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「それではぁ、お客様の中からどなたかにご協力をお願い出来ますかねぇ。」
教壇に立つのはスーツの女性だ。と言っても彼女はうちの教師ってわけじゃない。
文化祭。
生徒たちが羽目を外しがちなこのイベントにおいて、マジックショーのために招待されたマジシャンらしい。
らしい、と言うのは私も詳細を知っているわけではないから。
生徒達の監督のために、と先輩教師に声をかけられこうしてマジックショーにやってきただけでそれ以上のことはなんも知らない。
普通ならマジシャンと言えば燕尾服とか、そうでなくても黒いスーツのイメージがある筈。けれども彼女が着ているのはごくライトグレーをした普通のビジネススーツ。
そんなマジシャンの格好が原因なのか、マジックショーには何となく違和感がある。
既に時間は夜の7時。
文化祭のイベント自体は他でもまだ校内オリエンテーリングやライブが実施されているから生徒たちが残っていること自体はおかしな話じゃない。
ただ外部の人間が校内にやってくるのは昼に限られていたはずだ。
別に明確なルールとして決まっているわけじゃないけれど、私が学生だった頃からそれが暗黙の了解だった。他のイベントだって、全て生徒が回していて外部の人間を招き入れては居ない。
まあ、先輩がこうして見咎めていないのだから問題はないのかな。私が学生だったのだって随分と前だし、ルールが変わった可能性だったる。
「はい、それではそこの……先生ですかねぇ。協力していただけますかぁ?」
「ふぇ? ……私? ですか?」
不意に声をかけられ変な声が出た。
てっきり生徒たちの誰かから選ばれると思っていたから全く心の準備が出来ていない。
「こういうのは生徒たちの方が……」
「先生! お願いしまーす!!!」
拒絶の声はイベント自体の進行役をしていた生徒に言葉を遮られてしまった。
「せっんっせっ! せっんっせっ!!」
「せっんっせっ! せっんっせっ!!」
続けて一緒に見ていた生徒たちも囃し立てる。
「いいんじゃない? 参加してあげなさいよ。」
終いには先輩からも言われてもう逃げ場は無くなってしまった。
「分かりました。ただ、あまり羽目を外すようなものは無しですよ。」
「それでこそ先生!! ありがとうございます。」
まあ監督役としては先輩もいるわけだし、ちょっとステージで手伝うくらいならいいかな。
「はぁい、ありがとうございますぅ。えぇと。生徒の皆さんはご存知かと思いますけれどぉ、お名前を教えて頂けますかぁ?」
「はぁ。霧崎です。」
「霧崎先生ですねぇ。昨年開催した時には見なかったと思いますけれどぉ、新任の先生なんですかねぇ。」
あぁ、なんだ。去年も同じようにマジックショーをやってたんだ。
「えぇ。今年の4月に赴任したばかりです。元々この学校の卒業生ですし、教育実習もここでしましたから学校のことはよく知ってますけどね。」
「そうなんですねぇ。そんな先生にご協力頂きぃ、真に感謝です。それではぁ、早速マジックを開始しますのでこちらのボックスに入って頂けますかぁ?」
そう言って示されたのは私よりもほんのちょっと大きい四角い箱だ。
箱は上から4つのブロックに分かれていて、それぞれに扉が付けられている。
言ってしまえばよく切断マジックで見かけるような箱なわけだけれど、ああいったのってタネがあって事前に練習した人が入るものじゃないのかな。それとも見た目が似てるだけで別のマジックをするの?
「どうしましたぁ? 心配しなくっても大丈夫ですよぉ。何も痛いことはしませんからねぇ。」
「あ、はい。」
促されるままに箱の中へと入る。
この箱、私の身長にピッタリなんだけどどういうこと? この場で選ばれたのって偶然だよね? もし男子生徒が選ばれたりしたら箱に入れなかったんじゃ……
ううん。逆に、箱に合う身長だからって私が選ばれたのかも。
「それではぁ、ちょっと腕組みをして頂けますかぁ? そうしたら蓋を閉めていきますからねぇ。」
言われるままに腕を組むと足元から順に扉が閉じられていく。
「あぁ、腕組みはもうちょっと上げて頂きましてぇ……そうそう、そのままでしばらく動かないでいて貰えますかぁ。」
そんなことを言っている間に真っ暗な中に閉じ込められてしまった。
それと同時に外の音が一切聞こえなくなる。それなりにしっかりした箱だとは思ったけどここまで防音出来るのはびっくりだ。
でも……う~ん。マジックショー、なんだよね? 中に入ってる人が何もしなくていいマジックなんてあるのかな。
普通、何も知らない人が協力するのってカードを選んだりリアクションを見せるようなのだと思うんだけど……
「あっ、っと。」
ちょっと考え事をしている間に腕組みが下がってしまってたみたいだ。肘が何かに当たってしまったからもう一度上げて……あれ?
箱の中、だよね。今、肘に当たったのは一体なに?
「んっ。」
狭くて腕組みを解くことが出来ない。けど、組んだままの腕を下ろそうとすると途中で何か板のようなものに遮られてしまう。
「なんで……」
身体の前だけじゃない。この板、胴体全体をぐるりと覆ってる? 身体をひねってもやっぱり何かに当たって腕を下ろすことが出来ない。
一体いつの間にこんな板を用意したの? 箱に入った時にはなかったよね。
うぅ、暗くて全然状況が掴めない。扉を押してもびくともしないし、一体何がどうなってるの?
あっ、光が……てことは扉が開かれてる?
「はぁい、お待たせしましたぁ。」
「これで終わり、ですか?」
結局箱の中で腕組みしてただけなんだけど……
「そんなわけがないじゃないですかぁ。まだ準備が出来ただけですよぉ。ほら、ちょっと視線を下げて貰えますかぁ?」
「下げてって……え……」
何? コレ。視界の下の方が遮られていて身体が見えない?
「これってまさか……」
組んだままの腕を今度は上に上げてみる。嫌な予想は当たるもので、肩の高さまで上げたところで何かにぶつかってそれ以上は上げられなくなっていた。
「と言うわけでぇ、霧崎先生にご協力願ったのは人体切断マジックだったんですねぇ。」
「は?」
切断って、え? どういうこと?
「ほら、見たことありませんかぁ? 人をボックスの中に閉じ込めましてぇ、ギロチンの様な刃を差し込んで人体を切断するマジックですよぉ。」
「いや。見たことくらいはありますけど、私の身体は切れてなんて……」
ない、よね? 確かに箱の中を板で仕切られているとは思うけど、それで身体が切れるなんて考えられない。第一全身の感覚はしっかりとあるし、狭くて自由にとまではいかないけれど自分の意志で動かすことだって出来る。
「う~ん。先生も信じてませんしぃ、これでは観客の皆様も信じてくれませんかねぇ。ではぁ、こうしてみたらどうでしょう。」
マジシャンの姿が視界から消える。
「ひゃっ!?」
次に感じたのは浮遊感。箱から見える景色が動き、箱ごと移動されてるってことが分かった。なのだけれど、何かが変だ。
揺れを感じているのは頭だけ。身体は全然揺れているように感じられない。
それとおかしいのは見える景色が元の位置よりも低くなっていくこと。
箱が地面に埋まりでもしない限り、そんなことは有り得ないハズ。一体何が起きてるの?
「え……何、アレ。」
景色がぐるりと回り、箱が置かれていた場所が視界に入る。そこには扉3つ閉まったままの箱がしっかりと残っていた。