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ラッキースケベ能力者、ヴィラン認定される

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「まさかヴィラン組織に履歴書持ってくるような奴がいるとはな……」


 げんなりとつぶやいて、牛は目の前で座っているヤギの男を見やる。だが、当の本人は真面目そうな顔で身じろぎひとつせず、声がかけられるのを待っているようだった。

 着込んだビジネススーツには多少のしわがあり、ここまでの道中が孕んでいた苦難を物語っている。しかしその佇まいは堂に入ったものであり、散らかったビルの一室には場違いなほどだ。ここは一般社会の面接会場じゃねえんだぞと、牛は吐き捨てそうになるのを何とか抑えた。

 ヒーローの対とされるヴィランが運営するアングラ組織、ヤギはここに拾われたのだ。


「来て早々パソコンを貸してほしいって言うから何かと思えば……」

「申し訳ありません。なにぶんヴィラン組織に就職するのは初めてだったので、何を持ってくればいいのかわからず……」

「だからって履歴書はねえだろ。俺が拾った時点でお前はうちの組員で、就職は決まったようなもんだってのに。そもそもうちは流れ者の最終地点みてえなところだし、就職って単語が使えるほどお堅い組織じゃねえ」

「存じております。御社のことについては、書くついでにきちんと調べてまいりました」

「だから面接じゃねえっての! あと存じてるとかさらっと失礼だろうがよぉ!」

「……すみません」


 そこでようやくヤギは言葉を少しだけ崩して、顔を伏せる。その表情には悲しみがなみなみと湛えられていた。


「なにせ、本当にあっという間でしたから……ちょっと、まだ整理がついていなくて……ヴィラン組織についても、どうしたものかと……」

「あーまあ、そうだよな。この間まで普通に暮らしてたのに、いきなりヴィラン呼ばわりだもんな。でもほっといたらヒーローどもに逮捕されてただろうし、唐突な誘拐は許してくれよ」

「わかってます、カサブランカさんのおかげで、捕まらずにすんだんです。感謝してます。でも、申し訳ないのですが、いきなりヴィランとして活動するのはちょっと、難しいかもしれません」

「そりゃそうだ、いきなり悪役ができるなら、そもそも普通に暮らしてねえ。お前にそこまで求めてねえよ」


 カサブランカと呼ばれた巨体の牛は、手を振って気にするなと笑った。ヤギと比べてラフすぎる格好であり、緩いタンクトップの開放的な空間からたくましい肢体が覗いている。褐色の毛皮を膨らませる胸筋の谷間には、うっすらと赤い毛が生えていた。

 太い眉にラウンド状の髭も赤く、そこに金の鼻輪がぎらぎらと輝いている。町で出会ったら思わず道を譲るだろうとは、ヤギの第一印象だった。


「では、研修なんかも……?」

「悪いがんなもんねえからな。これから体で覚えてもらう。お前はもう、俺ら『バスケット』の一員だ」

「あの、どうして私を助けたのですか? 私は見ての通り、まともに戦えませんけど……」

「戦う必要はねえだろ。お前はそこにいるだけで、人を狂わせるんだから」


 事実を突きつけられ、ヤギは言葉を失った。実際その通りであり、だからこそ彼はヴィランに認定されたのだから。

 駄目押しかのようにカサブランカがテレビを点けると、そこにはヤギが聞きたくないニュースが流れていた。


「派手にやったよなあ。ヒーロー支部真昼の大乱交。犯人はどこへ……そんな強大な能力を持ってて、よく今まで普通に生きてこれたよな」

「自分も能力がこんなに強くなっているとは思いませんでした……今でも抑えるのに一苦労で……外に出る時は金玉が空になるまで抜いてれば、こんなことにはならなかったはずです。この能力は私の性欲に呼応するので……」

「あー……たまにあるんだよな、時間がたつと能力が急に成長するパターン。そういう時は制御が難しくて、お前みたいに大体暴走する。まあ、訓練してけばいつかは慣れるだろ。俺はそういうの得意だから、何でも聞いてくれよ」

「助かります……」

「おっ、ヒーロー本部は犯人のコードネームを『カルセド』として指名手配か……ちょうどいい、お前もヴィランネームが必要だったしこれにしとけ」


 牛は渡された履歴書をテーブルに放り投げてニヤリと笑う。もう逃げられないぞと圧を感じて、カルセドと名付けられたヤギは目を伏せた。


「俺らは表社会では生きられない。だから本名なんて捨てちまえ。これからお前のことはカルセドと呼ぶからな」

「わかりました……」


 名前を捨てさせるということは社会とのつながりを切ることに他ならない。この時をもって、カルセドは社会からはじかれたのだ。ヴィランになった男は胸中にくすぶる不安を持て余し、瞳孔を揺らしながらスーツの裾を握った。

 だが対面の牛は飄々としたもので、足を組んでぶしつけな視線を注いでくる。救ってはくれたがあの牛はヴィラン、反社会的な存在だ。何をされるのかわからず、ヤギは思わず身構えてしまった。


「んで、これはただの確認なんだが、改めてお前の能力を教えてくれ。これから仲間になるんだからな、隠し事はなしだぜ」

「わかってます……そもそも、私の能力は隠し切れませんから。だからこんなことになったので……」


 この世界に存在する物理法則から解放された個人技能、それが能力だ。生まれ持った才能とも言い換えることができるが、ヤギにとってそれは呪いに近い。おかげでヴィランに身をやつしたのだから。


「私の能力『繁栄の停滞』は簡単に言えばラッキースケベを引き起こす能力です。私の意思に関わらず、エッチなイベントが起きます」

「分類とランクは?」

「分類は概念干渉系、ランクは……あの事件で危険特級、社会悪(パブリックエネミー)になりました……」

「概念干渉の危険特級……本質的には因果律操作ってところか。そんだけ強かったらなんでもできるだろうな。エロに関しては。支部のヒーローどもをホモにして乱交させるくらいだ、因果律もびっくりだろうよ」

「……」


 反論の言葉もなく、ヤギは口を噛んで顔を伏せる。自分の油断が招いたことであり、批判を受け止める覚悟はできていた。

 能力のランクは五から一、そして最上とされる特級がある。そして、被害を大きくできるものや扱いが難しいものなどには接頭語として危険が付く。危険特級とは、世界の中でも最高に危ない能力にしか与えられないのだ。


 前まではまだ二級くらいで済んでいたのだが、今回の事件で危険性の見直しがされてしまった。

 既婚者やノンケも多数いたはずなのだが、すべからくホモにし、常識を無視させるのだ。そんな能力が制御できないとなれば、この評価も妥当だと本人も理解している。


「や、やっぱり今からでも自首した方が……」

「その場合、お前は能力を封印されてあれやこれやと実験されるだろうなあ。なにせ因果律操作とかいう希少性に加えて、危険特級というバケモンだ。去勢されて解放されればいい方だが……確率はかーなり低い」

「う、でもヒーローがそんなこと……」

「する。あいつらは絶対にする。何のためにお前をヴィランに指定したと思ってる。ちょっと非人道的なことをしても、悪人だと許されるからだ。正義なんて傲慢を振りかざす民意の怪物が、お前を助けることはまずない」

「そんな……」


 突き付けられた現実に色を無くすカルセドは瞳孔を揺らす。ヤギの耳には無機質なニュースの音声が素通りしていたが、とある内容に耳が小さく反応を示した。

 それに気づいたのか、カサブランカも視線をテレビへと移し変える。画面の中のキャスターはとあるヒーローが事件解決に任命されたと、淡々と伝えてきていた。


「うげ、『コンカドール』が来るのか……厄介だな……」

「もともと視察に来る予定で、インタビューイベントの告知もありましたしね。あの支部にもコンカドールさんのポスターがありましたよ……」

「だからってよりにもよってあいつが来るとか……最悪だ」


 カサブランカが忌々し気につぶやくのも無理はない。コンカドールは単独捜査権や公的機関への情報請求権限などの優秀な者に与えられた特権を持つ『冠(あたま)付き』、通称『優美のコンカドール』である。


 その能力は戦闘だけではなく捜査にも多大な貢献をし、今やトップヒーローの一人と名高い。そんなヒーローが来るのだと聞いて、カルセドは高鳴る胸を抑えきれなかった。


「お前……なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」

「え、漏れてましたか……? 実は自分、コンカドールさんの大ファンで、一度でいいから拝んでみたいと思ってまして……」

「はあ、自分の状況わかってるのかよ。あいつの顔を見た瞬間に、お前なんて気絶させられて終わりだ。性欲に呼応するってことは気絶してたら発動しないんだろ、お前の能力」

「はい、おっしゃる通りです……」


 意外なほど鋭い指摘にヤギは虚を突かれ、瞳孔を丸くする。だが牛にとってはなんてことないようで、トップヒーローへの対策に頭を悩ませたままだった。


「あいつなら何か隙を見せたらすぐにここを突き止めるだろうな……マレロにも注意するよう言っとくか。視察はもう少し先か?」

「はい、任命された時期から考えても、この街に来るには時間がかかるはずです」

「ならいいか。今のうちに対策しとかねえとな」


 これ以上頭痛の種はごめんだと、牛は荒い手つきでテレビを落とす。急に無音になった部屋に憮然としたため息が響き、それはヤギへと吹きかかった。


「んで、お前は元々なんの仕事をしてたんだ? 戦闘員が駄目なら、裏方で働いてもらうことになるぞ」

「それなら大丈夫です。能力の関係上、できるだけ誰かに会わないために、匿名の探偵業をしていました。一人事務所でしたから、事務作業なども得意です」

「探偵か、諜報に使えそうだな。悪くねえ。匿名の探偵ってことは、裏社会……ヴィラン組織にも詳しいのか?」

「ほどほどには。探偵と言っても情報収集特化な能力ではないので、情報屋の方々と比べると劣るとは思います……ですが……」

「ですが、なんだよ」


 少し後ろ暗い話だったので躊躇したヤギだが、自分はもうヴィランなのだと思い切って告白することにした。


「自分は概念干渉……因果律を操る能力者です。例えばターゲットとセックスしたいと思えば、勝手に接点を生み出すことができます。しかもそれは誰がどう見ても完全な偶然を装えるので、怪しまれずに調べることができるんです」

「ほーん、それは確かに精神感応系の能力者にはない利点だ。能力への対処を万全にしている人物でも、因果律から変えられちゃどうしようもねえ。言い換えれば偶然を操る能力ってことか。セックスするだけの能力かと思ったが、なるほど、なかなか使い勝手がいいかもな」

「一応それなりに名は通っていると思っています。『ナイトライダー』って名前なんですけど……」


 その名前に反応したのは牛ではなく、ちょうど部屋に入ってきた大柄な虎の男だった。

 手に持ったお盆には三人分のコップが乗っており、湯気からかぐわしい香りが漂っている。隣の部屋でお茶を淹れていた虎は、大体の話を聞いていた。


「ナイトライダーっ! え、マジっ?!」

「これまた大物が出てきたもんだ」

「ナイトライダーっていや、情報を引き抜かれた相手でも正体がつかめないせいで、実在すら疑われてるこの街一番の探偵! まさか本物にお目にかかれるとは!」


 素肌にレザーのジャケットを羽織った巨漢の虎は目を輝かせてヤギへと詰め寄った。一般的な虎種より橙に近い毛皮は明るく、尻尾の動き具合からも本心で興奮しているのがわかる。

 カサブランカと共にカルセドを誘拐したヴィラン、マレロは筋肉の山のような男だ。

 肉薄すると嫌でも盛り上がった胸筋の作る谷間がヤギの視界を埋める。俯瞰になるといっそう分厚さがよく分かった。


 隆々とした虎に気圧されたカルセドは求められるがまま握手をしながらも、その手の大きさに少しの喜びを抱く。雄々しい雄がヤギの大好物なのだ。

 先ほど支部で乱交したため落ち着いていた性欲が、またどぎまぎと脈動するのを感じた。彼らを巻き込まないようにと、目を伏せて視界から排除する。


「いえ、私の場合は能力の問題で、ただ人と会わないようにしていただけです。そのせいで憶測が飛び交って、正体を現すタイミングを完全に逸してしまって……」


 できるだけ人と会わないようにと選んだ仕事なのだが、ヤギの思惑より軌道に乗っていたのは確かだ。ヒーローやヴィランも関係なくスカウトの連絡ももらっていたが、能力の制御に不安があるため組織に所属することはためらわれた。こんな事態にならなければ、弱小組織に来ることもなかっただろう。


 カサブランカと名乗る牛と、マレロと名乗る虎。カルセドが来るまでは、『バスケット』はこの二人だけの組織だった。


「こりゃ大当たりだったかもな。いい人材を確保できた」

「なら、ヴィランネームもナイトライダーでいいんじゃないか? そうすりゃおれらの組織にも箔が付くぜ」

「いや、さっきヒーロー本部がカルセドとして指名手配してたから、そっちでいいだろ。折角育ててきたナイトライダーの名を、ヴィランにして貶めることはねえ」

「そりゃそうか。ナイトライダーはヴィランでもヒーローでもないから、逆にいろんな人の悩みに寄り添ってきたんだもんな」


 カサブランカの配慮はヴィランとは思えないもので、ヤギは困惑に言葉を詰まらせる。少し喋った程度だが、彼にはこの二人がヴィランには見えなかった。


「あ、ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります。ナイトライダーには思い入れもあるので……」

「だろうな。金が欲しいなら有名人とベッドインして強請るなり、スキャンダルを捏造したりと、お前の能力ならどうにでもなる。それでも探偵なんてやってんだ、信念がないとできねえよ」

「そんな大層なものはないのですが……ただ、できれば真っ当に稼ぎたいと思っただけで……自分の能力で社会貢献するとなるとこれくらいしか……」

「社会貢献ねえ……つくづくヴィラン向いてねえよ」


 憐れむような声をかけた後、カサブランカはカップに口を付ける。粗暴な見た目の割には所作が綺麗だと、カルセドはなんとなく感じた。


「まあでも、時間の問題だろうけどな。お前に関する調査が行われれば、ナイトライダーってのは確実にバレる。事務所にある調査記録は、ヒーローどもにしてみれば宝の山だろうな」

「そうなんですよね……あそこには今まで調べたことをまとめてあるので、依頼者の個人情報の塊なんです。ですがもちろん、いくつか対策はしてます。そんなに早くばれることはない……と信じたいですが……」


 匿名の探偵業をしているのだ、いくつか偽の事務所もブラフとしてしっかり構えている。高名になってきたこともあり、カルセドはリスクを抑えるための対策を万全に行っていた。


「それに、今抱えている依頼も何とかしたいんです……支部に行ったのはそのためだったんですが、こんなことになってしまい……」

「なるほどな、じゃあ落ち着いたら手伝ってやるよ。今はまず、自分の状況を落ち着かせるのが先だ。ナイトライダーの調査記録は俺らにとっても有用だろうし、当面の目標は事務所の資料を確保するってことで」

「そうしてくれると助かります……」


 当然のように手伝うと言い放つ牛は、少し思案してから頭を掻きむしって赤い毛を乱す。


「でも、あいつが来るんだよなあ……マレロも聞いてただろうが、コンカドールが来る」

「そうみてえだな……だったらここを引き払うか?」

「いや、無駄だろ。カルセドはあいつのファンらしいからな。俺らがどうあがいても、コンカドールはカルセドとセックスする。すでにそういう因果が組まれつつある」

「うっ」申し訳なさそうにヤギが膝をくっつけて。「一応……能力制御装置を付ければある程度は緩和できますよ。それに性欲を溜めなければなんとか……」

「壊れてんだろそれ。新しい物、しかも特級を抑えるほど強いものなんてここにはねえよ。お前を誘拐したのだって、たまたま見かけたからだからな」


 至極真っ当な指摘をされて、ヤギは右手にはめたリングを撫でる。カルセドは自身の能力が強まっていることに気付いていなかった。二級を抑える程度では、到底足りなかったのだ。これさえあればと油断していたせいで、あんな事件が起きてしまった。

 それに制御装置を付けていても完全に無効化できるわけじゃない。それができないからこそ、ヤギは探偵をしていたのだから。


 コンカドールの強さをファンであるカルセドはよく知っている。今攻め込まれでもしたら、この二人では太刀打ちできないだろう。


「あの……だったらやっぱり私がここにいても迷惑ですよね……自首します」

「あのなあ、ほっぽりだすくらいなら最初から助けてねえ。お前はもう仲間だ。もっと図々しく居座るくらいでいろ」

「なんでそこまでして……初対面ですよね?」


 それに応えたのはマレロだ。にやにやとした誇らしげな顔で、胸を張って教えてくれた。


「ボスはこう見えてお人好しなんだよ。あんたを助けたのだって、支部で迷子みたいな顔してたから放っておけなかったからだ。最初はカルセドがナイトライダーだってことも、危険特級ってことも知らなかったしな」

「お人好し……ヴィランが……?」


 あまりに似つかわしくない単語の羅列だったため、ヤギは目を点にして反芻した。だが確かに、ここまでのことを思い返せばこの牛は優しかった。共通認識としてあるヴィランとしては、似つかわしくないくらいに。

 慣れたものなのだろう、猜疑を向けられたカサブランカはめんどくさそうに嘆息し、尻尾を振りながら補足を投げる。


「はあ、ヴィランっつっても種類があるんだよ。ただ単に悪事が好きなだけな奴とか、ヒーローが嫌いな奴とかな。んで俺は後者。ヒーローが死ぬほど嫌いだから、こんな組織をやってる。お前を助けたのは、ただ単にヒーローどもに一泡吹かせてくれたからだ。俺はそこまでお人好しじゃねえ」


 ならばこの組織の目的は何なのか。カルセドは聞こうと口を開いたが、それよりも牛の方が早かった。


「まっ、俺らについては追々わかってくるだろ。ひとまずはコンカドール対策だな。そうじゃなきゃ、落ち着いて話もできねえ。どうせセックスするにしても、対策は必須だ」

「どうすんだよ、ボス」

「まずは兎にも角にも能力制御装置だ。これがないとカルセドの制御ができねえ。予想外の事態が起こる確率も高くなるし、最悪俺らも巻き込まれる」

「じゃあ研究所に行くか?」

「頼んだ。試作品がいくつかあるはずだから、それを持ってきてくれ。だが、怪しまれるなよ。支部ひとつを機能不全に追い込む能力だ。どの組織も狙うに決まってる」

「わーってるって。おれがそんなへまするわけねえだろ。ボスはただ、きちんと任務を果たした可愛い子猫をどう可愛がるかを考えときゃいいんだよ」

「なら折角だ、カルセドと3Pでもするか」

「ははっ悪くねえ! 入団祝いで裸の付き合いといこうじゃねえか」


 なんだか今すごい会話が頭を通り抜けていったと、カルセドが驚いて瞠目していると、二人はにぃっと口角を上げる。あれだけヴィランらしくないと思っていたヤギだったが、今向けられる捕食者のような姿はまさにヴィランそのものだった。


「俺らがなんでお前の能力を聞いても敬遠しないかわかるか?」

「そりゃもちろん、おれらがホモセックス大好きだからに決まってんだろ♡」

「へ、え、えぇ……?」

「だから、お前がどれだけ因果を操ろうが関係ねえんだ。お前が望めば、いつだって股を開いてやる♡」

「性欲処理もばっちりおれらに任せとけよ♡そう考えたらうちは天職かもしれねえな♡」


 分厚くたくましい肉体が二人分、ヤギへとじりじり距離を詰めていく。ジャケットだけ羽織ったマレロの分厚い胸板と、タンクトップの空白から覗くカサブランカの膨らんだ胸板。

 甲乙つけがたいおっぱいが両方お仲間だと知って、ヤギは急に自身の欲望が肥大化していくのを感じた。長く能力と付き合ってきた経験上、これは駄目だと警報すらなっている。


「お、どうやら一発出した方がよさそうだな。歓迎会の予定は前倒しにするか♡」

「そうしようぜ♡コンカドールよりおれらのことが大好きになりゃ、ちょっとは能力も収まるだろ♡」

「本当に……今から……?」

「なんだ、俺らじゃ不満か?」

「これでも体のごつさならヒーローにも負けてねえぜ♡」

 

 カルセドに不満などあるはずもなかった。能力の関係上好みの雄を食うことは得意だったが、それでも彼らは最上だ。決して経験不足ではないが、あまりに突発だったせいで虚を突かれたにすぎない。


 いつの間にか牛虎が左右を挟むように座っており、ヤギのスーツを脱がせている。慣れた手つきから、こういうことを幾度となくしてきたのだろう。どうすれば男が喜ぶのか、わかっているものの仕草だ。


「俺らは組織としちゃ弱小もいい所だからな、潰されないためにも強い所には媚を売る必要がある♡」

「だから身の振り方はしっかりしとかねえと駄目だぜ♡ま、あんたの能力なら問題ないだろうけどさ♡」

「ああ、そういう……」


 わざわざヴィランなんてしているのだ、ヒーローの加護を拒んだ彼らは自分の身は自分で守る必要がある。だからこその処世術なのだろう。

 カルセドが入ってもたった三人。組織とも言えないほど小さな寄り合いに所属して、今後自分はどうなってしまうのか。

 なんて不安が一瞬だけよぎったが、それでも助けてくれたことには変わりない。できるだけ恩返しをしようと、押し倒されながらヤギは思うのだった。


****


「俺の組織は主に、能力や器具の解析を行っている」


 性欲を鎮め、シャワーも浴びた後、カサブランカは組織について説明をしてくれた。

 突発的に誘拐されたためカルセドには服もなく、牛と同様全裸で寄り添いながら解説を聞いている。なんでこんな仲睦まじい体勢なのかと問われたカサブランカ曰く、ピロートークも含めてセックスだから、らしい。そのピロートークに入社時研修みたいな会話はいいのかと、カルセドはちょっとだけ思っている。

 能力制御装置の確保と服の買い出しに行ってくれたマレロが戻るまでの間、牛のオリエンテーションは続く。


「解析、ですか?」

「そう、例えば新人ヒーローの能力やベテランの隠し玉、もしくは新開発された能力器具について、痕跡から内容を推察する。依頼人は主に他のヴィラン組織だが、一般人からの依頼もたまにある」

「……探偵みたいですね」

「まあ、能力の探偵ともいえるな。ヒーロー対策はヴィランならどこも必須。それぞれ能力解析担当がいるだろうが、俺らは第三者機関って感じだな。向こうが立てた仮説の検証や、器具の再構築など手伝うことが多い」


 ここだけ聞くと真っ当すぎると、カルセドは感じていた。ヴィラン組織と銘打っているだけで、悪事には何も絡んでいないのだから。


「ここ、本当にヴィラン組織なんですか?」

「ヒーローと敵対してるって意味じゃそうだな。実際指名手配はきちんとされてるぞ」

「そうなんですね……能力の探偵ってことは、お二人のどちらかが情報解析が得意な能力なんですか?」

「いや、できないことはねえが、俺もマレロも別にそっちが本命じゃねえよ。俺は物質操作系で、マレロは肉体強化系だ。でも大体は痕跡や証言を聞いてけばなんとなくわかるだろ」

「確かにそうですね、私もそういう仕事をしてましたから」

「それに、俺の本職は見ての通り研究者だからな」

「なんて?」


 褐色の毛皮と部分的な赤い毛を持つ雄々しさの権化みたいな牛から出ていい言葉ではない。カルセドは思わず礼儀も忘れてつっこんでしまった。

 素の反応を引き出せたことが嬉しかったのか、カサブランカはヤギの背中を叩きながら大笑いをしてみせた。


「あはは! だよな、みんな初対面だとお前みたいな反応するんだ」

「す、すみません、つい……確かにさっきも研究所と言ってましたね」

「いいっていいって、俺鉄板のジョークだからな。俺の仕事は研究。つまりここは能力を研究するヴィラン組織ってことだ」

「……つまり私も?」

「おう、想定外だったがいい拾いもんだな。ま、ヒーローどもより丁寧に扱ってやるから、心配すんな」

「それなら……」


 ここまで恩をもらっている手前、拒むのは憚られた。カルセド自身も自分の能力については詳しく知りたいという欲求もあり、利害は一致している。

 話をまとめると、カサブランカというヴィランはマッドサイエンティスト系らしい。そういうヴィランがいるのはカルセドも知っているが、あまりに像がかけ離れている。

 そこまで含めて定番のやり取りなのか、牛は笑いながらヤギの肩に手を回して抱き寄せる。


「残念ながら、俺は世間一般が想像するマッドサイエンティストじゃねえみたいだな。これでもこわーいヴィランなんだけどよ。でもまあ、さっきお前の上であんだけよがっちまえば、もうあんまり怖くねえか。あははっ!」


 反対側から頬の毛皮を指でくすぐられ、ヤギは曖昧にうなずいた。抱かれているときのカサブランカはエロスの塊で、こうして近寄ると嫌でもそれが思い出されてしまう。牛と虎に何度も中出ししたにもかかわらず、カルセドの股間は次を求めてうずき始めていた。


「おいおい、またムラついてんのかよ。さっきはおマンコだったし……今度はパイズリで気持ちよくなってもらおうじゃねえか♡」

「い、いいんですか……?」

「当然♡俺もマレロも性豪で、ほっとくとすぐ金玉がパンパンになっちまうからな♡適度なセックスは研究にもいいんだぜ♡」


 カサブランカはわざとらしく豊満な胸をぴくぴくと動かして、ヤギを誘う。谷間には薄く赤い毛が点在し、触り心地は他と変わらないが見た目の雄らしさが高い。筋肉と脂肪のついた胸筋は大きく、さっきしゃぶりまくったカルセドはすっかり虜にされていた。


「いい目じゃねえか♡俺に欲情して早くブチ犯してえって書いてある♡コンカドールのファンなんだ、俺のことも好きに決まってるよな♡あいつも俺と同じ牛野郎だ♡」


 図星だったのでヤギは真っ赤になってしまった。たくましさと優しさを兼ね備えているコンカドールは、カサブランカと似た牛の男性だ。


「あんな奴より俺の方を好きになっちまえよ♡その方がお得だぜ♡このおっぱいをいつでも揉み放題♡お前も能力が暴走しなくていい♡だろ?♡」

「そう、ですね……でも……」

「二人一緒に犯してえってか?♡」

「そんな! いえ、できたらいいなとは思いますが……さすがにそれはちょっと……」

「あはは! 正直だなお前! 真面目そうな顔で取り繕ってても、根はどスケベか♡あんな能力があって童貞とかあり得ねえし、結構遊んできてたんだろ?♡さっきの腰使いでわかるぜ♡」

「ええ、まあ……ほどほどに……性欲の解消は能力を制御するにも必須でしたから……」

「ははっ♡んで次はコンカドール狙いか♡あのすました顔を喘がせられるなら、お前に協力するのも悪くねえよな♡俺らで色狂いにして、ヴィランに引き込んじまおうぜ♡♡」


 牛はヤギの手を握り、強引に自分の胸を揉ませてくる。シャワーを浴びたばかりのせいで少し湿ってはいたが、その下にある肉感は変わらない。手形が付くほど膨らんだおっぱいを揉みながら、カルセドは牛にキスを送った。


「ん♡……それじゃあ、マレロが帰ってくるまで、またたくさん盛ると――」

「悪いが、それはお預けだよ」


 毅然とした声だった。カサブランカのような低くも親しみやすいものとは違う、何者も寄せ付けないような鉄壁を思わせる声音。

 その声をカルセドは知っている。聞き間違えるわけがない。

 なぜならそれは彼のあこがれなのだから。


「コンカドール……」


 部屋のドアを開けて入ってきたのは、カサブランカと同じような褐色の毛皮に青を混ぜ込んだ牛の男だった。カサブランカとは違い髭はないのだが、伸ばした青髪を結んで、肩越しに前へと垂らしている。背後に視線をやればドアノブは壊れており、強引に開けてきたのだとわかる。

 肉体は隆々としており、今ヤギに絡んでいる牛とそん色ないほどにたくましく、白シャツの胸部を冗談みたいに盛り上げている。黒いジャケットとスラックスにはストライプがあり、知らない人が見ればヒーロースーツとは思わないだろう。

 細身のネクタイを止めるピンがカメラになっていることも、白手袋の中には糸が仕込まれていることも。ファンであるカルセドは当然知っている。そしてまだまだ知らない機能が眠っていることも想像に難くない。


 改めて実物を前にして、ヤギは彼の冠を理解させられた。


 彼こそまさにトップヒーローの一人。単独捜査権を持つ『冠(あたま)付き』、『優美のコンカドール』その人だ。


「君がカルセド……いや、ナイトライダーだね」

「なんでそれを……!」

「少し、事情があってね……本当なら今すぐ君を確保したいところなのだけど……やっぱりこの人と一緒なんだね……」


 そう言ってコンカドールはヤギの隣へと苦々しく視線を送る。当の本人はすました顔で、ヤギは渡さないと抱き寄せたままだ。


「よう、久しぶりだな。まさかこんなに早く来るとは思わなかったし、見つかるとも思わなかったぜ。能力の使い方が上手くなったんじゃねえのか?」

「これでも努力はしてるつもりだよ。兄さんこそ、まだヴィランなんてやってたのか。おとなしく二人とも捕まってほしいのだけど……」

「兄さん?!」


 そんな状況ではないというのに、衝撃の事実が出てきては聞き逃せない。ヤギが驚いて二人を見比べれば、なるほど、確かに似ているかもしれないという結論に至る。

 片方は赤い髪を持つ雄らしさ満載の牛。

 片方は青い髪を持つ凛々しさ満載の牛。

 どちらも屈強であるが、胸の大きさは兄の方が上のようだ。弟の方は硬い胸板みたいだと、思わずスーツ下の妄想に花が咲く。


「やなこった。お前らヒーローの世話になるくらいなら、この場で死んだほうがましだね。カルセドについても諦めな。お前の能力じゃ俺に勝てないのは知ってるだろ」

「……試してみるかい?」

「どこからでもこいよ」

 

 一瞬にして空気が固まり、ヤギの肌を殺気が刺す。総毛立つほどの威圧感は、荒事に慣れた探偵をも驚愕させた。

 だが、コンカドールがため息とともにガス抜きをすれば、一気に空気が弛緩する。


「止めとくよ。カルセドさんが無事じゃないだろうしね。でも、君は本当にこのままヴィランになるつもりかい? 監視カメラの映像を見ていたが……あれは事故のようなものだ。情状酌量の余地は十分にあると思う」

「え、でも、私はもうヴィランに認定されて……しかも社会悪までもらってしまいましたし……」

「あれは支部が大打撃を受けたことで、本部が神経質になりすぎてるだけだよ。私の方からも説明すれば、きっと取り下げられるはずだ」

「本当に……?」

「ああ、約束しよう」


 社会悪はヴィランの中でも特に凶悪とされる者に与えられる称号だ。対処にはコンカドールを始めとした『冠(あたま)付き』が出ることも多く、およそ平凡とは程遠い暮らしになるだろう。

 それを取り下げられるなら、カルセドはかなり生きやすくなる。なにより、カサブランカ達に迷惑をかけずに済むのだ。

 コンカドールが拳を下げたのも、まずは説得から入るためだろう。この弟牛はカルセドを助けようとしている。それがヤギの胸に淡い熱を灯す。


「はんっ、嘘ばかりつきやがって。ヒーローってのは人を絆すのがお上手だよな」


 しかし、そんな希望を兄牛が否定する。


「一度社会悪としたものは取り下げられない。んなことすれば本部は批判を免れねえ。それよりもこいつの能力を調べた方がずっと有意義だ。ヴィランにしちまえば、何をやったって民意が許してくれるもんな」

「……兄さん、それは昔の話だよ。今のヒーローはそんなことをしない。いや、私がさせない。だから信じて、カルセドさんを渡してくれないか?」


 そう訴えるコンカドールの顔には決意がある。カルセドはこの兄弟の間に何があったのか知らない。ヒーローとヴィランに道をたがえたのには理由があるのだろう。

 

「ふん、相変わらずやる気だけはあるよな。でもいいのか、こいつの能力は知ってるだろ。お前、どうせ処女のくせにこいつの性欲を管理できるのかよ?」

「……で、できるとも! 言ったからには責任を持つさ! 私がヒーローになったのは、能力の暴走に苦しむ人を一人でも救うため! 兄さんと同じだ!」

「ふーん……」


 そこでカサブランカがにやりと口角を歪める。カルセドの背中をものすごく嫌な予感が駆け抜けたが時すでに遅く、ヤギの体は弟牛に向けて押し出されていた。

 

「え、うわ……!」

「大丈夫かい!」コンカドールがとっさに抱えて。「兄さん、どういうつもりだい?」

「俺らの姿を見りゃわかるが、今から盛る気満々なんだ。んで、こいつを満足させないまま外に出せないってことは、お前も知っての通り」


 ヤギを抱く腕が緊張でこわばった。その意味するところを察して、カルセドも思わず口元が硬くなる。カサブランカは弟に、今ここでヤギに抱かれろと言っていた。


「できんだろ?」

「当然……」

「ならいい。んじゃ、俺は逃げる準備するから、後は勝手に盛ってろよー。じゃあなカルセド。お前はヴィランに向いてねえから、こっちの方がいいだろ」


 誰憚ることなく巨根をぶらぶらと揺らしながら、カサブランカは部屋の奥へと去っていく。

 そうすると残されたのは全裸のヤギと、スーツを着たヒーローだけ。コンカドールは突然のお誘いにどうしたものかと言葉を探しあぐねているようだった。


「あの……カサブランカさんを追わなくていいんですか?」

「いいんだ。今一番優先すべきは君を落ち着かせることだよ。今の君は能力が不安定で、誰かが傍にいるべきなんだ。登録されている君の能力は調べてある。性欲に呼応するのだから、私がそれを受け止めるよ」


 あれだけぎこちなかったくせに、誰かを助けるための言葉はすんなりと口にできる。コンカドールは紛れもなくヒーローで、カルセドを救いたいという意思を光らせていた。

 

「でも、私のような男に興奮してくれるのかは……兄さんとしようとしていたらしいけど、無理矢理じゃないよね?」

「あ、大丈夫です! 自分、コンカドールさんのことは全然普通に抱けると思います」

「そ、そうかい、ならいいのだけど。私が抱かれる側、なんだね……うん、わかったよ。だったらソファに行こうか。その方がいいよね」

「はい、そうしましょう」


 あれだけ堂々としていたコンカドールだが、初夜を前に緊張を隠しきれていない。ソファに座ってからも体は硬く、自分から動く気配がなかった。

 でもそれはカルセドも同じであり、急に降ってわいた推しとのセックスを前に、脳みそがパンクしている。間近で横顔を眺め、その精悍さにときめくだけ。優美と言われるだけあって、角の曲線から鼻先までいたるところすべてが、彼の造形美を際立たせていた。

 

「無理なら自分で処理するので大丈夫ですよ……?」

「いや! 兄さんにあれだけ大口を叩いだんだ、できないなんてばれたらなんて言われるか……! それに、私の決意は嘘じゃない。君のような人を助けるためなら、私の純潔なんて大した問題にならない」


 気を使われたことで覚悟を決めたのか、コンカドールはカルセドの手を握る。そして向ける視線は緊張にうるんだ愛らしさがにじんでいた。

 そのあまりに初心な仕草にときめいて、カルセドはこのまま任せてしまいたい気持ちと、リードしてあげたい気持ちがせめぎ合う。自分よりずっと大きい男性、それもトップヒーローに詰め寄られてヤギはにやけないように我慢するので必死だった。


「ぬ、脱いだ方がいいかな、いや、そうだよな……すまない、当然のことだよね」

「だったら脱がせましょうか?」

「え……? いや、確かに、君がそうしたいのなら……」


 思わずヤギの口から煩悩が飛び出したが、コンカドールは握った手を離してくれた。自由になったヤギが膨らんだ胸筋を押せば、スーツ姿の牛がソファへと倒れこむ。

 カサブランカともまぐわえるだけのソファは、弟の巨躯をもしっかりと支えている。ジャケットのボタンを外して広げると、まるで花が咲いたようだとカルセドは思った。

 次にネクタイを緩めれば、コンカドールの瞳が不安気に揺れる。ヤギは安心させようと笑いかけるが、胸元が明らかになるにつれてそれは影を濃くしていった。


「う……」


 シャツのボタンを上から外せば、押さえつけられていたおっぱいが弾む。牛らしいと言えばそうだが、それでも彼の胸筋の大きさは一般的な牛種よりずっとずっと大きい。


(でもカサブランカさんの方がでかいかな。あっちは絶対アピールのために鍛えてそうだけど……あれ?)


