8月の日曜日。
朝7時30分、県民ホールの入口には既に多くのスタッフが集まっていた。
夏の強い日差しが、建物のガラス面に反射して眩しい。
河村達也は派遣会社から受け取った資料を手に、指定された集合場所を探していた。
大学2回生の夏休み。
授業がない代わりに、生活費を稼ぐために様々なアルバイトを掛け持ちしている。
イベントの派遣バイトに登録してから、これで3回目の現場だ。
前回は展示会の設営、その前はコンサート会場の案内係。
単発の仕事だが、時給が良いので重宝している。
今回は県民ホールを貸し切っての大規模イベント。
資料によると「住まいと暮らしフェア2024」
という住宅関連企業の総合展示会らしい。
住宅メーカー、内装・外装業者、家具メーカー、キッチンメーカー、ガス器具や電化住宅関連企業など、様々な企業がブースを出展している。
家族で楽しめるイベントとして、子供向けのミニゲームコーナーやワークショップも設置されているという。
そして、このイベントのスペシャルゲストとして、子供向けアニメ「魔法使いプリティア」
シリーズのキャラクターが登場し、グッズの出張販売も行われるらしい。
達也は子供向けのアニメには全く興味がなかった。
そもそもテレビをほとんど見ない生活をしている。
プリティアという名前も、この資料で初めて知った程度だ。
でも、仕事は仕事だ。
来場者の誘導担当という指示を受け、会場の配置図を確認していた。
入口から各企業ブースへの動線、スペシャルゲストエリア(プリティアのグリーティングスペース)、プリティアグッズ販売コーナー、そして子供向けミニゲームコーナー。
頭の中で会場のレイアウトを整理する。
スタッフ集合場所は、建物の脇にある屋外スペースだった。
既に20名ほどのスタッフが集まっている。
みんな動きやすい服装で、首から派遣会社のIDカードをぶら下げていた。
達也も同じように、ラフなTシャツにジーンズ、スニーカーという格好だ。
真夏の屋外イベント。
恐らく1日中動き回ることになるだろう。
達也は壁際に立って、スマホで時間を確認した。
7時30分ちょうど。
集合時刻だ。
「達也くん!」
突然、背後から弾んだ声が聞こえた。
女性の声だ。
しかも、自分の名前を呼んでいる。
誰だろう。
こんな現場で知り合いに会うとは思わなかった。
振り返ると、見覚えのある笑顔が目に飛び込んできた。
マスクで顔の半分は隠れているが、その目元と声で瞬時に分かった。
「京子?」
達也は驚きで目を見開いた。
井村京子。
小学校から高校まで、ずっと一緒だった幼馴染だ。
「ほんまに久しぶりやな!元気してた?」
京子は相変わらず明るく、距離を詰めるように達也の前まで来た。
ジャージ姿にラフなTシャツ。
首から同じ派遣会社のIDカードをぶら下げている。
大きなスポーツバッグを肩にかけていた。
マスクで顔の下半分は隠れているが、目元だけで京子だと分かる。
大きくてくりくりとした丸い目。
二重のパッチリした目元。
目尻が少し下がっていて、笑うとさらに目が細くなる。
高校時代から変わらない、あの人懐っこい笑顔だ。
髪は肩より少し長めで、明るめの茶色。
今日はポニーテールにまとめていて、動くたびに軽く揺れている。
活発な印象を与える髪型だ。
身長は160センチくらいだろうか。
小柄だが、元気いっぱいの雰囲気が体全体から溢れている。
動きも機敏で、話すときに身振り手振りが大きい。
「久しぶり。京子も派遣バイト?」
「そうそう!今日はここでお仕事や。達也くんと一緒になるなんて思わんかった!」
京子の声は高校時代と変わらず、明るく弾んでいた。
人懐っこくて、誰とでもすぐに仲良くなれる性格。
高校では生徒会に入っていて、いつも何かのイベントの中心にいた。
「達也くん、大学どう?楽しんでる?」
「まあ、ぼちぼち。京子は?」
「私も頑張ってるで!晴美と同じ大学やねん」
晴美。
その名前を聞いて、達也の記憶がさらに鮮明になった。
遠藤晴美。
京子の親友で、高校時代はいつも一緒にいた。
京子とは正反対のおとなしい性格だったが、2人は不思議と仲が良かった。
「晴美も来てるん?」
「うん!今日は一緒に来たんやけど...」
京子が周りを見回すと、少し離れたところから、もう1人の女性がゆっくりと近づいてきた。
「達也くん、久しぶり...元気してた?」
控えめな声。
遠藤晴美だった。
「晴美も!本当に久しぶりだな」
達也は懐かしさで胸が温かくなった。
高校卒業から約3年。
連絡を取っていなかった2人と、こんな形で再会するとは思わなかった。
晴美は京子とは対照的な雰囲気だった。
同じようにジャージ姿で、同じ派遣会社のIDカード。
大きなバッグを持っている。
マスクで顔の下半分は隠れているが、目元の印象は変わっていない。
切れ長の落ち着いた目元。
一重まぶたで、どこか涼しげな印象。
目を細めると、優しい雰囲気が滲み出る。
今日は少し恥ずかしそうに目を細めている。
髪は黒に近い暗めの茶色で、ストレートのロングヘア。
胸のあたりまで伸びていて、きれいに整えられている。
今日は後ろでゆるく一つに束ねていて、落ち着いた印象を与えている。
身長は165センチくらいだろうか。
京子より少し背が高く、すらっとした体型。
姿勢が良く、立ち姿が上品に見える。
動きも静かで、京子とは対照的にゆったりとしている。
高校時代、晴美はほとんど目立たない存在だった。
クラスの隅で静かに過ごし、発言も少ない。
でも、京子と一緒にいる時だけは、少し明るい表情を見せていた。
2人は本当に対照的だ。
京子は小柄で活発、明るい茶髪のポニーテール、大きな丸い目。
晴美は背が高くて落ち着いていて、暗めのストレートロングヘア、切れ長の目元。
でも、2人は高校時代からずっと仲良しだった。
「2人とも、変わってないな」
達也が言うと、京子が笑った。
「達也くんもな!相変わらず真面目そうや」
晴美も小さく頷いた。
「達也くんも...変わってないね」
2人とも少し大人びた感じはする。
髪型も、雰囲気も、高校時代より洗練されている。
でも、その本質的な性格は当時のままだった。
京子の明るさと晴美の控えめさ。
その対比が、高校時代の記憶を鮮明に蘇らせる。
達也は2人を見ながら、様々な思い出が頭をよぎった。
文化祭で京子が張り切って実行委員をやっていたこと。
晴美がその補佐として、静かに支えていたこと。
自分も手伝いで参加して、3人で夜遅くまで準備をしたこと。
あの頃は、毎日が新鮮で楽しかった。
「2人は今日、何の担当なん?」
達也が尋ねると、京子と晴美は一瞬、顔を見合わせた。
何か言いにくいことでもあるのだろうか。
京子が明るく笑いながら答えた。
「う〜ん、イベントのお手伝いかな」
でも、それ以上の詳細は語らない。
いつもならもっとベラベラと喋る京子が、珍しく口を閉ざしている。
「ちょっとした裏方作業やね...」
晴美が静かに、言葉を選びながら補足した。
でも、やはり具体的なことは言わない。
達也は少し不思議に思った。
2人ともメイクをほとんどせず、スッピンに近い状態だ。
動きやすいジャージ姿で、大きなバッグを持っている。
バッグの中には何が入っているのだろう。
着替え?タオル?
