡よければ噛み跡などでも……♡貴方様のものだと、証をつけてほしいのです♡」

「さすがにそれはちょっと……」


 冷静になってくると、淫乱さで勝てるわけもない。あんなケダモノみたいなセックスをしてしまったけど、むしろ相手がクリンヴェルでまだよかったかもしれない。


「では今度はどういたしましょう♡座位で向かい合い、キスしながらを進言いたしますが……♡」

「うん、それもいいかも……」


 今度は顔を見ながらやりたい。クリンヴェルの分厚い体を抱きしめながら、ゆったりと繋がるのも悪くない。

 どうせいつ救出されるのかわからないんだ。下手な考えで恐怖をあおるくらいなら、欲望で埋め尽くした方がまし。この匂いに素面で耐えられるかは別だけど……。


 手荒く扱ったお詫びに、前戯もかねて背中を毛づくろいしてあげる。クリンヴェルは気にしてないけど、僕が気にするから。


「ふふ……本当にお可愛らしい♡」


 まんざらでもない狼が嬉しそうに笑い、まどろむような時間が流れていく。

 明かりなどないがれきの下、僕らは心行くまで互いを感じよう。


 なんて思っていたのだけれど……。


「――――ガルドレッグ様っ、ご無事ですか!」


 唐突に開いた扉から鮫が現れて、あっけなく幕切れを告げるのだった。


****


「あ、あの爆弾を使ったんだ……なるほど」


 賊の人たちが持ってた爆弾を再利用して、がれきの撤去に使ったらしい。馬車が耐えるのは実証済みだったから、遠慮せずに使っていたそうだ。その音が聞こえなかったのはさすがの防音性だけど、恥ずかしいところを見られてしまった。

 でも、そのおかげでこんなに早く助かったんだ、文句は言えない。


 今は地下の貴賓室でソファに座り、お風呂でさっぱりした毛皮をゴルヴィオスに乾かしてもらっている。密室の匂いはすさまじかったらしく、扉を開けた鮫も、救助活動をしていた皆も、一気に顔を赤らめていたからね。

 ……消えたい。ちょっと我慢すればベッドで初体験できてたじゃん! あんな不安定な状態じゃなかったら、僕だって暴走したりはしなかった……はずなのに。


「でも、お怪我も無くてなによりです。貴方様に何かあったら、おれ……」

「全然大丈夫だったでしょ。そんなに自分を責めなくていいから。セリオールから聞いたけど、頑張りすぎてたんだって?」

「別に……おれは当たり前のことをしただけですよ」


 手に包帯を巻いた鮫はバツが悪そうに口をとがらせる。怪我を押し通してがれきの除去作業をしたせいで、ぼろぼろになっているらしい。爆発に巻き込まれた後だったから、みんなが無理矢理止めたとかも聞いている。

 実際ゴルヴィオスの目は潤んでいて、今にも泣きそうだ。自分のせいだって、責め続けていたんだろうな。早く戻ってこれてよかった。


「ゴルヴィオス」


 僕が両手を広げて呼べば、意図を察して入ってくれる。

 ぎゅっと抱きしめてあげると、角ばった肩が震えだす。


 暗闇でクリンヴェルが僕にしてくれたこと。大人になってもこうして抱きしめてあげるのは大事なんだって、あの時に気付いたんだ。気持ちが迷子になってる人には、こうして包み込むのがいいんだね。

 それに生きてるって言わなくても教えることができるから。


「僕は君を恨んだりしないよ。それにもう終わったことだから、あまり自分を責めないで」

「……はい」


 背中を撫でてあげると、強く抱き返された。手に怪我をしたゴルヴィオスは護衛じゃないから鎧も着ていない。だから薄手の布地を通して、人肌を伝えることができる。


「しかし本当に……ご無事で何よりでした」


 同じく薄手の服を着たセリオールも小さくつぶやく。感極まっているのはこっちも一緒らしく、シェパードの耳をへたらせ鼻を何度も鳴らしていた。

 さすがにあの戦闘の後だから、二人に護衛の任はない。彼らはただ、僕を心配して駆けつけてくれただけ。本来の護衛は気を利かせてくれたのか、扉の外で待機している。


「セリオールも、どう?」


 片手を広げれば、おずおずとシェパードも収まってくれた。ぎゅっと抱きしめて伏せた顔からは、小さな嗚咽が漏れている。

 ソファで大きな男が三人、抱き合いながら心音で会話する。無事でいてくれたことをこんなに喜んでくれる人がいる。それはすごく嬉しい。


「落ち着いたら、私の剣を受け取っていただきたい……私も、ガルドレッグ様に忠誠を誓いましょう」

「……そっか、わかったよ」


 それは重いけど、きっとこうして抱きしめた重さほどじゃないはずだ。セリオールもゴルヴィオスも、生きていてくれてこんなに嬉しいんだから。

 そんな二人に聞いてほしいことがある。僕は意を決して口を開いた。

 