 だが、シャツの下に巻かれたものを見て、カルセドは目を疑った。


「さらし……?」


 窮屈そうに巻かれたさらしが、シャツの下にあった。それはコンカドールの巨乳を押さえつけ、着やせするように見せていたのだ。


「わ、私の胸は男性の割にはでかいからね……ヒーローとしてデビューした時にいろいろ言われたから、それ以来こうしてサイズをごまかしているんだ……この方がシャツのボタンがはじけることもないし……」

「そ、そうですか……」


 先ほどから不安そうだった原因はこれなのだと、ようやくヤギは知る。

 ファンであるカルセドも知らない事実を突きつけられ、動揺のあまり声が上ずってしまう。大きさは兄弟なのだと思ったが、言っていいものかわからないから噤んでおくことにした。

 さらしを解くと、ついにヒーローコンカドールのおっぱいの全容がさらされる。

 それは兄であるカサブランカに負けずとも劣らないほどの大きさで、さらしが無ければシャツどころかジャケットからも形がわかるだろう。しっかり鍛えてあるため張りが強く、先端に付いた乳首は男を知らない綺麗な色をしていたがやはり大きかった。


「すごい、ですね……」

「ひいたかい?」

「いえ! 私はこういうの、端的に言ってしまえば大好きなので……あの、触っても?」

「……どうぞ」


 まだ脱がしきっていないのに、カルセドは抑えきれなくて聞いてしまう。シャツからはみ出す巨乳に手を沈めると、その密度に驚かされる。やはりこれは筋肉の塊なのだ。


「んあ……♡」

「すごい、コンカドールさんのおっぱい、手に吸い付いてくる……」

「気に入って、くれたかい……?」

「はい、とても……夢みたいです。自分はコンカドールさんの大ファンで、だから……支部に行った時、あのポスターを見てしまって、それで……」

「私のポスター? 確かに視察に行くからと宣伝用の物は作ったが……まさか、支部で能力が暴発したのはそのせいなのかい?!」

「……すみません」


 言うつもりなどなかったが、憧れの人物に跨って胸を揉むというシチュエーションに、うっかり口が滑ってしまった。

 あの時、難しい依頼を受けたカルセドは性欲を処理する暇がなかったが、能力制御装置があれば大ごとにはならないだろうと高をくくっていた。そんな状態で支部にあるコンカドールのポスターを見てしまい、憧れと欲望が混ざり合った結果能力が暴発し、今に至るのだ。


「コンカドールさんが悪いとか言うつもりは全然ありません! あれは本当に、自分の管理が悪かっただけですから!」

「いや……今回は私がきっかけだが、そこまで強い能力なら遅かれ早かれ管理などできずに暴走していただろう。でも、それならよかった……君が私に興奮してくれるなら、性欲の管理も大丈夫そうだ……」


 恥ずかしそうにしながらも、青牛はヒーローの役目に忠実だ。自分が管理できると言えば、恩情が通るだろう。コンカドールはそれを考えて、嬉しそうにはにかんだ。

 

「嫌じゃないんですか……? 今だって私の能力のせいでこうなっているかもしれないのに……」

「構わない。私が決めたことだ。君のような人が安心して暮らせるようにすることこそ、私の役目なんだよ。兄さんが嫌うのはしょうがないけれど、私はヒーローで、君を救いたい。だから遠慮しなくていいよ」


 問われると笑いかけるのはヒーローとしての癖だ。こんな状態でも安心感を与えようとするコンカドールは、そっとヤギの頬に手を添えた。

 誰かを救うためなら、自分の純潔もいとわない。その覚悟が牛にはある。


 しかし、そこで白い体が急に引きはがされた。

 

「うえっ?!」

「時間稼ぎご苦労さん、カルセド。とっとと逃げるぞ」


 タンクトップ姿に着替えたカサブランカがヤギを抱きかかえ、一目散に窓を目指す。抱かれてみろと発破をかけたこともすべて兄の策だったのだと、ようやく弟は気が付いたのだ。

 慌てて飛び起きれば解放された胸が弾み、シャツの隙間から零れ落ちる。兄牛はすでに窓際に足をかけていて、部屋を抜け出す寸前だった。


「兄さんっ!」

「悪いなコンカドール。お前のことは嫌いじゃねえが、やっぱり俺はヒーローってやつが大嫌いなんだよ。カルセドを預けてほしかったら、司令ぐらいにはなってもらわねえとな」

「まったく、無茶を言う……兄さんはいつもそうだ。だったら実力行使で……!」


 コンカドールが白手袋に包まれた指をパチンと鳴らすと、部屋の中で爆発が起きる。それは指向性であり、振動する空気が兄を吹き飛ばそうと襲い掛かった。


「おいおい、忘れたのか弟よ」


 しかし、衝撃はカサブランカの前で止まる。兄は勝ち誇った顔でヤギを抱きしめて、トロフィーを見せびらかすように牙を光らせた。


「お前の『振動』じゃ俺の『固定』には敵わねえ。簡単な相性の問題だろ」

「え、あの、ちょっと待ってください! 私まだ裸なんですけど、このまま外に出るつもりなんですか?!」

「いいじゃねえかヴィランらしくて。その立派なもんを見せつけてやろうぜ」

「嫌です! しかもこのままだと落ちるじゃないですか! ここ確か五階ですよね!」

「それは問題ねえよ……見せてやる」


 コンカドールの攻撃をいなしながら兄が一歩踏み出すと、その足は宙を踏みしめて止まる。まるでそこに道でもあるかのように、鼻歌を歌いだしそうな気軽さで牛は歩いていく。


「俺の『反響反定位』は物を固定する能力だ。物質操作系二級な。停止に近いと思ってくれりゃいい。厳密にはちょっとちげえけど」

「だから足を固定して、空を歩いているんですか……」

「そういうこと。んで、コンカドールに空を歩く能力はねえ……だろ?」


 言われてヤギもビルに目を戻すと、窓からコンカドールが悔しそうににらみつけているのが見える。攻撃が効かないなら、空に逃げたヴィランを追うすべがないのだ。


「兄さんは本当に……本当にヒーローと敵対するつもりなのか! カルセドさんだって今なら私が確保すれば、きっと上層部と交渉できるのに……!」

「信用できねえ。あいつらに任せるくらいなら、俺が面倒を見る。それに……気になることもあるしな……」


 手を振りながら離れていく兄を見ることしかできない弟。だが、それでも自分の決意を伝えようと、あらん限りの声を振り絞る。


「カルセドさん! もし困ったことがあれば、いつでも私を訪ねてほしい! 私は君の味方だ! ヒーローは絶対に、君を見捨てない!」


 遠ざかるコンカドールの目はいつまでも力強くカルセドに向けられていて、決してあきらめないから信じてくれと語り掛けている。

 まさにそれはカルセドが想像するヒーロー像であり、不信どころか信頼してもいいとすら思ってしまう。先の抱かれようとする仕草といい、カルセドにとってコンカドールを疑う理由は一つもない。


 だが兄は違う。ヤギは自分を抱える牛を見上げながら、この兄弟に何が起こったのかを考えずにはいられなかった。


****


 しばらくして、二人は別のアジトにたどり着く。マレロはすでに待機していて、カルセドはようやく服と能力制御装置を身に付けることができた。どうやらカルセドをあてがっている間に、ここに来るよう指示を出していたようだ。


「ふーやばかったなあ」


 ずっと能力を起動していたカサブランカがソファにどかりと座り込む。次の隠れ家は地下にあるため薄暗いが、設備はしっかりしていた。簡単な応接間のような造りは先ほどと変わりないものの、こちらの方が家具のグレードはいい。

 だが安全地帯に逃げられたというのに、カルセドの顔は暗い。シャワーを浴びて綺麗になった体には、マレロが選んだであろう簡素なシャツとズボンが似合っていた。


「ううぅぅ……死にたい……」

「悪かったな。逃走中にお前の能力が暴走されるのは防ぎたかったんだ。折角逃げたのにまたコンカドールとかち合ったら面倒だからな」


 性欲が昂ったままだと何が起こるかわからないため、カルセドは空中でしごかれまくった。ぼたぼたと白濁を振らせながら歩く姿に変態のヴィランだと後ろ指を指され、メンタルは壊滅的だ。

 日が落ちかけた赤い世界の中、牛に奉仕されて喘ぐヤギ。記憶を消す能力があるのなら、今すぐにでも使ってほしかった。


「あんな人前で堂々と……死にたい……」

「ま、今この街はごたついてて、それどころじゃねえからすぐ忘れ去られるって。尾行はされてねえから安心しろ」

「何を、安心しろと……」


 支部が一時的な機能不全に陥った結果、この街は治安が悪化している。そのことに心を痛めているカルセドは、当然素直に喜べない。ヴィランに認定されたとはいえ、そこまで外道になったつもりはなかった。

 

「お疲れボス。カルセドを救ってくれてありがとな」

「救った……ええ、そうかもしれませんね……」

「カルセドも元気出せって。もう能力制御装置があるから、あんなことは起こらないからさ」

「そうですね、前向きに考えましょう……」


 マレロが冷蔵庫から水の入ったペットボトルをカサブランカに渡し、カルセドの背中を撫でて慰めている。見た目で誤解されやすいが、この虎は結構気が利く性格をしている上に世話焼きだった。


「ほら、食事も買っておいたから、これ食って元気出せよ。好きなものがわからなかったら適当に買ったんで、勝手に選んでいいぞ」

「あ、ありがとうございます……」

「じゃあ俺は……」

「ほい、ボスはいつもの牛丼特盛とハンバーガーとフライドチキンな」

「さんきゅー!」

「あとサラダ大盛りな。ちゃんと栄養は考えねえと駄目だぜ」

「さんきゅぅ……」


 露骨すぎるテンションの違いは好物を明確にした。どうやらこの牛は肉食らしい。

 体格からつけられる想像通り、カサブランカの前に並べられたのは山盛りの料理だ。ヤギなら半分も食べられない量で、これが自称研究者の食事かなといぶかった。体格といい、完全に戦闘をメインジョブにしている人のルーティンだ。

 だがそれよりも、カルセドはマレロの食事が気になった。量は確かに多いのだが、内容は米やサラダといった菜食中心だ。じっと見ていたことに気付いたのか、虎は少し恥ずかしそうにはにかんだ。


「実はおれ、肉が食えねえんだよ。だから基本は野菜ばっか食ってる」

「すみません、職業柄いろんなことが気になってしまって……」

「いいよ、どうせばれるし。でも、ちゃんとプロテインとかサプリとか飲んでるから体つきに関しては心配しなくていいぜ。カルセドもおれの筋肉好きだもんな♡」

「ええっと……はい……」


 否定することもできなくてヤギは曖昧にうなずいた。それでもマレロは嬉しかったらしく、力こぶを作ってトレーニングの成果を見せびらかした。

 ヤギの倍以上はある上腕筋を始めとして、全身筋肉で膨らんだ大男だ。まさか菜食主義だと思わなかったカルセドは、意外そうに、しかし嬉しそうにアピールを受け取った。この虎は体を合わせることに積極的なので、これは次の誘いでもあった。


 ただ、カルセドは先ほど空中でしごかれたばかり。どうしたものかと思っていれば、あれだけの量を速攻で完食した牛までもが乗ってきた。


「ここならコンカドールも来ないだろうし、ゆっくり盛れるな♡でも、相性の問題でなんとかなってるが、あいつに本気で来られるとかなりめんどいんだよなあ。途中であきらめてくれてよかった」

「コンカドールは能力の幅が広いからな。ボスと違って」

「俺もそこまで悪い能力じゃねえぞ。実際ここは周囲の壁を固定したから、コンカドールにばれることはねえ。あいつは声の振動を記録して、しかもそれを探知してきやがるから、対策をしとかねえとまたすぐばれちまう」


 コンカドールは振動を操る能力者であり、特級の称号をもらっている。その使い勝手の良さと能力操作の腕前は、彼をトップへと押し上げる一因となっていた。


「あのアジトはもう使えねえな。もっと遅く来るものだと思って油断した。視察の予定は先じゃなかったのかよ」

「事件が起きてから、対応が早すぎますよね……監視カメラで私のことを見たって言ってましたし、多分視察のために前倒しで到着していたと思われます」

「真面目過ぎるところは変わってねえなあ。当日に着いてればいいだろうが。おかげで心音もばれただろうな……めんどくせえ」

「心音、ですか?」

「あいつが良くやる手だよ。振動の察知だけならかなりの広範囲まで調べられる。だから普段は声から探すんだが、声を抑えても心音を記録されたらもう終わりだ。どこにいたって隠れられねえ。俺なんかは全部記録されてるから、最善を考えるならこの街を出た方がいいんだが……」


 だからあんなにあっさりと見つかったのだと、ヤギは感心しきりだ。能力情報は武器であるため、ファンであるカルセドもコンカドールについては振動使いとしか知らない。

 物質操作系特級『驚振動地』。探索から戦闘まで、大抵のことを万能にこなせる能力であり、だからこその冠(あたま)付きだった。


 ペットボトルの中身を一気にあおり、牛はようやく落ち着いてきたようだ。褐色の毛皮に汗が浮かんでいることから、かなり慎重に能力を使ってきたのだとわかる。少しの油断がコンカドールを引き寄せるのだ、神経を使って当然だ。


「ん、なんだよ。まだこの街に用があるのか? ヴィラン組織から頼まれた仕事は終わってるし、いつ出ていってもいいだろ」

「カルセドが事務所の資料を破棄したいとさ。あれは個人情報の塊で、ヒーローの手に渡すのも確かに癪だ。だから明日は早くに動くぞ」

「了解……そういやそうだった。でも真面目だよなあお前。もっと自分の身を第一に考えろよ」

「これでも考えてるつもりなんですけど……」


 カルセドにとって資料は大事な顧客情報だ。それを流出なんてことになればナイトライダーの信頼に大きく関わる。大事な名前のために、なんとしてでも破棄したかった。


「皆さんにはご迷惑をおかけします」

「気にするなって。おれは構わねえよ。お前にとって大事なものだもんな」


 縞模様の尻尾を揺らす仕草は自然体で、危険な目にあう可能性をすんなりと受け入れている。もう仲間だと思われているのだと、ヤギは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。そういえば、カサブランカさんはさっき気になることがあるって言ってましたね。私も実は……」

「ん、ああ、あれか……カルセドは探偵をしてるだけあって気付くか。実はなマレロ、コンカドールがここに来た時、カルセドのことをナイトライダーって言ったんだよ」

「……んん? つまりコンカドールはナイトライダーの正体がカルセドだって知ってたってことか?」

「そうしたら、どこで情報が漏れたって話になります。おそらく、ですけど……」


 ヤギの言葉をカサブランカがさえぎることはない。どうぞと譲られて、カルセドは自分の考えを口にした。


「私の依頼人だったんじゃないでしょうか。私は匿名探偵ですけど、依頼人と話すことがないわけではないので。そういう時はたいてい音声を加工しているのですが、気付くことができるなら、可能性はあります」

「あいつはできる。元の音声振動との一致率から大本を割り出せるよう訓練してるはずだ。だから厄介なんだよなあ」

「でもコンカドールが? なんでまた。ナイトライダーに頼らなくても、あいつならさまざまな特権を持つ冠があるし、ヒーロー組織を使えばいいじゃねえか」

「ですので何か個人的なことを頼んだんじゃないでしょうか。それこそ、ヒーロー組織には言えないような……私は気付いていなかったので、あの人が何を依頼したのかはちょっとわからないんです。相手も匿名なことがありますし……」


 推しのコンカドールが依頼してきたと知ったなら、カルセドは絶対に覚えていたはずだ。いったい彼は何を依頼したのか。必死に頭を漁って違和感を探そうとしていたが、今更出てくることはなかった。


 しかし、兄にはひとつ考えがあるようだ。その名前を口にした時、ヤギの脳にある引き出しが開く。


「……丑満時 蹄石(うしみつじ ていそく)、あいつが依頼するならこれだろ」

「え、それはちょうど私が今引き受けている依頼ですが……!」

「やっぱりな。それで大体説明が付く。あいつが早くに到着したのも、お前の正体を知ってたのも、全部」

「早く来たのは私の調査結果を聞くために、正体を知っていたのは依頼人だったから……依頼はその人を探してほしいというものです。確か二人の息子がいたはずですが……まさか」


 そこまで言われるとカルセドも想像がつく。

 カサブランカはため息を吐いてから、それが正しいと教えてくれた。


「ご想像の通り、俺らの親父だよ。ヒーローに捕まった、な」

「……そうみたいですね。それからの消息は不明となっていて、だから探してほしいと……」

「はあ、あの馬鹿はまだ親父が生きてると思ってんだ。だからヒーローになって出世して、情報を手に入れようとしてやがる……どうせもう死んでるに決まってんのに」


 ラウンド髭について水滴を荒々しく手の甲で拭い、吐き捨てるようにつぶやいた。そこには隠し切れない憎しみがあり、カルセドはそこにこの兄弟の軋轢を見た。


「なあ」おずおずと虎が間隙を縫って。「聞いていいのかわからねえんだけど……その丑満時ってのがボスの父さんなのか? んで、コンカドールはその行方を捜している……」

「別に隠してるわけじゃねえから構わねえよ。カルセド、ついでにお前の調査結果の答え合わせといこうじゃねえか」

「わかりました……じゃあお願いします」


 ヤギからバトンを渡されて、カサブランカは語り出す。


 丑満時 蹄石は危険特級の能力者だった。カルセドと同じように大人になってから能力が発達したタイプであり、そのせいで使いこなすのに苦労していた。

 そんな能力が解き放たれるのは本人にとっても、周囲の人にとっても良いことはない。能力制御装置があったとしても完全に抑えきれるものではなく、ついにヒーローに捕らえられてしまった。


「……まあ、しょうがねえとは思うけどな」牛の言葉は嘆息交じりだ。「あいつの能力は不安定だった。能力制御装置があっても、外を歩くだけで周囲が被害を受けるくらいにはな。そんな奴を野放しにしてたら、俺らも死んでたかもしれねえ」

「そんなにやばかったのか、どんな能力だったんだ?」

「殺傷能力過多、範囲は広大、誰がどう見ても危険ってわかる能力だよ。そんなのが制御できねえんだ、当時は捕まるのも当然のことだと思ったよ。でも、それから会えないとは思わなかったがな……」

「ヒーローに捕まってからの消息は不明です。一応いくつか調べたことから推測は立てられますが……」

「どうせ死んでる。でも、コンカドールはそれを認められてねえんだ」

「私もヒーローがそんなことをするとは思えませんが……しかし……」

「その様子じゃ、何か掴んでるみてえだな」

「あくまで噂の段階ですが、とあるヒーロー支部に極秘裏に能力を研究する場所があると……どういうものかはわかりませんが、いい話は聞きません」


 それを聞いたからこそ、カルセドは支部を調べようとしていた。だが今はまだ不確定なもので、依頼主に情報として渡せるものではない。それを確認する前に、自分の能力が暴走したのだから。

 探偵として不確定なものを口にすることへの躊躇が、歯切れの悪い態度を取らせる。だが、そんなヤギの背中を押すように、確信は隣にいた虎からあっさりと飛んできた。


「あるぞ、そもそもおれはそこいたからな」

「マレロさんが、そこに……?」

「おう。おれの能力は危険一級。隔離研究棟に連れてこられてからボスが助けてくれるまで、ずーっとそこにいたぞ」

「……その話、詳しく教えてもらっても? あとメモを取ってもいいでしょうか。職業柄、こういうのは書き留めておかないと気が済まなくて……」


 返事を聞く前だが、ヤギのスマホを持ち上げる手は高速でフリックしている。これまでの話も書き留めてあるようだ。画面を見てはおらず、何も逃さないように耳や目はしっかりとマレロの方を向いている。さすが本職の探偵だと、カサブランカはこっそり感心していた。


「別にいいぞ……って言っても、おれは実験体だっただけだからなあ。ボスの方が詳しいだろ。なんたって元ヒーロー本部所属研究員なんだからさ」

「うええ?! 本当に研究者だったんですか?!」


 いまだに半信半疑だったカルセドが驚けば、牛はしてやったりと笑いだす。さっきまでは鬱屈とした感情が表に出ていたカサブランカだが、今はそれも制御できているようだった。


「あははっ! 疑いすぎだろ! 最初から俺は嘘なんてついてねえよ。俺も最初はコンカドールと同様、ヒーロー本部に就職して調べてたんだ。俺は裏方の研究員として、コンカドールは表に出るヒーローとしてな」

「ヒーロー本部って研究員も戦闘訓練とかするんですね……」

「しないしない、俺が優秀なんだよ。俺とコンカドールは能力的にも相性がいいから、たまーに現場があったくらいだ。現場検証って名目で荒事に駆り出されたりな」


 だからカサブランカは厳密に言えばヒーローではなく、ヴィランネームしか持たない。カルセドは仕事柄ヒーローについても詳しいが、今までカサブランカという名前を聞いたことがなかったのも当然だと頷いた。

 元ヒーロー本部研究員のヴィラン。これは肩書だけ見ればマッドサイエンティストだと、ヤギは認識を改める。


「現場もできる研究員は貴重だからな。俺は順当に出世したよ。……だから、本部にある隔離研究棟の話も来た」

「隔離研究棟……さっきもマレロさんが言ってましたね。それが危険能力者を研究する場所ですか」

「その話を聞いた時、俺はようやく来たと思った。あの親父の消息がこれでわかるってな……でも、そうじゃなかった」

 

 そこで牛は言葉を溜める。視線はマレロに向いていて、躊躇が色濃い。

 隔離研究棟の実験体だったマレロがどういう扱いを受けていたのか、カルセドは知らない。だが、決していいものではないということくらい察している。


「マレロ、聞きたくないなら無理しなくていいぞ」

「はっ、別に平気だって。いつまでも引きずってられねえからな」

「そうか……あそこは日々熾烈を極めるヴィラン被害を無くすために作られたってのが建前だが、簡単に言えば人体実験をする場所だった。危険能力者たちを隔離して、その性質を研究する。要は正義の名の下に、好き勝手にしてた場所なんだ」

「噂は……」乾いた舌を引きはがしながらヤギが。「本当だったのですね。あまり信じたくはありませんでしたが……」

「奴らからしたら危険能力者ってのは爆弾なんだ。いつ爆発して世間に被害が出るのかわからねえ。だから研究して、処分する。特に親父やマレロみたいな高ランクの危険能力者は生かしておくだけで損。それがヒーロー本部の考え方なんだよ」

「で、でも、能力制御装置があれば人並みの生活は送れるはずです……」

「それが壊れて暴発したら周囲の被害は尋常じゃねえだろうが。実際親父の能力は破壊特化で、本気をだしゃ町ひとつくらいは消せる。お前と同じ特級だからな。リスクを考えれば、野放しなんて無理なんだよ」

「……なら、マレロさんも? マレロさんには制御装置がないようですが……」

「こいつは別種なんだ。制御に問題があるんじゃなくて、単純に能力がまずい。こいつがその気になれば金銀財宝レアメタル、何でも作れるからな。捕まってヴィランの資金源になられても困るから、危険扱いなんだよ」

「実際おれが隔離研究棟でやってたことは金を産むことだったからな。だから余計に表に出せなかったんだよなあ。おれとかそういうやつらはまだ待遇がいいとは思うけど……」


 制御のできない危険能力者がどういう扱われ方をするのか。想像するだけでカルセドは毛皮が逆立った。捕まってしまえば自分も確実に収容される。それがわかってしまうだけに、なおさら身につまされた。

 

「……でも、待遇がいいとは言いますが、それでもカサブランカさんはマレロさんを連れて研究所を抜け出したんですよね?」

「まあな、おれは結構な速度で産めるから、金もだいぶ溜まってな。これ以上は値崩れするし不要だって言われて、研究内容が変わったんだ」

「俺も隔離研究棟の内容に腹が立ってたし、どう考えても親父は死んでるってこともわかった。そこにきてマレロの実験内容がくそすぎたから、堪忍袋の緒もぶっちんだ。ひと暴れして抜け出したってわけ」

「だからおれらも社会悪の称号はもらってるぞ。そこも仲間だな」


 ひどい扱いを受けたのに、それでもマレロは明るく振る舞おうとする。自首しようとするカルセドに気にするなと言いたいのだろう。ヤギはむず痒くも嬉しくなって、なんて返せばいいのかわからず笑って頷くだけだった。

 もちろんその間も指は入力を続けている。名の知れた探偵になるだけあって、私情と切り離した行動はお手の物だった。


「……お人好しと言う意味では、マレロさんもなかなかですよ」

「そうかもな。おれは元々ヒーロー志望で自分から受けたんだよ。そこでの能力チェックで隔離されたけど、本当はおれ、ヒーローになりたかったんだよなあ」


 もう叶わない夢を語るマレロの声には、隠し切れない寂しさがにじんでいた。

 夢を抱いてヒーローの門を叩いたが、待っていたのは実験体の日々だ。しかも今は社会悪のヴィランであり、追われる立場にもなっている。

 だが、それでも虎は笑顔を絶やさなかった。


「まあでも、ボスの下でも似たようなことはできてるし、おれは満足してる。カルセドを助けたりな。この組織はおれがいれば資金難にもならねえし、安心していいぞ」

「そうですね……ありがとうございます。でも、資金は潤沢なのに他のヴィラン組織とは協力するんですね?」


 そう聞けば、牛はおやつのシュークリームを頬張っているところだった。マレロのメンタルに問題がないとわかったからか、反応は気さくだ。


「ん? まあそっちは趣味みたいなもんだよ。さっきも言ったが、俺は研究者。バスケットは能力の研究がメインの組織だ。他のヴィランの能力も調べる上で、交流は欠かせねえ。能力の探偵として依頼は受けているが、能力制御に関しても相談されることがあるしな」

「やっぱり元ヒーロー本部所属研究員って肩書が強いんだよなあ。ボスはヒーローが死ぬほど嫌いだから、いやがらせ目的の側面もあるぞ」

「あとはコネ目的だな。あると便利だぞーコネ」


 ヴィラン組織の顔色を窺って抱かれているくらいだ、カルセドが知らないだけでかなりの情報を持っている。だからこそ、弱小組織でありながら上手く立ち回れているのだ。


「それに、俺は二級でマレロは一級。そこそこ戦えるけどやっぱり本物の特級相手はかなり厳しい。コンカドールの例からわかる通り、特級はそれこそ規格外の世界だ。ヒーローどもをぶっ潰してもらうには、他のヴィラン組織に頼るのが一番なんだよ」

「ボスなら本気を出せばもっと上を目指せると思うんだけどなあ。結構無法できるくせに」

「ま、能ある鷹は爪を隠すってこと。この世界は手の内をばらした者から負けるんだよ。対策さえできれば、どんな能力も怖くねえからな。コンカドールだって、隠し玉の一つや二つくらい持ってるだろうよ」


 牛の言葉はカルセドも理解できる。因果律操作でラッキースケベを起こす能力は不意打ちにはもってこいで、何度か窮地を脱したこともあった。特にカルセドの能力はバレづらい上に対策が困難という特徴がある。できるだけ相手にしたくないとは、カサブランカの評だ。


 メモを取りながらカルセドは考えをまとめていく。

 特級を抑えるほど強い能力制御装置をあっさり持ってきたのも、そういう事情だった。カサブランカが能力研究をしているのは、自分の父親のことがあったからなのだと想像がつく。だからこの兄弟は自分を助けてくれるのだということも。


「んで」没頭するヤギに牛が語り掛ける。「答え合わせは十分か? 仕事を手伝うって言ったからな。これでコンカドールに報告する分には問題ねえだろ」

「はい、ありがとうございます。これなら調査報告書は問題なく作れそうですが……コンカドールさんも知ってるようなことばかりでしょうね」

「実際俺は何度もあいつに言ってんだ。隔離研究棟のことも、親父がもう死んでるだろうってことも。でもあいつはずっと、自分の目で見ないと信じないって聞かねえ。だからヒーローとして上り詰めて、閲覧権限を得ようとしてる。頑固なやつだ……」

「まあボスの弟っぽいけどさ」

「優秀って意味だとそうかもな。でも俺はマレロもカルセドも、ヒーローに渡す気はねえ。手柄は別のところで立てるといいさ」


 ヒーロー嫌いではあるがお人好しなのは間違いない。それはヤギが少しの付き合いでわかったカサブランカという男だ。


「よーし、それじゃあいい時間だし、今日はもう寝るか。明日にはカルセドの事務所の資料を破棄しに行って、それで晴れて町からおさらばだ。コンカドールへの調査報告は、適当にメールかなんかで済ませとけよ。どうせ既知の話しかねえんだから」

「そうですね……」

「おっとそうだ、雑魚寝になっちまうが、勘弁してくれよ」

「あ、私は平気です。仕事で張り込みとかもしてたので」

「さすが、なら問題なさそうだな。ムラついたらいつでも襲っていいぜ♡」

「う……」


 わざとらしくタンクトップを脱ぎ捨て、牛は褐色と赤の混ざった体をさらけ出す。その胸のでかさはやはり垂涎もので、しかも乳首はコンカドールより肥大化しているときた。弟と違い、兄は雄を誘うことに特化している。

 ヤギの反応を満足そうに眺めた牛がソファに寝転ぶと、虎が即座に歯ブラシを突きつける。しっかり新しいものも買ってあったようで、カルセドはありがたくいただいた。


 こうしてヤギも毛布にくるまれば、ヴィランに認定された激動の一日が幕を下ろす。


 ――――わけではなかった。


****


 時間を少し巻き戻して、日が暮れる前。カルセドを確保しそこねたコンカドールは、支部に戻っていた。

 ヒーロー支部は文字通りヒーローたちの駐在所のようなところであり、多数のヒーローが在籍していた。だが今はカルセドによってホモ落ちしたヒーローたちは検査に送られているため、人手不足にあえぐ職員たちが慌ただしく行きかい事態の収束に努めている。


「あ、コンカドールさん! おかえりなさい! どうでした……?」


 巨躯の牛を見つけた職員がすぐさま聞いてくる。コンカドールは申し訳なさそうに眉を下げ、事の経緯を報告することにした。

 しっかりスーツを着こなしたコンカドールは注目の的だ。人よりずっと高い背丈に分厚い肉体、それを彩るフォーマルな雰囲気は牛の相貌を涼し気にしている。服を脱げば兄弟似たような濃い顔なのだが、衣服が程よく中和してくれていた。


 それから支部長らと軽く会話し、現状を確認。単独捜査権を持っているとはいえ、支部でも捜査は行われている。情報共有も立派な仕事なので、疲れていてもコンカドールは手を抜かない。

 職員たちにとって冠(あたま)付きは希望であり、憧れでもある。向けられる瞳の輝きには慣れているつもりだったが、今日は真正面から受け止めるのは少しためらわれた。


 結局仕事を切り上げたコンカドールが部屋に戻ったのは、日が沈んでからだった。


 本部から派遣されている冠(あたま)付きともなれば、それ相応の対応は与えられる。支部の中でもいい部屋をあてがわれており、生来の真面目さで部屋は綺麗にしたままだ。

 いつもならスーツを脱ぐのだが、牛はそのままベッドに倒れこむ。しわになりにくい素材とはいえ、こんなことをするのは珍しい。


「……はあ。結局取り逃してしまった……兄さん、いつになったらヒーローを信じてくれるんだ」


 隔離研究棟の存在を知ってからヒーローそのものへの憎悪を募らせた兄を想い、弟は寂しそうにつぶやいた。母を亡くしたコンカドールにとって、カサブランカは会える唯一の肉親だ。いつか和解できたらと思っているが、その時はまだ来ていない。


「父さんを見つけたら、兄さんだってきっとわかってくれる……きっと……」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、シーツを握る。尻尾がうねるのは死んでいるかもしれないという弱気を振り払い、それから自分の尻を叩くためだ。自分が諦めたら、きっと父親は悲しむに違いないから。


「ん……」


 だが尻尾は徐々に勢いを無くし、緩くうねるだけになる。

 次に吐かれた息は少し甘く、シーツの上で巨躯がもだえた。

 

「カルセドさん……」


 さらしで隠した胸、ヤギの手が沈んだ部位はいまだ熱を持っている。真剣な、だけど優しい顔で自分を抱こうとした雄を思うと、コンカドールの体に甘い痺れが走るのだ。

 あの時、コンカドールは抱かれる気だった。信頼を得るためでもあり、性欲を処理するためでもあるが、本気で抱かれてもいいと思っていた。それが中途半端に終わったことで、欲求不満が牛を内側からじらし続けている。


「後ろ……使ったことはないけど、準備しておいた方がいいのかな……」


 優美の冠を持つが、コンカドールとて一人の雄だ。気持ちいいことに興味はあるし、恋人だっていたらいいなと思うことくらいある。イメージを守るためにしていないだけで、嫌いではないのだ。


「ん、これが因果律操作の結果なのかは……わからないけど、でも、私は君を守れるなら……」


 もう二度と父のような人を出したくない。だからコンカドールはカルセドに抱かれることをためらわない。性欲の管理さえできれば、自分の父と違う道を行けるはずだと信じている。


「しごくだけでいいのかもしれないけど……多分そんなことしてても、いつか能力で抱かれることになるだろうし……だったら、まあ……」


 さらし越しに自分の胸を揉むと、火照った呼吸が漏れていく。他人に揉まれたことなどなかったために、あの感覚は鮮烈だった。

 デビュー時に巨乳を揶揄されて以来隠してきたこともあり、ヤギの嬉しそうな顔はコンカドールのわだかまりを少し薄めてくれた。当時の兄が勿体ないと言っていた理由が、今ならわかる。


 しかしいくら思い出をなぞっても、それで欲が治まるわけもない。

 もぞもぞと大きな臀部が動き、シーツにいくつもの波を立てる。匂いでばれたくないから抑えてきただけで、胸はずっと火照っていたのだ。


「困ったな……今日はこれから予定があるのに……」


 とは言いながらも指はジャケットへと伸びていた。それが明白な答えであり、本人にも抑える気はもうない。

 ひとまず脱いでしまおうか。なんて考えたコンカドールがボタンに手をかけた時――


「コンカドール、いるか?」


 ノックと共に牛を呼ぶ声がした。


「あ、ああっ! すぐ開ける!」


 飛び起きた牛が鏡で身だしなみを確認すること一瞬。問題ないと判断して出迎えれば、扉の向こうにいたのは獅子の男だった。

 人目を引くたてがみはともすれば顔を大きく見せがちだが、筋肉を付けた体にはちょうどいい塩梅に収まっている。コンカドールに匹敵するほどの分厚さは金の毛皮で覆われており、蛍光灯の下でもまばゆさを失っていない。

 ラフな上下赤ジャージ姿だが私服というわけではなく、これが彼のヒーローとしての正装。本部から提案された衣装を拒否して、自分の好きなものを着た結果だ。


 そんな同僚は片手を上げて、軽い挨拶をした。


「よっ、明日から我もここで出勤することになったから、挨拶をしにきたぞ」

「アレゴリーか。君も派遣されたんだね」

「まあ我、百人力だしな。人手不足の支部に送るにはうってつけだろ」

「確かにそうだね。じゃあ現状の情報はどれくらい把握してる?」

「いや、今着いたばっかでな。だから、お前から教えてもらおうと思って」

「ああ、なるほど。それならさっき支部長に報告した内容をまとめたものが……」


 部屋に置かれた資料を取ろうとした牛だが、それより早く獅子の手が伸びた。


「いい、めんどくさいからな。こいつに聞く」

「あ、待ってくれ……それを使われると……!」


 金色の手はコンカドールのネクタイに触れると細い布はみるみるうちに形を変え、小鳥の姿に変わる。質感はネクタイのままで、色も黒から変わっていない。まるでぬいぐるみのような小鳥は獅子の耳元まで来ると、くちばしを開閉し始めた。


「ふんふん……は? お前さらし巻いてるのか? なんと? そんなに胸がでかいのか? うわ、抱かれる気満々か……しかもさっきも……あーこれはタイミング悪かったな。悪いことをした」

「アレゴリー! も、もういいから! そこから先はプライバシーだ!」

「コンカドール」

「な、なんだい真剣な目をして……?」

「我は巨乳が好きなんだが、代わりに揉んでやろうか?」

「アレゴリー!!!!!」


 真っ赤になったコンカドールが叫ぶのも無理はない。アレゴリーが聞いたのは今日体験したすべて、カルセドに抱かれようとしたことも、部屋でオナニーしようとしたことも、すべて筒抜けになっているのだ。

 正確には動物となったネクタイが見聞きしたことだが、四六時中着けていたせいで大体全部把握されている。


 これがアレゴリーの能力『鳥獣戯化』。物質操作系一級の、物を動物に変えて操る能力。そしてその物質が見聞きしたことはすべて把握できるため、戦闘だけでなく広域の情報収集などにも適性が高い。人手不足の支部で指名手配犯を追うなら、まさにうってつけの人材だ。

 故に彼に付けられた冠は『君臨のアレゴリー』。同じ冠(あたま)付きの中でも、コンカドールとは仲の良いヒーローでもある。


「お前、我が巨乳好きと知っていながら、ずっとそのおっぱいを隠していたのか? 不敬罪だろ!」

「何が不敬なのかわからないし、君は女の子の胸が好きだって言ってたじゃないか!」

「大きかったら男でも女でも我は一向にかまわん! 正直お前の兄も狙っていた」

「知りたくなかったなあ! それに、肝心の情報が集まったならネクタイを返してくれ。出張だからそこまで予備を持っていないんだ」

「少しさらしを解いてくれたら……」

「絶対に却下だ!」

「ちっ」


 獅子は舌打ちしながらも小鳥を牛に返し、ネクタイに戻す。着直しながら、コンカドールはこの同僚がいつかセクハラで捕まらないことを祈っておいた。豪放磊落な獅子は兄に近いところがあると心配している。


「とまあ冗談はさておいて、だ」獅子の目が鋭くなった。「お前、カルセドを救うつもりか?」

「ああ、そのつもりだよ。君なら理由もわかるだろう?」

「……だが、そんなことをすればお前の目標からは遠ざかるだろうに。本部からの心証を悪くすれば、父君の行方を掴むのはいつになるのか。ただでさえ、お前は兄の件で目を付けられているんだぞ」

「それでもだよ。私は全員助けたい。それこそがヒーローなんじゃないかい」


 二人のヒーローが無言で視線をぶつけ合うと、獅子の方が口角を緩めて折れた。


「がははっ! いいな。我はお前のそういうところが気に入っている。丁寧な物腰のくせに誰よりも傲慢。全員救わないと気が済まない頑固者。さすがこの我の友をするだけはある」

「君の友人になるには傲慢が必要なのかい……?」

「我を通せないヒーローに価値などないだろ。人気取りに必死な阿呆どもにはわからんだろうがな」

「……自分で言うのもなんだけど、私は結構人気取りに頑張ってる方だと思うよ」


 アレゴリーと違い、本部から提案された衣装を着こなして、優美のイメージを守り続けている。常に人当りよくを意識し貞淑を心掛けていることで、ヒーローの中で人気投票をすれば確実に毎回上位に食い込むほどだ。


「はん、お前のそれは目的のためだろうが。自己顕示欲で動いている他の奴らに、爪の垢でも飲ませたいくらいだ。その調子で司令になれ」

「簡単に言うなあ……兄さんも君も」

「我も隔離研究棟の存在は疎ましく思っている。必要悪という甘えなど、ヒーローに不要。お前が司令になってくれるなら、願ってもない。我は群れの長ではあるが、人の頂点に立つのはめんどいから嫌いなんだ」


 誰にでも人当りのいいコンカドールと違い、アレゴリーは人の好き嫌いが激しい。物おじしないせいでヒーローの中でも浮いているところはあるが、それらをすべて実力で黙らせてきた。

 だけど、彼も歴としたヒーロー。人助けに躊躇はない、お人好しだ。


「だから……いいだろう、協力してやる」

「助かるよ。君がいてくれるなら百人力だ」

「その方が確実だ。お前にもすぐ報告が行くだろうが、今回の事件、我を始めとした冠(あたま)付きが複数投入されている」

「……そうなのか。まあ、私だけとはさすがに思ってなかったさ。支部がこんなことになったんだ、本部にも面子というものがある」

「ヴィランに舐められたら終わりだからな。だが、カサブランカがいるならその判断も間違いではない。あれは手ごわいぞ」

「わかってるよ。だから本気で行く」


 逆に言えば冠(あたま)付きの中で手柄を上げれば出世が、すなわち父に近づくのだ。コンカドールの引き締まった顔を、獅子は満足そうに見つめていた。


「いい顔だ。おそらく他の冠(あたま)付きは、あいつらが街から逃げ出すと考えるだろう。お前はカルセドがナイトライダーだと報告はしていない。だから奴の捜査資料を手に入れるなら、今が最も好機だ」

「……そんなことまでばれてるのかい」

「いい友人を持っただろう?」

「確かにね」


 それだけ言えばもう十分と、アレゴリーはかかとを鳴らす。すると床から大鷲が生まれ、コンカドールの肩へと止まった。床材と同じく白の光沢ある外見に生気はうかがえないが、仕草は完璧に動物のそれだ。


「貸してやる。上手く使え」

「助かるよ」

「いい報告を期待してる。さて、我はもう寝る。お前はこの街一番の探偵とやらの実力を確かめてみるといい」


 コンカドールが何をするのか理解していながらも、すべて任せて獅子は帰路に就く。ヒーロー本部の意向より、コンカドールの意思を優先してくれた形だ。


「……ありがとう」


 牛は友人にお礼をつぶやいて、支部を後にする。ヒーローにはまだ、やることがあった。


 そうしてたどり着いたのは人気のない工事現場だ。

 コンカドールが振動であたりを探っても生き物の反応はなく、待ち伏せなどされていないことを確認。兄は振動を防ぐことはできてもごまかすことはできない。夜の暗い場所で、スーツ姿のまま毅然と待ち人を出迎えた。


「こんばんは、約束通り来てくれて嬉しいよ」

「いえ、こちらこそ。でも本当に、場所の指定は私がしてよかったんですか?」

「うん、私はこの街に来たばかりで、君の方が詳しい。信頼を示すにもいいかと思ってね」


 暗がりから現れたのはラフな格好をしたヤギ、カルセドだった。

 手には大き目の封筒を大事そうに抱え、ゆっくりと牛へと近づいていく。


「呼び出した私が言うのもなんだけど、本当に兄さんたちには黙ってきたんだね」

「……それについては申し訳なく思いますが、私にも仕事がありますので」


 コンカドールは逃げられてからすぐに依頼したルートで連絡を送り、直接会いたいと伝えた。調査報告を聞くためでもあり、説得するために。

 無理矢理捕まえることはないと書いたが、信じてくれるかは半信半疑だった。だからこうして来てくれたことが、コンカドールの胸を沸き立たせた。カルセドはまだ救える、それを確信できたことがとても嬉しいのだから。