何か特別な準備が必要な仕事なのかもしれない。
「俺は来場者の誘導担当らしい。入口とか、各エリアへの案内とか」
「そうなんや!達也くんらしいな。几帳面やし、向いてるわ」
京子が明るく励ました。
「派遣会社、別々みたいやね。私らと達也くんは、多分現場も違うと思う」
晴美が静かに言った。
達也は資料を見返した。
確かに、自分の担当は来場者誘導で、主に一般エリア。
2人がどこに配置されるのかは分からないが、もしかしたら別のエリアなのかもしれない。
スタッフの集合が始まった。
現場責任者らしい男性が、大きな声で全員を集めている。
「じゃあ、仕事終わったらまた話そうな」
京子が笑顔で言った。
「うん、また後でな」
晴美が控えめに会釈をした。
達也は2人と別れ、自分の担当グループの方へ向かった。
振り返ると、京子が大きく手を振っていた。
晴美は控えめに、小さく手を振っている。
久しぶりの再会に、心が弾む。
でも、2人が詳しく話さなかった「裏方作業」
というのが、少し気になった。
まあ、後で聞けばいいだろう。
達也は自分の担当グループに合流した。
◆ ◆ ◆
午前8時。
現場責任者によるミーティングが始まった。
達也の担当は、来場者の誘導と列整理。
入口付近の配置で、家族連れを各エリアに案内する役割だ。
責任者が会場の配置図を指し示しながら、動線を説明する。
「このイベントは住宅関連企業の総合展示会です。メインホールには各企業のブースが並んでいます」
「入口から入ったら、まず企業ブースエリアへ誘導。混雑したら子供向けミニゲームコーナーやスペシャルゲストエリアの方へ流してください」
「今回のスペシャルゲストは、魔法使いプリティアシリーズのキャラクターです。登場時間は、午前10時と11時半。午後は2時と4時の予定です」
「プリティアのグリーティングと撮影会は各登場時間の後、約1時間ずつ。列が長くなったら、スタッフが人数制限をかけます」
「グッズ販売コーナーは常時開放ですが、プリティア登場時は特に混雑が予想されます」
達也は資料にメモを取りながら、説明を聞いた。
ミーティングは約30分で終了。
各自、持ち場に向かって準備を始めた。
達也は入口付近の担当スタッフ3名と合流し、配置の確認をした。
「じゃあ、達也さんはこっち側で。列ができたら、ベルトパーテーションを設置してください」
先輩スタッフらしい男性が指示を出す。
「はい、分かりました」
達也は返事をして、指定された位置についた。
午前8時30分。
開場まであと30分。
達也は他のスタッフと協力して、会場の最終確認を行った。
ベルトパーテーションの位置を調整し、案内表示を設置する。
グッズ販売コーナーの列誘導ライン。
スペシャルゲストエリアへの動線。
既に入口の外には、開場を待つ家族連れの列ができ始めていた。
子供たちの興奮した声が、扉の向こうから聞こえてくる。
「プリティアに会えるかな!」
「ティア・ミラクルちゃん、絶対握手してもらう!」
達也は、その熱気を感じながら、準備を続けた。
午前8時45分。
開場まであと15分。
達也は入口付近で待機していた。
そして、午前8時50分。
会場の奥の方から、何かが動く気配がした。
達也は何気なく奥の方を見た。
すると、会場の奥から、3体の着ぐるみキャラクターが歩いてくるのが見えた。
プリティアだ。
達也は初めて間近でプリティアを見た。
先頭を歩いているのは、緑の髪の着ぐるみ。
ティア・フェリーチェだろう。
その後ろを、黄色い髪のティア・ミラクルと、紫の髪のティア・マジカルが続いている。
3体に付き添って、若い女性が2人歩いている。
マスクで顔は隠れているが、高校生か大学生くらいの若い女性だ。
1人はティア・ミラクルの横に並んで歩いている。
もう1人はティア・マジカルの横に並んで歩いている。
3体のプリティアは、ごく自然な歩き方で近づいてくる。
ティア・フェリーチェは、落ち着いた足取りで先頭を歩いている。
1歩1歩、丁寧に足を運んでいる。
ティア・ミラクルは、横に並んで歩く若い女性の方に顔を向けた。
お面同士を近づけて、何かを話しているようだ。
微かに声が聞こえる。
でも、何を言っているのかは聞き取れない。
ティア・ミラクルは、時折女性の方を向きながら、歩いている。
ティア・マジカルは、静かに歩いている。
横に並んで歩く若い女性が、マジカルに向かって何か話しかけているようだ。
ティア・マジカルは、女性の方に顔を向けて、小さく頷いた。
また女性が何か話しかけると、マジカルはまた小さく頷いた。
ミラクルよりも落ち着いている印象だ。
3体のプリティアは、入口付近のスタンバイ位置まで来た。
達也から少し離れた場所。
入口の脇、壁際のスペース。
3体は、そこで立ち止まった。
若い女性の1人が、プリティアの衣装を直している。
ティア・ミラクルの衣装のリボンを整えたり、髪の位置を確認したりしている。
もう1人の女性は、ティア・マジカルのマントのような布を直している。
2人の女性は、丁寧にプリティアの身だしなみを整えていた。
ティア・フェリーチェは、ティア・ミラクルとティア・マジカルの方に向いた。
お面同士を近づけて、何かを話している。
フェリーチェの手が動いて、何かを指し示している。
ティア・ミラクルとティア・マジカルは、フェリーチェの方を向いて、大きく頷いた。
1回、2回、3回。
しっかりと頷いている。
フェリーチェが、また何か話している。
2体は、また大きく頷いた。
最終確認をしているのだろう。
これから始まるイベントに向けて、準備を整えている。
若い女性の1人が、時計を確認した。
「もうすぐ時間ですね」
小さな声が聞こえた。
ティア・フェリーチェは、2人の女性の方を向いて、お辞儀をした。
ティア・ミラクルとティア・マジカルも、同じようにお辞儀をした。
「頑張ってください」
女性の1人が、優しく声をかけた。
ティア・ミラクルは、両手を握って、頑張るポーズをした。
ティア・マジカルは、静かに頷いた。
2人の女性は、プリティアから少し離れて、スタッフエリアに移動した。
3体のプリティアは、入口付近で静かに待機している。
達也は、その光景を少し離れた場所から見ていた。
これから始まるイベント。
プリティアは、この瞬間のために準備をしている。
演者の緊張感と、スタッフの温かいサポート。
達也は、その雰囲気を感じ取った。
すると、ティア・ミラクルが、ふとこちらの方を向いた。
達也の方を、チラッと見ている。
お面で顔は見えないが、確かにこちらを見ている感覚がある。
達也は少し驚いた。
なぜ自分の方を見ているのだろう。
ティア・ミラクルは、すぐにティア・マジカルの方に顔を向けた。
お面同士を近づけて、何かを話している。
ティア・マジカルも、ミラクルの方に顔を向けて、小さく頷いた。
そして、マジカルもこちらの方を向いた。
チラッと、達也の方を見ている。
2体とも、達也のことを意識しているようだ。
なぜだろう。
達也は不思議に思った。
ティア・ミラクルが、またマジカルに何か話しかけている。
お面を近づけて、耳元で何かを告げているようだ。
ティア・マジカルは、静かに頷いている。
2体のやり取りを見て、ティア・フェリーチェが近づいてきた。
フェリーチェが、2体に何か話しかけている。
ティア・ミラクルとティア・マジカルは、フェリーチェの方を向いて、大きく頷いた。
3体は、再び静かに待機の姿勢に戻った。
達也は、その様子を見ながら、開場の準備を続けた。
そして、午前9時。
開場の時間になった。
家族連れが続々と入場してくる。
達也は来場者を誘導しながら、企業ブースエリア、グッズ販売コーナー、ミニゲームコーナーへの案内をした。
多くの家族連れは、まずプリティアのグッズ販売コーナーへ向かう。
子供たちが「プリティアのグッズ買いたい!」
と親を引っ張っていく。
でも、企業ブースに興味を持つ親御さんも多い。
