Previous Post

スケベスキルで世界最強~やっぱ最強はちんぽっしょ!!~ 番外編3

Next Post
no preview
DESCRIPTION

 なんだか四天王って単語が独り歩きしている。

 それがここ最近における、おれの感想だった。

 最初は軽い気持ちだったんだ。三銃士とかもいいけど、元の世界ではこういうのもあって、みたいな。


 だけど今はどうだ。名のある人が皆その称号を狙っている。おれのたわいもない話を、みんな真に受けている。


「単純に、あいつらにとって都合がよかったってことだな。お前は利用されたにすぎんから、そんなに悩むなよ」


 フォグがそう言って慰めてくれるのが救いだ。仕事場のベッドに腰掛けて、何やら記帳しながらこちらの様子を確認してくれる。

 あの変な夢を見て以来、ちょっと過保護になった気がする熊は、おれの憂鬱をそうやって一蹴した。


「『神風』『土神』『鉄塊拳』と、あの三人の誰かを蹴落とすより、もう一席あるってほうが夢も膨らむだろ」

「まあそれはそう」


 蹴落とすなら最強三人衆とかじゃなくて、そこらの二つ名持ちの方が楽だろうしね。

 いや、二つ名持ちも世界的に見れば相当上澄みなんだけどさ。あの三人は上澄みの上澄みなので、基準がバグってるだけ。


「それに、トリドスの奴もいろいろ動いてるからな。わからなくもねえけど、よくやるよ」

「なんかやる気だよねえ。そんなに肩書が欲しいのかな」

「そりゃそうだろ。そもそも、おれらの部隊はエロで隊員を強化するのが目的だ。だったら四席目は成果を示す場としてはうってつけだろ」

「ああ……確かにそうだね……」


 そこまで考えてなかったけど、言われると納得しかない。トリドスが狙っているのも道理だ。

 

「とまあそんなわけで、トリドスはかなり本気で狙っている。前回やった演習でのインパクトもあるしな。……懸念がないわけではないが、順当にいけば座るのはあいつだ。『戦勝鬼』の名はだてじゃねえ」


 バッファーデバッファーとしての能力は他三人と差別化できてるし、元々の名声もかなり高い。四席目を考えるなら、真っ先に候補に挙がるのは想像に難くない。


「実際他の国も目を光らせてる現状だ。今うちは過去最高に二つ名持ちが多く、その中での四人を決めるとなると目立たないわけがない。対外的にも収まりがいいのはトリドスで間違いないだろう」

「そう言ってもらえると嬉しいが、私ですらまだ壁はあるよ」


 すっと伸ばしたごつい手がおれを極楽へと引き寄せる。柔らかくも硬い豊満な胸部に頭が当たると、深い谷間に吸われていく。最近はおれの隣を定位置にしている全裸の黒牛が、武骨な指先で甘く皮膚をなぞる。

 デカパイにおれを埋める件の牛、トリドスは優しい声で補強した。


「そもそも私が傭兵街で最強の座を奪われたのも、単騎性能が低いせいだ。対軍戦闘に特化しているせいで、一騎打ちというものに弱い。それではあの三人と並べば見劣りしてしまうだろう」


 対軍戦闘はできるのに一騎打ちが弱いから最強じゃない理論なに?

 それだけ求められる基準が高い、というよりかはあの三人がそれくらいできるという話なんだろうけど。ゴライザだってジェルやトリドス相手じゃなかったら、傷一つ受けずに大量の相手を制圧できるしな。

 相性の問題もあるけれど、前回の演習ではゴライザといい戦いしたのにまだその評価が覆っていないことに驚く。ハードルの高さがおれの遥か頭上にありすぎる。


 まるで寝物語を聞かせるような声音だが、低い男の声であることに変わりない。雌性を開花させてから、母性もおまけで強化されている牛だ。甘い匂いを振りまきながら哺乳瓶みたいな乳首を差し出してくる。

 もう仕事は終わっただろうに、まだ盛る気か。参加していないフォグは涼しい顔で仕事をしているが、足元にはいきまくってぶっ飛んでる隊員たちが転がっているというのに。演習が終わってからというもの、訓練という名のエロも白熱していて大変なんだ。


 おれが授乳を拒んだら頭を撫でて受け入れてきた。完全におれのこと赤ん坊だと思ってないかこいつ……。


「フォグ君、良ければこれから模擬戦をお願いできないかな。無効化持ち相手への対策を練りたいんだ」

「構わねえよ。お前が副隊長として優秀で、かなり楽ができているからな。それに、おれも今日は書類仕事ばかりだったから、鍛錬したいと思ってたんだ」

「ふふっ、娼館の運営も大変だね。私はもともとギルド長だったから慣れたものだけど、盛況すぎて嬉しい悲鳴だよ」

「でも、『竜の爪』にいた時より時間ができてるのは確かだ。その分鍛錬ができて都合がいい。おれの目標はいつだってジェル様だからな」


 『竜の爪』にいた頃はグリッジから理不尽な量の仕事がジェルに来てて、それを必死でさばいてたんだった。それに比べたら、今は楽な方だろう。


「だからもう少し待ってくれ。娼館から上がってくる報告には目を通しておきてえんだ」

「わかったよ。それならここで君とまったりしていようか。私たちほどになると、相手を探すのも一苦労だね。ここはそれが楽でいい。おかげで私はまだ腕を磨ける」


 女の子になったけど、根っこはやっぱりバーサーカー。いつだってこの牛も熊も、自分の腕を高めることを怠らない。

 そういうところすごいよなあ。と思ってのんびりしていたら、急に扉が勢いよく開いてきた。


「失礼するぞ! ここが異世界人率いる部隊で間違いないか?」


 弾丸のように飛び込んできたのは『騎士道走行』グランド。筋肉と脂肪によって全身を膨らませた、見た目も砲弾みたいなサイの男。

 前回の騒動ではリブラにいたぶられたものの、比較的軽傷で済んだこともあり、いまだ部隊の長に就いている。隠密特化のガニスは例外として、ファンダルとゴライザ共々軍部をまとめる柱の一人だ。


「なんだ、グランドか」フォグがベッドから立ち上がって。「お前が来るなんて珍しい。どうした?」

「頼みがあるんだ。ここではスケベをしてスキルの向上を目指す部隊なんだろ?」

「そうだが……まさかお前……」

「そのまさかだ」


 サイはきびきびとした動きでおれを向き、同時にドーム状に膨らんだ腹のでかさも見えた。特注の鎧は灰色に光る山そのもので、高さだけでなく厚みもすさまじい。

 フォグやトリドス、モウダンもいるおれの部隊は巨乳が多いから腹がでかいと結構目立つ。胸のでかさを選考基準にしたつもりはないんだけど、自然とそうなっているんだよなあ。


 性格はまっすぐな曲がったことを嫌う直情型で、たまに見かけた時はいつだって堂々としている。リブラに決闘を申し込んだことからも、本当に砲弾という言葉が似合う人だという認識だ。


 そんなサイはどういう心境か、おれに向かって大声で頼み込んできた。


「頼む! おれをめちゃくちゃにしてもいいから、もっと強くしてくれ!」


****


「最強の四人目を、と求める動きが活発になっている」


 そう発言したのは橙色の毛皮を持つ虎、ウィザロンだった。脂肪の少ない体は凹凸がすさまじく、鍛えあがった筋肉は研鑽の極致だと人は言うだろう。

 いたるところにある傷跡と眼帯が、高い背丈と相まって威圧的な雰囲気を醸し出している。地位を得てから立派な軍服を与えられたこともあって、誰もが目を向けてしまう存在感を放っていた。


 とある会議室で虎が話しかけるのは犬と狼。同じ国内とはいえ、最強と名高い三人がそろうのはあまりないことだった。


「そもそもそんな名称を作ることに意義などないと思うのだが、コハク王子が面白そうだからと乗り気でな。確かに我らはそれぞれ畏怖を込めて呼ばれているが、公的な名称というわけではない」

「前置きはいいんだよ」


 腹も背丈も体も何もかもがでかい犬、ゴライザが吐き捨てる。

 グランドを一回り大きくしたような、まさに山のような男。濃い灰色の毛皮もサイより黒く、立っているだけで周囲を威圧する風格を纏っている。巨体が多い軍部の特注の椅子ですら、彼にとっては窮屈そうだ。


「そんな動きがあることは知ってるさ。だからって、なんで俺らが招集されてんだ。最強なんてのは自分で名乗るもんじゃねえ。俺の力に畏怖した有象無象どもが勝手に呼び出したにすぎねえんだ。ほっときゃいいだろ」

「それも間違いではない。私もそのような名称に興味はないのでな」

「しかし、コハク王子がそう言うのであれば、無視もできません」


 凛とした狼、ジェイルラルが虎に賛同を示す。ゴライザにはため口の狼だが、先輩ということもありウィザロンにはしっかりとした言葉遣いを怠らない。

 引き締まった体に屈強な下半身を持つ狼は、シルエットだけなら腰が括れているように見えるだろう。だが近づけばその腰回りさえ太すぎるのがわかる。スタイルの良さはあれど、それは比率だけの話で。絶対評価だとやはり巨躯という部類になる。


「つまりウィザロン様はこの動きに対して、何かしらの対応をしたいと。そういうことでしょうか?」

「うむ、前回の演習でゴライザが引き分けたことで、四席目に座る可能性を見出したものは多い。最強に手が届くのだと、彼らは気付いたのだ」

「……ちっ」


 忌々し気に舌打ちをする犬だが、事実であるため反論はしない。わざわざ負け戦に付き合う気など毛頭なかった。

 それに、そんなことは本人が一番よくわかっている。口惜しさに訓練を増やし、次こそはと怒っているほど。


「よって、これを機に軍の育成をしてはどうだろうか。歴史で見ても二つ名持ちが多い我が国の戦力を補強するうえで、四席目という餌は十分刺激になるだろう」

「……それは否定しませんが、大臣たちが頷くとは思えません。ただでさえ前回の演習で圧を感じている者は大勢いるでしょうし、コハク王子が権力を持ちすぎるなど元老院も警戒するでしょう」

「でも、やるなら今だろ。グリッジのおかげで元老院もごたついている。権力にうるさい爺どもの手をかわすなら、この好機を逃すのはもってのほかだ」


 ゴライザが腕を組みながらうなる。彼は駄犬ではあるが馬鹿ではない。そもそも一派の頭を張っていたこともあり、政治的な考えはジェイルラルより得意だった。


「そもそも軍部を掌握していたグリッジが失脚したせいで、元老院もこっちを抱きこもうとしてんだ。けん制できるならやっとけ。リブラが臨時で治めているとはいえ、傭兵街との兼ね合いもあって目が届かねえ時もある。その隙を狙ってこられるとうぜえんだよなあ」

「そして、そうなるとコハク王子の権力基盤が揺らぐ。戴冠はほぼ確定とはいえ、今後の統治を考えると地盤は固めておくに越したことはない。そのために四席目の話をしたのだ」

「なるほどな。四席目を俺らの息がかかったやつにするっていうのは賛成だ。最強ってのは所詮他人の評判にすぎねえ。あいつらが世論を操作して雑魚が並べば、俺の名にもけちがつくからな」

「狂犬という割には話が通じるのは意外だった。だが、お前は元老院から熱烈なアプローチを受けていたはずだろうに」

「はっ。雑魚が俺に媚を売ってるだけだ。俺は新参者だからな。抱きこめるかどうか値踏みされてんだよ。くだらねえ、俺が自分の決めた奴以外に尻尾を振るわけねえだろ」


 ゴライザが思い浮かべる人物を彼らは当然知っている。だからこそ、裏切ることはないと信頼できていた。この犬が求めるのは思い人との幸せであり、他者など知ったことではないのだ。

 そしてそれはウィザロンも同じ。コハクと共に隠れ里で長年過ごしていた忠誠心に加えて、今は最愛の異世界人もいる。あの二人が結託している以上、裏切るなどあり得ない。


 よって、あまり仲がいいとは言えない虎と犬だが、利害は完全に一致していた。


「んで、そうなると誰にするんだって話だよな」

「それを決めるために育成するのだ。有用な者を選び、彼らの指導を我らが担当することで元老院の介入を防ぎ、全体の強化と軍部の保護を同時に行う」

「指導ねえ……いくらご主人の強化があるとはいえ、俺らに並ぶ奴がでるとは思えねえけど……まあ悪くねえ。同時に育成すりゃ、誰が強いもわかりやすいし、こっちである程度印象も操作できるしな」


 二人の話を狼は無言で聞いている。口を挟むつもりがないようで、用意されたお茶を飲みながらほっと一息までついていた。

 狼は政治に弱いと言われているし、本人もその自覚がある。権謀術数は得意とするところではなく、二人のようにできないと理解している。


(しかし、ここでヤードが四席目に座れば我らが『竜の爪』は安泰であるうえに……あの子へのアピールとしても申し分ない。実際最近は鍛錬に精を出しているし、私としても嬉しいのだが……あの子が好きなのはフォグ……私はどうすれば……)

「ジェイルラル、異論はないか?」


 虎に話を向けられて、狼はきりっとした顔で応えた。


「なにもありません。ですが、誰を鍛えるかの分担ははっきりさせるべきかと。例えばグランドやファンダルといったあの子と面識の少ない人は、そちらに回した方が効率もいいでしょうし……本人が望めばですが」


 性癖が捻じ曲がるという欠点さえ除けば、異世界人による強化は最も手早く最も効率が良い。我が子に仕事を振ることのできる誇らしさはあれど、方法が方法なだけに勧めづらいという躊躇が狼の言葉を濁した。


「一理ある。それに加え、フォグのように二つ名持ちではないが十分猛者の存在もあると考えれば、まずは候補者のリストアップからだな」

「なら、候補者を各々絞ってからまた集まるのがいいだろ。どうせ強い奴らなんて決まってるんだ、すぐ次の会合を開けばいい」


 候補を持ち寄ろうという発言に狼は頷き、すぐ後に虎も続く。少しの逡巡が垣間見えたが、狼は特に言及しない。

 ジェイルラルはまったく気づいていないのだが、実はこの犬と虎、火花をバチバチと散らしている。最強の名の持つ名声を理解しているが故に、ここが勝負どころだと理解していた。


(四席目を俺の味方に付けりゃ、軍部で発言力が上がる。そうすりゃ誰も俺を新参だと馬鹿にできねえだろ。ご主人との合同訓練も入れやすくなるし、いいことづくめだ)

(軍を統括する元帥は今でこそ血筋や経歴などを考えてリブラ様が担当されているが、あの方の性格上、いつ奔放するかわからぬ。それに、リブラ様にずっと権力を握らせておくのはリスクが大きい)

(ってことはここで発言権を持っときゃ、次の元帥も夢じゃねえってことだ)

(歴史上類を見ないほど強い我が軍部のトップとなれば、その権力は必ずやコハク王子の役に立つだろう。少なくとも、この犬には絶対渡せん)

(軍で一番偉くなりゃ、ご主人はもーっと俺のこと褒めてくれるよな❤ご主人のために、わんちゃんは頑張るぜ❤)


 などとこの先まで見据えた腹の探り合いをしている二人だが、狼は違うことを考えていた


(四席目か……誰であろうと共に肩を並べて国に尽くすだけだが、責任重大だな。訓練メニューなど個々人に合わせた方が良いだろうし、得意分野などの把握などもした方がいいだろう。私が誰を担当するのかわからないが、きちんと向かい合わないとな)


 温和で真面目な狼は頭の中でリストアップ作業をしながら、職務について考え込んでいる。誰が四席目に座ろうとも受け入れるつもりで、自分にできることをしようと決めていた。


(……ゴライザもウィザロン様もあの子による強化を受けている。特にゴライザの飛躍は著しい。今は最強と言われているがこのままでは……いや、それであの子を頼っては父として不甲斐ない。私は自らの信じる方法で鍛え上げ、あの子に背中を見せる義務がある)


 父として、騎士として、気合を入れ直して狼は顔を上げる。

 眼前で行われているにらみ合いなど、当然気付くはずもなかったが。


****


「つまり要約すると、だ」


 ベッドの前で直立不動の体勢を取っているグランドに、熊は話しかける。


「お前は何が何でも四席目に座りたいから、強くなりたいということか?」

「ああ、このままだとおれは選ばれねえ。そのくらいわかってる。だから何でもいいから試しておきたいんだ」

「なるほど……だが、それはおれらも同じだ。特にトリドスが本気で狙っている。敵に塩を送るには、おれの一存じゃ決められねえな」


 そもそもエロをするのはおれなので、まずおれの許可がいるのでは?


「お前は目の前にケツさえあればだれでもいいだろ」

「そんなことねえよ! おれだって選ぶ権利くらいあるだろ!」

「じゃあグランドとするのは嫌か?」

「……まったく」


 この膨らんで逞しい肢体とセックスできるのに、嫌がる必要がないだろ。フォグに負けないくらいのむちむち、というかぱっつんぱっつんだぞ。体が空気で膨らんでるんじゃねえのと思うくらいだ。


「ほらな。だからおれが防波堤にならないと、お前は無差別にやっちまうんだよ」

「うぐぐ……言い返せない……!」


 フォグは副隊長というよりかはおれの秘書だから、こういうところはしっかりしている。強化を無差別にばらまくのは、コハクの意図するところじゃない。混沌になるだろうなとは、おれもわかるから。


「それに、勝手にエロしちまったらリンドンの計画も崩れるだろうしな。あいつが効率を研究してくれてるなら、相談は必須だ」

「まあそれもそうなんだけどさあ。っていうか、グランドは何で四席目に固執するんだ?」


 伝聞でしか知らないけど、聞いた感じグランドは地位や名誉よりも義を重んじるタイプだと思ってた。だからふと気になったんだよね。


「おれも二つ名持ちとして興味があるっていうのは大前提なんだが……」サイの言葉は煮え切らない。「リブラの奴、ファンダルを四席目にすえようと狙ってんだよ」

「あー……やりそー……」


 最強の名誉とかには全く興味がないけど、最強の名を冠した雄をいたぶるのは好きだからなあいつ。ファンダルのことをおもちゃだと思ってる節もあるし、やるかやらないかで言ったらやる。想像は余裕。


「まあそうだろうな」手元の書類を確認しながら熊が。「リブラからの要請で、今度ファンダルを招くことが決まっている。リンドンも前から二つ名持ちで試したいと言っていたから引き受けたが、こんなことだとは思っていた」

「んで、ファンダルがさらに強くなっちまったら、おれは追いつけねえ。ただでさえおれの結界はあいつにさくっと切られちまうからな。だからこのまま手をこまねいていたら、おれは絶対選ばれねえんだ」

「だが、あそこの部隊はランドが副隊長になっただろ。リブラが何かしてもこっちに報告が来るし、守っているものだとばかり思っていたが……」

「リンドンからの要請もあったから、リブラの独断ってわけじゃねえんだ。おれもファンダルも他の二つ名持ちに置いていかれるかもとは感じていたし、断る理由がないのもわかっている。特にあいつは平民で生まれが弱いから、二つ名持ちという名誉が大事なのもわかっている。けどこのままじゃ、リブラの奴が何をしでかすかわかったもんじゃねえ!」


 まあ前回の騒動の時に、ファンダルが手を抜いていたとはいえ二人がかりでリブラに押されてたからね。結果的には勝ったけど、リブラに二つ名がないことを加味して相当立場は悪いのかも。


「立場というか、不甲斐ない自分が許せねえんだ。おれがもっと強ければ、ファンダルにもジェル様にも、あんな目にあわせなかったってのに!」


 おお、すごく燃えている。熱血漢なタイプだ。案外おれの周りには珍しいんだよなあ。一番近いのはヤードかも。やさぐれてたけど、最近は初心を取り戻しつつあるし。


「だからおれはもっと強くなりてえ! 今はまだ無理だが、いつかはジェル様にも勝てるようになって、元帥になりてえんだ!」

「おお」ずっと聞いていたトリドスが感心しながら。「めったなことを言うものだ。聞く人が聞けば、反抗ともとられかねないのに」

「構わねえよ。潰されたらおれはそれまでの男だったってことだ。今回のことでわかったんだ、いくら二つ名があろうとも隊長の地位だけに甘んじていても状況はよくならねえって」


 そう語るサイは強く拳を握りしめた。ファンダルのことはおれも聞いている、グリッジが家族を人質に取って傀儡にしていたことも、配属が近くて仲がいいグランドはかなり悔いているらしいということも。


「今までは国のためだからと隊長としての責務ばかりを考えていた。でも、それだけじゃ駄目だ。おれはファンダルみたいな立場の弱い奴が搾取されるようなことがない国を作りたい。コハク王子ならそれが叶うと信じているが、それでも、おれは自分にできることがしたいんだ!」

「ふふっ。いいじゃないか、育てがいがある若者は好きだよ。はあ、本来ならもろ手を挙げて歓迎してあげたいところだが、あいにくと私にも目標があってね。今はライバルと言ったところか」

 

 牛はまぶしそうに眼を細めて笑うが、気持ちはわかる。

 このサイはどこまでもまっすぐで、見ていて気持ちがいいのだ。さすが友人のためにリブラに決闘を申し込むだけはある。


「だから扱いやすいって判断されて親父の下に就かされたんだけどな」

「……わからなくはないけどさ」


 そういう目で見ちゃうのは親子って感じがするけど、口に出すとフォグが傷つくのでさすがに言わない。フォグは根が善良だからいいけど、やろうと思えばグリッジみたいに動けるんだろうなあ。


「まあ大体話は分かった。おれとしても、リブラがファンダルを抱え込むのはめんどくさそうなので避けたいな。あいつが権力をおもちゃにし始めると、ぜっっっったいろくなことにならんのは目に見えてる」


 今はおとなしいけど、それがいつまで続くのかはわからないしね。このまま真っ当になってほしいけど、絶対無理だとはおれら全員が思っている。

 リブラは性格さえよければスペックは最高だから、元帥として文句なしなんだよなあ。問題は性格が終わっているということなんだけど。


 多分コハクもいつリブラから地位を取り上げようかとは考えてると思う。継承権のある王族が軍の力を持っているなんて、普通に考えたらやばいだろう、特にリブラだとね。


「あの子はやんちゃだからね。権力に拘泥している風でもないし、ファンダル君を抱え込んで何をしようとしているのか……」

「絶対ろくでもねえな。でも、グランドもファンダルもこいつに抱かれるのは時間の問題だし、構わないだろトリドス」

「そうだな。強化を独占するのはこの子の意思に反する。私も異論はないとも」


 熊と牛の許可が下りて、サイは拳を振り上げる。

 ……おれの意思は、と文句を言いたかったけど、巨乳に包まれて言いそびれてしまった。トリドスの胸で口封じされると、大抵のことは流してしまう。毎日味わっているのに、慣れる気はまったくしていなかった。


「よしゃ、ありがとうな!」

「だが、さっきも言ったがリンドンによる監修が必要だ。おれらはこいつを使った強化の法則を調べている。一回きりの機会、それも二つ名持ちを素体にするんだ。慎重にさせてくれ。それにどんなスキルを覚えるのかは選べねえ。それはわかってるな?」

「もちろん。だが、なんであれ強化されるなら悪くねえ。おれも鍛錬を続けているが、追いつけねえからな……全くふがいねえ限りだ」


 それからサイはおれに視線を向ける。


「なあ、前から聞きたかったんだけどよ」

「なに?」

「お前は雄を操って、なおかつ強化できるスキルホルダーだろ。その気になればこんなハーレム作り放題じゃねえか。それが何でおれみたいな外部の奴にも恩恵を分け与えようと思ったんだ? 普通こういうの、独占したがるもんだろうに」


 この部隊を作るにあたって、結構聞かれたことだ。おれのスキルで強化された雄を囲えば、相当な権力を得られるのになぜコハクの下につくことにしたのか。


「別に大した話じゃないよ。おれは異世界から来たけど、最初は知り合いが誰もいなくて、世界の理すらわからなかったからかなり不安だった。でも、こうして今はみんなが好きだし、誰にも傷ついてほしくない。おれが皆に安全を配れるなら、それでいいと思ったんだ」

「そっか……部隊発足時の演説でも言ってたが、あれは本心か」

「じゃなきゃこんな話引き受けないでしょ」

「だな。お前がいい奴で安心した。やっぱ体を預けるからには聞いときたかったんだ」


 それはそうだ。なにせ『華炎』とか『影に満ちた鏡』とか性癖がぶっ壊れた雄が大勢いる。不安になるのはしょうがないだろう。おれがいい奴かどうかはさておいてね。いろいろやりすぎてる気がするので、自分ではそう思ってないんだ。

 あとはまあ、この前見た夢がひどすぎて、おれならしそうだなと思ってしまうのも拍車をかけている。


「正直に言えば、おれもああなるかもとは心配してる。けど、それでもおれは強くなりてえ! おれの結界はみんなの盾だ! 誰よりも前に! 誰よりも硬く! そんなおれがしり込みしてちゃ、誰も守れねえし、最強なんてのは夢のまた夢だろ!」


 お、おお……すごい熱気。聞いてたよりも実際に相対すると熱血具合が違いすぎる。

 こんな直情型、本当に珍しいな。やっぱり『竜の爪』ってほんわかした人が多かったんだな。


「だからお前も、遠慮なくおれをぶち犯してくれ! おれの貞操、お前に任せた!」


 がしゃんと鎧を鳴らしながら力み、グランドはおれに信頼の視線を注ぐ。鼻面にある立派な角は雄々しく、軍服ではなく鎧姿なのがこのサイにとても似合っている。

 結界と重装備によってすべてを薙ぎ払って進む『騎士道走行』。確かにこれ以上ない二つ名だわ。


 それから二、三言葉を交わして去っていくときでさえ、堂々とした背中だった。ジェルに引き取られてからいろんな騎士を見てきたけど、あれほど騎士然とした人は中々お目にかかれない。


「それがあいつのいいところだよ」サイが見えなくなってから熊が。「人格者で腕もいい。ファンダルもジェル様もそうだが、この国の二つ名持ちは結構人がいいんだ」

「そう言われれば確かに。力に溺れた感じの人っていないよね」


 あのグリッジでさえ血のにじむ努力をして二つ名を手に入れているんだ。人格者ではないが。そう考えれば力を振りかざすわかりやすい小物っていないよね。


「ジェル様がいるんだ、力に溺れようにも現実を突きつけられて終わりだろ」

「あー、納得しかない」

「だからみんな努力を怠らない。『華炎』だって昔は死に物狂いだったんだが……まあそれはいい。親父はあんな奴だったが、ジェル様の存在によって軍部は安定していたんだ」


 騎士らしいという点で、フォグはグランドのこと結構好きそうだな。喋ってるところを見ても気さくだし、慣れてる感じがする。


「そもそもおれらは家が家だからな。グランドのアノマリス家は元帥を排出することが多い軍の名家で、将軍貴族家とも呼ばれてるくらいだ。小さい頃から面識はある」

「じゃあ生粋のエリートなんだ」

「ああ、家系的にも才能豊かだし、幼い頃から努力家だからな。二つ名をもらえたのも納得だった……」


 ここでフォグが少し言いよどんだ。ちょっと表情が陰ったけど、どうしたんだろうか。


「なんでもねえ。ちょっと嫌なこと思い出しただけだ。グランドもエフィルもソムニティも、おれの知り合いは二つ名持ちが多いからな、当時は結構嫉妬したんだよ」


 多分それ、グリッジに詰められたんじゃないかな。確かに周りから二つ名持ちが出てきて本人も二つ名持ちだと、どうして自分の息子は違うんだと思っても不思議じゃないし、あいつなら直接フォグに言ってそう。

 よし、この話題止めよう。フォグの精神衛生上悪い。


「んな顔するなよ、もう過ぎたことだから、そこまで心配しなくていい。実際ジェル様に会ってから、そんな感情持ってねえしな」

「フォグ君」同じ結論に達したであろう牛が。「困ったらいつでも私の胸に飛び込んでくるといい。何の慰めにもならないだろうが、泣き声を隠すくらいはできる」

「覚えとくよ。ありがとうな」


 前向きになってもたまに過去が足を引っ張るんだよなあ。でも、今のフォグは独りじゃないから、きっと大丈夫。おれもいるしね。


 それにしても、四席目かー。本当に話がでかくなってきてると実感する。


 いったいどうなるんだろう。


 そして、グランドのセックス予約を受け付けてからしばらく、今軍部はある話題でもちきりだった。


「なあなあ、お前はトリドスが本当に四席目に選ばれると思うか?」


 のんびり屋の牛、モウダンは褐色で包まれた霜降りの肉体でおれを抱きながら聞いてきた。トリドスもそうだけど、おっぱいに埋もれるだろ。

 ここでのおれの役割が抱き枕なのか、手慰みに抱かれることが多すぎる。いや、おれが嬉しそうな顔するのが悪いんですけどぉ。だって肉感最高だし……。


「本人を前にして聞くとは、なかなか肝が据わっている。嫌いではないな」


 そして反対側から黒の霜降りおっぱいが迫ってくる。なんだこの状況。

 やることやったベッドは雄臭いが、もう慣れたもの。デカパイの牛二人はおれを間に挟んでピロートークに忙しい。


「いやさー、だって有力候補にあの三人の個別指導が入るんだろ。こうなると誰が選ばれてもおかしくねえじゃん。絶対強くなれるのはうらやましい限りだ。おれも選ばれたかったなあ」

「君は戦闘より回復に特化しているからね。とはいえ、頑張れば私のようになれるだろうとも」

「補助を極めた男が言うと説得力が違うなあ。おれも腐ってないで、もっと訓練頑張らないとー」


 モウダンが言っているのは、最強三人衆による特別訓練のことだ。四席目を作りたいという要望を受けて開くことにしたらしい。


 うちからはトリドスとフォグ、それに『華炎』エフィルとソムニティが招集されている。フォグは二つ名こそないが実力は確かだからな。これを機にもっと伸ばしたいというのはわかる。


「あとは誰が呼ばれてるんだっけ?」

「他はヤード、グランド、ファンダル、ガニス……は訓練こそ受けるらしいが四席目は辞退したんだった。隠密するのに名声は邪魔だとか」

「へえ、『影に満ちた鏡』って神出鬼没くらいしか知らないんだけど、結構強いんだ」

「まあな。周りに二つ名持ちが多いから感覚が狂うけど、気配を消すぐらいじゃ二つ名はもらえないって。実際戦ってもかなり強いぞ」


 まあ戦うより暗殺の方が得意だから、めったに見れないらしいけど。


「それくらい? 思ったより少ないね。ランドとかノインとか、もっと呼ばれると思ってた」

「ランドはおれと似たような理由だろ。あれはサポート特化だし、ノインは洗脳や暗示の専門家でタイマン性能に難がある。『竜の爪』は強化はされてるけど、ヤード以上の奴はいない。後、リンドンやコハク王子は能力的には問題ないが、そもそも軍部じゃないから呼べないだろうしな」

「なるほどねえ、そう考えるとこのくらいなのか」


 一緒に行動した時間の長さから、『竜の爪』でスキルが成長してるのはヤードたち傭兵街に行った面々だ。選ぶとしたら確かにそうなる。実際ヤードは二つ名をもらってるしね。


「ふふっ」雄臭い母性が補足を投げて。「それにおそらく、あの三人は軍での地盤を固めるために軍所属の人らから選んだんだろうね。フォグも、誰に付くのか考えておいた方がいい」

「わかってるさ、それくらい」


 いつも通りベッドに腰掛けながら書類を読んでいた熊が応える。


「ジェル様はともかく、他二人は元帥まで見据えて動いてるに決まってる。おれとお前は担当が違うが、仲たがいをする気はねえぞ」

「それは私も同じだよ。今の私たちにとって、ここが土台だ。大事にせねばね」


 あれ、四席目の話ってそんなところにまで波及するの……?

 これって最強の四席目を決めようってだけだよね?


 思ってたより話がでかくなりすぎていたので、おれは解説を求めるよ。なんて頼むといつも通りフォグが教えてくれた。


「二つ名持ちの処遇を考えてみろ。基本的には隊長職だ。統率力とか必要ではあるが象徴という意味でも強さは必要で、その中での最強となれば軍で偉そうにできるってのは想像できるか?」

「ああ、まあ……ジェルを見てるとそんな気はしないけど、確かにみんな偉いよね」

「それでその四席目……例えばおれが座ったとして、『おれはジェル様のおかげで強くなれたので、次の元帥はジェル様がいいです』と言ったら、誰もそれを無視できないわけだ」

「ええっと……わかる、でも元帥って軍の統括で一番偉い人で、前がグリッジで今はリブラがやってるんだよね」


 そしてその下に隊長たち、つまりグランドやファンダルたちが付いているって構造だったはず。おれとかジェルは王家直属ってことでコハクが直接指揮できる。例外が単独で将やってるガニスと、元帥補佐に着いたウィザロン。そんでウィザロンは隠れ里のメンツをそのまま部下にしてる。

 ……今の軍部は大体こんな感じ。フォグから叩き込まれたのでさすがに覚えている。


「あのリブラだぞ? いつ奔放するかわかったもんじゃねえだろ」

「ぐうの音も出ない……」


 急に飽きたってぬかして投げ出しても誰も驚かない。だから次の元帥がいつ必要になるのか想像できないから、準備だけはしておこうってことか。


「そういうこと。だからあの二人は四席目に座れそうなやつらに恩を売るために、こんなことをしてるってわけだ。ジェル様は……担当を見るに押し付けられた感がある。もうすでに水面下では始まってんだよ」

「そうなんだ……」


 正直全然実感が湧かない。元の世界でも政権争いとか無縁だったし。


「お前には縁のない話ってわけじゃねえぞ。今はコハク王子の子飼いではあるが、ある程度自分で立ち回れるようにならないと利用されっぱなしだからな」

「う……頑張ります」

「わかればいい。だからおれらの仕事ぶりを見て、ちょっとずつでもいいから学べよ。というわけでほら、お前宛の書類だ。読んどけ」

「ん、なになに?」

 

 渡された紙に目を通す。そこには四席目のための育成計画に協力してほしいということが書いてあった。


「ふむ、まあ当然だね。我らは元々そのための部隊だ」

「だなー。つまり今回はあの三人が主体で、おれらがその補助ってわけか」

「招集された私たちは別枠らしいが……そうなると副隊長がいなくなってしまうね」


 待って、それってつまりおれが一人で仕事するってことか?!?!


「そうなるな」フォグが心配そうに。「お前はまだ仕事を覚えたてだし、おれとしても不安なんだが……」

「一応各人の業務を考えて指導時間は融通が利くらしい。あの三人も暇ではないだろうし、訓練の時間帯はバラバラになるはずだ。私も協力するから問題はないだろう」

「だといいんだが……おい、これから毎日確認するから、きちんと仕事しとけよ。リンドンとの打ち合わせとか、今度来るファンダルとグランドへのプレイ内容の確認と、あと予算の使い道とか……」

「フォグ君、そんなに一気に詰め込むと抜けてしまうよ。ここは私に任せて、君は訓練予定の調整をお願いできるかな?」

「……わかった、それでいこう」


 人を教育するという意味では、ギルド長をやっていたトリドスの方が上手い。しかも女の子になってから教え方も柔らかいし、教育者としても成長している。

 フォグはどうしても自分がやられた地獄の教育を引きずっちゃうから、実のところあんまり向いてないんだよね。本人もわかってるし、可哀そうではあるんだけど……。


「お前も大変だよなー」


 モウダンに人ごとのように言われた。お前も同じ所属だろうが!