 最初向かい合った時は突然の事態に困惑が強かったヤギだが、今は闇夜に負けない意思を宿した目で牛を見つめている。そこには推しに対する昂揚はみじんもなく、すべてを見透かすような視線だ。

 だから、目の前の彼こそがナイトライダーなのだと、コンカドールは肌で理解した。


「一つ確認させてください」ヤギが封筒を掲げて。「貴方が依頼主で間違いありませんか?」

「ああ、その通り。丑満時 蹄石の行方を頼んだのは、他ならぬ私、コンカドールだよ」

「かしこまりました。それではこちらをお受け取りください」


 それを確認できれば十分とヤギは頷いて、封筒を指し出す。そのためだけに危ない橋を渡り、事務所からこれを持ち出したのだ。

 例え自分の身が危険にさらされても、仕事には責任を持つ。その真面目さをコンカドールは高く評価する。


「……今は暗くて読めないね。口頭で聞いてもいいかい?」

「そうですね……では調査報告をしましょう」


 声も振動であり、防音などコンカドールには朝飯前だ。索敵のソナーも継続的に続けており、カルセドが本当に丸腰で来たこともわかっている。だからこそ敬意を表し、捕まえないつもりだった。

 今の二人は探偵と依頼人。それだけの関係だ。


「丑満時 蹄石の居場所は隔離研究棟とされていました。それは貴方も、カサブランカさんもご存じのはずです」

「……そうだね。兄さんはそこで父さんは死んだと思っている」

「その経緯は教えていただきましたが、それは結局、公然の秘密であり未知ではありませんでした」

「まあ、私も同僚も知っているくらいだからね……実際入ったことはないけれど、知ってる人は知ってるね」

「しかし、それこそが隠れ蓑だと言ったらどうでしょう?」

「え……?」


 新たな可能性を提示されて、牛は口を開ける。ナイトライダーを頼ったのは藁にも縋る気持ちであり、駄目でもしょうがないと割り切っていた。視察の予定があるから、そこにいる優秀な探偵に依頼してみよう。本当にそんな軽い気持ちだった。


「隔離研究棟は確かに実在します。ですが、本当に大事な研究はそこで行われてはいません。利用価値のなくなったマレロさんしかり、あそこはどちらかといえば、サブプランに近い場所なのです」

「しょ、証拠はあるのかい……!」

「いくつか証言が取れています。コンカドールさんには私の能力がばれているから言ってしまいますが、私が『隔離研究棟の職員と寝たい』と能力を使った時、引っかかったのは本部の職員だけではなく、ここの支部の職員もでした」

「因果律操作……そんな使い道が……って待ってくれ、と言うことは隔離研究棟はここにも……」

「その通りです」


 想像もしていない情報にコンカドールは狼狽を隠せない。あれだけ自分が探しても見つからなかったものを、このヤギはあっさりと見つけてしまったのだから。

 概念干渉系とは文字通りの能力であり、世界の法則を自由にするものだ。カルセドは自分に都合のいい情報を持つ者を世界に見つけてもらうことができる。例えどれだけ情報を規制したところで、ヤギからは逃れられない。


「カサブランカさんは見落としているようですが、隔離研究棟を調べるのなら本部に行けばいい話です。なぜ私がここの支部を調べようとしていたのかを、考えていないようでした。きっと蹄石さんは隔離研究棟で死んだと確信を持っていたからでしょう」


 その思い込みに気付いていながらも、カルセドはあえて訂正しなかった。真っ先に情報を伝えなければならないのは、目の前の牛だからだ。

 カサブランカは元ヒーロー本部所属の研究員。だから知っているのは『本部の隔離研究棟』だけ。


「ここの支部には第二隔離研究棟があります。私の能力で引っかかったのがその二つだけですので、間違いないかと」

「よく今までばれなかったものだ……いや、ここはそれを見つけた君の手腕を褒めるべきだね」

「表向きはヴィランの収容所とされていますが、マッドサイエンティストに属するヴィランが多いんです。おそらくは何らかの取引をして、実験をしているのだと思います」

「非人道的な研究をさせるんだ、そういう人らじゃないと無理だろうね。多分兄さんが離反した件が尾を引いてそうだな……」

「ただこれはあくまで証言などをもとに考察しただけであり、実際に確認したわけではありません。その前に私の能力が暴発してしまいましたから……だから蹄石さんがいるかどうかはまだわかっていないというのが調査結果です」


 どれだけ『丑満時 蹄石と寝たい』と願ったところで、因果は応えてくれなかった。カルセドの能力に引っかからないということは、死んでいるか、出会うことができないかのどれかになる。


「私の能力も万能ではありません。性欲に呼応するので……その、見た目が好みかどうかで、かなり精度が変わるんです。お力になれず、申し訳ありません」


 コンカドールの大ファンであるカルセドだが、蹄石は少し年上すぎた。そのせいでストライクゾーンから外れてしまったが、そこまでは言えないのでぼかす形になった。


「そんなことはないよ。第二のことを教えてくれただけで十分。後は私だけでも大丈夫。兄さんにはこのことを?」

「伝えてません。この情報はあくまで依頼主であるコンカドールさんの物であり、私には守秘義務があります。ですが……」


 そこで目を伏せて言葉を濁らせる。そうしてコンカドールは目の前の人物がナイトライダーからカルセドになったと感じた。


「カサブランカさんにはお世話になりましたから、コンカドールさんさえよければ教えてあげたいんです。どうでしょうか?」

「うん、そうだね。兄さんも知っていいはずだ、けど……」


 少しだけ間を空けて、コンカドールは続けた。


「少し待ってくれないかな。今から一か月くらい」

「それは、コンカドールさんが調べるからと言うことでしょうか」

「兄さんにばれたら突貫されてしまうだろうし、そうなったら警備が厳重になる。兄さんはやると決めたら一直線で、私は準備を万全にしたい性格だから、出遅れそうなんだよねえ」


 その様子をカルセドはありありと想像できる。行動力という点でこの兄弟は似た者同士だが、勢いで言えばカサブランカの方が強い。ヒーローとヴィランという立場の違いもあり、コンカドールは自分なら準備に時間がかかると想定している。


「わかりました、では来月に伝えておきましょう。それと依頼料ですが……結果が中途半端な形になってしまったため、料金は割引させていただきます」

「ふふっ、いいよ気にしないで。私はこれでも結構稼いでいるんだ、遠慮なく受け取ってほしい」

「いえ、そんな……」

「これから大変だろうからもらえるものはもらっておいた方がいい。だけど、本当にヴィランとして暮らしていくつもりかい? 兄さんの側にいれば間違いはないだろうが、何が起こるともわからないんだ」

「それは……」


 この真面目さだ。カルセドは自分にヴィランが務まるとは思っていない。

 能力で行為はしているが、あくまで同意の範囲内で出会い目的に使っているだけ。もちろん匿名探偵としてグレーゾーンにいる自覚はあれど、積極的に犯罪をしたいとは思っていない。


「父さんのことを調べたなら、自分がどうなるのか不安になるはずだ。けど、私がいる。君を隔離研究棟なんかには行かせない。あんなところがあってはいけないんだ」


 牛が自分のジャケットの襟を少し左右に広げると、解放された胸部がシャツを押し上げて弾む。雄にしてはあまりに大きな胸にヤギは目を奪われ、驚きを隠せなかった。


「うえっ?! コンカドールさんはさらしを巻いているのでは……」

「君が喜ぶと思って、は、外してきた……だから胸が苦しくて……」

「そ、それはそうでしょうね……そんなにでかければ……しかしどうして」

「君に知ってほしいんだ。私が本気だということを」


 恥ずかしそうに赤らんだ顔でも、コンカドールはためらわない。


「わ、私には君の性欲をすべて受け入れる覚悟がある。君が能力の制御を安定させられるまで、どれだけだって付き合える。二級から特級まで上がった今は特に不安定だろうが、いつかきっと慣れるはずだ。それまでは……私の体を好きにしていい」


 憧れの肉体、しかも想像よりずっと豊満な体を見せられて、カルセドの思考が停止する。なにせコンカドールの衣装はさらし前提で作られているため、枷から解放された今はシャツのボタンがはじけ飛びそうになっているのだ。

 引き伸ばされたボタン同士の間は歪に口を開けており、褐色の毛皮がはみ出している。暗くてカルセドが気付かなかっただけで、コンカドールの胸元はさっきからずっと限界だった。


「だから、戻れなくなる前に私について来てほしい。君はヴィランになってはいけないよ。人はやり直せるはずだ」

「あ、あの、コンカドールさん……私は……」


 少し悩んでからヤギは何かを言おうと口を開く。

 だがその前に、コンカドールの耳がピクリと動いた。彼のソナーに引っかかったのは、なじみのある風体だ。急いでジャケットを戻せば、胸部が窮屈そうに圧迫される。


「この反応……どうやらばれていたみたいだね」

「え……?」


 カルセドもコンカドールと同じ方向へ視線をやれば、そこにはにやにやした牛と苦笑する虎がいた。


「まったくよお、お前の真面目さは美徳だが、さすがに時と場所を考えろって言ってもいいよな」

「おれもボスも、本気で心配してたんだからな。まあコンカドール相手なら変なことはされないとは思ってたけど」

「しかも情報を隠してやがった。なんだよ第二隔離研究棟って。んなの俺は知らねえぞ」

「なんで会話が……振動は私が遮断しているはず……?」

 

 コンカドールがいぶかるのも無理はない。ソナーで周囲の人影もカルセドの武装も把握しており、周囲に声が広がらないように防音までしていたのだ。盗聴器の存在も確認できておらず、彼の能力をかいくぐって盗聴するのは、あの二人では無理なはずだ。


「……そういうことか」


 何かに気付いたコンカドールが封筒を探せば、そこには小さな機械があった。カルセドの驚いた顔を見れば、彼が入れたものではないことがわかる。これが盗聴器だ。

 カルセドが持ってきた封筒の中身をコンカドールは知らない。だから不審なものがあっても気付けなかった。夜の暗い工事現場では中身の精査もおぼつかず、完全に見逃されていたし、二人もまさか封筒に細工がされているとは全く思わなかったのだ。


「しかしどうして。この封筒は私が事務所から持ってきたもので、そんなものを入れる暇などなかったはずですが……」

「ああ、兄さんは固定の能力者だから。君を固定して、その隙に入れたんだろうね。カルセドさんは泳がされていたんだよ」

「それはもう固定というか停止の範囲では……そういえば、本人も似ていると言っていましたね……うかつでした」


 カサブランカは対象の時間を固定することもできる。その時間はごくわずかだが、盗聴器を仕込む程度造作もない。後は二人の会話を聞いて、タイミングよく現れるだけでよかった。

 つまり、カサブランカは最初からカルセドの行為を気付いていて、その意図も把握している。ここまで放置したのはただ仕事を全うさせようという善意と、後は弟を驚かせようといういたずら心に他ならない。


 種明かしをされた兄はしてやったりと腹を抱え、明るい声を響かせる。鮮やかな赤が混じった毛皮が薄明りに映え、彼の周囲はいつだってにぎやかだ。


「あはは、その通り! 時間停止AVの真似がしたかったら俺に頼めばいつでもやってやるぞ。ま、できて数秒程度だけどな」

「兄さんがそれで二級止まりなのはおかしいんだよ。本当に、上手く立ち回ってる」

「俺が二級なのは単純に出力が足りねえからだよ。だから頭を使ってんのさ。んでどうする、やりあうなら構わねえぞ」

「遠慮しとく。今はヒーローじゃなくて、依頼人として来てるからね。今夜はわざわざ危険を承知で来てくれたカルセドさんの顔を立てるよ」

「お前もカルセドと真面目さではいい勝負してんな。じゃあ頑張ってくれよ。俺らは明日には町を出ていくから、好きに調査でもなんでもすりゃいい」

「……父さんを探さないのかい? せっかく第二隔離研究棟の存在がわかったのに」

「何度も言わせんじゃねえよ」


 そこで兄の笑みが性質を変える。口は笑っているが目は全く笑っていない、ちぐはぐな顔へ。現れたのはどうしようもない苛立ちであり、隠し切れない憎悪だ。


「親父は死んだ。例え第二隔離研究棟があったとしてもそれは変わらねえ。お前のやってることはただその事実を固める作業にすぎねえんだよ」

「例えそうだとしても、私は父さんに会いたい! 生きていてくれればいい。けど、そうじゃなくても、私は探してあげたいんだ! 確認しないとお墓も立てられない……そんなのはあんまりじゃないか……!」

「…………」


 弟の悲痛な叫びに兄は唇を噛んで言葉を飲み込んだ。言いたいことはわかっているが、ただの希望的観測だということを兄は知っている。だがそれを口にすることはなく、乱暴に踵を返すだけだった。


「帰るぞカルセド。後のことはあいつが勝手にやるだろ」

「は、はい……あの、カサブランカさん、マレロさんも、見守っててくれてありがとうございます。心配してたのに、私の仕事が終わるまで待っててくれたんですよね」

「お前は想像以上に真面目だから、途中で切り上げたらまた勝手に行動されるだろうしな。想定外のことが起こるリスクは減らしておきたかったんだよ」

「とかなんとか言ってるけどさ、ボスはずっと飛び出すタイミングを見計らってたんだぜ。特にコンカドールがおっぱい見せつけてきたところとか、尻尾がせわしなくて……」

「そりゃ俺の方がいいおっぱいだから、負けたらむかつくだろ。今後はあんな奴になびかねえように、帰ったらたっぷり教育しねえとな♡」

「えと、お手柔らかに……?」


 工事現場を去っていこうとするヤギの背中を、コンカドールは呼び止められない。さっきの質問の答えがあの起立した背中に書いてある。カルセドはヴィランとして生きるつもりなのだ。それが不向きだとわかったうえで、兄に付いて行こうとしていた。


「どうして……」


 カルセドがヴィランに向いていないなんてことは、コンカドールもよくわかっている。短い付き合いではあるが、彼の善良さは理解しているつもりだった。兄が世話を焼くということは、そういうことなのだから。


 遠ざかる背中を見ながら、コンカドールができるのは自分の力不足を心の内で攻め立てることだけ。

 カルセドもマレロも、本来ならヴィランにならずとも暮らしていけるはずなのに、自分に彼らを助ける力がないせいで、それしか道がないのだ。

 能力の暴走は事故として処理できるはずだ。性癖こそ歪んだが、人的被害はいまだ確認されていない。支部の運営も、自分のような冠(あたま)付きが投入されることで、落ち着こうとしている。


「それでも……彼らの信用は得られていない……」


 父の生存を信じてくれない兄に、自分の手からこぼれていくヤギと虎。

 冠(あたま)付きだなんだのともてはやされているくせに、こんなにも無力じゃないか。そうコンカドールは奥歯を噛みしめる。


「もっと強くならないと駄目だ……もっと……!」


 その時、自分の無力さを歯がゆく感じている牛の前に白く硬い物が落下し、粉々に砕け散った。

 わずかに識別できる破片から、元は鳥の形をしていたのだとわかる。コンカドールはそれがアレゴリーのくれた大鷲だとすぐに気づいた。


「これは……なぜ。上空に待機させていたはずなのに……」


 日中の出来事を確認したアレゴリーが今度は空を追えるようにと渡してくれたのに、今は何者かによって無残に破壊されている。つまり、ここには他に敵対勢力が潜んでいるということに他ならない。

 そのことに思い至ったコンカドールはすぐさま声を張り上げた。


「兄さん……待ってくれ! すぐに周りを警戒して――」

「ほっほっほっ、なあに、慌てることはない。わしはお主の味方じゃからの」


 落ち着いた声がしたかと思うと、耳をつんざく発砲音が無数に響き渡る。工事現場にいくつもの弾痕が生まれ、火花が夜に散っていく。コンカドールが鉄筋の上へと視線を送ると、機関銃を構えた龍が月を背後に打ち続けているのが見えた。


「セプタードさん! 君も来てたのか!」

「すまんのお。無粋な盗み聞きをしてしまった……む?」


 龍が眉を顰めるのも無理はない。無数に放った麻酔弾は、すべてヴィランに当たる前に止まっていたのだから。空中で静止した弾薬の向こうでは、牛が顔をしかめていた。


「固定か……やはり守りに回られると分が悪い。隙を突いたつもりじゃったが、やはり優秀よのお」

「カルセドだけじゃなく、お前までつけられてたのかよ。ちょっと注意散漫なんじゃねえのか特級さんよ」

「す、すまない……まさかセプタードさんまで招集されているとは思わなくて……」

「いえーい。『号令のセプタード』じゃぞー。カサブランカは知っておるじゃろうが、そこの二人はお初じゃな。短い間じゃが、よろしく頼むぞ」


 軽いノリで挨拶をした龍が鉄筋の上から飛び降りると、その全貌がさらされた。

 セプタードは白く長いひげとたてがみを生やした緑龍であり、そのどちらも太い三つ編みにしてまとめている。かっちりとした黒の袴とベージュの羽織を着こなしているが、足元は機能性を考えたブーツになっていた。

 そこだけ見ればおしゃれのようだが、背中にあるいくつかの重火器と、腰の武骨なポーチが戦う雄としてのいかつさを強調する。

 恰幅は広くたくましく、羽織姿が山のような男。


 彼こそ冠(あたま)付きの一人、『号令のセプタード』だ。


「いやーすまんのお。隠れておったらそこの鳥が襲ってきて、壊してしもうた。アレゴリーの能力で見張りをさせておっただろうに、申し訳ないことをした」

「……いえ、大丈夫だよ。ですが、私のソナーにセプタードさんは引っかかっていなかったはず……」

「ふん」応えたのは兄牛だ。「そいつの能力ならできるだろ。大方『コンカドールの振動は自分を素通りする』とかそんなことを定義したんじゃねえの? そいつは概念干渉系の一級、その程度の改変はお手の物だろうしな」

「ほっほっほっ、さすがカサブランカ。能力においては一家言持ちだな。ならば隠し立てもできぬか。初対面の彼らを驚かせたかったというのに、つまらんのお」


 言葉のわりにさして残念がるふうでもなく、龍は掌を兄牛へと向ける。暗くてわかりづらいが、そこには確かに指摘された通りの文面が書かれていた。


「これがわしの能力『訓令御符レ書』。書いたことを現実にする能力。と言っても、限度はあるがの。銃に『絶対に弾が当たる』と書いて撃ったところで、カサブランカに止められてしもうたのがいい例じゃな」

「冗談、跳弾込みで四方八方から狙ってきやがって。止めるの大変だったんだぞ」

「残念じゃのお、一発でも当たればいい夢が見れただろうに。本部特性の麻酔弾じゃ。安心して食らうとよい。とはいえ、じゃ……」


 そこで龍はヤギをじっと見つめ、三つ編み状の髭を撫でる。探偵であるヤギは、その目は自分を見透かそうとしていると察した。


「なるほど、良い若者じゃな。先の話も聞いておったが、探偵として優秀で責任感もある。これをヴィラン認定とは、まったく本部も無粋なことをするものじゃの」

「ありがとうございます……? いえ、自分はただ仕事をしただけですので……」

「ほっほ、謙虚なのもよいのお。コンカドールがお主に執心するのも致し方ないこと。その気持ちはわしにもわかる。だから協力してやろうと思っての」

「強力ですか……?」

「左様。お主の能力は性欲に呼応する。だとしたら、わしがお主の体にこう書けばよいだろう、『性欲が枯れた』と。そうすればその能力が発動することもなく、お主は能力制御装置も不要のまま元の暮らしに戻ることができる」

「で、でも、それは永久に効果があるというわけでは……」

「当然ない。じゃが、慣れるまでコンカドールが手伝ってくれるみたいじゃしな。能力の制御さえできれば、危険の文字は消せるんじゃ。わしの補佐もあれば、本部を説得するには十分だと思わんか?」


 先ほどコンカドールが提唱した道を再度示し、龍は笑いかける。決して目の前の人を見捨てはせず、最善の道を模索してくれる。カルセドはヴィランになって初めて、ヒーローとはまぶしいのだと痛感してしまった。

 まずは説得から入り、和解を目指す。ヒーローとはヴィランを倒す存在だと人は思っているかもしれないが、その根底には救いたいという気持ちがあるのだ。


「説得するのは結構だけどよお」兄牛は口をとがらせて。「銃ぶっ放しといて綺麗ごと言ってんじゃねえよ」

「ほっほっほっ、お主が起きとると邪魔されるのが目に見えとったからの。いい機会じゃからお主も改心して戻ってこんか? マレロのことも、わしらがなんとかするぞ」

「信用できねえっつってんだよ。本部の司令が頭を下げるなら考えてやらんこともねえがな。カルセドもマレロも俺の部下だ。てめえらには一人だってやらねえよ」


 舌を出して吐き捨てるカサブランカには交渉の余地がないように見えた。セプタードはこの兄弟の事情を知ってしまったため、何とかしてあげたいという気持ちはあるが、コンカドールほど甘くはない。

 背中から銃を持ち出して構えれば、一気に空気が張り詰める。能力によって百発百中になっている重火器の恐ろしさを、カサブランカはよく知っていた。


「残念じゃのお。自首の方が罪は軽くできるんじゃが……こうなったら実力行使かの。コンカドールは下がっておるといい、兄弟で戦うなどわしも好みではない」

「し、しかし、このまま見ているだけというのも……」

「なあに、構わんよ。お主の能力は相性も悪い。逃げられぬようにしてくれるだけでよいぞ。ほらわしって、手柄独り占めしたいタイプじゃしー?」


 のんびりとした口調で冗談を言いながらも、手つきは迅速だ。両手にマシンガンを装備して銃弾を発射すれば、能力によって自然と整った軌道へと変わり、それは絶対に相手を逃がさない武器になる。

 跳弾したところで狙いはぶれない。一発でも食らえば眠りこけるような麻酔弾を、カサブランカは必死に固定する。


「くそ……読みづれえ!」

「どれどれ、いつまでもつかの。わしの弾薬はたんとあるぞ」

「あいつ、『弾切れしない』って書いたな……このままじゃまずいか」

「食らっても死にゃせんが……まあハチの巣になれば一週間は起きんかもな。安心せい、その頃にはすべて終わらせとく」


 自由自在に跳ねまわる銃弾をカサブランカが固定で止めたところで、すぐに次が来る。牛の能力は守りには強いが、攻めるのは得意ではない。こうしていれば、じり貧になるのは明らかだった。


「ボス、ここはおれが!」

「わ、私も……!」

 

 マレロが銃弾の雨の中を突っ走り龍との距離を詰め、カルセドが能力によって不測の事態を願う。虎の体表には黒く硬質な鎧が生まれており、銃弾をはじいていく。いくら確実に当たるとはいえ、当たったところでマレロにとっては痛くもかゆくもなかった。


「駄目だ、マレロ! これは誘ってんだよ! あいつの能力は――」


 カサブランカが止めようとするが、身体能力の高い虎には届かない。あっという間に龍と肉薄し、黒く硬い物で覆われた拳を振るっていた。


「ほっほ、リーダーの忠告はちゃんと聞くものだぞ、若いの」


 セプタードは待ってましたとばかりに身をかわし、片手の銃を捨てて素早くポーチから短冊を取り出す。そこには『セプタードの味方になる』と書かれていた。


「さて、まずは一人。わしのキョンシーになってもらおうかの」


 これを体のどこかに張るだけでいい。そうすれば、相手はセプタードによって現実を変えられる。掌を見せて能力を説明したのも、札への警戒をさせないため。直接書く必要があると思考を誘導するためだった。


 龍にとっては慣れた動作。ヒーローになってから何百回としてきたことだ。彼はこの能力で幾度となくヴィランを下してきた。


 だが、虎を叩こうとした手は一瞬だけ途中で止まり、タイミングがずれる。札を持った手は宙を切り、その隙にマレロが和装に包まれた腹部を殴りつけた。


「ほう、固定か……銃弾を止めながらよくやるものだ」

「ちぃ、あんま効果ねえか……マレロ! 大丈夫か!」

「平気だけど、おれの拳が効いてない! なんでだよ!」

「ほっほ、さあてなんでじゃろうなあ」

「くっ……!」


 虎が後ろに飛んで距離を取りながら、腕を振るって黒色の刃を飛ばす。龍がそれをあっさりとかわせば、また均衡状態へと戻っていく。

 ヒーロー志望だけあって、マレロの体術は確かなものだ。能力を組み合わせて行われる攻撃は苛烈で、その防御力は並大抵のものでは砕けない。札を警戒しながらの巧みな動きに、龍は感嘆を吐いた。


「ほっ、思ったよりやるの。きちんと鍛えておる」

「当然だろ! 今度こそおれはボスとカルセドのヒーローになるんだよ! おれはもう普通のヒーローにはなれねえけど! せめて、あの二人のヒーローになりてえ!」

「……そういえば、ヒーロー志望じゃったの。可哀そうに。はあ、気が進まん戦いじゃのお。この能力なら現場でも十分活かせたじゃろうに」


 だが龍もまた冠を戴くヒーローの一人。虎の攻撃をいなしながら札を張る隙を狙っている。しかも片手はまだマシンガンを持ったままで、でたらめに撃ち続けている。どれだけ適当に撃ってもそれはカサブランカたちを狙うため、向こうを見る必要すらなかった。


「工事現場をあまり荒らしては怒られると思うのだけど……」


 観戦を強いられているコンカドールが振動でいくつかの弾を防ぎながらため息をついた。セプタードの能力で『絶対に弾が当たる』となっている銃だが、誰に当たるのかは明言していないようだ。

 かなりの数が襲ってきているのだが、指先ひとつで銃弾を防ぐ姿に焦りは全くない。カサブランカと違って、対象を取る必要がないため振動で壁を作れば事足りる分、防ぐのも楽だった。


「それにしても、マレロさんの戦っているところを見るのは初めてだけど……なかなか手ごわそうだ。さすがは兄さんか。能力の使い方に関して言うなら、トップクラスだからね。カルセドさんが兄さんの手ほどきを受けたら……考えるだけで大変そうだなあ」


 こうして見ているしかできないもどかしさを感じながらも、相手の観察は怠らない。

 虎の能力はデータベースに登録されているため、コンカドールも当然知っている。しかし、こうして実際の光景を見ると、その出力と使い方には舌を巻くばかりだった。


 マレロは手を変え品を変え、セプタードを追いつめていく。黒く硬質な物体を弾丸にして飛ばしたかと思えば、次には腕が鏡のようになり反射で龍の動きを阻害する。綺麗な橙の毛皮からは、無数の武器が飛び出してきた。

 札を付けられたところですぐさまその部位をパージし、また新しい鎧を浮かび上がらせる。一度登録してしまえば、マレロはどれだけでも同じ物質を体表に作り出すことができた。


 尻尾の先を鋼鉄の槍に変え、爪を爆薬に変えて飛ばし、口から炎を吐くことさえできる。もはやマレロ自体が武器庫そのものであり、能力の許す限り無尽蔵に様々な物質を生み出すことが可能。

 それこそ、危険一級として隔離された『食物連鎖を食らう者』。自分が食べたものを力にし、生み出す能力。この虎さえいれば、どんな物質だろうと湯水のように使うことができるのだ。


「やはり、単純な身体強化系とタイマンは厳しいの。わしの銃弾も効かんみたいじゃし、はて、困った困った」

「その割には余裕だな! そういうやつは奥の手があるから油断するなってボスが言ってたぜ!」

「ほっほっほっ、ちゃんと教育されておる。その通りじゃよ。この程度の危機など、何度も経験しとる」


 マレロがどれだけ攻撃を打ち込んでも、龍に効果があるようには見えない。呼吸の乱れもなく、淡々と攻撃を繰り返していく。マシンガンでカサブランカたちの足止めをしながら、片手でマレロの相手をしているのだ。何発か食らうのは当然とばかりに、クリティカルな攻撃を見分けて的確にさばいていた。


「何度打ち込んでも効いてねえ……! これでも結構本気なんだけどな! あんた頑丈すぎる! 多分自分をそう定義してんだろ! さっきコンカドールの振動を避けた時みたいにさ!」

「ほっほ、その通りじゃよー。『攻撃を食らわない』と体に書いておけば、お主の技はわしに効果を及ぼさん。まあただ、何が起こるかわからんし、防げるものは防がせてもらうがの」


 セプタードは書き込むことで現実を改変する能力者だ。袴の下にはびっしりと文字が書かれており、それによってカサブランカやカルセドの能力を防いでいる。

 また、そこには筋力向上など肉体能力についての記載もあり、今の龍は身体強化系能力者とそん色なく振る舞うことができていた。


 決して尽きない弾薬に、決してダメージを負わない体。セプタードは自分にとって都合のいい現実をマレロに押し付けて戦っていく。


 二人の攻防はカルセドの目で追うことはできても、反応するのは難しい。しかも、カルセドがどれだけ願ってもセプタードに不測の事態が起きる気配はない。能力制御装置を外したところで、何も変わらなかった。


「どうして……」

「ちぃ、お前のもやっぱ効かねえか。俺の能力も一瞬しか効いてねえみたいだったしな。あいつ、自分の体にいろいろ書きこんでるんだよ。堂々と前に張ってんだ、対策くらいはしてるよな」

「ほっほ、まったく、もう少し驚いてくれてもよいのにのお。種がばれとる相手だと、反応がつまらんの。わしと初対面の人らはもっといい反応で慌ててくれるんじゃがなあ」

「あの、それで一級なんですか……? ここまで強力なのに?」


 ここまでの現実改変能力があれば、特級でもおかしくない。セプタードの前では、どんな常識も通じないというのに。

 三人のヴィランを相手にしながらも龍は涼しい顔だ。ヒーローとして経歴が長いセプタードにとって、この程度は困難とも言えない。冠(あたま)付きはたった三人で揺るがせるほど、甘い勲章ではないのだ。


「稼働限界があるんだよ。能力を発動すればするだけ、文字が薄くなって効果が弱まっていく。だからあいつは重火器をいくつも持ってんだ。能力が切れても次の銃で狙うためにな」

「なるほど、出力の問題ですか……」

「それに、カルセドと違って書き込むっていう動作がいる。だからこういう突発的な戦闘だと、使える範囲が自分の周囲限定なんだ。札でごまかしてはいるが、得意距離が狭い。逆に罠張って待ち構えたらほぼ無敵だから、そういう時は撤退一択だな」

「ほっほ、興ざめの種明かしじゃのお。もうちょっと引っ張ってくれてもいいじゃろうに。元ヒーロー本部にいただけあって、わしらの能力には精通しとるようじゃの」


 種明かしをされても痛くもかゆくもないと言わんばかりに、飄々とした態度で龍は笑う。冠(あたま)付きということもあり、知る人ぞ知る能力だ。有名税のようなものだと、セプタードは割り切っている。

 そして、それでも勝つ自信があった。高ランク能力者三人を相手にしながらも、ヒーローは揺るがない。


「ああもうじれってえ! 攻撃は食らってねえみたいだけどな、ぶっ飛ばしちまえばいいだろ!」


 虎の片腕が急速に肥大化し、黒く硬質な物質で覆われる。腕をかたどった物質を龍へと向ければ、ロケットパンチが火を噴いた。


「どれだけ殴っても死なねえってことは、本気でやってもいいってことだもんな! ぶっ飛べ!」

「ほっほ、こりゃすごい。確かにこれだとダメージは食らわんが、場外にはなりそうじゃのお。本当に……本部の阿呆は惜しいことをする」


 漆黒の腕部はすでに虎から切り離され、セプタードへと向かっている。拳は龍の体躯よりも大きく、当たれば途方もない衝撃が来ると予想できた。


 だが龍は動じない。ポーチから札を一枚取り出すと、それを襲い掛かる拳に張り付ける。

 すると、あれだけ強い勢いが失われていき、鼻先で完全に静止する。『止まる』とだけ書かれたお札によって現実は上書きされてしまった。


「まじかよ……そこまであっさり止められると自信なくすぜ」

「ほっほ、この程度なら造作もないの。しかしこの物質はなんじゃ……? 登録によればこやつの能力は、食ったものをそのまま吐き出すものじゃったはずじゃが……」

「おれだって強くなってんだよ! だから……こんなこともできるんだぜ!」

「ぬ……?」


 止めたはずの拳にひびが入っていく。それは瞬く間に広がり、割れ目からは何やら液体が溢れているようだった。拳の中に何かが入っている。


「なんと、これは……」


 すぐさま逃げようとしたが、それよりも拳が壊れる方が早い。ロケットパンチはブラフであり、こっちが本命だったのだ。


「おれ特性のオイルだ。体に付いたもん、全部洗い流してやるよ!」


 なんでも作り出せるということは液体もしかりだ。セプタードはそのことを失念したと気づいたが、その時にはもう大量のオイルが降り注いでくるところだった。


 黒い袴もベージュの羽織も、オイルに侵食されていく。戦闘にも耐えられるよう薄手の生地にしてあるせいで、張り付いた布地が龍の肉体を誇張する。ずんぐりとした山のような巨躯から、オイルがぽたぽたと滴った。


「なるほど、わしの体に書かれた文字を消しさえすればいいと……ほっほっほっ、やりおるのお……あと、このオイル少し甘いのじゃが、蜂蜜みたいじゃな」

「食っても害はねえはずだ、多分。そういう風にしたからな」

「ふむ、なるほどの。食べたものをそのまま出すだけではなく、それをもとに新しく作り出すわけか。それは登録になかったの。成長しとる……いいのお」

「そういうこと。おれは自分が食って登録したものを組み合わせて、新しい物質を作れるんだ。へへ、これはボスが教えてくれた、おれの新しい力だぜ」

「カサブランカは研究者として優秀じゃし、こういうところが厄介よの。じゃが、一瞬強酸か毒物か何かかと思って身構えたが、優しいものよ。はあ……そうならわしも心が痛まなかったというのに」

「……どういうことだよ」

 

 崩れない余裕に不信を抱く虎に対し、答えを示そうと龍は腕を持ち上げる。そのまま振り下ろせば、マレロが生み出した硬質物体の破片が鈍い音を立てた。だが、龍の腕には怪我ひとつなく、肉体強度が維持されているのは明白だった。


「な、解けてねえのかよ!」

「対策ひとつで敗れるようなら冠はいただいておらんよ。わしに除光液やら何やらをかけて文字を消そうとする輩なぞ、ごまんと見てきたわ。対策しておらんわけがあるまいて」

「ああくそ! まだ足りねえか!」

「じゃがいい手じゃったぞ。おかげで銃が使えんくなってしもうた……が、もうおしまいじゃのお」

「どいうこと……はあぁ?!」


 いぶかったマレロの顔がすぐさま驚愕に覆われる。虎の体は完全に動きを封じられており、身動き一つできなくなっていたのだ。

 巨体の虎は先ほど攻撃した体勢のまま、必死に動こうと歯を食いしばるが、びくともしない。押さえつけられているのではなく、動作そのものが封じられている感覚。黒い鎧の隙間から見える毛皮は逆立っており、四肢には血管が浮かび上がっているはずだ。


「うぐ、体……動かねえ……なんだよこれ!」

「マレロ!」牛が慌てて能力を起動するが龍には効かない。「どういうことだ、札もペンも使ってねえのに……」

「ほっほ、さあてなんでじゃろうなあ。わしの能力は知っての通りじゃぞ。さて、カサブランカらに邪魔される前に、お主をわしのものにしてしまおうかの」


 牛が見ていた限り、龍に不審な行動はない。書き込みや札を張るというわかりやすい動作があれば、見逃したりはしなかった。

 だが現実は、マレロは動きを封じられ、セプタードは悠々と札に手をかけている。固定では時間稼ぎにしかならないが、牛もヤギも前衛ができる能力ではない。


「さて、これで一人と。安心せい、ひどいことはせんよ……むう、オイルで札が取り出しづらいの」

「くそ……動けおれの体……! ぐうううぅぅ!」


 このままでは敗北は必須。何とかしなければと牛が頭を回し、一つの結論に達した。


「……そうだ、カルセド、お前のストライクゾーンは何歳だ? 親父は対象外だったよな」

「え?! あの、そうですね、カサブランカさんとかコンカドールさんくらいが……」

「だったらまだいけるだろ、あいつ、ああ見えて親父より年下だぞ。白髪と喋り方でごまかしてるが、俺より少し上くらいだ……どうだ?」

「……そう言われると、その」


 ヤギの頭にデカパイを置いて、雄臭い肉体に抱き寄せながらカサブランカはささやきかける。性欲をくすぐって、能力を暴発させるために。


 年齢の話を聞いてから、改めてヤギはセプタードを見た。

 恰幅の良さとマッチしている和装が、どっしりとしたシルエットを形成している。指の付け根近くに白い毛があることから、体毛が豊かなのだとわかった。いろんなところに生えているのだろう。

 戦闘中は動きのキレに気を取られていたが、よくよく思い返せば袖から覗く腕の太さは鋼のように硬そうだった。牛兄弟と違い、脂肪が少ないマッシブな体かもしれない。

 なんて想像して、ヤギは小さくつぶやいた。


「ものすごく、好みかもしれません……!」

「よし! ならそれを全部あいつにぶつけろ。お前は特級、出力で負けるわけねえんだからな」

「は、はい……やってみます!」


 カルセドは自分の性欲を開放して、セプタードへと発動する。脳内は袴の中の妄想で埋まり、現実になれと希う。

 因果が巡り巡り、それは龍へと襲い掛かった。


 だから、札を取り出したセプタードが足を踏み出したとたん――――


「なんとっ?!」


 『オイルに足を取られて滑ってしまう』。慌てて踏ん張ったが体勢は崩れ、そのまま尻からこけていく。

 本来ならあり得ないことだ。セプタードは決して油断などしていない。戦闘中に足元をすくわれるなど、長きにわたるヒーロー生活でも片手で足りるほど。


 しかも周囲には先ほどマレロが壊した拳の残骸が散らばっている。体は能力によって強化されているため無傷だが、袴はそうではない。

 なぜか『鋭い破片が股間周辺にあり』、なぜか『それは袴の股間部分を切り裂いてしまう』。


 その結果、カルセドに向けてM字開脚を披露し、オイルで滴った純白の陰毛とそれに覆われたスリットを見せつける形になってしまった。

 わずかに覗く恥骨部分には黒いインクで何か文字のようなものが見えている。それは大部分こそ無事だったが、オイルでにじんだ部分もあった。だがなぜか『溶け流れたインクがハートを描いており』、陰毛の上に卑猥な模様を作り上げていた。


「な、なんじゃと……?」


 乱れた和装から胸元がのぞき、そこからはヤギの想像通り豊かな体毛がうかがえる。きつく帯を締めていたはずなのだが、なぜか『緩んだ上着が肌襦袢共々ずれて片乳が丸出しになっていた』。上部は胸毛に覆われていてわかりにくいが、下乳は牛兄弟より角ばっている。そして乳首はヤギの想像より大きかった。

 しかもタイミングが悪いことに、『月明りの角度がちょうどセプタードをスポットライトのように照らす時間』だった。おかげで胸毛や陰毛に滴るオイルの艶までもが、はっきりと見られてしまう。


 全身をぬるりと光らせた屈強な龍が、全く意図していないセックスアピールをヤギへと行う。今すぐ抱いてくれと言わんばかりの体勢を取ったことに、セプタードは動揺を隠せない。