住宅の模型を見たり、最新のキッチン設備を確認したりしている。
それから数分後。
スペシャルゲストエリアの方から、歓声が上がった。
「プリティアだ!」
「ティア・ミラクルちゃん!」
「ティア・マジカルも!」
達也は来場者の誘導をしていたが、その歓声に思わず振り返った。
先ほどスタンバイしていた3体のプリティアが、会場内に入ってきた。
魔法使いプリティアシリーズの、ティア・ミラクル、ティア・マジカル、ティア・フェリーチェ。
達也は子供向けアニメに興味はなかったが、改めてその完成度の高さに見入ってしまった。
ティア・ミラクルは黄色い髪が特徴的で、ピンクを基調とした魔法少女風の衣装を着ていた。
ボリュームのある髪が風に揺れている。
明るく活発な雰囲気で、子供たちに向かって大きく手を振っていた。
その動きは機敏で、まるで本当に魔法少女が現れたかのようだ。
ティア・マジカルは紫の髪に魔法使い風の帽子をかぶり、赤と紫のコートドレスを纏っていた。
落ち着いた優雅な動きで、上品にお辞儀をしている。
1つ1つの仕草が丁寧で、大人っぽい雰囲気を醸し出していた。
ティア・フェリーチェは緑の髪に同じく帽子をかぶり、緑と白の魔法使い風衣装。
穏やかで優しい雰囲気で、両方をバランスよくサポートしているようだった。
時折、ミラクルとマジカルに視線を向け、何か確認しているような仕草を見せる。
3体とも、一切声を出さない。
身振り手振りだけで、子供たちとコミュニケーションを取っている。
達也の目には、その精巧なお面の作りと、本物そっくりの衣装が印象的だった。
お面は小顔で、まるで本当にアニメのキャラクターが現実に現れたかのよう。
瞳の部分は黒く塗られていて、中の人の顔は全く見えない。
でも、その動きからは確実に人間が入っていることが分かる。
プリティアの3人に付き添うのは、マスクで顔を隠した若い女性スタッフが2、3名。
首からイベントスタッフのカードをぶら下げている。
テキパキと動きながら、子供たちを整理し、安全を確保していた。
達也は来場者の誘導をしながら、プリティアの様子を眺めていた。
ティア・ミラクルは人懐っこい雰囲気で、積極的に子供たちに近づいていく。
小さな子供の目線に合わせてしゃがみ込み、優しく頭を撫でる仕草。
子供が差し出した手を、両手で包み込むように握手する。
その動きはまるで本当に心を持っているかのようだった。
ティア・マジカルは上品に、1人1人丁寧に対応している。
落ち着いた動きで、ゆっくりと子供たちに近づく。
控えめだが温かい雰囲気で、子供たちの緊張を和らげているようだった。
ティア・フェリーチェは2人をさりげなくサポートしながら、全体のバランスを取っていた。
子供たちの列を見渡し、時折付き添いスタッフに何か指示をしているような仕草。
ベテランの風格が漂っている。
3体ともしっかりとキャラクターを演じている。
中に人が入っていることは理解しているが、その動きはまるで本物のキャラクターが現れたかのようだった。
達也は誘導の合間に、遠くからプリティアの様子を眺めていた。
すると、ティア・ミラクルが周囲のスタッフに向かって手を振り始めた。
付き添いスタッフ、会場スタッフ、そして誘導を担当している達也たちの方へも。
達也の少し前にいた女性スタッフに手を振り、次に達也の方を向いた。
軽く手を振ってくる。
達也は少し面食らいながらも、会釈を返した。
ティア・ミラクルは、達也の隣で列整備をしている男性スタッフにも同じように手を振った。
みんなに平等に挨拶をしているようだ。
でも、達也に手を振った時、ほんの一瞬だけ、動きが止まった気がした。
他のスタッフへの挨拶より、ほんの少しだけ長く、こちらを見ていたような。
気のせいだろうか。
ティア・マジカルも、スタッフたちの方を向いて会釈をしていた。
丁寧に、1人1人に視線を送りながら。
達也の方を向いた時、ほんの少し動きが止まった。
そして、いつもより少しだけ深くお辞儀をしたような気がした。
でも、すぐに次のスタッフへと視線を移していった。
達也は首を傾げた。
今のは、何だったのだろう。
特別な意味があったのだろうか。
いや、恐らく気のせいだ。
スタッフ全員に挨拶をしているだけだろう。
達也はそう思い直し、仕事に戻った。
でも、心の片隅に、小さな引っかかりが残った。
プリティアは約45分間、入口でお出迎えを続けた。
子供たちは大喜びで、列が途切れることはなかった。
達也は誘導をしながら、時折プリティアの方を見ていた。
ティア・ミラクルとティア・マジカルは、相変わらず子供たちと上手に触れ合っている。
その動きには、長年の経験を感じさせるような熟練さがあった。
午前9時45分。
プリティアの1回目のお出迎えが終わった。
3体は子供たちに向かって大きく手を振りながら、会場の奥へと歩いていった。
付き添いスタッフが前後を固め、安全に誘導している。
達也は遠くからその光景を見送った。
そして、ふと思った。
京子と晴美は、今どこで何をしているのだろう。
会場を見回したが、2人の姿はどこにも見えなかった。
◆ ◆ ◆
プリティアが去った後も、会場は賑わいを見せていた。
達也は入口付近の整理を続けながら、次の来場者の波に備えた。
それから30分以上経った頃。
午前10時20分過ぎ。
達也は入口付近の整理を続けていた。
すると、会場の奥から、控え室エリアの方へ続く通路の辺りを、誰かが歩いているのが目に入った。
よく見ると、ジャージ姿の女性が2人。
京子と晴美だった。
2人とも何やら急いでいる様子で、控え室エリアの方へ小走りに向かっていった。
達也は手を振ろうとしたが、2人はこちらに気づかず、そのまま関係者専用エリアの奥に消えていった。
なぜ急いでいるのだろう。
達也は不思議に思った。
それから午前中、達也は会場内の各所で来場者の誘導を続けた。
家族連れで賑わう会場。
子供たちの興奮した声が響いている。
時折、京子や晴美の姿を会場内で見かけた。
でも、遠くからすれ違う程度で、詳しい会話はできない。
2人とも相変わらずマスクをしていて、少し忙しそうだった。
達也は会場の奥に、パーテーションで区切られたエリアがあることに気づいた。
「関係者以外立入禁止」
の表示。
恐らく、あの奥がプリティアや出展者の控え室になっているのだろう。
京子と晴美が向かっていったのは、あの辺りだった。
達也には入る権限がない。
あの奥で何が行われているのか、想像することしかできなかった。
◆ ◆ ◆
時間は流れ、午前11時が近づいてきた。
達也は別のエリアへの配置転換を指示され、スペシャルゲストエリア近くの誘導担当に移動した。
2回目のプリティア登場の時間だ。
今回は入口でのお出迎えではなく、会場内のスペシャルゲストエリアでのグリーティングと写真撮影会。
達也は別のエリアで誘導を担当していたが、スペシャルゲストエリアからそれほど遠くない位置だった。
列整備の補助として、時折様子を見に行くことになっていた。
午前11時ちょうど。
スペシャルゲストエリアに、再び歓声が上がった。
達也は様子を見に行った。
プリティアの3体が、会場内を練り歩いている。
子供たちが歓声を上げながら追いかける。
達也は少し離れた位置から、その様子を眺めた。
ティア・ミラクルとティア・マジカルの動きは、1回目と変わらず洗練されていた。
ティア・ミラクルは活発で生き生きとした動き。
時折、子供たちに向かって跳ねるような仕草を見せる。
明るく元気な雰囲気が、子供たちを引き付けている。
ティア・マジカルは落ち着いて優雅な動き。
丁寧に1人1人に対応し、上品な雰囲気を保っている。
ティア・フェリーチェは相変わらず安定していて、全体のバランスを取っていた。
付き添いスタッフが子供たちの誘導に少し手間取っているようだったが、プリティア自体のパフォーマンスに問題はなかった。