 フォグも同じ考えだったのか、目を光らせて逃がさないと訴えた。こいつがスパルタなのは『竜の爪』所属だったら全員知っている。


「モウダンにも手伝ってもらうぞ。おれらの部隊は人数が少ない。その分個人の仕事量が多くなるのは当然わかっているよな?」

「はい……」

「それにお前、前の演習で賭けに負けてひもじいからっておれにおごらせたよな。その借り、今返してもらうぞ」

「はい……」


 何やってるんだこの牛。そりゃ前の演習でおれが出ないと知った時、めちゃくちゃ泣きついてきたけど。あれ結構な損額出してたんだ……。


 完全に言い包められてしょぼくれる牛とは対照的に、熊は晴れやかな顔で笑う。

 ……血は争えないな。絶対本人には言わないけど。


「良かったな。例えおれとトリドスの予定が合わなくても、モウダンが手伝ってくれるそうだ」

「わかったよー! やればいいんだろやればー!」

「頼んだぞ。エフィルもソムリティもいないんだ、ここを回すにはあいつ一人だとさすがに辛い」


 モウダンはのんびりマイペースではあるけど、仕事ができないわけじゃない。なので何とかなるかな。


「助かったー……ありがとうフォグ」

「業務を円滑にするのもおれの仕事だ、気にするな」


 責任感の強い熊は当然のように言ってくるけど、絶対おれのことを考えてくれていると断言できる。こういうところはグリッジと違う、フォグのいいところだ。


 四天王なんて言葉が独り歩きしててなんだか怖いとは思うけど、やっぱり興味はある。

 最強の四席目にいったい誰が座るのか。それにおれらの部隊にとって、初めての大仕事だ。うまくやろうと意気込んで、二人のおっぱいに手をうずめる。


 やる気が満ちたからといって、ヤることは変わらないのだ。


****


 そして始まった最強たちによる個別指導。おれらは裏方として駆り出され、セックスを含めて様々なことで忙しくなっていた。

 最初はおれ一人になることも多く、どうしたものかと不安だった。フォグもトリドスもいない仕事を前に身構えたけど、案外何とかなっている。モウダンも手伝ってくれているし、ノインも来てくれたしね。助かるー!


 ジェルを始め、三人とも地位が高いから人に教えるということにも慣れている。一兵卒に対するものとは違う本気の特訓は、参加者たちのいい刺激になっているみたい。

 やっぱりライバルを一つにまとめるっていうのも効果あるんだなあ。おかげでフォグたちも生き生きしてる。


 だけどただ一つ、全員の想定外だったことがあるとすれば……。


「遅かったな。おれ様は忙しいというのに、わざわざ時間を作ってきているのだぞ。礼儀というものが足りないのではないか? くふふっ」

「お邪魔しています。すみません、勝手にお風呂を使わせていただきました。本日はよろしくお願いしますね」


 呼んでもない獅子が白竜宮の一室で偉そうに座っている。その隣にはこげ茶色の毛皮を持った大きい犬が立っていて、丁寧にお辞儀をしてくれた。

 がっしりとした獅子はバスローブのようなものを羽織り、隙間から硬い筋肉をちらつかせている。整った相貌にたてがみが良く映え、見た目だけなら人に好かれそうだと思う。

 対して、犬の方は温和な表情で少し恥ずかしそうにはにかんでいて、バスローブを押し上げる股間からいたずらされたことがうかがえる。


「リブラも一緒に来るとは思わなかった。ファンダルの様子が心配だった?」


 今日はファンダルとエッチしてスキルの強化を図る日だ。本人からのお願いで、二人っきりがいいとのこと。だからおれだけが部屋にやってきたわけ。

 だから犬がいるのはわかるんだけど、なんでお前までいる。


「まさか、こんな頑丈な奴を心配することなんてあるはずないだろうが。ここに来たのはお前に言いたいことがあったからだ」

「またかき回そうとしてるな……でもリブラってジェルたちの訓練に顔を出してるんだっけ? そこまで最強の座を欲しがるとは思わなかったよ」

「くはっ。そんなものはいらん。だが、おれ様抜きで面白いことをされるのは不愉快だ。ただでさえ最近は元帥としての仕事と傭兵街との橋渡しで忙しく、面白いことに飢えているんだ。どうせならひっかきまわした方が楽しいだろう?」

「ほんっとお前、そういうとこなんだよなあ……」


 そう、この獅子は最強の四席目を決める争いに嬉々として乱入してきたのだ。全員がこいつにだけは渡しちゃ駄目だと思ったに違いない。おれもそう思っている。

 忙殺されているにも関わらず、リブラはすました顔だ。お風呂に入って身なりを整えているおかげで、ぱっと見は優雅そのものって感じ。


 愉快犯で手に負えない獅子だけど、おれも慣れている。テーブルにお茶が用意されていることから座れってことだろう。多分用意したのはファンダルかな。こいつ、二つ名持ちをメイドみたいに使うなよ。

 無言で腰掛けると、よくできましたと言わんばかりに口角を上げて返された。人の神経を逆なですることにかけては本当に天才だと思う。


「お前はすべての候補者を鍛えているだろう。正直に答えろ、誰が座れると見ている?」

「うーん、正直全員に可能性はあると思う。それぞれ得手不得手があるけれど、単騎性能で考えると全員が破格だからね。誰が選ばれても不思議じゃない」


 一騎当万のバッファーデバッファートリドスを始め、タンク性能が高いくせに『強制テレポート』で移動力も高いフォグ。

 防御力ではフォグに劣るが広範囲結界を駆使することで一人でも大多数相手に防衛できるグランドに、おれの強化なしでも単騎性能がずば抜けているおかげでタイマンに強いファンダル。

 遠距離攻撃で広範囲をせん滅する威力を連打できる破壊の化身みたいな兄弟に、索敵から治癒から防御から攻撃まであらゆるものを高水準で万能にこなせるヤード。

 

 指導現場を見て、改めて彼らの強さは規格外じみていると感じた。だから誰とは決められないなあ。


「優等生ぶった答えだな、つまらん」

「そいつはどうも。じゃあリブラは誰だと思うのさ」

「ファンダルだ。おれ様が政治的な都合で選ばれないとすれば、これしかおらんだろ。ユニークスキルなしであの強さ。お前の強化をもらって何か一つでもスキルを開花させれば、頭一つ抜けるとおれ様は見ている」

「だから囲ってるわけね、っていうか自分が選ばれないことはわかってるんだ」

「当然だろうが。おれ様はあいつらに一抹の不安を与えるために遊びに来ているにすぎん。四席目など興味はないしな。くっふっふっ」

「相変わらず性格が終わっている……もしかして、ここに来たのはファンダルについて?」

「なんだ、お前も少しは物わかりが良くなってきたじゃないか。地位を持つと人は変わるものだな、くふふっ」


 この人を馬鹿にしながらしゃべる感じ、リブラだよなあ。

 変わらない嫌味に安心感すら覚えていると、獅子が指を振った。それに従ってファンダルがそそと前に出て、バスローブのひもを解き始めていく。

 骨太でたくましく、むっちりとした肉体を差し出しながら、犬は楕円の眉をハの字に下げて恥ずかしそうにしている。ランドが守ってるらしいから、あんまり男を知らないんだろうな。そう思わせる清楚な立ち振る舞いだった。


「今日はファンダルを抱く日だろうから、おれ様から一つ指示を与えに来た。……徹底的にやれ。『華炎』以上に壊すつもりで抱きつぶせ。そうすればこいつも何かスキルを手にするだろう」

「いや、それはさすがに……ただでさえあの兄弟には手を焼いてるのに……」


 コハクの腋大好きになったガニスもそうだけど、今後が大変なんだ。だからここで特訓と称して抱くときは、かなり手加減をしている。そうしないと怖い。


「ふん、お前が聞いているかは知らんが、こいつはおれ様が心を折ったうえで暗示をかけたくせに、善意を失わなかった。だから問題ないだろう。意思の強い雄だ、お前が本気で遊んでも壊れない。そうだろう、ファンダル?」

「はい。私もその方が嬉しいです。強くなれるのでしたら、手段は選びませんから。あまりこういうことは得意ではありませんが、一生懸命頑張ります。ですのでどうか、君の全力をぶつけてください」


 優しそうな顔をしていながらも、瞳に宿る意思は強い。温和で流されやすそうでいて、決して折れない芯を宿している。そういうタイプなんだろうな。


「……だからファンダルのこと気に入ってるんだ」

「くふふ、そういうことだ。遊びがいがあっていい。お前もきっと気に入る」


 お気に入りのおもちゃを共有しよう、みたいな感覚で来るな。おれはそこまで落ちてねえ。

 

「でも、参考になるよ。ありがとう。正直加減がわからなくて困ってたんだ」

「モウダンやあの兄弟のようにお前に慣れたやつは楽だろうが、そうじゃないやつに対しての塩梅をいい加減に覚えておけ。成果を上げねば、何のためにコハクが新設したのかわからんだろうが」

「耳が痛い……」


 ものすごい真っ当なお叱りをいただいた。嬉しそうな顔が腹立つが、言い返す言葉はない。リブラは正論で人を殴るのも好きだからなあ。

 そしてこいつ、だからファンダルには本気でやれって繋げてきてる。おれは強化を成果にでき、ファンダルは四席目に座れる可能性を高め、リブラはファンダルを通して影響力を強めることができる。ファンダルの性癖が終わる可能性を無視すれば、三方良しが実現するんだ。


「……ものすごく断りづらい提案じゃねえか」

「くふふ、交渉とはこうするんだよ。リンドンからは限界を攻めたコースをもらっただろう。あれはおれ様が通達を出しておいたんだ。それを見て実践すればいい」

「外堀まで埋めたのかよ……」


 こんなムーブばかりしてるから警戒されるんだろうが。でもこいつの場合、好きでやってるからなあ。


「さて、言いたいことはこれで全部だ。お前が日ごろ溜めた鬱憤を晴らしてやれ。手ぬるいセックスばかりで飽き飽きしていただろう」

「だから一緒にしないでって……おれは別に……」

「悪いがおれ様はまだ、お前を使って遊ぶことに飽きていないんだ。『忠犬』の性癖をぶっかけたのはお前だ。だから躾けのなっていない犬が粗相をしても、飼い主のせいということだな、くっふっふぅ」


 美麗な相貌がおれに迫り、熱っぽい目で見つめてくる。忙しくて最近セックスできてないから、溜まっているのだろう。普通のセックスだと性欲は発散できるが、解消できない性癖というものもある。


 ゴライザから抽出した『忠犬』の性癖を吸わせたら、リブラはこんな性格でも犬プレイが大好きという性癖になってしまった。そのせいで殺されるかと思ったけど、案外本人は楽しんでいるからおれの首はこうしてつながっている。

 もっとも、性癖の祖であるゴライザよりかは欲求が弱いので、普段はしっかり隠せている。生粋の忠犬と比べると目立たないが、この獅子も二人きりでセックスをするときは結構甘えてくるんだ。


「ここに戻ってからというもの、お前のセックスは本当に生温くて退屈だ。おれ様のご主人であるというのなら、肉の食い方くらい教えてもらわねばなあ、くふふっ❤」


 でもそれは二人っきりの時だけ。ファンダルがいる今は圧倒的加虐者の側面しか出ていない。


「では頼んだぞ。ファンダルを徹底的に食い散らかしていけ」

「あれ、参加しないんだ」

「これがどうしても嫌だとぬかしてな。強行してもいいが、そうするとグランドたちがやかましいんだ」

「あ、あの、すみません。他の人に見られるのはちょっと……」

「リブラが人の言うことを聞くなんて珍しい」

「今はまだ目立つ時期ではないというだけだ。特にグランドの奴はおれ様の動向を監視している。波風立てられると、ウィザロンらがここぞとばかりにおれ様を除外するのが目に見えているしな」

 

 うーん、あまりに人望が無くて四面楚歌になってる。それでも楽しそうなのはもう才能だわ。人の恨みを買う天才か。


 適当に着替えて去っていった獅子を見送ってから、おれはファンダルと向かい合う。騒動の後始末の時に何度か喋ったことがあるくらいだけど、この犬がすごくいい人なのは知っている。だから本気で抱くのはちょっと罪悪感あるんだよなあ。


「えっと、本当に大丈夫? リブラに脅されてない?」

「ふふ、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。私の意志でもあるので、気にしないでください。それにみんなはリブラ様のことを警戒していますが、あの方は少し茶目っ気があるだけでいい人なんですよ」


 すごい、あの獅子をいい人なんて言い切る人初めて見た。聖職者の方が向いていると言われるわけだ。


「じゃあ本当に脅されたりとかじゃないんだ……」

「はい、安心してください。あれでリブラ様、私のことを気遣ってくれているんです」

「へ、へえ……そうなんだ……」


 絶対騙されてるってそれ! あとで痛い目見るからさあ!


 これは確かにランドも心配するわけだ。善性の塊すぎる。ジェルと並んで王国の良心と呼ばれるだけはある。


「いえ、そんな……ただ、リブラ様はお母様のこともありますから、仕方ない部分もあるんです」

「え?」


 そういえば、リブラってコハクの腹違いってことくらいしか知らないや。妾の子らしいとは知ってるけど、あんまり触れない方がいいかなと思って、今まで聞いたことはなかった。

 詳しく聞きたかったけど、それより早くファンダルが不安そうにこちらを見つめ返してきた。


「私としては、君が興奮してくれるかの方が心配です……私はいかついですし、男臭いとはよく言われるので……」


 なんか予想外な杞憂してる。経験がないから自分の魅力というのが全くわかってないんだ。


 前面がはだけたバスローブから覗く肉体は柔らかそうでいて固そうだ。筋肉が多めのガチムチなので、弾力で言うならフォグより強かったはず。腹筋もしっかり割れていて、明るめな茶色の体毛が股間と腋、胸にも茂っており、温和な顔がミスマッチに思えるほどだ。

 男臭いのは誉め言葉なんだけど、本人はそう思っていない。ちんぽもぶっといし、尻もでかい。堂々と立ってるだけで衆目が集まるほどカッコいいのに。


 なんて伝えると、こげ茶の犬は嬉しそうに、でも恥ずかしそうにバスローブの前を閉めた。


「あ、ありがとうございます……そんなこと言われたのは初めてです。軍に入りたての頃は、体だけの軟弱者とか言われていたので……」


 入りたてってことは二つ名をもらう前か。平民出身だとそういうの言われるんだろうな。だからヤードがやさぐれたし。

 それにランドから聞いた話、グリッジの下で隊長やってた時も結構陰口とか言われてたらしい。類は友を呼びすぎ。そもそもグリッジがトップだったんだ、風紀が終わってたのは想像も余裕。


 グランドとかは褒めてただろうけど、こうして性的魅力について言われたのは初めてなんだろうなあ。勿体なさすぎる。


 だけどうぶさはごまかしきれないほど発露されているので、ベッドに座って隣を叩いて呼べば、おずおずと座ってくれる。見た目通りの巨漢で、並べば肩の位置が全然違うところに来た。


「それでも訓練を続けて二つ名持ちになったって考えるとすごいよね」

「そんなことはないですよ。あの頃は兄弟たちを食べさせるためにがむしゃらでしたから。最初は敬語も全然できなくて、しゃべるだけで田舎者がばれてました。頑張って慣れようとしてたら、この喋り方が定着しちゃいまして……」

「ああ、それで……」


 何度か後始末のために話したことがあるけれど、所作に生まれを感じさせたことはない。かなり努力したんだろうな。スキルだけじゃなくて、礼儀作法まで。

 ファンダルにはいくつも呼び名があるが、努力の人もそのうちの一つだ。生まれをものともせず上り詰めた努力の人。それでこの謙虚さ、すごいよなあ。もっと誇ってもいいのに。


「確認なんだけど、本気でやるってことはあの……エフィルとかガニスとかみたいになるかもってことだよ?」

「そうですね……でも強くなれるのなら構いません。ご存じの通り、私は生まれも弱いうえに前の騒動での立場もよくなかったので……このまま取り残されれば軍に居場所がなくなってしまうかもしれません」

「いや、ジェルたちに比べたらってだけで、ファンダルも十分強いでしょ」

「ありがとうございます。ですが、私がこうして二つ名をもって隊長ができているのは、ジェル様やコハク様が恩情をくださったからです。特にジェル様には許していただきましたが、私としてはまだ恩返しができたとは思っておらず……」


 あ、そうだ、ファンダルは優しいけど少し自罰的だった。

 ジェルを裏切っていたことについて、ずっと罰してほしいと思ってた。一応あのパーティで仲直りはできたけど、それでいっそうやる気になってるのかもしれない。


「ですので、もっと強くなってみんなに恩返しがしたいんです。そのためなら、私の性癖が終わろうとも構いません」

「あのさ……ジェルは別にファンダルのこと怒ってないのは知ってるでしょ。そんな自暴自棄になられたら、逆に悲しむよ」

「……ふふ、ランドと同じことを言うんですね。わかってます。ですが、自暴自棄なんかではありませんよ、これはただの自己満足です。私にだって二つ名持ちとしてのプライドがあるんですから」


 それがわかってればいいかな。ランドがちゃんと言ってくれてるならこれ以上言うことはない。


「それに、その……」

「いいよ、今リブラもいないんだし、言っちゃいなよ」

「初めて人としたのがあの時のリブラ様とで、それ以来まったくなので……ちょっと、ほんの少しだけですけど、興味がありまして……」

「え、ランドとかとは……」

「してないです! ランドとは別にそういう仲ではありませんから……!」


 意外だ。あの食い意地の張った虎が手を出してないなんて。よっぽど大事にしてるんだろうな。むしろ友達だと気を使うのかもしれない。意外にランドは気配りができるから。


「じゃあ後ろはいじってたり?」

「……少し、試しはしたのですが、あの時ほど気持ちよくはなれなくて。ですが、今日のためにほぐしてきたので、問題なく腰を振れると思います」


 おれは別にスキルを使えば未使用でもトロマンにできるのだけど、こういう健気さは嫌いじゃない。だけど本気で抱くことにちょっと罪悪感が出るけど。


「えっと、じゃあ、事前に説明はあったけど、やる内容に関しては大体決まってるし、通達もしてる。あれで本当にいい?」

「はい、わ、私はその……ランドに言わせると結構被虐癖があるらしいので、激しい方がいいかと………」

「あーまあ、確かにMっぽい。だったらそういうスキルが芽生えたりするのかも」


 トリドスやコハクが自分の特技を伸ばすような強化をもらったり、フォグやヤードがエロに関係したスキルを突発的に覚えたりと、何が発露するかは本当に未知数。

 リンドンはそこも制御したいと考えているらしく、今回の行為はそこも加味されている。要はエロを訓練にしようってこと。


「ならまずは……全部のスキルを最大限起動して。おれがそれをぶち抜いて犯すから」

「わかりました」


 するとこげ茶の犬から立ち昇る威圧感が爆発した。

 『剣技』や『肉体強化』といった基礎スキルを常人とは比べ物にならないくらい鍛えたファンダルだ。それらを全部最高出力にすれば、目に見えない圧がすさまじいことになる。

 本人の顔が優しいことが救いだ。これで睨まれたら吐いてたかもしれない。

 というか、これだけの出力を誇りながら涼しい顔ができるんだ。さすが元からの二つ名持ち、二つ名というのがどれだけすごいことなのかがよくわかる。

 

「あの、すみません……今は『剛力』なども最大なので、触れると吹き飛ばしてしまうかもしれません」

「そんなに強いの?!」


 おれは逆に基礎スキルというものが皆無なので、今本気で殴られたら吹き飛ぶよりも体が爆ぜる。身を守る手段がまるでない、エロ特化なのがおれだ。


「ちなみに、その状態でどこまで壊せる……?」

「試したことがある範囲ですと、グランドさんの結界は殴って壊せます。訓練時の感触では、フォグさんの霧は何度か殴ればあるいは……補充されないという前提ではありますが」


 タンク性能が高いフォグの『乳霧』を殴って壊せるのはもう人の域じゃねえんだわ。いくらあのおっぱいミルクの霧は補充が簡単とはいえ、壊す速度によっては体に拳が届くぞ。

 しかも本来ならファンダルは大剣使い。背丈ほどある武器に『剣技』とかが乗るわけでしょ? 暴力の化身か?


「ちなみに守備力はどのくらい……?」

「そうですね……『華炎』の最大火力なら一発は耐えられるかと」


 あの灼熱を食らって生き残れる人類存在してたんだ。いくら範囲優先とはいえ、ジェルですら風で守るくらいなのに。

 単体性能がいいとは聞いていたけど、本当にステータスの暴力じゃねえか。


「ですがその分能力の応用が利きません、戦うことしかできない男なのです」

「それだけ強ければ十分だと思うよ……」


 これがユニークスキルなしで二つ名を手に入れた男かあ……。温和な顔からは想像もできないほど、肉体が強すぎる。


「リブラが有力だと推すわけだ。本当に四席目に座るかもね」

「そうだと嬉しいのですが……私は多数を相手取るのが得意ではありませんので、他の方に比べると見劣りするのです」

「トリドスと逆パターンか、求められる基準が高すぎる……」


 なんでタイマンと対軍ができて当然みたいな風潮なんだ。あの三人が狂ってるだけなのに。


「話を戻しますけど、このままだと身をよじった時に体が当たったら、君が大変なことになると思うのですがどうしましょう……」

「うーん、本当にそう。どうしようかな……リンドンからの指示は、ファンダルの全力を性癖や『暗示』など精神を変性しないもので打ち破るってものだから、体位とかは任せられてはいる……」


 この圧倒的な肉体能力でスケベをすることで、それが特化されるんじゃないかって言うのがリンドンの仮説だ。だから能力を解除すると前提が崩れてしまう。

 『操作』で解除させれば簡単なのに、今回は中々難しい指示だな。ロープで縛っても絶対破られるし、『操作』は短期間しか効果がない。下手なスキルで動きを制御しても、打ち破られた瞬間おれは死ぬ。さすがにリスキーすぎるって。


「だったらファンダルに動いてもらうしかないか。騎乗位とかでいい?」

「わかりました。初めてですけど、頑張ります……!」


 むっと気合を入れた顔は愛嬌がある。見た目のごつさを性格で打ち消しているが、体だけで見るとやはり雄臭い。股間とか腋の毛もそうだけど、そもそも全身が分厚すぎる。


 はちきれんばかりに実った体に手を伸ばし、軽く押すとこげ茶がベッドに横たわる。喋っているときはあれだけ優しかった顔も、今は緊張に口がこわばっている。最近スケベな雄ばかりだったから、こんな反応は久しぶりだった。


「じゃあ本気で抱くから。一応確認なんだけど、スキル耐性ってオンオフできるタイプ?」

「あ、いいえ……私のは常時発動していて、おそらく『愛撫』なども弱まるかと思います。特に今は全力ですので……」

「わかった、ならこっちも全力でスキルを使うね」


 とは言ったものの、まずは常時発動してる『愛撫』のまま触ってみるか。いきなり感じすぎて驚かれると、緊張が解けないだろうし。


 張り出した胸は弾力が強く、毛皮の下にある肌の触り心地を良くしている。見た目通り筋肉が多めで、うちの巨乳たちよりもしっかりした感触だ。

 乳首は綺麗な色をしていて、触ってこなかったのがわかる。もっともそれは亀頭も同じだが、禁欲でもしてきたのか、一物はすでに張り詰めて興奮を示していた。


「あうぅ……あの、騎乗位をするのでは……?❤」

「挿入時はね。でも入れて終わりってだけだと、快楽に浸らないからスキルも発現しないらしくてさ。だからどっぷり気持ちよくなってもらうよ。それに、本気でやるって約束したしね」

「わかりました……んっ❤なら、よろしくお願いします……」


 前戯は大事だ。やっぱりどうせやるのなら嬉しくなってほしい。強制的な快楽は与えられるけど、それだけだとさみしいからね。おれはリブラとは違うんだよ。


「『愛撫』使ってるけど、効いてるかな?」

「はい……誰かに触られてこんなに気持ちよくなったのは初めてです……あっ❤むずむずしているような、ぞくぞくしているような……これ、あぅ、体が溶けていきそうです❤❤」


 なるほど、程よく気持ちがいいってことか。うっとりして、このまま寝そうな気もする。

 ってことは想像通りかなり減衰されてるな。無抵抗だったらこれだけでいかせることができるんだけど、耐性のせいでそこまでの威力が出ていない。

 ここから出力を上げるか、他のスキルを使うか……ううん、どうしようか。


「すごい防御性能だな……単純に強いってこういうことかあ」

「ありがとうございます。でも私はどちらかと言うと、攻撃の方が得意で、防御面は課題なんです……」

「これでっ?!」


 こんなに打ち消されてるのに、攻撃よりの性能なのかよ。やっぱ暴力だわ。

 怒らせないようにしよう。おれはひっそりと決めた。


「あ、ファンダルってキスとか嫌だったりする? 事前の聞き取りだと禁止はなかったはずだけど……」

「大丈夫です。好きにむさぼってください。私は全部を受け入れます。いえ、その、嫌々というわけじゃないですよ? キス、少しだけしてみたいですし……」


 言葉が硬かったと気づいたのか、わたわたと補足を投げてきた。行動全部に不慣れな感じが出ている。

 やっぱりまずは緊張をほぐした方がいいなこれ。出力を上げるより慣らすのが先決だ。性感帯を避けて、腹を撫でることにした。


「あぅ❤」

「キスはまだしないから、力抜いて。こうもガチガチだと楽しめないでしょ」

「わかってはいるのですが、どうしても……❤」


 腹は割れているだけあって硬い。毛皮の下にはしっかりとした筋肉が蓄えられているが、その上にうっすらと脂肪が乗っている。これが無かったらウィザロンみたいに切れた肉体だったんだろうな。けど、この少しの柔らかさがファンダルの魅力だと思う。


 こうしていると腹を出した駄犬を撫でている気分になるが、そこまでわしゃわしゃとはしていない。あくまで落ち着かせるような、丁寧な手遣いを心掛ける。


「すみません、お手数をおかけします……❤」

「いいよ、おれとするのは初めてなんだし。リブラに犯されたのが最初じゃ身構えて当然だよ」


 手を下に持っていくと、明るい茶色の陰毛に当たる。けど、質感自体は他の毛皮と変わらずふわふわだ。興味をそそられてへそ下の毛をくすぐっていると、先走りが甲に垂れてきた。興奮してくれてはいるんだな。


「うぅ、すみません……❤」

「いいって、これからもっと汚れるんだし。興奮してくれて助かってるよ。その防御力を突破して興奮させるの大変そうだからさ」


 発情して逆レされでもしたら、おれになすすべはないのでこのくらいを維持していきたい。メンタルが強いとはいえ、騎乗位まではおれがリードしていたいんだ。


 陰毛は腹筋の毛より量が多く、ふかふか度が高い。何度か押して遊ぶと、シャワーを浴びたばかりなこともあって、芳香に雄が少し混ざったいい匂いが広がってくる。


「ん、ぁあ❤股間の毛をモフモフされるなんて、恥ずかしい……です❤」

「それは……慣れてほしいかな、もっとすごいことするし。でもいい手ざわりだね」

「この予定が決まってから、熱心に手入れをしましたので……それに、見た目がみすぼらしいと、どうしてもその……私はいろいろ言われてしまいますから」


 生まれが平民だと必要以上に見た目に気を付けないといけないのかよ。だからファンダルはこんなに手ざわりがいいんだ。こういうところも努力してたんだなあ。

 こうなってくると他の部分も気になってきたな。前戯はまだ続けてもいいだろうし、ちょっと触ってみたい。


「こことか」おれが手を伸ばしたのは胸の谷間、胸毛の部分だ。「駄目かな?」

「構いませんよ……目立つ部分ばかりで恥ずかしいですが……❤」


 手を沈めるとやっぱり毛量が多くてふかふかだ。おかげで谷間は見えないけど、下乳のでかさから十分想像ができる。それにうちの牛や熊で巨乳成分はお腹いっぱいだから、こっちの方が新鮮だ。

 乳首を触るのはまだやめた方がよさそうだし、指先で明るい茶色の胸毛を遊んだ。


「う、んぅ……あの……❤」

「嫌だった?」

「いえ、そうではなくて……❤君が緊張を和らげようとしているのはわかりますが、さっきから、すごくドキドキして……❤苦しいんです❤」


 犬の顔は真っ赤になっていて、困ったように眉が下がっている。腕が所在なさげに動いているせいで、綺麗な茶色の腋毛が見え隠れしていた。


「私は、性行為というものを……リブラ様がしたようなものだと思っていたので、こういうのは……全然想像していなくて❤恋人みたいだなと……あ、いえ! 君は仕事でしてくれているのに、うぬぼれたことを言いました! 忘れてください!」

「気にしないよ。リブラと比べたら、誰でもこういうセックスになる。断言してもいい」

「あうぅ、そうですか? こんな優しく、あの、君が嬉しそうに笑ってくれて……リブラ様とは全然違うので……」

「一緒にしてほしくなさすぎる……いや、おれもかなりいろいろやってきたけどさ……」


 反面教師って大事なんだなと痛感する。我が身を振り返らないとな……もう遅い気はするが。


「でもファンダルはMなんだっけ、無理矢理の方がいいとか?」

「いえ、私は自分ではそう思ってないのですけど……❤ただ撫でられるなんて、小さい時以来ですから❤う、むずむずしてしまいます❤」


 忠犬適性があるのかどうかわかりづらいけど、優しいから言ったら従ってくれそうではある。別に忠犬を増やしたいとかはない。


「ちょっと『わんっ』って言ってみてくれる?」

「はい、わんっ! わんわんっ!」


 素直すぎる……。そしておれはこういうところを抑えろって話だわ。

 でもファンダルはあまりわかってないようで、きょとんとしている。こういうの侮辱とか思わないのかな。


「あ、いえ、こういう行為もあるのかと……すみません、あまり興奮はしませんでした……」

「うんいいよ、それが健全だから……」


 どうやら忠犬適性はあんまりないみたいだ。でも嫌々やってくれるのもそれはそれで……ではないぞ、おれ。

 ちょっと遅いかもだけど、おれはリブラみたいにはならないと、手つきでわからせよう。その気持ちが通じたのか、毛皮をすくように撫でていると、ぎゅっと目をつぶったファンダルが意を決して口を開く。


「あの、えっと……キスを、してみたいのですが……いいでしょうか……❤」

「うん、もちろん」


 じれったくなったのかもしれないが、積極性があってありがたい。

 おれは横たわる分厚い肉体に覆いかぶさって、手首をつかんでベッドに押し付ける。おれ程度の力じゃ何の意味も無いだろうけど、抑えてという意図は伝わったはずだ。この雰囲気だったら恋人つなぎとかの方がいいんだろうけど、指の骨が折れそうだから止めといた。


 それから武骨な顎をさすると、さらにきつくつむって目頭のしわが濃くなる。緊張をほぐすのはなかなか難しそうだ。


「舌はどうする?」

「い、入れてください……❤」

「わかった」


 お望み通り、キスを降らせてから舌を差し込むと、おずおずと粘液が応えてくれる。

 舌使いからしてやっぱりぎこちない。歯茎を舐めて発破をかけると、上ずった嬌声がおれに注がれた。


「ん、ふぅ❤はふぅ❤んっんっ❤❤」


 さてと、キスを楽しんでくれているうちに、おれはスキルを使おうか。

 今回のセックスは互いの全力をぶつけることで、スキルの発現を促す予定だ。今までは前哨戦でしかないなんて、ファンダルもわかっている。それにリブラからも抱きつぶせと言われている。


 スキルを全力解放しながら全く疲労してないのは大したものだ。おれは無効化とか威力減衰に弱いから、どこまで通じるのかわからないなあ。


 でも、やれるだけやってみよう。できればファンダルが壊れないでくれると嬉しいんだけど……そういう約束だったし本気を出すよ。


 おれは唾液を注ぎながら、スキルを起動した。


「……んぅうぅぅぅ❤❤❤❤」

 

 まずは『愛撫』の全力。触るだけで雄を気持ちよくするスキルは舌にも適応される。粘膜を舐めるだけで、犬の分厚い体が跳ねた。


「んおっ❤ふううぅ~❤」


 減衰はされてるだろうけど、この様子じゃ気持ちよくなってるみたい。シーツをぎゅっと握ってこらえるような仕草をするけれど、上ずった声は絶えず溢れ続け、乗っている体は小刻みに跳ねる。

 舌を噛まれないか懸念点はあるが、今のところ大丈夫。ファンダルも頑張って絡めてくれるから、もう少しできそうだ。


「キス、どう……?」

「はふっ❤気持ちいい、です……なんと言えばいいのか、んぅ、幸せな、気持ちになります……❤」

「そっか、ならもうちょっとしようか」

「はいっ❤いっぱい、ください……❤❤」


 これでも本気なんだけどなあ。幸せとか言われてしまった。耐性が強すぎて、かなり減衰されてるのは明らかだ。

 『発情』を使えば敏感になるか……でも絶対押し倒されるよな。この肉体能力でむさぼられるのは普通に死。暗示系統を縛られるとおれはとたんに弱くなるんだ。でも性癖とかで性格をゆがめたいわけじゃないので、これはしょうがないか。


 なので丁寧に舌で愛撫を続け、穏便に蕩かせていくしかない。スキルは拮抗しておれも本気なんだけど、やってることは恋人みたいだ。


「あ、あの、んぅ、これ、本当に……訓練、ちゅぅ、なのですか?❤❤」

「そのつもりだけど……生温かった?」

「いえ……そんなつもりでは、あっ、ないのですが……想像よりずっと、幸せなので……こんな幸せで、いいのかと……❤❤」


 これでも本気なんだよなあ! 高レベル帯になると無効化と耐性がデフォだから真っ向勝負は分が悪すぎる!