「よし!」牛が拳を握って喜び。「いまだマレロ! 抜け出せるか?」

「何とか……やってみる!」


 何をされたのかわからないが、セプタードの能力がどこかにあるのだ。

 マレロは全身を固めた黒物質をパージしたりと、どうにかして文字から離れようと試みる。


 このままでは解かれるのも時間の問題だが、龍に構っている余裕はない。

 急いで立ち上がって距離を取り、ポーチからペンを取り出す。本部特性のインクが詰められたそれは、オイルの上からでも書くことに不便はない。手の甲に防衛の文言を書き連ねながら、わずかに赤らんだ顔でカルセドを見つめた。


「さすがじゃのお……特級になるだけはあるか。こんな醜態をさらしたのは、新人の時以来か……」

「何とか効いてよかったですけど……本当なら棒状のかけらが中に入ったりしてもうちょっと、その、ひどいことになってるはずなんですが……かなり軽減されてます」

「これでかの……いやはや、特級は恐ろしいわい。わしが招集されるのも納得じゃ」


 もし仮に何も防御術がない場合にカルセドの攻撃を受ければ、こんなものでは済まなかった。セプタードだからこそ、この程度で済んでいる。

 だが、概念干渉系の能力に対抗する手段を持つ者は多くない。そしてその数少ない中でも上位であるセプタードですらこうなのだ。ヒーローの中でまともに抵抗できるものが果たして何人いるのか。


「じゃがまあ、所詮は時間稼ぎ。マレロが動けなければ変わらん」


 股間を丸出しにしながらも、羞恥よりも任務を優先する。自分の恥など知ったことかと、あくまで目標はヴィランの確保だ。彼にとって一番恥ずべきことは、自分の誇りのために悪を見逃すことなのだから。


「だったら私がまた……!」

「ほっほ、さすがに同じ手は二度も食わんよ。今度は防御を固めたからの。何か起こるにしても、今ほど強くはあるまいて」


 手の甲に書かれた文言と、着直した袴に札を張り、今できる最善の防衛を整えてある。

 それでも一歩でも動きたくない龍は、味方を作る札に新たな文言『マレロの額にまで飛んでいく』、『カサブランカの能力は受け付けない』、そしてパージですぐにはがされないよう『能力使用禁止』と書き込み、そっと風に乗せた。


「マレロ、動けるか?!」

「やってるけどっ! 体が全然、言うこと……聞かねえ! どこに文字があるんだよ!」


 札は糸でつながっているかのような正確さで、マレロへと向かっていく。

 三人の中で唯一前衛を張れる虎がいなくなれば、勝てる見込みはない。カサブランカはマレロを助けてくれた恩人だ。自分のせいでヒーローに捕まることがあれば、申し訳が立たない。

 そして何より、マレロはあの地獄に二度と戻りたくなかった。


「あーもう畜生! これはあんまり使いたくなかったけど、しょうがねえ!」


 マレロが心底苦々しい顔になり、札をにらむ。使いたくなかったと言っていたが、今使わねば他二人に迷惑をかけることになる。虎は天秤を傾け、自ら封じていた能力を解禁した。


「――――『爆ぜろ』!」


 その瞬間、札が爆発した。耐火性が高いはずの札は霧散し、文字どころか形すら残さず塵へと変わる。


「なんじゃと! ……口から爆薬でも出したか? いや、そんなそぶりはなかった。それに、札は火に強い素材を使っておる。生半可な火力ではこうはならんのじゃが……」

「うるせえうるせえ! おれだって使いたくねえよこんな能力! でも、やらなきゃ……いけねえんだよ!」


 セプタードの目から見ても、突然爆発したようにしかわからない。場数を踏んだヒーローの勘が、警鐘を激しく打ち鳴らす。危険一級として隔離されていた能力。食べたものを生み出すだけではないのではないか。龍は虎の底知れなさに、警戒のレベルを引き上げる。


 だが、そんな張り詰めた空気の中、小さな震える声が待ったをかけた。


「……兄さん、どういうことだい? それは……その能力は……」


 コンカドールは兄を見つめている。茫然とした顔で。


「――――父さんの能力じゃないか」


 今度はマレロがあ然とする番だった。顔色から一気に血の気が無くなって、耳と尻尾がしおれていく。戦意は失われ、今にも泣きそうに顔を歪ませた。


「…………え?」

「今のは父さんの能力だ。『誤爆侵地』危険特級の、ありとあらゆるものを爆発させる能力。ただ、似たことをしただけかもしれないが……だけど私が見間違えるはず……」

「コンカドール!」


 弟の言葉を兄は叫んで打ち消した。

 虎の元へ駆けつけるカサブランカの顔は、ヤギが見たこともないほど怒りに歪んでいる。それ以上しゃべることは許さないと、本気の憤怒で押しとどめる。

 マレロは牛の手が触れた瞬間に能力が切れたのか、自由になった体で縋り付いた。それは今まで戦っていた頼りがいのある姿ではなく、弱り切って今にも消えていきそうなほどもろい。


「ぼ、ボス……今の、本当か? これ、ボスの父さんの能力なのか……?」

「違う! いいから考えるな! 思い出さなくていい。いいんだ、マレロ」

「でも、おれ……おえぇ、げぇ……もしかして……」


 何度もえづきながら、虎は体を丸めて震えるばかり。嗚咽の合間にごめんなさいとつぶやく姿を見ては、セプタードも手を出すことはためらわれた。


「うぅ……ごめんなさい……ボス、ごめん、ごめんよぉ……」

「お前が悪いわけじゃねえ! ほら、落ち着いて深呼吸しろ。大丈夫、大丈夫だから。ここはもう隔離研究棟じゃねえ。誰もお前にひどいことはしねえ、俺がいるだろ。な?」


 マレロのおびえ方は明らかに異常だった。大きな体は遠くからでもわかるほど震え、目を見開いて過呼吸の様相を呈している。カサブランカを掴む手はきつく食い込んでいるが、本人にその自覚はない。

 牛が抱きしめて、背中を何度もさする。彼らを捕らえなければならないヒーローたちも、何が起こったのかわからず困惑するばかりだった。


「でも、おれ、おれが……」


 なぜそんなにもおびえているのか。その答えは本人が口にする。


「――――ボスの父さんを食っちまったんだ」


 あまりにも衝撃的な告白に、誰もが耳を疑った。だが、確認したくとも、虎はただえづきながら泣くだけで、まともに会話できる状態ではない。


「ボスは、気付いてたんだ……おれの能力、全部教えたから……ああ、違う、そうか……だからボスはおれを助けてくれたんだな……ボスはおれが、おえ、食っちまったこと、最初から全部、知ってたんだ……」

「いいから! 思い出すな! 俺はお前を恨んでねえ! ……カルセド!」

「は、はい!」

「こっち来て、マレロの手を握ってくれ……畜生、最近は薬が無くても安定してたのに。ほらこれを飲め。そうすりゃちょっとは落ち着くから」


 カサブランカが頓服を差し出している間にヤギが急いで傍に近寄って、虎の手を両手で包む。世話焼きで優しいマレロは、見開いた目を不安定に揺らしながら、ただうわごとをつぶやき続けている。

 二人が必死にマレロをなだめている光景を、龍と弟牛は茫然と見ていた。これまで開示された情報をつなぎ合わせれば最悪な想像を描くのは容易で、だからこそ、虎が壊れかけた理由もわかってしまう。


「……こやつ、人を食ったのか?」

「お前らが食わせたんだろうが!」兄の慟哭は悲痛だ。「こいつの能力は食ったものを生み出す! だから、本部のくそ野郎どもは! 『能力者を食わせれば無数の能力を得られるのでは』とか、馬鹿みてえなことをマレロで実験しやがったんだ!」

「なんと……」


 その結果マレロは新たな能力を持つことに成功している。人を食らって無限に強くなれる。だからこそ危険一級なのだ。

 立ち尽くす二人のヒーローはどうしてカサブランカが裏切ったのか、その真意をようやく知った。父親を食われ、食らった相手をかくまっているのだから、ヒーローに下れるわけがない。


 特にコンカドールの衝撃はすさまじかった。死んでいるかもしれないと覚悟は決めていた。だがこれはあんまりではないか。胃の中が波打って、不愉快な衝動にめまいが止まらない。


「じゃ、じゃあ、父さんは、もう……」

「俺はずっと言ってきたぜ。あいつはもう死んでるって」

「だったら、なんで……そのことを言ってくれなかったんだ……!」

「言ったところで信じたか? 俺らの親父は実験のために食われて、もう身体すら残ってねえって。自分の目で確認しないと信じないって言ったのはお前だ。じゃあマレロに証拠を求めるか? お前が食った証拠に能力を見せてくれって。こんな状態のマレロに」

「それは……」

「こいつ、抜け出した時はひどくてな。食べ物は食えねえし、人におびえるし、緩やかに死にかけてたんだ。闇医者に通わせて、ようやく落ち着いてきたってのに……」


 カサブランカはできるだけマレロを刺激しないようにしていた。虎はただの被害者であり、トラウマを掘り出すことで傷つけたくなかった。

 食らった人の能力を使うようになったのも少し前からのことで、助けた当時はこんな能力はいらないと泣きじゃくっていたのだから。そんなマレロに自分の父を食われたコンカドールを会わせることは、絶対に避けるべきだった。もし少しでも責められたなら、マレロのメンタルは完全に壊れていただろう。


 その結果、弟を説得できないとしても、いつかわかってくれると信じた。

 なんてことはない、いつかきっとと思っていたのは兄弟どちらもだったのだ。


「……お前はカルセドに対してもそうだ。救うなんて傲慢振りかざして、結局その意味をわかっちゃいねえ。こいつらをヒーローに渡すことが何を意味するのか、マレロを見たらわかるだろ」

「兄さん、私は……」

「だからもう一回聞いてやる」


 牛はヤギと虎を――ヒーローに渡せない人たちを両手で抱きしめて、弟に問うた。


「お前、本当に自分が二人を救えると思ってんのか?」 


 射殺しそうなほど鋭い視線に突き刺され、コンカドールは何も言うことができなかった。以前であればできると断言しただろう。だが、父の死に様とそれによって憔悴したマレロを前に、これまで抱いてきたヒーローとしての矜持は何の役にも立ちはしなかった。


「わ、私は……」


 ヒーローだと名乗ることも憚られた。今の彼らにとって、その名は残酷を意味している。

 兄がずっと訴えてきた本当の意味を知り、コンカドールは愕然と固まったまま。人々のため、父親のため、そう信じて邁進してきたコンカドールにとって、現実は脚から力を奪っていくだけで希望など与えてはくれない。


 そんな弟を見るカサブランカの目は険しい。夢に溺れた愚か者に構っている暇はないと、虎の肩を抱いて立ち上がる。

 

「……救えねえと思うんなら、俺らの邪魔をすんじゃねえよ。マレロもカルセドも連れて帰る。邪魔するなら、てめえらの心臓を固定してでも押し通るぜ」


 どうすればいいのか、コンカドールはわからなかった。ヴィランを見逃してはならないという義憤は、救えないという現実に押しつぶされている。ヒーローとしての根幹が揺らいでいる牛に、立ちはだかる力は残っていない。


「仕方ないのお……」


 龍が札を取り出して何かを書き込み、カサブランカに渡す。そこには『気持ちが落ち着く』と書かれていた。


「今夜は見逃してやるしかなさそうじゃの」

「……ふん、同情でもしてくれたか?」

「まさか。事情など大なり小なり誰にでもあるわい。まあ、わしもヒーローとして申し訳なく思うがの。じゃがここで無理に捕まえたところで、コンカドールは納得せんじゃろう。大事な冠(あたま)付き、それも良識あるヒーローを失うのはわしとしても避けたいのでな」


 とは言うものの、同情してないといえば嘘だ。

 無理を押し通して三人を捕まえて、何かあろうものならコンカドールはカサブランカと同じ道を歩むだろう。復讐とは連鎖するものなのだと、セプタードは知っている。だからここで断ち切ろうと、龍は後輩の背中を押した。


「コンカドール、今夜の出来事についてわしは黙っておくから、この件はお主に任せる。これからこの三人を捕まえるのか逃がすのか、お主が決めるといい」

「私が……かい?」

「左様。お主がしたいことを今一度考えてみる良い機会じゃろ。なに、責任くらい分担してやるわい。アレゴリーも乗ってくれるじゃろうて」

「でも、私は当事者だ……冷静な判断をできる気がしない……今だってどうしていいのかわからないのに……」

「するんじゃよ。お主の頭にある冠は何のためじゃ。お主は何のために冠を被ってまで、ヒーローをしている?」

「それは……」

「よーく考えるんじゃな。相談くらいは乗ってやるからの」


 オイルにまみれた髭を撫でながら、セプタードは目を細めた。迷子になった後輩をなだめるための顔は、包容力に満ちていた。


 すでに夜は深くなり、誰にも戦いを継続させる気はない。札のおかげで安定したマレロがバツの悪そうな顔でカサブランカの背中に顔を隠しているが、揶揄する人はいなかった。

 兄弟の亀裂が表在化した空気は重い。選択を委ねられたコンカドールは兄に対して何も言えず、広い肩を丸めて自身の答えを探しあぐねている。ここで答えを間違えれば決裂は必須。もはやただ一人の肉親となった兄すらいなくなれば、自分は何のためにヒーローを目指したのか。もうコンカドールにはわからない。


「あの……」


 だが、そっと控えめな声が思考の沼に落ちていく牛の手を引いた。

 この場にいる全員の視線がカルセドへと集まる。ヤギは一瞬だけ目を伏せたがすぐに上げて、意を決して語り出す。


「だったら、探ってみませんか?」

「なにをだい……? 私の父さんはもう……」

「そうかもしれません。でも、コンカドールさんは確かめたくはありませんか? 第二隔離研究棟に行けば、蹄石さんの記録があるはずです。カサブランカさんは蹄石さんの研究経過を見たんですか?」

「いや、俺が知ってるのはマレロが……」わずかに逡巡したが、札を信じて牛は続けた。「食った結果能力を発現したってことだけだ。お前の言いたいことはわかる。要はマレロが食ったのは全部じゃないかもしれないってことだろ。俺が知らないってことは第二にあるんだろうし、間違っちゃいねえ」

「はい、それに死んでいたとしても、死因がわかっていません。ヒーローに殺されたのか、能力の暴発で亡くなったのか。それがわかるだけでも、コンカドールさんの道しるべになると思うんです」


 ヤギにとってマレロの話は衝撃的だった。肉が食べられないのだと笑ったあの時、この虎はどんな気持ちだったのだろうか。カルセドは考えることしかできないが、ひどく悲しくなった。

 だけど、これで得心がいく。アジトで隔離研究棟の話をした時、カサブランカは父親の能力の詳細について言及を避けていた。

 それは父についてあまり触れてほしくないからだとヤギは思っていたが、本当は違った。

 カサブランカは父親の能力をマレロに知られたくなかったのだ。


「コンカドールさんからの依頼が中途半端なままですし、このままこの支部に関する調査を続行すれば、新しい情報がわかるかもしれません」

「いいのかい……それは、君にとっても危険なことだと思うけど」

「もちろんです。依頼を引き受けたからには、しっかりと責任を持ちます」


 それがナイトライダーとして活動してきたカルセドの矜持だった。生来の真面目さと相まって、名声を高めてくれている。

 だが、カサブランカにとっては看過できることではない。憮然と鼻輪を鳴らしながら、ジト目をヤギへと注ぐ。


「真面目なのは結構だけどよ。ってことはつまり、ヒーローたちと正面戦争するってことだぞ?」

「……やらないんですか?」


 意外そうに首をかしげられると、カサブランカは言葉を詰まらせる。牛の気持ちを知った今、このヤギは絶対に来てくれると信じていた。


「カサブランカさんにとっても、気になる情報のはずです。この機会に解決してはどうでしょう」

「簡単に言ってくれる。収容所とはいっても広い、研究棟がどこにあるのかわからねえんだぞ。大雑把な把握で突撃していい場所じゃねえ」

「なので、私が捕まろうかと思います」

「はああぁ?!」


 騒動だにしない提案を受けて、カサブランカはもとより、ヒーローたちも驚愕に目を見開いた。


「私が捕まれば十中八九、第二隔離研究棟に送られるはずです。なので、発信器を仕込んでおけば、最短で到着できるかと思います」

「いや、お前さ……マレロの話を聞いただろ。あんな目に合うかもしれねえんだぞ」

「覚悟の上……ではありますが、できるだけ早く来てくれると嬉しいです」

「……はは」


 お手上げだと肩をすくめて、ボスは笑った。


「しょうがねえ部下だな。そこまで信頼されちゃ行くしかねえ。捕まえて一日だってのに、えらく信頼されたもんだ。マレロは……」

「おれも行くにきまってるだろ!」牛の背中から虎が声を出して。「おれだって、ボスの父さんを全部食っちまったのか気になるんだ、自分で確かめたい……おれがしないと駄目なんだ……」

「そうか……じゃあ頼んだぜ。前線張れるのはお前しかいねえんだ」

「へへ、任せとけって」


 札のおかげか、マレロは牙をむいて笑っており、分厚い胸を叩いて覚悟を決めているようだ。後輩にばかりいい恰好はさせられないという意地もあるが、二人を守れるのだという決意が虎の心に活を入れた。


「ほっほ、わしらの目の前で襲撃の算段とは、いい根性しとるのー」


 セプタードが心底愉快そうに弾んだ声をあげながら、ひげを撫でている。その気になれば今すぐにでも三人を捕まえられるだろうが、龍がとった行動は静観だった。


「しかし、わしは先ほど黙っておくと言ってしもうたし……困ったのお。ヒーローが約束をたがえるなど言語道断。これではヴィランのたくらみを阻止できん」


 次に弟牛の背中に手を当てると、コンカドールはその意を察して戸惑った。


「セプタードさん……」

「じゃからカルセドはお主が捕まえるといい。それからどうするのかは、お主に任せる。良い結果になることを祈っとるぞ」

「ありがとうございます……」

「道に迷うことなど誰しもあること。お主はまだ若い。好きなようにやってみて、それから決めても遅くはあるまい」

「えっと、セプタードさんも兄さんと同じくらいだったと思うんだけど……」

「ふむ、これは内緒なんじゃが……プロフィールに書いてあるのは肉体年齢の話でな、体に老化を止めるよう書けばそこそこごまかせるんじゃよ」

「ええぇっ?! じゃあ、本当はいくつなんだい?!」

「それは秘密じゃよー。ほっほっほっ」


 突然の告白に全員があんぐりと口を開ける中、龍は茶目っ気強くウインクをした。見た目と行動がそぐわないことが多く、確かに年齢がわかりづらいことが信ぴょう性に拍車をかけていた。


「冗談だろ」カサブランカが辟易と。「そんな能力の使い方ができれば、特級……いや、それどころか隔離研究棟行きでも不思議じゃねえ」

「えと、じゃあセプタードさんはどうしてそんなことを?」

「こいつ、見た目のわりにひょうきんでな。すーぐ人をからかうんだよ。だからこいつの言ってることは話半分くらいに聞いとけ」

「ほっほ、だからお主はつまらんと……もう少し乗ってくれてもいいではないか。カルセドも嘘じゃと思うかの?」

「いや、えっと……正直判断つかないといいますか……」

「ならわしの体の隅々まで探ってみるかの。お主はわしに欲情するようじゃし、好きなだけまさぐってもよいぞ」

「うえぇ?!」


 驚いて毛を逆立てたところで龍はにんまりと笑い、からかわれたと知る。少し期待してしまっただけに、カルセドの恥ずかしさも一入だった。


「ほっほっほっ、わしもまだまだ捨てたものじゃないの。コンカドールに飽きたら、わしが性欲の管理をしてもよいぞー」

「確かに、二人でやったほうが確実かもしれないね」

「ええっ! あの、それは……私がもたないかも……」

「ほっほ、冗談じゃよ。お主もコンカドールと同じで、からかいがいがあってええの。さらに、その勇気に免じて一つ助言をしてやるかの」


 ヒーローとはいえ、この場に限ってセプタードはカルセドの味方をしてくれる。彼にとっても隔離研究棟は目の上のたんこぶであり、復讐の連鎖を止めることは同僚であるコンカドールのためになるとの判断だ。

 龍もアレゴリーと同じ、必要悪などヒーローにとって不要だと考えていた。


「一人で支部一つを壊滅まで追い込んだ危険特級に対し、様々なところから冠(あたま)付きが投入されておる。わしとアレゴリーはちょうど近くにおったからほぼ一番乗りじゃが、時間がたてばたつほど警備が厳重になるじゃろうし、やるなら早いほうが良いぞ」

「ありがとうございます。でも、セプタードさんはいいんですか……?」

「ほっほ、よいよい。あんなのはないほうがいいのじゃよ。正義の名の下に横暴なふるまいをしては、ヒーローの看板は張りぼても同義。お主らがお灸をすえてくれるなら、願ってもない」


 ヒーローの中には隔離研究棟について肯定する者もいるだろうが、セプタードは違う。しかもそこで生まれた悲劇を目の当たりにすれば、背中を押すのもためらわない。


「さて、わしはここらでお暇しようかの。コンカドール、あとは任せたぞ」

「わかったよ、ありがとうセプタードさん」


 そうして龍が去っていけば、ヤギの前には牛が立つ。

 瞳にはいまだ迷いが色濃いものの、やるべきことは怠らない。


「それじゃあ……本当にいいんだね?」

「はい、お願いします」

「兄さんも……」

「好きにしろよ。お前がさんざん救えるって言ったんだ、試しにやってみてもいいんじゃねえの?」

「そうだね、私は……」


 自分がこれからどうしたいのか、コンカドールはわからない。死地に行こうとしているカルセドを止めるべきなのか、どんな理由があれどヴィランを捕縛するべきなのかも決められない。

 あいまいなままでヒーローらしくないなんて、自分が一番わかっている。内心では己の弱さに辟易しているほどだ。


 だけど目の前の光だけは逃してはいけないと本能が告げているから、ヤギに向けて手を差し出した。


「君を捕まえる、カルセド」


****


 コンカドールが危険特級能力者を捕まえた。

 その知らせは支部にいきわたり、職員たちは牛を称賛で出迎えた。

 だが逃亡の手引きをしたカサブランカたちはいまだ捕まっていないため、冠(あたま)付きたちの順次投入予定は変わらない。だからここからは、時間との勝負だった。


「……本当にすまない」


 一時的に隔離されていたカルセドに面会しに来たコンカドールは、出会って早々深く頭を下げた。

 面会室は無機質な小さい部屋で、二人の間には強力な結果が張られている。能力を封じられたカルセドに逃亡の手立てはなく、環境に甘んじることしかできなかった。


「え、そんな、頭を上げてください。ここは監視カメラで見られてるんですよね。コンカドールさんがヴィランにそんな態度をとったらまずいんじゃ……」

「いいんだ。私が君の減刑を申し出たことは、支部の人なら誰もが知っている。そしてそれが受け入れられなかったことも」

「ああ……駄目だったんですね」


 あれは事故であり、性欲の管理をすれば問題はない。そして、自分がカルセドに付き添って責任を持つから、許してあげてほしいと。

 そう訴えたコンカドールだったが、その申し出は却下された。カルセドを説得するために体を差し出す覚悟まで決めていたのに、それらはすべて無駄だったのだ。コンカドールは自分の無力さに打ちひしがれ、泣きそうになっていた。


「私は君にあれだけ大口を叩いたのに、現実はこうだ。本当に私は……何も救えない……父さんも君も、何も……」

「気にしないでください。だったら予定通りえっと……」

「大丈夫、能力で会話はある程度ぼかしてある。私はこれでも信頼されているから、面会が遮断されることはないだろう。係員にも外してもらっているしね」

「ああ、だから私たちしかいないんですね。わかりました。コンカドールさん、気に病まないでください、そうしたら予定通り隔離研究棟に行くだけですから」

「……そうだね。君からしたら余計なお節介なのはわかっていた。だけど、もしかしたらって思ったんだ。もしかしたら、君を助けられるかもしれない。社会悪なんかにならず、ナイトライダーとして生きていける。だけど……そうはならなかった」


 父親の処遇、ヒーローに捕まって心に深く傷を負ったマレロ、救うと説得したはずのカルセドの待遇。それらすべてがコンカドールの心に重くのしかかっている。

 あの晩からずっと、兄からかけられた言葉が頭から離れない。救えるのかと問われ、いまだに答えが見つからないまま。


 ここを破壊して無理に逃がしたところで、助けたことにはならないことくらいわかっている。マレロは志望していたヒーローにはなれず、カルセドは今まで積み上げた探偵としての名声を手放さざるを得ない。

 だけど今になって、コンカドールは兄がとった手段しか思い浮かばない自分が心底嫌になっていた。


「君を……どうすれば、助けられるんだろう」

「コンカドールさん……私が決めたことなので、そこまで思いつめなくてもいいですよ。これでも大人ですから、自分の行動には責任を持ちます」


 カルセドの虚勢を張って励ましてくる様子が、ことさら牛をみじめにさせた。マレロや牛の父のことを知って、怖くないわけがない。それでもヤギは責任感からここにいる。コンカドールとの依頼を果たすために。


「支部で能力を暴発させたのは不慮の事故だ。そして逃亡したのは兄さんが誘拐したから。君は何も悪くないのに……私には、それを上に認めさせることができない……!」


 悔しかった。コンカドールはヒーローになって今までで一番、自分の力不足を悔やんでいる。

 ヒーローとは悪を倒すものではない。人々を救うための存在であるはずだ。

 なのに今は、こうして見ているだけしか許されない。


「……そろそろ通達があるとは思うが、君の隔離が決定している」

「あ、そうなんですね」

「周囲への影響を鑑みて、特別独房へ移されるらしい。だから面会はもうできないといわれてしまった」

「ふむ、私の状態をコンカドールさんに知られないようにという措置ですね。多分研究されるから、秘匿しておこうって魂胆かと。取り調べも雑でしたし、本当に能力にしか興味がなさそうなんですよね」

「そんな扱いだったのかい?」

「一応これでも裏でこそこそやってる探偵でしたので、あれが雑なことくらいはわかります。形式的なことばかりで、私がナイトライダーだってことも気づいてませんでしたよ」

「そうかい……」

「助かりはしますけどね。皮膚の下に小型発信器も仕込んでるので……」


 だとするなら、コンカドールがいくら訴えたところで無駄なのだ。上層部はもう、概念干渉系の特級に目がくらんでいる。あの好き勝手にふるまえるセプタードの上位存在となれば、研究者たちが目を輝かせるのも当然だろう。

 ろくな目に合わないことが確定したヤギを視界に入れることができず、牛はうつむいて肩を震わせた。


「本当にすまない……私たちはヒーローであるべきなのに……」

「いえ、コンカドールさんが謝る必要は、本当にどこにもないんです。実は……こうして面会に来てくれただけでも嬉しかったんですよ」

「なんの役にも立たなかったのにかい?」

「そんな! コンカドールさんはいてくれるだけでいいんです。私は、その、コンカドールさんのファンですから」

「……今でも私のことをそう言ってくれるんだね」


 なんの衒いもなくはにかんで見つめてくるヤギの視線を、コンカドールは素直に受け取れない。いっそ泣きついてくれたほうがまだよかった。そうすれば、コンカドールはこの場を破壊してまでも、カルセドを逃がしていただろう。

 それを制しているのは、ヒーローを見つめる暖かくもむず痒い希望の視線だ。


「いつかのインタビューで、コンカドールさんは言ってましたよね。『私がヒーローをしているのは、一人でも多くの人に自分は孤独じゃないと知ってもらうため』だって」

「ああ、そんなことも言ったね……父さんがいなくなって、私は小さいころから兄と二人っきりだったから。恥ずかしい話だけど、昔から兄さんに頼りっきりだったよ。兄さんは要領もよくて、明るくて、私のことをかわいがってくれた」


 だから、そんな兄がヒーローを裏切ったと知った時、コンカドールは世界がひっくり返りそうなほど驚いたことを覚えている。今は慣れたが、昔は対峙するのも勇気が必要だった。


「ヒーローを志したのは父の行方を追うためだったけど、やってみたら似たような境遇の人らが多くいることがわかったんだ。いつの間にか、少しでもそういう人を減らせたらいいなと思って……」

「私はそれを聞いて、勇気をもらいました」


 優しくもうれしそうな声が、牛の耳をくすぐる。ヤギは少し照れていたが、そのまま言葉を続けた。


「私はこんな能力ですし、親に性癖を隠すことができなくて……昔から気味悪がられて、絶縁状態なんですよね。一応学校は行かせてもらえたんですけど、卒業したとたん家を追い出されて、以来ずっと一人で探偵をやってました」

「そうだったんだね……」

「最初はちょっと大変だったんですけど、その時、コンカドールさんのインタビューを聞いて、何かあってもヒーローが来てくれるって思えたんです」


 カルセドの目は真剣だ。コンカドールがヒーローであることを疑わず、糾弾もしない、ただ嬉しさと照れの混ざった暖かい視線を注ぐ。


「コンカドールさんはそのあと、『だから何かあったら私を頼ってほしい。私は君を迎えに行くよ』と言ってくれたから、探偵を頑張ろうって……そしたらいつかヒーローみたいになって、ひょっとして会えるかもとか、思って……ちょっと単純すぎますよね私、はは……」

「私は結局君に何もできていない……あれだけ言っておいて、何も……!」

「でも、面会に来てくれました。コンカドールさんは宣言通り、私を一人にしませんでした」

「それだけしか……」

「いいえ、それだけでいいんです」


 きっぱりとヤギは言う。たとえコンカドールでも、それだけは否定させないという強い意志を宿して。


「コンカドールさんは最初会った時も、ヴィランを追うより私を安心させようとしてくれました。その時思ったんです、私が好きなコンカドールさんは、あのインタビューから変わってないんだって。何があっても来てくれるヒーローだって」

「君はこんな私でも、ヒーローだと言ってくれるのか……」

「はい。私にとって、一番のヒーローはいつもコンカドールさんです」

「…………」


 じわりと胸に暖かさが広がって、コンカドールは泣かないようにするので精いっぱいだった。口を開けば震えているのがばれると思い、何も言わずに注がれた言葉を噛み締める。


「カサブランカさんもそうでしたが、お二人とも困った人を放っておけないんですよね。私なんて、お二人に出会ってから一日くらいしか経ってないのに、こんなに親身になってくれて……」


 能力が暴発して社会悪までもらったカルセドにとって、この兄弟は似ている。やり方が違うだけで、人を支えようという志は変わらないように見えた。

 だからそれを知ってほしかった。カルセドはできる限りの言葉で、自分の気持ちを伝えようと苦心している。


「お二人が助けてくれるって信じられたから、私はここに来たんです。依頼を完遂したい気持ちは当然ありますが、それだけだと怖くて来れなかったでしょうね。私は別に強くはないので……」


 それからカルセドは自分が話過ぎたことに気付いたのか、急にトーンを落として肩を丸めた。推しを前に高ぶってしまい、恥ずかしいことをたくさん語ってしまった。


「……って、ヴィランが言ってもって感じですよね。あの、カサブランカさんと共にこれからご迷惑をおかけしますが、調べたことは追って連絡するのでしばらくお待ちください」

「見ているしかないのか……私はもう面会に行けない。君がどうなっているのかもわからない。……指令が下れば兄さんを妨害しに行かなくてはならない」

「それは向こうも承知の上です。カサブランカさんはわかったうえで私を行かせてくれました。簡単には勝てないと思いますよ」

「ふふ、それだけ聞くと君はどっちの味方なのかわからないね」

「確かにそうかもしれません」

 

 コンカドールが自然と笑えたのは、ヤギが兄弟のどちらも信じているからだ。二人を信じているからこそ、コンカドールは自分の道を見つめることができる。


「でも、そうだね、私がなりたかったヒーローはずっと……」


 牡牛の頭に浮かぶのは、いつも見ていた広い背中で。自分が兄と違って現場を志望したのはどうしてだったのか、コンカドールはようやく思い出す。


「ありがとうカルセドさん」

「え、いいえ、私は当然のことをしただけですので……」

「ふふ、そうじゃないよ」


 自分の理想に続く道は暗く、足元をすくわれてばかり。現実は厳しく、抱いていたヒーロー像も傷だらけだ。

 

 それでも、コンカドールは立ち上がる。


****


 無機質で長い廊下を、ヤギは歩いている。

 数人の職員は犯罪者を逃がさないよう囲み、何かあれば武力で抵抗できるよう銃を構えていた。彼らの表情は硬く、瞳は冷酷だ。不審な動きをしたら即座に眠らされるだろう。

 ある程度の修羅場をくぐったことのあるヤギは、彼らがヒーロー支部の職員にしては物々しいことに気づいている。それに、看守と呼ぶには対応が冷たすぎた。


「あの、隔離されるって聞いたんですけど、どこに……?」

「黙っていろ」


 職員の一人が取り付く島もない返答をする。軍服のような制服は画一的だが、隆起した肉体がそれぞれの個性を際立たせていた。

 単に武力で選んだのか、カルセドの能力を誘っているのか。どちらにせよ能力を使ってもいい方向に転がらないだろう判断し、おとなしく付き従うことにした。封印で弱まった今発動したところで、大した効果にもならないはずだ。


 そうして連れてこられたのは、明らかに独房とは違う作りをした部屋だった。

 様々な機器が並び、無駄に明るい蛍光灯が機械的な印象に拍車をかけている。ヤギを出迎える白衣を着た人たちは、みな一様に瞳を興味で輝かせていた。


「これが例の?」白衣の猫が問う。

「はい、概念干渉系の特級です」

「素晴らしい。ただでさえ少ない概念干渉系の、しかも特級なんて。研究すれば世界を自由に操れるかもしれないな」


 興奮気味に話す白衣の男はヤギを見ているが、人として映っていない。ただ能力を生みだす何かにしか考えていないようだ。今までいくつもの視線を見てきたカルセドの本能が、最も強く警鐘を鳴らした。

 カルセドは背筋が凍えるほどの恐怖に襲われるが、カサブランカやコンカドールのことを考えて勇気を絞り出す。今のヤギは一人ではない。


「研究って……私は独房に移されるんじゃ……」

「まさか」白衣は興奮気味に。「その能力を飼い殺しにするなんて愚かすぎる。君は世界の法則を操る能力者。うまく使えば世界をより平和にできるんだ」

「それってつまり、ヒーローのためになるってことですか?」

「もちろん。君が協力してくれたら、ヒーローも喜ぶとも」


 そう言って笑うが、目は全く笑っていない。カルセドはとっさに嘘だと気づいた。この手のタイプは自分の知的好奇心を満たすことしか考えていない。カサブランカとは全く違うマッドサイエンティストだ。


「ここが隔離研究棟ですか……」

「そういうこと。よく知ってるね。かん口令が敷かれてるはずなんだけど。ま、人の口に戸は立てられないよね」

「私は自分が実験体になることを許容した覚えはありません。このような扱いは、人道にもとるのではないでしょうか。仮にもヒーローたちの拠点の一つで行っていいことではありません」

「真面目だねえ君。でも残念ながら君に拒否権はないよ。君を調べることはヒーローのためなんだからさ。平和のために協力を要請するよ」

 

 個人の意思もなく、尊重もされない。これはセプタードが苦々しく思うわけだと、ヤギは我が身に降りかかって実感する。

 へらへらとしているが、先ほどからカルセドと会話しているこの男が白衣の群れを率いるものなのだろう。よく観察すれば、首からぶら下がる名札には主任と書かれていた。


「じゃあ私は何をすれば……?」

「君のための研究プランは考えてあるとも! まずは全人類に欲情するようになってもらい、能力のデータを取る。こちらで性欲を管理すれば、どんな人も世界のどこにいても影響があるかもしれない。ああ、後は動物や無機物相手に欲情させたらどうなるのかも知りたくてね。精神感応系能力者の準備をしてあるんだ。本当ならセプタードに頼めば簡単だったのだが、本部の意向で彼への接触は禁止されていてね……」

「それってつまり、私に催眠をかけていろんなものに興奮するように変えるってことですよね……そんなことをして、いいと思っているんですか……?」

「ん? 駄目なのかい? まあいいじゃないか。君への実験は非侵襲的なものが多いから安全だよ。好きに盛ってくれればいい。社会人やってるより楽じゃないのかな、あはは」

 

 ここでカルセドが本当に盛ったところで、彼らは何も動じないだろう。実験体が興奮したことに対して、どんな反応が出るか。それにしか興味がないのだから。

 明らかに人扱いされていない。自分が物になった感覚が恐ろしくてとっさに後ろを振り返るが、屈強な警備員たちに阻まれて扉すら見えなくなっていた。


(大丈夫。私は覚悟を決めてきた。少し耐えればカサブランカさんが来てくれる……)


 それから聞いてもいないことをしゃべり続ける白衣の男は、上機嫌に設備の準備をしていく。カルセドから見たら意味の分からない代物ばかりだが、ろくでもないことだけはわかっている。

 ぎゅっとこぶしを握って、怖がらないように尻尾を振った。ここで泣き出しては、みんなを、救えないと悲しげな顔をしたコンカドールを不安にさせる。


「能力っていうのはね、分類分けされてはいるけれど、どんなものであれ結局は概念への干渉なんだ。丑満時……今はカサブランカか。君はあいつに詳しいだろ。あれの固定はモノだけでなく時間とか、そういった応用が利くのも、あいつが自身の能力定義を拡張しているからだ」

「カサブランカさん……知り合いなんですか?」

「昔の同僚だよ。優秀だったんだけどな、倫理がどうとか言って抜けてしまった。くだらない。ここで研究することは全部正義のためなのに」

「正義は……こんな風に人に犠牲を強いることを言うんですか?」

「そうなんじゃない? 私は研究ができればどうでもいいから鵜呑みにしてるけど。ヒーローたちにとってヴィランなんて活きのいい素体くらいの感覚なのかもね」


 カルセドはそれを聞いて、心にとげが刺さった感覚を抱いた。面会室で頭を下げたコンカドールだけじゃない。セプタードだってカルセドを救おうとしてくれた。

 彼らを侮辱するかのようなくくりを、ヤギは受け付けられない。ヴィランに定義されてしまった今でも気持ちは変わらない。


「そんなことありません。ヒーローは、いつだって、誰かを救うために一生懸命なんですから。私は信じています」

「そのヒーローに捕まってこんな目に合ってるのにね。現実逃避かい? 非合理的だね。泣きわめかれるよりは楽でいいか」


 白衣の一人から報告を受けた猫の男は、尻尾を弾ませた。カルセドにとってはここからが研究の始まりだ。


「よし、準備できたみたいだね。じゃあとりあえず脱がして、電極付けて。今からいくつかの映像を見せるから、まずは現状の性癖を把握しよう。それから催眠で性癖を変えてから能力の変化を……」


 一人の世界に入っていった猫にかまわず、後ろをふさいでいた警備員たちが一斉に手を伸ばす。乱暴に服をつかまれたヤギは硬く目をつむり、絶対に屈さないと覚悟を決める。

 だが、群がる手はそれ以上動くことはなかった。


「ふーん、相変わらずしょっぼい研究してやがんなあ」

「え、あれ……その声は」


 無数の手は動かない。まるで『固定』されてしまったかのように。


 カルセドが声の方へと振り返ると、そこには確かに待ち望んだ牛の顔があった。

 赤いラウンド髭に太い眉、そして目立つ金の鼻輪。何度ヤギが瞬きしてもその雄臭い相貌が消えることはなく、にやりと勝気な顔で見つめていた。


「カサブランカさん……!」

「よ、待たせたな。マレロ、もういいぞ」

「了解ボス!」


 いつの間にか緩いタンクトップ姿になった牛の合図を受けて、素肌にレザージャケットの虎が剛腕で周囲を薙ぎ払う。いくら支部の警備員といえど、一級相手は分が悪い。瞬間、部屋の中には驚愕が満ち溢れた。