プリティアの3体が、グリーティングを続けながら、会場内のスタッフたちに向かって手を振り始めた。
ティア・ミラクルは活発に、あちこちのスタッフに手を振っている。
スペシャルゲストエリア入口付近にいたスタッフ、列整備をしているスタッフ、そして少し離れた位置にいる達也たちの方へも。
達也の右側にいた年配の女性スタッフに手を振り、次に達也の方を向いた。
明るく手を振ってくる。
達也は会釈を返した。
ティア・ミラクルは、達也の左側にいた若い男性スタッフにも同じように手を振った。
その後、スペシャルゲストエリア内の他のスタッフたちにも次々と手を振っていく。
みんなに挨拶をしているようだ。
でも、達也に手を振った時、ほんの少しだけ、他のスタッフより動きが大きかった気がした。
気のせいだろうか。
ティア・マジカルも、スタッフたちに丁寧に会釈をしていた。
列整備のスタッフ、誘導のスタッフ、そして達也たちの方にも視線を送りながら。
達也に視線が向けられた時、小さく会釈をした。
すぐに隣のスタッフにも同じように会釈をしている。
でも、達也に向けた会釈は、ほんの少しだけ丁寧だった気がした。
達也は首を傾げた。
気のせいだろう。
スタッフ全員に挨拶をしているだけだ。
達也はその疑問を振り払い、仕事に戻った。
グリーティングが終わると、スペシャルゲストエリアで写真撮影会が始まった。
先着50組限定。
既に長い列ができていた。
達也は列の後方で、子供たちが迷子にならないよう見守っていた。
プリティアの3体は、1組ずつ丁寧に撮影に応じている。
子供たちはプリティアと一緒に写真を撮れることに大喜びしていた。
達也は遠目にその様子を眺めた。
ティア・ミラクルは子供たちを抱きしめたり、ハイタッチをしたり、活発に動いている。
ティア・マジカルは優雅に、1人1人に丁寧に対応している。
ティア・フェリーチェは全体を見渡しながら、安定したパフォーマンスを続けている。
長時間のパフォーマンスにもかかわらず、3体とも疲れを見せない。
予定では正午に終了のはずだったが、撮影会が予定より延びているようだった。
付き添いスタッフの誘導が少し不慣れで、子供たちの移動に時間がかかっている。
実際に終了したのは、12時20分だった。
達也は遠くから、プリティアが控え室方面に戻っていくのを目撃した。
付き添いスタッフに前後を守られながら、3体はゆっくりと歩いていく。
ティア・ミラクルは、控え室に戻る直前、もう1度振り返って会場全体を見渡した。
そして、会場内のスタッフたちに向かって大きく手を振った。
あちこちのスタッフに、最後の挨拶をしているようだ。
達也の方にも視線が向けられ、手を振ってくる。
達也は軽く手を振り返した。
ティア・ミラクルは、達也の隣にいるスタッフにも手を振り、さらに別のエリアのスタッフにも手を振った。
その後、左手を口元に持っていき、笑顔の仕草をした。
会場全体に向けて、最後の愛想を振りまいているようだ。
そして、控え室エリアに消えていった。
達也は呆然と立ち尽くした。
あれは、会場のみんなに向けられた仕草だった。
別に自分だけに向けられたわけではない。
でも、なぜか心に引っかかるものがあった。
達也は首を振って、その考えを振り払った。
◆ ◆ ◆
2回目のイベントが終わり、会場はしばしの静けさを取り戻した。
達也にも休憩時間が与えられ、彼は会場内のドリンクコーナーに向かった。
午後12時25分。
2時間以上立ちっぱなしで、少し疲れていた。
冷たい飲み物が欲しい。
ドリンクコーナーは、パーテーションで区切られた控え室エリアへの通路が、直線的に見える位置にあった。
達也が自動販売機でお茶を買い、ベンチに座って休憩していた。
12時50分頃。
パーテーションの奥へ向かう人影が目に入った。
よく見ると、京子と晴美だった。
2人ともマスクをしているが、朝とは明らかに様子が違う。
京子のポニーテールは、汗で湿って少し乱れている。
前髪も額に張り付いていて、いつもの活発な印象とは違う。
晴美のロングヘアも、後ろで束ねているが、汗で濡れて首筋に張り付いている部分がある。
普段はきれいに整えられているストレートヘアが、少しうねっているように見える。
歩き方も、どこか疲れている様子だ。
京子はいつもの機敏な動きではなく、少しゆっくりとした足取り。
晴美も、いつもの上品な姿勢が少し前のめりになっている。
達也は声をかけようとしたが、2人は気づかず、そのまま控え室エリアの奥に消えていった。
プリティアが控え室に戻ったのが12時20分頃。
それから約30分後。
なぜ2人は今頃控え室に向かうのだろう。
そして、なぜ疲れているのだろう。
達也はお茶を飲みながら、その疑問を考えていた。
午後1時頃。
達也がまだドリンクコーナーで休憩していると、京子と晴美がやってきた。
「達也くん!」
京子が疲れていても明るく声をかけてきた。
「あ、京子、晴美」
達也は2人を見て、少し驚いた。
朝のあの活発な京子、落ち着いた晴美とは、明らかに様子が違う。
2人とも相変わらずマスクで顔を隠しているが、疲労の跡がはっきりと見える。
京子のポニーテールは、汗でかなり乱れている。
いつもの明るい茶髪が、汗で濡れて暗く見える。
後れ毛が顔の横に張り付いていて、額にも汗が滲んでいる。
大きな丸い目は、いつもの輝きが少し薄れて、充血しているように見えた。
晴美のロングヘアも、汗でかなり湿っている。
束ねているゴムの部分から、汗が首筋を伝っているのが分かる。
切れ長の目元も、少し疲れているように見える。
いつもの涼しげな印象が、今は少し疲労困憊した印象に変わっている。
「何か疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
達也が心配そうに尋ねると、京子は明るく笑った。
「う〜ん、イベントを盛り上げるためのちょっとしたお手伝いかな!大丈夫大丈夫」
少し息が上がっているようだった。
でも、笑顔を絶やさない。
晴美が京子の後ろで、控えめに微笑んでいる。
「そうやね、裏方のお手伝い...ちょっと特殊な作業やけど、大丈夫やで」
晴美が静かに、控えめに答えた。
達也はよく見ると、2人の服装の変化に気づいた。
京子のTシャツは、背中の上部と首元が汗でかなり濃く変色している。
ジャージの腰のあたりも、汗が滲み出ているようだ。
晴美のTシャツも同じように、背中と首元、そして脇の部分が汗で湿っている。
2人とも、かなりの汗をかいているようだ。
普通の裏方作業で、こんな風になるだろうか。
しかも、真夏の屋外ならまだしも、会場内は冷房が効いている。
「プリティアの付き添いとか?」
達也が尋ねると、京子は笑ってごまかした。
「まあ、そんな感じかな!色々やってるねん」
明るい口調だったが、それ以上の詳細は語らなかった。
京子はふと、時計を見た。
「あ、もうこんな時間や。晴美、お手洗い行っとこ」
「...うん、私、お手洗い行ってくるわ」
晴美が静かに立ち去った。
京子は自動販売機に向かい、スポーツドリンクを3本購入した。
「達也くん、午後も頑張ってな」
「京子も、無理しないようにな」
「大丈夫や!じゃあ私は戻らないといけないから、達也くんも仕事がんばってね!」
京子が明るく手を振る。
その時、京子の額に少し汗が光っているのが見えた。
達也は京子を見送りながら、頭の中を整理した。
髪が少し湿っている。
目が少し充血している。
服の背中と首元が汗で湿っている。
そして、スポーツドリンクを3本。
3本ということは、京子と晴美と、もう1人。
達也はプリティアの登場時間を思い返した。
午前9時から9時45分。
午前11時から12時20分。
その間、2人の姿は会場から完全に消えていた。
そして、プリティアが控え室に戻ってから約30分後、2人も控え室エリアに向かっていった。
着替えでもしていたのだろうか。
でも、何に着替える?