 でも見方によっては、まだキスの段階で欲しがらせているので成功しているともいえる。本番はこれからだから。


 ファンダルは目を細めてちゅぷちゅぷと、自分の口で混ざる唾液を嬉しそうに嚥下している。こんなにリラックスしてくれるなら、最初にキスから入ればよかった。


「キスだけで終わればそうかもしれないけど、そろそろ次に行くよ」

「はい……たくさんください❤私は耐えてみせますから……❤」


 キスをしながら手首から腕を伝って体幹へと指を滑らせていき、触るぞと知らせを出す。潤んだ犬の瞳は頷く代わりに瞬きを返し、おれに許可をくれた。


「あふっ❤んっんっ……❤❤」


 肩に到達した指は下に向かい、胸筋のふちをなぞっていく。膨らんで重そうな肉の塊は想像通りの密度を持っていて、皮膚を張り詰めさせている。おれの部隊にいる牛や熊より硬く、どちらかと言えばゴライザに近いかも。本当にぱっつんぱっつん。


「あううぅ❤❤んはぁ❤あっああぁ❤」


 キスでは幸福に蕩けていた嬌声が艶を増した。指での『愛撫』も加算されたんだ、さすがにここまですると効いてくるだろう。

 でもまだ大事なところを触ってない。下乳を出発点にして、向かうのは当然乳頭だ。


 毛皮のない乳輪は手ざわりを変えて、するりと指が滑る。突起の周辺で躍らせるだけで、ファンダルのガチ太な体が大きく跳ねた。


「ひゃううぅ?!❤❤」

「ここ、敏感なんだ」

「え、あの、そう、かも……しれないです……❤自分では触らないので、あの……❤」


 想像以上に感じてびっくりしてる。キスを止めて口を離すとさみしそうな顔をされたけど、振り落とされそうなので構えたいんだ。

 やっぱり『愛撫』が輝くのは性感帯を触る時だな。なんて思いながら、ファンダルの楚々とした突起をきゅっとつまみ上げた。


「んあああぁぁぁ❤❤❤」


 効果は劇的だった。ファンダルはひときわ甘い声で鳴き、胸筋をびくびくと揺らしていく。乳頭は触った瞬間に勃起したようで、つまみ心地のいい硬さになっている。

 その突起をくりくりと指の腹でこねくり回し、快楽を染み込ませていく。ここまで来るとちょっと爪を立てたくらいじゃ痛みなんてないだろうし、刺激の強度を変えながらいじっていこう。


「ひあぁ❤あうぅ❤これ、すごいっです❤乳首気持ちいぃ❤❤」

「よかった……ようやく効いた。でも暴れられるとおれが吹き飛ぶので……」

「わかって、んぅ❤ますっ❤けどっ❤あぅ❤体が、勝手に動くんですぅ❤」


 ううむ、ならおれがしがみついた方がよさそうだな。

 体を倒して両手を乳首に添え、顔は胸毛にうずめる。ファンダルの体を十分堪能する姿勢で安定感もある。深呼吸をすると、程よく雄臭い犬の匂いが股間にきた。


「あ、あの❤それは、ちょっと❤恥ずかしいですっ❤いえ、一応綺麗にはしてきましたけどっ❤そんな思い切り、ひゃぅ、嗅がれると❤んうううぅぅ❤❤」


 顔がぼふりと胸毛に埋まって、呼吸が全てファンダルになる。ヤードみたいなつるつるとした肌もいいけど、これはこれで嫌いじゃない。

 しかも谷間がちゃんと深いので顔にフィットするのがよい。人を埋めるためのおっぱいだと思う。


「あのぉ……❤ううぅ❤いえ、君が気に入ってくれたのなら、嬉しいのですけど❤ああうぅ❤」


 少し視線を上げてみると、真っ赤になったファンダルが耳をせわしなく動かしていた。乳首の気持ちよさも来ているので、切なそうに下がった眉がごつさをかなり中和している。

 きゅっと両方一気に引っ張ると、ぶわっと逆立った毛皮が顔に当たる。そうするとフェロモンでもあふれ出したのか、心なしか雄臭が強くなった気がした。


「ひゃあん❤」


 ファンダルは見た目のわりに可愛い喘ぎ方をするので、五感の中で聴覚だけが異彩を放っている。声も落ち着いた男性のものなのに、字面での可愛さアピールに余念がない。本人は絶対そんなつもりじゃないだろうけど。


「あ、う❤すみません、変、だったでしょうか……❤」

「いや、可愛いと思うよ」

「可愛いとか、そんな……❤初めて言われました……❤」


 まあ喘がせなかったらおっとりとした巨漢のお兄さんだからなあ。しかも体毛ましましの。この顔からこの嬌声が出るとは誰も思うまい。


「結構感じてくれてるね」

「はい、気持ちいいです❤それにやっぱり、幸せです❤んっ❤君の指が、本当に気持ちよくて……温かくて……❤ごめんなさい、変なことを言いました❤」

「そりゃリブラと比べたら誰でもそうだよ。おれはやるからには楽しんでほしいしね」


 精神を捻じ曲げず強化の恩恵だけを与えたい。それが最近のおれの目標だ。

 いくら強くなっても『華炎』みたいになったら台無しだからね。ホモ落ちは不可避だから許して。


 さて、おれはファンダルの胸毛に顔をうずめ、手慰みに乳首をいじりながら考える。

 『愛撫』はしっかりと効いてるけど、ファンダルはそれも受け入れて嬉しそうにしている。リブラとの強姦まがいのセックスしか知らないから、何でもありがたがってくれるのは個人的に助かる。暴れられたら手が付けられないので……。


 もう解して騎乗位してもいいんだけど……せっかくだからもうちょっと続けるか。リブラしか知らないのはさすがに可哀そうだし。


「だったら、一発出そうかな。ファンダルって一発出したら終わったりする?」

「えと……」


 何気なく聞いたけどすごい恥ずかしい質問だよね。完全に感覚がマヒしてた。


「いえ、何回かはいけるかと……自分でしてても、それくらいは出しているので……❤❤」


 うわ、顔から火が出そうだ。まあでもこの体で一発はないと思ってたから想像通りなんだけど。


「一発とは……それって乳首で、ですか……?❤」

「ううん、これで」


 おれが生み出したのは半透明な筒、オナホだ。ファンダルは初めて見たのか、少し首を傾げた薄い反応だった。オナホ知らない雄とか存在してたんだ……そりゃランドも手は出せないわ。


「せっかくだからさ、ファンダルには最高に気持ちよくなってもらうよ。こっち来て」

「は、はい……よろしくお願いします……❤」


 ベッドのヘッドボードに背中を預けて座り、大型犬を呼ぶ。ファンダルにおれを背もたれにしてもらったら、ずっしりとした重みが来た。うん、見た目通りの圧だ。


「あの、重くないですか……?」

「これくらいなら大丈夫」


 ちょっと重すぎるけど、さすがに見栄を張った。これファンダルの不慣れな騎乗位だと腰の骨折れるかも……。

 案の定手が回りきらないから股間を触れない……この世界の雄がでかすぎる。しかも身長差のせいで背筋に顔が来るから、ちょっとずれれば腋に鼻を突っ込めそうだ。こうなったらファンダルの体毛を全部堪能するかー。


「ファンダル、腕上げて」

「はい、こうですか……ってええぇっ?!」


 さらけ出された腋にすかさず鼻面を突っ込む。そこはやっぱり胸よりもファンダルが強く香っていた。


「いえ、あのっあのっ❤それは、さすがに……駄目ですっ❤洗いはしましたが絶対臭いですって❤し、深呼吸しないでぇ❤」

「うわ……すごっ」


 匂いが鋭く嗅覚に突き刺さる感じ。シャワーの後でマイルドだからどれだけでも嗅げるけど、汗だくだったら攻撃力がもっとすごかったんだろうな。


「本当に駄目ですっ❤そんなところを嗅いだら、鼻が馬鹿になりますよっ❤駄目ですって!❤❤」


 見た目通りではあるけど、やっぱりファンダルも雄なんだよなあ。実際体のでかさも平均以上だし、性格がおとなしいだけでそれ以外が雄々しすぎる。


「う、ううぅ……あの、もういいですよね❤こんなところを嗅いでも、私は出せませんからぁ❤❤」

「うん、そうだね」


 おれが顔を離したことで安堵したけど、鼻先に茶色い毛皮が乗っているのを見つけてまた赤らめた。すぐさま体をひねって払い落し、少しむっとした表情を見せてくれた。


「ちょっと恥ずかしかったです……君はこういうのが好きなんですか?」

「好きというか……うーん、そうかも。あんまり他の人にはしないんだけど……」

「じゃあなんで私に……」

「目を引いたから、かな」

「うぅ……やっぱり他と同じ色に染め直した方がいいんでしょうか……」

「もったいないって、これもファンダルの魅力だよ」

「そうでしょうか……」


 毛皮持ちの中でも体毛らしい色違いがあるとどうしても目立つからね。でも思ったより恥ずかしがってるので、ちょっとやりすぎたかもしれない。


「ごめん、そんなに嫌だった?」

「いえ……恥ずかしくて……。しかも、君が嬉しそうな顔をしてるのでなおさら……」

「良かったしね」

「そういうものでしょうか……」


 もう嗅がせないぞと腕をぴっちり閉じて、ファンダルは目を伏せる。剛腕前衛キャラだから腕の太さもすごいんだけど、それでもちょっと茶色がはみ出てる。これはこれで……なんだけどさすがに口を噤んでおく。

 腹から腕を回してお腹を撫でて、少しでもご機嫌を取ろう。やっぱりファンダルは経験不足もあるけど、単純に恋人みたいなセックスが好きなんだろうな。久しぶりに真っ当な性癖を見た気がする。これが本来の、性癖や暗示で汚染されていない人とのセックス。


「こっちから見えないんだけど、もしかして萎えた……?」

「それは……大丈夫です❤」

「なら良かった」


 おれが腹を揉む手に手を重ね、指まで絡める勢いだ。普通にやれてるから忘れそうになるけど、今のファンダルはスキル全開の暴力の化身と化している。折れるんじゃないかな、とは身構えたけど、お詫びの意味もかねて好きにさせてあげた。

 おれと並べると、掌の大きさが大人と子どもくらいありそうだ。いろんな巨体とやってるおれからすると、ファンダルはその中でも手が大きい方だと思う。体つきも殴ることに特化してるのか……天性のものだな。


「……エッチって、こんな感じなんですね。リブラ様の時と全然違う……」

「まあね。でも、おれらがするのは普通のセックスとは違うんだ。こっちも本気なんで、これからたくさん喘がせるからね」


 おれはオナホをスキルで動かしてファンダルの股間へと導いた。中はローションを生み出しておいたのでいつでも使えるようになっている。

 ファンダルに握らせて使い方を教えると、恐る恐る手が動く。そして、くちゅりと何かが入る音がして、おれはファンダルのオナホ童貞が無くなったことを悟った。


「んっ❤これで、いいでしょうか……❤❤」

「うん、そのままオナニーするみたいに使うと気持ちよくなれるよ」

「そ、うですか……」


 している姿を想像したんだろう、ファンダルの太い喉が嚥下する動きを見せる。

 オナホを遠隔で動かすくらいおれには楽勝だけど、せっかくだからファンダルにも参加してもらいたい。さらにちょっと細めのディルドも準備しよう。

 ファンダルの腰をちょっと前にずらして体ごと傾けると、頭も落ちておれと目線が近くなる。肩から顔を出して頬を近づけると、もふりとくっつけてくれた。


「もう動かしても……?❤」

「待ちきれない?」

「あ……はい、さっきからその、むずむずしてしまって……」

「そのローション媚薬入りだからね。気持ちよくなれるよー」

「そうなんですか……んっ❤確かに一人やるよりずっと気持ちいいかもしれません……❤」


 本来なら触るだけでいけるほど強いやつなんだけど、ちょっと敏感になるくらいしか効いてなさそう。耐性スキルが強すぎるって。


 肩越しに視界も開けたので、ファンダルの巨根にオナホが突き刺さっている光景が見える。完全に勃起してるそれは凶器そのもので、浮かんだ血管の太さもえぐいことになっている。亀頭の張りもすごいし、性格以外のすべてで雄が強すぎる。


「うわ、でか……」

「うっ……そうみたいですね、リブラ様にも言われました❤」

「使ったことは?」

「ないです……」


 そう思わせるほど綺麗だから納得。でかくてグロテスクなのに、綺麗とかいうギャップ。これで二つ名をもらえるほど強いのだから、魅力の塊だと思う。生まれだけがネックかもしれないけど、おれはそんなところに興味ないので。


「これでもてないの、世界の方が間違ってるよなあ」

「ふふっ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

「本心だよ。胸もこんなにでかいし……」

「ひゃうぅ❤」


 自由になった手で下からおっぱいを掬いあげると、たゆんと揺れた。巨乳を触り慣れているおれからしても、いいものだとわかる。

 張り出した胸の上部には乱した胸毛がぼさぼさのまま残っていて、さっきの感触が蘇ってきた。枕にしたいおっぱいかもしれない。

 とか馬鹿なことを考えてないで、ディルドもあてがっておく。見えないけど突いた感触的にはすぼまった綺麗な穴なんだろう。でもリブラによって処女が散らされてるんだよなあ。もったいない。


「ひぅ❤❤あ、あ、あ……入ってぇ、きますぅ❤❤」

「ディルドは振動だけさせるから、気のすむまでしこっていいよ」

「は、はい……でも、あの何かお尻にしみこんでくるんですけど、これって同じ媚薬だったり……」

「するよ。だから時間をかけるとマンコが大変なことになるかもね」

「えと、じゃあ早く出した方がいいってことですかね?❤それなら多分、すぐに済むと思います❤君がいっぱい触ってくれたから、もう限界で……❤」


 なんて言いながらこちらを横目でうかがって、許可を求めている。勝手に動かさないあたり、素直で従順だ。多分こういうところがMって言われてるんだと思う。

 おれが耳元でいいよと囁けば、ごつい手が一気に上下運動を開始する。

 透明な筒でファンダルのちんぽは丸見え。しごかれながら皮がめくれるところも鮮明だ。


「はうっ❤あっこれ❤すごい❤気持ちいぃ❤あっあっ❤❤」


 ファンダルは両手を使ってしこりだし、オナニーを覚えたての子どもみたいに必死だった。

 体重をおれに預け、呆けた口から快楽の声が漏れている。限界まで張り詰めた巨根から汁が飛んで、すぐさまオナホに巻き込まれて泡を作った。


「おおぉ❤はぁ❤気持ちいいです❤ああ❤んああぁぁ❤」

「ファンダルのちんぽ、ぐじゅぐじゅ鳴ってるね。先走り多いんだ」

「ひゃう❤は、恥ずかしいです❤あんまり、見ないでください❤んあ❤」

「いいじゃん、こんな立派なちんぽでオナニーしてるんだから、もっと見せてよ❤」

「うううぅぅ……❤」


 呻きながらも手は止まらない。腰を動かしながらオナホに夢中だ。

 あれだけぴっちり閉めた腋も緩んで、しこることが最優先になってる。


「頭の中射精でいっぱいになってきたね」

「あっう❤そんなこと、言わないでくださいぃ❤ぞくって、あう❤きちゃいますぅ❤」

「でもさ、実はそのオナホ、使ってると絶対射精できないんだよ」

「ふぇ?❤そ、そうなんですか……❤じゃあ出したかったら……❤」

「うん、抜くしかないね」


 オナホが悪いというか、『射精管理』の条件でオナホ使用時に射精できないようにしたってだけなんだけどね。今のファンダルはそこまで頭回らないだろうし、変わらないとは思うけど。


 いきたかったらオナホを止めるしかない。だけど、ファンダルはずっとしこしこしてる。でかいちんぽをぐちゅぐちゅといじめて、口だけは冷静を取り繕う。


「あうぅ❤抜かないと……このままじゃ、出せない❤ううぅ❤射精したいですぅ❤」

「なら手を止めないとさ。いつまでたっても出せないよ」

「わかってます❤けど、けどぉ❤これ、気持ちよすぎてぇ❤んおっ❤あうぅ❤止まりませんんんっ❤❤」

 

 いけないから手つきはどんどん激しくなって、泡まみれになってきた。手を下ろした時に膨らんだ亀頭がオナホを貫通するところはすごくエッチだ。現れては鯨の潮吹きみたいに鈴口からピュっと先走りが飛んで、またオナホの中に戻っていく。

 閉じたオナホから粘液がにゅるっと押し出されて先端にたまり、また現れるときに泡が先端を飾り付ける。


「はひっ❤気持ちいいっ❤気持ちいいっ❤オナホ、すごいです❤これっ、んううぅぅ❤❤出したいいいぃ❤」


 それを何往復もして、ファンダルは舌を垂らしながらしこしこを止められない。いきたい気持ちが先行しすぎて、本能が優位になっている。

 ちんぽから香るザーメン臭もきつくなってきて、見てるこっちも興奮してしまう。開いた腋から腕を伸ばして抱きしめると、汗ばんだ毛皮が湿っているのがわかった。


「ふううぅぅぅ❤❤あっあっ❤止まんないっ❤手、勝手にぃ❤駄目なのにぃ❤ちんぽ気持ちよくてぇ❤うおおぉ❤おおぉ❤すごいいぃ❤」

「このままじゃ抱く前に終わっちゃうかもね。本気で抱きつぶせって言われてたんだけどなあ」


 わざとらしい声音と共に耳に息を吹きかけて、おっぱいを揉み上げる。『愛撫』が全開になった手でまた乳首をつねると、ファンダルのちんぽが苦しそうに鈴口を開けた。


「ふっおおぉぉ❤すごい❤けど、今は駄目っ❤駄目ですっ❤気持ちいいの、駄目なんですううぅ❤❤」

「無理なら言ってね。終わらせてあげるから。でも、これから抜け出すのも訓練だと思ってさ、頑張って」

「ひゃいぃ❤あおぉぉ❤乳首気持ちいいっ❤手つき、すごいっ❤こんなの初めて❤」

「じゃあぎゅーっと伸ばしてみるよ」

「んおおおぉおぉぉぉ❤❤❤❤それ、ずごい゛い゛いぃぃいぃ❤❤」


 結構力いっぱい引き伸ばしたんだけど、ファンダルに痛がるそぶりはない。おれの『愛撫』が全力なのもそうだけど、ファンダル自身が頑丈すぎるんだろう。

 大股を開いた巨躯の犬がオナホにちんぽを何度も叩きつけていく。垂らした舌からは涎がこぼれ、胸毛に吸い込まれていった。


「おおぉ❤んおぉ❤あー❤駄目、です❤乳首もすごいぃ❤感じますっ❤んひぃ❤ふあぁぁ……❤」

「手が離せないなら、スキル解除しようか?」

「いえ、まだ……やれますううぅ❤うっおおぉ❤ひううぅぅ❤おっぱいすごい、じんと来ちゃいます❤このままじゃ、私も、ミルクでるかも……んあぁぁ❤❤」

「そしたらもっと胸が張るね。おれに揉ませてよ」


 ここからさらに膨らんだら、フォグとかゴライザみたいになるんだろうな。少なくともリンドンは鼻血で死ぬと思う。


「ひゃい❤その時は、お手柔らかに揉んで、くださいねっ❤」

「あ、いいんだ」

「君なら、大丈夫です❤さっきから、んおっ、触ってくれたところ、全部気持ちよくてぇ❤もっと欲しいんですううぅ❤❤お尻もむずむずして、ここも触ってほしくて❤もう、全部で、君が欲しくなってぇ……❤」


 甘えるように頬を摺り寄せるファンダルに応えて、おれも頬をくっつける。マズルも向かうから軽くキスを送ると、にへらと力のない笑みが返された。

 おれ、これでも結構きついことしてると思うんだけど、ファンダルは全部幸福に置換してそう。暗示とかかけてないのに、素の耐久性で全部受け止められてる。本人は甘いセックスが好きかもしれないけど、ハードプレイに適性がありすぎる。


「そう考えたら、オナホもいいですけど❤他のこともしたいですぅ❤❤君ともっと、気持ちいいこと❤たくさんしたいですっ❤❤いっぱい気持ちよくして、私を強くしてくださいっ❤」

「嬉しいこと言ってくれてる……」

「ううぅ❤ふああぁ❤❤だから、こんなスキルで、止まってる時間なんて❤ないんです❤私は、もっと強く……もっと気持ちよくううぅ❤❤」


 なんて言いながらもやってることはしこしこだ。けどその勢いは断然強くなっている。もう遠慮が無くなって、貫通型なのに壊すくらいの力加減だ。

 ちんぽも本人と同じく最強ステだからこれくらい手荒くても痛みなんてないんだろうな。おかげでただただ激しくてエッチなオナニーになってる。


「はふっ❤はふっ❤気持ちいいいぃぃ❤んあうううぅ❤けど、この、程度おぉ❤❤」

「え、ちょ、はぁ?!」


 待って、おれの『射精制限』を壊そうとしてる?! そんなことできるの?!


「ふぁ、ファンダル? このままだとちんぽが壊れるって!」

「いいえっ❤平気ですよっ❤んおっ❤私は丈夫ですので❤股間も、多分、剣よりかは強いですので❤❤あううぅ❤」

「ステータスの暴力すぎる……」


 でもだからっておれの制限を打ち破れるなんてそんな……。

 ……いや、ちょっと制限が弱まってるぞ。あ、これ、『スキル耐性』でごり押ししようとしてる!


「んうぁ❤い、けそうですぅ❤このまま、出しますよ❤いい、ですかああぁ?❤❤」

「う、うん、出せるならどうぞ……」

「ふふっ❤ありがとうございますっ❤それでは……遠慮なくぅ❤」


 ラストスパートかけて、ファンダルは激しく動く。座りながら腰を動かしているせいで、ベッドがギシギシとうるさい。おれにも体重がかなりかかっているけど、まだ大丈夫。

 ファンダルがこのままいく気なら、手伝おうかな。乳首をきつめにつねり、力いっぱい引き延ばす。多分ファンダルならこれでも痛みなんて感じないだろうから。


「はうううぅぅぅ❤❤いいっ❤これ、んおおぉ❤もう、出しますよっ❤いぎますっ❤い、ぐううぅ❤うっうぅ❤」


 この時、おれは自分のスキルが消える気配を確かに感じた。煮詰まったザーメンがスキルを打ち破った瞬間だった。

 制限を射精欲でごり押しして、ファンダルは思いっきり白濁を打ち上げる。


「いっぎまずうううぅぅぅぅ❤❤❤❤」


 たまりにたまった性欲の発露は噴火そのもので、おれらの頭上を易々と飛び越えていく。それは涎で湿っていた胸毛を中心に降り注ぎ、うっとりとしたファンダルのマズルにもひっかかった。

 本当に破られるなんて……。おれは茫然と噴き出すザーメンを眺めていた。

 いくら本人の耐性が高いとはいえ、予想は全くしてなかった。ステータスの暴力だってのはわかってたのに、それでもおれは舐めてたのかも。


「んあっああぁ❤きぼちいいぃ❤こんなの、リブラ様以来でっ❤すごいっ、金玉空になっちゃいそうですっ❤❤」


 リブラの凌辱の後遺症か、ファンダルは降り注ぐ白濁を口で受け止め、美味しそうに舌で味わっていく。おっとり優しいいつもの雰囲気とは違う淫靡な様子に、おれも思わず喉が鳴った。


「おいひい……自分のなのに、これ、好きかもしれません……❤」

「いつも飲んでるわけじゃ……」

「ないですよ❤こんなに出してもないですし……❤ふふっ、君としてるからかもしれませんね❤」


 いまだ赤らんだ顔のまま優しく笑われると、おれも早くしたくなってきた。顔中ザーメンまみれなのに拭うこともせず、ファンダルは愛おしそうに背中をこすりつけてくれた。

 一発出したならオナホを抜くのだって簡単だ。半透明の筒はもうどろどろに汚れ切っており、ぬちょっと湿った音と共にちんぽが解放された。


 ファンダルは泡まみれの手で握ったオナホを見つめながら、少し口元を引き締める。今更恥ずかしさが湧いてきたんだろう。すさまじい雄臭さを放つそれを前にして、投げ捨てることもできずに困り果てていた。


「もう一回使う?」

「いえ……もう、次に進みましょう❤ですが、これはどうしたら……❤」

「そこらへんに置いといてもいいよ、いつものことだし。気に入ったのなら持って帰ってもいいけど?」

「えと……遠慮しときます❤一人でやっても、今ほどじゃないでしょうし……❤君がいないと……❤」


 まあおれが媚薬やら『愛撫』やらで盛り上げた結果なので、ファンダルの言うこともわからなくはない。

 ベッドの端に置かれたオナホはごろんと転がって、ファンダルの特濃ザーメンをこぼしながら落ちていく。ゲル状ザーメンが道しるべみたいになってるなあ、と思いながら見ていると声をかけられた。


「気持ちよかったです❤あの、無我夢中で盛ってしまって……重くありませんでしたか?❤」

「平気平気。遠慮なく体重かけてくるやつもいるし、ファンダルは優しい方だよ」

「ならいいのですが❤んっ❤あ……すみません、顔を拭きますね……❤手もすごいことになってますし……❤」

「いいよ、尻に媚薬仕込んだし、ファンダルも早くやりたいでしょ」

「ですが……この顔じゃキスもできませんし、触られるのも嫌でしょう?❤」

「おれは気にしないよ❤」

「……本当ですか?❤」


 その言葉を確かめるために、ファンダルは体を回転させておれと向かい合う。これから騎乗位の予定なので、されるがまま仰向けになると、分厚くもでかい犬が覆いかぶさってきた。

 いたるところに精液を付けたこげ茶の体は雄臭さを強めている。柔らかくも蕩けたまなざしが降り注ぎ、両手を伸ばすとでかい筋肉が落ちてきた。


「じゃあ、キスしても……いいですか?❤」

「もちろん」


 それから何度もついばむように口づけをかわす。

 ファンダルの口はザーメンの味がしたけど、おれも慣れているし気にしない。キスを堪能してくれてるから、その間に考えないとなあ。まさか『射精管理』が破られるとは思わなかったし、この調子でやってもファンダルが成長しなさそうで……悩みどころだ。

 

「んっ❤あふぅ❤キス、好きですぅ❤もっと、もっとしていいですか?❤君とチューするの、私、大好きです❤」

「うん、いいよ」

「ありがとうございます❤」


 一発出したせいか、遠慮が無くなってる。ゴライザもよくおれの顔を舐めるし、イヌ科ってキスが好きなのかもしれない。

 何度もファンダルのいかつくも柔らかい顔が近づいて、軽いリップ音を響かせる。もうちょっとクールタイムが必要かと思ったけど、ファンダルは二発目を出す気満々だ。性欲のブーストが効いてるのだろう。


「あのさ、ファンダル」

「なんでしょう❤」

「さっきは騎乗位をお願いしたんだけど、ファンダルって自分で腰を振るより犯されたい希望とかある?」

「……できれば、君に主導権があると助かります❤私はこういうの、全然不慣れですので、君を気持ちよくできるのか自信が無くて……❤」

「そうだよねえ……」


 オナホでのこともあるし、ファンダルに主導権を握らせておくと失敗するかもしれない。殴られるのが怖いけど、やっぱりおれが動くしかないか。

 だったら体位は何がいいかな。後背位とかで蹴られたら吹き飛ぶ未来しか見えないし……今のファンダルはスキル全力なので、できれば手足が当たらないものがいいな。


 となると背面立位か。あれなら殴られることもないし……。


「あの……顔を見ながらとかは、駄目ですかね?❤」

「へ?」いきなり作戦が崩れたぞ。

「その、いっぱいキスしながらするのに、少し憧れがあって……❤無理ならいいんです❤私は君の指示に従いますから……❤」


 なんて言われてしまえば、考慮せざるを得ない。こちとらエロ部隊の隊長だぞ、一日の長があるんだからファンダルの要望には応えたい。


「あーじゃあ、正常位……というかプレスの形になるかな。蹴られたくないし……」


 種付けプレスなら体を密着させるし大丈夫だろ。キスもできるし。というかそうじゃないと身長差で口が届かん。腕はできるだけ上げておいてもらうしかないけど……まあ。


「ありがとうございますっ❤❤」

「いいよ、計画変更したのはおれだし。ファンダルってこういうエッチ好きなんだね」

「……そうみたいです❤昔から、恋人ができたらやってみたいなと……思っていて❤想像の時は攻め側でしたけど……❤」


 なるほど、これが『忠犬』などで汚染されていない純粋な性癖。やっぱおれは今まで好き勝手にやりすぎてきたかも。

 まあちょっとリブラの爪痕は見えるけど、十分無垢と言っていいだろう。あとで性癖をもらおう。変な性癖収集家になってるので、たまにはこういうのも欲しい。『華炎』にも摂取させてみようっと。

 

「あの、すみません❤君は仕事でしてくれてるのに、こんなことを言って……❤」

「ファンダルはさっきから気にしすぎだって。どうせやるなら楽しい方がいいって言ってるじゃん。遠慮なく言ってよ。おれはリブラとは違うんでね」

「ふふっ、ありがとうございます❤」


 とは言ったものの、恋人っぽいセックスってなに……?

 悪いがおれは今までちょっと変わったセックスが多かったんだ。性癖で汚染するとか集落を篭絡するとか……ここに来てからもリンドンの指示で変なことばかりしてたし、思えば真っ当なもんがねえなあ?!

 ええ、まじぃ……おれ今まで何してたのぉ……。


 まさかここにきて基本が問われるとは思わなかった、こんなんだからリブラみたいとか言われてるんだぞ、おれ!


 だが、ここで仕事にしてるんだから、こういうリクエストもちゃんとこなせるようにならないと駄目だ。

 ファンダルを満足させながら、スキルを成長させる。これがおれの仕事なんだ。


「じゃあ、あの……よろしくお願いしますね❤」


 まずい、めちゃくちゃ期待した目をしている。仰向けになって全部をおれに任せる構えだ。覚悟を決めるしか……ない!


 なんか意識しだしたら急に緊張してきた。恐る恐るベッドに横たわる分厚い肉体に手を置くと、ファンダルから鼻にかかった声が漏れる。


「あっ❤」


 筋肉がすごい発達してるけど、薄く乗った脂肪が手触りを良くしている。乳首とかは十分触ったし、もう挿入で……ええと、やばい、無駄に意識してぎこちなくなってる!


「ふぁ、ファンダルは恋人みたいなセックスってどういうのを想定してる……?」


 もういっそのこと聞け。情けないとか知らん。そもそもおれはセックス三昧だが恋人がいたことはねえの! だってジェルに振られたから! 泣く!


「そうですね……私は本来、こういうのは愛する人とするものだと思っていたので……愛をささやくとか、ですかね……❤」

「なるほど……」

「す、すみません……私は恋人がいたことが無いので、全部想像なんです……❤」

「大丈夫、大丈夫だよ……聞いただけだから気にしないで」


 うん、それくらいならいけるかも。難しく考えない。おれはやるぞ。


 ファンダルの足の間に体をねじ込んで、枕を尻の下に置く。この巨体を持ち上げるのなんて無理だし、屈んでくれないとキスもできない。ディルドは役目を果たしただろうから、抜き去って適当に置く。これでいつ入れても大丈夫なはずだ。


 尻を持ち上げる体勢に恥ずかしそうな顔を見せる犬だが、おれが覆いかぶさるとそっと目を閉じて受け入れた。これキス待ち? 多分そう。


「……んっ❤」


 軽く口を付けると耳がぴくっと揺れる。そのまま肛門にあてがうと、期待と不安の混ざった瞳が開いておれを映し出した。


「入れるよ……」

「はい、いつでも大丈夫です❤実は背中越しに君が硬くしてるのを感じていて、その、早くほしいなと……思ってました❤」


 媚薬で蕩かしてるからね、逆によく耐えてる方だと思う。

 もどかし気な股間ではすでに硬くなった一物が期待に汁をこぼしている。おれの胴体くらいはありそうな足は、がっちり挟んで逃がさない構えだ。ファンダルは普通にしてるつもりだろうけど、すでにギリギリ締まってきてる。本気でやられたら折れそうで怖いよ。


「確認だけど、あんまり腕を動かさないでね。殴られると死ぬので……」

「わかってます……❤抱きしめないように気を付けるので、その分……たくさん、あの……❤」

「キス? ハグ?」

「……両方で❤」


 なるほど、ファンダルのしたいことがわかってきたぞ。元々種付けプレスの予定だし、体は預けちゃおうか。


 そうと決まれば早速挿入しよう。ファンダルにとってはリブラとやって以来の本番だ。丁寧にするために、おれはゆっくり腰を進ませた。


「はうっ❤入って、きて……あ、これです、生ちんぽっ❤ああ、私のおマンコにもっとぉ❤」


 言葉の端々にリブラのしつけを感じるな……。処女喪失がリブラなの、本当に可哀そう。おれでも大差なかったと思うけど。

 体重をかけたところでファンダルの体はびくともしないだろう。なので遠慮なく奥に進むにつれて体を倒していき、全部入った頃には真正面から抱きしめる形になった。


「ふぉ❤入り、ました?❤これで君が全部、私に……❤」

「うん、どう気分は? 辛くない?」

「全然平気です❤」


 本当に全然平気そう。『愛撫』が効いてるか不安になるレベルで。おれの『雄特攻』息してる?

 恋人っぽいことばかりじゃなくて、この高耐性ステータスお化けを抱きつぶすことも考えないといけない。なんだかんだ難易度高いな……。


 まあ、とりあえず、今は慣れるまでキスを繰り返すのがいいかな、それから……甘い言葉ね。


「んっんっ❤ふふっ、ありがとうございます❤セックスとは、こういうものなのですね❤」

「本来はそうかも……ファンダル、すっごいエッチだよ」

「ひぅ……あ、ありがとうございます❤」

「ファンダルって見た目のわりに優しいし、エッチだし……うぶなところも可愛いからやる気出るよ」

「そう言ってもらえると……嬉しいです❤わ、私も、君とできてよかったですよ……❤」


 よし、なんかいい雰囲気だ。この調子でやればいけるかも。

 こんな雰囲気が作れるのも、全部ファンダルが強いからだ。媚薬も『愛撫』も全力なのに、性欲に溺れてないから余裕がある。逆に言えばおれの力不足ってこと。

 『操作』でスキルを弱めさせれば一発なのに……。


 というか、これだけねっとりやってるのに、いまだスキル出力が安定してるのなんなんだ。やっぱりここまでの武人になると、無意識に防御が完璧になっている。これで攻撃の方が得意って意味わかんねえだろ。


「じゃあ本気でやるからね」

「はい❤全部受け止めますから❤」


 だからそれを突破しなくちゃいけない。

 おれは覚悟を決めて、抽挿を開始した。


「ひあああっ❤あうっ❤すご❤きもひぃ❤本当のセックス、あんっ、好きいぃ❤」


 さすがに腰を振ればスキルも効いてる。ファンダルは上ずった声で喜び、腸壁をきゅうきゅうと締め付けた。

 期待に火照る柔肉は温かいプールみたいだ。湿潤な愛液の中を泳いで、奥を目指して穿つ。するとでかい尻から汁が飛び散って、おれの恥骨を温めてくれた。


「んおぉぉ❤ふへ❤すごい、気持ちよくて、幸せぇ……❤前とは、全然違いますっ❤幸せで、溶けちゃいそうですぅ❤❤」

「そっか……」ここは甘い言葉のターンかも。「可愛いよ、ファンダル」

「そんな……んぅ、私なんかを、可愛いとっ❤こんな大男なのに❤っおぉ❤おおぉ~❤」


 照れながらも中が蠢いたから、喜んではいるみたいだ。顎下を撫でてあげると、舌がはみ出してきた。


「あうぅ❤駄目になりそうです❤おマンコ、気持ちよくてぇ❤それに、君の手が、すごく気持ちいぃぃ……❤」

「こうするといい反応するね……エッチだよ、ファンダル」

「君が、興奮してくれるなら、とても嬉しいです❤んおっ❤だから、あの……ふおぉぉん❤い、今なら、腋も……嗅いでいいです、よ……❤」


 腕を上げて茶色の腋毛をさらし、ファンダルは恥ずかしそうに眼を伏せた。これまでのことで慣れてきたんだろう。今なら汗と精液でフェロモンが凝縮されてそう。きっと濃いファンダルが堪能できるはずだ。


 けどごめん、そんな余裕ない! スキル全開で腰振ってるのに、ちっとも効いてねえ! なんだこの防御力!


「気持ちだけ、ふぅ、受け取っとくよ……今は、ファンダルを気持ちよくするのが最優先だからね……!」

「わかりま……あううぅっ!❤❤強いのが奥にっ❤あっ❤あっ❤押し付けられてる……あああぁ~~❤もっとぉ❤」


 おれはもともと無効化系に弱いのは自覚してたが、耐性が強いとこうも効かないとは。いやファンダルがおかしいだけと言えばそうなんだけど。


 媚薬のローションで解したケツはとろとろで、油断するとすぐに果ててしまいそうだ。胸毛に顔を突っ込んで丸太のような体に抱き着きながら、おれは力強く腰を叩きつけた。


「ふっおおぉ~❤❤そこ、そこおぉ❤おマンコ感じてます❤君のちんぽが、こんなに熱くて……はぁ、たまりませんんんっ❤❤❤」

「はぁ……すご、ファンダルの締め付け、強すぎる……❤」

「きっと、『剛力』などのスキルも、あんっ、乗っているのでしょう……❤肛門を締めるためにスキルを使ったことがないので、そこまで威力はないでしょうが❤もっと、うふぅ、強めましょうか……?❤」

「もう大丈夫だから! これ以上は、おれもすぐいっちゃいそうだし!」


 しがみつくために顔をうずめたとはいえ、胸毛のフェロモンが濃くなっているせいで鼻腔が性感帯になった気分だ。ファンダルの匂いに包まれていると、金玉が元気になっていくのがわかる。

 さらに腋も近いし、ここはファンダルという雄を堪能する特等席だと思う。これじゃあおれが腰を振らされているみたいじゃん。

 スキルが効かないなら、技術で何とかするしかない。ファンダルの弱いところを見つけると、そこを重点的に穿つ。すると柔肉が痙攣してもっと気持ちよくなるんだけど、このまま突っ切るしかない。


「ひああぁぁ~~❤❤そこ、きもひぃです❤すごっ❤セックスって、こんな、幸せなんですね❤んっほぉ❤お腹の中が、きゅうって❤君を感じて、ふひぃ、あっあっ……もっと欲しいって思っちゃいますっ❤❤❤」

「そりゃ、リブラとしかやってなかったらね……! トラウマになってなくてよかったよ」

「さ、最初は、すごく緊張しましたが❤君は丁寧にしてくれて、あうぅ❤んはぁ……おかげで、今幸せです❤特訓してて、こんなに幸せで、いいのでしょうかっ❤❤」

「どうせなら楽しい方がいいでしょっ……キス、する……?」

「はい❤いっぱいしましょう❤んああぁっ❤もっと、もっと……君をください❤いーっぱいキスしましょう❤❤❤」

 

 舌先をのぞかせておねだりするファンダルは、上気した顔に期待を光らせている。だから肩に手を置いて動かないように念押ししつつ、舌先に食いつくような口づけを送った。

 キスをしてもファンダルは舌を伸ばすことなく、先端を動かすだけ。入れてこいってことだろう。差し込んであげると満足そうな鼻息が吹きかかった。


「はふっ❤はふっ❤んへぇ❤んん~❤」


 すごい嬉しそうにうっとりしてる。本当にこういうセックスがしたかったんだろうな。

 もちろんキスしながらも腰はフル稼働で、デカ犬のデカ尻を恥骨でぶん殴っている。高々と破裂音が鳴るけれど、絶対痛みなんて感じてないだろう。むしろおれの方が痛いまである。

 どれだけ手荒に抱いても、ファンダルは喜ぶだけ。だからおれは力いっぱい気持ちいいところを狙うんだ。

 

「あふぅううぅぅ❤ん……お゛おぉんっ❤おマンコいいっ❤あああ~そこぉ❤ぎもひいですううぅぅ❤❤」

「んっ」今度は頬にキスを送りながら。「可愛いよ。もっと喘いで……ええっと、可愛い声を聞かせて……?」


 そうしないと効いてるのかわかんない。かなりスキルが減衰されてるし、指標にさせてほしい。

 あと恋人っぽいセリフが全くわからん。こんなのでいいんか。


「ふぁい❤君も、私のおマンコで、たくさん気持ちよくなってくださいね❤❤二人で気持ちよくなりましょう❤」


 なんかウィザロンと同じような、温かい目を向けられる。ひょっとして、催眠とかなくてもファンダルは恋人風エッチが得意なのではないだろうか。これ、道を踏み外す人が出そうだな……。少なくともリンドンは死ぬ。


 宣言通り、ファンダルは肛門を締め付けておれに快楽を注ぎ込んでくる。おかげで汚い音が強くなって、犬の喉から飛び出る嬌声も汚くなっていく。


「んお゛っ❤ふおおぉぉん❤❤ひもちぃです❤深いいいぃ❤そこ、すごい❤❤きゅってきます❤おマンコ、脳まで響いてっ感じる❤❤んおっおっおおぉぉ~❤❤」

「締め付けすんご……ちんぽ食いちぎられそう……! そんなに好きなんだ、おれのちんぽ」

「はいっ❤大好きです❤えへへ❤変態みたいですね❤でも本当ですよ❤んあっ❤君とセックスするの❤すごくて❤好きっ❤です❤❤私、ちんぽを使うより、おマンコの方が好きです❤いっぱい気持ちよくて、幸せですからぁ❤❤」

「なら、よかった……!」


 こんなに全力で攻め立ててるのに! 余裕で全部受け止められてる!