「丑満時……!」猫があんぐりと。

「久しぶりだな、月間(つきはざま)。まーだヒーローの子飼いで下らねえ研究してんのかよ。ちょっとは成長を期待したんだが、俺が馬鹿だったな」

「うるさい! 大体お前、どうやってここに! お前とマレロの能力じゃ、変装なんてできるわけがない……!」

「言うわけねえだろバーカ。ご自慢の脳みそを使ってちょっとは考えてみろよ」


 舌を出してからかうカサブランカを前に、猫は悔しそうに唇を噛む。その後ろでは、人々が混乱の渦に溺れていた。

 助けを求めようにもボタンは『固定』されていて押せず、部屋から逃げようにもドアも『固定』されている。部屋に入ってすぐカルセドを助けなかったのは、どれを固定すればいいのか見定めていたからだ。的確に退路を潰し、牛は笑みを深めた。


 かといって腕に覚えのある警備員が殴り掛かったとしても、マレロがそれを通さない。そもそも二級であっても高ランク扱いなのだ。一般人の大半が五や四であることを考えると、彼らを止めるのは至難の業だろう。


「お前たち、落ち着け! 相手は二人だぞ! まずはカサブランカの方に集中砲火! 能力を切らしたらすぐさま応援を呼べ! ここはヒーロー支部だ! 助けさえ呼べれば、こんな雑魚どもすぐに鎮圧できる!」

「おい、いい加減こいつらを黙らせてくれよ。うるさくてかなわねえ」

「……そうだね」


 カルセドの耳に入ってきたのは静かな声で、聞いたことのあるものだった。

 先ほどからじっと黙っていた警備員が指を鳴らすと、すぐに部屋から音が消えた。研究者も警備員も、全員が一斉に昏倒して倒れてしまったのだ。

 一瞬にして死屍累々になったことで、ヤギは驚きのあまり牛に抱き着いた。


「え、何ですかこれ!」

「安心しろ。こいつお得意の雑魚散らしだよ。能力が弱い奴はたいていこれで終わり。振動で脳震盪を起こしたんだ。命に別状はねえ」

「振動って……ええっ?!」


 それから警備員を見上げると、そこには制服姿ではなく、礼服を着たコンカドールがいた。きちんと整えられた見た目は牛の意思表示。青い髪も丁寧に整えられて前に垂らしており、薄く漂うさわやかな香りがヤギに安心感を与えてくれる。

 彼はヒーローとして、毅然と立っていた。


「コンカドールさんっ?! どうして?!」

「ああ、光も振動だからある程度は能力の範囲内なんだよ。私は見た目を変えられたり、光学迷彩とかもできるんだ。一時的だけど、警備に紛れるには十分だよ」

「さすが特級……じゃなくて! コンカドールさんはヒーローじゃないんですか! こんなことしたら、ただじゃ済みませんよ!」

「うん、そうかもしれないね。覚悟のうえで、私は兄さんに頼んだ。協力させてほしいって」


 微笑むコンカドールの姿に迷いはなかった。あの面会室で見た迷いは、彼の瞳をもう曇らせていない。カルセドはすぐ気が付いた。


「君と面会してから考えたんだ。私がヒーローを続けている理由を。そしたらやっぱり君を一人にできないなって思った。ヒーローはヒーロー本部に登録されているからじゃない、誰かを助けたいからそう名乗るんだ」

「でも、もう本部にはいられないんじゃ……」

「それでも、だよ。私は君を一人にしない。君が助けを求めたとき、いつだって駆けつける。私はそういうヒーローでありたかったんだ。ずっと、ずっとね。だからカルセドさん――」


 コンカドールの記憶の底には、いつだって赤い兄がいる。

 両親もいなくなって、二人きりになって。それでも泣いていた時、兄は必ず駆けつけてくれた。弟の方が能力も強いのに、前に出るのはいつも兄だった。

 だから彼は進む。カルセドに寄り添うために。

 それこそが、コンカドールの理想とするヒーローなのだから。


「君を助けに来たよ」

「コンカドールさん……」

「おいおいおい、お前、おいしいところ持っていきすぎだろ。ちょっとずるくねえか。俺は今一生懸命作業してるのによお! 俺のかわいい部下を誘惑してんじゃねえよ」


 部屋にあるパソコンを操作しながら兄が口をとがらせる。情報を抜いているというのに、背後でいい雰囲気になられたらたまったものじゃないと不満げだ。


「ごめん兄さん、そんなつもりじゃ……」

「こりゃ終わったら俺の魅力をたっぷりと教え込まねえとな。マレロ、朝まで盛ろうぜ!」

「やったぜ! それならこんなところさっさと脱出して、おさらばしねえとな。ボス、丑満時さんのレポートあったか?」

「んー、やっぱりデータが古いから時間がかかるな。ま、全部コピーしてきゃいいか。ヒーローどもの非人道的な実験の数々、明るみに出させてもらおうじゃねえか」


 あくどい顔で口をゆがませて、カサブランカはパソコンに何かを差し込んだ。それは勝手にデータを送信する情報ハック用の機械で、地下のアジト当てに送るようになっている。


「うし、これでいい。あとは帰ってデータを回収すりゃ終わりだ。そんでアジトを完全放棄すりゃ足もつかねえし、悠々と解析してやりますかね」

「お疲れ兄さん。あとはもう帰るだけかな」

「そういうこと。監視カメラの処置は?」

「抜かりないよ。私たちの姿は迷彩済みでダミーの映像も用意済み、音声遮断もできてる」

「さすが、いくら技術が進歩しても、物理的に遮断されたらどうしようもねえよな」

「でも視覚攪乱は能力の本質じゃないから、雑な映像だよ。ちゃんと見られたら警備室の人らにもばれるだろうね。ここに来る途中だって、結構ひやひやしたんだよ」

「知ってるって。だから迅速な撤退一択、すぐ帰るぞ。アジトにはお前も来いよ。どうせもう行く当てねえだろ」

「それじゃあお言葉に甘えるよ」


 どれだけの期間を離れていたのかカルセドは知らないが、こうして息の合った行動をする姿はそんな時間など感じさせない。互いのできることを把握しているがゆえに、できないことを補うのが当たり前になっているようだった。

 そんな兄弟の連携に感心していると、虎がヤギの体を隅々まで調べて怪我などがないか確かめてくれた。


「よーし、大丈夫そうだな。じゃ帰ろうぜカルセド。おれはもうこんなところ一秒だっていたくねえんだよ」

「そうですね、私もです。マレロさん、わざわざ来てくれてありがとうございました」

「へへ、いいってことよ。コンカドールのヒーロー像が誰かを一人にしないのなら、おれのヒーロー像は自由を与える者なんだ。だからカルセドを放ってはおけねえよ。一緒に帰ろうぜ」

「はいっ」

「まずはその能力制御装置を外さねえとな。ちょっと乱暴になっちまうけど我慢してくれよ」


 マレロは手のひらに人体に無害な酸を生み出して、能力制御装置の腕輪を握ろうとした。これがなくなれば、カルセドの能力は解放される。セプタードにすら効果を及ぼす概念干渉が可能になれば、止められるものはいなくなるはずだ。


 だが、虎が触ろうとした瞬間に、ヤギの足元から筒状のものが――硬質な床材で作られたサメが表れて、一口で飲み込んでしまった。


「……ええっ?!」

「カルセド?! なんだこれ!」


 ヤギは一瞬にして床に沈み、悠々と泳ぐ背びれらしきものがその痕跡を残すだけになる。兄弟はすぐさま犯人を察して、背びれの向かう先にいた人物への警戒を強めた。

 そこには赤ジャージの獅子が腕組みをしながら、不満そうな顔で犯罪者たちを見据えていた。純白の手甲と脛あては、獅子が戦闘をするための装備だということを兄弟は知っている。彼は完全に敵として立ちはだかっていた。


「結局こうなるか。様子を探らせておいて正解だったな」


 ちょこんと床から飛び出したのは小指サイズのクジラだった。獅子はこのクジラをカルセドの周囲に仕込んでおり、床越しに音波で情報を収集していたのだ。


「お前の父君についてはセプタードから聞いている。残念だったな。だからお前なら、せめてカルセドは救おうとするだろうとは思っていた」

「アレゴリー……カルセドを返してくれないか?」

「悪いが我は本部付きのヒーローだ。返してほしければ実力行使で来るといい。ああ、だが今のまま我が気絶でもして能力が解除されれば、サメの腹にいるカルセドは圧死するだろうがな」


 いつの間にか獅子の足元にはいくつもの背びれが泳ぎ回っており、どれがカルセドを飲み込んだサメなのかわからないようになっていた。

 コンカドールがソナーで探索しようとするのだが、アレゴリーの肩にとまった蝙蝠がそれを許さない。振動は音波によって妨害されて、正確な位置が把握できなかった。


「兄さん、まずいかもしれない。光学迷彩を維持するのがやっとだ」

「厄介な能力だよな。どんな場所でも動物の特性を強化して使えるんだから」

「えっと、あれがボスの言ってたアレゴリーってやつか。物質操作系一級で、モノから動物を作る能力……そんなこともできるのかよ」

「セプタードもコンカドールもそうだが、冠(あたま)付きってのは基本的に応用力の塊なんだよ。一人でできることが多すぎるから、単独捜査権なんてもんを持ってんだ。そんで、もちろん戦闘もできる。油断するなよ」

「でも倒したらカルセドが死んじまうんだろ! ってか、いつまでも床の中にいたら窒息しちまう!」


 人質を取られて身動きできない三人だが、行動しなければどのみちカルセドは死ぬだろう。コンカドールが意を決して振動爆発させようと指に力を込めた時。


 部屋の放送が鳴った。


『はろはろー『号令のセプタード』じゃ。この支部に来とるからわしのことはみんな知っとるじゃろ。それにここには『君臨のアレゴリー』もおるぞ』

「まじかよ……」カサブランカが額に手を当てて。「最悪だ……ただでさえ厄介な冠(あたま)付きが二人とか……しっかり待ち伏せして、タイミングを見計らってやがった。っていうかあいつ、見逃してくれるんじゃねえのかよ」

「それについては伝言がある」獅子がしれっと。「見逃すのは一晩限りなんで、今日のことは別じゃぞ~だそうだ」

「口調をまねるならもうちょっと似せる努力しろよ……」

『今緊急で警備室から放送を流しとる。なんと、あのカルセドを脱獄させるためにカサブランカ一行がここに乗り込んできたとの情報をつかんだ。よって、冠(あたま)付きの権限で、ここを一時的に我らの管轄にする。職員たちは全員ヴィランの脱獄に備え緊急時の対応をするように』

「そういやここ、一応ヴィラン収容所だもんな。そこに社会悪二人が侵入したんだ、支部長らに権限を奪われる前に自分らで対処しようってことか。なるほどな、考えたもんだ」

 

 冠(あたま)付き二人はあくまでここが隔離研究棟だと知らない体で、ヴィラン収容所に侵入した社会悪たちを捕まえるために一時的に場を管理する形をとった。これにより、隔離研究棟の中で行われていることを外に出さないようにできるのだと、カサブランカはすぐに察した。


「ってことは、コンカドールが二重スパイってことは……」

「ないって! 私だって知らなかったんだよ、兄さん!」

「しかり。こいつは何も知らん。我はただ、コンカドールに問いに来ただけだ」

「問いって、何をだい……?」

「我がいつも言っているだろう、我を通せないヒーローに価値などないと」


 言いたいことだけ言い捨てて、獅子は開いた扉から悠々と出ていく。追いついて来いと、その背中は語っていた。


「我を探すといい。お前がなりたいヒーローとやらの我を、我に見せてみろ、コンカドール」

「逃がすと思ってんのかよ!」


 カサブランカが能力で固定しようとしたのだが、床から大きな熊が表れて獅子を隠してしまう。


「お前の能力は対象の目視を必要とする。我が気づいてないとでも思ったか?」

「くそ、そりゃそうだよな。冠(あたま)付きなんて対能力者のプロフェッショナルだ。どうせセプタードから聞いてんだろ。一回戦闘しちまえば、たいてい丸裸だ」

「銃弾のように一瞬でも視界に入ればいいだろうが、こうして隠れておけば無理だろう。ではな、お前らも覚悟を決めてこい。我らは冠を戴く者、ヒーローの頂点に立つ者だ。生半可な気持ちで来たら死ぬぞ」


 慌ててマレロが硬質物質をまとったこぶしで熊を砕いたが、そのころにはもう獅子の姿は消えていた。代わりにいくつものサメや熊などといった、猛獣をかたどった無機質な動物たちが通路にひしめいて侵入者に牙をむいている。


「うへえ、めんどくせえことになったもんだ。急いで突破しねえとな」

「でも兄さん……見間違いじゃなければ、いくつかの動物たちに『絶対に壊れない』って書かれてる気がするんだけど……あれ、セプタードさんの能力だよね」

「最悪すぎるだろ……アレゴリーの能力は動物的特徴を強化して扱える代わりに、硬度は元となった物質に依存してるから脆いって弱点があった。だから一級止まりだったってのに……」

「しかもあそこの小鳥……札を咥えてないかい?」

「セプタードの弱点まで補強されてんのかよ! 本気すぎるだろ!」


 応用力があるものの弱点もあるため一級だった彼らだが、協力することによってそれを克服している。

 あらゆる場所を泳ぐ動物を生み出せるアレゴリーと、文字を書くことによって籠城では最強格の強さを誇るセプタードの組み合わせだ。建物内において、今の彼らは特級と何ら変わりない。


 そのうちの一体、機関銃を背中につけた狼が吠えると、群れから弾丸が一斉に飛んできた。


「あーなるほどな、銃のグリップだけを動物にするとこうなるのか。器用だな……だが、銃弾ならコンカドールにもマレロにも効かねえし……ってちげえ!」


 何かに気付いたカサブランカが銃弾をすべて固定する。その矛先は研究室に設置されたいくつもの機械、さきほどデータ送信の装置を取り付けたパソコンも含まれていた。


「こいつ、俺らに証拠を渡さねえつもりだ!」

「でも早くいかないとカルセドさんが……! 兄さん、それはまだかかりそう?」

「さすがにデータ量が多すぎてそんなすぐ終わんねえよ! でもしょうがねえ、壁の中の回線を食いちぎられたらどうせ無駄なんだ、今は送った分だけで我慢するしかねえ」


 早々に見切りをつけて、カサブランカは吠える。ヒーロー本部所属時にも現場を担当していたこともあり、判断の的確さは衰えていない。


「まずはアレゴリーの捜索! 優先すべきはカルセドの救出だ! データはあいつらをぼこしてから褒賞にいただいちまおう!」

「「了解!」」


 ボスの命令を聞いて、コンカドールは強く地面を踏み振動を響かせた。蝙蝠によって妨害されているとはいえ、精度が落ちた程度でできないわけではない。

 コンカドールの索敵能力範囲は数キロにも及ぶ。一人でヴィラン組織を壊滅させたこともある牛にとって、この研究所は狭すぎるくらいだ。


「場所がわかったよ。ご丁寧にジャミングがしっかりされてるから、方向が分かりやすい。来いってことなんだろうね。発信器の反応も……うん、間違いないみたいだ」

「他のヴィランや研究員たちは?」

「かなり慌てているね。収容所方面のジャミングがないからわかりやすいけど……そっちは本命じゃなさそうだ、動物たちもいないよ」

「あくまで俺らの相手がメインってわけか。マレロ、お前は最前衛だ。札に注意しながら盾になれ。セプタードの能力は消耗する。本気で殴ればその分だけ早く文字が消えるから、全力を出し惜しむな。短期決戦で制圧するぞ」

「了解ボス!」

「あいつ本来の獲物は刀なんだ。『鞘以外すべて切れる』とか書いた刀は、さすがのお前でも防ぎきれねえだろうから気をつけろ」

「うげ……でも前はそんなの使ってなかったぞ」

「まあ、あれを使うとたいてい相手を殺しちまうから、あんまり使いたがらねえんだよ。でも本気なら出してくるから、用心しとけ」

「了解……でもおれだって最強の物質を作れるんだ。簡単には負けねえよ」


 その意気だと肩を叩けば、虎も得意気に尻尾を振る。前回の戦闘がうやむやで終わったこともあり、今度こそとマレロもやる気だ。


「コンカドールは索敵と後方支援を中心にしとけ。床や壁を固定しながら進むつもりだが、機械の中とか隠れられる場所はたくさんある。いきなりサメに襲われるなんて、B級映画だけで十分だからな」

「わかったよ兄さん」

「んで、俺は一番後ろで全体を把握しつつ、札とかやべえもんを固定する。セプタードもいるんだ、一発で致命的になる可能性もあるからな」


 作戦を確認して、三人の進軍が開始する。眼前には床材で作ったであろう白い熊や、機械で作ったであろうメカメカしい狼など。多種多様な素材を使って生み出された動物たちがひしめいていた。


「じゃあ、まずは私が」


 コンカドールが指を鳴らすだけで爆発が起こり、動物の群れが吹き飛ばされる。どれだけ頑丈になったところで、振動によって押されることに変わりはない。牙を突き立てようにも圧縮された空気に阻まれるだけで、触れることすらできなかった。


 振動を操る能力者は多数いるが、コンカドールはその頂点だ。優雅に歩いているだけで動物たちが道を開けていく。

 しかもソナーによる索敵と迷彩による隠ぺいもしており、警備員に出会えば指の一振りで脳震盪を起こすこともできる。どの角度にも隙はなく、足元さえずっと振動が探知をしている。

 まさに攻防万能な能力であり、さらに探索もお手の物とくれば、冠を戴くのも当然だろう。事実冠(あたま)付きは一人でヒーロー数人分の仕事を可能にしている。


「ああ、逃げようとしている人がいるね。このままいくとぶつかりそうだ」


 ジャミングされているが蝙蝠はマレロが駆逐しながら進んでいる。おかげでだんだんと探索が楽になっていた。

 

「脳震盪を起こさせたいんだけど、さすがにまだ距離がある上にジャミングも残ってるから振動がうまく伝わらないかな……」

「じゃあ睡眠薬でもばらまくか。おれがやるよ」


 コンカドールが指差した方向へマレロが息を吹きかける。能力で作られた動物には効かないが、人体には効果抜群だ。件の人物が眠りこけたことを確認して、三人はまた進んでいく。


 無機物を相手にしたマレロは容赦なく、腕にはめた硬質物質で作ったガトリングをぶちまけて動物たちを退けている。さらに尻尾をホースに人体には無害な酸をまき散らし、『壊れない』と定義されたものの裏をかいて溶かしていく。

 途中天井などから飛び出してくるサメはマレロの生み出す硬質物質に歯が立たない。今の虎は全身黒の鎧をまとっているかのような風体で、単純な物理ではダメージを与えることはできなくなっていた。


「さすがに概念干渉系じゃなけりゃ、おれだってやれるんだよ」

「調子に乗るのはいいが、道は溶かすなよ。この下はサメのプールだと思った方がいい。ちょっと足を取られたら一気に食いちぎられるぞ」

「うへえ、ぞっとしねえ。まあおれは大丈夫なんだけど、コンカドールとボスは自己強化ができねえもんな」

「そこが物質操作系と身体強化系の違いだな。こういう時生身だと気を張るよなあ」


 どれだけ強くとも、カサブランカとコンカドールの肉体は人の強度のままだ。一度牙が食い込めば致命傷になる可能性もある。だからマレロを前に置いており、それは全員が承知していた。


「あ、兄さん」コンカドールが兄を引き寄せると、その場所にサメが降ってきた。

「あぶねえ……助かった。これでも天井を固定してんだが、隙間を見つけては襲ってきやがるな。B級映画みてえなことしやがって」

「向こうからしたら兄さんが一番落としやすいからね。司令塔だから真っ先に狙うのは当然だよ」

「はん、たかだか二級相手に、天下の冠(あたま)付き様が大仰なことで」

「この前セプタードさんに心臓を固定するとか脅したからじゃないかな。できもしないのに、あれで警戒されてるんだよ」

「覚悟の問題だっつうの。俺だってそこまで万能じゃねえのはわかってる。時間の固定も心臓の固定も、相手に触ってようやくできるんだ。強力に使おうと思ったら射程距離がどうしても縮まる……ま、二級なんてそんなもんだ」


 研究者であるカサブランカは自分の能力についての理解度が高い。高ランクには分類されるが、一級や特級に比べると理不尽さが足りないことも把握している。

 それはあらゆる物質を生み出すマレロや、振動するものすべてを統べるコンカドールと比べればより明白だ。だが、それでもカサブランカは彼らのリーダーだった。


 いくらセプタードが『壊れない』と定義したところで、限界はある。マレロの腕から発射されるガトリングの弾をいくつも浴びれば、動物たちはすぐに粉々になってしまう。

 それはセプタード相手には使わなかった技だ。人相手に躊躇するところがヴィランらしくないと、コンカドールはそう判断せざるを得なかった。


「すごいな……」虎の雄姿にコンカドールは感嘆と。「どんなものでも作れるんだね、君は」

「おう! 酸だろうが鋼鉄だろうが、なんでもいけるぜ。新種の毒物も作れるけど、さすがにそういうのはちょっとなあ」

「兄さんが指導したのかい?」

「そういうこと。ボスは能力研究のプロだからさ、こういう風に拡張すればいいって教えてくれるんだ。自分の中で食べたものを混ぜ合わせるイメージで、新しいものを生み出してみろってさ。ものにしたのは最近だけど、おかげで特級が狙えるくらいにはなってると思うぜ」

「わかるよ。兄さんは私以上に私の能力に詳しいんだ。光も振動だから、私の能力は極めればもっとすごいことができるとは言われてるんだけど……これがなかなか難しくてね」

「いや、俺がしたのはイメージの拡張だけで、実際にできるのはお前らが天才だからだっつうの……想像だけで能力が強くなれば、俺だって苦労しねえよ」


 研究者として能力成長の難しさは、兄が一番よくわかっている。どれだけ能力が強くとも、扱えなければ危険の烙印を押される。弟と虎は生まれ持った出力だけでなく、能力センスもずば抜けていた。

 そして、カサブランカがそんな研究をしているのは、自分の父親のような人を出さないため。最初カルセドにつけた能力制御装置も、彼の試作品だった。コンカドールは変わってない兄に安心感を覚えつつ、こうして肩を並べて戦えることに、犯罪だとは思いつつも嬉しくなることを止められなかった。

 

 などと会話を弾ませながらも、当然気は緩めない。


 まずはコンカドールが振動爆発で吹き飛ばして動物たちをまとめ、マレロがそれらを溶かして破壊する。即席とは思えない連携は司令塔であるカサブランカがしっかりと指示を出しているからだ。

 能力分析と使い方にかけて、この牛の右に出る者はいない。アレゴリーとセプタードの組み合わせに対しても、的確に対処を考え付いていた。


「コンカドール、対象は?」

「もうそろそろかな……近づけばそれだけジャミングが強くなるから、正確なところはわからないけど、おそらくは……発信器はもう反応がないしね」

「あいつら相手ならばれるわな。なら陣形を崩さずこのまま行くぞ。あの二人が待ってるんだ、注意を怠るなよ。前にマレロがやられた能力もある」

「そういえばあれって結局何だったんだろうな。急に体が動かなくなったけど……」

「仮説だが、多分足元だろうな」

「足元?」


 あの晩のことを思い出しながら、牛は言う。


「あの時、マレロはできる限り文字を消そうと、まとった物質をパージしていたけど駄目だっただろ。だったら唯一パージできなかった足元、要するに地面を踏んでた足の裏にあったんじゃねえかな」

「ああ、確かに。動けなかったから足の裏はパージしてねえ。でもなんでそんなところに文字があるんだ?」

「多分ブーツに仕込んでたんだろ。靴底を彫ってあるのか、文字が書かれてたのかまではわからねえけど、そうやって地面に文字を書いた。あの時は夜で足元がわかりづらかったし、踏んでたことにも気付かない」

「なるほど……ってことはこういう明るい室内だとわかりやすいってことだな。気を付けねえと」


 能力は使い方で戦況が大きく変わる。固定も振動も、なんであれ、大元は変わらないがどうやって罠を仕込むか。それが能力者同士の戦闘において大事となっていた。

 だからこそ、そういったものの分析を得意とする能力の探偵というものに価値がある。タネさえわかれば、対策してしまえばいいだけなのだから。


 話しながらも油断はなく、てきぱきと指示を飛ばしながら、彼らは進む。


 そして彼らの進軍は、二人のヒーローによってしっかりと観察されていた。


****


「ヴィラン組織ねえ」


 映像を見ながら獅子はにやけた口調でつぶやいた。


「その割にはあのマレロってやつ、人を殺したことがないな。ずいぶん手加減されていたようじゃないか、セプタード」

「ほっほ、そりゃお互い様じゃろ。わしも殺す気などなかったわい」


 カルセドがいるのは体育館のような場所だった。実験体の戦闘データを取るための場所の隅で、監視カメラの映像を上映している。

 生み出した動物に持ってこさせたソファに座るヤギは、なぜか左右をがっしりしたヒーローに挟まれていた。能力制御装置とセプタードによる封印札が張られているせいで能力の起動はできないが、できていたら確実に何かが起こっていただろう。


「それにしても、コンカドールはともかくとしてマレロの奴も厄介だな。カサブランカも結構な切り札を持ってたもんだ。あれは特級に行っても不思議ではないな。お前の能力もあてにならんときた」

「まさか溶かされるとはのお。強酸を生み出せるとはわかっておったがここまでとは。あれはいいヒーローになったじゃろうに」

「ふん、本部の馬鹿どもに期待はしていない。目先の利益に惑わされて大義名分すら見えていないんだ」

「しかりじゃ。カルセドもそう思うかの?」


 ぐいっと龍がヤギを抱き寄せると、カルセドは肩を震わせて上ずった声を出す。新調された羽織と袴は高そうで、毛が付くことを恐れて身を縮こまらせた。


「えと、あの……なんか、近くありません?」

「んー? そうかのお。じゃがお主はわしに欲情するようじゃし、悪い気はせんじゃろー?」

「そうですけど……これ絶対からかってますよね……」

「ほっほっほっ、反応が新鮮でかわええのお。アレゴリーときたらわしが胸をもませてやると言っても、ちーっともなびかんのじゃ」

「我は筋肉巨乳も好きだが、こいつに手を出すほど耄碌はしていない。それに……」


 獅子が映像に視線を移せば、そこにあるのは二組の巨乳だ。コンカドールの迷彩によって顔は判別できていないが、たまにジャミングによってブレが生じたときに形のわかる時がある。

 さらしを巻いていない牛兄弟の巨乳は、戦闘中だというのに自己主張が強い。アレゴリーは満足そうに鼻息を吐いて、続いてセプタードの胸を見た。


「あれと比べればな……」

「さすがにあれには勝てんて。じゃがわしもでかいほうではないか? なあカルセド、少し揉んで確かめてくれんか?」

「ええ! なんで私に振るんですか! というかお二人とも悠長にしすぎじゃないですか? こう言っては何ですが、真剣さがないといいますか……ひょっとして本気じゃない、とか……?」

「いや、本気じゃが?」

「我もコンカドールは無理だとしても、カサブランカかマレロのどちらかを殺すつもりでやっているぞ。そうでないと意味がない」


 しれっとした二人はためらいもなく、本心から言っているとカルセドは理解した。実際映像で映る動物たちは多種多様な攻め方をしており、カルセドなら即座に死んでいただろう。

 重火器を背負った狼の群れに、セプタードによって硬質化したサメが床や天井から牙をむき、札を咥えた鳥たちが概念を変えようと降下している。

 改めて見てもすべてが本気だった。並みの能力者なら十分ももたないだろう。

 それらを完膚なきまでに叩き潰して牛たちは進み、廊下には機械などの残骸が散らばっていく。途方もない質量に押されながらも、進む足はよどみないように見えた。


「さすがだな。もう少し時間が稼げると思ったが、想像以上だ、悪くない」

「本当にの。わしらも頑張っとるんじゃがのお。コンカドールのやつめは、きっといい顔をしておることじゃろうて」

「久しぶりに兄と共闘するのだ、溜まっていた鬱憤もあろう。だが、コンカドールを失うのは痛い。あれには司令になってもらわねばならんからな」

「……え?」


 アレゴリーの口調はまるで、コンカドールがこの先も本部に所属することを前提にしたものだった。カルセドは聞き間違いを疑ったが、セプタードも特に言及することはなかった。


「そろそろ到着する頃か。セプタード、後は任せる。我は能力を使いすぎた」

「お主のめんどくさがりもたいがいじゃな……。戦闘前にあいさつをするだけではないか」

「知らん。それに言いたいことは言った。あとは戦うだけだ」

「全く、それならカルセドと向こうに行っとくといい。データを取るための場所なら安全じゃろうて」

「そうさせてもらう。行くぞカルセド」

「え、あ、はい……ってソファが動くんですけど!」


 下部分だけ亀になったソファは二人を乗せてゆっくりと動き出し、セプタードは軽やかに飛び降りる。

 三人がやってきたのは、ちょうどその時だった。


「ほっほっほっ、よくここまでたどり着いた。さあて、ここが正念場じゃぞー」

「セプタード……ってなんだよそれ……」


 カサブランカが指さしたのは龍の後ろ、そこに鎮座していたのは巨大な黒いドラゴンだった。

 四つ足の山のような体には大きな翼が生えており、首をもたげれば部屋の天井すれすれになる。まさに化け物としか言いようがない存在が、三人を待っていたのだ。


「グルルル……」

「アレゴリーの能力か……まさか竜も作れるとはな」

「しかもわしの強化もばっちりよ。今度はマレロが弾丸をいくら飛ばそうとも壊れんようたくさん書き込んだからの。かなり強力になっとるはずじゃ」

「んで、そのアレゴリーはどこだよ」

「そこで観戦しとるよ」


 セプタードが示した方向には、防護ガラスの向こうで手を振る獅子の姿と、困ったように会釈するヤギがいる。アレゴリーは手にドリンクを持っており、戦闘に参加する気はないようだった。


「あいつ……余裕過ぎねえか?」

「うーん、アレゴリーらしいといえばそうだね。彼は大体あんな感じだよ」

「なんかカルセドの肩を抱きながら足組んでるし、カルセドにドリンク注がせてるんだが……おれらよりヴィランじゃね?」

「アレゴリーらしいので……」


 動物の王たるアレゴリーはヒーローではあるが、基本的にものぐさだ。大体の問題は道具を動物に変えて解決できてしまうせいで、余計に拍車がかかっていた。

 将来の夢は巨乳を侍らせたハーレムで悠々自適に過ごすこと、とどこかのインタビューで答えてヒーロー本部から怒られた経歴を持つ獅々だ。くつろぐ姿に罪悪感などみじんも見られない。


「ほっほ、あれだけの動物を作ったうえに操ったんじゃ、余裕そうに見えても能力はかなり限界じゃよ。二人で軍隊を相手にするレベルでわしらは頑張ったんじゃよー」

「それにこのドラゴンにつぎ込んだみてえだしな。おかげで通路中ゴミだらけだぜ、清掃はちゃんとしとけよ」

「いやーわしも手が腱鞘炎になるほど書き込んだしのお。お主らを捕まえて奉仕活動でもさせるかの」

「んじゃ、逃がした失態でそっちが奉仕活動確定だな。カルセドは連れて帰るぜ」

「それなら頑張らんとな。わしも特等席で見物させてもらうぞ」


 セプタードも防護ガラスの向こうに行けば、ドラゴンの咆哮が部屋全体を揺さぶった。飄々とはしているが、能力を使い込んだのは龍も同じ。その分強力になったドラゴンは大きな牙をむいて、三人に襲い掛かった。


「じゃあまずは、どれくらい強力になったのか試してみようか」


 コンカドールが指を鳴らし、振動で破壊させようと能力を起動する。

 だが、ドラゴンにはさしたるダメージを与えられていないようで、首の動きを止めることもできていない。黒一色の無機質な牙が、牛へと食い込もうとしていた。


「ふむ、やはり能力の効きがわるいね。セプタードさんがかなり頑張ったみたいだ」


 粉々にするはずの振動は、硬質な鱗をわずかに揺らすだけだった。もちろんコンカドールには想定内のことであり、指を振ると屈強な牛の体が蜃気楼のように掻き消え、ドラゴンの顎は空振りに終わった。

 本体は後ろに下がっており、ソナーでドラゴンの体内を分析していた。


「なるほど、中が空洞ということもなさそうだ。本当に限界まで強くしてあるね。だけどまあ、時間は稼げたかな。マレロさん、後は頼んだよ」

「おっしゃ、任せろ!」


 両手のこぶしを覆うガトリングに自身が生み出せる最高硬度の弾と爆薬を仕込む。体を介してさえいれば能力の造形は自由自在で、銃を作るなど造作もない。マレロは全力で、ドラゴンに弾幕をけしかけた。

 

「同じ黒だけど、おれの方が硬いぜ! どれだけ耐えられるかな!」


 尻尾にも黒い硬質素材をまとって三脚になることで、安定した体勢で銃弾を打ち続けることができる。マレロ特性の弾丸はヒーロー本部特性の素材より頑丈で、防護ガラスにいくつかひびを入れるほどだ。

 それでもセプタードによって補強された鱗に傷はつかないが、確実に能力は削っている。ドラゴンは体が大きい分、格好の的になっていた。


「グオ、オオオォォ!」

「はっはー! おれの弾丸はまだまだあるぜ! セプタードの能力を使い切らせてやる!」


 しかもマレロは弾を無尽蔵に生み出せる。物理攻撃が効く相手なら、これだけでごり押しが可能なほどだ。

 さらに、コンカドールが指を鳴らせば、振動がドラゴンに襲い掛かる。見た目こそ地味だが、強化されていないドラゴンの足元の床がはじけたことで、その威力が侮れないことはわかる。むしろマレロとは違い、対象だけを的確に壊すことは利点でもあった。


 二種の破壊攻撃を受けて、竜は苦しそうに吠える。無機物ながらも命を感じさせる咆哮にマレロは一瞬ひるんだが、気を取り直して銃を放ち続けた。


「こんなもんかよ! これならすぐにでもぶっ壊せるぜ!」

「……いや、これは」


 だがその時、コンカドールのソナーは異常を探知した。


「マレロさん! 後ろに飛ぶんだ!」

「は? なんで――――」

 

 一応聞き返した虎だが、反応は迅速だ。探知を担当しているコンカドールが慌てて言うのだ、何かあるに決まっている。

 とっさに後ろに飛んだマレロだが、それは正しい。

 ドラゴンの口から砲身が表れたかと思ったら、次の瞬間には熱光線が放たれていたのだ。

 光線は瞬時に床を焼き溶かし、威力の強さを物語る。カサブランカは当然として、マレロでさえただでは済まないかもしれない。三人の脳裏に、そんな考えがよぎった。


「なんだこれ! すっげえ威力だな!」

「こんなものをどこから……多分研究所にあったのだろうね。ここは軍用兵器の開発までしてたのか……」

「ちっ、大層な正義感だことで。これでヴィランを倒せば全部正当化されるって、本気で信じてたのかよ」

「アレゴリーとセプタードさんが参加していないのは、多分これに巻き込まれないようにってことかな。食らったらかなりまずそうだ……」


 モノを動物にするという能力の都合上、アレゴリーは兵器と相性がいい。装備の強さがそのまま獅子の強さに直結するのだ。


「お前ら!」カサブランカが号令を放つ。「コンカドールは迷彩で絶対に当たらないようにしながら、振動を打ち込み続けてセプタードの能力をはがすことに集中! マレロはドラゴンの注意を引き付けて俺の方に来ないようにしてくれ! さすがにこれを固定するのは無理だ!」

「「了解」」

「あと、コンカドール。俺とドラゴンを挟んで直線には絶対なるなよ」

「え……ああ、わかったよ」

 

 聞きなれない指示に首をかしげるが、兄が言うことには絶対意味があるとコンカドールは知っている。位置関係を念頭に置いて、コンカドールは迷彩で姿を消した。


 三人がそれぞれの動きを見せる中、アレゴリーたちは感心しきりだった。

 先ほどと同じようにヤギを挟んで座ってはいるがその目は真剣だ。ヒーローも全力を出しているのだと、ヤギは肌で感じている。雄々しい筋肉につぶされて、カルセドは三人の無事を祈り続けた。


「あれ、なんですか……あんなの食らったら……」

「骨も残さず焼けるだろうな。ふん、こんなものを作って何をしようとしていたんだか」

「確かデータによれば昔収容された危険特級能力者の再現らしいの。光線の能力者じゃったようじゃが、制御できず自分が溶けてしもうたとか」

「そんな……なんでそんなものを再現するんですか……」

「知らん。だが、我が一番うまく使えるんだ。有効利用してやるしかないだろ」

「ほっほ、わしが『エネルギーが尽きない』と書かねば数発撃ってすぐ終わりじゃろうが、連発されればさすがのコンカドールも辛かろう」


 先ほどアレゴリーはカサブランカかマレロを殺すつもりだと言っていたが、それは嘘でも何でもないのだとヤギは知る。

 防護ガラスをセプタードが補強していなかったら、彼らも危険だっただろう。それでも、二人は逃げもせず戦いを見守っていた。

 

「皆さん……」


 カルセドがかたずをのんで祈り続ける中、カサブランカはポケットから小さなコンパスを取り出した。


「方向は……こっちか」


 ドラゴンはマレロに銃撃されており、不愉快そうに光線を撃ち続けている。漆黒物質で身を固めた虎は足に生み出した爆薬などで飛んでかわし、何とか戦線は維持されていた。

 だが、マレロとコンカドールの二人の力でも、有効打は入っていないように見えた。セプタードが本気で概念干渉したのなら、それをはがすのは並大抵の威力では及ばないと、カサブランカは計算している。


「とはいえ、コンカドールに本気でやらせると部屋が壊れるだろうし……そしたらデータどころじゃねえんだよなあ」


 このままでは押し切られる可能性が高い。マレロが動けなくなればカサブランカによける手段はなく、コンカドールが一人になってしまう。この破壊力を相手にするには、さすがのコンカドールも苦戦するだろう。


 だから、わざわざ危険を冒してまで孤立したのだ。


「だから俺も攻撃に参加するしかねえな」

「兄さん、何を……?」弟が不思議そうな声を出す。

「さっきの位置取り、忘れるなよ」


 それだけを言って、カサブランカは小さな黒い破片を、マレロの生み出した硬質物質をポケットから取り出した。

 先ほどから弾丸に使われているそれがもたらす威力では、ドラゴンを削り切れないのはマレロが証明している。だというのに、カサブランカはそれをドラゴンへと向けると、自身の能力を起動した。


「こいつはあんまりヒーローどもの前で見せたくはなかったんだが、しゃあねえか」


 次の瞬間起こったことを、正確に理解できた人はいないだろう。

 瞬きするよりも早く、認識するよりも早く。ドラゴンはカサブランカとは反対方向に傾ぎ、続いて鼓膜を破らんほどの声量で吠えたのだ。


「グオオオオオォォォ!!」

「効いてるみてえだな。やっぱいくらセプタードでも、こいつは防ぎきれねえらしい」


 カサブランカはどっと襲い来る疲労を憎まれ口でごまかしながら、握った破片に能力を与え続けた。何をしているのかは誰もわからないが、攻撃していることだけはわかっている。