達也の頭に、ある可能性が浮かんだ。
いや、まさか。
付き添いスタッフは別の人たちだった。
京子と晴美ではなかった。
それに、もし本当にプリティアの中に入っているとしたら、もっと疲れ切っているはずだ。
確かに疲れている様子ではあるが、まだ笑顔で会話ができている。
達也は首を振った。
考えすぎだろう。
◆ ◆ ◆
休憩を終えた達也は、午後の配置についた。
次は3回目のプリティア登場だ。
午後2時。
達也は撮影会の列整備を指示され、グリーティング中はベルトパーテーションを設置して準備を進めた。
プリティアの3体が、会場内に登場した。
そして、達也は気づいた。
プリティアに付き添っているのは、京子と晴美だった。
先頭を京子が、後方を晴美が付き添っている。
2人とも、午前中は付き添いスタッフとして見かけなかった。
でも今は、プリティアと一緒に会場内に出ている。
京子は元気に先導しながら、子供たちに声をかけている。
晴美は後方から、静かにプリティアをサポートしている。
プリティアの3体が会場内をグリーティングして回る。
達也は遠目にその様子を見ながら、準備作業を続けた。
ふと、違和感を覚えた。
ティア・ミラクルとティア・マジカルの動きが、午前中と比べて明らかに違う。
歩き方がやや不安定だ。
1歩1歩、慎重に足を運んでいる。
身振りのタイミングが、わずかにずれる。
子供たちに手を振るタイミングが、少し遅い。
子供への対応が、少し硬い。
午前中はもっと流れるような演技だったのに、今は初心者が頑張っているような、慎重すぎる動きに見える。
ティア・ミラクルは、時折ティア・フェリーチェの方を見て、確認しているような仕草を見せる。
ティア・マジカルも同じように、時々フェリーチェを確認している。
ティア・フェリーチェは相変わらず安定している。
さりげなく他の2体をサポートしながら、時々身振りで何かを指示しているような仕草を見せている。
ベテランが新人を教えているような雰囲気だ。
中の人が交代したのだろうか。
達也はそう思った。
でも、確かめる術はない。
子供たちは違いに気づいていない様子で、相変わらず大喜びしている。
キャラクターと触れ合えること自体が嬉しいのだろう。
午後2時30分。
プリティアがグリーティングを終え、スペシャルゲストエリアに戻ってきた。
達也は列の最前列に配置され、子供たちをスペースに入れる担当になった。
スペシャルゲストエリアの入口で待機していると、プリティアの3体が近づいてきた。
先頭を京子が、後方を晴美が付き添っている。
2人ともテキパキと動いている。
晴美が達也から子供を引き継ぎ、静かに丁寧にプリティアの側へ誘導する。
「こっちやで。プリティアちゃんが待ってるよ」
と優しく声をかけながら。
京子が素早く元気に、子供たちを出口へ誘導する。
「ありがとう〜!またきてね〜!」
と笑顔で声をかけながら、流れを作っていた。
2人は息の合った動きで、テキパキと進行していた。
京子は積極的に動き、子供たちに明るく声をかける。
「は〜い次のお友達どうぞ〜!」
「ゆっくりでいいよ〜!気をつけてね〜!」
と、テンポよく誘導する。
晴美は落ち着いて丁寧に、子供の安全を最優先に慎重に誘導する。
「足元、気をつけてね」
「お母さん、こちらでお待ちください」
と、細やかに配慮している。
まるでプリティアの動きを完全に把握しているかのようだった。
ティア・ミラクルとティア・マジカルの動きは、3回目もぎこちないままだった。
でも、京子と晴美が見事にサポートしている。
新人演者のぎこちなさを、2人がしっかりとカバーしていた。
達也は不思議に思った。
2人はどうしてこんなに慣れているのだろう。
まるで、自分たちがプリティアを演じた経験があるかのような動きだ。
プリティアがどのタイミングで動くのか。
どこに子供を配置すればいいのか。
どうすれば安全にスムーズに進行できるのか。
2人は全てを理解しているようだった。
達也は、2人の動きに注目した。
時々、深呼吸をしている。
動きは迅速だが、時折休憩しているような瞬間がある。
でも笑顔を絶やさず、プロフェッショナルに対応している。
京子は疲れていても明るく振る舞い、子供たちを励ます。
「また楽しみにしててね〜!」
「ありがとう〜!」
と、元気に声をかけ続ける。
晴美は控えめだが温かい笑顔で、静かに子供たちをサポートする。
「また来てね」
と、優しく見送っている。
よく見ると、髪は昼ほどではないが、まだ少し湿っている。
目も、少し充血しているように見えた。
人員も増やされ、撮影会はスムーズに進行した。
予定通り、約60分で終了。
達也は考えた。
午前中、2人の姿は見えなかった。
プリティア登場時間と、2人の不在が完全に一致している。
そして昼休憩時、汗で湿った髪と充血した目。
まるで、何か特殊な環境で長時間作業をしていたかのような。
午後、付き添いとして現れた2人。
でも疲労は残っている。
そして、プリティアの動きを知り尽くしているかのような、息の合った連携。
もしかして、午前中は...。
いや、でも今はプリティアの外にいる。
中の人は別の人だ。
それに、1回目と2回目のプリティアの動きは洗練されていた。
3回目はぎこちなかった。
これは、中の人が交代した証拠だ。
ということは、1回目と2回目に入っていた人は、3回目は入っていない。
そして、京子と晴美が3回目に付き添いとして現れた。
達也の頭の中で、パズルのピースが少しずつ組み合わさり始めていた。
でも、まだ確信は持てない。
◆ ◆ ◆
午後3時。
撮影会が終わり、プリティアが退場していく。
3体は会場に向かって大きく手を振りながら、仲良さそうに控え室方面へ歩いていった。
先頭を京子が、後方を晴美が付き添っている。
京子は「お疲れさまでした!」
と大きな声で言いながら、プリティアを誘導していた。
晴美は「足元、気をつけてくださいね」
と静かに声をかけながら、後ろからサポートしていた。
達也はその光景を見送りながら、片付け作業を始めた。
ティア・ミラクルとティア・マジカルの動きは、午後3回目も相変わらずぎこちなかった。
でも、京子と晴美の献身的なサポートで、撮影会は無事に終えることができた。
1回目と2回目の、あの流れるような動き。
3回目の、慎重でぎこちない動き。
明らかに違う。
そして、京子と晴美の疲労と、息の合った連携。
達也の頭の中で、1つの仮説が形成されつつあった。
でも、それを確かめる方法はない。
達也は片付けを終え、スタッフルームで休憩を取った。
次が最後、4回目のプリティア登場だ。
◆ ◆ ◆
午後3時40分。
4回目の登場を前に、達也はスタッフの女性から声をかけられた。
「すみません、人員が足りなくて申し訳ないんですけど、プリティアの付き添いをお願いできますか?」
ベテランらしい女性スタッフが、申し訳なさそうに頼んできた。
「あ、はい。分かりました」
達也はよく分からないまま、返事をした。
プリティアの付き添い。
自分にできるだろうか。
京子と晴美みたいに、上手く誘導できるだろうか。
でも、断る理由もない。
女性スタッフについていくと、本来は入れないはずのパーテーションの奥へと通された。
達也の心臓が少し高鳴った。
ついに、プリティアの裏側を見られるのか。
パーテーションは右側が壁に隙間なく設置され、左側は人が通れる程度の幅が開けられていた。
パーテーションのすぐ裏には、パイプ椅子が3脚並べて設置されていた。
簡素な待機場所だ。
「プリティアが出てくるまで、ここで待機しておいてください。4時になったら、私が声をかけますので」
女性スタッフはそう言うと、奥の部屋に入っていった。
達也は指示された場所で立ち尽くした。
パーテーションの向こうから、会場の賑やかな声が聞こえてくる。
子供たちの興奮した声。
親御さんたちの話し声。
イベントの活気が、こちら側まで伝わってくる。
でも、パーテーションのこちら側は、静かで落ち着いた空間だった。
達也はパイプ椅子の脇に立ち、スマホで時間を確認した。
3時41分。
緊張と期待が入り混じった感情。
初めて見る、プリティアの裏側。
控え室から出てきて、待機して、そして本番に向かう。
その一連の流れを、間近で見ることができる。
達也は、少し胸が高鳴るのを感じた。
それから数分が経った。
パーテーションの向こうから、相変わらず賑やかな声が聞こえてくる。
会場は盛り上がっているようだ。
達也は待機しながら、4回目のイベントに備えた。
そして、3時45分。
奥の扉が、ゆっくりと開いた。
達也は息を呑んだ。
ついに、プリティアが出てくる。
扉の向こうから、女性スタッフが顔を出した。
「では、お願いします」
女性スタッフが、奥に向かって声をかけた。
すると、扉の奥から、ゆっくりとプリティアが現れた。
最初に出てきたのは、ティア・フェリーチェ。
緑の髪に魔法使い風の帽子をかぶり、緑と白の衣装を纏っている。
フェリーチェは、優雅に歩いていた。
1歩1歩、丁寧に足を運びながら。
でも、その動きは軽やかで、可愛らしい。
まるで、本当に魔法使いの少女が歩いているかのようだった。
達也は、その美しい動きに見入ってしまった。