「……暗闇の中で、たくさん考えたんだ。怖くてしょうがなかったけど……けど、僕が跡を継がなかったら、きっと二人は銅を辞めちゃうんだろうなって考えた」


 言葉はないけれど、抱きしめ返されたのが答えだろう。


「それに、死ぬかもってなったら、ちょっと……やってみたかったなって後悔した。僕にできることはあまりないかもしれないし、うまくできないかもしれない。だけど、怖がってやらないくらいなら、頑張ってみたいって思ったんだ」


 僕が本当に辺境伯を継げるかもわからないけど、やれるだけはやってみよう。父さんの顔を見てから決めればいいと後回しにしていたが、こうしてみんなと交流して、辺境伯領の話を聞いていくうちに、僕も役に立ちたいって思うようになった。


「僕は学もないし、怖がりだし、剣も上手く使えない。でも、頑張るから。みんなが安穏と暮らしていけるよう、いっぱい頑張るから」


 たくさんたくさん考えたけど、こんな重大なことを決めるのはそれでも怖い。

 傍系の人らだって、みんなが言うほどひどくはないかもしれない。本当は父さんも僕に跡継ぎまでは期待してないかもしれない。


 それでもやりたいんだ。


「だから、僕のこと、見守っててほしい」

「「喜んで」」

 

 二人はすぐに応えてくれた。言ってしまったからには取り消せない。僕はこれからたくさん努力をして、民の幸せを背負うんだ。平民でいた時とはまるで違う、怖い世界に足を踏み入れる。

 怖さは消えないけど、まっすぐ前を向く。考えてそう決めた。


 母さんがどこまで想定していたのかは、もうわからない。

 だけど、できる限り頑張るから、見守っていてね。


「そういえば」抱擁から抜けた鮫が。「これからどうするのか聞いてます?」

「えっと、しばらくはここで休憩だって。馬車の状態を確認しないといけないし、あの賊たちの尋問もあるから」

「その通りです」同じく目をこすりながらシェパードが。「ここには白爪やアンタリスさんもおりますし、安全は確保されています。それに食料も潤沢ですから、当分は問題ないでしょう」

「今回のこともあったから、これからの旅はあいつらも一緒ですよ。だから道中も夜伽に指名してくださいってうるさいほど来ますから、覚悟しといてください」

「う、うん……心構えだけはしとくよ……」

「まあ、ガルドレッグ様なら問題ねえでしょ。クリンヴェル様、まじで喜んでましたからね」


 救出されてからは別行動だったので、何を吹き込まれたのかさっぱりわからない。

 けど、鮫の好色そうな笑みのせいで、大体想像はつくけどさ。


「噂になってますよー? 圧倒的な精力でクリンヴェル様を孕ませたって。あの人、付き添った部下相手に、中出しザーメン排出見せたらしいですよ」

「なんでそんなことするの!?!?」

「自慢ですよ、自慢。それがまた多いのなんのって。雌顔しながら銅にふさわしい主だと吹聴したせいで、みーんなガルドレッグ様とのセックスを狙ってますからね」

「困る……それはさすがに……だってあんなことしちゃったし……」


 暴走して犯しつくしたなんて知られたら申し訳ない……!

 あれはいろいろなことが重なってたまっていたせいで、平常時だったら大丈夫だと信じたい。


「ガルドレッグ様ぁ♡」


 ゴルヴィオスが猫なで声を出しながら首筋に抱き着いてきた。頬を摺り寄せる仕草は完全にそれを狙っているのだと、すぐに気づけるほどあからさまだった。


「クリンヴェル様はこれからのことをアンタリスさんたちと相談したり、賊の尋問を確認したり、あと城にいるオーダナト様との話し合いとかあってお忙しいですし、なかなかここにはこれませんよ?」

「えっと、それが、どうかしたの?」

「だから、性欲処理におれとかどうですか?♡」


 想像通りの言葉をもらって、僕はちょっと悩んだ。

 救出されたときはまだ終わってなかったし……ちょっとムラムラしてて……。

 クリンヴェルとあの馬車の中でまぐわってから、僕の中にある性行為への忌避感は無くなっている。雄の嬌声と性臭に包まれて射精する気持ちよさを知ってしまったら、鮫たちがすごく魅力的に見える。その、性的な意味で。