 すると、ドラゴンの側面にひびが入りだし、亀裂が広がっていく。その傷口を見れば、牛の手にある破片が突き刺さっていた。


「このままセプタードの能力を全部使い切らせたいが……」


 だが有効打を与える存在をドラゴンが見過ごすはずもなく、マレロからカサブランカに標的を変えて光線が放たれた。

 牛は一瞬だけ固定させて作った隙の合間を縫うようによけるが、その表情からは普段の余裕が少し減っている。無理な能力使用で、体力の限界が近づいていた。


「兄さんっ!」


 コンカドールの迷彩によって回避がしやすくなったが、ドラゴンの方も単一から分散させて、無差別に周囲へと光線をばらまいていく。カサブランカによける手段はなく、光線が腕をかすめると肉の焦げる匂いと共に血が噴き出し、鮮烈な赤が舞う。


「ぐあっ!」

「ボス!」


 すぐさまマレロが接近戦に切り替えて、注意を引こうと殴りかかる。その隙にコンカドールが兄を連れて後ろへと下がった。


「無茶しないでよ! 兄さんが一番脆いんだから!」

「でも、不意は打てただろ。かなり消耗させたはずだ」

「そうかもしれないけど……今の技って……?」

「秘密だよ。俺の切り札なんでな。まあ、お前らにはばれちまうだろうけどさ」


 不敵に笑って見せるカサブランカだが、疲労は隠しきれていない。ここに来るまでずっと気を張っていたこともあり、笑顔が痛々しかった。それほど能力の消費が激しかったのか、今のカサブランカは銃弾すら固定するのは難しいだろう。


「あー畜生。せめて俺にも一級くらいの出力があれば、もうちょっと強く使えるんだがなあ」

「いいから! こっちに来て、少し休んで。後は私たちがやるから」

「はいはい、結局俺はいつもお前が戦ってるところを見てるだけか。ま、それならそれで後方支援をさせてもらうさ」


 あくまで気丈を取り繕って、兄は弟の背中を押す。こっちは心配するな、前を向けと。彼なりの思いやりだった。

 コンカドールはそれを受けて振り返ろうとする自分をいさめ、ドラゴンへと振動を浴びせかける。目には見えないが、物質を粉々にするほどの威力が襲い、表皮を覆うひびがさらに広がっていく。


 ドラゴンを支えている能力はゆっくりと削られている。三人は勢いを緩めず、猛攻で押し切ろうと奮起した。


「なんじゃ、あの技……」


 観戦していたセプタードがひげを撫でながら首を傾げた。


「あやつの能力は『固定』。だというのに、弾丸を発射するとは……ふむ」

「さっき方位磁石を見ていたな。それにコンカドールへの指示。これらを踏まえると、特定の方向にしか射出できないと見るべきだ」

「となると……『自転』かもしれんな」

「ああ、そういう。発射していたのではなく、我の動物が自分から突っ込んだと」

「おそらくは。惑星からの固定、それによって自転速度で突っ込むから発射しているように見える。多分こんなところじゃろ」

「だから方角が重要ということか。恐ろしいが……あの様子じゃ破片数個を固定するだけで精一杯のようだ。こんな状況でなければ、銃弾が貫通するのと変わらんな」

「とはいえ防ぐのは並大抵の能力では難しい……が、二級の出力ではそれが限界のようじゃの。固定する時間はコンマ数秒でいいとはいえ……おしいのお。兄弟ともども能力の使い方に才があれど、兄は出力が足りん」

「時間からも固定するやつが特級の出力を持ったらと思うと、ぞっとしないがな」


 龍と獅子は的確に分析を怠らず、カサブランカの切り札を丸裸にしていく。それは探偵を自負しているカルセドもうなるほどの速度であり、彼らはこれを戦闘中に行うことで戦いを制してきたのだ。


「じゃが、あの竜が消耗したのは事実。これはちと分が悪いか」

「かまわん。我らの目的に不都合はない。それに我を通したければこれくらいの危機には勝ってもらわねばな、死んだらそれまでの決意だったというだけだ」

「ほっほ、お主もなかなかシビアじゃの」

「これでも我は怒っている。少しは我に相談するとかしてくれればよかったものの……一人で決めやがって……」


 アレゴリーが歯を噛み締めている間も、三人はドラゴンと死闘を繰り広げていた。

 だが、カサブランカによって大打撃を食らった体では、コンカドールとマレロの能力を食らうのは厳しい。いくらセプタードの守りがあったとしても防ぎきれるものではない。

 その結果、徐々にドラゴンの動きは鈍り始め、体のあちこちがかけていた。動きは精彩を欠き、カサブランカが光線を避けるのも余裕が出てきた。


「この調子なら押し切れそうだな。マレロ、いったん距離を取って安全に戦え」

「了解ボス。ガトリングに切り替えるぜ」

「コンカドール……もう探知はいい、全力でやれ」

「わかったよ兄さん」


 マレロが離れれば、コンカドールが遠慮する必要も消える。

 特級能力保持者が指を鳴らすと、いくつもの振動が同時に生み出されてドラゴンへと向かう。それは空気だったり、床だったり。ありとあらゆるものを介して、振動が四方八方から襲い掛かる。


「グ、オォ……!」


 ドラゴンは体のいたるところが割れていくのを察して、抗おうと四肢に力を籠める。

 だが、まるで指先からやすりをかけられているかのような不快感が止まらない。セプタードの能力は防御力をくれても、感覚がなくなるわけではないのだ。

 このままでは破壊されると、いら立ちのまま尻尾で原因の牛を殴りつけるが、残像をなぞって空を切るだけだった。


 コンカドールが指を指揮棒のように振れば、いくつかの場所で振動が急激に増幅し、爆発のような現象を起こす。それはドラゴンの顔を揺らし、光線の照準をブレさせる。


「グオオオォォ!」

「悪いが、このまま破壊させてもらう」


 破壊活動においてもコンカドールは強い。今までは安全を取るために探知と妨害を優先していただけで、その分を今は攻撃へと回している。不可視の探知と振動爆発の組み合わせは、他を寄せ付けない破壊をもたらすのだ。

 セプタードの強化したガラスが震え、張られた札の文字が薄くなる。消耗の仕方から見ても、かなりの威力であることは間違いなかった。


 もだえるドラゴンの咆哮が痛ましく、暴れ狂っても牛には何一つ届かない。

 迷彩と残像によって攻撃は当たらず、偶然姿をとらえた光線でさえわずかに軌道をそらされてしまう。コンカドールは優雅に立っているだけで、他を圧倒していた。


 これが特級、これが冠(あたま)付きだと。白手袋に包まれた指が奏でる振動は、確実に敵を弱らせる。明らかに格の違いを見せつける威風堂々としたその姿は、誰の目も引き付けた。


「グオオオォ……!」


 ドラゴンは崩壊が始まっていき、連続で光線を発射するさまも、最後の悪あがきのようだった。だが、荒れ狂う竜を見る牛の目は鋭く、儚い抵抗に対しても決して気を緩めていない。


 それでも一矢報いようとしたのは、大本であるアレゴリーの性格が似たのか。ドラゴンは首を傾けると、弱っているカサブランカに照準を合わせた。

 

「……は、そんな知能があったとは驚きだ」

「兄さんっ!」

「いいから続けろ。こっちは何とかする。こいつさえ倒せれば終わりなんだ、ここが踏ん張りどころだろ」


 とはいうものの、今のカサブランカにドラゴンの顔を固定できるほどの余力はない。怪我した腕をかばいながら、強がるだけで精いっぱいだ。


 ドラゴンの放った一撃は今までも最も強く、まばゆいものだった。

 残ったエネルギーすべてを使い切る光線は無慈悲に牛へと迫る。もはや走って逃げることなど許されないほど太く、能力でどうにかするしか道はなかった。

 

「長期戦になると、やっぱ俺が一番弱いな。でも、ここでコンカドールに怪我でもされたら、カルセドを連れて逃げられなくなる。逃亡まで考えると、俺が受けるのが一番だな」


 あくまで冷静に、カサブランカはこの後のことまで見据えている。探知可能なコンカドールと前線を張れるマレロが行動不能になれば、脱出の難易度は大幅に上がる。ドラゴンに時間を稼がれている以上、包囲網がどれだけ厳重になっているのかわかったものではない。できるだけ余力を残して勝つ必要があると、牛は考えていた。

 だから自分が何とかするしかないと、牛はありったけの体力を使って能力を起動する。


「……駄目か」


 だが光線は揺るがない。自分では弟のように防ぐことはできないと、自嘲の鼻息が漏れるが、同時に安堵も垣間見えた。

 いろいろ考えているが、結局カサブランカは自分の仲間を傷つけられることを良しとしないだけなのだ。こんな暴力を受けるのは自分でいいと、笑ってすらいた。


「まあいい、この隙にコンカドールが破壊してくれれば、俺の救助も間に合うだろ。セプタードが手伝ってくれりゃ、たいていの怪我は何とかなる……即死じゃなけりゃな」

「……ボスっ!」


 カサブランカの方へと迫っていく圧倒的な熱量を前に、マレロはすぐさま自分の生み出した硬質物質で受けきれるか思考するが、体は勝手に飛び出していた。


「マレロっ?! この馬鹿……無理すんじゃねえよ!」

「おれは盾だ! おれが受けきれなきゃ誰も受けきれねえ! おれの全力、試してやるよ!」

「お前が怪我すりゃ、逃げるのに不都合が出る! 俺が受けるのが一番丸いんだよ!」

「んなわけないだろ! ボスが怪我するなんて、おれも、カルセドだって嫌に決まってる! 恩人を目の前で焼かれて、我慢できるわけねえ!」


 虎はすぐさま今生み出せる最高の物質を生成し、自らを肉団子のように肥大化させる。それはドラゴンよりも黒い物質であり、黒曜石のような光沢をもったマレロの最高傑作だ。

 全身を鎧で覆った虎は、光線を受け止めようと盾を作る。これが破られれば死ぬと理解している。だからこそ、全身全霊だ。


「マレロ! こんなのさすがにお前でも受け止められねえだろ! いいからどけ!」

「大丈夫! ボスはおれを信じて、いつも通りでいてくれよ! おれだってボスやカルセドの役に立ちてえ!」


 にっと笑う虎の顔は黒く覆われていてわからないが、その声は確かにカサブランカに信頼をもたらした。


「おれはもうヴィランだけどな! それでも、仲間くらいは助けたいんだよ!」


 カルセドは自分が食べた人を調べようとしている。本当にそうなのかと疑問をくれた。

 あの晩調べたいと言われた時、マレロはそれは自分がすべきことだと強く感じた。

 食べてしまったから自分だからこそ、向き合う必要があったのではないか。それこそが、助けてくれたカサブランカへの恩返しなのではないか。カルセドが捕まってから今までの時間、自問自答に明け暮れて、マレロは決意を固めている。


 だからトラウマを押し通してまでついてきたのだ。マレロは今が人生で一番強いと自信を持って言える。誰かのために身を投げ出せる今が、最も強いと信じている。


「おれが守る! 絶対に! 絶対にだ!」


 光線が虎に当たり、表面の物質が溶け始めていく。

 だが、その分をすぐに生み出し、決して生身が焦げないよう耐熱ジェルも生み出して、全力で能力を使う。違う物質を二つ同時に生成するなどマレロの処理能力を超えているが、必死の覚悟が可能にしていた。

 そのおかげで、生身なら瞬時に焼き焦げるほどの熱量にさらされながらも、マレロは食いしばって耐えられている。


 後ろには恩人がいる。自分はもうヒーローにはなれないが、それでも好きな人たちを守りたい。例えヴィランと後ろ指を指されたとしても、マレロに悔いはなかった。


「うおおおぉぉっ!」


 光線を受けていた時間は、実際にはわずか数秒だ。

 だが、カルセドやカサブランカにとっては、途方もなく長く感じられる時間だった。


 後に残ったのは、いたるところがとろけて壊れた黒い鎧をまとう虎と、その後ろで唖然とする牛。

 守り切ったマレロは、物質をパージして嬉しそうに笑みを深めた。


「な、言っただろ。おれだってできるんだよ」

「そうだな……よくやった」


 カサブランカの計算ではマレロの作る物質は耐えられないはずだった。だからこそ自分が受けようとしたのだが、この虎はそれを根性で可能にしてみせたのだ。


 これまでずっと思考を回し続けてきた牛は得意満面な虎に毒気を抜かれ、軽く噴き出してしまう。牛はこの虎を救った直後のあの弱々しい姿から、印象を変更する必要があるようだと痛感した。


「まあ、ちょっと無理しちまったけど……でもボスが無事なら安いもんだな!」

「あはは、こりゃ感謝しねえとな。そうだろ、コンカドール?」

「そうだね、兄さん」


 対して、弟の声は冷ややかだった。


 唯一の肉親を殺されかけたことで遠慮が消えたのか、ドラゴンの体に亀裂が走り、いくつかの部位でぴしぴしと割れる音を響かせる。

 悠然と立っていた姿はそこになく、ゆっくりと歩み寄る真剣な顔はどこか冷たさを感じさせるほど。真剣な相貌は普段の温和さをまるで感じさせず、遠くで見ているカルセドは新たな一面に目を奪われていた。


 ドラゴンが危険を察知して抵抗するが、もはや光線も撃てない体では無抵抗と同義だ。振動ですべてはじかれれば、なすすべなど存在しない。


「グ、グル……」

「君は少しやりすぎた」


 それだけ言って、ドラゴンの表皮に手のひらを当てる。そこから放たれる振動は遠距離の比ではなく、セプタードの能力では到底受けきれないほどの威力となって、体中から爆発させた。


「グオオオオォォ?!」


 まずは胴体がはじけ、次に手足が。羽化する卵を思わせるひびが広がるが、これはただ崩壊の前触れでしかない。巨体ががらがらと崩れ去り、勝敗が決まる。

 形がなくなっていけば、アレゴリーの能力も消えるだけ。コンカドールは少し申し訳なさそうな顔をするものの、がれきの山ができるころには咆哮は聞こえなくなっていた。


「……さて、兄さん大丈夫かい?」

「マレロのおかげでな。これで後はカルセドを取り戻すだけだが……あの二人がすんなり応じてくれりゃいいけど」

「それは大丈夫だと思います」


 答えたのは他でもない、白いヤギだった。

 能力制御装置はつけたままだったが、一目散にカサブランカの所へと走り寄ってくる。


「怪我は……ないようですね、よかった……私のせいで怪我でもしたらどうしようかと思ってました……」

「お前のせいじゃねえって。俺がやるって決めたんだ、責任を感じる必要はねえだろ」


 あくまで自分のせいだと言い張るカサブランカに、ヤギははにかんで応える。むしろ疲れているだろうにすぐカルセドの身体チェックをするあたりに、お人よしが透けていた。


「どうやら手荒なことはされてねえみたいだな。でも、なんで放りだされてんだ? あの二人はもう逃げた……わけでもねえし」


 龍と獅子が悠々と研究室から出てきたのを見て、牛は顔をしかめる。自身に余力がない以上、戦闘になれば不利だという計算だ。それはマレロも同じだったようで、さっと前に出て構えてくれる。

 だが、そんな心配とは裏腹に、二人がいきなり攻撃を仕掛けることはなかった。


「ほっほっほっ、よもやあれを倒すか」

「我らが全力で作り上げた傑作だったが、お前らの前ではこんなもんか」

「素晴らしいのーわしがいい子いい子してあげてもよいぞー」

「どこに需要があるんだよ。お前、そんなに撫でたかったらこの後我の毛づくろいをしろ」

「それはやりがいがないので嫌じゃなあ。あ、コンカドールよ、少しばかり音声をジャミングしといてくれ」


 軽い調子で話す二人は緊張感もなく、セプタードにいたっては手を振って来てくれと誘っている。しかも音声をカメラに残したくないとくれば、表に出せない話なのは明らかだ。

 もう戦闘は終わったと言わんばかりの態度に、カサブランカは頭痛を押さえる仕草をした。


「あーなんだ、ってことはいろいろ終わったってことでいいのか?」

「ああ、これでコンカドールの意思は確認した。なので人質交換といこう」

「は? カルセドとか? どういうことだ……お前らが欲しい物ってなんだよ」

「決まっているだろう、コンカドールだ」


 予想外の発言に全員の言葉が止まる。コンカドールは目を見開いて友人を眺めるが、嘘を言っているようなそぶりは感じなかった。


「でも私は本部の意向を裏切ってこんなところに来てしまったし……今更戻れるとは思えないよ」

「問題ない。お前の姿は迷彩で映っていないし、研究者たちの口封じは我らがする。本部には、我らはカサブランカ一行を食い止めるために戦ったが、力及ばず逃がしてしまったと報告する予定だ」

「いやーわしらもな、ヴィラン収容所が襲われたと聞いて対応したが、まさか隔離研究棟じゃとは思っとらんくてのお。対応が後手に回ってしもうたわ」

「先ほどからずっと支部長からの連絡が来てるが、戦闘中だから我は知らん。監視カメラの映像を見せれば、我らが本気で戦ったことは疑いようがない。なんとでも言い訳のしようはある」

「君ら……」


 同僚に求められてコンカドールの心は揺れ動くが、今更戻るのは都合がよすぎるのではないかと躊躇せずにはいられない。コンカドールは決意を固めてきた。カルセドを助け、一人にはしない、自分の理想とするヒーローになるために。


「手の込んだことをするもんだ」不満げにカサブランカがぼやく。「こっちは死ぬかと思ったんだぜ。コンカドールの意思を確認したいだけなら、もっとやりようがあっただろ」

「いえ……」それに答えたのはそばにいるヤギだった。「私はお二人の近くにいたからわかります。アレゴリーさんが動物にしていたのは、研究機材ばかりなんです。わざわざいろんな研究室を回って、あえて大事そうな機材を狙っていました」

「俺らに壊させる前提でか……ってことはお前、この研究所をつぶすつもりだったのか?」

「さあ、たまたま我の気に入る素材があったから使っただけだ。その結果ここではもう研究できなくなろうが知ったことではない。我はもともと、ここが研究棟だということを知らんのでな」

「なるほどなあ……」


 機材を動物にすることで研究棟に大打撃を与え、運用できなくさせた。アレゴリーの能力を知っている本部に、戦闘による被害だと押し通すつもりなのだろう。


「それに……セプタードさんはここで実験体にされていた人たちを助けていました。能力を安定させる札を渡して、外へと避難誘導を……」

「ほっほ、ヒーローとして当然のことじゃろ。こんな危ないヴィラン収容所に一般人が紛れ込んどるなんて見過ごせんわい」

 

 危険能力者は犯罪者ではない。だからセプタードはあくまで一般人に対しての対応をしただけだと何食わぬ顔で言う。


 獅子と龍のヒーローは、カサブランカたちの襲撃に合わせて全員を救う計画を立てていた。そのことを知って、コンカドールは恥ずかしそうに頬をかく。


「すごいね……私なんてどうやってカルセドさんを助けるかしか考えていなかったのに……まさか全員を助けて研究棟をつぶすなんて」

「お前らが騒ぎを起こしてくれたからな。そうでなければ我も指を咥えて見ているしかできなかった。……まあ、お前が相談してくれていたらもっとスムーズだっただろうがな」

「それは……ごめん。巻き込むのも申し訳なくて……」

「この阿呆。協力してやると言っただろうが。お前はもっと我を信用しろ」

「返す言葉もないよ……」


 そこで獅子は赤ジャージに包まれた腕を伸ばし、コンカドールに手を差し出した。


「だが、これは対処療法にすぎん。上層部の阿呆どもがこの方針を是としている限り、またどこかでこんな場所が生まれる。我らには、信用できる司令が必要だ」

「アレゴリー、それは……」

「だからコンカドール、戻ってこい。そしてお前が司令になれ。カルセドやマレロを本当の意味で救うために、お前が司令になるんだ」


 目の前の手をコンカドールはじっと見つめて考え込む。一度裏切った自分が戻ってもいいものか、それは助けるといったカルセドへの裏切りにならないか。など、様々な考えが渦を巻き、動くことができないでいた。


 そんな弟の肩を、兄が優しく叩く。振り返れば昔から変わらない笑みがあり、コンカドールは一瞬だけ昔に戻った気になった。


「好きなようにしろよ。お前は自分がこうと決めたら曲げねえんだ。どっちを選んでも、俺は気にしねえ」

「でも、そしたらまた離れ離れに……」

「はっ、ガキじゃねえんだ、少しくらい離れてても平気だっつうの。大体俺は弟のしたいことくらい応援できねえ兄になったつもりはねえよ」

「あれだけヒーロー辞めてこいって言ってたくせに……」

「考えが変わったんだよ。よくよく考えてみたら、お前が司令になった方が確実にマレロらも救えるしな。まあ、俺がヒーローどもをぶっ潰してなければの話だが」


 引き留めてくれたならどれだけ楽だったか。だけど兄はきちんと背中を押して、自分で決めろと言ってくる。

 今になってと思う気持ちがコンカドールになくはないが、それでも信頼されているのだと知れば嬉しくなる。自分がヒーローでいることを、ようやく兄は認めてくれたのだから。


「カルセドもそれでいいよな」

「え、私ですか?!」


 カサブランカがヤギの肩に手を回して抱き寄せ、意見を聞いた。まさか自分に話が振られるとは露とも思ってなかったカルセドは、おっかなびっくりしながら口を開く。


「私はそもそも、コンカドールさんが選んだ道を否定するつもりなんてないですし……どちらに行っても、本人が選んだことなら私は尊重しますよ」

「そうだね、カルセドさんならそう言ってくれるよね……」

「はい。私はコンカドールさんがここに来てくれて、助けてくれただけで十分です。私にとって、例え本部に所属していなくても、コンカドールさんが一番のヒーローなことに変わりはありませんから」

「ありがとう、カルセドさん」


 ヤギの嬉しそうな視線を今度はしっかりと受け止めて、コンカドールははにかんだ。誰かを救いたい、寄り添いたいと思う心は牛の中で確かに芽吹いている。


 コンカドールにとってのヒーローの思い出は、いつだって大きくてたくましい赤い兄の背中だ。自分が困った時には、いつも来てくれる優しい兄。そして、自分が目指すヒーローはそういう存在であり、それはどちらの道に行っても実現できるだろう。

 

 だけど、コンカドールは傲慢だった。

 救うのならばより多くを、できる限り全員を救いたい。

 だからアレゴリーの手を握るのは、コンカドールというヒーローにとって当たり前のことだった。


「迷惑をかけると思うけど……よろしく頼むよ」

「なに、承知の上だ。言ってるだろう、我はお前のそういうところが気に入っていると。誰よりも傲慢で、全員を救わないと気が済まない頑固者。はっ、司令にふさわしいではないか」

「ほっほ、よかったのお。いい友人に恵まれとる。もし兄に引き留められるようなら、わいろを渡そうと準備しとったんじゃが、無用になってしもうたのお」


 龍はわざとらしくUSBを取り出すと、カサブランカへと投げて渡す。


「無用じゃしあげるわい。手ぶらで帰るのもなんじゃろ」

「……何のデータだよ」

「丑満時 蹄石の経過観察記録じゃよ」

「わざわざ探してくれたのかよ。んで、データだけってことは本人はいねえと……」

「そうじゃ、わしが囚われていた人らを確認したが、見つけられんかった。そのお詫びじゃよ。さすがに他のデータを丸ごと盗られるのは看過できんから、これくらいで妥協しとくれ。中身はわしも見とらんから、確かめとくといい」


 コンカドールがヒーローに戻る道を選んだ以上、ここでお別れだ。情報だけ後日渡すというのも味気ないだろうと、カサブランカはここでデータを確認することに決めた。


「その時間くらいはあるだろ、ヒーローさんよ」

「かまわんよ、今ここはわしらの管轄じゃ、コンカドールも気になるじゃろ」

「それはもちろん……少し怖いけどね」


 コンカドールの声には緊張がにじみ、マレロもそわそわと尻尾を揺らしている。だけど二人ともしっかりと立っており、何があろうと受け止めるつもりでいた。


 カサブランカは手慣れた様子でデータを読み込み、画面を見つめる。その後ろではマレロたちもこわばった表情をしているが、眼球は急いて文字の羅列を追っていく。


「……ここだな」


 当該箇所を見つけた兄の声も抑揚が薄い。改めて突き付けられる現実に、息が詰まっていた。


「第一研究棟での記録みたいだな……能力の暴走により重症、緊急で医療部が対応するも死亡の危険性が高い。一時的に冷凍ポッドで保存し、回復能力者の支援を要請する。なお、この事故で取れた腕は別途保存し、実験対象とする」

「事故だったんだ……この書き方だと、生かそうとはしていたみたいだね……それで腕だけが取れて、マレロさんにめぐってきたのか……」

「そうみたいだな。日付的に、取れたのはだいぶ前みたいだけど……な、なあボス、続きを教えてくれよ。おれ、本当に全部食ってねえのかな……!」


 マレロの声は逸る気持ちともしかしてという期待によって震えていた。少しでも希望が欲しいのは兄弟も同じ。兄はすぐにうなずいて続きを語りだす。


「……日付がかなり空いてるな。要請が受け入れられず冷凍保存のまま、第二危険能力研究所に移動予定。だが、その移送途中でヴィランの襲撃に遭い、ポッドが強奪される。以後行方不明として、捜索願いをだ、す……」


 そこまでしゃべったところで、カサブランカの声は止まった。

 冷静に考えれば死んでいる確率の方が高い。だが、希望がないわけではなかった。彼らの父親はまだ生きている可能性があるのだ。


「うううぅぅぅ……」


 マレロが両手で顔を押さえて、その場にうずくまる。指の隙間からは雫が漏れ出して、嗚咽と共にあふれていく。カルセドが背中を撫でると、弾んだ声が返ってきた。


「食ってなかった……おれ、全部食ってなかった! ボスの父さん、全部食ってなかった! よかったよぉ……」

「マレロさん……」

「お、おれ、ひょっとしたら、自分に食わせるために、ボスの父さん、殺されたんじゃないかって……そしたら、もう、ボスに顔向けできねえからぁ……!」

「馬鹿」しゃがんで撫でる牛の声も少し震えていて。「仮にそうだったとしても、お前を恨んだりしねえよ」

「ボスぅ~……」


 泣きじゃくるマレロは牛に抱き着いて、安堵に目頭を湿らせていく。自分が悪いわけではないと何度言われたところで、負い目は消えてくれなかった。だけど、こうして証拠として出てきたことで、ようやく信じられる。

 一部は確かに食べてしまったが、それでも以前よりずっと気持ちは軽い。よかったと何度もつぶやきながら、マレロはカルセドも抱き寄せて泣き続けた。


 その傍で、コンカドールは立ったまま感極まっていた。食われたと聞かされた絶望の雲間から、薄い光が差し込んでいく。じんわりと暖かくなる胸を押さえて、小さくささやいた。


「そうか、生きてるかもしれないんだ……父さん」


 今までずっと信じてきたことが報われたような気持ちになって、これが希望なのだと実感する。他の人にもこんな気持ちを与えられたらと思い、牛は熱くなった目頭をぬぐった。


「しかし、どうしましょうか……」


 歓喜に沸いた空気の中、困ったようにつぶやいたのはカルセドだった。


「私が受けた依頼は丑満時 蹄石さんの行方を捜すことなので、これだとまだ依頼を完遂したことにはなりませんよね……」

「いや、真面目過ぎるだろ……ただでさえ危険な橋を渡ってんのに。依頼料はそれに見合ってるのか? 絶対コンカドールに搾取されてるぞ」

「そんなつもりはないんだけど……だったら追加料金を払うよ。そしたら兄さんも手伝ってくれるみたいだしね」

「もうやらねえよ! カルセドをいいように使うんじゃねえ! 俺の部下だぞ!」


 くわっと叫んでから虎とヤギを抱え、カサブランカは渡さないと態度で示す。

 それを見たセプタードはひげを撫でながら、すっと端末を取り出した。


「ほっほ、そうじゃの。わしと個人的に連絡先を交換せんか? 探偵ナイトライダーの力は十分わかったことじゃし、手を借りたいときもあるじゃろうしの」

「あ、はい、だったら依頼する時に使う連絡先が……」

「ふむ、個人的な方が嬉しいのじゃが……ほら、お主が誘いたいときもあろう?」

「え……っとぉ、それはあ……」

「だーかーら、俺の部下だっつってんだろ! お前わかっててからかってるだろ!」

「ほっほっほっ、コネが欲しいのは本当じゃよ。わしとて本部の言いなりではないしの。困った時に頼れる手は多いほうが良い」

「ったく、ちゃっかりしてる。だったらマレロと合わせて4Pで遊んでやるから、気が向いたら来いよ」

「優しくしてくれよ? わしはこれでも未経験なんでな」

「それが嘘かどうかは、ベッドの上で確かめてやるよ」


 龍と牛がじゃれ合っている姿を見て、虎も笑っていた。涙はまだあふれていたが、それでも嬉しそうに。

 今回の騒動を経て、カサブランカのヒーロー嫌いも多少鳴りを潜めたのだろう、カルセドの探偵活動を容認してくれた。ヤギはそれが嬉しくなって、虎と一緒に笑う。


「ああ、私は……」


 虎もヤギも、笑っている。だからコンカドールは報われた気になるのだ。


「私はこれが見たかったんだね」


 兄から救えるのかと問われて何も答えられなかったが、今は違う。

 この笑顔を見るためなら、自分は何でもできるのだと実感した。父の行方を捜すために始めたヒーロー活動は、コンカドールにとって大事なものへと変わっている。

 改めて自分がヒーローを続ける理由を見つめなおして、コンカドールは前に進む。


 表情の変化に目ざとく気付いた兄と視線を合わせて、兄弟は心の中でハイタッチを決める。道を違えても、そこには確かな信頼があった。


****


「……こちらに目立った進捗はありませんでした、申し訳ありません」


 応接室に座ったコンカドールに向けてカルセドは近況を報告した。

 第二隔離研究棟で別れた後、ヤギと牛はよく連絡を取り合っている。依頼の進捗確認という体裁だが、実のところ互いの無事を確かめ合うという側面が強い。ヒーロー嫌いを公言している兄としても、弟の無事は気になるのだ。


「ううん、私もそう簡単に見つかるとは思っていないさ。むしろ兄さんたちがヴィランなことを活かしてくれているから、私ではつかめない情報をつかんでくれて助かってるよ」

 

 二人が座っているのは探偵ナイトライダーの事務所、つまりカルセドの拠点だ。

 あれからこの町をねぐらにすることを決めて、カサブランカも研究所を移転している。騒動の後は慌ただしかったが、今では冠(あたま)付きたちも他の場所へと行き、周囲は落ち着いていた。


 コンカドールを事務所に招待するのは、カルセドにとって最高の信頼でもある。正体がばれているということもあるが、案内しても大丈夫だと確信しているからこそ。

 それをわかっているのか、牛は嬉しそうに尻尾を振って巨乳を弾ませた。今ではさらしを巻くこともなく、サイズを変えたシャツは豊満さの象徴だった。


「そう言ってくれると嬉しいです。カサブランカさんもヴィラン組織にいろいろ探りを入れているのですが、やはりなかなか見つからなくて……」

「慌てなくてもいいよ。早く見つけたい気持ちはあるけれど、それで兄さんや君が怪我をしたら元も子もない。君らが無事なことが、私にとっては嬉しいんだ」


 目の前で揺れる巨乳から必死に目をそらして、カルセドはあくまで調査報告に努めようとしていた。

 だが、コンカドールにとってはわかりやすかったらしく、下から胸を持ち上げて恥ずかしそうに眼を伏せる。


「えと、やっぱり目立つかな、これ……」

「いえ! 全然いいと思います! 私はその、コンカドールさんのことが好きなので、そういうのを見てしまうと能力がまた暴発しそうで……」

「気にしなくていいよ。いろいろ覚悟は決めてるから」

「そう言われましてもっ!」


 持ち上げたせいで乳首がシャツに浮いているのだ。直視できるわけがない。コンカドールは性的なことに疎いため、たまにこうした天然を見せることがある。

 さらしをやめた直後はあまりの変化にネットも騒然としていた。雄にしては大きいのが恥ずかしかったと言われたら、誰もが納得するほどのでかさだ。おかげで別方向からのファンが増えたと、コンカドールは少し複雑だった。


 カルセドを逃したという失態は、冠(あたま)付き三人で責任を分けたこともあり、大事にはならなかった。表だって研究所を潰したと糾弾できないため、妥協点として落ち着いた側面もある。

 むしろあの三人を打倒して逃げおおせたということで、カサブランカ一行への評価がかなり上がっている。

 また、残された映像からマレロの評価見直しが行われ、特級への格上げが決まった。金銀財宝だけでなく、未知の毒物や薬を作れる能力となれば、その価値は計り知れない。研究所に残された特製物質を解析したことで、ヒーロー組織の装備の質が上がったほどだ。

 ちなみにカサブランカの評価は据え置き。本人はかなり不満そうではあったが、妥当だとも言っている。


「そういえば、最近セプタードさんが来たそうだね。おかげで事件が一つ解決できたと喜んでいたよ」

「ああ、そうです。セプタードさんはこういうことを見越して連絡先の確保をしてたんですよね……毒の能力を持つヴィランに対抗する解毒剤を、マレロさんに作ってほしいって依頼でした」

「あの人はしっかりしてるから。それに君らのことが心配なんだよ。とはいえ……君らはそれでもヴィラン組織なんだよね」

「一応は……カサブランカさんがそう言っているので……」

「ふふ、兄さんがそう言うんだったらそういうことになるんだろうね。やってることは民間企業みたいだけど」

「ヴィラン組織からの依頼もあるにはあるんですけど……中立組織と考えたら別に普通なんですよね……」


 社会悪持ちで危険特級を二人も抱える組織と聞けば、大抵の人は極悪なものを想像するだろう。

 だが、ここはそんなイメージとはまるで違う、安穏とした組織だ。だからこそ、いつか彼らを社会に戻すことが、コンカドールの目標だった。


「逆にアレゴリーさんからは全く音沙汰がないです。自分の能力でいろんなことができるから、私は不要なのでしょうね」

「いや……あれはまあ、ものぐさだから……。多分君と連絡を取るのがめんどくさいんだと思うよ」

「そ、そうなんですか……。ヒーローって現場仕事だと思ってたんですけど……」

「彼に限って言うなら、動物たちが全部やってくれるから、自分が動く必要がないんだよ。タイマンしても結構強いんだけどね」


 アレゴリーは本部からの叱責もどこ吹く風で、今日もマイペースに活動を続けている。

 だが、その水面下で、コンカドールを司令にするための根回しを行っていることは、まだカルセドにも言えない冠(あたま)付き三人の秘密だった。

 ものぐさではあるが、やると決めたら手を抜かない執念深さがある。だからこそヴィランにも恐れられているのが、『君臨のアレゴリー』というヒーローだ。

 だからしれっと話をそらすために、コンカドールはカルセドに話題を振る。


「ナイトライダーの話はよく聞くよ。順調みたいだね」

「おかげさまで。ヴィラン組織の情報網も使えるようになったので、かなり楽ができてます。セプタードさんからの依頼も多く来ますけど……」

「うん、そうみたいだね。指名手配犯を探すのにあれ以上便利な能力はないとか言ってたよ……場所がわかるだけじゃなくて、因果の力で直接会えるから、逮捕するにはうってつけだろうね」

「おかげで私もまあ、いろいろとすごい経験をさせてもらってます……」

「ふふふ、聞いてるよ。そろそろ兄さんがキレてるってこともね」


 凶悪犯とベッドインしているカルセドにとってあまり笑い話ではないが、コンカドールは危ない橋を渡らせるなと怒る兄を余裕で想像できる。

 ヴィラン組織のボスと聞いて一般人が思い浮かべる人物像と、カサブランカはまるで違うのだ。


「今度依頼が来たら、一週間禁欲して全力をぶつけろって言われてます……」

「それは……さすがのセプタードさんも逃げられないだろうね。でもカルセドさんはセプタードさんを抱きたいと思うのかい?」

「えっと、本音を言えば……まあ……」

「ならどうしようもないね。本人も承知の上だと思うから、好きにしていいんじゃないかな」

「えぇ……」

「実を言うと、カルセドさんは少し胸元を見せるだけでいい反応をしてくれるって嬉しそうに話すんだよ。多分誘ってるんじゃないかな」

「さそ……え、あの『号令のセプタード』さんが?!」

「うん、私もそうだからね」

「ええ、そんな……へ?」


 なんだか今、とてつもないことを聞いた気がする。カルセドが聞き間違いを疑って、目の前の牛に視線をやると、ヒーローは照れくさそうに腋を締めて胸を寄せ上げてみせた。

 そうするとサイズを合わせたはずのシャツが窮屈そうに膨らんで、ボタンの間から褐色の毛皮がはみ出した。うっすら見える谷間から必死に視線をそらして、カルセドはどもりながら尋ねる。


「あ、あの、それ、本当ですか……?」

「駄目かな……?」

「いえ、駄目ではないのですが……な、なんで?!」

「私はね、カルセドさん、君を救うことを諦められないんだ。ヴィラン組織で落ち着いているけど、できるなら社会悪の称号も外してあげたい。兄さんの下で能力の制御訓練もしてるし、それをしっかり本部に認めさせるべきだ」


 するりとネクタイを外せば、太い首があらわになった。喉仏は緊張に唾を飲み込んで動き、たくましい筋が男らしさを垣間見せる。

 こういう時、どうすればいいのか。コンカドールは何度も脳内でシミュレーションしてきた。兄に助けを乞うて、雄をその気にさせる仕草を頭に叩き込んでいる。


「前は失敗したけど、君の性欲を管理することで救えるんじゃないかって今でも思っている。今度こそ本部に認めさせて、君を社会の中に迎えてあげたいんだ」

「あう、あう……!」


 ジャケット脱げば、乳首の浮かんだシャツだけになる。そのまま力むと胸が張って、硬そうな山脈が布地を引きちぎらんばかりに膨らんだ。

 そのせいでボタンがはじけ飛んで、谷間の部分がひし形に開く。毛皮でもごまかしきれない深い谷間を見せられて、カルセドの一物はすぐさま元気にそそり立つ。

 

「これが私の傲慢だとはわかっている。だけどもし、君がいいのなら、一度、その、やってみないかな……?」

「やる……やるって、やることですよね! 私が、コンカドールさんと……? 助けるためだからって、そんな……いえ、そういう人だというのはわかっていますけど……」

「あ、あの、もちろんそれが大きな理由なんだけど……私も興味があって……兄さんが話すたびに気持ちいいぞって言ってくるんだよ。カルセドさんとマレロさんと一日中盛る反社会生活最高って……」

「あの人ぉ……! 実の弟に言うことじゃないでしょ……いや確かにやってますけど……!」

「だ、だから、駄目、かな……? 私は誰ともこういうことをしたことがなくて、カルセドさんからしたら未熟だろうけど……」


 それはつまり、初体験をカルセドとしたいということだ。そんなことを言われて、しかも長年思い続けていた推しから言われて、否定する言葉をひねり出す方が難しかった。


「しかし、初めてならなおのこと好きな人とするべきなのでは……? 私がいいなら、全力でお相手しますが……!」

「そうなのかい……? 兄さんはセックスはとにかく経験だと、変な男に捕まるくらいならちゃんとした相手と初めてを経験した方がいいって……私がヒーローを続けるから心配してくれているんだろうね。ヴィランに捕まったらどうなるのか、兄さんが知らないはずはないから……」