 ゆるゆるな顔で笑っていながらも、防御が一向に衰えない。こうなったらもう全つっぱだ。情けないこと覚悟で、おれはまたも胸毛に顔をうずめてしがみつき、腰をへこへこと動かしてファンダルにちんぽを叩きつけた。


「ふおおぉ❤強く、なりましたぁ❤ふわぁ❤ああ、これ好きです❤君が頑張って❤私を気持ちよくしようと、してくれてるの❤❤んぎもぢいぃ❤お゛っおぉぉ❤エッチ、すごい❤これ……大好きになっちゃいますっ❤」


 こうして抱きしめてると分厚さがよくわかる。腹が出ているわけでもなく、ただただ体幹がぶっといんだ。しかもぎっちり詰まった筋肉が熱くて雄臭くて、こんなの興奮するなと言う方が無理だ。


「好きに、抱き着いて、ください❤君なら、何をしてもいいですよ❤んおっおっおおぉ❤へひぃ❤おマンコすごいぃ❤ふふっ、ちんぽ硬くしてくれるのが❤こんなに嬉しいなんて……えへへ❤❤」


 オナホを使っているときはあれだけ雄々しかったのに、今ではとろとろの雌犬だ。本人的にもこっちの方が好きなんだろう、おっぱいを揺らしながらずっとキス待ち顔で舌先を出している。

 胸毛の雄臭さも堪能したいのに、顔が一つじゃ足りないな。今度じっくり嗅がせてもらおうと決めて、キスに応えるために顔を上げた。


 ずこばこと響く交尾の音に、軽いリップ音が混ざる。ファンダルの上ずった声は甘く、雄らしさと雌らしさを混ぜ込んで鼓膜を蕩かせてきた。舌先だけをはじくような口接を終えると、混ざった唾液がとろりと糸を引いた。


「ひひゃあぁ❤あの、もう、出そう……ですっ❤いっちゃいますっ❤」


 さっきからおれらに挟まれてのたうっていたファンダルの巨根が、ひときわ大きく跳ねた。

 よかった、さすがに先にいきたくなかったから、このまま果ててほしい。おれも危ないところまできてる。


「君も、このまま出していいですからっ❤さっきから、すごく熱くて❤もう限界なんですよね❤」

「実はね。じゃあ中に出すよ……」

「はいっ❤私のおマンコに、君のザーメンを❤たくさんくださいね❤❤ふおっ❤おおぉぉ❤❤あ、もう……おマンコ、限界、ですぅ❤❤」


 その言葉通り、ファンダルは屈強な体を弓なりにしならせて射精した。


「ふあああぁぁぁっ❤❤❤❤」


 うわ、おれを乗せながら腰を浮かせる筋力に驚きつつも、腹に当たる白濁の強さを感じる。精力関係は何もスキルを使ってないのに、素のままで大量射精してる。

 巨根はのたうち回り、何度も収縮しているのがわかる。その力強さは見えてないのに雄を十分に感じさせた。


「い、っでますっ❤すごい❤溶けちゃいそうです❤んあ、ああぁ……❤❤」

「きっつ……これ駄目かも……」

「出してください❤君のザーメンが、欲しいです❤お願いします❤❤私の中を、君で、たくさん満たしてくださいっ❤❤」


 隙間から吹き付ける性臭は胸毛を通しておれを刺激し、お前も射精しろと語り掛けてきた。マンコはぎちぎちに締め付けてそれを望み、ファンダルも涎を垂らしながら乞うている。


 だったらもう遠慮なんて必要ない。おれは絶頂しているマンコに鞭打って、奥を突きあげた。


「ふっおおぉおぉぉん❤❤❤❤これ、すごっ❤君の本気、感じる❤えへぇ❤私に興奮してくれてる❤早く❤早く❤ザーメンくださいぃ❤❤」

「出すから……! いくよファンダル!」


 柔肉をこじ開けて奥に。亀頭がひだに舐められて、粟立つような快楽が最後の鍵をねじ開ける。

 ああ、もういく。そう思っていた時、ぐんっと、視界が揺れた。

 今まで理性を保って逃がしていたファンダルの手が、ここに来て急におれの頭をわしづかみにしたのだ。でかい雄の手に引き寄せられて抗う時間もないまま、ファンダルと荒々しいキスをしながら射精する。


「んっ?! んんんっ?!」

「んふぅ❤んっふっ❤ん~~❤❤」


 今度のファンダルは積極的だった。自分から舌を差し込んで、嬉しそうにおれの口内を嘗め回す。おかげで射精のせいで何も考えられない間、酸素すら満足に与えられなかった。


 だというのに、おれの腰はデカ尻をつぶす勢いで押し付けて、奥に届けようとしている。確実にこの雄を孕ませるのだと、本能が叫んでいた。


 そして、射精が落ち着いてもキスは止まらず、延々と続く。おれももうやけくそになって、後ろ頭がぎりぎりいってる気がするけど、全部無視して唾液を飲み込むことに決めた。

 どうせ逃れられないんだ、気のすむまで付き合った方がいい。おれも嫌いじゃないしね。


 やがておれらの口が唾液まみれになった頃、ようやくファンダルが一息ついた。


「はふ……あ、ああっ?!」


 少し苦しそうにしているおれに気付いたのか、慌てて両手を離して万歳の体勢を取る。


「す、すみませんっ! 痛くなかったですか? 力加減を間違えてませんでしたか?!」

「ちょっと痛かったけど……大丈夫。はげてないとは思うし」

「申し訳ありません……すっかり耽ってしまって……」

「それだけよかったってこと?」

「う……はい。すごくよかったです」

 

 よかった、どうやらファンダルの要望を満たすことはできたようだ。後はスキルが成長してればいいんだけど……こればっかりは不確定だしな。

 いろいろ出し切ったおれはファンダルの腹の上で力を抜いて、またも胸毛に顔をうずめる。もうここがおれの定位置。今決めた。


 慣れた雄臭さを吸って深呼吸。分厚くもむっちりしたファンダルは敷布団にも最適だ。ちょっと疲れたから、休憩させてほしい。

 スキルがほとんど効かないから、ほんっとうに大変だった。おれ自身の出力はそこまで低いわけじゃないと思うんだけど、やっぱり化け物相手は気が抜けない。『射精管理』はもっと練習しないとなあ。

 そもそも『愛撫』とかの全力を維持するのが大変だからね。それができてる時点で、やっぱりファンダルは上澄みなんだよ。


「大丈夫ですか……? 無理をさせてしまったようですが……」

「いやーおれもまだまだだなって思っただけ。気持ちよくできてた?」

「それはもう。すごくよかったです。……だから、またお願いできますか?」

「いいよ、今度はもっと気持ちよくするから」

「ふふっ、楽しみにしてます」


 スキルを弱めたのか、ファンダルがそっと抱きしめてきた。汗まみれですごい匂いだったけど、もう気にしてないみたいだ。多分今なら普通に腋も嗅がせてくれそうだな。そんなことしたら第二ラウンドのゴングが鳴るので、やらないけどさ。


「本当によかったです。君のおかげでセックスに対しての恐怖心が、ちょっとなくなりました」

「あーやっぱりあったんだ……そりゃ初体験があれだったしね……」

「でも、君とならもう大丈夫です。君はとても優しくしてくれましたし」


 あのスキル全力の荒々しい腰振りを優しいと言われると、おれが微妙な顔になるのもしょうがなくない? ファンダルの中の優しいセックスの概念、かなり狂ってそう。


「ふぅ……このままじゃ毛皮固まっちゃうだろうし、そろそろお風呂いこっか。ファンダルがいいならだれか手伝いを呼ぶけど……」

「えと、良かったら一緒に入りませんか……?」

「いいよー二人っきりがいいとか?」

「……できれば」


 さすがにこの汚れを他の人に見せるのは恥ずかしいか。

 白竜宮はもともとお妃さまのための宮殿なので、当然お風呂はでかい。寝室からも近いし、仕事終わりによく浴びてから帰ってる。


「でも、もう少しだけこうしていてもいいですか……?」


 なんて言いながらおれの肌を撫でてきた。恋人っぽいってことはピロートークも込みなのかな。だったら付き合うのもやぶさかではない。


 ベッドの中で体をこすり合わせて、何度もキスをして。

 おれらは心行くまで恋人らしいことを堪能したのだった。


****


 全力で抱きつぶした結果、ファンダルがさらに強くなった。

 正確には、抱きつぶそうとおれが頑張った結果、だが。あの体力精力特盛高耐久暴力の化身相手では、おれではまだ力不足だ、


 でも、おかげで四席目の候補として、もっとも注目されているらしい。やはり元から二つ名を持つほど強いと、強化がいっそう顕著だ。


 そういう意味じゃ『華炎』も似たようなものなんだけど、あいつらが伸びてるのは戦闘系の能力じゃないんだよなあ。戦闘にも使えるし、なんだったら全然強化されてるけど、ちょっとスケベ方向に強くなりすぎている。

 戦いたくはない能力ではあるんだけどね。今のところうちで一番スケベな能力を開花させているので。こういうところにもメンタルの影響があるのかもしれない。


 けど……噂に聞いてる評判とおれの情報はちょっと違う。どうやらファンダルは自分のスキルの全部を公開してはいないみたいだった。なんでかはちょっと気になるから、今度聞いてみようかな。


 そして、親友のファンダルが最強レースの頭一つ抜けたことで焦る男がここに一人。


「……お前、まじか」


 フォグがあっけにとられるのも無理はない。グランドが提示した条件はおれでも耳を疑うものだったからだ。

 話がしたいと呼び出されてみれば、なんかすごいことを聞かされている。


「本気だ。おれの家は元帥を数多く輩出してきた軍の名家。四席目の取得で元帥に近づけるとなれば、実家からこのくらいの支援はもらえる」

「だからって本気すぎるだろ……さすが将軍貴族家と言われるだけはある。だが、お前はこういう家の力ってのが好きじゃなかったはずだが……?」

「もうそんなこと言ってられねえ。ファンダルがあそこまで強くなった今、なりふり構っていられねえんだ」

「わからなくはねえが……」


 グランドから提示されたのは、おれの隊を支援するので優先的にセックスしてほしいというもの。でもその金額がえぐくて、貴族の中でも裕福なフォグが絶句するレベル。

 おれは見たことないような額を提示されて、何を言っていいのか全く分からない。こういうのって国から予算が来るとかじゃないの? 個人でもらっていいの?


「まあ、あんまりよくねえけど、献金ってことだったらまあ……でもまさかお前がこんな手に出るとはな……」

「おれだってファンダルと競うための努力は惜しんでねえし、正々堂々競うために今までこんな手段は使ってこなかった。けど、あいつの背後にリブラがいるとなりゃ話は別だ。おれは自分にできるすべてを使い、もっと強くなる必要がある」


 確かにリブラ相手に出し惜しみはできないのはわかる。実際ファンダルはリブラと仲がいいしなあ。知恵と暴力が合体してるの、普通に考えて恐ろしいよね。


「それにおれは……ファンダルには負けたくねえ。あいつはすごい奴だ。努力をかかさず、うぬぼれず。おれが少しでも気を抜くと、絶対追い抜いてくる。でも今回だけは絶対に、負けるわけにはいかねえんだ!」


 鼻息荒く叫ぶサイは気迫に満ちている。ファンダルを救いたい気持ちと負けたくない気持ちが合わさって、やる気が噴火していた。


「グランドにとってファンダルは友でありライバルだからな。軍部でも有名な話だぞ」

「そうなんだ……だからこんなに……」

「なりふり構わねえ、だろ」おれの逡巡をサイが受け継いで。「んなのはわかってる。けど、躊躇してちゃ何も掴めねえ。おれはもっと前に! 誰よりも前に出ねえと駄目なんだ! 大事なものを守るために!」

 

 熱血すぎる……でもベッドの中だと可愛いんだよなこの人。不慣れ度はファンダルと同じくらいだし、打って変わってしおらしくなるんだ。最初はキスするのも駄目だったもんなあ……。

 ファンダルがいちゃいちゃを求めて甘えてくるなら、グランドは借りてきた猫みたいになる。口数も少なくなって、ずっと真っ赤な顔でこらえるようなセックスをするんだ。かといって嫌なわけじゃなくて、ただ単にリードされるのが慣れないだけっぽい。


 グランドのやる気はわかったけど、これどうしよう。


「ひとまず、コハク王子に相談だな。もらえる額が額だし、勝手に私腹を肥やしていると思われると不忠を疑われる」

「まあそれは確かに……コハクにもいくらか流した方がよさそうだよねこれ……」

「元老院とやりあってる今、財源は喫緊の課題だからな。娼館での稼ぎがあるとはいえ、多いに越したことはない。グランドもそれでいいか?」

「もちろんだ、おれだって王子ににらまれるつもりはねえ。本当ならおれが王子に打診すべき事案だが、お前らに話を通すのが筋だと思ったからこうしただけだ。それに、フォグならそうすると思ったしな」

「信頼してくれてなによりだ」


 どっしり構えて頷くサイだけど、焦りは隠しきれていない。鎧がかちゃかちゃと鳴る頻度も前より多い気がする。


「お前」そんなことはフォグも気付いていて。「焦りすぎるなよ。お前はいつも突っ走る癖があるんだからな」

「わかってる……つもりだ。でも、今は走る時だろ。ここで走らねえでどうするんだ。おれはもう、あの時みたいな無力感を味わいたくねえ。何もできずに這いつくばるくらいなら、死ぬ気であがいてやる!」


 あの騒動はグランドからすれば、リブラからファンダルを助けられず、ジェルへの悪逆を見過ごしたも同然だし、相当腹にきてるのはわかる。

 それがトラウマになって権力と力を欲しているんだろうな。自分が上に立って正そうという気概も見えている。その姿は熱意に燃える若者そのもので、蓄えているエネルギーがおれとは全然違う。


「でも、ファンダルは自分の意思で四席目を狙って、おれに体を預けてきた。それにメンタルも頑丈で、すごく強い雄だよ。グランドは心配しすぎなんじゃない?」

「そうかもな。でも、あいつの政治力は正直ジェル様と同等だ。四席目なんて座らせたら、リブラや元老院の思うつぼだろうよ」

「……そうなの、フォグ?」

「まあ、否定はしねえ。親父もいなくなっちまったし、後ろ盾って意味でもファンダルは弱いからな。リブラにそれを求めているのかもしれねえけど、そうなると権力の構図がめんどくさくなるし、最悪軍部が分裂する。グランドはそれを危惧してんだよ」

「なるほどねえ……」


 教育って意味ならおれもファンダルも似たようなものだと思う。こういう政治的な話なんて全く分からないし。


「お前はそもそも後ろ盾がコハク王子な時点でそんなこと心配する必要が全くないからな。しかも保護者にジェル様もいるんだぞ」

「それはそう……」


 あの二人をバックにいるおれに、誰が文句を言えるって話か。軍部だけなんだろうけど、おれはここから出る気が無いので別にいい。

 でもファンダルにはそういうのがないから、グランドは守りたいってことなんだろうけど、実際やってみたおれからすればちょっと過保護な気がする。あんなことがあったから意地になってるのかもしれない。


 本人もわかってそうだけど、わかったうえで突っ走ってるよな。だとするなら、あんまり言えることもないか。


 そしておれらはグランドと別れた後、すぐさまコハクに会いに行った。


 コハクは執務室で死にそうな顔をしていたが、おれらが来たことでものすごく嬉しそうに顔を輝かせた。最近見ないと思ったら忙殺されてたんだ……まあ再起不能になった国王の分も仕事してるもんね……。

 黄金の龍はすぐさま書類を脇に置いて、休憩するのに都合がいい大義名分を手に入れたと、ほくほくで話を聞いてくれた。


「……なるほど、話はわかった。引き受けても構わんぞ。そうなるだろうとは思っていたからな」

「強化という点で、こいつ以上の適任はいませんからね。それで、グランドには王子に献金するよう進言すればよろしいでしょうか?」

「ん? いやいや、それは全部君らがもらうといい」

「えっ! ……よろしければお考えを聞かせていただいても?」

「なに、大したことじゃない。四席目を取るのに君らの力が必要なのだから、これからもそういう依頼が来るだろう。私は君らがため込んだのちに、いくらかもらうことにしよう」

「……はあ、そういうことですか。なら、最初から狙ってましたね」

「私はこれでもできる王子なのでな」

 

 なになに、おれ抜きで通じ合わないで!


「王子はこれを機に権力基盤を確実にするつもりだってことだ。おれらへの献金が王子に流れないとなれば、元老院の奴らも勘ぐる。おれらは王子の忠臣じゃないかもってな」

「うん、それはわかる。……それで?」

「だったらあいつらもおれらにアプローチをしてくるのは明白。親父のいない軍部はあいつらにとって格好の餌で、手中に収めれば無視できない権力になるからな」

「つまり?」

「四席目に元老院の息のかかったものを座らせるために、おれらにそいつを強化するように提案してくる。そいつらから金を巻き上げて、自分の懐に入れようってのも考えだ」

「はあ……」


 それしか言えなかった。つまりコハクが四席目に乗り気だったのは、最初からこのためだったってことか。抜け目がなさすぎる。


「え、でも、今三人に選ばれて訓練してる人の中にそんな人いるかな……」

「いねえだろ。そもそもリブラやリンドンが除外されてる時点で、あの三人……いや、ジェル様以外は元帥に向けて権力を強められそうな人材を選んでる。元老院も馬鹿じゃねえ、そんなところに声なんてかけりゃ、一発でバレちまうからな」

「だったら……ノーマークなところからってこと?」

「それが妥当だろうな。別に最強は軍部から出す必要はねえんだ。あいつらご自慢の精鋭を持ってくるに決まってる。そんで、そいつが四席目に座れば、鳴り物入りで軍部に送り込めるって考えてそうだな」

「んじゃあ、おれに敵を強くしろってこと?」

「まさか。そんなわけねえだろ。そうですよね王子?」

「うむ」


 正解と言わんばかりにコハクが頷いた。


「なあ君、君よ。君は人を篭絡するのが得意であろう? ウィザロンやゴライザのように、どれだけ強くとも魅了する技がある」

「あ……つまり、おれにしてほしいことって、寝取り?」


 にんまりと、コハクが笑った。一瞬リブラと重なったけど、そういえば腹違いの兄弟だったわ。


「そういうことだ。元老院の奴らはまだ君の本当の恐ろしさを知らん。だからもし、そういう依頼が来たら全力で篭絡しておいてほしい。向こうも絶対に裏切らないと確信している腹心を送ってくるだろうし、スパイにもうってつけだ。私もそろそろ元老院に対して影響力を持たねばならん」


 うわ、臆病さえ隠せれば、本当に有能だ。依頼が来たらおれらがちゃんと報告するだろうってことまで織り込んでる。確かにフォグなら絶対にそうすると、おれでも思う。

 四席目を呼び水に、元老院に食い込む。確かに軍部には圧倒的な影響力を持つコハクだけど、元老院となると話は別だ。あの人たちは独自の権力基盤を持ってるらしいし。


「そろそろかと思ったが、まさかグランドが最初とはな。あいつの忠義は疑っていないから、これは漏らしても構わんぞ。その方が私としても味方が増えるからよい」

「だったらグランドを徹底的に抱きつぶして強化した方が、いい宣伝になるでしょう。至急リンドンにこれからの計画を作らせます」

「頼んだ」

「ちなみにその話をウィザロン様は……」

「知っているとも。だが、あいつのやることは変わらん。軍部に基盤を作ってくれるならそれもよし、だからな」

「まあ確かにそうですね……ウィザロン様が元帥になれば結果としてコハク王子の権力になりますし」


 っというわけで、コハクの真意を聞いたおれらはグランドへの優遇を検討することになった。

 なんかいろんな思惑が錯綜してるな……前々からそうだったけど、コハクはおれ以上におれの使い方が上手いんだよなあ。本人は無効化中心の防衛よりだけど、スキルが違ったら天下を取ってそうだ。無効化も十分チートではあるが。

 傭兵街に行った時と同じく、結局流されてる感じが強い。でもまあ、おれはみんなが強くなって平和に過ごせればいいんだし、コハクの地位が安定するのは悪くない。だから今回は流されておこう。


 ジェルはこんなところにいたんだなあと、苦労がしのばれる。謀略をすべてねじ伏せられるほど強くて本当に良かった。おれも頑張らないと。


 なんて思いながら、二人の話を理解しようと試みるだった。


****


「さて」当然のようにウィザロンが音頭を取る。「進捗を聞こう。それぞれの育成はどうなっている?」


 候補たちにある程度指導をし、三人はまた会議室で向かい合っていた。

 だが、ウィザロンの自分が上だと言わんばかりの態度に狂犬は気に食わないと噛みつき、うなるように返事をする。


「そこまで言ったのなら、てめえから話せばいいだろうが」

「それもそうだな」威圧をひらりとかわしながら。「私が担当したのはヤードとフォグ、それにグランドだ。全員順調に伸びているが、特にヤードとフォグの成長は著しい。もともとユニークスキルを手に入れたばかりなこともあり、今後が楽しみだ」


 ウィザロンから見て、フォグとヤードは生まれの問題で元帥は遠い。グランドに関してはコハクの思惑があるとはいえ、元帥を譲る気はないため警戒はしている。それでも彼らの中の誰かが四席目に座れば、上手く味方に付けられると踏んでいた。


(平民とグリッジの息子では、元帥になるには功績などが足りん。ヤードはジェイルラルに恩義があれど、ジェイルラルに出世の意思がない以上私に与するのが一番だろう。フォグも同様だ。我が愛のためとはすなわち、コハク王子のためなのだからな)


 虎の胸中をどこまで把握しているのか、ゴライザは牙をむいて話し始める。


「そういえば、グランドのやつがコハクを無視してご主人に金を積んだらしいな。そんでご主人はそれを懐に仕舞って、勝手にグランドへの行為を行った。おかげでコハクがそういう時は自分に払うようにと声明を出した……が、おかしいよな。あのご主人が私腹を肥やそうとするか?」

「単に不慣れでそのまま受け取っただけかもしれん。我が愛は政治に疎いからな」

「はっ、フォグやトリドスが付いててそんなへまするもんかよ。折角コハクが主導になって立ち上げた部隊なのに、これじゃあ管理できてねえって公言するようなもんじゃねえか」

「今はフォグらも訓練によって目が届かないことも多い。ある程度は致し方ないだろう」

「そういうもんかね。まあ、てめえがそう言うならそういうことにしてやってもいいぜ。ご主人に危害がない限りはな」

(この犬、果たしてどこまで察するか。狂犬と聞いて侮ったな。食らいつかれぬよう慎重にせねばならんか)

(脇の甘さを見せるのは罠だろうな。何を誘い出そうとしてやがるのか……可能性が一番高いのは元老院だな。ご主人のことを知ってりゃ、こんなのあり得ねえってわかる。俺はご主人のわんちゃんだぜ。飼い主のことくらい、わかるっての)

「……すまない」


 そっと声を上げたのは、異世界人の保護者である狼だった。

 ジェイルラルは二人の思惑を何もわからないまま、ただ保護者として言うべきことを口にした。


「私の教育不足が混乱を招いてしまったようだ。私に似て、あの子は本当に政治に疎いのだ。独り立ちしたあの子に対し、過保護になるつもりはないが……どうかあまり怒らないでやってほしい」

「はあ?! 俺がご主人を怒るわけ――はんっ、てめえの教育ならたかが知れてるってもんだ。どうせ元からその方面じゃ期待してねえよ。せいぜい足を引っ張らねえようにだけしてくれりゃいい」


 うっかり忠犬が駄々洩れになったが、舐められないようにすんでのところで飲み込んだ。『忠犬』の性癖がゴライザから来ていることは隠しようがないが、あのでろでろに甘える姿は絶対に隠し通すつもりだった。


 申し訳なさそうに耳を伏せる狼に口を滑らせそうになって飲み込む犬。それで会話が区切られたと判断し、虎は報告を締める。


「四席目については、オールラウンダーのヤード辺りが妥当かもしれん。あれほど器用に立ち回れるスキルは中々あるまい」


 それが事実であることは三人ともわかっている。攻防万能であり、補助も可能なヤードの能力は伸ばせば確実に最強クラスになるだろう。


 だが虎の思惑を察したゴライザは舌打ちで話を打ち切った。


「どんなに万能でも出力が低かったら意味ねえだろ。その点、俺が指導してるトリドスとファンダルは一点特化が突き抜けている。それに名声という意味じゃトリドスに勝てる奴はいねえ。傭兵街との兼ね合いも考えれば、あいつに座らせるのが一番手っ取り早いだろ」


 戦闘スタイルが近いということでファンダルを担当することになったゴライザだが、リブラが噛んでいる以上選ばれることはないと判断している。能力的に偏りが強すぎることもあり、それはウィザロンも承知していた。

 そして、ゴライザはトリドスが四席目に座れば協力関係を結ぶと確約を取っている。同じ傭兵街からの移行同士であり、ある程度の結託が必要だと二人は割り切っていた。


(だがトリドスはそもそも軍部に来て日が浅い。根回しが得意なのはわかるが、まだ時間が足りねえだろうな。手伝って恩を売ってやりてえが、俺も立場は変わらねえ。とすれば、こっからヤードあたりを味方につけた方が楽か……? いや、この虎が見過ごすなんて、そんな間抜けなことするとは思えねえな……)

(元老院を誘い出すためにももう少し引き伸ばした方がいいのだが、そうするとトリドスが台頭する。ただでさえゴライザがいる故、傭兵街連中の発言権がこれ以上増すのは防ぎたいところだ。引き際を誤ってはならんな……)


 それぞれの思惑を確認する犬と虎が無言になった隙を見計らい、最後に狼が凛と声を上げた。


「では最後は私か。私が担当するガニスと『華炎』の兄弟も順調だ。特に兄弟はあの子と触れ合う機会が多いせいか、特異なスキルがある。本人たちの特性を伸ばしながらも、対応できる幅も増えてきている」


 確実に四席目に座らないだろう三人を押し付けられた狼だが、声音は嬉しそうだ。単純に誰かの成長が嬉しいのだと、温和な顔に書いてあった。

 遠距離せん滅を得意としている兄弟は近距離戦への苦手を克服しつつある。もともと息の合った連携ができるため不得手ではなかったが、それは一般兵相手の話。頂点を競い合うにはどうしても劣っていると言わざるを得なかった。


(ガニスも少し変わったスキルを手に入れたおかげか、立ち回りの幅が広がった。こうして国が盤石になれば、民の生活は安定するだろう。いいことだ。そうなったら、旅行がしたいと言っていたあの子を連れて、どこかに出かけよう)


 ジェイルラルとて、四席目の意味は十分理解している、だが、彼は自分が元帥をやるより、もっとふさわしい人がした方がいいと思っていた。

 だから、口にする発言も至極真っ当になる。


「私としては、このまま訓練を続け、もう少し彼らの成長を見守りたい。折角のまたとない機会だ。彼らが存分に腕を振るえるよう助けるのも、私たちの仕事だろう」

「俺は構わねえよ。なんだかんだ言いつつ、俺もいい練習ができている」

「うむ、やはり見どころのある者たちと剣を構えるのは、自分のためにもなるからな。私も構わん」

(トリドスが勢力を広げる時間を稼げるなら、俺としても問題ねえ)

(我が愛の下に元老院の者が来るまでは時間を稼ぐ必要がある……懸念点はあるが、致し方ない)


 もとより誰もこんなに早く決まるとは思っていない。ただの定期確認であり、手の内を探り合う以上の意味などはないのだ。


「ゴライザ」虎はいかつい顔を犬へと向けて。「ファンダルはどうなっている?」

「あ? 強くなってるぜ。ただ、どうにもリブラの影がちらつくんだよなあ。元帥としての地位を使ってご主人のところに育成をねじ込んだみてえだし、このままごり押しされると評判までついてくるんじゃねえか」

「あれが強いことは疑っておらんが、リブラ様は何をなさりたいのか……。仕事は真面目にこなしておられるようだが、どうにも……」

「はっ、あれは面白半分でひっかきまわしたいだけだろ。訓練だってふらっと来てはそれっきりだ。俺らの反応を見て楽しんでるんだよ、あの馬鹿猫は」

「貴様、軍所属になったのだからリブラ様に少しは敬意を払え」

「はっ」


 犬猿の仲である獅子に誰が敬意など払うか。鼻で笑いながら、ゴライザは言外にあしらった。

 リブラに権力を握らせてはおけないというのは共通しているが、扱いにはかなりの差がある。ウィザロンはいつか不敬罪で処罰できる日を待つことに決め、話を進ませることにした。


「一つ言っておくが、私はなにもリブラ様を蹴落としたいなどとは思っておらん。ただ、何かあった時のために用意をしておきたいだけだ。そこをはき違えるなよ」

「はいはい、そうやって足踏みしてると、どっかの誰かさんに奪われちまうぞ。俺の知ったことじゃねえがな」

「ふん、まあいい、ファンダルの後ろ盾の弱さは懸念事項だったが、リブラ様なら元老院どもに後れを取ることはないだろう。その点では安心と言える」

「だから俺に押し付けたくせに、よく言うぜ」


 リブラに協力を持ちかけられれば、ジェイルラルは断らないだろうしウィザロンも性格上難しい。互いにいがみ合っているゴライザだからこそ、リブラの甘言を断固として跳ねのけられる。ゴライザは自分がファンダルを担当することは、自然な流れだとすら思っていた。

 そしてそこまで踏まえたうえで、ゴライザはファンダルを担当している。


(まっ、あの馬鹿猫の力を借りるのはしゃくだが、ご主人のためとあらばわんちゃんは忠犬だから我慢できるんだぜ❤ご主人を仲介させれば協力は取り付けられるだろうし。ウィザロンを出し抜くならここだ。だからトリドスがしくじったら、あっちに乗り換える)


 トリドスと手を結んでいるが、使えないようなら即刻切り捨てる。そういうつもりでゴライザは動いている。丸くなったとはいえ、主以外はどうでもいいという性根は変わらないのだ。


(結局このままだとほとぼりが冷めた後、コハクの奴がウィザロンを元帥に指名して終わりだ。俺が上り詰めるためには、周囲から無視されないだけの手柄と名声がいる。四席目、絶対に俺のものにしてやる)

(あの子は今回のことでコハク王子に叱られたと言っていた。だが受け取ったお金を献上したことで、罰を受けるようなことにはならなかったとも。本当に良かった。今度一緒に食事でもして慰めよう、私はあの子の父なのだから)


 元老院に手を伸ばしたいコハクの意向を踏まえつつ行動しているウィザロン。

 ただただ自身の権力を伸ばすために毛嫌いしている獅子すら利用しようとしているゴライザ。

 そして、教え子の成長を楽しみつつ我が子の行動を応援するジェイルラル。


 三者三様の思惑を胸に、会議は表面上問題なく進んでいった。


****


 あれ、と思ったのはおれが仕事場から帰る時だった。


 フォグたちは訓練がある日だから業務もほどほどに切り上げて、いつもより少し早めに終われた。だからジェルに会いに行こうと王宮の廊下を歩いていた。

 ジェルの担当する訓練がないことは兄弟から聞いて知っている。だから一緒に帰れるならそれでいいし、駄目なら挨拶だけでもしたかったから。


 もはや慣れた職場である王宮で迷うことはなく、足取りも軽い。

 その道すがらに、二人はいた。


「なあファンダル、お前は本当にリブラの言うことを聞いてくのか?」

「そのつもりです。グランドさんが心配しているのはわかりますけど、安心してください。リブラ様はみんなが言うほど悪い人じゃないんです」

「お前がそう言うなら、おれだって信じたいさ。でもな……」


 サイと犬が何やら訳アリな雰囲気を漂わせて話をしている。偶然出会ったとかなのかな。ここら辺はコハクのいる中心部より訓練場の方が近いから、多分そう。

 ここを平然と通り過ぎれるほど、おれは無神経ではない。でも、無視するのもそれはどうなんだと思う。二人のことは気になってるし、手助けがしたい。


 だから、ちょっと隠れて会話を聞くことにした。盗み聞きだけど許してほしい。


「お前だってわかってるだろ。あの時、リブラがおれらに何をしたのかって……」

「そうですね……あれは確かにやりすぎだと私も思います。でも、リブラ様はあの時私に約束してくださいました。家族のことは庇護してくださると」


 二つ名という名誉があったとしても、家族を守れないとファンダルは知ってしまった。グリッジのせいで。

 確かに今はリブラが保護をしているから、結局グリッジがリブラに変わっただけな現状だ。ファンダルが言うことを聞くのも当然か。


「だから、おれが元帥になれば、お前にそんな苦労はかけさせねえ! 今だっておれの家に来れば守ってやれる! って何度も言ってるだろ!」

「……お気持ちは嬉しいです。でも、それは結局リブラ様からグランドさんに変わっただけではないでしょうか」

「おれはあんな奴らとは違う!」


 嫌悪を吐き出すかのような声が周囲を震わせる。グランドは本気でリブラたちと同列にされることを嫌がっていた。

 けど、ファンダルは申し訳なさそうに目を伏せて、視線をサイからそらす。それがもう答えだった。


「ごめんなさい。けど、やっぱり自分の手で守りたいのです。私は……そのために騎士になったのですから」

「だが、今のままだとリブラのいいように使われるだけだろ……!」

「それもわかっています。けど、私自身に権力がないよりかは、傀儡だろうと椅子に座っていたい。もう二度と、私の好きな人たちが巻き込まれないように」


 そうだろうなと、おれは納得しかない。ファンダルとの付き合いは浅いが、家族や友人に対して情が深いのはわかっている。そして、誰よりも矢面に立って守りたいという気持ちがある。

 それはグランドと一緒だ。このサイも結界使いとして、誰よりも前に出て、自分が皆を守るんだと意気込んでいる。


 だからこそ、二人は相容れない。スキルが違えど、騎士としての気持ちは同じなのだから。両者は互いの前に出ようとしている。


「グランドさんは私のことを生まれで蔑んだりしませんでした。大事な友人です。そして、私はそんなグランドさんの負担にはなりたくないのです。だから、対等でいさせてくれませんか……?」

「……っ!」


 友人だから貸し借りなしでいたい。そう言われるとグランドは断れないだろうなあ。


「グランドさんが家から元帥になることを期待されているのはわかっています。でも、いつも言っていましたよね。生まれなんて関係ない、自分たちはライバルだから、遠慮せずぶつかってきていいって。私……嬉しかったんですよ」