「今はお疲れでしょうけど、明日とか良かったら♡」

「ゴルヴィオス、クリンヴェル様と張り合おうとするな。ガルドレッグ様がお疲れなことはお前もよく知っているだろう」

「ちげえよ。どうせ明日には白爪の野獣どもも押しかけてくんのが見えてんだ。予約しといた方が確実だろ」

「う、あの……今からじゃ、駄目かな?」

「……へ?」


 鮫は目を丸くして、驚いているようだ。救出されたばかりでクリンヴェルにあれだけ出した後だから、やらないと思うのが普通なんだろうけど……。

 途中で止められたから、僕はまだ満足できてないんだよ……。


「ほ、本気です……? おれをからかってたりは……」

「しないよ……ゴルヴィオスも怪我してるし、駄目ならいいんだけど……」

「いえ! まさか! こんな怪我、大したことねえです! ガルドレッグ様が求めてくださるなら、いつだってお供できます!」

「ありがとう、セリオールはどうする……?」


 会話を振られたシェパードは尻尾が思いっきり揺れた。


「お許しいただけるのなら、私も……ご一緒したいです……」


 そうしてまた三人で抱き合って、くっつきながらベッドに向かう。

 せっかくお風呂に入ったのに、無駄になっちゃった。でもこの部屋の浴槽は大きいから、今度は三人で入ろうね。


 それからエッチなことをいっぱいして、ドロドロに汚れたまま朝を迎える。

 当然その噂はすぐに広まって、僕はクリンヴェルに種付けしてから3Pをする性豪だって言われるようになっちゃった……。間違ってはないんだけど、やっぱり恥ずかしい。

 

 この日を境に、僕は夜な夜なエッチをするようになって、白爪も銅も全員抱くことになるのだった。


****


「緊張されていますか?」

「うん……やっぱりね」


 馬車の中で、いつも通りの会話が響く。窓の外は一面の銀世界で、太陽の下できらきらと雪が輝いている。景色を見ようと顔を近づけると窓が曇り、外の寒さを思い知る。

 でもここはとても暖かく、僕もクリンヴェルもいつも通りの服を着ている。馬車を護衛する銅のみんなも鎧のおかげで暖は取れているのだろうけど、白い息が兜の隙間から漏れているのを見るに、空気の冷たさはカバーできていないみたい。


「今日は晴れてよかったですね。絶好の帰宅日和です」

「そうだね。僕も辺境伯領が見れて嬉しい」


 襲撃事件があってからかなり長い間足止めを食らったけど、今日はようやく城たどり着く日だ。本当に長かった。

 賊たちから情報を搾り取り、すぐさま父さんに連絡した。おかげで毒のこととかも立証できそうで、向こうはかなり慌ただしくなったらしい。


 時間を縫って、僕も父さんと話してみた。何を言えばいいのかもわからなかったけど、父さんがずっと僕を気遣って心配していたと言ってくれたから、それだけで満足だった。

 豪快な人だって聞いてたのに、僕と話すのが怖かったなんて聞いた時は驚いた。母さんを領地に置いておけなくて助けられなかったから、僕に恨まれてもしょうがないと思ってたみたい。

 ……母さんは幸せだったって伝えたらちょっと泣いてた。愛してたんだとわかるから、僕も恨んだりしない。早く顔が見たいって言ったら、本当に嬉しそうだった。


 隠れ家にいた時間は長かったけど、その分みんなとたくさん交流できたと思う。最初はなじみの薄かった白爪の人たちとも仲良くなれたし、何人かは僕が跡を継いだら銅に入りたいとも言ってくれた。

 