フェリーチェは、待機スペースに向かってゆっくりと歩いてくる。
その後ろから、2体のプリティアが続いた。
ティア・ミラクルとティア・マジカル。
2体は、並ぶようにして歩いている。
ティア・ミラクルは黄色い髪に、ピンク基調の魔法少女風衣装。
ティア・マジカルは紫の髪に、赤と紫のコートドレス。
2体とも、お面で顔は見えない。
でも、その動きから、中の人の存在が確実に感じられる。
達也は、2体が近づいてくるのを見守った。
その時。
ティア・ミラクルの視線が、達也の方に向けられた。
お面で顔は見えないが、確かにこちらを見ている。
そして、ティア・ミラクルが、一瞬動きを止めた。
体が少し揺れる。
まるで、驚いたかのような素振り。
ミラクルは、達也をじっと見つめている。
なぜ驚いているのだろう。
自分が待機スペースにいることに、驚いたのだろうか。
ティア・ミラクルは、数秒間達也を見つめた後、再び歩き始めた。
でも、時折こちらを見ながら歩いている。
そして、ティア・マジカルも、達也の方を向いた。
マジカルは、ミラクルのように動きを止めることはなかった。
でも、明らかに達也の方をじっと見つめている。
近づいてくるにつれて、お面の細部が見えてきた。
瞳の部分をよく見ると、黒く塗られた中に、小さなスリットが数箇所開けられているのが分かる。
その奥には何か布のようなものが貼られているようだ。
演者は、あのスリットの内側から、こちらを見ている。
その視線は、優しく、そして何か確かめるようだった。
マジカルは、達也を見つめながら、ゆっくりと待機スペースに歩いてくる。
達也は、その視線に少し緊張した。
なぜ、こんなにじっと見つめられているのだろう。
2体とも、明らかに自分のことを意識している。
女性スタッフが、3体を椅子に誘導した。
「では、こちらでお待ちください」
女性スタッフが、椅子を指し示した。
ティア・フェリーチェ。
ティア・マジカル。
ティア・ミラクル。
3体が並んで、ゆっくりと椅子に座った。
達也から見て、左からフェリーチェ、マジカル、ミラクルの順だった。
3体は、静かに座っている。
でも、ティア・ミラクルは時々、達也の方を見ている。
ティア・マジカルも、時折こちらを見ている。
達也は、その視線を感じながら、少し離れた位置に立った。
衣装の細部まで行き届いたデザイン。
ティア・ミラクルのピンク基調の魔法少女風衣装は、光沢があって美しい。
ティア・マジカルの赤と紫のコートドレスは、上品で大人っぽい。
ティア・フェリーチェの緑と白の衣装は、優しく穏やかな雰囲気を醸し出していた。
そして、3体の雰囲気が印象的だった。
ティア・ミラクルとティア・マジカルの動きが、3回目と明らかに違う。
しっかりとした足取り。
安定した歩き方。
慣れた様子。
まるで、1回目と2回目の雰囲気に戻ったかのようだった。
達也は思わず見入ってしまった。
女性スタッフが時計を確認しながら、外の様子を何度も確認している。
忙しそうに行ったり来たりしていた。
「何かあったら、すぐに呼んでくださいね」
女性スタッフはそう言って、また奥の部屋に戻っていった。
達也とプリティアだけが、待機場所に残された。
3体は黙って待機している。
達也は少し離れた位置に立った。
静かな空間。
パーテーションの向こうから、遠く会場の賑やかな声が聞こえてくるが、こちら側は落ち着いている。
3体のプリティアは、それぞれ椅子に座って、じっとしている。
声を出さず、ただ静かに待機している。
達也は緊張しながらも、じっくりとプリティアを見た。
精巧なお面の作り。
可愛い衣装。
その完成度に、思わず見入ってしまう。
間近で見ると、細部まで作り込まれているのが分かる。
お面の瞳の部分には、小さなスリットが数箇所開けられている。
その奥には黒い布が貼られていて、外からは中が全く見えない。
口元にも、赤い布が貼られたスリットが見える。
首とお面の境目は、ぴったりと密着していて、小さな皺を作っている。
ティア・ミラクルの黄色い髪が、わずかに揺れた。
その瞬間、達也の目に何かが映った。
お面の中から、細い肌色の紐が見えた。
後頭部の方へ伸びている。
お面を固定するために、後頭部できつく結んでいるのだろう。
達也は思った。
演者は、お面を紐できつく縛り、小さなスリットから外を見て、狭い視界の中で動き回る。
口元のスリットから呼吸をして、お面の中の暑さと息苦しさに耐える。
想像以上に過酷な環境だ。
お面の表情は生き生きとしていて、まるで本当に魂が宿っているかのようだ。
でも、その中には確実に人間がいる。
衣装も、光沢のある生地で丁寧に仕立てられている。
ティア・ミラクルのピンク基調の衣装は、華やかで明るい。
ティア・マジカルの赤と紫のコートドレスは、上品で大人っぽい。
ティア・フェリーチェの緑と白の衣装は、優しく穏やかな雰囲気を醸し出している。
ティア・ミラクルの肩が、大きく上下した。
深呼吸をしているのだろう。
お面の中で、演者が息を整えている。
ティア・マジカルの肩も、時折大きく上下する。
2体とも、お面の中で深呼吸をしながら、待機している。
達也は、その様子を見て、改めて演者の大変さを実感した。
時折、ティア・フェリーチェがティア・マジカルの方に顔を向けた。
お面同士をゆっくりと近づける。
すると、微かに声が聞こえた。
女性の声だ。
お面の中から、くぐもった声が漏れてくる。
でも、何を言っているのかまでは聞き取れない。
ティア・フェリーチェが何かを話している。
口元のスリットから、小さく音が漏れているようだ。
ティア・マジカルは、小さく頷きながら聞いている。
そして、ティア・マジカルの方からも、くぐもった声が聞こえた。
「...はい」
はっきりと聞き取れた。
女性の声だ。
控えめで、静かな声。
ティア・フェリーチェが、また何か話している。
「...わかりました」
ティア・マジカルが、再び返事をした。
達也は息を呑んだ。
お面の中から、確かに人間の声が聞こえた。
当たり前のことだが、改めてその事実を実感する。
可愛いキャラクターの見た目とは裏腹に、中には確実に人間が入っている。
そして、今この瞬間、演者同士がコミュニケーションを取っている。
ベテランが後輩にアドバイスをしているのだろうか。
それとも、何か確認をしているのだろうか。
達也は静かにその様子を見守った。
ティア・ミラクルは特に何もせず、じっと座っている。
でも、時折こちらの方を向いているような気がした。
お面の目の部分は黒く塗られていて、視線は分からない。
でも、確かに達也の方を見ているような感覚がある。
達也は緊張しながら、プリティアを見つめた。
ミラクルとマジカルの雰囲気が、3回目と明らかに違う気がする。
より落ち着いている。
慣れた様子。
安定感がある。
3回目の時は、ぎこちなく不安定だった。
でも今は、1回目と2回目の雰囲気に完全に戻っている。
ティア・ミラクルが動いた。
首を少し傾げて、明らかにこちらを見ている。
お面で顔は見えないのに、確かに見られている感覚。
達也は思わず視線を逸らした。
心臓が少し高鳴る。
なぜ自分を見ているのだろう。
数秒後、恐る恐る視線を戻すと、ティア・ミラクルはまだこちらを向いていた。
そして、ゆっくりと右手を上げ、小さく手を振った。
達也は戸惑った。
自分に向かって振っているのだろうか。
それとも、単に待機中の暇つぶしで動いているだけなのだろうか。
でも、明らかにこちらを向いている。
達也は緊張しながら、小さく会釈を返した。
ティア・ミラクルは、左手を口元に持っていき、笑っているような仕草をした。
お面は無表情だが、その仕草から、中の人が笑っているのが分かる。
その動きは、どこか人懐っこい雰囲気を感じさせた。
明るく親しみやすい雰囲気。
まるで、友達に対するような気安さ。
ティア・ミラクルは、ティア・マジカルの方に顔を向けた。
お面同士をゆっくりと近づける。
また、微かに声が聞こえた。
でも、今度は何を言っているのか聞き取れない。
ティア・ミラクルが、何かを伝えているようだ。
ティア・マジカルは、ゆっくりとこちらに視線を向けた。
そして、控えめに会釈をするような仕草をした。
達也は慌てて会釈を返した。
ティア・マジカルは、両手を膝の上で丁寧に重ね、静かに座っている。
その仕草は、どこか上品で優しい雰囲気を感じさせた。
控えめだが温かい雰囲気。
落ち着いていて、丁寧。
達也は不思議な感覚に襲われた。
見た目は可愛いキャラクターだが、中には確実に人間が入っている。
待機中は、こうして人間らしい素の部分が見られる。
でも、1歩外に出たら、再びあの熟練の演技を見せるのだろう。
声を出さず、身振り手振りだけで子供たちとコミュニケーションを取る。
その姿は、まるで本当に魂を持ったキャラクターのようだった。
演者さんも大変だな、と達也は思った。
暑いお面の中で、視界も制限されて、長時間演じ続ける。
体力も精神力も必要だろう。
でも、2体の雰囲気が、何かを思い出させた。
ティア・ミラクルの人懐っこい仕草。
明るく親しみやすい雰囲気。
ティア・マジカルの控えめだが優しい雰囲気。
静かで上品な仕草。
誰かに似ている。
京子と晴美...?