 どれだけ競っても友情が壊れることはない。このまっすぐなサイが宣言する光景はおれでも想像できる。そこに嘘偽りがないだろうことも。

 グランドはファンダルに負けないように必死だったけど、ファンダルもそうだったんだろう。そんな関係だと今の会話でなんとなく察した。名家出身のグランドと平民のファンダルは、確かに友情を育んでいる。


「だから、私もグランドさんに負けたくないんです。確かに私はまだまだ未熟で、政治的にも弱いのですが、だからこそ自分の足で立ちたいのです」


 やっぱりファンダルは温和で優しいけど、意思が本当に強い。あの騒動を通して学び、自分だけの力を確立させようとしているんだ。そのために今はリブラの後ろ盾を経て、四席目を狙っているってことか。


「ファンダルってああ見えて結構頑固なんだよねー」


 圧倒的質量の胸が頭に置かれて、間延びした声がかけられる。振り返ることもできなかったが、誰かはすぐにわかった。


「ランドか、割って入らないの?」


 太鼓腹が特徴な食い意地の張った虎、ファンダルのところで副隊長をしているランドがこそっと喋りながら、覗き見を続ける構えを示す。


「いやー、今のおれが行ったってお邪魔でしょ。君と一緒。最近あの二人ぎくしゃくしてるし、ここらで爆発させた方がいいと思うしさ」

「ぎくしゃくしてるんだ」

「リブラが間に入ってからは特にね。でもおれとしては、リブラが丸くなったことは知ってるんで、ファンダルの好きにすればいいと思ってるんだ。まあそれでグランドにちょっと詰められたけど、おれはファンダルの味方だし」

「なんか三人込みでぎくしゃくしてない、それ?」

「あはは、そうかも。おれは全然気にしてないんだけどね。グランドがファンダルのこと大事にしてるのは知ってるしー」

「大事にしてるというか……グランドから見たら、ファンダルは庇護対象なんだろうね」

「そういうこと。ファンダルは全然弱くないのに。まあ、リブラやグリッジにいいようにはされてたから、わからなくはないんだけどさ。でも、あいつは折れないよ」

「知ってる。この前本気で抱いたけど、ぴんぴんしてるから」


 暗示や性癖を縛ったとはいえ、あまり淫乱になったようには見えない。元からマゾっぽかったのもあるだろうけど、本気で抱くと結構喜ぶくらいにはタフだ。

 

「だからさ、ファンダルはどちらかというと君の方が相性いいと思うんだよ」

「あーまあ……わからなくはない。グランド相手だと結構意地張ってるみたいだし」

「なにせライバルだしねー。その点、君ってちょっと頼りないし、ジェル様とかファンダルとか、ああいう人の庇護欲を結構そそるんだよ」

「面と向かって言うなよ……気にしてんだからさ」

「あはは、ごめんねー」


 絶対悪いと思ってないだろこの太鼓腹猫。そんで、おれを抱きながら体触ってくるのは何なんだ。


 そうこうしている間も、サイと犬は平行線のまま。互いが互いの前に出ようとしていて、話がまとまるわけもない。


「わかったよ、わかった。お前がその気なら、おれだって本気だ。絶対に負けないからな」

「はい、いい勝負をしましょう。私も頑張りますから」


 結局二人の関係性が変わることもなく、ただ最強を目指しあうことを確認するだけに終わった。やっぱり勝者の意見しか通らなさそうだ。

 踵を返して別れる光景が、今の関係をわかりやすく示している気がする。そして、おれの方に来たのはファンダルだった。


「おや、ランドに……」

「どうも……」

「ひょっとして今の、聞いてました?」


 さすがにごまかしきれないのでゆっくりと頷いておく。


「それは……お恥ずかしい。私も少し意地になってしまいまして……」

「まあいいんじゃない」ランドがのほほんと。「おれから見てもグランドは過保護だし、そろそろわからせてやりなよ」

「でも、私のことを考えてくれているのだから、申し訳なくて……」

「あんまり態度に出てないけどね、それ。意地張ってる自覚があるならいいけどさ」


 だからお前はずばっと言いすぎだろ。けど、マイペースながらちゃんとものが言えるから、副隊長としても頑張れているんだろうな。


「最強の椅子は残り一つしかないんだし、気のすむまで喧嘩しなよ。その方が後腐れも無くていいでしょ」

「あはは……そうかもね」

「おれはファンダルの味方だし、困ったときはいつでもこの副隊長を頼ってね」

「うん、そうさせてもらうよ。ありがとうランド」


 敬語が取れたファンダルの自然な笑みはかなり可愛い。見た目の雄臭さを全部打ち消してなお、可愛いという評価になるのすごいな。醸し出す雰囲気の柔らかさがそう思わせるんだろう。リンドンが狙うわけだ。


「ですが……このままだと……」


 一瞬犬の顔が曇ったが、それを問う前にファンダルが口火を切る。ランドも気付いてそうだけど、聞きすぎると過保護のグランドと同じになると思っているのか、もの言いたげな顔で口を噤んだ。


「それで、君はどうしてここに? 誰かに用事ですか?」

「あ……ああ、おれ? おれは早めに仕事が終わったから、ジェルに会いに行こうと思って」

「そうだったんですか。ジェル様なら先ほど帰られましたよ。グランドさんに会う前、挨拶をしましたから」

「え、残念……すれ違ったかあ……」


 ジェルの帰宅っていうのは本当に一瞬だから。圧倒的な移動速度のせいで、馬車すら不要なのだ。だからもう家についていることだろう。


「あの……」


 落胆しているおれにファンダルからおずおずと声がかかる。


「ということはもう本日の業務は終わったんですよね?」

「そうだね、後は帰るだけだよ」

「でしたら……えっと、もし予定がなければ、私とエッチなこと、しませんか……?」

「それって、オフで? それとも特訓って意味で?」

「あ、それはもちろん特訓です! オフとか、あの、私と君はそういう関係でもないですし、君にとっても数回抱いただけの男からそんな誘いをもらっても困るでしょうし……!」

「いや別に、もっとぐいぐい来る人もいるから全然」


 忠犬メンツとかな!

 単純にオフと特訓だとエロのやり方が違うので確認したかっただけなんだけど、ファンダルは勘違いしてませんとアピールに必死だ。

 視線はさまよって掌は開いて閉じてを繰り返し、不慣れすぎて挙動不審になっている。そして後ろでランドが笑ってる。本人は真面目なんだから止めてやれよ。


「ごめんって、でもファンダルがこうして誰かにお誘いを投げるの、全然似合わなくって……!」

「う、変だったかな……」

「いいや、君らしくてとても魅力的だと思うよー。実際こっちもやる気になったみたいだし?」


 がしっと股間を掴まれるとそこはもう臨戦態勢。仕事が早く終わったってことは、その分エッチなことをしていないということなので、まだまだいけます、はい。


「でもせっかく業務時間外なんだから、オフのエッチしてもらいなよ」

「えと、それって何か変わったりするのかな……?」

「もう全然違うよ。こいつはエロに関してだけは強いから、いろんなことを経験するといい。たまには違うプレイをすると楽しいよー」

「…………」


 真っ赤な顔でおれとランドを交互に見ながら、どうしようと困っている。おれはどっちでもいいけど、毎回特訓みたいなエロするのは疲れるし、今日はオフがいいかも。強化スキル全盛のプレイは大変なんだよ。

 それに、どうせファンダルとするときはオフみたいなエッチだしなあ。スキルを盛るかどうかの違いしかない。この様子だと、ランドには言ってないみたい。まあファンダルは自分のしたセックス内容を吹聴するような性格してないよね。


 だからそっと手を握ってオフにしようと伝えると、犬の尻尾と毛皮が面白いくらい立ち上がった。


「ひゃい!」

「そんなに警戒しなくても……あ、ひょっとして『愛撫』で感じちゃったとか……? ごめん、おれの『愛撫』はオンオフできないんだよ」

「だ、大丈夫です! わかってますから!」


 あからさまに緊張してるな。何度かやってるのに、まだ全然慣れてくれない。このうぶさがファンダルの魅力だとは思うけど、さすがにそろそろ慣れてほしい。


「あ、あの、君は私を抱くのが嫌ではないんですか?」

「え、全然? なんでそんなこと聞くの?」

「いえ……初対面から君は優しかったので、つい。君にとって二つ名持ちなんてジェル様がいる以上価値がないというのに……」


 どういうことだ? おれにとって二つ名持ちの価値がないとか。

 首をひねっていると、ランドが笑いを噛み殺しながら腹を押し当ててきた。


「ファンダルー考えるだけ無駄無駄。こいつは君の体しか興味がないんだ。地位とか生まれとか、ましてや二つ名とか、こいつにとってはどーでもいいことなんだよ。興味あるのは尻とか胸とか、エッチな部分だけ」

「言いすぎだろ! それじゃあまるでおれが性欲モンスターじゃねえか!」

「違うのー?」

「…………否定できない!」

「あははーだよねえ」


 今までの行いに否定材料がなさすぎる! くそう! しかも仕事が仕事だから挽回も無理だ! 詰んだ!


 ランドのしてやった声にむかついている間、ファンダルがきょとんとしていた。意外そうな顔するのはなんでだ。ファンダルもおれのことを性欲モンスターだと思ってたのか!


「いえ! 違いますよ! 確かにちょっと……人より旺盛だとは思いますが……私は嫌いじゃないですからね!」

「あはは、良かったじゃん」次におれの方に話しかけて。「ごめんねー、ファンダルってグリッジの下にいたせいでちょっと疑心暗鬼になってるんだよ。あの時はみんな隠れて陰口言ってたみたいでさ……ほんっとに性格悪いよねえ」

「ええ?! おれそんなこと言ってないって!」

「わかってるって。今の部隊はコハク王子が再編したおかげで落ち着いてるし、ファンダルも自分に自信が持てるといいんだけどね」


 最悪な職場だったんだろうなあ。しかも家族を人質にとられてて辞めるに辞めれなかったらしいし、メンタル病むのも当然か。それでリブラが面白がるほどの善性を失わなかったの、今思うとすごいな。よほど芯が強いのだろう。


「それに……」ぼそっとファンダルに聞こえないようにランドが。「そんな環境だったからファンダルはずっとグランドと比べられててさ。だから意固地になってる部分もあるんだよ」

「ああ……同じ隊長でも生まれが全然違うから……」

「だからおれはさ、この喧嘩を通して、二人が腹を割って話してほしいと思ってるんだ。周囲のこととか気にせずに、前みたいに仲良くなってほしい」


 ランドはちゃんと二人のこと考えてるんだなあ。わざわざ『竜の爪』を辞めてまで、ファンダルの下に行っただけはある。

 話を聞いてると、今は友人というよりもライバルとしての側面が強いのかな。だから互いに負けまいとしているんだろう。どっちも意地になってるのは、間に挟まれているからよく知っていた。


「おれも最近は君とできてないし混ざりたいんだけど……」

「……」ファンダルが無言で恥ずかしいと圧をかけている。

「こんな調子なんで、今日は遠慮しようかな。四席目が埋まるまでは忙しいだろうけど、たまにはおれとも遊んでよー」

「わかったよ。またね、ランド」

「それじゃあまたー。ファンダルも訓練エッチ頑張って……あ、オフエッチか。楽しんでねー」

「ランドっ!」

「あははっ」


 こうして見るとやっぱり仲がいい。喋ってるだけで緊張していたファンダルのこわばりが解消されている。

 でも、虎が去ってからもう一度握り返すと、これからの予定を思い出して尻尾がまた直立した。


「うぶだよねえ」

「すみません、本当にこういうのは慣れなくて……」

「緊張しなくても、オフだと優しくするよ」

「今までも十分優しかったじゃないですか……その、よろしくお願いします」

 

 なんだかすごく意識されていると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。本来なら性行為ってこんな感じでもおかしくなかったのに、おれがあまりにあっぴろげにやっちゃってたからなあ。


 ちょっと面白くなってしまって、ファンダルの手を握って引っ張ると素直について来てくれた。


「じゃあちょっとデートしようか」

「で……っ! え、いや、あの……!」

「白竜宮までさ」

「あ、そういう……わかりました。エスコートしますよ」

 

 なんて言いながら並んで歩く所作も綺麗だ。本当にたくさん勉強したんだろうな。

 逆におれが勉強不足なので、見栄えがかなり悪い。そもそも身長差があるしね。


「ごめん、変な冗談言ったね」

「違いますよ! 嫌だったとかではなく、単純にびっくりしてしまって……! 今からそういうことをするんですから……言われたらそうかと思って……だから正直に言ってしまうと、ちょっと、ドキドキしました……今までデートとかしたことがなかったので……」

「ならいいんだけど……嫌だったらちゃんと言ってよ。手も放すから」

「大丈夫です。君が私のことを大事にしてくれているのは、ちゃんとわかってます。私が恥ずかしいだけで……手をつなぐのも嫌いじゃないんです。小さい頃、よく弟たちを連れて買い物とかに行ってましたから」


 うーん、さっきのランドの言葉が蘇るな。おれのこと頼りないとか思ってそう。いいけどさ、本当のことだし。

 でも、何かするたびにいい反応するから新鮮ではあるんだけど、うぶすぎて心配になってきた。グランドの気持ちもちょっとわかるかも。


「っていうか、ファンダルの方こそ、おれとするの嫌じゃないんだ」

「え……はい、そうですね……気持ちいいですし……」


 ファンダルは大きな体をもじもじとさせてはにかんだ。


「それにしっかり強くなっていることが確認できますしね。頭打ちかと思ったスキルが伸びていくのは、やっぱり嬉しいです」


 ここで強くなれるからを最初に言わないのが人柄か。おれとできて気持ちいいを先に出して、気を使ってくれている。

 素直な性格だから、ベッドの中で言ってること、全部本当なんだろうな。今もちょっと尻尾が揺れてるし、期待はしてるみたい。


「私はもっと強くなりたいんです。今度こそ、大事なものを守れるように。後は……グランドさんに勝ちたいです」

「ライバルだったっけ。でも性格的に、向こうから突っかかってきたんじゃないの?」

「ふふ、当たりです。私が二つ名をもらって隊長に昇格した時、初めて会ったグランドさんから絶対に負けないからなって言われたんです。あの頃のグランドさんは今よりずっとやんちゃだったんですよ?」

「言いそうだし想像できるわ……」

「私はびっくりしてしまって……陰口を言われることはあっても、ああして面と向かって言われたことはなかったので、思わず頷いてしまったんです。それから仲良くさせてもらってます。グランドさんは私のことを生まれで差別しない、いい人なんです」

「でも、勝ちたいんでしょ?」

「……はい」

 

 自分で喋ってて子どもらしいとでも思っているのか、しょうがないなと言いたげな笑顔だ。でもそうやってぶつかれる友達がいるって言うのはいいよね。ファンダルにとって、大事な友人兼ライバルなんだろうな。


「あと……これは内緒にしてほしいのですが……」

「何々?」

「私は実家が狭くて、騎士になって家を出るまでずっと兄弟と一緒に寝てたんです。だから君と寝るのは、ちょっと……あの頃を思い出して、好きなんです」

「あ、だから毎回抱きしめてくるんだ」

「内緒ですよ?」


 秘密を共有して、ファンダルは柔らかい微笑みを見せてくれた。ごつい顔なのに、表情が全部打ち消している。でもおれのこと、本当に弟だと思ってない?

 手をつないでるのに、これデートじゃなくてお使いみたいになってないかな。さすがに男として見られてないのはちょっと……。


「じゃあ良かったら泊っていこうか? ジェルに言えば外泊は許されるだろうし」

「……いいんですか?」


 嫌とは全く言わないのか。むしろ表情が明るくなった。

 

「オフエッチだし、白竜宮よりファンダルの家の方がいいんじゃない。また一緒にお風呂とか入ろうよ」

「……では、そうしましょう。家族を呼ぶために広い家にしたので、泊る場所は十分にあります」

「一緒のベッドじゃないんだ」

「君がいいなら、そのほうが嬉しいです……」


 ぎゅっと手を握って返された。なるほど、少し寂しがり屋なのか。確かに単身上京して蔑まれながら仕事してる社会人って考えたら、癒しは欲しいよな。ぬいぐるみとかあげたら喜ぶかもしれない。


「そういえば、家族はいるの?」

「いいえ、まだ呼べてないんです。知っての通り今は政治も王都も落ち着きがないですし、何より弟のお嫁さんがもうすぐ出産で……あまり動かせないんです。両親も付き添いたいとのことで……」

「じゃあおじさんになるんだ。楽しみだね」

「はいっ。あんまり弟に似てないといいんですけど。私ら兄弟はどうにもごついので……」


 なんて言いながら本当に嬉しそうな顔だ。家族のことが大好きなんだろうな。

 グリッジの下にいた時は大変だったけど、今は環境が少しずつ上向きになっている。このままグランドとも仲良くなれたらいいんだけど。

 分厚くて大きな手を握りながら、この二人の関係が綺麗に収まるようにそっと祈っておいた。


****


「それで、お前はファンダルといちゃついていたというわけか。おれ様がこんなにあくせく働いているというのに、いいご身分だな。ええ?」


 ものすごく不機嫌な獅子の視線が、おれをねめつける。


「いちゃついていたというか、普段より甘いセックスをしただけだよ。なんでそんなに機嫌悪いのさ」

「つまらなさすぎるからだ。あれは確かに頑丈で、どれだけ手荒く抱いたところで壊れることなどないだろう。だからとて、あんな絆すような行為。まったくもってつまらん」

「……つまり、お前はおれがファンダルを丁寧に抱いたのが気に食わないと」

「そうだ、あれには変性してもらい、あの善性で育んだすべてを快楽のために捨ててほしいというのに……その時のグランドの顔を見るのがおれ様の楽しみなんだぞ」

「相変わらず最低だなこいつ……」


 ランド、こいつのこと丸くなったって言ってたけど、本当に大丈夫か。ファンダルの破滅を期待されてるぞ。

 ファンダルもいい人とか言ってなかったか? なんかファンダル周りのことを知るたびに、おれもグランドみたいになっていきそう。あっちの肩を持つ日も近いかもしれない。

 

「そんなことばかりしてるから、元帥に置いておけないって思われるんでしょうが」

「知ったことか。大体おれ様を元帥に置いたのはコハクの阿呆だ。こんな仕事いつ辞めてもいいのだが、おれ様とて良心くらいある。弱虫が戻ってきた祝いだと思え。安定するまでは付き合ってやるさ」

「それは助かる」黄金の龍がにこやかに。「君の能力は疑っておらん。協力的でいてくれるなら願ってもない。正直私は忙殺されていて、軍部やら傭兵街やらにかまけていられないんだ」


 長くて豪華なテーブルの上座にいるコハクはわざとらしくため息を吐いた。その左右にはおれとリブラが座っていて、後ろにはフォグが控えてくれている。

 なんでこんな会議が開かれているのかというと、四席目騒動が長引いているのでコハクがいろんなことを確認したいと言ってきたのだ。こちらとしてもそれぞれの育成状況や娼館運営の報告があったので、ちょうどいいとフォグから資料を渡されていた。


 でも、王子と元帥がいる場に、おれってかなり浮いてないかな……。


「なに、君は候補者たちの育成を担当している。第三者の意見をフラットに聞くためにも、必要ではないか。それでファンダルといちゃいちゃラブラブエッチをしてきたというわけだな……う゛ら゛や゛ま゛じぃっ!」

「そうなると思ったよ!」


 おれらしかいないからか、コハクはすぐさま本性をさらけ出した。でもこれもうエッチなお兄さんですらなくない?


「私はこんな……こんなに忙しいのに……! いちゃいちゃラブラブエッチとか……ずるくないか! 何をしたのだ! 洗いざらい吐くがいい!」

「え……別に、ただ一晩中エッチしてただけだけど……」


 訓練と違って気楽でいいから、まったりとしたセックスで過ごしたよ。一緒にお風呂も入ったし、同じベッドで寝た。ファンダルも人肌が恋しかったのか、おれのこと抱き枕みたいにしてさ……。


「うぐあああぁぁ! どう思う! リブラよ! これ! なん……ずるいっ!」

「くはっ、貴様は早く嫁でも取れ。跡継ぎ問題も解消できれば立場が安定するぞ。そうなったらセックスし放題ではないか」

「やだやだやだ~! 王家がこんなにごたついているというのに、公爵らの顔色まで窺うのはめんどくさすぎて死ぬのだが~!」


 あ、忙殺のあまり幼児退行してる。この人、大の大人のガチ泣きを遠慮なく使うところあるからな……。このかっこよくたくましい見た目で全力号泣するの、さすがに絵面が嫌すぎる。


「だが、元老院には公爵家の馬鹿も多い。掌握したければいい手だろうが。婚姻は最も効果的で、最も楽な手段だぞ」

「それはそうかもしれないが、今白竜宮は埋まっていて私も忙しい。国母を決めるには準備不足だ」

「くふふ、体のいい言い訳だな。なんならおれ様が手伝ってやろうか? 大事な兄弟の結婚だ、ぜひ協力させてくれ」

「ぜーったいに嫌だ! お前に噛ませるくらいなら、一生独身でもよい!」


 その気持ちはわかる。あれだけ不機嫌そうだったリブラけど、コハクをいじっているうちに機嫌を直してきていた。


「それで、おれ様たちを呼び出したのは、婚活相談をするためか? 報告に関しても、資料がそこにある。お前ならもう全部読んだよなあ?」

「無論だ。ここに集まってもらったのはこれからを論じるため。娼館の話などは大臣を通さずともいいからな。さて、国営の娼館は初めての試みだが、なかなか悪くない結果だ。予算を投じて規模を拡大してもいいだろう」

「娼館は情報収集の場としても文句はないしな。おれ様も元帥なんてやるよりも、そっちの方が楽しいのだがなあ」


 国営ではあるが、表向きは傭兵街に作った娼館の二号店という扱いだ。国が裏にいるとばれたら口が堅くなるだろうしね。ベッドの中は情報の宝庫だし、有効活用しない手はない。

 あの騒動で淫乱になった兵たちの就職場所として開いたものだったが、ふたを開けてみればかなり盛況だ。傭兵街の娼館がすでに有名だったから、その二号店となれば宣伝もいらないくらいで、滑り出しから順調だった。


 なにせ元王宮の兵士たちっていうブランドがある。フォグが城下町の前で大乱交させちゃったから、スカウトしてきたって言っても誰も不審がらないんだよね。そういう意味じゃ疑われなくて楽でいい。

 スキルによって淫乱になった雄たちはどれもたくましく、そこらの娼館じゃまずお目にかかれない。そしてたまに入ってくれるヤードや『竜の爪』の最高級の雄もあって、口コミの広がりかたが尋常じゃない。今では雄の天国とすら称されている。


「とはいえ、だ」獅子はにんまりと。「さすがに国庫を潤すほどではない。規模が違いすぎるからな。だが、このまま広げていけば、いい手になると思わないか? 傭兵街の時のように、組織を内部から腐敗させられるのだ。たまらんではないか」

「……言いたいことはわかる。だが、君の部隊が管理するには手が回りきらないだろう」

「そうだね。今でも二号店の運営とか結構大変だし……フォグたちが」


 おれは基本的に兵の育成がメインなので、運営とかはフォグらがやってくれている。強制テレポートがあるおかげで移動は楽なんだけど、仕事量が単純に多い。いつもありがとう。


「だとしたら、今後を見据えるためにも、娼館を運営する専門の組織が必要だろう?」

「何が言いたい、リブラ?」

「くふふ、だが困ったな。貴様の力はまだ軍部にしか届かないときた。あの娼館が国営だとばれれば、その価値の大部分を失うからな。文官どもに広めるのは悪手だ。こうなれば仕方ない、おれ様の下に娼館を運営する組織を編成してはどうだろう」

「それが狙いか……まあいい、悪い案ではないからな。続きを聞こう」

「だが、軍部はこの前大規模な再編成があったばかりで、これ以上軍部から人を持ってくるのは不可能だ」

「その通りだ。あんな大仕事をまたやれと言われたら、私は泣きながら駄々をこねるぞ。そもそも彼らの仕事は軍人であり、娼館の運営ではないからな」

「だから傭兵街でおれ様がちょっかいをかけて遊んでいた、金と絆の派閥であるナハトラ派……おっと、今はリブラ派だったな、そいつらを噛ませようと思う。あれらは商売が本業、そして王都に勢力を伸ばせるとするならば喜んで力を貸してくれるだろうとも」

「なるほど……それは悪くない」


 そういえば、傭兵街の派閥の一つ、金と絆のナハトラ派はリブラが完全に分離させたんだった。おれが隠れ里に飛ばされている間に、この獅子本気出しすぎである。

 そしてあの騒動の資金源として使ったから、見返りとかなんやらでリブラが忙しくしてたのも記憶に新しい。おかげで大体を掌握してて、リブラは王宮外でも影響力が強い。


「おれ様は顔がばれてしまったから、裏で担当することになるが問題ないだろう。あそこにはおれ様が甘い蜜を吸わせた馬鹿どもが多い、何人か使える奴を見繕って娼館を本格的に動かそうではないか」

「…………」


 聞いているといい案に思えるけど、コハクは渋い顔をしている。多分何か裏があるんだろうな。そう思ってフォグを振り返ると、神妙にうなずいて返された。やっぱりおれだけわかってなかった。


「くはっ」性悪獅子はおれを見ながら鼻で笑って。「解説を求められているぞ。教えてあげたらどうだ、エッチなお兄さん?」

「お前に言われると腹が立つが、事実だから仕方ないな」


 いや絶対事実じゃないし、リブラは煽ってるつもりだよ。


「君にも説明すると、この案はとてもいいものに聞こえるし、実際悪くはない。リブラの権力が増強されるという一点を覗けばな」

「ああ……まあそうだね」

「商人たちはリブラに忠実であり私に忠誠を誓っているわけではない、そこから入った金銭や情報も当然リブラが管理する。つまり、いったんリブラのフィルターがかかるということだな」


 あ、それ無理かも。おれは一瞬で駄目だと悟った。


「だが、それができるのがリブラしかいないのも事実。王宮に来たばかりの私では、そこまで管理ができん。……はあ、リブラらしいといえばそうか。こいつは昔からこうなのだよ。やる気になればどんなことだって押し通してしまう」

「ふん、よく言う。おれ様が手を回しても、いつも邪魔してくるくせに。昔は亡き者にしてやろうかと何度か考えたが、そんなことをするとおれ様に継承のお鉢が回ってくるだろうからな。さすがにめんどくさすぎる。おれ様の代わりに執政をさせるために、生かしておいてやっているんだ」

「えぇ、横暴の権化ぇ……私が駄目でもタニザがいるだろうに……」

「あれに務まるわけないだろう。それに、遊び相手にするにも不足だ。馬鹿を馬鹿にするのが楽しいのは最初だけだぞ」


 ぼろくそすぎる。コハクの弟って会ったことないんだけど、そんなになのか。


「いや、リブラがそう言っているだけで、私はそう思わんのだが……」

「はあ、弟に甘いのも考え物だぞ。今自分がなんで苦しいのか、少し考えたらわかるだろうに。あれがグリッジ相手に立ち回れていたら、国政はこんなに打撃を受けていなかった」

「それに関しては、反論の余地もないな……」


 正論でやり込めてご満悦の獅子が、楽しそうに笑っている。コハクはちゃんと優秀なので、リブラとしてもからかってて楽しいのだろう。正しいと思って正論を吐いているのではなく、楽しいと思って吐いているあたり終わっているのだけど。


「まあ、それはいい」コハクが仕切り直しをして。「要は元帥の下にリブラが管理できる組織を付けることは、権力の増強を意味するということだ。私としても、まさか今になってこいつが権力を欲するとは思わんかったが……ってことはこれからも元帥として私の力になってくれるということか? だったら超助かるのだが?」

「ノーコメントだ。おれ様は気まぐれなんで、明日のことは知らん。明日にはタニザを掲げて反旗を翻しているかもな」

「君~~~~この性悪獅子が私の胃を荒らしてくるのだが~~~~!」


 大げさに吠える姿はコミカルではあるが、素直に可哀そうだと思う。でもここまで言ってるんだったら元帥すげかえれば? 王子だしできるでしょ?


「それができたらとっくの昔にやっておる。ウィザロンは忠臣ではあるが、グリッジに追い出されたときにかけられた濡れ衣を晴らすのには時間がかかる。というよりかは、本人の証言があるとはいえ、元老院はあの手この手で上げ足を取る、と言った方が正しいな」

「ウィザロンが元帥になれば軍部との連携は確実に強まる。さすがに看過はできんだろうし、難癖付けて先延ばしにされるだろうな」

「そしてゴライザは新参で、ジェルには正直荷が重い。他の候補者たちも生まれや先の騒動での立場など、どうしても難癖を避けられん」

「となると、血筋的に王家であり、なおかつ『竜の爪』に在籍して軍部での勤務歴があり、今回の騒動でコハクの側についたことで大義名分もあるおれ様が適任というわけだ」

「それにリブラが気分屋なことは国のものならだれでも知っておる。これに元帥をさせることで、私をひっかきまわしてくれれば御の字、と思っているのだろうな」

「くふふ、そこまでわかっているのなら、断行して元帥を変えればいいではないか」

「そんなことしたら元老院との軋轢がひどくなるだろうが! ただでさえ今の私は立場が強いとは言えんのだぞ!」


 こいつもわかってて言ってるよなあ。王子様は考えることが多くて大変だ。

 でもそれならリブラの案を受け入れるしかないのでは?


「そうなる……娼館事業の拡張はお金と情報という点で、私の力を強めてくれるものだ。だがそのためには……リブラを懐に入れねばならんという……ううむ」


 苦渋の選択だ。でもコハクは少し悩んでから、ため息交じりに頷いた。


「認めよう。お前の名の下に組織を編成し、娼館事業の拡張をせよ。君にも手伝ってもらうだろうが、よろしく頼む」

「おれはいいけど……あっさり決めたね」

「なに、私は国を背負うもの。腹に一物抱えた人材をうまく扱えねば、国の運営などできんよ。リブラは性悪とはいえ、これでも大人になっている。不安だからと遠ざけては民のためにならん」

「くふふ、いいな。実に遊びがいがある。臆病だけがお前の弱点だったが、大人になったではないか」

「意趣返しはいい。文官の中でも信頼できそうなものを回す。傭兵街の組織だけでは何かと不自由もあろう。だが、その分成果を期待してもいいのだろうな?」

「くはっ、任せておけ。おれ様は雄を躾けるのが大好きなんだ」

「答えになっておらん気もするが……まあいい。これで娼館の話は終わりだ。後で計画をまとめておいてくれ」


 しれっとリブラの仕事が増えたけどいいのだろうか。自分で言いだしたことといい、中身だけ聞くとかなり真面目なのでは?


「それでは次は、四席目だが……私は誰でもいいと思っている」

「ほう、てっきりウィザロンの肩でも持つと思ったが意外だな」

「正直に言うと、今の話をしている時点でどうでもよくなったといった方が正しい。娼館事業をするならリブラの権力は維持されるだろうし、私も当面お前を解任できなくなったからな。というか、それが目的だったのだろう?」

「くはっ、まあな。そして、お前の策に便乗して雄を集めるつもりでいたんだ。元老院からの刺客をこいつに調教させるつもりだろう?」

「……まあお前ならわかるか」

「フォグとトリドス両方の目を盗んで私腹を肥やすなど、こいつの頭でできるわけないだろうが。吐くならもっとましな嘘にしろ。軍の上層部は誰一人信じていなかったぞ」


 さらっと罵倒するな! そうだけどさ!

 そもそも軍の運営とかもろもろを任せている時点で、おれが動くだけで不審になる構図が出来上がっている。ファンダルとかはリブラの後ろ盾がどうとか気にしてるけど、軍部で一番の傀儡はおれだと思う。まだコハクとかだから許されてるだけで。


「元老院さえ騙せればいいのだ。あの異世界人は強欲だとな。実際ウィザロンとグランドにはそういう噂を流すよう指示をしている……もちろん君の許可を取ってるぞ。悪評を流すということだからな。しかしなるほど、そこまで織り込んでの提案だったか」

「こいつに送り込まれるのは四席目を狙えるほどの逸材、となれば部下がいるだろうな。寝返らせれば、その部下ごとおれ様の娼館にもらえる。そうすると元老院のまぬけの戦力は大幅に下がると思わんか? くふっ、ふふふふふ」


 あーーわかった。こいつ、元老院相手に遊ぶつもりなんだ。

 おれが大将を寝取ったら、その部下を食い散らかして、娼館で無様な見世物にする。ゴライザ派にやってたことをまたやろうっていう遊びの計画か。えげつねえ……。

 傭兵街でやってた娼館運営、かなり気に入ってたもんな。あの腰振りオナニーのショーとかさ。ああいう無様なやつ、最近やってないから退屈してるんだろうなあ。だからって毎回期待されると本当に困る。傭兵街と違って、いつジェルの耳に入るかわからないんだぞ!


 おれのセックスをつまらないって言ってたから、絶対こっちも巻き込むつもりだ。コハクからも頼まれてるし、逃げ場がない。

 自分は楽しめる上に権力を増強できて、コハクは敵戦力をそげてなおかつ娼館で稼げる。おれは大変になるけど、断る理由がないなあ。まじで根回しが上手すぎるってこいつ!


 獅子はおれが察したことに気付いたようで、にんまりと微笑みを向けてきた。美丈夫が性格の悪さで台無しだよ!