「それも一理ありますけど……! カサブランカさんらしいといいますか……けど私とか能力の問題で、あんまり良い初めてじゃなかったので、コンカドールさんにはいい思い出にしてほしいといいますか……」

「カルセドさんとなら、いい思い出になると思うのだけど……」

「それは殺し文句すぎますぅ……!」


 ここまで据え膳を出されたら、カルセドだって我慢できない。好きな人を傷つけたくないという気持ちと、初めてが欲しいという欲望が拮抗して、口元がわなないてすごい表情になっている。

 確かに小さい頃からあの兄と二人だったのなら、そういう経験に対しての考えがおおらかになる可能性は高いだろうと、カルセドは納得した。それに加えて、ヒーローになってから禁欲的な生活が続いているせいで、期待がコンカドールの中で膨らんでいる。


「も、もちろん、打算もあるよ? カルセドさんなら言いふらさないだろうから、ヒーローのイメージにも影響ないだろうし。一回肌を合わせておけば、ちょっとエッチな写真を送れば能力で勝手に会わせてくれるから、探しやすくなるとか……多分セプタードさんあたりはそれを狙ってそうなんだけど……」

「否定できない……私の能力はまだ完全に制御できているとは言えないので、因果のせいでばったり出会うかと……私の能力、GPS代わりにされてるのか……」

「まあ、そういったもろもろもあるのだけど……やっぱり一番は、その……」


 意を決して、コンカドールは両手を膝の上で握って口を開いた。


「私がカルセドさんとやってみたいと思ったんだ……カルセドさんなら、優しくしてくれるだろうから……」

「うっぐぅ……!」


 そこまで言われて、断れる男はこの世界に存在しない。

 理性を撃ち抜かれてカルセドは確信した。


「なら、寝室に……行きますか?」

「あ、ああ……」

「シャワーとかは……?」

「よかったら借りてもいいかい? 仕事終わりに来たから、ちょっと蒸れているんだ。やっぱりどうも胸の下がね……」

「へ、へぇ、そうなんですか……へえ……」


 さらっと提示された推しのエロ情報にカルセドはどう対処すればいいのかわからず、あいまいに答えるだけに終わった。緊張しているコンカドールは気付かなかったが、シャツを押し上げる胸の下部分を凝視するくらいには衝撃的だったようだ。

 

「あ、シャンプーとかは好きに使ってください。合うかわかりませんが、一応最低限は取り揃えてます」

「あの、もし、よかったら……一緒に入らないかい?」

「え……」

「兄さんが、こういうのはシャワーから勝負が始まっていると。やるだけよりもお風呂場を共有することで、よりいいセックスになるらしいね。だから初めてだし、やってみたいなと思って……」

「そういえばあの人、よく風呂場に人を引きずり込みますね……アジトの浴槽も広いし……」


 湯船につかりながら兄の巨乳を押し付けられることが多いカルセドは、単なる性癖なんじゃないかと突っ込みたかったが、コンカドールの期待する視線を前に閉口せざるを得なかった。


「わかりました。ならお風呂をいれるので、少し待ってください。その間に残りの報告も済ませてしまいましょう」

「わがままを言ってばかりで、申し訳ないね」

「いえ……私も楽しみですから……」

「よかった……そう言ってもらえると嬉しいよ」


 ほっと安堵するコンカドールの顔を見てしまえば、どれだけ緊張していたのかとカルセドでもわかる。初めて人を行為に誘ったとなれば、不安に思うことだろう。

 カルセドは驚きのあまりいろいろ聞き返してしまったが、少し配慮が足りなかったなと反省した。


 それから少しして、脱衣所に二人はいた。

 事務所兼住居になっていることもあって、コンカドールのような巨体の男性にとっては少し狭く感じるだろう。だが、牛はそれどころではなく口元を引き締めて固まっていた。


「コンカドールさん」優しくヤギが声をかける。「脱がせてもいいですか?」

「あ、ああ……お願いするよ」


 一度覚悟を決めてしまえば、経験豊富なカルセドは落ち着いたものだ。自分よりも頭一つ分以上高い牛へと手を伸ばし、ボタンやベルトを外していく。

 そうすると、指先からコンカドールの緊張が伝わってくるようだ。分厚くでかい胸肉の奥で、心臓がのたうっているのがわかる。


「う……」


 言葉にならないうめきを出している間にも、コンカドールの上半身はさらけ出されていた。

 でかすぎる胸に、楚々とした乳首。それらを支える盛り上がった肩には電柱のような首が乗っている。腹筋はきれいに割れていて硬く、だからこそ張り出した胸がいっそう注目を集めてしまう。


 兄と違ってコンカドールの谷間は褐色しかなく、作り物のようにきれいに整えられていた。だが腕を動かせば、腋から青い毛が顔をのぞかせる。

 優美で清楚なヒーローの雄の部分を見つけるたびに、ヤギは言いようのないときめきに襲われてやまない。それでも表面上は丁寧を心がけ、白い手はベルトへと伸びた。


「次は下を脱がせますね」

「どうぞ……」


 ストライプのスラックスを脱がせていけば、シンプルな黒いボクサーが表れる。色気もない下着だが、コンカドールにそれを求めるのは酷だろう。股間の盛り上がりが窮屈そうで、そこも兄弟一緒なのだとヤギは思った。

 その膨らみからは隠しきれない雄の匂いが放たれていて、ヤギの鼻がひくつく。優美の冠をもらった以上、身だしなみには気を使っているコンカドールだが、雄である以上どうしたって避けられない。


 カルセドが鼻面を押し付けたい衝動を抑えてスラックスを完全に足元へと落とすと、筋肉をつけて膨らんだ太ももやふくらはぎがさらけ出された。発達した脚部は誰かを助けるために走り続けた証で、コンカドールというヒーローの努力の結晶だ。


「下着はどうしましょう。自分で脱ぎますか?」

「ど、どちらでも……汚いだろうから、嫌なら私が脱ぐよ……」

「汚いとかは全く思ってないので大丈夫です」

「そうかい……? なら、このままお願いしようかな……」

「わかりました……でも、せっかくですからちょっとエッチなことをしませんか?」

「……というと?」


 首をかしげるコンカドールの前で、カルセドも同じように下着姿に変わる。カサブランカから送られた下着は股が浅い青のボクサーで、根本が少し見える穴が前面に空いていた。


「コンカドールさんは、キスとか大丈夫ですか?」

「も、もちろん覚悟はしてるよ。それも初めて……ああいや、兄さんとはあるけど……」

「あるんだ……それはちょっと興味ありますが、まあ家族はこの場合カウントしないので……初めて、でいいですかね」

「そうだね……ということは、えっとここで……?」

「嫌でなければ。初めてだというのでしたら、ベッドの方が雰囲気はいいですが、どうします?」


 本来なら聞くのも野暮かと思うカルセドだが、恋人というわけでもないので気を使った形だ。牛は目を泳がせてから、とぎれとぎれに言葉を投げてきた。


「大丈夫、だよ。うん、私は君がしてくれるのなら、どこだってかまわないとも」

「ありがとうございます。素直に嬉しいです」


 ヤギは背伸びをして牛の首に腕を回す。それでもコンカドールは少しかがむ必要があるものの、鼻面が肉薄する距離までやってきた。

 間近で見る牛の顔は整っていて、カルセドは嬉しさのあまり尻尾が揺れる。少し前なら映像でしか見れなかったものが、息の届く範囲にいる幸せ。ヤギは回して腕に力を込めて、そっと唇を近づけた。


「では、失礼しますね」

「ああ……」


 コンカドールにとって初めてのキスは、舞い降りるように優しいものになった。

 まずは先端を合わせて、それから顔を傾けて深く。牛もヤギの背に回した手を強めて、自分より細い体をぎゅっと抱きしめた。兄と別れてから久しく感じていなかった人肌は、興奮と安らぎをくれるものだった。


「ん、はぁ……」


 コンカドールにとってキスとは机上のものだった。いざ現実になったところで、何をすればいいのかなんてわからない。

 だけど、より深くを求めるのは本能なのだろう。気づけば覆い隠すように抱きながら、口を重ねている。

 そうすると互いの股間がぶつかり合い、弾力豊かだった膨らみは次第に芯を入れていく。一物がぐにゃりと歪めば、布地のこすれる感覚から発生する快楽がコンカドールの毛皮を逆立てた。


「あっ……♡」


 それでもカルセドは執拗に股間を押し付ける。硬くなる物を感じると、向こうも興奮しているのだと知る。自分で興奮されているのだと思えば、コンカドールはどきどきと嬉しくなって押し付け合いに応じてしまう。


「んっんっ……♡カルセド、さん……♡」


 甘くささやくことを、牛は止められない。自分の体が溶けていきそうで、白く細い体に必死にしがみついているようだった。それくらいコンカドールは喜んでいる。

 顔の角度を変えて何度もキスを繰り返しながら、二人は腰を躍らせる。


「あ、硬い……すごい……♡」


 どちらが先に勃起したのか。コンカドールにはわからない。

 いつの間にか互いの股間は弾力をなくし、ただただ硬い肉の棒へと変わっていた。

 

 すると今度はカルセドの動きが変わり、押し付けるものからこすりつけるようなしぐさをし始めた。普段するオナニーよりも微弱な、だけどずっと感じてしまう行為に、牛の尻尾がぴんと立つ。


「あ、あ、あ……カルセドさん、これ、下着が、汚れてしまうよ……♡」

「あとで洗濯しますよ。今はそんなこと考えずに、いっぱい気持ちよくなりましょう?」

「わかったよ……んっ♡」

「これは嫌ですか?」

「い、嫌じゃないよ……♡だからもっと、していいかな……♡」

「喜んで」


 キスを繰り返しながら股間をこすり合わせ、次第に先端からシミが広がっていく。コンカドールは濡れていく布に恥ずかしさを覚えながらも、今はカルセドを感じることを優先した。

 ようやく口が離れた時、すでに二人の全面はべったりと変色しており、雄の匂いが芬々と立ち上っていた。


「どうでした、初めてのキスは?」

「すごかった……兄さんがキスをしてみろと言った理由がわかるよ」

「あのお兄さんを参考にするのは、コンカドールさんにはちょっと早いかと……まだ舌も入れてないですし……」

「兄さんはそんなにすごいのかい?」

「それはもう……たまに貪り食われるんじゃないかと思うときがありますよ」

「なら私もそうなった方がいいのかな」

「ならなくていいですよ……コンカドールさんはそのままが一番です」

「ふふ、ありがとう」

 

 気を使ってくれたのだとコンカドールは嬉しそうに笑みを浮かべるが、カルセドは本心から言っていた。あの二人に付き合っていたら、いくら射精しても足りないのだ。ヤギはコンカドールにそれを真似してほしいとは全く思っていなかった。


 背伸びをやめたヤギはそのまましゃがみ込み、黒地の股間に視線を合わせた。くっきりと布地から浮かび上がる形がわかりやすく、なかなかの巨根であることがうかがえる。

 もはやここまでくると確認すら不要だった。コンカドールは意味もなく手を上下させるだけで、何も言わずヤギに任せるだけ。自分の恥ずかしいところを見られることに戸惑う自分もいるが、先に進みたいと願う自分も確かに存在していた。


 黒のゴムを下げていけば、いきり立ったものが下に引っ張られる。

 そして限界が来れば、ぶるんと天を突くのだ。


「おお……」


 今までは優しくリードしていたカルセドだが、コンカドールの強直を前にして、さすがに感嘆を抑えられなかった。コンカドールのものは立派な大きさで、巨体に見合った、というよりかは単純にでかい。

 青い陰毛はさきほどの押し付け合いで透明な先走りが絡みついていて、強まった雄臭さがヤギの鼻に飛び込んでくる。桃色の先端はつややかに濡れており、思わず口をつけたくなるほど瑞々しい魅力に満ちていた。


「立派ですね。これなら男性女性問わず好かれるでしょう」

「そうかな……兄さんはでかすぎても相手が大変だし、ハメられた方が楽で気持ちいいって……」

「あの……さっきから思ってましたけど、カサブランカさんを参考にするのは本当にやめた方がいいです。っていうか、そんな会話してるんですか……」

「最近は特に……わ、私が、カルセドさんの性欲を受け止めるにはどうすればいいのかって相談したから……」

「嬉しいですけど……コンカドールさんは男性からも女性からも好かれる立派なヒーローですから、もっと自信をもっても大丈夫です。それに私はコンカドールさんのこと好きですので、変な心配をしなくてもいいですよ」


 現場では毅然としたヒーローでも、今は不慣れに恥ずかしがる雄でしかない。そのギャップを堪能できる幸福を感じつつも、カルセドは弟から兄の幻想をはがそうと苦心した。


「そうだと嬉しいのだけど……でも兄さんと和解できたのが嬉しくて、最近はよく話してしまうんだ……いろんなことを取り留めもなく話せたのは本当に久しぶりだったから……」

「それは……」


 なんてはにかまれると、カルセドはこれ以上何も言えなくなってしまう。コンカドールにとって兄がどれほど大切なのかは、これまでの話でわかっているつもりだった。

 

 少しの沈黙の間に、牛の鈴口から汁が糸を引いて落ちていく。こうなったら一度体験してもらった方が早いと結論付けて、ヤギの手は大ぶりな金玉を持ち上げた。

 この大きさなら屈強な太ももの少ない隙間では窮屈に違いない。そのせいか蒸れた匂いが強く、人によっては鼻面を突っ込みたくなるだろう。優美とは程遠い雄の色香を前に、カルセドは自制心を持って二つの玉を転がした。


「あっ……♡」

「でかいですね。片手からこぼれそうです」

「あの、今そんなに嗅がれるのは、少し恥ずかしいかな……♡いい匂いじゃないだろうし……先走りも出てるから♡」

「そうですか、ならやめておきましょう。じゃあそろそろお風呂に……」

「だったら、私も脱がしていいかな……?」

「どうぞ。コンカドールさんに比べると粗末ですが……」

「そんなことはないよ……」


 おずおずとかがんだ巨躯が上背を丸め、ヤギの下着をためつすがめつ見つめだす。根本に穴があるせいか、じわりと興奮をくすぐる芳香が漂って牛の体を炙る。

 太い指はたどたどしくも目的には忠実で、下ろす時に遠慮はなかった。反動でそそり立つヤギの強直は確かに自分と比べたら劣るかもしれないが、決して小さいわけではないとコンカドールは感じた。


 鼻面を横断する明らかに使い込まれた肉の槍は雄々しく、コンカドールを魅了する。雄としての経験値をため込んでいるそれに今から雌にされるのだと、牛の下腹部に灯る実感が疼きを生み出した。


「はぁ……♡♡」


 白い毛皮から生える雄の象徴はくすんで赤く、コンカドールは視線をはがせなかった。フェロモンとも言うべきものを堪能しようと、鼻が忙しくなく吸い込むのを止められない。相貌は上気し、今にもしゃぶりつきそうなほどとろけていた。


「よかったら、舐めてみますか?」

「いいのかい……?♡」

「もちろん」


 匂いに嫌悪もないようなので、提案すると嬉しそうな言葉が返ってくる。その顔があまりに色気に満ちているから、白い先端から蜜がしとどにあふれ出してきた。


 コンカドールにとって、初めて触れる他人の一物だ。試しに指先を伸ばせば思った以上に熱く、脈打つたびに愛おしさで胸が苦しくなる。そっと鼻面をくっつけると、マズルに汁がしたたり落ちた。

 禁欲的な生活で行為に対する憧れだけが溜まっていたが、本物は今までの想像を打ち破るほどに強かった。いつか本番をする時は、男性であろうと女性であろうと丁寧にしようと思っていた。だがこうして目の前に差し出されてしまえば、そんな理性なんて何の意味もなさない。


「カルセドさん……♡」


 分厚い舌を伸ばして、こぼれる汁を掬う。塩辛くえぐみも強い味はお世辞にもおいしいとは言えないが、なぜだかさらにと欲して止まらない。この雄をより感じたいのだと、本能が叫んでいるようだ。


「んっ、ふぅ……ああ、こんな味なんだね♡これが、カルセドさんの味……♡」


 カリの段差に舌を巻きつけ、鈴口から蜜をちゅうっと吸い上げる。その仕草は控えめではあったが、普段がっつかれているカルセドにとって心臓が破裂しそうなほど魅力的に映っていた。

 そもそもコンカドールを見下ろす視界では、陶酔とほほ笑む嬉しそうな顔と、締まって深くなった谷間がある。背中の分厚さからわかるいかつさも台無しで、だからこそヤギの股間はいっそう硬く張り詰めるのだ。


「んっんっ……カルセドさん♡ん~~~~♡♡♡」


 全長を飲み込んで呼吸すれば、陰毛に沈んだ鼻面から歓喜が背筋を震わせる。ヒーローが苦難に強いせいなのか苦しそうなそぶりもなく、不乱にしゃぶり続けていく。


「んあ、それは……ちょっと、まずいかも、です……♡」


 このままでは暴発しそうだと慌てるカルセドだが、コンカドールはお構いなしだ。亀頭が舌に磨かれて腰が引けそうになると、たくましい腕が腰を抑えて離さない。牛の口内で、もみくちゃにされていく。


 さすがに初めての人の喉奥に射精するつもりはヤギにない。この調子では嬉々として飲んでくれそうだが、まだシャワーを浴びてすらないのだ。こんなところで射精するのはフライングもいいところだろう。

 

「んぅ……ちゅぅ、ちゅっ♡カルセドさんの、おいしい♡んっ♡」

「あの、コンカドールさん……さすがにそろそろお風呂に行きませんか?♡お湯冷めちゃいますし……♡」

「ん、あ、ああ……そうだね♡」


 ぬぼぉ♡と口から唾液まみれの強直を吐き出す顔には照れが強い。どうやら理性が戻ってきたようだ。


「す、すまない♡カルセドさんのが、あまりにいい匂いでおいしかったから……♡」

「そう言われて嫌な気になる人なんていませんよ。けど、これ、私の能力が効いてるのかな……」


 コンカドールがスケベすぎて、少し不安になってしまうカルセド。あまりに自分にとって都合がよすぎないかとこそっと頬をつねったが、口回りを唾液で汚した精悍な牛は赤らめた顔で恥ずかしがっているままだった。

 あの兄にしてこの弟ありだと言ってしまえばそれまでだが、兄とは違って別方面で男心をくすぐるのがうまい。うぶな感じも庇護欲をそそり、自分が守らなければ他の男たちの餌食になるのではないかと、カルセドは今から気が気ではなかった。


「そんなことはない……とは思うけど。私は昔から兄さんがいろんな男の人を家に連れてくるのを見てるし……うっかりのぞいたことも、まあ、あったからね……」

「カサブランカさん……こんな英才教育しないでくださいよ……むしろ良くそれで今まで純潔を守ってこれましたね」

「ふふ、兄さんは絶対私に手を出させなかったからね。たまにそういう人がいたけど、その時は兄さんが本気で怒って叩き出してた」

「……本当に仲がいいんですね」


 兄について語る嬉しそうな顔を見れば、やっぱりカルセドは何も言えなくなる。

 当のカサブランカも兄弟二人で生きていくために体を売っていたという側面があったのだが、それをコンカドールには悟らせていない。カルセドは裏で探偵をやっていて、カサブランカとの付き合いもあることから、うっすら気づいてはいたが口を噤んでおくことに決めた。兄は絶対それを望まないだろうから。


「おそらく、コンカドールさんがヒーローになることを認めたのは、弟には綺麗な道を行ってほしいから……でしょうね」


 以前兄が言っていた色狂いにしてヴィランに引き込むというのは、弟にヒーローを辞めさせるにはそれしか方法がなかったからで、今は思っていない。そうカルセドは確信できる。


「ん、何か言ったかい?」

「いいえ、ただカサブランカさんはいいお兄さんだと思っただけです」

「ああ、私の自慢の兄さんだよ。ちょっとはめをはずしがちだけど」

「それはもう十分骨身に染みてます……では行きましょうか」


 カルセドが先行して浴室に足を踏み入れ、シャワーからお湯を出す。ヘッドを牛へと向けると、照れくさそうにコンカドールがお風呂椅子に座ってくれた。


「じゃあ流しますね。一人暮らし用なので狭くて申し訳ないですが……」

「そんな、わがままを言ったのは私の方だよ。気にしないで。むしろ私の体がでかすぎて邪魔になってるだけだから」

「でも私は憧れのコンカドールさんと一緒にお風呂に入れて幸せですよ」

「ふふ、ありがとう」


 毛皮が湿っていくと、青い髪に艶が増す。フォーマルなスーツのない今はいかつい精悍さが強く、水滴が色気の増強に一役買っている。顔部分だけを切り取れば、さぞかっこいいブロマイドができることだろう。

 

 だが実物はかっこよさの中にエロスが混ざっている。谷間に水が溜まるところや一物から水がほとばしるところを見てしまえば、ヤギの強直は治まることを忘れてしまう。


「しゃ、シャンプーしますね」

「さすがにそれは自分でするよ」

「いえ、こういうのもプレイですから。任せてください」


 カルセドは余所に行く用事があるときに使ういいシャンプーを手に取って、コンカドールの毛皮で泡立てていく。頭や顔を避け、あくまで体を中心に。体に手が這うくすぐったさが興奮によって快楽へと変換され、牛はまた嬉しそうに声を弾ませる。


「あっ♡カルセドさん、そこは、あっあっ♡♡」

「ここ、さっき蒸れるって言ってましたよね」


 白い手は胸筋の下部を持ち上げ、たぷたぷと揺らしている。でかすぎるせいで少し垂れており、皮膚同士がくっついている面だ。揉みこむように洗っていくと、牛の尻がもぞもぞと動き出す。


「手つき、んっ、そんなねっとり触れると……胸、おかしくなってしまいそうだ♡♡」

「本当に大きいですよね……手のひらからこぼれそうです♡」


 下から持ち上げながら手を進ませれば、ある点を境にぼるんとおっぱいが落ちる。密度の高い筋肉の塊は触り心地も抜群で、ヤギの鼻の下が伸びるのもしょうがないだろう。

 

「い、一応、ちゃんと力めば、硬く、んあぁ♡なるんだよ♡」

「それは疑ってませんよ。気を悪くしたならすみません。本当に揉み心地がよくて……」


 マッサージするかのように弧を描いて胸を揉み続ける。毛皮がへたった結果、きれいな乳輪がよりわかりやすくなっており、動きに合わせて乳首が弾んでいく。


「あうぅっ♡い、いいんだよ♡カルセドさんの手、私は好きだから♡んぅ……でも、胸を揉まれると、腰から下がちょっと……さみしくなってしまう♡♡」


 びんびんになっている牛の一物からは、流しても流しても汁を生み出していく。乳首もいじっていない現状では、もどかしさしかないようだ。


「じゃあ次は腋を洗いましょう。腕を上げてもらえますか?」

「こう、でいいかい?」


 手のひらを後ろ頭に置いて片腕を上げると、青く茂った腋があらわになる。鍛えた背筋とでかい胸筋に挟まれた腋窩は深く、そこに密集した色彩はまるで青々とした森のようだった。

 どうやらコンカドールの腋に対する恥ずかしいという感情は胸より薄いようで、洗っている間もくすぐったそうにしているだけ。自然体の柔らかい笑顔を間近で見られてヤギがつい鼻先にキスを送ると、そっと返ってきた。


「ふふ、したかったらいつでもキスしていいからね♡」

「じゃあそうさせてもらいますね」


 口唇での触れ合いを続け、手はだんだんと下へ。

 硬く割れた腹筋をなぞりながら恥骨へと行けば、怒張が洗ってほしそうにひくついていた。きちんとむけた亀頭は張りがよく、ぷっくりと期待に膨らんでいる。

 軽く泡まみれ手で握ると、しっかりと肉の重さを感じられた。太く立派な形をしているものの初々しい色をしたそれを、カルセドは丁寧にしごいていく。


「う、あっあっ♡きもち、いぃ♡んああっ♡先端、駄目……そこはっああぁ♡♡」

「先端が弱いんですね♡お風呂場でいかせるつもりはないので、軽くだけ触りますよ♡」

「軽くって、これで……あっ♡手つきがうますぎて、こんなの、すぐ、いってしまうよ♡♡自分でするより、ずっと気持ちいいんだ……♡」

「じゃあこういうのはどうですか?」


 膝立ちになったカルセドが腰を突き出して、二本の怒張をくっつける。大きさはコンカドールが勝っているのだが、使い込まれた雄の強さではカルセドに軍配が上がる。牛は息を荒げながら、雄ちんぽにくぎ付けだった。


「握ってみてください」

「え、これを、同時にかい……♡」

「はい、今度はコンカドールさんがしごいてみてほしいんです」

「わかったよ……♡こう、かな……♡」


 二本を両手で包み込み、牛はゆるゆるとしこりだす。カルセドが一緒にお風呂に入るからと準備していたローションを上から垂らすと、滑りの良くなった肉棒たちが手筒の中でばれだす。


「ふあぁ♡これ、すごい♡カルセドさんのちんぽ、硬くて……熱くて、んあ♡気持ちいいぃ……♡♡」

「私も気持ちいいです……♡コンカドールさんの手、大きくてたくましいですね……ヒーローって感じです♡」


 カルセドの言う通り、コンカドールの手のひらは度重なる訓練と戦いによって硬くなっており、ごつごつとした男らしさに満ちていた。普段は白手袋に包まれているため見ることはできないが、肉棒にこすれる豆の多さを感じれは、彼がどれだけ努力しているのかがわかるだろう。


 そんな努力の跡で強直をしごきながら、牛はうっとりとしている。どこか遠くを見ているような、目の前のヤギに見とれているような、そんな潤んで浮ついた視線はカルセドをその気にさせた。


「コンカドールさん……♡」


 抱き着いてキスをすると、牛は目を閉じて身をゆだねてくれる。舌を入れてこないのは経験不足のせいであり、ヤギもまだそこまでする気はない。

 ただキスを繰り返しながら、同時にしごく粘着質な音が浴室に響かせ、まったりと時間を共有していく。


「んあ、あ、あ♡カルセドさん、硬いね♡びくびくしてる♡すごい♡これが、他人のちんぽなんだ……♡♡」

「ふぅ……そんなに強くされるといっちゃいますよ♡でも、ここで出すのはもったいなく感じてしまいますね」

「私もだよ♡出したいけど、この時間がもっと続いてほしい……♡カルセドさん、もっと、キスしてくれないかな……♡」

「はい♡」


 ちゅっちゅっとついばんで、ぐちゅぐちゅと肉棒が泣いている。

 顔を離せば牛が物欲しそうな顔をするから、カルセドは舌を突きさしてめちゃくちゃにしてやりたい衝動を抑えるのに必死だった。もし好き勝手にしようと思ったなら、舌を絡ませながら抱きしめた手を乳首いじりに回していただろう。


「んっ、うぅ♡はふっ♡ん、もっと♡んっ♡あの、カルセドさん、こういう時って舌とか♡入れたりするものだと思ってたけど……♡」

「今入れると、絶対コンカドールさんいっちゃいますよ……♡それでもいいなら、いいですけど……♡」

「それはちょっと、困るな♡ちゅっ♡できれば続けていきたいから、またの機会にしておくよ♡♡このキスも、好きだから……全然いいね♡♡んうぅ……♡♡」

「わかりました……んっ♡」


 断続的に漏れる牛の吐息からそろそろいきそうだと判断して、カルセドはそっと手筒を抑えて待ったをかけた。ここで絶頂するのはまだ早いと、言葉はなかったが二人とも理解している。

 コンカドールが手を離せばむわりと広がる雄の性臭と泡立ってこぼれるローションの残滓が見える。汚れた手を見つめてどうしようかと思っているコンカドールの腕を取って、ヤギは自らの頬をこすりつけた。


「か、カルセドさん……?!」

「どうせ私も洗うんですから、少しくらいいいかなと……♡」


 普段の真面目さとは違う、ちょっと浮かれた口調が牛をときめかせる。雄と寝ることが多いカルセドは、生真面目さがこういう場面にそぐわないことを知っていた。

 感化された牛がおずおずと両手で頬を包むと、白く綺麗な毛皮が雄臭い泡で絡まって汚れていく。くすぐったそうに、でも嬉しそうに笑うカルセドを見ていると、コンカドールの心臓はやかましく跳ね回る。


「ふふ、こういうのはお嫌いですか?」

「えっと、わからないかな……ただ、カルセドさんがこういうことをするとは思ってなかったから、少し驚いた……というのが本音かな」

「今のうちに言っておきますと、実際まぐわうと結構汚れますよ。汗とかいろんなもので。なので、ちょっと慣れてるんですよね」

「そ、そうなんだね……」


 どぎまぎとつぶやくが、先ほどヤギの陰毛に鼻面を突っ込んで悦に浸っていたことを思い出し、コンカドールは言及を控えた。同じことをされても、自分の嫌がるヴィジョンが想像できなかったのだ。


「それに……」


 カルセドは白い指先に粘液を掬って、椅子と牛の尻の間に差し込む。肉がみっちり詰まった接着面は重さもあって最初は指を拒んでいたが、ローションによってするりと奥へと侵入を許してしまう。


「ひあ♡♡」

「そろそろここもほぐさないといけませんしね♡」

「あ、う、そうだね……♡頼むよ♡」


 指が無毛の粘膜に到着すると、コンカドールは無意識に腰を揺らしてこすりつけている。しわのすぼまりを撫でてローションをしみ込ませていくと、艶やかな声が漏れた。


「あぅ♡あっ♡重く、ないかい♡私は体重が、そこそこあるから……♡」

「あの……だったらこっちの壁に手をついてもらっていいですか?」

「わかったよ♡」


 ある程度まぶしてから牛を立たせ、尻を突き出させる。その肉圧はすさまじく、あまりのでかさにヤギが思わず息を飲む。丸々として張りがあり、大きすぎて割れ目がぴったりと閉じている最高の尻がここにある。

 胸ばかりが目立っているコンカドールだが実のところ尻も立派だ。肉の爆発を思わせるボリュームは毎年増量していて、下着の寿命を食い散らかしているほど。尻肉で作られたデルタ部分から伸びる細い尻尾が、もだえるようにゆらゆらと揺れて羞恥を表現していた。


「これで、いいかな……♡」

「はい、十分すぎるかと……」


 深すぎる肉の渓谷を割ると、綺麗な粘膜が顔をのぞかせる。ヒーローのあられもない姿にヤギが興奮し、熱した吐息を吹きかけてしまった。


「ふああぁ♡♡」


 誰にも見せたことのない部分を凝視されていると思うだけで、コンカドールは恥ずかしくてたまらない。ただ、粘膜は吹きかかる興奮を鋭敏に感じ取っているから、ヤギが嫌悪しているわけではないとわかっている。

 かといって、ここで雄をたきつけるような真似ができるはずもなく、牛は顔を伏せるだけだった。


「じゃあ、まずは一本いきますよ」

「ああ……あっ♡」


 他人が入ってくると、牛は背筋を震わせて鳴いた。自分よりも細い指なのだが、それは慣れた動きで奥へと潜り込む。


「あっあっ♡すごい、指、私と全然違う……♡」

「思ったよりすんなりいきましたね。もしかして、いじったことあります?」

「き、君を受け入れるために、何度か……♡一応私の指なら三本はいけるよ♡」

「ありがとうございます。おかげで早く済みそうです」


 カルセドとしても、こんな股間に悪い光景は素早く終わらせてしまいたかった。視界は牛の尻肉で埋まっていて、明らかに処女の穴がひくつく光景を延々と見せられているのだ。ヤギは抑えている自分を褒めたいくらいだった。

 この谷間に顔をうずめて、男を知らない肛門を舐めしゃぶれたらどれだけいいだろう。なんて妄想をするのだが、生来の真面目さで何とか我慢している。


(さすがにそんなことをして嫌われたくないですし……初体験なんですから、いい思い出にしないと……)

(ううぅ……兄さんは、人によっては肛門を舐められるって言ってたけど、カルセドさんはあんまり好きじゃないのかな……。私は別に、かまわないのだけど……)


 恥ずかしがりながらも尻はもっと快楽を欲しがっている。初めて迎え入れた他人の指は的確で、牛は自分が雌に作り替えられているのだと実感が湧き上がってきた。だがそれは忌避ではなく歓喜をもって迎合され、四本入るころには、コンカドールは胸部を壁に押し付けながら喘いでいた。


「んあぁぁ♡あっ♡指、すごい♡気持ちいいよ♡あっ、こんな、ああっ、私の尻がめちゃくちゃにされてる♡♡」

「…………」


 このままハメてしまいたい。ヤギの頭の中はそんな思考で覆われ始めていた。

 今までいろんな男性としてきたカルセドだからこそ、コンカドールほど素晴らしい雄がどれほど貴重か知っている。

 戦うための肉体は鍛え上げられて膨らんで雄々しいのだが、心は気高いくせに年相応の興味が積極性をにじませている。カルセドがファンだということを差し引いても、コンカドールは魅力的すぎた。


「か、カルセドさん♡もう、ベッドはいいから、ここでやったら駄目かい♡カルセドさんのちんぽ♡欲しいなって……その……♡♡」


 ヒーローの中でもトップクラスで、冠を戴く雄の甘い懇願が、ヤギの股間に響いて惑わしてくる。こちらを振り返る牛の顔には青髪が張り付いていて、色気によって理性がぶん殴られていた。


「のぼせるかもしれないので……私、一回で終わらないです……こんなの……♡」


 ここまで煩悩に対して理性で手綱を取ったことなど、カルセドはあっただろうか。ただただコンカドールをいたわりたい一心で、指を引き抜いて終わりを告げる。


「ひああっ♡♡」


 それでも尻肉を引っ張って中心を確認してしまうのは、ヤギの未練がさせたことだろう。空っぽになった肛門はひくひくと寂しそうに震え、腰は尻ともども雄を求めて揺れ動いていた。


「だ、駄目かい……?♡」

「すみません……私もちょっと、抑えられる気がしないです♡本当に、コンカドールさんのことが好きなので、絶対我慢できません♡のぼせるまでやります♡」

「私もカルセドさんを困らせたくはないから……わかったよ♡でも、兄さんからカルセドさんは目の前でお尻を振ったらすぐやってくれるって聞いてたんだけどなあ……♡だから、恥ずかしくても頑張ったのだけど……♡」

「あの人ぉ……!」


 おかげで獣になってしまうところだったと、ヤギは内心で叫んでおく。帰ったら情操教育の何たるかについて教える必要がありそうだ。コンカドールは成人済みとはいえ、優美の名を冠するヒーローがしていい仕草ではない。


 それからお互いにシャンプーを済ませ、風呂の縁に並んで腰かけると自然と指先が触れる。ヤギがそっと手をかぶせると、牛は少しこわばったが逃げ出すことはなかった。


「すみません、私はたてがみとかがないので、トリートメントを用意してなかったんですよね……」

「気にしなくていいよ。優美の冠をもらった以上気を付けてはいるけれど、出張とかでやらないこともあるし。それにシャンプーを使わせてもらっておいて、文句なんて言えないよ」

「……今度またこういうことがあるようなら、買っておきますね」

「いやいや、自分で持ってくるよ。今日はいきなり頼んでしまったせいで、準備が足りなかっただけだからね」


 手をほどいてヤギが湯船に浸かると、牛も続く。二人、それも巨体の牛込みで入るには狭すぎるせいで、完全に密着状態になっている。カルセドはコンカドールの上に向き合って座る形になって、水に濡れた凛々しい相貌を真正面から眺めていた。


「そういえば、カサブランカさんがお風呂を勧めてたみたいですけど、やりたいこととかあったんですか?」

「うーん、そうだね……確か兄さんは……」


 そこまで言って、コンカドールはヤギの体を抱きしめる。


「こうしていちゃつくといいセックスになるとか……言ってたんだけど……」

「ふが……」


 どうだろうかと思って視線を下げて反応をうかがうコンカドールだが、谷間に押し付けられたカルセドはそれどころではなかった。

 筋肉でできた双丘は濡れているせいで下にある皮膚の弾力を直に伝えてくる。揉んでいたことから感触はわかっていたつもりだったが、顔を埋められるとまた違った魅力に脳が茹る。


 左右から谷間が密着し、肉のゆりかごに包まれているかのようだ。よく慣れ親しんだシャンプーの匂いの奥に、男らしいコンカドールが確かにいる。呼吸するたびに肺が叫びだすかのような興奮に、ヤギの思考は完全に止まっていた。


「……カルセドさん?」


 カサブランカで慣れたつもりだったが、実は兄弟で少し違うのだとヤギは気付いた。

 戦闘ができる研究職と、前線で戦うヒーローでは筋肉量が違うのだ。兄の胸は脂肪が多めでとろけるような感触で少し硬い葛餅を思わせる。対して弟は張り詰めた肉風船さながらで、ヒーローのたくましさと頼りがいをあらんかぎりに詰め込んだような胸になっている。


「えっと……カルセドさん? ひょっとして、のぼせてしまったかな……?」

「あ、すいみません、少し考え事をしてました……」


 とっさに顔を上げて、ヤギは弁明に励む。


「あんまり好きじゃなかった……?」

「いえ、その逆で……あまりによかったもので……つい」

「ならよかった。兄さんほど柔らかくはないだろうし、気に入らなかったかなって思ったから……アレゴリーもそうなんだけど、みんなおっぱい好きだよね。男の人相手でも、やっぱりでかいほうがいいみたいだ」


 苦笑しながら胸を掬うと、むちむちとたわんだ肉がヤギの顎を打つ。さらしをやめたことで、自分の胸が他人からどう見えるのか最近知ったコンカドールだ。こうすれば喜ばれるという兄の指導を忠実に実行し、豊満な胸部でヤギを揉んでいく。


「だったら、こういうのも好きかな……?」

「すみませんが、これ以上されると優しくできそうにないので、止めていただけると助かります……」

「ふふ、そっか。気に入ってくれて嬉しいよ」


 胸が弾むたびに水面が揺れ、暖かなお湯と合わせてカルセドに安らぎをくれる。それはさながら羊水のようで、柔らかくも嬉しそうに微笑むコンカドールの魅力に溺れてしまいそうだった。


「あのさ、カルセドさん……キスとか胸とか、本当に遠慮せず好きにしていいからね♡私はカルセドさんなら、変なことはしないって信じてるから……恥ずかしいけど、全部受け止めるよ♡」

「……非常に嬉しい言葉なんですが、できれば最初は優しいほうがいいと思うんですよね。私もコンカドールさんは大事にしたいので……」

「ふふ、やっぱりカルセドさんに頼んでよかった♡」


 性欲を受け止めて能力制御するという大義名分を、コンカドールは忘れたわけではない。だからカルセドが興奮してくれることが嬉しくて、耳をぴこぴこと動かして喜色を表した。

 ずっとファンだった推し、それも自分を助けてくれたかっこいいヒーローとの行為なのだ。コンカドールが思う以上にカルセドは興奮しているし、抑えている。能力の暴発にだって気を使い、気持ちのいい初体験にしようと神経をとがらせていた。


「すごく信頼してくれていて、すごく嬉しいのですけど……」


 兄の言うことを素直に聞いた結果、ピュアな淫獣が出来上がろうとしている。この純朴さでどうしてこんなエロスを醸すことができるのか。これが遺伝というものなのだろうかと、カルセドは頭を悩ませた。


 そしてヒーローは愚直だ。コンカドールは胸の先端をヤギへと差し出して、赤ら顔を押し隠して問う。


「その、しゃぶったりはいいのかい? 兄さんから、カルセドさんはおっぱいをしゃぶるのが好きだって聞いてるんだけど……」

「それはまあ好きですけど……コンカドールさんは自分の胸を執拗にいじられるのが好きではないと思っていました」

「……正直に言ってしまえば、前はそうだったよ。だからさらしを巻いていたし」


 またもぎゅっとヤギを抱きしめて、牛は過去を反芻する。

 父の行方を捜すためにヒーローデビューした時、誰もがまず胸を見た。この胸でヒーローは無理だろうと揶揄されたことも、一度や二度ではない。だから嫌になって隠していた。


「けど、最近吹っ切れたというか……別にこれは訓練の成果なんだから、隠す必要なんてないなって思えたんだよね。単純に冠をもらって、実力で黙らせられるようになったっていうのも大きいかな」

「それはそうですね。この『優美のコンカドール』さん相手に、面と向かって言える人なんてほぼいないでしょう」

「あとは……カルセドさんが喜んでくれると思ったから、かな。私はやっぱり、こうして向かい合う人が喜んでくれると嬉しいんだ」


 なんて屈託なく言われてしまえば、遠慮するのも野暮というものだろう。

 カルセドは自分から谷間に顔をうずめ、両手で胸を揉みほぐし始めた。


「では、失礼しますね」

「あっ♡カルセドさんの手、優しいね♡すご、ああっ♡」

「私も正直に言ってしまうと、コンカドールさんの胸がすごく好きです。一ファンとして応援していた時には、こうして揉める日が来るなんて思ってもみませんでした」


 しかもさらしで隠した胸は想像以上だった。指が食い込んでいくたびにカルセドは自制心を働かせないといけなかったが、それでも離れるという選択肢はない。


「私も、まさかこうして男の人に抱かれる日が来るとは、あぅ♡思ってなかったよ♡けど、捕まったヒーローがひどい目に遭ったって話は、んふぅ、よく聞いてたから♡初めては信頼できる人としたかったんだ♡」

「なるほど」顔を上げてキスをしながら。「私でよかったんですか?」

「もちろん♡優しく揉んでくれると、体がむずむずするんだ♡この人を選んでよかったって思ってる♡あ、でも、激しくしたいなら構わないよ♡物質操作系とはいえ鍛えているし♡ある程度は頑丈だから♡♡」

「さっきも言いましたけど、優しくしたいです。だからそろそろベッドに行きませんか?」

「あ、ああ、そうだね……そろそろ……♡」


 肌を合わせていると期待が際限なく高まっていくのを、コンカドールは感じていた。これからどうなるのか、カルセドのことは信じているが、それでも不安はぬぐえない。とはいえ、それを悟らせないのは完全に職業病の一種だろう。

 コンカドールだって気持ちがいいことが嫌いではないし、兄から聞かされたいろんなことに興味がある。だけど、期待を表に出しすぎたかもしれないと、今更ながらの不安に襲われた。


(ひょっとして……ひょっとしてだけど、私、はしたなかったかも……?)