達也の頭に、ある考えが浮かんだ。
まさか。
いや、でも。
午前中の2人の不在。
昼休憩時の疲労と汗。
午後の息の合った連携。
そして今、この2体の雰囲気。
全ての断片が、1つの答えに向かって繋がっていくような気がした。
でも、確かめる術はない。
お面で顔は見えない。
声も、わずかに聞こえるだけで、誰の声かまでは判別できない。
ただ、その仕草だけが、達也に何かを感じさせていた。
達也は静かに、プリティアを見つめた。
3体は相変わらず、黙って待機している。
時折、ティア・フェリーチェがティア・マジカルに何か話しかけているが、内容は聞き取れない。
ティア・ミラクルは、時々達也の方を見ている。
静かな待機時間が流れていく。
達也はスマホで時間を確認した。
プリティアの登場まで、あと5分。
その時、ティア・フェリーチェがティア・マジカルに再び顔を向けた。
お面同士を近づけて、何かを話している。
微かに声が聞こえる。
「...大丈夫?」
女性の声だ。
少し心配そうな、優しい声。
ティア・マジカルが小さく頷いた。
「...はい、大丈夫です」
控えめだが、しっかりとした声。
ティア・フェリーチェは、優しく肩を叩くような仕草をした。
その光景を見て、達也は思った。
演者同士の絆。
お互いに支え合いながら、このイベントを成功させようとしている。
外からは見えない、裏側の努力。
達也は、プリティアの演者たちに対する尊敬の念を抱いた。
時間が静かに流れていく。
達也がスマホで時間を確認すると、3時57分だった。
4回目のイベント開始まで、あと3分。
直後、女性スタッフが戻ってきた。
「そろそろ時間なので、スタンバイお願いします」
3体のプリティアは大きく頷きながら、椅子から立ち上がった。
その瞬間、ティア・フェリーチェが達也と女性スタッフの方を向いた。
そして、くぐもった声が聞こえた。
「よろしくお願いします」
お面の中から、女性の丁寧な声。
少し聞き取りにくいが、確かにそう言っている。
ティア・フェリーチェは、深々とお辞儀をした。
達也は驚いた。
プリティアが、スタッフに対して挨拶をしている。
その横で、ティア・ミラクルとティア・マジカルも動いた。
「よろしくお願いします」
2体も、ほぼ同時にくぐもった声を出しながら、お辞儀をした。
ティア・ミラクルの声は、明るく元気な感じ。
ティア・マジカルの声は、控えめで静かな感じ。
達也と女性スタッフは、慌てて頭を下げた。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
女性スタッフが慌てて返事をする。
達也も小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
プリティアの3体は、再び頭を上げた。
達也は胸が熱くなった。
お面の中から、演者の真摯な姿勢が伝わってくる。
子供たちのために、一生懸命演じようとしている。
そして、スタッフに対しても、丁寧に接している。
プロ意識。
演者としての誇り。
達也は、その姿勢に感動を覚えた。
女性スタッフが時計を確認し、外の様子を見た。
「では、並んでください」
3体は、パーテーションの出口のすぐ裏側に移動した。
先頭がティア・ミラクル。
次がティア・マジカル。
最後がティア・フェリーチェ。
3体が縦に並んだ。
その時、達也はティア・マジカルの衣装に目が留まった。
マントのような布が、少し乱れている。
後ろ側が、めくれ上がってしまっているようだ。
ティア・マジカルは気づいていない様子で、そのまま立っている。
ティア・フェリーチェが、それに気づいた。
そっと近づき、マジカルの背中の布を直し始めた。
「あ、ありがとうございます...」
ティア・マジカルの、くぐもった声が聞こえた。
少し恥ずかしそうな、控えめな声。
ティア・フェリーチェは黙って、丁寧に布を整えている。
その間、ティア・ミラクルは先頭で待機していた。
でも、しばらくすると、ティア・ミラクルがゆっくりと動き始めた。
列から離れ、達也の方へと向かってくる。
どうしたのだろう。
何か問題でもあったのだろうか。
ティア・ミラクルは、達也の目の前まで来た。
そして、おもむろに右手を差し出した。
握手?
プリティアが、自分に握手を求めている?
達也は一瞬、どうすればいいのか分からなくなった。
でも、差し出された手を無視するわけにもいかない。
達也は恐る恐る、右手を少し前に出した。
その瞬間。
ティア・ミラクルは、達也の右手を両手で包み込んだ。
温かい感触。
柔らかい手袋越しに、人の温もりが伝わってくる。
そして、可愛らしく握手をしてくれた。
上下に、ゆっくりと手を動かす。
まるで、友達に対するような親しみを込めた握手だった。
達也は心臓が高鳴るのを感じた。
可愛いキャラクターと握手をしている。
でも、その中には確実に人間がいる。
この温もりは、紛れもなく人間のものだ。
そして、至近距離で見るティア・ミラクルのお面。
達也は、初めてお面をこんなに近くで見た。
お面の瞳の部分。
黒く塗られた瞳を、じっくりと見ることができる。
すると、その黒い部分に、小さなスリットが数箇所開けられているのが鮮明に見えた。
横に細長いスリット。
縦に短いスリット。
不規則に配置された、視界確保のための切り込み。
そして、そのスリットの奥には、黒い布が貼られている。
外からは中が見えないように、光を通さない黒い布。
でも、中からは外が見える。
演者は、あの小さなスリットの内側から、達也を見ている。
この黒い瞳の奥から、こちらを見ているんだ。
達也は、その事実を実感した。
お面越しに、確かに人間の視線を感じる。
ティア・ミラクルは、握手をしながら、左手を口元に持っていった。
笑っているような仕草。
お面は無表情だが、その仕草から、中の人が笑顔なのが分かる。
口元にも、小さなスリットが開けられているのが見える。
赤い布が貼られている。
呼吸のためのスリット。
お面の大きさは、人間の顔とほぼ同じくらい。
きっと、中の人の顔に密着しているのだろう。
首とお面の境目には、ほとんど隙間がない。
首元の肌タイツに密着していて、小さな皺を作っている。
達也は、間近で見るお面の構造に、改めて思った。
この小さなスリットから外を見て、視界が制限された中で動き回る。
口元のスリットから呼吸をして、お面の中の暑さと息苦しさに耐える。
演者は、想像以上に過酷な環境で演じているのだ。
明るく人懐っこい笑顔。
達也は、なぜか胸が温かくなった。
その様子を、ティア・マジカルが見ていた。
衣装を直してもらっている最中だったが、こちらの方を向いている。
そして、左手を口元に持っていき、少し笑っているような仕草をした。
お面の中の人が、微笑んでいるのが分かる。
控えめだが、温かい笑顔。
ティア・フェリーチェは、黙って達也の方を見つめていた。
その視線を感じて、達也は少し緊張した。
すると、ティア・ミラクルは握手を終えても、達也の前から離れようとしなかった。
むしろ、一歩近づいてきた。
達也は少し戸惑った。
ティア・ミラクルは、達也の目の前で、くるりと回転した。
まるで「見て見て!」と言っているような仕草。
そして、両手を広げて、自分の衣装を見せるようなポーズをとった。
さらに、お面を少し傾けて、首を傾げるような仕草。