「だから全力で遊べよ。お前が腑抜けだとおれ様が退屈だからな」

「本当になんなんだお前……」


 おれにすごく嬉しそうな顔を向けるから、好かれてる気がするんだけど愛情表現が終わってないか。母親からどういう教育をされてきたんだ。

 なんて思うのはこの前ファンダルがぼそっと漏らしたことが気になったからだ。確かにリブラみたいな性格になるには、なにかあったかもとは勘ぐる。天性のものって言われたら、素直に諦めるけどさ。


 だけど今聞くのは悪手かもってこともわかるので、口を噤んでおく。こういうところの妾とか、どんな事件があるのかわからないからね。以前は王子の名前も知らなかったけど、さすがに職場として通ってるとある程度は察する。


「安心しろ、ジェルにはばれないよう配慮してやる。お前はただ辣腕を振るえばいい。コハクもそれを望んでいる、そうだろう?」

「まあ、そうだな。君が抑えたくなるのもわかるが、私としては君にも成長を期待しているところがある。君のスキルは貴重だ。それを伸ばすのもまた、仕事だと思ってくれ」

「おれ様がファンダル相手に本気を出させたんだ。そこらへんもぬかりない」

 

 あれってファンダルにスキルを覚えさせるためだけじゃなくて、おれのためでもあったのかよ。だから無効化持ちじゃなくて耐性で減衰させるファンダルが都合よかったんだ。

 完全にこいつの掌の上すぎる……。


「なら話はこれで終わりか? おれ様は草案をまとめなければならんから帰るぞ。こいつに本気を出させなければつまらんから、おれ様は全力で遊ぶつもりだ。そのつもりでな。くふふっ」

「ああ、私としてもリブラと協力できることが確認できたので、解散としようか。だがリブラ、君は好きな子ほどいじめる癖がある。少しは素直になった方がいいぞ。私のようにな!」

「お前のそれは素直というよりかは情けない、だろうが。泣き落としを盾にしている時点で、大人としては致命的だぞ」

「ぐっふぅ!」


 容赦のない正論がコハクを襲う。可哀そうだけどおれも同意見なので……。

 でもなんだかんだで仲はいいよなこの二人。性格に目をつむればどっちも有能だから、分かり合えたりしてるんだろうか。


 正論パンチの暴力を振るった獅子はご機嫌な足取りで部屋を去っていく。頭の中ではこれからの計画がたくさんあるんだろうなあ。それがどう転ぶのか不安しかない。


「さて」獅子を見送って、龍は顔を上げる。「リブラが行ったところで、君に聞きたいことがある」

「ん、なに?」

「四席目にグランドを座らせたいのだが、計画プランを練ってくれないか?」

「あれ、さっきは誰でもいいって……」

「あれはリブラの前だったからな。あいつには娼館運営で注意を引かせたから、動くなら今であろう?」


 狸だ……話し合いしながらもしれっと自分の利を得ようとしてる……。

 しかもそんなことを全くおくびにも出さない。臆病だから取り繕うのが上手いっていうのはあるんだけど、それ含めて為政者に向いてるよ。


「でもグランドってことは、やっぱりウィザロンのため? 確かウィザロンが訓練してたよね」

「それもある。だが、彼が最も候補者の中で私の力になるからだ。アノマリス家は名家でありつつ、元から私の味方だったからな。まあ、グリッジがタニザを推していたからというのもあるが。ここでつながりを強めておくことは、私にとって益となる。フォグもそれでいいか?」

「おれは構いません」ずっと控えていたフォグが口を開く。「政治的に考えるなら、それが最善でしょう。今国政が乱れているのは大半が親父の責任で、それを平定できるのなら息子であるおれが口を挟むことなどできません」

「フォグ。君がいい子なのは知っているが、今は私らしかいない。隠さなくていいんだぞ。私も怒りはしない。君の努力を踏みにじるようなことを言っているのはわかっている」

「では……本音を言わせてもらえると、少しだけ悔しいです。でもおれの目標はジェル様なので、いつか絶対にその称号を手に入れます。風聞に左右されない、おれ自身の実力で」


 きりりとした顔で熊が宣言する。おれはフォグの目標を良く知っているので、すごく応援してるんだ。多分、誰よりもね。


「フォグならいつかなれるよ。今だって強くなってるからさ」

「お前にそう言ってもらえるなら、本当にできそうになるな」

「……不敬」


 なんだかコハクがジト目になったけど、なんだろう。苦い顔というか、フォグに対して罪悪感でもあるのかもしれない。


 コハクの話は要するに、自分の影響力が発揮できる人材が欲しいってことか。まあ普通の考えなんだけど、各々がそれぞれの都合で動いているからややこしくなる。


「ごほん」龍がわざとらしい咳払いで気持ちを切り替えて。「私としては、早いところ決めてしまいたいのだ。切磋琢磨と言えば聞こえはいいが、結局のところ小さな内部分裂だからな。泥沼化するのは得策ではない。あえて外に隙を与えたが、私が管理できているうちに収束させるのがベストだろう」

「確かに話は大きくなってるよね。リブラも絡んできたし」

「まったくだ。まさか私もリブラがここまで噛んでくるとは思わなかった。あいつは権力に興味などなかったはずだが……」


 今じゃ新しい遊び場だと思ってるよ。その気になれば大抵のことはできる奴だから、コハクも大変なんだろう。被害が出る前に終わらせようってことか。


「元老院も釣れるのならそれでいいが、駄目でも構わん。アノマリス家とつながりを強められるだけでも収穫だ。軍部の崩壊こそ私にとって最悪の事態。私の権力基盤は軍部なのだからな」

「えっと、じゃあおれに何をしろと……?」


 にっと笑う顔は本当にリブラと似てる。でも指摘したら傷つきそう。


「なに、やることはさほど変わらん。グランドを優先的に抱いてほしい。これだけだ。もちろん、リンドンと協力してプランは練ってほしいがな」

「そうなるよねえ……わかったよ」

「ただ、君は嘘が得意ではないし……トリドスにばれて私に不信を抱かせるのも困る。だから抱きこんでしまおう」

「その方がおれも楽かも……黙っておける気がしないし」

「向こうとしてもゴライザに付くよりかは私の方がいいと判断するはずだ。四席目以上のものを用意せねばならんが……そこは話し合いだな」

「それならおれも協力しましょう」熊が口を挟んで。「おれらは新設の部隊で、地盤固めができれば四席目に座る必要はありません。四席目に座るのがだれであれ、こいつの強化を受けている以上、ある程度の評判は確約されています」


 自分が座れないとわかるや否や、協力をすぐさま名乗り出る。フォグの切り替えの早さはさすがだ。

 まあそもそもゴライザとトリドスって仲がいいわけじゃないしね。立場が似てるから結託してるだけで、傭兵街にいた頃はかなり険悪だった。


 同じ職場だから気を使ってくれている。こういうのはリブラにはないありがたさだ。


 みんないろいろ考えてるなあ。頭がこんがらがってきた。傭兵街にいた時は打倒グリッジでまとまれてたけど、それが終わってもまだ続きがある。椅子の数は限られてるからね。


 でもまあおれのやることは変わらない。エッチなことをするだけ。

 ジェルが権力欲しいって願ったら協力するだろうけど、絶対言わないだろうしなあ。おれもジェルも日々を守る方が好きで、そこらへんは親子だと思う。

 四席目に興味ないし、むしろ誰かが座ってくれた方がおれの目的としても合致している。あんな悪夢を見てから、みんなを強く、おれが狂っても抑えてくれるほど強くしたいと思うようになった。

 それさえできれば、おれはいいんだ。


「でも、ジェルには言わないの? 話したら絶対手伝ってくれると思うんだけど……」

「まあそうだろうが……以前君の部隊を作るときに話したが、あまりいい感触ではなかったからな……」

「ああ、確かに……」


 ジェルのためにパーティを開いた時、コハクがその話をしたらちょっと空気が微妙だったよね。あの時は巻き込まれて大変だったので、そっとしておいてほしいって言ってた。ジェルはおれのことを大事にしてくれるから。


 ……後ろでフォグの歯ぎしりが聞こえる気がしたけど、頑張って聞き流しとこ。


「君を使うことに対し、いまだ思うところがあるのだろう。気持ちはわからなくはない。だからできれば隠密に進めたいのだ。それにジェルは嘘が苦手で、うっかり漏れないとも限らん」

「……そうだね、わかった。ジェルには言わないでおくよ」

「そうしてくれると助かる。昼行燈と揶揄する声もあるが、やはりこの国において『神風』ほど高名な者はおらんからな。対立していると噂でもたったら、それこそ一大事だ」


 本人がどうあれ、噂というのは好き勝手に脚色されるからね。荒波立てるのはコハクの望むところではないんだろう。

 改めてジェルの影響力の強さを感じる。本人が望めば、もっと地位だって取れるだろうに。でもそういうところが好きなんだよなあ。


「あ、そういえば、おれもリブラがいなくなったから聞きたいことがあったんだった」

「なんだい? エッチなお兄さんに何でも聞いてくれ」

「急にキャラ付けしだした……ではなくて、リブラのお母さんってどんな人だったの?」

「……なぜ急にそんなことを?」


 コハクもフォグもちょっと目を見開いて、言葉に詰まっている。リブラがいないからいいかなとは思ったけど、やっぱり聞いたら駄目だったかも……。


「いやなんとなく。ちょっと訳アリみたいなことを聞いたから……何かあったのかなって……単なる好奇心だから、話しにくかったらいいよ別に……」

「ふむ、宮中にいれば話くらいは耳にするだろうし、隠すのは無理故致し方ない。私から話した方が変な噂に惑わされずに済むだろう」


 フォグは頭を下げて何も言わなかった。コハクの言葉に従うことにしたんだろう。


「……サウラ妃はいい人だった。私の母が早くに他界したこともあって、リブラと一緒に私のことも可愛がってくれたよ」

「あ……」

 

 だった、と言った。その意味がわからないほどおれは鈍くない。


「そっか……」

「父はサウラ妃を寵愛していた。だから、まあ、後継者として私やタニザが選ばれないかもしれないと、大人たちは思ったのだろうな……」


 その先のことは言わなくとも察した。コハクが言葉を濁したのも、これ以上話したくないという感情が見えている。

 ファンダルがリブラに優しかったり、フォグらがリブラだからしょうがないと流す理由がわかった。多分、ろくでもない目に合ってる。それこそ、幼い頃から性格が捻じ曲がるくらいには。


「思えば、私が臆病になったのもそれからな気がするな……して君よ、あまりその話はリブラの前ではしないでほしい。本人もまだ噛み砕けておらんだろうからな」

「わかった、おれも別にリブラを傷つけたいわけじゃないからね」

「頼む。あれも小さい頃は可愛かったのだがね。私のことを兄さまと……ふふふふっ! 今思うと面白いな……それがああなってしまって……」

「全然想像できなさすぎる……」


 そうだった、この人ジェルと幼馴染枠でありリブラの腹違いの兄だった。掘り返したら面白そうな情報たくさん持ってそう。ジェルの小さい頃の姿とかものすごく興味あるよ。


「なら、それは今度お茶の席で語ろうか」

「ジェル様の小さい頃のお話ですか?!?!?!?!」


 さっきまでの雰囲気をぶち壊す大声が響く。この熊、ジェルが絡むと途端にポンコツになるな。逆にジェルに近づかせないのが一番平和まである。おれもライバルが減ってウィンウィン!


「は?」


 すっごいガチギレした目で睨まれたんだけど。泣きそう。冗談だから許して。フォグはいつものままが一番だよ!


「君ら……仲が良すぎんか?」

「これをどう見たらそう見えるわけ?!」

「まあよいが……今は次の会議が控えている。そも、これは大臣たちには内緒で、私の休憩時間を使っているんだ。仕事が……多いから……ここしかねじ込めず……」

「お、お疲れ様……でもそれで娼館の運営大丈夫なの?」

「娼館の運営費や利益は、私らが傭兵街から受けた援助を隠れ蓑に計上していて、まだ周知されていないんだ。だが落ち着いてくると確実にばれるだろうね。はてさて、いつまで隠し通せるやら。リブラも本格的に動くようだし、そろそろ大臣どもに布石は打っておかねばな……というわけで仕事が増える。君、君、私を慰めてくれ」

「うん、コハクはしっかり働いてて偉いよ。働きすぎて心配になるくらい」

「ううー! 助かるよ君! 私もいちゃいちゃラブラブエッチじだいいいいぃ!」


 もうそれ、エッチなお兄さんじゃなくてただの欲求不満のお兄さんでしょ……ストレス溜まってるんだなあ……。

 コハクは賢くて優しいからいい王様になると思うし、おれとしてもその方が嬉しい。今は乱の後始末に忙しいけど、安定したら国も発展するはずだ。

 だからコハクが仕事に戻る少しの間、発散になればと話し相手になっていろんなことを聞くことにした。


****


「今日もファンダルから申請が来ているが……」


 職場について早々、フォグがトーンを落とした声で教えてくれるが、答えは変わらない。おれらはそれに応えることができないんだ。

 四席目争いが活発になってから、こうした申請は増加傾向にある。みんながこの部隊に価値を見出してくれて嬉しいのだけど、おれの体は一つしかないのですべてには応えられない。

 それになにより、今はコハクの意向でグランドを優先している。お金をもらったのもあって、どうしたってファンダルの優先順位は下がってしまうのだ。

 おかげでここ一か月はファンダルの顔を見ていない。顔を会わせるのも気まずくなってると思う。


「こうなってくると可哀そうだよね……」

「まあそうだな……でもしょうがねえ。グランドにはおれらより強くなってもらわねえといけないからな」


 元から二つ名持ちということもあって、グランドの成長は著しい。このままいけば、四席目騒動は早々に決着がつくだろう。

 おれがベッドに腰掛けると、隣に座った黒牛が肩を抱き寄せてくる。慰めてくれているのだろう、頭を乗せると優しく撫でてくれた。


「君が気にすることはない。政治とはそういうものだ」

「王子に言われちゃね……頭ではわかってるんだけど……トリドスは四席目について、割り切れてるの?」

「ああ、私が座れないのは残念だが、娼館の経営に融通を効かせてくれたんだ。それにあの狂犬とタッグを組むより、王子に恩を売った方が今後も楽だからね」


 あの時の会議では気付かなかったけど、娼館運営組織をリブラの下にするということは、おれらの手から離れるってことだ。つまり人材の育成だけして、金と情報はリブラがもらうという、よくよく考えると良いとこ取りされてるわけ。

 トリドスはそれを危惧して、四席目を諦めることの条件として娼館運営組織の頭に収まった。コハクとしてもリブラのフィルターを少しでも弱めたいだろうし、両者の思惑は完全に一致しているのですんなりと受け入れられた


「もともと私は傭兵街で働いていて、商人たちとの面識もあるから大義名分としても問題ない。可愛い君らの成果を守るためなら、このくらい問題ないとも」


 かけられる声のやさしさよ。男性の低音で安心感が増している。子守歌かよ。

 なんかトリドスのばぶみがどんどん強くなってない? リンドンじゃなくても幼児退行しそうになるよ。


 おれが仕事を始めて早々寝落ちしそうになっている間も、フォグはてきぱきと書類をさばいている。眠ってる暇なんてないぞと言わんばかりに、遠慮なく目の前に書類が並んできた。


「でもお前、ここの仕事をしながらあっちも手が回るのかよ。ただでさえ今は強化を求める人材が列をなしてるせいでこいつはベッドから動けない。だから部隊はおれらが回してるのに」

「組織のトップとしての仕事はギルドで慣れているよ。最初は忙しいだろうが、軌道に乗ってくればそこまでだと見ている。それにいい機会だからカルハバを呼ぼうと思っていてね、まずは私の補佐から始めてもらうつもりだ」

「ああ、傭兵街魔術ギルドのトップか。なら問題ないか。何度か会ったことはあるが、仕事ができる人だった」


 あのリンドンと戦闘狂のヤカブをまとめていた過労死枠の人だよ。トリドスと一緒に傭兵街の教育水準を上げる活動をしていたから、協力も慣れているんだろう。おれは詳しく知らないけど、仕事ができるのは確かだ。

 フォグにそう言われるってことは本当に仕事ができるし、過労死枠なんだろうな。


「傭兵街自体がこの国に付いたことで緩衝地帯の役割を終え、様々なものが統合されているからね。魔術ギルドの地位もそこまでではなくなったし、もともとカルハバはこの国に付きたいと思っていたんだ。本人もすぐ了承してくれたよ」

「さすが、行動が早いな。お前は有能だし、いなくなられたら困るんだ」

「安心してくれ。私はここから抜けるつもりはないよ。グランド君がいい広告塔になってくれたのは嬉しい誤算だった。この様子だと元老院の手の者もそろそろ来そうだし、私たちもここをより盤石にする必要があるのは理解しているとも」


 そのせいでおれのセックス予約はやばいことになってるんだけどな!


 でも、ファンダルの誘いを毎回断るのは申し訳なさすぎる。エッチしてる時嬉しそうな顔してくれるから、なおのこと。おれもファンダルとするの嫌いじゃないんだよなあ。あの抱き心地のよさは唯一無二だから。

 グランドはどんどん強くなってるし、焦りもあるんだろう。ライバルに取り残されているんだ、逆の時はグランドがお金を積んできたけど、ファンダルはどうするんだろう。でも後ろにいるのがリブラだから、油断できないよな。


 なんて考えこんでいたら、フォグのジト目が突き刺さってきた。


「……おい、聞いてるのか?」

「あ、ごめん、考え事してた。なに?」

「今日の確認だ。お前のセックススケジュール。それと、ファンダルとの接触はできる限り避けろよ。今はリブラの奴が傭兵街の商人相手に交渉しに行ってるから、そんな変なことは起こらないと思うが気を付けておけよってこと」

「わかってるよ」


 申し訳なさは全く消えないけど、おれは自分の仕事をするしかない。

 今日の一番手はトリドスだから、肉付きのいい体に抱き寄せられて思考を止める。今だけは一瞬だけ悩みを忘れて盛ることにした。


 そして仕事も終わり、今日こそはジェルに会おうと勇んで廊下を歩いていた時だった。


「あの……今、お暇ですか?」


 白竜宮の綺麗な廊下で、こげ茶のむっちりとした犬、ファンダルが困ったように問いかける。新調された黒い軍服はおれのところと似ているけど、よりいかつい感じがする。けど胸とかのふくらみは隠しきれていないので、エッチなことには変わりないのだけど。


 セックスを断り続けた結果、直談判しに来てしまったようだ。仕事帰りでフォグらと離れてしまったことを後悔しつつ、なんて言ったらいいものかと、一生懸命言葉を脳から引っ張り出そうとした。


「いや、その……ごめん」でもこんなことしか言えない自分に自己嫌悪だよ。

「そうですか……いいえ、君にも予定があるでしょうし、仕方ないことです。でももしよかったら、今度……どんなプレイでもいいので、私としていただけないでしょうか?」


 本当ならすぐにでも頷いてあげたい。ファンダルとするのは嫌いじゃないし、向こうも多分そう思ってくれているので。うぬぼれでなければ、だけど。

 ただ、グランドから献金をもらい、コハクもそれを受けて強化を優先しろと言っている。おれも宮仕えになった以上、その意向には逆らえないんだよお。


 それをファンダルはわかっているのかいないのか、何も言わないおれに対して寂しそうな顔を作った。罪悪感が刺激されて死にそう。


「……君がグランドさんからお金を積まれたという話は聞いています」

「う……」

「あの人がそういうことをするとは思いませんでしたが……それだけ本気なのでしょう。こうなると、私にはどうすることもできません。爵位もない私では……」


 日が落ちていく廊下は赤が強くなっていき、こげ茶がいっそう暗く感じてしまう。生まれというどうしようもない要素で、ファンダルはグランドに勝てない。

 コハクから話を聞いて以降ずっと、おれはファンダルを避け続けてきた。グランドを四席目にするという目標を掲げ、サイばかり抱いた。トリドスも落としどころを見つけたようで、流れは確実にグランドに向いている。


「ですが……」


 震える手でずんぐりとした指がボタンにかかる。え、と思う間もなく軍服がはだけて、豊満な体が露わになっていく。


「待ってファンダル……ここ廊下だよ!」

「ら、ランドからアドバイスをもらったんです……君は押しに弱いと。そ、それに、リブラ様からも教えていただきました……」

「自覚はあるけれど……」


 基本的な身体能力が雲泥の差だから、押して来たら勝てる気がしない!

 でもまさか、ファンダルがこんなことをするとは思わなかった。

 

 おれが硬直している間にも、服はどんどん脱げていく。何度も抱いた肉厚な体が西日に照らされて輝き、恥ずかしそうな顔にさらなる赤を上塗りする。だけど手は止まらない。あれだけうぶで恥ずかしがりやなのに、やっぱり意志だけは固いんだ。


「……君が持っている忠犬の性癖をいただけないでしょうか。そうすれば私は君を絶対に裏切らないと保証できます」

「なんでそんな話になったの! 確かに護身用に持ってるけどさ!」

「私が選ばれないのは、リブラ様を後ろ盾にしているからです。だから君の奴隷になることで私は安全だと、決して逆らわないとコハク王子に知らしめれば……可能性が出ると……」


 絶対リブラの入れ知恵だこれ……! わかるよ、あいつの好きそうな話だもん。

 でもコハクたちの話しぶりだともうそういう段階じゃなさそうだし、意味なさそうなんだよね。リブラは多分それもわかってる。わかったうえで焚きつけてる。ファンダルの不安を煽り立て、視野を狭め、おれの忠犬になるように誘導したんだ。

 だからあいつはやることがえげつないんだって!!


「私は二つ名こそありますが、爵位も資金も何もないただの男です。差し出せるのはこの身一つしかありません」

「待ってよ。ファンダルは家族を守りたいんでしょ。おれが気まぐれで変なこと言ったらどうするの!」

「でも! これしかないのです!」


 ファンダルの叫び声は悲痛な色に満ちていて。おれは言葉を押しとどめられる。

 西日が照らす顔は憂いが強く、栄光を照らしてくれない。『茜差す栄光』は斜陽の中に溶けていきそうで、不安定にしか見えなかった。


「コハク王子がグランドさんを選ぶのはお金を積んだからだけではないのでしょう? アノマリス家が名家で強い権力を持っているから……私にはない力があるから」


 それは事実だったので、何も言えない。コハクから直接聞いているから、なおのことだ。

 グランドは実家の力と金を使えるが、ファンダルにそんなものはない。だからこうして、体を差し出そうとしている。


「人は私を努力の人と言ってくれますが、結局、努力では覆らないものがあるのです。宮中にいる私は、それをとてもよく知っています」


 滔々と漏らす語り口は硬く、実感が暗い影を落とす。ランドから聞いたグリッジ時代の話の断片ですら、おそらく生温いのだろう。そんな気がした。

 ああ、グリッジの下にいたことで、ファンダルの希望は足蹴にされ続けていたんだ。それでも意思は折れなかったが、曲がってしまっている。諦観をにじませながらも折れることができないほど強いというのは、逆に苦痛でしかないだろうに。


 でも、犬はおれに体を差し出しても抗う構えだ。現実が押し寄せてきても、ファンダルはそれでも諦めきれずにあがいている。

 本当に意志が強い。どんな斜陽でも、逆境でも、ファンダルはくじけない。


「けれど私は……グランドさんに勝ちたいのです! 生まれなんて関係ないと証明するために、私にできるすべてで! グランドさんはとてもいい人です。そんなことはわかっています。けど……」


 一呼吸おいて、ファンダルは絞り出すようにつぶやいた。


「ここで負けてしまったら、私には結局何も残りません……努力すら否定されてしまえば、私に何が残るというのですか……」


 生まれを蔑まれても負けず、ファンダルは駆け抜けてきた。

 でも、結局コハクはアノマリス家の力を求め、グランドも家から援助を得て金を積んだ。

 どっちにも悪意なんてない、ただの打算だ。けどだからこそ、ファンダルにとってはきつかったんだろうなあ。どうしたって格差というものを痛感してしまうから。

 おれは今までいろんな人の思惑とか聞いてきたけど、ファンダルはそのすべてで除外されていた。それはリブラのせいだったんだけど、そもそも、ファンダルに手を差し伸べたのがリブラかグランドしかいなかった。


「ですが、私は自分のプライドを優先しました。そのツケを払おうというだけなのですよ」


 裸になってもなお強い意志がおれに降り注ぐ。ファンダルは諦めない。

 だって負けてしまったら、ファンダルの努力はどうなる。結局持って生まれたものの前では努力など徒労だと、諦めるしかないというのか。

 自分の無力さはグリッジのせいで十分噛みしめているのだから。ここで退いてしまっては、誰も守れない。その不退転の決意が、危うくもあった。


「リブラ様は君の犬になるのなら、四席目への推薦を全力でしてくれると約束してくださいました。私は君に逆らいません。リブラ様よりも君の意見に、ひいてはコハク王子に従います。ですので、どうか、私を強く――これ以上手からなにもこぼさないように強く、していただけないでしょうか……」


 ファンダルは服を脱ぎ捨て、鍛えた体で廊下に這いつくばる。まるで犬のように。ゴライザのように嬉しい顔ではなく、苦痛を忍ぶ顔だった。

 

 何を言うべきなのかわからない。ファンダルの意思を尊重したいのに、おれにも立場がある。変なことをしてしまえば、フォグたちにも迷惑がかかる。


「ファンダルは……家族を守りたいんでしょ。だったらこんな手段を取るべきじゃない……結局、グリッジからリブラに、リブラからおれになるだけで、従う相手が変わっただけ……」

「わかっています。私はきっと、愚かなことをしているのでしょう。本来ならコハク王子が戻ってきた時に軍を辞め、二つ名を返上し、家族を連れて田舎で暮らすべきだったのです。そうすれば、私は政治の駒にならずに済みました」

「それがわかっているなら、どうして……」

「グランドさんに勝ちたいと、思ってしまったからです」


 四つん這いになってもなお折れない意思が、西日ごとおれを貫いた。


「グランドさんは自身のプライドを捨て、実家からの援助を使ってまで勝ちに来ています。対抗するには、私も自身をかけるしかありません」

「だからって……おれはそんなことされても嬉しくない。ファンダルとそういう関係になりたいわけじゃ……」

「すみません。君の好意を裏切る真似だとは重々承知しています。でも、君に抱いてもらうためには、こうするしか……」


 どうするのが正解かなんて、おれにはわからない。ファンダルをなだめてこの場を収め、言われた通りに抱かずに過ごすのが正しいんだろう。

 けど、それじゃあ、ファンダルがここまで覚悟してきたのに、無駄になってしまう。それはとても悲しい。


 でも、ごめん。おれはこんなファンダル見たくない。


「ファンダル、立って」

「……う、はい」


 駄目だと悟った犬は悲し気に立ち上がる。衣服もない体は努力の結晶なのに、今は頼りなさげだった。


「ごめん……」

「いいのです、君にも立場があります。ですが、私にもこれ以外の道はないのです……私の努力よりも、グランドさんの成長の方が圧倒的なのはわかりきっています」

「確かにおれが抱けば君は強くなれるよ。でも、おれも一応隊長だし、忠犬にしたところで、コハクに言われたことを破るのはちょっとできないんだ。フォグらに迷惑がかかるしね」

「そうですよね……私が短慮でした」

「でもさ」


 おれは投げ捨てられた服を拾って、ファンダルの頭にかける。誰に見せても恥ずかしくない体だけど、今は隠してあげたかった。

 かけられた軍服を握ってこちらを見る目は不安そうで、捨て犬みたいだ。その視線をまっすぐに受け止めて、大きくうなずいてあげる。


「抱くこと以外なら手伝うことはできるよ」

「手伝う、ですか……?」

「うん、ファンダルはもうすでに何度か抱いたし、スキルの変化も確認できてる。後は成長を伸ばすだけなんだ」


 肌を重ねた回数が多ければ多いほどいいのは確かだけど、努力だって必要だ。だからこそ、ヤードもフォグも研鑽を怠らないのだから。

 スキルの数は強さだけど、同時に使い方も強さだ。その点じゃ現地民であるファンダルたちには勝てないけど、おれにもできることがある。


「まあ……フォグらには怒られるだろうけど、グランドの過保護は気になってたし……」


 この調子でサイが勝てば、ファンダルへの過保護が継続するのが目に見えてる。そうすると絶対ファンダルのプライドはボロボロだし、仲直りもできなさそうなんだよなあ。グランドは完全な好意でやってるから、負けでもしない限り止まらなさそう。


「ですが、どうやって……? 私も鍛錬くらいは毎日していますが……」

「うん、おれは確かに君らよりスキルの使い方は上手くないけど、情報があるんだ」

「情報……?」

「おれとエッチしたみんなのスキルの情報がさ。だから、頑張ってみない?」


 武骨で大きな手を両手で取って、熱を分け与えるように握りしめる。豆だらけの手はファンダルがどれだけ努力したのかを明白に教えてくれた。


「綺麗ごとだけど、人の力は家柄とかお金だけじゃ決まらないと思う。っていうかおれもそうあってほしいしね。異世界人だし、説得力はないだろうけど……」

「そう言って、くれるのですか……」

「断ったおれがこんなこというのもなんだけどさ、それ以外なら手伝うから、一緒に証明しよう? ファンダルの努力は無駄じゃなかったんだって」

「私の努力は……無駄ではなかったんでしょうか……」

「無駄なわけない。それをみんなにも教えよう。ファンダルはすごいんだって」

「はい……はい……」


 そっともう片方の手が添えられて、涙でにじんだ声が降ってくる、多分今のファンダルに必要なのは綺麗ごとなんだと思う。自分の信じて走ってきた道を、誰かに肯定してほしいんだ。

 周りは生まれとかお金とか権力とかそういうのばかりで、そのどれも足りていないファンダルにとって王宮は苦痛だったに違いない。グリッジの下にいた時の話は、ひどいものだったらしいしね。


「ありがとう、ございます……わ、私は、君に、ひどいことを、したのにぃ……」

「いやこのくらいなら全然かわいいから大丈夫。気にしないでいいよ」

「ううぅ……」

 

 目の周りの毛皮で吸収しきない涙がぼろぼろこぼれていく。今までずっとこらえてきたんだろうなあ。拭ってあげたいけど、両手は握られている。おれはうなりながら泣き続けるファンダルが落ち着くまで、何も言わずに待つことにした。


 話していてずっと、ファンダルはただの一度もグランドに『ずるい』とは言わなかった。妬ましいはずなのに、羨ましいはずなのに、ただの一度もだ。ライバルで勝ちたいと願っているんだけど、根っこは友人だと思っている。

 ひどい環境でも優しさを失わない、おれはそんなファンダルの力になりたい。こういうのは家柄とかお金じゃないでしょ。


 意向を無視したからコハクには怒られるだろうし、なんか罰とか食らうのかなあ。

 けどおれも綺麗ごとが通せる世界であってほしい。努力が報われてほしい。

 

 感極まったファンダルに抱き着かれたので、味方だと示すために抱き返す。

 大変なことを決めちゃったけど後悔なんてない。ずっと言われた通りに行動していた四席目騒動に、まさかこんな関わり方をするなんて思わなかった。


 でもやるからには全力を尽くそうと決めながら、大きな犬の背中を撫でてあげた。


****


「お前、最近ファンダルを抱いてねえだろうな?」


 藪から棒に、熊の怪訝そうな目が突き刺さる。相変わらずおれに関しては鋭い熊だ。ファンダルが最近頭角を現しているって聞いて、真っ先に追求してきたよ。

 職場入りしようとした瞬間に物陰に連れ込まれ、熊に壁ドンを受けている。服越しに胸が押し付けられているせいで、巨乳で窒息しそう。こういう壁ドンってもっと嬉しいイベントじゃないの。


「いや、抱いてないよ。ファンダルが頑張ってるんだよ」

「そうか、でもファンダルに肩入れしてるのは事実だろ。こそこそ何かやってるのはわかってんだぞ」

「うっ……それはバレてるんだ……」

「仕事終わりに怪しい行動をしすぎだ。気配を消して尾行したらすぐにわかったぞ」


 仮にも友人を尾行するなよ。そういえばフォグはタンク型のくせに乳霧に紛れてステルスとかできるんだった。しかもこいつ、テレポートも持ってるから単独行動への適性がかなりあるんだよな。

 っていうか、壁ドンするくらいだし、確証を持って問い詰めてるんだろうな。多分言い訳とか絶対無駄だろう。そもそもフォグに口で勝てる気がしない。


「まあお前はコハク王子やら誰かの思惑に流されがちだし、自分で考えて行動するのはいいことだ」

「目線が完全に保護者なんだけど……」

「んで、どういう思惑だ。教えろ」

 

 ぐいっと来られておっぱいの圧がさらに強くなった……。裸ならいいんだけど、軍服の分厚い生地のせいでちょっと痛い。これ、場所が場所ならいじめだって。おっぱいにいじめられてる。

 そして、逃げ道がないやつね。こうなったらフォグは絶対に退かない。心配性だから自分も噛ませろってことなんだろう。いい友人を持った、尾行はするけど。


「……なるほどな」


 洗いざらい吐かせた後、熊は得心いったようにうなずいた。

 

「お前の言うこともわからなくはねえよ。結局グランドを推してるのも家の力がでかい。それがファンダルにとってきついことだろうってことは、想像できる。……ヤードもそうだったしな」

「うん、家なんかじゃ決まらないっていうのを、おれの力なしでも証明したいんだ。ファンダルにはファンダルの力があるからね」

「そうだな……家なんかに縛られる必要はねえが、恩恵ってもんは確かに存在してる。特に宮中だと無視できねえくらいにな」


 グリッジの息子だったフォグにとって、家に縛られる苦しさも得られる恩恵も、どちらも理解できるに決まってる。つぶやかれた言葉には重みがあった。

 それから熊はおれをおっぱいに埋めながら少し思案して、はっきりと言い切った。


「いいだろう、その提案乗った」

「え、いいんだ……やめろとか言うもんだとばかり……」

「やめろって言われたらやめるのかよ、お前が?」

「それは……ないかも」

「だろ? ならいっそのこと噛んだ方がいい。それにファンダルを追いつめたのはあのくそ親父でもあるんだ。罪滅ぼしもかねて、手伝ってやる」

「でも大丈夫なの? うちの部隊はグランドを推すことになってるんじゃ……」

「まあいいだろ。お前がファンダルを抱いてねえんなら、背いているわけじゃねえ。お前が王子から言われたのは、グランド思いっきり抱いてファンダルを避けろってことだけだ。約束はきちんと守っている」

「言葉尻ぃ……」

「そういうもんだろ。逃げ道くらいいつでも確保しとかねえと、ここじゃやっていけねえよ」


 なんかすごいことをしれっと言ってのける熊。こいつ、やはりグリッジの息子だ。味方だと頼もしいので、敵に回すのは絶対嫌だ。


「トリドスに言った方がいい?」

「いや、黙っておいた方がいいだろ。知らなかったってことは言い訳になる。あいつには娼館運営のポストが確約されているから、今コハク王子からの印象を下げる必要はねえ」

「まあそうか……」

「なのでおれが問い詰めてるわけだ。あいつも気付いてるってことだけは伝えとく」

「バレバレすぎるって……」


 そりゃリブラもこの二人を出し抜いて私腹を肥やすのは無理って言うわ。ちょっと変なことしたら即バレしてるじゃねえか。

 けど何はともあれ、心強い味方が増えたことに変わりない。みんなに紹介しないと。


 そして仕事が終わって即座に訪れた秘密基地――という名の訓練場の隅にある小さな休憩用の部屋。ファンダルが地位を使って封鎖しているので、おれら以外に人が来ることはない。


「……というわけで、フォグが仲間入りしました」

「よろしくー」

「まあお前は気付くわな」

「わざわざ私のために……ありがとうございます」


 そこにいるのはファンダルを始め、副隊長であり友人のランドと似たような境遇のヤードだ。ファンダルの抱える問題はヤードにとっても人ごとじゃないだろうから、協力をお願いしたらあっさりと了承してもらえた。


「ヤードもいるのか……お前も候補者だろうに」

「いいんだよ。ジェル様の政治力じゃおれを推すのは無理だし、おれもファンダルと同じで選ばれねえだろうなとは気づいてる。ま、だからって諦めたわけじゃねえからな。ファンダルに協力はしてるが、おれはおれで努力は続けてる」

「なるほどな。いわば同盟みたいなもんか」

「そういうこと。おれらはどうしたって一番立場が弱いからな。それにファンダルっていや、おれみたいな平民の希望だ。んな奴が生まれで絶望してほしくねえっていう、おれのわがままもあるんだよ」


 それから鮫はファンダルに向き直ってにぃっと口角を上げた。向こうの方が先輩なのに、頼れるアニキって感じはヤードの方が上なんだよなあ。吹っ切れてから特に頼りがいというものが強くなっている。


「だから協力するぜ。例えコハク王子がなんと言おうとな」

「ありがとうございます、本当に嬉しいです……」


 というわけでおれも含めて四人、そして今からフォグが入って五人だ。この少人数が、ファンダルをグランドに勝たせるための面子。いろんな部隊から、ファンダルのために集まった人たちだ。

 紹介もほどほどに、フォグは空いている席に座ると、遠慮なく全員を見渡した。


「んで、勝たせるとは言うが、明確なゴールラインはどこだ?」

「四席目を」


 はっきりとファンダルが言った。あの時泣いていた不安定さなどおくびにも出さず、堂々とした態度で。


「無理だった場合は?」

「グランドさんが四席目に座らなければ、引き分けと考えています。ですが、足を引っ張ることは遠慮してもらっています。私たちは互いに全力を尽くすことを目標にしており、妨害は望むところではないからです」

「まあお前らはそうだよな……それで、四席目に座った後はどうする? 元帥でも目指すのか?」

「いえ、それは……私はただ、グランドさんに勝てればそれでいいので……」


 正直その後のことは考えていなかった。四席目という目標すら高いのに、元帥とかいう軍のトップなんてどうやったらなれるのかすらわからない。

 けど、フォグはその答えを聞いて、首を横に振る。それからぴしゃりと現実を叩きつけた。


「そういう軟弱な態度でジェル様がどうなったのか、見てきただろうが。それにお前は平民の希望なんだろ。だったら行くとこまで上り詰めろ。その覚悟のない奴が地位を得たら、困るのは結局自分だぞ。それこそ、あの親父の下にいたお前はわかるはずだ」

「う、はい……」

「きついこと言うねえ、フォグ」のほほんとランドが口を挟んできた。

「心配してるだけだ。四席目を得たところで、結局立場が弱いことには変わりないんだ。だから、野心を見せたからには覚悟を決めとけよってこと。そうじゃねえと、担がれて利用されて終わりだ」


 確かに今の最強はコハクの味方であるウィザロンとジェル、それに誰の言うことも聞かない狂犬のゴライザだ。そこに並ぶと、どうしたって一番利用しやすい存在になるよねえ。リブラの庇護もいつまであるのかわからないし。


「確認するが、それでもいいんだな?」

「……はい」応える声にぶれはなく。「私は、自分にできる最善を尽くし、最良の結果を求めます。今までしてきた努力は報われるのだと、ヤードさんや他の、私と似たような方たちに示したいのです」

「わかった、ならいい」


 すごい、あっという間に議長みたいになってる。そもそもおれらは全員政治的に弱い面子だから、フォグがいてくれて頼もしい限り。

 物事をてきぱきと処理するのは相変わらず。野心さえあればかなりの難敵になる男がフォグだ。


「こいつからファンダルの強さのからくりは聞いてる。ばれないに越したことはねえが、『華炎』の例もあるし、世論を落ち着かせるのは問題ないだろう。誰の力を借りたとしても、要は強ければいいんだからな」

「おかげで今のファンダルはいい感じだぜ」鮫が嬉しそうに。「元からグランドには勝てているんだ、一発タイマンでもすれば誰の目から見ても格付けは完了する」

「でもそれは向こうもわかっている。最強を決める流れにおいて、タイマンでの敗北は致命的だからな。人の口に戸は立てられねえし、噂にでもなったらかなり後れを取る」

「それで向こうは完全に避けてるんだよねえ」虎がどうしたものかと。「今はセックスで強化された能力を使いこなす訓練をしてるだろうし、絶対勝てると思った時にしか出てこないはずだよ」

「だからお前らは罠を張っている、そうだろ?」


 フォグが確信めいた言葉をつなげると、全員がぽかんと口を開けた、

 いや、なんでそこまでわかるわけ……?