 兄によって慣れてはいるものの、コンカドールは決して常識知らずではない。ヒーロー本部から押し付けられたイメージを守るために、常に貞淑を心がけてきた。


 だけどさっきはどうだったのだろうか。毛皮を乾かしながらブラシをしている間も、風呂場での自分の行いを鑑みて心配している。カルセドが優しくリードしてくれたから、つい甘えてしまったのではないか。

 なんて本当に今更、自分のイメージについて悩んでいるうちに、二人は寝室へとたどり着いた。


「人を呼ぶ想定はしていなかったので、汚くてすみません」

「い、いえ、そんな! 私が押し掛けたんだし、全然……!」

「コンカドールさん、そんなに緊張しなくてもいいですよ。もし不安なら、また今度にしてもいいですから」

「そんなつもりじゃないんだ……。ただ、私は、その……」


 腰にタオルを巻いたまま来ていることからも、常識が戻ってきたことがわかる。これからセックスをするのだと、自分に言い聞かせたところで後悔は消えてくれなかった。


 汚いとは言うが、牛の目から見て寝室は整えられている。真面目なカルセドらしく、物がきちんと整理整頓されているという印象を受けた。

 しかし、一人暮らし用のベッドは二人で使うには小さい。カルセドにはちょうどいいサイズではあるが、コンカドールにとっては少し狭い。


「べ、ベッドが小さいようだけど、ホテルとか、行ったりするのかなって……」

「二人とも乗る必要はないですよ。体位によってはいけますから。でも、大きいベッドでしたかったですか?」

「ああいや、私はただイメージの話をしただけだよ」

「確かに初めてならそうかもしれませんね。もしよかったら、今度はそういうところに行ってもいいかもしれません。あ、座っててください。お水を持ってきますよ」

「あ、ありがとう……」


 手慣れた誘導を受けてコンカドールは一人ベッドに腰かける。普段なら何とも思わないが、これからのことを思うとどうしても尻尾が忙しなかった。

 タオルを盛り上げる股間はまだ硬いままで、後悔では打ち消せないほど期待しているのだとまるわかりだ。部屋を出る前、ヤギがしっかりと見ていたことにも気づいていた。


「カルセドさん、引いてはなかったかな……だったらいいんだけど……」


 ベッドは一般的なもので、薄い布団にも清潔感がある。カルセドの性格がよく出ているなと思いつつ手を沈めると、ふわりと主の匂いが香った。


「そ、そうだよね、だってここはカルセドさんの部屋だから……当然だ」


 口ではそう言いつつも、心はやかましい。匿名探偵の寝室は人を呼ぶ想定をしていないはずで、カルセドの生活感が生々しく根付いている。

 先ほどお風呂場で抱き着いた時に香ったものそのままで、牛は誘われるように上体をシーツへと倒した。


「カルセドさんの匂いがする……」


 嗅いでいると安心感と興奮が同時に湧き上がってくる。今から自分を雌にする雄の匂いは、コンカドールにとっていいものとして認識されていた。

 先ほど嗅いだ陰毛の匂いも鼻腔にフラッシュバックして、どうしようもなく下腹部がうずいていく。中断されてもどかしさを募らせた肛門が急かすまま、大きく深呼吸。シーツに顔をうずめるなんてはしたないと、そんな理性の声も遠くなっている。


「う、あ……♡カルセドさん……♡」


 手は勝手に動き出し、胸へと向かう。指先の腹で能力を起動してから乳頭を押せば、振動が乳首を震わせた。


「ひ、あああぁぁ……♡♡んくぅ♡あ、あぁ♡」


 ベッドに顔を押し付けたまま乳首をいじり、上げた尻を揺らしてコンカドールは艶やかな声を出す。自分の能力だというのに制御する気はなくて、振動する指先でつまめばビクンと巨躯がスプリングをきしませた。


「あっあっ♡駄目、なのに♡こんな♡でも、はしたないのに、もう、我慢できない……♡」


 もっと欲しくたまらない。だからシーツから顔を上げた牛は枕を抱きしめる。振動させるのは手じゃなくてもいい。枕に鼻面を埋めながら、乳首周辺の布を振動させ力いっぱい抱きしめて快楽をむさぼった。

 

「んああっ♡カルセドさん……早く♡はしたないヒーローで、申し訳ないけれど♡君が、欲しいんだ……♡」


 枕を抱きしめて体を丸め、股間すら押し付けて牛はいななく。臀部は雄に媚びを売るかのようにへこへこと踊り、口回りには唾液がしみ込んでいた。

 タオルはすでにはだけていて、肉棒が直に枕の振動で快楽を得ている。そうすると、ひくつく肛門が違うだろうとうずいて反発するのだ。お前が本当に欲しいのはこっちだと教え込むようなもどかしさに、牛はベッドの上でただただヤギを待った。


「カルセドさん……♡すぅ……♡はぁ♡早く♡我慢できない♡」


 コンカドールは自身がこれほどまでに淫らだとは思ってもみなかった。

 禁欲的であれと課した縛りの中で肥大化した欲望は、想像よりコンカドールを大胆にしている。そもそも兄と決別してからというもの、父を探して和解することしか頭になかったせいで、彼には余裕というものがなかった。

 こうして落ち着いたことで、ようやく自身の欲望を発散させることができるのだ。期待に煽られた劣情は、ただ解放を求めて牛を内側からなぶり続けていた。


「……コンカドールさん?!」


 自分のベッドの上であさましく枕に体を押し付ける推しを見て、ヤギはひっくり返りそうになった。慌てて水をサイドチェストに置いてから牛をのぞき込むと、潤んだ瞳と甘い声が返ってくる。


「か、カルセドさん……♡」

「私の能力が暴発でもしましたか?! 今は制御装置をつけていて、あまり強い出力はないはずなのですが……! と、とにかく、いったん落ち着きましょう!」


 ヤギは枕によだれをしみ込ませたことを怒るでもなく、なだめようと一生懸命だ。コンカドールは自分が恥ずかしいことをしている自覚があり、赤い顔で目を伏せる。


「す、すまない、君の枕を、汚してしまって……♡」

「そんなこと気にしてないです。最近はアジトのほうで寝泊まりすることが多いですし、予備のカバーもあるので大丈夫ですから。だから落ち着いてください」

「その、さっきからはしたないだろう? こんなの初めてだから、羽目を外しているみたいなんだ……♡」

「いえ……カサブランカさんたちに比べればもう全然かわいいほうです。それに、私も積極性があった方が好きですから。私は能力が能力なので、やりたくてやってるわけじゃないかもってちょっと不安になるんです」

「だ、だったら……その……♡」


 狭いベッドの上で、大きな牛は両手を上げて腋をさらけ出す。当然腕はベッドからはみ出してしまい、引き伸ばされた胸筋から背筋にかけての分厚さがよく見える。

 一糸まとわぬ屈強な筋肉の塊は物欲しそうな視線をヤギに送り、開いた股の中心では洗ったばかりの一物がもう雄臭くなっていた。


 明らかに好きにしていいという合図を放ちながら、コンカドールは見入るヤギにおねだりを投げる。


「私は、はしたない男なんだ♡今すごく、君と……エッチがしたくてたまらない♡さっきからずっとはしたないことばかりしていたけど、まだ、全然足りないんだ……♡」


 本当ならお風呂場でもっと卑猥なことがしたかった。舌だって入れてほしかったし、あのまま本番だってしたかった。でもカルセドが大事にしてくれていると気づいていたから、ヒーローとしてのプライドもあって口には出せなかった。

 だけどもう限界がきていた。ヒーローだって人並に性欲くらいあるというのに、ずっと抑えつけてきた反動が兄と同じ道を歩ませる。


「だから、もう、してほしい♡わ、私に初めてを教えてくれ♡カルセドさんのち、ちんぽで♡私を……私を……♡」


 兄から誘い文句を聞いていたというのに、それは喉につっかえて出てこない。カサブランカと違い、弟はすんなりおねだりできる性格をしていなかった。

 だが、ヤギには効果てきめんだったようで、いかつい肩に白い手が乗る。体重をかけてもびくともしない巨躯が、貪り食われる予感で歓喜に打ち震えた。


「……いいんですか?」

「もちろん♡こんなヒーローでよければ、だけど……♡」

「いいに決まってるじゃないですか。コンカドールさんは、いつだって私の一番なんですから」

「こんなにはしたないのに……かい?♡」

「はい。ものすごく好きです。正直、自分に都合のいい夢かもってまだ疑ってます」


 助けに来てくれた時の凛々しさの中に優しさを混ぜた表情も好きだが、今のように性欲に急かされて切なく眉を歪めている表情も好きだと、カルセドは胸を張って言える。


「ふふ、やっぱり君を選んでよかった……♡カルセドさん、こんなはしたない私でも、これからよろしく頼むよ♡」

「もちろんです♡」


 鼻面同士をくっつける軽いキスをして気持ちを通じ合わせると、後は進むだけになる。

 ヤギは少し湿った枕をコンカドールの腰の下に敷いて、ベッドから下半身が出るように引っ張った。もちろん筋肉の塊を動かせるわけもないので、コンカドールが動いてくれた。


 白い体を股の間に滑り込ませると、角度のついた尻がちょうどヤギの一物の高さまできた。牛を見下ろす表情には、生真面目さの中に火照った劣情が熱を燃やしている。


「だったらもう、本番にいってもよさそうですね」

「ああ、頼むよ♡待ちきれない♡カルセドさん、早く♡」

「……これは今後が末恐ろしいですね」


 どんどん淫らになるコンカドールに兄の遺伝子を感じながらも、その時を楽しみにしているカルセドもいる。抑えているのはヤギも同じだが、またこうして体を合わせてもらえるよう、紳士に努めようとした。

 

「入れますよ……♡」

「うあ♡入ってくる♡カルセドさんが♡指より太い……ふふ、本物だ♡これで、処女が、無くなってしまったね……♡」


 だからゆっくり挿入しようとしているのだが、牛の脚がヤギを挟んで急かしてくる。とろけた瞳には淫蕩な光が宿っていて、敗北後のヒーローだと言われても納得してしまう。

 ファンであるカルセドはこんなコンカドールを見たくはなかったはずなのに、それが自分を求めているのだと思うと、下腹部にどろどろとマグマが溜まっていくのを止められない。


 それは向こうも同じ。そして互いに感じている。

 肉棒は熱した鉄心のように硬く、内壁は飲み込もうと蠢いている。

 このまま止まってなじませたい気持ちがカルセドにはあれと、コンカドールはそれを望まなかった。


「カルセドさん……♡」

「わかりました……」


 抽挿は最初こそ緩やかだったが、加速するのに時間はかからない。

 引き抜いて突き入れる、そんな単純な動作で発生する快楽を追い求めて、二人は腰をかくつかせていく。


「ふああぁぁ♡あっ♡あうう♡すごい、これ、あっ♡いいっ♡気持ちいいっ♡」

「コンカドールさん、きつかったら、素直に言ってくださいね♡結構最初から、本気出してるので……♡」

「平気……ああっ♡むしろ、これがいいっ♡カルセドさんが、私に興奮して、こんなに激しくするのが嬉しいんだ……♡あの、真面目で優しい、カルセドさんが……んっふぅ♡ふふっ♡私も、少しはエッチに見えている、みたいだね♡♡」

「少しとか……とんでもない♡お風呂場でもこらえるの大変でしたからねっ♡」


 処女を無くしたばかりの穴に突き上げはきついかとカルセドは心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。ならば我慢させた分、気持ちよくなってもらおうと全身全霊で牛の中を荒らしていく。


「んおっ♡あああぁぁ♡これ、すご……♡私の中、全部理解されてるみたい……だっ♡そこっ♡あぁ♡カルセドさんのちんぽ、私の欲しいところにくるっ♡♡」


 嬉しそうに顔を緩ませるコンカドールは、突き上げられるたびに豊満な胸を揺らしている。もうヒーローとしての精悍さなど見る影もないが、それがなお股間に悪い。

 しかも鍛えた尻肉は締まりがよく、粘膜が肉棒にむしゃぶりついてはしごいてくれる。幾人ものたくましい雄と関係があるカルセドからしても、コンカドールは十分名器だった。


「ふぅ……気持ちいいですよ、コンカドールさんっ♡」

「私も♡気持ちいいっ♡これが、セックスなんだね♡カルセドさんとできて、よかったよっ♡♡」


 お風呂上がりの青髪がベッドの上に広がり、無防備な首から筋肉の線が見える。そこから繋がる胸部、そしてヤギの倍くらいは太いかもしれない胴体。さらに下にあるへそを超えて伸びる一物に、男らしさを詰め込んだ大ぶりの袋。

 すべてを俯瞰して、ヤギの一物はこれ以上ないほど張り詰めている。腰を動かすたびによがって上ずった声を出すヒーローを前に、情欲はとどまることを知らなかった。


「あっカルセドさん♡もっと♡ん、はぁ……♡そこ、そこ……♡」

「はい、わかりました♡ここですよね、コンカドールさんの弱いところ♡」

「んふうぅぅ♡そうだね♡そこ、突かれると、体がはねてしまう♡気持ちいい、あう♡カルセドさんのちんぽ、好き……♡」


 うっとりしながら褒められると、ヤギの自尊心が満ちていく。自分の好きな人が喜んでくれているという事実は腰に力を与え、エアバックのような尻に体全部でぶつかっていく。


「ふああああぁぁぁ……♡♡♡あっあっあっ♡♡カルセドさん、もっと♡私の気持ちいいところに、ちんぽ欲しい……♡」


 尻が乾いた破裂音で応えると、牛の全身に快楽が走る。内壁をえぐられるたびにセックスの良さを叩き込まれ、強直は汁をまき散らしながら喜んでいた。


「そこっ♡あっ♡気持ちいいぃぃ……♡もっとぉ♡」

「もっと気持ちよくなりたいんですか?♡」

「ああ♡この際だから♡私にエッチなこと♡全部っ、んぅ♡教えてほしい♡もっと、もっと気持ちよくなりたい♡♡」

「わかりました」


 腰を休めることなく手を伸ばしたのは、コンカドールの乳房。今まで放置されていたその先端に、ようやくヤギは軽く爪を立てるのだ。


「ひあああぁぁ?!♡♡」


 視界を白滅させながら、コンカドールは自分の出した嬌声に驚いていた。どれだけ殴られてもこんな情けない声を出したことなどなかったのに、今は毛のない皮膚をひっかかれるだけで痙攣が止まらない。

 どんな能力でもひるまなかったヒーローが、ヤギの細い爪先に敗北していた。


「ふあ♡ああぁ♡待って、これ、すごいから♡私のおっぱい、女の人にされてる♡なんで、こんなにいぃ♡んあっあぁぁ♡お尻も、すごいのに♡こんなの、こんなのおぉ♡♡」

「ちんぽと一緒で、先端が弱いんですね♡だったら両手で……♡」

「んあああぁっ♡ほ、本当に駄目だ♡自分で、振動するより、気持ちいい……なんでっ♡あううぅ♡カルセドさんのっ、ちんぽも指も、すごい♡私を気持ちよくしてくれる♡」


 カリカリ、カリカリと乳頭を爪が削る。痛みなど全くなく、ただただ気持ちのよい愛撫。牛は狂ったように嬌声を叫びながら、このまま呼吸困難で死んでしまうのではないかと恐怖した。

 だけどそれ以上に快楽を求めている。肛門を締めながらちんぽへの恭順を示し、にへらと笑ってよだれをこぼす。本人は全く意図していなかったが、それは男を焚きつけるには十分だった。


「う、コンカドールさん、スケベすぎます……!♡優しくしたいんですけど……これじゃあ♡」

「駄目、かな♡私は確かにヒーロー、だけど……男性だし、ぅ、気持ちいいことも、嫌いじゃ、あぅ♡ないんだよ♡だから私はっ♡カルセドさんと、もっとエッチしたいよ……♡」


 ゆるみ切った顔でそんなことを言われて、ヤギは嬉しさのあまり力加減を間違えて乳首を強くひっかいてしまった。


「ひああっ!♡変な感じだ♡痛いのに、全然痛くない♡ぞくぞくするっ♡」


 ファンだったカルセドはコンカドールがどういうヒーローなのかよく知っている。

 インタビューでは常に温和で、戦闘中でさえ優雅だと評判がいい。物腰も柔らかく、イベントで子どもたちと戯れている写真が本部のホームページに載っていて、まさしくヒーローたちの顔の一人と呼ぶにふさわしい。


 そんなコンカドールが今、ベッドの上で犯されながら胸筋を揺らしている。嫌悪がみじんもないとろんとした雌顔は、どんな映像にもない今この時だけのものだ。

 カルセドは脳にそれを焼き付ける。さらに喜んでもらおうと指先の力を強めて突起を引っ張った。


「んおっ♡はぁ~♡すごいいぃっ♡おっぱい、引っ張られてるのに♡こんなっ♡ああぁ♡カルセドさんとしてると、私の体が、どんどんエッチになる♡」

「すご、締まる……♡コンカドールさんって、乳首は綺麗だけど敏感ですよね♡振動でいじってたんですか?♡」

「そ、そうだよ♡昔からやってたから、癖になってしまった♡自分で抜くときとかは、毎回っ♡でも、カルセドさんにしてもらったほうが、ずっと、んぉ、きもちいよっ♡」


 おそらく、性知識が少ないことと、振動になれたことが原因だろう。そうカルセドはなんとなく思った。

 だから爪を立てたり、乳輪をこすったり、乳頭を押し込んだりといった、人による不規則な動きに対応できていないのだ。そのくせ敏感なので、コンカドールは何をされてもおっぱいで感じるようになっていた。


「あっ♡その指、すごい、あっ♡あああぁぁ~♡カルセドさんの、ゆ、指で♡こりこりされるの♡好きっ♡おっぱいが、どんどん敏感になるっ♡んおぉぉ♡♡」


 カルセドの攻めは巧みだった。どうすれば男が喜ぶのかを知っている手つきは、処女だった牛に抗えるはずがない。

 だというのに、腰さばきが衰えることはなく、いいところを穿ちながら奥を突き上げるのだ。


「んひあああぁ♡♡お尻も、すごい♡に、兄さんが言ってた通りだ♡ちんぽ触るより、こっちの方が、ずっと気持ちいいっ♡カルセドさん、もっとやろう♡私の体に、たくさん欲情してくれっ♡」

「だったら、またいつでも、呼んでください……♡私だって、コンカドールさんとこれっきりなんて、嫌ですから……♡」

「ああぁ……嬉しいよ♡♡」


 激しいまぐわいは部屋の温度を上げ、二人の体から汗が滴り始めていく。

 コンカドールを包むカルセドの匂いが更新され、シーツにあるものより爽やかな雄が鼻腔を喜ばせた。

 逆にそれはカルセドもしかりで、香水の消えた雄牛の裸体から立ち上る男性性の凝縮は、上気した雌顔を強調する興奮剤へと変わる。表情さえ見なければ、コンカドールは雄々しさの権化だっただろう。


「んああぁ♡すごい♡お尻、ずっとぉ……♡カルセドさんの腰で叩かれて、ひどい音が鳴ってる♡セックスって、こんな音、おぉ、本当にするんだね……♡♡」

「痛くは、ないですか……はぁ……♡」

「全然♡むしろもっと欲しいくらいだよ♡激しくても平気さ♡それに、激しいと、あっ♡カルセドさんの匂いが濃くなって♡嬉しいっ♡」

「さっきもフェラの時夢中で嗅いでましたね♡匂いフェチとかなんでしょうか……♡」

「わからない♡ただ、カルセドさんのはずっと嗅いでいたくて……♡さっきも、シーツを嗅いでたら我慢できなくなってしまってぇ♡♡ふおっ♡恥ずかしいところを、見せてしまった♡」

「別に嫌じゃないですよ♡コンカドールさんにそう言ってもらえるのは♡私もっ♡嬉しいですから♡♡」


 この牛は男を喜ばせる天才なんじゃないだろうか。なんて思うカルセドは夢中になる自分を止められない。肉厚のステーキを食べているはずなのに渇きが収まる気配はなく、むしろさらに貪欲になっている気さえしている。


 もっとほしい。それは二人同じ意見。

 だからカルセドは胸から手を放して分厚い牛を抱きしめ、毛皮をこすり合わせる。互いをマーキングするかのような仕草は精神的な充足を生み出し、コンカドールは離すまいと四肢で大好きホールドを決めた。


「カルセドさん♡中に欲しい♡君の精液で、お腹を満たしたい♡♡さっきから、たくさん奥を突かれて♡頭がおかしくなりそうなんだ♡♡」

「たくさん我慢したから♡いっぱい出ると思いますが……大丈夫ですか?♡」

「もちろん♡ぅあ♡君の全部が欲しい♡私の初めてを、君で埋めさせてくれ♡♡お腹の中、きゅうきゅうして♡孕みたがってるんだ♡♡」

「男殺し過ぎますって……♡そんなの言われたら……もう♡」


 遠慮も躊躇もない鋭い一撃が、マンコの奥を貫いた。


「ふおおぉぉ♡♡♡♡♡」

「我慢できません!♡たくさん出しますから♡受け取ってください♡♡」

「わかった♡来て、来てくれ♡全部受け止めるから♡どれだけでも♡何度でも♡」


 汗を接着剤として一塊の肉となった二人はケダモノのように盛り続ける。鼻面を首筋に埋めて匂いを感じ、腰は孕ませることだけを目指した獣さながらの動きをしている。


 人肌なんて兄しか知らないコンカドールにとって、この熱は癖になるほど心地よい。自分の腕に収まるほど細いヤギなのに、溶けてしまいそうなほど熱いのだ。

 手を動かすと汗で湿った毛皮が指の間を流れていく。親に撫でられた記憶が少ないコンカドールは何かを取り戻すかのように何度も、何度も白い毛皮に手を這わせていった。


「い、いきますよ♡コンカドールさんっ♡」

「んっ、私も♡いくよ♡あぅ♡あぁっ♡もう出るっ♡」


 自分にしがみついて腰を振るヤギが愛おしく感じて、涎まみれの口から甘い声を吹きかける。カルセドの余裕がない顔を見ていると、下腹部にじんわりと痺れが生まれてしょうがない。これは中に注いでもらわないといけないんだと、本能で牛は理解した。


 だから、肛門を締め付けてねだった。抱きしめるために腕を回すと、盛り上がった胸筋が勝手に膨らんでヤギを埋める。じくじくと快楽の余波を残る乳首はさみしがっているけれど、もう振動だけでは満足できなくなっていた。


「カルセドさん♡おっぱいを、いじってほしい♡そうしたら、多分、すごく気持ちよくいけると思うから♡」

「わかり……ましたっ♡」


 屈強な腕に拘束されているヤギだが、何とか手を回して突起へとたどり着く。

 そしてとどめとなる一撃を与えるべく、弾力の強い肉芽を思いっきりつねった。


「ひっ……♡」


 さらに同時に肉棒を叩きつけ、脳まで響く快楽で射精の合図を鳴らす。


「う、あ、すごい、すごいすごい……♡」


 コンカドールは息が詰まって、体内で快楽が凝縮していくのを感じていた。

 やがて限界点まで圧縮された後、反動で尿道を駆け上がろうとする白濁の奔流を生み出す。牛は頭が真っ白になって、こみ上げる感覚にすべてをゆだねた。


「い……いく♡いってしまう♡か、カルセドさん♡私、もう……♡♡♡」


 口を開けたまま呆けたようにつぶやいて、童貞ちんぽは女性を知らぬまま、ヒーローは女の快楽で精子を噴火させた。


「い――――っぐううううぅぅぅぅぅ♡♡♡♡♡♡」


 二人の体に挟まれたちんぽが放つ射精はすさまじい威力だった。隙間から下乳に噴きかかるほどの勢いで飛び、おっぱいと腹筋の溝を青臭い汁で埋める。

 顔までいかなかったのは双丘が高すぎるせいだ。下乳でせき止められた白濁は乳首まで伝い、まるでミルクを漏らしているかのよう。


「うあ、すごい♡出る♡出る出るっ♡こんな、たくさんんんっ♡」

「うわぁ……♡」


 コンカドールの白濁は濃すぎるほどで、一気に雄の臭気が満ちていく。しかも乳首から漏らしているように見えるせいで、カルセドは口の渇きを訴えるほどの興奮に強直をきゅうっと硬直させた。

 当然、そんなものを見せられて、なおかつ絶頂で内壁が締まったなら、耐えられるわけもない。


 ヤギの一物の根元に熱が溜まり、腰をくっつけたままかき回すように揺らして発射に備えた。


「ひっ♡カルセドさん♡奥、小突かれてる♡ここに、出すんだね♡いいよ♡早く♡早く♡♡」

「いきますよ……♡」


 とろけた雌に我慢は不要だ。

 ぐっと眉根に力を込めて、ヤギは牛の中へと種をばらまいた。


「んうぅぅ……!♡♡」


 煮詰まった興奮がヤギの尿道を我先にと飛び出していく。まるで一物そのものが取れるのではじゃないかと思うほどの勢いで、カルセドは金玉が空になる感覚がした。

 経験豊富なカルセドでもこんなに出すことはなかなか無い。射精中の呆けた顔を見て、牛もまた歓喜を咲かせていた。


「はあぁ♡すごい♡カルセドさんの熱いのが、お腹にたまる♡温かくなって、ああ、気持ちいいぃ……♡♡」

「コンカドールさん、すみません、もうちょっとだけ、出ます……♡」

「ふふっ♡かまわないさ♡もっと欲しいくらいだよ♡私でこんなに興奮してくれたんだね♡」


 コンカドールは自分が今満たされていると実感している。絶頂で浮ついた脳は、これが幸せだと叫んでいた。

 だくだくと注がれる温かさに浸りながら、牛はヤギの体をベッドに引きずり込んだ。狭いシーツの上から落ちないように抱き留め、内外の熱に感じ入る。身長差と挿入している関係上、カルセドの顔をおっぱいに埋めてしまっているが、今のコンカドールにそれを考える頭はなかった。

 

「ん、んんんっ!♡コンカドールさんっ♡♡」

「カルセドさん♡すごくよかったよ♡もっと出してくれ♡セックスってすごく気持ちがいいんだね♡」

「それは何より、なんですけど♡あの♡おっぱい、すごくて♡息が……♡」

「でも、まだ足りないんだ♡どうやら私はすごくはしたなくて、エッチみたいだ♡カルセドさん♡もっと私に注いでくれないかな♡君の精液が欲しい♡もっと♡もっと♡」

「このまま気絶するのも♡本望ではありますが♡あの、気づいて……♡」

「ふふふ♡明日はお休みだから♡たくさんしてほしい♡君なら何をしてもいいよ♡兄さんからいろいろ教わってるから♡したいことだって……」

「おーい、そろそろ放してやらねえと、こいつまじで落ちるぞ」


 浮ついてトロトロになった思考になじみのある声が飛び込んできた。コンカドールは一瞬で現実に戻されてハッと顔を上げれば、そこには赤い兄がにやにやしながらのぞき込んでいる。


「に、兄さんっ?! どうしてここにっ!」

「どうしてって、カルセドの帰りが遅いから心配で来たに決まってるだろうが。お前が一緒だからもしかして俺のアドバイスが成功したのかなとは思っていたが……ま、要するに出歯亀だよ」

「う、うん、兄さんのおかげでカルセドさんには喜んでもらえたと思うよ」

「そうかそうか、よかったな。……んで、カルセドを窒息させる気なのか? 思ったよりハードなプレイしてんな」

「え? ……ええっ?! カルセドさん、ごめん!」


 自分のおっぱいでヤギが死にかけていることに気付くと、慌てて引きはがす。先ほど飛ばした精液と汗とでぐずぐずになった顔は自由にはなった。

 が、ここは狭いベッドの上。勢いよくはがされたヤギは吹き飛ぶようにそのまま外へ。


「え、え、えええっ?! カルセドさん!」

「ったく、何やってんだか」

 

 兄がとっさに固定してくれたので事なきを得、カルセドは数回深呼吸してからふらふらと立ち上がった。コンカドールは反省した表情でベッドに座って肩を丸めている。


「助かりました……」

「おう、危なかったな。でもあのまま弟のおっぱいで窒息するのも、経験としちゃ悪くねえだと」

「まあそうですけど……」

「そうなのかな……」


 納得するヤギと首をかしげる弟。カサブランカは服を脱ぎ捨てて全裸になると、弟の横に座って肩を組んだ。


「いやー、さっきから見てたが、やっぱり兄弟だよな。ホモセックス、すっげえよかっただろ?」

「……うん、そうだね。すごくよかった。兄さんがタチよりウケだって言ってた理由もわかるよ」

「だろー。俺としちゃ、マレロもタチにしたかったんだが、ウケの方が気に入っててなあ。だからカルセドには期待してるんだぜ♡」

「それはもう十分骨身に染みてますよ……それで、どうしてカサブランカさんも裸に? まさかですけど……」

「そのまさかに決まってんだろ。あんなの見せつけられたら、おマンコ我慢できねえっての♡」

 

 そこで兄は弟を引き寄せて、豊満な胸同士をむにっとくっつけた。カサブランカの谷間は弟と違って赤い体毛らしいものがまばらにうかがえる。どちらも巨乳だが、雄臭さではやはり兄の方が強い。


「せっかくの弟の脱処女記念だぜ♡今日はもう一晩中盛らねえとな♡♡」

「絶対体力がもたないです! 干からびますよ私! それに兄弟でそういうのは……」

「まあまあ硬いこと言うなって♡ヴィランに常識とか求めるもんじゃねえだろ♡」

「都合のいい時だけそんな……大体コンカドールさんはヒーローじゃないですか」

「え、まあ、そうなんだけど……」


 汗とザーメンで濡れたおっぱいをこすり合わせる弟は、恥ずかしそうに眼を伏せた。兄に求められるまま手を貸して、二人でハートを作る姿に忌避はまるで見えない。

 巨乳の牛兄弟がおっぱいをつぶし合いながら手でハートを作って誘う。性的な能力を持つカルセドでさえ、今まで遭遇したことがないほどスケベな光景に、思わず股間が元気になってしまった。


「わ、私は、カルセドさんとできれば、なんだっていいから……♡」

「いいんですか……え、本当に?」

「あ、ああ……それとも、カルセドさんは兄と一緒だと嫌なのかな……?」

「嫌と言いますか、倫理的にそういうのは……」

「なんだよ、最初会った時二人一緒に食いたいとか言ってただろ。今更常識人ぶるなよ♡コンカドールの前だからって、遠慮してんのか?♡」

「だったら……私は気にしないよ♡ふふ、これもカルセドさんの能力のせいなのかもしれないね♡」

「それは否定できませんが……でも、コンカドールさんにこんなふしだらな経験をさせるというのも……」


 今初体験をしたばかりのコンカドールに、これ以上は刺激が強すぎるのではないか。最初は優しくすると言った手前、アンモラルな方面を推奨するのは憚られた。

 だが、兄はより強く弟を抱き寄せて、おっぱいをむにっと変形させながら高らかに笑う。


「あははっ! 無駄無駄、こいつは小さい頃、一緒のお嫁さんをもらってずっとお兄ちゃんと一緒に暮らす! って言ってたくらいだし、セックスくらい同伴しても気にしねえって」

「に、兄さん! それは小さい頃の話だろ! あの時は、兄さんしかいなかったからで……」

「じゃあ俺と一緒にセックスするの嫌か?」

「全然……子どもが出来るわけじゃないし、私と兄さんがつながるわけでもないしね」

「だろー? どっちもバリウケなら、同伴ぐらい構わねえよな」


 おっぱいどころか鼻面をこすりつけ合ってじゃれつく兄弟を見て、カルセドは気付いた。

 この二人、お互いにかなりのブラコンだと。


「そ、そりゃ小さい頃から二人だけで生きてきたわけですから、そうなるのも当然なんですけど……」


 カサブランカはコンカドールを溺愛してるし、その逆もしかり。父親のことで意見が割れるまで、本当に仲睦まじかったのだろうと想像がつく。

 隔離研究棟の一件を経て、元のさやに納まっただけだったのだと、カルセドは痛感している。それどころかブラコンがより深刻になった可能性もある。


「あ、ちゃんとマレロも呼んどいたぜ。夜食とかいろいろ買ってきてくれるはずだ」

「待ってください! 本当に私が三人と……!」

「おう♡俺ら兄弟のダブルパイズリで気持ちよーくしてやるよ♡コンカドールにはまだまだ教えないといけないことがたっくさんあるしな♡」

「コンカドールさんをこれ以上淫獣にしないでください! そんなことしたら、戻れなくなるじゃないですか! ただでさえ、今すごかったんですからね!」

「い、淫獣って……やっぱりはしたなかったんだね……」

「あっ?! いえ、私はそんなコンカドールさんも好きですが、やっぱりカサブランカさんくらいになるのはさすがにやめた方がいいかなと……! ほら、ヒーローはイメージが大事な部分もありますし!」


 しょぼんと尻尾をしおれさせたコンカドールを必死になだめながら、カルセドは内心でどうしたものかと頭を抱えていた。これ以上スケベな存在になってしまうと、世間からどんな目で見られるのかわかったものではない。ただでさえ『優美のコンカドール』は人気で、今は特に巨乳が発覚して界隈がざわついているというのに。

 それは一ファンとしても、友人としても、絶対に避けねばならないことだった。


「あははは! ヒーローってのはそういう意味でも大変だよなあ。こっちに来たくなったらいつでも来ていいからな、コンカドール」

「ありがとう兄さん。でも私はヒーローをするよ。そしていつか、兄さんも戻って来てくれると信じてる」

「……あはは! なるほどな、俺がそっちにいくわけだ。だったら好待遇で頼むぜ」

「もちろん、その時は司令になっているつもりだから任せてよ」

「こんなエッチな司令がいたら、本部の風紀も大変だな」

「そこまでじゃない……と思うんだけど。カルセドさんから見ても、やっぱり駄目だったかな?」

「え?! いえ、全然……いいかと……。コンカドールさんはコンカドールさんですので……」


 ベッドの上でかわいい仕草をするコンカドールも好きなので、カルセドには嘘がつけなかった。とっさに許してしまう自分の愚直さを、ヤギは少しだけ恨んだ。


 並んで話す兄弟の確執はもう綺麗さっぱりなくなって、楽しそうな声だけが部屋に響いている。今まで離れていた分を埋めるために、物理的な距離まで埋まっているようだ。

 おかげで話しながら密着しているおっぱいがたわみ続けていて、カルセドにとって目に毒すぎる。

 

「ふふ、カルセドさんもなんだかんだ言いながらやる気じゃないか♡嬉しいよ♡」

「間に座るか? そしたらおっぱいで埋めてやるぞー♡♡前も後ろも俺らのおっぱいで埋まれば、絶対兄弟とかどうでもいいって思うはずだぜ♡」

「いえ、遠慮します……私はまだ理性を捨てたくないので……♡」

「その強がりがいつまでもつか、試してみようじゃねえか♡ならマレロが来るまで一発盛るか♡」

「逃げられなかった……絶対干からびる……それに部屋が狭くて、さすがに皆さん全員入れるとなると……」

「じゃあ今からラブホ行こうぜ♡でっけえベッドで乱交な♡」

「ひえぇ……」


 これからのことを考えて、カルセドは背筋を震わせる。絶対に気持ちがいいとわかっていても、幸せによって絞られるのが怖くないわけがない。


「んでも……」


 思わせぶりな言葉を吐いて、兄はヤギを引っ張って強制的に間に挟んだ。


「んぶっ?! 胸、胸がすごいっ!」


 とたん、むっちりとした肉密度の塊がヤギを埋めた。もがいたところで密着している肉が揺れるだけで、雄臭い空気が肺に流し込まれていく。

 コンカドールは当然として、カサブランカもいい男だ。ヤギはこうなったらどうにでもなれと、谷間に顔を押し当てて深呼吸をした。どうせするのなら、堪能してやろうという魂胆だった。


 巨乳のサンドイッチを頬張るヤギの上では、兄がにやりと弟を見つめている。

 その挑発的な視線を受けて、コンカドールは首を傾げた。


「どうしたんだい、兄さん?」

「ん、いい機会だし一応聞いておこうと思ってな。お前さ、あの時の答え、言えるか?」

「ああ、あの……カルセドさんたちを救えるかってことだよね、ふふ、もちろんだよ」


 傲慢に、自信満々に、あの時言えなかった問いに答えるために口を開く。これまでのことは、すべてコンカドールの血肉になっている。

 自分がヒーローを続けていた訳、これからしたいこと。

 コンカドールというヒーローは、もう迷わない。


「私は絶対に救ってみせるよ。それが、私の理想だから」


 だったらもう大丈夫だと、兄もヤギも嬉しそうに笑った。


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POSTEDMay 31, 2025
ARCHIVEDJun 10, 2026