「可愛いでしょ?」と言っているような、甘えた雰囲気。
達也は完全に戸惑った。
どう反応すればいいのか分からない。
ティア・ミラクルは、さらに達也に近づいてきた。
そして、達也の腕をそっと掴んだ。
まるで、もっと構ってほしいとせがんでいるような仕草。
達也は、どうしていいか分からず、固まってしまった。
その時。
ティア・フェリーチェが素早く動いた。
ティア・ミラクルの横に近づき、そっとミラクルの腕を掴んだ。
そして、優しく、でもしっかりとミラクルを引き離すような動き。
お面を達也に向けながら、お辞儀のような仕草をする。
「ごめんなさい」と言っているようだ。
そして、ミラクルの方を向いて、軽く首を横に振った。
「困らせちゃダメでしょ」と言っているような仕草。
その様子を見て、ティア・マジカルも近づいてきた。
肩が小刻みに揺れている。
笑いを堪えているようだ。
マジカルは、ミラクルの反対側に立ち、人差し指を立てて、左右に振った。
「ダメよ!」と言っているような、注意する仕草。
でも、その動きは優しく、友達同士のじゃれ合いのような雰囲気。
ティア・ミラクルは、2体に挟まれて、少ししょんぼりとした仕草をした。
肩を落として、お面を下に向ける。
反省しているような素振り。
そして、達也の方を向いて、両手を合わせた。
謝っているような仕草。
深々とお辞儀をする。
達也は、その一連のやり取りを、戸惑いながら見ていた。
3体は、1言も声を発していない。
でも、何が起きているのか、はっきりと伝わってくる。
ミラクルが調子に乗って絡んできたこと。
フェリーチェが優しく注意したこと。
マジカルが笑いながら止めたこと。
ミラクルが反省して謝ったこと。
全てが、仕草だけで表現されている。
達也は、その演技力に感心した。
言葉を使わずに、ここまで感情や状況を伝えられるのか。
まるで、本当にキャラクターたちが生きているようだ。
ティア・ミラクルは、お辞儀を終えると、2体と一緒に待機位置に戻っていった。
3体は並んで立ち、達也の方を見ている。
ティア・フェリーチェが、再び達也に向かって、小さく会釈をした。
「お騒がせしました」と言っているようだ。
達也は、思わず小さく手を振った。
「大丈夫です」という意味を込めて。
3体は、それを見て、揃って頷いた。
達也は、心の中で思った。
この3体は、本当に息が合っている。
まるで、長年一緒に活動しているチームのようだ。
そして、演者同士の信頼関係が、仕草の端々から感じられる。
ティア・フェリーチェは、マジカルの衣装を直し終えると、そっとマジカルの耳元に近づいた。
お面同士を近づけて、何かを伝えている。
微かに声が聞こえる。
でも、何を言っているのかは聞き取れない。
ティア・マジカルは、フェリーチェの方を向いて、小さく頷いた。
1回、2回、3回。
何度も頷いている。
「...はい」
くぐもった声が聞こえた。
マジカルが、何かに同意しているようだ。
そして今度は、ティア・マジカルがティア・フェリーチェに耳打ちをした。
お面同士を近づけて、小さな声で何かを伝えている。
ティア・フェリーチェは、静かに聞いている。
そして、突然。
ティア・フェリーチェが、口の前で両手を合わせた。
驚いたような素振り。
「え...」
小さく声が漏れた。
驚いている様子が、その仕草から伝わってくる。
ティア・フェリーチェは、ティア・マジカルの方を見た。
そして、ゆっくりと達也の方に振り向いた。
達也は、その視線を感じた。
ティア・フェリーチェは、達也の方を向いたまま、深々とお辞儀をした。
改めて、丁寧にお辞儀。
先ほどのスタンバイ時よりも、さらに丁寧な感じだった。
達也は戸惑いながらも、慌ててお辞儀を返した。
「あ、いえ、こちらこそ...」
何を言っているのか、自分でも分からなかった。
ティア・フェリーチェは、お辞儀を終えると、元の位置に戻った。
ティア・ミラクルも、達也の手を離し、列の先頭に戻った。
3体は再び、パーテーションの出口に並んだ。
達也は呆然と立ち尽くした。
今、何が起きたのだろう。
ティア・ミラクルの握手。
ティア・マジカルの笑顔。
ティア・フェリーチェの驚きと、丁寧なお辞儀。
そして、耳打ちでのやり取り。
何を話していたのだろう。
達也は混乱していた。
でも、心の奥底で、ある確信が芽生え始めていた。
あの3体の雰囲気。
特に、ミラクルとマジカル。
明るく人懐っこいミラクル。
控えめで優しいマジカル。
そして、フェリーチェの驚きと丁寧なお辞儀。
全てが、何かを物語っているような気がした。
女性スタッフが時計を確認した。
「では、お願いします」
女性スタッフが達也の方を向いた。
「プリティアが出たら、一緒について行って、子供たちが近づきすぎないように見守っててください。あと、転んだりしないように、周りに気をつけてあげてください」
「はい、分かりました」
達也は緊張しながら答えた。
女性スタッフがパーテーションを開けた。
プリティアの3体が、会場へと踏み出していった。
達也はその後ろについて、会場に出た。
パーテーションの向こうから、歓声が聞こえてきた。
「プリティアだ!」
「ティア・ミラクルちゃん!」
4回目の登場だ。
達也は、プリティアのすぐ後ろで、その背中を見ていた。
ティア・ミラクルは元気に手を振りながら、子供たちに近づいていく。
ティア・マジカルは優雅に、落ち着いた動きで子供たちに対応する。
ティア・フェリーチェは全体を見渡しながら、安定したパフォーマンスを続ける。
3体の動きは、再び洗練されていた。
1回目と2回目の雰囲気に、完全に戻っている。
達也は思った。
この中には、確実に人間が入っている。
見た目は可愛いキャラクターでも、中の人は様々な制約の中で頑張っている。
お面の中は、恐らく暑くて息苦しいだろう。
視界も制限されているはずだ。
待機中は人間らしい素の部分が見られる。
でも、ここから1歩外に出ると、可愛い演技で1時間近く会場に出る。
演者さんも大変だな。
そして、ふと思った。
1回目と2回目の、あの洗練された動き。
3回目の、ぎこちない動き。
そして4回目、再び安定した雰囲気に戻ったミラクルとマジカル。
待機中に聞こえた、お面の中からの女性の声。
「はい」
「わかりました」
という、控えめな返事。
スタンバイ時の、丁寧な挨拶。
「よろしくお願いします」
という、くぐもった声。
ティア・ミラクルの、親しげな握手。
両手で包み込むような、温かい握手。
ティア・マジカルの、笑顔の仕草。
控えめだが、優しい雰囲気。
ティア・フェリーチェの驚きと、改めての丁寧なお辞儀。
そして、京子と晴美の不在と疲労。
息の合った連携。
さりげない、でも特別な反応。
もしかして...。
いや、確信は持てない。
でも、全ての断片が、1つの答えを示しているような気がした。
あの握手の温もり。
あの仕草の親しみやすさ。
まるで、知っている人のような。
達也は、その答えを確かめたい衝動に駆られた。
でも、今はまだ、その時ではない。
達也は、プリティアの後ろで、静かに見守り続けた。
この長い1日が終わったら、真実が分かるのだろうか。
それとも、このまま謎のままで終わるのだろうか。
達也の疑問は、まだ答えを見つけられずにいた。
でも、心の奥底では、もう答えが見えている気がした。
----- 後編へ続く -----