「おれはこいつの部隊の副隊長だぞ。ファンダルがどんなスキルを会得したのかなんて当然知っている。そして、ファンダルが強くなったと言われているにも関わらず、『そのスキルを使っていない』ことにも気付いている。となれば答えは一つだ。グランドにばれたくねえんだろ?」

「その通りです……」犬が全員の代弁として。「よく、わかりましたね……」

「最初は隠し玉にでもしてるんだろうなって思ってた。その方がインパクトもあるし、噂になりやすいからな。だから、今の話を聞いて大体確信したってだけだ。おれはそもそも持ってる情報が多いからな」


 おれらの部隊は強化を担当してるから、どちらの情報もちゃんとある。だからおれはファンダルを全員で強化する作戦を考え付いたんだし。

 でもそんなにあっさりばれるとは思わなかった。さすがおれの部隊の策略担当。頼もしいやら恐ろしいやら。

 味方でよかったと安堵していると、ファンダルが肯定で頷く。こうなったら全部話すしかないと判断したんだろう。


「隠していたのは本当ですからね。リブラ様がここぞと言うときに使えとおっしゃっていたので」

「なるほど、あいつなら効果的に使うだろうし、わからなくはねえ。だがそれが今ってことでいいのか?」

「はい。使うタイミングは任せると言われております」

「あのリブラが……? ふうん、そうか……なるほどな」


 何やら意味深につぶやくけど、リブラのことを警戒しすぎじゃないかな。まだ傭兵街での仕事に難航しているようで城を留守にしている。さすがに何もできないでしょ。

 だからこそ、今がチャンスでもある。しゃしゃり出てこられたら面倒だからさ……。


「やっぱすげえな」


 鮫が頬杖をついたままつぶやいた。いかつい顔には感嘆が色濃く浮かんでいる。

 同じ部隊にいたこともあって、ヤードもフォグの有能さはよく知っていた。ジェルが絡まなければ本当に有能なんだ。


「その通りだよ。グランドはファンダルのスキルはまだ強化されていないと思ってる。だから戦えば勝てると信じ込ませれば、向こうから勝手に模擬戦を仕掛けてくるだろう」

「そんなにうまくいくか?」

「いくね。実際この二人はグリッジの下で近かったし、どっちの部下もグランドの結界じゃファンダルに勝てないと知ってる。だから向こうとしてはその評判を覆したいはずだ」

「わかった。それならおれの見立てでも問題ないだろう。これはヤードが考えた策なのか?」

「まさか、おれだけだとまだそこまで考えられねえ。全員で知恵を出したんだよ」


 それを聞いてランドがふふんと自慢げに胸を張るが、気持ちは同じだ。おれらは全員策事があまり得意ではないから、どうしたらいいのか案を出し合った。フォグやリブラなら一人でできることだろうけど、これでもたくさん考えたんだ。


 おれによる強化を縛った状態で、それでもファンダルを勝たせるために、全員が協力した。正直に言ってしまうと、ちょっと楽しい。みんなで一つのことに向かっているわくわく感は、おれが流されるまま部隊で仕事をしているのとは全然違う。


「本当に……みんなには助けてもらってます。私のわがままなのに、こんなに良くしてくれて感謝しかありません」

「いいっていいって、おれは元々君の味方だしー」

「おれもこういうのは嫌いじゃねえ。お貴族様の鼻を明かせるなら、やってやろうじゃねえか」


 フォグが来るまでおれら四人で作戦会議とか訓練とかしてたから、だいぶ仲良くなってきたと思う。ランドは元からだけど、ファンダルとヤードは境遇も近いから打ち解けるのも早かった。


 んで、新人との交流も終わったし、これから訓練かと思いきや、フォグが待ったをかける。どうやらずっと考えをまとめていたようだ。


「大体わかった。なら、ウィザロン様に話を回して、それとなく模擬戦の流れを作っておく。おれとグランドは担当している人が同じだからな。ウィザロン様としても、ファンダルの可能性をつぶせるならと乗ってくれるだろう」


 手を回すのが早い。なんかめちゃくちゃ現実的なことを言い始めたな……。


「それと、ランドは隊長を立てるって意味では問題ないだろうが、ヤードはジェル様の副隊長だろ。ジェル様との意見の相違があるようなら、立ち回りは考えとけよ」

「それくらいは考えてるさ。でも、ファンダルが前例を作ってくれるなら、リターンとしては破格だ。前例ってのは、貴族のお前が思うよりずっと大事なんだぜ。それに、おれだってウィザロンにほのめかしはしてる。だからもうすぐ実を結ぶはずだ」

「ならいいが……とはいえ、だ。おれらは王家直属。わかっているよな?」


 要はコハクの意向に逆らうことで、ばれた場合どんなデメリットがあるのかを理解しているのかと、聞かれているんだろう。

 おれとヤードは迷いなくうなずく。そんなことわかったうえで参加している。それでもおれらは、こうあってほしいという願いがある。


 フォグは覚悟を確認してからテーブルを指でトントンと叩く。思考を整理しているのだろう。隠そうとしたおれに対して、完全にばれる前提での話をしているから、考えることが多いのはわかる。

 まあ、速攻でばれたし、おれも隠し通せるとは思っていない。


「だからコハク王子への手土産も必要だが……その点はおれが何とかする。トリドスが影響力を広めようとしているんだ、足を引っ張らないように立ち回らねえとな。……よし、まあこんなところだな」


 言いたいことだけ言って、熊は踵を返す。どうやら話は終わったようだ。


「あれ、帰るの?」

「あんまりおれが一緒にいるところを見られない方がいいだろ。おれはこれから裏方処理に回るんでね」

「おお……いつもありがとうね、フォグ」

「いいさ。お前が自分から行動するなんて珍しいんだ、副隊長として助けてやる」


 た、頼もしすぎる……。お前はなんでそんなにいい奴なんだ。

 おれが感謝の視線を背中に注いでいると、硬い声が返ってきた。でもそれはおれじゃなくって、ファンダルへと向けられている。


「ファンダル」

「なんでしょう?」

「こいつはお人好しだからお前に協力するのもわかる。でもな、あんまり搾取するようならおれは怒るぞ」

「そんなつもりはありませんが……肝に銘じておきます。何かあれば、責任は取りましょう」

「……言質は取ったからな」


 それが聞ければ十分だったのだろう。『強制テレポート』で熊の姿は消えた。

 あとにはしょんぼりとしたファンダルが残されて、尻尾が力なく垂れている。おれはわたわたと思わずフォローしてしまった。


「フォグにしてはちょっと言葉がきつかったね。ごめんファンダル」

「いやーしょうがないよ。だって王家直属部隊の隊長が、王子の意向を無視してるんだからさ。あれって、もしもの時は見捨てるからっていう通達だよ。うーん、ここだけ聞くと大問題だね」

「それはそう……」


 フォグが来てくれて頼もしいけど、巻き込んでしまった罪悪感はある。ただでさえ、今のエギザクタ家は大変なのに。

 今度はおれがしょんぼり。フォグにはいつもご迷惑をおかけします。おれも今度何かお礼しよう。


 するとむっとした顔の鮫が慰めるように背中を叩いてくれた。


「最善ではないってのはおれだって重々承知だよ。でもむかつくだろ、生まれの有利が覆らねえなんて。おれは許せねえ。だからお前が教えてくれて嬉しかったぜ。絶対勝とうな」


 そこでまた牙をむいて笑い、勝気な顔にこっちまで元気づけられる。やさぐれていないと、やっぱり熱血路線だ。でも、この方がヤードらしいから好きだよ。


「でもフォグさんの言う通りです」


 ファンダルは投げられた言葉を反芻していたのか、少し目を閉じた後、おれに向かって口を開く。厳しい現実を前にしてもしっかりとした目線は、彼の強さを思わせる。


「確かに、君にはお世話になってますからね。これが終わったらお礼をさせてください」

「いいよ、大げさだし……おれはただヤードを紹介しただけで、大したこともしてないし……」

「いいえ、私は宮中にいる間に、綺麗ごとを押し通そうとする意志を無くしていたんです。生まれとかお金ばかりに目がくらみ、迷子になってしまいました。だから君が、私の目を覚まさせてくれたんです」


 虎と鮫、そしておれを見渡して、犬は笑ってみせた。


「だから私は、余計に負けたくなくなってしまいました。みんなと一緒に勝ちたいと、これほど思ったことはありません。一人じゃないというのは、それだけで力になります」


 一人だと前みたいに思いつめちゃったりするしね。ファンダルが泣いたあの時、一緒に戻るとランドがちょっと怒った口調で、なんでおれに相談しないのと詰めていた。ファンダルは優しいから、自分だけで抱えようとする癖がある。

 だけど今は違うんだ。


「どうか、私を勝たせてください。生まれも地位も関係なく、戦えるよう力添えをしてください。私が偉くなっても大したことはできないかもしれませんが、きっと恩返しをしますから」


 そう言って、ファンダルは頭を下げた。

 おれらを味方だと認めてくれているから、まだ立ち上がれる。


「あはは、恩返しとかいいって。おれらは友達じゃんよー」

「そうだな。それに、恩返しって意味じゃあ、感謝するのはおれのほうだ。ファンダルが前例を作ってくれたから、おれは『竜の爪』に入れたとこもあるしな」

「ああ、そうだったね。だから期待がことさら重かったから、ヤードが嫌になったんだっけ」

「お前、今それ言うなよ……」

「あはは!」


 げんなりとしたヤードをランドが笑い飛ばす。本人からしたらやさぐれてた時期は黒歴史だろうけど、こうしてネタにできるくらいには吹っ切れている。特にランドはこうやってからかっていた。


 結局やることは簡単だ。ファンダルの実力を隠して、グランドと戦わせる。

 全力でやりあえば、この二人も腹を割って話せるようになるはずだ。たとえ勝敗がどうであれね、二人はライバルだから。


 そして、その時は案外早くに訪れた。


****


 公式的にはただの模擬戦。それぞれの候補者がどれだけ強くなったのかを示すだけの、簡単な腕試しだ。


 だけど、二人にとっては大事な一戦であり、意地と意地のぶつかり合いでしかない。

 前回演習でも使った会場では、サイと犬が向かい合っていた。

 両手に槍を持った鎧装備のグランドと、黒い軍服に背丈ほどもある大剣を構えたファンダル。さんさんと降り注ぐ日光の下で、並ぶと遠近感が狂いそうな巨躯二人が静かに火花を散らす。


「ようやくこの時が来たな。覚悟はいいか、ファンダル」

「もちろんです。決して負けませんからね、グランドさん」

「それはこっちのセリフだ。今日こそおれはお前を倒し、四席目に近づく! そしたらお前も、おれに守られた方がいいって気付くはずだ」


 サイが地面を踏みしめて叫び、犬が応えて剣を構える。グランドはあくまで善意で友人を助けたいだけなのだが、ファンダルにとっては余計なお世話でしかない。

 だけど、グランドはそれができるのは自分しかいないと信じている。リブラの魔の手から救ってあげることが、ファンダルのためになるのだと。

 どっちもお互いを大事にしてるのに、すれ違ってるんだよなあ。


「完全に持てる者の傲慢って感じだね」


 隣にいるランドがなんかすごい切れ味の暴言を振り回してるんだけど。


「ノブレス・オブリージュとかあるじゃん、ヤードが嫌いな言葉。特にグランドはいい人だから余計にそう思っちゃうんだよ。それを受ける相手のことは考えてないんだけどねえ」

「しれっと周囲まで刺すなよ……」

「そろそろ本気でお前をぶっ飛ばした方がいい気がしてきたな……」

「あはは、全力で逃げるね……だから粘液で絡めるのやめてくれる?!」


 太鼓腹の虎をローションで締め付けるヤードにはちょっと青筋が浮かんでいる。ランドは見境ないところあるし、追い出されない程度にならいいんじゃないかな。

 同じ部隊のランドは当然として、おれもグランドの成長に関係してるから特等席での見学を許されてる。付き添いをヤードにお願いしたから隣にいるし、これでファンダルの応援隊が完成だ。


「んで、フォグはどうしたんだ?」

「やることがあるってさ。多分また根回しなんじゃない。ランドに魔力を補給してって頼んでたから、『強制テレポート』でいろんなところを回るんじゃないかな」

「本当にグリッジに似てきたよねー」

「それ絶対本人の前で言わないでよ……」

「それくらいわかってるって。さすがにおれも無差別に殴ってないよ」

「殴ってる自覚はあるんじゃねえか!」


 ヤードが怒りながらスキルでランドをぶっ叩く。ランドにとってヤードのやさぐれネタは、こすってもいいと判断されてるからなあ。

 粘液になぶられる様は、こうして見るとスライム攻めみたいだ。今この国で一番の水使いと言われているヤードだけど、実際はローションがメインだから少し違う。清浄とか効能も多岐にわたるし、手数という意味じゃ圧倒的なんだよな。


 でも虎はぷかぷか浮ながらのんびりとしたもので、ふくらんだ腹を撫でながら試合開始を待っていた。ジャグジーに入りながらテレビ見てるおっさんかよ。


「グランドもねえ……悪いことをしてるわけじゃないんだよ。後ろにリブラがいるから家の力を使わないと勝てないって考えも納得だし。ただ、それって結局ファンダルのことを見てないんだよね」

「フォグも言ってたよ、突っ走りすぎる癖があるって」

「そういうこと。目標を決めたら止まらないんだよ。誰が何と言おうともね」

「ふん」馬鹿らしくなったのか、スキルを消した鮫が。「だったらなおのこと殴って目を覚まさせるしかねえな。そろそろ始まるみたいだぜ」


 ヤードの言う通り、グランドの周囲に透明な壁がいくつもできていた。あの壁一つ一つがかなりの硬度を誇るくせに、サイの意思で自由に動くのだ。突破できないと潰されて終わりだが、ファンダルなら大丈夫。


「さあ!」グランドが高らかに。「いくぜファンダル! 悔いの残らねえ戦いをしようじゃねえか!」

「はい、本気で勝たせていただきます!」


 サイが槍を振るうと、薄い結界が手裏剣みたいな形になってファンダルへと襲い掛かってくる。

 結界と聞くと防御系統の性能を思い浮かべるけど、グランドの結界はかなり攻撃的だ。当たれば腕くらいは軽く吹っ飛ぶはず。


 『結界造形』というサイのユニークスキルは文字通り結界を作るスキルだ。生み出した結界を自由自在に操り、相手を追いつめることを得意としている。

 しかも中にいる間は怪我や病気などの治癒速度が格段に向上するから、持久戦も得意と来ている。本人は接近戦も得意だしで、隙のない能力だと思う。


 本来なら、グランドの結界は城壁よりも硬くて、一般人ならなすすべもない。おれも触らせてもらったことがあるけど、コンクリより硬そうだった。

 けど、相手はファンダルだ。大剣を一振りするだけで結界がまるで紙きれみたいに切り刻まれていく。


「……ふっ!」


 ファンダルは薄く透明で見づらい攻撃を軽やかにかわしていく。しかも後ろに目が付いてるんじゃないかと思うほど的確だ。『剣技』とかだけじゃなくて気配を読むスキルも完備しているし、近づいたものは大体感知できているんだろう。

 結界が増えて周囲一面埋め尽くされているのに、致命打どころかかすりもしてない。あれだけの量を操るグランドもすごいけど、体一つで避けるファンダルもすごい。撃ち落とす結界も選んでいるのか、動きに無駄があるようには全く見えなかった。


「相変わらず動きがやべえよなあ……」


 隣からヤードの呻きが聞こえる。


「グランドだって確実に当てるために動かしてるのに、なんであんなに綺麗に避けられるんだよ」

「軌道の先読みからの剣で防ぐものを決めて、後は回避に専念って感じだね。……うん、言うのは簡単だけどそれをできるかって言われたら、おれには無理ー」

「でも」気になったので口を挟んでみる。「ファンダルなら当たっても大丈夫そうだけど?」

「そんなことないよ。グランドだって前よりも強くなってるんだ。何があるのかわからないんだから、当たらないに越したことはないでしょ」

「そうだよな。グランドに限ってないとは思うが、毒とか使われるかもしれねえし、全部避けた方がいい……避けられるのならな」


 透明な結界が光を反射する時、きらきらと綺麗に瞬く。

 だからファンダルの周りにはいくつもの瞬きがあって演舞のようだった。命を削る形をしているくせにそんなことを想わせないのは、犬の表情が全く揺らがないからだ。


 いつもは柔らかくて優しい顔をしているが、今は真剣そのもの。ごつい顔に似合った凛々しい視線はサイを捕らえて離さない。


「やるじゃねえかファンダル! 結界の操作も上達したと思ったが、やっぱまだお前には届かねえみてえだ!」

「そんなことはありませんよ、気を抜けばすぐに刺さりそうですが……」


 そこで犬は大剣を思いっきり振ると、剣から発せられた風圧が周囲に漂っていた結界を一掃し、幻想的なきらめきはすべて消え失せてしまった。

 ダイアモンドダストのような残滓を纏いながら、落ち着いた声音を周囲に響かせる。


「ですが、これくらいならまだ耐えられますね」


 涼しい顔で言っていい攻防じゃねえんだよなあ。スキルは肉体の強化にしか使っていないんだ。そんな戦いを繰り返していたファンダルは、動きの練度が高すぎる。

 今まで回避に専念していたのは結界の強度を見るためだったのだろう。破壊したのはちょうどいい力加減だった。


 基礎スキルを極めたファンダルにとって、近距離の間合いは最も得意分野だ。でもだからって、グランドの結界すらたやすく切れるのは正直言って頭がおかしいと思うけどね。ステータスの暴力だって。


「まだ耐えられるね……言ってくれるじゃねえか」

「事実ですから」


 歯を噛みしめるサイ相手に、しれっと言ってのける犬。普段のファンダルを知っていると、いかに負けたくないと思っているのかがよくわかる。それほど言葉の端々に負けん気がにじみ出ていた。


 今度は自分の番だと、ファンダルが一歩踏み込んで……いや、なんか瞬間的に距離が埋まったけどなに。テレポートでもしたのか。こげ茶の色すら見えなかったけど……。

 この前の演習はトリドスのデバフがあったが、今は互いに万全、しかもステータスの暴力であるファンダルだ。移動の仕方が漫画みたいで、思わず目をひん剥いてしまった。

 驚くおれの目の前では、ファンダルがすでに大剣を振りかぶっている。あれは本気だと、見ているおれが震えるほどの気迫。例え結界があったとしても、それごと真っ二つにするつもりなんだ。


「……死なないでくださいね」

「はっ、誰に言ってんだよっ!」


 勝気に吐き捨てるグランドだが、正面から受けるのはさすがに無理だ。本来ならどんな攻撃でも防ぐ結界使いなのに、相手が悪すぎる。


 だからグランドは避けるしかない。軽く後ろに飛んで距離を取り、大振りな一撃を回避して見せる。

 でも、これで止まるファンダルじゃない。すぐさま踏み込んで一撃、よけられたもう一撃。馬鹿みたいに大きな剣を、まるで手足のように使いこなして追いつめていく。

 絶対あんな重い武器でやっていい動きじゃないって。一撃食らったら確実に死ぬのがわかるから、見てるこっちが怖くなる。


「っち、『結界造形』!」


 もちろんグランドだって負けていない。足元から結界で作った槍を突き出したり、振り下ろされる瞬間に生み出して手元を狂わせたりと、針に糸を通すような精密なスキル操作で抗っている。


「……そうですか」


 だけどファンダルはすべてを蹂躙して進む。

 足元の結界は踏み砕き、間にできた結界は切り砕き、横から飛び込んできた結界は片手で殴ってぶち壊す。本人は言葉も少ないせいで、ただただ結界の割れる音だけが演習場に響き渡って群衆を威圧していた。


 まるで重戦車が進んでいるかのようだ。どんな障害もなぎ倒す、圧倒的な力。タイマン性能が高いとは知っていたけど、本当に暴力。暴力の化身。


「いつ見ても戦ってるところはえげつねえよな……」


 ぼそりとつぶやいた鮫は、劣勢になっているサイに同情しているようでもあった。

 だけどランドは自慢げに髭を揺らして、友人の姿を誇らしいと言わんばかりだ。


「どんな攻撃も、どんな防御も、ファンダルの前では無力なんだよ。本気でやってれば、あの時のリブラにだって勝てただろうにね」


 思わず頷きそうになった。本来ならグランドが結界で囲んで場所を整え、その中でファンダルがタイマンで相手をぶちのめす。そういう連携らしい。

 結界内で常時治癒されながらタイマン挑んでくるファンダルとか無理でしょ。これを見ると余計にそう思う。ランド曰く、タイマンでいい勝負をするのはそれこそゴライザとかその辺くらいだと。まあ、あの犬もステータスの暴力だしね。

 やっぱ二つ名持ちって化け物なんだよなあ……。


「これで対軍が苦手ってのは嘘でしょ……」

「苦手ではあるけどね。グランドが十分かかるなら、ファンダルは一時間かかるだろうね。一回で戦える相手の数がさすがに違いすぎる」

「おれなら戦う前に逃げるよ……」

「だから一時間。全員追って叩きのめすとしたら、ファンダルならそのくらいじゃないかな」

「あ、そもそも戦う前提じゃないんだ……」


 目の前の暴力を見て戦おうと思える相手がどれだけいるんだって話か。まず逃走を考えるよなあ。間合いに入ることがイコールで敗北だし。


 なんて感心していると、グランドがどんどん端に追いつめられている。このままだと勝敗は明らかだろう。

 けどそれは今までの話。おれによる強化があるグランドにとって、これで終わるわけがない。

 スキルの情報は全部教えてるから、ファンダルの頭の片隅には入ってるはずだ。けど、実際対面するとどうなるだろう。


「この程度ですか? 隠し玉があるのなら、早く見せた方がいいですよ」

「あーくそ! やっぱ強いなあ! おれの結界をばかすか壊しやがって! 足止めにもなりゃしねえ!」

「これくらいしか取り柄がありませんから」

「よく言うぜ……でも、このままじゃ終われねえよな!」


 グランドは高く飛びあがると、結界を足場にして空中に浮遊する。肉体能力全振りのファンダルは空に逃げられると弱いことを、サイは当然知っていた。


「お前が強いことは知ってるさ! けどな、おれだって鍛えてんだ! いつまでも負けっぱなしじゃいられねえんだよ!」


 サイの足元に作った結界が広がっていき、透明な天井が出来上がる。それには大きな針がびっしりとついていて、落ちてくるだけで人を殺せるだけの鋭さを持っていた。

 でもそれは結界を壊せなかった場合の話。ファンダルにとって何の意味もないことくらい、向こうもわかっているはずだ。


 案の定ファンダルが大剣を一振りするだけで、透明な天井はすぐに壊される。

 だけどサイはその隙にさらに高く昇っており、太陽を背にした巨大な三角錐を作っていた。それはドリルのように回転し、先端をファンダルに向けて自身と共に落下する。


「これは……」

「おれの最高硬度! 死ぬんじゃねえぞファンダル!」


 グランドはおれとのセックスによって、結界スキルが格段にレベルアップしている。操作性も出力も、グリッジの下にいた時よりずっとだ。リブラと戦った時よりは絶対成長してる。

 前までのグランドをおれはあまりよく知らないが、ファンダルが静かに驚いているのを見るに、かなりの進歩をしているんだろう。演習場よりでかい結界のドリルを作れるんだ。頑張れば城さえも崩せそうだな。


 兵器じみてきた力を前にしても、ファンダルは落ち着いていた。一呼吸してから剣を構え、静かに迎え撃つ体勢を整える。


 だけど外野は慌ただしく、あまりに本気すぎる威力を前に、演習場が騒然となっている。おれも逃げた方がいいのかなと思ったけど、周囲をヤードの粘液が囲ってくれたから多分大丈夫。


「お言葉ですが」ファンダルがドリルに向けて剣を振りながら。「その程度では死にません」

「そうこなくっちゃな! なら遠慮なくいかせてもらうぜ!」


 いくらファンダルが巨体とはいえ、ドリルはそれよりずっと大きい。質量差の違いすぎるものが降ってくると考えれば、その威力はシャレにならないはずだ。

 暴力に暴力で返すために、隕石みたいな結界の塊が一個人目掛けて降ってくる。

 

「さすがグランドさん。少し前の私なら、防ぎきれなかったでしょう」


 でもファンダルにはおれらが付いてる。


 受け止めた大剣は回転する結界にこすれ、鈍くも甲高い音が鳴り響く。下手すると折れてしまいそうだけど、ファンダルの『剣技』は武器も範囲内だ。隕石だろうと砕くことは難しい。

 こげ茶の体が押しつぶされ、足元が砕けていく。人の身で受けるには過剰な負荷がかかっていたとしても、犬は歯をくいしばって耐えていた。


「うおおおっ! 絶対、勝つっ! おれは、ファンダルに勝つんだ!」

「ぐっ……でも、今の私は違います! 私は……」


 地面を砕きながら犬は前に進む。大剣を結界に食い込ませ、じりじり、じりじりと押し返していく。


「一人ではありませんので」


 それは異様な光景だった。一人の犬が城を押し動かすかのような、隕石に歯向かうような。常識では考えられないことが目の前で起きている。

 グランドは必死に回転数を上げて大剣を押し返そうとしているが、落下の勢いを殺された以上、挽回するのは難しいだろう。それはグランドもわかっているはずだ。


 巨大な結界を前にファンダルは一歩も退かず、負けん気で押し通そうとしていた。


「これでも……駄目なのかよっ! いや、諦めねえ! おれはまだ負けてねえ!」

「いいえ、貴方の負けですグランドさん。このまま……押し切りますっ!」

「なんで、だよっ! まだ届かねえのか……おれはっ!」


 悔し気に顔を歪ませるグランドの咆哮もむなしく、結界に亀裂が走る。回転しているからそれはあっという間に広がって、特大の崩壊音を立てて崩れ爆ぜた。

 

「……くそおぉっ!」


 周囲の人々はファンダルの異常なまでの力に驚いていることだろう。いくらステータスの暴力でありタイマン性能が高いとはいえ、今の犬の力は圧倒的過ぎる。


 それも当たり前だ。だってファンダルはおれらで強化しているんだから。

 と言っても、セックスしたとかじゃない。おれにはスケベするために精力やら滋養強壮やらを強めるスキルがあるし、ランドはスキルを構成する魔力を操作するのが得意だ。

 だから、それらすべてをファンダルにつぎ込んだ。元から強かった筋力や体力をおれがさらにバフして、基礎スキルの出力はランドが底上げして、ファンダルという雄を最強に仕上げたんだ。


 お金や家柄で最強を選ぶ話ばかり聞かされてきたんだ、これくらいのサポートは許されるでしょ。結局は強い者を決める話なんだからさ。

 青臭くて口に出すのは恥ずかしいけど、おれだって友情の勝つところが見たい。こんな思惑が入り混じった王宮の中だってことも関係なく、ただ勝利をつかみたい。


「――――ファンダルっ!」


 破壊された結界が消えていく中をサイが落下していく。その目はまだ死んでいない。まだ戦うつもりでいる。

 両手に構えた槍を向けながら自分の体を覆う程度のドリルを出して、絶対に負けないという意思を張り詰める。


「グランドさん、いきますよ」


 対するファンダルはただ静かに、剣を構え直す。

 こうして見ると戦っているときのファンダルは本当に別人みたいだ。

 剣を振る瞬間は、凛々しい瞳に真剣な光が宿っている。


 あれだけ力を込めた巨大ドリルでも駄目だったんだ、あの小さな結界ではファンダルに届かないだろう。

 グランドの破れかぶれな一撃、誰の目にもそう映っていた。


 ――――そのドリルが剣にはじかれるまでは。


「……え?」


 ファンダルが呆けた声を出すのも仕方ないだろう。切り裂くつもりで放った一撃が、ただの殴打として処理されてしまったんだ。

 結界に包まれたグランドも一緒に吹き飛んだせいで、また二人の距離が空く。サイはすぐさま結界を広げて、思い切り叫んだ。


「――――『弾性結界』!」


 演習場を覆うドーム状の結界は先ほどより柔らかそうに見える。でも、硬くない分それは頑丈だ。さっきもファンダルの剣を包み込んで威力を殺し、決して壊れない結界を作り出す。

 これがグランドの得たスキル『弾性結界』。『結界造形』の発展版であり、柔らかくも壊れない結界を作り出すものだ。

 多分、ファンダルに壊されない結界が欲しいと願い続けた結果なんだと思う。おれとセックスする時は結界の中だったし、それ関係のスキルばかりが強化されている。


 ファンダルにも当然伝えてはあるけど、まさか本当に自分の剣で切れないとは思わなかったのかな。またも一瞬で距離を詰めて切りかかるけど、読んでいたのか、サイはひらりとかわした。


「へっ、ようやく……ようやくだ! お前に壊されない結界が完成した!」

「……おめでとうございます。ですが、どうして最初から使わなかったのですか?」

「お前に全部ぶつけるためだ! 普通の結界も強化されてたからな、今のおれの全力を試したかったんだよ!」


 そのためにあんなバカでかドリルを出力したの?! 脳筋というか、愚直というか……。


「すべて出し切って勝ちたいんだろうねえ。いいねー青春だねー」

「じじくせえ……」


 楽しそうなランドにヤードのつっこみが入る。飛んできた破片は全部ローションが守ってくれたので、こうして観戦ができていた。そうじゃなかったらおれも他の人たちみたいに逃げてたかもしれない。


 いつも通りじゃれ合う会話をしているけど、おれらはファンダルを応援している。自分を投げ出してまで勝ちたいと言った犬が勝てるよう、声に出さずとも祈っていた。


 向かい合う二人はドーム状の結界に覆われていて、逃げ場などない。ファンダルなら壊せそうだけど、さっきのを見るに時間がかかるだろう。

 となればグランドは絶対逃がさないようにするはずだ。結界内はサイにとって有利だから、このまま勝負を決めにくる。


「はあ」サイは残念そうにため息をついて。「やっぱお前は強い。真正面からの打ち合いじゃまだ勝てねえわ」

「私はそれしかできない男ですから、ここで負けては、『茜差す栄光』の名が廃ります」

「わかってるよ、んなこと。だから悪いが、ここからは作戦を変える」


 指を鳴らせばドームからいくつもの球体が、『弾性結界』で作られた弾が降ってくる。


「これからおれは、お前の得意な間合いで戦わねえから」


 そして一気に、弾丸が跳躍した。


「……くっ!」


 例えるならポップコーンが破裂した時のような、そんな勢いで地面に当たった球体が一斉に飛び跳ねる。結界内を縦横無尽に動きまわり、隙間なくファンダルに襲い掛かった。


 こんな使い方あるっ?! おれが知ってるのは『弾性結界』の発現までで、こんな風に使うとは思わなかった。弾丸が結界に当たっては威力を強めて跳ね返るから、すさまじい速度になっている。

 さっきの手裏剣はグランドが操作していたが、これは完全にフルオート。サイは巻き込まれないように結界から離脱している。大剣の間合いには絶対に入らないという意思がうかがえた。


「すごいね」ランドが真剣な声音で。「いくら新しいスキルを得たからって、それを短期間にここまで使いこなせるのはさすがとしか言いようがない」

「ああ、きっと死に物狂いで訓練したんだろうよ。確かにファンダル相手に接近戦は自殺行為だ。今までは結界がすぐに壊されるからやらなかっただけで、戦略としちゃこっちの方が正攻法だな」


 もともとグランドは結界使い。結界で相手を閉じ込めたり仲間を守ったりの持久戦が得意だから、これが本来の戦い方なんだよね。本人の性格が直情型だからすぐ殴り掛かるだけで、冷静に考えたら確かにこれが正しいよ。

 

 弾丸の雨に打たれ、ファンダルは体勢を立て直せずにいる。結界を切り裂いて逃げようにも四方八方から撃たれてしまい、目標すら定まらない。

 一発の威力は大したことないようだが、それが何十発と一斉に襲い掛かってくるんだ。避けるなんて不可能だし、立ってるだけでもすごいと思う。


「ちなみに」鮫がぼそりと。「あれがお前なら一瞬でハチの巣だからな」

「ファンダルだからまだ何とかなってるんだよねえ。でもだいぶきつそう……」

「おれのローションがあるから大丈夫だとは思うが……」


 そんなにやばいんだ、あれ……。

 

「しかも見てみろ、ドームが少しずつ縮小していってるのがわかるか?」

「えっと……うわ、本当だ……」

「完全に逃げ場を無くすつもりだな。おれらは外から見てるからわかりやすいが、中だと気づきにくいだろうな」


 じゃあファンダルからしたら、いつの間にか逃げ場がないってことになるわけか。それはえぐい……。


「あのグランドがこんな作戦を取るなんて、よっぽど勝ちたいんだねえ。いつもなら自分から結界の中に殴りこんで行ってるのに」

「それだけ本気なんだろ。しっかし、さっきのドリルといい、よくもまああれだけの出力を連発できるもんだ。やっぱ元からの二つ名持ち様はちげえな」

「おれが補給を手伝ったら城くらいは覆えそうだよね」

「そんで球体の雨を降らせるってか? ……地獄絵図だなそれ」


 想像したら本当に怖すぎるからやめてほしい。『華炎』より効果範囲は短いが、せん滅もできちゃうじゃん。


 弾丸の雨の中、ファンダルはそれでも目から光を失っていなかった。ただまっすぐサイを見据えながら、弾丸を体で受けている。おれならハチの巣になるって言われる威力だけど、ファンダルは筋肉で何とか耐えている状態だ。ダメージは蓄積してるんだろうけど、それでも生きてるのがすごい。


 さすがにこれだけの数をさばくのは無理だと悟ったんだろう。ひょっとしたら、結界が狭まっていることにも気付いているかもしれない。


「致命打にはなりませんが、早く抜け出さないとまずいですね……」


 同じ場所を何度も切りつけ、活路を見出そうとしている。だが結界はしなやかに揺れるだけで、傷もついていないように見える。グランドがファンダルのためだけに作った結界だ。単純な物理では壊せないのかもしれない。


 サイは外でスキルの意地に集中しながらも、細い尻尾をせわしなく動かしている。きっと飛び込んで早く決着をつけたいんだろうけど、それは悪手だから頑張って押さえつけているのかも。こういうちまちました戦略、絶望的に合わなさそうだし。


「確かに一発の威力は低いが……それでもよくこれだけ耐えるな。でも抜け出せねえんなら終わりだ。降参は受け付けるぞ」

「ご冗談を。逆に言えばここを抜ければ私の勝ちでしょう。グランドさんの最大出力は先ほどのドリルで把握済みです。この結界さえ対処すれば、もう手はないはずです」

「はっ、だったらあがいてみろよ。おれの結界を簡単に破れると思ったら大間違いだぞ!」

「では……本気で試してみましょうか」


 ファンダルが呼吸を整えると、その体からあり得ないくらいの気迫が発せられた。体格が変わったとかではないのに、まるで筋肉が膨張したと錯覚するほどの圧に、おれは思わず鮫に抱き着いてしまう。