 窓の外から見える白い鎧もずいぶんと慣れているみたい。今じゃ白爪も銅と、一緒に並んで進んでいる。


「今後は銅への異動願いが増えるでしょう。貴方様の雄ちんぽは最高ですからね。皆、忘れられないのです」

「うっ、そりゃ毎日やってるけど……それだけじゃないと信じたいなあ……」

「ふふっ、もちろんですよ。命を懸けるに値すると信じたからこそ、銅を希望するのです。我らは騎士ですから」

「わかってるよ……だから、早く立派な領主にならないとなあ」

「なれますよ、貴方様なら」


 父さんと話した時、というか最初話してから結構な頻度で連絡が来るようになったんだけど、辺境伯になりたいって伝えた。

 領主の大変さやむずかしさ、いろいろあると思うから、ちゃんと勉強したいってお願いした。僕は立派な辺境伯になりたいんだ。


 ……そしたらまた泣いた。父さんって結構涙もろいんだね。


「都市に入れば春のようになりますよ。結界のおかげで温かく、暮らしやすい気候になっております」

「それ、楽しみなんだ。領地に入ってからまだ都市は見てないし、城下が最初になるんだね」

「なるべく目立たぬようなルートを取っておりましたから。ですが、それも終わり。貴方様は大手を振って、オーダナト様のご令息と名乗れるのです」

「うん、この旅も、もう終わりなんだね……」


 終わってみれば少し寂しい。けど、僕はぬくぬくと守られていただけだったから、みんなにとってはようやく肩の荷が下りるのだ。


 そして馬車は進む。結界に守られた城下町へと入り、城を目指す。

 周囲は一気に都会へと変わって、春のような暖かな光景が広がっている。城下だけあって活気が強く、人々はみんな元気だ。


「……なんか見られてる気がするんだけど」

「この馬車は辺境伯御用達ですからね、見る人が見ればわかってしまうのです」

「それってあんまり隠密の意味がなくない?」

「ですので町などを避けてここまで来ました。防御面では最高峰ですから」

「なるほど……」


 緊張で手足が浮ついている。田舎者丸出しでずっと窓を眺め、これから住むところを目に焼き付けようとした。


 馬車の中にはクリンヴェルの匂いがある。最初こそ汗が強くて忌避していたけど、今はもうすっかり慣れた。気を使って香水をつけているっていうのもあるけど、あの性臭を思えばこのくらいは全然いい匂いだ。

 本当に、僕は変わったと思う。

 毎日雄とエッチなことをして、体液まみれで絡み合っているんだから。今なら最初の汗臭い馬車も気にせずいけるんじゃないかな。


 城には今回の任務に参加しなかった銅の人らがいて、着いたらそっちも抱いてあげてほしいと言われている。クリンヴェルに来た報告によれば、みんなかなり飢えているらしい。絶対クリンヴェルが僕とのあれやらこれやらを嬉しそうに吹聴してるせいだと思うんだけどね。

 そう考えると僕の爛れた生活はまだ始まったばかりなんだよなあ。

 母さん、本当にごめん。いろいろ教えは守ってきたつもりだけど、貞淑だけは守れそうにないです。


「そろそろ着きますよ。長い間、お疲れ様でした」

「クリンヴェルこそ。長い間ありがとう。僕を迎えに来てくれたのが君で、本当に良かった」

「勿体ないお言葉。私も、アナト様のご子息が貴方様で本当に良かったと思っております。我らが辺境伯領はこれからも安泰でしょう」

「……頑張るよ。クリンヴェルがずっとそう言えるように」

「ふふ、何も疑っておりませんよ」


 それから少しして、白銀はゆっくりと口を開く。


「以前、貴方様とオーダナト様でしたら、オーダナト様を取ると言ったことを覚えていますか?」

「うん、クリンヴェルは父さんに忠誠を誓っているから当然だよ。銅は父さんの部隊だからね」

「それは変えられません。ゴルヴィオスやセリオールが貴方様に剣を捧げようとも、私は彼らの隊長ですから。……ですが」


 窓から差し込む日差しに溶けるような優しい顔で、狼は微笑んだ。

 するとやっぱりドキッとしてしまう。長い間旅をしていても、この美貌にだけは慣れなかったなあ。


「それ以外、何があろうとも、私は貴方様をお守りいたします。この命に代えても……など貴方様は望まないでしょう。ですので、私は銅の皆を末永く生きながらえさせ、貴方様へとつなぎます。――――共に生きましょう、ガルドレッグ様」

「うん、絶対だからね。……なんだかプロポーズみたいな言葉だったけど、すごく嬉しいよ」

「ふふ、似たようなものかもしれません。私の目が黒いうちは、ずっとお傍にいますよ」

「……ありがとう」


 これからもずっとクリンヴェルといられる。不安なことが多い道のりだけど、それだけで何とかなる気がした。


「……着いたようですね。ふふ、見てくださいガルドレッグ様。オーダナト様が待ちきれずにここまで出迎えてくれてますよ」

「本当だ……き、緊張してきた……」


 城の正面、一番目立つところに馬車が止まった。扉の前には僕に似たバーニーズの大男が仁王立ちしている。骨太の体で威圧感がすごい。涙もろい印象が強かったけど、見た目は確かに豪快そうだ。

 ……不能になったせいでヤリマンになり、僕ともやっちゃうのだけど、それはまだ知らない。今は初めて見る父の顔に、恥ずかしさと嬉しさでいっぱいだった。


「さて、行きましょうガルドレッグ様。皆が貴方様を待っております」

「――――うん、一緒に」

 

 クリンヴェルのエスコートに従って、太陽の下へと進む。

 ここから僕の新しい生活が始まるんだ。


 いつか王子様が迎えに来る。なんて村の女の子たちが好きそうなお話を思い出した。

 平民の主人公が実は貴族の血を引いていて、なんやかんやあって王子様と結ばれる。そんなありきたりで、平凡なおとぎ話。

 だけど、めでたしめでたしで終わらせるためには、たくさんの努力が必要だったんだ。


 おとぎ話をバッドエンドにしないためにも、僕は胸を張って一歩踏み出した。


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POSTEDMar 30, 2025
ARCHIVEDJun 10, 2026