 結界の外にいてもわかる、今のファンダルは文字通りの全力だ。すべてのスキルを最大限まで発揮して、サイに立ち向かうつもりなんだ。


「……はっ、それでこそだな!」


 おれの胃が悲鳴を上げるほどの圧だろうと、サイは面白そうに笑い飛ばす。これから特大の必殺技が来ると悟って、応えてスキルの出力を上げた。


 こうなると弾む球体なんてファンダルにとってはそよ風みたいなものだろう。『華炎』の最大出力すら耐える本気、その強化版だ。


 犬はまるで棒切れでも投げるかのように、特大金属の塊である大剣を上に投げる。それは天井の結界に当たって弾み、速度を上げて落ちていく。


「グランドさんには謝らないといけません」

「……なんだよ」

「この試合で何度か打ち合ってきましたが、私、本気を出してなかったんです」

「……なに、言ってんだ?」


 予想外の言葉にサイが目を丸くする。そりゃそうだろ、余力を残してあの結界ドリルを破壊したとか、普通ならありえないって考える。


 拳を構えて、ただ前に。

 降ってくる大剣へと最大の一撃を。


「本気を出してしまうと、私の体が耐えきれないので」


 単純すぎる攻撃は音すらも置き去りにして、大剣をミサイルへと変貌させる。殴り飛ばされた塊はサイへと向けて、あり得ない速度で飛んでいった。

 おれの目にはファンダルが拳を振ったところも見えなければ、大剣が飛んでいくところも視認できない。なんかいつの間にか大剣の先が結界を引き伸ばして壊そうとしている。間が何もない。結果しかない。


 ただ結果だけを押し付けられて、サイは必死に力を注ぎ込んで結界の維持に努めた。


「ぐおおっ?! なんだ、どういうことだよ!」

「言ったままです。私は基礎スキルの高さで二つ名をもらいましたが、防御面よりも攻撃面の方がレベルが高いんです」

「んなこと知ってる! お前が攻撃特化だってことくらい……どれだけの付き合いだと思ってんだ! でも、これほどじゃ……いや、まさか、お前っ!」

「ええ、その通りです。私もスキルを伸ばしたんですよ、貴方と同じ方法で」


 おれとのセックスでグランドが結界を進化させたように、ファンダルは自分の素質を、すなわち基礎スキルをさらに伸ばした。

 『肉体強化』や『打撃』、それらに類する基礎と呼ばれているスキルの数々。

 ファンダルはそれらを限界以上に成長させている。使えば自分の体がもたないくらいに。攻撃性能に全振りした結果、時限で圧倒的な肉体性能を盛ることに成功したんだ。

 これがファンダルの隠し玉。単純明瞭圧倒的な暴力の権化になること。あの優しい性格からは考えられないくらい、すべてを破壊する存在へと昇華している。


 その力をもって、殴って飛ばしただけの大剣で結界を食い破ろうとする。だがグランドも負けていない。伸びきった結界の弾性で押し返そうと、力を振り絞って注いでいた。


「させません」


 だが、ファンダルは弾丸飛び交う中を颯爽と前に詰め、突き刺さっている大剣の柄を殴ってさらに押し込もうとする。

 殴る、殴る殴る。単純で圧倒的な暴力で、結界がさらに伸びていく。体に無数の球体が降り注ごうとも、それはもう何の意味もなしていなかった。

 物理耐性を得た結界だろうと、結局は物理で破壊する。ただただ単純な肉体能力を突き詰めた男。それがファンダルだ。


「ぐ、おぉ……負けねえ、負けねえええぇぇ!」


 球体が無意味とすぐさま悟って、グランドはそれらを消して余力を結界維持へと回す。時間制限さえ耐えれば勝ちだとすぐさま機転を利かせたのは、さすがと言える。


 殴り押されている大剣は楔であり、そこから亀裂が広がっていく。だがまだ壊れない。グランドが意地で耐えている。

 グランドの結界維持が勝つのか、このままファンダルが殴り壊すのか。

 群衆もおれも、結果を見ることだけを考えて瞬きすら忘れてしまった。


「ふぅ……負けたくないのは、私も同じです」


 犬は静かに呼吸を整えながら連撃を繰り返す。まったく見えない拳は何発撃ち込んでいるのかもわからない。今の速度ならジェルともいい勝負するかもしれないと思うほどだ。

 でも、もし見えるなら、ファンダルの拳が透明な粘液で覆われていることに気付くだろう。それは人の限界を超えて悲鳴を上げる筋肉を癒す働きがあり、ファンダルの全力稼働時間を伸ばしてくれるローションだ。

 ランドはスキルの出力を安定させてくれるし、おれも肉体能力にバフはかけたけど、それだけじゃファンダルの全力を支えきれない。

 だから外から肉体を補強するために、ファンダルの軍服の中にはヤードのローションが薄く仕込まれている。治癒も補助も万能なヤードのスキルは鎧となって、さっきの弾丸連打も耐えてくれていたんだ。


 本来なら長くはもたないファンダルの全力だけど、これならかなりの時間いける。

 勝ちたいという願いに応えて、おれらはファンダルのために全力を尽くしたんだ。

 その結果が今出ようとしている。勝ってほしい、おれは固唾を飲んで見守った。


「これは私一人の戦いではありません」


 殴りながら犬が小さくつぶやく。

 限界を超えた体が裂け、口から血を流そうとも。ファンダルは止まらない。


「だから勝ちます。絶対に、勝ちますっ!」

「んなの、おれだって同じだ!」


 手に持った槍を結界ごと突き出した大剣に当て、グランドは押し返そうと力を込める。

 ここまで来るともう意地のぶつかり合いだ。ファンダルと同じように、グランドだって負けたくない理由がある。


「おれは勝ちたい! 勝って四席目を手に入れて! いつかきっと元帥になるんだ! お前みたいなやつが、もう、二度と! 泣かなくて済むようにっ!」

「……その気持ちは嬉しく思います。ですが、私だってそうです!」


 あの時袂を分かった二人が結界を挟んでようやく、真正面から向かい合う。

 互いに視線をぶつけ合い、決してひかないという意思を押し付けて。


「私にはお金も、血筋も! 何もありません! それでも、守りたいものがあります! 私は! そのために騎士となったのです! グランドさんに甘えることなく、自分の足で立ち! 自分の手で守りたい! だから、だから私は……!」


 口から流れた血が叫びと共に溢れ、拳が応えてうなりを上げる。

 もう拳もぼろぼろで、周囲にはファンダルから飛び散った血痕がいくつも落ちている。限界を超えた先を維持し続けている体は本当に壊れてしまいそうだ。

 おれが見ていられなくて立ち上がろうとしたけれど、ヤードが引っ張って止めた。思う存分やらせてやれってことなんだろう。だから鮫の手をぎゅっと握って、祈るだけにしておいた。


「私は……!」


 結界にひびが広がっていく。

 グランドが会得したファンダルのための結界が、破られていく。


 全身に走る痛みを気力で抑え込み、ファンダルは最後の一撃を放った。


「貴方に勝ちたいのですっ!」


 とどめの一撃は結界を破壊し、抑えていた槍もろとも遠くに吹き飛ばす。

 息を荒げながらも立っているファンダルは、拳に付いた血を払って一歩前に進む。結界から抜け出した犬に降り注ぐ周囲の視線には、多数の畏怖が含まれていた。


 ドームは壊れた部分から徐々に消えていき、残されたのは二人だけ。

 だが、武器もないこの状況でグランドがファンダルに勝てるかと問われたら、それは無理だと答えるだろう。グランドも結界に全力を注いでいて、どちらも満身創痍。もはや決着は明らかだった。


「……けねえ」


 だから、サイが歯を噛みしめて。


「次は負けねえ……絶対にだ! 絶対におれが勝つ!」

「させませんよ。次も私が勝ちます」


 それは実質的な降伏宣言だ。この瞬間、ファンダルはグランドより強いという評価が確定した。

 やったあ! とおれが思わず立ち上がっても、サイの言葉は止まらなかった。


「勝って、お前に頼られるような男になる! あんなリブラなんかよりも、おれの方がずっと……ずっと頼りがいがあるって証明してみせる!」

「えと……」予想外だったのか、犬は首をかしげて。「それはつまり、グランドさんはリブラ様に……」

「そうだよ! 嫉妬してんだよ! おれのほうがファンダルとの付き合いも長いし、仲もいいのに! お前はずっと、リブラばっかり頼って……! おれのことなんて、全然見てくれねえし……!」


 おっと、駆け寄りたかったんだけどそういう雰囲気じゃないなこれ……。おれはどうしたものかと鮫虎を見ると、二人も同じ気持ちだったようですんっと座り直した。完全に観戦する構えだ。


「おれだって家柄もあるし、金もあるから……頼ってくれれば、力になるのに! お、おれは、お前から見て、そんなに頼りねえのかよ……!」

「ええっと……そうではなくて、ですね……私はグランドさんのことを、大事な友人だと思っていますけど、ライバルだとも思っていてですね……」


 涙がにじみ始めたサイを前に、犬は慌ててしまう。おれらの方に視線を向けながら、SOSを発信してきたぞ。

 もしかして、本当にもしかしてだけど、おれらにお金を詰んだりとかしてたのって、ファンダルにアピールする意味もあったり……する? ただの逆効果だったんだけど……。


「おれのことを頼れ! 遠慮なんかしてんじゃねえよぉ……馬鹿、馬鹿ファンダル! くそ、今度は絶対負けねえ! もっと強くなって、家督も継いで、お前にいやって程援助してやるからな!」

「ええっとぉ……あのぉ、お気持ちは嬉しいんですけどぉ……私はグランドさんと対等でいたいだけなので……」

「それ前も言ってたけどよ、おれが好きでやってんだから、何したって対等だろうが! お前とおれが対等じゃねえ時があったか?! おれはいつだってお前の助けになりてえんだよ!」


 うーん、この平行線。グランドとしては本当に善意しかないから、持たざる者の気持ちがわからないんだよなあ。


「はい、終了終了。もう模擬戦は終わったんだから、あっちで感想戦するよ」


 いつの間にか二人に近づいていたランドが待ったをかけると、ファンダルがあからさまにほっとした顔を見せた。なんて言ったらいいのか、わからなかったんだろうな。

 

「グランドさ、ファンダルが君の援助を受け付けなかったのは、決して嫌だったからじゃないんだよ。そうだよね?」

「もちろんです。ただ、グランドさんから援助を受けてしまうと、関係が変わってしまう気がして……」

「なんでだよ、意味わかんねえ……! おれはずっと、お前のことを考えてたってのに! 誰より強くなって、軍部をお前がちゃんと評価されるような場所にしたかったんだよ!」

「これは手ごわいなあ……ねえヤード! ちょっと持たざる者代表として手伝ってよ! ファンダルは口下手だからさあ!」

「お前いい加減にしろよ!」


 煽られたヤードが青筋を浮かべながらも手伝いに行ってくれた。なんだかんだで面倒見がいいんだ。

 それから三人でサイをなだめることに成功して、ようやく灰色の肩がしゅんと落ちた。


「……言いたいことはわかった。けどおれはずっと、ファンダルが信じてくれねえのが悲しかったんだ。おれはグリッジとかリブラみたいなこと、絶対やらねえのに」

「申し訳ありません……信じてないわけではないのですけど、でも、それでは私が騎士になった意味がないんです」

「……自分の手で、か。余計なお世話だったってことかあ……だったらどこまでやれるか、見せてみろよ。ちょっとでも隙を見せたら、おれが全部かっさらって、お前の大事なもの全部まとめて手ごまにしちまうからな!」


 目頭を勢い良く拭って、サイはそれでも気概を見せつける。あくまでも自分が守るんだという決意が固すぎる。でも、だからこそグランドって気もするな。

 言葉上では負けん気が強すぎるけど、すっと差し出した手は仲直りの合図だ。グランドはちゃんとファンダルを認めている。


「はい、お互い頑張りましょう!」


 それに気づいたんだろう、ファンダルも嬉しそうに応えて握り返す。尻尾を揺らすその姿には、緊張なんて全くない。ランドが嬉しそうな顔してるってことは、仲直りも上手くいったみたいだ。

 お互いがちゃんとライバルだと思ってることもあって、健闘を称えるのも忘れない。勝ち負けを引きずらないのは仲がいい証拠だ。和やかな景色に、みんなでした努力が報われた気になる。

 バフ状態での戦いに慣れるの、結構大変だったからね。ファンダルの本気はやりすぎると体への負荷がすごいので、補佐するおれらも一苦労だった。エロ以外であんなに丁寧にバフかけたの初めてかもしれない……。


「おい」


 と、そんなおれに影が差す。見上げれば、フォグがおれを覗き込んでいた。


「あれ、フォグ。どうしたの?」

「一応お前も呼んでおいた方がいいと思ってな。ちょうど帰ってきたみたいだから、確認したいことがあるんだ」

「誰に? 何を?」


 いったい何の話をしているのかまるでわらないんだけど……。

 きょとんとしたおれに向けて、熊は短く、けれど無視できない名前を告げた。


「リブラが王宮に戻ってきた」


****


「それで、どこまでお前の策略だ?」


 おれを引き連れて、フォグは部屋について早々口火を切った。

 獅子は相変わらず人を小ばかにするような表情を浮かべたまま、用意されたグラスに口を付けて続きを促した。話を聞く時ですら優雅に見えるのむかつくな。


「さて、なんのことやら」

「普通に考えたらおかしいだろうが。こいつがファンダルを抱かなくなったのは、当然ファンダルがあのデメリット付き火力を習得した後だろ。こいつとのエロで発現してんだから。だったら、なんで今まで使わず、グランドが知らないんだって話になる。ファンダルから聞いたぞ。リブラから隠しておくように言われてたってな」

「なに、おれ様はただ最も印象に残るタイミングで披露しようと思っただけだが? その方が世論を操作しやすい、当然だろ」

「そんな奴が使うタイミングをファンダル任せにするかよ。お前は確実に、ファンダルがあの火力を使うタイミングが来るとわかっていた。んで、最初の質問だ。お前、どこまで計算してやがった?」


 ……確かに、言われるとそうだわ。

 そしておれも、ファンダルが忠犬になりに来たのだってリブラが唆したからだとあたりを付けている。面白そうだからやったんだろうなと思っていたけど、もしかして違ったのかな。この獅子は何か目的があって、ファンダルを唆した?


「くふ、ふふふっ! ふはははははっ!」


 心底愉快でたまらないと、聞いた人を不愉快にされる笑い声を響かせて、リブラは持っていたグラスを置いて立ち上がった。

 ふてぶてしく獅子は口角を歪めるなんて偉そうすぎる態度だけど、リブラならとてもしっくりくる。窓に近寄って外に視線を送れば、楽しそうに話し込んでいるファンダルたちがいた。


「なに、おれ様はすべて裏で糸を引いていたとか、そういう安易な黒幕ではない。ただ、見てみたかっただけだ。あの才能しか持たない犬が苦しむ姿をお前に見せれば、どんな結末になるのかとな」

「え、おれ……?」


 急に引っ張り出されてびびる。なんでここでおれが出てくるんだ。


「ファンダルはつまらん善性を持っているだろう? おれ様との戦いの際には自分よりも他人を優先し、今も騎士をしているのは誰かを守るためだとのたまっている阿呆」


 ひどい言い草だが、獅子は楽しそうだ。外を見る目は細めていて、まぶしそうですらある。


「だがここはそんな善性など何の意味も無い。隙を見せれば食われるだけの魑魅魍魎が跋扈する腹黒どもの宴会場だ。事実、あいつは生まれやおれ様を理由に、排斥されかかっていた」

「お前、もしかしてそれがわかっていて、ずっとファンダルの後ろ盾をしていたのか……?」

「くふふ、当たり前だろう? おれ様はあの騒動の時にファンダルを庇護すると約束した。おれ様はただ約束を守っているだけ、それがどんな結果になろうとも知ったことではない」


 ただ後ろに控えているだけで何もせず、ファンダルが追いつめられる様を見ていただけの獅子。だけど、とても楽しそうな顔をしていたはずだ。今みたいなさ。

 誰も手を出せなかったから庇護って意味では違いないんだろうけど、そのデメリットまでは管轄外と言う。それはそうかもしれないけど、見捨てると同義なんじゃないのか。


「おれ様はただ、そのスキルは時が来るまで隠しておけと言っただけ。ああ、あと、このままでは排斥されるからコハクに忠誠を示す最もわかりやすい方法として、忠犬になるのがいいと教えたくらいか」

「さっき傭兵街でお前が娼館のために話していたっていう商人に会った。テレポートで行けばすぐだからな。お前、ファンダルを傭兵街の娼館に突っ込むつもりだったな」

「なんだ、もうばれたのか。このままいけばあいつはようやく折れそうだったからな、再就職先を見繕っておいたんだ。くふふ、あいつが頷きさえすれば、こんな場所から救ってやれたのに」


 再就職先……? えっと、結局リブラは何がしたいんだ。


「ん、だから言っただろう。追いつめられたファンダルとお前が、どんな結末を迎えるのか見たかった。それだけだぞ」

「え? それだけ? 本当に?」

「なぜおれ様が嘘をつかねばならん。もしお前がファンダルを見捨てて何も進展しなければ、娼館という逃げ場にかくまうていで身も心も壊してやった……要はタイムリミットだな。救われぬ善性など、宮中にいたところで不幸になるだけだ。それなら快楽漬けにした方が幸せだろう? くふふふっ」


 つまりリブラは追いつめたファンダルをおれに引き合わせて、面白そうなことが起きるのを期待したってことかな。もし何も起こらなければ、ファンダルは用済みとして娼館に放り込まれていたと……なんてめんどくさいことを。


「くふふ、予想外のことが起こらなければつまらんからな。おれ様の存在はできる限り薄めておきたかったんだ。おれ様は下地を整えただけで、後は事の成り行きを見ていればよかった」


 え、じゃあ待って、コハクに娼館運営についての話をしたのも、自分の管轄にしてファンダルを突っ込む準備のため?!


「それが国の金でできる。なんと面白いことじゃないか、くふふ。ファンダルにはその第一号として、あの豊満な体を存分に活かしてほしかったのだが……」


 そこでちらりと窓の外を見て。


「あの様子では、無理だろうな」


 日光が照らす二人にわだかまりはもう見えない。ランドもヤードも含めて雰囲気は悪くなく、言いたいことを言い合って、すっかり仲直りしている。

 この結末はリブラとしてはどうなんだろう……。


「そうだな……なんともチープで安直な結末だ。ファンダルは持ち直して娼館に来ないだろうし、お前も忠犬を逃してさらに丸くなった。結局善性は曇らず、現実を先延ばしにするだけ。だが……」


 獅子は薄く笑ってこちらに振り向いた。


「まあ、悪くはないな。予想外という意味では悪くない」

「素直じゃねえ奴」熊はやれやれと。

「くふ、それがおれ様だ。慣れろ。なに、まだ遊ぶ楽しみがあると思えばいいだろう。ファンダルもお前も、まだまだ遊びがいがある」


 結局こいつは人を使って遊ぶことに懲りないんだよなあ。こいつにしてみたら、負けて軍に居場所がなくなったファンダルが娼館に逃げてもいいだろうし、おれの忠犬として再出発してグランドを曇らせても面白かったんだろう。


「犬になったファンダルをグランドに差し出して、お前が救えなかったんだと攻め立てるのが一番面白いシナリオだったぞ」


 性格が終わりすぎだろ……良かったそうならなくて。

 どう転んでも、一番楽しんでるよこいつ。人のあがきとか努力とか、上から眺めてエンタメにしてやがる。

 持ち直したファンダルの不安をまた煽るだろうし、おれもなにかにつけてちょっかいを出されそう。


 いつも通りのリブラだよなあ、なんて思っていたけれど、フォグが前に出た。その顔はまだ話が終わっていないと言っている。


「いや、だからお前は素直じゃねえんだって……なんでそんなに話をややこしくするんだよ……」

「何が言いたい?」

「お前にしては傭兵街からの帰りがえらく遅いと思ったんだ。お前ならコハクに娼館の話をした時には、すでに根回ししてそうなものなのにな」

「……ふん、過大評価だと謙遜してほしいのか? ずいぶん性格が悪いじゃないか、くふふ」

「そうじゃねえよ。お前、ファンダルが娼館に来た時のために、傭兵街で家を買ってただろ。家族全員が住めるほどの、いい物件をな」


 え? なにそれ、どういうこと?!


「そこまで調べていたのか、忌々しい。父親のいやらしいところばかり似てきたものだ」

「誉め言葉として受け取っておく。お前はさ、さっき娼館でファンダルを壊すとか言ってたが、本当はかくまうためなんだろ。娼館は王都にもあるのに、わざわざ傭兵街の娼館を選ぶ必要がない。『茜差す栄光』で客を取るんなら、王都の方が知名度もあるからな」

「……続けろ。どうせもう何を言っても無駄なのだろう」

「今行われているのは表向きは最強を決めるっていうものだが、結局は軍部の政権争いだ。生まれのせいで地盤の弱いファンダルが負ける可能性は、実を言うと今でも十分高い。だからお前はファンダルが負けた時のために、軍から逃げる時を想定して動いていた」

 

 ええーっと……つまり、リブラがわざと悪いように言ってるだけで、本当はファンダルを助けるためだったと? ならなんでわざわざ追い詰めたりなんか……。


「お前に救わせるためだろ。実際お前はファンダルを見捨てることができず手を貸した。追いつめられて弱った相手を、お前は見捨てられない。しかもリブラのせいとなればなおさらな。よく考えたら、追いつめた相手を逃がすとか、リブラがするわけなかったんだよなあ。完全に誘導していたと考える方が筋に合ってる」

「それは、まあ、そうかも……」

「だからおれは最初、ファンダルに搾取するなと言ったが……本当はリブラの思惑だったんだ。こいつは自分が後ろ盾になっているせいで排斥されかかっていると知っていた、だからお前がファンダルの後ろ盾になるようにしたんだ。実際お前とヤードが同盟を組んで、コハク王子の意に反した。そして今回のグランドへの勝利だ。これで間違いなく軍部はさらに荒れて、ファンダルにも勝ちの目が出てきた。リブラの予想通りにな」


 まわりくどっ! めんどくさい! だったら直接言いなよ!


「言うわけねえだろ、リブラだぞ。しかもこいつ、さっきお前が言った結末になっても構わないと思ってるんだよ。ファンダルが誰にも救われなかった可能性も加味して動いてる。だから嘘は言ってねえんだ。ただ素直じゃねえだけ」

「さらに言うなら」諦めの混ざった嘆息と共に獅子が付け足して。「おれ様が直接頼んだところで、フォグやトリドスが止める。お前には自分の意思で、コハクの思惑に反した動きをしてもらう必要があった」


 まあ確かに。相談されたら絶対二人に言うし、コハクにも言ってる。おれが自分で決めたから、こんなことになったんだ。

 ってことはどこまで行っても、完全にリブラの掌の上ってことかあ……。

 

 でもなんでここまでして、ファンダルを助けようなんて思ったんだ。申し訳ないけど、リブラらしいとはとてもじゃないけど言えない。むしろ、最初のあくどい嘘の方がまだ信ぴょう性があった。

 

「気まぐれだ。それだけにすぎん」


 絶対嘘だ。おれにだってそれくらいわかる。

 でも言いたくないのなら、おれに口を割らせる方法はない。

 なんて諦めたのに、フォグが核心へと踏み込んでいく。


「サウラ妃だろ。あの方もファンダルみたいに善性の塊だったもんな」

「……お前っ!」


 獅子はたてがみを震わせて吠え、熊をにらみつけた。

 飄々としていたリブラが初めて見せた怒りの顔に、フォグは少しだけ悲しそうな顔を見せた。当たっていてほしくなかったと、言外に匂わせている。


 サウラ妃ってリブラのお母さんで妾の人だっけ。それがなんで今関係してくるんだろう。おれにはわからなかったけど、リブラには十分伝わっていた。


「やっぱそれか……まあ、お前がこんなことをするなんて、あの方くらいしか理由がねえよな……」

「はあ、墓穴を掘ったか。鎌をかけるとは、本当にお前はグリッジに似てきたな」

「誰かさんが素直じゃねえからな。言いたいことくらい言っちまえよ。その方がすっきりする」

「……」


 フォグに発破をかけられて、リブラは窓に視線を移して言葉を濁す。

 ……というよりかは、なんと言ったらいいのか考えているのかもしれない。目線は遠くを見ているようで、こんなリブラの顔は初めて見た。


「別に、大した理由などない」


 リブラはつまらなさそうに、物憂げなため息とともに話し始める。


「おれ様が後ろ盾になったことが駄目なのなら、もっと別の……同じようなお人好しの阿呆と組ませればいいと思ったにすぎん」

「……それが本当の理由?」

「ふん、意外か? おれ様もそう思う。他人の善性など踏みにじって遊ぶだけのおもちゃだと思っていたが……ふと、あの女の顔がよぎってな。らしくないことをした」


 もういないリブラのお母さんはどんな人だったのか、おれは知らない。けど、みんなの語り口から、すごくいい人だったんだろうっていうのは想像がつく。

 でも、獅子はおれに伝わっていないと思ったんだろう、一瞥してから喋る口調はこわばっていて、どこか作り物めいていた。


「あの女……おれ様の母は妾だ。だが、決して権力に目がくらみ、おれ様に王座を取れとは言わなかった。あの女はただ善良であれ、民を思いやれと説くだけの馬鹿だった」

「リブラ、さすがに自分のお母さんにそんなこと……」

「だから死んだ」


 その一言が、部屋の空気に重くのしかかる。


「このくそつまらん場所で善性を発揮して、寝首をかかれた。それだけだ。考える頭があったなら、回避できただろうにな。本当に……馬鹿な女だ。本来ならおれ様が死ぬはずだったんだ。寵妃の男児など、邪魔者以外何でもないからな。なのにあの女はくだらない善性を発揮して、おれ様を救って死んだ。おれ様の目の前で」


 淡々としゃべっているが、その内容はすごく痛ましい。目の前でお母さんに死なれたら、絶対忘れられないと思う。

 それに、リブラの抑揚のない声がどうしたってあの時の夢を思い出させるんだ。おれがジェルを壊した夢。あの善性を自分で潰した夢を。

 おれは夢だったからよかったけど、リブラはそうじゃない。だから心の片隅で、ずっとそれを抱えているんだってこともわかってしまった。


「お前もフォグもあの女も、どうしてそこまで他人のために働ける? あの時のファンダルとてそうだ。自分よりも他人を優先し、結果として身を削っておれ様を敗北させた。確実におれ様が勝てる戦いだったというのに、だ。おれ様にはまるで理解できない。だが、それを考えた時、ふとあの女の顔が浮かんだ」


 そういえば、フォグが隊長を蹴っておれのところに来るって話をしたら、かなり怒っていたことを思い出した。自分を犠牲にしてでも善性を出す様が、ひょっとしたら母とかぶっていたんじゃないだろうか。今なら、なんとなくわかる気がする。

 ファンダルもあの時自分よりもグランドを優先したと聞いている。そういうのが積み重なって、リブラの記憶を刺激したんだろう。


「ファンダルがお前の忠犬になり、機会を得るのならそれでいい。駄目でも娼館に来れば、家族を養うに困らない売り上げは取れるだろう。だがもし、もしもお前らの善性がファンダルを救い、別の道を切り拓くのなら……」


 わずかな逡巡があったが、ため息とともに吐き出して。


「あの女がおれ様を生かしたのも、無駄ではないかもしれないと……少しだけ思ったんだ」


 それだけ言うと獅子は黙り込み、後は好きにしろと尻尾をこっちに向けて振る。本当に言いたいことの全部を言い切ったのだろう。

 

 だったら次はおれの番だ。ゆっくり近づいていくと、投げやりな視線が迎えてくれた。


「リブラ、ありがとう。ファンダルを助けてくれて」

「……礼を言われることじゃない。おれ様の気まぐれだ。あいつが破滅しようがどうしようが、おれ様の知ったことではないからな」

「それでもだよ」


 絶対リブラは今の話をファンダルに聞かれたくないはずだ。だから、おれが代わりに言っておこうと思ったんだ。


「ふん、お人好しが。わかっているのか、お前がコハクを裏切ったせいで立場が揺らいでいるのを。ファンダルを手元に置いたことで、お前も巻き込まれることになる」

「まあ……それは、何とかするよ」

「おれがな」フォグが即座に口を挟んできた。「そのためにおれがわざわざ副隊長になったんだ。お前が言うチープで安直な結末に向けて頑張るさ」

「好きにほざけ。興が削がれた、おれ様は戻るぞ」


 リブラは辟易とした顔で立ち上がり、おれらに背を向ける。

 でも、その足が止まり、振り返る。その時の顔は人を小ばかにすることに慣れた、いつもの獅子だった。


「おれ様は帰ったばかりで疲れている。フォグ、テレポートでおれ様を移動させろ」

「はいはい、時間を取ってもらったんだ、それくらいはするさ。んで、目的地はどこだ?」

「霊園。我が馬鹿父があの女のために建てた無駄に豪華な場所があるだろ。そこにしろ」

「……そうか、わかった。すぐに飛ばす」


 憎たらしいほどの笑みから、いつものリブラらしくない言葉が漏れる。だからフォグもすぐさまスキルを構え、望み通りの場所へと向かわせる。きっと今は一人にしてあげたほうがいいってフォグも思ってる。

 それでも獅子は変わらずふてぶてしく、聞いてもいないのに喋り出す。


「久しぶりに、あの女の墓にでも挨拶しようと思ってな」


 自分を鼓舞しているように見えるのは、おれの気のせいなのだろうか。自分のせいで死んだお母さんのお墓に行くのに、気負うなと言うのは無理だと思うから。


「……本当に久しぶりだ」


 送られて消える直前につぶやいた声は小さくて、噛みしめるような響きを持っていた。きっと今だって本当は緊張してるに違いない。

 お母さんが自分を助けたのは無駄じゃない、そう思えたから行くんだろう。チープで安直な結末こそ、リブラの求めていたものだから。


 リブラが消えた部屋には、窓の外からファンダルたちの楽しそうな声が聞こえてきていた。


****


 グランドがファンダルに負けたことで、世論は一気に傾いた。ファンダルの見せた力はすさまじく、そのからくりを知らない人々は最強に相応しいのではと噂に花を咲かせ、ここに来て四席目争奪戦はさらに苛烈を極めている。


 ウィザロンは苦い顔をしながら残り二人を見渡して、定例会の開始を告げた。


「知っての通り、グランドが負けた。これにより、ファンダルを最強にと推す声が強くなっている」

「みてえだな。まさかあんな隠し玉を持ってたなんて思わなかった……そんなところだろ? じゃなきゃ模擬戦なんて許可しねえよなあ」


 にたにたと弾んだ声で話すゴライザに、虎は悔し気な視線を注ぐ。王子から次の最強にしてほしいと言われていたこともあり、ウィザロンにとっては失態以外の何物でもなかった。

 直近の動きからゴライザはそれを察しており、ここぞとばかりに攻め立てる。ファンダルの訓練をしていたゴライザが株を上げたことで、三人の力関係も微妙に変わっていた。


(ご主人からファンダルに協力したいと相談された時は驚いたが、考えてみりゃコハクの鼻を明かして、ご主人を抱き込めるんだから全く悪くねえ。ヤードとの接点も確保できてるし、これはまじで俺に風が向いてきたな)


 ファンダルの訓練に異世界人やヤードの関与を隠し通せたのも、ゴライザが便宜を図ったからだ。もともとそれぞれの担当を勝たせるためにある程度の秘密主義は許容されており、おかげでウィザロンを出し抜くことに成功した。

 異世界人からファンダルを勝たせたいと相談された時は、自分以外の忠犬を?! と動揺のあまり顔を舐めまくったゴライザだが、終わってみれば最も勝利したといえる。


(となると、トリドスとの関係も見直すべきだな。あいつは近々新しい組織のトップになるらしいし、コハクに尻尾でも振ったんだろ。だったら俺も立ち回りは変えねえとな。カルハバを呼んでるってことは本格的に食い込むつもりだろうし、敵対するなら徹底的に叩きつぶさねえと)

(王子から任されたことを完遂できぬばかりか、我が愛もきな臭い動きをしている……王子によればリブラ様が焚きつけたようだが……あの方にも困ったものだ。だが、私のすべきことは変わらない。私のすべては王子への忠誠と、我が愛のために)


 またも静かに火花を散らす虎と犬だが、今回は少し違う。

 いつもは静観している狼が、悩まし気に耳を動かしているのだ。


(あの子がまさかこんなことをするなんて……だが、ファンダルの状態が良くなかったのも事実だ。リブラが手を出さなければ、彼はつぶれていたかもしれない)


 ファンダルの後ろ盾となったことで、異世界人は一気に表舞台に躍り出て注目の的になった。

 リブラも何のつもりか、その理由をコハクやジェイルラルに報告してはいる。おかげで彼がそこまでひどいお咎めを食らうことはないが、それが下にまで伝わることはない。

 だから、コハクが異世界人の手綱を上手く握れていないという評価になるのもしょうがないことだった。


(あの子やヤードはファンダルを救うために立ち上がった。そうして出来上がった同盟は生まれからして最も弱い立場ではあるが、頭角は現している。ふふ、あの子がここで自分の居場所を作ろうと頑張っているのだ。応援せねばな……だが、逆に私はどうすべきか)


 前までなら、ジェイルラルは誰が四席目に座ろうとも構わなかった。自分がすべきことは王家の剣として行動するだけであり、政治の動きに興味などなかった。


 しかし、愛する我が子がいるのなら話は変わる。


(ファンダルが台頭してきたことにより、この騒動もずいぶん大ごとになってきた。あの子が行動したことで、軍部も一枚岩ではないと証明してしまった。私も元老院の数名から協力を打診されている。軍部を中心にまた荒れそうだな……せっかく政権が落ち着こうとしているのだ、それは避けるべきだろう)


 最初の受け身だった頃とは打って変わり、自分の立場を明確にした方がいいと考え始めている。長く宮中にいたこともあり、雰囲気の変化には敏感だった。


「お二方に話しておきたいことがあります」


 だから厳かに、狼は語り掛けた。


「この騒動を長引かせるのは得策ではないでしょう。少なくともコハク王子ならそうお考えになると私は思っています。ですが、私が担当している兄弟もガニスも、四席目には興味がない」

「何が言いたい」

「ですので、私はお二方の担当している誰かを推薦しようと思っています。そうすれば最も丸く収まることでしょう」


 狼の言葉はまさに爆弾発言だった。長らく最強と称えられているジェイルラルの推薦は、有象無象の噂話など足元にも及ばないくらいのインパクトがある。

 あの『神風』が最強と認めたのなら、誰も異を唱えられない。ゴライザもウィザロンも、ジェイルラルの影響力を認めざるを得ないのだ。


「だが、どうやって決めるつもりだ?」

「私が彼らと剣を合わせて。それが最も効果的かと」


 凛とした声に対する反論はない。ジェイルラルの担当が四席目に興味がない以上、どのみちいつかは認めさせなければならないのだから。


(だが、早すぎる……! グランドが評判を落とした今、コハク王子の思い描く終着点にはたどり着けまい。かといって、フォグやヤードではまだ力不足だ。今のファンダルにさえ、あの二人は敵わないだろう)

(ファンダルを推しときゃなんとかなるか? トリドスは相性的にぜってえファンダルには勝てねえだろうし、根回しが済んでない今が好機だろ。ご主人もついてくるんだ、このままファンダルに恩を売ること、わんちゃんに異論はねえ)


 二人の思惑をジェイルラルは知らない。コハクが元老院の情報を抜くために異世界人を利用していることも、何も知らない。


「異論がないのでしたら、伝達をお願いいたします」


 全員を敵に回しても狼に気負いはない。グリッジの影響下にあった時さえ、彼を踏みにじれるものは誰もいなかった。


 ただ凛と、自分のすべきことをする。

 ジェイルラル=クリン=アーミライトはそういう騎士なのだ。


「我こそはと思うものは、私に挑んでくるように――と」


toriaezu PIXIV FANBOX 98 favs
VIEWS1
FILES1 file
POSTEDApr 29, 2025
ARCHIVEDJun 10, 2026